(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024144847
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20241004BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20241004BHJP
B23B 51/00 20060101ALN20241004BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 P
C23C14/06 A
B23B51/00 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023056991
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】増田 行矩
(72)【発明者】
【氏名】菅原 雄斗
【テーマコード(参考)】
3C037
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C037CC02
3C037CC04
3C037CC09
3C046FF03
3C046FF11
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF17
3C046FF20
3C046FF25
3C046FF27
4K029AA04
4K029BA58
4K029BB02
4K029BB07
4K029BC02
4K029BD05
4K029CA06
4K029CA13
4K029DA08
4K029DC04
4K029DC16
4K029EA01
4K029FA05
(57)【要約】
【課題】優れた耐チッピング性を有する硬質皮膜を備え、切削加工を高能率化できる表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】基体と、基体の表面に形成される硬質皮膜とを備える表面被覆切削工具。硬質皮膜は、基体上に形成されたA層とB層との交互積層膜からなる下層と、下層上に形成されC層とD層との交互積層膜からなる中間層と、中間層上に形成される上層と、を有する。下層は、面心立方構造の(111)面に優先的に配向した結晶組織を有し、上層は、面心立方構造の(200)面に優先的に配向した結晶組織を有しており、中間層のC層およびD層の窒素含有量の算術平均値は、下層のA層およびB層の窒素含有量の算術平均値よりも小さく、中間層の結晶粒の基体表面に平行な方向における平均長さは、下層の結晶粒の基体表面に平行な方向における平均長さよりも小さい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と、前記基体の表面に形成される硬質皮膜とを備える表面被覆切削工具であって、
前記硬質皮膜は、前記基体上に形成されA層とB層との交互積層膜からなる下層と、前記下層上に形成されC層とD層との交互積層膜からなる中間層と、前記中間層上に形成される上層と、を有し、
前記下層のA層は、組成式:(AlaCr1-a)vN1-vで表した場合に、0.50≦a≦0.75、0.40≦v≦0.55を満足する平均組成を有する複合窒化物層であり、
前記下層のB層は、組成式:[AlbCrcX’1-b-c]wN1-w(X’は周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびB,Siから選択される1種または2種以上の元素)で表した場合に、0.40≦b<0.7、0.2≦c<0.6、0<1-b-c≦0.1、0.40≦w≦0.55を満足する平均組成を有する複合窒化物層であり、
前記下層は、面心立方構造の(111)面に優先的に配向した結晶組織を有し、前記上層は、面心立方構造の(200)面に優先的に配向した結晶組織を有しており、
前記中間層のC層およびD層の窒素含有量の算術平均値は、前記下層のA層およびB層の窒素含有量の算術平均値よりも小さく、
前記中間層のC層は、組成式:(AldCr1-d)xN1-xで表した場合に、0.5≦d≦0.7、0.40≦x≦0.55を満足する平均組成を有する複合窒化物層であり、
前記中間層のD層は、組成式:[AleCrfX1-e-f]yN1-y(Xは周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびB,Siから選択される1種または2種以上の元素)で表した場合に、0.5≦e<0.7、0.2≦f<0.5、0<1-e-f≦0.1、0.40≦y≦0.55を満足する平均組成を有する複合窒化物層であり、
前記上層は、組成式:(TigSi1-g)zN1-zで表した場合に、0.60≦g≦0.95、0.35≦z≦0.50を満足する平均組成を有する複合窒化物層である、
表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記中間層の基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さLL1と、前記下層の基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さLL2とが、
LL1≦10nm、10nm≦LL2≦200nm、LL1<LL2を満足する、
請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記下層の全体膜厚が0.7μm以上3.0μm以下であり、
前記下層のA層の膜厚が3nm以上100nm以下であり、
前記下層のB層の膜厚が3nm以上100nm以下であり、
前記中間層の全体膜厚が0.1μm以上4.0μm以下であり、
前記中間層のC層の膜厚が2nm以上50nm以下であり、
前記中間層のD層の膜厚が2nm以上50nm以下であり、
前記上層の膜厚が0.1μm以上2.0μm以下であり、
前記硬質皮膜の全体膜厚が1.0μm以上10.0μm以下である、
請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記下層と前記中間層とを総括した(200)面、(111)面のX線回折ピーク強度の比I(200)/I(111)の値が0.01以上0.50以下であり、
前記上層の(200)面、(111)面のX線回折ピーク強度の比I(200)/I(111)の値が1以上100以下である、
請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記中間層における基体表面に垂直な方向の結晶粒の平均長さをLV1、基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さをLL1、比LV1/LL1をmとし、
前記下層における基体表面に垂直な方向の結晶粒の平均長さをLV2、基体表面に平行な基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さをLL2、比LV2/LL2をnとするとき、
0.01≦m/n≦0.50を満足する、
請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、切削工具の硬質皮膜として、AlCrN系の硬質皮膜が知られる。
特許文献1に開示される切削工具は、基材表面の少なくとも一部に耐摩耗性硬質被覆構成を有し、組成(Al1-a-b-cCraBbZc)Xの少なくとも1つの層を含む。XはN、C、CN、NO、CO、CNOのうち少なくとも1つである。ZはW、Mo、Ta、Nbのうち少なくとも1つである。ここで、各組成は原子比で0.2<a≦0.5、0.01<b≦0.2、0.001≦c≦0.04である。
特許文献2に開示の硬質皮膜被覆切削工具は、超硬合金基材側の硬質皮膜層1および表面側の硬質皮膜層2を有する。硬質皮膜層1の組成は(AlaCr1-a)1-xNx(元素の含有量は原子比で0.5≦a<0.7、0.48≦x≦0.52)で表され、X線回折における(111)面のピーク強度Ir、(200)面のピーク強度Isとしたとき、0.3≦Is/Ir<1である。硬質皮膜層2の組成は、(Ti1-bSib)1-yNy(元素の含有量は原子比で0.01≦b≦0.15、0.48≦y≦0.52)で表され、X線回折における(111)面のピーク強度Iu、(200)面のピーク強度Ivとしたとき、0.3≦Iv/Iu<1である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2008/037556号
【特許文献2】特開2012-045650号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されている被覆構成は、強い(111)配向により耐摩耗性を発揮するが、特許文献2に記載のように、硬さに優れるTiSiN層を表面層として成膜することでさらに耐摩耗性を強化できる。しかし、特許文献2に記載の皮膜は、TiSiN層における強い(111)配向が圧縮残留応力を増加させるため、皮膜の自己破壊が生じやすい課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
(1)本開示によれば、基体と、前記基体の表面に形成される硬質皮膜とを備える表面被覆切削工具であって、前記硬質皮膜は、前記基体上に形成されA層とB層との交互積層膜からなる下層と、前記下層上に形成されC層とD層との交互積層膜からなる中間層と、前記中間層上に形成される上層と、を有し、前記下層のA層は、組成式:(AlaCr1-a)vN1-vで表した場合に、0.50≦a≦0.75、0.40≦v≦0.55を満足する平均組成を有する複合窒化物層であり、前記下層のB層は、組成式:[AlbCrcX1-b-c]wN1-w(Xは周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびB,Siから選択される1種または2種以上の元素)で表した場合に、0.40≦b<0.75、0.25≦c<0.6、0<1-b-c≦0.1、0.40≦w≦0.55を満足する平均組成を有する複合窒化物層であり、前記下層は、面心立方構造の(111)面に優先的に配向した結晶組織を有し、前記上層は、面心立方構造の(200)面に優先的に配向した結晶組織を有しており、前記中間層のC層およびD層の窒素含有量の算術平均値は、前記下層のA層およびB層の窒素含有量の算術平均値よりも小さく、前記中間層のC層は、組成式:(AldCr1-d)xN1-xで表した場合に、0.5≦d≦0.7、0.40≦x≦0.55を満足する平均組成を有する複合窒化物層であり、前記中間層のD層は、組成式:[AleCrfX1-e-f]yN1-y(Xは周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびB,Siから選択される1種または2種以上の元素)で表した場合に、0.5≦e<0.7、0.3≦f<0.5、0<1-e-f≦0.1、0.40≦y≦0.55を満足する平均組成を有する複合窒化物層であり、前記上層は、組成式:(TigSi1-g)zN1-zで表した場合に、0.60≦g≦0.95、0.35≦z≦0.50を満足する平均組成を有する複合窒化物層である、表面被覆切削工具が提供される。
【0006】
(2)(1)において、前記中間層の基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さLL1と、前記下層の基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さLL2とが、LL1≦10nm、10nm≦LL2≦200nm、LL1<LL2を満足する構成としてもよい。
【0007】
(3)(1)または(2)において、前記下層の全体膜厚が0.7μm以上3.0μm以下であり、前記下層のA層の膜厚が3nm以上100nm以下であり、前記下層のB層の膜厚が3nm以上100nm以下であり、前記中間層の全体膜厚が0.1μm以上4.0μm以下であり、前記中間層のC層の膜厚が2nm以上50nm以下であり、前記中間層のD層の膜厚が2nm以上50nm以下であり、前記上層の膜厚が0.1μm以上2.0μm以下であり、前記硬質皮膜の全体膜厚が1.0μm以上10.0μm以下である構成としてもよい。
【0008】
(4)(1)から(3)のいずれか1つにおいて、前記下層と前記中間層を総括した(200)面、(111)面のX線回折ピーク強度の比I(200)/I(111)の値が0.01以上0.50以下であり、前記上層の(200)面、(111)面のX線回折ピーク強度の比I(200)/I(111)の値が1以上100以下である構成としてもよい。
【0009】
(5)(1)から(4)のいずれか1つにおいて、前記中間層における基体表面に垂直な方向の結晶粒の平均長さをLV1、基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さをLL1、比LV1/LL1をmとし、前記下層における基体表面に垂直な方向の結晶粒の平均長さをLV2、基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さをLL2、比LV2/LL2をnとするとき、0.01≦m/n≦0.50を満足する構成としてもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一態様によれば、優れた耐チッピング性を有する硬質皮膜を備え、切削加工を高能率化できる表面被覆切削工具が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施形態の表面被覆切削工具の断面構造を示す模式図である。
【
図2】
図2は、実施形態の硬質皮膜のX線回折プロファイルの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、実施形態の表面被覆切削工具について詳細に説明する。
本明細書および特許請求の範囲において、数値範囲を「L~M」(L、Mは共に数値)で表現するときは、その範囲は上限値(M)および下限値(L)を含んでおり、上限値(M)と下限値(L)の単位は同じである。
【0013】
図1は、実施形態の表面被覆切削工具の断面構造を示す模式図である。
本実施形態の表面被覆切削工具1は、基体10と、基体10の表面に形成される硬質皮膜20とを有する。硬質皮膜20は、基体10側から順に、下層21、中間層22、および上層23が積層された構成である。
【0014】
下層21は、AlCrN膜からなるA層とAlCrXN膜(Xは周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびB(ボロン),Siから選択される1種または2種以上の元素)からなるB層との交互積層膜からなる。
中間層22は、AlCrN膜からなるC層とAlCrX’N膜(X’は周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびB(ボロン),Siから選択される1種または2種以上の元素)からなるD層との交互積層膜からなる。
上層23は、TiSiN膜からなる。
【0015】
基体10は、従来公知の種々の工具用基体を用いることができる。例えば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、cBN焼結体などを用いることができる。
【0016】
硬質皮膜20は、下層21、中間層22および上層23以外の層を含んでいてもよい。例えば、下層21と基体10との間に、下層21と基体10との密着性を向上させる層、あるいは下層21の結晶性を向上させる層が形成されていてもよい。例えば、基体10と下層21との間に、下地層として、AlCrN膜が形成されていてもよい。また例えば、上層23上に、さらに別の窒化物または炭窒化物からなる層が形成されていてもよい。
【0017】
硬質皮膜20の全体膜厚は1.0μm以上10.0μm以下であることが好ましい。硬質皮膜20の全体膜厚が1.0μm未満では、長期にわたる十分な耐摩耗性が得られにくくなる。硬質皮膜20の全体膜厚が10.0μmを超えると、チッピング、剥離などの異常損傷を発生しやすくなる。
【0018】
下層21のA層は、組成式:(AlaCr1-a)vN1-vで表した場合に、0.50≦a≦0.75、0.3≦v≦0.6(但し、aは原子比によるAlの含有割合、vは原子比による金属および半金属の合計含有割合を示す)を満足する平均組成を有するAlとCrの複合窒化物層である。Alの含有割合を示すa値(原子比)が0.50未満では、Al含有割合の減少により、耐摩耗性が低下する。一方、a値(原子比)が0.75を超えると、相対的なAl含有割合の増加により、六方晶構造の結晶粒が出現することによって硬さが低下し、耐摩耗性も低下する。
a値は、0.60以上とすることが好ましい。a値は、0.70以下とすることが好ましい。
v値は、下層21における金属および半金属元素と窒素との比率を示す。v値が0.40未満では、下層21の残留応力が大きくなり、耐欠損性が低下しやすくなる。v値が0.55を超えると、耐摩耗性が低下しやすくなる。
【0019】
下層21のB層は、組成式:[AlbCrcX1-b-c]wN1-w(Xは周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびB,Siから選択される1種または2種以上の元素)で表した場合に、0.40≦b<0.7、0.2≦c<0.6、0<1-b-c≦0.1、0.3≦w≦0.6(但し、bは原子比によるAlの含有割合、cは原子比によるCrの含有割合、wは原子比による金属および半金属元素の合計含有割合を示す)を満足する平均組成を有する。B層は、AlとCrの複合窒化物を主体とし、元素Xが添加された層である。
【0020】
b値およびc値を上記範囲とする理由は、上記したb値の設定理由と同様である。b値は、0.50以上とすることが好ましい。b値は、0.60以下とすることが好ましい。c値は、0.35以上とすることが好ましい。c値は、0.50以下とすることが好ましい。
w値は、B層における金属および半金属元素と窒素との比率を示す。w値が0.40未満では、B層の残留応力が大きくなり、耐欠損性が低下しやすくなる。w値が0.55を超えると、耐摩耗性が低下しやすくなる。
【0021】
元素Xは、周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびB,Siから選択される1種または2種以上の元素であり、例えば、B(ボロン)、Si、W、Mo、Ta、Zr、Nb等である。元素Xの含有割合を上記範囲とすることで、B層を(111)面に優先配向させやすくなる。これにより、A層とB層がナノレベルで交互に積層される下層21全体を(111)面に優先配向させやすくなる。元素Xの含有割合(1-b-c)は原子比で0を超える値である。
【0022】
元素Xの含有割合(1-b-c)は、0.004≦1-b-c≦0.10を満たすことが好ましい。元素Xの含有割合が原子比で0.004未満では、元素Xを添加する効果が得られにくくなる。元素Xの含有割合が原子比で0.10を超えると、硬質皮膜の靱性または硬さが低下しやすくなる。
【0023】
下層21は、AlCrN膜からなるA層と、AlCrXN膜からなるB層とが交互に積層された交互積層膜である。A層の一層当りの膜厚は3nm以上100nm以下であることが好ましい。B層の一層当りの膜厚は3nm以上100nm以下であることが好ましい。このような膜厚範囲とすることで、A層とB層の格子不整合を緩和することができ、交互積層膜全体としての靱性を向上させることができる。
A層およびB層の一層当りの膜厚は、3nm以上であることが好ましい。A層およびB層の一層当りの膜厚は、10nm以下であることが好ましい。
【0024】
下層21の全体膜厚は、0.7μm以上3.0μm以下であることが好ましい。下層21の全体膜厚が0.7μm未満では、長期にわたる十分な耐摩耗性が得られにくくなる。下層21の全体膜厚が3.0μmを超えると、チッピング、剥離などの異常損傷を発生しやすくなる。下層21の全体膜厚は、0.8μm以上であることが好ましい。下層21の全体膜厚は、1.5μm以下であることが好ましい。
【0025】
中間層22のC層は、組成式:(AldCr1-d)xN1-xで表した場合に、0.5≦d≦0.7、0.40≦x≦0.55(但し、bは原子比によるAlの含有割合、xは原子比による金属および半金属の合計含有割合を示す)を満足する平均組成を有するAlとCrの複合窒化物層である。Alの含有割合を示すd値(原子比)が0.5未満では、Al含有割合の減少により、耐摩耗性が低下する。一方、d値(原子比)が0.7を超えると、相対的なAl含有割合の増加により、六方晶構造の結晶粒が出現することによって硬さが低下し、耐摩耗性も低下する。
d値は、0.60以上とすることが好ましい。d値は、0.70以下とすることが好ましい。
x値は、C層における金属および半金属元素と窒素との比率を示す。x値が0.40未満では、C層の残留応力が大きくなり、耐欠損性が低下しやすくなる。x値が0.55を超えると、耐摩耗性が低下しやすくなる。
【0026】
中間層22のD層は、組成式:[AleCrfX’1-e-f]yN1-y(X’は周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびB,Siから選択される1種または2種以上の元素)で表した場合に、0.5≦e<0.7、0.2≦f<0.5、0<1-e-f≦0.1、0.40≦y≦0.55(但し、eは原子比によるAlの含有割合、fは原子比によるCrの含有割合、yは原子比金属および半金属元素の合計含有割合を示す)を満足する平均組成を有する。D層は、AlとCrの複合窒化物を主体とし、元素X’が添加された層である。
【0027】
e値およびf値を上記範囲とする理由は、上記したd値の設定理由と同様である。e値は、0.55以上とすることが好ましい。e値は、0.6以下とすることが好ましい。f値は、0.25以上とすることが好ましい。f値は、0.45以下とすることが好ましい。
y値は、D層における金属および半金属元素と窒素との比率を示す。y値が0.40未満では、D層の残留応力が大きくなり、耐欠損性が低下しやすくなる。y値が0.55を超えると、耐摩耗性が低下しやすくなる。
【0028】
元素X’は、周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびB,Siから選択される1種または2種以上の元素であり、例えば、B(ボロン)、Si、W、Mo、Ta、Zr、Nb等である。元素X’の含有割合を上記範囲とすることで、D層を(111)面に優先配向させやすくなる。これにより、C層とD層がナノレベルで交互に積層される中間層22全体を(111)面に優先配向させやすくなる。元素X’の含有割合(1-e-f)は原子比で0を超える値である。
【0029】
元素X’の含有割合(1-e-f)は、0.005≦1-e-f≦0.10を満たすことが好ましい。元素X’の含有割合が原子比で0.005未満では、元素Xを添加する効果が得られにくくなる。元素X’の含有割合が原子比で0.10を超えると、硬質皮膜の靱性または硬さが低下しやすい。
【0030】
中間層22は、AlCrN膜からなるC層と、AlCrX’N膜からなるD層とが交互に積層された交互積層膜である。C層の一層当りの膜厚は2nm以上50nm以下であることが好ましい。D層の一層当りの膜厚は2nm以上50nm以下であることが好ましい。このような膜厚範囲とすることで、C層とD層の格子不整合を緩和することができ、交互積層膜全体としての靱性を向上させることができる。
C層およびD層の一層当りの膜厚は、3nm以上であることが好ましい。C層およびD層の一層当りの膜厚は、40nm以下であることが好ましい。
【0031】
中間層22の全体膜厚は、0.1μm以上4.0μm以下であることが好ましい。中間層22の全体膜厚が0.1μm未満では、長期にわたる十分な耐チッピング性が得られにくくなる。中間層22の全体膜厚が4.0μmを超えると、摩耗しやすくなる。中間層22の全体膜厚は、0.15μm以上であることが好ましい。中間層22の全体膜厚は、3.0μm以下であることが好ましい。
【0032】
上層23は、組成式:(TigSi1-g)zN1-zで表した場合に、0.60≦g≦0.95、0.35≦z≦0.50(但し、gは原子比によるTiの含有割合、zは原子比による金属および半金属の合計含有割合を示す)を満足する平均組成を有するTiとSiの複合窒化物層である。TiとSiを含む窒化物からなる上層23を形成することで、硬質皮膜20の耐チッピング性が向上する。g値が0.60未満では、耐チッピング性の向上効果が少なくなる。g値が0.95を超えると、格子歪みが大きくなって上層23が剥離しやすくなる。g値は、0.85以上とすることが好ましい。g値は、0.95以下とすることが好ましい。
z値は、上層23における金属および半金属元素と窒素との比率を示す。z値が0.35未満では、上層23の残留応力が大きくなり、耐欠損性が低下しやすくなる。z値が0.50を超えると、耐摩耗性が低下しやすくなる。
【0033】
上層23の膜厚は、0.1μm以上2.0μm以下であることが好ましい。上層23の膜厚が0.1μm未満では、長期にわたる十分な耐摩耗性が得られにくくなる。上層23の膜厚が2.0μmを超えると、チッピング、剥離などの異常損傷を発生しやすくなる。上層23の膜厚は、0.12μm以上であることが好ましい。上層23の膜厚は、1.8μm以下であることが好ましい。
【0034】
硬質皮膜20において、下層21は、X線回折で特定される結晶組織が面心立方構造であり、(111)面に優先的に配向した結晶組織である。また、上層23は、X線回折で特定される結晶組織が面心立方構造であり、(200)面に優先的に配向した結晶組織である。
通常、(111)面に優先的に配向したAlCrN膜上にTiSiN膜を形成すると、TiSiN膜は(111)面に優先的に配向する。本実施形態では、TiSiN膜からなる上層23を成膜する際の成膜装置および成膜条件を制御することによって、(111)面に優先配向したAlCrN膜上に、(200)面に優先配向したTiSiN膜(上層23)を形成する。これにより、上層23を、変形性に優れる(200)配向のTiSiN膜により構成することができ、すぐれた耐チッピング性を有する表面被覆切削工具を得ることができる。
【0035】
上層23のTiSiN膜を(200)配向とすることで、上層23の残留応力に起因する自己破壊は抑制できるが、(111)配向のAlCrN膜と(200)配向のTiSiN膜とは格子不整合が比較的大きいため、下層21と上層23との組み合わせだけでは、格子不整合に起因する上層23の自己破壊が生じるおそれがある。そこで本実施形態では、下層21と上層23との間に、中間層22を形成している。これにより、下層21と上層23との格子不整合を緩和でき、格子不整合に起因する上層23の自己破壊を抑制することができる。
【0036】
本実施形態において、中間層22の窒素含有量は、下層21の窒素含有量よりも小さい。また、中間層22の基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さが、下層21の基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さよりも小さい。
中間層22の窒素含有量が少ないことで、中間層22が金属成分に富む層となるので、下層21と比較して変形しやすくなる。これにより、中間層22によって上層23の変形を緩和することができ、上層23の自己破壊を抑制できる。
中間層22が、下層21と比較して微細な結晶粒からなる層であることにより、中間層22において結晶の粒界すべりが生じやすくなる。これによっても、上層23の変形を緩和することができ、上層23の自己破壊を抑制できる。
以上説明したように、本実施形態によれば、優れた耐チッピング性と耐摩耗性を有する表面被覆切削工具を得ることができる。
【0037】
本実施形態の表面被覆切削工具では、中間層22の基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さLL1と、下層21の基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さLL2とが、LL1≦10nm、10nm≦LL2≦200nm、LL1<LL2を満足することが好ましい。
中間層22の基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さLL1は、硬質皮膜の断面画像を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy:SEM)または透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)により取得し、画像解析ソフト(例えば、米国国立衛生研究所製imageJなど)を用いて、画像に付属して出力されるスケールバーが示す長さと、画面上におけるピクセル数を対応させる。その後、画像解析ソフト上で、基体表面に平行な方向に沿って結晶粒の端点どうしを線で結び、その線のピクセル数から換算される線の長さを結晶粒の平均長さとして算出する。結晶粒の平均長さは上記で求めた結晶粒の長さの算術平均値である。
下層21における基体表面に平行な方向の結晶粒の平均長さLL2は、結晶粒の横幅に相当する。平均長さLL2も、画像解析ソフトを用いた上記と同様の手法により算出できる。ただし、平均長さLL2の算出に際しては、結晶粒の幅を測定するための線を、基体表面と平行な方向に引いて結晶粒の長さを求める。
【0038】
中間層22における基体表面に垂直な方向の結晶粒の平均長さをLV1、基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さをLL1、比LV1/LL1をmとし、下層21における基体表面に垂直な方向の結晶粒の平均長さをLV2、基体表面に平行な基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さをLL2、比LV2/LL2をnとするとき、0.01≦m/n≦0.50を満足することが好ましい。
基体表面に垂直な方向の結晶粒の平均長さLV1、LV2は、中間層の基体表面に平行な方向における結晶粒の平均長さLL1の算出と同様の手法により算出できる。ただし、平均長さLV1、LV2の算出に際しては、結晶粒の幅を測定するための線を、基体表面と垂直な方向に引いて結晶粒の長さを求める。
【0039】
本実施形態の表面被覆切削工具では、下層21と中間層22を総括した(200)面のX線回折ピーク強度I(200)と、(111)面のX線回折ピーク強度I(111)との比I(200)/I(111)の値が0.01以上0.50以下であることが好ましい。
上層23において、(200)面のX線回折ピーク強度I(200)、(111)面のX線回折ピーク強度I(111)との比I(200)/I(111)の値が1以上100以下であることが好ましい。
【0040】
硬質皮膜20を構成する各層の組成、膜厚、交互積層膜の一層ごとの膜厚および合計膜厚は、基体表面に垂直な硬質皮膜の縦断面について、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)、エネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive Xray Spectroscopy:EDS)を用いた断面測定により、測定することができる。
ここで、基体表面とは、前記断面の観察像における、基体10(工具基体)と硬質被覆層の界面粗さの基準線とする。すなわち、工具基体がインサートのような平面の表面を有するときは、前記縦断面においてEDSを用いた元素マッピングを実施し、得られた元素マップに対して公知の画像処理を行うことで下層21と工具基体との界面を定める。こうして得られた下層21と工具基体との界面の粗さ曲線について、平均線を算術的に求め、これを工具基体の表面とする。そして、この平均線に対して、垂直な方向を工具基体に垂直な方向とする。また、工具基体がドリルのように曲面の表面を有する場合であっても、硬質皮膜の層厚に対して工具径が十分に大きければ、測定領域における硬質皮膜と工具基体との間の界面は略平面となることから、同様の手法により工具基体の表面を決定することができる。すなわち、例えばドリルであれば、軸方向に垂直な断面の硬質皮膜の縦断面においてEDSを用いた元素マッピングを実施し、得られた元素マップに対して公知の画像処理を行うことで下層21と工具基体の界面を定め、こうして得られた下層21と工具基体との界面の粗さ曲線について、平均線を算術的に求め、これを工具基体の表面とする。そして、この平均線に対して、垂直な方向を工具基体に垂直な方向とする。
なお、縦断面における測定領域については硬質皮膜の厚さ方向の領域がすべて含まれるよう設定する。硬質皮膜の総層厚、層厚の測定精度等を鑑みると、10μm×10μm程度の視野で複数視野(例えば3視野)、観察および測定を行うことが好ましい。
【0041】
硬質皮膜20を構成する各層の結晶組織は、X線回折(X-ray Diffraction:XRD)、および電子後方散乱回折(Electron Back Scattered Diffraction Pattern:EBSD)を用いて測定することができる。
例えば、硬質皮膜20を構成する各層の結晶組織は、透過型電子顕微鏡(TEM)による電子線回折により、下層21、中間層22および上層23のそれぞれの結晶構造を同定し、NaCl型面心立方構造であることを確認する。X線回折はCu-Kα線を用い、2θ/θ集中法にて測定を行う。
図2に、本実施形態の硬質皮膜20のX線回折プロファイルの一例を示す。37.5度付近に下層21と中間層22を総括した(111)回折線、36.5度付近に上層23の(111)回折線、43.5度付近に下層21と中間層22を総括した(200)回折線、42度付近に上層23の(200)回折線を確認することができる。なお、36度および48度付近のピークは六方晶WCに起因するものである。
【実施例0042】
基体として、工具径φ0.8mmのWC超硬合金製のドリル形状の工具基体を用意した。
上記工具基体に対して、下記表1~表3に示す構成の硬質皮膜を形成した。表1は下層の構成、表2は中間層の構成、表3は上層の構成を示している。
【0043】
(実施例の硬質皮膜)
本実施例では、スパッタ蒸発源を12機搭載できるスパッタリング装置を使用した。AlCr合金ターゲット、AlCrBW合金ターゲット、TiSi合金ターゲットを蒸着源として装置内に設置した。なお、寸法がΦ16cm、厚み12mmのターゲットを用いた。工具基体をスパッタリング装置内のサンプルホルダーに固定し、工具基体にバイアス電源を接続した。なお、バイアス電源は、ターゲットとは独立して工具基体に負のバイアス電圧を印加する構造となっている。工具基体は、毎分2回転で自転しかつ、固定治具とサンプルホルダーを介して公転する。導入ガスは、Ar、及びN2を用い、スパッタリング装置に設けられたガス供給ポートから導入した。
【0044】
<ボンバード処理>
まず工具基体に硬質皮膜を被覆する前に、以下の手順で工具基体にボンバード処理を行った。スパッタリング装置内のヒーターにより炉内温度が430℃になった状態で30分間の加熱を行った。その後、スパッタリング装置の炉内を真空排気し、炉内圧力を0.05Pa以下とした。そして、Arガスをスパッタリング装置の炉内に導入し、炉内圧力を0.55Paに調整した。そして、工具に-200Vの直流バイアス電圧を印加して、Arイオンによる工具のクリーニング(ボンバード処理)を実施した。
【0045】
<下層および中間層の成膜>
次いで、以下の手順で交互積層膜からなる下層および中間層を工具基体上に被覆した。
炉内温度を430℃に保持したまま、スパッタリング装置の炉内にArガスを360sccmで導入し、その後、N2ガスを380sccmで導入して炉内圧力を0.70Paとした。工具に-50Vの直流バイアス電圧を印加し、AlとCrを含有する合金ターゲットとAlとCrとBとWを含有する合金ターゲットに印加される電力の1周期当りの放電時間を0.2ミリ秒として、3個のAlCr系合金ターゲットと3個のAlCrBW系合金ターゲットを切り替えながら連続的に電力を印加して、下地層の上に厚さ0.9μmの交互積層膜からなる下層を被覆した。
その後、N2ガス流量を250sccmに変更して炉内圧力を0.55Paとした。この条件で成膜を続行し、AlCrNとAlCrBWNの交互積層膜からなる下層の上に、厚さ0.1μmの交互積層膜からなる中間層を形成した。
【0046】
<上層の成膜>
次いで、以下の手順で硬質皮膜を中間層の上に被覆した。
炉内温度を430℃に保持したまま、スパッタリング装置の炉内にArガスを360sccmで導入し、その後、N2ガスを170sccmで導入して炉内圧力を0.5Paとした。工具に-70Vの直流バイアス電圧を印加し、TiとSiを含有する合金ターゲットに印加される電力の1周期当りの放電時間を4.5ミリ秒として、6個のTiSi系合金ターゲットを切り替えながら連続的に電力を印加して、中間層22の上に厚さ約0.1μmの硬質皮膜を被覆した。
【0047】
(比較例の硬質皮膜)
比較例の硬質皮膜は、実施例1~実施例3と共通の装置で、下地層の形成までは実施例と同一の工程で成膜した。比較例1および比較例2については、一部の層を形成させないような成膜条件で成膜した。比較例3については、AlとCrとBとWを含有する合金ターゲットを使用せずに成膜した。比較例4~比較例8については、使用する合金ターゲットの組成を変更して成膜した。
【0048】
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
【0053】
(評価)
作製した各サンプルの表面被覆切削工具を用いて、下記表6に示す条件で穴あけ加工を行った。表7に、対照サンプルである比較例1の表面被覆切削工具の寿命を100としたときの各サンプルの工具寿命を示す。同形状のドリル基体に従来コーティングを被覆したサンプルに対して、本実施例のサンプルは、いずれも優れた工具寿命となった。本実施例の表面被覆切削工具は、同形状の基体を用いて作製された比較例の表面被覆切削工具に対して、最大で150%の寿命となった。一方、一部の層を省略した比較例1および比較例2、中間層をAlCrNの単層とした比較例3、および組成範囲が本発明の範囲外である比較例4~比較例8は、いずれも本発明例のサンプルに劣る結果となった。
【0054】
【0055】