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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024145542
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】高クロム鋳鉄
(51)【国際特許分類】
   C22C 37/06 20060101AFI20241004BHJP
   C21D 5/00 20060101ALN20241004BHJP
【FI】
C22C37/06 Z
C21D5/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023057939
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000165974
【氏名又は名称】古河機械金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【弁理士】
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】上田 博之
(72)【発明者】
【氏名】太田 和行
(72)【発明者】
【氏名】郭 俊清
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性が向上した高クロム鋳鉄を提供する。
【解決手段】C、CrおよびFeを含む高クロム鋳鉄であって、前記Cの含有量が4.0質量%以上7.0質量%以下であり、前記Crの含有量が15.0質量%以上40.0質量%以下であり、前記Feの含有量が48.0質量%以上81.0質量%以下であり、共晶組織と、炭化物相を含む初晶組織とを含み、前記初晶組織の平均径が30μm以下である、高クロム鋳鉄。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C、CrおよびFeを含む高クロム鋳鉄であって、
前記Cの含有量が4.0質量%以上7.0質量%以下であり、
前記Crの含有量が15.0質量%以上40.0質量%以下であり、
前記Feの含有量が48.0質量%以上81.0質量%以下であり、
共晶組織と、炭化物相を含む初晶組織とを含み、
下記方法1による、前記初晶組織の平均径が30μm以下である、高クロム鋳鉄。
(方法1)
前記高クロム鋳鉄を研磨することによって組織観察用試験片を作製し、次いで、前記組織観察用試験片の研磨面を電子顕微鏡(SEM)により観察し、次いで、得られたSEM写真を画像処理ソフトウェアにより解析することにより、前記初晶組織の平均径を求める。
【請求項2】
前記共晶組織が前記初晶組織を取り囲んでいる、請求項1に記載の高クロム鋳鉄。
【請求項3】
下記方法2による、前記初晶組織の面積比率Xが30%以上である、請求項1または2に記載の高クロム鋳鉄。
(方法2)
前記高クロム鋳鉄を研磨することによって組織観察用試験片を作製し、次いで、前記組織観察用試験片の研磨面を電子顕微鏡(SEM)により観察し、次いで、得られたSEM写真を画像処理ソフトウェアにより解析することにより、前記初晶組織の面積比率Xを求める。
【請求項4】
前記Cの含有量が4.1質量%以上5.5質量%以下であり、前記Crの含有量が20.0質量%以上35.0質量%以下である、請求項1または2に記載の高クロム鋳鉄。
【請求項5】
前記Cの含有量が4.2質量%以上5.0質量%以下であり、前記Crの含有量が23.0質量%以上32.0質量%以下である、請求項1または2に記載の高クロム鋳鉄。
【請求項6】
前記Cの含有量が4.3質量%以上4.8質量%以下であり、前記Crの含有量が25.0質量%以上30.0質量%以下である、請求項1または2に記載の高クロム鋳鉄。
【請求項7】
前記Feの含有量が55.0質量%以上76.0質量%以下である、請求項1または2に記載の高クロム鋳鉄。
【請求項8】
SiおよびMnからなる群から選択される一種または二種の元素をさらに含む、請求項1または2に記載の高クロム鋳鉄。
【請求項9】
前記Siの含有量が0質量%超え2.0質量%以下である、請求項8に記載の高クロム鋳鉄。
【請求項10】
前記Mnの含有量が0質量%超え5.0質量%以下である、請求項8に記載の高クロム鋳鉄。
【請求項11】
Mo、W、Nb、V、Co、Ni、Cu、Ti、Bおよび希土類元素からなる群から選択される一種または二種以上の元素をさらに含む、請求項1または2に記載の高クロム鋳鉄。
【請求項12】
ロックウェル硬度HRCが55以上である、請求項1または2に記載の高クロム鋳鉄。
【請求項13】
下記方法3による摩耗率が3.5質量%以下である、請求項1または2に記載の高クロム鋳鉄。
(方法3)
前記高クロム鋳鉄からなる縦40mm×横22mm×高さ6mm(Φ8mmボルト穴付)の試験片を作製する。次いで、SiOと水の質量比が1:2のSiOと水の混合物をスラリーとし、前記試験片をスラリーにセットし、スラリーの温度を20℃とし、2000rpmの速度で前記試験片を回転させ、前記試験片の周速度10.5m/sで摩耗試験を行う。次いで、試験時1時間毎にスラリーを新しく交換し、12時間後における前記試験片の初期質量からの変化量を、前記試験片の初期質量で除することにより、摩耗率を算出する。
【請求項14】
下記方法4による衝撃値が1.0J/cm以上である、請求項1または2に記載の高クロム鋳鉄。
(方法4)
前記高クロム鋳鉄からなる縦50mm×横10mm×高さ10mmのノッチ部付き試験片(ノッチ形状:Uノッチ、ノッチサイズ:深さ2mm、先端R1.0mm、ノッチ位置:縦方向の中央部)を作製する。次いで、衝撃試験を20℃で実施し、JIS Z2242:2018に準拠し、振り子式のハンマーにより試験片に衝撃荷重を与えて破壊したときのエネルギーE(J)から衝撃値C(=E/A:Aは試験片のノッチ部の断面積(cm))を求める。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高クロム鋳鉄に関する。
【背景技術】
【0002】
高クロム鋳鉄は、主要構成元素が鉄(Fe)、カーボン(C)、およびクロム(Cr)であり、高硬度の炭化物とそれを取り囲むマトリックス組織からなり、耐摩耗性に優れた材料である。
このような高クロム鋳鉄に関する技術としては、例えば、以下の特許文献1~5に記載のものが挙げられる。
【0003】
特許文献1(特開2001-49381号公報)には、C:3.8~4.5%、Si:1.0%以下、Mn:1.5%以下、Cr:10.0~20.0%、Mo:3.0~4.5%、W:3.0~4.0%、Nb:3.0~5.0%、(何れも重量%)および不可避的不純物の元素を含み残部が実質的にFeの高Cr鋳鉄よりなり、最適な熱処理温度で加熱保持した後、焼入れ処理を施してロックウェル硬度C(HRC)69またはショア硬度(Hs)100以上の高硬度を具えると共に、前記WおよびNbの炭化物形成作用により補正したC重量%とCr重量%の関係においてFe-Cr-C系の炭化物共晶線より常に低C側の亜共晶範囲に含まれることを特徴とする耐摩耗合金鋳鉄材が記載されている。
そして、特許文献1には、前記耐摩耗合金鋳鉄材が、本来の耐摩耗性向上については定評のある過共晶の範囲に入りながら、靭性を失わない亜共晶範囲とほぼ実質的に同じ靭性を保って、極めて高硬度のW、Nb炭化物を形成する効果と、比較的安定した亜共晶範囲の基地強度とを並立させ、かつ、微細なCr炭化物を分散析出させた理想的な耐摩耗部材を提供する効果があると記載されている。
【0004】
特許文献2(特開2003-286537号公報)には、C2.4~3.5wt%、Si0.5~1.5wt%、Mn0.5~2.5wt%、Cr14~21wt%、Mo2~4wt%、Ni0.5~2.5wt%、および残部がFeと不可避不純物からなり、硬さ62~67HRC、残留応力-200~200MPaであることを特徴とする大物用高クロム鋳鉄鋳物が、耐用寿命を長くし、かつ、使用中の破損を防止し得ると記載されている。
【0005】
特許文献3(特開2008-75108号公報)には、質量%で、C:1.6~3%、Si:0.3~2%、Mn:0.3~2%、Cr:6~15%、Mo:2~8%、V:4~8%、Nb:0.5~4.0%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、焼入れ焼戻処理を施されてなることを特徴とする耐摩耗部材用鋳物によれば、従来の高クロム鋳鉄や高マンガン鋳鋼に比べて格段に優れた耐摩耗性を有し、さらに高クロム鋳鉄よりも高い強度と優れた靭性とを兼備する、耐摩耗部材用として好適な耐摩耗性鋳物を安価にしかも容易に製造でき、産業上格段の効果を奏すると記載されている。
【0006】
特許文献4(特開2012-219346号公報)には、マンガンの含有量が2.15重量%~3.5重量%である高クロム鋳鉄が、耐摩耗性を向上できると記載されている。
【0007】
特許文献5(特開2013-237904号公報)には、質量%でC3.0~3.4%、Si0.3~1.0%、Mn0.5~1.2%、Cr16~20%、Mo0.3~1.0%、5×Mo%≧Ni%≧2×Mo%、および残部がFeと不可避不純物からなり、製品肉厚が1~6インチであることを特徴とする高クロム耐摩耗鋳鉄が、Moの省資源、コストダウンを図ることができると共に、鋳物製品の内部まで均一な硬さとなるように焼入れすることが可能になったため、鋳物製品の耐久性が向上すると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001-49381号公報
【特許文献2】特開2003-286537号公報
【特許文献3】特開2008-75108号公報
【特許文献4】特開2012-219346号公報
【特許文献5】特開2013-237904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、耐摩耗性が向上した高クロム鋳鉄を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を達成するために鋭意検討を重ねた。その結果、C、CrおよびFeを特定の比率で含む高クロム鋳鉄であって、炭化物相を含む初晶組織の平均径が特定の範囲にあることにより、高クロム鋳鉄の耐摩耗性を向上できることを見出して、本発明を完成させた。
【0011】
本発明によれば、以下に示す高クロム鋳鉄が提供される。
【0012】
[1]
C、CrおよびFeを含む高クロム鋳鉄であって、
前記Cの含有量が4.0質量%以上7.0質量%以下であり、
前記Crの含有量が15.0質量%以上40.0質量%以下であり、
前記Feの含有量が48.0質量%以上81.0質量%以下であり、
共晶組織と、炭化物相を含む初晶組織とを含み、
下記方法1による、前記初晶組織の平均径が30μm以下である、高クロム鋳鉄。
(方法1)
前記高クロム鋳鉄を研磨することによって組織観察用試験片を作製し、次いで、前記組織観察用試験片の研磨面を電子顕微鏡(SEM)により観察し、次いで、得られたSEM写真を画像処理ソフトウェアにより解析することにより、前記初晶組織の平均径を求める。
[2]
前記共晶組織が前記初晶組織を取り囲んでいる、前記[1]に記載の高クロム鋳鉄。
[3]
下記方法2による、前記初晶組織の面積比率Xが30%以上である、前記[1]または[2]に記載の高クロム鋳鉄。
(方法2)
前記高クロム鋳鉄を研磨することによって組織観察用試験片を作製し、次いで、前記組織観察用試験片の研磨面を電子顕微鏡(SEM)により観察し、次いで、得られたSEM写真を画像処理ソフトウェアにより解析することにより、前記初晶組織の面積比率Xを求める。
[4]
前記Cの含有量が4.1質量%以上5.5質量%以下であり、前記Crの含有量が20.0質量%以上35.0質量%以下である、前記[1]~[3]のいずれかに記載の高クロム鋳鉄。
[5]
前記Cの含有量が4.2質量%以上5.0質量%以下であり、前記Crの含有量が23.0質量%以上32.0質量%以下である、前記[1]~[4]のいずれかに記載の高クロム鋳鉄。
[6]
前記Cの含有量が4.3質量%以上4.8質量%以下であり、前記Crの含有量が25.0質量%以上30.0質量%以下である、前記[1]~[5]のいずれかに記載の高クロム鋳鉄。
[7]
前記Feの含有量が55.0質量%以上76.0質量%以下である、前記[1]~[6]のいずれかに記載の高クロム鋳鉄。
[8]
SiおよびMnからなる群から選択される一種または二種の元素をさらに含む、前記[1]~[7]のいずれかに記載の高クロム鋳鉄。
[9]
前記Siの含有量が0質量%超え2.0質量%以下である、前記[8]に記載の高クロム鋳鉄。
[10]
前記Mnの含有量が0質量%超え5.0質量%以下である、前記[8]または[9]に記載の高クロム鋳鉄。
[11]
Mo、W、Nb、V、Co、Ni、Cu、Ti、Bおよび希土類元素からなる群から選択される一種または二種以上の元素をさらに含む、前記[1]~[10]のいずれかに記載の高クロム鋳鉄。
[12]
ロックウェル硬度HRCが55以上である、前記[1]~[11]のいずれかに記載の高クロム鋳鉄。
[13]
下記方法3による摩耗率が3.5質量%以下である、前記[1]~[12]のいずれかに記載の高クロム鋳鉄。
(方法3)
前記高クロム鋳鉄からなる縦40mm×横22mm×高さ6mm(Φ8mmボルト穴付)の試験片を作製する。次いで、SiOと水の質量比が1:2のSiOと水の混合物をスラリーとし、前記試験片をスラリーにセットし、スラリーの温度を20℃とし、2000rpmの速度で前記試験片を回転させ、前記試験片の周速度10.5m/sで摩耗試験を行う。次いで、試験時1時間毎にスラリーを新しく交換し、12時間後における前記試験片の初期質量からの変化量を、前記試験片の初期質量で除することにより、摩耗率を算出する。
[14]
下記方法4による衝撃値が1.0J/cm以上である、前記[1]~[13]のいずれかに記載の高クロム鋳鉄。
(方法4)
前記高クロム鋳鉄からなる縦50mm×横10mm×高さ10mmのノッチ部付き試験片(ノッチ形状:Uノッチ、ノッチサイズ:深さ2mm、先端R1.0mm、ノッチ位置:縦方向の中央部)を作製する。次いで、衝撃試験を20℃で実施し、JIS Z2242:2018に準拠し、振り子式のハンマーにより試験片に衝撃荷重を与えて破壊したときのエネルギーE(J)から衝撃値C(=E/A:Aは試験片のノッチ部の断面積(cm))を求める。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐摩耗性が向上した高クロム鋳鉄を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】初晶組織の径を説明するための図である。
図2】実施例1~3で得られた高クロム鋳鉄の組織を示す図である。
図3】比較例1~3で得られた高クロム鋳鉄の組織を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について説明する。数値範囲を示す「~」は特に断りがなければ「以上」から「以下」を表す。
【0016】
[高クロム鋳鉄]
本発明の高クロム鋳鉄は、C、CrおよびFeを含み、前記Cの含有量が4.0質量%以上7.0質量%以下であり、前記Crの含有量が15.0質量%以上40.0質量%以下であり、前記Feの含有量が48.0質量%以上81.0質量%以下であり、共晶組織と、炭化物相を含む初晶組織とを含み、下記方法1による、前記初晶組織の平均径が30μm以下である。
(方法1)
前記高クロム鋳鉄を研磨することによって組織観察用試験片を作製し、次いで、前記組織観察用試験片の研磨面を電子顕微鏡(SEM)により観察し、次いで、得られたSEM写真を画像処理ソフトウェアにより解析することにより、前記初晶組織の平均径を求める。
ここで、図1は、初晶組織の径(l)を説明するための図である。本明細書では、図1に示すように、初晶組織の径は、初晶組織の短軸方向に直交する面間の最大距離すなわち短軸方向の最大距離を示す。
初晶組織の平均径は、初晶組織を任意に50個選択し、それらの初晶組織の径をそれぞれ測定する。初晶組織の径の全てを積算して個数で除したものを平均径とする。ここで、任意に選択する初晶組織は、図1に示すように、短軸と長軸を明確に判断できるものを選択する。
【0017】
例えば、建設機械、窯業、砕石、採鉱、電力、浚渫等の設備や産業用機械においては、取り扱う原料や素材と接触または擦過する部材の摩耗が著しいため、このような部材に用いられる材料には耐摩耗性のさらなる向上が求められている。
既知の技術では、最近の耐摩耗部材への厳しい要求特性を満足できるほどの耐摩耗性を確保できず、部材の摩耗が速いという問題がある。
【0018】
既知の高クロム鋳鉄は、凝固組織から分類すると、オーステナイト相を初晶組織とする亜共晶合金と、炭化物相を初晶組織とする過共晶合金の2種類がある。高クロム鋳鉄は、耐摩耗性の部品として、一般的に、焼入れ熱処理によりオーステナイト相をマルテンサイト相に相変態させ、マルテンサイト相と炭化物相の相構成の状態で使われるケースが多い。これは、マルテンサイト相と炭化物相の両方が硬い、耐摩耗性に強い特徴を利用するためである。
亜共晶合金の高クロム鋳鉄は、焼入れ熱処理により、初晶組織のオーステナイト相と共晶組織中のオーステナイト相がマルテンサイト相に相変態し、共晶組織中の炭化物相の相構造は変わらないため、焼入れ熱処理後の組織が初晶のオーステナイト相から生成したマルテンサイト相、共晶組織中のオーステナイト相から生成したマルテンサイト相、および共晶組織中の炭化物相からなる。
一方、過共晶合金の高クロム鋳鉄は、焼入れ熱処理により、共晶組織中のオーステナイト相がマルテンサイト相に相変態し、初晶組織の炭化物相と共晶組織中の炭化物相の相構造が変わらず、焼入れ熱処理後の組織が共晶組織中のオーステナイト相から生成したマルテンサイト相、共晶組織中の炭化物相および初晶組織の炭化物相からなる。
ここで、本発明者らは、過共晶合金の高クロム鋳鉄において、炭化物相を含む初晶組織の平均径と耐摩耗性との間に関連性を有することを見出した。
すなわち、本実施形態の高クロム鋳鉄によれば、C、CrおよびFeを上記比率で含み、炭化物相を含む初晶組織の平均径が上記範囲にあることにより、耐摩耗性を向上できる。
【0019】
ここで、共晶組織、亜共晶組織、過共晶組織に関する一般的な説明を補足する。
共晶組織は合金などが凝固するときの凝固形態(結晶組織)の一つで、液相Lが分解して、固相αと固相βを同時に形成したときにできる結晶である。共晶組織ができる反応、すなわち、L→α+βを共晶反応という。共晶反応の組成、温度を共晶点と呼ぶ。共晶反応の固相αと固相βはお互いに隣り合って形成するので、共晶組織はα相とβ相の二相がお互いに囲みあい、絡み合い、均一的に分散する特徴を有する。
共晶組織の一例としては、FeとCの二元合金系の共晶点は組成がFe95.8質量%C4.2質量%で、温度が1153℃である。共晶組成Fe95.8質量%C4.2質量%の液相Lは1153℃以下の温度で分解し、共晶組織のオーステナイト相と炭化物相を形成する。結果的にオーステナイト相と炭化物相はお互いに囲みあい、絡み合い、均一的に分散する。
亜共晶組織は合金などが凝固するときの凝固形態(結晶組織)の一つである。亜共晶組成が共晶点の左側にある。まず、亜共晶組成の液相Lから初晶と呼ばれる固相α相が晶出し、初晶α相の晶出に伴って、液相Lの組成が共晶点の組成に変化していく。液相Lの組成は、共晶点の組成になったとき、共晶点組成の液相Lが分解して、共晶組織の固相αと固相βを同時に形成する。初晶α相と共晶組織からなる組織が亜共晶組織と定義される。
過共晶組織は合金などが凝固するときの凝固形態(結晶組織)の一つである。過共晶組成が共晶点の右側にある。まず、過共晶組成の液相Lから初晶と呼ばれる固相β相が晶出し、初晶β相の晶出に伴って、液相Lの組成が共晶点の組成に変化していく。液相Lの組成は、共晶点の組成になったとき、共晶点組成の液相Lが分解して、共晶組織の固相αと固相βを同時に形成する。初晶β相と共晶組織からなる組織が過共晶組織と定義される。
亜共晶組織と過共晶組織は共晶組織に対するもので、共晶点の左側にある組成、すなわち亜共晶組成が共晶組織以外に初晶α相が存在し、共晶点の右側にある組成、すなわち過共晶組成が共晶組織以外に初晶β相が存在する。FeとCの二元合金系を例として、共晶点の組成、すなわち共晶組成はFe95.8質量%C4.2質量%であり、C<4.2質量%の亜共晶組成が初晶のオーステナイト相と共晶組織から構成され、亜共晶組織を有する。一方、組成C>4.2質量%の過共晶組成が初晶の炭化物相と共晶組織から構成され、過共晶組織を有する。
【0020】
本実施形態の高クロム鋳鉄において、前記初晶組織の平均径は30μm以下であるが、本実施形態の高クロム鋳鉄の耐摩耗性および耐食性の性能バランスをより向上させる観点から、好ましくは28μm以下、より好ましくは25μm以下、さらに好ましくは23μm以下である。前記初晶組織の平均径は小さいほど好ましいため、前記初晶組織の平均径の下限値は特に限定されないが、例えば、0.1μm以上であり、1μm以上であってもよく、3μm以上であってもよく、5μm以上であってもよく、10μm以上であってもよい。
ここで、本実施形態の高クロム鋳鉄において、前記初晶組織の平均径を上記範囲内に調整するためには、例えば、鋳造工程において、各原料とともに微細化剤を添加すること、本実施形態の高クロム鋳鉄の各成分の含有割合を適切に調整すること、鋳造工程における鋳込温度を後述する特定の温度に調整すること等が重要となる。
【0021】
本実施形態の高クロム鋳鉄において、下記方法2による、前記初晶組織の面積比率Xは、本実施形態の高クロム鋳鉄の耐摩耗性・耐食性をより向上させる観点から、好ましくは30%以上、より好ましくは35%以上、さらに好ましくは40%以上である。
前記初晶組織の面積比率Xの上限値は特に限定されないが、例えば、80%以下であり、70%以下であってもよく、60%以下であってもよく、50%以下であってもよい。
(方法2)
前記高クロム鋳鉄を研磨することによって組織観察用試験片を作製し、次いで、前記組織観察用試験片の研磨面を電子顕微鏡(SEM)により観察し、次いで、得られたSEM写真を画像処理ソフトウェアにより解析することにより、前記初晶組織の面積比率Xを求める。
【0022】
本実施形態の高クロム鋳鉄において、高クロム鋳鉄の耐摩耗性および耐食性の性能バランスをより向上させる観点から、前記共晶組織が前記初晶組織を取り囲んでいることが好ましい。
【0023】
本実施形態の高クロム鋳鉄において、高クロム鋳鉄の耐摩耗性および耐食性の性能バランスをより向上させる観点から、前記共晶組織は前記オーステナイト相が冷却して形成されたマルテンサイト相と前記炭化物相により構成されることが好ましい。
【0024】
本実施形態の高クロム鋳鉄のロックウェル硬度HRCは、高クロム鋳鉄の耐摩耗性および耐食性の性能バランスをより向上させる観点から、好ましくは55以上、より好ましくは57以上、さらに好ましくは60以上、さらに好ましくは63以上、さらに好ましくは64以上、さらに好ましくは66以上である。
また、前記ロックウェル硬度HRCの上限値は特に限定されないが、例えば、100以下であり、90以下であってもよく、80以下であってもよく、75以下であってもよく、70以下であってもよい。
【0025】
本実施形態の高クロム鋳鉄の、下記方法3による摩耗率は、高クロム鋳鉄の耐摩耗性をより向上させる観点から、好ましくは3.5質量%以下、より好ましくは3.3質量%以下、さらに好ましくは3.2質量%以下、さらに好ましくは3.0質量%以下、さらに好ましくは2.9質量%以下である。
また、前記摩耗率の上限値は特に限定されないが、例えば、0.1質量%以上であり、0.5質量%以上であってもよく、1.0質量%以上であってもよく、1.5質量%以上であってもよく、2.0質量%以上であってもよく、2.5質量%以上であってもよい。
(方法3)
前記高クロム鋳鉄からなる縦40mm×横22mm×高さ6mm(Φ8mmボルト穴付)の試験片を作製する。次いで、SiOと水の質量比が1:2のSiOと水の混合物をスラリーとし、前記試験片をスラリーにセットし、スラリーの温度を20℃とし、2000rpmの速度で前記試験片を回転させ、前記試験片の周速度10.5m/sで摩耗試験を行う。次いで、試験時1時間毎にスラリーを新しく交換し、12時間後における前記試験片の初期質量からの変化量を、前記試験片の初期質量で除することにより、摩耗率を算出する。
【0026】
本実施形態の高クロム鋳鉄の、下記方法4による衝撃値は、高クロム鋳鉄の耐摩耗性および耐衝撃性の性能バランスをより向上させる観点から、好ましくは1.0J/cm以上、より好ましくは1.3J/cm以上、さらに好ましくは1.5J/cm以上、さらに好ましくは1.8J/cm以上である。
また、前記衝撃値の上限値は特に限定されないが、例えば、10.0J/cm以下であり、5.0J/cm以下であってもよく、3.0J/cm以下であってもよく、2.5J/cm以下であってもよく、2.3J/cm以下であってもよい。
(方法4)
前記高クロム鋳鉄からなる縦50mm×横10mm×高さ10mmのノッチ部付き試験片(ノッチ形状:Uノッチ、ノッチサイズ:深さ2mm、先端R1.0mm、ノッチ位置:縦方向の中央部)を作製する。次いで、衝撃試験を20℃で実施し、JIS Z2242:2018に準拠し、振り子式のハンマーにより試験片に衝撃荷重を与えて破壊したときのエネルギーE(J)から衝撃値C(=E/A:Aは試験片のノッチ部の断面積(cm))を求める。
【0027】
以下、各成分について詳細に説明する。
【0028】
本実施形態の高クロム鋳鉄中のCの含有量は、高クロム鋳鉄の耐摩耗性および耐食性の性能バランスをより向上させる観点から、4.0質量%以上、好ましくは4.1質量%以上、より好ましくは4.2質量%以上、さらに好ましくは4.3質量%以上、さらに好ましくは4.4質量%以上であり、そして、7.0質量%以下、好ましくは6.0質量%以下、より好ましくは5.5質量%以下、さらに好ましくは5.0質量%以下、さらに好ましくは4.8質量%以下、さらに好ましくは4.6質量%以下である。
【0029】
本実施形態の高クロム鋳鉄中のCrの含有量は、高クロム鋳鉄の耐摩耗性および耐食性の性能バランスをより向上させる観点から、15.0質量%以上、好ましくは18.0質量%以上、より好ましくは20.0質量%以上、さらに好ましくは23.0質量%以上、さらに好ましくは25.0質量%以上、さらに好ましくは27.0質量%以上であり、そして、40.0質量%以下、好ましくは38.0質量%以下、より好ましくは35.0質量%以下、さらに好ましくは33.0質量%以下、さらに好ましくは32.0質量%以下、さらに好ましくは30.0質量%以下である。
【0030】
また、本実施形態の高クロム鋳鉄の耐摩耗性および耐食性の性能バランスをより向上させる観点から、本実施形態の高クロム鋳鉄中のCの含有量が4.1質量%以上5.5質量%以下、かつ、Crの含有量が20.0質量%以上35.0質量%以下であることが好ましく、本実施形態の高クロム鋳鉄中のCの含有量が4.2質量%以上5.0質量%以下、かつ、Crの含有量が23.0質量%以上32.0質量%以下であることがより好ましく、本実施形態の高クロム鋳鉄中のCの含有量が4.3質量%以上4.8質量%以下、かつ、Crの含有量が25.0質量%以上30.0質量%以下であることがさらに好ましく、本実施形態の高クロム鋳鉄中のCの含有量が4.4質量%以上4.6質量%以下、かつ、Crの含有量が27.0質量%以上30.0質量%以下であることがさらに好ましい。
【0031】
本実施形態の高クロム鋳鉄中のFeの含有量は、高クロム鋳鉄の耐摩耗性および耐食性を低下させずに機械加工性をより向上させる観点から、48.0質量%以上、好ましくは50.0質量%以上、より好ましくは53.0質量%以上、さらに好ましくは55.0質量%以上、さらに好ましくは58.0質量%以上、さらに好ましくは60.0質量%以上、さらに好ましくは61.0質量%以上であり、そして、81.0質量%以下、好ましくは78.0質量%以下、より好ましくは76.0質量%以下、さらに好ましくは74.0質量%以下、さらに好ましくは72.0質量%以下、さらに好ましくは70.0質量%以下、さらに好ましくは68.0質量%以下、さらに好ましくは67.0質量%以下、さらに好ましくは66.0質量%以下である。
【0032】
本実施形態の高クロム鋳鉄は、耐摩耗性をより向上させる観点から、SiおよびMnからなる群から選択される一種または二種の元素をさらに含むことが好ましい。
【0033】
Siは、高クロム鋳鉄の溶湯の流動性を改善し、溶製時に脱酸剤として作用する元素である。本実施形態の高クロム鋳鉄中のSiの含有量は、高クロム鋳鉄を焼入れした際に生成するマルテンサイト相の強度をより高める観点から、好ましくは0質量%以上、より好ましくは0質量%超え、さらに好ましくは0.1質量%以上、さらに好ましくは0.2質量%以上、さらに好ましくは0.4質量%以上、さらに好ましくは0.5質量%以上、さらに好ましくは0.6質量%以上であり、そして、好ましくは2.0質量%以下、より好ましくは1.5質量%以下、さらに好ましくは1.2質量%以下、さらに好ましくは1.0質量%以下である。
【0034】
本実施形態の高クロム鋳鉄中のMnの含有量は、高クロム鋳鉄を焼入れした際に生成するマルテンサイト相の強度をより高めることができ、焼入れ成形品の耐食性をより向上させる観点から、好ましくは0質量%以上、より好ましくは0質量%超え、さらに好ましくは0.1質量%以上、さらに好ましくは0.3質量%以上、さらに好ましくは0.5質量%以上、さらに好ましくは0.8質量%以上、さらに好ましくは1.0質量%以上、さらに好ましくは1.2質量%以上であり、そして、好ましくは5.0質量%以下、より好ましくは4.0質量%以下、さらに好ましくは3.0質量%以下、さらに好ましくは2.0質量%以下、さらに好ましくは1.8質量%以下である。
【0035】
本実施形態の高クロム鋳鉄は、オーステナイト相またはマルテンサイト相および炭化物相がより一層強化され、耐摩耗性を一層向上させる観点から、Mo、W、Nb、V、Co、Ni、Cu、Ti、Bおよび希土類元素からなる群から選択される一種または二種以上の元素をさらに含むことが好ましく、Mo、NbおよびNiからなる群から選択される一種または二種以上の元素をさらに含むことがより好ましい。本実施形態の高クロム鋳鉄が上記元素を含むことによって、本実施形態の高クロム鋳鉄を用いた焼入れ成形品の耐食性、靭性をさらに好適にすることができるほか、焼入れ成形時における割れをより一層防止することができる。
これらの元素の含有量は、本実施形態に係る高クロム鋳鉄の用途によって、適宜決定することができるが、本実施形態の高クロム鋳鉄中の上記元素の合計含有量は、好ましくは0質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上、さらに好ましくは0.5質量%以上、さらに好ましくは0.8質量%以上、さらに好ましくは1.0質量%以上であり、そして、好ましくは5.0質量%以下、より好ましくは3.0質量%以下、さらに好ましくは2.5質量%以下である。
【0036】
本実施形態の高クロム鋳鉄は、不可避の不純物を含んでもよい。
不可避の不純物は、高クロム鋳鉄の溶製時における原料に混入している除去しきれない成分を指す。このような不可避の不純物の例としては、P、S、Al、Pb、Zn等が挙げられる。
本実施形態の高クロム鋳鉄中の不可避の不純物の含有量は、高クロム鋳鉄の脆化や耐食性の低下をはじめとする性能の低下をより一層防止する観点から、好ましくは0質量%以上0.1質量%以下、より好ましくは0質量%以上0.08質量%以下、より好ましくは0質量%以上0.05質量%以下、さらに好ましくは0質量%以上0.01質量%以下である。
【0037】
以上、様々な元素を例示したが、上記に例示された元素以外にも本実施形態の効果を損なわない範囲において、他の元素を加えてもよい。
また、上記様々な元素の組成は、製造時における原料配合比でもよいし、製造後の成分分析により測定される組成でもよい。成分分析としては、公知の分析法を使用することができ、例えばエネルギー分散形X線分光分析(SEM-EDS)、発光分光分析(OES)、誘導結合プラズマ分析(ICP)、蛍光X線分析(XRF)等が挙げられる。
【0038】
本実施形態の高クロム鋳鉄はその特性上、他の部品もしくは液体・固体・液固混合体などの物質と接触しつつ動作するものに用いられることが好ましい。特に、ポンプの部品または破砕機の部品に用いられることが好ましい。
【0039】
[高クロム鋳鉄の製造方法]
本実施形態の高クロム鋳鉄の製造方法は、例えば、高クロム鋳鉄の原料を溶解して得た溶湯を鋳型に鋳込み、特定の温度で高クロム鋳鉄を鋳造する鋳造工程と、前記高クロム鋳鉄を加熱保持した後、冷却することで焼入れを行う焼入工程と、を含む。
【0040】
(鋳造工程)
本実施形態の高クロム鋳鉄の製造方法において、鋳造工程では、原料であるFe、C、Cr等の元素を所望の組成比で配合し、その後、例えば、マグネシア坩堝に配合物を充填して、アルゴン雰囲気下や窒素雰囲気下にて加熱溶解して溶湯(溶融液体)を得る。次いで、得られた溶融液体を鋳型(砂型)に鋳込み、好ましくは(高クロム鋳鉄の液相線温度)℃以上(高クロム鋳鉄の液相線温度+25)℃以下、より好ましくは(高クロム鋳鉄の液相線温度+3)℃以上(高クロム鋳鉄の液相線温度+20)℃以下、さらに好ましくは(高クロム鋳鉄の液相線温度+5)℃以上(高クロム鋳鉄の液相線温度+18)℃以下、さらに好ましくは(高クロム鋳鉄の液相線温度+8)℃以上(高クロム鋳鉄の液相線温度+15)℃以下の温度で高クロム鋳鉄を鋳造し、高クロム鋳鉄を得ることができる。
ここで、高クロム鋳鉄の液相線温度とは、高クロム鋳鉄が完全に液体である最低温度をいい、熱分析の示差熱分析(DTA)または示差走査熱量測定(DSC)の方法で高クロム鋳鉄の固相/液相の相変態温度を測定することにより算出することができ、具体的には、実施例に記載の方法により測定することができる。
【0041】
鋳造工程では、原料であるFe、C、Cr等の元素とともに微細化剤をさらに添加することができる。
微細化剤は、例えば、Cr、Mo、W、V、Nb、Ta、Ti、Zr、Hf、Bおよび希土類元素からなる群から選択される一種または二種以上の元素を含む炭化物を含み、より好ましくはクロム炭化物を含み、さらに好ましくはCr、Crおよび高炭素フェロクロム(HC-FeCr:High Carbon Ferro Chrome)からなる群から選択される一種または二種以上を含み、さらに好ましくはHC-FeCrを含む。
微細化剤の添加量は、得られる高クロム鋳鉄の量を100質量%としたとき、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.2質量%以上、さらに好ましくは0.3質量%以上、さらに好ましくは0.5質量%以上、さらに好ましくは0.8質量%以上であり、そして、好ましくは5.0質量%以下、より好ましくは3.0質量%以下、さらに好ましくは2.0質量%以下、さらに好ましくは1.5質量%以下である。
【0042】
(焼入工程)
本実施形態の高クロム鋳鉄の製造方法において、焼入工程は、高クロム鋳鉄をさらに加熱および冷却を行うことによって、高クロム鋳鉄を硬化させる工程である。焼入工程における温度条件は、高クロム鋳鉄を880℃以上1200℃以下の炉内温度、かつ1時間以上12時間以下の保持時間で加熱保持した後、50℃/分以上の冷却速度で冷却することが好ましい。
【0043】
本実施形態の高クロム鋳鉄の製造方法において、焼入工程における炉内温度は、好ましくは880℃以上1200℃以下、より好ましくは900℃以上1100℃以下、さらに好ましくは920℃以上1000℃以下である。炉内温度を上記数値範囲とすることにより、高クロム鋳鉄の焼入成形品の耐摩耗性および耐食性の性能バランスを低下させずに硬度をより向上できる。
【0044】
本実施形態の高クロム鋳鉄の製造方法において、焼入工程における保持時間の下限値は、好ましくは1時間以上、より好ましくは2時間以上、さらに好ましくは3時間以上である。保持時間の下限値が上記下限値以上であることにより、高クロム鋳鉄の焼入成形品の耐摩耗性および耐食性の性能バランスを低下させずに硬度を向上できる。
また、保持時間の上限値は、好ましくは12時間以下、より好ましくは10時間以下、さらに好ましくは8時間以下、さらに好ましくは6時間以下である。保持時間の上限値が上記上限値以下であることにより、高クロム鋳鉄の焼入成形品の耐摩耗性および耐食性の性能バランスをより向上できる。
【0045】
本実施形態の高クロム鋳鉄の焼入熱処理方法において、焼入工程における高クロム鋳鉄の冷却速度の下限値は、好ましくは50℃/分以上、より好ましくは60℃/分以上、さらに好ましくは70℃/分以上である。冷却速度の下限値が上記下限値以上であることにより、高クロム鋳鉄の焼入成形品の耐摩耗性・耐食性を低下させずに硬度を向上できる。
また、前記冷却速度の上限値は、好ましくは150℃/分以下、より好ましく140℃/分以下、さらに好ましくは130℃/分以下である。冷却速度の上限値が上記上限値以下であることにより、高クロム鋳鉄の焼入成形品の耐摩耗性・耐食性をより好適にすることができる。
このときの冷却方法としては特に限定されず、公知の冷却方法を用いることができるが、好ましくは強制空冷である。
【0046】
本実施形態の高クロム鋳鉄の製造方法は、鋳造工程と焼入工程との間に、高クロム鋳鉄を、例えば700℃以上880℃未満の温度で加熱保持して焼鈍しする焼鈍し熱処理工程と、焼鈍し熱処理工程の後に、高クロム鋳鉄を機械加工する加工工程と、をさらに含むことができる。
【0047】
(焼鈍し熱処理工程)
本実施形態の高クロム鋳鉄の製造方法において、焼鈍し熱処理工程では例えば700℃以上880℃未満の温度で加熱保持して焼鈍しすることによって、高クロム鋳鉄の機械加工性を向上させる工程である。焼鈍し熱処理工程における温度条件は、700℃以上880℃未満の炉内温度、かつ1時間以上12時間以下の保持時間で加熱保持して焼鈍しすることが好ましい。
【0048】
本実施形態の高クロム鋳鉄の製造方法において、焼鈍し熱処理工程における炉内温度は、より好ましくは700℃以上880℃未満、さらに好ましくは750℃以上870℃以下、さらに好ましくは800℃以上870℃以下である。炉内温度を上記数値範囲とすることにより、高クロム鋳鉄の機械加工性をより向上できる。
【0049】
本実施形態の高クロム鋳鉄の製造方法において、焼鈍し熱処理工程における保持時間の下限値は、好ましくは1時間以上、より好ましくは2時間以上、さらに好ましくは3時間以上である。保持時間の下限値が上記下限値以上であることにより、高クロム鋳鉄の機械加工性を向上させることができる。
また、前記保持時間の上限値は、好ましくは12時間以下、より好ましくは10時間以下、さらに好ましくは8時間以下、さらに好ましくは6時間以下である。保持時間の上限値が上記上限値以下であることにより、高クロム鋳鉄の生産性向上をより好適にすることができる。
【0050】
本実施形態の高クロム鋳鉄の製造方法において、焼鈍し熱処理工程における高クロム鋳鉄の冷却速度は、好ましくは100℃/時間以下、より好ましくは50℃/時間以下、さらに好ましくは30℃/時間以下である。冷却速度の上限値が上記上限値以下であることにより、高クロム鋳鉄の機械加工性をより好適にすることができる。
また、前記冷却速度の下限値は特に限定されないが、例えば5℃/時間以上でもよいし、10℃/時間以上でもよいし、20℃/時間以上でもよい。
このときの冷却方法としては特に限定されず、公知の冷却方法を用いることができるが、好ましくは炉内徐冷である。
【0051】
(加工工程)
本実施形態の高クロム鋳鉄の製造方法において、加工工程では最終的に目的とする形状に高クロム鋳鉄を機械加工する。機械加工する方法としては従来公知の方法によって加工することができ、例えば、旋盤加工、フライス加工、穴あけ加工の切削加工、研削加工、研磨加工、放電加工等が挙げられる。
【0052】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、本発明の効果を損なわない範囲で、上記以外の様々な構成を採用することができる。
【0053】
なお、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【実施例0054】
以下、本発明について実施例および比較例を参照して詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例および比較例の記載に何ら限定されるものではない。
【0055】
本実施形態の効果を確認するための、高クロム鋳鉄の溶解、鋳造、焼鈍し熱処理、焼入れ熱処理、硬度測定方法、衝撃値測定方法、高クロム鋳鉄の組織観察、初晶組織の平均径の測定方法、初晶組織の面積比率Xの測定方法、液相線温度の測定方法および摩耗率・耐摩耗性測定方法を以下に詳述する。
【0056】
[高クロム鋳鉄の溶解と鋳造]
純度99.9%(質量%)の原料Fe、C、Cr、SiおよびMnを、各元素が表1に示す組成比になるようにそれぞれ配合した。その後、配合物をマグネシア坩堝に充填して、アルゴン雰囲気下にて加熱溶解した。溶解後、微細化剤であるHC-FeCr(High Carbon Ferro Chrome)を表1に示す比率で添加した。溶融液体を鋳型(砂型)に鋳込み、表1に示す鋳込み温度で高クロム鋳鉄を鋳造し、縦140mm×横49mm×高さ12mmの高クロム鋳鉄をそれぞれ作製した。
【0057】
[高クロム鋳鉄の焼鈍し熱処理]
上記[高クロム鋳鉄の溶解と鋳造]にて作製した高クロム鋳鉄を850℃の温度で、4時間、加熱保持して焼鈍しする焼鈍し熱処理をそれぞれ行った。焼鈍し熱処理後の高クロム鋳鉄は硬度が低く、機械加工しやくなった。
【0058】
[高クロム鋳鉄の焼入れ熱処理]
上記[高クロム鋳鉄の焼鈍し熱処理]にて作製した焼鈍し熱処理後の高クロム鋳鉄を、放電加工および機械加工によって縦20mm×横20mm×高さ6mmにそれぞれ加工した。その後、電気炉を使用し、大気雰囲気下で、上記加工後の高クロム鋳鉄を950℃の温度で、4.5時間の保持時間で加熱保持した後、75℃/分の冷却速度で冷却するという焼入れ熱処理をおこなうことで、焼入れ熱処理後の高クロム鋳鉄をそれぞれ得た。
【0059】
[高クロム鋳鉄の硬度測定]
上記[高クロム鋳鉄の焼入れ熱処理]にて作製した焼入れ熱処理後の高クロム鋳鉄を、研磨によって縦20mm×横20mm×高さ5.5mmの試験片に加工した。上記試験片の硬度をロックウェル(HRC)硬度試験機にて負荷荷重150kgf、荷重保持時間15sの条件で9点測定した。9点の測定データのうち、最大および最小の硬度データを除いた7点の平均値をそれぞれの試験片の硬度データとした。
【0060】
[高クロム鋳鉄の衝撃値測定]
上記[高クロム鋳鉄の焼鈍し熱処理]にて作製した焼鈍し熱処理後の高クロム鋳鉄を、ワイヤー放電加工によって、縦50mm×横10mm×高さ10mm(縦方向の中央部にノッチ部有り)にそれぞれ加工した。その後、電気炉を使用し、大気雰囲気下で、上記加工後の高クロム鋳鉄を950℃の温度で、4.5時間の保持時間で加熱保持した後、75℃/分の冷却速度で冷却するという焼入れ熱処理をおこなうことで、縦50mm×横10mm×高さ10mmの衝撃値測定用のノッチ部付き試験片(ノッチ形状:Uノッチ、ノッチサイズ:深さ2mm、先端R1.0mm、ノッチ位置:縦方向の中央部)をそれぞれ得た。
衝撃試験は20℃で実施し、JIS Z2242:2018に準拠し、振り子式のハンマーにより試験片に衝撃荷重を与えて破壊したときのエネルギーE(J)から衝撃値C(=E/A)を求めた。ここで、Aは試験片のノッチ部の断面積である。
【0061】
[高クロム鋳鉄の組織観察]
上記[高クロム鋳鉄の焼入れ熱処理]にて作製した焼入れ熱処理後の高クロム鋳鉄を、研磨によって縦20mm×横20mm×高さ6mmの組織観察用試験片に加工した。組織観察は、試験片の観察面を耐水研磨紙シリコンカーバイド(SiC)♯100→♯220→♯400→♯800→♯1000→♯2000の順番で研磨後、ダイヤモンド研磨液(砥粒:1μm)にてバフ研磨し、腐食液として村上試薬およびナイタール腐食液(5%)を使用して研磨面の全域を23℃の腐食液に20秒浸漬し処理した。次いで、得られた観察面について、電子顕微鏡(SEM)を用いて観察を行った。
【0062】
[初晶組織の平均径の測定]
画像処理ソフトウェアImageJを使用し、上記[高クロム鋳鉄の組織観察]にて撮影した倍率100倍の高クロム鋳鉄の組織(SEM写真)を解析し、炭化物相からなる初晶組織の平均径を求めた。ここで、図1に示すように、初晶組織の径は、初晶組織の短軸方向に直交する面間の最大距離すなわち短軸方向の最大距離とした。初晶組織の平均径は、初晶組織を任意に50個選択し、それらの初晶組織の径をそれぞれ測定し、初晶組織の径の全てを積算して個数で除したものを平均径とした。ここで、任意に選択する初晶組織は、図1に示すように、短軸と長軸を明確に判断できるものを選択した。
【0063】
[初晶組織の面積比率Xの測定]
画像処理ソフトウェアImageJを使用し、上記[高クロム鋳鉄の組織観察]にて撮影した倍率100倍の高クロム鋳鉄の組織(SEM写真)を解析し、炭化物相からなる初晶組織の面積比率(X)を求めた。ここで、面積比率の測定は、組織観察用試験片の観察面内の任意の5か所について行い、得られた値の平均値を初晶組織の面積比率(X)とした。
【0064】
[高クロム鋳鉄の液相線温度の測定]
液相線とは合金が完全に液体である最低温度であり、熱分析の示差熱分析(DTA)または示差走査熱量測定(DSC)の方法で合金の固相/液相の相変態温度を測定することにより算出することができる。
実施例および比較例と同組成の高クロム鋳鉄に対して、次のようにしてDSC測定をそれぞれ行った。まず、アルゴン雰囲気中で、高クロム鋳鉄300mgをアルミニウムパンへ秤量し試料とした。次いで、当該試料に対し、開始温度25℃、測定温度範囲25℃~1500℃、昇温速度5℃/min、アルゴン毎分20mlの雰囲気の条件下で、示差走査熱量計(STA449 F3、ネッチ・ジャパン社製)を用いて示差走査熱量測定を行った。これにより得られた、1340℃以上1500℃以下の温度領域におけるDSC曲線から、昇温時の吸熱ピークの変曲点の接線とベースラインとの交差点2ヶ所のうち温度の高い点を高クロム鋳鉄の液相線温度とした。
【0065】
[高クロム鋳鉄の摩耗率および耐摩耗性測定]
上記[高クロム鋳鉄の焼鈍し熱処理]にて作製した焼鈍し熱処理後の高クロム鋳鉄を、切削加工およびワイヤー放電加工によって、縦40mm×横22mm×高さ6mm(Φ8mmボルト穴付)にそれぞれ加工した。その後、電気炉を使用し、大気雰囲気下で、上記加工後の高クロム鋳鉄を950℃の温度で、4.5時間の保持時間で加熱保持した後、75℃/分の冷却速度で冷却するという焼入れ熱処理をおこなうことで、縦40mm×横22mm×高さ6mm(Φ8mmボルト穴付)の耐摩耗性測定用の試験片をそれぞれ得た。
次いで、SiOと水の質量比が1:2である、石英砂利(SiO、東洋興産(株)福島工場社製、製品名:人造いわき珪砂3号、粒径:1~2mm)と水の混合物をスラリーとし、耐摩耗性測定用試験片を4枚1組でスラリーにセットし、スラリーの温度を20℃とし、エロージョン試験機を用いて、2000rpmの速度で試験片を回転させ、試験片の周速度10.5m/sで摩耗試験を行った。試験時1時間毎にスラリーを新しく交換し、都度試験片の質量変化を初期質量で除して摩耗率(質量減少率)を算出し、計12時間まで摩耗試験を行った。12時間後における前記試験片の初期質量からの変化量を、前記試験片の初期質量で除することにより、摩耗率を算出した。摩耗率が小さいほど、耐摩耗性に優れていることを意味する。摩耗率は4枚の平均値を採用した。
ここで、実施例1~2および比較例1~2は、比較例1に対する摩耗率の向上率を算出し、実施例3および比較例3は、比較例3に対する摩耗率の向上率を算出した。
【0066】
以上の結果を表1に示す。
【0067】
【表1】
図1
図2
図3