(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024144729
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】塗膜片燃焼抑制型剥離剤及び塗膜剥離方法
(51)【国際特許分類】
C09D 9/00 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
C09D9/00
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024129737
(22)【出願日】2024-08-06
(62)【分割の表示】P 2021067870の分割
【原出願日】2021-04-13
(31)【優先権主張番号】P 2020072886
(32)【優先日】2020-04-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000135265
【氏名又は名称】株式会社ネオス
(74)【代理人】
【識別番号】100105821
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 淳
(72)【発明者】
【氏名】上田 嵩大
(72)【発明者】
【氏名】竹井 工貴
(57)【要約】
【課題】剥離された塗膜片の発火を効果的に抑制できる塗膜剥離剤を提供する。
【解決手段】塗膜を剥離するための水性エマルジョン系塗膜剥離剤であって、(1)当該剥離剤は、(1a)芳香族アルコールを含むアルコール類、(1b)融点が65℃以下であるパラフィン類、(1c)揺変剤及び溶解度パラメータが20以下の低極性溶剤の少なくとも1種及び(1d)水を含み、かつ、(2)当該剥離剤によって形成された含水乳化膜が15℃の温度下で当該剥離剤の塗布直後から少なくとも6時間維持される、ことを特徴とする塗膜片燃焼抑制型剥離剤に係る。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
塗膜を剥離するための水性エマルジョン系塗膜剥離剤であって、
(1)当該剥離剤は、
(1a)芳香族アルコールを30~80重量%、
(1b)融点が65℃以下であるパラフィン類を0.4~5重量%、
(1c)溶解度パラメータが20以下の低極性溶剤を0.5~20重量%、
(1d)水を20~80重量%、
(1e)セルロース誘導体を0.7~1.9重量%
を含み、かつ、
(2)当該剥離剤によって形成された含水乳化膜が15℃の温度下で当該剥離剤の塗布直後から少なくとも6時間維持される、
ことを特徴とする塗膜片燃焼抑制型剥離剤。
【請求項2】
さらに界面活性剤を含有する、請求項1に記載の塗膜片燃焼抑制型剥離剤。
【請求項3】
剥離された塗膜片の発火・燃焼を抑制するために用いられる、請求項1に記載の塗膜片燃焼抑制型剥離剤。
【請求項4】
塗膜を剥離する方法であって、
(1)剥離すべき塗膜表面に請求項1又は2に記載の塗膜片燃焼抑制型剥離剤を塗布することにより含水乳化膜を形成する工程、
(2)塗布後に、含水乳化膜を維持しつつ、一定時間エージングする工程及び
(3)含水乳化膜を有する塗膜を剥離する工程
を含む塗膜剥離方法。
【請求項5】
塗膜片燃焼抑制型剥離剤を塗布する工程での塗布量(乾燥前)が0.3~2kg/m2である、請求項4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、剥離された塗膜片の燃焼を抑制できる新規な塗膜剥離剤と、その塗膜剥離剤を用いる塗膜剥離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば橋梁、貯蔵タンク、外階段、水門等の構造物(特に金属製構造物)は、特に耐食性(防さび性)、耐候性等を強化するための塗装が行われているが、その補修時にはその塗装の一部又は全部の塗替工事が行われる。
【0003】
塗装の塗替工事に際しては、新たな塗装を行うに先立ち、構造物表面にある(剥離されるべき)古い塗膜を金属構造物から除去する必要がある。これらの塗膜を除去手法としては、物理的に除去する手法と化学的に除去する手法とがある。
【0004】
物理的な手法としては、例えばブラスト処理による方法、ディスクサンダーで研削する方法等がある。これらの方法は、除去スピードに優れているが、粉塵が大量に発生し、作業者及び周囲の環境に悪影響を及ぼす。
【0005】
化学的に除去する手法としては、塗膜剥離剤を使用する方法が挙げられる。塗膜剥離剤としては、大きく分けて、溶剤系塗膜剥離剤と水系塗膜剥離剤とが存在する。溶剤系塗膜剥離剤は、有機溶剤を主成分とした剥離剤であるため、有機溶剤の揮発による作業環境の汚染の問題があることに加え、揮発した有機溶剤が引火するおそれがある。水系塗膜剥離剤は、水を含んでいるため、比較的安全な塗膜剥離剤である。
【0006】
このため、近年では、水系塗膜剥離剤も多く利用されており、実際にも種々の剥離剤が開発されている。
【0007】
例えば、(A)沸点が100℃以上の1価又は2価のアルコール系溶剤及びその誘導体、(B)水、(C)レオロジーコントロール剤を含有する塗膜剥離剤であって、成分(C)は、非アルカリ金属塩である金属石けんであり、粘度が25Pa・s以下(25℃)に調整されていることを特徴とする塗膜剥離剤が知られている(特許文献1)。
【0008】
また例えば、pHが5~9の範囲にあり、水、ベンジルアルコール及び少なくとも1種のセルロース誘導体を含む塗膜剥離組成物が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2019-131651
【特許文献2】国際公開WO2018/179925
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、水系塗膜剥離剤を使用しても、剥離後の塗膜片が発火するおそれがある。その原因は定かではないが、古い塗膜に水系塗膜剥離剤を塗布して剥離作業を行った場合、塗膜片には当初から含まれる有機成分のほか、水系塗膜剥離剤中の有機成分が付着しているため、燃焼しやすい状態にあり、その状態で何らかの着火源によって引火される結果、塗膜片が燃焼するものと推察される。この場合、水系塗膜剥離剤中の水分含有量を増加させることも考えられるが、水分含有量を増やすと、剥離性が低下するほか、作業性の低下の原因となるおそれもある。
【0011】
このため、特に、剥離された塗膜片の発火を抑制できるような剥離剤が切望されているが、そのような剥離剤の開発に至っていないのが現状である。
【0012】
従って、本発明の主な目的は、剥離された塗膜片の発火を効果的に抑制できる塗膜剥離剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、従来技術の問題点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、特定の成分を含む組成物を塗膜剥離剤として適用することにより上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、下記の塗膜片燃焼抑制型剥離剤及び塗膜剥離方法に係る。
1. 塗膜を剥離するための水性エマルジョン系塗膜剥離剤であって、
(1)当該剥離剤は、
(1a)芳香族アルコールを含むアルコール類、
(1b)融点が65℃以下であるパラフィン類、
(1c)揺変剤及び溶解度パラメータが20以下の低極性溶剤の少なくとも1種、及び
(1d)水
を含み、かつ、
(2)当該剥離剤によって形成された含水乳化膜が15℃の温度下で当該剥離剤の塗布直後から少なくとも6時間維持される、
ことを特徴とする塗膜片燃焼抑制型剥離剤。
2. 前記パラフィン類の含有量が0.1~5重量%である、前記項1に記載の塗膜片燃焼抑制型剥離剤。
3. さらに界面活性剤及び増粘剤の少なくとも1種を含有する、前記項1又は2に記載の塗膜片燃焼抑制型剥離剤。
4. 塗膜を剥離する方法であって、
(1)剥離すべき塗膜表面に前記項1~3のいずれかに記載の塗膜片燃焼抑制型剥離剤を塗布することにより含水乳化膜を形成する工程、
(2)塗布後に、含水乳化膜を維持しつつ、一定時間エージングする工程及び
(3)含水乳化膜を有する塗膜を剥離する工程
を含む塗膜剥離方法。
5. 塗膜片燃焼抑制型剥離剤を塗布する工程での塗布量(乾燥前)が0.3~2kg/m2である、前記項4に記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、剥離された塗膜片の発火を効果的に抑制できる塗膜剥離剤を提供することができる。特に、本発明の剥離剤では、融点が65℃以下であるパラフィン類と、揺変剤及び溶解度パラメータが20以下の低極性溶剤の少なくとも1種との組み合わせを採用しているので、剥離後の塗膜片表面にも含水乳化膜を比較的長時間にわたって維持させることが可能となる。その結果、塗膜片の発火又は燃焼を抑制できるので、より安全に塗膜の剥離作業を実施することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.塗膜片燃焼抑制型剥離剤
本発明の塗膜片燃焼抑制型剥離剤(本発明剥離剤)は、塗膜を剥離するための水性エマルジョン系塗膜剥離剤であって、
(1)当該剥離剤は、
(1a)芳香族アルコールを含むアルコール類、
(1b)融点が65℃以下であるパラフィン類、
(1c)揺変剤及び溶解度パラメータが20以下の低極性溶剤の少なくとも1種、及び
(1d)水
を含み、かつ、
(2)当該剥離剤によって形成された含水乳化膜が15℃の温度下で当該剥離剤の塗布直後から少なくとも6時間維持される、
ことを特徴とする。
【0017】
本発明剥離剤は、基本的には、水(水相)と有機成分を含む油相から構成される水系エマルジョンの形態をとるが、本発明の効果を妨げない範囲内において有機成分の一部が水に溶解していても良い。水相と油相との二相からなるエマルジョンの形態をとることによって、剥離される古い塗膜(以下「被剥離塗膜」ともいう。)の表面上に塗布した際に、その被剥離塗膜表面に本発明剥離剤による含水乳化膜をより確実に形成することが可能となる。その結果、剥離された塗膜片の発火・燃焼を効果的に抑制することが可能となる。この理由は、定かではないが、次のような作用機序によるものと考えられる。エマルジョン形態の本発明剥離剤が被剥離塗膜上に塗布された後、本発明剥離剤による塗膜がエージングによって「被剥離塗膜/水分リッチ層/有機成分(特にパラフィン類)リッチ層」という層構成が形成され、水分リッチ層の水分が有機成分リッチ層によって逃げ場がなくなって蒸発しにくくなる状態となり、この状態がより長期にわたって維持される結果、その水分リッチ層によって塗膜片の発火が抑制されたり、あるいは一時的に発火したとしても燃焼(延焼)が抑制されることとなる。すなわち、剥離後の塗膜片においても、なお含水乳化膜が一定時間保持されることにより、塗膜片の発火・燃焼が効果的に抑制される。以下においては、本発明剥離剤を構成する各成分等について説明する。
【0018】
(1a)芳香族アルコールを含むアルコール類
芳香族アルコールは、主として、被剥離塗膜を剥離するための剥離成分として機能するものである。
【0019】
芳香族アルコール自体は、特に限定されず、例えばベンジルアルコール、フェネチルアルコール、ヒドロキシベンジルアルコール、ヒドロキシフェネチルアルコール、4-メチルベンジルアルコール、2-エチルベンジルアルコール等が挙げられる。この中でも、ベンジルアルコールが好ましい。これらは、1種又は2種以上で用いることができる。また、これらは、公知又は市販の剥離剤で使用されている剥離成分と同様のものを用いることもできる。
【0020】
本発明剥離剤中における芳香族アルコールの含有量は、適用される被剥離塗膜の種類、厚み等に応じて適宜設定することができるが、通常は30~80重量%程度とし、特に35~70重量%とすることが好ましい。
【0021】
また、本発明では、芳香族アルコール以外のアルコール類が含まれていても良い。例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール等の1価アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、トリエチレングリコール、グリセリン等の多価アルコール等を挙げることができる。
【0022】
本発明剥離剤中における芳香族アルコール以外のアルコール類の含有量は、適用される被剥離塗膜の種類、厚み等に応じて適宜設定することができるが、通常は1~20重量%程度とし、特に3~10重量%とすることが好ましい。
(1b)融点が65℃以下であるパラフィン類(以下単に「パラフィン類」ともいう。)
パラフィン類は、主として、含水乳化膜において、前記の有機成分リッチ層の成形に寄与するものである。
【0023】
パラフィン類の融点は65℃以下とし、特に60℃以下であることが好ましい。融点が65℃を超える場合は含水乳化膜が形成されにくいおそれがある。なお、融点の下限値は、例えば40℃程度とすることができるが、これに限定されない。
【0024】
このようなパラフィン類としては、限定的ではないが、例えばパラフィンワックス等を好適に用いることができる。パラフィンワックスは、減圧蒸留留出油から分離精製した常温において固形のワックスであり、「固形ワックス」とも呼ばれているものである。パラフィンワックスは、その融点の違いにより120P,125P,130P,135Pの4種に分類されている(日本産業規格JIS K2235-1991)が、本発明ではいずれもタイプも使用することができ、その中でも135Pを好適に用いることができる。これらのパラフィン類は、市販品を用いることもできる。市販品を用いる場合、界面活性剤を含むエマルジョンタイプのパラフィンを使用しても良い。例えば、市販品として、「Paraffin Wax-115」(日本精蝋株式会社製)、「AQUACER497」(ビックケミー・ジャパン株式会社社製)等を挙げることができる。
【0025】
本発明剥離剤中におけるパラフィン類の含有量は、適用される被剥離塗膜の種類、厚み等に応じて適宜設定することができるが、通常は0.1~5重量%程度とし、特に0.3~4重量%とすることが好ましく、さらに0.5~3.5重量%とすることがより好ましく、その中でも0.5~2重量%とすることが最も好ましい。従って、例えば1~2重量%と設定することもできる。
【0026】
(1c)揺変剤及び溶解度パラメータが20以下の低極性溶剤の少なくとも1種
揺変剤及び溶解度パラメータが20以下の低極性溶剤の少なくとも1種は、主として、前記パラフィン類との組み合わせにおいて、優れた燃焼抑制効果に寄与することができる成分である。
【0027】
揺変剤は、チクソトロピック剤としても知られているものであり、例えばアマイド系、ひまし油系、酸化ポリエチレン系、植物油重合油系等の各種を用いることができる。これらの中でも、本発明では、アマイド系揺変剤を好適に用いることができる。また、性状としても、粉末タイプ又はペーストタイプのいずれも使用することができる。これらの揺変剤は、市販品を用いることもできる。例えば、市販品として、「ディスパロンF-9030」,「ディスパロン6900-20X」,「ディスパロンA670-20M」,「ディスパロンA650-20X」(いずれも楠本化成株式会社製)、「ターレンBA-600」、「ターレンM-1020XFS」、「ターレンM-1021B」、「ターレンVA750B」(いずれも共栄社化学株式会社製)等を挙げることができる。
【0028】
溶解度パラメータ(SP値)が20以下の低極性溶剤(以下、単に「低極性溶剤」ともいう。)としては、特に限定されないが、例えば酢酸エチル(8.6)、酢酸ブチル(8.5)等のエステル系溶媒;アセトン(9.4)、シクロヘキサノン(9.8)等のケトン系溶媒;アニソール(19.6)、ジエチルエーテル(7.4)、テトラヒドロフラン(9.1)、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(9.1)等のエーテル系溶媒、トルエン(8.9)、キシレン(8.8)等の芳香族系溶媒、ナフサ(7.6)、ミネラルスピリット(6.9)等の石油系溶媒等の各種の有機溶剤を用いることができる。これらの中でも、アニソール及びナフサの少なくとも1種を好適に用いることができる。なお、前記の( )内の数値はSP値の文献値である。
【0029】
本発明における溶解度パラメータ(SP値)は、文献値又は実測値のいずれであっても良いが、両者が有意に異なる場合は実測値を採用することが望ましい。実測値は、公知の方法に従って実施することができる。例えば、試料(通常はポリマー)を20種類の溶媒(アセトン、メチルシクロヘキサン、メチルエチルケトン、テトラヒドロフラン、メタキシレンヘキサフルオライド、HFE-7100(ハイドロフルオロエーテル)、ジメチルスルホキシド、ジエチレングリコール、N-メチルピロリドン、アセトニトリル、2-プロパノール、2-(2-エトキシエトキシ)エタノール、トルエン、ジヨードメタン、アセトフェノン、ベンズアルデヒド、酢酸、2-エチルヘキサノール、炭酸プロピレン、エタノール)に溶解するか否かの溶解性試験を実施し、試料を溶解させることができた溶媒のSP値からSP球(ハンセンの溶解球)を構成し、それに基づいてハンセン(Hansen)のSP値を(必要に応じて単位変換することによって)算出することができる。そのポリマーを構成するモノマーのSP値は、市販の計算ソフトにより求めることができる。
【0030】
本発明剥離剤中において、揺変剤及び溶解度パラメータが20以下の低極性溶剤の少なくとも1種の合計量は、例えば用いる揺変剤又は低極性溶剤の種類等によって適宜変更できるが、通常は0.5~20重量%程度とし、特に0.5~15重量%とすることが好ましい。
【0031】
(1d)水
水は、主として、本発明剥離剤による含水乳化膜を形成するための成分である。この見地より、水は、本発明剥離剤中20~80重量%程度とし、特に30~70重量%とすることが好ましい。
【0032】
特に、芳香族アルコールとの関係では、芳香族アルコール:水の重量比を1:1~1:2とすることが好ましく、特に1:1.3~1:1.7とすることがより好ましい。このような比率に設定することによって、より優れた難燃性を得ることができる。
【0033】
(1e)その他の成分
本発明剥離剤では、本発明の効果を妨げない限り、必要に応じて上記各成分以外の成分を適宜配合することができる。例えば、増粘剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、防錆剤等が挙げられる。なお、使用された任意成分が、本発明剥離剤における必須成分としての機能も果たす場合は、そのような任意成分の含有量は必須成分の含有量に含めるものとする。例えば、界面活性剤の場合、用いる界面活性剤によっては、揺変剤としても機能する場合があるが、そのような界面活性剤の含有量は、揺変剤の含有量に含める。
【0034】
増粘剤としては、無機系又は有機系のいずれも使用することができる。無機系増粘剤としては、例えばシリカ、カオリン、サーペンチン、タルク、雲母、バーミキュライト、スメクタイト、ベントナイト、セピオライト等の無機粉体が挙げられる。有機系増粘剤としては、例えばアルギン酸ナトリウム、アルギン酸プロピレングリコールエステル、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、デンプングリコール酸ナトリウム、デンプンリン酸エステルナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、メチルセルロース等のセルロース誘導体、ヒドロキシプロピルメチルセルロース等の合成品のほか、グアーガム、タラガム、アラビアガム、トラガントガム、アルギン酸、カラギナン、キサンタンガム、ジエランガム、ペリチン、キチン、キトサン、キトサミン等の天然由来多糖類が挙げられる。
【0035】
界面活性剤としては、例えば陰イオン界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、非イオン性界面活性剤等のいずれであっても良い。陰イオン性界面活性剤としては、例えば脂肪酸塩、アルキル硫酸エステル塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、ジアルキルスルホコハク酸等が挙げられる。陽イオン性界面活性剤としては、例えばアルキルアミンアセテート、第4級アンモニウム塩等が挙げられる。両性界面活性剤としては、アルキルジメチルアミノ酢酸ベタイン、アルキルジメチルアミンオキサイド等が挙げられる。非イオン性界面活性剤としては、例えばグリセリン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンエーテル等が挙げられる。
【0036】
pH調整剤としては、例えば酸成分としては、塩酸、リン酸等の無機酸、酢酸、シュウ酸、クエン酸等の有機酸が挙げられる。塩基成分としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の無機アルカリ、モノエタノールアミン、モノイソプロパノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等の有機アルカリが挙げられる。
【0037】
(2)本発明剥離剤による含水乳化膜
本発明剥離剤においては、本発明剥離剤によって形成された含水乳化膜が15℃の温度下で当該剥離剤の塗布直後から少なくとも6時間維持される。
【0038】
本発明剥離剤は、水性エマルジョンの形態にあり、それを塗布することで含水乳化膜が形成される。このような含水乳化膜を表面に有する被剥離塗膜を剥離した後、剥離された塗膜片の表面にも含水乳化膜が一定時間保持されるので、剥離後の塗膜片の燃焼を効果的に抑制することができる。このような効果が奏される理由は、定かではないが、次のようなメカニズムによるものと考えられる。一般的に、水性エマルジョンタイプの剥離剤で形成された含水乳化膜は、水分の蒸発がはじまる。既存の剥離剤では、水分が蒸発しやすく、比較的短時間で水分含有量が少ない乾燥塗膜となる。これに対し、本発明剥離剤による含水乳化膜は、前記のように「被剥離塗膜/水分リッチ層/有機成分リッチ層」という層構成が含水乳化膜に形成され、水分リッチ層が有機成分リッチ層によって水分の蒸発が妨げられる状態となり、この状態がより長期にわたって維持される結果、その水分リッチ層によって塗膜片の発火が抑制されたり、あるいは一時的に発火したとしても燃焼(延焼)が抑制されると考えられる。
【0039】
含水乳化膜が維持される環境は、通常は本発明剥離剤が屋外で使用されることから、常温・常湿下で所定の時間が維持されるが、その基準として本発明では温度15℃(好ましくは25℃)で6時間以上とし、好ましくは6時間以上、さらに好ましくは8時間以上、またさらに好ましくは12時間以上、より好ましくは18時間以上、最も好ましくは24時間以上とする。また、湿度は、常湿とすれば良く、例えば10~85%程度とすれば良いが、これに限らない。
【0040】
(3)本発明剥離剤の製造
本発明剥離剤は、これらの各成分を均一に混合、乳化することによって調製することができる。この場合、公知又は市販のミキサー、ニーダー等を用いて混合を実施することができる。これらの各成分の混合順序は、均質な水性エマルジョンが得られる限りは特に制限されず、各成分を同時に混合しても良いし、逐次混合する方法を採用しても良い。このようにして、水性エマルジョンの形態の本発明剥離剤を得ることができる。
【0041】
(4)本発明剥離剤の使用
本発明剥離剤の使用方法は、特に後記「2.塗膜の剥離方法」に示す方法に従って好適に用いることができる。
【0042】
2.塗膜の剥離方法
本発明は、本発明剥離剤を用いる塗膜剥離方法を包含する。特に、本発明は、塗膜を剥離する方法であって、
(1)剥離すべき塗膜(被剥離塗膜)表面に本発明剥離剤を塗布することにより含水乳化膜を形成する工程(塗布工程)、
(2)塗布後に、含水乳化膜を維持しつつ、一定時間エージングする工程(エージング工程)及び
(3)含水乳化膜を有する被剥離塗膜を剥離する工程(剥離工程)
を含む塗膜剥離方法を包含する。
【0043】
(1)塗布工程
塗布工程では、被剥離塗膜表面に本発明剥離剤を塗布することにより含水乳化膜を形成する。
【0044】
被剥離塗膜(除去すべき塗膜)は、構造物(特に金属製構造物)の表面に形成されている塗膜であれば良く、特に限定されない。被剥離塗膜は、一般的な塗料により塗工されたものであれば良く、その塗料の種類、被剥離塗膜の厚み等は特に限定されない。例えば、メラミン系樹脂、アクリル系樹脂、フタル酸系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂等の少なくとも1種を含む被剥離塗膜に適用できる。
【0045】
また、被剥離塗膜の下地となる材質も、限定的でなく、例えば金属、コンクリート、木材等のいずれであっても良い。特に、本発明剥離剤は、下地が金属(好ましくは鋼)である被剥離塗膜に好適に使用することができる。下地となる構造物の種類は、特に限定されず、例えば橋梁、建築物外壁、貯蔵タンク、水門、車庫等のように、耐食性及び防さび性が要求される構造物のいずれにも適用可能である。
【0046】
本発明剥離剤を塗布する方法は、特に制限されず、例えばスプレー、ローラー、刷毛等の公知の方法に従って実施することができる。また、塗布量(乾燥前)は、限定的ではないが、通常は0.3~2kg/m2程度とし、特に0.5~1kg/m2とすることが好ましい。
【0047】
(2)エージング工程
エージング工程では、本発明剥離剤の塗布後に、含水乳化膜を維持しつつ、一定時間エージングする。
【0048】
エージング工程では、被剥離塗膜に本発明剥離剤が浸透し、被剥離塗膜を膨潤させるのに十分な時間放置する。この際、含水乳化膜が被剥離塗膜表面に維持される時間とする。この時間としては、作業する環境・季節(温度、湿度、太陽光の有無)等にもよるが、一般的には本発明剥離剤の塗布後6~48時間程度とし、好ましくは10~26時間程度とすることができる。
【0049】
本発明剥離剤による含水乳化膜は、本発明剥離剤が乳化により不透明ないしは半透明であることから、それに由来して不透明ないしは半透明に状態で被剥離塗膜表面上に形成されている。含水乳化膜中の水分がほとんど蒸発した場合、その外観が不透明ないしは半透明から透明に変化する。従って、そのような外観変化が目視にて実質的に認められない範囲内でエージング時間を適宜調整することができる。
【0050】
(3)剥離工程
剥離工程では、含水乳化膜を有する被剥離塗膜を剥離する。すなわち、含水乳化膜が乾燥して外観が透明に変化していない段階で被剥離塗膜を下地から剥離し、除去する。
【0051】
剥離方法は、例えばスクレーパー等の公知又は市販の剥離工具等を用いて実施することができる。このようにして、剥離された塗膜片は、その表面になお含水乳化膜を含むので、発火又は燃焼が起こりにくい状態となっている。そのような状態にあるうちに塗膜片を回収することによって、塗膜片による火災をより確実に防止することが可能となる。
【実施例0052】
以下に実施例及び比較例を示し、本発明の特徴をより具体的に説明する。ただし、本発明の範囲は、実施例に限定されない。
【0053】
実施例1~7及び比較例1~4
表1に示す各成分を均一に混合することによって剥離剤(水性エマルジョン)を調製した。なお、各成分の含有量の単位は「重量%」である。
【0054】
【0055】
なお、表1中の各製品名の詳細は以下のとおりである。
・「T-SOL150」・・・安藤パラケミー(株)製、ナフサ
・「メトローズSM4000」・・・信越化学工業(株)製、セルロース系増粘剤
・「メトローズ60SH4000」・・・信越化学工業(株)製、セルロース系増粘剤
・「メトローズ90SH4000」・・・信越化学工業(株)製、セルロース系増粘剤
・「ディスパロンF-9030」・・・楠本化成(株)製、脂肪酸アマイド系揺変剤
・「Paraffin Wax-115」・・・日本精蝋(株)製、融点47℃のパラフィン
・「AQUACER497」・・・ビックケミー・ジャパン(株)製、融点60℃のパラフィン40~50%/ステアリン酸塩1~10%/脂肪酸系カルボン酸エステル1~10%/水の混合液
・「No.70-S」・・・三光化学工業(株)製、流動パラフィン
・「ドコサノール」・・・高級アルコール、融点70℃
・「レオドールTW-O320V」・・・花王(株)製、ソルビタン脂肪酸エステル系非イオン性界面活性剤
【0056】
試験例1(含水乳化膜の確認)
実施例1~7及び比較例1~4において、各剥離剤による含水乳化膜の外観の経時的変化を調べた。
含水乳化膜の形成は、下記「試験例2(燃焼性試験)」で用いた鋼製橋梁の塗膜(膜厚200μm)の表面に塗布量(乾燥前)が1kg/m2になるように実施例1~7及び比較例1~4の剥離剤を刷毛で塗布することで実施した。
各剥離剤は白濁状態であり、塗布直後も白濁した含水乳化膜が形成される。その後、乾燥が進むに従って含水乳化膜の外観が透明に変化する。このような一連の外観変化において、温度15℃において塗布直後から含水乳化膜が目視レベルで透明になるまでの時間が6時間以上であるか否かを測定した。その結果、実施例1~7では、含水乳化膜は6時間経過しても白濁状態を維持し、24時間経過しても白濁状態を維持していた。一方、比較例1~4では、30分も経たないうちに透明になった。
【0057】
試験例2(燃焼性試験)
鋼製橋梁の塗膜(膜厚約200μm)の表面に塗布量(乾燥前)が1kg/m2になるように実施例1~7及び比較例1~4の剥離剤を刷毛で塗布した。塗布完了から24時間が経過した後、剥離剤が塗布された塗膜をスクレーパーでこすり、塗膜を剥離した。剥離後の塗膜片(大きさ約3cm×3cm)をレンガブロックの上に置き、塗膜片にライターの火を近づけた。15秒間近づけ、塗膜片が燃焼したかどうかを目視で確認した。その結果を表1に示す。発火及び燃焼しなかった場合を「○」とし、発火した場合を「×」とした。
【0058】
実施例8~11及び比較例5~11
表2に示す各成分を均一に混合することによって剥離剤(水性エマルジョン)を調製した。表2中の各成分は、表1について前記で説明したものと同じである。なお、各成分の含有量の単位は「重量%」である。
【0059】
試験例3(含水乳化膜の確認)
実施例8~11及び比較例5~11において、各剥離剤による含水乳化膜の外観の経時的変化を調べた。
含水乳化膜の形成は、下記「試験例4(剥離性試験)」の「(1)(塗膜試験片の準備)」で作製した試験片の塗膜表面に塗布量(乾燥前)が1kg/m2になるように実施例8~11及び比較例5~11の剥離剤を刷毛で塗布することで実施した。
各剥離剤は白濁状態であり、塗布直後も白濁した含水乳化膜が形成される。その後、乾燥が進むに従って含水乳化膜の外観が透明に変化する。このような一連の外観変化において、温度25℃において塗布直後から含水乳化膜が目視レベルで透明になるまでの時間が8時間以上であるか否かを測定した。その結果、実施例8~11では、含水乳化膜は8時間経過しても白濁状態を維持し、24時間経過しても白濁状態を維持していた。一方、比較例5~11では、8時間も経たないうちに透明になった。
【0060】
試験例4(剥離性試験)
(1)塗膜試験片の準備
ISO Sa 2 1/2に準拠したブラスト処理を行ったSS400(日本産業規格)の鋼板に長ばく形エッチングプライマー(ビニレックス120アクチブプライマーエコ(色:ダークグリーン)、日本ペイント株式会社製)を塗装した。その上に鉛・クロムフリーさび止めペイント(ラスゴンセーフティ(色:赤さび、グレー)、関西ペイント株式会社製)を2層塗装し、さらにその上に長油性フタル酸樹脂塗料中塗(SDマリンセーフティ中塗(色:白)、関西ペイント株式会社製)、長油性フタル酸樹脂塗料上塗(SDマリンセーフティ上塗(色:黄)、関西ペイント株式会社製)を塗装した。塗装した鋼板に対し、60℃で1週間焼付を行い、塗膜の膜厚が約200μmの塗膜試験片を準備した。
(2)剥離試験
上記で作製した塗膜試験片の塗膜面に塗布量が1kg/m2になるように実施例8~11及び比較例5~11の各剥離剤を刷毛で塗布した。温度25℃及び湿度50%の環境下で24時間経過後、塗膜を剥離した。塗膜を全て剥離できた場合を「○」とし、塗膜の一部又は全部が剥離できなかった場合を「×」とした。その結果を表2に示す。
【0061】
試験例5(難燃性試験)
試験例4(剥離性試験)で剥離した塗膜をレンガブロックの上に置き、ライターで火を近づけ、塗膜が燃焼したかどうかを目視で確認した。5秒間火を近づけても着火しかった場合を「○」とし、火を近づけて5秒以内で着火したが、すぐに消えた場合を「△」とし、火を近づけて5秒以内で着火し、塗膜が燃え尽きるまで消えなかった場合を「×」とした。その結果を表2に示す。
【0062】
【0063】
表2の結果からも明らかなように、蒸発抑制剤として固形パラフィンを固形分で0.5重量%以上添加した実施例8~10は難燃性が良好であったのに対し、蒸発抑制剤を何も添加していない比較例5~6は不良であった。蒸発抑制剤として流動パラフィン、高級アルコールを添加した比較例7~8についても難燃性は不良であった。
【0064】
以上のことから、蒸発抑制剤は、常温で固体であり、水酸基等の親水基をもたないことが望ましく、その配合量は0.5重量%以上であることが望ましいといえる。
【0065】
また、ベンジルアルコール量が40重量%であり、同じ固形パラフィンを使用し、配合量が異なる実施例8、9では実施例9の方が、難燃性が向上しており、ベンジルアルコール量が40重量%である場合、配合する固形パラフィン量は1重量%以上であることが特に望ましい。
【0066】
実施例8、11、比較例9、10は固形パラフィンを0.5重量%添加し、ベンジルアルコール量と水の比率を変えている。また、粘度が同程度となるよう、配合量を調整した。固形パラフィンを0.5重量%以上含有し、かつ、ベンジルアルコールの重量に対する水の重量の割合(つまり[(水の含有量)/(ベンジルアルコール含有量)]が1以上である実施例8~11は難燃性が良好であるのに対し、固形パラフィンを0.5重量%以上含有していてもベンジルアルコールの重量に対する水の重量の割合が1未満である比較例9~11は難燃性が不良であった。ベンジルアルコールの重量に対する水の重量の割合を1以上にすることによって、より多くの水分を剥離剤中に保持させ、含んだ水の冷却効果によって難燃性が向上すると考えられる。