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特開2024-145532フェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法
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  • 特開-フェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024145532
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241004BHJP
   C22C 38/40 20060101ALI20241004BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20241004BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20241004BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/40
C22C38/60
C21D8/02 D
C21D9/46 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023057925
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】坪井 耕一
(72)【発明者】
【氏名】今川 一成
【テーマコード(参考)】
4K032
4K037
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA03
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA27
4K032AA28
4K032AA29
4K032AA30
4K032AA31
4K032AA33
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CC04
4K032CD01
4K032CD02
4K032CD03
4K032CD05
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA03
4K037EA06
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA24
4K037EA25
4K037EA26
4K037EA27
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB06
4K037EB08
4K037EB09
4K037FA02
4K037FA03
4K037FC04
4K037FC07
4K037FD01
4K037FD02
4K037FD03
4K037FD04
4K037FD05
4K037FD08
4K037JA03
(57)【要約】
【課題】高強度かつ靭性に優れるフェライト系ステンレス鋼及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明のフェライト系ステンレス鋼板は、質量%で、C:0.16%以上0.45%以下、Si:0.01%以上1.00%以下、Mn:0.01%以上1.00%以下、Cr:11.5%以上15.0%以下、Ni:0%以上0.80%以下、N:0.002%以上0.070%以下、P:0%以上0.040%以下、S:0%以上0.0300%以下、を含み、残部がFe及び不純物であり、平均結晶粒径5μm以下、かつ最大結晶粒径/平均結晶粒径で定義される粒径比が4.5以下であるフェライト母相を有し、抽出残差法によって回収される炭化物の残渣回収率が2.0mass%以上であり、さらに炭化物の平均粒子直径が0.20μm以下であることを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.16%以上0.45%以下、
Si:0.01%以上1.00%以下、
Mn:0.01%以上1.00%以下、
Cr:11.5%以上15.0%以下、
Ni:0%以上0.80%以下、
N :0.002%以上0.070%以下、
P :0%以上0.040%以下、
S :0%以上0.0300%以下
を含み、残部がFe及び不純物であり、
平均結晶粒径5μm以下、かつ最大結晶粒径/平均結晶粒径で定義される粒径比が4.5以下であるフェライト母相を有し、
抽出残差法によって回収される炭化物の残渣回収率が2.0質量%以上であり、炭化物の平均粒子直径が0.20μm以下であり、
板厚が4.0mm以上7.0mm以下である
ことを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
前記Feの一部に代えて、
質量%で、
Al:0.30%以下、
Nb:0.07%以下、
B :0.0030%以下、
Ti:0.07%以下、
Mo:0.75%以下、
V :0.30%以下、
Sn:0.12%以下、
Cu:0.40%以下、
W :1.0%以下、
Co:0.5%以下、
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、
Sb:0.15%以下
のうちの1種又は2種以上を含むことを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
硬さが240HV以上であり、0℃での衝撃値が50J/cm2以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のフェライト系ステンレス鋼を製造する方法であって、
請求項1又は2に記載の成分を有する鋼に最終パスの出側通板速度が200mpm以上かつ終了温度が975℃以下であり、前記終了温度がオーステナイト単相域である熱間圧延を実施した後、
前記熱間圧延に引続いて、600℃以上800℃以下の温度で30分以上360分以下の加熱保持を実施する
ことを備えるフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項5】
建築用途の金物部品に用いられる請求項1又は2に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
土木建築物の様式変化により、建築用途の金物部品に対しては更なる特性の向上の要望がある。建築用金物部品に適用される素材には、剛性を確保すべく必要な厚さを有すること、構造物の重量に耐えるべく高強度であること、さらに重量物が落下した際の衝撃に耐える靭性を有していること、が求められる。また素材コスト低減のため、Ni、Moなどの高価元素の含有が少ない(省合金)ことも望まれる。
【0003】
金物部品の素材には、フェライト系ステンレス鋼が使用される。なお、一般的にマルテンサイト系ステンレス鋼はフェライト系ステンレス鋼に比べて高強度を有するものの、靭性に劣る場合がある。
【0004】
特許文献1、2には、マルテンサイト系ステンレス鋼の中間素材であるフェライト系ステンレス鋼とその製造方法が提示されている。特許文献1、2は焼入後の材料特性に着目した先行技術であるが、その中間素材であるフェライト系ステンレス鋼は、厚ゲージで、建築用途の金物部品として要求される強度を備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-050386号公報
【特許文献2】特開2022-146477号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、高強度かつ靭性に優れるフェライト系ステンレス鋼及びその製造方法を提供することを課題とする。さらに言えば、建築用途の金物部品に好適な厚ゲージの鋼板及びその製造方法である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、フェライト系ステンレス鋼について鋭意検討し、所定の強度を確保したうえで、さらに靭性も確保できる金属組織の特徴を明らかにした。
【0008】
まず、フェライト系ステンレス鋼の分野では従来活用されていなかった微細なCr炭化物の粒子分散強化による高強度化が、特定の鋼成分において活用できることを見出した。そして、結晶粒微細化強化と微細なCr炭化物の粒子分散強化の併用により、必要とされる強度を確保できることを知見した。他方、フェライト母相にCr炭化物が多量に分散している状態であっても、微細であれば靭性に悪影響を及ぼさないことも見出した。なお、従来のフェライト系ステンレス鋼では拡散が容易な結晶粒界に粗大なCr炭化物が析出するため、強化には寄与せず、靭性に悪影響を及ぼす場合が多かった。
【0009】
上記に加えて、さらに、フェライト母相中に極一部の割合で存在する粗大なフェライト結晶粒が、靭性低下の要因であることも突き止めた。そして、フェライト母相の平均結晶粒径と最大結晶粒径の比として定義される粒径比(=最大結晶粒径/平均結晶粒径)を所定以下にすれば、必要な靭性を確保できることを見出した。このような効果が得られる鋼組成及び金属組織の特徴を明確にした。
【0010】
さらに、上記の有益な金属組織を得るため、その製造方法を明らかにした。本発明のフェライト系ステンレス鋼では、熱間圧延の最終パスの出側通板速度、熱間圧延の終了温度を規定し、さらに熱間圧延の終了温度をオーステナイト単相域に管理することが重要である。これにより、熱間圧延後のオーステナイトの歪分布状態が制御され、歪蓄積の高い未再結晶オーステナイトの金属組織が得られる。そして、金属組織を後工程にて加熱保持すると、Cr炭化物が微細かつ多量に析出することに加え、微細なフェライトが旧オーステナイト粒内から析出し易くなり、旧オーステナイト粒界からの粗大なフェライトの析出が抑制される。これにより、粒径比を4.5以下にすることができる。
【0011】
熱間圧延の後、引続き、加熱保持を行う。引き続きとは、熱間圧延完了後、少なくとも600℃以下に下げることなく、所定温度である600℃以上、800℃以下で30分以上、360分以下の加熱保持を行う。これにより、オーステナイトからフェライト, Cr炭化物への変態が進行して、本発明の金属組織が得られる。
【0012】
上記知見に基づいて、本発明は以下の技術を開示する。
【0013】
[1]質量%で、C:0.16%以上0.45%以下、Si:0.01%以上1.00%以下、Mn:0.01%以上1.00%以下、Cr:11.5%以上15.0%以下、Ni:0%以上0.80%以下、N:0.002%以上0.070%以下、P:0%以上0.040%以下、S:0%以上0.0300%以下を含み、残部がFe及び不純物であり、平均結晶粒径5μm以下、かつ最大結晶粒径/平均結晶粒径で定義される粒径比が4.5以下であるフェライト母相を有し、抽出残差法によって回収される炭化物の残渣回収率が2.0質量%以上であり、炭化物の平均粒子直径が0.20μm以下であり、板厚が4.0mm以上7.0mm以下であることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
【0014】
[2]前記Feの一部に代えて、質量%で、Al:0.30%以下、Nb:0.07%以下、B:0.0030%以下、Ti:0.07%以下、Mo:0.75%以下、V:0.30%以下、Sn:0.12%以下、Cu:0.40%以下、W:1.0%以下、Co:0.5%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、Sb:0.15%以下のうちの1種又は2種以上を含むことを特徴とする前記[1]のフェライト系ステンレス鋼板。
【0015】
[3]硬さが240HV以上であり、0℃での衝撃値が50J/cm2以上であることを特徴とする前記[1]又は[2]のフェライト系ステンレス鋼板。
【0016】
[4]前記[1]~[3]のいずれかのフェライト系ステンレス鋼を製造する方法であって、前記[1]又は[2]に記載の成分を有する鋼に最終パスの出側通板速度が200mpm以上かつ終了温度が975℃以下であり、前記終了温度がオーステナイト単相域である熱間圧延を実施した後、前記熱間圧延に引続いて、600℃以上800℃以下の温度で30分以上360分以下の加熱保持を実施することを備えるフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【0017】
[5]建築用途の金物部品に用いられる前記[1]~[3]のいずれかのフェライト系ステンレス鋼板。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、高強度かつ靭性に優れる、省合金のフェライト系ステンレス鋼を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】シャルピー衝撃試験に用いる試験片を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
《1.フェライト系ステンレス鋼》
以下、本発明のフェライト系ステンレス鋼に関して説明する。
【0021】
(化学成分)
まず、本発明のフェライト系ステンレス鋼に含まれる成分について説明する。なお、各元素の含有量「%」表示は「質量%」を意味する。
【0022】
(C:0.16%以上0.45%以下)
Cは、Cr炭化物の析出量に影響し、Cr炭化物による粒子分散強化量を確保するうえで必要な元素である。C含有量が0.16%未満では、炭化物の析出量が少なく、十分な粒子分散強化量を得られず、強度が不十分となる。好ましくは0.26%以上、より好ましくは0.28%以上である。一方、C含有量が0.45%を超えると、Cr炭化物が凝集粗大化して、十分な粒子分散強化量を得られず、強度が不十分となる。また靭性も不十分となる。このため、0.45%以下とする。好ましくは0.40%以下、より好ましくは0.35%以下である。
【0023】
(Si:0.01%以上1.00%以下)
Siは耐酸化性を向上させる元素である。Si含有量が0.01%未満であると十分な耐酸化性が得られないおそれがある。このため、Si含有量は0.01%以上とし、好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.15%以上である。また、過度に低下すると製造コストの増加を招く。Si含有量が1.00%を超えると、製造時の割れを助長する。このため、Si含有量は1.00%以下とし、好ましくは0.85%以下、より好ましくは0.60%以下である。
【0024】
(Mn:0.01%以上1.00%以下)
Mnは脱酸元素として用いられる。安定製造性の観点から、Mn含有量は0.01%以上とする。好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.20%以上である。一方Mn含有量が1.00%を超えると硫化物等の化合物を形成して耐食性の低下を招くおそれがある。そのためMn含有量は1.00%以下とする。好ましくは0.85%以下、より好ましくは0.70%以下である。
【0025】
(Cr:11.5%以上15.0%以下)
CrはCと結合してCr炭化物を形成する元素である。また耐食性を向上させる元素でもある。一方で熱間圧延温度においてオーステナイトが主体の金属組織とするために規制すべき元素でもある。Cr含有量が11.5%未満では、十分な耐食性が得られない。そのためCr含有量は11.5%以上とし、好ましくは12.0%以上、より好ましくは12.5%以上である。一方、Cr含有量が15.0%を超えると、熱間圧延の温度域でオーステナイトとフェライトの二相となる。そして、フェライトが、加熱保持後の金属組織において、粗大なフェライトとして作用し、靭性を低下させる。そのため、Cr含有量は15.0%以下とし、好ましくは14.5%以下、より好ましくは14.0%以下である。
【0026】
(Ni:0%以上0.80%以下)
Niは靭性を向上させる元素であり、必要に応じて添加してもよい。添加は必須ではなく、含有量の下限は0である。ただしNiは希少かつ高価な元素であるため、過剰添加は合金コストの上昇や製造性の阻害につながる。そのため、Ni含有量は0.80%以下とする。好ましくは0.60%以下、より好ましくは0.50%以下である。
【0027】
(N:0.002%以上0.070%以下)
Nは、耐食性を向上させる元素である。耐食性の観点からN含有量は0.002%以上とする。好ましくは0.009%以上、より好ましくは0.011%以上である。一方、N含有量が高すぎると、熱間加工性が著しく劣化する。そのため、N含有量は0.070%以下とする。好ましくは0.06%以下、より好ましくは0.050%以下である。
【0028】
(P:0%以上0.040%以下)
Pは成形性及び耐食性を低下させる元素である。その含有量は低い方が好ましい。そのため、P含有量は0.040%以下とする。好ましくは0.030%以下、より好ましくは0.030%以下である。Pの含有は必須ではなく、下限は0である。ただし、P含有量を過度に低下させる場合、製造コストが上昇する。そのため、P含有量は0.005%以上、0.007%以上としてもよい。
【0029】
(S:0%以上0.0300%以下)
Sは不可避的不純物元素であり、製造時の割れを助長する。そのため、S含有量は0.0300%以下とする。好ましくは0.0100%以下、より好ましくは0.0030%以下である。Sの含有は必須ではなく、下限は0である。ただし、S含有量を過度に低下させる場合、製造コストが上昇する。この観点からS含有量は、0.0003%以上としてもよい。
【0030】
(残部:Fe及び不純物)
本発明のフェライト系ステンレス鋼の残部はFe及び不純物である。ここで、不純物とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本発明のフェライト系ステンレス鋼の所望の特性を害さない範囲で許容されるものを意味する。
【0031】
本発明のフェライト系ステンレス鋼は、上記の基本組成に加えて、Feの一部に代えて、質量%で、Al:0.30%以下、Nb:0.07%以下、B:0.0030%以下、Ti:0.07%以下、Mo:0.75%以下、V:0.30%以下、Sn:0.12%以下、Cu:0.40%以下、W:1.0%以下、Co:0.5%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、Sb:0%以上0.15%以下、のうちの1種又は2種以上を含んでいてもよい。
【0032】
(Al:0.30%以下、Nb:0.07%以下、B:0.0030%以下、Ti:0.07%以下)
Al、Nb、B及びTiの元素は添加しなくてもよい。これらの元素は添加すればフェライト系ステンレス鋼の成形性を向上し、熱間加工時の疵を抑制する効果を有する。添加する際の、Al含有量は0.30%以下とし、Nb含有量は0.07%以下とし、B含有量は0.030%以下とし、Ti含有量は0.07%以下とする。上記効果を確実に得るためには、Al、Nb、Ti含有量は0.01%以上、B含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0033】
(Mo:0.75%以下、V:0.30%以下、Sn:0.12%以下、Cu:0.40%以下、W:1.0%以下、Co:0.5%以下)
Mo、V、Sn、Cu、W及びCoの元素は添加しなくてもよい。これらの元素は耐食性を向上させる効果を有する。添加する際の、Mo含有量は0.75%以下とし、V含有量は0.30%以下とし、Sn含有量は0.12%以下とし、Cu含有量は0.40%以下とし、W含有量は1.0%以下とし、Co含有量は0.50%以下とする。上記効果を確実に得るためには、Mo、V、Sn、Cu、Co含有量は0.01%以上、W含有量は0.1%以上とすることが好ましい。
【0034】
(Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、Sb:0.15%以下)
Ca、Mg及びSbの元素は添加しなくてもよい。これらの元素は酸化物や硫化物等の介在物を変化させて熱間加工疵を抑制する効果を有する。添加する際の、Ca含有量は0.0050%以下とし、Mg含有量は0.0050%以下とし、Sb含有量は0.15%以下とする。上記効果を確実に得るためには、Ca、Mg含有量は0.0001%以上、とすることが好ましい。
【0035】
本発明のフェライト系ステンレス鋼は、上述の各元素に加えて、さらに、Feの一部に代えて、上記課題を解決できる範囲で、上述の各元素以外の元素を含有していてもよい。例えば、Zr、Y、Hf、REMである。Zr:0.10%以下、Y:0.10%以下、Hf:0.20%以下、REM:0.10%以下であってよい。また、Bi、Pb、Se、H、Ta等を含有させてもよいが、これらの元素の含有量は可能な限り低減することが好ましい。これらの元素は、上記課題を解決できる限度において、その含有割合が制御され、例えば、Bi≦100ppm、Pb≦100ppm、Se≦100ppm、H≦100ppm、Ta≦500ppmの1種以上を含有してもよい。
【0036】
なお、本明細書において「REM」とは、原子番号57~71に帰属する元素(ランタノイド)を指し、例えば、Ce、Pr、Nd等であり、Yは含まれないものとする。
【0037】
(金属組織)
次に、本発明のフェライト系ステンレス鋼の金属組織について説明する。
【0038】
本発明のフェライト系ステンレス鋼の金属組織は、室温においてフェライト相と極一部の割合にとどまる、多数かつ微細な炭化物により構成される。ただし、多少であれば、フェライト相と炭化物以外の相の存在を許容できる。例えば、本発明のフェライト系ステンレス鋼は、室温において、主相であるフェライト以外の相、例えば、オーステナイトやマルテンサイトが、面積率にて、合計で5%以下含まれていても問題はない。オーステナイトの面積率(γ)(単位:[%])は、EBSDで測定した際に得られるFCC構造、BCC構造のそれぞれのプロット数F、B(単位:[個])を用いて、以下の式で求められる。
【0039】
γ=F/(F+B)×100 …(1)
【0040】
一方で、マルテンサイトの有無は、ビッカース硬さにより判断できる。マルテンサイトが5%以上存在すると、硬さが300HVを超える。ビッカース硬度計を用いて、荷重500gで10回測定し、その平均値が300HV以下であれば、マルテンサイトは無いと判定できる。
【0041】
(フェライトの平均結晶粒径:5μm以下、粒径比:4.5以下)
強度を確保するためには、フェライトの平均結晶粒径が5μm以下であることが必要である。平均結晶粒径は、4μm以下が好ましく、さらに好ましくは2.5μm以下である。平均結晶粒径の下限は特に限定されるものではないが、実績より1μm以上である。一方で平均結晶粒径が5μmを超えると、強度を確保できない可能性が高まる。さらに、フェライトの中で粒径比が平均値に対して4.5を超える結晶粒がある場合、その粗大なフェライト結晶粒が起点となり靭性が低下する原因となる。このため、最大結晶粒径/平均結晶粒径で定義される粒径比が4.5以下であることが必要である。同粒径比は、4.0以下が好ましく、さらに好ましくは3.5以下である。
【0042】
フェライトの平均結晶粒径(Dave.[μm])は以下の方法で求める。まず電解研磨により試料調整した鋼板のL断面をEBSDにより測定する。測定領域は、板厚1/4tの位置で、300μm×300μmとし、測定のステップサイズは0.1μmとする。そして、測定データを解析ソフトウエア「OIM」を使用して解析する。隣接するプロットデータ同士の結晶方位差が15°未満であれば、それらを同一結晶粒とみなし、15°以上の方位差があれば、異なる結晶粒とみなす。なお測定領域にフェライト以外の相が含まれる場合には、フェライトのみ抽出して算出する。一方、粒径比(R)は式(2)に示す値と定義する。ここでの最大結晶粒径(Dmax[μm])は、前記の測定データの最大値とする。
【0043】
R=Dmax/Dave. …(2)
【0044】
(Cr炭化物の平均粒子直径:0.20μm以下、残渣回収率:2.0質量%以上)
【0045】
強度を確保するためには所定サイズ以下かつ所定量以上の、Cr炭化物が析出していることが必要であり、本発明のフェライト系ステンレス鋼に添加されているCは、ほぼ全量がCr炭化物として存在している。一方で、Cr炭化物のサイズ又は析出量のどちらか一方でも所定範囲を満足しないときは強度を確保できない。なお、Cr炭化物は、Cr236をはじめとして、いかなる組成でもよい。
【0046】
Cr炭化物の平均粒子直径は0.20μm以下とする。平均粒子直径は、0.15μm以下が好ましく、さらに好ましくは0.10μm以下である。一方、平均粒子直径の下限は特に限定されるものではないが、実績より0.01μm以上である。一方で平均粒子直径が0.20μmを超えると、強度を確保できない。フェライト系ステンレス鋼では拡散が容易な結晶粒界に粗大なCr炭化物が析出することも多く、その場合、強化に寄与せず、靭性にも悪影響を及ぼす。
【0047】
Cr炭化物の平均粒子直径は以下の方法で特定する。まず鋼板のL断面を鏡面研磨後、電解研磨による試料調整により粒界とCr炭化物を現出させ、SEM観察によりCr炭化物のサイズ及び個数密度を測定する。測定領域は板厚1/4t位置で総面積が200μm×200μmとし、観察倍率は5000倍でSEM観察する。Cr炭化物のサイズは、観察したCr炭化物を円相当直径に換算して、この値を平均粒子直径とする。なお、本発明のフェライト系ステンレス鋼で確認されるCr炭化物は、(Cr,Fe)236が大半であるが、一部に(Cr,Fe)73を含んでいてもよい。Cr炭化物はEDXにより確認できる。
【0048】
Cr炭化物の析出量は、抽出残渣法により回収したときに、残渣回収率で2.0質量%以上であることが必要である。Cr炭化物の残渣回収率は6.0質量%以上が好ましく、さらに好ましくは10.0質量%以上である。一方で残渣回収率が2.0質量%未満であると、強度を確保できない。
【0049】
残渣回収率は以下の方法で特定する。板厚(t[mm])の鋼板に対して、鋼板の両表面から板厚1/4tにかけての部位を切削し、30mmL×20mmw×1/2tの試料を用意する。そして、抽出残渣は非溶媒電解液(10%アセチルアセトン-1%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)を用いて定電流電解法により採取する。なお残渣フィルターのサイズは0.2μmを使用する。ここで、Cr炭化物の残渣回収率(W[mass%])は式(2)で求まる値と定義する。ここで、g[g]、G[g]はそれぞれ残渣フィルターに回収された残渣重量、抽出残渣前後での試料の重量変化を表す。
【0050】
W=g/G×100 …(3)
【0051】
本発明のフェライト系ステンレス鋼において得られる残渣物は、(Cr,Fe)236が大半であるが、一部に(Cr,Fe)73を含んでいてもよい。残渣物を構成する物質はXRDで確認できる。
【0052】
(硬さ)
本発明のフェライト系ステンレス鋼の硬さは、本発明材の主たる適用先である建築用金物部品に必要な強度を考慮し、240HV以上であることが好ましい。硬さはビッカース硬度計により板厚1/4t位置の断面硬さを測定することで求める。本発明においては、試験荷重500gで10回の測定を行って、平均値を硬さとする。
【0053】
(靭性)
本発明のフェライト系ステンレス鋼は、本発明材の主たる適用先である建築用金物部品に必要な靭性を考慮し、0℃での衝撃値が50J/cm2以上であることが好ましい。0℃での衝撃値は、JIS Z2242に準じたシャルピー衝撃試験を0℃で実施して求める。試験片は55mm×10mm×板厚の2mmVノッチ試験片(図1)とする。サンプルのL方向と試験片の長手(55mm)が一致するように採取し、N5で試験を行う。靭性は、吸収エネルギーを断面積で除して求まる衝撃値により、衝撃値のN5平均で評価する。
【0054】
(板厚)
本発明のフェライト系ステンレス鋼の板厚は、本発明材の主たる適用先である建築用金物部品で求められる剛性の観点から、4.0mm以上とする。4.5mm以上が好ましく、5.0mm以上がより好ましい。また、靭性の観点から、7.0mm以下とする。6.5mm以下が好ましく、より好ましくは6.0mm以下である。
【0055】
《2.フェライト系ステンレス鋼の製造方法》
本発明のフェライト系ステンレス鋼の製造方法について説明する。
【0056】
はじめに、前記の組成からなる鋼を溶製し、鋳造して鋳塊を製造する。そして、鋳塊に対し加熱を行う。加熱温度はステンレス鋼製造において一般的な条件で問題ない。加熱温度は1150℃以上、好ましくは1180℃以上、より好ましくは1200℃以上である。上限は特に限定しない。ただし、加熱温度が過度に高い場合、酸洗後の鋼板表面にムラ模様が発生する懸念がある。この観点から加熱温度は、1350℃以下が好ましい。
【0057】
(熱間圧延)
次いで、加熱した鋳塊に熱間圧延を行う。本発明のフェライト系ステンレス鋼では、熱間圧延の最終パスの出側通板速度が200mpm以上に管理されることが重要である。最終パスの出側通板速度は、好ましくは250mpm以下、より好ましくは350mpm以上である。上限は特に限定はしないが、実績より500mpm以下である。さらに、熱間圧延の終了温度も975℃以下に管理されることが重要である。終了温度は、好ましくは950℃以下、より好ましくは925℃以下である。また、熱間圧延時の終了温度は、オーステナイト単相域に管理されることも重要である。オーステナイト単相とはオーステナイト相が95%以上であり、さらに好ましくは97%以上である。残部はフェライトやCr炭化物などの化合物である。
【0058】
熱間圧延の最終パスの出側通板速度、終了温度が上記の条件を満足するとき、熱間圧延後のオーステナイトの歪分布状態が制御され、歪蓄積の高い未再結晶オーステナイトの金属組織が得られる。そして、この金属組織を後工程にて加熱保持すると、微細かつ多量のCr炭化物が析出することに加え、旧オーステナイト粒内から微細なフェライトが析出し易くなり、旧オーステナイト粒界からの粗大なフェライトの析出が抑制される。これにより、粒径比を4.5以下にすることができる。一方、熱間圧延の最終パスの出側通板速度、終了温度、金属組織のいずれかの要件が一つでも満たされていない場合には、熱間圧延後のオーステナイトの歪蓄積が不十分となり、加熱保持の際に粗大なフェライトが旧オーステナイト粒界から析出して、粒径比が4.5を超える。
【0059】
(加熱保持)
熱間圧延の完了後、引続き、加熱保持を行う。ここでの「引続き、加熱保持を行う」とは、熱間圧延~加熱保持の工程の間に意図的な冷却をすることなしに、600℃未満に冷却することなく、熱延圧延後に得られた素材を加熱炉へ挿入することを意味する。なお、最終パスの出側通板速度、熱間圧延の終了温度が所定以上に管理されていたとしても、従来のフェライト系ステンレス鋼の製造法において一般的な製造工程、すなわち、熱間圧延後に室温まで一旦冷却し、再昇温して加熱保持する熱履歴である場合には、再昇温に長時間を要するため、フェライト結晶粒及びCr炭化物が粗大化する。
【0060】
加熱保持の温度が600℃未満であると、オーステナイトからフェライト、Cr炭化物への変態が不十分となり、加熱保持後に室温まで冷却した際、Cr炭化物の析出量が不十分となる。また、硬質なマルテンサイトを多く含む金属組織となり、後工程の通板時に板破断を生じる懸念がある。一方で、800℃を超えるとオーステナイトからフェライト、Cr炭化物への変態が不十分となり、加熱保持後に室温まで冷却した際、Cr炭化物の析出量が不十分となる。また加熱保持の時間が30分未満であると、オーステナイトからフェライト、Cr炭化物への変態が不十分となり、加熱保持を行って室温まで冷却した際、Cr炭化物の析出量が不十分となる。また、硬質なマルテンサイトを多く含む金属組織となり、後工程の通板時に板破断を生じる懸念がある。一方で、360分を超えて加熱保持すると、Cr炭化物の平均粒子径が粗大になる。したがって、加熱保持は、600℃以上800℃以下の温度で30分以上360分以下の保持を行う。好ましくは、650℃以上770℃以下の温度で60分以上300分以下である。さらに好ましくは、700℃以上760℃以下の温度で120分以上240分以下である。加熱保持後の冷却速度については、特に限定されるものではない。例えば、0.05℃/s以上の冷却速度としてもよいし、空冷してもよい。
【0061】
加熱保持が完了した後、酸洗を行い、鋼板を得る。酸洗は表面の酸化スケールを除去する工程であり、ステンレス鋼の製造において一般的な方法で問題ない。
【実施例0062】
実施例を示しつつ、本発明のフェライト系ステンレス鋼板の効果を説明する。
【0063】
表1に示す組成の鋼を溶製し、厚さ100mmの鋳塊を得た。この鋳塊を1230℃で100分間加熱した後、表2に示す条件にて熱間圧延を行い、種々板厚の熱間圧延板を得た。引続いて、熱間圧延板を表2に示す条件で加熱保持した後、空冷した。さらに、硫酸酸洗を実施し、鋼板を得た。比較として、No.26として、熱間圧延後に室温まで一旦冷却し、再度昇温して加熱保持する熱履歴の工程も行った。
【0064】
得られた鋼板について、前述の方法に従い、フェライト母相の平均結晶粒径、粒径比、抽出残渣法によって回収されるCr炭化物の平均粒子直径、残渣回収率、硬さ、0℃における衝撃値を測定した。その結果、硬さが240HV以上であれば、必要な強度を満足すると判定した。また、0℃における衝撃値(N5平均)が50J/cm2以上であれば、必要な靭性を有していると判断した。
【0065】
表2に結果を示す。フェライトの平均結晶粒径, 粒径比、Cr炭化物の平均粒子直径, 残渣回収率が所定範囲にあるNo.1~16は、必要な強度及び靭性を備えていることがわかる。上記に対して、熱間圧延の出側通板速度が所定未満であったNo.21は、粒径比が所定よりも大きく、靭性が不十分であった。熱間圧延の終了温度が所定よりも大きかったNo.22は、粒径比が所定よりも大きく、靭性が不十分であった。添加C, Crが過少であったNo.23は、Cr炭化物の残渣回収率が所定未満で、強度が不十分であった。また熱間圧延の終了温度でオーステナイトとフェライトの二相となるため、粒径比が所定よりも大きく、靭性も不十分であった。添加Cが過多のNo.24は、Cr炭化物が凝集粗大化し、強度が不十分であった。また、靭性も不十分であった。板厚が所定を超えるNo.25は、本発明の金属組織であったが、靭性が不十分であった。熱間圧延の終了後に室温まで一旦冷却し、さらに再度昇温して加熱保持した熱履歴を有するNo.26は、フェライトの平均結晶粒径、Cr炭化物の平均粒子直径ともに所定よりも大きく、強度及び靭性が不十分であった。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の省合金フェライト系ステンレス鋼は、高強度及び高靭性を兼ね備える。一例として、建築用途の金物部品のさらなる耐荷重、耐衝撃性の向上に寄与できる。
図1