(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024144273
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】電極材、電極スラリー、電極材の製造方法、電極及び電極の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/58 20100101AFI20241003BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20241003BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20241003BHJP
H01M 4/525 20100101ALI20241003BHJP
H01M 4/485 20100101ALI20241003BHJP
H01M 4/139 20100101ALI20241003BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20241003BHJP
H01M 4/13 20100101ALI20241003BHJP
【FI】
H01M4/58
H01M4/36 C
H01M4/505
H01M4/525
H01M4/485
H01M4/139
H01M4/62 Z
H01M4/13
【審査請求】未請求
【請求項の数】34
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024046440
(22)【出願日】2024-03-22
(31)【優先権主張番号】P 2023054812
(32)【優先日】2023-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2024011964
(32)【優先日】2024-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(71)【出願人】
【識別番号】000219314
【氏名又は名称】東レエンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】手嶋 勝弥
(72)【発明者】
【氏名】獅野 和幸
【テーマコード(参考)】
5H050
【Fターム(参考)】
5H050AA07
5H050AA08
5H050AA19
5H050BA17
5H050CA01
5H050CA08
5H050CA09
5H050DA10
5H050DA18
5H050EA27
5H050FA16
5H050FA17
5H050FA18
5H050GA02
5H050GA10
5H050GA22
5H050HA00
5H050HA07
5H050HA12
(57)【要約】
【課題】電極容量の低下を抑制し、サイクル特性に優れた二次電池用の電極材、電極スラリー、電極材の製造方法、電極及び電極の製造方法を提供する。
【解決手段】二次電池用の電極材1であって、電極活物質10を含み、電極活物質10の表面全体は、非水系バインダー20で殻状に被覆されている。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
二次電池用の電極材であって、
電極活物質を含み、
前記電極活物質の表面全体は、非水系バインダーで殻状に被覆されている、電極材。
【請求項2】
前記電極活物質の表面の一部は、金属酸化物で被覆されており、
前記非水系バインダーは、前記金属酸化物を覆うように、前記電極活物質の表面全体を殻状に被覆している、請求項1に記載の電極材。
【請求項3】
二次電池用の電極材であって、
電極活物質を含み、
前記電極活物質の表面全体は、非水系バインダー及び金属酸化物の何れかで、殻状に被覆されている、電極材。
【請求項4】
二次電池用の電極材であって、
電極活物質を含み、
前記電極活物質の表面全体は、金属酸化物で殻状に被覆されており、
前記金属酸化物の表面の一部は、非水系バインダーで被覆されている、電極材。
【請求項5】
前記非水系バインダーは、フッ素系樹脂を含む、請求項1~4の何れか1項に記載の電極材。
【請求項6】
前記電極活物質は、正極活物質からなる、請求項1~4の何れか1項に記載の電極材。
【請求項7】
前記電極活物質は、リチウム含有複合酸化物からなる、請求項1~4の何れか1項に記載の電極材。
【請求項8】
電極合剤を含む電極スラリーであって、
前記電極合剤は、請求項1~4の何れか1項に記載の電極材と、導電助剤とを含み、
前記電極合剤は、水系溶媒に分散されている、電極スラリー。
【請求項9】
前記電極活物質の表面を被覆している前記非水系バインダーは、前記水系溶媒に溶解していない、請求項8に記載の電極スラリー。
【請求項10】
前記導電助剤は、セルロースナノファイバーを含む、請求項8に記載の電極スラリー。
【請求項11】
二次電池用の電極材の製造方法であって、
非水系バインダーの粉末を、非水系溶媒に溶解させ、該非水系溶媒の中に電極活物質の粉末を分散させる工程と、
前記非水系溶媒を蒸発させて、前記電極活物質の表面全体を、前記非水系バインダーで殻状に被覆する工程と
を含む、電極材の製造方法。
【請求項12】
前記2つの工程の前に、前記電極活物質の表面の一部に、金属酸化物を付着させる工程をさらに含み、
前記電極活物質の表面全体は、前記非水系バインダーで、前記金属酸化物を覆うように、殻状に被覆される、請求項11に記載の電極材の製造方法。
【請求項13】
二次電池用の電極材の製造方法であって、
電極活物質の表面の一部に、金属酸化物を付着させる工程と、
非水系バインダーの粉末を、非水系溶媒に溶解させ、該非水系溶媒の中に、表面に前記金属酸化物が付着した前記電極活物質の粉末を分散させる工程と、
前記非水系溶媒を蒸発させる工程と
を含み、
前記非水系溶媒を蒸発させる工程において、前記電極活物質の表面全体は、前記非水系バインダー及び前記金属酸化物の何れかで、殻状に被覆される、電極材の製造方法。
【請求項14】
二次電池用の電極材の製造方法であって、
電極活物質の表面全体に、金属酸化物を付着させる工程と、
非水系バインダーの粉末を、非水系溶媒に溶解させ、該非水系溶媒の中に、表面全体に前記金属酸化物が付着した前記電極活物質の粉末を分散させる工程と、
前記非水系溶媒を蒸発させる工程と
を含み、
前記非水系溶媒を蒸発させる工程において、前記金属酸化物の表面の一部は、前記非水系バインダーで被覆される、電極材の製造方法。
【請求項15】
集電体上に形成される電極合剤を備えた二次電池用の電極であって、
前記電極合剤は、請求項1~4の何れか1項に記載された電極材と、導電助剤とを含み、
前記電極材に含まれる電極活物質は、表面全体が非水系バインダーで殻状に被覆された状態で分散されており、
前記電極活物質の表面全体を被覆する非水系バインダーの体積の総和をV1、前記非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域に存在する非水系バインダーの体積の総和をV2としたとき、V1>V2である、電極。
【請求項16】
集電体上に形成される電極合剤を備えた二次電池用の電極であって、
前記電極合剤は、請求項1~4の何れか1項に記載された電極材と、導電助剤とを含み、
前記電極材に含まれる電極活物質は、表面全体が非水系バインダーで殻状に被覆された状態で分散されており、
前記電極合剤の断面において、前記電極活物質の表面全体を被覆する非水系バインダーの面積の総和をA1、前記非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域に存在する非水系バインダーの面積の総和をA2としたとき、A1>A2である、電極。
【請求項17】
集電体上に形成される電極合剤を備えた二次電池用の電極であって、
前記電極合剤は、請求項1~4の何れか1項に記載された電極材と、導電助剤とを含み、
前記電極材に含まれる電極活物質は、表面全体が非水系バインダーで殻状に被覆された状態で均一に分散されており、
前記非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域の体積の総和をV3、前記非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域に存在する非水系バインダーの体積の総和をV2としたとき、V3>V2である、電極。
【請求項18】
集電体上に形成される電極合剤を備えた二次電池用の電極であって、
前記電極合剤は、請求項1~4の何れか1項に記載された電極材と、導電助剤とを含み、
前記電極材に含まれる電極活物質は、表面全体が非水系バインダーで殻状に被覆された状態で均一に分散されており、
前記電極合剤の断面において、前記非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域の面積の総和をA3、前記非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域に存在する非水系バインダーの面積の総和をA2としたとき、A3>A2である、電極。
【請求項19】
二次電池用の電極の製造方法であって、
請求項11~14の何れか1項に記載された方法により、電極活物質の表面全体が非水系バインダーで殻状に被覆された電極材を形成する工程と、
前記電極材と導電助剤とを含む電極合剤を、水系溶媒に分散させて、電極スラリーを形成する工程と、
前記電極スラリーを集電体上に塗布した後、塗布膜を乾燥させる工程と
を含む、電極の製造方法。
【請求項20】
二次電池用の電極材であって、
電極活物質を含み、
前記電極活物質の表面の一部は、非水系バインダーで殻状に被覆されている、電極材。
【請求項21】
前記電極活物質の表面の50%以上が、前記非水系バインダーで被覆されている、請求項20に記載の電極材。
【請求項22】
前記非水系バインダーは、フッ素系樹脂を含む、請求項20に記載の電極材。
【請求項23】
前記電極活物質は、正極活物質からなる、請求項20に記載の電極材。
【請求項24】
前記電極活物質は、リチウム含有複合酸化物からなる、請求項20に記載の電極材。
【請求項25】
電極合剤を含む電極スラリーであって、
前記電極合剤は、請求項20~24の何れか1項に記載の電極材と、導電助剤とを含み、
前記電極合剤は、水系溶媒に分散されている、電極スラリー。
【請求項26】
前記電極活物質の表面を被覆している前記非水系バインダーは、前記水系溶媒に溶解していない、請求項25に記載の電極スラリー。
【請求項27】
前記導電助剤は、セルロースナノファイバーを含む、請求項25に記載の電極スラリー。
【請求項28】
二次電池用の電極材の製造方法であって、
非水系バインダーの粉末を、非水系溶媒に溶解させ、該非水系溶媒の中に電極活物質の粉末を分散させる工程と、
前記非水系溶媒を蒸発させて、前記電極活物質の表面の一部を、前記非水系バインダーで殻状に被覆する工程と
を含む、電極材の製造方法。
【請求項29】
集電体上に形成される電極合剤を備えた二次電池用の電極であって、
前記電極合剤は、請求項20~24の何れか1項に記載された電極材と、導電助剤とを含み、
前記電極材に含まれる電極活物質は、表面の一部が非水系バインダーで殻状に被覆された状態で分散されており、
前記電極活物質の表面全体を被覆する非水系バインダーの体積の総和をV1、前記非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域に存在する非水系バインダーの体積の総和をV2としたとき、V1>V2である、電極。
【請求項30】
集電体上に形成される電極合剤を備えた二次電池用の電極であって、
前記電極合剤は、請求項20~24の何れか1項に記載された電極材と、導電助剤とを含み、
前記電極材に含まれる電極活物質は、表面の一部が非水系バインダーで殻状に被覆された状態で分散されており、
前記電極合剤の断面において、前記電極活物質の表面全体を被覆する非水系バインダーの面積の総和をA1、前記非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域に存在する非水系バインダーの面積の総和をA2としたとき、A1>A2である、電極。
【請求項31】
集電体上に形成される電極合剤を備えた二次電池用の電極であって、
前記電極合剤は、請求項20~24の何れか1項に記載された電極材と、導電助剤とを含み、
前記電極材に含まれる電極活物質は、表面の一部が非水系バインダーで殻状に被覆された状態で分散されており、
前記非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域の体積の総和をV3、前記非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域に存在する非水系バインダーの体積の総和をV2としたとき、V3>V2である、電極。
【請求項32】
集電体上に形成される電極合剤を備えた二次電池用の電極であって、
前記電極合剤は、請求項20~24の何れか1項に記載された電極材と、導電助剤とを含み、
前記電極材に含まれる電極活物質は、表面の一部が非水系バインダーで殻状に被覆された状態で分散されており、
前記電極合剤の断面において、前記非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域の面積の総和をA3、前記非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域に存在する非水系バインダーの面積の総和をA2としたとき、A3>A2である、電極。
【請求項33】
集電体上に形成される電極合剤を備えた二次電池用の電極であって、
前記電極合剤は、請求項20~24の何れか1項に記載された電極材と、導電助剤とを含み、
前記電極材に含まれる電極活物質は、表面の一部が非水系バインダーで殻状に被覆された状態で分散されており、
前記電極合剤の断面において、下記の式(1)で定義される被覆率Cが30%以上である、電極。
C=(C2÷C1)×100・・・・(1)
(式(1)において、C1は、電極活物質の周囲長さを表し、C2は、電極活物質の周囲と接触している非水バインダーの接触部の総長さを表す。)
【請求項34】
二次電池用の電極の製造方法であって、
請求項28に記載された方法により、電極活物質の表面の一部が非水系バインダーで殻状に被覆された電極材を形成する工程と、
前記電極材と導電助剤とを含む電極合剤を、水系溶媒に分散させて、電極スラリーを形成する工程と、
前記電極スラリーを集電体上に塗布した後、塗布膜を乾燥させる工程と
を含む、電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次電池用の電極材、電極スラリー、電極材の製造方法、電極及び電極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池等の二次電池を構成する電極は、一般に、電極活物質、バインダー、及び導電助剤を分散させたスラリーを、集電体に塗布し、乾燥することによって作製される。
【0003】
従来、電極のバインダーとして、機械的強度、接着性、耐酸化性等に優れた特性を有するポリフッ化ビニリデン(PVDF)が広く使用されている。
【0004】
しかしながら、PVDFは、水に溶解しないため、PVDFを、N-メチル-ピロリドン(NMP)等の有機溶媒に溶解させたスラリーを作製する必要があり、有機溶媒の使用に伴い環境負荷が増大するという課題がある。そのため、近年は、環境負荷の少ない水系溶媒に分散可能な水系バインダーの開発が要望されている。
【0005】
負極に使用する水系バインダーとしては、カルボキシメチルセルロース(CMC)や、スチレンブタジエンゴム(SBR)が開発されている。しかしながら、これらの水系バインダーをそのまま正極に使用した場合、正極環境下において酸化劣化するといった課題がある。
【0006】
特許文献1には、正極に使用する水系バインダーとして、アクリル系重合体で構成されたバインダーが開示されている。この水系バインダーは、水に溶解せず、懸濁粒子として水系溶媒に分散することにより、正極スラリーが作製される。この正極スラリーを集電体に塗布し、乾燥することにより正極を作製したとき、水系バインダーは、粒子形状を保ったまま、正極活物質間の凹部に偏在している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に開示された水系バインダーは、耐酸化性を有する点では有効であるが、正極活物質はリチウムを含むため、この水系バインダーを、正極活物質及び導電助剤とともに、水系溶媒に分散させて正極スラリーを作製したとき、正極活物質のリチウム等の遷移金属が水系溶媒に溶け出すため、正極容量が低下するという課題がある。なお、このような課題は、負極活物質にリチウムを含む材料を用いた負極の場合にも生じ得る。
【0009】
また、上記水系バインダーは、正極活物質間の凹部に偏在しているだけなので、水系バインダーを正極内で均一に分散させることは難しい。そのため、正極活物質同士や、正極活物質と集電体との結着性が弱くなり、二次電池のサイクル特性が低下するという課題がある。なお、このような課題は、上記水系バインダーを負極に使用した場合にも生じ得る。
【0010】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたもので、電極容量の低下を抑制し、サイクル特性に優れた二次電池用の電極材、電極スラリー、電極材の製造方法、電極及び電極の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る電極材は、二次電池用の電極材であって、活物質を含み、活物質の表面全体は、非水系バインダーで殻状に被覆されている。
【0012】
ある好適な実施形態において、電極活物質の表面の一部は、金属酸化物で被覆されており、非水系バインダーは、金属酸化物を覆うように、電極活物質の表面全体を殻状に被覆している。
【0013】
本発明に係る電極スラリーは、電極合剤を含む電極スラリーであって、電極合剤は、表面全体を非水系バインダーで殻状に被覆された活物質と、導電助剤とを含み、電極合剤は、水系溶媒に分散されている。
【0014】
本発明に係る電極材の製造方法は、二次電池用の電極材の製造方法であって、非水系バインダーの粉末を、非水系溶媒に溶解させ、該非水系溶媒の中に電極活物質の粉末を分散させる工程と、非水系溶媒を蒸発させて、電極活物質の表面全体を、非水系バインダーで殻状に被覆する工程とを含む。
【0015】
本発明に係る電極は、集電体上に形成される電極合剤を備えた二次電池用の電極であって、電極合剤は、電極活物質の表面全体が、非水系バインダーで殻状に被覆された電極材と、導電助剤とを含み、電極材に含まれる電極活物質は、表面全体が非水系バインダーで殻状に被覆された状態で分散されており、電極活物質の表面全体を被覆する非水系バインダーの体積の総和をV1、非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域に存在する非水系バインダーの体積の総和をV2としたとき、V1>V2である。
【0016】
本発明に係る電極は、集電体上に形成される電極合剤を備えた二次電池用の電極であって、電極合剤は、電極活物質の表面全体が、非水系バインダーで殻状に被覆された電極材と、導電助剤とを含み、電極材に含まれる電極活物質は、表面全体が非水系バインダーで殻状に被覆された状態で分散されており、非水系バインダーが被覆された電極活物質で囲まれた領域の体積の総和をV3、非水系バインダーが被覆された前記電極活物質で囲まれた領域に存在する非水系バインダーの体積の総和をV2としたとき、V3>V2である。
【0017】
本発明に係る二次電池用の電極の製造方法は、電極活物質の表面全体が非水系バインダーで殻状に被覆された電極材を形成する工程と、電極材と導電助剤とを含む電極合剤を、水系溶媒に分散させて、電極スラリーを形成する工程と、電極スラリーを集電体上に塗布した後、塗布膜を乾燥させる工程とを含む。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、電極容量の低下を抑制し、サイクル特性に優れた二次電池用の電極材、電極スラリー、電極材の製造方法、電極及び電極の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施形態における正極材の構造を模式的に示した図である。
【
図2】本実施形態における正極材を含む正極スラリーを用いて作製した正極板の構造を模式的に示した図である。
【
図3】本実施形態における正極材を含む正極スラリーを用いて作製した正極板の構造を模式的に示した図である。
【
図4】本発明の他の実施形態における正極材を含む正極スラリーを用いて作製した正極板の構造を模式的に示した図である。
【
図5】正極材の変型例1を模式的に示した図である。
【
図6】正極材の変型例2を模式的に示した図である。
【
図7】正極材の変型例3を模式的に示した図である。
【
図8A】実施例1で作製した正極板の断面をSEMで撮影した写真である。
【
図8B】正極板中のフッ素成分を染色した後、正極板の断面をSEMで撮影した写真である。
【
図9A】比較例1で作製した正極板の断面をSEMで撮影した写真である。
【
図9B】正極板中のフッ素成分を染色した後、正極板の断面をSEMで撮影した写真である。
【
図10A】実施例2で作製した正極板の断面をSEMで撮影した写真である。
【
図10B】正極板中のフッ素成分を染色した後、正極板の断面をSEMで撮影した写真である。
【
図11A】比較例2で作製した正極板の断面をSEMで撮影した写真である。
【
図11B】正極板中のフッ素成分を染色した後、正極板の断面をSEMで撮影した写真である。
【
図12A】実施例1で作製した正極板に対して、樹脂包埋した正極板の断面をSEMで撮影した写真である。
【
図12B】正極板中のフッ素成分を染色した領域において、正極活物質と接触している部位を線図化して示した写真である。
【
図13A】比較例1で作製した正極板に対して、樹脂包埋した正極板の断面をSEMで撮影した写真である。
【
図13B】正極板中のフッ素成分を染色した領域において、正極活物質と接触している部位を線図化して示した写真である。
【
図14】実施例1で作製した正極材を用いて作製したリチウムイオン電池のサイクル特性の測定結果を示したグラフである。
【
図15】実施例3で作製した正極材を用いて作製したリチウムイオン電池のサイクル特性の測定結果を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の実施形態では、二次電池の電極として、正極を例に説明するが、これに限定されず、本発明は負極にも適用することができる。即ち、本明細書において、「電極」というときは、正極及び負極を含む。例えば、「電極材」は、正極材及び負極材を含み、「電極活物質」は、正極活物質及び負極活物質を含み、「電極合剤」は、正極合剤及び負極合剤を含み、「電極スラリー」は、正極スラリー及び負極スラリーを含む。
【0021】
本実施形態における正極材は、二次電池用の正極材であって、
図1の模式図に示すように、正極材1は、正極活物質10を含み、正極活物質10の表面全体は、非水系バインダー20で殻状に被覆されている。ここで、非水系バインダー20は、水等の水系溶媒には熔解せず、有機溶媒等の非水系溶媒には溶解可能なフッ素系樹脂からなり、代表的には、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フッ素系ゴム等を含む。
【0022】
本実施形態における正極材が適用される二次電池は、リチウムイオン二次電池や、リチウム硫黄二次電池等を含む。また、正極活物質は、例えば、リチウムイオン二次電池の場合、LiCoO2、LiNiO2、LiNi0.8Co0.2O2、LiMn2O4、LiFePO4、LiNiCoMnO2等のリチウム含有複合酸化物等を含む。また、正極活物質は、粒径の異なる2種類以上の正極活物質からなることが好ましい。粒径の小さい正極活物質は、例えば、フラックス法を用いて形成することができる。
【0023】
本実施形態における正極材1は、非水系バインダー20の粉末を、非水系溶媒に溶解させ、非水系溶媒の中に正極活物質10の粉末を分散させる工程と、この非水系溶媒を加熱して蒸発させて、正極活物質10の表面全体を、非水系バインダー20で殻状に被覆する工程により製造することができる。なお、非水系溶媒の乾燥は、加熱せずに、常温で真空乾燥させてもよい。
【0024】
ここで、非水系溶媒は、非水系バインダー20の粉末が溶解可能な材料からなり、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)等の有機溶媒を含む。
【0025】
正極材1を製造する工程で使用する非水系バインダー20の量は、正極活物質10の量に応じて、正極活物質10の表面全体を殻状に被覆できる範囲で適宜決めればよい。
【0026】
本実施形態における正極スラリーは、上記正極材1と導電助剤とを含む正極合剤を含み、正極合剤は、水系溶媒に分散されている。なお、正極活物質10の表面を被覆している非水系バインダー20は、水系溶媒に溶解していない。
【0027】
ここで、水系溶媒は、非水系バインダー20の粉末が溶解しない材料からなり、水、 またはポリビニルピロリドン(PVP)等の分散剤を含む。また、導電助剤は、特に限定されないが、セルロースナノファイバーを含むことが好ましい。水系溶媒は粘性が低いため、増粘性の高いセルロースナノファイバーを導電助剤として用いることによって、適正な粘度の正極スラリーを得ることができる。
【0028】
また、本実施形態における正極板は、上記の正極スラリーを、集電体上に塗布した後、塗布膜を乾燥させることにより製造することができる。なお、塗布膜の乾燥は、正極スラリーと集電体とを、ロールプレス等で熱圧着させてもよい。
【0029】
本実施形態における正極材1は、正極活物質10の表面全体が、非水系バインダー20で殻状に被覆されているので、正極材1と導電助剤とを含む正極合剤を、水系溶媒に分散させて正極スラリーを作製しても、正極活物質10のリチウムが水系溶媒に溶け出すことはない。その結果、リチウムが水系溶媒に溶け出すことに起因する正極容量の低下を抑制することができる。
【0030】
また、本実施形態における正極材1を含む正極スラリーを用いて正極板を作製したとき、非水系バインダー20は、水系溶媒に溶解しないため、
図2の模式図で示すように、正極活物質10は、表面全体に非水系バインダー20で殻状に被覆された状態で均一に分散する。そのため、非水系バインダー20も均一に分散することになり、正極全体において、正極活物質10同士や、正極活物質10と集電体とを、非水系バインダー20で均一に結着させることができるため、サイクル特性に優れた二次電池を実現することができる。
【0031】
特に、正極活物質10が、粒径の異なる2種類以上の正極活物質10を含む場合、正極活物質10は、より均一に分散するため、非水系バインダー20を介して、正極活物質10同士や、正極活物質10と集電体との結着性がより高くなり、その結果、サイクル特性の向上がより図られる。
【0032】
なお、本実施形態における正極材1は、正極活物質10の表面全体が、非水系バインダー20で殻状に被覆された構造を有しているが、表面の一部にしか非水系バインダー20が被覆されていない構造を有するものも含む。
【0033】
従来のPVDF等の非水系バインダー20を含む正極合剤を有機溶媒に分散させて正極スラリーを作製した場合、正極合剤に含まれるカーボンブラック等の導電助剤は有機溶媒に溶解せず、しかも、ナノメーターレベルの小さな穴が有機溶媒を吸い込むため、使用する有機溶媒の量が多くなる。
【0034】
一方、本実施形態における正極材1の作製にも、有機溶媒(非水系溶媒)を使用しているが、有機溶媒には、正極活物質10と、有機溶媒に溶解する非水系バインダー20とが含まれるだけなので、使用する非水系溶媒の量は、従来のPVDF等の非水系バインダー20を含む正極合剤を有機溶媒に分散させて正極スラリーを作製する場合に比べて、大幅に削減することができる。その結果、本実施形態における正極は、正極材1と導電助剤とを含む正極合剤を、水系溶媒に分散させた正極スラリーを用いて製造するため、二次電池を製造する際の非水系溶媒の使用量を大幅に削減することができる。
【0035】
また、本実施形態における正極材1は、正極活物質10の表面全体が、非水系バインダー20で殻状に被覆されていることにより、正極容量の低下抑制や、サイクル特性の向上という効果を得ることができる。従って、このような効果を得るためには、正極材1を製造する工程で使用する非水系バインダー20の量は、正極活物質10の量に応じて、正極活物質10の表面全体を殻状に被覆できる範囲であればよい。通常は、正極活物質10のサイズのバラツキや、正極材1の製造工程のバラツキ等を考慮して、余分な量を含む最小限の量の非水系バインダー20を使用すればよい。
【0036】
上述したように、本実施形態における正極材1を含む正極スラリーを用いて正極板を作製したとき、非水系バインダー20は、
図3の模式図で示すように、正極活物質10は、表面全体に非水系バインダー20で殻状に被覆された状態で均一に分散している。このとき、非水系バインダー20は、最小限の量しか使用していないため、非水系バインダー20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域50には、余分な量の非水系バインダー40が存在するだけで、ほとんどの領域50は、空隙状態になっている。
【0037】
従って、正極活物質10の表面全体を被覆する非水系バインダー20の体積の総和をV1、非水系バインダー20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域50に存在する非水系バインダー40の体積の総和をV2としたとき、V1>V2の関係になっている。また、非水系バインダー20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域50の体積の総和をV3としたとき、V3>V2の関係になっている。
【0038】
なお、上記関係は、集電体上に形成された正極合剤を、膜厚方向に垂直な断面で見たとき、正極活物質10の表面全体を被覆する非水系バインダー20の面積の総和をA1、非水系バインダー20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域50に存在する非水系バインダー40の面積の総和をA2としたとき、A1>A2となる。また、非水系バインダー20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域50の面積の総和をA3としたとき、A3>A2となる。
【0039】
ところで、本実施形態における正極材1は、正極活物質10の表面全体を、非水系バインダー20で殻状に被覆することにより、正極材1と導電助剤とを含む正極合剤を、水系溶媒に分散させて正極スラリーを作製しても、正極活物質10のリチウムが水系溶媒に溶け出すことがないため、正極容量の低下を抑制することができる。
【0040】
また、本実施形態における正極材1を含む正極スラリーを用いて正極板を作製したとき、非水系バインダー20は、水系溶媒に溶解しないため、正極活物質10は、表面全体に非水系バインダー20で殻状に被覆された状態で均一に分散する。そのため、非水系バインダー20も均一に分散することになり、正極全体において、正極活物質10同士や、正極活物質10と集電体とを、非水系バインダー20で均一に結着させることができるため、サイクル特性に優れた二次電池を実現することができる。
【0041】
このような効果は、正極活物質10の表面を、非水系バインダー20で殻状に被覆することにより得られることから、必ずしも、正極活物質10の表面全体が、完全には非水系バインダー20で殻状に被覆されていなくてもよく、正極活物質10の表面の一部が、非水系バインダー20で殻状に被覆されている場合にも、このような効果を得ることができる。
【0042】
例えば、同じ量の非水系バインダー20を使って、本実施形態において、正極活物質10の表面の一部が、非水系バインダー20で殻状に被覆された正極材1を含む正極合剤を、水系溶媒に分散させた正極スラリーを用いて正極板を作製した場合と、従来の方法において、非水系バインダー20を含む正極合剤を有機溶媒に分散させた正極スラリーを用いて正極板を作製した場合とを比較したところ、本実施形態により作製した二次電池の方が、従来の方法により作製した二次電池に比べて、正極容量及びサイクル特性において、優位な特性を有していることが確認されている。
【0043】
正極活物質10の表面の一部が、非水系バインダー20で殻状に被覆されている正極材1は、正極材1の製造工程で使用する非水系バインダー20の量を、正極活物質10の表面の一部を殻状に被覆できる範囲に設定して製造すればよい。
【0044】
なお、正極活物質10の表面の一部が、非水系バインダー20で殻状に被覆されている場合において、本発明の効果を奏するためには、正極活物質10の表面の50%以上が、非水系バインダー20で被覆されていることが好ましく、正極活物質10の表面の70%以上が、非水系バインダー20で被覆されていることがより好ましい。
【0045】
このような正極材1を含む正極スラリーを用いて正極板を作製したとき、正極活物質10は、
図4の模式図で示すように、正極活物質10は、表面の一部に非水系バインダー20で殻状に被覆された状態で均一に分散している。このとき、非水系バインダー20は、正極活物質10の表面全体に非水系バインダー20を殻状に被覆する場合に比べて、より少量しか使用していないため、非水系バインダー20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域50には、非水系バインダー40がほとんど存在せず、空隙状態になっている。
【0046】
従って、正極活物質10の表面全体に非水系バインダー20が殻状に被覆されている場合と同様に、正極活物質10の表面の一部を被覆する非水系バインダー20の体積の総和をV1、非水系バインダー20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域50に存在する非水系バインダー40の体積の総和をV2としたとき、V1>V2の関係になっている。また、非水系バインダー20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域50の体積の総和をV3としたとき、V3>V2の関係になっている。
【0047】
なお、上記関係は、集電体上に形成された正極合剤を、膜厚方向に垂直な断面で見たとき、正極活物質10の表面の一部を被覆する非水系バインダー20の面積の総和をA1、非水系バインダー20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域50に存在する非水系バインダー40の面積の総和をA2としたとき、A1>A2となる。また、非水系バインダー20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域50の面積の総和をA3としたとき、A3>A2となる。
【0048】
<変型例>
上記実施形態では、正極材1を、正極活物質10の表面全体もしくは表面の一部が、非水系バインダー20で殻状に被覆された構造としたが、被覆する非水系バインダー20の厚みが厚すぎると、正極活物質10の表面における電気抵抗が増加し、これにより、電池容量の低下を招くおそれがある。本変型例では、非水系バインダー20の厚み増加に起因する電池容量の低下を抑制することができる正極材1の構造を示す。
【0049】
図5は、正極材1の変型例1を模式的に示した図で、正極活物質10の表面の一部は、金属酸化物30で被覆されており、非水系バインダー20は、金属酸化物30を覆うように、正極活物質10の表面全体を殻状に被覆した構造をなす。このような構造により、正極活物質10の表面における電気抵抗の増加を抑制できるため、非水系バインダー20による結着性向上の効果(サイクル特性の向上)を維持しつつ、電池容量の低下を抑制することができる。
【0050】
本変型例1における正極材1は、正極活物質10の表面全体を、非水系バインダー20で殻状に被覆する工程の前に、正極活物質10の表面の一部に、金属酸化物30を付着させる工程を行うことにより製造することができる。これにより、正極活物質10の表面全体を、非水系バインダー20で、金属酸化物30を覆うように殻状に被覆することができる。
【0051】
正極活物質10の表面を被覆する金属酸化物30は、電気抵抗の低い材料であれば特に限定されず、例えば、酸化チタン、酸化ニオブ、チタン含有酸化物等を用いることができる。また、金属酸化物30の正極活物質10表面への被覆は、例えば、正極活物質10と金属酸化物30とを混合し、これらを焼結または焼成することによって行うことができる。
【0052】
図6は、正極材1の変型例2を模式的に示した図で、正極活物質10の表面全体は、非水系バインダー20及び金属酸化物30の何れかで、殻状に被覆された構造をなす。
【0053】
図7は、正極材1の変型例3を模式的に示した図で、正極活物質10の表面全体は、金属酸化物30で殻状に被覆されており、金属酸化物30の表面の一部は、非水系バインダー20で被覆された構造をなす。
【0054】
図6及び
図7に示した構造の正極材1は、正極活物質10の表面全体には非水系バインダー20が被覆されていないものの、正極活物質10の表面の一部または表面全体を金属酸化物30で被覆しているため、非水系バインダー20による結着性向上の効果を維持しつつ、電池容量の低下を抑制することができる。
【0055】
図6及び
図7に示した構造の正極材1は、正極活物質10の表面の一部または表面全体に金属酸化物30を付着させる工程と、非水系バインダー20の粉末を、非水系溶媒に溶解させ、非水系溶媒の中に、表面に金属酸化物30が付着した正極活物質10の粉末を分散させる工程と、非水系溶媒を蒸発させる工程とにより製造することができる。
【0056】
正極材1を製造する工程で使用する金属酸化物30の量は、正極活物質10の量に応じて、正極活物質10の表面の一部または表面全体を被覆できる範囲で適宜決めればよい。
【実施例0057】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0058】
[実施例1]
<正極材の作製>
0.05gの非水系バインダー(PVDF)の粉末を、0.45gの非水系溶媒(NMP溶媒)に溶解させ、非水系溶媒の中に、0.95gの正極活物質(リン酸リチウム鉄(LiFePO4))の粉末を分散させた。その後、非水系溶媒を100℃で2分間加熱して蒸発させた。これにより、正極活物質10の表面全体を、非水系バインダーで殻状に被覆した正極材1を作製した。
【0059】
<正極板の作製>
上記の方法により作製した正極材1と、導電助剤(セルロースナノファイバーを含む)と、分散剤とを、95:4:1の質量比で、水系溶媒(純水)中で混合して、正極スラリーを作製した。
【0060】
この正極スラリーを、正極集電体(アルミニウム箔)に塗布し、100℃で、6分間加熱して乾燥させた後、アルミニウム箔とともにプレスして、正極板を作製した。
【0061】
[実施例2]
正極活物質を、三元系(LiNiCoMnO2)の材料を用いた以外は、実施例1と同様の方法で、正極板を作製した。
【0062】
[比較例1]
従来の方法により、正極活物質(リン酸リチウム鉄)と、導電助剤(アセチレンブラック)と、バインダー(PVDF)とを、90:5:5の質量比で、有機溶媒(NMP)中で混合して、正極スラリーを形成し、実施例1と同じ方法で正極板を作製した。
【0063】
[比較例2]
正極活物質を、三元系(LiNiCoMnO2)の材料を用いた以外は、比較例1と同様の方法で、正極板を作製した。
【0064】
<正極板中の非水系バインダーの分散状態の評価>
図8Aは、実施例1で作製した正極板の断面をSEM(走査型電子顕微鏡)で撮影した写真で、
図8Bは、正極板中のフッ素成分(PVDF)を、同じ位置の正極板の断面をEDS(エネルギー分散型X線分光法)で撮影し、このEDSによりフッ素成分を検出した領域を染色して強調した写真である。
【0065】
なお、SEMの断面写真は、作製した正極板の試料を、集束イオンビーム(Focused Ion Beam :FIB)を用いて断面を作製した後、導電処理した断面を、加速電圧15kV、倍率2000倍の条件で撮影することにより取得した。
【0066】
図8Bに示すように、正極活物質10の表面において、多くの領域が非水系バインダー(PVDF)20で殻状に被覆されているのが確認できた。また、正極活物質10間に形成された隙間に存在するバインダー(PVDF)20の量は、少ないことが確認できた。
【0067】
すなわち、正極活物質10の表面を被覆するバインダー(PVDF)20の体積の総和をV1、バインダー(PVDF)20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域に存在するバインダー(PVDF)20の体積の総和をV2としたとき、V1>V2の関係になっていることが確認できた。また、バインダー(PVDF)20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域の体積の総和をV3としたとき、V3>V2の関係になっていることが確認できた。
【0068】
また、正極合剤の断面において、正極活物質10の表面を被覆するバインダー(PVDF)20の面積の総和をA1、バインダー(PVDF)20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域に存在するバインダー(PVDF)20の面積の総和をA2としたとき、A1>A2の関係になっていることが確認できた。また、バインダー(PVDF)20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域の面積の総和をA3としたとき、A3>A2の関係になっていることが確認できた。
【0069】
一方、
図9Aは、比較例1で作製した正極板の断面をSEMで撮影した写真で、
図9Bは、正極板中のフッ素成分(PVDF)を、同じ位置の正極板の断面をEDS(エネルギー分散型X線分光法)で撮影し、このEDSによりフッ素成分を検出した領域を染色して強調した写真である。なお、SEMの断面写真は、実施例1と同じ条件で取得した。
【0070】
図9Bに示すように、比較例1で作製した正極板では、正極活物質10間にバインダー(PVDF)20が分散されているのは確認できたが、正極活物質10の表面において、バインダー(PVDF)で殻状に被覆されている領域は、ほとんど確認できなかった。すなわち、比較例1で作製した正極板では、正極活物質10間に形成された隙間にバインダー(PVDF)が押し込められた状態で存在していることが確認できた。すなわち、正極活物質10の周囲には、実施例1のように、バインダー(PVDF)が、正極活物質10を薄膜で殻状に覆うような状態では存在しておらず、正極活物質10間に形成された隙間を埋めるようにバインダー(PVDF)が存在していることが確認できた。
【0071】
図10Aは、実施例2で作製した正極板の断面をSEMで撮影した写真で、実施例2で用いた正極活物質(LiNiCoMnO
2)の粒径は、実施例1で用いた正極活物質(LiFePO
4)の粒径よりも小さい。また、
図10Bは、正極板中のフッ素成分(PVDF)を、同じ位置の正極板の断面をEDS(エネルギー分散型X線分光法)で撮影し、このEDSによりフッ素成分を検出した領域を染色して強調した写真である。なお、SEMの断面写真は、実施例1と同じ条件で取得した。
【0072】
図10Bに示すように、実施例2で作製した正極板では、実施例1と同様に、正極活物質10の表面において、多くの領域が非水系バインダー(PVDF)20で殻状に被覆されているのが確認できた。また、正極活物質10間に形成された隙間に存在するバインダー(PVDF)20の量は、少ないことが確認できた。
【0073】
すなわち、正極活物質10の表面を被覆するバインダー(PVDF)20の体積の総和をV1、バインダー(PVDF)20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域に存在するバインダー(PVDF)の体積の総和をV2としたとき、V1>V2の関係になっていることが確認できた。また、バインダー(PVDF)が被覆された正極活物質10で囲まれた領域の体積の総和をV3としたとき、V3>V2の関係になっていることが確認できた。
【0074】
また、正極合剤の断面において、正極活物質10の表面を被覆するバインダー(PVDF)20の面積の総和をA1、バインダー(PVDF)20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域に存在するバインダー(PVDF)20の面積の総和をA2としたとき、A1>A2の関係になっていることが確認できた。また、バインダー(PVDF)20が被覆された正極活物質10で囲まれた領域の面積の総和をA3としたとき、A3>A2の関係になっていることが確認できた。
【0075】
一方、
図11Aは、比較例2で作製した正極板の断面をSEMで撮影した写真で、
図11Bは、正極板中のフッ素成分(PVDF)を、同じ位置の正極板の断面をEDS(エネルギー分散型X線分光法)で撮影し、このEDSによりフッ素成分を検出した領域を染色して強調した写真である。なお、SEMの断面写真は、実施例1と同じ条件で取得した。
【0076】
図11Bに示すように、比較例2で作製した正極板では、比較例1と同様に、正極活物質10間にバインダー(PVDF)20が分散されているのは確認できたが、正極活物質10の表面において、バインダー(PVDF)で殻状に被覆されている領域は、ほとんど確認できなかった。すなわち、比較例1で作製した正極板では、正極活物質10間に形成された隙間にバインダー(PVDF)が押し込められた状態で存在していることが確認できた。すなわち、正極活物質10の周囲には、実施例1のように、バインダー(PVDF)が、正極活物質10を薄膜で殻状に覆うような状態では存在しておらず、正極活物質10間に形成された隙間を埋めるようにバインダー(PVDF)が存在していることが確認できた。
【0077】
<被覆率の測定>
図8B(実施例1)のSEM写真、及び
図9B(比較例1)のSEM写真を基に、正極集電体上に形成された正極合剤の断面において、下記の式(1)で定義される被覆率C(%)を測定した。
【0078】
C=(C2÷C1)×100・・・・(1)
式(1)において、C1は、正極活物質10の周囲長さを表し、C2は、正極活物質10の周囲と接触しているバインダー(PVDF)の接触部の総長さを表す。
【0079】
その結果、実施例1で作製した正極板では、被覆率は60%であったのに対し、比較例1で作製した正極板では、被覆率は23%であった。
【0080】
ところで、正極板の断面をSEMで観察する場合、断面の奥側に存在しているバインダー(PVDF)も、断面と同じ平面上に存在しているものとして撮像される恐れがある。そこで、このような影響を避けるために、実施例1及び比較例1で作製した正極板を樹脂に埋め込んだ後、樹脂包埋した正極板を、BIB(Broad Ion Beam)法を用いて断面を作製した後、導電処理した断面を、加速電圧15kV、倍率3000倍の条件で撮影することにより、SEMの断面写真を取得した。
【0081】
図12Aは、実施例1で作製した正極板に対して、樹脂包埋した正極板の断面をSEMで撮影した写真で、
図12Bは、正極板中のフッ素成分(PVDF)を、同じ位置の正極板の断面をEDS(エネルギー分散型X線分光法)で撮影し、このEDSによりフッ素成分を検出した領域を染色し、染色した領域において、正極活物質10と接触している部位20を線図化して示した写真である。
【0082】
同様に、
図13Aは、比較例1で作製した正極板に対して、樹脂包埋した正極板の断面をSEMで撮影した写真で、
図13Bは、正極板中のフッ素成分(PVDF)を、同じ位置の正極板の断面をEDS(エネルギー分散型X線分光法)で撮影し、このEDSによりフッ素成分を検出した領域を染色し、染色した領域において、正極活物質10と接触している部位20を線図化して示した写真である。
【0083】
図12B(実施例1)のSEM写真、及び
図13B(比較例1)のSEM写真を基に、正極集電体上に形成された正極合剤の断面において、上記の式(1)で定義される被覆率C(%)を測定した。その結果、実施例1で作製した正極板では、被覆率は37%であったのに対し、比較例1で作製した正極板では、被覆率は10%であった。
【0084】
なお、樹脂包埋した正極板における被覆率Cが、樹脂包埋していない正極板における被覆率Cよりも小さくなっているのは、正極板を樹脂包埋する場合、正極板を樹脂に埋め込んだ後、加熱により樹脂を固める際に、正極活物質と樹脂の膨張率の違い等の影響により、特に薄く被覆されたバインダー(PVDF)の一部が、正極活物質10の表面から剥がれてしまったためと考えられる。
【0085】
以上の結果から、正極集電体上に形成された正極合剤の断面において、樹脂包埋した正極板における被覆率Cは、30%以上が好ましい。
【0086】
<リチウムイオン二次電池のサイクル特性の評価>
実施例1で作製した正極板と、負極板(リチウム金属箔)とを、セパレータを介して捲回して電極体を作製し、この電極体を非水電解液とともに電池ケースに収容して、リチウムイオン二次電池を作製した。
【0087】
作製したリチウムイオン二次電池を、1Cの充放電レートで充放電を繰り返し行って放電容量[mAh/g]の変化を測定し、サイクル特性を測定した。
【0088】
図14は、サイクル特性の測定結果を示したグラフで、矢印Aで示したグラフが、実施例1の正極材を用いて作製したリチウムイオン二次電池のサイクル特性を示し、矢印Bで示したグラフが、比較例1の正極材を用いて作製したリチウムイオン二次電池のサイクル特性を示す。
【0089】
図14に示すように、実施例1の正極材を用いて作製したリチウムイオン二次電池のサイクル特性は、比較例1の正極材を用いて作製したリチウムイオン二次電池のサイクル特性に比べて、放電容量が、初期の容量から1/3に低下するまでのサイクル数が、2倍程度向上しているのが分かる。これは、正極活物質10が、表面全体を非水系バインダー20で殻状に被覆された状態で均一に分散されているため、非水系バインダー20も均一に分散することになり、正極全体において、正極活物質10同士や、正極活物質10と集電体とが、非水系バインダー20で均一に結着されているためと考えられる。
【0090】
図14に示すように、実施例1の正極材を用いて作製したリチウムイオン二次電池の初期の容量は、比較例1の正極材を用いて作製したリチウムイオン二次電池の初期の容量よりも若干低くなっている。これは、正極活物質10の表面全体が、非水系バインダー20で殻状に被覆されていることにより、正極活物質10の表面における電気抵抗が増加したためと考えられる。
【0091】
[実施例3]
<正極材の作製>
正極活物質(リン酸リチウム鉄)の粉末と、金属酸化物(酸化チタンと酸化ニオブ)の粉末とを、99.8:0.2の質量比で混合して、この混合物を800℃の温度で、180分間焼結して、正極活物質10の表面に、金属酸化物30を付着させた。
【0092】
その後、実施例1と同様の方法により、正極活物質10の表面全体に、非水系バインダー(PVDF)で、金属酸化物を覆うように殻状に被覆して、
図5に示した構造の正極材1を作製した。
【0093】
<リチウムオイン二次電池のサイクル特性の評価>
実施例3で作成した正極材1を用いて、実施例1と同様の方法で、リチウムイオン二次電池を作製し、サイクル特性を測定した。
【0094】
図15は、サイクル特性の測定結果を示したグラフで、矢印Aで示したグラフが、実施例1の正極材を用いて作製したリチウムイオン二次電池のサイクル特性を示し、矢印Bで示したグラフが、比較例1の正極材を用いて作製したリチウムイオン二次電池のサイクル特性を示し、矢印Cで示したグラフが、実施例3の正極材を用いて作製したリチウムイオン二次電池のサイクル特性を示す。
【0095】
図15に示すように、実施例3の正極材を用いて作製したリチウムイオン二次電池の初期の容量は、実施例1の正極材を用いて作製したリチウムイオン二次電池の初期の容量よりも向上しているのが分かる。これは、正極活物質10の表面に、電気抵抗の小さい金属酸化物30を付着してことにより、正極活物質10の表面における電気抵抗の増加を抑制できたためと考えられる。なお、正極活物質10の表面全体に、非水系バインダー20を殻状に被覆したことによるサイクル特性の向上は維持されている。
【0096】
以上、本発明を好適な実施形態により説明してきたが、こうした記述は限定事項ではなく、もちろん、種々の改変が可能である。
【0097】
例えば、上記実施形態では、正極材1の製造方法として、非水系バインダー20の粉末を、非水系溶媒に溶解させ、非水系溶媒の中に正極活物質10の粉末を分散させた後、非水系溶媒を蒸発させることによって、正極活物質10の表面全体を、非水系バインダー20で殻状に被覆する方法を説明したが、これに限定されず、例えば、正極活物質10の平均粒径に対して、非水系バインダー20の平均粒径が半分以下程度に小さければ、水等の水系溶媒や、有機溶剤等の非水系溶媒を用いずに、正極活物質10の粉末と、微細化した非水系バインダー20の粉末を混合・加熱して作製してもよい。この場合、正極活物質10の平均粒径は、1μm~10μmの範囲にあることが好ましい。
【0098】
また、上記実施形態では、二次電池の電極として、正極を例に説明したが、負極に、チタン酸リチウム(Li4Ti5O12)等のリチウムを含む負極活物質を用いた場合でも、負極活物質のリチウムが水系溶媒に溶け出すことがないため、負極容量の低下を抑制することができる。また、負極に、黒鉛やシリコン等の負極活物質を用いた場合でも、負極活物質同士や、負極活物質と集電体とが、均一に分散された非水系バインダーで結着しているため、サイクル特性に優れた二次電池を実現することができる。