(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024146055
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】玉軸受用保持器及び玉軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/38 20060101AFI20241004BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20241004BHJP
F16C 33/41 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
F16C33/38
F16C19/06
F16C33/41
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023058745
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 寿人
【テーマコード(参考)】
3J701
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA25
3J701BA34
3J701BA44
3J701BA46
3J701BA49
3J701CA13
3J701EA34
3J701EA36
3J701EA37
3J701EA76
3J701FA01
3J701FA31
3J701FA46
3J701GA31
3J701XB03
3J701XB12
3J701XB26
(57)【要約】
【課題】振動と異音を低減するとともに、玉の潤滑性を向上できる玉軸受用保持器及び玉軸受を提供する。
【解決手段】玉案内式の玉軸受用保持器100は、少なくとも1つの環状部11,13と、環状部11,13の径方向幅Wを有して環状部11,13から軸方向に立設された複数の柱部15とを備える。複数の柱部15は、環状部11,13の周方向に沿ってポケット部17を等間隔で画成する位置に配置される。柱部15のポケット部17に向いた面は、軸方向と平行な平面又は軸方向と平行なアキシアル円筒面を有する。環状部11,13のポケット部17に向いた面21aは、周方向に沿った部分円弧状の凹曲面であり、軸方向断面の形状が周方向にわたって等しい。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のポケット部のそれぞれに玉を保持する玉案内式の玉軸受用保持器であって、
少なくとも1つの環状部と、
前記環状部の径方向幅を有して前記環状部から軸方向に立設された複数の柱部と、
を備え、
複数の前記柱部は、前記環状部の周方向に沿って前記ポケット部を等間隔で画成する位置に配置され、
前記柱部の前記ポケット部に向いた面は、軸方向と平行な平面又は軸方向と平行なアキシアル円筒面を有し、
前記環状部の前記ポケット部に向いた面は、周方向に沿った部分円弧状の凹曲面であり、軸方向断面の形状が周方向にわたって等しい、
玉軸受用保持器。
【請求項2】
前記環状部は前記柱部を挟んで軸方向に一対設けられ、
一対の前記環状部と複数の前記柱部を含む保持器形状は、周方向及び軸方向に分割された複数の保持器片から構成され、
前記保持器片は、前記環状部の一部を構成する分割環状部、及び該分割環状部に接続されて前記柱部の一部を構成する分割柱部をそれぞれ備え、
軸方向に互いに対向して配置される一対の前記保持器片は、対向し合う前記分割柱部の先端部に、お互いを係合させる係合部が設けられている、
請求項1に記載の玉軸受用保持器。
【請求項3】
前記分割柱部は、周方向の両端に配置され前記ポケット部に向いた面を有する一対の側壁部と、一対の前記側壁部同士を径方向外側で周方向に連結する周壁部とに囲まれる内部空間を有し、
軸方向に互いに対向して配置される一対の前記分割柱部は、前記側壁部の軸方向先端部に、対向する前記分割柱部同士の間の少なくとも一部に軸方向隙間を形成する切欠き部が形成されている、
請求項2に記載の玉軸受用保持器。
【請求項4】
前記係合部は、前記周壁部の軸方向先端部に設けられている、
請求項3に記載の玉軸受用保持器。
【請求項5】
前記係合部は、軸方向に互いに対向して配置される一対の前記分割柱部同士を互いに係合する凹凸形状を有する、
請求項4に記載の玉軸受用保持器。
【請求項6】
前記分割柱部は、前記内部空間において、前記分割環状部から軸方向に互いに対向して配置される一対の前記側壁部同士の軸方向隙間に向けて隆起する内側傾斜面が形成されている、
請求項3に記載の玉軸受用保持器。
【請求項7】
複数の前記保持器片は、同一形状を有する、
請求項2から6のいずれか一項に記載の玉軸受用保持器。
【請求項8】
冠型保持器である、
請求項1に記載の玉軸受用保持器。
【請求項9】
請求項1から6、8のいずれか一項に記載の玉軸受用保持器を備える玉軸受であって、
前記ポケット部の周方向長さは、前記玉の直径に、前記ポケット部内における前記玉の周方向移動可能量を加えた周方向長さ以上である、
玉軸受。
【請求項10】
請求項7に記載の玉軸受用保持器を備える玉軸受であって、
前記ポケット部の周方向長さは、前記玉の直径に、前記ポケット部内における前記玉の周方向移動可能量を加えた周方向長さ以上である、
玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、玉軸受用保持器及び玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械用の主軸駆動モータにおいては、近年、加工効率の向上を目的として高速化が益々要求されており、そのようなモータを支持する軸受においても、高速性能の向上、焼き付き寿命の向上等が強く要求されている。
【0003】
上記のような主軸駆動モータには深溝玉軸受が搭載される場合が多い。しかし、回転軸、ハウジングへの取付け誤差、荷重負荷の程度によっては、高速回転になるほど玉同士の進み遅れ現象が発生する。すると、玉と保持器ポケットとの強い衝接や摩擦によって保持器が振動し、異音(保持器音)が発生するという課題があった。
【0004】
特許文献1には、外輪と内輪間に組込まれた保持器にポケットを形成し、そのポケット内にボールを組込んだアンギュラ玉軸受が開示されている。このアンギュラ玉軸受によれば、
図15に示すように、保持器81の周方向Dcに対向するポケットの一対の端面83を、玉85の中心O及び軸受中心線Lcを含む仮想平面に平行する平面としている。これによれば、軸受回転時に保持器81が軸方向Daに変位した場合でも、玉85から保持器81に周方向Dcの荷重のみが負荷されるため、保持器の挙動の安定化が図れ、異音の発生が抑制される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示された保持器においては、ポケット内で軸方向に対向する面87が円弧形状に形成されている。そのため、玉の進み遅れ現象により玉85の位相差で各ポケット内での軸方向Daの当たり位置がそれぞれ異なった場合には、玉85が面87に当たることもある。この場合、保持器81が玉85から受ける荷重の方向が変化して、保持器81が振動することは免れない。また、特許文献1に開示された保持器においては、ポケットの径方向に玉が係止される面を持たないため、保持器の径方向の挙動を抑制するためには軌道輪案内式とする必要がある。さらに、玉表面に付着した潤滑剤が保持器のポケットエッジによって掻き取られて潤滑性が低下するおそれがあり、高速の工作機械用主軸駆動モータ等で使用される玉軸受の保持器としては、さらなる改善の余地がある。
【0007】
本発明は、かかる従来技術の課題に鑑みてなされたものであり、振動と異音を低減するとともに、玉の潤滑性を向上できる玉軸受用保持器及び玉軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は下記の構成からなる。
(1)複数のポケット部のそれぞれに玉を保持する玉案内式の玉軸受用保持器であって、
少なくとも1つの環状部と、
前記環状部の径方向幅を有して前記環状部から軸方向に立設された複数の柱部と、
を備え、
複数の前記柱部は、前記環状部の周方向に沿って前記ポケット部を等間隔で画成する位置に配置され、
前記柱部の前記ポケット部に向いた面は、軸方向と平行な平面又は軸方向と平行なアキシアル円筒面を有し、
前記環状部の前記ポケット部に向いた面は、周方向に沿った部分円弧状の凹曲面であり、軸方向断面の形状が周方向にわたって等しい、
玉軸受用保持器。
(2) (1)に記載の玉軸受用保持器を備える玉軸受であって、
前記ポケット部の周方向長さは、前記玉の直径に、前記ポケット部内における前記玉の周方向移動可能量を加えた周方向長さ以上である、
玉軸受。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、玉軸受用保持器の振動と異音を低減するとともに、玉の潤滑性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、第1実施形態に係る玉軸受用保持器の分解斜視図である。
【
図2】
図2は、
図1に示す玉軸受用保持器の分解斜視図である。
【
図3】
図3は、軸方向に組み合わされる2つの保持器片の分解斜視図である
【
図4】
図4は、
図3に示す保持器片を外周側から見た斜視図である。
【
図5】
図5は、
図1に示すV-V線で切断した玉軸受用保持器と玉とを示す断面図である。
【
図6】
図6は、周壁部の凹凸形状同士の係合の様子を一部断面で示す拡大斜視図である。
【
図7】
図7は、凸部と凹部の形状の他の例を示す断面図である。
【
図8】
図8は、
図1に示す玉軸受用保持器を径方向内側から外側に向けて矢印A方向に見た場合の一部拡大側面図である。
【
図9】
図9は、玉軸受の稼働時における玉軸受用保持器の各ポケット部と玉との接触状態の一例を模式的に示す説明図である。
【
図10】
図10は、第1変形例の玉軸受用保持器を示す一部拡大斜視図である。
【
図11】
図11は、第2変形例の玉軸受用保持器を示す一部拡大側面図である。
【
図12】
図12は、第2実施形態の玉軸受用保持器の概略斜視図である。
【
図14】
図14は、従来の保持器のポケットと玉との関係を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
<第1実施形態>
図1は、第1実施形態に係る玉軸受用保持器100の斜視図である。
図2は、
図1に示す玉軸受用保持器の分解斜視図である。玉軸受用保持器100は、
図1に示すように、一対の環状部11,13と、一対の環状部11,13同士を軸方向Daに連結する複数の柱部15とを有する。柱部15は、それぞれ一対の環状部11,13の互いの対向面から、環状部11,13の径方向幅を有して軸方向Daに延びて立設されている。一対の環状部11,13と柱部15とによって囲まれて画成される複数のポケット部17には、図示しない玉(転動体)が保持される。複数の柱部15は、環状部11,13の周方向Dcに沿って等間隔に設けられ、これにより、柱部15とポケット部17とが周方向Dcに沿って交互に等間隔で配置される。
【0012】
本構成の玉軸受用保持器100は、
図2に示すように、環状部11,13が柱部15を挟んで軸方向に一対設けられた保持器形状を有する。この保持器形状は、周方向Dcに沿って複数個(本構成例では4個)に分割され、且つ、軸方向に2個に分割された、複数の保持器片19から構成されている。つまり、玉軸受用保持器100は、複数の保持器片19を周方向Dc及び軸方向Daに組み合わせて構成されてなる。保持器片19の周方向Dcの分割数は、玉軸受用保持器10のサイズ等に応じて適宜に設定される。
【0013】
各保持器片19は、樹脂製であることが好ましい。また、周方向Dc及び軸方向Daに分割された各保持器片19は、それぞれ同一の形状であることが好ましい。これにより、同一の金型から互いに共通する形状で形成されたものを使用でき、玉軸受用保持器100の組み立ての作業性を向上できる。特に、サイズの大きな玉軸受である場合には、保持器製造用の金型サイズを小型にでき、製品の収縮、反り等による寸法誤差を抑えて低コストで製造できる。なお、各保持器片19は、必要に応じて互いに異なる形状にしてもよい。
【0014】
保持器片19の材料としては、例えば、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド等の合成樹脂材料が挙げられる。いずれの材料でも、射出成形によって複雑な形状を短時間で形成できる。なお、樹脂材料中に、強化材としてガラス繊維、カーボン繊維、アラミド繊維等が添加されてもよい。
【0015】
次に、保持器片19の詳細な形状を説明する。
図3は、軸方向Daに組み合わされる2つの保持器片19の分解斜視図である。ここで示す2つの保持器片19は互いに同一の形状である。
図4は、
図3に示す保持器片19を外周側から見た斜視図である。保持器片19は、
図1に示す環状部11,13を構成する分割環状部21、及び分割環状部21に接続されて柱部15を構成する一対の分割柱部23を備える。分割柱部23は、分割環状部21における周方向に異なる複数箇所(本構成では2箇所)に設けられているが、1箇所又は3箇所以上設ける構成であってもよい。
図3に示すように、軸方向Daに互いに対向して配置される一対の保持器片19は、分割柱部23同士を互いに係合させることで、周方向Dcに隣り合う分割柱部23同士の間にポケット部17を画成する。
【0016】
分割環状部21は周方向Dcに沿った部分円弧状に形成され、所定の径方向幅Wを有する。
図5は、
図1に示すV-V線で切断した玉軸受用保持器100と玉25とを示す断面図である。分割環状部21のポケット部17を形成する凹曲面からなる内側面21aの曲率半径R
0は、使用する玉25の半径と等しくてもよく、玉25の半径より大きくてもよく、玉25の半径より小さくてもよい。いずれの場合でも、内側面21aの軸方向断面形状は、ポケット部17内では周方向に沿って一定となっている。
【0017】
分割柱部23は、
図3,
図4に示すように、分割環状部21の径方向幅Wを有して軸方向Daに立設された一対の側壁部27と、一対の側壁部27同士を周方向Dcに連結する周壁部29とを有する。周壁部29は、凸部31と凹部33を含む凹凸形状を有し、軸方向Daに互いに対向して配置される周壁部29同士が係合するようになっている。
図3に示す上側の分割柱部23の凸部31は、下側の分割柱部23の凹部33に嵌まり、同様に、上側の分割柱部23の凹部33に、下側の分割柱部23の凸部31が嵌まる。このように、凸部31と凹部33は、一つの分割柱部23に周方向Dcに沿って並設され、軸方向Daに反転して組み合わされる相手側の凹部33と凸部31と係合する。
【0018】
図6は、周壁部29の凹凸形状同士の係合の様子を一部断面で示す拡大斜視図である。凸部31の突出先端側は、基端側よりも厚肉に形成されており、凹部33の溝底となる基端側は先端側よりも薄肉に形成されている。これにより、凸部31の突出先端が凹部33の溝底に向けて挿入された際、凸部31が径方向に弾性変形してお互いがスナップ係合する。凸部31と凹部33が一旦係合すると、上記した厚さの違いによって抜け止めされる。
【0019】
図7は、凸部31Aと凹部33Aの形状の他の例を示す断面図である。
図6で示した凸部31と凹部33の形状は、これに限らず他の形状であってもよい。一例として
図7に示すように、凸部31Aの突出先端側を周壁部29の径方向中央から軸方向Daに突出させ、突出先端側を基端側よりも径方向に厚肉にする。凹部33Aは、凸部31Aの突出側を収容するとともに、凹部33Aの開口を凸部31Aの突出尖端の径方向幅W1よりも狭い幅W2とする。これによれば、凸部31Aが凹部33Aに挿入されると、凸部31Aの幅広の先端によって凹部33Aの開口が径方向Drに押し拡げられる。そして、凸部31Aが更に凹部33A内に入り込むと、凸部31Aの基端と凹部33Aの開口とがスナップ係合して抜け止めされる。
【0020】
上記のような凹凸形状は、軸方向に対向する一方と他方の保持器片19同士を、互いに強固に接合でき、軸方向に接合された一対の保持器片19を周方向に並べて接合しやすくなる。これにより、
図1に示すように、複数の分割環状部21が周方向Dcに連続する環状部11,13となり、一対の分割柱部23同士が軸方向Daに接合されて柱部15となる。保持器片19同士の接合は、上記した凹凸形状によるスナップ係合に限らず、接着材により接合してもよく、凹凸形状と接着材とを併用してもよい。また、周方向Dcの保持器片19同士の接合は、接着材を用いる以外にも、軸方向Daの接合と同様に、分割環状部の周方向端部に凹凸形状等の係合部を設けて接合することでもよい。
【0021】
また、側壁部27は、
図6に示すように、分割環状部21から軸方向Daに突出して形成された突出先端部に、切欠き段部27aが設けられている。切欠き段部27aは、分割柱部23の凹凸形状が互いに係合したときに、詳細を後述する軸方向隙間Sを生成する。
【0022】
図8は、
図1に示す玉軸受用保持器100を径方向内側から外側に向けて矢印A方向に見た場合の一部拡大側面図である。
図8には、ポケット部17に保持される玉25と、玉軸受用保持器100を軸受に組み込んだ際の玉25の移動の様子を一部破線で示している。玉軸受用保持器100は、前述したように、玉25を挟んで周方向Dcに対向して配置された一対の側壁部27の組が、軸方向隙間Sを有して軸方向Daに2組配置されて、1つのポケット部17に4つの側壁部27が配置される。これら4つの側壁部27と、軸方向Daに対向する一対の分割環状部21の内側面21aとに囲まれてポケット部17が画成される。
【0023】
側壁部27のポケット部17側の対向面27bは、玉軸受用保持器100の軸方向Daに平行な平坦面である。また、分割環状部21のポケット部17側の内側面21aは、前述したように、周方向Dcに沿って軸方向断面形状が一定となる凹曲面である。軸方向に対向する一対の分割柱部23における、周方向に関して同じ側の対向面27b同士は、面一となって共通する平面を構成する。つまり、柱部15のポケット部17に向いた面は、軸方向に並ぶ2つの対向面27bによって一つの平面に形成される。ポケット部17の周方向の一方と他方に配置される各対向面27bは、互いに平行な平面であってもよく、外周ほど互いの周方向間隔が広くなる放射状に配置された平面であってもよい。
【0024】
ポケット部17の環状部11,13に沿った周方向長さLaは、玉25の直径より大きく、玉25の直径φdに、玉25がポケット部17内における周方向移動可能量Lbを加えた長さである(La=φd+Lb)。ここでいう周方向移動可能量Lbとは、玉25をポケット部17の一方の柱部15の側壁部27に当接させたとき、他方の柱部15の側壁部27と玉25の外周面との最小間隔を意味し、ゼロを超える値である。
【0025】
本構成の玉軸受用保持器100と、玉25と、不図示の内輪及び外輪とによって構成される玉軸受の稼働時には、玉25がポケット部17の隙間Lb分だけ玉軸受用保持器100に対して相対的に周方向Dcへ進み又は遅れる、進み遅れ現象を生じる。その結果、玉25はポケット部17内の側壁部27に当接する。そのとき、玉25が側壁部27における軸方向Daのいずれの位置で衝突しても、側壁部27が軸方向Daに平行な平坦面であるため、玉25から側壁部27に作用する荷重Fxの方向は一定で、常に軸方向Daと垂直な方向となる。また、玉25は玉軸受の稼働時に、分割環状部21におけるポケット部17の内側面21aにも当接する。分割環状部21の内側面21aは、ポケット部17では周方向に沿って軸方向断面形状が一定の凹曲面であるため、玉25が周方向のいずれ位置で内側面21aと衝突した場合でも、玉25から内側面21aに作用する荷重Fyの方向は、いずれも軸方向Daと平行な面内の方向となる。
【0026】
図9は、玉軸受の稼働時における玉軸受用保持器100の各ポケット部17と玉25との接触状態の一例を模式的に示す説明図である。各ポケット部17内で玉25がそれぞれ異なる軸方向位置P1,P2,P3で接触しても、荷重Fxの方向はいずれも周方向Dcと平行になる。また、異なる周方向位置Q1,Q2で接触しても、荷重Fyの方向はいずれも、保持器の外側から径方向内側の中心を見た場合に軸方向Daと平行になる。
【0027】
よって、側壁部27に作用する荷重は、周方向Dcに沿った単一方向の荷重Fxに限定され、玉軸受用保持器100の挙動が安定する。つまり、玉25からの荷重のベクトルに変動が生じないため、玉軸受用保持器100の径方向又は軸方向の変位による振動を軽減でき、異音の発生を抑制できる。このように、内側面21aの凹曲面によって、玉軸受用保持器100の半径方向の保持器挙動を縮小でき、振動と、保持器音等の異音の発生を抑制する効果が得られる。また、上記の凹曲面によって、転動体案内保持器として適用可能となり、その結果、玉軸受用保持器100と軌道輪との非接触状態を維持でき、摩擦損失及び摩擦熱の発生を防止できる。
【0028】
上記したようなポケット形状を有する樹脂製の玉軸受用保持器100では、アキシアル方向に関して二体(上下一対)の保持器片19を一体化する構成の場合、上下の保持器片19のポケット面のそれぞれを、アキシアルドロー金型射出成形によって容易に造形できる。一方、一般的な両円環型保持器では、ラジアルドロー金型射出成形型を用いることが前提となっている。その場合、両円環型保持器のポケット形状は、保持器の半径方向に曲面を有しているため、ポケット部のコマ型を半径方向(外側)に引き抜く際、ポケット(外側)面と強く干渉する。このため、保持器の造形時に保持器が破損したり、大きな変形が生じたりするおそれがあり、射出成形自体が困難又は非常にコストが掛かることになる。
【0029】
このようなラジアルドローによる過度な無理抜きを解決するために、ポケットの半径方向中心位置を保持器円環部中心位置に対してずらし、保持器外径面(又は内径面)のポケット入口径をポケット径に近づけることも考えられる。しかしその場合、軌道輪と玉と保持器を組み立てる際に、保持器外径面のポケット径が過大になり、玉バレが生じ易くなったり、保持器外径面のポケット径が過小になり、玉組込みが困難になったりする問題が生じる。
【0030】
その点、上記した本構成のポケット形状を有し、アキシアル方向に関して二体型となる樹脂保持器により軸受を組み立てる場合、鉄製プレス保持器と同じ方法で、外輪と内輪との間に玉を仮組みし、アキシアル方向から上下にそれぞれ保持器片19を組込む方法を取れば良く、ポケット中心位置が保持器の円環部中心位置に対して半径方向にずれる場合でも、組立作業性に問題が生じることがない。
【0031】
<潤滑剤の流動性について>
本構成の玉軸受用保持器100は、上記した玉25との接触による振動と異音を改善することに加えて、潤滑剤を玉25に安定して供給するための機能を備える。前述した
図3に示すように、柱部15は、一対の側壁部27と、隣り合う側壁部27同士を接続する周壁部29とにより中空構造を形成している。この中空構造の内側空間SPにはグリース等の潤滑剤が収容される。また、柱部15の内側には、周壁部29と側壁部27とに内側傾斜面39が形成されている。
【0032】
内側傾斜面39は、
図6に示すように、周壁部29と側壁部27とが接続される隅部において、周壁部29と側壁部27との軸方向突出先端側から分割環状部21側に向けて扇状に広がって形成される。そして、側壁部27の軸方向突出先端には、切欠き段部27aによる軸方向隙間Sが形成されている。換言すれば、内側傾斜面39は、分割環状部21側から切欠き段部27aによる側壁部27同士の軸方向隙間Sに向けて、軸方向に隆起して形成されている。
【0033】
上記構成によれば、玉軸受用保持器100が搭載された転がり軸受の稼働時に、
図6の破線矢印Gで示すように、柱部15の内側空間SPに進入する潤滑剤が、玉軸受用保持器100の回転による遠心力によって内側傾斜面39に沿って流動する。これにより、潤滑剤が軸方向隙間Sからポケット部17の玉(不図示)に供給される。つまり、内側傾斜面39は、軸方向隙間Sからポケット部17に潤滑剤を供給する案内面として機能する。内側傾斜面39は、周方向Dcに沿って徐々に内側空間SPの軸方向断面積が小さくなるような斜面であるため、内側空間SPに収容された潤滑剤が、玉軸受用保持器100の回転による遠心作用により軸方向隙間Sに向かって流動して、ポケット部17内に流入する効果を促せる。
図6には、下側の保持器片19による潤滑剤の流れを示しているが、上側の保持器片19によっても同様の作用によって、内側空間SPの反対側の軸方向隙間(不図示)からポケット部17に潤滑剤が供給される。
【0034】
また、周壁部29に凹凸形状を設けることで、軸方向Daに互いに対向する保持器片19の係合時には、柱部15の内部空間SPが径方向Drに関して閉塞される。そのため、内部空間SP内の潤滑剤がそのまま径方向外側に流れ出ることを防止でき、玉25を経由させる潤滑剤の経路が安定して確保される。
【0035】
こうして、軸方向に対向する側壁部27同士の間に軸方向隙間Sが形成され、柱部15の内側空間SPに収容された潤滑剤が、軸方向隙間Sを介してポケット部17に円滑に供給される。これにより玉25の潤滑性が向上して、前述した振動及び異音発生の抑制効果を相乗的に増大できる。
【0036】
また、本構成では、ポケット部17内で回転する玉25が、側壁部27の平坦面、又は円周方向にわたって等しい断面形状を有する分割環状部21の内側面21aにのみ接する。このため、玉25とポケット部17とがエッジ当たりすることがなく、回転する玉25の表面に付着したグリースなどの潤滑剤が積極的に掻き取られることを抑制できる。これによっても玉25の潤滑性を向上でき、長寿命化を図れる。また、上記の潤滑性向上の効果は、特に軸受の高速回転時の焼き付き防止に寄与できる。
【0037】
以上のように、本構成の玉軸受用保持器100は、例えば、高い精度と信頼性が求められる工作機械用主軸駆動モータ等に使用される玉軸受用保持器としても好適に用いられる。
(第1変形例)
図10は、第1変形例の玉軸受用保持器100Aを示す一部拡大斜視図である。側壁部27のポケット部17側の対向面27bは、平坦面に限らず、アキシアル円筒面35であってもよい。
図10には、玉25の接触位置に対応する対向面27bの一部をアキシアル円筒面35とした構成を示したが、対向面27bの全体がアキシアル円筒面であってもよい。側壁部27に玉25との接触位置をアキシアル円筒面35にすることで、玉軸受用保持器100Aの半径方向の保持器挙動を縮小でき、振動と、保持器音等の異音の発生を抑制できる。また、転動体案内保持器とした場合に、玉軸受用保持器100Aと軌道輪との非接触状態をより確実に維持でき、摩擦損失及び摩擦熱の発生を防止できる。
【0038】
アキシアル円筒面35を形成する場合、アキシアル円筒面35の径寸法誤差や径方向中心位置の誤差によっては、アキシアル円筒面35に対する玉25の径方向荷重の大きさと方向が変動する。そこで、玉軸受用保持器100Aの径方向Drの挙動不安定性を改善する場合、径方向Drの荷重分散を軽減する目的として、アキシアル円筒面35の曲率半径を玉25の半径より大きくすることが好ましい。
【0039】
(第2変形例)
図11は、第2変形例の玉軸受用保持器100Bを示す一部拡大側面図である。側壁部27と分割環状部21との接続部分にフィレット37を設けてもよい。フィレット37は、側壁部27と分割環状部21との接続部分に形成された隅アールRであってもよく、接続部分の隅角部を三角形状に厚肉化したものであってもよい。
【0040】
上記したフィレット37を接続部分に設けることで、玉25が側壁部27に衝突した際の応力集中が緩和され、玉軸受用保持器100Bの強度を向上できる。このように、円周方向に沿って部分的に、前述した等しい断面形状を有する領域(Ls)を確保しつつ、玉軸受用保持器100Bの強度を向上でき、破損及び変形の発生を抑制できる。
【0041】
<第2実施形態>
図12は、第2実施形態の玉軸受用保持器200の概略斜視図である。本実施形態の玉軸受用保持器200は、玉案内式の冠型保持器である。玉軸受用保持器200は、環状部41と、環状部41から周方向に所定の間隔で軸方向に突出する複数の柱部43とを備える。隣り合う柱部43同士の間には、玉(不図示)を保持可能なポケット部45が形成される。また、柱部43の先端部には、互いに間隔をあけて配置され、ポケット部45の開口端を形成する一対の爪部43aが設けられている。
【0042】
図13は、
図12に示すPO部の拡大図である。柱部43は、ポケット部45を挟んで対向する一対の対向面43bが平面又はアキシアル円筒面となっている。対向面43bがアキシアル円筒面である場合、対向面43bの曲率半径は、ポケット部45に収容される玉の半径以上であるのが好ましい。環状部41のポケット部45に向いたポケット底面41aは、部分円弧状の凹曲面であり、周方向にわたって等しい断面形状を有する。ポケット底面41aは、玉の半径以上の曲率半径を有する凹曲面であってもよく、玉の半径より小さい曲率半径を有する凹曲面であってもよい。
【0043】
この玉軸受用保持器200では、ポケット部45を挟む一対の爪部43aを互いに離反する方向に弾性変形させることにより、ポケット部45に玉を収容できる。そして、玉を収容させた状態で、爪部43aが弾性変形から復帰することで、ポケット部45に玉が保持される。この玉軸受用保持器200と、軸受用保持器に保持された玉と、図示しない内輪及び外輪とを含んで玉軸受が構成される。
【0044】
本構成によれば、一対の対向面43bが平面である場合、玉の進み遅れ現象により、玉が玉軸受用保持器200に対して相対的に周方向Dcへ進み又は遅れて、柱部43の対向面43bに衝接した場合でも、柱部43が玉から受ける荷重の方向は、周方向Dcに沿った一定方向に限定される。そのため、各柱部43における玉からの荷重の大きさ、方向に変動が生じず、玉軸受用保持器200の挙動が安定する。
【0045】
また、ポケット底面41aが玉の半径より小さい曲率半径を有する凹曲面である場合には、玉がポケット部45内のいずれの位置でポケット底面41aに衝突した場合でも、柱部43が玉から受ける荷重の方向は、軸方向Daと平行な一定方向に限定される。これにより、振動と異音の発生をさらに抑制できる。
【0046】
また、本構成によれば、ポケット部45の空間が広いため、ポケット部45内に収容可能な潤滑剤の量を大きく確保でき、玉の潤滑性を向上できる。
【0047】
本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、実施形態の各構成を相互に組み合わせることや、明細書の記載、並びに周知の技術に基づいて、当業者が変更、応用することも本発明の予定するところであり、保護を求める範囲に含まれる。
【0048】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) 複数のポケット部のそれぞれに玉を保持する玉案内式の玉軸受用保持器であって、
少なくとも1つの環状部と、
前記環状部の径方向幅を有して前記環状部から軸方向に立設された複数の柱部と、
を備え、
複数の前記柱部は、前記環状部の周方向に沿って前記ポケット部を等間隔で画成する位置に配置され、
前記柱部の前記ポケット部に向いた面は、軸方向と平行な平面又は軸方向と平行なアキシアル円筒面を有し、
前記環状部の前記ポケット部に向いた面は、周方向に沿った部分円弧状の凹曲面であり、軸方向断面の形状が周方向にわたって等しい、
玉軸受用保持器。
この玉軸受用保持器によれば、柱部のポケット部に向いた面が平面又はアキシアル円筒面であるため、柱部が玉との衝突により受ける荷重は、常に保持器の周方向と平行になり、保持器挙動が安定して、振動と異音の発生を抑制できる。また、環状部のポケット部に向いた面が部分円弧状の凹曲面であることで、玉とポケットとがエッジ当たりすることがなく、玉表面に付着した潤滑剤が積極的に掻き取られることを防止して、長寿命化が図れる。
【0049】
(2) 前記環状部は前記柱部を挟んで軸方向に一対設けられ、
一対の前記環状部と複数の前記柱部を含む保持器形状は、周方向及び軸方向に分割された複数の保持器片から構成され、
前記保持器片は、前記環状部の一部を構成する分割環状部、及び該分割環状部に接続されて前記柱部の一部を構成する分割柱部をそれぞれ備え、
軸方向に互いに対向して配置される一対の前記保持器片は、対向し合う前記分割柱部の先端部に、お互いを係合させる係合部が設けられている、(1)に記載の玉軸受用保持器。
この玉軸受用保持器によれば、周方向及び軸方向に分割された複数の保持器片により構成されることで、保持器製造用の金型サイズを小型にでき、製品の収縮、反り等による寸法誤差を抑えて低コストで製造できる。
【0050】
(3) 前記分割柱部は、周方向の両端に配置され前記ポケット部に向いた面を有する一対の側壁部と、一対の前記側壁部同士を径方向外側で周方向に連結する周壁部とに囲まれる内部空間を有し、
軸方向に互いに対向して配置される一対の前記分割柱部は、前記側壁部の軸方向先端部に、対向する前記分割柱部同士の間の少なくとも一部に軸方向隙間を形成する切欠き部が形成されている、(2)に記載の玉軸受用保持器。
この玉軸受用保持器によれば、潤滑剤を内部空間に収容でき、収容された潤滑剤を、切欠き部を通じてポケット部に供給できる。
【0051】
(4) 前記係合部は、前記周壁部の軸方向先端部に設けられている、(3)に記載の玉軸受用保持器。
この玉軸受用保持器によれば、周壁部同士が係合部によって互いに接続されることで、柱部の内部空間の潤滑剤がそのまま径方向外側に流れ出ることを防止でき、玉を経由させる潤滑剤の経路を確保しやすくなる。
【0052】
(5) 前記係合部は、軸方向に互いに対向して配置される一対の前記分割柱部同士を互いに係合する凹凸形状を有する、(4)に記載の玉軸受用保持器。
この玉軸受用保持器によれば、凹凸形状の係合によって、保持器片同士を、互いに強固に接合できる。
【0053】
(6) 前記分割柱部は、前記内部空間において、前記分割環状部から軸方向に互いに対向して配置される一対の前記側壁部同士の軸方向隙間に向けて隆起する内側傾斜面が形成されている、(3)に記載の玉軸受用保持器。
この玉軸受用保持器によれば、分割柱部の内側空間に収容された潤滑剤が、玉軸受用保持器の回転による遠心作用により、内側傾斜面を伝って軸方向隙間に流動して、ポケット部内に流入しやすくなる。
【0054】
(7) 複数の前記保持器片は、同一形状を有する、(2)から(6)のいずれか一つに記載の玉軸受用保持器。
この玉軸受用保持器によれば、同一の金型で保持器片を効率よく製造できる。
(8) 冠型保持器である、(1)に記載の玉軸受用保持器。
この玉軸受用保持器によれば、保持器挙動が安定して、振動と異音の発生を抑制できる冠型保持器となる。
【0055】
(9) (1)から(8)のいずれか一つに記載の玉軸受用保持器を備える玉軸受であって、
前記ポケット部の周方向長さは、前記玉の直径に、前記ポケット部内における前記玉の周方向移動可能量を加えた周方向長さ以上である、玉軸受。
この玉軸受によれば、ポケット部内で玉が周方向に移動可能となり、玉の進み遅れ現象が生じても、振動、異音の発生を抑制して潤滑性の高い構成にできる。
【符号の説明】
【0056】
10 玉軸受用保持器
11,13 環状部
15 柱部
17 ポケット部
19 保持器片
21 分割環状部
21a 内側面
23 分割柱部
25 玉
27 側壁部
27a 段部
27b 対向面
29 周壁部
31,31A 凸部
33,33A 凹部
37 フィレット
39 内側傾斜面
41 環状部
41a ポケット底面
43 柱部
43a 爪部
43b 対向面
45 ポケット部
100,100A,100B,200 玉軸受用保持器