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  • 特開-樹脂被膜及び摺動部材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024014592
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】樹脂被膜及び摺動部材
(51)【国際特許分類】
   C08L 101/00 20060101AFI20240125BHJP
   F04B 39/00 20060101ALI20240125BHJP
   C08L 27/12 20060101ALI20240125BHJP
   C08K 5/20 20060101ALI20240125BHJP
   C08L 79/08 20060101ALI20240125BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20240125BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20240125BHJP
   C10M 147/04 20060101ALN20240125BHJP
   C10M 125/02 20060101ALN20240125BHJP
   C10M 147/02 20060101ALN20240125BHJP
   C10N 50/08 20060101ALN20240125BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20240125BHJP
【FI】
C08L101/00
F04B39/00 A
F04B39/00 103Z
C08L27/12
C08K5/20
C08L79/08
C23C26/00 A
C08K3/04
C10M147/04
C10M125/02
C10M147/02
C10N50:08
C10N30:06
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022117541
(22)【出願日】2022-07-22
(71)【出願人】
【識別番号】000001845
【氏名又は名称】サンデン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124327
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 勝博
(72)【発明者】
【氏名】安藤 怜
(72)【発明者】
【氏名】瀧澤 美穂
(72)【発明者】
【氏名】宍戸 宏光
(72)【発明者】
【氏名】藤井 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】柿沼 昂希
【テーマコード(参考)】
3H003
4H104
4J002
4K044
【Fターム(参考)】
3H003AD03
3H003CA01
3H003CA02
4H104AA04C
4H104CD02C
4H104CD04C
4H104LA03
4H104QA12
4J002BD152
4J002CM041
4J002EP016
4J002FD206
4J002GM00
4K044AA02
4K044AB10
4K044BA21
4K044BB01
4K044BC01
4K044CA53
4K044CA67
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本件出願に係る発明は、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)を溶媒として用いることに伴い、低分子量のバインダー樹脂を採用した場合であっても、高分子量のバインダー樹脂を採用したものと同等の強度、耐久性及び潤滑性を発揮する摺動部材用の樹脂被膜、及び基材表面にこれを備えた摺動部材を提供することを課題とする。
【解決手段】この課題を解決するために、本件出願に係る発明は、MPAとバインダー樹脂とフッ素樹脂粒子とを含み、当該フッ素樹脂粒子の粒径は、7μm~25μmであり、当該摺動部材を構成する基材の摺動面を覆う当該樹脂被膜の表面についてEDX分析でのフッ素元素マッピング図におけるフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が4%~8%であることを特徴とする摺動部材用の樹脂被膜、及び基材の摺動面にこれを備える摺動部材を採用する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動部材用の凝着防止のための樹脂被膜であって、
3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)とバインダー樹脂とフッ素樹脂粒子とを含み、
当該フッ素樹脂粒子の粒径は、7μm~25μmであり、
当該摺動部材を構成する基材の摺動面を覆う当該樹脂被膜の表面についてEDX分析でのフッ素元素マッピング図におけるフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が4%~8%であることを特徴とする樹脂被膜。
【請求項2】
前記樹脂被膜の膜厚は、前記フッ素樹脂粒子の粒径以上である請求項1に記載の樹脂被膜。
【請求項3】
前記樹脂被膜の膜厚は、10μm~25μmである請求項1又は請求項2に記載の樹脂被膜。
【請求項4】
前記樹脂被膜は、更にグラファイトを含み、
当該グラファイトの含有量は、1質量%~10質量%である請求項1に記載の樹脂被膜。
【請求項5】
前記バインダー樹脂は、ポリアミドイミド樹脂又はポリイミド樹脂である請求項1に記載の樹脂被膜。
【請求項6】
請求項1に記載の樹脂被膜を基材の摺動面に備え、
当該基材の摺動面は、予め粗化処理されていることを特徴とする摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件出願は、摺動部材用の凝着防止のための樹脂被膜及び、基材の摺動面にこれを備えた摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
コンプレッサー等の機械装置に備わる摺動部材には、耐摩耗性、耐焼付き性、潤滑性等を改善する目的で、その摺動面に樹脂被膜が設けられている場合がある。そして、この樹脂被膜には、様々な成分のものが提案されている。ここで、樹脂被膜の成分であるバインダー樹脂を検討する際に重要となるものの一つが、当該バインダー樹脂を溶解するために用いる溶媒の種類である。従来、この溶媒には、主にN-メチル-2-ピロリドン(NMP)が採用されてきた。その理由は、N-メチル-2-ピロリドンは、様々なバインダー樹脂に対して優れた溶解性を有する極性溶媒であることから、これを用いることで好適な摺動部材用の塗料を得ることができるためである。
【0003】
ここで、環境規制等の観点から、このNMPの代替として提案されている溶媒の一つが、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)である。しかし、MPAの溶解度はN-メチル-2-ピロリドンと比較して低いため、溶解できるバインダー樹脂の分子量が低くなる。低分子量のバインダー樹脂による樹脂被膜の強度及び耐久性は、高分子量のバインダー樹脂と比較して一般的に低い。
【0004】
特許文献1には、「ポリテトラフルオロエチレン、ポリアミドイミド樹脂及びフィラーと、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミドとを含む、カーエアコンコンプレッサーピストン用の樹脂組成物から形成した塗膜」が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、「バインダー樹脂とフッ素樹脂粒子とを含む配合物を3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミドに混合及び分散させてなる摺動用塗料を基材に塗布し、前記基材上の前記摺動用塗料を加熱により硬化させることで形成される摺動皮膜を摺動部に備える斜板式圧縮機」が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2022-15680
【特許文献2】特開2020-203243
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、例えば、車載用コンプレッサーでは、まれに液圧縮での運転が必要となる場合があり、樹脂被膜に対してより高い耐久性が求められている。そのため、この特許文献1及び特許文献2の塗膜及び斜板式圧縮機は、いまだ改善の余地があり、市場要求を十分に満たすものではなかった。
【0008】
本件出願に係る発明は、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)を溶媒として用いることに伴い、低分子量のバインダー樹脂を採用した場合であっても、高分子量のバインダー樹脂を採用したものと同等の強度、耐久性及び潤滑性を発揮する摺動部材用の樹脂被膜、及び基材の摺動面にこれを備えた摺動部材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本件発明者は、鋭意研究の結果、以下の手段を採用することにより、上述の課題を解決するに至った。
【0010】
A.本件出願に係る樹脂被膜
本件出願に係る樹脂被膜は、摺動部材用の凝着防止のためのものであって、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)とバインダー樹脂とフッ素樹脂粒子とを含み、当該フッ素樹脂粒子の粒径は、7μm~25μmであり、当該摺動部材を構成する基材の摺動面を覆う当該樹脂被膜の表面についてEDX分析でのフッ素元素マッピング図におけるフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が4%~8%であることを特徴とする。
【0011】
本件出願に係る樹脂被膜の膜厚は、前記フッ素樹脂粒子の粒径以上であることが好ましい。
【0012】
本件出願に係る樹脂被膜の膜厚は、10μm~25μmであることが好ましい。
【0013】
本件出願に係る樹脂被膜は、更にグラファイトを含み、当該グラファイトの含有量は、1質量%~10質量%であることが好ましい。
【0014】
本件出願に係る樹脂被膜におけるバインダー樹脂は、ポリアミドイミド樹脂又はポリイミド樹脂であることが好ましい。
【0015】
B.本件出願に係る摺動部材
本件出願に係る摺動部材は、上述の本件出願に係る樹脂被膜を基材の摺動面に備え、当該基材の摺動面は、予め粗化処理されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本件出願に係る樹脂被膜は、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)を溶媒として用いることに伴い、低分子量のバインダー樹脂を採用した場合であっても、高分子量のバインダー樹脂を採用したものと同等の強度、耐久性及び潤滑性を発揮することができる。そして、本件出願に係る樹脂被膜を基材の摺動面に備え、当該基材の摺動面を予め粗化処理した摺動部材は、環境規制等に対応しつつ、特に耐久性及び信頼性に優れたものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】(A)~(D)は、本件出願に係る実施例1及び、比較例1~比較例3における、樹脂被膜表面のEDX分析で得た画像を示す。
図2】(A)~(D)は、本件出願に係る実施例1及び、比較例1~比較例3における、摺動性能試験後の樹脂被膜表面の外観写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、図1及び図2を参照して、本件出願に係る樹脂被膜及び摺動部材の一実施形態を説明する。
【0019】
A.本件出願に係る樹脂被膜
本件出願に係る樹脂被膜は、摺動部材用の凝着防止のためのものである。すべり軸受と回転軸、固定スクロールと可動スクロール等の互いの摺動部材が、これを内部に備える機械装置の運転に伴い高速で長時間摺動すると、摺動部材を構成する基材の摺動面が、摩擦熱により融解して凝着する。そして、互いの摺動部材が凝着すると、これを内在する機械装置が故障するおそれがある。本件出願に係る発明は、これを未然に防ぐ目的で、摺動部材を構成する基材の摺動面に設けるための樹脂被膜を提供するものである。
【0020】
本件出願に係る樹脂被膜は、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)とバインダー樹脂とフッ素樹脂粒子とを含み、当該フッ素樹脂粒子の粒径は、7μm~25μmである。そして、本件出願に係る樹脂被膜は、摺動部材を構成する基材の摺動面を覆う樹脂被膜の表面についてEDX分析でのフッ素元素マッピング図におけるフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が4%~8%であることを特徴とする。本件出願に係る樹脂被膜は、当該要件を具備することにより、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)を溶媒として用いることに伴い、低分子量のバインダー樹脂を採用した場合であっても、高分子量のバインダー樹脂を採用したものと同等の強度、耐久性及び潤滑性を発揮することができる。
【0021】
本件出願に係る樹脂被膜は、上述のとおり、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)とバインダー樹脂とフッ素樹脂粒子とを含む。このうち、MPAは、樹脂被膜を形成する際に用いる塗料に含まれる溶媒(バインダー樹脂を溶解するために用いる溶媒)である。しかし、摺動部材を構成する基材の摺動面に本件出願に係る樹脂被膜を設けるにあたり、樹脂被膜中から溶媒であるMPAを全て除去することは困難であり、概ね20000ppm以下のMPAが樹脂被膜中に含まれるものとなる。また、フッ素樹脂粒子は固体潤滑剤として機能するものであり、特に貧潤滑時における樹脂被膜の潤滑性を高め、且つ樹脂被膜の耐久性等を向上させるためのものである。
【0022】
ここで、本件出願に係る樹脂被膜の膜厚は、フッ素樹脂粒子の粒径以上であることが好ましい。樹脂被膜の膜厚がフッ素樹脂粒子の粒径よりも小さい場合、樹脂被膜の表面からフッ素樹脂粒子が一部露出することとなる。摺動部材を構成する基材の摺動面に、当該態様の樹脂被膜を設けて、これを内在する機械装置を製造し運転すると、機械装置の運転中にフッ素樹脂粒子が樹脂被膜から脱落する、摩擦によりフッ素樹脂粒子の露出部分が削れる等してフッ素樹脂粒子が機械装置内に混入し、予期せぬ不具合を引き起こすおそれがある。また、フッ素樹脂粒子が樹脂被膜から脱落すると、脱落した部分の樹脂被膜の膜厚が極端に小さくなり、樹脂被膜の強度が低下して機械装置の運転中に摺動部材を構成する基材の摺動面から剥離するおそれがある。
【0023】
そして、この樹脂被膜の膜厚は、10μm~25μmであることがより好ましい。この樹脂被膜の膜厚が10μm未満であると、樹脂被膜の強度及び耐久性が低下して、機械装置の運転中に樹脂被膜に割れや欠けが生じる、摺動部材を構成する基材の摺動面から剥離する傾向にあるため好ましくない。一方、樹脂被膜の膜厚が25μmを超えても、摺動部材の放熱性が低下して、機械装置の運転中に、摩擦熱によりその一部が溶解し、樹脂被膜の表面に歪みや変形等が生じ、機械装置を正常に運転できなくなる傾向にあるため好ましくない。
【0024】
<バインダー樹脂>
バインダー樹脂は、樹脂被膜の形成に用いる塗料を調整する際に、溶媒として用いる3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)に対して所定量溶解するものであれば、その種類に特段の制限はない。例えば、本件出願に係る発明で採用できるバインダー樹脂としては、ポリアミドイミド樹脂(PAI)、ポリイミド樹脂(PI)、フェノール樹脂、エポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂が挙げられる。このうち、本件出願に係る発明においては、摺動部材同士の凝着等により生じる焼き付きの抑制に優れた、ポリアミドイミド樹脂(PAI)又はポリイミド樹脂(PI)をバインダー樹脂として採用することが好ましい。ポリアミドイミド樹脂(PAI)及びポリイミド樹脂(PI)は、耐熱性、強度及び耐久性が高く、加工性も比較的良好である。
【0025】
<フッ素樹脂粒子>
本件出願に係る発明で採用できるフッ素樹脂粒子の種類に特段の制限はなく、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ペルフルオロアルコキシアルカン(PFA)、エチレンテトラフルオロエチレン(ETFE)等が挙げられる。このうち、耐熱性及び耐摩耗性が優れるPTFEを用いることが好ましい。
【0026】
ここで、フッ素樹脂粒子の好適な粒径は、7μm~25μmである。このフッ素樹脂粒子の粒径が7μm未満であると、樹脂被膜の強度及び耐久性を向上させるために多量のフッ素樹脂粒子を用いる必要があると共に、材料の取り扱いが困難になる傾向があるため好ましくない。一方、フッ素樹脂粒子の粒径が25μmを超えても、摺動部材を構成する基材の摺動面に当該フッ素樹脂粒子を確実に固定するために樹脂被膜の膜厚を極端に大きくする必要があり、摺動部材の放熱性が低下するため好ましくない。
【0027】
そして、本件出願に係る樹脂被膜は、摺動部材を構成する基材の摺動面を覆う樹脂被膜の表面についてEDX分析でのフッ素元素マッピング図におけるフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)を4%~8%とする必要がある。より具体的には、この「フッ素元素検出部位の総面積の割合(%)」は、例えば、SEM-EDX分析装置を用いてフッ素元素の分布画像を取得した後、画像解析ソフトを用いて当該画像を二値化して求めたフッ素元素の総面積と、画像の視野面積(1.0mm×1.3mm)から算出できる。このフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が4%未満であると、樹脂被膜の表面近傍におけるフッ素樹脂粒子の含有量が少なすぎることから、樹脂被膜の潤滑性及び耐久性を向上させる効果が十分得られない傾向にあるため好ましくない。一方、このフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が8%を超えても、相対的に樹脂被膜の表面近傍におけるバインダー樹脂の含有量が低下し、バインダー樹脂によりフッ素樹脂粒子を樹脂被膜中に保持する力が弱くなることから、フッ素樹脂粒子が樹脂被膜から一部脱落する等して樹脂被膜の強度及び耐久性が低下する傾向にあるため好ましくない。
【0028】
更に、フッ素樹脂粒子の含有量は、15質量%~25質量%であることが好ましい。このフッ素樹脂粒子の含有量が15質量%未満であると、樹脂被膜の強度及び耐久性を改善する効果が得られない傾向にあるため好ましくない。一方、フッ素樹脂粒子の含有量が25質量%を超えても、相対的にバインダー樹脂の含有量が低下し、摺動部材を構成する基材の摺動面に対する樹脂被膜の密着性が低下する傾向にあるため好ましくない。
【0029】
<潤滑剤>
本件出願に係る樹脂被膜は、更に、グラファイトや二硫化モリブデン等の潤滑剤を含むことが好ましい。樹脂被膜がこれらの潤滑剤を含むものであると、樹脂被膜表面の摩擦係数が低下すると共に耐摩耗性が向上して、摺動部材を構成する基材の摺動面に当該樹脂被膜を設けた際に、摺動特性が良好なものとなるためである。そして、これらの潤滑剤のうち、材料の取り扱い易さや比較的安価であること等の観点から、グラファイトを用いることがより好ましい。
【0030】
潤滑剤としてグラファイトを用いる場合、グラファイトの含有量は、1質量%~10質量%であることが好ましい。このグラファイトの含有量が1質量%未満であると、樹脂被膜の摩擦係数の低下、耐摩耗性の向上等の効果が得られない傾向にあるため好ましくない。一方、グラファイトの含有量が10質量%以上であっても、樹脂被膜の摩擦係数が低下すると共に耐摩耗性が向上する効果がより大きくなるものでもなく、単なる資源の無駄となるため好ましくない。以上に、樹脂被膜の成分及び構造について説明した。次に、この樹脂被膜の形成方法について簡単に説明する。
【0031】
本件出願に係る樹脂被膜は、上述のとおり、摺動部材用の凝着防止のためのものである。そのため、本件出願に係る発明に対する理解をより容易なものとする目的で、その成膜対象を摺動部材を構成する基材の摺動面として、本件出願に係る樹脂被膜の形成方法を説明する。樹脂被膜を基材の摺動面に形成するためには、まず、溶媒である3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)、バインダー樹脂、フッ素樹脂粒子及びグラファイト等の添加物を接触させて、撹拌機等を用いて攪拌し、摺動部材用塗料を調整する。これをスプレー法等の従来公知の方法で、摺動部材を構成する基材の摺動面に塗布する。次いで、基材が変形するおそれのない温度(例えば、基材がアルミニウム製の場合、160℃~180℃)で15分間~120分間の熱処理を行うことにより、摺動部材を構成する基材の摺動面に樹脂被膜を形成することができる。なお、上述のバインダー樹脂としては、予め3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)に所定量バインダー樹脂を溶解した樹脂ワニスの状態のものを用いてもよい。
【0032】
B.本件出願に係る摺動部材
本件出願に係る摺動部材は、基材の摺動面に上述の樹脂被膜を備えるものである。そして、当該基材の表面は、予め粗化処理されていることを特徴とする。本件出願に係る摺動部材は、当該要件を具備することにより、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)を溶媒として用いることにより環境規制等に対応しつつ、基材と樹脂被膜との密着性が高く、特に耐久性及び信頼性に優れたものである。
【0033】
ここで、基材を構成する金属としては、鉄やアルミニウム等を用いることができる。そして、この基材の摺動面を粗化する方法としては、ショットブラスト法やサンドブラスト法、アルマイト処理等の従来公知の方法を採用することができる。また、摺動部材を構成する基材の摺動面に樹脂被膜を設けるにあたり、所望の膜厚よりも大きい厚さで樹脂被膜を形成した後、研削機等を用いて所望の膜厚まで表面を研削し、樹脂被膜の表面を平滑化してもよい。
【0034】
以下に、本件出願に係る発明の実施例及び比較例を示し、当該発明についてより具体的に説明する。なお、本件出願に係る発明の技術的思想は、以下に述べる実施例の記載に限定して解釈されるものではない。
【実施例0035】
本実施例1では、まず、表1に記載の配合割合となるよう、溶媒である3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)と、ポリアミドイミド樹脂(PAI)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)及びグラファイトとを接触させて、撹拌機により攪拌混合して摺動用塗料を調整した。なお、ポリテトラフルオロエチレンは、平均粒径が10μmのものを使用した。次いで、鋼鉄からなる斜板基材を脱脂処理した後、表面をショットブラスト法で粗化した。このとき、粗化処理後の斜板基材の表面粗さ(十点平均粗さ・Rz)は、9.0μmだった。この斜板基材の表面に、上述の配合割合で調整して得た摺動用塗料をスプレー法で塗布した後、加熱装置内に静置して230℃で30分間の熱処理を行った。このとき、熱処理後の樹脂被膜の平均膜厚は、50μmだった。次いで、この樹脂被膜を研削機で研削して表面を平滑化し、平均膜厚25μm、表面粗さ(算術平均粗さ・Ra)0.8μmの樹脂被膜付き斜板基材を得た。この樹脂被膜付き斜板基材における樹脂被膜中の各成分の含有量を表2に示す。
【0036】
続いて、この樹脂被膜付き斜板基材における樹脂被膜表面のフッ素元素を、SEM-EDX分析装置(日本電子株式会社製のJSM-IT300)を用いて、加速電圧20kV、観察倍率100倍、測定時間(積算時間)30分間の条件で分析した。図1(A)に、このEDX分析で得た画像を示す。なお、この画像における白色部分が、フッ素元素が存在する部分である。次いで、画像解析ソフト(三谷商事株式会社製のWinROOF、バージョン7.0.0)を用いて、このEDX分析で得た画像を二値化してフッ素元素を抽出し、視野面積(1.0mm×1.3mm)当たりのフッ素元素マッピング図におけるフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)を算出したところ、その数値は5.9%だった。その結果を表2に示す。
【0037】
次に、上述の方法で樹脂被膜付き斜板基材を別途製造し、回転式摩擦摩耗試験機を用いて、機械油を潤滑油、シューを相手軸(高炭素クロム軸受鋼鋼材)として、試験機荷重10000N、回転速度8000rpm、30秒間を1サイクルとして、これを15サイクル繰り返すものである。なお、本試験で規定するサイクル数は15サイクルであるが、この規定のサイクル数(15サイクル)に達する前に、回転式摩擦摩耗試験機に異音や異常なトルク変動が生じた場合は試験を中断し、目視により樹脂被膜の剥離や異常摩耗等の不具合を確認しつつ、試験を行うものとした。本実施例においては、規定の時間中に異音や異常なトルク変動等は生じず、本摺動性能試験を行った後に樹脂被膜の外観を目視で観察すると、樹脂被膜に剥離や異常摩耗等の不具合は生じていなかった。この摺動性能試験の試験結果を、表2に示す。なお、表2において、試験後の樹脂被膜に剥離等の不具合が生じなかったものは「〇」、剥離や異常摩耗等の不具合が生じたものは「×」と記載した。また、この摺動性能試験後の樹脂被膜付き斜板基材の外観写真を図2(A)に示す。
【実施例0038】
実施例2は、樹脂被膜付き斜板基材における樹脂被膜表面のフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が4.6%である点のみが、実施例1と異なる。そのため、樹脂被膜付き斜板基材の製造方法及びその評価方法については、記載を省略する。そして、この実施例2で得た樹脂被膜付き斜板基材を用いて、実施例1と同様の条件で摺動性能試験を行った後、樹脂被膜の外観を目視で観察したところ、樹脂被膜に剥離や異常摩耗等の不具合は生じていなかった。なお、本実施例においても、規定の時間中に回転式摩擦摩耗試験機に異音や異常なトルク変動等は生じなかった。この実施例2の各種パラメータ及び評価結果を表1及び表2に示す。
【実施例0039】
実施例3は、ポリテトラフルオロエチレンの平均粒径が20μmである点、及び、樹脂被膜付き斜板基材における樹脂被膜表面のフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が6.4%である点のみが、実施例1と異なる。そのため、樹脂被膜付き斜板基材の製造方法及びその評価方法については、記載を省略する。そして、この実施例3で得た樹脂被膜付き斜板基材を用いて、実施例1と同様の条件で摺動性能試験を行った後、樹脂被膜の外観を目視で観察したところ、樹脂被膜に剥離や異常摩耗等の不具合は生じていなかった。なお、本実施例においても、規定の時間中に回転式摩擦摩耗試験機に異音や異常なトルク変動等は生じなかった。この実施例3の各種パラメータ及び評価結果を表1及び表2に示す。
【実施例0040】
実施例4は、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)、ポリアミドイミド、ポリテトラフルオロエチレン及びグラファイトの各配合割合、及び、樹脂被膜付き斜板基材における樹脂被膜表面のフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が7.8%である点のみが、実施例1と異なる。そのため、樹脂被膜付き斜板基材の製造方法及びその評価方法については、記載を省略する。そして、この実施例4で得た樹脂被膜付き斜板基材を用いて、実施例1と同様の条件で摺動性能試験を行った後、樹脂被膜の外観を目視で観察したところ、樹脂被膜に剥離や異常摩耗等の不具合は生じていなかった。なお、本実施例においても、規定の時間中に回転式摩擦摩耗試験機に異音や異常なトルク変動等は生じなかった。この実施例4の各種パラメータ及び評価結果を表1及び表2に示す。
【比較例】
【0041】
[比較例1]
比較例1は、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)、ポリアミドイミド、ポリテトラフルオロエチレン及びグラファイトの各配合割合、及び、樹脂被膜付き斜板基材における樹脂被膜表面のフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が2.5%である点のみが、実施例1と異なる。そのため、樹脂被膜付き斜板基材の製造方法及びその評価方法については、記載を省略する。また、図1(B)に、EDX分析で得た画像を示す。そして、この比較例1で得た樹脂被膜付き斜板基材を用いて、実施例1と同様の条件で摺動性能試験を行った後、樹脂被膜の外観を目視で観察すると、樹脂被膜に剥離や異常摩耗等の不具合が生じていた。この比較例1の各種パラメータ及び評価結果を表1及び表2に示す。また、この摺動性能試験後の樹脂被膜付き斜板基材の外観写真を図2(B)に示す。
【0042】
[比較例2]
比較例2は、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)、ポリアミドイミド、ポリテトラフルオロエチレン及びグラファイトの各配合割合、及び、樹脂被膜付き斜板基材における樹脂被膜表面のフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が10.9%である点のみが、実施例1と異なる。そのため、樹脂被膜付き斜板基材の製造方法及びその評価方法については、記載を省略する。また、図1(C)に、EDX分析で得た画像を示す。そして、この比較例2で得た樹脂被膜付き斜板基材を用いて、実施例1と同様の条件で摺動性能試験を行った後、樹脂被膜の外観を目視で観察すると、樹脂被膜に剥離や異常摩耗等の不具合が生じていた。この比較例2の各種パラメータ及び評価結果を表1及び表2に示す。また、この摺動性能試験後の樹脂被膜付き斜板基材の外観写真を図2(C)に示す。
【0043】
[比較例3]
比較例3は、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)、ポリアミドイミド、ポリテトラフルオロエチレン及びグラファイトの各配合割合、及び、樹脂被膜付き斜板基材における樹脂被膜表面のフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が15.1%である点のみが、実施例1と異なる。そのため、樹脂被膜付き斜板基材の製造方法及びその評価方法については、記載を省略する。また、図1(D)に、EDX分析で得た画像を示す。そして、この比較例3で得た樹脂被膜付き斜板基材を用いて、実施例1と同様の条件で摺動性能試験を行った後、樹脂被膜の外観を目視で観察すると、樹脂被膜に剥離や異常摩耗等の不具合が生じていた。この比較例3の各種パラメータ及び評価結果を表1及び表2に示す。また、この摺動性能試験後の樹脂被膜付き斜板基材の外観写真を図2(D)に示す。
【0044】
[比較例4]
比較例4は、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)、ポリアミドイミド、ポリテトラフルオロエチレン及びグラファイトの各配合割合、ポリテトラフルオロエチレンの平均粒径が4μmである点、及び樹脂被膜付き斜板基材における樹脂被膜表面のフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が6.4%である点のみが、実施例1と異なる。そのため、樹脂被膜付き斜板基材の製造方法及びその評価方法については、記載を省略する。そして、この比較例1で得た樹脂被膜付き斜板基材を用いて、実施例1と同様の条件で摺動性能試験を行った後、樹脂被膜の外観を目視で観察したところ、樹脂被膜に剥離や異常摩耗等の不具合が生じていた。この比較例4の各種パラメータ及び評価結果を表1及び表2に示す。
【0045】
[比較例5]
比較例5は、ポリテトラフルオロエチレンの平均粒径が4μmである点、及び樹脂被膜付き斜板基材における樹脂被膜表面のフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が10.2%である点のみが、実施例1と異なる。そのため、樹脂被膜付き斜板基材の製造方法及びその評価方法については、記載を省略する。そして、この比較例5で得た樹脂被膜付き斜板基材を用いて、実施例1と同様の条件で摺動性能試験を行った後、樹脂被膜の外観を目視で観察したところ、樹脂被膜に剥離や異常摩耗等の不具合が生じていた。この比較例5の各種パラメータ及び評価結果を表1及び表2に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
【表2】
【0048】
<実施例と比較例との対比>
以上の結果より、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(MPA)とバインダー樹脂とフッ素樹脂粒子とを含み、フッ素樹脂粒子の平均粒径が7μm~25μmであり、摺動部材を構成する基材の摺動面を覆う樹脂被膜の表面についてEDX分析でのフッ素元素マッピング図におけるフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が4%~8%である実施例1~実施例4は、樹脂被膜付き斜板基材を用いて摺動性能試験を行ったところ、樹脂被膜に剥離や異常摩耗等の不具合は生じなかった。
【0049】
一方、フッ素樹脂粒子の平均粒径が7μm~25μmの数値範囲外であるか、又は、摺動部材を構成する基材の摺動面を覆う樹脂被膜の表面についてEDX分析でのフッ素元素マッピング図におけるフッ素元素検出部位の総面積の割合(%)が4%~8%の数値範囲外である比較例1~比較例5は、樹脂被膜付き斜板基材を用いて摺動性能試験を行ったところ、樹脂被膜に剥離や異常摩耗等の不具合が生じた。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本件出願に係る摺動部材用の樹脂被膜は、コンプレッサー等の機械装置における摺動部材の凝着防止のために用いることができる。そして、本件出願に係る樹脂被膜を基材の摺動面に備える摺動部材は、通常のコンプレッサー等の機械装置の他、車両用コンプレッサー等の特に過酷な環境で用いる機械装置において好適に用いることができる。
図1
図2