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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024014467
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】SARS-CoV-2不活化剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/82 20060101AFI20240125BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20240125BHJP
   A23F 3/16 20060101ALI20240125BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20240125BHJP
【FI】
A61K36/82
A61P31/14
A23F3/16
A23L33/105
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022117318
(22)【出願日】2022-07-22
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】507126487
【氏名又は名称】公立大学法人奈良県立医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大里 直樹
(72)【発明者】
【氏名】岡村 雄介
(72)【発明者】
【氏名】草浦 達也
(72)【発明者】
【氏名】橋爪 浩二郎
(72)【発明者】
【氏名】矢野 寿一
(72)【発明者】
【氏名】中野 竜一
(72)【発明者】
【氏名】中野 章代
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 由希
【テーマコード(参考)】
4B018
4B027
4C088
【Fターム(参考)】
4B018MD59
4B018ME09
4B018ME14
4B018MF01
4B018MF06
4B027FB30
4B027FC06
4B027FE01
4B027FP72
4B027FP74
4B027FP76
4B027FP78
4C088AB45
4C088AC05
4C088BA09
4C088CA05
4C088CA14
4C088NA14
4C088ZB33
(57)【要約】
【課題】優れたSARS-CoV-2不活化効果を示すSARS-CoV-2不活化剤の提供。
【解決手段】茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分を有効成分とするSARS-CoV-2不活化剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分を有効成分とするSARS-CoV-2不活化剤。
【請求項2】
茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分を有効成分とするSARS-CoV-2感染症の予防剤。
【請求項3】
有効成分が、前記水溶出画分中の水不溶性画分である請求項1記載のSARS-CoV-2不活化剤、又は請求項2記載のSARS-CoV-2感染症の予防剤。
【請求項4】
合成吸着剤の細孔半径が260Å以上290Å以下である請求項1記載のSARS-CoV-2不活化剤、又は請求項2記載のSARSコロナウイルス-2感染症の予防剤。
【請求項5】
抗ウイルス組成物である請求項1記載のSARS-CoV-2不活化剤、又は請求項2記載のSARS-CoV-2感染症の予防剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SARS-CoV-2不活化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
SARSコロナウイルス-2(Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2,;SARS-CoV-2)は、SARSコロナウイルス(SARS-CoV)やMERSコロナウイルス(MERS-CoV)と同様ベータコロナウイルス属に属し、急性呼吸器疾患(COVID-19)の原因となるSARS関連コロナウイルスである。SARS-CoV-2は2019年に中国湖北省武漢市付近で発生が初めて確認され、その後、COVID-19の世界的流行(パンデミック)を引き起こしている。
【0003】
ウイルスは、手指や各種器具・部材を介した接触感染、咳やくしゃみ、会話によって発生した飛沫を直接吸入することによる飛沫感染、或いは空気中を浮遊する飛沫核を吸入することによる空気感染によって感染が拡大する。したがって、ウイルスが付着し得る対象物を洗浄・消毒することによる除ウイルスやウイルス不活化を図ること、空間に飛沫した又は浮遊するウイルスを不活化することが感染拡大を防ぐために有効であると考えられている。
従来、SARS-CoV-2の感染拡大に対応し、SARS-CoV-2に対して抗ウイルス効果が期待される物質が検証され、一定濃度以上のエタノールや、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンアルキルエーテル等の特定の界面活性剤がSARS-CoV-2に対して有効であることが報告されている。
【0004】
茶(Camellia sinensis)の葉中には、カテキン類、カフェイン、アミノ酸類を始めとする多くの機能性成分が含まれている。主なカテキン類は、エピカテキン、エピカテキンガレート、エピガロカテキン及びエピガロカテキンガレートのエピ体で、このうちエピガロカテキンガレートがカテキン類の半分以上を占める。
カテキン類の機能性として、抗酸化作用、抗菌、抗ウイルス作用、血中コレステロール抑制作用等が報告されている。また、茶抽出物、エピガロカテキンガレート等のカテキン類、及びカテキン類の酸化重合によって生成されるテアフラビン類がSARS-CoV-2の感染を抑制すること、SARS-CoV-2スパイクタンパク質とアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)との相互作用を抑制することが報告されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2021/256473号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、優れたSARS-CoV-2不活化効果を示すSARS-CoV-2不活化剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、茶抽出物のSARS-CoV-2に対する作用について鋭意検討を行った結果、茶葉の熱水抽出物を合成吸着剤により分画した分画物のうちカテキン類を含まない水溶出画分にSARS-CoV-2を不活化する効果があり、この水溶出画分がSARS-CoV-2に対する不活化剤として有用であることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の1)~2)に係るものである。
1)茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分を有効成分とするSARS-CoV-2不活化剤。
2)茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分を有効成分とするSARS-CoV-2感染症の予防剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明のSARS-CoV-2不活化剤によれば、生活環境中の硬質・軟質表面に付着したSARS-CoV-2、生活空間に飛沫したSARS-CoV-2、或いはエアロゾルとして空間中に漂うSARS-CoV-2を不活化でき、当該SARS-CoV-2による感染の拡大を防止又は低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】合成吸着剤分画物のHPLCクロマトグラム。
図2】茶葉熱水抽出物の分画スキーム。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のSARS-CoV-2不活化剤、及びSARS-CoV-2感染症の予防剤は、茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分をSARS-CoV-2不活化のための有効成分とする。当該水溶出画分のうち、水不溶性画分に高いSARS-CoV-2不活化効果が認められたことから、好ましくは水溶出画分のなかの水不溶性画分をSARS-CoV-2不活化のための有効成分とする。
【0012】
本明細書において、SARS-CoV-2は、急性呼吸器疾患(COVID-19)の原因となるSARS関連コロナウイルスである。
SARS-CoV-2は、そのウイルスゲノムは29,903塩基程度で、一本鎖プラス鎖RNAウイルスである。また、ウイルス粒子(ビリオン)は、50~200nmほどの大きさである。一般的なコロナウイルスと同様に、スパイクタンパク質、ヌクレオタンパク質、内在性膜タンパク質、エンベロープタンパク質として知られる4つのタンパク質と、RNAより構成されている。このうちヌクレオタンパク質がRNAと結合してヌクレオカプシドを形成し、脂質と結合したスパイクタンパク質、内在性膜タンパク質、エンベロープタンパク質がその周りを取り囲んでエンベロープを形成する(A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin. Nature. 2020 Mar;579(7798):270-273.、A new coronavirus associated with human respiratory disease in China.Nature. 2020 Mar;579(7798):265-269.)。
【0013】
スパイクタンパク質は、2つのサブユニット、S1及びS2からなる大きなI型膜貫通型タンパク質で、S1は主に、細胞表面の受容体を認識する受容体結合ドメイン(RBD)が、S2には膜融合に必要な要素が含まれている。S1に結合する既知の受容体には、ACE2(アンジオテンシン変換酵素2)、DPP4(ジペプチジルペプチダーゼ-4)、APN(アミノペプチダーゼN)、CEACAM(癌胎児性抗原関連細胞接着分子1)、O-ac Sia(O-アセチル化シアル酸)があり、SARS-CoV-2は、ヒトACE2を介してヒト呼吸上皮細胞に感染することが報告されている(Structure,Function,and Antigenicity of the SARS-CoV-2 Spike Glycoprotein Cell. Volume 181, Issue 2, 16 April 2020, Pages 281-292.e6)。
【0014】
本発明において、SARS-CoV-2の不活化とは、当該ウイルスの活性を低減又は消失し、宿主細胞への感染力を消失させる作用を意味する。
なお、SARS-CoV-2の不活化作用は、例えば、試験品と当該ウイルスを接触させた後、ウイルスを宿主細胞に感染させ、そのウイルス感染価を測定すること等により確認することができる。ここで、宿主細胞としては、アフリカミドリザル由来ベロ細胞(例えば、Vero C1008又はE6/TMPRSS2細胞)、ヒトやコウモリ由来の腸オルガノイド等が挙げられる。
【0015】
本明細書において、茶葉熱水抽出物は、茶(Camellia sinensis)の葉から熱水を用いて抽出した抽出物である。
茶葉は、例えば、C.sinensis var.sinensis(やぶきた種を含む)、C.sinensis var.assamica又はそれらの雑種から得られる茶葉が挙げられる。茶葉は、摘採された生茶葉の他、これを乾燥、凍結等させたもの、又はこれらを製茶したものが包含される。
茶葉は、その加工方法により、不発酵茶葉、半発酵茶葉、発酵茶葉に分類される。不発酵茶葉としては、例えば、煎茶、深蒸し煎茶、焙じ茶、番茶、玉露、かぶせ茶、碾茶、釜入り茶、茎茶、棒茶、芽茶等の緑茶葉が挙げられる。半発酵茶葉としては、例えば、鉄観音、色種、黄金桂、武夷岩茶等の烏龍茶葉が挙げられる。発酵茶葉としては、ダージリン、アッサム、スリランカ等の紅茶葉が挙げられる。茶葉は、1種又は2種以上を使用することできる。また、茶葉の他、茎を使用してもよい。
【0016】
茶葉は、茶葉に脱カフェイン処理を施した脱カフェイン茶葉を使用してもよい。茶葉からカフェインを選択的に低減する手段としては、公知の方法を採用することが可能であり、例えば、特開2018-88910号公報に記載の方法等が挙げられる。すなわち、茶葉、好ましくは生茶葉を、Brixが0.2~1.0%であり、かつ80~100℃の水溶液(例えば、緑茶抽出液等の茶抽出液)と接触させる工程を行い、カフェインを選択的に低減する方法が挙げられる。ここで、Brixとは、糖用屈折計を利用して測定した値であり、20℃のショ糖水溶液の質量百分率に相当する値である。
【0017】
抽出に用いる熱水は、通常、50~100℃の水であるが、SARS-CoV-2不活化のための有効成分が含まれる画分を効率よく得る観点から、好ましくは60~98℃、より好ましくは70~98℃、更に好ましくは80~95℃の水である。
本明細書において、水は、例えば、水道水、蒸留水、イオン交換水、純水、アルカリイオン水、天然水等を挙げることができる。抽出に用いる熱水には、アスコルビン酸ナトリウム等の有機酸又はその塩、炭酸水素ナトリウム等の無機酸又はその塩を添加してもよい。
【0018】
抽出方法は、例えば、撹拌抽出、カラム抽出、ドリップ抽出、エスプレッソ抽出、還流抽出、ソックスレー抽出、超音波抽出、マイクロ波抽出等の公知の方法を採用することができる。抽出は、1回又は複数回行うことができる。
【0019】
抽出時間は、スケール等により一様ではないが、SARS-CoV-2不活化のための有効成分が含まれる画分を効率よく得る観点から、好ましくは5~120分、より好ましくは8~90分、更に好ましくは10~60分である。
【0020】
抽出に使用する熱水の量は、抽出方法により適宜選択可能であるが、SARS-CoV-2不活化のための有効成分が含まれる画分を効率よく得る観点から、茶葉に対して、好ましくは1~20質量倍、より好ましくは1.5~15質量倍、更に好ましくは2~10質量倍である。
【0021】
抽出後、茶葉と抽出液とを分離するために、固液分離することができる。固液分離としては、例えば、ろ過、遠心分離等が挙げられる。
また、抽出液を濃縮又は乾燥してもよい。抽出液を乾燥物の形態とする手段としては、凍結乾燥、蒸発乾固、噴霧乾燥等が挙げられる。抽出液の濃縮手段としては、減圧濃縮、逆浸透膜濃縮等が挙げられる。
【0022】
抽出液又はその濃縮物は、必要に応じて、精製してもよいが、本発明において茶葉熱水抽出物は、溶剤や吸着剤(白土、活性炭等)を用いた精製処理、及びタンナーゼ処理が行われていない抽出物であることが好ましい。ここで、タンナーゼ処理とは、抽出液等をタンナーゼ活性を有する酵素と接触させることをいう。
【0023】
このようにして得られる茶葉熱水抽出物には、カテキン類、有機酸、カフェイン等が含まれる。ここで、本明細書においてカテキン類とは、カテキン、ガロカテキン、エピカテキン及びエピガロカテキン等の非ガレート体と、カテキンガレート、ガロカテキンガレート、エピカテキンガレート及びエピガロカテキンガレート等のガレート体を併せての総称である。カテキン類の含有量は上記8種の合計量に基づいて定義される。
また、茶葉熱水抽出物としては、市販品を使用することもできる。
【0024】
本明細書において、合成吸着剤は、その細孔表面と茶葉熱水抽出物との間の物理的相互作用により茶葉熱水抽出物中の成分を吸脱着できるものであり、イオン交換能が1meq/g未満であり、かつ不溶性の三次元架橋構造を有するポリマーから構成されるものであれば、公知の方法により製造したものでも、市販の合成吸着剤を使用してもよい。
合成吸着剤としては、樹脂母体がスチレン系樹脂、アクリル系樹脂、又はメタクリル系樹脂である合成樹脂が利用できる。なかでも、SARS-CoV-2不活化のための有効成分が含まれる画分を効率よく得る観点から、樹脂母体がスチレン-ジビニルベンゼン共重合体、ポリメタクリル酸メチルである合成樹脂が好ましい。また、樹脂母体が、側鎖にブロモ基やブチル基、フェニル基等の疎水性の官能基を有さないことが好ましい。
これらの例としては、例えば、アンバーライトXAD4、アンバーライトXAD16HP、アンバーライトXAD1180、アンバーライトXAD2000(以上、オルガノ社)、ダイヤイオンHP20、ダイヤイオンHP20SS、ダイヤイオンHP21、セパビーズSP850、セパビーズSP825、セパビーズSP700、セパビーズSP70、(以上、三菱ケミカル社)、VPOC1062(Bayer社)等のスチレン系合成吸着剤;アンバーライトXAD7HP(オルガノ社)等のアクリル系合成吸着剤;ダイヤイオンHP1MG、ダイヤイオンHP2MG、セパビーズSP2MGS(以上、三菱化学社)等のメタクリル系合成吸着剤が挙げられる。
合成吸着剤の形態は、球形、不均一形状等のいずれの形状であってもよいが、分離効率の観点から、球形が好ましい。
【0025】
合成吸着剤の細孔径は、SARS-CoV-2不活化のための有効成分が含まれる画分を効率よく得る観点から、好ましくは細孔半径が260Å以上290Å以下である。本明細書において、吸着剤の細孔径は平均値である。本発明における細孔半径は、ガス吸着法により測定することができる。
また、合成吸着剤の平均粒子径は、SARS-CoV-2不活化のための有効成分が含まれる画分を効率よく得る観点から、好ましくは60μm以上250μm以下である。本発明における平均粒子径は「「ダイヤイオン」イオン交換樹脂・合成吸着剤マニュアルI 基礎編」 三菱化成株式会社機能性樹脂事業部 編集兼発行 平成5年4月1日 第6版 発行 p139-141に記載の方法(より具体的にはp141に記載のiv)平均径算出法)を用いて測定することができる。
【0026】
吸着塔への合成吸着剤の充填は、スラリー充填等の従来公知の方法で行うことができる。
合成吸着剤が充填された吸着塔に茶葉熱水抽出物を通液する前においては、予め水を吸着塔に通液して合成吸着剤を洗浄し、吸着剤中の不純物を除去するのが好ましい。10~90%(v/v)エタノール水溶液等の有機溶媒水溶液を通液した後、水を通液してもよい。
【0027】
茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により水溶出画分を分画するには、公知の方法によって行うことが可能である。例えば、吸着塔に茶葉熱水抽出物を通液し茶葉熱水抽出物を合成吸着剤と接触させた後、水を通液し、吸着塔より流出する非吸着画分を含む液を水溶出画分として回収する。この溶出工程は、1回又は複数回行うことができる。
茶葉熱水抽出物及び水の通液条件は、例えば、流速を0.5~5bet volume / hとし、3~5bet volumeで通液を行えばよい。
なお、水溶出画分を回収した後、当該合成吸着剤に60~99.5%(v/v)エタノール水溶液等の有機溶媒水溶液を接触させることで、合成吸着剤に吸着したカテキン類、カフェイン、フラボノール等が脱離、溶出される。
【0028】
水溶出画分からの水不溶性画分の回収は、例えば、水溶出画分と水を混合した後、固液分離し、水可溶画分と分離することで水不溶性画分を回収することができる。固液分離としては、例えば、ろ過、遠心分離等が挙げられる。ろ過は、例えば、ろ紙、メンブランフィルターを使用した膜ろ過等の公知の方法を採用することができる。メンブランフィルターの孔径は、SARS-CoV-2不活化のための有効成分が含まれる画分を効率よく得る観点から、好ましくは0.10μm以上0.8μm以下である。
水不溶性画分は、必要に応じて、乾燥して使用してもよい。
【0029】
後述する実施例に示すように、茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分及び水溶出画分のうちの水不溶性画分は、SARS-CoV-2に対して優れたウイルス不活化効果を示す。
したがって、当該水溶出画分、なかでも水溶出画分のうちの水不溶性画分は、SARS-CoV-2不活化剤となり得、SARS-CoV-2を不活化するために使用することができる。また、SARS-CoV-2不活化剤を製造するために使用することができる。SARS-CoV-2不活化により、当該ウイルス感染を阻止し、SARS-CoV-2感染症を予防することができる。
ここで、「使用」は、生体(ヒト又は非ヒト動物)における使用である場合、治療的使用であっても非治療的使用であってもよい。「非治療的」とは、医療行為を含まない概念、すなわち人間を手術、治療又は診断する方法を含まない概念、より具体的には医師又は医師の指示を受けた者が人間に対して手術、治療又は診断を実施する方法を含まない概念である。
【0030】
本明細書において、SARS-CoV-2感染症とは、SARS-CoV-2に感染することによって発症する急性呼吸器疾患(COVID-19)を指す。その症状は特異的ではなく、症状のないもの(無症候性)から重症の肺炎まで幅広い。典型的な症状・徴候としては発熱、空咳、疲労、喀痰、息切れ、咽頭痛、頭痛、下痢、嗅覚異常等があるが、本発明においては、斯かる症状に限定されるものではない。
また、「予防」とは、個体におけるSARS-CoV-2感染の防止、抑制又は遅延、或いは発症の危険性を低下させることをいう。
【0031】
本発明のSARS-CoV-2不活化剤、又はSARS-CoV-2感染症の予防剤(以下、「SARS-CoV-2不活化剤等」とも称す)は、茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分を単独で使用する形態であってもよく、またこれを含む組成物(例えば、医薬品、医薬部外品、食品、抗ウイルス組成物等)の形態であってもよい。すなわち、本発明のSARS-CoV-2不活化剤等は、SARS-CoV-2不活化効果、或いはSARS-CoV-2感染症の予防効果を発揮する医薬品、医薬部外品、食品(SARS-CoV-2不活化用食品、SARS-CoV-2感染症の予防用食品)、抗ウイルス組成物となり、或いはこれらへ配合するための素材又は製剤となり得る。
【0032】
上記医薬品(以下、医薬部外品を含む)は、茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分を、SARS-CoV-2不活化のため、或いはSARS-CoV-2感染症の予防のための有効成分として含有する。更に、該医薬品は、該有効成分の機能が失われない限りにおいて、必要に応じて薬学的に許容される担体、又は他の有効成分、薬理成分等を含有していてもよい。
医薬品は任意の投与形態で投与され得る。投与形態としては、例えば、錠剤(チュアブル錠等を含む)、カプセル剤、顆粒剤、散剤、トローチ剤等の経口固形製剤、内服液剤、シロップ剤等の経口液状製剤、注射剤、坐剤、吸入薬、経皮吸収剤、外用剤等の非経口投与製剤が挙げられる。好ましい投与形態は経口投与である。形態は使用目的に応じて大きさを任意に調節することができる。
このような種々の剤形の製剤は、必要に応じて、薬学的に許容される担体、例えば、賦形剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、分散剤、緩衝剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、保存剤、増粘剤、流動性改善剤、嬌味剤、発泡剤、香料、被膜剤、希釈剤等や、他の薬効成分等と適宜組み合わせて、定法に従って調製することができる。
【0033】
上記食品は、茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分を、SARS-CoV-2不活化のため、或いはSARS-CoV-2感染症の予防のための有効成分として含有する。
食品には、SARS-CoV-2不活化、或いはSARS-CoV-2感染症の予防を訴求とし、必要に応じてその旨の表示が許可又は届出された食品(特定保健用食品、機能性表示食品)が含まれる。機能表示が許可又は届出された食品は、一般の食品と区別することができる。
食品の形態は、固形、半固形又は液状(例えば飲料)であり得る。例としては、各種食品組成物(パン類、ケーキ類、麺類、菓子類、冷凍食品、アイスクリーム類、あめ類、ふりかけ類、スープ類、乳製品、シェイク、飲料、調味料等)、更には、上述した経口投与製剤と同様の形態(顆粒剤、粉剤、錠剤、カプセル剤、マイクロカプセル剤、トローチ剤等の固形製剤)の栄養補給用組成物が挙げられる。
種々の形態の食品は、茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分を、任意の食品材料、若しくは他の有効成分、又は食品に許容される添加物(例えば、溶剤、軟化剤、油、乳化剤、防腐剤、酸味料、甘味料、苦味料、pH調整剤、安定剤、着色剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、保湿剤、増粘剤、固着剤、分散剤、流動性改善剤、湿潤剤、香科、調味料、風味調整剤)等と適宜組み合わせて、定法に従って調製することができる。
【0034】
本発明のSARS-CoV-2不活化剤等を医薬品又は食品として使用する場合、本発明のSARS-CoV-2不活化剤等の投与量又は摂取量は、投与又は摂取対象の種、体重、性別、年齢、状態又はその他の要因に従って変動し得る。投与の用量、経路、間隔、及び摂取の量や間隔は、当業者によって適宜決定され得るが、経口投与又は経口摂取の場合、成人(体重60kg)1人に対して1日あたり、SARS-CoV-2不活化のための有効量摂取することが好ましい。
本発明では斯かる量を1日に1回~複数回に分け、経口投与又は経口摂取しても良い。投与又は摂取期間は特に限定されず、単回投与又は摂取でもよく、反復・連続して投与又は摂取してもよい。
【0035】
投与又は摂取対象者としては、それを必要とする若しくは希望するヒト又は非ヒト動物であれば特に限定されない。対象の好ましい例として、SARS-CoV-2の感染の予防を必要とする若しくは希望するヒト等が挙げられる。
【0036】
上記抗ウイルス組成物は、液相又は気相の状態で使用されるものを包含する。
液相状態で使用される抗ウイルス組成物は、茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分の他、基剤(水、エタノール、ワセリン、ラノリン、ヒマシ油、流動パラフィン等)、カチオン性抗菌剤(塩化ベンゼトニウム等)、界面活性剤等を含んでいてもよい。また、抗ウイルス組成物は、キレート剤、保湿剤、漂白剤、香料、染料、精油、増粘剤、分散剤、ポリマーを適宜配合することにより調製される。斯かる組成物の形態としては、液状、乳液状、クリーム状、ローション状、ペースト状、ジェル状、シート状(基剤担持)、オイル状等の形態であり得るが、これらに限定されない。
また、当該抗ウイルス組成物は、洗浄剤や消毒剤等に適宜配合して使用することができる。
【0037】
気相状態で使用される抗ウイルス組成物(例えば、空間除ウイルス用組成物)は、茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分の他、上記基剤やポリオール類、界面活性剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、消臭剤、香料等を配合することにより調製できる。斯かる組成物の形態としては、液状又はゲル状等が挙げられるが、液状であるのが好ましく、スプレーして使用、あるいは噴射剤と共に耐圧容器に充填後、噴射して使用されることで気相状態で使用されることが好ましい。
【0038】
本発明のSARS-CoV-2不活化剤等を組成物として使用する態様における前記有効成分の含有量は、組成物の形態に応じて適宜決定できる。
【0039】
本発明のSARS-CoV-2不活化剤等において、茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分又はこれを含有する組成物は、SARS-CoV-2汚染が懸念される対象に適用されるが、その態様は特に限定されず、茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分又はこれを含有する組成物を当該ウイルスと接触させればよい。
接触時間は、SARS-CoV-2不活化の観点から、10秒以上、好ましくは1分以上、より好ましくは10分以上であり、また、作業負荷の観点から、24時間以下、好ましくは1時間以下、より好ましくは30分以下である。
【0040】
接触の手段としては、茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分又はこれを含有する組成物を処理対象にそのまま塗布する方法、当該水溶出画分又はこれを含有する組成物を拡散させて処理対象に振りかける方法、或いは、当該水溶出画分又はこれを含有する組成物を含浸させたシート、ガーゼ、タオル、おしぼり、ティッシュ、ウエットティッシュ等で対象表面を拭き取る方法等、の何れでもよい。
【0041】
SARS-CoV-2汚染が懸念される対象に適用する際の茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画された水溶出画分の濃度は、SARS-CoV-2不活化の観点から、好ましくは固形分濃度として0.02質量%以上である。また、好ましくは10質量%以下である。また、本明細書において「固形分」とは、試料を105℃の電気恒温乾燥機で3時間乾燥して揮発物質を除いた残分をいう。
【実施例0042】
実施例1、比較例1~2及び参考例
1.茶葉熱水抽出物の合成吸着剤による分画
(1)ダイヤイオンHP20(三菱ケミカル社製)500mLをガラスカラム(内径約6cm、高さ約20cm)に充填した後、イオン交換水を通液し準備した。次に、茶葉熱水抽出物(ルナフェノンT-100、花王株式会社製、以下、同じ)10gを、イオン交換水200mLに分散・溶解し、上記合成吸着剤カラムに添加した。その後、本カラムにイオン交換水2000mLを通液し、展開液を非吸着・通過画分として回収した。続いて、本カラムに60体積%エタノール水溶液2000mLを通液し、展開液を60体積%エタノール水溶出画分として回収した。更に、99.5体積%エタノール2000mLを通液し、展開液をエタノール溶出画分として回収した。得られた非吸着・通過画分、60体積%エタノール水溶出画分、エタノール溶出画分はそれぞれ減圧濃縮した後、凍結乾燥し、固形分を得た。各画分固形分の回収量は次の通りであった。非吸着・通過画分(4.16g)、60体積%エタノール水溶出画分(5.29g)、エタノール溶出画分(0.07g)。以降、非吸着・通過画分をFr.A、60体積%エタノール水溶出画分をFr.B、エタノール溶出画分をFr.Cと呼ぶ。なお、本発明における茶葉熱水抽出物は、茶葉を好ましくは50~150℃の熱水にて抽出する工程を有する葉熱水抽出物であれば良く、例えば特開2018-88910号公報(特許第6389944号)に記載の方法を用いて製造することができる。
【0043】
(2)茶葉熱水抽出物及び得られた合成吸着剤分画物Fr.A、Fr.B、Fr.Cにつき、HPLC分析を行った。
<HPLC分析条件>
カラム:L-column ODS(5μm、4.6x250mm)
カラム温度:40℃
検出:UV=280,320nm
流速:1.0mL/min
溶離液:A液=0.6vоl%酢酸水溶液
B液=0.6vоl%酢酸アセトニトリル溶液
【0044】
【表1】
【0045】
(3)HPLC分析結果を図1に示す。図1に示すように、茶葉カテキンの主要8化合物(ガロカテキン、エピガロカテキン、カテキン、エピカテキン、エピガロカテキンガレート、ガロカテキンガレート、エピカテキンガレート、カテキンガレート)及びカフェインは、ほぼ全てFr.Bに回収されており、Fr.Aにはこれらは含有されていなかった。
【0046】
2.評価サンプルの調製
茶葉熱水抽出物を4.409mg/gとなるように154mM NaClを含む4mMリン酸緩衝液(pH6.2)に投入し溶解させ、ウイルス試験に供する評価サンプルを調製した。上記1.と2.で調製した合成吸着剤分画物Fr.A、Fr.B、Fr.Cについて、同様の調整方法に従い、Fr.Aを1.834mg/g、Fr.Bを2.332mg/g、及びFr.Cを0.004mg/gとなるように調製した。コントロールとして、リン酸緩衝液は、塩化ナトリウム、リン酸二水素カリウム、及びリン酸水素二ナトリウム・2水和物から調製した。
評価サンプルについては、上述のHPLC分析にてカテキン量を分析した。評価サンプルは冷凍で保管し、試験を実施するタイミングで溶解し、ボルテックスをかけて試験に供した。
【0047】
3.SARS-CoV-2不活化試験
SARS-CoV-2としてWild type(国立感染症研究所)を用いた。培養細胞は、VeroE6/TMPRSS2細胞(アフリカミドリザル腎臓由来、JCRB細胞バンク)を用い、細胞培地には、Dulbecco’s modified Eagle’s minimum essential medium(DMEM)(日水製薬株式会社)を用いた。
評価方法に関しては、国立感染症研究所が先行して実施している評価系(Matsuyama, S. et al. Enhanced isolation of SARS-CoV-2 by TMPRSS2-expressing cells. Proc Natl Acad Sci U S A 117, 7001-7003, doi:10.1073/pnas.2002589117 (2020))に従って、プラーク法にて評価した。具体的には、評価サンプル180μLとウイルス液20μLと混合させ、30分接触させた。作用後、反応停止液1.8mLを添加し、次いで反応停止混合液を10倍段階希釈し、細胞に100μL接種し、プラーク法で評価を行った。
結果を表2に示す。
【0048】
【表2】
【0049】
表2に示すとおり、茶葉熱水抽出物と、水溶出画分であるFr.Aには、SARS-CoV-2不活化効果が確認された。これに対して、カテキン類が含まれるFr.Bと、Fr.Cには、SARS-CoV-2不活化効果が認められなかった。この結果より、茶葉熱水抽出物のSARS-CoV-2不活化に関わる成分は、茶葉熱水抽出物から合成吸着剤により分画される水溶出画分に含まれるカテキン類以外の成分であることが確認された。
【0050】
実施例2及び比較例3~5
1.Fr.Aの分画
(1)実施例1で得たFr.A 3.00gをとり、イオン交換水300mLを加えた後、1時間攪拌し、分散・溶解した。これをメンブランフィルター(ADVANTEC社製、MIXED CELLULOSE ESTER、Cat.No.A045A047)でろ過し、ろ液を水可溶画分として回収した。メンブランフィルター上のろ過残渣は、イオン交換水に分散後回収し、凍結乾燥して固形分を得た(0.15g)。以降、本水不溶性のろ過残渣画分を、Fr.A-Rと呼ぶ。
【0051】
(2)一方、水可溶性画分は、限外ろ過分画に供した。すなわち、限外ろ過装置(EMD Millipore社製、Amicon Stirred Cell 400mL)を用い、限外濾過膜(EMD Millipore社製、Ultracel 5kDa、CAT.No.PLCC07610)にて分画した。ろ過残渣に対しては、更にイオン交換水100mLを加え再ろ過する操作を2回繰り返した。再ろ過操作後も残留したろ過残渣は、イオン交換水に分散して回収し、凍結乾燥して固形分を得た(0.16g)。限外ろ過のろ液は併せて凍結乾燥し、固形分2.48gを得た。以降、本分子量5kDa以上のろ過残渣画分を、Fr.A-H、分子量5kDa以下のろ液画分をFr.A-Lと呼ぶ。
【0052】
(3)得られたFr.A-Lは、全量をイオン交換水20mLに溶解した後、99.5%エタノール80mLを加えた。これを-20℃で2時間静置した後、遠心分離(3000rpm、30min)にて上澄と沈殿に分離した。上澄は減圧濃縮後、凍結乾燥し、また、沈殿は、イオン交換水に溶解して回収後、凍結乾燥して、それぞれ固形分とした。それぞれの回収量は、上澄画分1.38g(以降、Fr.A-L-S)、沈殿画分1.19g(以降、Fr.A-L-P)であった。
【0053】
2.評価サンプルの調製
上記1.で調製したFr.Aの分画物について、実施例1と同様の調製方法に従い、Fr.A-Rを0.088mg/g、Fr.A-Hを0.097mg/g、Fr.A-L-Sを0.842mg/g、Fr.A-L-Pを0.732mg/gとなるように調製し、評価サンプルを得た。
【0054】
3.SARS-CoV-2不活化試験
実施例1と同様に評価サンプルについて、SARS-CoV-2の不活化能の評価を行った。
結果を表3に示す。
【0055】
【表3】
【0056】
表3に示すとおり、Fr.Aの分画物のうち、水不溶性画分であるFr.A-RにSARS-CoV-2不活化効果が確認された。これに対して、水可溶性画分であるFr.A-H、Fr.A-L-S、Fr.A-L-Pには、SARS-CoV-2不活化効果が認められず、Fr.AのSARS-CoV-2不活化効果は、Fr.Aの水不溶性画分によることが確認された。
図1
図2