(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024145110
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】視線移動時の行動パターンの測定方法、累進屈折力レンズの決定方法、および、視線移動時の行動パターンの測定装置
(51)【国際特許分類】
A61B 3/028 20060101AFI20241004BHJP
A61B 3/113 20060101ALI20241004BHJP
G02C 7/06 20060101ALI20241004BHJP
G02C 13/00 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
A61B3/028
A61B3/113
G02C7/06
G02C13/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023057358
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 知洋
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【弁理士】
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 歩
(72)【発明者】
【氏名】曽根原 寿明
【テーマコード(参考)】
2H006
4C316
【Fターム(参考)】
2H006BD03
2H006DA00
4C316AA13
4C316AA21
4C316AB16
4C316FA01
4C316FC21
(57)【要約】
【課題】被験者により適した累進屈折力レンズを決定するために有益な情報となる被験者の視線移動時の行動パターンを測定する技術を提供する。
【解決手段】累進屈折力レンズを装用する被験者から異なる距離に配置された複数の表示部の少なくとも1つに視標を表示して、被験者に視標を視認させる工程と、視標を視認した被験者から自覚的応答を得る工程と、を有し、複数の視標について、視認させる工程と、自覚的応答を得る工程とを繰り返すことによって、被験者に2つ以上の異なる視状態を経験させ、視状態間の被験者の行動の変化を測定する、視線移動時の行動パターンの測定方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
累進屈折力レンズを装用する被験者から異なる距離に配置された複数の表示部の少なくとも1つに視標を表示して、前記被験者に前記視標を視認させる工程と、
前記視標を視認した前記被験者から自覚的応答を得る工程と、を有し、
複数の視標について、前記視認させる工程と、前記自覚的応答を得る工程とを繰り返すことによって、前記被験者に2つ以上の異なる視状態を経験させ、前記視状態間の前記被験者の行動の変化を測定する、視線移動時の行動パターンの測定方法。
【請求項2】
前記行動の変化は、前記自覚的応答の正誤、前記視標を表示してから前記自覚的応答を得るまでの応答時間、前記視標を表示してから前記自覚的応答を得るまでの前記被験者の頭部または眼球の動き、のうち少なくともいずれかにおける変化を含む、請求項1に記載の視線移動時の行動パターンの測定方法。
【請求項3】
前記2つ以上の異なる視状態は、近方視の状態および遠方視の状態を含む、請求項1に記載の視線移動時の行動パターンの測定方法。
【請求項4】
前記視認させる工程と、前記自覚的応答を得る工程とを繰り返す際には、前記被験者が離散的な視距離に対して一連の視線移動を行うように、前記複数の視標を一定の順番で繰り返し表示する、請求項1に記載の視線移動時の行動パターンの測定方法。
【請求項5】
前記視認させる工程および前記自覚的応答を得る工程では、前記被験者を連続的に撮像し、前記視標を表示してから前記自覚的応答を得るまでの前記被験者の頭部または眼球の動きを測定する、請求項1に記載の視線移動時の行動パターンの測定方法。
【請求項6】
累進屈折力レンズを装用する被験者から異なる距離に配置された複数の表示部の少なくとも1つに視標を表示して、前記被験者に前記視標を視認させる工程と、
前記視標を視認した前記被験者から自覚的応答を得る工程と、を有し、
複数の視標について、前記視認させる工程と、前記自覚的応答を得る工程とを繰り返すことによって、前記被験者に2つ以上の異なる視状態を経験させ、前記視状態間の前記被験者の行動の変化を測定し、
前記行動の変化のデータに基づき、前記被験者に適した累進屈折力レンズの設計を選択する工程をさらに有する、累進屈折力レンズの決定方法。
【請求項7】
累進屈折力レンズを装用する被験者から異なる距離に配置され、前記被験者に視認させる視標を表示する複数の表示部と、
前記視標を視認した前記被験者の自覚的応答を入力する入力部と、
前記視標の表示と、前記自覚的応答の入力とを繰り返すことによって、前記被験者に2つ以上の異なる視状態を経験させ、前記視状態間の前記被験者の行動の変化を測定する測定部と、を有する、視線移動時の行動パターンの測定装置。
【請求項8】
前記被験者を連続的に撮像する撮像部をさらに有する、請求項7に記載の視線移動時の行動パターンの測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、視線移動時の行動パターンの測定方法、累進屈折力レンズの決定方法、および、視線移動時の行動パターンの測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
被験者に適した累進屈折力レンズを設計するために、種々の方法が提案されている。例えば、特許文献1には、人の視覚挙動を決定するための方法であって、視作業を実行している間の人の頭部の動きを記録するステップを含み、視作業を実行している間の人の少なくとも1つの眼球運動を記録するステップ、異なる時点の頭部に対する眼球の相対的方位を決定するステップ、及び各方位に眼球が保持されていた時間の量を決定するステップを更に含むことを特徴とする方法が開示されている。
【0003】
また、特許文献2には、眼用レンズ適性検査装置が、複数の視標をそれぞれ異なる複数の表示位置に表示し、眼用レンズを装用した被験者に対して所定の課題を出題し、前記被験者に、前記複数の視標ごとに前記課題に対する回答を行わせる課題出題工程と、前記被験者が前記複数の視標を目視してその状態を判断し、その結果に基づいて行った前記課題に対する回答の正否を用いて、前記眼用レンズ適性検査装置が前記複数の表示位置ごとの前記課題の評価点を決定する課題評価工程と、前記眼用レンズ適性検査装置が、前記課題の評価点を用いて、前記被験者における前記眼用レンズの適合性を評価するレンズ評価工程と、を有する眼用レンズ評価方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4659027号
【特許文献2】特許第6405662号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の一実施形態は、被験者により適した累進屈折力レンズを決定するために有益な情報となる被験者の視線移動時の行動パターンを測定する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、
累進屈折力レンズを装用する被験者から異なる距離に配置された複数の表示部の少なくとも1つに視標を表示して、前記被験者に前記視標を視認させる工程と、
前記視標を視認した前記被験者から自覚的応答を得る工程と、を有し、
複数の視標について、前記視認させる工程と、前記自覚的応答を得る工程とを繰り返すことによって、前記被験者に2つ以上の異なる視状態を経験させ、前記視状態間の前記被験者の行動の変化を測定する、視線移動時の行動パターンの測定方法である。
【0007】
本発明の第2の態様は、
前記行動の変化は、前記自覚的応答の正誤、前記視標を表示してから前記自覚的応答を得るまでの応答時間、前記視標を表示してから前記自覚的応答を得るまでの前記被験者の頭部または眼球の動き、のうち少なくともいずれかにおける変化を含む、上記第1の態様に記載の視線移動時の行動パターンの測定方法である。
【0008】
本発明の第3の態様は、
前記2つ以上の異なる視状態は、近方視の状態および遠方視の状態を含む、上記第1の態様に記載の視線移動時の行動パターンの測定方法である。
【0009】
本発明の第4の態様は、
前記視認させる工程と、前記自覚的応答を得る工程とを繰り返す際には、前記被験者が離散的な視距離に対して一連の視線移動を行うように、前記複数の視標を一定の順番で表示する、上記第1の態様に記載の視線移動時の行動パターンの測定方法である。
【0010】
本発明の第5の態様は、
前記視認させる工程および前記自覚的応答を得る工程では、前記被験者を連続的に撮像し、前記視標を表示してから前記自覚的応答を得るまでの前記被験者の頭部または眼球の動きを測定する、上記第1の態様に記載の視線移動時の行動パターンの測定方法である。
【0011】
本発明の第6の態様は、
累進屈折力レンズを装用する被験者から異なる距離に配置された複数の表示部の少なくとも1つに視標を表示して、前記被験者に前記視標を視認させる工程と、
前記視標を視認した前記被験者から自覚的応答を得る工程と、を有し、
複数の視標について、前記視認させる工程と、前記自覚的応答を得る工程とを複数回繰り返すことによって、前記被験者に2つ以上の異なる視状態を経験させ、前記視状態間の前記被験者の行動の変化を測定し、
前記行動の変化のデータに基づき、前記被験者に適した累進屈折力レンズの設計を選択する工程をさらに有する、累進屈折力レンズの決定方法である。
【0012】
本発明の第7の態様は、
累進屈折力レンズを装用する被験者から異なる距離に配置され、前記被験者に視認させる視標を表示する複数の表示部と、
前記視標を視認した前記被験者の自覚的応答を入力する入力部と、
前記視標の表示と、前記自覚的応答の入力とを複数回繰り返すことによって、前記被験者に2つ以上の異なる視状態を経験させ、前記視状態間の前記被験者の行動の変化を測定する測定部と、を有する、視線移動時の行動パターンの測定装置である。
【0013】
本発明の第8の態様は、
前記被験者を連続的に撮像する撮像部をさらに有する、上記第7の態様に記載の視線移動時の行動パターンの測定装置である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一実施形態によれば、被験者により適した累進屈折力レンズを決定するために有益な情報となる被験者の視線移動時の行動パターンを測定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、本発明の第1実施形態に係る、視線移動時の行動パターンの測定方法、および累進屈折力レンズの決定方法の一例を示すフローチャートである。
【
図2】
図2は、本発明の第1実施形態に係る、視線移動タスクを説明するための模式図である。
【
図3】
図3(a)および
図3(b)は、本発明の第1実施形態に係る、視標を表示した表示部の一例を示す模式図である。
【
図4】
図4は、本発明の第1実施形態に係る、表示部における、視標30の表示位置を説明する模式図である。
【
図5】
図5は、本発明の実施例に係る、測定した各被験者の視線移動時の行動パターンのデータ(応答時間と姿勢の安定性)をプロットした図である。
【
図6】
図6は、本発明の実施例に係る、測定した各被験者の視線移動時の行動パターンのデータ(応答時間の非対称性)をプロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<発明者の得た知見>
まず、発明者が得た知見について説明する。被験者に適した累進屈折力レンズの個別設計が進められる中で、被験者が特定の作業(例えば、読書やタブレットの使用等)を行っている際の、被験者の眼球運動と頭部運動の関係性や、視距離の変化等を取得し、累進屈折力レンズの光学設計に反映させる手法が提案されてきた。このような特定の作業を行っている際の累進屈折力レンズの使用領域は、視線の動きや視距離の変化を考慮すると、レンズ全体に対して比較的限定された領域といえる。
【0017】
これに対し、被験者が累進屈折力レンズの使用に際して不満を感じる(例えば、焦点が合いにくい)状況として多いのは、顔を上げて離れた物体を見ようとするときや、視線を一度外してまた戻すとき(例えば、実生活において、読書をしている状態から一度テレビを観て再び読書をするような場合)であることがわかった。このように、視距離の異なる物体を切り替えて見る(焦点を合わせる)という状況を再現し、被験者の視線移動時の行動パターンを測定するためには、物体に追従させるような視線移動(準静的な視覚挙動)ではなく、よりダイナミックに視距離と視標の呈示位置を変化させ、累進屈折力レンズの使用領域を大きく変化させることが必要である。同時に、視距離を一度変化させた後、同じ視距離に戻るという動きが共通している点を考慮して、被験者がある視対象を注視する状態(以下、視状態という)から視線を外すあるいは違う対象物に目を向けるなどの動作によって一旦その視状態を終了させたのち、再び同様の視状態をとるという一連の動きを体験させることも、実生活における累進屈折力レンズの装用状況を再現するためには重要である。
【0018】
発明者は、上述のような問題に対して、鋭意検討を行った。その結果、例えば、累進屈折力レンズを装用する被験者から異なる距離に配置された複数の表示部の少なくとも1つに視標を表示して、被験者に視標を視認させる工程と、視標を視認した被験者から自覚的応答を得る工程と、を有し、複数の視標について、視認させる工程と、自覚的応答を得る工程とを繰り返すことによって、被験者に2つ以上の異なる視状態を経験させ、視状態間の被験者の行動の変化を測定する、視線移動時の行動パターンの測定方法を見出した。このとき、異なる視状態に変化させる場合には、変化の方向性に行動パターンの特徴が現れることも考えられることから、変化の方向を逆にした場合を測定することも有用である。
【0019】
具体的には、累進屈折力レンズの遠用部と近用部のような異なるレンズ領域を使用して、被験者に視状態の変化を繰り返し経験させ、視状態変化後の視標の読み取り精度、応答時間の変化、被験者の頭部や眼球の動きの変化等を測定し、累進屈折力レンズを装用する被験者の再合焦の能力や累進屈折力レンズの使用練度を定量化する。また、視状態間の被験者の行動の変化を定性的に捉え、被験者個人の属性として分類することも可能である。このようにして測定した被験者の視線移動時の行動パターンのデータは、被験者により適した累進屈折力レンズを決定するために有益な情報となる。
【0020】
[本発明の実施形態の詳細]
次に、本発明の一実施形態を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0021】
<本発明の第1実施形態>
(1)視線移動時の行動パターンの測定方法、および累進屈折力レンズの決定方法
まず、本実施形態の視線移動時の行動パターンの測定方法、および累進屈折力レンズの決定方法について説明する。
図1は、本実施形態の視線移動時の行動パターンの測定方法、および累進屈折力レンズの決定方法の一例を示すフローチャートである。
図1に示すように、本実施形態の視線移動時の行動パターンの測定方法は、例えば、視標表示工程S101と、自覚的応答取得工程S102と、を有しており、上記2つの工程を複数回繰り返すことによって、被験者に2つ以上の異なる視状態を経験させ、視状態間の被験者の行動の変化を複数回測定する。以下、視標表示工程S101と自覚的応答取得工程S102とを複数回繰り返すタスクを、本明細書では「視線移動タスク」とよぶ。本発明を累進屈折力レンズの決定方法として適用する場合、視線移動タスクにより被験者の視線移動時の行動パターンを測定した後、設計選択工程S103を行えばよい。
【0022】
図2は、本実施形態の視線移動タスクを説明するための模式図である。
図2に示すように、累進屈折力レンズを装用する被験者10から異なる距離に複数の表示部(本実施形態では、第1表示部20および第2表示部21)が配置されている。第1表示部20は、例えば、タブレット等の表示端末であり、遠方視の状態(累進屈折力レンズの遠用部を使用している状態)を想定した視標を表示するための表示部である。第1表示部20は、例えば、被験者10の正面遠方視(例えば、視距離dL=3m)の視線が画面の中心になるように配置されている。第2表示部21は、例えば、スマートフォン等の表示端末であり、近方視の状態(累進屈折力レンズの近用部を使用している状態)を想定した視標を表示するための表示部である。第2表示部21は、例えば、被験者10の近方下方視(例えば、視距離dS=40cm、下方30度)の視線が画面の中心になるように配置されている。
【0023】
第1表示部20と第2表示部21との視距離差dM(=dL-dS)は、被験者10がある一定の調節を発揮して視対象に焦点調節を合わせたときに、視対象の位置と焦点調節位置が一致していなくても焦点が合うと感じる、もしくはボケを感じない範囲(被写界深度)を超えていることが好ましい。つまり、視線移動タスクで用いる複数の表示部は、被写界深度以上離れた異なる距離に配置されていることが好ましい。ここで被写界深度は収差や瞳孔径の影響、視対象の視角にも依存するが、収差を無視した場合の模型眼計算によると、瞳孔径4mmの眼球の小数視力1.0の被写界深度は0.15D程度とされる(『視能学エキスパート 光学・眼鏡』(医学書院、2018)参照)。これにより、被験者10は、複数の表示部(本実施形態では、第1表示部20および第2表示部21)に同時に焦点を合わせることが不可能となるため、よりダイナミックな視線移動が要求され、視線移動時の行動パターンを測定しやすくなる。
【0024】
(視標表示工程S101、自覚的応答取得工程S102)
視標表示工程S101は、複数の表示部(本実施形態では、第1表示部20および第2表示部21)の少なくとも1つ(本実施形態では、いずれか1つ)に視標を表示して、被験者10に視標を視認させる工程である。
図3(a)および
図3(b)は、視標を表示した表示部の一例を示す模式図である。
図3(a)は、第1表示部20に視標30を表示し、第2表示部21には視標30を表示しない場合の例を示している。また、
図3(b)は、第2表示部21に視標30を表示し、第1表示部20には視標30を表示しない場合の例を示している。
図3(a)および
図3(b)において、被験者10から出ている矢印は、被験者10の視線方向を表している。
図3(a)および
図3(b)に示すように、本実施形態の視標表示工程S101では、いずれか1つの表示部にのみ視標30を表示しているため、被験者10が視認すべき視標30を認識しやすい。また、視標30が表示される表示部を変化させることによって、被験者10に異なる視状態を経験させることができる。表示部に表示する視標30は、被験者10が焦点を合わせた際にはっきりと視認できるものであれば特に限定されない。本実施形態では、
図3(a)および
図3(b)に示すように、ランドルト環(視力0.7相当)を視標30として用いている。
【0025】
自覚的応答取得工程S102は、視標表示工程S101で表示した視標30を視認した被験者10から自覚的応答を得る工程である。本実施形態では、被験者10は、入力部40を用いて、ランドルト環の切れ目の方向を回答する。
図3(a)および
図3(b)に示すように、入力部40は、例えば、スマートフォン等に表示されたソフトウェアキーであり、本実施形態では第2表示部21が入力部40の役割を兼ねている。
【0026】
自覚的応答取得工程S102において、被験者10の自覚的応答を得たら、再び視標表示工程S101を行う。具体的には、例えば、前回の視標表示工程S101において、第1表示部20に視標30を表示した場合、
図3(b)に示すように、第1表示部20の視標30を消去し、第2表示部21に視標30を表示する。または、前回の視標表示工程S101において、第2表示部21に視標30を表示した場合、
図3(a)に示すように、第2表示部21の視標30を消去し、第1表示部20に視標30を表示する。このように、視標表示工程S101では、第1表示部20に表示した視標30と、第2表示部21に表示した視標30とを、被験者10に交互に視認させる(つまり、近方視と遠方視とを交互に行わせる)ことが好ましい。これにより、被験者10は、遠方視から近方視、または、近方視から遠方視のように、離散的な視距離に対して視線移動を行うことになるため、よりダイナミックに視線移動を行うことになり、視線移動時の行動パターンを測定しやすくなる。
【0027】
上述のように、視標表示工程S101と、自覚的応答取得工程S102とを複数回繰り返し、被験者10に2つ以上の異なる視状態(本実施形態では、近方視の状態および遠方視の状態)を経験させ、視状態間の被験者10の行動の変化を複数回測定することで、被験者10の視線移動時の行動パターンを測定することが可能となる。被験者10の行動の変化とは、例えば、被験者10の自覚的応答の正誤、視標30を表示してから自覚的応答を得るまでの応答時間、視標30を表示してから自覚的応答を得るまでの被験者10の頭部または眼球の動き、のうち少なくともいずれかにおける変化を含み、好ましくはすべての変化を含む。具体的には、例えば、視線移動時の行動パターンとして、自覚的応答の誤答が多い場合、被験者10は、再合焦の能力が低い、または、累進屈折力レンズの使用練度が低いと判定してもよい。また例えば、視線移動時の行動パターンとして、近方視から遠方視した際の応答時間と遠方視から近方視した際の応答時間とに大きな差がある場合、被験者10には応答時間の非対称性があると判定してもよい。また例えば、視線移動時の行動パターンとして、不必要な頭部の動き、眼球の動きが多い場合、被験者10は姿勢の安定性が低いと判定してもよい。これらの視線移動時の行動パターンは、いずれも累進屈折力レンズの設計や装用方法が設計者の意図したものでないことを示唆している。一方、例えば、視線移動時の行動パターンとして頭部移動、視線移動がスムーズ(つまり、姿勢の安定性が高い)で、応答時間が短く、自覚的応答の誤答もないような場合、被験者10は、再合焦の能力および累進屈折力レンズの使用練度が高いと判定してもよい。このとき、視線移動時の行動パターンは、設計者が意図した望ましいものであると推測できる。上記のような複数の行動の変化(パラメータ)を複数回測定することで、多角的に視線移動時の行動パターンを測定することが可能となる。
【0028】
視標表示工程S101および自覚的応答取得工程S102では、被験者10の顔を連続的に撮像し、視標30を表示してから自覚的応答を得るまでの被験者10の頭部または眼球の動きを測定することが好ましい。本実施形態では、
図3(a)および
図3(b)に示すように、第2表示部21に設けられた撮像部50(例えば、スマートフォンのカメラ)により、被験者10の顔を連続的に撮像している。つまり、本実施形態では、第2表示部21が撮像部50の役割も兼ねている。撮像部50により撮像された画像に画像認識等の公知の技術を適用することで、被験者10の頭部移動データ、視線移動データ、瞳孔間距離データ等を取得することができ、より多角的に視線移動時の行動パターンを測定することが可能となる。
【0029】
図4は、表示部における、視標30の表示位置を説明する模式図である。
図4では、視標30を表示位置P7(画面左下)に表示しているが、視標表示工程S101では、表示部の画面内において、視標30の表示位置をランダムに(例えば、表示位置P1~P9のいずれかに)することが好ましい。視標30の表示位置が毎回同じ(例えば、毎回画面中央の表示位置P5)である場合、被験者10は、視標30の表示位置を先読みし、視標30が表示される前に視線を移動させる可能性があるため、視線移動時の行動パターンを正確に測定しにくくなる。これに対し、視標30の表示位置をランダムにすることで、被験者10は、視標30の表示位置を先読みしにくくなるため、視線移動時の行動パターンを正確に測定しやすくなる。なお、表示部の画面内における、視標30の表示位置の変化は、視距離がほぼ変わらないように(例えば、0.15~0.2Dの被写界深度未満の変化になるように)することが好ましい。
【0030】
以上のような視線移動タスクを行うことで、被験者10により適した累進屈折力レンズを決定するための有益な情報である、被験者10の視線移動時の行動パターンを測定することができる。
【0031】
(設計選択工程S103)
設計選択工程S103は、例えば、視線移動タスクにより測定した視線移動時の行動パターンのデータ(被験者10の行動の変化のデータ)に基づき、被験者10に適した累進屈折力レンズの設計を選択する工程である。具体的には、例えば、設計Aの累進屈折力レンズを装用した場合の視線移動時の行動パターンのデータと、設計Bの累進屈折力レンズを装用した場合の視線移動時の行動パターンのデータとを比較し、視線移動時の行動パターンが設計者の意図した、より望ましいと判定される方の設計を選択してもよい。また例えば、視線移動時の行動パターンが設計者の意図したものでなかった被験者10に対しては、主子午線上のクオリティ(像品質)とトレードオフとなるような、再合焦がしやすい改善設計を選択し、視線移動時の行動パターンが設計者の意図した望ましいものであった被験者10に対しては、主子午線上のクオリティを重視した設計を選択してもよい。なお、設計選択工程S103では、例えば、予め用意されたカスタマイズ済みの複数のレンズから、被験者に適した設計のレンズを選択してもよい。
【0032】
以上に説明した方法を、複数の被験者に適用することによって、個々の被験者のニーズに適した累進屈折力レンズの設計を提供することができる。
【0033】
(2)視線移動時の行動パターンの測定装置
本発明は、被験者10の視線移動時の行動パターンを測定する、視線移動時の行動パターンの測定装置としても適用可能である。本実施形態の視線移動時の行動パターンの測定装置は、例えば、累進屈折力レンズを装用する被験者10から異なる距離に配置され、被験者10に視認させる視標30を表示する複数の表示部(例えば、第1表示部20および第2表示部21)と、視標30を視認した被験者10の自覚的応答を入力する入力部40と、視標30の表示と、自覚的応答の入力とを複数回繰り返すことによって、被験者10に2つ以上の異なる視状態(例えば、近方視および遠方視)を経験させ、視状態間の被験者10の行動の変化を複数回測定する測定部と、を有している。測定部は、例えば、データの処理、保存が可能な情報処理機器であり、第1表示部20または第2表示部21が測定部の役割を兼ねていてもよい。また、視線移動時の行動パターンの測定装置は、被験者10の顔を連続的に撮像する撮像部50をさらに有していることが好ましい。
【0034】
<本発明の他の実施形態>
以上、本発明の実施形態について具体的に説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0035】
例えば、上述の実施形態では、視線移動タスクで用いる複数の表示部として、第1表示部20および第2表示部21を配置する場合について説明したが、3つ以上の表示部を配置してもよい。また、被験者10の側方等、正面以外の位置に表示部を配置してもよい。また、複数の表示部を配置するために、必ずしも複数の表示装置を用いる必要はなく、例えば、ひとつの表示装置の一部分を第1表示部20とし、他の一部分を第2表示部21としてもよい。
【0036】
また、例えば、上述の実施形態では、
図2に示すように、被験者10の正面遠方に第1表示部20を配置し、近方下方(下方30度)に第2表示部21を配置する場合について説明したが、複数の表示部を配置する角度(視角)は、上述の実施形態に限定されない。しかしながら、被験者10から見て、複数の表示部が重ならないように、複数の表示部は、被験者10からの視角がそれぞれ異なるように配置されることが好ましい。また、被験者10が自然な姿勢で視標30を視認しやすくするという観点からは、上述の実施形態のように、遠方視に対応する表示部(第1表示部20)は、被験者10の正面に、近方視に対応する表示部(第2表示部21)は、被験者10の下方に配置することが好ましい。
【0037】
また、例えば、上述の実施形態では、視標30として、視力0.7相当のランドルト環を用いる場合について説明したが、視標30の態様は、上述の実施形態に限定されない。具体的には、例えば、矢印や文字でもよく、単純な図形(円や多角形)を用いても良い。視標30の大きさについては、視距離によって視角が大きく異ならないよう、距離に応じた調整を行なって呈示することが好ましい。本発明の目的である視線移動時の行動パターンの測定を効果的に行う観点からは、きちんと視線を向けなければ見えない程度の大きさとして、視力0.7~1.0程度とすることが好ましい。
【0038】
また、例えば、上述の実施形態では、第2表示部21を入力部40として用い、第2表示部21に表示されたソフトウェアキーを用いて被験者10の自覚的応答を得る場合について説明したが、入力部40の態様は、上述の実施形態に限定されない。例えば、レバーや十字キーを備えた入力デバイスや、被験者10の発声により自覚的応答が得られるような音声入力デバイスを、入力部40として用いてもよいし、被験者10の自覚的応答を測定補助者が手動で入力できるような構成としてもよい。なお、被験者10の視線を、視標30以外に移動させないようにする観点から、入力部40は、被験者10が視標30を注視した状態のまま、自覚的応答を入力できることが好ましい。
【0039】
また、例えば、上述の実施形態では、第2表示部21に設けられたカメラを撮像部50として用い、被験者10の顔を連続的に撮像することで、視標30を表示してから自覚的応答を得るまでの被験者10の頭部または眼球の動きを測定する場合について説明したが、被験者10の頭部または眼球の動きを測定する態様は、上述の実施形態に限定されない。例えば、スマートフォン等に備えられたLIDAR(Laser Imaging Detection and Ranging)により、第2表示部21と被験者10の頭部との距離や、被験者10の瞳孔間距離を測定してもよい。
【0040】
また、例えば、上述の実施形態では、第1表示部20に表示した視標30と、第2表示部21に表示した視標30とを、被験者10に交互に視認させる(つまり、近方視と遠方視とを交互に行わせる)場合について説明したが、視標表示工程S101では、必ずしも毎回近方視と遠方視を交互に行わせなくともよい。例えば、複数回行う視標表示工程S101のうち、稀に近方視から近方視、または、遠方視から遠方視となるように視線移動させることで、被験者10は、視標30の表示位置を先読みしにくくなるため、視線移動時の行動パターンを正確に測定しやすくなる。
【0041】
また、例えば、上述の実施形態では、視標表示工程S101において、複数の表示部(第1表示部20および第2表示部21)のいずれか1つにのみ、視標30を表示する場合について説明したが、視標表示工程S101では、複数の表示部の少なくとも1つに視標30を表示すればよく、複数の表示部に同時に視標30をそれぞれ表示してもよい。具体的には、例えば、第1表示部20および第2表示部21の両方に視標30を表示しておき、明るく光った位置に表示されている視標30を被験者10に視認させたり、ポインタ等で指し示した位置に表示されている視標30を被験者10に視認させたりしてもよい。このような場合でも、被験者10に2つ以上の異なる視状態を経験させることができるため、視線移動時の行動パターンの測定が可能である。
【実施例0042】
次に、本発明に係る実施例を説明する。これらの実施例は本発明の一例であって、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0043】
本実施例では、34人の被験者に対して、以下の条件で視線移動タスクを行った。複数の表示部としては、
図2に示すように、第1表示部20(タブレット)を被験者10の正面(視距離dL=3m)に、第2表示部21(スマートフォン)を被験者10の下方30度(視距離dS=40cm)に配置した。視標30としては、視力0.7相当のランドルト環を用い、第1表示部20と第2表示部21とに、視標30を交互に計30回表示して、被験者10にランドルト環の切れ目の方向を回答させた。回答(自覚的応答)は、第2表示部21に表示したソフトウェアキー(入力部40)により行った。視線移動タスクを行っている間、第2表示部21に設けられたカメラ(撮像部50)を用いて連続的に(毎秒30回)撮像し、画像認識により、被験者10の頭部の動き(具体的には、第2表示部21と被験者10の顔との距離の経時変化)を測定した。
【0044】
(1)応答時間と姿勢の安定性について
上記の視線移動タスクにより測定した各被験者の視線移動時の行動パターンのデータ(応答時間と姿勢の安定性)を、
図5にプロットして整理した。
図5では、横軸に遠方視から近方視に切り替わるときの応答時間の平均値(平均応答時間、Reaction time)、縦軸に姿勢の安定性(Postural Stability)を示している。本実施例において、姿勢の安定性とは、第2表示部と被験者の顔との距離の経時変化のうち、低周波成分(10Hz以下)を抽出した後に、変動幅の二乗平均平方根(RMS)をとることによって、回答と同期する被験者の大きな姿勢変化を指数化したものであり、数値が小さいほど姿勢が安定していることを示している。
【0045】
図5に示した結果において、被験者全体の平均応答時間の平均値は2.4秒、姿勢の安定性の平均値は6.5mmであった。そこで、平均応答時間2.4秒未満、姿勢の安定性6.5mm以上の被験者のグループをA群(
図5の左上)とし、平均応答時間2.4秒以上、姿勢の安定性6.5mm以上の被験者のグループをB群(
図5の右上)とし、平均応答時間2.4秒未満、姿勢の安定性6.5mm未満の被験者のグループをC群(
図5の左下)とし、平均応答時間2.4秒以上、姿勢の安定性6.5mm未満の被験者のグループをD群(
図5の右下)とした。つまり、A群は、応答は早いが姿勢が不安定、B群は、応答が遅く姿勢が不安定、C群は、応答が早く姿勢も安定、D群は、応答は遅いが姿勢は安定、のように被験者を分類した。
【0046】
C群の被験者に対しては、累進屈折力レンズの使用練度が高いとみなし、被験者が現在装用している累進屈折力レンズの設計、または、主子午線上のクオリティを重視した設計を選択した。また、B群の被験者に対しては、累進屈折力レンズの使用練度が低いとみなし、初装用のレンズ設計、または、視線移動が少なくなるような累進帯長が短い設計を選択した。また例えば、B群の被験者に対しては、累進屈折力レンズ装用中の視線の使い方に関するレクチャーを行う等の活用も可能である。また、D群の被験者に対しては、近方視に切り替わる際に姿勢のブレは少なく、応答時間が長い特徴を示していることから、中間部の歪みを許容して近用部の明視領域を広くした設計(例えばハード設計)を選択した。
【0047】
本実施例では、測定した視線移動時の行動パターンのデータを、被験者の分類に用いたが、例えば、同一の被験者に複数の累進屈折力レンズを装用させ、それぞれの視線移動時の行動パターンのデータを比較することで、より適した累進屈折力レンズの設計がどれであるかを判定することも可能である。具体的には、例えば、累進帯長が長いものと短いもの、ハード設計とソフト設計、遠用重視設計と近用重視設計等の比較を行い、より視線移動時の行動パターンが設計者の意図した望ましいものであった(例えば、応答時間がより短く、姿勢の安定性がより高い)方のレンズ設計を選択することで、被験者により適した設計を提案することが可能である。
【0048】
なお、本実施例では、平均応答時間および姿勢の安定性のデータに基づき、被験者に適した累進屈折力レンズの設計を選択したが、例えば、自覚的応答の正答率や応答時間のバラつき(対称性)等で、設計選択を行うことも可能である。
【0049】
(2)応答時間の非対称性について
また、上記の視線移動タスクにより測定した各被験者の視線移動時の行動パターンのデータ(応答時間の非対称性)を、
図6にプロットして整理した。
図6では、横軸に遠方視から近方視に切り替わるときの応答時間の平均値(FN time)、縦軸に近方視から遠方視に切り替わるときの応答時間の平均値(NF time)を示している。通常、それぞれの視線移動にかかる時間に極端な差は生じないが、場合によって、応答時間に非対称性が現れることがある。このような場合、被験者は累進屈折力レンズをより快適に使用できる余地があると判断した。
【0050】
図6の右下、斜線部分の被験者は、近方視から遠方視への視線移動にかかる時間に比べて、遠方視から近方視への視線移動に時間がかかっている。このため、近用視線通過位置や中間領域での視線通過位置が安定していない、または、累進屈折力レンズにおける視線の使い方に不慣れで再合焦に時間を要していることが推測される。このような被験者に対しては、近用における左右方向の度数安定領域を広げた設計を選択した。これにより、左右の微小な視線移動を行った場合でも必要な調節力が変わらないため、再合焦が容易になることが推測される。
【0051】
以上、視線移動タスクにより、被験者の視線移動時の行動パターンを測定し、測定した視線移動時の行動パターンのデータに基づいて、被験者により適した累進屈折力レンズの設計を選択(決定)できることを確認した。