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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024014405
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】キラーT細胞の活性化方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0783 20100101AFI20240125BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240125BHJP
   A61K 35/17 20150101ALI20240125BHJP
【FI】
C12N5/0783
A61P35/00
A61K35/17 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022117208
(22)【出願日】2022-07-22
(71)【出願人】
【識別番号】801000027
【氏名又は名称】学校法人明治大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 世津子
(72)【発明者】
【氏名】相澤 守
(72)【発明者】
【氏名】新田 藍子
(72)【発明者】
【氏名】野瀬 雅人
(72)【発明者】
【氏名】永井 重徳
【テーマコード(参考)】
4B065
4C087
【Fターム(参考)】
4B065AA94X
4B065BB40
4B065CA44
4C087AA01
4C087AA02
4C087AA03
4C087BB64
4C087CA04
4C087NA05
4C087ZB26
(57)【要約】
【課題】 キラーT細胞を活性化させる手段を提供する。
【解決手段】 ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスの存在下で、キラーT細胞を培養する工程を含むことを特徴とするキラーT細胞の活性化方法。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスの存在下で、キラーT細胞を培養する工程を含むことを特徴とするキラーT細胞の活性化方法。
【請求項2】
ホウ素含有アパタイトが、一般式:Ca9.5+0.5x{(PO4)6-x(BO3)x}{(BO2)1-xOx} (0≦x≦1)で表されるホウ素含有アパタイトであることを特徴とする請求項1に記載のキラーT細胞の活性化方法。
【請求項3】
ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスが、CaO、P2O5、SiO2、及びB2O3を含有するセラミックスであることを特徴とする請求項1に記載のキラーT細胞の活性化方法。
【請求項4】
セラミックス中のCaとPのモル比(Ca/P)が、1.5~2.5であることを特徴とする請求項3に記載のキラーT細胞の活性化方法。
【請求項5】
キラーT細胞を単離する工程を含み、単離されたキラーT細胞を、ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスの存在下で培養することを特徴とする請求項1に記載のキラーT細胞の活性化方法。
【請求項6】
キラーT細胞の活性化が、キラーT細胞の抗腫瘍効果の増強であることを特徴とする請求項1に記載のキラーT細胞の活性化方法。
【請求項7】
キラーT細胞の活性化用培養基材であって、ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスを有することを特徴とする培養基材。
【請求項8】
ホウ素含有アパタイトが、一般式:Ca9.5+0.5x{(PO4)6-x(BO3)x}{(BO2)1-xOx} (0≦x≦1)で表されるホウ素含有アパタイトであることを特徴とする請求項7に記載の培養基材。
【請求項9】
ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスが、CaO、P2O5、SiO2、及びB2O3を含有するセラミックスであることを特徴とする請求項7に記載の培養基材。
【請求項10】
セラミックス中のCaとPのモル比(Ca/P)が、1.5~2.5であることを特徴とする請求項9に記載の培養基材。
【請求項11】
キラーT細胞の活性化が、キラーT細胞の抗腫瘍効果の増強であることを特徴とする請求項7に記載の培養基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キラーT細胞の活性化方法及びキラーT細胞の活性化用培養基材に関する。本発明のキラーT細胞の活性化方法及びキラーT細胞の活性化用培養基材は、がんなどの疾患の治療に有用である。
【背景技術】
【0002】
「バイオマテリアル」は人工材料であるため、生体適合性に優れており、免疫による拒絶がないことがそのメリットの一つであった。もし、材料と免疫系を司る細胞とをin vitro系で培養し、それらの相互作用を通して、免疫系を司る細胞を活性化させることができれば、高額なサイトカインなどを利用することなく、患者の回復力(免疫力)を増強させて、病気を治癒させることが可能となる。
【0003】
これまでに免疫系に働きかける「バイオマテリアル」として、フェニルボロン酸基を備えたポリマーがリンパ球の活性を高めるという報告がある(池谷ら, 生体材料, 14, 260-266(1996).など)。これはフェニルボロン酸基中の「-BO2基」が中性近傍のpHで-B(OH)3に解離し、2つの-BOHと細胞の糖鎖部分とが相互作用する結果であると説明されている。この素材は、ポリマーであるため、滅菌操作が煩雑で、生体適合性も低い。
【0004】
本発明者は、生体適合性に優れた水酸アパタイト(HAp)に「-BO2基」を導入したホウ素含有アパタイト(BAp)を合成し、このBApセラミックスと免疫細胞とを共存培養することにより、ヘルパーT細胞やキラーT細胞の割合が増加することを明らかにしている(非特許文献1)。
【0005】
また、本発明者は、上記のBApを主結晶相として含むCaO-P2O5-SiO2-B2O3(CPSB)系セラミックスもヘルパーT細胞やキラーT細胞の割合を増加させることを報告している(木造理萌子, 山田清貴, 本田みちよ, 永井重徳, 相澤 守, ”CaO-P2O5-SiO2-B2O3 系ガラスセラミックスの免疫細胞応答性”, 無機マテリアル学会 第 132 回 学術講演会、2016.6.2-3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】D. Nakagawa, M. Nakamura, S. Nagai, and M. Aizawa, Journal of Materials Science: Materials in Medicine (2020) 31:20
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
セラミックスなどのバイオマテリアルによって、キラーT細胞を活性化し、その抗腫瘍効果を増強させることができれば、高価なサイトカインなどを利用することなく、患者の回復力(免疫力)を増強させ、がんの治療が可能になる。本発明は、このような背景の下になされたものであり、キラーT細胞を活性化させる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、ホウ素含有アパタイトの存在下で、キラーT細胞を培養することにより、キラーT細胞の抗腫瘍効果が著しく増大することを見出した。上述したように、ホウ素含有アパタイトがT細胞の割合を増加させることは知られていたが、ホウ素含有アパタイトがT細胞自体の性質(例えば、抗腫瘍効果)に対してどのような影響を及ぼすかについては今まで検討されておらず、キラーT細胞の抗腫瘍効果を著しく増強させるということは予想外のことであった。
【0009】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものである。
即ち、本発明は、以下の(1)~(11)を提供するものである。
【0010】
(1)ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスの存在下で、キラーT細胞を培養する工程を含むことを特徴とするキラーT細胞の活性化方法。
【0011】
(2)ホウ素含有アパタイトが、一般式:Ca9.5+0.5x{(PO4)6-x(BO3)x}{(BO2)1-xOx} (0≦x≦1)で表されるホウ素含有アパタイトであることを特徴とする(1)に記載のキラーT細胞の活性化方法。
【0012】
(3)ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスが、CaO、P2O5、SiO2、及びB2O3を含有するセラミックスであることを特徴とする(1)に記載のキラーT細胞の活性化方法。
【0013】
(4)セラミックス中のCaとPのモル比(Ca/P)が、1.5~2.5であることを特徴とする(3)に記載のキラーT細胞の活性化方法。
【0014】
(5)キラーT細胞を単離する工程を含み、単離されたキラーT細胞を、ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスの存在下で培養することを特徴とする(1)に記載のキラーT細胞の活性化方法。
【0015】
(6)キラーT細胞の活性化が、キラーT細胞の抗腫瘍効果の増強であることを特徴とする(1)に記載のキラーT細胞の活性化方法。
【0016】
(7)キラーT細胞の活性化用培養基材であって、ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスを有することを特徴とする培養基材。
【0017】
(8)ホウ素含有アパタイトが、一般式:Ca9.5+0.5x{(PO4)6-x(BO3)x}{(BO2)1-xOx} (0≦x≦1)で表されるホウ素含有アパタイトであることを特徴とする(7)に記載の培養基材。
【0018】
(9)ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスが、CaO、P2O5、SiO2、及びB2O3を含有するセラミックスであることを特徴とする(7)に記載の培養基材。
【0019】
(10)セラミックス中のCaとPのモル比(Ca/P)が、1.5~2.5であることを特徴とする(9)に記載の培養基材。
【0020】
(11)キラーT細胞の活性化が、キラーT細胞の抗腫瘍効果の増強であることを特徴とする(7)に記載の培養基材。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、キラーT細胞の新規な活性化方法を提供する。この方法は、がんなどの疾患の治療に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】In vivo 実験系の様子を示す図。
図2】CPSB系セラミックスの粉末X線回折(XRD)パターンを示す図。
図3】CPSB系セラミックスのフーリエ変換赤外吸収スペクトル(FT-IRスペクトル)を示す図。
図4】CPSB系セラミックスの走査型電子顕微鏡(SEM)写真。
図5】各焼結体の表面粗さを示す図。
図6】培養1日後の脾臓細胞中のヘルパーT細胞の割合を示す図。
図7】培養1日後の脾臓細胞中のキラーT細胞の割合を示す図。
図8】培養1日後の脾臓細胞の形態を示す写真。
図9】B16-F10 OVA細胞を投与したマウスにおける腫瘍形成の様子及び各基材上で培養したCD8(+)細胞投与後の様子を示す写真。
図10】B16-F10 OVA細胞及び各基材上で培養したCD8(+)T細胞を投与したマウスの腫瘍サイズを示す図。
図11】B16-F10 OVA細胞及び各基材上で培養したCD8(+)T細胞を投与したマウスの体重を示す図。
図12】ヘマトキシリンエオジン染色によるマウス腫瘍の切片画像。
図13】CD3 抗体を用いた免疫組織化学染色によるマウス腫瘍の切片画像。
図14】CPSB2.00 で培養した CD8(+) T細胞を投与したマウスの腫瘍拡大画像。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を詳細に説明する。
(A)キラーT細胞の活性化方法
本発明のキラーT細胞の活性化方法は、ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスの存在下で、キラーT細胞を培養する工程を含むことを特徴とするものである。
【0024】
本発明において「キラーT細胞の活性化」とは、キラーT細胞の働きを強化することをいい、例えば、キラーT細胞の抗腫瘍効果の増強が、これに含まれる。
【0025】
本発明の方法によって活性化されたキラーT細胞は、がんの治療法、例えば、養子免疫療法などに使用することができる。
【0026】
ホウ素含有アパタイトとは、水酸アパタイトの構造中のPO4 3-やOH-がホウ素に置き換わったアパタイトをいい、例えば、一般式:Ca9.5+0.5x{(PO4)6-x(BO3)x}{(BO2)1-xOx}で表すことができる。ここで、xは、0≦x≦1の数を表すが、好適には、0.4以下であり、より好適には、0.3以下である。xを小さくすることにより、キラーT細胞の活性化に有用なBO2基を多く含むBApを合成できる。
【0027】
本発明に使用するセラミックスは、ホウ素含有アパタイトを含むものであれば特に限定されないが、CaO、P2O5、SiO2、及びB2O3を含有するセラミックス(CPSB系セラミックス)であることが好ましい。また、このセラミックス中のCaとPのモル比(Ca/P)は、1.5~2.5であることが好ましく、1.6~2.4であることがより好ましく、1.8~2.2であることが特に好ましい。
【0028】
ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスの形状や大きさは特に限定されないが、キラーT細胞を培養する容器などに合わせて、特定の形状や大きさにすることもできる。
【0029】
ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスの製造方法は、公知の文献(例えば、D. Nakagawa et al., Journal of Materials Science: Materials in Medicine (2020) 31:20)に記載されているので、本発明において使用するホウ素含有アパタイトを含むセラミックスもそのような文献の記載に従って製造することができる。
【0030】
ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスの製造方法の一例として、下記の工程(1)~(5)を含む方法を挙げることができる。
【0031】
工程(1)では、カルシウムを含む化合物、リンを含む化合物、ケイ素を含む化合物、及びホウ素を含む化合物を溶媒に溶解させ、溶液を得る。カルシウムを含む化合物、リンを含む化合物、ケイ素を含む化合物、及びホウ素を含む化合物は溶媒に可溶なものであれば特に限定されない。カルシウムを含む化合物としては、例えば、硝酸カルシウム四水和物を挙げることができ、リンを含む化合物としては、リン酸水素二アンモニウムを挙げることができ、ケイ素を含む化合物としては、オルトケイ酸テトラエチルを挙げることができ、ホウ素を含む化合物としては、ホウ酸を挙げることができる。これらの化合物の混合比は特に限定されないが、上記のようにCaとPのモル比を特定の値にする場合は、使用するカルシウムを含む化合物とリンを含む化合物のモル比を特定の値になるようにする。溶媒は特に限定されず、例えば、水、エタノールなどを使用することができる。各化合物の溶解を促進するため、攪拌してもよく、加温してもよく、酸や塩基を添加してpHを調整してもよい。
【0032】
工程(2)では、工程(1)で得られた溶液をゲル化させ、ゲルを得る。ゲル化は溶液を一定時間静置することにより行うことができる。静置する時間は特に限定されないが、好適には、5~15日であり、より好適には、7~12日である。ゲルを静置するときの温度は特に限定されないが、好適には、40~60℃であり、より好適には45~55℃である。
【0033】
工程(3)では、工程(2)で得られたゲルを乾燥させ、乾燥ゲルを得る。ゲルの乾燥は、例えば、ゲルを加熱することにより行うことができる。加熱は一定温度で加熱してもよく、段階的に温度を上げて加熱してもよい。加熱温度は特に限定されないが、好適には、50~300℃であり、より好適には、80~200℃である。加熱時間も特に限定されないが、好適には、3~15時間であり、より好適には、5~10時間である。
【0034】
工程(4)では、工程(3)で得られた乾燥ゲルをか焼し、粉体を得る。か焼温度は特に限定されないが、好適には、300~700℃であり、より好適には、400~600℃である。か焼時間も特に限定されないが、好適には、0.2~4時間であり、より好適には、0.5~2時間である。
【0035】
工程(5)では、工程(4)で得られた粉体を焼成し、焼結体を得る。焼成温度は特に限定されないが、好適には、800~1500℃であり、より好適には、1000~1200℃である。焼成時間も特に限定されないが、好適には、0.2~4時間であり、より好適には、0.5~2時間である。工程(4)で得られた粉体を焼成する前に、粉砕し、か焼粉体とし、このか焼粉体を成形し、その後、焼成してもよい。
【0036】
本発明のキラーT細胞の活性化方法では、通常、キラーT細胞以外の免疫細胞(例えば、ヘルパーT細胞、B細胞)が存在しない条件下で、キラーT細胞を培養する。このため、本発明のキラーT細胞の活性化方法は、キラーT細胞を単離する工程を含んでいてもよい。キラーT細胞の単離は、常法に従って行うことができ、例えば、CD3及びCD8をマーカーとしてセルソーターを用いて行うことができる。
【0037】
キラーT細胞の培養は、常法に従って行うことができる。培養温度は特に限定されないが、好適には、35~40℃であり、より好適には、36~38℃である。培養時間も特に限定されないが、10~40時間であり、より好適には、15~30時間である。培地としては、キラーT細胞の培養に一般的に用いられているものでよく、例えば、RMPI-1640培地を使用することができる。
【0038】
(B)キラーT細胞の活性化用培養基材
本発明のキラーT細胞の活性化用培養基材は、ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスを有することを特徴とするものである。
【0039】
ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスは、上述した本発明のキラーT細胞の活性化方法で使用するものと同様のものを使用することができる。
【0040】
本発明のキラーT細胞の活性化用培養基材は、通常、ホウ素含有アパタイトを含むセラミックスのみからなるが、他の物質を有していてもよい。
【実施例0041】
以下に、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0042】
1 実験方法
1-1 ゾル-ゲル法による CaO-P2O5-SiO2-B2O3 系セラミックスの作製とその特性評価
1-1-1 か焼粉体の調製
表1で示したような酸化物組成及び Ca/P 比の CPSB 系セラミックスを作製した。試料溶液は表1にしたがって、出発物質として硝酸カルシウム四水和物Ca(NO3)2・4H2O (和光純薬, 試薬特級), リン酸水素二アンモニウム(NH4)2HPO4 (和光純薬, 試薬特級), オルトケイ酸テトラエチルSi(OC2H5)4 (和光純薬, 和光特級), ホウ酸H3BO3 (和光純薬, 試薬特級) を用いて調製した。
【表1】
【0043】
はじめに、Si(OC2H5)4をエタノールに溶解し、この混合物をよく撹拌した。エタノールの量は体積比でSi(OC2H5)4の10倍とした。Ca(NO3)2・4H2O, (NH4)2HPO4及びH3BO3を含む硝酸酸性溶液を上記のエタノール溶液に加え、さらに1 h撹拌した。硝酸酸性溶液中のH2Oの量はSi(OC2H5)4が完全に加水分解するのに必要な量の10倍とし、硝酸 (60 mass%, 和光, 試薬特級) は 7 cm3を加えた。
【0044】
調製した溶液は50 ℃のインキュベーター内で約10日間静置しゲル化させた。得られたゲルを80, 100, 150及び200 ℃で8 h毎にホットプレート上で加熱して乾燥させた。乾燥したゲル粉体は、光洋サーモシステム社製1700 ℃ボックス炉を用いて、か焼温度 500 ℃、保持時間 1 h、昇温速度 10 ℃・min-1 (200 ℃まで) 及び 1 ℃・min-1 (500 ℃まで) でか焼した。得られた粉体を 200 メッシュのふるいを通過するまでメノウ乳鉢を用いて粉砕し、か焼粉体を得た。
【0045】
1-1-2 焼結体の作製
1-1-1項で得られたか焼粉体 1 g を直径 20 mmの金型成形器を用いて、成形圧 100 MPa で一軸加圧成形して成形体を作製した。作製した成形体を光洋サーモシステム社製 1700 ℃ ボックス炉を用いて、焼成温度 1100 ℃, 保持時間 1 h, 昇温速度 10 ℃・min-1 (500 ℃ まで) 及び 1 ℃・min-1 (1100 ℃まで) で焼成して焼結体を作製した。
【0046】
1-1-3 粉末 X 線回折法 (XRD) による結晶相の同定
XRD により、1-1-2 項で作製したセラミックスの結晶相を同定した。測定にはリガク社製 X 線回折装置 MiniFlex を用いた。結晶相の同定は ICDD (International Centre for Diffraction Date) カード (#09-432) を用いて行なった。測定条件を以下に示す。
〔測定条件〕
対陰極:Cu
加速電圧:30 kV
電流:15 mA
走査範囲2θ:10°~50°
スキャンスピード:2°min-1
スキャンステップ:0.02°
【0047】
1-1-4 フーリエ変換赤外吸収スペクトル (FT-IR) の測定
フーリエ変換赤外分光法 (Fourier Transform Infrared Spectroscopy: FT-IR) による赤外吸収スペクトルの測定を、作製したセラミックスに対して行なった。測定は島津製作所製 IR Prestige-21 を用いて、KBr 錠剤法により行なった。なお、試料はセラミックスを粉砕したものを用いた。以下に測定条件を示す。
〔測定条件〕
測定モード:%Transmittance
アポタイズ関数:Happ-Genzel
積算回数:40 回
スキャン回数:20 回
分解能:4 cm-1
走査速度:2.5 mm・s-1
測定範囲:400~4000 cm-1
【0048】
1-1-5 走査型電子顕微鏡 (SEM) による微細構造観察
1-1-2 項で作製した焼結体の微細構造観察を走査型電子顕微鏡 (Scanning Electron Microscope ; SEM) を用いて行なった。試料は、カーボン製両面テープを用いてアルミニウム製試料台に貼り付け、日本電子社製JFC-1600 AUTO FINE COATERを用いてPtを蒸着して観察用試料とした。装置は日本電子社製 JSM-6390LA 型走査型電子顕微鏡を使用した。なお、観察及び蒸着の際の条件は以下のとおりである。
〔測定条件〕
加速電圧:10 kV
真空モード:HV
信号:SEI
Z 軸:10 mm (9~11 mm)
スポットサイズ:30
〔白金蒸着条件〕
コーティング時間:70 s
スパッタリング電流:30 mA
【0049】
1-1-6 表面粗さの測定
1-1-2 項で得られた焼結体の表面を自動研磨機 (BUEHLER 社製 ECOMET3) を用いて、耐水研磨紙 (#400, #1000, #2000 の順) で鏡面研磨を行なった。研磨した試料はエタノール中で超音波洗浄し、表面粗さを測定した。表面粗さの種類には、対象物の表面からランダムに抜き取った各部分の表面粗さを表すパラメータである算術平均粗さ (Ra)、最大高さ (Ry)、十点平均粗さ (Rz)、凹凸の平均間隔 (Sm)、局部山頂の平均間隔 (S) 及び負荷長さ (tp) などがある。
【0050】
本実験では、代表的な表面粗さのパラメータである算術平均粗さ (Ra) を適用して測定を行なった。Ra は粗さ曲線を中心線から折り返し、その曲線と中心線によって得られた面積を長さ L で割った値をマイクロメートル (μm) で表現した物理量である。なお、表面粗さの測定は、株式会社ミツトヨ製の表面粗さ測定器 (SURFTEST SV-3100) により行ない、JIS-2001 規格に基づいて評価した。測定条件を以下に示す。
〔測定条件〕
測定長さ:4.8 mm
レンジ:80 μm
速度:0.5 mm・s-1
ピッチ:0.5 μm
測定点数:9600
【0051】
1-1-7 相対密度の測定
得られたセラミックスの寸法 (直径、厚さ) をノギスにより、重量を化学天秤により測定し、次式によりそのかさ密度 (Bulk density) を算出した。
【数1】
【0052】
焼結体の相対密度 (Relative density) は次式 により算出した。
【数2】
【0053】
真密度はピクノメーター法により測定した。浸液にはエタノールを用い、測定温度は27±0.2 ℃ で行なった。測定方法及び算出式を以下に示す。測定は 3 回行ない、その平均値を用いた。
1)乾燥したピクノメーターの質量 m0 を秤量した。
2)ピクノメーターに超純水を満たし、27 ℃ 恒温槽中に 10 min 浸した。
3)ピクノメーターの上端まで完全に超純水が満たされた状態で恒温槽から取り出し、取り出した直後の質量 mw を秤量した。
4)ピクノメーターにエタノールを満たし、27 ℃ 恒温槽中に 10 min 浸した。
5)ピクノメーターの上端まで完全にエタノールが満たされた状態で恒温槽から取り出し、取り出した直後の質量 me を秤量した。
6)エタノールの密度を次式により算出した。
【数3】
7)乾燥したピクノメーターの質量m0を秤量した。
8)1-1-2 項で得られたセラミックスを粉砕し、ピクノメーターに入れ質量 ms を秤量した。
9)試料粉体が浸るほどのエタノールをピクノメーターに入れ、アスピレーターを用いて減圧脱気を行なった。終了の目安として、気泡が発生しなくなってから 5 min 脱気を続けた。
10)ピクノメーターの上端までエタノールを満たし、27 ℃ 恒温槽中に 10 min 浸した。
11)ピクノメーターの上端まで完全にエタノールが満たされた状態で恒温槽から取り出し、取り出した直後の質量 mse を秤量した。
12)真密度を次式により算出した。
【数4】
【0054】
1-2 脾臓細胞の培養
1-2-1 脾臓細胞の採取及び細胞培養
以下の手順にしたがって脾臓細胞を採取した。また、培地は RPMI-1640 (+10% FBS: Fetal Bovine Serum, 100 U・cm-3 penicillin, 100 μg・cm-3 streptomycin, 50 mmol・dm-3 2-mercaptoethanol) を使用した。
1)7-12 週齢の C57BL/6NCr Slc マウス 1 匹を、チオペンタールを用いてサクリファイした。
2)サクリファイしたマウス及び手術台を70% エタノールで殺菌し、マウスを手術台の上に寝かせた。
3)左の上腹部に切れ目を入れ、脾臓の周辺部位を露出させた。
4)脾臓についた余分な脂肪を除去し、上記の培地 5 cm3 を浸したシャーレに入れた。
5)乾熱滅菌したナイロンメッシュシート (オープニング: 67 μm) に脾臓をのせ、潰すことで脾臓細胞を回収した。
6)15 cm3 の遠沈管にナイロンメッシュシートを用いて脾臓細胞懸濁液を移した。
7)シャーレ内を約 5 cm3 の培地で洗浄し、6) の 15 cm3 遠沈管に移した。
8)7) で脾臓細胞懸濁液を入れた遠沈管を遠心分離 (1500 rpm, 5 min, 4 ℃) し、上清を除去した。
9)脾臓細胞をタッピングすることで細胞をほぐし、Ack solution 2 cm3 を加え、on ice で 5 min 反応させ、赤血球を溶血させた。
10)9) の 15 cm3 遠沈管にリン酸緩衝溶液 (PBS(-)) を 4 cm3 加え、反応を止めた。
11)9) で脾臓細胞懸濁液を入れた遠沈管を遠心分離 (1500 rpm, 5 min, 4 ℃) し、上清を除去した。
12)上清を除去し、タッピングすることで細胞をほぐした。
13)PBS (-) を 5 cm3 加え、細胞を洗浄した。
14)13) で脾臓細胞懸濁液を入れた遠沈管を遠心分離 (1500 rpm, 5 min, 4 ℃) し、上清を除去した。
15)脾臓細胞をタッピングすることで細胞をほぐし、5 cm3 PBS (-) を加えた。
16)15) で脾臓細胞懸濁液を入れた遠沈管を遠心分離 (1500 rpm, 5 min, 4 ℃) し、上清を除去した。
17)脾臓細胞をタッピングすることで細胞をほぐし、5 cm3 培地を加えた。
18)17) で脾臓細胞懸濁液を入れた遠沈管を遠心分離 (1500 rpm, 5 min, 4 ℃) し、上清を除去した。
19)8 cm3 培地を加え、懸濁したのち、トリパンブルー (0.4 w/v% Trypan Blue Solution, Wako) 0.09 cm3 が入った 1.5 cm3 エッペンチューブに 0.01 cm3 加え染色した。
20)19) で染色した細胞懸濁液を 0.01 cm3 採取し、血球計算盤で細胞数をカウントした。
21)その後、脾臓細胞懸濁液の濃度が 1.0×106 cells・cm-3 になるよう調製した。
【0055】
なお、Ack solution は NH4Cl (8.29 g), KHCO3 (1.00 g), EDTA (2Na) (37.2 mg) 精製水 1 dm3 に溶解して調製し、オートクレーブをかけたものを使用した。PBS(-) は NaCl (8.00 g), KCl (0.20 g), NaHPO4 (1.1 g), KH2PO4 (0.20g) を超純水 1 dm3 に溶解して調製し、オートクレーブ滅菌したものを使用した。
【0056】
CPSB 系セラミックス共存下において、上記の手順で採取した脾臓細胞の培養を行なった。培養基材には 1-1-2 項で得られた CPSB1.67, CPSB2.00 及び HAp セラミックスを用いた。Control として 24 well ポリスチレンプレートを用いた。細胞培養に用いたセラミックスは、シャーレに封入して 160 ℃, 1.5 h の乾熱滅菌を行なった。これらの培養基材に、細胞密度 1.0 × 106 cells・cm-3 とした脾臓細胞懸濁液 1.0 cm3 を播種し、1 日間培養した。培養には RPMI-1640 培地を用い、37 ℃, 5%CO2 雰囲気下で行なった。
【0057】
1-2-2 フローサイトメトリー解析による免疫細胞の解析
1-2-1 項で培養した細胞を採取し、以下の手順にしたがって、細胞表面の抗原の染色を行なった。使用した抗体は表2に示す。
【表2】
1)1 cm3 の PBS (-) を分注した 5 cm3 ラウンドチューブ (BD) に細胞を回収した。
2)1) で細胞懸濁液を入れたラウンドチューブを遠心分離 (2000 rpm, 2 min, 4 ℃) し、上清を除去した。
3)細胞をボルテックスすることで細胞をほぐし、PBS (-) 1 cm3 を加えた。
4)ラウンドチューブを遠心分離 (2000 rpm, 2 min, 4 ℃) し、上清を除去した。
5)ボルテックスすることで細胞をほぐし、PBS (-) 1 cm3 を加えた後、fluorescent reactive dye (LIVE/DEAD(登録商標) Fixable Aqua Dead Cell Stain Kits, Life Technologies) を 0.001 cm3 添加し、室温・遮光で 30 min 反応させた。
6)5) のラウンドチューブに PBS (-) 1 cm3 を加え、反応を停止させた後、遠心分離 (2000 rpm, 2 min, 4 ℃) し、上清を除去した。
7)ボルテックスすることで細胞をほぐし、FACS buffer 2 cm3 を加えた。
8)ラウンドチューブを遠心分離 (2000 rpm, 2 min, 4 ℃) し、上清を除去した。
9)7), 8) の操作を再度行ない、FACS buffer で完全に置換した。
10)抗体を加えた。 (表3に添加量を記載)
11)遮光し、冷蔵庫で 15 min 静置した。
12)11) のラウンドチューブに FACS buffer を 2 cm3 加え、反応を停止させた後、遠心分離 (2000 rpm, 2 min, 4 ℃) し、上清を除去した。
13)上清を除去し、ボルテックスで細胞をほぐした。
14)FACS buffer を 2 cm3 加え、細胞を FACS buffer に置換し、遠心分離 (2000 rpm, 2 min, 4 ℃) し、上清を除去した。
15)ボルテックスで細胞をほぐし、FACS buffer を 1 cm3 加えた。
16)その後、フローサイトメーターを用い、解析を行なった。それぞれの細胞表面抗原の発現を Applied & Biosystems 製フローサイトメーター (Flow Cytometer: FCM) Attune(登録商標) Acoustic Focusing Cytometer を用いて解析した。また、FACS buffer は 10 × HANKS (100 cm3), 10% Bovine Serum Albumin; BSA (10 cm3), 20% NaN3 (5 cm3) を超純水に溶解し、1 dm3 にメスアップした後、7.5% NaHCO3 (1.6 cm3) を加えて調製し、0.20 μm フィルターをかけたものを使用した。
【表3】
【0058】
1-2-3 培養した免疫細胞の走査型電子顕微鏡 (SEM) による形態観察
1-2-2 項で培養した細胞の形態を走査型電子顕微鏡 (Scanning Electron Microscope ; SEM) により観察した。試料は、カーボン製両面テープを用いてアルミニウム製試料台に張り付け、日本電子社製 JFG-1600 AUTO FINE COATER を用いて Pt を蒸着して観察試料とした。装置は日本電子社製 JSM-6390LA 型走査型電子顕微鏡を使用した。ここで、Controlには24 well用ガラスプレートを使用した。脾臓細胞を培養したセラミックスをPBS 1 cm3で3回洗浄後、10 vol% グルタルアルデヒド/PBS 0.5 cm3を加え、4 ℃で静置し細胞を固定した。その後、再びPBS 1 cm3で3回洗浄した後、滅菌した超純水 1 cm3 で 3 回洗浄し、液体窒素に浸漬させた。凍結乾燥させた試料を SEM により以下の条件で観察した。
〔測定条件〕
加速電圧:10 kV
真空モード:HV
信号:SEI
Z 軸:10 mm (9~11 mm)
スポットサイズ:30
〔白金蒸着条件〕
コーティング時間:90 s
スパッタリング電流:30 mA
【0059】
1-3 マウス黒色腫細胞 (B16-F10 OVA) を用いた in vivo 実験系の構築と評価
1-3-1 マウス黒色腫細胞 (B16-F10-OVA) の培養
今回の in vivo 実験では、卵白アルブミン (OVA) 抗原を発現するマウス黒色腫細胞 (B16-F10-OVA) を用いた。また、培地はダルベッコ改変イーグル培地 (DMEM: Dulbecco's Modified Eagle Medium) (+10% FBS: Fetal Bovine Serum, 4 mM L-glutamine, 4500 mg・cm-3 glucose, 1 mM sodium pyruvate, 1500 mg・cm-3 sodium bicarbonate) を使用した。以下、この培地を DMEM (+) と表記する。
【0060】
B16-F10 OVA 細胞の培養は、細胞数に応じて培養面積 25 cm2 又は 75 cm2 の培養フラスコを用いて 37 ℃, 5% CO2 インキュベーター内で行ない、培地交換は 2 日に 1 回行なった。継代は Confluent になる直前の細胞をリン酸緩衝液 (PBS (-)) で洗浄したのち 0.25% Trypsin-EDTA で処理し、37 ℃ の 5% CO2 インキュベーター内で 2 分間インキュベートすることでフラスコから細胞を剥がした。Trypsin と同量の DMEM (+) で中和し、懸濁液とした。懸濁液は遠沈管に移し、900 g, 5 min 遠心分離した。上清を取り除き、懸濁液にし、血球計数盤を用いて細胞数をカウントした。細胞数が 5.0 × 104 cells・cm-3 となるように懸濁液を遠沈管に加え、合計 5 cm3 又は 15 cm3 になるように DMEM (+) を加え、懸濁したのちフラスコ内に播種した。
【0061】
1-3-2 培養した黒色腫細胞のマウスへの投与
本実験では、B16-F10 OVA 細胞のマウスにおける腫瘍形成を行うために、実験動物 C57BL/6N マウス 6 週齢を使用して皮下注射による B16-F10 OVA 細胞の投与を行なった。麻酔はイソフルランによる吸入麻酔にて行い、細胞投与の 2 日前に除毛クリームによるマウス腹部の除毛を行なった。皮膚の炎症が治まった 2 日後に細胞をマウスへ投与した。細胞数は、マウス 1 匹に対し 1 × 106 cells・50 mm-3 マウス左腹部に各 1 箇所ずつ投与した。図1に今回構築した in vivo 実験系の様子を示す。今回実験で使用したマウスは 12 匹であり、実験を行なうにあたって明治大学動物実験委員会の承認を得ている。
【0062】
1-3-3 マウス腫瘍サイズ及び体重の測定
1-3-2 項にて B16-F10 OVA 細胞を投与した後、投与した日を 0 日目として 1, 3, 5, 7, 8, 11, 13, 15 日目にマウス腫瘍サイズ及び体重の測定を行なった。腫瘍サイズは次式により算出した。
【数5】
【0063】
1-3-4 マウス腫瘍の組織学的評価
腫瘍サイズの測定及び体重の測定を行なった後、マウスから腫瘍組織を取り出し、PBS (-) 1 cm3 で 3 回洗浄後、PBS (-) 2 cm3 に 24 h 浸漬させることで取り出した組織の洗浄を行なった。その後、PBS (-) 1 cm3 でさらに 3 回洗浄し、4 vol% パラホルムアルデヒド/PBS (-) 2 cm3 を加え、4 ℃ で静置し固定処理を行なった。その後、再び PBS (-) 1 cm3 で 3 回洗浄し、十分量の PBS (-) に浸漬させた後、株式会社モルフォテクノロジーに依頼してパラフィン包埋された標本及びヘマトキシリン-エオジン (Hematoxylin-Eosin: HE) 染色、CD3 抗体による免疫組織化学染色の施された標本を入手し、組織学的評価を行なった。
【0064】
1-3-5 がん化マウスへの免疫細胞の投与及びその抗腫瘍効果の検証
OVA 抗原を認識する CD8 (+) T 細胞 (より詳しくは、OT-I transgenic mice から単離された、MHCクラスI分子上に提示されたOVA抗原を認識するT細胞受容体を発現するCD8 (+) T細胞) を、CPSB 系セラミックス共存下において培養を行なった。なお、CD8 (+) T細胞はキラーT細胞と同義であり、上記の遺伝子換えマウスを用いた実験を行なうにあたって、明治大学の承認を得ている。培養基材にはBAp を含む CPSB 系セラミックス (CPSB 1.67 と CPSB 2.00) と、BApを含まない水酸アパタイト (HAp) セラミックスを用いた。
【0065】
ここで、HAp セラミックスは次のように作製した。太平化学製の HAp 粉体 (HAp-100 : Lot No. SA4652) 約 1 g を直径 20 mm の金型成形器を用いて、成形圧 50 MPa で一軸加圧成形して成形体を作製した。作製した成形体を光洋サーモシステム社製 1700 ℃ ボックス炉を用いて、焼成温度 1200 ℃、保持時間 5h、昇温温度 10 ℃・min-1 で焼成することで HAp セラミックスを作製した。
【0066】
BAp の有無の比較として HAp セラミックスを使用し、Control として 24 well ポリスチレンプレートを用いた。細胞培養に用いたセラミックスは、シャーレに封入して 160 ℃, 1.5 h の乾熱滅菌を行なった。これらの培養基材に、細胞密度 2.0 × 107 cells・cm-3 とした CD8 (+) T 細胞懸濁液 1.0 cm3 を播種し、1 日間培養した。培養には RPMI-1640 培地を用い、37 ℃, 5%CO2 雰囲気下で行なった。
【0067】
上記の手順にて培養した CD8 (+) T 細胞を回収し、マウス 1 匹に対して 50 mm3 尾静脈注射した。図1に投与箇所を示す。CD8 (+) T 細胞を投与した日を、B16-F10-OVA 細胞の投与から起算して 7 日目とし、8, 11, 13, 15 日目にマウス腫瘍サイズの測定と体重の測定を行なった。腫瘍サイズは先述の式と同様にして算出した。今回、Polystyrene Plate, HAp-100, CPSB 1.67, CPSB 2.00 と共培養した CD8 (+) T 細胞 を各 3 匹ずつマウスに投与した。
【0068】
2 結果と考察
2-1 ゾル-ゲル法により作製した CaO-P2O5-SiO2-B2O3 系セラミックスの特性評価
2-1-1 粉末 X 線回折法 (XRD) による結晶相の同定
CPSB セラミックスの XRD パターンを図2に示す。CPSB1.67 の結晶相はα-リン酸三カルシウム(α-TCP) 及びHApであり、CPSB2.00 では HAp 単一相が得られた。これらの結果から、Ca/P 比がHApの理論値である1.67よりも高い組成である方が、HApが生成しやすいと考えられる。
【0069】
2-1-2 フーリエ変換赤外吸収スペクトル (FT-IR) の測定
BAp の結晶相は HAp に代表されるアパタイトの結晶構造と類似した構造であるため、XRD の結果のみでは BAp を生成したと断定することはできない。そのため、FT-IR スペクトルの測定により、焼結体を構成する官能基やイオン種を調査した。
各セラミックス上の FT-IR スペクトルを図3に示す。いずれのサンプルにおいても1300~900 cm-1, 600 cm-1 及び 560 cm-1 に PO4 3-に帰属される吸収が、800 cm-1 及び 460 cm-1 に Si-O-Si に帰属される吸収が、2000 cm-1, 1940 cm-1, 750 cm-1 及び 680 cm-1 にBO2 - 及び BO3 3-に帰属される吸収が確認された。 1300~900cm-1 の吸収帯は P-O 伸縮に、600 cm-1 及び 560 cm-1の吸収帯はO-P-O変角振動に基づいている。また、2000 cm-1及び 1940 cm-1 付近にBO2 -のB-O伸縮振動に帰属する吸収帯が、750 cm-1 付近に BO3 3- に帰属される吸収が、680 cm-1 付近に B-O-Siに帰属される吸収が確認された。FT-IR スペクトルより BO2 - 及び BO3 3- の存在が確認されたことから BAp が生成していることが分かった。
【0070】
2-1-3 走査型電子顕微鏡 (SEM) による微細構造観察
次に、セラミックスの微細構造を観察するため、SEM による観察を行なった。各セラミックスの SEM 写真を図4に示す。いずれのセラミックスにおいても粒成長が進み、気孔が排除され、緻密化されていることが確認された。
【0071】
2-1-4 表面粗さの測定
材料表面と細胞の相互作用を統一するために、セラミックスの表面研磨を行ない、表面粗さを測定した。研磨前及び研磨後の表面粗さ測定結果を図5に示す (‘ 付きのサンプルが研磨後である)。各セラミックスにおける研磨後の表面粗さは約 0.07 μm であり、研磨後の材料表面はほぼ一定であることが確認できた。この結果から、細胞培養においてセラミックスの表面粗さが与える影響はないといえる
【0072】
2-1-5 相対密度の測定
CPSB 系セラミックスの相対密度測定を行なった。相対密度はかさ密度をその真密度で割ることにより産出した。ここで、ピクノメーター法により測定した真密度を用いたのは得られた焼結体がいくつかの結晶相を含んでいることにより、格子定数から算出される理論密度を適用できないためである。測定結果より、CPSB1.67 及び CPSB2.00 の真密度はそれぞれ 2.58 g・cm-3 及び 2.61 g・cm-3 であり、それらの相対密度は 87.6 % 及び 91.2 % であった。以上の結果より、 CPSB 系セラミックスは相対密度が高く、図4の CPSB 系セラミックス表面の SEM 写真からも分かるように、緻密体であることが分かった。
【0073】
2-2 ゾル-ゲル法により作製した CaO-P2O5-SiO2-B2O3 系セラミックスと免疫細胞との共存培養による免疫細胞の評価
免疫細胞に及ぼす CPSB 系セラミックスの影響を調査するため、セラミックス上でマウスの脾臓から採取した脾臓細胞の培養を行なった。培養基材には、BAp を含む CPSB1.67、CPSB2.00 を用いた。また、Control として細胞培養用 24 well ポリスチレンプレートを使用し、BAp を含まないセラミックスとの比較として HAp セラミックスを用いた。
【0074】
2-2-1 細胞比率
脾臓細胞の割合の調査をするため、抗体に T 細胞の表面マーカーとして抗 CD3 抗体、成熟 T 細胞のヘルパーサブセットマーカーとして抗 CD4 抗体、成熟 T 細胞の細胞障害性サブセットマーカーとして抗 CD8 抗体を用い、フローサイトメトリー解析を行い、発現量の違いを調査した。
【0075】
まず、CPSB 系セラミックス及び HAp セラミックスに脾臓細胞を播種 1 日後、ヘルパー T 細胞の割合を調査するため、T 細胞の表面マーカーとして抗 CD3 抗体及び成熟ヘルパー T 細胞のサブセットマーカーとして抗CD4抗体を添加し、フローサイトメトリー解析を行なった。Control (ポリスチレン) を 100% とした時の CD3 及び CD4 を発現しているヘルパー T 細胞の割合を図6に示す。 Control (ポリスチレン) を 100.00% とした時、HAp では 104.83%、CPSB 1.67 では 113.78%、CPSB2.00 では 109.23% となった。Control と比較すると、CPSB 系セラミックス上で培養した免疫細胞中のヘルパー T 細胞の割合は高い値を示した。CPSB2.00 より CPSB1.67 の方がヘルパー T 細胞の割合が高くなったが、これは、CPSB1.67 に含まれる α-TCP が、ヘルパー T 細胞に影響を与える可能性があると考えられる。
【0076】
また、キラーT細胞の割合を調査するため、T細胞の表面マーカーとして抗CD3抗体及び成熟T細胞の細胞障害性サブセットマーカーとして抗 CD8 抗体を添加し、フローサイトメトリー解析を行った。Control (ポリスチレン) を 100% とした時の CD3 及び CD8 を発現しているキラー T 細胞の割合を図7に示す。Control (ポリスチレン) を 100.00% とした時、HAp では 105.34%、CPSB 1.67 では 105.58%、CPSB2.00 では 105.00% となった。Control と比較すると CPSB1.67 及び CPSB2.00 上で培養した免疫細胞中のキラー T 細胞の割合は高い値を示した。このことから、BApを含むCPSB1.67及びCPSB2.00はControlよりも脾臓細胞中のキラーT細胞の割合を向上させることが分かる。
【0077】
2-2-2 形態観察
CPSB 系セラミックス上で培養した脾臓細胞の形態を SEM により観察した。SEM による観察結果を図8に示す。 SEM 写真から、いずれのサンプルにおいても培養基材と細胞が接触している様子が観察された。また、 CPSB 系セラミックス上では脾臓細胞に糸状の仮足が見られ、CPSB 系セラミックスと接触することにより活性化していると考えられる。
【0078】
2-3 マウス黒色腫細胞 (B16-F10 OVA) を用いた in vivo 評価
2-3-1 マウス腫瘍サイズ及び体重測定
マウスの左腹部皮下へ B16-F10 OVA 細胞を投与し、7 日後に培養後の CD8 (+) T 細胞を投与した際のマウスの腹部の写真を図9に示す。B16-F10 OVA 細胞投与後から 7 日目あたりから腫瘍が形成され、徐々に大きくなっていることが分かった。また、CPSB 2.00 で顕著に腫瘍成長が抑制されていることが分かった。
【0079】
次に、それぞれ腫瘍サイズをまとめたグラフを図10に、体重をまとめたグラフを図11に示す。なお、腫瘍サイズは 1-3-3 項に示したように、次式により算出した。
【数6】
【0080】
図10より Control(Plate) 及び HAp 上で培養した CD8(+) 細胞を投与したマウスの腫瘍サイズとCPSB 系セラミックス上で培養した CD8(+) 細胞を投与したマウスの腫瘍サイズを比較すると、 CPSB 系セラミックス上で培養した CD8(+) 細胞を投与したマウスの腫瘍成長が抑制されていることが分かった。
【0081】
図11より CPSB 系セラミックス上で培養した「CD8(+) T細胞」(キラーT細胞)を投与したマウスの体重は緩やかに増加し、安全面で問題がないと考えられる。一方で HAp セラミックス上で培養した CD8(+) 細胞を投与したマウスの体重の増加は CPSB 系セラミックス上で培養した CD8(+) 細胞を投与したマウスの体重増加より大きかった。これは腫瘍成長を抑制できなかったことによる腫瘍の肥大化が要因であると考えられる。また、HAp セラミックス上で培養した CD8(+) 細胞を投与したマウスの体重が 14 日目で減少が見られた。これはマウスの健康面に問題が生じたことが要因と考えられる体重の減少量が、肥大化している腫瘍の重量を上回ったと考えられる。
【0082】
2-3-2 マウス腫瘍の組織学的評価
Control (Polystyrene Plate), HAp, CPSB1.67, CPSB2.00 上で培養した免疫細胞を投与したマウス腫瘍の組織学的評価として、ヘマトキシリンエオジン染色による切片画像を図12に、CD3 抗体による免疫組織化学染色による切片画像を図13に示す。
【0083】
今回、以下のような抗腫瘍効果のプロセスを考え、実験を行なった。まず、各培養基材上で CD8(+) T細胞を培養・活性化させ、担がんマウスの尾静脈に投与する。これによって、血液中に侵入した CD8(+) 細胞は、血液の流れに沿って腫瘍目掛けて移動し、腫瘍に到達する。到達した CD8(+) 細胞は腫瘍の外側から侵入し、がん細胞を攻撃することで、がん細胞の増殖を防ぎ、腫瘍成長を抑制し、抗腫瘍効果を示す。上記の抗腫瘍効果のプロセスから、腫瘍の外側付近の生きているがん細胞、死んでいるがん細胞、侵入したと考えられる T 細胞に着目して評価した。
【0084】
まず、図12 の HE 染色によるマウス腫瘍の切片画像より、生きているがん細胞と死んでいるがん細胞の様子を観察して、抗腫瘍効果を評価した。判断方法としては、核が大きく紫色が薄く、細胞質の部分が大きい細胞を生きているがん細胞とし、核が小さめで黒っぽく見える細胞を死んでいるがん細胞とした。ついで、図13のCD3 抗体による免疫化学染色よるマウス腫瘍の切片画像より、侵入したと考えられる T 細胞の様子を観察して、抗腫瘍を評価した。黒茶色のものを陽性の T 細胞と判断した。そして、生きているがん細胞と死んでいるがん細胞と T 細胞の様子をより明瞭に観察するために、図14にCPSB2.00 で培養した CD8(+) 細胞を投与したマウスの腫瘍切片を拡大した画像を示す。
【0085】
図12及び図13 より、 Plate、 HAp 上で培養した免疫細胞を投与したマウスの腫瘍では、生きているがん細胞が多く、死んでいるがん細胞が少ないことが分かった。T 細胞も少なかったことから、がん細胞の増殖を抑制しきれていないと考えられる。一方、CPSB 系セラミックス上で培養した免疫細胞を投与したマウスの腫瘍では、死んでいるがん細胞が多く確認され、それらの近傍に T 細胞が多くいることが確認できた。このことから活性化した T 細胞ががん細胞を攻撃したことで、がん細胞の増殖を抑制できたと考えられる。
【0086】
図14より、顕著に抗腫瘍効果が得られた CPSB2.00 で培養した CD8(+) T細胞を投与したマウスの腫瘍の切片画像を拡大したものを見ると、腫瘍内部に核が大きく紫色が薄く、細胞質の部分が大きな生きているがん細胞が多く見られ、腫瘍の外側付近に核が小さめで黒っぽい死んでいるがん細胞が多く見られた。そして、死んでいるがん細胞の近傍で、多くの黒茶色の T 細胞が見られた。これらのことから、CPSB2.00 では腫瘍の外側から侵入した T 細胞が、がん細胞を攻撃する様子が顕著に観察でき、抗腫瘍効果を得られたと考えられる。
【0087】
本研究で得られた知見から、 CPSB 系セラミックスは、免疫賦活効果を有しており、活性化された免疫細胞を投与することで、抗腫瘍効果を有することが分かった。このことから、 CPSB 系セラミックスは「養子免疫療法」に有用なバイオマテリアル、すなわち「イムノセラミックス」として期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は、バイオマテリアルに関連する各種産業において利用可能である。
図1
図2
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図9
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図11
図12
図13
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