(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024145719
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】冷凍生地パンの加速試験方法
(51)【国際特許分類】
A21D 6/00 20060101AFI20241004BHJP
【FI】
A21D6/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023058197
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】藤本 真帆
【テーマコード(参考)】
4B032
【Fターム(参考)】
4B032DB01
4B032DG02
4B032DK03
4B032DK08
4B032DK12
4B032DK18
4B032DK22
4B032DK43
4B032DK47
4B032DK54
4B032DK70
4B032DP08
4B032DP23
4B032DP33
4B032DP37
4B032DP40
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、冷凍条件下で長期間保存しないと評価出来なかった冷凍生地パンの品質評価方法について、短期間で品質劣化を起こす過負荷処理方法と、当該方法を用いた加速試験方法の提供である。
【解決手段】冷凍開始後、一定期間、パン生地中心部が一定の温度帯を昇降反復するように温度管理する過負荷処理を行うと、短期間で冷凍保存3ヵ月以上の品質を再現することが出来る。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
成形後冷凍したパン生地を、冷凍1~12日後までパン生地中心部がマイナス20℃~マイナス5℃を昇降反復するように温度管理する冷凍生地パンの過負荷処理方法。
【請求項2】
請求項1に記載の温度管理が、パン生地中心部をマイナス20℃からマイナス5℃まで0.1℃/分以上0.5℃/分未満で温度上昇させる、冷凍生地パンの過負荷処理方法。
【請求項3】
請求項1および2に記載の温度管理を1日3回行う冷凍生地パンの過負荷処理方法。
【請求項4】
請求項1~3に記載の過負荷処理により、賞味期限または消費期限に要する保存期間を短縮して評価する、冷凍生地パンの加速試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷凍生地パンの過負荷処理方法と加速試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
冷凍保存した冷凍生地パンに生じる品質低下は、イーストの凍結障害や生地骨格の破壊を要因として、主にパンのボリューム低下、腰もちの低下、食感や風味の劣化という変調で表れる。しかし、これらの変調は、基本的には安定した冷凍保存条件下で時間をかけて現れるため、長期間保存して初めて判別することが出来る。そのため、冷凍生地パンの品質を向上させる原材料の開発は、添加効果の有無を確認するまでに時間がかかり、スピーディな開発が出来ないなどの課題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】竹谷光司,「新しい製パン基礎知識 再改変版」,株式会社パンニュース社,2012年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、冷凍条件下で長期間保存しないと評価出来なかった冷凍生地パンの品質評価方法を、短期間保存でも同等、同質な結果が出るように保存条件を調整した、冷凍生地パンの加速試験方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題の解決につき鋭意研究を重ねた結果、冷凍生地パンの生地中心温度をマイナス20℃からマイナス5℃まで昇降させる反復操作を短期間1日に数回繰り返すことにより、長期間保存したときと同等、同質の冷凍障害を虐待的に引き起こす加速試験方法を見出した。
【0006】
すなわち本発明は、
(1)成形後冷凍したパン生地を、冷凍1~12日後までパン生地中心部がマイナス20℃~マイナス5℃を昇降反復するように温度管理する冷凍生地パンの過負荷処理方法、
(2)前記(1)に記載の温度管理が、パン生地中心部をマイナス20℃からマイナス5℃まで0.1℃/分以上0.5℃/分未満で温度上昇させる、冷凍生地パンの過負荷処理方法、
(3)前記(1)および(2)に記載の温度管理を1日3回行う冷凍生地パンの過負荷処理方法、
(4)前記(1)~(3)に記載の過負荷処理により、賞味期限または消費期限に要する保存期間を短縮して評価する、冷凍生地パンの加速試験方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明の過負荷処理を冷凍生地パンに施すと、冷凍生地パンの一般的な賞味期限である3ヶ月を2週間以内に前倒しして品質の評価をすることが出来る。本発明の加速試験方法を用いれば、冷凍生地用改良剤等の開発サイクルが高まり、製品の改良が時間をかけずに繰り返えされるため、より優れた製品を生み出すことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、実施例1のコントロール区(通常冷凍、過負荷処理なし)について、冷凍0、4、8、12週目のロールパンの外観および内相を示した。
【
図2】
図2は、実施例1の比較区1について、冷凍3日目のロールパンの外観および内相を示した。
【
図3】
図3は、実施例1の比較区2について、冷凍3日目のロールパンの外観および内相を示した。
【
図4】
図4は、実施例1の比較区3について、冷凍3、6、9、12日目のロールパンの外観および内相を示した。
【
図5】
図5は、実施例1の実施区1について、冷凍3、6、9、12日目のロールパンの外観および内相を示した。
【
図6】
図6は、実施例2の実施区2と比較区2について、冷凍保存日数に対する比容積の推移を示した。
【
図7】
図7は、実施例2の実施区2と比較区2について、冷凍保存日数に対する腰もちの推移を示した。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明において、冷凍生地パンとは冷凍生地製法により製造されるパンである。冷凍生地製法は、全製造工程のいずれかの工程において、一定期間、パン生地を冷凍保存し、販売などのタイミングに合わせて、続きの工程から製造して販売する製法であり、原材料や配合により制限されない。冷凍保存のタイミングにより、生地冷凍、玉生地冷凍、成形後冷凍、ホイロ後冷凍、焼成後冷凍などの冷凍法があり、本発明の実施例等に記載される成形後冷凍は、原材料を混捏後、一次発酵し、分割・成形した後に冷凍保存する製法である。当該製法において冷凍保存したパン生地は、解凍後、ホイロ工程を行い、焼成されてパン類となる。
【0010】
本発明において、冷凍生地パンとして製造されるパン類とは、食事パン(例えば食パン、ライ麦パン、フランスパン、バライティブレッド、ロールパン、クロワッサン等)、調理パン(例えばホットドッグ、ハンバーガー、サンドイッチ、カレーパン、ピザパイ等)、菓子パン(例えばジャムパン、あんぱん、クリームパン、レーズンパン、メロンパン、スイートロール、ブリオッシュ、デニッシュ、コロネ等)、蒸しパン(例えば肉まん、中華まん、あんまん、蒸し饅頭等)、特殊パン(例えば、グリッシーニ、マフィン、ピザ生地、ナン等)が挙げられる。
【0011】
本発明の冷凍生地パンに使用される原材料は、焼成後のパン類と組み合わせる惣菜やフィリングを除いて、特に制限されないが、冷凍生地用に開発された原材料を適宜用いることが好ましく、これらの原材料を組み合わせることにより、成形後冷凍のパン生地は冷凍保存下で賞味期限として3ヶ月程度まで品質を保持することが出来る。冷凍生地用に開発された主要原料には、例えばイースト、イーストフード、酵素製剤、乳化剤、機能性グルテン、機能性植物油脂加工品、が挙げられる。イーストの場合には、製パン工程に冷蔵保存、冷凍保存を行わない通常の製法で用いるノーマルタイプのイースト(製品例:ダイヤイースト、三菱商事ライフサイエンス(株)社製)よりも、冷凍耐性イースト(製品例:ダイヤイーストFT-S、三菱商事ライフサイエンス(株)社製)または冷蔵冷凍耐性イースト(製品例:ダイヤイーストFRZ、三菱商事ライフサイエンス(株)社製)を用いることにより、冷凍保存後も安定した発酵力を発揮し、パン類のボリュームダウンを軽減することが出来る。
【0012】
本発明において、成形後冷凍したパン生地の保存可能な期間は、用いる原材料の冷凍耐性能に合わせて設定してよく、特に制限されないが、当業者らが賞味期限として認識している期間に合わせ、3ヶ月以上を基準とする。
【0013】
本発明における冷凍生地パンの過負荷処理とは、成形後冷凍したパン生地を過酷な条件下で保存し、意図的、人為的に品質劣化を進める処理操作とする。従来知見によれば、成形後冷凍したパン生地の品質劣化を進める処理操作には、(あ)冷凍耐性イーストを用いないこと、(い)配合する水の量を増やすこと、(う)一次発酵時間を延ばすこと、(え)パン生地中の氷結晶を増大させてグルテン膜を破壊したり、イーストの細胞内凍結による破壊を不適切な冷解凍処理で引き起こすこと、等が知られている。前記(え)は、設定する冷凍保存期間の長短により適・不適な冷解凍条件が異なり、冷凍保存期間を1~2週間に設定した場合は、急速冷凍すると品質劣化を促進してしまい、冷凍保存期間を1カ月以上に設定した場合は、急速冷凍したほうが品質劣化を抑制出来ると報告されている(非特許文献1)。
【0014】
本発明における過負荷処理は、冷凍開始後、一定期間、パン生地中心部が一定の温度帯を昇降反復するように温度管理する処理操作とする。過負荷処理を施す一定期間は10日間以上12日間以下であり、好ましくは12日間である。9日間以内の場合は、冷凍したパン生地の品質劣化が浅く、過負荷処理を施さずに3ヶ月間冷凍保存した(以下、通常冷凍と記載)パン生地と同等の品質を示さない。13日間以降の場合は、冷凍したパン生地の品質劣化が深く、通常冷凍したパン生地と同等の品質を示さない。温度管理はパン生地中心部をマイナス20℃からマイナス5℃の温度帯を昇降反復するのが好ましく、下限値がマイナス20℃より低いとイーストの活性が著しく低下し、解凍後のホイロ工程(二次発酵)で十分な発酵が起こらず、上限値がマイナス5℃より高めとパン生地中の氷結晶が大きくなりやすく、グルテン膜が損傷して焼成後のパン類のボリュームが低下する。また、当該温度帯を昇降反復させる速度は、パン生地中心部がマイナス20℃からマイナス5℃へ上昇する場合に30分以上の所要時間を設けるのが好ましく、好ましくは110分であり、0.13℃/分~0.6℃/分で温度上昇させるとよい。当該速度よりも時間当たりの温度変化が激しいと、急速冷凍となり、品質劣化が深くなりやすい。温度を下降させる速度は特に制限しないが、0.19℃/分を目安にするとよい。昇降反復の回数は、1日3回行うとよい。1日2回だと品質劣化が浅く、加速試験が長期間に渡り、通常冷凍と同等の冷凍保存期間を要することとなる。さらに、1日4回だと品質劣化が深すぎて通常冷凍で3ヶ月冷凍したときの品質を極端に下回るため適さない。
【0015】
本発明における冷凍生地パンの加速試験とは、成形冷凍したパン生地に過負荷処理を施すことで、冷凍後3ヶ月以上経過したときの冷凍生地パンの品質を短期間で再現して評価する試験方法とし、加速劣化試験、虐待試験、耐久試験などと同意的、同義的なものとする。
【0016】
本発明において、成形冷凍したパン生地を過負荷処理として冷解凍する場合に用いる器具、機械および設備は、設定した温度が一定時間安定する条件であれば、特に限定されない。冷却機器には、冷蔵冷凍庫、冷蔵冷凍室なとがあり、加温機器には、インキュベーターや乾熱滅菌機などがある。冷却から加温したり、加温から冷却に変更する場合は、人の手によってパン生地を移動させてもよいし、温度管理を自動プログラミングできるドウコンディショナー、プルファー、調温湿度計などを用いてもよい。
【0017】
本発明の加速試験において、通常冷凍(冷凍期間3ヶ月以上)で保存した成形後冷凍のパンと過負荷処理により通常冷凍と同等、同質に品質劣化が生じたかどうかは、焼成後のパン類の外観および内相の目視による比較、比容積、腰もちを評価項目として判断した。比容積の測定は菜種置換法に準じた。菜種置換法は、供試サンプルより一回り大きな容器をに菜種をすりきりいっぱいまで満たし、いったん菜種を容器から取り出した後、供試サンプルを容器に入れ、その上から前述の菜種をすりきりいっぱいまで満たし、容器に入れきれなかった菜種が示す容積を供試サンプルの容積とする測定方法である。比容積は重量に対する容積の値として示され、mL/gまたはcm3/gで表される。腰もちは焼成後のロールパンの横幅に対する底面幅の割合(底面幅/横幅)であり、以下の式により算出した。腰もち=1-底面幅/横幅
【実施例0018】
以下に実施例を用いて、本発明を具体的に説明する。本発明はこれらに限定されるものではない。
【0019】
―実施例1:冷凍生地の製造および保存条件―
冷凍製法は成形後冷凍とし、ロールパンを製造した。ロールパンは表1および表2に示した配合および工程で製造した。イーストは冷凍耐性を有する冷凍耐性イースト(ダイヤイーストFRZ、三菱商事ライフサイエンス(株)社製)を用いた。ソフット200Fは冷凍生地用品質改良剤で機能性植物油脂加工品である。試験区は表3に示した。通常冷凍した試験区をコントロール区とし、冷凍4、8、12週間目に解凍して、ホイロおよび焼成工程を行い、品質評価(外観および内相の目視による観察、比容積測定、腰もち測定)を行った。過負荷処理を行う試験区(表3比較区1-3、実施区1)は、冷凍開始翌日から過負荷処理を施し、冷凍3、6、9、12日目に解凍して、ホイロおよご焼成工程を行い、品質評価した。ただし、比較区1および2は過負荷処理3日目で著しい品質劣化がみられたため、それ以降の評価は行わなかった。
【0020】
【0021】
【0022】
【0023】
―パン類の評価方法―
焼成したロールパンは、60分間室温冷却し、ポリエチレン袋に入れて室温で保存した。翌日、外観および内相を目視で観察し、比容積測定と腰もち測定も行った。
【0024】
(外観および内相の評価)
外観はロールパンを天面、底面および側面から観察し、写真撮影した。また、パン中央部の垂直断面を内相として観察、撮影した。
(比容積測定と腰もち測定)
比容積は菜種置換法で測定した。腰もちは底面幅と横幅を測定し、次式(腰もち=1-底面幅/横幅)で値を求め、数値が大きいほど腰もちが良いものとして評価した。
【0025】
―結果(外観および内相)―
写真撮影したロールパンの外観および内相を
図1~5に示した。パン生地中心部の温度上昇速度が速い比較区1および2は、焼き色が薄くなり、底面の幅が広かった。内相に過度な劣化は観察されなかった。温度上昇速度が遅い比較区3と実施区1は概ねコントロール区と同様の外観及び内相であったが、目標温度を高く設定した比較区3は過負荷処理12日目を迎えるとコントロール区よりも表面に荒れた様相がみられた。以上の結果より、実施区1が最もコントロール区の品質を同等、同質な状態で再現出来ていると考えられた。
【0026】
―結果(比容積)―
パンの比容積について、コントロール区の結果を
図2に、比較区1~3および実施区1の結果を
図3に示した。パン生地中心部の温度上昇速度が遅い比較区3および4を比較すると、目標温度を高く設定した比較区3は6日後以降も比容積が減少したが、目標温度を低く設定した実施区1はコントロール区に似た値の推移を示した。以上の結果より、実施区1が最もコントロール区の品質を同等、同質な自様態で再現出来ていると考えられた。
【0027】
―結果(腰もち)―
腰もちについて,コントロール区の結果を
図4に、比較区1~3および実施区1の結果を
図5に示した。パン生地中心部の温度上昇速度が速い比較区1および2は過負荷処理3日目で顕著に腰もちが低下していた。温度上昇速度が遅い比較区3および実施区1はほとんど値が低下せず,コントロール区と似た傾向を示した。
【0028】
以上の結果より、成形後冷凍したパン生地の生地中心温度について、マイナス20℃からマイナス5℃まで昇降させる反復操作を12日間1日に数回繰り返すことにより、通常保存(3ヶ月以上の長期間保存)したときと同等、同質の冷凍障害を虐待的に引き起こす加速試験方法を見出した。また、温度管理のポイントとして、昇温時の温度上昇速度が比較的緩慢な速度が好ましく、0.1℃/分以上0.5℃/分未満にすると、通常冷凍と同程度の品質劣化を再現可能であることが示された。
【0029】
―実施例2:機能性素材を添加した成形後冷凍パンの加速試験―
冷凍生地用の機能性素材を添加した場合にも、過負荷処理を施した供試サンプルが通常冷凍と同等、同質の品質劣化を示すか評価した。実施例1と同様に、製法は成形後冷凍とし、ロールパンを製造した。配合・試験区と工程は表4および表5に示した。冷凍生地用の機能性素材には、活性グルテンとアスコルビン酸の組み合わせを供試した。通常冷凍した試験区を比較区4とし、冷凍4、8、12週間目に解凍して、ホイロおよび焼成工程を行い、品質評価(比容積測定)を行った。実施区2は過負荷処理を行った。過負荷処理の条件は、実施例1の結果より、パン生地中心温度をマイナス5℃とマイナス20℃の温度帯を1日3回昇降反復し、温度上昇速度が0.1℃/分になるように温度管理した。冷凍3、6、9、12日目に解凍して、ホイロおよび焼成工程を行い、品質評価(比容積測定、腰もち測定)とした。
【0030】
【0031】
【0032】
―結果(比容積)―
パンの比容積について、実施区2と比較区4の結果を
図6に示した。実施区2の冷凍保存9日後の比容積は、比較区4の冷凍保存90日後(3ヶ月後)の比容積と同等だった。
【0033】
―結果(腰もち)―
腰もちについて,実施区2と比較区4の結果を
図7に示した。実施区2の冷凍保存9日後の腰もちは、比較区4の冷凍保存90日後(3ヶ月後)の腰もちと同等だった。
【0034】
以上の結果から、冷凍生地用の機能性素材を添加した場合にも、実施例1で得られた過負荷処理方法は、冷凍生地の加速試験に有効であると示された。