(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024145968
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】創傷被覆材
(51)【国際特許分類】
A61L 15/24 20060101AFI20241004BHJP
【FI】
A61L15/24 110
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023058605
(22)【出願日】2023-03-31
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業、「有機材料の極限機能創出と社会システム化をする基盤技術の構築及びソフトマターロボティクスへの展開」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】000004466
【氏名又は名称】三菱瓦斯化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100146732
【弁理士】
【氏名又は名称】横島 重信
(72)【発明者】
【氏名】櫛田 恵理子
(72)【発明者】
【氏名】松下 海瑠
(72)【発明者】
【氏名】田中 賢
(72)【発明者】
【氏名】小林 慎吾
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AA03
4C081BB09
4C081CA08
(57)【要約】
【課題】水和時に中間水を有することで生体親和性を示すと共に、細胞との間で高い接着力を示すポリマー組成物を含む創傷被覆材を提供すること。
【解決手段】下記式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を有するポリマー組成物を含むことを特徴とする創傷被覆材。
(式(1)において、R
1は水素原子またはメチル基、R
2はC
nH
2n+1(n=1~3の整数)で示される炭化水素基、R
3はそれぞれ独立してエーテル結合を有していてもよい炭素数10以下の炭化水素基をそれぞれ表す。)
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を有するポリマー組成物を含むことを特徴とする創傷被覆材。
(式(1)において、R
1は水素原子またはメチル基、R
2はC
nH
2n+1(n=1~3の整数)で示される炭化水素基、R
3はそれぞれ独立してエーテル結合を有していてもよい炭素数10以下の炭化水素基をそれぞれ表す。)
【請求項2】
R3が直鎖もしくは分岐した炭素数5以下のアルキレン基であることを特徴とする請求項1に記載の創傷被覆材。
【請求項3】
R1が水素原子であることを特徴とする請求項1に記載の創傷被覆材。
【請求項4】
R2がメチル基であることを特徴とする請求項1に記載の創傷被覆材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切創、裂傷、挫傷、火傷、褥瘡などの創傷部に適用することにより、創傷部の治癒を促す創傷被覆材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の創傷の治療は、創傷部を消毒等した後、ガーゼ等で創傷部を被覆して保護した状態で創傷部の組織の再生を待つ方法が一般的であった。これに対して、近年、得られている知見では、当該ガーゼ等を創傷部に被覆する方法においては、ガーゼが創傷部の組織液等の創傷分泌物(滲出液)を創傷部から吸収して除去する結果、創傷部が乾燥することによって創傷部の組織再生等が遅延させられることが明らかにされている。このため、創傷部に適用された際に創傷部を湿潤状態に維持した状態で保護可能な創傷被覆材(ドレッシング材)の開発が広く行われている。
【0003】
上記のように創傷部に適用されて、創傷部を適度の湿潤状態に維持可能な創傷被覆材においては、当該機能を良好に発揮するために、水保持性(親水性)と接着性を併せ持つことが求められる。つまり、水保持性を有することにより創傷部から放出される滲出液を吸収して適度な湿潤状態に維持すると共に、創傷部やその周囲の皮膚、粘膜等に対する接着性を有することにより当該水保持性を発揮する部位が創傷部等に密着した状態を維持することが求められる。
【0004】
創傷被覆材に求められる上記特性を満たすために、これまでに知られている創傷被覆材においては、各種の親水性を示す物質をエラストマー等の疎水性を示す物質を混合し、主に当該疎水性物質をマトリックスとして、その内部に親水性物質が分散して存在するハイドロコロイド等の混合分散体を膏体として、これを創傷部に適用することが広く行われている(例えば、特許文献1~3を参照。)。当該構造を有する創傷被覆材においては、マトリックス相である疎水性物質が創傷部やその周囲の皮膚、粘膜等に対する接着性を発揮することにより、分散相である親水性物質が創傷部付近の湿潤状態を維持するものと考えられる。
【0005】
他方、一般に各種の人工的に合成された材料等の生体に由来しない物質の表面に血液等の生体関連物質が接触すると、当該材料の表面が異物として認識され、例えば、材料表面へのタンパク質の非特異的吸着とその変性等を生じ、その結果として凝固系、補体系、血小板系の活性化等の異物反応を生じることが知られている。
これに対して、近年の研究によって、合成ポリマー等であっても、所定の構造を有することにより水分子との間で水和し、その際に「中間水」と呼ばれる状態の水分子を含有可能なポリマー等の表面に生体関連物質が接触した際には、上記のような異物反応が抑制されることが示され、いわゆる生体親和性を発揮可能であることが明らかにされている(例えば、特許文献4を参照)。
【0006】
上記所定のポリマー等が示す生体親和性を利用して、生体を構成する組織や細胞、血液等と接触して使用される医療用機器等の表面を当該ポリマー等で構成することにより、当該接触に起因する異物反応等が抑制可能であり、各種の医療用機器等を構成する材料として使用が広がっている。また、上記創傷被覆材についても、生体親和性を示すポリ(2-メトキシエチルアクリレート)(PMEA)等の高分子ポリマーを適用する試みが行われている。(例えば、非特許文献1を参照。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000-37413号公報
【特許文献2】特開2011-45494号公報
【特許文献3】特表2002-512295号公報
【特許文献4】特開2017-82174号公報
【特許文献5】特開2016-63801号公報
【特許文献6】特開2020-185292号公報
【特許文献7】特開2020-186340号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Tanaka et al. Coatings,2021,11,461
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
皮膚や皮下組織などに損傷が存在する創傷部においては、真皮や皮下組織等の結合組織が表皮を介さずに外部に露出していることから、当該部位に生体親和性を示さない物質表面が接触した際には、生体組織内に異物反応を生じることが考えられる。このため、創傷部に接触する創傷被覆材の表面を、中間水を含有することにより生体親和性を示す物質により構成することが望まれる。
【0010】
一方、水相と接触した際に水和反応を生じて所定量の水を包含可能な親水性ポリマーにおいては、一般に生体組織等に対して十分な接着性を確保することが困難である。また、特に水和によって中間水を含有する物質の表面においては、細胞が有する細胞接着分子であるインテグリンによる結合の発現が当該中間水の作用によって抑制される(例えば、特許文献5を参照。)等、一般に中間水を有しない表面と比較した際に各種細胞が接着する際の接着力が小さいことが知られている。
【0011】
このため、上記のように従来のハイドロコロイドを利用した創傷被覆材においては、当該生体親和性等を示す親水性物質を創傷部に接触させて維持する目的で、当該親水性物質と創傷部に対する粘着性を発揮する疎水性物質を混合してなるハイドロコロイドを創傷部に対する粘着層(膏体)として、全体として吸液性と接着性が両立されている。
【0012】
しかしながら、生体組織内に生じる異物反応の影響は、当該異物反応を生じた部位に限定されず、補体活性化等を介して全身に及ぶと考えられることから、上記創傷被覆材として使用されるハイドロコロイドに含まれる疎水性物質の割合を減少し、或いは、親水性物質であって生体親和性を示す物質によって創傷被覆材を構成することが望まれる。
本発明は、水和時に中間水を有することで生体親和性を示すと共に、細胞等との間で高い接着力を示すポリマー組成物を含む創傷被覆材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明は、以下のような特徴を有する創傷被覆材を提供する。
<1> 式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を有するポリマー組成物を含む創傷被覆材。
但し、式(1)において、R
1は水素原子またはメチル基、R
2はC
nH
2n+1(n=1~3の整数)で示される炭化水素基、R
3はそれぞれ独立してエーテル結合を有していてもよい炭素数10以下の炭化水素基をそれぞれ表す。
式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を有するポリマー組成物は、中間水を有することで生体親和性を示すと共に、他の中間水を有するポリマー組成物と比較した際に細胞との間で高い接着力を示すことから、創傷部に対する粘着性の発現が期待され、創傷被覆材として好ましく使用することができる。
<2> 式(1)において、R
3が直鎖もしくは分岐した炭素数5以下のアルキレン基である上記の創傷被覆材。
<3> 式(1)において、R
1が水素原子である上記の創傷被覆材。
<4> 式(1)において、R
2がメチル基である上記の創傷被覆材。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る創傷被覆材によれば、生体親和性を示すと共に細胞等との間で高い接着力を示すポリマー組成物によって創傷被覆材の少なくとも一部を構成することによって、創傷被覆材との間で生じる生体の異物反応を抑制した状態で、創傷部を湿潤状態に維持して保護することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】各種ポリマー組成物表面での正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)の接着性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
相互に接触する物質の表面間に接着力を生じる機構は多様であり、一般には、当該表面を構成する分子内に存在する分極等に起因して電気的に引き合うことによって生じる分子間力や、接触界面を介して相互に分子が移動して混合する等によって生じる融着等による接着力、接触界面の凹凸に起因して相互に物質が流入することによって機械的に分離が困難になるアンカー効果(投錨効果)に起因する接着力等の存在が知られている。
【0017】
一方、接着される物質の一方が細胞や組織等の生体関連物質である場合には、例えば、細胞表面の原形質膜にあるタンパク質によって構成される細胞接着分子(インテグリン)等、生体が備える接着機構の作用が重畳すると考えられることから、各種の物質を接触させた際に生じる接着強度の構成要素を明らかにすることは困難である。
【0018】
例えば、従来のハイドロコロイドを利用した創傷被覆材において、創傷部への接着性を確保するための疎水性物質として使用されるポリイソブチレン等は、シーリング剤や接着剤として広く使用される物質であり、上記分子間力等に起因する接着力を有するものと考えられる。また、ハイドロコロイドを用いた創傷被覆材においては、創傷部に適用された後にハイドロコロイドが流動することによって貼付部位への密着力が増加することが知られており、アンカー効果に起因する接着力が発揮されるものと考えられる。
【0019】
また、生体親和性を示さない当該ポリイソブチレン等を生体の創傷部に適用した際には、生体側に異物反応を生じてポリイソブチレン等と生体の界面部にタンパク質の非特異的吸着と変性等を生じる結果として、アンカー効果等に起因する接着力を生じる可能性が考えられる。
【0020】
また、生体親和性を示さない表面に接着細胞が接触した際には、細胞接着の頻度が高いと共に、細胞が有するインテグリンの作用による接着を生じる一方で、当該形態で接着した細胞は扁平になって複数の接着斑を生じることが観察され、当該形態では細胞の活性が低下して、その後の細胞の培養等の進展が困難になることが観察されている(例えば、特許文献5等を参照)。
【0021】
また、手術の創部(縫合部、切断面、切離面)等において組織のすき間を埋めて組織を接着・閉鎖等する目的で使用される組織接着剤としてのフィブリン糊は、フィブリン糊に含まれるフィブリノゲンがインテグリンと結合すること等によって接着強度を生じることが知られている。
【0022】
一方、中間水を含有することで生体親和性を発現する表面においては、タンパク質の非特異的吸着や変性等が抑制されることにより生体における異物反応の原因となり難い一方で、インテグリンによる細胞接着が抑制されるため、一般に細胞や生体組織等との接着強度を確保することが困難であることが知られている(例えば、特許文献5等を参照)。そして、このような事情によって、生体に由来する物質であり水和によって中間水を含有するゼラチンやコラーゲン等の親水性物質を創傷被覆に使用する際には、ポリイソブチレン等の疎水性物質との間でハイドロコロイドを形成させ、当該ポリイソブチレン等によって組織との接着力を発揮させていたものと考えられる(例えば、特許文献1等を参照)。
【0023】
上記のような技術背景において、本発明者が、中間水を含有することで生体親和性を発現する物質であり、且つ、細胞に対して有効な接着性を有する物質を探索したところ、以下の式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を有するポリマー組成物は親水性を示し、水相と共存することによって水和反応を示すことにより当該水和した水分子の一部が中間水の状態となっていることが観察されると共に、他の中間水を有する物質等と比較した際に高い細胞接着性を示すことが見出され、本発明に至ったものである。
【0024】
【化1】
但し、式(1)において、R
1は水素原子またはメチル基、R
2はC
nH
2n+1(n=1~3の整数)で示される炭化水素基、R
3はそれぞれ独立してエーテル結合を有していてもよい炭素数10以下の炭化水素基をそれぞれ表す。
【0025】
式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を有するポリマー組成物は、一般に粘稠性を有すると共に、非水溶性、又は、所定の温度域で非水溶性を示す。また、例えば、特許文献6,7等に記載されるように、当該ポリマー組成物を含水させた状態で氷点下の温度域で温度変化をさせた際に、水の低温結晶化(コールドクリスタリゼーション)に由来する潜熱の移動(発熱)等が観察され、当該発熱量に対応する量の中間水を含有することが確認されている。また、当該中間水の含有の結果として、当該ポリマー組成物の表面ではPET樹脂等の中間水を含有しないポリマーの表面と比較して、血小板の粘着や活性化が抑制されることが確認される等、生体親和性を示すことが確認されている。
【0026】
上記含水したポリマー組成物において観察されるコールドクリスタリゼーションは、含水された水分子の一部がポリマーに所定の形態で結合して存在する結果、通常の水分子のように0℃で液相から固相への相変態をせずに、より低温側の領域において相変態を生じて結晶化するものであり、当該結晶化を生じた水分子の量に応じた潜熱の移動を生じるものと考えられている。そして、当該挙動を示す水分子が中間水として定義され、含水時に当該中間水を含有する物質においては生体親和性が発揮されることが明らかにされている(例えば、引用文献4等を参照)。
【0027】
式(1)で表されるモノマーでは、そのR3の部位が鎖状のエーテル構造を構成する点で、従来より生体親和性を示すポリマーとして医療用機器等に使用されているポリ (2-メトキシアルキルアクリレート)(PMEA)と類似し、中間水を含有可能であると考えられる。
【0028】
以下の実施例に示すように、本発明に係る創傷被覆材において使用されるポリマー組成物の表面に接した環境で、各種の創傷治癒研究等に使用される試験細胞である正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)を培養液中に懸濁して培養したところ、当該ポリマー表面においては、上記PMEA等の生体親和性を示すポリマーの表面と比較して、細胞の接着頻度が高いことが観察された。更に、生体親和性を示さないことにより、高い頻度で非正常な状態で細胞接着を生じるPET樹脂等の表面と比較した際にも細胞の接着頻度が更に高いことから、当該ポリマー組成物の表面においては、細胞接着を促す機構が存在することが推察された。
なお、以下の記載において、本発明に係る創傷被覆材において使用されるポリマー組成物を、特に本発明に係るポリマー組成物と記載する場合がある。
【0029】
例えば、特許文献4等に記載されるように、中間水を含有する表面において細胞培養を行った際には、培養される細胞が有するインテグリンに基づく細胞接着を生じ難い等、当該細胞が生体内の細胞外マトリックス内に存在する状態に近い環境での培養等が可能になることから、例えば、再生医療において細胞培養を行う際の足場として適することが知られている。
【0030】
一方、本発明に係るポリマー組成物が、上記のように、細胞との間で接着を生じやすい特性を有することを利用して、生体表面や内部において、いわゆるインビボの形態で何らかの損傷を有する創傷部に貼付する等によって適用することで当該部位に接着を生じ、その状態で細胞培養や組織再生の足場として作用すると考えられる。これによれば、湿潤環境下で損傷した組織の再生を行う際に、疎水性物質を含む従来のハイドロコロイドと比較して細胞の活性低下等を抑制可能であり、より円滑に組織再生を進展させることが期待される。
【0031】
本発明に係るポリマー組成物が、他の中間水を有するポリマー等と比較した際に細胞等に対して高い接着性を示す機構は明らかでないが、従来から中間水を有するポリマーとして使用されているPMEA(式(2))と比較した際に、PMEAでは、中間水の生成に主に寄与すると考えられる側鎖内の鎖状エーテル部(CH2-CH2-O)の末端がメトキシ基で終端されているのに対して、本発明に係るポリマー組成物においては、鎖状エーテル部の末端がα―ヒドロキシイソブタン酸エステル基等で終端されていることから、当該部分が示す疎水性に基づく分子間力などにより細胞との間での接着力が生じるものと考えられる。
【0032】
【0033】
式(1)において、R1は式(1)で表されるモノマーをラジカル重合等によって重合してポリマーとした際に、当該ポリマーの主鎖に連結する部位であって、R1を水素原子とすることでアクリル骨格を有するポリマー、R1をメチル基とすることでメタクリル骨格を有するポリマーが形成される。本発明に係るポリマー組成物においては、特にR1を水素原子としてアクリル骨格を有するポリマーとすることで、水相に対する溶解度が温度によって急激に変化する温度応答性を有するポリマーとすることができる。
【0034】
式(1)において、R2は、本発明に係るポリマー組成物を構成するポリマーの側鎖の末端部分の構造に関するものであって、CnH2n+1(n=1~3の整数)で示される炭化水素基を示す。一般に炭化水素基は疎水性を示すことから、R2を含む側鎖の末端部分は本発明に係るポリマー組成物が示す細胞への接着性に寄与することが考えられる。R2におけるn値を拡大することにより、ポリマー側鎖の疎水性が増加すると考えられることから、R2におけるn値をn=1~3の範囲で変更することによって、ポリマーが示す疎水性の程度を調整することができる。
【0035】
式(1)において、R3は、本発明に係るポリマー組成物を構成するポリマーの側鎖部分に含まれる鎖状エーテル部分の構造に関するものであって、例えば、R3がエーテル結合を含まず炭素数が2の場合には、R3を含んで、ポリエチレングリコールの構成単位であるエチレンオキサイド(CH2CH2-O)が形成され、ポリマーが親水性を示すと共に、中間水を含有することに貢献する構造であると考えられる。
【0036】
例えば、特許文献4に記載されるように、エーテル結合間の炭素原子の数が2~6の範囲で効率的に中間水が含有されると考えられている。このため、R3がエーテル結合を含まない場合には、R3の炭素数は2~6とすることが好ましく、当該炭素数を2又は3とすることで、モノマーユニット当たりに含有される中間水の状態の水分子の数を拡大することができる。
【0037】
また、R3にエーテル結合を有する場合には、エーテル結合に挟まれる炭素原子の数が6以下の部分を含むように構成することで、ポリマーが水和によって中間水の状態の水分子を生成可能となる。例えば、R3として、[(C2H4-O)4C2H4]のように、複数単位のエチレンオキサイドを含むことにより、モノマーユニット当たりの中間水の状態の水分子の数を拡大することができる。
【0038】
R3の部分に含まれるエチレンオキサイド等の親水基の量が増大にするに従って、一般にポリマーの親水性が向上し、水溶性を帯びる傾向が見られる。このため、R3の部分が示す親水性と、上記R2の部分が示す疎水性の程度を調整することによって、水和した際に中間水を含有可能であると共に、使用する温度域で非水溶性を示し、且つ、細胞への接着性に優れたポリマーとすることができる。また、上記R1の構造とのバランスによって、水相への溶解度が特定の温度で急激に変化する温度応答性を付与することができる。
【0039】
上記式(1)で表されるモノマーとして、例えば、α-ヒドロキシイソブチロキシエチルメタクリレート、α-ヒドロキシイソブチロキシエチルアクリレート、α-ヒドロキシイソブチロキシプロピルメタクリレート、α-ヒドロキシイソブチロキシプロピルアクリレート等が挙げられる。
【0040】
本発明に係るポリマー組成物は、上記式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位(モノマーユニット)を有することにより親水性を示し、水分子と水和反応を生じた際にその一部を中間水の状態で含有すると共に、他の中間水を有するポリマー等と比較した際に細胞等に対して高い接着性を示すことができる。
【0041】
本発明に係るポリマー組成物は、上記式(1)で表されるモノマーの内で、実質的に単一の構造を有するモノマーを重合させることによって得られるホモポリマーの形態のポリマー化合物を含むことが可能であり、例えば、水相への溶解度が特定の温度で急激に変化する温度応答性のポリマーとする際には、当該応答温度を先鋭化することができる。
【0042】
また、本発明に係るポリマー組成物は、上記式(1)で表されるモノマーの内で、R1~R3の部分の構造の異なるモノマーを重合させることによって得られるコポリマーの形態のポリマー化合物を含むことが可能であり、ポリマー組成物が示す親水性と疎水性のバランスを調整して、ポリマー組成物が示す生体親和性と細胞への接着性の程度等を調整することができる。
【0043】
更に、本発明に係るポリマー組成物は、上記式(1)で表されるモノマー、及び、当該モノマーの重合によって得られる(メタ)アクリレート骨格を有するポリマー化合物内に共重合によって編入可能なモノマーユニットを含むことができる。例えば、生体に由来するリン脂質の構造を含むことで、高い生体親和性を示す2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)等の構造を有するモノマーユニットを共重合させたポリマー化合物とすることにより、ポリマー組成物における生体親和性を高めることができる。また、生体親和性を示すと共に、非水溶性を示す2-メトキシアルキルアクリレート(MEA)構造を有するモノマーユニットを共重合させたポリマー化合物とすることができる。
【0044】
一方、(メタ)アクリレート骨格を有する生体親和性ポリマーに対して耐水溶性を高めるために導入されるメタクリル酸ブチル(BMA)等、各種の疎水性を示す(メタ)アクリル酸エステルをモノマーとして共重合させたポリマー化合物とすることで、本発明に係るポリマー組成物の疎水性を向上することができる。
【0045】
上記のように、式(1)で表されるモノマー以外のモノマーを使用して得られる共重合ポリマーとする際には、式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位の含有割合を、当該ポリマーの構成単位の全量(100質量%)に対して、好ましくは10~100質量%、より好ましくは30~100質量%、更に好ましくは50~100質量%、より更に好ましくは70~100質量% 、特に好ましくは90~100質量%とすることができる。
【0046】
また、本発明に係る創傷被覆材において使用されるポリマー組成物の数平均分子量(Mn)は、好ましくは5,000~300,000、より好ましくは6,000~150,000、更に好ましくは8,000~100,000、より更に好ましくは10,000~90,000、特に好ましくは12,000~80,000とすることができる。また、前記ポリマーの分子量分布(Mw/Mn)は、上記と同様の観点から、好ましくは10以下、より好ましくは8.0以下、更に好ましくは6.0以下、より更に好ましくは5.0以下とすることができる。
【0047】
また、本発明に係るポリマー組成物は、上記式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を含むポリマー化合物以外の物質を混合して使用することが可能であり、当該物質の混合によって、上記式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を含むポリマー化合物を含む単一の相によって構成されるポリマー組成物の他、当該ポリマー組成物と相溶性を有しない相を含む複相のポリマー組成物とすることができる。
【0048】
式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を含むポリマー化合物と混合されて本発明に係るポリマー組成物を構成する物質としては、主にポリマー組成物を軟化して流動性を高める目的で、例えば、パラフィン系、ナフテン系等の石油系のオイルや、ひまし油、大豆油などの植物油、植物油由来の脂肪酸エステル等を含むポリマー組成物とすることができる。また、粘土化合物等の無機フィラーを混合して使用することができる。
【0049】
また、創傷部の再生を促すための薬効成分として、例えば、ヒアルロン酸、コラーゲン、セラミド、カルボキシメチルセルロースナトリウム、デキストリン、ペクチン、ゼラチン等の保湿作用を有する物質を混合して使用することができる。また、必要に応じてアクリノール、塩化ベンザルコニウム、銀系化合物等の各種殺菌剤、抗菌剤等を配合することによって、外部からの雑菌の侵入による化膿などを有効に防止することができる。
【0050】
更に、本発明に係るポリマー組成物を吸湿相(親水相)とし、これに対して創傷部への接着性を確保する目的で、適量のポリイソブチレンやポリイソプレン、アクリル系重合体、スチレン/イソプレン/スチレンブロック共重合体、ポリブタジエン、天然ゴム、ポリメチルシロキサン等を含むシリコーン系重合体、ポリビニルエーテル系重合体等のエラストマー成分を混合してハイドロコロイドの形態として創傷部に適用することができる。
【0051】
本発明に係るポリマー組成物を創傷被覆材として使用する際には、例えば、軟膏状にした本発明に係るポリマー組成物を創傷部に適用して人工的な瘡蓋を形成する他、フィルム状に成型したものを創傷部に適用することが可能である。また、適宜の支持フィルムの表面に本発明に係るポリマー組成物を膏体として所定の厚みに塗布したものを創傷部に適用することができる。本発明に係るポリマー組成物が組織を構成する細胞に対して接着性を有することから、これを創傷部に適用させることにより創傷部に露出した細胞に密着して湿潤状態を保持することが可能である。
【0052】
なお、本発明において創傷部とは、組織表面の表皮や粘膜などが損傷して非正常な状態となっている部分を意味し、特にその結果として、内部の結合組織等が露出している部分を意味するものとする。また、当該創傷部の周囲の表皮部分を含めて創傷部と記載する場合がある。また、各種の目的で生体内に人工物などを留置する場合の、当該人工物と接触する部分の生体組織等についても非正常な状態であり、創傷部に含めるものとする。
【0053】
本発明に係るポリマー組成物は、当該組成物が含水して水和することによって中間水の状態の水分子を含有することによって生体親和性を生じるものである。このため、本発明に係るポリマー組成物を創傷部に適用する際には、予めポリマー組成物を水相に接触させて水和を生じさせた後に創傷部に適用することにより、創傷部の組織に対する負担を軽減させることができる。
【0054】
一方、過剰量の滲出液を生じる創傷部に適用する際には、フィルム状又は膏体状としたポリマー組成物に微細な孔を設ける等によって、過剰な滲出液を生体組織とポリマー組成物の接触面から排出することが望ましい。また、その際に、本発明に係るポリマー組成物の裏面側に吸液層を設けることにより、滲出液が外部に散出することを防止することができる。
【0055】
本発明に係る創傷被覆材は、湿潤状態に保持しようとする創傷部に適用して使用することができる。本発明に係る創傷被覆材は、例えば、生体表面に形成された切創、裂傷、挫傷、火傷、褥瘡、手術創、靴擦れ等を被覆して、その湿潤状態を維持する目的で使用される。
【0056】
また、本発明に係る創傷被覆材は、生体内に生じた創傷であって、例えば、手術によって切開された消化管等の臓器の切開部の表面にフィルム状等の形態で適用されることにより、縫合糸による切開部の閉鎖に換えて、又は、縫合糸による切開部の閉鎖に加えて、切開部周辺に面接触することにより切開部を閉鎖すると共に、切開部の組織の再生によって閉鎖の完了までの間の消化液等の漏出を防止する等の目的で使用することができる。
【0057】
また、本発明に係る創傷被覆材は、例えば、体内へのペースメーカーや人工肛門の設置、ICチップの埋め込み等、各種の目的で生体内に異物を挿入することにより生じる生体の損傷部を保護すると共に、当該異物を生体内の所定の位置に固定する等の目的で使用することができる。
【0058】
つまり、体内に設置されるペースメーカー等の表面を本発明に係るポリマー組成物で被覆した状態で体内に留置することにより、本発明に係るポリマー組成物が周囲の組織に対して接着力を生じると共に、ポリマー組成物の表面において肉芽組織の増殖による瘢痕化を促進し、寛解に導くことが可能であると考えられる。また手術による切開部を縫合する縫合糸の表面を本発明に係るポリマー組成物で被覆することで、縫合糸の表面と生体組織の間に接着力を生じ、縫合部を安定化できると考えられる。
その他、本発明に係るポリマー組成物をフィブリン糊等の組織接着剤と同様に使用して生体表面、及び生体内部の損傷部を被覆することにより、当該損傷を寛解に導くことが可能であると考えられる。
【0059】
また、必要に応じて本発明に係るポリマー組成物のうちで下限臨界共溶温度(LCST)等を有するポリマー組成物を使用することにより、上記のような創傷被覆を行って後に所定の温度に水相の存在下で冷却等することによりポリマー組成物を水溶性として被覆部から除去することができる。
【0060】
本発明に係る創傷被覆材に使用されるポリマー組成物は、上記式(1)で示される構造を有する分子、及び、必要に応じて当該分子と共重合される分子をモノマーとして、これを重合開始剤により重合させることにより製造することができる。重合体の重合方法は特に制限はされず、例えば、前記原料モノマーと重合開始剤のみを用いた塊状重合による方法であってもよく、重合開始剤及び溶媒を用いた溶液重合、懸濁重合、及び乳化重合等による方法であってもよい。また、重合開始剤として、紫外線等の照射により重合開始材として作用する光重合開始剤を使用して重合を行うことができる。また、これらの重合方法において、必要に応じて、連鎖移動剤を用いてもよい。
【0061】
重合の際に用いる溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類や、テトラヒドロフラン(THF)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド、ジオキサン、トルエン、アセトン等の有機溶媒が挙げられ、また、水であってもよい。これらの溶媒は、単独で用いてもよく、2種以上を併用した混合溶媒であってもよい。
【0062】
本発明に係る創傷被覆材においては、上記のように重合を行って合成されるポリマー組成物を洗浄等することによって溶媒等を除去したものをそのままの状態で創傷被覆材として使用できる他、ポリマー組成物の粘性を調整する等の目的に応じて流動性を高める目的で、適宜の成分を混合してポリマー組成物とすることができる。また、本発明に係る創傷被覆材が有する創傷部等に対する接着性を更に向上するために、各種のエラストマー等をニーダー等によって混合することでハイドロコロイド状にすることもできる。
以下に本発明を実施例によってより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定して解釈されるべきものではない。
【実施例0063】
[合成例1]
以下に説明する方法により、下記構造式(3)で表されるα-ヒドロキシイソブチロキシエチルメタクリレート(以下、「HBEMA」と記載する場合がある。)を重合させてポリマー(以下、「PHBEMA」と記載する場合がある。)を得た。
HBEMAは、上記式(1)において、R1をメチル基とし、R2においてn=1として、R3としてエーテル結合を有しない炭素数2の炭化水素基とした構造に相当する。
【0064】
【0065】
HBEMA(15g)を、重合溶媒としての1,4-ジオキサン(60g)に溶解させ、これに重合開始剤であるアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)をモノマーであるHBEMAに対して0.1質量%相当量を添加し、窒素雰囲気下75℃で6時間加熱攪拌することでHBEMAのラジカル重合を行った。反応終了後、得られたポリマー溶液を貧溶媒であるテトラヒドロフラン(THF)/ヘキサン(1/1質量比)中に滴下させ、PHBEMAを粘稠性の沈殿物として析出させて分離した。
【0066】
[合成例2]
以下に説明する方法により、下記構造式(4)で表されるα-ヒドロキシイソブチロキシエチルアクリレート(以下、「HBEAC」と記載する場合がある。)を重合させてポリマー(以下、「PHBEAC」と記載する場合がある。)を得た。
HBEACは、上記式(1)において、R1を水素とし、R2においてn=1として、R3としてエーテル結合を有しない炭素数2の炭化水素基とした構造に相当する。
【0067】
【0068】
HBEAC(15g)を、重合溶媒としての1,4-ジオキサン(60g)に溶解させ、これに重合開始剤であるアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)をモノマーであるHBEACに対して0.1質量%相当量を添加し、窒素雰囲気下75℃で6時間加熱攪拌することでHBEACのラジカル重合を行った。反応終了後、得られたポリマー溶液を貧溶媒であるTHF/ヘキサン(1/1質量比)中に滴下させ、沈殿物を析出させ取り出した後、当該沈殿物を水中にて7 日間浸して膨潤させ、PHBEACを粘稠性の沈殿物として析出させて分離した。
【0069】
(分子量の評価)
ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)を用い、テトラヒドロフランを展開溶媒として、既知の分子量(分子量分布=1)の標準ポリスチレンを用いて検量線を作成した。この検量線に基づいてGPCのリテンションタイムから、上記で合成したPHBEMA、及びPHBEACの重量平均分子量(Mw)及び数平均分子量(Mn)を算出した。
その結果、上記PHBEMAの数平均分子量(Mn)は15,800、分子量分布(Mw/Mn)は6.40と見積もられた。また、上記PHBEACの数平均分子量(Mn)は18,400、分子量分布(Mw/Mn)は2.30と見積もられた
【0070】
(各ポリマーが含有可能な中間水量の評価)
所定質量の上記PHBEMA、及びPHBEACを、室温においてそれぞれ純水中に7日間浸漬して飽和含水させたものを試料として、DSC装置( エスアイアイ・ナノテクノロジーズ株式会社製、製品名「EXSTAR X-DSC7000」)を用いて、窒素流量50mL/分、5.0℃/分の条件で、下記(A)~(C)の順序による温度プログラムにて温度変化した際のDSC曲線を得た。
・(A)25℃(室温)から、降温速度5.0℃/分にて、-100℃まで冷却。
・(B)-100℃で5分間保持。
・(C)-100℃から、昇温速度5.0℃/分にて、50℃まで加熱。
【0071】
上記(A)~(C)の温度変化を行う際のDSC曲線を取得し、特に中間水のコールドクリスタリゼーションに起因する-60℃以上0℃未満の温度範囲で観察される発熱ピークに着目し、当該発熱ピークから発熱量を算出し、単位質量当たりのポリマー組成物が示す発熱量に換算した。
上記PHBEMA、及びPHBEACで観察されたコールドクリスタリゼーション(CC)に起因する発熱量を表1に示す。
【0072】
(各ポリマー表面での血小板粘着試験)
上記各ポリマーをそれぞれメタノール10mLに対して0.02gになるように投入して全量を溶解させた溶液を用いて、PET(ポリエチレンテレフタレート)板上にスピンコートして各ポリマーからなる被膜を有するコート基板とした。得られたコート基板から8mm角に切り出したものを試料として、走査型電子顕微鏡(SEM)用試料台に固定した。
【0073】
クエン酸ナトリウムで抗凝固したヒト新鮮血液を1500rpmで5分間遠心分離し、上澄みを多血小板血漿(platelet rich plasma:PRP)として回収した。残りの血液をさらに4000rpmで10分間遠心分離した上澄みを乏血小板血漿(platelet poor plasma:PPP)として回収した。回収したPRPをリン酸緩衝(phosphate buffered saline:PBS)溶液を用いて800倍に希釈したのち、血球計算板を用いてPRP中の血小板濃度を確認し、上記PPPを用いて希釈することで、血小板濃度が4×107cells/mLの血小板懸濁液を調製した。
【0074】
上記の血小板懸濁液を各試料、及び、コーティングをしていないPET基板(比較例1)に200μL滴下し、37℃にて1時間静置して各試料表面に血小板の粘着を生じさせた後、各試料をPBSにて2回洗浄し、1質量%のグルタルアルデヒド溶液に浸漬し、37℃にて2時間固定した。固定化した試料をPBSに10分間、PBS:水=1:1の混合液に8分間、水に8分間、さらに別に用意した水にもう一度8分間浸漬させて洗浄した後、室温で風乾した。
【0075】
上記操作によって各試料の表面に粘着した血小板数を電子顕微鏡で観察した。血小板の形態変化の進行度により、1型(活性化の程度が低いもの)、2型(活性化の程度が中程度のもの)及び3型(活性化の程度が顕著なもの)に分類して計数し、当該計数結果から下記式で定義される「モルフォロジカルスコア(MS)」をそれぞれ算出した。
MS=n1×1+n2×2+n3×3 ・・・(5)
(但し、式(5)中のn1は1型の血小板数、n2は2型の血小板数、n3は3型の血小板数を表す。)
【0076】
コート被膜を形成していないPET樹脂板で得られた上記MSを基準として、各試料のMS比〔各試料のMS/PET樹脂板のMS〕を算出し、血小板の粘着傾向比を評価した。結果を表1に併せて示す。
【0077】
【0078】
表1に示すように、上記PHBEMA、及びPHBEACにおいては、含水した際に中間水のコールドクリスタリゼーションに起因すると考えられる発熱ピ-クが観察され、また含水によって中間水を生じないPET(比較例1)と比較した際に、血小板の粘着傾向が有意に低いことが観察され、両ポリマーは中間水を含有することによって生体親和性を示すことが示された。
【0079】
(正常細胞の接着試験)
以下に示す方法で、各種ポリマー表面に対する正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)の接着性の評価を行った。
上記構造式(3),(4)で表されるHBEMA、及びHBEACの各モノマーに対して、モノマー質量の5wt%に相当する量の光重合開始剤(イルガキュア184)、及び、モノマー質量の400wt%に相当する量のメタノールを添加して混合し、モノマー溶液を作成した。ポリカーボネート(PC)製のシート(80mm×80mm,t:300μm)を基材として、上記各モノマー溶液(1mL)を滴下した状態で、スピンコーター(1000rpm、20秒)を使用して各モノマー溶液の塗膜を形成した後、UV照射機(GSユアサ製、CSOT-40A)を使用し、120W/cmで130秒程度のUV照射を行ってモノマーを重合させてPHBEMAポリマー被膜([合成例1’])、PHBEACポリマー被膜([合成例2’])を形成させた。各ポリマー被膜の厚みは、それぞれ約150nm程度であった。
【0080】
また、比較のために、[比較例1]コーティングしないPET基板、及び、以下のように合成した[比較例2]ポリ(2-メトキシメチルアクリレート重合体)(PMEA)によってコーティングしたPET基板、及び、[比較例3]ポリ(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン- コ- ブチルメタクリレート)(コポリマーPMPC)によってコーティングしたPET基板(被膜厚み:各80nm)を用意した。
PMEA:原料モノマーとして、2-メトキシエチルアクリレート(15.2g)を用いた以外は、合成例1と同様に合成(数平均分子量(Mn):33,000、分子量分布(Mw/Mn):3.2)したものを使用。
コポリマーPMPC:日油社製Lipidure-CM5206を使用。
【0081】
各ポリマーでコーティングした基板からφ14mmの形状をレーザー加工機にて切り出したものを試料とした。上記各基板、及び24well plateを1時間の紫外線照射によって滅菌した後、24well plate内に各基板(各3枚)を設置し、10%FBSを添加したDMEM/12培地に1時間の浸漬を行って表面の安定化を行った。
【0082】
10%のFBSを添加したDMEM/12培地に、1ウェルあたりの各細胞の播種密度が0.5×104cell/cm2になるようにCell tracker(商標)にて着色した正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)を含む細胞懸濁液を調製した。各基板が設置された24well plateのウェル内に調製した細胞懸濁液(1mL)を添加して、各基板の表面にNHDFを含む培地を接触させた状態で、37℃に設定したインキュベーター内で1時間保持した。
【0083】
その後、各well内の上澄み液を別のプレートに回収することで、基板に接着していない細胞を基板から隔離し、その後に各基板を設置したwellに培地(1mL)を加えた状態でピペットを使用して、培地を基板に吹き付ける動作をそれぞれ10回行うことで、基板に弱く接着している細胞を剥離させた後に、再度、各well内の上澄み液を別のプレートに回収した。上記の処理を行った各基板を蛍光顕微鏡で観察し、各基板の表面に接着している細胞数を計数した。
【0084】
図1には、上記計数結果に基づいて算出した各基板の表面でのNHDFの接着密度を示す。
図1に示すように、大きな割合で中間水を含有するPMPC(比較例3)の表面ではNHDFの接着密度が最も低い一方で、中間水を含有せずに各種細胞の非特異的吸着が生じるPET(比較例1)の表面では700個/cm
2程度の密度でNHDFが接着することが観察され、PMEA(比較例2)の表面ではその中間程度の接着数が観察された。
【0085】
一方、上記合成例1’に係るPHBEMAの表面においては、生体親和性を有さないことで血小板粘着等が生じるPET基板の表面と同程度の密度でNHDFが接着していることが観察され、生体親和性を有するPMPC(比較例3)やPMEA(比較例2)と比較して高い密度でNHDFが接着していることが観察された。また、上記合成例2’に係るPHBEACの表面においては、更に高い密度でNHDFが接着していることが観察された。
【0086】
上記の評価では、各基板の表面に対して、等しい密度でNHDFが分散した培地を接触させ、各基板表面に対するNHDFの接触頻度は略同一であるとあると考えられる。また、
図1に示す評価結果は、培地中でのピペットによる水流によって単に基板に接触、又は、弱い力で接着したNDHFを脱落させた後に基板表面に残留する細胞密度を評価したものであることから、計数されたNHDFの数は、各基板に所定の接着力により接着を生じているNHDF数であると考えられる。
【0087】
上記の結果は、合成例1’,2’に係るポリマー組成物においては、NHDFに対して所定の接着力を有し、当該ポリマー表面に培地中で接触したNHDFとの間で高い頻度で所定の接着力による接着を生じることを示すものと考えられる。そして、当該接着力は、ポリマーの側鎖の末端がα―ヒドロキシイソブチル基等の炭素密度の高い構造で終端されているために、当該部分が示す疎水性に基づく分子間力等に起因するものと考察される。
本発明に係る創傷被覆材は、生体親和性を示すと共に、細胞との間で高い接着力を示すポリマー組成物を含むことにより、従来の疎水性物質を含むハイドロコロイドを利用した創傷被覆材と比較した際に、より生体親和性が高い環境下で創傷部の湿潤状態を維持することが可能となる。