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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024145273
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】銅合金板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/06 20060101AFI20241004BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20241004BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20241004BHJP
【FI】
C22C9/06
C22F1/08 P
C22F1/00 606
C22F1/00 623
C22F1/00 682
C22F1/00 691B
C22F1/00 683
C22F1/00 694A
C22F1/00 691C
C22F1/00 685Z
C22F1/00 602
C22F1/00 630A
C22F1/00 630C
C22F1/00 611
C22F1/00 681
C22F1/00 692A
C22F1/00 692Z
C22F1/00 692B
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023057553
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100221589
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 俊博
(72)【発明者】
【氏名】隅野 裕也
(57)【要約】
【課題】NiおよびSiの添加量を合計で6.50質量%以下にしつつ、十分な強度が得られる銅合金板を提供する。
【解決手段】成分組成が、Ni:2.00~5.00質量%、Si:0.50~1.50質量%、および残部:Cuおよび不可避不純物からなり、X線小角散乱法で測定する析出物粒子の平均粒子直径が1.0nm~4.5nmであり、圧延方向および厚さ方向に平行な断面から得られる電子線後方散乱回折パターンにおける(111)面の面積率が3%以上である、銅合金板。
【選択図】図2A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成が、
Ni:2.00~5.00質量%、
Si:0.50~1.50質量%、および
残部:Cuおよび不可避不純物からなり、
X線小角散乱法で測定する析出物粒子の平均粒子直径が1.0nm~4.5nmであり、
圧延方向および厚さ方向に平行な断面から得られる電子線後方散乱回折パターンにおける(111)面の面積率が3%以上である、銅合金板。
【請求項2】
Al、Mn、Cr、Ti、Zr、P、AgおよびMgからなる群から選択される少なくとも1種以上を、夫々0.10質量%以下としつつ、合計で0質量%超0.50質量%以下さらに含有する、請求項1に記載の銅合金板。
【請求項3】
成分組成が、Ni:2.00~5.00質量%、Si:0.50~1.50質量%、および残部:Cuおよび不可避不純物からなる銅合金鋳塊を用意する工程と、
前記銅合金鋳塊を800~1050℃に加熱する工程と、
加熱された前記銅合金鋳塊に対し、総圧下率55%以上で熱間圧延して銅合金板を得る工程と、
熱間圧延された前記銅合金板に対し、第1の冷間圧延を行う工程と、
第1の冷間圧延がなされた前記銅合金板を溶体化処理する工程と、
溶体化処理された前記銅合金板を400~500℃の温度で30分~10時間時効処理を行う工程と、
時効処理された前記銅合金板に対し、50%以上90%未満の総圧下率で第2の冷間圧延を行う工程と、
を含む、請求項1に記載の銅合金板の製造方法。
【請求項4】
成分組成が、Ni:2.00~5.00質量%、Si:0.50~1.50質量%、およびAl、Mn、Cr、Ti、Zr、P、AgおよびMgからなる群から選択される少なくとも1種以上を、夫々0.10質量%以下としつつ、合計で0質量%超0.50質量%以下含有し、且つ残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金鋳塊を用意する工程と、
前記銅合金鋳塊を800~1050℃に加熱する工程と、
加熱された前記銅合金鋳塊に対し、総圧下率55%以上で熱間圧延して銅合金板を得る工程と、
熱間圧延された前記銅合金板に対し、第1の冷間圧延を行う工程と、
第1の冷間圧延がなされた前記銅合金板を溶体化処理する工程と、
溶体化処理された前記銅合金板を400~500℃の温度で30分~10時間時効処理を行う工程と、
時効処理された前記銅合金板に対し、50%以上90%未満の総圧下率で第2の冷間圧延を行う工程と、
を含む、請求項2に記載の銅合金板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は銅合金板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば特許文献1に記載されるような、CuにNiおよびSiを添加したCu-Ni-Si系銅合金(以下、「コルソン系銅合金」ともいう)からなる板材は、ばね性、耐応力緩和特性、端子成型に必要な加工性、および通電で発生する熱を放散させる熱伝導性特性のバランスに優れるため、自動車に搭載される電子機器の端子用材料として広く使用されている。
【0003】
コルソン系銅合金は、Ni-Si系化合物(例えばNiSi化合物)を析出させることにより強度を向上させることが可能である。例えばNiおよびSiの添加量が合計で6.50質量%以下の場合には、用途によっては強度が不十分となる場合があり得るが、例えばNiおよびSiの添加量を増加させて、析出物の量を増やすことにより十分な強度を得ることが可能となる
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002-266042
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、NiおよびSiの添加量の増加は、材料コストの増加を招くことに加え、コルソン系銅合金の特徴でもある加工性を低下させてしまう。このため、NiおよびSiの添加量を増加させることなく(例えばNiおよびSiの添加量を合計で6.50質量%以下にした上で)、十分な強度が得られる方法が望まれている。
【0006】
本開示はこのような状況に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、NiおよびSiの添加量を合計で6.50質量%以下にしつつ、十分な強度が得られる銅合金板およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の態様1は、
成分組成が、
Ni:2.00~5.00質量%、
Si:0.50~1.50質量%、および
残部:Cuおよび不可避不純物からなり、
X線小角散乱法で測定する析出物粒子の平均粒子直径が1.0nm~4.5nmであり、
圧延方向および板厚方向に平行な断面から得られる電子線後方散乱回折パターンにおける(111)面の面積率が3%以上である、銅合金板である。
【0008】
本発明の態様2は、
Al、Mn、Cr、Ti、Zr、P、AgおよびMgからなる群から選択される少なくとも1種以上を、夫々0.10質量%以下としつつ、合計で0質量%超0.50質量%以下さらに含有する、態様1に記載の銅合金板である。
【0009】
本発明の態様3は、
成分組成が、Ni:2.00~5.00質量%、Si:0.50~1.50質量%、および残部:Cuおよび不可避不純物からなる銅合金鋳塊を用意する工程と、
前記銅合金鋳塊を800~1050℃に加熱する工程と、
加熱された前記銅合金鋳塊に対し、総圧下率55%以上で熱間圧延して銅合金板を得る工程と、
熱間圧延された前記銅合金板に対し、第1の冷間圧延を行う工程と、
第1の冷間圧延がなされた前記銅合金板を溶体化処理する工程と、
溶体化処理された前記銅合金板を400~500℃の温度で30分~10時間時効処理を行う工程と、
時効処理された前記銅合金板に対し、50%以上90%未満の総圧下率で第2の冷間圧延を行う工程と、
を含む、態様1に記載の銅合金板の製造方法である。
【0010】
本発明の態様4は、
成分組成が、Ni:2.00~5.00質量%、Si:0.50~1.50質量%、およびAl、Mn、Cr、Ti、Zr、P、AgおよびMgからなる群から選択される少なくとも1種以上を、夫々0.10質量%以下としつつ、合計で0質量%超0.50質量%以下含有し、且つ残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金鋳塊を用意する工程と、
前記銅合金鋳塊を800~1050℃に加熱する工程と、
加熱された前記銅合金鋳塊に対し、総圧下率55%以上で熱間圧延して銅合金板を得る工程と、
熱間圧延された前記銅合金板に対し、第1の冷間圧延を行う工程と、
第1の冷間圧延がなされた前記銅合金板を溶体化処理する工程と、
溶体化処理された前記銅合金板を400~500℃の温度で30分~10時間時効処理を行う工程と、
時効処理された前記銅合金板に対し、50%以上90%未満の総圧下率で第2の冷間圧延を行う工程と、
を含む、態様2に記載の銅合金板の製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の実施形態によれば、NiおよびSiの添加量を合計で6.50質量%以下にしつつ、十分な強度が得られる銅合金板およびその製造方法を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1A図1Aは、時効処理後のNi-Si系化合物などの析出物粒子の一例を示す透過型電子顕微鏡像である。
図1B図1Bは、第2の冷間圧延後のNi-Si系化合物などの析出物粒子の一例を示す透過型電子顕微鏡像である。
図2A図2Aは、試料No.1のEBSDパターンである。
図2B図2Bは、試料No.2のEBSDパターンである。
図2C図2Cは、試料No.3のEBSDパターンである。
図2D図2Dは、試料No.4のEBSDパターンである。
図2E図2Eは、試料No.5のEBSDパターンである。
図2F図2Fは、試料No.6のEBSDパターンである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者は、NiおよびSiの添加量を合計で6.50質量%以下にしつつ、十分な強度が得られる銅合金板を実現するべく、様々な角度から検討した。その結果、電子線後方散乱回折(EBSD)パターンにおいて、(111)面が特定の方向に配向する特定の金属組織(以下「変形双晶」とも称する)が、強度向上に非常に有効であることを見出した。そして、NiおよびSiの添加量を合計で6.50質量%以下とし、X線小角散乱法で測定する析出物粒子の平均粒子直径を所定範囲としつつ、圧延方向および板厚方向に平行な断面から得られるEBSDパターンにおいて、(111)面の面積率を3%以上にすることにより、十分な強度が得られる銅合金板を実現できた。
【0014】
以下に、本発明の実施形態が規定する各要件の詳細を示す。
【0015】
<1.成分組成>
本発明の実施形態に係る銅合金板は、成分組成が、Ni:2.00~5.00質量%、Si:0.50~1.50質量%を含み、残部はCuおよび不可避不純物からなることが好ましい。
以下、各元素について詳述する。
【0016】
(Ni:2.00~5.00質量%)
Niは、Siとともに添加することにより、Ni-Si系化合物(例えばNiSi化合物)を析出させ、強度を向上させることができる元素である。さらに、変形双晶を出現させやすい元素でもある。これらの効果を有効に発現させるために、Ni含有量は2.00質量%以上とする。一方で、Niを過剰に添加すると、析出物が粗大化しやすくなるとともに、変形双晶が出現しにくくなる。そのためNi含有量は5.00質量%以下とする。
【0017】
(Si:0.50~1.50質量%)
Siは、Niとともに添加することにより、Ni-Si系化合物(例えばNiSi化合物)を析出させ、強度を向上させることができる元素である。さらに、変形双晶を出現させやすい元素でもある。これらの効果を有効に発現させるために、Si含有量は0.50質量%以上とする。一方で、Siを過剰に添加すると、析出物が粗大化しやすくなるとともに、変形双晶が出現しにくくなる。そのためSi含有量は1.50質量%以下とする。
【0018】
本発明の実施形態に係る銅合金板は、上記の成分組成を含み、本発明の1つの実施形態では、残部は銅および不可避不純物であることが好ましい。不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素の混入が許容される。
【0019】
さらに、本発明の実施形態に係る銅合金板は、必要に応じて以下の任意元素を選択的に含有してよく、含有される成分に応じて銅合金板の特性が更に改善される。
【0020】
(Al、Mn、Cr、Ti、Zr、P、AgおよびMgからなる群から選択される少なくとも1種以上を、夫々0.10質量%以下としつつ、合計で0質量%超0.50質量%以下)
Al、Mn、Cr、Ti、Zr、P、AgおよびMgは、Ni-Si系化合物との共存により強度及び/又は耐熱性をさらに向上させるとともに、加工性(プレス打抜き性)も向上させる効果を有する。これらの効果を有効に発現させるために、Al、Mn、Cr、Ti、Zr、P、AgおよびMgからなる群から選択される少なくとも1種以上を合計で0質量%超含有させることが好ましい。ただし、上記元素を過剰に添加すると、変形双晶を出現しにくくなり、また、Ni-Si系化合物による強度向上効果が低下し得るとともに、粗大析出物が発生して加工性(曲げ性)が低下し得る。そのため、Al、Mn、Cr、Ti、Zr、P、AgおよびMgからなる群から選択される少なくとも一種以上を、夫々0.10質量%以下としつつ、それらの合計含有量は、0.50質量%以下とすることが好ましい。
【0021】
<2.析出物粒子の平均粒子直径>
本発明の実施形態に係る銅合金板は、X線小角散乱法で測定する析出物粒子の平均粒子直径が1.0nm~4.5nmである。析出物粒子の平均粒子直径が1.0μm未満だと、析出物による十分な析出強化が得られない。析出物粒子の平均粒子直径は、好ましくは3.0nm以上であり、より好ましくは3.5nm以上である。一方で、析出物粒子の平均粒子直径が4.5nmを超えると、大きな析出物粒子が多い及び/又は転位との相互作用が弱くなる等の影響により、変形双晶の出現量が低下し、強度が低下する。なお、析出物粒子は、上記の成分組成を考慮するとNi-Si系化合物粒子であり得る。
【0022】
上記析出物粒子の平均粒子直径は、X線小角散乱法で測定する。後述するように、例えばTEM観察によりNi-Si系化合物粒子等の析出物粒子の存在は確認できるが、冷間圧延材の場合、転位コントラストの影響でそのサイズについては正確に測定できない。X線小角散乱法は、ナノメートルオーダーの構造情報を調べる代表的な手法である。
物質にX線を照射すると、入射X線が物質内部の電子密度分布の情報を反映して、入射X線の周囲に散乱X線が発生する。例えば、物質中に粒子や電子密度の不均一な領域が存在すると、X線は干渉して密度揺らぎ起因の散乱が発生する。これが、銅合金などの金属であれば、銅合金組織中にナノメートルオーダーの微小なNi-Si系化合物などの析出物粒子が存在すると、この粒子に由来する散乱が観測される。この散乱X線が発生する領域は、Cuターゲットを用いた波長1.54ÅのX線を測定領域垂直方向に入射した場合、測定角度(2θ)0.1~10度以下である。X線小角散乱法では、この散乱X線を解析することで、ナノメートルオーダーの微細な析出物粒子の大きさ及び分布などの情報を得ることが出来る。
【0023】
上記析出物粒子の平均粒子直径を測定するために、まずX線小角散乱法で測定されたX線の散乱強度プロファイルを得る。このX線の散乱強度プロファイルは、例えば、縦軸がX線の散乱強度、横軸が測定角度2θと波長λに異存する散乱ベクトルq(nm-1)として得られる。測定されたX線散乱強度と、粒子直径とサイズ分布の関数で示される理論式から計算したX線散乱強度とが近くなるように非線形最小2乗法によってフィッティングすることで析出物粒子の平均粒子直径を求めることができる。このとき、X線の散乱強度プロファイルは冷間圧延で導入される転位による散乱の影響も含み得る。すなわち、本発明の実施形態において、「析出物粒子の平均粒子直径」とは、転位による散乱の影響も含む析出物粒子の粒径であり得る。
【0024】
本発明の実施形態に係る銅合金板は、上述したようにNi-Si系化合物などの析出物粒子を含み得る。
本明細書において「Ni-Si系化合物」とは、主にNiとSiを含む化合物を意味し、例えばNiSi化合物であり得るがこれに限定されない。またNiおよびSi以外の不純物(例えばS等)を含んでいてもよい。
Ni-Si系化合物などの析出物粒子の有無は、以下のようにして確認してもよい。
まず、φ3mmの円盤状に、板厚方向(以下「ND」とも称する)に打ち抜いた後、電解研磨法により板厚中心付近に厚さ150~250nmのくさび型の薄膜試験片を取得し、透過電子顕微鏡(TEM)を用いて加速電圧200kV、観察倍率50000倍以上で、電解研磨を行った観察面(NDに垂直な面)において、250nm×250nmの視野領域の銅合金の結晶粒(再結晶粒)に対し、入射方位<110>として観察することにより、Ni-Si系化合物などの析出物粒子の有無を確認できる。図1Aおよび図1Bにその観察例を示す。図1Aは、後述する実施例の試験No.1の時効処理後の銅合金板のTEM像を示し、図1Bは、試験No.1の第2の冷間圧延後の銅合金板のTEM像を示す。図1Aおよび図1Bに示すように、丸で囲んだ部分にNi-Si系化合物などの析出物粒子1の存在が確認できる。なお、銅合金板が上述した成分組成である場合は、当業者であれば上記TEM観察により析出物がNi-Si系化合物であることを理解できるが、析出物を、例えばTEM-EDXにより分析することにより、析出物がNi-Si系化合物であることを直接確認してもよい。
【0025】
Ni-Si系化合物などの析出物粒子は、後述する銅合金板の製造方法のうち、400~500℃の温度で30分以上時効処理後に発生し得、その後例えば350℃超に加熱する工程がなければ、少なくとも消失することはなく、サイズも大きく変化し得ない。そのため、Ni-Si系化合物などの析出物粒子の有無の確認は、最終製品で確認してもよいし、例えば時効処理後に確認してもよい。
【0026】
<3.圧延方向および板厚方向に平行な断面から得られる電子線後方散乱回折パターンにおける(111)面の面積率が3%以上>
本発明の実施形態に係る銅合金板は、圧延方向(以下「RD」とも称する)および板厚方向に平行な断面(RD及びNDに垂直な方向をTDとしたとき、TDに垂直な断面)から得られる電子線後方散乱回折(EBSD)パターンにおける(111)面の面積率が3%以上である。ここで、本明細書におけるEBSDパターンの定義として、結晶面から±5°以内の方位のずれのものは、同一の結晶面(方位因子)に属するものとし、また隣り合う結晶粒の方位差が5°以上の結晶粒の境界を結晶粒界とする。すなわち、「圧延方向および板厚方向に平行な断面から得られるEBSDパターンにおける(111)面の面積率が3%以上」とは、「圧延方向および板厚方向に平行な断面から得られるEBSDパターンにおける(111)面と±5°以内の方位差の面の合計面積率が3%以上」を意味する。
本発明の実施形態に係る銅合金板は、上述の成分組成に調整し、上述の析出物粒子の平均粒子直径にするとともに、上記(111)面の面積率を3%以上とすることにより、十分な強度が得られるようになる。上記(111)面の面積率が3%未満であると、十分な強度が得られない。
【0027】
本発明の実施形態において、上記(111)面の面積率は以下のようにして確認する。
まず、機械加工により、圧延方向および板厚方向に平行な断面を露出させる。その後、電子線後方散乱回折装置付き走査型電子顕微鏡(SEM-EBSD装置)を用いて、当該断面のうち、1000倍~2000倍の倍率で、40μm×40μmの視野領域から、電子線後方散乱回折(EBSD)パターンを得る。なお、板厚方向の表面と中心付近では解析結果が変化し得るため、当該視野領域の板厚方向の位置については、銅合金板の板厚方向の中心±板厚×25%の範囲内とする。当該視野領域の圧延方向については、特に解析結果に影響しないため、任意の位置でよい。また、露出させる断面のTDの位置についても、特に解析結果に影響しないため、任意の位置でよい。
また、本発明者は、強度向上に有効な変形双晶が、圧延方向および板厚方向に平行な断面から得られるEBSDパターンにおいて、以下の2つのパターン(パターンAおよびパターンB)を有することを見出した。
「パターンA]
TD // <211>;
RD // <110>;および
ND // <111>

[パターンB]
TD // <110>;
RD // <211>;および
ND // <111>

上記(111)面の面積率は、上記パターンAおよびパターンBのいずれかを満足する領域の合計面積の割合とする。
【0028】
上記(111)面の面積率は、後述する銅合金板の製造方法のうち、50%以上90%未満の総圧下率で行う第2の冷間圧延後に増大し、その後350℃超に加熱する工程がなければ、少なくとも減少することはない。そのため、上記(111)面の面積率は、最終製品で確認してもよいし、第2の冷間圧延後に確認してもよい。
【0029】
本発明の実施形態に係る銅合金板の板厚は特に制限されないが、例えば100μm(すなわち0.100mm)以上20mm以下であり得る。
【0030】
本発明の実施形態に係る銅合金板は、上記要件を満足することにより十分な強度が得られる。具体的には、例えばNi含有量およびSi含有量が少ない場合(例えばNi:2.00質量%且つSi:0.50質量%)であっても、ビッカース硬さHV(荷重49.0N)を少なくとも250以上とすることができる。また、Ni含有量およびSi含有量がある程度多い場合(例えばNi:4.0質量%以上、且つSi:1.1質量%以上)、ビッカース硬さHV(荷重49.0N)を300以上とすることができる。
【0031】
<4.製造方法>
本発明の実施形態に係る銅合金板の製造方法の一例は、
(A)上記成分組成の銅合金鋳塊を用意する工程と、
(B)前記銅合金鋳塊を800~1050℃に加熱する工程と、
(C)加熱された前記銅合金鋳塊に対し、総圧下率55%以上で熱間圧延して銅合金板を得る工程と、
(D)熱間圧延された前記銅合金板に対し、第1の冷間圧延を行う工程と、
(E)第1の冷間圧延がされた前記銅合金板を溶体化処理する工程と、
(F)溶体化処理された前記銅合金板を400~500℃の温度で30分~10時間時効処理を行う工程と、
(G)時効処理された前記銅合金板に対し、50%以上90%未満の総圧下率で第2の冷間圧延を行う工程と、を含む。上記製造方法により、十分な強度が得られる銅合金板を製造できる。
以下各工程について詳述する。
【0032】
(A)銅合金鋳塊を用意する工程
まず、上記成分組成に調整した銅合金を、周知の方法で溶解、鋳造して銅合金鋳塊を用意する。例えば上記成分組成に調整した銅合金をクリプトル炉にて木炭被覆下で大気溶解した後、鋳塊を鋳造することができる。
【0033】
(B)加熱する工程
工程(A)後、銅合金鋳塊を800~1050℃に加熱する。加熱温度を800℃~1050℃にすることで、最終製品において所望の金属組織を得ることが可能となる。必要に応じて一定時間保持(例えば10分以上)してもよい。
【0034】
(C)熱間圧延する工程
工程(B)後、銅合金鋳塊に対し、総圧下率55%以上で熱間圧延する。総圧下率55%未満であると、最終製品において変形双晶が十分に成長せず、具体的には、圧延方向および板厚方向に平行な断面から得られる電子線後方散乱回折パターンにおける(111)面の面積率が3%未満となる。熱間圧延のパス回数は特に限定されない。
【0035】
圧延後の冷却は、放冷してもよいが、水冷等により急冷することが好ましい。水冷等により急冷する場合、冷却開始温度は、750~850℃とすることが好ましく、第1の冷間圧延の温度までの平均冷却速度は50~100℃/秒とすることが好ましい。このように冷却を調整することにより、NiおよびSiを固溶させやすくなり、不要な化合物の形成を抑制しやすくなる。冷却後、酸化スケールを除去するため、板厚方向の表面を切削してもよい。
【0036】
(D)第1の冷間圧延を行う工程
工程(C)後、第1の冷間圧延を行う。第1の冷間圧延をすることで、後述する溶体化処理による銅合金の再結晶粒組織を均一サイズに形成することができ、後述する第2の冷間圧延にともなう塑性変形を均一化できる。第1の冷間圧延は、例えば10℃以上200℃以下で行うことができる。第1の冷間圧延のパス回数および総圧下率は、目的とする板厚、ならびに上述の熱間圧延及び後述の第2の冷間圧延における総圧下率との関係で適宜決定すればよいが、第1の冷間圧延の総圧下率は80%以上とすることが好ましく、90%以上とすることがより好ましい。
【0037】
(E)溶体化処理する工程
工程(D)後、溶体化処理を行う。溶体化処理は、後述する時効処理によるNi-Si系化合物などの析出物を析出させ、所定の析出物粒子の平均粒子直径にするために、溶解鋳造及び/又は熱間圧延で析出し得るNi-Si系化合物を、再固溶させる条件で行う。また溶体化処理後の銅合金の結晶粒(再結晶粒)が粗大化するとその後の第2の冷間圧延による強度向上効果が得られないため、溶体化処理は、結晶粒が粗大化し過ぎない(例えば切断法による銅合金の結晶粒のサイズが150μm以下となる)条件で行う。そのため、溶体化処理は、例えば850~1050℃で10~60分保持することで行ってもよい。加熱及び保持後は、例えば室温まで平均冷却速度50~150℃/sで冷却してもよい。なお、銅合金の結晶粒(再結晶粒)のサイズは、例えば機械的方法によって表面を研磨し、科学的に腐食して金属組織を出現させて、板厚中央付近の光学顕微鏡から得られる写真により測定できる。銅合金の結晶粒(再結晶粒)のサイズは、JIS H 0501を参考に光学顕微鏡で得られる写真上で板厚方向に既知の長さ(例えば650μm)の線分によって完全に切られる結晶粒数を3箇所に沿って数え、その切断長さの平均とする。
【0038】
(F)400~500℃の温度で30分~10時間時効処理を行う工程
工程(E)後、400~500℃の温度で30分~10時間時効処理を行う。温度が400℃未満または時間が30分未満であると、析出物粒子の平均粒子直径が小さく(例えば1.0nm未満に)なる、またはNi-Si系化合物などの析出物粒子が析出しないおそれがある。一方で温度が500℃超または時間が10時間超であると加工性が低下する、及び析出物粒子の平均粒子直径が大きく(例えば4.5nm超に)なるといったおそれがある。加熱後の冷却は、特に制限されず、放冷してもよいし、水冷等により急冷してもよい。
【0039】
(G)50%以上90%未満の総圧下率で第2の冷間圧延を行う工程
工程(F)後、50%以上90%未満の総圧下率で第2の冷間圧延を行う。総圧下率が50%未満または90%以上であると変形双晶が十分に成長せず、具体的には、圧延方向および板厚方向に平行な断面から得られる電子線後方散乱回折パターンにおける(111)面の面積率が3%未満となる。また、総圧下率が90%以上であると、転位及び/又は原子空孔などの加工組織由来による散乱の影響も大きくなる等により、結果的に析出物粒子の平均粒子直径の算出精度が低下し、平均粒子直径が大きいものとして測定される場合がある。第2の冷間圧延は、例えば10℃以上200℃以下で行うことができる。
【0040】
本発明の実施形態に係る銅合金板の製造方法は、本発明の実施形態の目的を逸脱しない限り他の工程を含んでもよいが、例えば第2の冷間圧延後に他の工程を含み、当該他の工程が加熱を含む場合、所望の金属組織とするために、当該加熱温度は350℃以下である必要がある。例えば第2の冷間圧延後に、析出物の形成及び/又は再結晶をおこさず、かつ強度が低下しない条件で歪取り焼鈍を行ってもよい。
【0041】
本発明の実施形態に係る銅合金板の製造方法の一例を説明したが、本発明の実施形態に係る銅合金板の所望の特性を理解した当業者が試行錯誤を行い、本発明の実施形態に係る所望の特性を有する銅合金板を製造する方法であって、上記の製造方法以外の方法を見出す可能性がある。
【実施例0042】
以下、実施例を挙げて本発明の実施形態をより具体的に説明する。本発明の実施形態は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の実施形態の技術的範囲に包含される。
【0043】
Ni:4.0質量%およびSi:1.1質量%を含み、残部がCuおよび不可避不純物である銅合金をクリプトル炉にて木炭被覆下で大気溶解し、180mm(RD)×80mm(TD)×45mm(ND)の鋳塊を作製した。この鋳塊を900~970℃の温度範囲で30分以上加熱し、板厚20mmまで熱間圧延を行った後(すなわち総圧下率55.6%で熱間圧延した後)、750~850℃から室温まで平均冷却速度50~100℃/秒で水冷し、厚さ20mmの銅合金板(熱延材)を得た。この熱延材の表面の酸化スケールを除去するため、表面を切削した。その後、第1の冷間圧延として、室温で板厚2mmまで圧延した後、溶体化処理(850~1050℃で10~60分保持後、室温まで平均冷却速度50~150℃/sで冷却)を施した。なお本条件は、溶解鋳造及び/又は熱間圧延で析出し得るNi-Si系化合物を再固溶させる条件の一例である。溶体化処理後の切断法による銅合金の結晶粒のサイズは10~100μmであった。溶体化処理後、後述する表1に示す条件で時効処理を行った。時効処理後、後述する表1に示す条件で第2の冷間圧延を室温で行い、試料No.1~6の銅合金板(板厚0.14~1.0mm)を得た。なお、試料No.4~6は、比較のため時効処理をしなかった。
【0044】
試料No.1~6に対して、以下の方法で、Ni-Si系化合物などの析出物粒子の有無の確認、析出物粒子の平均粒子直径の測定、変形双晶の面積率の測定、ならびに銅合金板が十分な強度を有しているかの確認のために硬さ測定を行った。なお、Ni-Si系化合物などの析出物粒子の有無の確認は、時効処理後に行ったが、その後の工程は第2の冷間圧延のみであり、例えば350℃超に加熱される工程を含まないため、時効処理後に確認された析出物は、最終形態(すなわち第2の冷間圧延後)においても同様に確認されると考えられる。また、変形双晶の面積率の確認および十分な強度を有しているかの確認は、第2の冷間圧延後に行った。
【0045】
<Ni-Si系化合物などの析出物粒子の有無の確認>
各試料を、φ3mmの円盤状に、板厚方向に打ち抜いた。その後、板厚中心付近に厚さ150~250nmのくさび型の薄膜試験片を、電解薄膜法によりStruers製Tenupol-5を用いて取得した。そして、日本電子製電解放出型透過電子顕微鏡JEM-2010Fを用いて加速電圧200kV、観察倍率50000倍以上で、電解研磨を行った観察面(NDに垂直な面)において、250nm×250nmの視野領域の結晶粒(再結晶粒)に対し、入射方位<110>として観察することにより、Ni-Si系化合物などの析出物粒子の有無を確認した。
【0046】
<析出物粒子の平均粒子直径の測定>
水平型X線回折装置((株)リガク製、SmartLab)を用いたX線小角散乱法により、各試料の析出物粒子の平均粒子直径を測定した。試験片サイズは、10mm(TD)×20mm(RD)×22μm(ND)とした。なお試験片には、研磨により銅合金板の片面の最表面を削って平坦面を出した後、その裏面から厚みを調整し、22μm程度の薄片化処理を施した。当該平坦面中央付近に対し、0.5mm×10mmサイズのスリット状で波長0.154186nmのX線を垂直に入射し、入射X線に対して0.1~10度の角度で前記試験片から後方に散乱されるX線を検出し散乱強度プロファイルを得た。この時、サンプリング幅を0.02°step、ターゲットとターゲット出力をそれぞれCuと45kV、200mAとした。測定したX線散乱強度と、解析ソフト(株)リガク製粒径・空孔解析ソフトウェアNANO-Solver(Ver.3.7.3.1)を用いて得られるX線散乱強度の値が近くなるよう非線形最小2乗法によりフィッティングすることで、析出物粒子の平均粒子直径を求めた。なお、解析モデルは析出物粒子が完全な球状であると仮定し、理論式を用いて散乱強度を計算し、実験値と解析結果をフィッティングし、析出物粒子の平均粒子直径を求めた。
【0047】
<変形双晶の面積率の測定>
機械加工により、圧延方向および板厚方向に平行な断面(TDに垂直な断面)を露出させた。その後、日本電子製電子線後方散乱回折装置付き走査型電子顕微鏡(SEM-EBSD装置)を用いて、当該断面のうち、1000倍~2000倍の倍率で、40μm×40μmの視野領域から、電子線後方散乱回折(EBSD)パターンを得た。なお、当該視野領域の板厚方向の位置については、銅合金板の板厚方向の中心±板厚×25%の範囲内とした。
上記EBSDパターンにおいて、下記パターンAおよびパターンBの合計面積の割合を、変形双晶の面積率(すなわち、圧延方向および板厚方向に平行な断面から得られるEBSDパターンにおける(111)面の面積率)とした。
「パターンA]
TD // <211>;
RD // <110>;および
ND // <111>

[パターンB]
TD // <110>;
RD // <211>;および
ND // <111>
【0048】
図2Aに試験No.1のEBSDパターンを示し、図2Bに試験No.2のEBSDパターンを示し、図2Cに試験No.3のEBSDパターンを示し、図2Dに試験No.4のEBSDパターンを示し、図2Eに試験No.5のEBSDパターンを示し、図2Fに試験No.6のEBSDパターンを示す。
なお、図2A図2Fについては、(111)面に相当する部分、および(111)面のうちパターンAとパターンBの違いを理解できるように、色により結晶面の違いを識別できる原図を物件提出書として本願と同時に提出している。必要に応じてこの原図も参照されたい。原図において、着色された部分は(111)面に相当する部分であり、ピンクに着色された部分はパターンAを示し、緑に着色された部分はパターンBを示している。
【0049】
<硬さ測定>
板厚が0.4mm以上の供試材に対してはビッカース硬さ、また板厚が0.4mmを下回る供試材に対してはマイクロビッカース硬さをそれぞれ圧延方向に垂直な面に対して測定した。ビッカース硬さの測定は、JIS-Z2248に規定されている微小硬さ試験方法に準拠し、試験加重49.0N(すなわち5kgf)で測定した。
【0050】
上記測定結果を表1に示す。なお、表1において、「析出物粒子の平均粒子直径」については、上述のようにNi-Si系化合物などの析出物粒子の有無を確認して当該析出物粒子が確認された試験No.1~3の結果のみ記載した。
【0051】
【表1】
【0052】
表1の結果より、次のように考察できる。表1の試験No.1および2は、いずれも本発明の実施形態で規定する要件を満足しており、Ni:4.0質量%およびSi:1.1質量%を含む場合における十分な強度(ビッカース硬さ300以上)を有した。 一方、表2の試験No.3~6は、いずれも本発明の実施形態で規定する要件を満たしておらず、十分な強度が得られなかった。
【0053】
試験No.3は、第2の冷間圧延時の総圧下率が90%以上であったため、X線小角散乱法で測定する析出物粒子の平均粒子直径が4.5nm超となり、さらにそれに起因して変形双晶の面積率が3%未満となり、ビッカース硬さが300未満となった。
【0054】
試験No.4~6は、時効処理をしなかったため、Ni-Si系化合物などの析出物粒子が確認されず、X線小角散乱法で析出物粒子の平均粒子直径の測定値が得られない(又は小さい)と思われ、結果として、ビッカース硬さが300未満となった。
【符号の説明】
【0055】
1 析出物粒子
図1A
図1B
図2A
図2B
図2C
図2D
図2E
図2F