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特開2024-144147ホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024144147
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】ホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241003BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20241003BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20241003BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20241003BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20241003BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20241003BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
C22C38/00 301T
C22C38/14
C22C38/58
C21D1/18 C
C21D9/00 A
C21D9/46 J
C22C38/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024022727
(22)【出願日】2024-02-19
(31)【優先権主張番号】P 2023056200
(32)【優先日】2023-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100136777
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 純子
(74)【代理人】
【識別番号】100221589
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 俊博
(72)【発明者】
【氏名】荒木 晴香
(72)【発明者】
【氏名】松本 宗
(72)【発明者】
【氏名】鵜川 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】濱本 紗江
【テーマコード(参考)】
4K037
4K042
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA06
4K037EA09
4K037EA11
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA16
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA28
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA36
4K037EB05
4K037EB08
4K037EB09
4K037EC01
4K037FA02
4K037FA03
4K037FC04
4K037FE01
4K037FE02
4K037FE03
4K037FG00
4K037FH00
4K037FJ02
4K037FJ04
4K037FJ05
4K037FJ06
4K037GA05
4K037GA08
4K037JA06
4K042AA25
4K042BA01
4K042BA06
4K042BA14
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042CA14
4K042DA01
4K042DA06
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DD01
4K042DE02
(57)【要約】
【課題】耐LME性に優れる高強度のホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板とその製造方法を提供する。
【解決手段】素地鋼板の成分組成が、C:0.15~0.50質量%、Si:0.02~2.5質量%、Mn:0.5~5質量%、P:0.03質量%以下(0質量%を含む)、S:0.02質量%以下(0質量%を含む)、Al:0.010~1質量%、Ti:0.005~0.080質量%、およびB:0.0005~0.005質量%を満たし、残部がFeおよび不可避不純物であり、グロー放電発光分析法(GD-OES)でめっき層の表面からめっき層の厚さ方向に元素分析を行ったときに、該めっき層を構成するZnの濃度が1.0質量%である位置の炭素濃度[Cf](質量%)と、バルク炭素濃度[Cb](質量%)が式(1):[Cf]≦0.65×[Cb]を満たすホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
素地鋼板の成分組成が、
C :0.15~0.50質量%、
Si:0.02~2.5質量%、
Mn:0.5~5質量%、
P :0.03質量%以下(0質量%を含む)、
S :0.02質量%以下(0質量%を含む)、
Al:0.010~1質量%、
Ti:0.005~0.080質量%、および
B :0.0005~0.005質量%を満たし、
残部がFeおよび不可避不純物であり、
グロー放電発光分析法(GD-OES)でめっき層の表面からめっき層の厚さ方向に元素分析を行ったときに、該めっき層を構成するZnの濃度が1.0質量%である位置の炭素濃度[Cf](質量%)と、バルク炭素濃度[Cb](質量%)が、下記式(1)を満たす、ホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板。
[Cf]≦0.65×[Cb] ・・・(1)
【請求項2】
前記素地鋼板の成分組成が、下記(a)と(b)のうちの1以上を満足する、請求項1に記載のホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板。
(a)更に、
Cr:0質量%超、1.2質量%以下、
Mo:0質量%超、1質量%以下、および
Ca:0質量%超、0.0040質量%以下よりなる群から選択される1種以上の元素を含む。
(b)更に、
Nb:0質量%超、0.040質量%以下、
V :0質量%超、0.30質量%以下、
Cu:0質量%超、0.30質量%以下、
Ni:0質量%超、0.30質量%以下、
Mg:0質量%超、0.010質量%以下、および
REM:0質量%超、0.010質量%以下よりなる群から選択される1種以上の元素を含む。
【請求項3】
請求項1または2に記載の成分組成を満たす熱延鋼板または冷延鋼板を、露点が-20℃~+10℃である還元性雰囲気にて、500~930℃で90~1000秒滞在させることを含む焼鈍工程と、その後の亜鉛系めっき工程とを含む、ホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記亜鉛系めっき工程は、溶融亜鉛めっき工程である、請求項3に記載のホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両における乗員の安全性向上が求められており、係る目的のために車体の材料の強度を向上させてきた。他方、地球温暖化問題等の深刻化を背景に、自動車の燃費改善の動きが加速している。燃費改善には車体の軽量化が有効であることが知られている。
【0003】
ホットスタンプ用(熱間成形用)鋼板は、例えば車体軽量化の実現を目的として、高強度化と加工性(形状凍結性等)の両立を容易に可能とすることができる。特に耐食性が必要となる部位には、溶融亜鉛めっきホットスタンプ用鋼板が適用されている。
【0004】
上記ホットスタンプ用(熱間成形用)鋼板として、次の様な鋼板が、従来提案されている。例えば特許文献1には、スポット溶接したときの接合部の強度に優れると共に、熱間での成形時に破断や割れなどを発生させずに良好な成形が実現できる熱間成形用鋼板として、TiとNの関係を規定した鋼板が示されている。また特許文献2には、強度と靱性のバランス及び硬度安定性の両方に優れたホットスタンプ用鋼板として、C、Si、Mn及びCrの含有量のバランスを調整する等、合金元素の割合を高めて高強度を図ることが示されている。
【0005】
しかし、亜鉛系めっき鋼板の合金元素の割合が高まると、溶融金属脆化(LME Liquid Metal EmbrittlementまたはLMC Liquid Metal Cracking)による割れ(LME割れ)が起こりやすい。特に前記亜鉛系めっき鋼板を用いてホットスタンプを行い、部品に成型後、車体組み立てのためスポット溶接を行ったときにLME割れが発生すると、溶接部の接手強度が不足するとの問題がある。該問題に対して、例えば特許文献3には、合金化溶融亜鉛めっき鋼板をホットスタンプして得られた成形体において、溶接性および化成処理性を向上させ、且つLMEを抑制するため、炉内での加熱時間(炉内時間)を約4分間以上とする必要があったこと、ホットスタンプは冷間プレスに比べてプレス生産性に劣るため、炉内時間の短縮が求められていることに鑑みて、ホットスタンプ用合金化溶融亜鉛めっき鋼板における合金化溶融亜鉛めっき皮膜のFe濃度を8.0質量%超に高めること、Fe-Zn固溶相化に時間がかかることを避けるため、めっきの付着量を低減(Zn量が15.0~40.0g/m)することで、めっきの融点の上昇を図る技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007-169679号公報
【特許文献2】特開2019-173158号公報
【特許文献3】特開2022-131411号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】林公隆ら、「Zn-Fe合金めっき鋼板の塗膜下腐食における腐食先端部の挙動」、鉄と鋼、第76年(1990)第9号、第1496-1503頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献3の技術では、LMEの抑制は可能であるものの、めっきの付着量が低減されているため、めっきの耐食性確保に寄与する有効亜鉛量が低下し、めっき本来の役割である耐食性向上効果が発揮され難い。めっきの耐食性については、非特許文献1に示される通り、特にめっき中のFe濃度が65質量%を超えると耐食性が大きく悪化することが知られている。よって、高強度を示すとともに、LMEの抑制と、耐食性の確保とを併せて実現することが望まれていた。本開示は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、めっきが本来有する耐食性を確保しつつ、優れた耐LME性を発揮し、更にホットスタンプ後に高強度(特に引張強さ1.5G級以上)を示す、ホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板と、その製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の態様1は、
素地鋼板の成分組成が、
C :0.15~0.50質量%、
Si:0.02~2.5質量%、
Mn:0.5~5質量%、
P :0.03質量%以下(0質量%を含む)、
S :0.02質量%以下(0質量%を含む)、
Al:0.010~1質量%、
Ti:0.005~0.080質量%、および
B :0.0005~0.005質量%を満たし、
残部がFeおよび不可避不純物であり、
グロー放電発光分析法(GD-OES)でめっき層の表面からめっき層の厚さ方向に元素分析を行ったときに、該めっき層を構成するZnの濃度が1.0質量%である位置の炭素濃度[Cf](質量%)と、バルク炭素濃度[Cb](質量%)が、下記式(1)を満たす、ホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板である。
[Cf]≦0.65×[Cb] ・・・(1)
【0010】
本発明の態様2は、
前記素地鋼板の成分組成が、下記(a)と(b)のうちの1以上を満足する、態様1に記載のホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板である。
(a)更に、
Cr:0質量%超、1.2質量%以下、
Mo:0質量%超、1質量%以下、および
Ca:0質量%超、0.0040質量%以下よりなる群から選択される1種以上の元素を含む。
(b)更に、
Nb:0質量%超、0.040質量%以下、
V :0質量%超、0.30質量%以下、
Cu:0質量%超、0.30質量%以下、
Ni:0質量%超、0.30質量%以下、
Mg:0質量%超、0.010質量%以下、および
REM:0質量%超、0.010質量%以下よりなる群から選択される1種以上の元素を含む。
【0011】
本発明の態様3は、
態様1または2に記載の成分組成を満たす熱延鋼板または冷延鋼板を、露点が-20℃~+10℃である還元性雰囲気にて、500~930℃で90~1000秒滞在させることを含む焼鈍工程と、その後の亜鉛系めっき工程とを含む、ホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板の製造方法である。
【0012】
本発明の態様4は、
前記亜鉛系めっき工程は、溶融亜鉛めっき工程である、態様3に記載のホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板の製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、耐LME性に優れる高強度のホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板とその製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例における評価用鋼板の採取位置を示す図である。
図2】実施例におけるホットスタンプ前のサンプルの炭素プロファイルを示す図であり、左が比較例の炭素プロファイル、右が本発明例の炭素プロファイルである。
図3】実施例におけるホットスタンプ前のサンプルのEDX分析エリアの一例を示すSEM写真である。
図4】実施例におけるホットスタンプ前のサンプルのEDX分析結果を示す図である。
図5】実施例におけるホットスタンプのヒートパターンを示す図である。
図6】実施例におけるホットスタンプ後のサンプルの炭素プロファイルを示す図であり、左が比較例の炭素プロファイル、右が本発明例の炭素プロファイルである。
図7】実施例におけるホットスタンプ後のサンプルのEDX分析エリアの一例を示すSEM写真である。
図8】実施例におけるホットスタンプ後のサンプルのEDX分析結果を示す図である。
図9】実施例における溶接試験の条件を示す図である。
図10】実施例における溶接試験用サンプルの採取位置を説明する図である。
図11】実施例における溶接試験後のサンプル断面の割れ観察箇所を説明する図である。
図12】実施例における溶接試験後の内割れとボイドを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、耐食性確保のための亜鉛めっき層を形成することを前提に、ホットスタンプ後に高強度を示し、かつ耐LME性にも優れた、ホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板を得るべく、鋭意研究を行った。まず本発明者らが検討を行ったところ、ホットスタンプ用鋼板は、一般的な冷延鋼板と異なり、ホットスタンプ時に加熱を行うことで、めっき層と地鉄の界面(以下「めっき地鉄界面」という)に炭素(C)が濃化する現象が起こることが分かった(後述する図6の左の炭素プロファイルに示される通り、ホットスタンプ後のめっき地鉄界面の炭素濃度[C]:0.303質量%は、バルクの炭素濃度0.220質量%よりも高くなっている)。炭素は耐LME性を悪化させる元素であることが知られており、ホットスタンプ用鋼板の耐LME性悪化の主要因は、この炭素の濃化現象にあることをまず突き止めた。
【0016】
そして、ホットスタンプ後のめっき地鉄界面における炭素の濃化現象を抑制するには、ホットスタンプに供する亜鉛系めっき鋼板のめっき地鉄界面の炭素濃度を抑制すること、具体的には下記式(1)を満たすようにすることが重要であることを見出した。
[Cf]≦0.65×[Cb] ・・・(1)
式(1)において、
[Cf]は、グロー放電発光分析法(GD-OES)でめっき層の表面からめっき層の厚さ方向に元素分析を行ったときに、該めっき層を構成するZnの濃度が1.0質量%である位置の炭素濃度(質量%)であり、[Cb]は、バルク炭素濃度(質量%)である。
【0017】
上記式(1)において、「グロー放電発光分析法(GD-OES)でめっき層の表面からめっき層の厚さ方向に元素分析を行ったときに、該めっき層を構成するZnの濃度が1.0質量%である位置」とは、本実施形態におけるめっき地鉄界面をいう。言い換えると、亜鉛めっき層は、めっき層表面からの、亜鉛(Zn)の濃度が1質量%以上の領域をいう。上記グロー放電発光分析法(GD-OES)でめっき層の表面からめっき層の厚さ方向に行う元素分析は、実施例に示す方法で行う。
【0018】
また、バルク炭素濃度[Cb](質量%)は、全板厚×50mm×50mm以上のホットスタンプ用鋼板を、燃焼-赤外線吸収法で分析して求めた炭素(C)濃度をいう。バルク炭素濃度を求めるにあたり、バルクの各元素の含有量の分析は、常法の方法で実施すればよく、以下の方法で実施される。なお、後述する実施例で製造した鋼板は、Si量が0.7質量%超であったため、下記に示す通り重量法でSi量を求めたが、Si量が0.7質量%以下の場合には、ICPでの分析が推奨される。
<分析方法>
・誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP):Si(0.7質量%以下の場合)、Mn、P、Cu、sol-Al、Ni、Cr、Mo、V、Nb、Ti、B、Ca
・フレームレス原子吸光光度法:Sn
・重量法:Si(0.7質量%超の場合)
・燃焼-赤外線吸収法:C、S
・不活性ガス融解-TCD法[N]、不活性ガス融解-赤外吸収法[O]:N、O
【0019】
本発明者らは、上記式(1)に示す通り、ホットスタンプ前の亜鉛系めっき鋼板の表層域において、例えば後述する図2の右の炭素プロファイルの通り、めっき地鉄界面の炭素濃度を、[バルク炭素濃度×0.65]以下に低減、すなわち表層脱炭層を設けることによって、後述する図6の右の炭素プロファイルの通り、ホットスタンプ後のめっき地鉄界面の炭素濃度を、バルク炭素濃度とほぼ同じ0.225質量%に抑えられることを見出した。それにより後述する実施例に示す通り、該めっき鋼板を用いて溶接を行った場合にも、LME割れを抑制することができた。このことから、ホットスタンプ前の亜鉛系めっき鋼板表層域の炭素を低減することで、ホットスタンプ後の炭素濃化現象を抑制でき、その結果、耐LME性の改善効果が発現されたと考えられる。前記ホットスタンプ前の亜鉛系めっき鋼板表層域において、めっき地鉄界面の炭素濃度は、好ましくはバルク炭素濃度の0.60以下、より好ましくはバルク炭素濃度の0.50以下である。耐LME性を高める観点からはバルク炭素濃度に対する比率が小さいほど好ましい。なお、製造条件、ホットスタンプ後の鋼板の機械的特性等を考慮すると、バルク炭素濃度に対するめっき地鉄界面の炭素濃度の比率の下限は0.01程度でありうる。
【0020】
上記ホットスタンプ前の亜鉛系めっき鋼板におけるめっき地鉄界面の炭素濃度の低減は、後述する条件で製造することにより実現できる。
【0021】
[成分組成]
以下、本実施形態のホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板における素地鋼板(めっき鋼板のめっき層を除いた部分をいう)の成分組成について説明する。本実施形態に係るホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板では、下記の成分組成を満たすことによって、ホットスタンプ後の1.5GPa級以上の強度を確保でき、また、部品生産性やめっき性の改善、耐LME性の改善も可能である。
【0022】
[C:0.15~0.50質量%]
Cは、鋼板の強度向上に有効な元素であり、ホットスタンプ後にTS:1470MPa以上の強度を達成するには、C量を0.15質量%以上とする必要がある。C量は、好ましくは0.18質量%以上、より好ましくは0.20質量%以上である。一方、C量が0.50質量%を超えると、高強度は容易に達成しやすくなるが、熱延鋼板等の原板の必要以上の強度上昇、溶接性の悪化といった問題が発生する。またCは、耐LME性に悪影響を与える元素でもある。よってC量は、0.50質量%以下、好ましくは0.40質量%以下、より好ましくは0.38質量%以下、更に好ましくは0.35質量%以下である。
【0023】
[Si:0.02~2.5質量%]
Siは、マルテンサイトの自己焼き戻しを抑制する効果があるため、硬度安定性の向上、ひいては部品製造時の生産性確保に有効な元素である。また、Siが微量に含まれることで、鋼板製造時の不めっきを抑制する効果が発揮される。これらの効果を発揮させるため、Si量を0.02質量%以上とする。Si量は、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.5質量%以上、更に好ましくは0.7質量%以上である。一方、Si量が2.5質量%を超えると、Ac3点が上昇するため、部品製造時のホットスタンプ加熱温度の上昇を招く。更にSiは、耐LME性に悪影響を与える元素である。この要因は明確でないが、本発明者らの研究結果から、めっき中に固溶することでめっきの融点を低下させるためであると考えられる。これらの観点から、Si量を2.5質量%以下とする。Si量は、好ましくは2.4質量%以下、より好ましくは2.2質量%以下である。
【0024】
[Mn:0.5~5質量%]
Mnは、焼入れ性を確保して、ホットスタンプ後にTS:1470MPa以上の強度を達成するのに必要な元素である。よってMn量を0.5質量%以上とする。Mn量は、好ましくは1.0質量%以上、より好ましくは1.5質量%以上である。一方、Mn量が過剰になると、熱延鋼板等の原板の必要以上の強度上昇を招く。またMnは耐LME性を悪化させる元素でもある。よって、Mn量を5質量%以下とする。Mn量は、好ましくは4.5質量%以下、より好ましくは4.0質量%以下である。
【0025】
[P:0.03質量%以下(0質量%を含む)]
Pは、不純物元素として不可避的に存在する元素である。Pは、靭性と耐遅れ破壊性に悪影響を及ぼす。よってPは少ない方がよく、P含有量は0.03質量%以下であり、好ましくは0.010質量%以下である。なお、本明細書において「0質量%を含む」とは、意図的に添加しない実施形態、すなわち不可避不純物レベル以下の含有量である場合を包含する(意図的に添加した場合を排除するものではない)ことを意味する。
【0026】
[S:0.02質量%以下(0質量%を含む)]
Sは、不純物元素として不可避的に存在する元素である。Sは、靭性と耐遅れ破壊性に悪影響を及ぼす。よってSは少ない方がよく、S含有量は0.02質量%以下であり、好ましくは0.010質量%以下、より好ましくは0.005質量%以下である。
【0027】
[Al:0.010~1質量%]
Alは、脱酸剤として作用する元素である。この効果を発揮させるためAl含有量は、0.010質量%以上とする。Al含有量は好ましくは0.015質量%以上である。一方、鋼板中にAlが過剰に含まれると、金型冷却後の硬度が低下する。また、Alが過剰に生成することで低温靱性が劣化する。このため、Al含有量は1質量%以下とする。Al含有量は、好ましくは0.8質量%以下であり、より好ましくは0.1質量%以下である。なお、ここでいうAl含有量は、固溶状態のAl(sol.Al)の含有量を意味する。
【0028】
[Ti:0.005~0.080質量%]
Tiは、後述するBの効果を発現させるため、Bの固溶に悪影響を及ぼすNをTiで析出させ無害化する効果を有する。またTiは、Bと共に含有させることでBの固溶量を増加させ、LME割れに対する耐性を向上する効果を有する。これらの効果を発現させるため、Ti量は、0.005質量%以上とする。Ti量は、好ましくは0.010質量%以上、より好ましくは0.015質量%以上、更に好ましくは0.020質量%以上である。一方、Ti量が過剰であると、炭化物の析出、結晶粒微細化等が生じ、熱延鋼板等の原板の強度が必要以上に高まり、加工性が劣る等して経済性に悪影響を及ぼす。よって、Ti量は0.080質量%以下である。Ti量は、好ましくは0.070質量%以下、より好ましくは0.060質量%以下である。
【0029】
[B:0.0005~0.005質量%]
Bは、焼入れ性を確保して、ホットスタンプ後にTS:1470MPa以上の強度を達成するのに必要な元素である。また、溶接したときに、溶接部のLME割れに対する耐性を向上する効果がある。該効果が発揮される要因は不明であるが、本発明者らの研究結果から、割れの起点となる旧γ粒界を強化する効果を有するためと考えられる。これらの効果を発揮させるため、B量は0.0005質量%以上とする必要がある。B量は、好ましくは0.0010質量%以上であり、より好ましくは0.0015質量%以上である。一方、B量が過剰であると、熱延鋼板等の原板の強度が必要以上に高まり、加工性が劣る等して経済性に悪影響を及ぼす。よって、B量は0.005質量%以下である。B量は、好ましくは0.004質量%以下、より好ましくは0.003質量%以下である。
【0030】
本発明の実施形態に係る亜鉛系めっき鋼板は、上記の成分組成を含み、本発明の1つの実施形態では、残部は鉄および不可避不純物であることが好ましい。不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素の混入が許容される。Nも不純物元素として不可避的に存在する元素であり、例えば0.0100質量%以下(0質量%を含む)の範囲で含まれうる。なお、例えば、PおよびSのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、残部を構成する「不可避不純物」は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0031】
本実施形態における鋼板の成分組成は、下記に説明する元素が含まれていなくてもよい。所望の特性を維持できる限り、任意のその他の元素を更に含んでよい。下記に説明する元素を必要に応じて含有させることで、例えば耐遅れ破壊性の向上、耐LME性の更なる向上等を図ることができる。
【0032】
[(a)更に、
Cr:0質量%超、1.2質量%以下、
Mo:0質量%超、1質量%以下、および
Ca:0質量%超、0.0040質量%以下よりなる群から選択される1種以上の元素]
Crは、焼入れ性を確保させつつLME割れに対する耐性を更に向上させることができる元素である。該効果を発揮させるには、Cr含有量を0質量%超とすることが好ましく、より好ましくは0.05質量%以上である。一方、Cr量が過剰であると、製造工程で求められる酸洗性などが劣化する。更には熱延鋼板等の原板の必要以上の強度上昇を招く。よって、Cr量は1.2質量%以下とすることが好ましく、より好ましくは1.0質量%以下である。
【0033】
Moは、Bの拡散を促進させて、LMEに対する感受性を抑制する効果を有する。該効果を発揮させる観点から、Mo含有量を0質量%超とすることが好ましく、より好ましくは0.05質量%以上である。一方、Mo含有量が過剰であると、熱延鋼板等の原板の必要以上の強度上昇を招き、加工性が劣る等して経済性に悪影響を及ぼす。よって、Mo含有量は1質量%以下とすることが好ましい。
【0034】
Caは、耐遅れ破壊性に悪影響を及ぼすMnSの生成を抑制して耐遅れ破壊性を向上させる元素である。該効果を発揮させる観点から、Ca含有量を0質量%超とすることが好ましく、より好ましくは0.001質量%以上である。一方、Ca量が過剰であってもその効果は飽和し、コスト増など経済性に悪影響を及ぼす。よって、Ca含有量を0.0040質量%以下とする。
【0035】
[(b)更に、
Nb:0質量%超、0.040質量%以下、
V :0質量%超、0.30質量%以下、
Cu:0質量%超、0.30質量%以下、
Ni:0質量%超、0.30質量%以下、
Mg:0質量%超、0.010質量%以下、および
REM:0質量%超、0.010質量%以下よりなる群から選択される1種以上の元素]
【0036】
Nbは、微細な炭化物を形成し、ピン止め効果により鋼の組織を微細化し、強度向上、靭性向上に寄与する。該効果を発揮させるため、Nb含有量は0質量%超であることが好ましく、より好ましくは0.0008質量%以上である。一方、鋼板中にNbが過剰に含まれると、粗大な炭化物が形成され、これが破壊の起点となって靱性の劣化を招く。したがって、Nb含有量は、0.040質量%以下であることが好ましい。
【0037】
Vは、微細な炭化物を形成し、ピン止め効果による鋼の組織を微細化し、強度向上、靭性向上に寄与する。また焼き戻し時に析出することにより二次効果の作用も有する。これらの効果を発揮させるため、V含有量は0質量%超であることが好ましく、より好ましくは0.008質量%以上である。一方、鋼板中にVが過剰に含まれると、粗大な炭化物が形成され、これが破壊の起点となって靱性の劣化を招く。したがって、V含有量は、0.30質量%以下であることが好ましい。
【0038】
Cu、Niは、部材の耐遅れ破壊性を改善するのに有効な元素であり、必要に応じて、0質量%超含有させることができる。一方、鋼板中にCuおよびNiが過剰に含まれると、鋼板の表面、最終的には部材の表面における疵発生の原因となり得る。このため、CuおよびNiは、単独の含有量がそれぞれ0.30質量%以下であることが好ましく、合計の含有量が0.50質量%以下であることがより好ましい。
【0039】
Mg、REMは、鋼板の介在物を微細化し、介在物による熱間成型中の割れを防止する働きがあるため、必要に応じて含有させてもよい。含有させる場合、それぞれの元素の含有量は、0質量%超であることが好ましく、より好ましくは0.0008質量%以上である。一方、これらの元素が過剰に含んでいても、その効果は飽和しコストの増大を招く。そのため、いずれの元素も含有量は、好ましくは0.010質量%以下であり、より好ましくは0.008質量%以下である。なお、前記REMとは、ランタノイド元素(LaからLuまでの15元素)、Sc(スカンジウム)およびY(イットリウム)を含む意味である。
【0040】
本実施形態に係るホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板における亜鉛系めっきの種類は限定されない。Fe-Znめっき、Al-Znめっき等が挙げられる。本実施形態に係るホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板のめっき層中のFe濃度は、40質量%以下であることが好ましく、より好ましくは30質量%以下である。前記亜鉛系めっき鋼板として、具体的に、溶融亜鉛めっき鋼板(GI)、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)、電気亜鉛めっき鋼板(EG)等が挙げられる。
【0041】
本実施形態に係るホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板の、亜鉛系めっき(特には溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき)の付着量は、耐食性確保の観点から45g/m以上であることが好ましく、より好ましくは60g/m以上であり、さらに好ましくは65g/m超である。一方、推奨されるめっき層中のFe濃度を容易に実現する観点からは、亜鉛系めっきの付着量は少ない方が好ましい。よって、亜鉛系めっきの付着量は、190g/m以下とすることが好ましく、より好ましくは180g/m以下である。
【0042】
本実施形態に係るホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板を用い、後述する実施例に記載の方法でホットスタンプを行った後の亜鉛系めっき鋼板の、亜鉛系めっき中のFe濃度は、65質量%以下であることが好ましく、より好ましくは60質量%以下である。なお、ホットスタンプ成型されることでめっきのFe濃度が増加する観点から、上記Fe濃度は20質量%以上でありうる。
【0043】
本実施形態によれば、めっきの付着量の低減や、溶融亜鉛めっき層中のFe濃度を高めることなく、上述の通り、所定の成分組成を満たすと共に、所定の表層脱炭層を設けることによって、耐LME性を向上することができる。
【0044】
[ホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板の製造方法]
次に、本実施形態に係るホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板を製造する方法について説明する。
【0045】
本実施形態に係るホットスタンプ用亜鉛系めっき鋼板の製造方法は、前記成分組成を満たす熱延鋼板または冷延鋼板を、露点が-20℃~+10℃である還元性雰囲気にて、500~930℃で90~1000秒滞在させることを含む焼鈍工程と、その後の亜鉛系めっき工程とを含む。
【0046】
本実施形態に係る製造方法の特徴である、焼鈍工程とその後の亜鉛系めっき工程についてまず説明する。以下では、本実施形態に係る焼鈍工程とその後の亜鉛系めっき工程(特には溶融亜鉛めっき工程)とを、一例として、還元炉方式の溶融亜鉛めっきラインで行う態様について説明するがこれに限定されない。本実施形態に係る方法は、上記態様に限定する趣旨ではなく、例えば、上記溶融亜鉛めっきラインを、無酸化炉方式の連続焼鈍ラインで行うこともできる。
【0047】
(焼鈍工程)
溶融亜鉛めっきラインの焼鈍工程は、通常、還元炉と、冷却帯とから構成されている。本実施形態では、還元炉における焼鈍条件、特に還元性雰囲気の露点を適切に制御したところに特徴がある。原板を還元炉に投入する。還元炉に投入する原板は、必要に応じて脱脂等の後述の前処理工程を経たものであってもよい。また還元炉に投入する原板は、前処理工程を経た後、必要に応じて酸化炉に投入して酸化処理を施したものであってもよい。
【0048】
還元炉では、原板に還元性雰囲気での熱処理を施す。還元性雰囲気の露点を-20℃~+10℃とする。露点を該範囲内とすることによって、鋼板の表層の脱炭が生じ、所望の表層域を得ることができる。還元性雰囲気の露点は、好ましくは-15℃以上、より好ましくは-10℃以上である。また還元性雰囲気の露点は、好ましくは+5℃以下、より好ましくは0℃以下である。
【0049】
上記露点の制御は、例えば、水蒸気ガスを投入し炉内で雰囲気ガスと混合する方法、雰囲気ガスをバブリングし、水蒸気を混入させる方法等によって行うことができる。還元性雰囲気は、上記露点を満たし、還元性であれば特に限定されない。還元性雰囲気は、上記露点を満たし、例えばH-N混合ガスにおいてH濃度を1~30体積%とすることが好ましい。
【0050】
また焼鈍温度を500~930℃とし、当該焼鈍温度での滞在時間、すなわち焼鈍時間を90~1000秒とする。上記温度範囲での焼鈍処理を均熱処理とも呼び、この場合、焼鈍温度を均熱温度、焼鈍時間を均熱時間と呼ぶ。
【0051】
焼鈍温度は、好ましくは530℃以上であり、より好ましくは560℃以上、更に好ましくは600℃以上である。焼鈍温度は、好ましくは900℃以下、より好ましくは870℃以下である。焼鈍時間は、好ましくは100秒以上、より好ましくは120秒以上である。焼鈍時間は、好ましくは900秒以下、より好ましくは700秒以下、さらに好ましくは500秒以下、さらに好ましくは400秒以下、さらに好ましくは350秒以下である。焼鈍時間は、原板が還元炉中を通過する速度(以下「ラインスピード」または略して「LS」ともいう。)によって制御することができる。「500~930℃で90~1000秒滞在させる」とは、500~930℃の焼鈍温度の範囲内に、90~1000秒滞在していればよく、温度は一定であるか上記焼鈍温度の範囲内で変動があってもよい。
【0052】
本実施形態に係る製造方法によれば、上述の成分組成を有する原板である、熱延鋼板、冷延鋼板に対し、特に上記焼鈍を行うことによって、所定の表層脱炭層を設けることができる。
【0053】
焼鈍工程前に行いうる原板の前処理工程について説明する。前処理は、原板の表面に付着したオイル(油脂)および汚れを除去するために通常行われるものであり、代表的には、アルカリ脱脂である。アルカリ脱脂に用いられる脱脂液に含まれるアルカリは、例えば苛性ソーダ、ケイ酸塩またはこれらの混合物が好ましく用いられ、油脂などを水溶性石鹸として除去できるものであれば特に限定されない。また、脱脂性を向上させるために、電解洗浄、スクラバー処理、脱脂液中への界面活性剤・キレート剤の添加処理を行うこともできる。本実施形態では、原板の表面が適切に脱脂されれば前処理の方法は限定されず、上述した処理を単独で行ってもよいし、どのように組み合わせてもよい。
【0054】
前記還元炉を出た原板は、冷却帯で冷却されうる。冷却帯は徐冷帯、急冷帯、調整帯で構成されうる。調整帯は保持帯とも呼ばれる。冷却は、不めっきが発生しないよう、通常用いられる条件で行えばよく、例えば、還元性雰囲気の気体を鋼板に吹き付けて冷却するなどの方法が挙げられる。
【0055】
還元炉方式の溶融亜鉛めっきラインでは、一般に、前処理工程、焼鈍工程、めっき工程に分かれ得る。めっき工程では、必要に応じて合金化処理も行われる。
【0056】
なお、省エネルギーの観点から、前処理工程後であって還元炉に入る前に、排ガスを用いた還元性または酸化性の雰囲気の予熱炉で、前処理された原板を予熱してもよい。
【0057】
(亜鉛系めっき工程)
上記焼鈍工程(連続焼鈍工程)の後、亜鉛めっき系工程を含む。以下では、亜鉛めっき系工程の一例として、溶融亜鉛めっき工程について説明する。溶融亜鉛めっき工程により溶融亜鉛めっき鋼板(GI)を作製する。あるいは、上記GIを合金化し、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)を作製してもよい。
【0058】
上記溶融亜鉛めっき工程は特に限定されず、通常、用いられる方法を採用することができる。例えば、溶融亜鉛めっき浴の温度は、430~500℃程度に制御すればよい。溶融亜鉛めっき層の付着量(下記の合金化溶融亜鉛めっき層の付着量と同じ)は、耐食性確保の観点から、45g/m以上とすることが好ましく、より好ましくは60g/m以上であり、さらに好ましくは65g/m超である。一方、推奨されるめっき層中のFe濃度を容易に実現する観点からは、溶融亜鉛めっき層(特に合金化溶融亜鉛めっき層)の付着量は少ない方が好ましい。よって、溶融亜鉛めっき層の付着量は、190g/m以下とすることが好ましく、より好ましくは180g/m以下である。
【0059】
上記合金化処理も特に限定されず、通常、用いられる方法を採用することができる。合金化処理では、めっき層中のFe濃度を高める場合、合金化温度は、例えば400~700℃程度に制御することが挙げられる。合金化温度は、更には430℃以上、更には440℃以上、より更には450℃以上である。一方、合金化温度が高過ぎると、めっき層中のFe濃度が高くなり過ぎるため、合金化温度は好ましくは680℃以下、より好ましくは650℃以下である。
【0060】
めっき工程後の工程も特に限定されず、通常、用いられる方法を採用することができる。通常、スキンパス処理、テンションレベラ処理、塗油等が行われるが、これらは必要に応じて通常用いられる条件で実施すればよく、不必要であれば実施しなくてもよい。このようにして得られた亜鉛めっき鋼板(GIまたはGA)は、ホットスタンプ用鋼板として好適に用いられる。
【0061】
上記溶融亜鉛めっきの代わりに、電気めっきを行ってもよい。例えば原板に、上述した焼鈍を実施した後、電気めっきを行って、本実施形態で規定のめっき地鉄界面を有する電気亜鉛めっき鋼板を得てもよい。
【0062】
(その他の工程)
本実施形態に係る製造方法は、規定する焼鈍工程と、その後の亜鉛系めっき工程とが含まれていればよく、その他の工程は限定されず、通常行われている工程を含みうる。よって、焼鈍工程に供する熱延鋼板または冷延鋼板の製造方法は問わず、例えば、次の通り熱延鋼板または冷延鋼板を製造することができる。まずスラブを製造する。スラブ製造工程では、常法に従って鋼を溶製し、溶融状態の鋼を鋳型に流し込んで連続鋳造することにより、スラブが得られる。この工程では、上記成分範囲を満たすように溶製時に鋼の成分組成を調整する。鋳造後であって熱間圧延前に、熱間圧延で割れが生じないよう加熱する工程を設けてもよい(該工程は、下記の熱間圧延工程におけるスラブ加熱工程と異なる)。上記加熱の条件は特に限定されず、通常用いられる条件を適宜採用することができるが、おおむね1100℃~1300℃での温度で行うことが望ましい。
【0063】
次に熱間圧延を行う。熱間圧延工程では、まずスラブを加熱炉内に配置して所定の温度(おおむね1100℃~1300℃、例えば1200℃)に加熱し、当該加熱温度で所定時間(例えば30分間)保持する。
【0064】
次に、加熱状態のスラブを熱延ラインの上流に載置し、当該スラブを、粗圧延機および仕上げ圧延機の圧延スタンドのロール間に順次通過させつつ下流方向に進行させることで、所定の板厚を有する鋼板に圧延加工される。熱間圧延後の鋼板は冷却装置で所定の温度まで冷却された後、コイラーにより巻き取られる。
【0065】
熱延鋼板は、その後に酸洗工程で酸洗された、熱延酸洗鋼板であってもよい。酸洗工程では、酸洗により少なくとも熱延スケールが除去できればよい。熱延酸洗鋼板は必要に応じて冷間圧延が行われてもよい。冷間圧延工程では、板厚がさらに小さくなるように熱延鋼板をさらに圧延加工する。具体的には、酸洗後の熱延鋼板を圧延スタンドのロール間に通過させることにより、当該熱延鋼板をさらに薄く加工する。冷延鋼板は、特に、自動車の軽量化などを目的とした自動車用部品に好適に用いられる。当該亜鉛系めっき鋼板を構成する素地鋼板は、寸法精度や平坦度の観点から冷延鋼板であることが望ましい。上記熱延鋼板(熱延酸洗鋼板を含む)または冷延鋼板(以下、これらをまとめて「原板」という)を、上記焼鈍工程と亜鉛系めっき工程、例えば還元炉方式の連続めっき工程に付せばよい。
【実施例0066】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0067】
表1に示す成分組成の鋼材を転炉にて溶製した後、連続鋳造によりスラブを製造した。得られたスラブを、1100℃~1300℃の温度で加熱し、次いでFDT:890℃~950℃および巻取り温度500℃~700℃の条件で熱間圧延を行った後、酸洗工程でデスケーリング処理し、次いで冷間圧延を行って冷延鋼板を得た。冷間圧延時の冷延率は20%以上であった。得られた冷延鋼板は板厚が1.2mmであった。本実施例では、該冷延鋼板を原板としてめっき鋼板を製造した。なお表1において、下線を付した数値は、本実施形態で規定する範囲から外れていることを示している。以下の表についても同じである。表1における鋼種2は炭素(C)が低すぎるため比較例の鋼種である。
【0068】
【表1】
【0069】
得られた冷延鋼板に対し、溶融亜鉛めっき焼鈍ラインにて表2に記載の条件(均熱温度(焼鈍温度)、均熱時間(焼鈍時間)、露点)で還元焼鈍を行った。なお実験No.1~7では、めっき浴浸漬後、表2に記載の条件(合金化温度、合金化時間)で合金化を行って、幅が約1000mmであって鋼板の両面に合金化溶融亜鉛めっきの施された、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA鋼板)を得た。前記GA鋼板は、ホットスタンプ用鋼板でもある。該GA鋼板を「ホットスタンプ前の鋼板」ということがある。また、実験No.8~10では、150mm×80mmの小サンプルを用いて、めっき(脱炭)焼鈍を行った。この小サンプルであれば、上記鋼板と脱炭状態や強度などが同等となることを別途確認している。なお、実験No.8~10では、めっき付着量を測定していない。同条件で焼鈍した材料で別途評価したところ180g/mであったため、実験No.8~10においても、同等のめっき付着量(目付量)が付着していると想定し、表2では、180g/mと示している。
【0070】
【表2】
【0071】
実験No.1~7では、上記GA鋼板に対し、図1における中央部(幅方向W/4~3W/4の範囲)a、端部(最も端からの領域)bの各位置から、それぞれ寸法が150mmW×70mmLまたは220mmW×150mmLの評価用鋼板を採取した。各例における評価用鋼板の採取位置を表5に示す。また、実験No.8~10では、上記得られた小サンプル(サイズ:150mmW×80mmL)を切断せずに用いた。
【0072】
各評価用鋼板を用いて、ホットスタンプ前の鋼板の表層の脱炭状態とめっき層中のFe濃度を、以下の通り測定した。
【0073】
[(ホットスタンプ前の)表層の脱炭状態の測定(GD-OESによる炭素プロファイルの測定)]
下記の通り、GD-OES(Glow discharge optical emission spectrometry、グロー放電発光分析)による炭素プロファイルの測定を行い、脱炭挙動について調べた。
【0074】
(試料の調製)
サイズが50mm×40mm×板厚1.2mm(全板厚)または30mm×30mm×板厚1.2mm(全板厚)または30mm×40mm×板厚1.2mm(全板厚)の材料を採取した。その後、常法の通り脱脂を行って試料を用意した。そして該試料を用い、以下の条件でGD-OESにて各元素の質量%の濃度測定を行った。
【0075】
(測定条件)
使用装置:堀場製作所製 マーカス型高周波グロー放電発光表面分析装置(rf-GD-OES)GD-Profiler2
スパッタ方式:ノーマルスパッタ
測定範囲:φ4mm
ガスの種類:Ar
分析対象元素:B,C,O,Al,Si,Ti,Cr,Mn,Fe,Zn,P,S,N(本実施例では、これらの元素を対象に評価を行ったが、上記以外の元素が例えばめっき層や鋼板に含まれている場合、上記以外の元素も分析対象とする)
【0076】
(測定方法)
試料のめっきが形成されている面において、板厚方向に深さが150μmに到達するまでGD-OES測定を行った。
【0077】
(解析方法)
本装置はスパッタレートがほぼ一定であるので、分析終了後の試料のスパッタクレータ深さを測定し、横軸をその値(スパッタ深さ)とした。
【0078】
測定した各元素の発光強度を濃度換算するための検量線法の詳細を以下に示す。
元素iの単位時間当たりのスパッタ重量W(g/sec)と発光強度Iの関係は、検量線の傾きa,切片bを用いて、下記式(I)で表される。
=aI+b・・・・・式(I)
上記元素iの単位時間当たりのスパッタ重量Wは、濃度C(wt.%)、密度ρ(g/cm)、スパッタ速度Δd(cm/sec)が既知の参照試料では、スパッタ面積S(cm)を用い、下記式(II)により求められる。
=C×ρ×Δd×S・・・・・式(II)
【0079】
が既知の2種類以上の参照試料を用いて発光強度Iを測定し、上記式(I)の傾きa、切片bを求めて、横軸が発光強度で、縦軸がスパッタ重量である検量線を作製した。用いた参照試料を下記表3に示す。作製した検量線を用いて、対象とした各元素の発光強度からスパッタ重量を算出し、その重量比より濃度に換算した。なお、O濃度の換算に使用した検量線は、SiOを用いてSiとOの濃度比が1:2になるように補正を行った。
【0080】
【表3】
【0081】
上記分析結果から、亜鉛と炭素について分析した結果である、亜鉛と炭素のプロファイルを得た。そして、亜鉛と炭素のプロファイルから、めっき層を構成するZnの濃度が1.0質量%である位置の炭素濃度[Cf]を求めた。なおバルクのC濃度[Cb]は、上述の通り分析して求めた。そして[Cf]/[Cb]の値を求めた。それらの結果を表5に示す。
【0082】
また前記炭素プロファイルの一例として、比較例として従来鋼である実験No.4の炭素プロファイルを図2の左、本発明例である実験No.1の炭素プロファイルを図2の右に示す。これらの炭素プロファイルの対比から、本発明例では、めっき層と素地鋼板の界面における炭素濃度が十分に抑えられていることがわかる。
【0083】
なお実験No.6では地鉄めっき界面のC濃度の評価を行っていない。しかし実験No.7と同じ成分組成であってかつ還元焼鈍条件も近似しているため、地鉄めっき界面のC濃度は実験No.7と近似していると考えられる。したがってNo.6の地鉄めっき界面のC濃度は、実験No.7と同等の0.070程度であると推定されるため表5に値を記入している。
【0084】
[(ホットスタンプ前の)めっき層中のFe濃度の測定]
上記GA鋼板(ホットスタンプ前の鋼板)から、20mmW×10mmL×板厚のサンプルを切断し採取した。必要に応じて脱脂を行った。
【0085】
<観察用試料の準備>
L方向断面、つまり板厚と10mmLを辺としてなす面が観察面となるよう樹脂に埋め込み、研磨後、金蒸着を施した。
【0086】
<SEM観察>
以下の条件でSEM観察とEDX分析を行った。なお、本実施例では、観察倍率を1500倍としたが、観察倍率はめっきの付着量に依存するため、例えばめっき厚さが厚くなると測定倍率を下げる等、Fe濃度の測定に適正な倍率を選択するのがよい。
(SEM観察条件)
・装置:カールツァイス社製 電解放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)Supra-35
・観察像:反射電子像
・観察箇所:めっき層を含む表層近傍
・観察倍率:1500倍
・観察視野数:試料を代表する1視野/1試料
【0087】
<EDX分析>
・装置:オックスフォード社製エネルギー分散型X線(EDX)検出器 X-max80
・分析方法:エリア分析(定性半定量分析)
・分析箇所:めっき層全域、分析エリアの一例を図3に示す。
・分析視野数:試料を代表する1視野/1試料
・分析元素:EDXにて検出された元素のうち、Cを除くものを母集団とした際に評価されるFeの割合である質量%を、Fe濃度(%)とした。一例として、実験No.4の分析結果を図4に示す。また一例として、実験No.4のFe濃度(12.0質量%)の算出結果を表4に示す。下記表4と同様に算出して得られた、各例のめっき層中のFe濃度を表5に示す。
【0088】
【表4】
【0089】
【表5】
【0090】
[ホットスタンプ後の鋼板の評価]
ホットスタンプ後の鋼板の評価を行うため、上記評価用鋼板に対しホットスタンプを次の通り施した。まず、ホットスタンプ加熱中の浸炭の抑制のため、常法で脱脂を行った。次いで、下記条件および図5のヒートパターンの通りホットスタンプを行って、ホットスタンプ後のサンプルを得た。
【0091】
(ホットスタンプ条件)
・用いたサンプルのサイズ:150mmW×70mmLまたは150mmW×220mmLまたは150mmW×80mmL(小サンプル)
・使用金型:平板用金型
<加熱条件>
・大気雰囲気電気炉設定温度:910℃
・加熱時間:板温が870℃に到達したあと45s保持した(その間、板温は870℃~900℃の間に入るよう管理した)。
<冷却条件>
・その後自然放冷し、板温が550℃あるいは700℃となった際に金型で平面両面を平板用金型でプレスし冷却した。
・プレス荷重:0.5MPa
・プレス速度:20spm
・押し込み量:5mm
・下死点保持時間:50℃以下となるまで下死点保持した(今回の場合は10sとした)。
【0092】
ホットスタンプ後のサンプルを用い、下記に詳述する通り、引張強さTS、耐LME性等の評価を行った。
【0093】
[ショットブラスト]
ホットスタンプ後のサンプルに対し、表面の抵抗が、ISO-18594:2007(E)に記載の方法に一部準拠し鋼板の抵抗値を測定した。以下の抵抗測定条件で2.0mΩ以下となるようにショットブラストを実施した。それぞれのショットブラスト条件を表6に示す。なお、実験No.8~10では、ショットブラスト後の抵抗値を測定していないが、ほぼ同条件で調整した材料の抵抗値の平均(実験No.1~5)が0.9mΩであることから、これとほぼ同じと想定され、下記表6には0.9(mΩ)と表示している。
【0094】
(ショットブラスト条件)
・ショット材:GH-3(グリッド0.3mm)
・ショット圧:約0.4MPa
・150mm×120mmの面積当たりにショットされる時間(ショットブラスト時間の詳細は表6に記載)を管理
・両面のショットブラストを実施
・鋼板の抵抗値が2.0mΩ以下となるまでショットブラストを実施した。
【0095】
(抵抗測定条件)
・30mm×30mm×板厚の材料を3個切断し採取した。
・電極材質:Cu-Cr
・電極径Φ8mm
・先端R:40mm
・直流電流値:2A
・加圧力:350±17.5×10N
・ただし1試料に対する測定回数は1回とし、各実験試料に対して計3回の測定を行った。
・N3の平均値を値として採用した。
・鋼板1枚に対し、めっきがついている面を電極で挟み測定した。
・全(総)抵抗からセットアップ抵抗を引いた値を抵抗値とした。
【0096】
【表6】
【0097】
[ホットスタンプ後の表層の脱炭状態の測定(GD-OESによる炭素プロファイルの測定)]
下記の通り、GD-OES(Glow discharge optical emission spectrometry、グロー放電発光分析)による炭素プロファイルの測定を行い、ホットスタンプ後の脱炭挙動について調べた。
【0098】
(試料の調製)
サイズが30mm×90mm×板厚または30mm×70mm×板厚の材料を採取した。その後、常法の通り脱脂を行って試料を用意した。そして該試料を用い、以下の条件でGD-OESにて各元素の質量%の濃度測定を行った。
【0099】
(測定条件)
使用装置:堀場製作所製 マーカス型高周波グロー放電発光表面分析装置(rf-GD-OES)GD-Profiler2
スパッタ方式:ノーマルスパッタ
測定範囲:φ4mm
ガスの種類:Ar
分析対象元素:B,C,O,Al,Si,Ti,Cr,Mn,Fe,Zn
(本実施例では、これらの元素を対象に評価を行ったが、上記以外の元素が例えばめっき層や鋼板に含まれている場合、上記以外の元素も分析対象とする)
【0100】
(測定方法)
試料のめっきが形成されている面において、板厚方向に深さが100μmに到達するまでGD-OES測定を行った。
【0101】
(解析方法)
前述の(ホットスタンプ前の)表層の脱炭状態の測定(GD-OESによる炭素プロファイルの測定)と同様の方法で解析した。
【0102】
ホットスタンプ後のサンプルを用い、前述した条件でGD-OESによる炭素プロファイルの測定を行い、脱炭挙動について調べた。その一例として、比較例として従来鋼である実験No.4の炭素プロファイルを図6の左、本発明例である実験No.1の炭素プロファイルを図6の右に示す。これらの炭素プロファイルの対比から、図6において、めっき層と素地鋼板の界面における炭素濃度の差を縦方向の両矢印で示す通り、本発明例では、ホットスタンプ後も、めっき層と素地鋼板の界面における炭素濃度が十分に抑えられていることがわかる。なお表8において、地鉄めっき界面のC濃度における「-」は測定していないことを示す。
【0103】
[ホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度の測定]
ホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度の測定を、ホットスタンプ前のめっき層中のFe濃度の測定と同様にして行った。なお、ホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度の測定における、EDX分析の分析エリアの一例を図7に示す。EDX分析の一例として、実験No.4の分析結果を図8に示す。また、一例として、実験No.4のFe濃度(53.4質量%)の算出結果を表7に示す。下記表7と同様に算出して得られた、各例のめっき層中のFe濃度を表8に示す。
【0104】
【表7】
【0105】
[引張試験]
ホットスタンプ後のサンプルを用い、下記の条件で引張試験を行い、引張強さ(TS、単位MPa)を測定した。
(試験片の準備)
150mmW×70mmL×板厚または150mmW×220mmL×板厚または150mmW×80mmL(小サンプル)の材料に対し、板中央から150mmW×30mmLの試験片採取用サンプルを採取した。そして150mmW×30mmLの試験片採取用サンプルからJIS5号試験片を作製した。
(引張試験方法)
上記JIS5号試験片を用い、島津製作所製AG-IS 250kN オートグラフ引張試験機にて、歪み速度:10mm/minで、JIS Z 2241に規定の方法で、引張強さ(TS、単位MPa)を測定した。
【0106】
[溶接試験]
ホットスタンプ後のサンプルを切断して、サイズが30mm×30mm×板厚の溶接試験用サンプルを複数枚用意し、下記条件および図9に示す通り溶接試験を行った。なお、図9において、2nd pulse(第二通電)における「XkA」のXは、下記に示す5.0kA~12.0kAの間で0.5kA毎に変更した15電流条件を示す。
【0107】
<溶接条件>
・予打点:
本溶接の前にチップの馴染みが良くなるように、軟鋼2枚組に対し、6.5kAで20打点を実施した。予打点のその他の条件と本溶接の条件は以下の通りである。
通電時間:10サイクル
加圧力:1.7kN
ホールドタイム:1サイクル
・本溶接:
装置名称:サーボ加圧式スポット溶接装置
メーカー:ナストーア溶接テクノロジー株式会社
電極:上下ドームラジアス型Cu-Cr
電極径:外径Φ16mm、先端径:Φ6mm
打角:0°
冷却水流量:上下約2リットル/分
加圧力:500kgf
初期加圧時間:60cycle/60Hz
アップスロープ:1cycle/60Hz
第一通電:通電時間36cycle/60Hz
電流値:4.5kA
第二通電:18cycle/60Hz
電流値:5.0kA,5.5kA,6.0kA,6.5kA,7.0kA,7.5kA,8.0kA,8.5kA,9.0kA,9.5kA,10.0kA,10.5kA,11.0kA,11.5kA,12.0kA
ホールド時間:10cycle/60Hz
<板組>
・二枚板組 上板と下板は同種の鋼板
・第二通電を計15電流条件に対しn1ずつ行うための試験片を準備した。
【0108】
[LME割れの評価]
上記溶接試験後のサンプル(溶接試験片)から、次の様にしてLME割れ評価用試験片を作製した。図10は、上板と下板を溶接した、溶接試験後のサンプル1の上面模式図である。LME割れ評価用試験片2として、溶接試験後のサンプル1から図10の斜線部分(ナゲット3の一部を含む)を採取した。採取にあたっては、ナゲット3の中心部(ナゲットの直径面)を撮影できるよう、まず、研磨しろを考慮し、切断面4で切断し、次いで研磨を行って、ナゲット中心部(ナゲットの直径面)が観察面5となるようにした。
【0109】
次いで、HAZ部とナゲット径が分かる程度に、観察面5に対し、常法で腐食処理を行った。そして、全試料において、HAZ部まで入る倍率で断面の撮影(図10において白抜矢印の方向を撮影)を行った。写真の一例を図11に示す。この写真は25倍の倍率で撮影した。1実験に対して15電流条件があるため、1実験に対して15個のLME割れ評価用サンプルの撮影を行った。
【0110】
1電流条件につき、図11に示した(1)~(8)の計8か所の割れ観察を行った。つまり15電流条件×8箇所で合計120箇所の割れを確認した。そして合計120箇所における、長さが300μm以上の割れが確認された箇所の合計数を求めた。なお、図11における(1)~(6)は表面から概ね板厚方向に割れが伸びている割れ(表面割れ)が観測されやすく、図11における(7)と(8)はおおむねナゲット中心方向へ延びる割れ(内割れ)が観測されやすかった。なお、図12に示すボイドQは割れではない。図12に示すボイドQから延びる内割れRはカウントの対象である。
【0111】
これらの結果を表8に示す。表8に示した特性において、ホットスタンプ後の引張強さTSが1470MPa以上であって、溶接試験後の割れ評価結果(LME割れが確認された箇所の合計数)が3以下を満たす場合を、高強度であって、かつ耐LME性に優れる発明例であるとした。前記引張強さTSは、更に1500MPa以上、より更には1550MPa以上、より更には1600MPa以上でありうる。一方、強度と溶接試験後の割れ評価結果の少なくともいずれかが上記評価基準を満たさないものを比較例とした。なお本実施形態では、めっき層中のFe濃度が65質量%以下の場合を耐食性に優れると評価した。めっき層中のFe濃度の測定結果も表8に併せて示す。
【0112】
【表8】
【0113】
以上の結果から次のことがわかる。実験No.1~3、8および9は、本実施形態で規定する成分組成と製造条件(還元焼鈍条件)を満たしており、その結果、ホットスタンプ後に引張強さ(TS)が1470MPa以上を満足している。更に、ホットスタンプ前の鋼板の表層の炭素濃度は式(1)を満足し、溶接後におけるLME割れ確認箇所が3箇所以下の優れた耐LME性を示した。なお本実施例では、耐LME性を、ホットスタンプ後の溶接試験で評価したが、耐LME性は高温となるホットスタンプ加工時にも求められる特性である。すなわち耐LME性は、ホットスタンプ前の溶融亜鉛めっき鋼板にも求められる。上記実験No.1~3、8および9では、良好にホットスタンプ加工されたことから、これらの例におけるホットスタンプ用溶融亜鉛めっき鋼板も、耐LME性に優れているといえる。
【0114】
一方、実験No.4~7および10は、本実施形態で規定する成分組成と製造条件(還元焼鈍条件)の少なくともいずれかを満たしておらず、所望の特性が得られなかった。
【0115】
実験No.4および5は、本実施形態で規定する成分組成を満たしており、ホットスタンプ後の引張強さは1470MPa以上であった。しかしこれらの例では、製造条件(還元焼鈍条件)を満たしておらず、還元焼鈍時の露点が-20℃以下であった。その結果、ホットスタンプ前の鋼板の表層の炭素濃度は式(1)を満足せず、そのため耐LME性評価において割れ確認箇所の合計数は4個以上となり、耐LME性に劣る結果となった。
【0116】
実験No.6および7は、成分組成においてC量が本実施形態で規定する範囲を下回っているため、ホットスタンプ後の強度がTS1470MPa以下となった。なお、実験No.6および7は、製造条件(還元焼鈍条件)も満たしておらず、ホットスタンプ前の鋼板の表層の炭素濃度は式(1)も満足していないが、耐LME性評価ではLME割れ確認箇所の合計数が3箇所以下であった。その理由として、バルクの成分、特に炭素がかなり低かったことが挙げられる。
【0117】
実験No.10は、本実施形態で規定する成分組成を満たしており、ホットスタンプ後の引張強さは1470MPa以上であった。しかし、製造条件(還元焼鈍条件)を満たしておらず、還元焼鈍時の露点が-20℃以下であった。その結果、ホットスタンプ前の鋼板の表層の炭素濃度は式(1)を満足せず、そのため耐LME性評価において割れ確認箇所の合計数は4個以上となり、耐LME性に劣る結果となった。
【0118】
表8では、実験No.6~10において一部推定値が含まれるため、以下その点について説明する。まず、実験No.6のホットスタンプ後の地鉄めっき界面のC濃度は測定していない。しかし実験No.6は、実験No.7と成分組成が同じであって還元焼鈍条件も近似している。またホットスタンプ加熱条件もほぼ同じであることから、地鉄めっき界面のC濃度は実験No.7と同等となると想定される。したがって実験No.6のホットスタンプ後の地鉄めっき界面のC濃度は、実験No.7とほぼ同じ値となるとし値を記載している。
【0119】
また実験No.6ではホットスタンプ後の引張強さを測定していない。しかし実験No.6は、実験No.7と同じ成分組成であって還元焼鈍条件も近似している。更にホットスタンプ加熱条件とショットブラスト条件もほぼ同じである。一方で、実験No.6のホットスタンプ時の成型開始温度は実験No.7よりも高いため、ホットスタンプ後の冷却速度は実験No.7よりも速いことが想定される。そのため形成されるマルテンサイト組織も硬度化することが想定される。またその強度は約80MPa程度上がると想定し、実験No.7の値をもとに推定される強度(約1300MPa)を記載している。
【0120】
更に実験No.6では、ホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度を測定していない。しかし実験No.6は、実験No.7と同じ成分組成であって還元焼鈍条件も近似しており、形成される脱炭層は同じであると想定される。さらにホットスタンプ加熱条件とショットブラスト条件も同じである。一方で実験No.6のめっきの付着量は実験No.7よりも少なく、めっき層中のFe濃度は実験No.7より約1%程度高くなると想定される。そのため、実験No.6のホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度は、実験No.7の値をもとに約60%程度になると想定され、その想定値を記載している。
【0121】
実験No.7では、LME割れ評価を実施していない。しかし実験No.7は、実験No.6と同じ成分組成であって還元焼鈍条件も近似しており、形成される脱炭層は同じであると想定される。さらにホットスタンプ加熱条件とショットブラスト条件も同じである。またホットスタンプ後の想定されるめっき層中のFe濃度も大きな違いがないと想定される。したがって実験No.7のLME割れは、No.6と同様に0と想定されるためその想定値を記載している。
【0122】
実験No.8では、ホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度を測定していない。しかし、ホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度はホットスタンプ条件が同じであれば、ホットスタンプ前のめっき付着量(目付量)とめっき層中のFe濃度でおおむね決定される。ここでは、実験No.1(めっき付着量(目付量)120g/m、めっき層中のFe濃度8.8質量%)を参考にした。実験No.8のホットスタンプ前のめっき層中のFe濃度は、実験No.1と同等であるのに対し、実験No.8のめっき付着量(目付量)は実験No.1よりも多い。よって、実験No.8のホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度は、実験No.1で測定された値(44質量%)よりも低いと想定される。そこで、実験No.8の想定される、ホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度として、44質量%以下を表8に示した。
【0123】
実験No.9、10では、ホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度を測定していない。しかし前述の通り、ホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度はホットスタンプ条件が同じであれば、ホットスタンプ前のめっき付着量(目付量)とめっき層中のFe濃度でおおむね決定される。ここでは、実験No.4を参考にした。実験No.9、10のホットスタンプ前のめっき層中のFe濃度は、実験No.4と同等であるのに対し、実験No.9、10のめっき付着量(目付量)は実験No.4よりも多い。よって、実験No.9、10のホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度は、実験No.4で測定された値(53質量%)よりも低いと想定される。そこで、実験No.9、10の想定される、ホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度として、53質量%以下を表8に示した。
【0124】
なお、実験No.1~3、8および9のいずれにおいても、めっきの付着量が45g/m以上であって、ホットスタンプ後のめっき層中のFe濃度が65質量%以下であるので、優れた耐食性を示すと考えられる。
【符号の説明】
【0125】
1 溶接試験後のサンプル(溶接試験片)
2 LME割れ評価用試験片
3 ナゲット
4 切断面
5 観察面
a 鋼板の中央部
b 鋼板の端部
Q ボイド
R 内割れ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12