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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024145548
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】応力ひずみ曲線の推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/00 20060101AFI20241004BHJP
   G06Q 10/04 20230101ALI20241004BHJP
【FI】
G01N3/00 Z
G06Q10/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023057947
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100111039
【弁理士】
【氏名又は名称】前堀 義之
(74)【代理人】
【識別番号】100218132
【弁理士】
【氏名又は名称】近田 暢朗
(72)【発明者】
【氏名】西本 圭佑
【テーマコード(参考)】
2G061
5L010
5L049
【Fターム(参考)】
2G061AA01
2G061AB01
2G061BA07
2G061CA02
2G061DA11
2G061DA12
2G061EA03
2G061EA04
2G061EB07
2G061EC05
5L010AA04
5L049AA04
(57)【要約】
【課題】応力ひずみ曲線の推定方法において、2つの構成組織から構成される複合組織を有する金属材料に関して、構成組織の応力ひずみ曲線を容易に推定することを課題とする。
【解決手段】応力ひずみ曲線の推定方法は、金属材料1の組織観察画像5に対応する解析モデル6を作成し、構成組織3の材料パラメータを設計変数とする所定の近似則によって構成組織3の応力ひずみ曲線を定義し、解析モデル6と構成組織3,4の応力ひずみ曲線とを入力データとして均質化法に従った有限要素解析を実行することによって解析モデル6の複合組織2の応力ひずみ曲線を算出し、解析的に算出された解析モデル6の複合組織2の応力ひずみ曲線と予め実験的に取得された金属材料1の複合組織2の応力ひずみ曲線との一致度を定義した目的関数を設計変数の調整により最適化し、目的関数を最適化する設計変数を最適解として構成組織3の応力ひずみ曲線を推定する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータにより実行される2つの構成組織からなる金属材料の前記構成組織の応力ひずみ曲線の推定方法であって、
前記金属材料の組織観察画像に対応する解析モデルを作成し、
前記構成組織の材料パラメータを設計変数とする所定の近似則によって前記構成組織の応力ひずみ曲線を定義し、
前記解析モデルと前記構成組織の応力ひずみ曲線とを入力データとして均質化法に従った有限要素解析を実行することによって前記解析モデルの複合組織の応力ひずみ曲線を算出し、
解析的に算出された前記解析モデルの複合組織の応力ひずみ曲線と予め実験的に取得された前記金属材料の複合組織の応力ひずみ曲線との一致度を定義した目的関数を前記設計変数の調整により最適化し、
前記目的関数を最適化する前記設計変数を最適解として前記構成組織の応力ひずみ曲線を推定する
ことを含む、応力ひずみ曲線の推定方法。
【請求項2】
前記2つの構成組織の応力ひずみ曲線の一方が既知かつ他方が未知であり、
前記最適化において前記一致度が最も高い前記設計変数を最適解として前記他方の構成組織の応力ひずみ曲線を推定する、請求項1に記載の応力ひずみ曲線の推定方法。
【請求項3】
前記2つの構成組織の応力ひずみ曲線の両方が未知であり、
前記最適化において前記一致度の高い順に所定の数の候補解を抽出し、
前記所定の数の候補解の応力ひずみ曲線のそれぞれにおいて任意の相当塑性ひずみに対する相当応力を算出してヒストグラムを作成し、
前記ヒストグラムにおいて最頻値区間にある候補解のうち最も前記一致度の高いものを最適解として前記2つの構成組織の応力ひずみ曲線を推定する、
ことをさらに含む、請求項1または2に記載の応力ひずみ曲線の推定方法。
【請求項4】
複数の前記相当塑性ひずみに対する複数の前記相当応力を算出することによって複数の前記ヒストグラムを作成し、
前記複数のヒストグラムのそれぞれにおいて最頻値区間にある候補解のうち重複するものを抽出するとともにその中から最も前記一致度の高いものを最適解として前記2つの構成組織の応力ひずみ曲線を推定する、請求項3に記載の応力ひずみ曲線の推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、応力ひずみ曲線の推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
複数の構成組織から構成される複合組織を有する金属材料をモデル化して力学的な数値解析を行う場合、金属材料の全体の複合組織ではなく個々の構成組織の応力ひずみ曲線が必要となることがある。このような個々の構成組織の応力ひずみ曲線を取得する手法については、様々に研究がなされている。
【0003】
非特許文献1では、推定対象の構成組織と同じ金属組織を有する単相材料を作製し、当該単相材料を引張試験することによって推定対象の構成組織の応力ひずみ曲線を取得している。また、取得した複数の構成組織の応力ひずみ曲線を入力データとして均質化法に従った解析を行うことにより、複数の構成組織から構成される複合組織の応力ひずみ曲線を精度よく推定している。非特許文献2では、構成組織を狙い打ちするように微小領域を対象とした押込試験を行うことによって、得られる荷重と押込量との関係から構成組織の応力ひずみ曲線を推定している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】黒澤著、「均質化弾塑性FEMによるDual-phase鋼のマルチスケール強度解析」、神戸製鋼技報Vol.71 No.1、2021年7月
【非特許文献2】坂巻他著、「押込み試験を用いた鋼材構成組織単体における応力ひずみ関係推定手法の提案」、第8回材料WEEK材料シンポジウム、2022年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1の手法では、推定対象の構成組織と同じ単相材料を作製するための熱処理条件の探索が必要となるだけでなく、そのような熱処理条件への実際の調整も困難である。非特許文献2では、構成組織の狙い打ちが困難であるとともに外乱を排除する必要がある。従って、複数の構成組織からなる金属材料に関して、構成組織の応力ひずみ曲線のより容易な推定方法が求められている。
【0006】
本発明は、応力ひずみ曲線の推定方法において、2つの構成組織からなる金属材料に関して、構成組織の応力ひずみ曲線を容易に推定することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、コンピュータにより実行される2つの構成組織からなる金属材料の前記構成組織の応力ひずみ曲線の推定方法であって、前記金属材料の組織観察画像に対応する解析モデルを作成し、前記構成組織の材料パラメータを設計変数とする所定の近似則によって前記構成組織の応力ひずみ曲線を定義し、前記解析モデルと前記構成組織の応力ひずみ曲線とを入力データとして均質化法に従った有限要素解析を実行することによって前記解析モデルの複合組織の応力ひずみ曲線を算出し、解析的に算出された前記解析モデルの複合組織の応力ひずみ曲線と予め実験的に取得された前記金属材料の複合組織の応力ひずみ曲線との一致度を定義した目的関数を前記設計変数の調整により最適化し、前記目的関数を最適化する前記設計変数を最適解として前記構成組織の応力ひずみ曲線を推定することを含む、応力ひずみ曲線の推定方法を提供する。
【0008】
この構成によれば、金属材料の引張試験、組織観察画像の取得、および均質化法に従った有限要素解析といった比較的容易な手段で構成組織の応力ひずみ曲線を高精度に推定できる。特に、引張試験では、難易度の高い単相材料の製作も不要であり、複合組織を有する金属材料をそのまま使用できる。また、微小な構成組織を狙い打ちする難易度の高い押込試験も不要である。組織観察画像は、顕微鏡によって金属材料を撮像することで容易に取得できる。均質化法に従った有限要素解析は、前述のように従来から知られる手法であり、解析作業としても困難なものではない。また、解析モデルの作成においては、組織観察画像を2値化するなどして2つの構成組織を画像認識してもよい。所定の近似側には、例えば、スウィフト則、N乗硬化則、またはルードウィック則などが採用され得る。目的関数には、例えば、一致度を定義可能な残差平方和などが採用されてもよい。
【0009】
前記応力ひずみ曲線の推定方法では、前記2つの構成組織の応力ひずみ曲線の一方が既知かつ他方が未知であり、前記最適化において前記一致度が最も高い前記設計変数を最適解として前記他方の構成組織の応力ひずみ曲線を推定してもよい。
【0010】
この構成によれば、2つの構成組織の応力ひずみ曲線の一方が既知であり、他方が未知である場合に、未知の構成組織の応力ひずみ曲線を容易かつ高精度に推定できる。特に、単に一致度が最も高いものを最適解として推定するので、アルゴリズムとしても単純である。
【0011】
前記応力ひずみ曲線の推定方法は、前記2つの構成組織の応力ひずみ曲線の両方が未知であり、前記最適化において前記一致度の高い順に所定の数の候補解を抽出し、前記所定の数の候補解の応力ひずみ曲線のそれぞれにおいて任意の相当塑性ひずみに対する相当応力を算出してヒストグラムを作成し、前記ヒストグラムにおいて最頻値区間にある候補解のうち最も前記一致度の高いものを最適解として前記2つの構成組織の応力ひずみ曲線を推定することをさらに含んでもよい。
【0012】
この構成によれば、2つの構成組織の応力ひずみ曲線の両方が未知である場合に、未知の2つの構成組織の応力ひずみ曲線を容易かつ高精度に推定できる。また、2つの構成組織の応力ひずみ曲線を推定する場合、偶然的に上記一致度が非常に高い騙し解に陥ることがある。しかし、ヒストグラムの最頻値区間を利用するため、確率的に高い解以外を排除できる。即ち、そのような騙し解に陥る可能性を低減でき、高い推定精度を確保できる。
【0013】
前記応力ひずみ曲線の推定方法では、複数の前記相当塑性ひずみに対する複数の前記相当応力を算出することによって複数の前記ヒストグラムを作成してもよく、前記複数のヒストグラムのそれぞれにおいて最頻値区間にある候補解のうち重複するものを抽出するとともにその中から最も前記一致度の高いものを最適解として前記2つの構成組織の応力ひずみ曲線を推定してもよい。
【0014】
この構成によれば、上記騙し解をより多く排除できるため、より高い推定精度を確保できる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、応力ひずみ曲線の推定方法において、2つの構成組織からなる金属材料に関して、構成組織の応力ひずみ曲線を容易に推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】第1実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法を実行する制御装置の概略構成図。
図2】第1実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法を示すフローチャート。
図3】金属材料の組織観察画像を示す画像。
図4図3の組織観察画像に対応する解析モデルを示す画像。
図5】引張試験と解析との関係を視覚的に示すグラフ。
図6】第1実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法の精度を示すグラフ。
図7】第2実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法を示すフローチャート。
図8】相当塑性ひずみが0.05の場合の相当応力のヒストグラム。
図9】相当塑性ひずみが0.1の場合の相当応力のヒストグラム。
図10】第2実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法の精度を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態を説明する。
【0018】
(第1実施形態)
第1実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法では、2つの構成組織から構成される複合組織を有する金属材料に関して、2つの構成組織の応力ひずみ曲線の一方が既知かつ他方が未知である場合に、他方の構成組織の応力ひずみ曲線を推定する。当該推定は、コンピュータ(制御装置)によって実行できる。
【0019】
図1を参照して、制御装置10は、演算回路11と、記憶装置12と、入出力インタフェース装置13とを備える。
【0020】
演算回路11は、制御装置10における処理を実行する制御部である。演算回路11は、プログラムを実行することで所定の機能を実現するCPUまたはMPUのような汎用プロセッサを含む。演算回路11は、記憶装置12と通信可能に構成され、当該記憶装置12に格納された演算プログラム等を呼び出して実行することにより、制御装置10における各種の処理を実現する。制御装置10における処理については、後述する。演算回路11は、ハードウェア資源とソフトウェアとが協働して所定の機能を実現する態様であってもよいし、所定の機能を実現する専用に設計されたハードウェア回路であってもよい。即ち、演算回路11は、CPU、MPU以外にも、GPU、FPGA、DSP、ASIC等、種々のプロセッサで実現され得る。このような演算回路11は、例えば、半導体集積回路である信号処理回路で構成され得る。
【0021】
記憶装置12は、種々の情報を記憶できる記憶媒体である。記憶装置12は、例えば、DRAM、SRAM、フラッシュメモリ等のメモリ、HDD、SSD、その他の記憶デバイス、またはそれらを適宜組み合わせて実現される。記憶装置12は、上記したように演算回路11が行う各種の処理を実現するためのプログラムを格納する。また、記憶装置12は、後述する各種データと、解析モデルと、制御装置10が取得または算出した情報とを格納し得る。
【0022】
入出力インタフェース装置13は、ユーザからの情報を入力するための入力装置、及びユーザへと情報を出力するための出力装置としての機能を有する。入出力インタフェース装置13は、1以上のヒューマン・マシン・インタフェースを備える。ヒューマン・マシン・インタフェースは、例えば、キーボード、ポインティングデバイス(マウス、トラックボール等)、タッチパッド等の入力装置、ディスプレイ、スピーカ等の出力装置を含む。また、ヒューマン・マシン・インタフェースは、インセル型タッチパネル搭載のディスプレイ(例えば液晶パネルまたは有機ELパネル)等の入出力装置を含む。
【0023】
図2を参照して、本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法では、まず、対象となる金属材料の組織観察画像を取得する(ステップS1-1)。組織観察画像は、顕微鏡によって金属材料の微小領域を撮像することで容易に取得できる。
【0024】
図3を参照して、本実施形態では、2つの構成組織3,4から構成される複合組織2を有する金属材料1として、フェライト相3およびWフェライト相4から構成される複合組織2を有する鋼材1を例示する。図示の組織観察画像5では、マイクロスケールの領域が表示されている。本実施形態では、フェライト相3の応力ひずみ曲線が既知であり、Wフェライト相4の応力ひずみ曲線が未知であるものとする。即ち、本実施形態では、Wフェライト相4の応力ひずみ曲線を推定するものとする。ただし、これは例示であり、推定対象は任意の金属材料の構成組織の応力ひずみ曲線であり得る。
【0025】
再び図2を参照して、次に上記組織観察画像5に対応する解析モデルを作成する(ステップS1-2)。例えば、当該解析モデルは、上記組織観察画像5に対応する形状をメッシュ分割し、奥行き方向に1層設けた、3次元の有限要素モデルである。
【0026】
図4を参照して、上記組織観察画像5に対応する解析モデル6の例を示す。当該解析モデル6の作成に際し、上記組織観察画像5を2値化画像認識し、フェライト相3およびWフェライト相4の境界を明瞭にしてもよい。図示の解析モデル6では、組織観察画像5(図3)と概ね同じ位置、形状、および大きさのフェライト相3並びにWフェライト相4が作成されている。このような組織観察画像5からの解析モデル6の作成は、演算回路11によって自動的に実行されてもよい。
【0027】
再び図2を参照して、次にWフェライト相4の材料パラメータを設計変数とする所定の近似則によって構成組織の応力ひずみ曲線を定義する(ステップS1-3)。本実施形態では、所定の近似則としてスウィフト則を採用する。スウィフト則では、応力ひずみ曲線は、以下の式(1)で表される。ここで、σは相当応力、σは降伏応力、εは相当塑性ひずみ、αとNはともに係数である。以下では、材料パラメータσ、α、Nを設計変数ともいう。従って、スウィフト則では、当該設計変数を決定することで、応力ひずみ曲線を定義できる。
【0028】
【数1】
【0029】
また、所定の近似則としてN乗硬化則も採用し得る。N乗硬化則では、応力ひずみ曲線は、以下の式(2)で表される。ここで、σは相当応力、εは相当ひずみ、Kとnはともに係数である。従って、N乗硬化則では、材料パラメータK、nを設計変数として決定することで、応力ひずみ曲線を定義できる。
【0030】
【数2】
【0031】
また、所定の近似則としてルードウィック則も採用し得る。ルードウィック則では、応力ひずみ曲線は、以下の式(3)で表される。ここで、σは相当応力、σは降伏応力、εは相当塑性ひずみ、Kとnはともに係数である。従って、ルードウィック則では、材料パラメータσ、K、nを設計変数として決定することで、応力ひずみ曲線を定義できる。
【0032】
【数3】
【0033】
次に、上記解析モデル6とフェライト相3の応力ひずみ曲線とWフェライト相4の応力ひずみ曲線とを入力データとして均質化法に従った有限要素解析を実行することによって解析モデル6の複合組織の応力ひずみ曲線を算出する(ステップS1-4)。均質化法に従った有限要素解析は、公知の方法であるため詳細な説明を省略する。簡単には、これは、2つの構成組織の応力ひずみ曲線からそれらが均質一体化した複合組織の応力ひずみ曲線を算出するものである。
【0034】
次に、解析的に算出された解析モデル6の複合組織の応力ひずみ曲線と予め実験的に取得した鋼材1の複合組織の応力ひずみ曲線との一致度を定義した目的関数を上記設計変数の調整により最適化する(ステップS1-5)。本実施形態では、目的関数RSSとして以下の式(4)で表される残差平方和を採用する。ここで、σ1εp=0.005は相当塑性ひずみεが0.005のときの引張試験(実験)の結果とした得られた真応力を示し、σ2εp=0.005は相当塑性ひずみεが0.005のときの均質化法に従った有限要素解析における相当応力を示す。従って、式(4)の目的関数RSSは、相当塑性ひずみεが0.005ごとのこれらの応力の残差平方和を示している。ただし、相当塑性ひずみεの刻み幅は特に限定されない。
【0035】
【数4】
【0036】
上記目的関数RSSの最適化は、所定範囲の設計変数の調整を完了するまで繰り返し実行される(ステップS1-6)。本実施形態では、そのような所定範囲の設計変数として、σが400~1000[MPa]、αが1.0×10-4~5.0×10-4、Nが0.1~1.0と設定した。そのような所定範囲の設計変数は、対象となる金属材料の構成組織によって変わり得る。
【0037】
上記目的関数RSSの最適化の手法としては、差分進化法、共役勾配法、準ニュートン法、または遺伝的アルゴリズムなどを採用し得る。本実施形態では、差分進化法を採用し、最適化計算を実施した。
【0038】
上記目的関数RSSは残差平方和であるため、値が小さいほど一致度が高いと評価できる。従って、ここでの最適化計算では、目的関数RSSを最小化する設計変数を抽出する。最適化によって目的関数RSSを最小化する設計変数を抽出すると、それを最適解として選択する(ステップS1-7)。
【0039】
最適解の設計変数(本実施形態では、材料パラメータσ、α、N)が得られると、上記式(1)に代入することによって応力ひずみ曲線が得られる。このようにしてWフェライト相4の応力ひずみ曲線を推定できる。
【0040】
上記各処理は、演算回路11によって実行され、各処理に必要なデータは記憶装置12に格納されている。また、必要なデータおよび設定は入出力インタフェース装置13によって入力されてもよい。
【0041】
図5を参照して、本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法について、理解を容易にすべくグラフを用いて視覚的に説明する。
【0042】
図5では、横軸が相当塑性ひずみεを示し、縦軸が相当応力σを示している。グラフ上には、曲線C1~C4が各種の応力ひずみ曲線として示されている。破線で示す曲線C1は、Wフェライト相4の応力ひずみ曲線を示している。破線で示す曲線C2は、フェライト相3の応力ひずみ曲線を示す。曲線C1は、推定対象である。曲線C2は、既知のデータである。連続する黒丸で示す曲線C3は、複合組織の応力ひずみ曲線を示している。曲線C3は、均質化法に従った有限要素解析によって得られる。実線で示す曲線C4は、鋼材1に対して実際に引張試験を行って得られた応力ひずみ曲線を示す。曲線C4は、既知のデータである。
【0043】
本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法を実施するためには、曲線C2,C4のデータを予め準備する。次に、上記式(1)などの所定の近似則を用いて曲線C1を定義する。そして、当該曲線C1と既知の曲線C2とを入力データとして均質化法に従った有限要素解析を実行し、曲線C3を出力データとして算出する。そして、曲線C4に対する曲線C3の一致度(目的関数)を最適化するように最適化処理を行う。この最適化処理では、設計変数(材料パラメータσ、K、n)を様々に変更することで様々な曲線C1が定義され、これに伴い様々な曲線C3が算出され、曲線C4との一致度が確認される。このようにして、最適な曲線C1が探索される。
【0044】
本実施形態では、曲線C4に対する曲線C3の一致度が最も高い場合の曲線C1を推定対象のWフェライト相4の応力ひずみ曲線として出力する。このときの出力結果は、入出力インタフェース装置13によってユーザに確認可能に出力されてもよい。本実施形態では、このようにして、解析結果と試験結果との合わせ込みを複合組織の状態で行い、構成組織の応力ひずみ曲線を推定する。
【0045】
図6を参照して、本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法の有効性について説明する。
【0046】
図6では、横軸が相当塑性ひずみεを示し、縦軸が相当応力σを示している。連続する黒丸で示す曲線c1は本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法によって推定されたWフェライト相4の応力ひずみ曲線を示している。実線で示す曲線c2は、別途実験的に得られたWフェライト相4の応力ひずみ曲線を示しており、即ち正しいデータを示している。
【0047】
図示のように、曲線c1,c2はよく一致しており、本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法が有効であることが確認できる。
【0048】
本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法によれば、以下の作用効果を奏する。
【0049】
鋼材1の引張試験、組織観察画像の取得、および均質化法に従った有限要素解析といった比較的容易な手段で構成組織の応力ひずみ曲線を高精度に推定できる。特に、引張試験では、難易度の高い単相材料(Wフェライト相4のみの材料)の製作も不要であり、複合組織2を有する鋼材1をそのまま使用できる。また、微小なWフェライト相4を狙い打ちする難易度の高い押込試験も不要である。組織観察画像5は、顕微鏡によって鋼材1を撮像することで容易に取得できる。均質化法に従った有限要素解析は、前述のように従来から知られる手法であり、解析作業としても困難なものではない。
【0050】
また、2つの構成組織(フェライト相3およびWフェライト相4)の応力ひずみ曲線の一方(フェライト相3)が既知であり、他方(Wフェライト相4)が未知である場合に、未知の構成組織(Wフェライト相4)の応力ひずみ曲線を容易かつ高精度に推定できる。特に、単に一致度が最も高いものを最適解として推定するので、アルゴリズムとしても単純である。なお、フェライト相3の応力ひずみ曲線が未知であり、Wフェライト相4の応力ひずみ曲線が既知である場合も、フェライト相3の応力ひずみ曲線を推定することもできる。
【0051】
(第2実施形態)
図7に示す第2実施形態の応力ひずみ曲線の推定方法は、2つの構成組織の応力ひずみ曲線の両方が未知である点で第1実施形態とは異なる。これに関する部分以外は、第1実施形態と実質的に同じである。従って、第1実施形態にて示した部分については説明を省略する場合がある。
【0052】
本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法では、未知の2つの構成組織の応力ひずみ曲線を推定する。当該推定は、コンピュータ(制御装置10)によってなされる。
【0053】
本実施形態では、第1実施形態と同様に、2つの構成組織から構成される複合組織を有する金属材料として、フェライト相3およびWフェライト相4から構成される複合組織2を有する鋼材1を対象とする。本実施形態では、フェライト相3の応力ひずみ曲線と、Wフェライト相4の応力ひずみ曲線との両方が未知であり、両方の応力ひずみ曲線を推定する。
【0054】
本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法のステップS2-1からステップS2-6までは第1実施形態と実質的に同じである。ただし、本実施形態では、フェライト相3およびWフェライト相4の両方の材料パラメータを設計変数とする。
【0055】
設計変数の設定処理(ステップS2-3)では、式(1)で示す材料パラメータσ、α、Nがフェライト相3およびWフェライト相4のそれぞれに対して設定され、これらを最適化処理によって推定する。本実施形態では、最適化処理を行う設計変数の所定範囲として、以下の通り設定した。フェライト相3に関しては、σが20~150[MPa]、αが1.0×10-4~1.0×10-3、Nが0.2~0.35と設定した。Wフェライト相4に関しては、σが500~1000[MPa]、αが1.0×10-4~1.0×10-3、Nが0.1~0.2と設定した。
【0056】
本実施形態では、上記設計変数の所定範囲で第1実施形態と同様に最適化計算を完了すると(N:ステップS2-6)、フェライト相3およびWフェライト相4のそれぞれに対して最適化において一致度の高い順に所定の数(例えば50個)の候補解を抽出する(ステップS2-7)。
【0057】
図8,9を参照して、所定の数(例えば50個)の候補解として抽出された設計変数に従った応力ひずみ曲線において任意の相当塑性ひずみεに対する相当応力を算出してヒストグラムを作成する。ここでは、相当塑性ひずみεが0.05の場合(図8)と、0.1の場合(図9)とを例示し、2つのヒストグラムを作成した。
【0058】
ヒストグラムでは、横軸が相当応力σを示し、図示の例では50[MPa]刻みで分布区間が分けられている。縦軸が当該区間内の相当応力σの頻度Zを示している。左側の分布D81,D91はフェライト相3のものを示し、右側の分布D82,D92はWフェライト相4のものを示している。
【0059】
次いで、ヒストグラムにおいて最頻値区間をそれぞれ決定する(ステップS2-8)。分布D81では、300~350[MPa]の区間において頻度Zが16個と最も多い。分布D82では、950~1000[MPa]の区間において数Zが13個と最も多い。分布D91では、350~400[MPa]の区間において数Zが16個と最も多い。分布D92では、1050~1100[MPa]の区間において数Zが12個と最も多い。従って、これらの区間を最頻値区間として決定する。
【0060】
本実施形態では、2つのヒストグラムのそれぞれにおいて最頻値区間にある候補解のうち重複するものを抽出するとともにその中から最も一致度の高いものを最適解として2つの構成組織の応力ひずみ曲線を推定する(ステップS2-9)。具体的には、フェライト相3に関しては、分布D81における最頻値区間300~350[MPa]の16個の候補解と、分布D91における最頻値区間350~400[MPa]の16個の候補解とで重複するものをまず抽出する。次いで、例えばこのとき10個の候補解が重複していた場合、その10個の中から最も一致度の高い(目的関数の値が小さい)ものをフェライト相3の最適解として選択する。同様に、Wフェライト相4に関しては、分布D82における最頻値区間950~1000[MPa]の13個の候補解と、分布D92における最頻値区間1050~1100[MPa]の12個の候補解とで重複するものをまず抽出する。次いで、例えばこのとき8個の候補解が重複していた場合、その8個の中から最も一致度の高い(目的関数の値が小さい)ものをWフェライト相4の最適解として選択する。
【0061】
上記の例では、ヒストグラムを作成する相当塑性ひずみが2つの場合を例示して説明したが、ヒストグラムを作成する相当塑性ひずみは1つであってもよいし、3つ以上であってもよい。特にヒストグラムを作成する相当塑性ひずみが1つの場合には、候補解の重複を考慮する必要なく、最頻値区間における最も一致度高い(本実施形態では目的関数の値が最も小さい)ものを最適解として抽出する。
【0062】
図10を参照して、本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法の有効性について説明する。
【0063】
図10では、横軸が相当塑性ひずみεを示し、縦軸が相当応力σを示している。連続する黒丸で示す曲線c3は本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法によって推定されたWフェライト相4の応力ひずみ曲線を示している。また、実線で示す曲線c4は、別途実験的に得られたWフェライト相4の応力ひずみ曲線を示し、即ち正しいデータを示している。連続する黒丸で示す曲線c5は本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法によって推定されたフェライト相3の応力ひずみ曲線を示している。また、実線で示す曲線c6は、別途実験的に得られたフェライト相3の応力ひずみ曲線を示し、即ち正しいデータを示している。
【0064】
図示のように、曲線c3,c4はよく一致しており、曲線c5,c6もよく一致しており、本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法が有効であることが確認できる。
【0065】
本実施形態に係る応力ひずみ曲線の推定方法によれば、2つの構成組織(フェライト相3およびWフェライト相4)の応力ひずみ曲線の両方が未知である場合に、未知の2つの構成組織(フェライト相3およびWフェライト相4)の応力ひずみ曲線を容易かつ高精度に推定できる。また、2つの構成組織(フェライト相3およびWフェライト相4)の応力ひずみ曲線を推定する場合、偶然的に上記一致度が非常に高い騙し解に陥ることがある。しかし、ヒストグラムの最頻値区間を利用するため、確率的に高い解以外を排除できる。即ち、そのような騙し解に陥る可能性を低減でき、高い推定精度を確保できる。
【0066】
また、ヒストグラムを作成する相当塑性ひずみを複数(本実施形態では2つ)設定することで、上記騙し解をより多く排除できるため、より高い推定精度を確保できる。
【0067】
以上より、本発明の具体的な実施形態およびその変形例について説明したが、本発明は上記形態に限定されるものではなく、この発明の範囲内で種々変更して実施することができる。例えば、個々の実施形態の内容を適宜組み合わせたものを、この発明の一実施形態としてもよい。
【0068】
1 鋼材(金属材料)
2 複合組織
3 フェライト相(構成組織)
4 Wフェライト相(構成組織)
5 組織観察画像
6 解析モデル
10 制御装置(コンピュータ)
11 演算回路
12 記憶装置
13 入出力インタフェース装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10