(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024145763
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】眼科用組成物
(51)【国際特許分類】
A61L 27/38 20060101AFI20241004BHJP
A61L 27/22 20060101ALI20241004BHJP
A61L 27/54 20060101ALI20241004BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
A61L27/38 100
A61L27/22
A61L27/54
A61P27/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023058249
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000190943
【氏名又は名称】新田ゼラチン株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】509260916
【氏名又は名称】地方独立行政法人神戸市民病院機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小谷 知希
(72)【発明者】
【氏名】北畑 将平
(72)【発明者】
【氏名】平岡 陽介
(72)【発明者】
【氏名】万代 道子
(72)【発明者】
【氏名】杉田 直
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AB21
4C081CD151
4C081CD27
4C081CD34
4C081CE02
4C081DA11
4C081DA15
(57)【要約】
【課題】移植した細胞が病変部から漏出することなく均一に拡散し、かつ病変部で生着することが可能となる眼科用組成物を提供する。
【解決手段】眼科用組成物は、ゼラチン加水分解物と、無血清培地と、網膜組織を構成する細胞とからなる眼科用組成物であって、前記眼科用組成物は、前記ゼラチン加水分解物を5質量%以上30質量%以下含み、前記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量は、500以上10000以下であり、前記眼科用組成物における前記ゼラチン加水分解物の濃度と重量平均分子量とは、下記式Iおよび式IIの関係を満たす。
y≧-1950x+11800 式I
y≦-550x+20400 式II
上記式Iおよび上記式II中、xは前記ゼラチン加水分解物の濃度であって単位は質量%であり、yは前記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゼラチン加水分解物と、無血清培地と、網膜組織を構成する細胞とを含む眼科用組成物であって、
前記眼科用組成物は、前記ゼラチン加水分解物を5質量%以上30質量%以下含み、
前記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量は、500以上10000以下であり、
前記眼科用組成物における前記ゼラチン加水分解物の濃度と重量平均分子量とは、下記式Iおよび式IIの関係を満たす、眼科用組成物。
y≧-1950x+11800 式I
y≦-550x+20400 式II
上記式Iおよび上記式II中、xは前記ゼラチン加水分解物の濃度であって単位は質量%であり、yは前記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量である。
【請求項2】
前記眼科用組成物は、Rhoキナーゼ阻害剤を含む、請求項1に記載の眼科用組成物。
【請求項3】
前記Rhoキナーゼ阻害剤は、ROCK阻害剤である、請求項2に記載の眼科用組成物。
【請求項4】
前記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量は、2000以上7000以下である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の眼科用組成物。
【請求項5】
前記眼科用組成物は、0.08±0.02mm以上0.31±0.02mm以下の外径を有する注射針を備えた注射器に充填される局所注射剤用である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の眼科用組成物。
【請求項6】
前記網膜組織を構成する細胞は、網膜色素上皮細胞である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の眼科用組成物。
【請求項7】
前記無血清培地は、成長因子を含む、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の眼科用組成物。
【請求項8】
前記成長因子は、AR、BMP-2、BMP-4、BMP-5、BMP-7、β-NGF、EGF、FGF-4、FGF-7、GDF-15、GDNF、GH、HB-EGF、HGF、IGFBP-1、IGFBP-2、IGFBP-3、IGFBP-4、IGFBP-6、IGF-I、インスリン、SCF、G-CSF、NT-3、NT-4、OPG、PDGF、PDGF-AA、PIGF、TGFα、TGFβ、TGFβ1、TGFβ3、BDNF、EPO、TPO、bFGFおよびPRPからなる群より選ばれる1種または2種以上の因子、またはそれらの誘導体である、請求項7に記載の眼科用組成物。
【請求項9】
前記ゼラチン加水分解物は、液体または粉体である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の眼科用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼科用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
加齢黄斑変性症をはじめとする色素変性等を伴う網膜組織の障害に対し、網膜色素上皮(RPE)細胞を直接病変部に移植する等の移植治療が検討されている。たとえば国際公開第2019/050015号(特許文献1)は、RPE細胞を直径数十μmの凝集体として病変部に移植することを開示している。米国特許出願公開第2016/0331867号明細書(特許文献2)は、RPE細胞をシート状に加工して病変部に移植することを開示している。『M. Koyanagi et al., J. Neurosci. Res. Volume 86. Issue 2. 1 February 2008:270-280』(非特許文献1)によれば、移植治療の動物モデルにおいて、Rhoキナーゼ阻害剤であるROCK阻害剤が病変部における移植細胞の生存率を改善させたことが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2019/050015号
【特許文献2】米国特許出願公開第2016/0331867号明細書
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】M. Koyanagi et al., J. Neurosci. Res. Volume 86. Issue 2. 1 February 2008:270-280
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
RPE細胞の移植治療に際しては、移植した細胞が病変部に留まらず漏出してしまうという問題が指摘されている。これに対し上記特許文献1は、RPE細胞を凝集体として移植することにより、上記問題の解決を図ろうとしているが、凝集体であるが故に病変部で細胞を均一に拡散させることが困難となるため、治療効果を向上させる点で改善の余地がある。上記特許文献2は、RPE細胞をシート状に加工して移植するが故に、病変部全体に細胞が拡散しないという問題に加え、網膜の切開および病変部等の処置が必要である点で改善の余地がある。上記非特許文献1においては、移植した細胞が漏出する問題が解決されていない。
【0006】
以上の点に鑑み、本発明は、移植した細胞が病変部から漏出することなく均一に拡散し、かつ病変部で生着することが可能となる眼科用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討の結果、本発明を完成させた。まず本発明者らは、無血清培地と、網膜組織を構成する細胞との混合物に対して添加可能であり、かつ網膜組織に対する適合性(以下、単に「生体適合性」とも記す)を有する添加剤を探索した。とりわけ上記添加剤として、移植した上記細胞が病変部から漏出することなく均一に拡散することに寄与する化合物を探索し、ゼラチン加水分解物を想到した。当該ゼラチン加水分解物は、所定の重量平均分子量となるようにゼラチンを加水分解することにより得ることができる。さらに上記ゼラチン加水分解物は、上記混合物に添加することによって所定の濃度とした場合に室温(25℃)および冷蔵温度(2~8℃)でゲル化せず、かつ上記混合物に対し上記細胞が病変部から漏出することを抑制しつつ、病変部にて均一に分散できる粘度を付与することができることを知見した。本知見に基づき、移植した細胞が病変部から漏出することなく均一に拡散し、かつ病変部で生着することができる眼科用組成物に到達した。
【0008】
本発明は、以下のとおりの特徴を有する。
〔1〕 本発明に係る眼科用組成物は、ゼラチン加水分解物と、無血清培地と、網膜組織を構成する細胞とを含む眼科用組成物であって、上記眼科用組成物は、上記ゼラチン加水分解物を5質量%以上30質量%以下含み、上記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量は、500以上10000以下であり、上記眼科用組成物における上記ゼラチン加水分解物の濃度と重量平均分子量とは、下記式Iおよび式IIの関係を満たす。
y≧-1950x+11800 式I
y≦-550x+20400 式II
上記式Iおよび上記式II中、xは上記ゼラチン加水分解物の濃度であって単位は質量%であり、yは上記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量である。
〔2〕 上記眼科用組成物は、Rhoキナーゼ阻害剤を含むことが好ましい。
〔3〕 上記Rhoキナーゼ阻害剤は、ROCK阻害剤であることが好ましい。
〔4〕 上記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量は、2000以上7000以下であることが好ましい。
〔5〕 上記眼科用組成物は、0.08±0.02mm以上0.31±0.02mm以下の外径を有する注射針を備えた注射器に充填される局所注射剤用であることが好ましい。
〔6〕 上記網膜組織を構成する細胞は、網膜色素上皮細胞であることが好ましい。
〔7〕 上記無血清培地は、成長因子を含むことができる。
〔8〕 上記成長因子は、AR、BMP-2、BMP-4、BMP-5、BMP-7、β-NGF、EGF、FGF-4、FGF-7、GDF-15、GDNF、GH、HB-EGF、HGF、IGFBP-1、IGFBP-2、IGFBP-3、IGFBP-4、IGFBP-6、IGF-I、インスリン、SCF、G-CSF、NT-3、NT-4、OPG、PDGF、PDGF-AA、PIGF、TGFα、TGFβ、TGFβ1、TGFβ3、BDNF、EPO、TPO、bFGFおよびPRPからなる群より選ばれる1種または2種以上の因子、またはそれらの誘導体であることが好ましい。
〔9〕 上記ゼラチン加水分解物は、液体または粉体であることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、移植した細胞が病変部から漏出することなく均一に拡散し、かつ病変部で生着することが可能となる眼科用組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本実施例において眼科用組成物による細胞漏出抑制作用を評価するために用いた網膜blebモデルを、その平面を撮影することにより示す画像図である。
【
図2】
図2は、
図1の網膜belbモデルの断面を模式的に示す説明図である。
【
図3】
図3は、試料31の眼科用組成物が奏する細胞生着効果を示す顕微鏡画像である。
【
図4】
図4は、試料aにiPS細胞由来RPE細胞およびROCK阻害剤を添加した例において細胞生着効果が奏さなかったことを示す顕微鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係る実施形態(以下、「本実施形態」とも記す)について、さらに詳細に説明する。ここで本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。本明細書において「ゼラチン」の用語については、物質名そのもの、ゼラチンゲルおよびゼラチン溶液をいう場合にそれぞれ用いることがある。また「ゼラチン加水分解物」の用語についても、上記ゼラチンと同様に、物質名そのもの、およびゼラチン加水分解物の溶液をいう場合に用いることがある。
【0012】
〔眼科用組成物〕
本実施形態に係る眼科用組成物は、ゼラチン加水分解物と、無血清培地と、網膜組織を構成する細胞とを含む眼科用組成物である。上記眼科用組成物は、上記ゼラチン加水分解物を5質量%以上30質量%以下含む。上記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量は、500以上10000以下である。上記眼科用組成物における上記ゼラチン加水分解物の濃度と重量平均分子量とは、下記式Iおよび式IIの関係を満たす。
y≧-1950x+11800 式I
y≦-550x+20400 式II
上記式Iおよび上記式II中、xは上記ゼラチン加水分解物の濃度であって単位は質量%であり、yは上記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量である。
【0013】
このような特徴を備える眼科用組成物は、移植した細胞が病変部から漏出することなく均一に拡散し、かつ病変部に生着することによって、上記細胞を用いた細胞移植による治療効果を改善することができる。
【0014】
<ゼラチン加水分解物>
上記眼科用組成物は、上述のようにゼラチン加水分解物を含む。本明細書において「ゼラチン加水分解物」とは、ゼラチンおよびコラーゲンの両方またはいずれか一方を加水分解することにより得られるペプチドの集合体(加水分解物)をいう。すなわち「ゼラチン加水分解物」は、一般にコラーゲンペプチドまたはコラーゲン加水分解物と称されるペプチドの集合体と等価なものを意味する。
【0015】
本明細書において「ゼラチン」とは、コラーゲンの三重らせん構造が熱変性、酸変性等によってほどけたポリペプチド、その化学修飾体およびその薬学上許容される塩を意味する。具体的には、以下の第1群~第6群からなる群より選ばれる少なくとも1種を由来とするコラーゲンを、脱脂処理、脱灰処理、酸またはアルカリ処理、熱水抽出処理等の従来公知の処理を施すことにより得ることができる。この中でコラーゲンを、無機酸を用いて処理することにより得たゼラチンを酸処理ゼラチンと称し、無機塩基を用いて処理することにより得たゼラチンをアルカリ処理ゼラチンと称する。酸処理ゼラチンは、等電点のpHが8~9である。アルカリ処理ゼラチンは、等電点のpHが4~7である。
【0016】
ゼラチンは、微生物を用いた発酵法により得たポリペプチド、化学合成または遺伝子組換え操作により得たリコンビナントポリペプチドまたは合成されたポリペプチドであってもよい。本明細書において「コラーゲン」とは、以下の第1群~第6群に分類される脊椎動物の皮膚などにおける細胞外基質を由来とするタンパク質をいう。コラーゲンは、3本のペプチド鎖からなる右巻きのらせん構造を有し、そのペプチド鎖を構成するアミノ酸残基は、グリシン残基が3残基ごとに繰り返される一次構造(所謂コラーゲン様配列)を有する。
第1群:牛の皮、皮膚、骨、軟骨および腱からなる群
第2群:豚の皮、皮膚、骨、軟骨および腱からなる群
第3群:羊の皮、皮膚、骨、軟骨および腱からなる群
第4群:鶏の皮、皮膚、骨、軟骨および腱からなる群
第5群:ダチョウの皮、皮膚、骨、軟骨および腱からなる群
第6群:魚の骨、皮および鱗からなる群。
【0017】
上記ポリペプチド(ゼラチン)の「化学修飾体」とは、ゼラチンを構成するアミノ酸残基におけるアミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシ基またはチオール基等が化学修飾されたポリペプチドを意味する。化学修飾を受けたゼラチンは、水に対する溶解性、等電点などを変化させることができる。具体的には、ゼラチンにおけるヒドロキシプロリン残基のヒドロキシ基に対しては、O-アセチル化などの化学修飾を実行することができる。ゼラチンにおけるグリシン残基のα-カルボキシル基に対しては、エステル化、アミド化などの化学修飾を実行することができる。ゼラチンにおけるプロリン残基のα-アミノ基に対しては、ポリペプチジル化、スクシニル化、マレイル化、アセチル化、脱アミノ化、ベンゾイル化、アルキルスルホニル化、アリルスルホニル化、ジニトロフェニル化、トリニトロフェニル化、カルバミル化、フェニルカルバミル化、チオール化などの化学修飾を実行することができる。
【0018】
ゼラチンの化学修飾の具体的手段および処理条件は、従来公知の化学修飾方法を適用することができる。ヒドロキシプロリン残基のヒドロキシ基の化学修飾については、水溶媒中または非水溶媒中で無水酢酸を作用させることなどにより、たとえばO-アセチル化を実行することができる。グリシン残基のα-カルボキシル基の化学修飾については、メタノールへの懸濁後に乾燥塩化水素ガスを通気することなどにより、たとえばエステル化を実行することができる。グリシン残基のα-カルボキシル基の化学修飾については、カルボジイミドなどを作用させることによりアミド化を実行することができる。
【0019】
上記ポリペプチド(ゼラチン)の「誘導体」には、ゼラチンに官能基を導入したゼラチン誘導体、およびゼラチンと乳酸、グリコール酸などとの共重合体、ゼラチンとポリエチレングリコール、プロピレングリコールとの共重合体などが含まれる場合がある。ゼラチン誘導体としては、ゼラチンに対してグアニジル基、チオール基、アミノ基、カルボキシル基、硫酸基、リン酸基、アルキル基、アシル基、フェニル基、ベンジル基などの官能基を導入した誘導体を例示することができる。
【0020】
上記ポリペプチド(ゼラチン)の「薬学上許容される塩」とは、薬学上許容され、かつ元となるポリペプチド(ゼラチン)の所望の活性(たとえば、ゲル化能)を有する塩を意味する。薬学上許容される塩としては、たとえば塩酸塩、硫酸塩、リン酸塩および臭化水素酸塩などの無機酸塩、酢酸塩、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、p-トルエンスルホン酸塩、コハク酸塩、シュウ酸塩、フマル酸塩およびマレイン酸塩などの有機酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩およびカルシウム塩などの無機塩基塩、トリエチルアンモニウム塩などの有機塩基塩などを例示することができる。常法に従ってゼラチン中の特定のペプチドを薬学上許容される塩にすることができる。
【0021】
ゼラチンは、多くの生物が保有するコラーゲンに由来するポリペプチドであるため、生体適合性に優れている。このため上記コラーゲンおよびゼラチンを加水分解することにより得られるゼラチン加水分解物も、生体適合性に優れており、医薬用途となる眼科用組成物の一成分として好適である。上記眼科用組成物に含まれるゼラチン加水分解物を得るためのゼラチンとしては、たとえば豚皮由来のアルカリ処理ゼラチン(商品名:「ビーマトリックスゼラチンLS-H」、新田ゼラチン株式会社製)を例示することができる。
【0022】
上記ゼラチン加水分解物は、溶媒(たとえば水)に溶解した場合、25℃前後の室温下および2~8℃の環境下でゲル化せず、ゾルの状態を維持する。したがって本実施形態に係る眼科用組成物は、25℃前後の室温で使用する際にゾル化のための加熱操作が不要である。本明細書において「ゾル」とは、分散質と分散媒とからなる分散系において、分散媒が液体状である分散系を意味する。「ゲル」とは、分散質と分散媒とからなる分散系において、分散質が架橋構造を形成し、分散系全体として流動性を失った状態を意味する。
【0023】
上記ゼラチン加水分解物は、上述のとおりゼラチンおよびコラーゲンの両方またはいずれか一方を加水分解することにより得られる。この場合の「加水分解」には、酸を用いる加水分解、塩基を用いる加水分解、酵素を用いる加水分解、および熱を用いる加水分解がいずれも含まれる。このため上記酸処理ゼラチンおよびアルカリ処理ゼラチンのどちらもが、ゼラチン加水分解物を得るため材料となることができる。さらにゼラチンおよびコラーゲンの両方またはいずれか一方を、酵素を用いて加水分解する場合、上記酵素としては、たとえばコラゲナーゼ、チオールプロテアーゼ、セリンプロテアーゼ、酸性プロテアーゼ、アルカリ性プロテアーゼ、メタロプロテアーゼ等が挙げられる。上述の酵素は、これらを単独でまたは複数組み合わせて用いることができる。上記チオールプロテアーゼとしては、植物由来のキモパパイン、パパイン、ブロメライン、フィシン、動物由来のカテプシン、カルシウム依存性プロテアーゼ等が挙げられる。上記セリンプロテアーゼとしては、トリプシン、カテプシンD等が挙げられる。上記酸性プロテアーゼとしては、ペプシン、キモトリプシン等が挙げられる。
【0024】
使用する酵素としては、ゼラチン加水分解物を医薬に利用することを考慮すると、病原性微生物由来の酵素以外の酵素(たとえば、非病原性の微生物に由来する酵素)を用いることが好ましい。上記酵素の由来となる非病原性の微生物としては、Bacillus Iicheniforms、Bacillus subtillis、Aspergillus oryzae、Streptomyces、Bacillus amyloliquefaciens等が挙げられる。上記酵素は、1種の上述した非病原性の微生物に由来する酵素を用いてもよいし、複数種の上述した非病原性の微生物に由来する酵素を組み合わせて用いてもよい。酵素処理の具体的な方法は、従来から知られている方法を用いればよい。ゼラチン加水分解物は、不純物のコンタミネーションを防止する観点から、熱を用いる加水分解により得ることが好ましい。
【0025】
上記ゼラチン加水分解物は、上述した方法によりゼラチンおよびコラーゲンの両方またはいずれか一方を加水分解した後、精製することにより液体として得ることができる。さらに上記液体を公知の手段によって加熱乾燥または凍結乾燥することにより粉体として得ることも可能である。つまり上記ゼラチン加水分解物は、液体または粉体であることが好ましい。ゼラチン加水分解物は、液体または粉体であることにより、本実施形態に係る眼科用組成物を容易に調製することができる。
【0026】
(濃度)
上記眼科用組成物は、上記ゼラチン加水分解物を5質量%以上30質量%以下含む。上記眼科用組成物に含まれる上記ゼラチン加水分解物の濃度が5質量%未満である場合、移植した細胞が病変部から漏出することを抑制する作用が些少となる恐れがある。上記眼科用組成物に含まれる上記ゼラチン加水分解物の濃度が30質量%を超える場合、粘度が必要以上に高くなり、操作性が悪化する恐れがある。たとえば、後述する0.08±0.02mm以上0.31±0.02mm以下の外径を有する注射針を備えた注射器を用いて病変部に適用することが困難となる可能性がある。上記眼科用組成物は、所望の効果をより有効に奏する観点から、上記ゼラチン加水分解物を10質量%以上20質量%以下含むことが好ましい。上記眼科用組成物中の上記ゼラチン加水分解物の濃度は、ハイドロキシプロリン定量等の公知の方法により測定することができる。
【0027】
(重量平均分子量)
上記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量(Mw)は、500以上10000以下である。上記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量は、650以上9900以下であることが好ましく、2000以上7000以下であることがより好ましい。これにより上記眼科用組成物は、2~30℃程度の環境においてゾル状態を維持することができる。さらに適切な粘度を有することにより、後述するように0.08±0.02mm以上0.31±0.02mm以下の外径を有する注射針を備えた注射器を用いて病変部に適用することが可能な局所注射剤用の眼科用組成物として調製することができる。
【0028】
上記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量が10000を超える場合、たとえば25℃前後の室温下または2~8℃の環境下においてゲル化する恐れがある。上記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量が500未満となる場合、移植した細胞が病変部から漏出することを抑制する作用が些少となる恐れがある。
【0029】
上記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量は、以下の測定条件の下でゲル濾過クロマトグラフィを実行することにより求めることができる。
機器 :高速液体クロマトグラフィ(HPLC)(東ソー株式会社製)
カラム:TSKGel(登録商標)G2000SWXL
カラム温度:30℃
溶離液:40質量%アセトニトリル(0.05質量%TFAを含む)
流速 :0.5mL/min
注入量:10μL
検出 :UV220nm
分子量マーカー:以下の4種を使用
Cytochrom C Mw:12384
Aprotinin Mw:6512
Bacitracin Mw:1423
Gly-Gly-Tyr-Arg Mw:451。
【0030】
具体的には、上記ゼラチン加水分解物を0.5g相当含む眼科用組成物を約100mlの蒸留水に添加し、撹拌した後、0.2μmフィルターを用いてろ過することにより、重量平均分子量を測定する試料(被測定物)を調製する。この被測定物を上述したゲル濾過クロマトグラフィの条件に基づいて測定することにより、上記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量を求めることができる。
【0031】
(濃度と平均分子量との関係)
上述のように、上記眼科用組成物における上記ゼラチン加水分解物の濃度と重量平均分子量とは、下記式Iおよび式IIの関係を満たす。
y≧-1950x+11800 式I
y≦-550x+20400 式II
上記式Iおよび上記式II中、xは上記ゼラチン加水分解物の濃度であって単位は質量%であり、yは上記ゼラチン加水分解物の重量平均分子量である。
【0032】
上記ゼラチン加水分解物の濃度と平均分子量との関係が上記式Iおよび式IIを満たす場合、上記ゼラチン加水分解物と、無血清培地と、網膜組織を構成する細胞とから、移植した細胞を病変部から漏出することなく均一に拡散させることのできる眼科用組成物を容易に調製することが可能となる。換言すれば、無血清培地と、網膜組織を構成する細胞との混合物に対し、上記ゼラチン加水分解物を上記式Iおよび式IIの関係を満たすようにして添加するという容易な調製方法によって、所望の効果を有する眼科用組成物を得ることができる。このため本実施形態により、汎用性の高い眼科用組成物を提供することが可能となる。
【0033】
上記ゼラチン加水分解物の濃度と重量平均分子量との関係において、y<-1950x+11800となる場合、上記眼科用組成物は、移植した細胞が病変部から漏出することを抑制する作用が些少となる恐れがある。上記眼科用組成物における上記ゼラチン加水分解物の濃度と重量平均分子量との関係において、y>-550x+20400となる場合、上記眼科用組成物は、粘度が必要以上に高くなり、操作性が悪化する恐れがある。
【0034】
<無血清培地>
上記眼科用組成物は、上述のように無血清培地を含む。本明細書において「無血清培地」とは、網膜組織を構成する細胞の生存を維持し、かつゼラチン加水分解物を溶解または分散させる機能を有する媒体をいう。とりわけ「無血清培地」は、血清を含まず、かつ水以外の成分であって後述するアミノ酸、糖類または緩衝作用を有する塩のいずれかを少なくとも含む組成を有する媒体をいう。これにより「無血清培地」は、血清を含む培地に比べ、病原体の混入防止、移植時の免疫拒絶反応のリスクが低い等のメリットがある。上記無血清培地は、成長因子を含むことが好ましい。つまり上記無血清培地は、成長因子と、アミノ酸、糖類および緩衝作用を有する塩からなる群より選ばれる1種を少なくとも含むことが好ましい。具体的には、無血清培地は、アミノ酸としてL-グルタミン酸、糖類としてグルコース、緩衝作用を有する塩として重炭酸ナトリウムを含む場合がある。より具体的には、上記眼科用組成物に含まれる無血清培地としては、Opti-MEM(登録商標、サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)を例示することができる。上記眼科用組成物は、無血清培地を含むことにより、網膜組織を構成する細胞を生存させた状態で病変部に移植することができる。この場合において網膜組織を構成する細胞を病変部から漏出することなく均一に拡散させることができる。上記眼科用組成物は、上記無血清培地を80質量%以上95質量%以下含むことが好ましい。
【0035】
(成長因子)
上記無血清培地は、上述のように成長因子を含むことが好ましい。この場合、上記成長因子は、AR、BMP-2、BMP-4、BMP-5、BMP-7、β-NGF、EGF、FGF-4、FGF-7、GDF-15、GDNF、GH、HB-EGF、HGF、IGFBP-1、IGFBP-2、IGFBP-3、IGFBP-4、IGFBP-6、IGF-I、インスリン、SCF、G-CSF、NT-3、NT-4、OPG、PDGF、PDGF-AA、PIGF、TGFα、TGFβ、TGFβ1、TGFβ3、BDNF、EPO、TPO、bFGFおよびPRPからなる群より選ばれる1種または2種以上の因子、またはそれらの誘導体であることが好ましい。これにより眼科用組成物は、網膜組織を構成する細胞を含んで構成した場合、網膜組織を構成する細胞のうち、とりわけ視細胞を保護する機能を向上させることができる。上記成長因子としては、bFGFであることがより好ましい。上記眼科用組成物に成長因子が含まれているか否かは、ウエスタンブロット法により確認することができる。
【0036】
(アミノ酸)
上記無血清培地は、アミノ酸として、メチオニン、アルギニン、トリプトファン、グルタミンおよびグルタミン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種を含むことが好ましい。上記無血清培地は、これらの群から選ばれる1種のアミノ酸を単独で含んでもよく、2種以上のアミノ酸を組合せて含んでもよい。上記無血清培地は、グルタミンおよびグルタミン酸の両者またはいずれか一方のアミノ酸を含むことがより好ましい。これにより眼科用組成物は、網膜組織を構成する細胞を含んで構成した場合、網膜組織を構成する細胞を適切に培養することができる。上記眼科用組成物にアミノ酸が含まれているか否かおよびその含有量は、従来のHPLC(高速液体クロマトグラフィー)を用いたアミノ酸分析法により確認することができる。
【0037】
(糖類)
上記無血清培地は、糖類として、グルコース、ショ糖、乳糖、ソルビトール、イノシトール、トレハロース、マンニトール、マルチトール、キシリトール、エリトリトールおよびグリセロールからなる群より選ばれる少なくとも1種を含むことができる。上記無血清培地は、これらの群から選ばれる1種の糖類を単独で含んでもよく、2種以上の糖類を組合せて含んでもよい。上記無血清培地は、トレハロースを少なくとも含む場合がある。これにより眼科用組成物は、網膜組織を構成する細胞を含んで構成した場合、網膜組織を構成する細胞の保護効果を高めることができる。本明細書において「糖類」に含まれる化合物としては、一般に糖類として分類される有機化合物だけでなく、糖アルコールに分類される有機化合物を含むものとする。上記の群の糖類において糖アルコールに分類される有機化合物は、上記ソルビトール、マンニトール、マルチトール、キシリトール、エリトリトールおよびグリセロールである。上記眼科用組成物に糖類が含まれているか否かは、モーリッシュ試験により確認することができる。
【0038】
(緩衝作用を有する塩)
上記無血清培地は、緩衝作用を有する塩として、重炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸カルシウム、リン酸マグネシウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸水素カリウム、リン酸水素カルシウム、リン酸水素マグネシウム、塩化ナトリウムおよび塩化カリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種を含むことが好ましい。上記無血清培地は、上記緩衝作用を有する塩を1種単独で含んでもよく、2種以上を組合せて含んでもよい。上記無血清培地は、緩衝作用を有する塩として、重炭酸ナトリウムまたはクエン酸ナトリウムのいずれかを少なくとも含むことがより好ましい。これにより眼科用組成物は、網膜組織を構成する細胞を含んで構成した場合、網膜組織を構成する細胞を、浸透圧、pHの変化等に起因するダメージから保護することができる。上記眼科用組成物は、上記緩衝作用を有する塩を0.1質量%以上0.9質量%以下含むことが好ましい。上記眼科用組成物中の上記緩衝作用を有する塩の含有量は、上記眼科用組成物の導電率を測定することにより定量することができる。
【0039】
上記無血清培地は、上述した緩衝作用を有する塩を含む水性メディウムに上述した成長因子、アミノ酸および糖類を添加することにより調製することができる。上記緩衝作用を有する塩を含む水性メディウムとしては、PBSバッファー、Trisバッファー、HEPESバッファー、酢酸バッファー、クエン酸バッファー、重炭酸バッファーなどを例示することができる。たとえばPBSバッファーの組成としては、137mM塩化ナトリウム、2.68mM塩化カリウム、10mMリン酸水素二ナトリウム、および2mMリン酸二水素カリウムとすることができる。上記無血清培地は、市販品(たとえば上記「Opti-MEM」)を入手するによって準備することもできる。
【0040】
(その他の成分)
上記無血清培地は、本発明の効果が奏される限りにおいて、その他の成分を含んでいてもよい。その他の成分としては、たとえば分化因子、ホルモン、ケモカイン、サイトカイン、細胞接着分子、走化因子、酵素、酵素インヒビター、補酵素(ビタミン類)、鉱物、脂肪、脂質、安定剤および保存剤等を挙げることができる。上記眼科用組成物は、上記のその他の成分を合計で0.01質量%以上0.5質量%以下含むことができる。
【0041】
<網膜組織を構成する細胞>
本実施形態に係る眼科用組成物は、上述のように網膜組織を構成する細胞を含む。本明細書において「網膜組織」とは、哺乳類(たとえばヒト)の眼を構成する一組織であって0.1~0.5mmの厚みを有し、眼球中に入ってきた光が像を結ぶ膜状の組織をいう。上記網膜組織は、10層の積層構造を有し、9層の神経網膜からなる層と網膜色素上皮(RPE)からなる層とを含む。9層の上記神経網膜は、神経節細胞、アマクリン細胞、双曲細胞、水平細胞および視細胞からなる5種の神経細胞を含む。網膜色素上皮は、RPE細胞を含む。したがって網膜組織を構成する細胞としては、上述した神経節細胞、アマクリン細胞、双曲細胞、水平細胞および視細胞、ならびにRPE細胞が例示される。上記眼科用組成物に含まれる網膜組織を構成する細胞は、上述した神経節細胞、アマクリン細胞、双曲細胞、水平細胞および視細胞、ならびにRPE細胞からなる群より選ばれる少なくとも1種を含むことが好ましい。
【0042】
とりわけ上記眼科用組成物に含まれる上記網膜組織を構成する細胞は、RPE細胞であることが好ましい。これにより上記眼科用組成物を、たとえば加齢黄斑変性症をはじめとする色素変性等を伴う網膜組織の障害に対し、RPE細胞を直接病変部に移植する移植治療に適用することができる。この場合において、移植したRPE細胞を病変部から漏出することなく均一に拡散し、かつ病変部で生着させることができる。上記眼科用組成物は、上記網膜組織を構成する細胞を1mL当たり1.0×106個以上2.0×107個以下含むことが好ましい。上記眼科用組成物中の上記網膜組織を構成する細胞の含有量は、従来公知の培養細胞の計数方法を用いることにより定量することができる。上記網膜組織を構成する細胞は、RPE細胞である場合、これを、たとえばヒトiPS細胞から公知の方法を用いて分化誘導することによって準備することができる。
【0043】
<Rhoキナーゼ阻害剤>
上記眼科用組成物は、Rhoキナーゼ阻害剤を含むことが好ましい。本明細書において「Rhoキナーゼ(ROCK:Rho-associated kinase)」とは、細胞内に存する低分子量GTPaseの一つとして知られるRhoタンパク質等により活性化されるセリン・スレオニンタンパク質リン酸化酵素(分子量約160kDa)をいう。Rhoキナーゼが活性化すると、細胞内シグナル伝達を経ることにより、当該細胞を含む組織内でのストレスファイバーの形成、平滑筋収縮等が起こるとされている。とりわけ眼科領域においてRhoキナーゼは、眼房水の排出を抑制し、眼圧を上昇させる(視野を狭窄化する)作用を有することが知られる。上記Rhoキナーゼ阻害剤は、上述したRhoキナーゼの作用を阻害する。このため上記Rhoキナーゼ阻害剤は、眼科領域においては眼房水の排出を促進し、眼圧を下降させる効果を期待して緑内障の治療等に用いられている。
【0044】
Rhoキナーゼ阻害剤としては、たとえばRhoキナーゼα、ROKα、ROCK2、Rhoキナーゼβ、ROKβまたはROCK1に対する阻害剤をそれぞれ例示することができる。上記Rhoキナーゼ阻害剤としては、上述した各種の阻害剤をいずれも上記眼科用組成物に含むことができる。とりわけ上記眼科用組成物に含まれる上記Rhoキナーゼ阻害剤は、ROCK阻害剤であることが好ましい。上記ROCK阻害剤は、ROCK1およびROCK2の両方またはいずれか一方の阻害剤であることが好ましい。
【0045】
上記眼科用組成物は、Rhoキナーゼ阻害剤を含む場合、上記眼科用組成物に含まれる網膜組織を構成する細胞(たとえばRPE細胞)を病変部においてより効果的に生着させ、もって生存率を改善させることができる。これにより加齢黄斑変性症をはじめとする色素変性等を伴う網膜組織の障害に対するRPE細胞を用いた移植治療の効果をより顕著に改善させることが可能となる。上記眼科用組成物は、上記Rhoキナーゼ阻害剤を0.1質量%以上0.5質量%以下含むことが好ましい。上記眼科用組成物に上記Rhoキナーゼ阻害剤が含まれているか否かは、活性型ROCKとそのリン酸化基質とリン酸化とを特異的に検出できる抗体を利用したウエスタンブロット法により確認することができる。
【0046】
<用途>
上記眼科用組成物は、0.08±0.02mm以上0.31±0.02mm以下の外径を有する注射針を備えた注射器に充填される局所注射剤用であることが好ましい。すなわち上記眼科用組成物は、局所注射剤用、とりわけ上述した注射針を備えた注射器に充填される局所注射剤用の眼科用組成物であることが好ましい。本明細書において「局所注射」とは、静脈内注射等の血管内に針を刺入れる方式の注射を除く注射法の全般を意味し、たとえば皮内注射、皮下注射、筋肉内注射、神経またはその周囲への注射、軟部組織への注射、膝または脊椎の椎間関節等の関節内への注射等を意味する。上記眼科用組成物は、ゼラチン加水分解物の従来知られていない属性、すなわち未知の属性として眼科領域における皮内注射、皮下注射、筋肉内注射、神経またはその周囲への注射、軟部組織等への局所注射用という、ゼラチン加水分解物の新規かつ有効な用途を提供することができる。
【0047】
ここで「0.08±0.02mm以上0.31±0.02mm以下の外径を有する注射針」とは、換言すれば30G(ゲージ)以上38G以下の外径を有する注射針であることが好ましい。なお外径とそのゲージ数とは、注射針の材質(プラスチックまたはステンレス等)によって異なる場合がある。たとえば後述する実施例において用いたプラスチック製の38Gの注射針は、0.12±0.02mmの外径を有する。上記眼科用組成物は、0.08±0.02mm以上0.15±0.02mm以下の外径を有する注射針を備えた注射器に適用されることがより好ましい。上記眼科用組成物は、0.08±0.02mm以上0.31±0.02mm以下の外径を有する注射針を備えた注射器が適用される各種の用途において、網膜組織を構成する細胞を病変部から漏出させることなく均一に拡散させることができ、かつ病変部で生着させることができる。
【0048】
<眼科用組成物の調製方法>
本実施形態に係る眼科用組成物は、従来公知の方法により調製することができる。上記眼科用組成物は、好ましくは次の方法により得ることができる。すなわち上記ゼラチン加水分解物、上記無血清培地および上記網膜組織を構成する細胞を準備する工程(第1工程)と、上記無血清培地に対し上記ゼラチン加水分解物および上記網膜組織を構成する細胞を添加することにより、眼科用組成物を調製する工程(第2工程)とを含む調製方法に基づいて上記眼科用組成物を得ることができる。
【0049】
(第1工程)
第1工程は、上記ゼラチン加水分解物、上記無血清培地および上記網膜組織を構成する細胞を準備する工程である。上記ゼラチン加水分解物は、ゼラチンまたはコラーゲンの両方またはいずれか一方を、重量平均分子量が500以上10000以下となるように加水分解することにより準備することができる。あるいは、市販品(たとえば商品名:「ビーマトリックスゼラチンHG」、新田ゼラチン株式会社製)を入手するにより、ゼラチン加水分解物を準備することもできる。上記無血清培地は、たとえば上述した緩衝作用を有する塩を含む水性メディウムに、必要に応じて各種の成長因子、アミノ酸および糖類を添加することにより調製することができる。あるいは、市販品(たとえば上記「Opti-MEM」)を入手するによって準備することもできる。上記網膜組織を構成する細胞は、ヒトiPS細胞から公知の方法を用いて分化誘導することによって準備することができる。
【0050】
(第2工程)
第2工程は、上記無血清培地に対し上記ゼラチン加水分解物および上記網膜組織を構成する細胞を添加することにより、眼科用組成物を調製する工程である。第2工程においては上記無血清培地に対し、含有量が1.0×106cells/mL以上2.0×107cells/mL以下となるように上記網膜組織を構成する細胞を添加し、かつ濃度が5~30質量%となるように上記ゼラチン加水分解物を添加し、これらを混合する。混合方法は、従来公知の方法を用いることができる。これにより本実施形態に係る眼科用組成物を調製することができる。上記眼科用組成物は、2~8℃で冷蔵保存することができ、あるいは-20℃または-80℃で冷凍保存することもできる。
【実施例0051】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0052】
〔予備試験〕
本実施形態に係る眼科用組成物において、網膜組織に生着させるための生体適合性材料として、ゼラチン加水分解物を用いることが妥当であるかどうかを、細胞接着促進作用を有するか否かの観点から検討した。比較対照となる生体適合性材料としては、ラクトアルブミン加水分解物を選択した。ラクトアルブミン加水分解物は、細胞培養液に栄養成分として汎用的に添加されるタンパク質であり、もって生体適合性を有している。ラクトアルブミン加水分解物は、通常0.5質量%の濃度で細胞培養液に適用される。
【0053】
<試料の調製>
まず以下の試料a、試料bおよび試料cを調製した。試料aについては、無血清培地であるOpti-MEM(登録商標)を用い、所定のプロトコルに従うことによって各種成分をRPE細胞の培養に適切となる濃度で含む溶液とした。
【0054】
試料bについては、試料aに対し、ラクトアルブミン加水分解物(商品名:「ラクトアルブミン加水分解物、富士フイルム和光純薬株式会社製、重量平均分子量(Mw):5000)が0.5質量%の濃度となるように添加された溶液とした。試料cについては、試料aに対し、次のゼラチン加水分解物が5質量%の濃度となるように添加された溶液とした。つまり豚皮由来アルカリ処理ゼラチン(beMatrix(登録商標)ゼラチンLS-H(新田ゼラチン株式会社製))に対し、熱を用いた加水分解を施すことによって重量平均分子量が4000であるゼラチン加水分解物を得、上記ゼラチン加水分解物を上記濃度で試料aに添加することにより試料cを調製した。
【0055】
<細胞接着作用確認試験>
次の手順により、細胞接着作用確認試験を実行した。まず国立研究開発法人理化学研究所にて樹立されたヒトiPS細胞(TLHD2株)を入手し、これを従来公知の方法を用いて分化誘導することによりヒトiPS細胞由来網膜色素上皮(RPE)細胞(以下、「iPS細胞由来RPE細胞」とも記す)を得た。次いで、上記iPS細胞由来RPE細胞を試料a、試料bおよび試料cにそれぞれ2.0×105個/500μLの濃度となるように添加することにより、試料a、試料bおよび試料cの細胞懸濁液をそれぞれ得た。さらに試料a、試料bおよび試料cの細胞懸濁液をそれぞれ3分割することによって一の被測定試料の容量を500μLとし、それらを24ウェルプレート(商品名:「Nunc Non-treated Multidishes」、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、1ウェルの容量3.4mL)中の9ウェルに対応させて播種した。
【0056】
次に、各試料の細胞懸濁液が播種された上記24ウェルプレートを、37℃、二酸化炭素濃度5体積%のインキュベータで24時間静置した。その後、上記24ウェルプレート中の各試料の細胞懸濁液が播種された9ウェルを、PBS(リン酸緩衝液)を用いて洗浄するとともに、各ウェルに残存する細胞数(以下、「残存細胞数」とも記す)を光学顕微鏡(商品名:「培養倒立顕微鏡」、株式会社ニコン製)で計数し、かつ試料a、試料bおよび試料cのそれぞれで、残存細胞数を求めた。結果を表1に示す。残存細胞数は、上記ウェルの中央部の顕微鏡視野(拡大倍率40倍、1視野:2.6mm×3.4mm)に接着した細胞の数(単位は、個)を意味する。
【0057】
【0058】
<考察>
表1によれば、無血清培地のみの試料aに比べ、ゼラチン加水分解物を添加した試料cは、上記ウェルに接着した細胞数が大幅に増加し、もって細胞接着促進作用を有すると評価された。とりわけ試料cは、ラクトアルブミン加水分解物を添加した試料bに比べても上記ウェルに接着した細胞数が大幅に増加し、本実施形態に係る眼科用組成物において、ゼラチン加水分解物を適用することが網膜組織に生着させるのに妥当かつ有効であると評価された。
【0059】
〔第1試験〕
網膜組織中の網膜下の狭い空間を模倣することにより再現した構造体である網膜blebモデルを用い、以下の各試料における細胞漏出抑制作用を確認した。以下の試料11~試料12、試料21~試料22、試料31~試料32、試料41~試料42および試料51が実施例である。試料1a~試料1b、試料2a~試料2b、試料3a~試料3b、試料4a~試料4b、試料5a~試料5bおよび試料6a~試料6cが比較例である。
【0060】
<網膜blebモデルの作製>
網膜blebモデルを、次の要領により作製した。まず48ウェルプレー(商品名:「Nunc Non-treated Multidishes」、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、1ウェルの容量1.6mL)を準備した。次いでシリコンエラストマーキット(商品名:「SYLGARDTM 184 シリコーン・エラストマー」、ダウ・ケミカル社製)に含まれる主剤40gおよび硬化剤4gを混合することにより混合物を得た上で、上記混合物を上記48ウェルプレートの各ウェルに0.8gずつ収容した。さらに上記混合物3gを上記48ウェルプレートの蓋部の表面に載せ、かつ薄く塗り広げた。
【0061】
次に、上記混合物が収容された上記48ウェルプレートおよび上記混合物が塗り広げられた上記蓋部を真空乾燥機(商品名:「真空定温乾燥器」、東京理化器械株式会社製)に収容し、真空引きせずに100℃で45分間乾燥させることにより、上記混合物をゲル化しシリコンゲルとした。さらに生検トレパン(商品名:「生検トレパン」、カイインダストリーズ株式会社製)を用いて上記48ウェルプレートの各ウェル中のシリコンゲルを直径3mmの円柱状にくり抜くことにより、上記の各ウェルに穴を形成した。上記生検トレパンを用い、上記蓋部上のシリコンゲルを直径10mmの円形状にくり抜き、かつ直径10mmの円形状のシリコンゲルの中央部に直径1mmの穴を空けた。最後に、中央部に直径1mmの穴が空いた直径10mmの円形状のシリコンゲルで、上記の各ウェルに形成した直径3mmの穴を塞いだ。以上により、
図1および
図2に示すような網膜blebモデルを作製した。
【0062】
網膜blebモデルの構造は概略、次のとおりである。
図1は、本実施例において眼科用組成物による細胞漏出抑制作用を評価するために用いた網膜blebモデルを、その平面を撮影することにより示す画像図である。
図2は、
図1の網膜belbモデルの断面を模式的に示す説明図である。
図2に示すように網膜blebモデル1は、48ウェルプレートのウェル11中にシリコンゴムからなる底部20、側壁21および上部22を有する収容部2が形成された構造を有する。上部22は、収容部2から外部へ通じる直径1mmの穴を有する。網膜blebモデル1は、この直径1mmの穴を通じて収容部2内に、38G等の所定の太さを有する注射針を備えた注射器Sに充填された眼科用組成物等のサンプルが導入されることにより、当該サンプルによる細胞漏出抑制作用等を評価することができる。
【0063】
<試料の調製>
(試料1a)
まず上述の試料aを準備した。さらに豚皮由来アルカリ処理ゼラチン(beMatrix(登録商標)ゼラチンLS-H(新田ゼラチン株式会社製))に対し、熱を用いた加水分解を施すことによって重量平均分子量が650であるゼラチン加水分解物を得た。次いで試料aに対し、上記ゼラチン加水分解物をその濃度が5質量%となるように添加することにより、ゼラチン加水分解物を含む無血清培地を調製した。
【0064】
上記ゼラチン加水分解物を含む無血清培地に対し、上述した予備試験により得たiPS細胞由来RPE細胞を5.0×106個/mLの濃度となるように添加することにより試料1aの眼科用組成物を得た。この眼科用組成物は、上記ゼラチン加水分解物を含む無血清培地にiPS細胞由来RPE細胞が分散した細胞懸濁液の態様を有していた。
【0065】
(試料11)
試料1aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を20質量%とすること以外、試料1aと同じ要領により、試料11の眼科用組成物を得た。
【0066】
(試料12)
試料1aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を30質量%とすること以外、試料1aと同じ要領により、試料12の眼科用組成物を得た。
【0067】
(試料1b)
試料1aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を40質量%とすること以外、試料1aと同じ要領により、試料1bの眼科用組成物を得た。
【0068】
(試料2a)
豚皮由来アルカリ処理ゼラチン(beMatrix(登録商標)ゼラチンLS-H(新田ゼラチン株式会社製))に対し、熱を用いた加水分解を施すことによって重量平均分子量が2000であるゼラチン加水分解物を得た。次いで試料aに対し、上記ゼラチン加水分解物をその濃度が5質量%となるように添加することにより、ゼラチン加水分解物を含む無血清培地を調製した。それ以外については、試料1aと同じ要領により、試料2aの眼科用組成物を得た。
【0069】
(試料21)
試料2aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を20質量%とすること以外、試料2aと同じ要領により、試料21の眼科用組成物を得た。
【0070】
(試料22)
試料2aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を30質量%とすること以外、試料2aと同じ要領により、試料22の眼科用組成物を得た。
【0071】
(試料2b)
試料2aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を40質量%とすること以外、試料2aと同じ要領により、試料2bの眼科用組成物を得た。
【0072】
(試料3a)
豚皮由来アルカリ処理ゼラチン(beMatrix(登録商標)ゼラチンLS-H(新田ゼラチン株式会社製))に対し、熱を用いた加水分解を施すことによって重量平均分子量が4000であるゼラチン加水分解物を得た。次いで試料aに対し、上記ゼラチン加水分解物をその濃度が1質量%となるように添加することにより、ゼラチン加水分解物を含む無血清培地を調製した。それ以外については、試料1aと同じ要領により、試料3aの眼科用組成物を得た。
【0073】
(試料31)
試料3aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を5質量%とすること以外、試料3aと同じ要領により、試料31の眼科用組成物を得た。
【0074】
(試料32)
試料3aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を20質量%とすること以外、試料3aと同じ要領により、試料32の眼科用組成物を得た。
【0075】
(試料3b)
試料3aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を30質量%とすること以外、試料3aと同じ要領により、試料3bの眼科用組成物を得た。
【0076】
(試料4a)
豚皮由来アルカリ処理ゼラチン(beMatrix(登録商標)ゼラチンLS-H(新田ゼラチン株式会社製))に対し、熱を用いた加水分解を施すことによって重量平均分子量が7000であるゼラチン加水分解物を得た。次いで試料aに対し、上記ゼラチン加水分解物をその濃度が1質量%となるように添加することにより、ゼラチン加水分解物を含む無血清培地を調製した。それ以外については、試料1aと同じ要領により、試料4aの眼科用組成物を得た。
【0077】
(試料41)
試料4aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を5質量%とすること以外、試料4aと同じ方法により、試料41の眼科用組成物を得た。
【0078】
(試料42)
試料4aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を20質量%とすること以外、試料4aと同じ方法により、試料42の眼科用組成物を得た。
【0079】
(試料4b)
試料4aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を30質量%とすること以外、試料4aと同じ方法により、試料4bの眼科用組成物を得た。
【0080】
(試料5a)
豚皮由来アルカリ処理ゼラチン(beMatrix(登録商標)ゼラチンLS-H(新田ゼラチン株式会社製))に対し、熱を用いた加水分解を施すことによって重量平均分子量が9900であるゼラチン加水分解物を得た。次いで試料aに対し、上記ゼラチン加水分解物をその濃度が1質量%となるように添加することにより、ゼラチン加水分解物を含む無血清培地を調製した。それ以外については、試料1aと同じ要領により、試料5aの眼科用組成物を得た。
【0081】
(試料51)
試料5aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を5質量%とすること以外、試料5aと同じ方法により、試料51の眼科用組成物を得た。
【0082】
(試料5b)
試料5aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を20質量%とすること以外、試料5aと同じ方法により、試料5bの眼科用組成物を得た。
【0083】
(試料6a)
豚皮由来アルカリ処理ゼラチン(beMatrix(登録商標)ゼラチンLS-H(新田ゼラチン株式会社製))に対し、熱を用いた加水分解を施すことによって重量平均分子量が20000であるゼラチン加水分解物を得た。次いで試料aに対し、上記ゼラチン加水分解物をその濃度が1質量%となるように添加することにより、ゼラチン加水分解物を含む無血清培地を調製した。それ以外については、試料1aと同じ要領により、試料6aの眼科用組成物を得た。
【0084】
(試料6b)
試料6aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を5質量%とすること以外、試料6aと同じ方法により、試料6bの眼科用組成物を得た。
【0085】
(試料6c)
試料6aにおけるゼラチン加水分解物を含む無血清培地中の上記ゼラチン加水分解物の濃度を20質量%とすること以外、試料6aと同じ方法により、試料6cの眼科用組成物を得た。
【0086】
<細胞漏出抑制作用確認試験>
各試料(試料11~試料12および試料1a~試料1b、試料21~試料22および試料2a~試料2b、試料31~試料32および試料3a~試料3b、試料41~試料42および試料4a~試料4b、試料51および試料5a~試料5b、ならびに試料6a~試料6c)の眼科用組成物で、38Gの太さを有する注射針(商品名:「Tapered PolyTip(登録商標) Cannulas」、Medone社製)を備えた注射器S(テルモ株式会社製)を用いて上述した
図2の網膜blebモデル1の収容部2を満たすことにより、各試料の細胞漏出抑制作用を確認した。
【0087】
具体的には、まず網膜blebモデル1の収容部2を試料aで満たした。さらに各試料30μL(1.5×105個のiPS細胞由来RPE細胞を含有)を、注射器Sを用いて網膜blebモデル1の収容部2に導入した。次いで各試料が収容部2に収容された網膜blebモデル1を30分静置した後、この網膜blebモデル1を軽く叩くことにより振動衝撃を加え、さらに収容部2から各試料の上清を回収した。当該上清中のiPS細胞由来RPE細胞の数を計数し、これを漏出細胞数として求めた。また1.5×105個に対する漏出細胞数の割合を、細胞漏出率(%)として百分率により示した。
【0088】
さらに各試料においてそれぞれ、ROCK阻害剤(商品名(品番):「Y-27632」、MedChem Express社製)を0.1質量%となるように添加した追加試料を調製し、これらの追加試料についても上述した要領により、細胞漏出抑制作用を確認した。結果を表2に示す。表2において38G注射針通過性が良好である場合をG(good)と示し、不良である場合をNG(no good)と示す。また表2中の「-(ダッシュ)」は、測定不能であったことを示す。すなわち試料1b、試料2b、試料3b、試料4b、試料5bおよび試料6cの眼科用組成物は、38G注射針通過性がNG(no good)であって上記注射器の注射針を通過することができず、もってこれらを網膜blebモデル1の収容部2に導入することができなかった。このため、これらの試料の細胞漏出抑制作用を確認することができなかった。
【0089】
【0090】
<考察>
表2によれば、試料11~試料12、試料21~試料22、試料31~試料32、試料41~試料42および試料51は、細胞漏出率が25%以下であって細胞漏出抑制作用を有すると評価された。試料1a、試料2a、試料3a、試料4a、試料5aおよび試料6aは、細胞漏出率が25%を超えた。試料1b、試料2b、試料3b、試料4b、試料5bおよび試料6cは、測定不能であったため、細胞漏出抑制作用を有するとは評価できなかった。なお試料6bについては、調製時に加熱を要する点、冷蔵保存するとゲル化し、使用時に加熱して再溶解する必要があるなど使用性の面で難点があるため、細胞漏出抑制作用の有無に関わらず、本発明に係る眼科用組成物としては不適であると評価した。
【0091】
〔第2試験〕
第1試験により調製した試料11、試料31および試料51ならびに予備試験により調製した試料aを用い、以下に説明する試験を実行することにより、各試料における細胞接着作用を確認した。
【0092】
<細胞接着確認試験>
まず上記の試料11、試料31および試料51に対し、上述した試料aを微量追加等することにより、眼科用組成物中のiPS細胞由来RPE細胞の濃度が、2.0×105個/500μLとなるように調製した。さらに試料aに対し、RPE細胞の濃度が2.0×105個/500μLとなるように、iPS細胞由来RPE細胞を添加した。次いで各試料500μLをPKH蛍光色素(商品名(品番):「PKH26」、シグマアルドリッチ社製)で標識した後、24ウェルプレート(商品名:「Nunc Non-treated Multidishes」、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、1ウェルの容量3.4mL)中の4ウェルに対応させて播種した。
【0093】
次に、各試料が播種された上記24ウェルプレートを、37℃、二酸化炭素濃度5体積%のインキュベータで24時間静置した。その後、上記24ウェルプレート中の各試料が播種された4ウェルを、試料aを用いて3回洗浄するとともに、各ウェルに対し4質量%のパラホルムアルデヒド(PFA)を加え、もって各ウェル中の上記iPS細胞由来RPE細胞を固定した。最後に、各ウェルに接着している上記細胞数を求める目的で、各ウェルにおける上記PHK蛍光色素の蛍光強度を蛍光顕微鏡(商品名:「オールインワン蛍光顕微鏡」、キーエンス株式会社製)により測定した。結果を表3に示す。上記PHK蛍光色素の蛍光強度は、上記ウェルに接着した細胞の数と正比例することが知られる。
【0094】
さらに各試料において、ROCK阻害剤(商品名(品番):「Y-27632」、MedChem Express社製)を30μMの濃度となるように添加した追加試料をそれぞれ調製し、当該追加試料についても上述した要領により、細胞接着作用を確認した。
【0095】
【0096】
<考察>
表3によれば、試料11、試料31および試料51は、ROCK阻害剤の有無に関わらず、試料aにRPE細胞を添加した例に比べて強い蛍光強度を呈したことから、良好な細胞接着作用を有すると評価された。試料aにROCK阻害剤を添加した例では、良好な細胞接着作用が示されたものの、後述する第3試験の結果に照らせば、本実施形態にて課題とした移植した細胞が病変部から漏出することなく均一に拡散し、かつ病変部で生着することを、解決することが困難であることが理解される。
【0097】
〔第3試験〕
第1試験により調製した試料11、試料31および試料51ならびに予備試験により調製した試料aを用い、以下に説明する試験を実行することにより、各試料における細胞生存率を確認した。
【0098】
<細胞生存率確認試験>
まず試料aを用い、各試料(試料11、試料31および試料51)の眼科用組成物中のiPS細胞由来RPE細胞の濃度が2.0×105個/500μLとなるように調製した。さらに試料aに対し、RPE細胞の濃度が2.0×105個/500μLとなるように、iPS細胞由来RPE細胞を添加した。次いで、各試料500μLを24ウェルプレート(商品名:「Nunc Non-treated Multidishes」、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、1ウェルの容量3.4mL)中の4ウェルに対応させて播種した。
【0099】
次に、各試料が播種された上記24ウェルプレートを、37℃、二酸化炭素濃度5体積%のインキュベータで3日間静置した。その後、上記24ウェルプレート中の各試料に含まれるiPS細胞由来RPE細胞をトリパンブルー染色し、生細胞と視細胞とを計数することにより、上記iPS細胞由来RPE細胞の生存率を測定した。結果を表4に示す。
【0100】
さらに各試料においてそれぞれ、ROCK阻害剤(商品名(品番):「Y-27632」、MedChem Express社製)を0.1質量%となるように添加した追加試料を調製し、当該追加試料についても上述した要領により、細胞接着作用を確認した。
【0101】
【0102】
<考察>
表4によれば、試料11、試料31および試料51は、ROCK阻害剤の有無に関わらず、75%を超える細胞生存率を示したことから、試料aにRPE細胞を添加した例に比べて良好な細胞生存率を呈すると評価された。
【0103】
図3は、試料31の眼科用組成物が奏する細胞生着効果を示す顕微鏡画像である。
図4は、試料aにiPS細胞由来RPE細胞およびROCK阻害剤を添加した例において細胞生着効果が奏さなかったことを示す顕微鏡画像である。
図3からは、上記24ウェルプレート中に播種された試料31中のiPS細胞由来RPE細胞が上記ウェル内で均一に拡散し、かつ上記24ウェルプレートに対し良好に生着している様子が理解される。
図4からは、上記24ウェルプレート中に播種された試料a中のiPS細胞由来RPE細胞が上記ウェル内で凝集してしまい、上記24ウェルプレートに対し生着できずに細胞死に向かう様子が理解される。
【0104】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0105】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上述した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。