(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024144898
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】巻き上げ機のスリップダウン抑制構造及びクレーンの巻き上げ機
(51)【国際特許分類】
B66D 1/16 20060101AFI20241004BHJP
【FI】
B66D1/16 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023057068
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】506002823
【氏名又は名称】古河ユニック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 浩一
(72)【発明者】
【氏名】古川 慎之介
(72)【発明者】
【氏名】吉田 麟太郎
(72)【発明者】
【氏名】塚本 優之介
(57)【要約】
【課題】 ネジ部の食い付きを起こしにくい巻き上げ機のスリップダウン抑制構造を提供することを目的とする。
【解決手段】 出力軸12の外周面に形成されている雄ネジ部12Aは、ブレーキ作動方向の軸力を発生させる側のフランク角θA1よりも、ブレーキ解除方向の軸力を発生させる側のフランク角θA2が大きくなるように形成されている(θA1<θA2)。
従動ギヤ16の内周面に形成されている雌ネジ部16Aは、ブレーキ作動方向の軸力を発生させる側のフランク角θB1と、ブレーキ解除方向の軸力を発生させる側のフランク角θB2とが等しくなるように形成されている。
また、ブレーキ作動方向の軸力を発生させる側のフランク角θA1、ブレーキ作動方向の軸力を発生させる側のフランク角θB1及びブレーキ解除方向の軸力を発生させる側のフランク角θB2は等しくなるように形成されている。(θA2>θA1=θB1=θB2)。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クレーンに搭載され、
モータによって回転する駆動軸と、
該駆動軸から駆動力を伝達され、巻き取りドラムを回転させる出力軸と、を備えており、
前記駆動軸と、前記出力軸との間に、前記モータが駆動しているときは前記駆動軸の駆動力を前記出力軸に伝達し、前記巻き取りドラム側に前記モータ以外から駆動力が入力された場合には前記出力軸にブレーキ力を発生させる動力伝達装置を備えた巻き上げ機のスリップダウン抑制構造であって、
前記動力伝達装置は、前記出力軸の一部に形成された雄ネジ部と、内周面に雌ネジ部が形成された従動ギヤと、クラッチブレーキ装置とを備えており、
前記クラッチブレーキ装置は、一部が前記出力軸に固定され、
前記従動ギヤは、前記クラッチブレーキ装置と前記出力軸の軸方向に隣り合う位置に配置され、前記雌ネジ部に前記雄ネジ部がねじ込まれて前記出力軸と相対回転可能に取り付けられることで、前記駆動軸と前記出力軸との回転速度に差が生じたときに、前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部によって、前記出力軸の軸方向に沿って前記クラッチブレーキ装置に対して近づく方向、若しくは遠ざかる方向に移動するようになっており、
前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部は、前記従動ギヤを前記クラッチブレーキ装置から遠ざける方向の軸力を発生させるとき、軸方向から見て前記雄ネジ部のフランクと前記雌ネジ部のフランクとが重なり合う範囲において、前記フランク同士が一部でのみ直接接触し、且つ前記フランク同士が直接接触する範囲よりも、前記フランク同士が接触しない範囲が大きくなるネジ山形状に形成されていることを特徴とする巻き上げ機のスリップダウン抑制構造。
【請求項2】
前記雄ネジ部における前記従動ギヤを前記クラッチブレーキ装置から遠ざける方向の軸力を発生させる側のフランク角と、前記雌ネジ部における前記従動ギヤを前記クラッチブレーキ装置から遠ざける方向の軸力を発生させる側のフランク角とは、異なっていることを特徴とする請求項1に記載の巻き上げ機のスリップダウン抑制構造。
【請求項3】
前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部の一方は、軸力を発生させる方向に関わらずフランク角が等しく、
前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部の他方は、前記従動ギヤを前記クラッチブレーキ装置に近づける方向の軸力を発生させる側のフランク角よりも、前記従動ギヤを前記クラッチブレーキ装置から遠ざける方向の軸力を発生させる側のフランク角が大きいことを特徴とする請求項2に記載の巻き上げ機のスリップダウン抑制構造。
【請求項4】
前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部の前記一方のネジ山の角度よりも、前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部の前記他方のネジ山の角度は大きいことを特徴とする請求項3に記載の巻き上げ機のスリップダウン抑制構造。
【請求項5】
前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部は、多条ネジであることを特徴とする請求項1に記載の巻き上げ機のスリップダウン抑制構造。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれかに記載の、スリップダウン抑制構造を備えたクレーンの巻き上げ機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、巻き上げ機のスリップダウン抑制構造及びクレーンの巻き上げ機に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、ワイヤロープ等の巻き取り及び繰り出しを行う巻き上げ機には、巻き取られたワイヤロープがフック及び吊り荷の質量によって繰り出されないように、巻き取りドラムの回転を停止させ、さらに停止した状態を維持するためのブレーキが備えられている。
【0003】
特に、トラック等に搭載されるクレーン装置は、特許文献1における
図5に記載されているような巻き上げ機を備えている。このような巻き上げ機は、フックや吊り荷の質量によってワイヤロープが繰り出されようとしたとき、メカニカルブレーキが作動し、巻き取りドラムの回転を自動的に停止させる。
【0004】
このようなメカニカルブレーキは、荷の吊り上げ時に巻き取りドラムを回転させる油圧モータの出力軸から、巻き取りドラムに駆動力を伝達する減速機の内部に備えられている。
具体的には、減速機はその内部に、油圧モータの出力軸が固定される駆動軸と、巻き取りドラムの回転軸が固定され、若しくは巻き取りドラムに備えられたギヤと噛み合う出力ギヤが固定された出力軸と、を備えている。
【0005】
駆動軸には、駆動ギヤが固定されており、出力軸には、雌ネジ部を有する従動ギヤが、出力軸に形成されている雄ネジ部にネジ込まれている。駆動ギヤと従動ギヤとは、互いに噛み合うように配置されており、駆動ギヤと従動ギヤとの間で回転速度に差が生じると、従動ギヤには、雄ネジ部及び雌ネジ部によって軸方向に作用する力が掛かる。そのため、従動ギヤは、出力軸の軸方向に沿って移動する。
【0006】
出力軸は、さらに、ラチェット機構によって一方向の回転にのみブレーキ力を発生するディスクブレーキであり、摩擦力によって従動ギヤと出力軸との間における駆動力の伝達経路を、接続された状態から遮断された状態までに調節するクラッチブレーキ装置を備えている。クラッチブレーキ装置は、従動ギヤが出力軸の軸方向に沿って移動し、クラッチブレーキ装置に押し付けられたときに作動する。
【0007】
なお、以下において、従動ギヤがクラッチブレーキ装置に近づく方向に作用する力を「ブレーキ作動方向の軸力」とし、従動ギヤがクラッチブレーキ装置から遠ざかる方向に作用する力を「ブレーキ解除方向の軸力」とする。
【0008】
クラッチブレーキ装置は、荷を吊り上げるときには、油圧モータの駆動力を出力軸に伝達するために用いられ、吊り荷を降下させるときには、巻き取りドラムの回転を減速又は停止させる。
即ち、荷を吊り上げるときには、油圧モータが先に回転することで、駆動ギヤと従動ギヤとの回転速度に差が生じ、従動ギヤが移動し、クラッチブレーキ装置に押し付けられる。このとき、ラチェット機構はクラッチブレーキ装置の回転を制限せず、動力の伝達だけを行う。
吊荷を降下させるときには、出力軸に合わせて従動ギヤが回転しようとするが、駆動ギヤが停止しているため、従動ギヤは回転せずに軸方向に移動する。そのため、従動ギヤがブレーキ作動方向の軸力によってクラッチブレーキ装置を押し付ける。
このとき、ラチェット機構によってクラッチブレーキ装置の回転が制限され、出力軸の回転にはブレーキ力が発生する。そのため、巻き取りドラムの回転は自動的に停止する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記特許文献1に記載されているようなメカニカルブレーキを備えた巻き上げ機が、速い速度で回転しワイヤロープを巻き取っているときに、巻き取り動作を急停止させると、巻き取りドラムは慣性力によってワイヤロープを巻き取る方向に回転し続ける。
油圧モータが停止しているときに、巻き取りドラムがワイヤロープを巻き取る方向に回転すると、従動ギヤは、クラッチブレーキ装置から遠ざかる方向に移動する。その後、フック及び吊り荷の質量によって、巻き取りドラムは自然にワイヤロープを繰り出す方向に回転し、従動ギヤはクラッチブレーキ装置に押し付けられ、クラッチブレーキ装置が作動するため、巻き取りドラムは停止する。
【0011】
このとき、慣性力による巻き取りドラムの回転力によっては、従動ギヤが、クラッチブレーキ装置から遠ざかる方向の限界まで移動することがある。従動ギヤがこのような限界に位置しているときに、さらに巻き取りドラムが回転しようとすると、従動ギヤに形成されている雌ネジ部と、出力軸に形成されている雄ネジ部とが強力に締め付けられる食い付きが生じる場合がある。
【0012】
食い付きが生じると、従動ギヤが回転できなくなる。即ち、ギヤが出力軸の軸方向に沿って移動することができなくなり、クラッチブレーキ装置を押し付けることができなくなる。
食い付きが生じた状態のまま重量物の荷吊り作業を行うと、フック及び吊り荷の質量による、ワイヤロープを繰り出す方向に巻き取りドラムを回転させようとする力が、従動ギヤを停止させている油圧モータの制止力を超える場合がある。
このような場合に油圧モータが回転すると、クレーン装置の操作者が意図しないままワイヤロープが徐々に繰り出され吊り荷が下降する、スリップダウンが生じる。
【0013】
本発明は、上記の問題に着目してされたものであり、ネジ部の食い付きを起こしにくい巻き上げ機のスリップダウン抑制構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
第一の発明は、クレーンに搭載され、モータによって回転する駆動軸と、該駆動軸から駆動力を伝達され、巻き取りドラムを回転させる出力軸と、を備えており、
前記駆動軸と、前記出力軸との間に、前記モータが駆動しているときは前記駆動軸の駆動力を前記出力軸に伝達し、前記巻き取りドラム側に前記モータ以外から駆動力が入力された場合には前記出力軸にブレーキ力を発生させる動力伝達装置を備えた巻き上げ機のスリップダウン抑制構造であって、
前記動力伝達装置は、前記出力軸の一部に形成された雄ネジ部と、内周面に雌ネジ部が形成された従動ギヤと、クラッチブレーキ装置とを備えており、
前記クラッチブレーキ装置は、一部が前記出力軸に固定され、
前記従動ギヤは、前記クラッチブレーキ装置と前記出力軸の軸方向に隣り合う位置に配置され、前記雌ネジ部に前記雄ネジ部がねじ込まれて前記出力軸と相対回転可能に取り付けられることで、前記駆動軸と前記出力軸との回転速度に差が生じたときに、前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部によって、前記出力軸の軸方向に沿って前記クラッチブレーキ装置に対して近づく方向、若しくは遠ざかる方向に移動するようになっており、
前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部は、前記従動ギヤを前記クラッチブレーキ装置から遠ざける方向の軸力を発生させるとき、軸方向から見て前記雄ネジ部のフランクと前記雌ネジ部のフランクとが重なり合う範囲において、前記フランク同士が一部でのみ直接接触し、且つ前記フランク同士が直接接触する範囲よりも、前記フランク同士が接触しない範囲が大きくなるネジ山形状に形成されていることを特徴とする巻き上げ機のスリップダウン抑制構造である。
【0015】
第二の発明は、第一の発明に記載の前記雄ネジ部における前記従動ギヤを前記クラッチブレーキ装置から遠ざける方向の軸力を発生させる側のフランク角と、前記雌ネジ部における前記従動ギヤを前記クラッチブレーキ装置から遠ざける方向の軸力を発生させる側のフランク角とは、異なっていることを特徴とする巻き上げ機のスリップダウン抑制構造である。
【0016】
第三の発明は、第二の発明に記載の前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部の一方は、軸力を発生させる方向に関わらずフランク角が等しく、
前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部の他方は、前記従動ギヤを前記クラッチブレーキ装置に近づける方向の軸力を発生させる側のフランク角よりも、前記従動ギヤを前記クラッチブレーキ装置から遠ざける方向の軸力を発生させる側のフランク角が大きいことを特徴とする巻き上げ機のスリップダウン抑制構造である。
【0017】
第四の発明は、第三の発明に記載の前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部の前記一方のネジ山の角度よりも、前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部の前記他方のネジ山の角度は大きいことを特徴とする巻き上げ機のスリップダウン抑制構造である。
【0018】
第五の発明は、第一の発明に記載の前記雄ネジ部及び前記雌ネジ部は、多条ネジであることを特徴とする巻き上げ機のスリップダウン抑制構造である。
【0019】
第六の発明は、第一の発明から第五の発明のいずれかに記載の、スリップダウン抑制構造を備えたクレーンの巻き上げ機である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、ネジ部の食い付きを抑制可能な、巻き上げ機のスリップダウン抑制構造を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本実施形態に係る減速機が搭載されているクレーンの右側面図である。
【
図2】本実施形態に係る減速機を背面から見た縦断面図である。
【
図3】本実施形態に係る動力伝達装置を示す図である。
【
図4】本実施形態に係る減速機のラチェットホイールを示す図である。
【
図5】本実施形態に係る雄ネジ部及び雌ネジ部が、ブレーキ作動方向の軸力を発生させているときの状態を示す図である。
【
図6】本実施形態に係る雄ネジ部及び雌ネジ部が、ブレーキ解除方向の軸力を発生させているときの状態を示す図である。
【
図7】
図6におけるフランクの状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について添付図面を参照して説明する。
図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付し、重複する説明を省略する。なお、図面は模式的なものである。そのため、厚みと平面寸法との関係、比率等は現実のものとは異なることに留意すべきであり、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれている。また、以下に示す実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、構成部品の材質、形状、構造、表示等を下記の実施形態に特定するものではない。
【0023】
<移動式クレーンの構造>
以下の実施形態では、車両にクレーン装置を搭載した移動式クレーンの例について説明する。以降の移動式クレーンの構成に係る説明及び図面では、クレーン搭載車両が前進する方向(シフトがDレンジ等に選択されている姿勢で走行する方向)を、「前方」又は「正面」と記載する場合がある。同様に、以降の説明及び図面では、クレーン搭載車両が後退する方向(シフトがRレンジに選択されている姿勢で走行する方向)を、「後方」又は「背面」と記載する場合がある。また、以降の説明及び図面では、「左側」を、クレーン搭載車両を運転する運転者における左側とし、「右側」を、クレーン搭載車両を運転する運転者における右側とする場合があり、「下側」を、クレーン搭載車両を運転する運転者における下側とし、「上側」を、クレーン搭載車両を運転する運転者における上側とする場合がある。
また、特に記載した場合を除いて、クレーン装置は、車両の後方を向き、且つ車両の前後方向に沿う向きに旋回し、ブームが水平な角度まで倒れた姿勢をとっているものとして説明する。
【0024】
初めに、
図1を参照して本実施形態に係る動力伝達装置が搭載されているクレーンについて説明する。
移動式クレーン1は、車両Vの運転席CVと荷台LBとの間にクレーン装置2が搭載されている。
クレーン装置2は、ベースBによって車両VのシャシーフレームCFに固定されている。ベースBの上には、コラムCが、旋回装置(図示省略)を介し上下方向に沿う直線の軸回りに旋回可能に固定されている。ブームBOは、基端部がコラムCに、水平方向の軸回りに揺動可能に支持されている。
ベースBは、左右に伸縮式のアウトリガ装置ORを備えている。アウトリガ装置ORを車両の左右に張り出し、ジャッキシリンダを伸長させ、接地部を接地させることで、クレーン装置2を用いた作業時に移動式クレーン1の安定を確保する。
【0025】
コラムCの先端部には、巻き上げ機3が搭載されている。巻き上げ機3は、減速機4及び巻き取りドラムDを備えており、巻き取りドラムDには、ワイヤロープWの一端が固定されている。ワイヤロープWの他端側にはフックFが備えられ、フックFはブームBOの先端から吊り下げられている。
【0026】
<減速機の構造>
図2を参照して、減速機4の構造を説明する。なお、減速機4の内部には破線OLの高さまで潤滑油が充填されている。
減速機4は、ハウジングHOにハウジングカバーCOが取り付けられることによって、内部に潤滑油を充填可能な空間を形成している。ハウジングHOの下部には、水平な軸回りに回転可能な駆動軸11が備えられており、上部には、駆動軸11と平行な軸回りに回転可能な出力軸12が備えられている。
駆動軸11における車両右側の端部は、駆動力を発生させるモータMに固定されている。また、駆動軸11には、ハウジングHOの内部に位置するように、駆動ギヤ14が固定されている。
出力軸12における車両右側の端部は、ハウジングHOから突出しており、この突出部には、出力ギヤ15が形成されている。出力ギヤ15は、巻き取りドラムDの回転軸に固定されたドラムギヤDGと噛み合い、巻き取りドラムDに駆動力を伝達する。
【0027】
減速機4は、動力伝達装置10を備えている。動力伝達装置10は、モータMが駆動力を発生させた場合には、この駆動力を出力ギヤ15まで伝達するが、巻き取りドラムDが駆動力を発生させた場合には、出力軸12にブレーキ力を発生させる。
【0028】
次に、
図3及び
図4を参照して、動力伝達装置10の具体的な内部構造について説明する。
出力軸12の、ハウジングHOの内部空間に収容されている範囲13における、出力ギヤ15側の約半分の部分には雄ネジ部12Aが形成されている。
出力軸12には、従動ギヤ16及びクラッチブレーキ装置20が取り付けられている。
従動ギヤ16は、円盤形の平歯車であり、中心軸に沿って円形孔が形成されている。円形孔の内周面には雌ネジ部16Aが形成されており、雌ネジ部16Aが雄ネジ部12Aにねじ込まれることで、従動ギヤ16は駆動ギヤ14と噛み合うように取り付けられる。そのため、従動ギヤ16は出力軸12と相対回転可能であり、従動ギヤ16はこの相対回転によって出力軸12の軸方向に移動可能である。
雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aは、後に説明するスリップダウン抑制構造を備えた4条台形ネジである。
【0029】
なお、雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aは、直径の下半分まで潤滑油に浸っているため、従動ギヤ16が出力軸12と相対的に回転したときに、雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aの全体に潤滑油が行き渡り、従動ギヤ16が軸方向に移動する際の抵抗を減少させる。
【0030】
出力軸12の、ハウジングHOの内部空間に収容されている範囲13において、雄ネジ部12Aが形成されていない範囲には、クラッチブレーキ装置20が従動ギヤ16に隣り合うように取り付けられている。
クラッチブレーキ装置20は、ディスク21、ラチェットホイール22、第一ブレーキシュー23A、第二ブレーキシュー23B及び爪24を備えている。
ディスク21は出力軸12に固定されている円盤形の部材である。ディスク21の、ハウジングHOの壁面を向く側の端部には、テーパーが掛けられており、且つ出力ギヤ15を向く側の端部には、ディスク21において最も径が大きい部分の約半分の外径になるように欠け部21Aが形成されている。
欠け部21Aには、ラチェットホイール22と、第一ブレーキシュー23A及び第二ブレーキシュー23Bとが備えられており、第一ブレーキシュー23Aと、第二ブレーキシュー23Bとは、出力軸12の軸方向における両側からラチェットホイール22を挟み込むように配置されている。そのため、第一ブレーキシュー23Aは、従動ギヤ16に面し、第二ブレーキシュー23Bはディスク21に面する。
ディスク21には、さらに、回転軸に対称な位置に軸方向の貫通孔21Bが形成されている。この貫通孔21Bは、従動ギヤ16、ディスク21、ラチェットホイール22、第一ブレーキシュー23A及び第二ブレーキシュー23Bの間に冷却用の潤滑油を供給する。
【0031】
図4は、減速機4からディスク21及び第二ブレーキシュー23Bを取り外した状態の図である。
図4に示すように、ラチェットホイール22は、外周面にラチェット歯22Aが形成されている。
また、ハウジングHOの下部には、ハウジングHOの上方向に伸び、車両左側から見て時計回りに付勢された爪24が取り付けられている。爪24がラチェット歯22Aに嵌まり込むことで、ラチェットホイール22は、車両左側から見て時計回りにのみ回転可能になっている。
【0032】
<巻き上げ機の動作及び駆動力の伝達>
次に、
図2及び
図3を参照して、クレーン装置2が荷を吊り上げるとき、操作を停止したとき及び荷を降下させるときにおける、駆動力の伝達について説明する。なお、以下において「時計回りに回転」及び「反時計回りに回転」とは、巻き上げ機3を車両左側から見たときの回転方向である。
【0033】
まず、クレーン装置2が荷を吊り上げるときには、初めに、モータMを反時計回りに回転させる。そして、従動ギヤ16は、時計回りに回転する。このとき、従動ギヤ16は、出力軸12とは関わらずに単独で回転し、雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aから発生するブレーキ作動方向の軸力によってクラッチブレーキ装置20に押し付けられる。
従動ギヤ16に掛かるブレーキ作動方向の軸力及びブレーキ作動方向の軸力によってディスク21に掛かる反力によって、第一ブレーキシュー23A及び第二ブレーキシュー23Bが、ラチェットホイール22を挟み込むように押し付けられる。このとき、ラチェットホイール22は時計回りに回転可能なため、出力軸12と共に回転する。そのため、クラッチブレーキ装置20にブレーキ力は発生せず、従動ギヤ16、第一ブレーキシュー23A、ラチェットホイール22、第二ブレーキシュー23B及びディスク21の間に発生する摩擦力によって、従動ギヤ16からディスク21まで駆動力が伝達される。ディスク21は出力軸12に固定されているため、さらにディスク21から出力軸12及び出力ギヤ15を介して、ドラムギヤDGまで駆動力が伝達され、巻き取りドラムDは反時計回りに回転し、ワイヤロープWが巻き取られる。
【0034】
次に、クレーン装置2の操作を停止しているとき、巻き取りドラムDには、フックF及び吊り荷の質量によって、ワイヤロープWを繰り出す方向に回転させようとする駆動力が掛かる。この駆動力によって、巻き取りドラムDは、時計回りに回転しようとする。
この駆動力は、ドラムギヤDGから出力ギヤ15を介して出力軸12まで伝達される。そのため、出力軸12は反時計回りに回転しようとし、出力軸12の外周に形成された雄ネジ部12Aに雌ネジ部16Aがねじ込まれている従動ギヤ16も反時計回りに回転しようとする。しかし、従動ギヤ16とかみ合っている駆動ギヤ14は、モータMの制止力によって回転できないため、従動ギヤ16は出力軸12の軸方向に沿ってクラッチブレーキ装置20の側に移動し、第一ブレーキシュー23Aをラチェットホイール22に押し付ける。さらにラチェットホイール22が第二ブレーキシュー23Bに押し付けられ、同時に、第二ブレーキシュー23Bがディスク21に押し付けられる。このとき、ラチェットホイール22は爪24によって反時計回りの回転を制限されているため、出力軸12と共に回転しない。そのため、ラチェットホイール22と第一ブレーキシュー23A及び第二ブレーキシュー23Bとの間に摩擦力が発生し、さらに、ディスク21と第二ブレーキシュー23Bとの間にも摩擦力が発生するため、出力軸12にブレーキ力が掛かる。このブレーキ力によって、自動的に出力軸12の回転は停止する。
【0035】
そして、吊荷を降下させるときには、モータMを時計回りに回転させ、従動ギヤ16を反時計回りに回転させることで、クラッチブレーキ装置20から遠ざける方向に移動させる。この操作によって、第二ブレーキシュー23Bとラチェットホイール22との間の摩擦力が軽減され、出力軸12に掛かるブレーキ力が軽減されるため、出力軸12が回転可能になる。
ここで、巻き取りドラムDには、常にワイヤロープWを繰り出す方向の駆動力が掛かっているため、出力軸12に吊り荷の降下を停止させられるだけのブレーキ力が掛からなくなったとき、出力軸12は時計回りに回転し、ワイヤロープWが繰り出され、吊り荷が降下する。
出力軸12が時計回りに回転している間には、出力軸12の回転速度と、従動ギヤ16の回転速度とが同じになるようにモータMを回転させることで、ブレーキ力が増加しないようにし、巻き取りドラムDの回転速度を一定に保つ。
【0036】
巻き取りドラムDの回転速度を変化させる場合には、モータMの回転速度を変化させ、出力軸12と従動ギヤ16との回転速度に差をつけることで、従動ギヤ16を移動させる。従動ギヤ16を、クラッチブレーキ装置20に近づける方向に移動させることによって、第一ブレーキシュー23A及び第二ブレーキシュー23Bを押し込む力が強くなる。即ち出力軸12に掛かるブレーキ力が強まり吊り荷の降下速度が減少する。従動ギヤ16を、クラッチブレーキ装置20から遠ざける方向に移動させると、ブレーキシューを押し込む力が弱くなる。即ち出力軸12に掛かるブレーキ力が弱まり、吊り荷の降下速度が増加する。
吊り荷の降下速度を変化させた後、出力ギヤ15の回転速度と従動ギヤ16の回転速度とが同じになるようにモータMを回転させることで、変化後の吊り荷の降下速度を維持する。
【0037】
<食い付きの発生メカニズム>
巻き取りドラムDが、速い速度でワイヤロープWを巻き取っているときに、巻き取り動作を急停止させると、巻き取りドラムDは慣性力によって反時計回りに回転し続けようとする。
モータMが停止しているときに、巻き取りドラムDが反時計回りに回転すると、従動ギヤ16はクラッチブレーキ装置20から遠ざかる方向に移動する。その後、フックF及び吊り荷の質量によって、巻き取りドラムDは時計回りに回転するようになるため、従動ギヤ16はクラッチブレーキ装置20の方向に移動し、自然に巻き取りドラムDは停止する。
【0038】
このとき、巻き取りドラムDを反時計回りに回転させようとする慣性力の強さによっては、従動ギヤ16がクラッチブレーキ装置20から遠ざかる方向の限界の位置まで移動することがある。本実施形態において、従動ギヤ16が移動可能な限界は、従動ギヤ16がハウジングHOに接触する位置である。なお、雄ネジ部12Aが形成されている範囲によっては、雄ネジ部12Aの端に雌ネジ部16Aが到達する位置が移動可能な限界になる場合もある。
従動ギヤ16が移動可能な限界に位置しているとき、さらに巻き取りドラムDが反時計回りに回転しようとすると、雌ネジ部16Aと、雄ネジ部12Aとが強力に締め付けられる食い付きが生じる場合がある。
【0039】
食い付きが生じると、従動ギヤ16が出力軸12に対して相対的に回転できなくなる。即ち、従動ギヤ16がクラッチブレーキ装置20に近づく方向に移動しなくなり、出力軸12にブレーキ力を発生させることができなくなる。このとき、出力軸12は、モータMの制止力のみによって回転を停止させられている。
【0040】
食い付きが生じた状態のまま重量物の荷吊り作業を行うと、フックF及び吊り荷の質量による巻き取りドラムDを回転させようとする駆動力が、モータMの制止力を超え、巻き取りドラムDが時計回りに回転する場合がある。
そのような場合には、操作者が意図しないままワイヤロープWが徐々に繰り出され、吊り荷が下降するスリップダウンが発生する。
【0041】
<巻き上げ機のスリップダウン抑制構造>
次に、
図5を参照して、巻き上げ機のスリップダウン抑制構造について説明する。
なお、以下の説明において、雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aがブレーキ作動方向の軸力を発生させているとき及びブレーキ解除方向の軸力を発生させているときに、互いに接触する面を「フランク」とし、径方向に沿う直線に対するフランクの傾きを「フランク角」として説明する。そして、方向を特定する場合には、図に示した従動ギヤ16を挟んで左側を「ブレーキ作動方向」とし、右側を「ブレーキ解除方向」として説明する。即ち、
図5から
図7には図示していないが、図の左側にはクラッチブレーキ装置20が位置している。
【0042】
巻き上げ機のスリップダウン抑制構造は、雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aに備えられている。具体的に、雄ネジ部12Aと雌ネジ部16Aとは、フランク角が異なる角度で形成されている。
【0043】
出力軸12の外周面に形成されている雄ネジ部12Aは、ブレーキ作動方向の軸力を発生させる側のフランク角θA1(以下において、「雄ネジ第一フランク角θA1」とする)よりも、ブレーキ解除方向の軸力を発生させる側のフランク角θA2(以下において、「雄ネジ第二フランク角θA2」とする)が大きくなるように形成されている(θA1<θA2)。
【0044】
従動ギヤ16の内周面に形成されている雌ネジ部16Aは、ブレーキ作動方向の軸力を発生させる側のフランク角θB1(以下において、「雌ネジ第一フランク角θB1」とする)と、ブレーキ解除方向の軸力を発生させる側のフランク角θB2(以下において「雌ネジ第二フランク角θB2」とする)とが等しくなるように形成されている。
【0045】
また、雄ネジ第一フランク角θA1、雌ネジ第一フランク角θB1及び雌ネジ第二フランク角θB2は等しくなるように形成されている。
即ち、雄ネジ第二フランク角θA2は、他のフランク角よりも大きくなるように形成されている(θA2>θA1=θB1=θB2)。
【0046】
ここで、雄ネジ部12Aは、雄ネジ第二フランク角θA2を大きくするため、ネジ山の断面形状が、歯元を頂点とし、歯先の一定範囲を底辺とする三角形状に切り込まれている。そのため、歯先の幅は、雌ネジ部16Aと比較して短くなっている。
【0047】
次に軸力の方向と、軸力を伝達するフランクとの関係について説明する。
図5は、上述した雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aの形状に加えて、従動ギヤ16がブレーキ作動方向に移動するときに接触するフランクも示している。なお、図中の太矢印は、従動ギヤ16が移動する方向を示している。
巻き取りドラムDが回転することで出力軸12が回転すると、上述した通り従動ギヤ16は回転せず、ブレーキ作動方向の軸力が掛かる。このとき、雄ネジ第一フランクFA1と、雌ネジ第一フランクFB1とが接触している。
そのため、雄ネジ部12Aと雌ネジ部16Aとは、ネジ山の谷底部分を除くフランク同士が全体で接触している。
【0048】
図6は、出力軸12に掛かっているブレーキを解除するときの、雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aを示す図である。なお、図中の太矢印は、従動ギヤ16が移動する方向を示している。
従動ギヤ16は、上述の通り、駆動ギヤ14から駆動力を伝達され時計回りに回転すると、ブレーキ解除方向に移動する。このとき、雄ネジ第二フランクFA2と、雌ネジ第二フランクFB2とが、接触部Pによって接触している。
このとき、雄ネジ第二フランクFA2と、雌ネジ第二フランクFB2との間には、隙間Gが形成され、隙間Gの内部には潤滑油が保持されている。
【0049】
<食い付きと食い付きを解除するための始動トルクとの関係>
次に、
図7を参照して、スリップダウン抑制構造の作用について説明する。
なお、モータMを停止させてから約40ミリ秒と極めて短い時間に食い付きが発生するため、潤滑油は隙間Gに充填された状態が維持されており、且つフランクの全範囲に対して等しい分布で荷重が掛かり、さらに、この荷重はフランク同士が直接接触する範囲と、十分な厚さの油膜が形成されている範囲の両方に分散して伝達されるモデルに単純化して説明する。
また、駆動ギヤ14および従動ギヤ16のフランクは微視的にみると平滑な面ではなく、表面は凹部及び凸部が連続している。
【0050】
従動ギヤ16を、ブレーキ作動方向に移動させるために必要な始動トルクは、雄ネジ第二フランクFA2と雌ネジ第二フランクFB2との静止摩擦力に等しい。
この静止摩擦力は、雄ネジ第二フランクFA2と雌ネジ第二フランクFB2との静止摩擦係数及び、ブレーキ解除方向に掛かる軸力から求められる。
【0051】
まず、雄ネジ第二フランクFA2と雌ネジ第二フランクFB2との静止摩擦係数について説明する。雄ネジ第二フランクFA2と雌ネジ第二フランクFB2とが接触していないとき、それぞれの間には潤滑油によって油膜が形成されている。食い付きが発生し得るブレーキ解除方向の軸力が掛かったとき、雄ネジ第二フランクFA2と雌ネジ第二フランクFB2とは、接触部Pによって接触し、さらに接触部Pは強力に圧縮される。この圧縮力によって接触部Pにおける雄ネジ第二フランクFA2及び雌ネジ第二フランクFB2の表面が押しつぶされて塑性変形し、潤滑油が押し出される。そのため接触部Pの範囲において、雄ネジ第二フランクFA2と雌ネジ第二フランクFB2とは潤滑油を介さずに直接接触する。
【0052】
ここで、接触部P以外の範囲における雄ネジ第二フランクFA2と雌ネジ第二フランクFB2との間には、潤滑油を保持する隙間Gが形成されているため、この範囲において油膜は形成され続ける。そのため、軸方向から見て、雄ネジ第二フランクFA2と雌ネジ第二フランクFB2とが重なる範囲のうち、接触部Pが形成されない範囲には、フランク同士が直接接触せず、且つ油膜が維持される油膜部Lが形成される。
【0053】
接触部Pの静止摩擦係数は、雄ネジ第二フランクFA2と雌ネジ第二フランクFB2とが直接接触するため、個体を直接接触させた数値になる。
対して、十分な厚さの油膜によって潤滑されているときの静止摩擦係数は、個体同士が直接接触するよりも小さくなる。例えば、鉄同士が直接接触している場合の静止摩擦係数と比較すると、油膜によって潤滑されている場合の静止摩擦係数は1/10程度になる。
【0054】
ブレーキ解除方向の軸力は、接触部P及び油膜部Lの面積に比例するように分散して掛かる。さらに、雄ネジ第二フランクFA2と雌ネジ第二フランクFB2とは、フランク全体における接触部Pの割合よりも、油膜部Lの割合が大きくなるような形状であるため、静止摩擦係数が低い油膜部Lに掛かる荷重が、接触部Pに掛かる荷重よりも大きくなっている。
【0055】
上記の関係に基づいて、スリップダウン抑制構造を備えているネジ部の静止摩擦力を、スリップダウン抑制構造を備えておらずフランク全体が直接接触するようなネジ部と比較する。
フランク全体が直接接触するようなネジ部は、ブレーキ解除方向の軸力がすべて直接接触するフランクに掛かる。そのため、静止摩擦係数が高い部分に強力な荷重が掛かることになり、油膜部Lを有するネジ部と比較して静止摩擦力が大きくなる。
【0056】
出力軸12及び従動ギヤ16の素材を鉄とし、スリップダウン抑制構造を備える場合の摩擦係数を求めると、関係式(1)のようになる。なお、フランク全体が直接接触する場合の摩擦係数をμFPとする。
μFaP+μObP・・・(1)
μF:鉄の静止摩擦係数
μO:油膜部Lの静止摩擦係数(μO<<μF)
P :ブレーキ解除方向の軸力
a :フランクにおける接触部Pの割合
b :フランクにおける油膜部Lの割合
(0<a<1、0<b<1、a<b、a+b=1)
【0057】
関係式(1)において、油膜部Lの静止摩擦係数μOを鉄の静止摩擦係数μFの1/10とした場合、以下の関係式(2)のようになる。
μFaP+μFbP/10・・・(2)
【0058】
また、接触部Pと油膜部Lの比率は、合計すると1であるため、式(3)が導かれる。
μFaP+μF(1-a)P/10・・・(3)
式(3)を変形させ、式(4)とすると、
μFP>μFP(9a+1)/10・・・(4)
ここで、a<1であるため、(9a+1)/10<1である。
そのため、以下の関係式(5)が成り立つ。
μFP>μFaP+μObP・・・(5)
【0059】
以上より、本実施形態に係るスリップダウン抑制構造を備えるネジ部は、フランクの全体が直接接触するようなネジ部よりも静止摩擦力を小さくできるため、ネジ部の食い付きが発生しにくくなる。
【0060】
<効果>
本発明に係る巻き上げ機は、フランクの全体が直接接触するような送りネジ機構によって従動ギヤ16を移動させる減速機に食い付きが発生する強さのブレーキ解除方向の軸力が掛かった場合であっても、雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aがスリップダウン抑制構造を備えることで、食い付きの発生を抑制できる。
【0061】
雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aを上記の形状に形成するためには、雄ネジ部12Aを加工するだけで良い。即ち、雄ネジ部12Aが、規格に則った形状をした通常の台形ネジであっても、後から加工することで、上記の効果を奏する形状にすることができる。
そのため、駆動軸11に上述したようなネジ山形状を有していない巻き上げ機3にも、スリップダウン抑制構造を付加することができる。
【0062】
上述したような動力伝達装置10において、クラッチブレーキ装置20は、従動ギヤ16が押し付けられることで作動する。そのため、荷を吊り上げた状態で停止させるような場合であって、クラッチブレーキ装置が作動している間、雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aには強力な圧縮力が掛かる。そのため、本実施形態に係る雄ネジ第一フランクFA1及び雌ネジ第一フランクFB1は、このような圧縮力によっても変形しないようにするために、接触面積を大きくすることが望ましい。
ここで、雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aに掛かるブレーキ作動方向の軸力が、所定の値を超えるとクラッチブレーキ装置20が作動する。荷を吊り上げる場合、出力軸12と従動ギヤ16とは共に回転し、吊り上げた荷を保持する場合、出力軸12にブレーキ力が掛かり出力軸12及び従動ギヤ16は停止する。そのため、ブレーキ作動方向の最大の軸力は、モータMの駆動力及び吊り上げ可能な荷の質量に応じた強さになり、この最大の軸力に対応した雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aを用いれば問題は生じない。
対して、巻き上げ機3が通常の運転を行っている場合におけるブレーキ解除方向の最大の軸力は、吊り上げた荷を降下させるときに、従動ギヤ16をクラッチブレーキ装置20から遠ざけるのに必要な強さになり、ブレーキ作動方向の最大の軸力よりも大幅に小さくなる。そのため、接触面積が小さくても変形を起こしにくく、また、フランクの一部が極端に摩耗することも起こりにくい。
仮に、強力な圧縮力が掛かり雄ネジ第二フランクFA2及び雌ネジ第二フランクFB2が変形した場合であっても、雄ネジ第二フランクFA2及び雌ネジ第二フランクFB2が発生させる軸力は小さいため、クレーン作業を中断する必要があるほどの問題は生じにくい。
【0063】
以上より、本発明にかかるスリップダウン抑制構造を用いることで、従動ギヤに食い付きが発生しにくくなり、クレーンが重量物を吊り下げてもスリップダウンの発生を抑止可能である。
【0064】
<変形例>
本実施形態に係る雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aは、それぞれのフランクが直線的な形状になるように形成されていたが、本発明はこのような形態に限られない。
即ち、それぞれフランクは曲線的な形状であってもよく、例えば、雄ネジ第二フランクFA2をネジ山の中央部分が円形に膨らんだ形状とし、接触部Pをネジ山の中央部分に形成させてもよい。
【0065】
本実施形態においては、雄ネジ部12Aのネジ山形状のみを変化させることで接触部Pを形成していたが、雄ネジ部12Aのネジ山形状を変形させずに、雌ネジ部16Aのみを変形させて良い。また、雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aの両方を変形させてもよい。
【0066】
本実施形態に係る雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aは、雄ネジ部12Aのネジ山形状が、歯元を頂点とし、刃先の一定の範囲を底辺とする三角形状に切り込まれることで雄ネジ第二フランク角θA2を他のフランク角よりも大きくしていたが、フランク角を大きくするための手段はこれに限られない。
例えば、歯先部を変化させず、歯元側の長さを増加させることによってフランク角を増加させてもよい。
【0067】
本実施形態に係る、雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aは、4条台形ネジのネジ山形状を変化させた構成であったが、本発明はこのような形態に限られない。
例えば、雄ネジ部12A及び雌ネジ部16Aは、一条の直角ネジに近い形状でもよく、4条以下及び以上の多条ネジでもよい。
【符号の説明】
【0068】
1 移動式クレーン
2 クレーン装置
3 巻き上げ機
4 減速機
10 動力伝達装置
11 駆動軸
12 出力軸
12A 雄ネジ部
13 ハウジング内部空間に収容されている範囲
14 駆動ギヤ
15 出力ギヤ
16 従動ギヤ
16A 雌ネジ部
20 クラッチブレーキ装置
21 ディスク
21A 欠け部
21B 貫通孔
22 ラチェットホイール
22A ラチェット歯
23A 第一ブレーキシュー
23B 第二ブレーキシュー
24 爪
B ベース
BO ブーム
C コラム
CF シャシーフレーム
CO ハウジングカバー
CV 運転席
D 巻き取りドラム
DG ドラムギヤ
F フック
FA1 雄ネジ第一フランク
FA2 雄ネジ第二フランク
FB1 雌ネジ第一フランク
FB2 雌ネジ第二フランク
HO ハウジング
HW ハウジング幅
LB 荷台
M モータ
OL 破線
OR アウトリガ装置
P 接触部
L 油膜部
V 車両
W ワイヤロープ
θA1 雄ネジ第一フランク角
θA2 雄ネジ第二フランク角
θB1 雌ネジ第一フランク角
θB2 雌ネジ第二フランク角