(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024146285
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】すみ肉溶接方法、送給制御方法、電源、及びすみ肉溶接システム
(51)【国際特許分類】
B23K 9/12 20060101AFI20241004BHJP
B23K 9/02 20060101ALI20241004BHJP
B23K 9/23 20060101ALI20241004BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
B23K9/12 305
B23K9/02 D
B23K9/23 A
B23K35/30 320A
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023059087
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 圭
(72)【発明者】
【氏名】北村 佳昭
【テーマコード(参考)】
4E001
4E081
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB08
4E001BB09
4E001CA02
4E001DD02
4E001DD04
4E081AA09
(57)【要約】
【課題】すみ肉溶接に送給制御溶接方法を適用した場合においても優れたロバスト性を実現する。
【解決手段】すみ肉溶接に適用する、送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御方法において、前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T
90~180degにおける溶接電流の平均値I
90~180deg_aveが、設定溶接電流値I
setよりも大きく、かつ、前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T
180~270degにおける溶接電流の平均値I
180~270deg_aveが、設定溶接電流値I
setよりも小さくする。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御方法を適用したすみ肉溶接方法であって、
前記送給制御方法において、
前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも大きく、
かつ、
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも小さくすることを特徴とする、すみ肉溶接方法。
【請求項2】
前記送給制御方法は、正送期間と逆送期間を1周期としたときのワイヤ周波数を、予め定めた値で設定し、
前記ワイヤ位置位相又は送給速度位相に応じて、少なくとも前記溶接電流を電流抑制期間と電流非抑制期間とに切り替えることを特徴とする、
請求項1に記載のすみ肉溶接方法。
【請求項3】
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveと、設定溶接電流値Isetとの比である(I90~180deg_ave)/(Iset)が1.10以上であることを特徴とする、請求項1に記載のすみ肉溶接方法。
【請求項4】
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveと、設定溶接電流値Isetとの比である(I180~270deg_ave)/(Iset)が0.90以下であることを特徴とする、
請求項1に記載のすみ肉溶接方法。
【請求項5】
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveと、前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveとの比である(I180~270deg_ave)/(I90~180deg_ave)が0.5以下であることを特徴とする、
請求項1に記載のすみ肉溶接方法。
【請求項6】
前記溶接ワイヤは、溶接ワイヤの全質量に対して、
O:0.0010~0.0100質量%を含有し、
Ti、Al、Mg、Zrのうち少なくとも1つをさらに含み、
Ti、Al、Mg、Zrの合計量で0.001~0.450質量%を含有すること、
を特徴とする、請求項1から請求項5のうちいずれか一項に記載のすみ肉溶接方法。
【請求項7】
前記溶接ワイヤに含有されるSiは、溶接ワイヤの全質量に対して、0.50質量%以下であり、かつ、C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/4+Cu/13の値が0.35~1.40であること、
を特徴とする、請求項6に記載のすみ肉溶接方法。
【請求項8】
前記溶接ワイヤの全質量に対して、
Ti:0.030~0.250質量%
Al:0.001~0.300質量%
を含有し、
Ti/Alの比率が0.3~20であること、
を特徴とする、請求項7に記載のすみ肉溶接方法。
【請求項9】
前記ワイヤ位置位相が270degにおける、逆送給時の送給速度を50m/min以上とし、
前記溶接ワイヤに含有される、Ti、Al、Mg、Zrの含有量で得られる式:(Ti+Al)/(Ti+Al+Mg+Zr)の値が0.5以上であること、
を特徴とする、請求項6に記載のすみ肉溶接方法。
【請求項10】
すみ肉溶接方法に適用される、送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御方法であって、
前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも大きく、
かつ、
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも小さくすることを特徴とする、送給制御方法。
【請求項11】
すみ肉溶接方法に適用される、送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御を行う機能を有する電源であって、
前記送給制御において、
前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも大きく、
かつ、
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも小さくすることを特徴とする、電源。
【請求項12】
送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御方法を適用したすみ肉溶接システムであって、
前記送給制御方法において、
前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも大きく、
かつ、
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも小さくすることを特徴とする、すみ肉溶接システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、すみ肉溶接方法、送給制御方法、電源、及びすみ肉溶接システムに関する。
【背景技術】
【0002】
すみ肉溶接は、ガスシールドアーク溶接で用いられる施工方法の1つであり、薄板の鋼板を重ねて溶接する場合(以降、「重ねすみ肉溶接」とも称する。)や鋼板をT字に直交させて溶接する場合などが挙げられ、様々な業種で適用されている。このすみ肉溶接においては、鋼板の固定精度、鋼板の加工性精度、組立精度、溶接中の歪み等の原因により、溶接の狙い位置のズレや鋼板と鋼板の間にギャップ(隙間)が生じる。これら狙い位置のズレやギャップの存在によって、従来、ギャップに落ち込む溶落ちが発生するという架橋性の悪さやビード形状不良の発生といった問題があった。
【0003】
上記の問題を解決するため、例えば、特許文献1では、薄鋼板のマグ溶接用ワイヤを、質量%でC:0.04~0.15%,Si:0.75~1.00%,Mn:1.00~2.00%,Cr:0.35~0.80%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物の組成を有するものが開示されている。
【0004】
また、特許文献2では、板厚が0.5~1.2mmの薄鋼板のガスシールドアーク溶接において、ワイヤ径が0.5~0.9mmであり、質量%で、C:0.02~0.10%、Si:0.7~2.0%、Mn:0.5~3.0%、P≦0.020%、S:0.005~0.020%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるワイヤを用い、ピーク電流(Ip):300~450A、ベース電流(Ib):20~100Aで、かつピーク電流(Ip)及びピーク時間(Tp)の関係が所定の(1)式を満足するパルスを付加することを特徴とするガスシールドアーク溶接方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012-170970号公報
【特許文献2】特開2001-321946号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1及び特許文献2で開示されているとおり、従来では、溶接のビード幅を広げるために、マグ溶接やパルスマグ溶接が用いられていた。しかしながら、近年、スパッタ低減などの溶接作業性の利点から採用が増加している送給制御溶接において、上記問題を解決したものはない。送給制御溶接は、溶接ワイヤの送給速度を正送期間と逆送期間に交互に切り替えて、溶接を行う手法であるが、一般的に、短絡期間とアーク期間とを発生させる短絡移行をベースとしたものであるため、低入熱の溶接には適しているが、溶接の狙い位置のズレや鋼板と鋼板の間にギャップが生じる場合の溶接にいては、溶込みが浅く、ビード幅も広がらないという特性のため、ビード形状不良やギャップに落ち込む溶落ちが発生しやすくなる。特に、溶接の狙い位置のズレやギャップが大きくなるほど、ビード形状不良や架橋性の問題はより顕著になり、ロバスト性が非常に悪いと言える。そのため、溶接作業性の優れた送給制御溶接において、従来のマグ溶接やパルスマグ溶接と同等以上のロバスト性が望まれる。
【0007】
よって、本発明では、すみ肉溶接に送給制御溶接方法を適用した場合においても、優れたロバスト性を実現できるすみ肉溶接方法、送給制御方法、電源、及びすみ肉溶接システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、下記の構成からなる。
(1) 送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御方法を適用したすみ肉溶接方法であって、
前記送給制御方法において、
前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも大きく、
かつ、
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも小さくすることを特徴とする、すみ肉溶接方法。
【0009】
(2) すみ肉溶接方法に適用される、送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御方法であって、
前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも大きく、
かつ、
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも小さくすることを特徴とする、送給制御方法。
【0010】
(3) すみ肉溶接方法に適用される、送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御を行う機能を有する電源であって、
前記送給制御方法において、
前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも大きく、
かつ、
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも小さくすることを特徴とする、電源。
【0011】
(4) 送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御方法を適用したすみ肉溶接システムであって、
前記送給制御方法において、
前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも大きく、
かつ、
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも小さくすることを特徴とする、すみ肉溶接システム。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、すみ肉溶接に送給制御溶接方法を適用した場合においても優れたロバスト性を有することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、本実施形態に係る溶接システムの構成例を示す概略図である。
【
図2】
図2は、本実施形態における溶接電源、溶接制御装置、及びサーボアンプの制御に係る概略構成を示すブロック図である。
【
図3】
図3は、本実施形態におけるワイヤ送給速度と、ワイヤ先端位置と、電流検出信号との関係性を例示するグラフである。
【
図4】
図4は、実施例において用いた2つのワイヤの組成を示す図である。
【
図5】
図5は、実施例において用いた2つの溶接方法を示す図である。
【
図6】
図6は、溶接方法として送給制御方法Aを用いた場合の溶接電流及び送給速度のグラフである。
【
図7】
図7は、溶接方法として送給制御方法Bを用いた場合の溶接電流及び送給速度のグラフである。
【
図8】
図8は、送給制御方法A、送給制御方法B、及び比較例としてのパルスMAG溶接をそれぞれ用いた場合の溶接条件及び実測データを示す図である。
【
図9A】
図9Aは、試験No.1の場合における、溶接条件及び実測データに基づいた狙いズレ試験結果を示す図である。
【
図9B】
図9Bは、試験No.2の場合における、溶接条件及び実測データに基づいた狙いズレ試験結果を示す図である。
【
図9C】
図9Cは、試験No.3の場合における、溶接条件及び実測データに基づいた狙いズレ試験結果を示す図である。
【
図9D】
図9Dは、試験No.4の場合における、溶接条件及び実測データに基づいた狙いズレ試験結果を示す図である。
【
図9E】
図9Eは、試験No.5の場合における、溶接条件及び実測データに基づいた狙いズレ試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係るすみ肉溶接方法、送給制御方法、電源、及びすみ肉溶接システムの実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0015】
以下、本発明に係るガスシールドアーク溶接の溶接方法、制御方法、電源及び溶接システムの実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、本実施形態は溶接ロボットを用いた場合の一例であり、本発明に係る溶接制御方法は本実施形態の構成に限定されるものではない。例えば、溶接ロボット本体の代わりに台車を用いた自動溶接装置を適用してもよいし、可搬型の小型溶接ロボットを適用してもよい。
【0016】
また、送給制御方法は、溶接ワイヤの送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り換え、短絡期間とアーク期間とを発生させる短絡移行の形態をベースとして溶接するタイプ(以降、「短絡型送給制御法」とも称する。)と、溶接ワイヤの送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り換え、短絡期間の発生を抑止させるグロビュール移行の形態をベースとして溶接するタイプ(以降、「短絡抑制型送給制御法」とも称する。)が挙げられる。本発明の溶接方法に関しては特に問わないが、本実施形態では、短絡抑制型送給制御法のシステム構成を例として説明する。さらに、本実施形態では、すみ肉溶接として、重ねすみ肉溶接を例として説明する。
【0017】
図1は、本実施形態に係る溶接システムの構成例を示す概略図である。溶接システム50は、溶接ロボット110と、溶接制御装置120と、溶接電源140と、コントローラ150と、溶接ワイヤ100を送給するプッシュモータ180と、サーボモータ170と、サーボモータ170を制御するサーボアンプ160と、ワイヤバッファ190とを備えている。プッシュモータ180は溶接ワイヤ100を送給する。
【0018】
溶接電源140は、不図示のプラスのパワーケーブルを介して、消耗式電極である溶接ワイヤ100に通電できるように溶接ロボット110に接続され、不図示のマイナスのパワーケーブルを介して、ワーク(以降、「母材」とも称する。)200と接続されている。この接続は、逆極性で溶接を行う場合であり、正極性で溶接を行う場合、溶接電源140は、極性を逆にすればよい。
【0019】
また、溶接電源140と溶接ワイヤ100を送給するためのプッシュモータ180のそれぞれが信号線によって接続され、溶接ワイヤの送り速度を制御することができる。本実施形態の送給制御において、プッシュモータ180は、正転方向のみ行っており、後述するサーボモータ170は正転、逆転方向に切り替えが行われる。
【0020】
溶接ロボット110は、エンドエフェクタとして、溶接トーチ111を備えている。溶接トーチ111は、溶接ワイヤ100に通電させる通電機構、すなわち溶接チップを有している。溶接ワイヤ100は、溶接チップからの通電により先端からアークを発生し、その熱で溶接の対象であるワーク200を溶接する。なお、溶接チップは一般的に、コンタクトチップとも称されることがある。
【0021】
溶接トーチ111は、シールドガスを噴出する機構となるシールドガスノズルを備える。シールドガスは、特に問わないが、本実施形態で用いる制御の特性上、グロビュール移行の形態を取るガス組成にすればなおよく、具体的には、電位傾度の高い炭酸ガス、窒素ガス、水素ガス、酸素ガスのうち少なくとも一つのガスが含まれることが好ましい。また、汎用性の観点から、アルゴンガス(以降、「Arガス」とも称する。)との混合ガスの場合は、少なくとも炭酸ガスが10体積%以上混合した系がより好ましく、炭酸ガスが90体積%以上混合した系がさらに好ましく、炭酸ガス単体で用いることがさらにより好ましい。なお、シールドガスは、不図示のシールドガス供給装置から供給される。
【0022】
サーボモータ170は溶接トーチ111近傍に設けられる。サーボモータ170に接続されたサーボアンプ160がサーボモータ170を制御する。本実施形態では、溶接トーチ111がサーボモータ170から独立した構成としているが、溶接トーチ111の中にサーボモータ170を備える構成(サーボトーチとも称する。)であってもよい。サーボモータ170は、正逆送給指令に基づいて、正転、逆転方向に切り替えを行い、送給制御を行う。また、詳細は後述するが、サーボアンプ160は高速演算処理を可能とし、正逆送給指令生成部161を有する。
【0023】
プッシュモータ180とサーボモータ170の間にはワイヤバッファ190が配置される。プッシュモータ180は正転方向のみ、サーボモータ170は正転、逆転方向に送給することにより、プッシュモータ180とサーボモータ170で送給方向が異なる場合があり、送給経路内でワイヤに大きな負荷がかかり易い状況が生じる。このような送給系の状況においても適正に送給制御が可能となるよう、ワイヤバッファを設けて、ワイヤの座屈などを抑制する。
【0024】
本実施形態で使用する溶接ワイヤ100は特に問わない。例えば、フラックスを含まないソリッドワイヤと、フラックスを含むフラックス入りワイヤのどちらを用いてもよい。また、溶接ワイヤ100の材質も問わない。例えば、材質は軟鋼でもよいし、ステンレス、アルミニウム、チタンでもよく、ワイヤ表面にCuなどのめっきがあってもよい。溶接ワイヤ100の径も特に問わない。本実施形態の場合、好ましくは、径の上限を1.6mm、下限を0.8mmとする。このように、溶接ワイヤの種類、組成は問わないが、本実施形態に係る溶接方法に対し、特に適したワイヤ組成については後述する。
【0025】
また、本実施形態においてワーク200の具体的構成は特に問わず、継手形状、溶接姿勢や開先形状などの溶接条件も特に問わない。溶接制御装置120は、主に溶接ロボット110の動作を制御する。よって、溶接制御装置120はロボットコントローラと言い換えてもよい。溶接制御装置120は、あらかじめ溶接ロボット110の動作パターン、溶接開始位置、溶接終了位置、溶接条件、ウィービング動作等を定めた教示データを保持し、溶接ロボット110に対してこれらを指示して溶接ロボット110の動作を制御する。また、溶接制御装置120は、教示データに従い、溶接作業中の溶接電流、溶接電圧、送給速度等の溶接条件を溶接電源140に与える。
【0026】
なお、
図1に示すように、本実施形態の溶接システム50は、溶接制御装置120が溶接電源140から独立した構成としているが、溶接電源140の中に溶接制御装置120を備える構成であってもよい。
【0027】
コントローラ150は、溶接制御装置120に接続され、溶接ロボット110を動作させるためのプログラム作成又は表示、教示データの入力等を行う。ユーザがコントローラ150に入力した情報は溶接制御装置120に与えられる。また、コントローラ150は、溶接ロボット110のマニュアル操作を行う機能も有していてよい。なお、コントローラ150と溶接制御装置120の接続は、有線又は無線の種類を特に問わない。
【0028】
溶接電源140は、溶接制御装置120からの指令により、溶接ワイヤ100及びワーク200に電力を供給することで、溶接ワイヤ100とワーク200との間にアークを発生させる。また、溶接電源140は、溶接制御装置120からの指令により、プッシュモータ180の制御信号を出力する。
【0029】
次に、
図2及び
図3を参照して、本実施形態に係る溶接システム50の機能構成について詳細に説明する。
図2は、本実施形態において、溶接電源140、溶接制御装置120、及びサーボアンプ160の制御に係る概略構成を示すブロック図である。
図3は、本実施形態におけるワイヤ送給速度と、ワイヤ先端位置と、電流検出信号との関係性を例示するグラフである。
【0030】
溶接電源140は溶接制御装置120とデジタル通信で接続されており、溶接制御装置120はサーボアンプ160とデジタル通信で接続されている。すなわち、デジタル通信接続したサーボアンプ160、溶接制御装置120、及び溶接電源140の順に、ライン型で接続されている。これは、サーボアンプ160と溶接電源140とがデジタル通信で間接的に接続されている状態と解釈することができる。なお、サーボアンプ160、溶接電源140、溶接制御装置120の順にライン型で接続されてもよい。これは、サーボアンプ160と溶接電源140とがデジタル通信で直接的に接続されている状態と解釈することができる。
【0031】
なお、本実施形態では溶接電源140と溶接制御装置120の間は産業用のフィールドネットワークの一つであるCAN(Controller Area Network)で、溶接制御装置120とサーボアンプ160間は産業用のフィールドネットワークの一つであるEtherCAT(Ethernet for Control Automation Technology)(登録商標)でそれぞれ通信されているが、これらには限られない。
【0032】
(溶接電源の機能構成)
溶接電源140の制御系部141は、例えば、溶接制御装置120又は不図示のコンピュータによるプログラムの実行を通じて実行される。溶接電源140の制御系部141には、電流設定部36が含まれる。本実施形態における電流設定部36は、溶接シーケンス部において決定するアークスタートや溶接中などのプロセスに応じて、溶接ワイヤ100に流れる溶接電流を規定する各種の電流値を設定する機能と、電流制御の各期間において期間が開始される時間と終了する時間を設定する機能とを有する。電流設定部36は、目標電流設定部36Aと、ワイヤ先端位置変換部36Bと、電圧設定部36Cとを有する。目標電流設定部36Aは、電流制御に係るピーク期間Dap、立下がり期間Ddwn、ベース期間Db、及び立上り期間Dupの各期間について、それぞれの期間開始時間と終了時間を設定する機能を有する。ワイヤ先端位置変換部36Bは、溶接ワイヤ100の先端位置の情報を求める機能を有する。
【0033】
なお、各種条件設定は、例えば、予め作業者が入力した設定値、予め用意した波形制御テーブルや溶接条件のデータベースなどに基づいて決定すればよい。設定値、テーブル、データベースなどは、溶接システム50の構成要素のうちいずれかに保存されていてよい。設定値、テーブル、データベースなどは例えば、溶接制御装置120や溶接電源140などに保存されていてよい。
【0034】
なお、電流非抑制期間TIP(本実施形態ではDupとDap期間の合計)、電流抑制期間TIB(本実施形態ではDdwnとDb期間の合計)に係るピーク期間Dap、立下がり期間Ddwn、ベース期間Db、立上り期間Dupの各期間の各種条件設定は、予め用意した波形制御テーブルに基づいて波形制御テーブルリニア演算部37で決定すればよい。なお、ここでいう各種条件設定とは、本実施形態において電流値、時間又は位相などの条件設定を意味する。
【0035】
ここで、
図3で示す本実施形態で適用する短絡抑制型送給制御法の場合、溶接電流は、ワイヤ先端位置に係る位相(以降、「ワイヤ位置位相」とも称する。)に基づいて、電流非抑制期間TIPと電流抑制期間TIBの溶接電流を交互に繰り返すパルス波形を示す。なお、本実施形態において、ワイヤ先端位置がチップ側に最も近づく場合を0deg母材側に最も近づく場合は180degとした0~360deg(0~2π)のワイヤ位置位相に基づいて、ピーク期間Dap、立下がり期間Ddwn、ベース期間Db、立上り期間Dupのタイミングを制御している。なお、後述の送給速度位相に応じて、少なくとも溶接電流を電流抑制期間TIBと電流非抑制期間TIPとに切り替えてもよい。
【0036】
制御系部141が保存する溶接条件情報における平均送給速度Favgの設定値に基づいて、波形制御テーブルリニア演算部37で算出された電流非抑制期間TIPにおけるピーク期間Dapの設定電流値Ip(以降、「ピーク電流Ip」とも称する。)と、電流抑制期間TIBにおけるベース期間Dbの設定電流値Ib(以降、「ベース電流Ib」とも称する。)が電流設定部36に設定される。
【0037】
本実施形態の短絡抑制型送給制御法の場合、溶接電流は基本的にピーク電流Ipとベース電流Ibの2値で制御される。このため、ベース期間Dbの開始時間は、ベース電流Ibが開始する時間、すなわちベース電流開始時間を表す。また、ベース期間Dbが終了する時間は、ベース電流Ibが終了する時間、すなわちベース電流終了時間を表す。このベース期間Dbの開始される時間、ベース期間Dbが終了する時間、立下がり期間Ddwnの期間(時間)、立上り期間Dupの期間(時間)は波形制御テーブルリニア演算部37において算出される。ピーク期間Dapが開始される時間は、ピーク電流開始時間と表現されてもよく、ピーク期間Dapが終了する時間は、ピーク電流終了時間と表現されてもよい。なお、
図3に示されるとおり、ピーク電流終了時間のタイミングは、ワイヤ位置位相が0°を開始としたときの設定期間d1で決定され、ピーク電流開始時間のタイミングはピーク電流終了時間を開始としたときの設定期間d2で決定されるとよい。この設定期間は位相で設定するとよく、例えば、d1を190°、d2を120°と設定した場合には、ワイヤ位置位相が190°(d1)の位置でピーク電流が終了し、ワイヤ位置位相が310°(d1+d2)の位置でピーク電流が開始することになる。
【0038】
また、サーボアンプ160からの位相同期信号と位相遅延補正量信号に基づいて、ワイヤ先端位置変換部36Bがワイヤ先端位置を決定する。なお、本実施形態において、ワイヤ先端位置は、前述のとおりワイヤ位置位相として角度0~2πを用いて表現されてよく、
図3に示すように正送開始位置を0として定義している。
【0039】
位相遅延補正量信号は、位相遅延補正部38から出力される。位相遅延補正部38は、各種溶接条件ごとに、サーボモータ170の実際の正逆送給動作とサーボアンプ160の正逆送給指令との誤差を位相遅延補正量として、予め求めたデータベースを備える。例えば、この各種溶接条件が正送期間と逆送期間を1周期としたときの周波数であるワイヤ正逆周波数Tfである場合、用いるワイヤ正逆周波数の値に応じてデータベースに基いて位相遅延補正量が決定され、位相遅延補正量信号として位相遅延補正部38から出力される。
【0040】
溶接電源140の電源主回路は、三相交流電源(以降、「交流電源」とも称する。)1と、1次側整流器2と、平滑コンデンサ3と、スイッチング素子4と、トランス5と、2次側整流器6と、リアクトル7とで構成される。
【0041】
交流電源1から入力された交流電力は、1次側整流器2により全波整流され、さらに平滑コンデンサ3により平滑されて直流電力に変換される。次に、直流電力は、スイッチング素子4によるインバータ制御により高周波の交流電力に変換された後、トランス5を介して2次側電力に変換される。トランス5の交流出力は、2次側整流器6によって全波整流され、さらにリアクトル7により平滑される。リアクトル7の出力電流は、電源主回路からの出力として溶接チップに与えられ、消耗電極としての溶接ワイヤ100に通電される。
【0042】
溶接ワイヤ100はプッシュモータ180及びサーボモータ170によって送給され、母材200との間にアークを発生させる。溶接ワイヤ100の先端を母材200に向かって移動させる正送給期間を、正送給期間TPと表記する。溶接ワイヤ100の先端を母材200の位置する方向と逆方向に移動させる逆送給期間を、逆送給期間TNと表記する。本実施形態の場合、サーボモータ170は、正送給期間TPと逆送給期間TNとを合わせて1周期として、周期的に溶接ワイヤ100を送給する。なお、ここでいう「溶接ワイヤの先端」は、通常、ワイヤ先端に垂下する溶滴の存在を無視した場合のワイヤ先端を指すものとする。すなわち、アークによって溶融されたワイヤは、即時母材へ移行したとみなしたものとする。
【0043】
プッシュモータ180による溶接ワイヤ100の送給は、プッシュフィーダー制御部39に基づく制御信号によって制御される。なお、送給速度の平均値は、溶融速度とほぼ同じである。本実施形態の場合、プッシュモータ180による溶接ワイヤ100の送給も溶接電源140により制御される。
【0044】
また、プッシュフィーダー制御部39は、ワイヤバッファ190の状態に応じて制御を行う。本実施形態において、ワイヤバッファ190は、プッシュモータ180とサーボモータ170間の送給経路でワイヤに大きな負荷がかからないように、ワイヤバッファ190にワイヤの遊び部(モータ間による送給の影響でワイヤが弛んだ場合に逃げる隙間部分)を設け、ワイヤバッファ190に内蔵されたアブソリュートエンコーダによって、ワイヤの弛み量を回転角度で検出する。検出値はシリアルアナログ変換部191によって、アナログ信号に変換され、電気角演算部で電気角を算出する。算出された電気角は溶接電源のA/D入力部40に入力される。
【0045】
A/D入力部40からの電気角と、電気角調整部41において予め設定された電気角の基準値との間の差分を取った差分信号が、プッシュフィーダー制御部39に入力される。プッシュフィーダー制御部39はこの差分信号に基づいて、適正なワイヤのバッファ量となるように、プッシュモータ180を制御することによって、送給系に大きな負荷をかけないようにする干渉制御を行う。なお、本実施形態では前述のような干渉制御を行っているが、これに限られるわけではない。また、本実施形態では、ワイヤバッファ190に内蔵されたアブソリュートエンコーダを用いたが、これに限られるわけでもない。例えば、回転角度センサを用いてもよく、この場合、シリアルアナログ変換部191は設けなくともよい。
【0046】
電流設定部36の電圧設定部36Cには、不図示のコンタクトチップと溶接ワイヤ100の通電位置と母材200との間に加える電圧の目標値である電圧設定信号Vapが電圧指令として与えられる。電流設定部36は、電圧設定信号Vapに基づいて、アークの長さ(以降、「アーク長」とも称する。)が一定になるようにピーク期間Dapなどの各期間の溶接電流を制御する。
【0047】
電圧検出部で得られる電圧検出信号Voは実測値である。本実施形態では、電圧検出信号VoはローパスフィルターLPFを通過し、離脱検出部33を経て、離脱検出信号DTRとして電流設定部36に入力される。なお、電圧比較部を設け、電圧設定信号Vapと電圧検出信号Voとの差分を増幅し、電圧誤差増幅信号として電流設定部36に出力する構成としてもよい。
【0048】
電流誤差増幅部34は、電流設定部36によって目標値として与えられた電流設定信号CCsetと電流検出部31で検出された電流検出信号Ioとの差分を増幅し、電流誤差増幅信号Edとしてインバータ駆動部30に出力する。インバータ駆動部30は、電流誤差増幅信号Edによってスイッチング素子4への駆動信号Ecを補正する。
【0049】
電流設定部36には、溶接ワイヤ100の先端からの溶滴の離脱を検知する信号となる離脱検出信号DTRも入力される。離脱検出信号DTRは、離脱検出部33から出力される。離脱検出部33は、電圧検出部32が出力する電圧検出信号Voの変化を監視し、その変化から溶接ワイヤ100からの溶滴の離脱を検知する。なお、離脱検出部33は検出手段の一例である。
【0050】
離脱検出部33は、例えば、LPFを通した電圧検出信号Voを微分又は二階微分した値を検出用の閾値と比較することにより、溶滴の離脱を検出する。検出用の閾値は、図示を省略する記憶部にあらかじめ記憶されている。なお、離脱検出部33は、実測値である電圧検出信号Voと電流検出信号Ioとから算出される抵抗値の変化に基づいて、離脱検出信号DTRを生成してもよい。
【0051】
波形制御テーブルリニア演算部37には、送給される溶接ワイヤ100の平均送給速度Favgが与えられる。平均送給速度Favgは、送給設定データ部35に予め記憶されている。なお、送給設定データ部35は本実施形態においては溶接電源140内にあるが、溶接制御装置120内に送給設定に係る各種の情報を記憶させておき、各種の情報を溶接制御装置120から溶接電源140へと出力してもよい。
【0052】
波形制御テーブルリニア演算部37は、与えられた平均送給速度Favgに基づいて、ピーク電流Ip、ベース電流Ib、ベース電流Ibが開始する時間t1、ベース電流Ibが終了する時間t2の値などを決定し、電流設定部36へ出力する。なお、上述のようにワイヤ位置位相、時間、及び周期cycの値は相互に変換可能であるため、ベース開始の位相の設定値などを時間又は周期cycの値に換算して、換算後の値を電流設定部36へ出力してもよい。
【0053】
なお、本実施形態では、
図2で示すとおり、平均送給速度Favgを波形制御テーブルリニア演算部37に入力しているが、平均送給速度Favgに関連する値を設定値として波形制御テーブルリニア演算部37に入力し、波形制御テーブルリニア演算部37がその設定値を平均送給速度Favgに置き換えて用いてもよい。例えば、図示を省略する記憶部に平均送給速度Favgと、その平均送給速度Favgに対して最適な溶接が可能となる平均電流値のデータベースが記憶されている場合、平均電流値を設定値として用い、設定値を平均送給速度Favgに置き換えて用いてもよい。
【0054】
送給設定データ部35は、平均送給速度Favgの他、ワイヤ振幅Wf、ワイヤ正逆周波数Sf及びワイヤ正逆周期Tfなどの設定値を記憶していてもよい。なお、ワイヤ振幅Wf、ワイヤ正逆周波数Sf及びワイヤ正逆周期Tfは、入力された平均送給速度Favgに基づいて決定されてもよい。また、送給設定データ部35はこれら以外の設定値を送給設定データとして記憶してもよい。なお、本実施形態においては、ワイヤ振幅Wfの値は、
図3で示す波高Whを指す。すなわち、設定値であるワイヤ振幅Wfは波高Whと同値としている。
【0055】
本実施形態では、平均送給速度Favgよりも送給速度が大きい期間を正送給期間とし、平均送給速度Favgに対して送給速度が小さい期間を逆送給期間として、正送給期間と逆送給期間とが交互に現れる送給(以降、「振幅送給」と省略して称する。)となる。なお、平均送給速度Favgに対して送給速度が小さい期間とは、平均送給速度Favg未満を指し、マイナスの送給速度、すなわち、ワイヤ先端が母材200のある位置と逆方面へ移動する速度を含む。ワイヤ振幅Wfは平均送給速度Favgに対する変化幅を与え、ワイヤ正逆周期Tfは繰り返し単位であるワイヤ振幅の変化の時間を与える。ワイヤ正逆周波数Sfはワイヤ正逆周期Tfの逆数である。
【0056】
送給設定データ部35に記憶された平均送給速度Favg、ワイヤ振幅Wf、ワイヤ正逆周波数Sf、及びワイヤ正逆周期Tfは、デジタル通信部42から、溶接制御装置120のデジタル通信部122へと入力される。本実施形態において、これらの送給設定データの通信はCAN通信で行っている。
【0057】
溶接シーケンス部は、ティーチングデータに基づいて、溶接制御装置120から出力されるガスON、アーク起動の信号に基づいて、アイドル、ガスフロー、アークスタート、溶接中、アンチスティックの順で各タスクを処理する。溶接中のタスクにおいて、上述した電流設定部36を主とした制御が行われる。なお、
図2において、溶接制御装置120が有する溶接条件情報を、便宜上、溶接電源140の中においても破線で囲って示している。
【0058】
(溶接制御装置の機能構成)
溶接制御装置120のデジタル通信部122には、前述のとおり、CAN通信によって、溶接電源140の送給設定データ部35から、平均送給速度Favg、ワイヤ振幅Wf、ワイヤ正逆周波数Sf、ワイヤ正逆周期Tfなどの送給設定データが入力される。溶接制御装置120は、これらの送給設定データをサーボアンプ160のデジタル通信部162へ出力するためのデジタル通信部123を有する。本実施形態において、溶接制御装置120のデジタル通信部123とサーボアンプ160のデジタル通信部162との間はEtherCAT(登録商標)通信で接続される。
【0059】
また、溶接制御装置120は、ガスやアーク起動(溶接ON)のタイミング、電圧、平均送給速度の設定値など、各種溶接条件情報を記憶しており、溶接ロボット110を動作させるために作成したプログラムに基づいて、ガスON、アーク起動、電圧指令や送給指令の信号を溶接電源140へ出力する。
【0060】
(サーボアンプの機能構成)
サーボアンプ160のデジタル通信部162には、EtherCAT(登録商標)通信によって、平均送給速度Favg、ワイヤ振幅Wf、ワイヤ正逆周波数Sf、ワイヤ正逆周期Tf等の送給設定データが入力される。サーボアンプ160の正逆送給指令生成部161は、デジタル通信によって入力された設定情報、すなわち送給設定データに基づいて正送給又は逆送給の送給指令を生成する。より具体的には、サーボアンプ160の正逆送給指令生成部161は、ワイヤ振幅Wf及びワイヤ正逆周期Tfから振幅送給速度Ffを算出し、この振幅送給速度Ffと平均送給速度Favgとに基づいて、送給速度指令信号Fwを算出する。
【0061】
本実施形態の場合、送給速度指令信号Fwは、次式で表される。
Fw=Ff+Favg・・・式(A)
【0062】
また、正逆送給指令生成部161は、離脱検出部33から与えられる離脱検出信号DTRにより、振幅送給のどのワイヤ位置位相で離脱が発生したかを検知してもよい。ただし、式(A)で表される送給速度指令信号Fwは、溶接ワイヤ100の先端からの溶滴の離脱が想定する期間内に検知されている場合に限られる。想定する期間内に溶滴の離脱が検出されなかった場合、正逆送給指令生成部161は、送給速度指令信号Fwを一定速度による送給制御に切り替えてもよい。例えば、正逆送給指令生成部161は、送給速度指令信号Fwを平均送給速度Favgによる送給に切り替える。平均送給速度Favgによる送給から、式(A)で表される送給制御への切り替えは、溶滴の離脱が検知されるタイミングに応じて定まる。
【0063】
サーボアンプは、正逆送給指令生成部161において送給速度指令信号Fwに基づいて、サーボモータ170のインバータ制御を行う。また、サーボアンプ160の同期信号生成部163は位相同期信号を溶接電源140に出力する。この位相同期信号は、送給速度指令信号Fwに基づいて生成される。
【0064】
なお、溶接電源140と、サーボアンプ160の同期信号生成部163との間は、少なくともアナログ入出力で接続されていてよい。この場合、溶接電源140にはサーボアンプ160からアナログ入出力を介して同期信号が入力される。平均送給速度Favg、ワイヤ振幅Wf、ワイヤ正逆周波数Sf、ワイヤ正逆周期Tfなどの送給設定データをデジタル通信で伝送する一方で、同期信号についてはアナログ通信で伝送することにより、デジタル通信とアナログ通信を用途に応じて効率的に使い分けることができる。
【0065】
ここで、送給速度指令信号Fwに係る位相(以降、「送給速度位相」とも称する。)は、正送給の開始を0deg、正送給の終了及び逆送給の開始を180deg(π)、逆送給の終了を360deg(2π)としている。本実施形態において、位相同期信号は、送給速度位相の同期信号、ワイヤ位置位相の同期信号となる。送給速度位相の同期信号は、正送給期間(0~πの位置)をONとし、逆送給期間(π~2π位置)をOFFとする同期信号となる。一方、ワイヤ位置位相の同期信号は、ワイヤ正逆送されるときの波高の中心位置より母材200側に近づく期間(0.5π~1.5πの位置)をONとし、ワイヤ振幅の中心位置よりチップ側に近づく期間(1.5π~0.5πの位置)をOFFとする同期信号となる。この位相同期信号と、前述の位相遅延補正量に基づいて、溶接電源140におけるワイヤ先端位置変換部36Bにより溶接ワイヤ100の先端位置、すなわち、ワイヤ位置位相が決定される。
【0066】
(溶接方法)
次に、本実施形態に係る溶接方法について説明する。本実施形態に係る溶接方法は、送給制御法において、特定のワイヤ位置位相で局所的にアーク圧を高め、溶融池を押し広げることで、溶込みと広いビード幅を得るという技術思想に基づく。
【0067】
送給制御法においては、正送給から逆送給に切り変わる時に、ワイヤ先端が溶融池に最も近づく。ワイヤ先端が溶融池に近づくと、アーク長が短くなり、瞬間的に溶融池にかかるアーク圧が高くなる。よって、局所的にアーク圧を高めるワイヤ位置位相としては、正送給から逆送給に切り変わる前後、すなわち、ワイヤ位置位相90deg(0.5π)~270deg(1.5π)であって、この期間において、さらに溶接電流を高めると溶融池を押し広げる効果はより高くなる。しかしながら、そのような制御にすると、過度に溶融池を押し広げることになり、溶落ちや重力の影響による溶融部の垂れなどが発生し、架橋性が悪くなる可能性がある。また、溶滴を離脱させる逆送給期間においても、溶滴を押し上げるアーク圧が高くなる。このため、逆送給期間において溶滴離脱を阻害することになり、溶滴移行が不安定になるため、スパッタ発生の原因にもなる。そこで、本実施形態に係る溶接方法では、ワイヤ位置位相90deg(0.5π)~180deg(1.5π)間の局所的範囲で、大きく溶接電流を高めて、溶融池を押し広げ、溶込みと広いビード幅を確保し、180deg(π)~270deg(1.5π)間の範囲では、大きく溶接電流を低くして、冷却期間を設けることで、溶落ち、重力の影響による溶融部の垂れや溶滴離脱失敗を防止する。これにより、すみ肉溶接におけるロバスト性を確保することができる。
以下、上記ワイヤ位置位相間における溶接電流について詳細説明を行う。
【0068】
(ワイヤ位置位相90deg~180degの期間:平均電流以上)
ワイヤ位置位相90deg~180degの期間は、溶込みとビード幅を広げる期間とし、この期間の溶接電流の平均値I90~180deg_aveは、平均電流値Iave以上とする。なお、平均溶接電流値Iaveは設定溶接電流値Isetに基づくため、本実施形態では、Iave≒Isetとする。90deg~180degの期間の平均電流値I90~180deg_aveを、平均電流値Iset以上の電流値とすることで、送給制御法において、溶込みとビード幅を広げることができる。また、より溶込みとビード幅を広げるためには、ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveと、設定溶接電流値Iset(≒平均溶接電流Iave)との比となる、(I90~180deg_ave)/(Iset)は、1.10以上であることが好ましい。
【0069】
(ワイヤ位置位相180deg~270degの期間:平均電流以下)
ワイヤ位置位相180deg~270degの期間は、大きく溶接電流を低くする冷却期間となる。この期間の溶接電流の平均値I180~270deg_aveは、平均電流値Iave以下とする。なお、平均溶接電流値Iaveは設定溶接電流値Isetに基づくため、本実施形態では、Iave≒Isetとする。180deg~270degの期間の平均電流値I180~270deg_aveを、平均電流値Iset以下の電流値とすることで、送給制御法において、溶落ち、重力の影響による溶融部の垂れや溶滴離脱失敗を防止する。また、より溶込みとビード幅を広げるためには、溶接ワイヤ位置が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveと、設定溶接電流値Iset(≒平均溶接電流Iave)との比となる、(I180~270deg_ave)/(Iset)は、0.90以下であることが好ましい。
【0070】
((I180~270deg_ave)/(I90~180deg_ave)≦0.50)
上述のとおり、ワイヤ位置位相90deg~180degの期間を平均電流以上、ワイヤ位置位相180deg~270degの期間を平均電流以下とすることで、すみ肉溶接におけるロバスト性を確保することができる。このロバスト性は、ワイヤ位置位相90deg~180degの期間における平均電流と、ワイヤ位置位相180deg~270degの期間における平均電流との差が大きいほど好ましい。具体的には、溶接ワイヤ位置が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveと、溶接ワイヤ位置が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveとの比となる、(I180~270deg_ave)/(I90~180deg_ave)が、0.50以下であることが好ましい。なお、溶滴移行の安定性の観点から、この比の値の下限は0.10以上とするとよい。
【0071】
(ワイヤ正逆周波数:50~150)
ワイヤ正逆周波数は、50~150の範囲であることが好ましい。ワイヤ正逆周波数を150以下に設定することで、ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveと、ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveとの差を大きくすることができ、より好ましいロバスト性を得ることができる。一方で、50以上とすることで、より溶滴移行の安定性を保つことができる。
【0072】
(ワイヤ振幅:3.3~6.3)
ワイヤ振幅は、3.3~6.3の範囲であることが好ましい。ワイヤ振幅を3.3以上とすることで、溶滴移行の安定性を保つことができる。一方で、ワイヤ振幅を6.3以下とすることで、ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間において、短絡を防止しつつ、ワイヤ先端はより溶融池に近づき、アーク圧が高まるため、より溶込みと広いビード幅を得ることができる。
【0073】
(溶接ワイヤ)
送給制御法は、正送給又は逆送給が行われる際、過大な送給速度でワイヤ送給が行われるワイヤ位置位相もあれば、送給速度が0になるワイヤ位置位相もあり、正送給及び逆送給が行われる1周期の内に大きな速度変動が生じる。この速度変動は短絡抑制型送給制御では特に顕著である。具体的に、本実施形態においては、ワイヤ位置位相が90degにおいて、正送給時の最高速度になり、180degを過ぎたあたりで送給速度は0、さらに270degは逆送給時の最高速度になり、360degの少し前で送給速度は0となる。上述のとおり、ワイヤ位置位相90deg~180deg間は強いアーク圧で溶融池を押し込むと同時に、溶融池の幅を広げる効果をもつが、この期間は、正送給時の最高速度から送給速度が0になる期間となり、ワイヤ先端で形成された溶滴は慣性力が作用し、意図しないタイミングの溶滴の離脱や溶滴の揺動が起こりやすくなる。正送給期間中などの意図しないタイミングで溶滴が離脱すると、溶滴移行のタイミングが不安定になり、スパッタの増加やビード形状不良が起こる可能性がある。また、溶滴の揺動が起こると、揺動する溶滴の動きに応じてアークが偏向するため、アーク圧によって、溶融池を押し込む位置が変動し、1点集中しないため、良好な溶込み及びビード幅を得ることができなくなる。よって、過大な慣性力が作用したとしても溶滴の離脱や溶滴の揺動を防ぐことが好ましい。
【0074】
一般的に、意図しないタイミングの溶滴の離脱や溶滴の揺動を防ぐためには、溶滴の粘性を高めるなど溶融時の物性を制御するように溶接ワイヤの設計を行えばよいが、溶融時の物性を制御すると組成が限定され、適用できるワイヤ組成が限定されることとなる。したがって、本実施形態に係る溶接方法では、溶滴の物性を考慮することなく、過大な慣性力が作用したとしても溶滴の離脱や溶滴の揺動を防ぐことができる溶接ワイヤであることが好ましい。これに対し、発明者らは、本実施形態に係る溶接方法に適した溶接ワイヤとして、微量のTi、Al、Mg、Zr等の強脱酸元素と酸素が含まれる溶接ワイヤを適用することによって、溶滴の物性を組成で制御する事無く、過大な慣性力が作用したとしても溶滴の離脱や溶滴の揺動を防ぐことができることを見出した。これは、溶接ワイヤがアークによって溶解し、Ti、Al、Mg、Zr等の強脱酸元素とワイヤ中の酸素が結びつくことによって、溶滴表面上に強脱酸元素の酸化被膜を形成させたことに起因する。この酸化被膜は周辺の気体との界面張力が高く、溶滴自体の表面積を小さくするように働くため、溶滴が成長し始める初期の溶滴重量では、溶滴は離脱しにくく、揺動も抑制される。
【0075】
ここで、ワイヤに含有する強脱酸元素は、酸素との親和性が高いことは当然として、酸化物の融点が高温となる元素でなければ、溶滴表面に酸化被膜が形成しないため、溶接ワイヤ中に添加する強脱酸元素はTi、Al、Mg、Zrから選択される元素であることが好ましい。なお、溶接ワイヤの種類はメタル系のフラックス入りワイヤでも問題ないが、ワイヤ中の酸素量を制御しやすいという観点からソリッドワイヤを適用することが好ましい。
【0076】
以下、本実施形態に係る溶接方法に最適な溶接ワイヤの形態について詳細説明する。以下の説明においては、ワイヤ中の各成分量は、ワイヤ全質量に対する含有量で規定される。
【0077】
(C:0.20質量%以下(0質量%含む))
Cは、脱酸作用を有するとともに、溶接金属の機械的性能を高める効果を有する成分となる。Cの含有量は用途の強度に応じて、適宜調整すればよく、本実施形態に係る溶接方法においては、他の元素で強度が確保できるのであれば含有しなくともよい。すなわち0質量%でもよい。ただし、Cが含有されると脱酸効果があるため、酸化被膜を溶滴表面に安定的に形成させるためには、0.20質量%以下としておくことが好ましい。さらに、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接の用途においては、後述するMIX値が適正範囲に入るように含有量を決定することがより好ましい。
【0078】
(Si:1.00質量%以下(0質量%含む))
Siは、脱酸剤であり、溶接金属の機械的性能を高める効果を有する成分となる。Siの含有量は用途の強度に応じて、適宜調整すればよく、本実施形態に係る溶接方法においては、他の元素で強度が確保できるのであれば含有しなくともよい。すなわち0質量%でもよい。ただし、Siの酸化物の融点は1710℃であり、溶融池でSiが酸素と結合して酸化物を生成した場合に、溶融池表面上において溶融状態である可能性がある。溶融酸化物は非常に粘性が高いため、ワイヤ位置位相90deg~180deg間において、深い溶け込み、ビード幅の拡大を阻害する要因となる。また、Siの酸化物は、溶接ビード上にスラグとして残ると、電着塗装被膜を形成することができなくなる。よって、Siの含有量は、低いほど好ましく、1.00質量%以下であれば好ましく、0.50質量%以下であればより好ましく、0.20質量%以下であればさらにより好ましい。特に、0.50質量%以下にSiの含有量を制限することによって、溶融池の粘性増加を抑制でき、結果として良好なロバスト性を得ることができ、さらに、溶接ビード上に形成するスラグの組成が変わり、密着性が良く、電着塗装被膜を形成することができる薄いスラグとなる。Si含有量の低減に加え、さらに、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接の用途においては、後述するMIX値が適正範囲であれば、なお好ましい。
【0079】
(Mn:1.30~2.40質量%)
Mnは、Siと同様、脱酸剤であり、溶接金属の機械的性能を高める効果を有する成分となる。Mnの含有量は用途の強度に応じて、適宜調整すればよく、本実施形態に係る溶接方法においては、他の元素で強度が確保できるのであれば含有しなくともよい。すなわち0質量%でもよい。上述のSi含有量を抑制する場合においては、Mn含有量で補完するとよく、1.30~2.40質量%の範囲で含有させると、本実施形態の効果を阻害することなく、機械的性能のバランスをとる手段としては好ましい。さらに、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接の用途においては、後述するMIX値が適正範囲に入るように含有量を決定することがより好ましい。
【0080】
(P:0.025質量%(0質量%含む))
Pは、溶接金属の割れ性に関連する元素であり、溶接金属中のP含有量が少ないほど、耐割れ性が良好となるため、本実施形態に係る溶接方法においては、特に含有しなくともよい。すなわち0質量%でもよい。耐割れ性の観点から、ワイヤ中のP含有量は、0.025質量%以下とすることが好ましい。
【0081】
(S:0.030質量%(0質量%含む))
Sは、溶融金属の表面張力を低下させる成分となる。表面張力が低いほど、溶滴離脱が促進される傾向にあるため、本発明においては、ワイヤ位置90deg~180deg間の溶滴離脱を防止するために、Sの含有量を、0.030質量%以下とすることが好ましい。溶滴離脱を防止するという観点から、Sは、特に含有しなくともよい(0質量%でもよい)が、その一方で適量のSは、溶融池表面の物性に影響し、溶接ビードのなじみを良好にする効果を有するため、0.001質量%含有するとより好ましい。
【0082】
(Cu:0.50質量%以下(0質量%含む))
Cuは、溶接金属の機械的性能を高める効果を有する成分となる。Cuの含有量は用途の強度に応じて、適宜調整すればよく、本実施形態に係る溶接方法においては、他の元素で強度が確保できるのであれば含有しなくともよい。すなわち0質量%でもよい。また、Cuはメッキとして、溶接ワイヤに加えてもよく、ワイヤ中の含有量、メッキ量合計で0.50質量%以下とすることが好ましい。これは、0.50質量%以下に抑えることで、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属は過剰な強度とならないためとなる。さらに、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接の用途においては、後述するMIX値が適正範囲に入るように含有量を決定することがより好ましい。
【0083】
(Ni:1.00質量%以下(0質量%含む))
Niは、溶接金属の機械的性能を高める効果を有する成分となる。Niの含有量は用途の強度に応じて、適宜調整すればよく、本実施形態に係る溶接方法においては、他の元素で強度が確保できるのであれば含有しなくともよい。すなわち0質量%でもよい。Ni含有量は、1.00質量%以下に抑えることで、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属は過剰な強度とならないため、1.00質量%以下とすることが好ましい。さらに、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接の用途においては、後述するMIX値が適正範囲に入るように含有量を決定することがより好ましい。
【0084】
(Cr:1.00質量%以下(0質量%含む))
Crは、溶接金属の機械的性能を高める効果を有する成分となる。Crの含有量は用途の強度に応じて、適宜調整すればよく、本実施形態に係る溶接方法においては、他の元素で強度が確保できるのであれば含有しなくともよい。すなわち0質量%でもよい。Cr含有量は、1.00質量%以下に抑えることで、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属は過剰な強度とならないため、1.00質量%以下とすることが好ましい。さらに、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接の用途においては、後述するMIX値が適正範囲に入るように含有量を決定することがより好ましい。
【0085】
(Mo:1.00質量%以下(0質量%含む))
Moは、溶接金属の機械的性能を高める効果を有する成分となる。Moの含有量は用途の強度に応じて、適宜調整すればよく、本実施形態に係る溶接方法においては、他の元素で強度が確保できるのであれば含有しなくともよい。すなわち0質量%でもよい。Mo含有量は、1.00質量%以下に抑えることで、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属は過剰な強度とならないため、1.00質量%以下とすることが好ましい。さらに、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接の用途においては、後述するMIX値が適正範囲に入るように含有量を決定することがより好ましい。
【0086】
(V:0.50質量%以下(0質量%含む))
Vは、溶接金属の機械的性能を高める効果を有する成分となる。Vの含有量は用途の強度に応じて、適宜調整すればよく、本実施形態に係る溶接方法においては、他の元素で強度が確保できるのであれば含有しなくともよい。すなわち0質量%でもよい。V含有量は、0.50質量%以下に抑えることで、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属は過剰な強度とならないため、0.50質量%以下とすることが好ましい。さらに、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接の用途においては、後述するMIX値が適正範囲に入るように含有量を決定することがより好ましい。
【0087】
(B:0.010質量%以下(0質量%含む))
Bは、溶接金属の機械的性能を高める効果を有する成分となる。Bの含有量は用途の強度に応じて、適宜調整すればよく、本実施形態に係る溶接方法においては、他の元素で強度が確保できるのであれば含有しなくともよい。すなわち0質量%でもよい。B含有量は、0.010質量%以下に抑えることで、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属は過剰な強度とならないため、0.010質量%以下とすることが好ましい。さらに、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接の用途においては、後述するMIX値が適正範囲に入るように含有量を決定することがより好ましい。
【0088】
(Ti、Al、Mg、Zrの合計量で0.001~0.450質量%)
((Ti+Al+Mg+Zr)/O:0.5~150)
Ti、Al、Mg、ZrはO(酸素)と親和性が非常に高い強脱酸元素であり、かつこれらの酸化物の融点は、鉄の融点以上の高温となる。溶接ワイヤ中にTi、Al、Mg、Zrのうち、少なくとも一つと後述するO(酸素)が含有されることで、溶接ワイヤ先端の溶滴形成時において、溶滴表面に酸化被膜が形成する。この酸化被膜が形成することで、ワイヤ位置によって、局所的に送給速度が変化し、溶滴に慣性力がかかっても、溶滴の形状は変化し難くなるため、溶滴の揺動や意図しないワイヤ位置位相の溶滴離脱を抑制することができる。上述の効果が十分に発揮される強脱酸元素(Ti、Al、Mg、Zr)の合計含有量としては、0.001質量%以上であることが好ましく、0.050質量%以上であることがより好ましく、0.150質量%以上であることがさらに好ましい。また、Ti、Al、Mg、Zrの含有量が過剰であると、溶接ビード上のスラグ量が増加し、スラグ組成もTi、Al、Mg、Zrの含有量によって変化するため、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接の用途においては、ビード外観や電着塗装性の観点から、Ti、Al、Mg、Zrの合計量を0.450質量%以下に抑えることが好ましく、0.380質量%以下に抑えることがより好ましい。また、溶接ワイヤ先端の溶滴形成時において、溶滴表面に酸化被膜を形成させるために適したTi、Al、Mg、ZrとO(酸素)の関係は、(Ti+Al+Mg+Zr/)Oから算出される値が0.5~150の範囲であることが好ましく、0.5~75.0の範囲であることがさらに好ましい。
【0089】
(O:0.0010~0.0100質量%)
Oは、上述の強脱酸元素とともに含有することによって、溶接ワイヤ先端の溶滴形成時において、溶滴表面に酸化被膜を形成させ、溶滴の揺動や意図しないワイヤ位置の溶滴離脱を抑制することができる。本実施形態に係る溶接方法において、溶滴の揺動や意図しないワイヤ位置の溶滴離脱を抑制するために効果的なOの含有量は、0.0010質量%以上であれば好ましく、0.0015質量%以上であればより好ましい。また、Oがワイヤ中に過剰に含まれると、溶接ビード上のスラグ量が増加し、ビード外観に影響を与える可能性があるため、0.0100質量%以下とすると好ましく、0.0080質量%以下であればより好ましく、0.0050質量%以下であればさらに好ましい。
【0090】
(N:0.0300質量%以下)
Nは、溶接金属の機械的性能を高める効果を有する成分となる。Nの含有量は用途の強度に応じて、適宜調整すればよく、本実施形態に係る溶接方法においては、他の元素で強度が確保できるのであれば含有しなくともよい。すなわち0質量%でもよい。N含有量は、0.0300質量%以下に抑えることで、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属は過剰な強度とならないため、0.0300質量%以下とすることが好ましい。
【0091】
(0.35≦MIX値≦1.40)
MIX値=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/4+Cu/13とする。溶融池の粘性増加抑制によるロバスト性の改善とスラグ組成制御による電着塗装性の改善を行う場合に、Siの含有量を0.50質量%以下に抑える必要があるため、Siの含有量を低下させた分、他の元素で機械的性能を補う必要があるが、MIX値が0.35~1.40の範囲を満足するように、他の元素のバランスをとることが好ましい。
【0092】
(Ti:0.030~0.250質量%)
(Al:0.001~0.300質量%)
含有される強脱酸元素は、Ti及びAlが選択されることが好ましい。Mg及びZrの酸化物は融点が2500℃以上であり、かつ低温側になるほど酸素との親和性が高くなるため、溶滴全体に厚い酸化被膜が形成する。このため、比較的温度が低い溶滴の上部、すなわち、溶滴とワイヤの境界近傍にも厚い酸化被膜が形成し、ワイヤの逆送給時後半(270deg~360deg)の溶滴離脱位置において、くびれの形成を阻害し、溶滴が離脱しない可能性がある。一方、Ti及びAlの酸化物の融点は2100℃以下であり、Mg及びZrと比べて、酸化被膜は厚くならなく、かつ溶滴とワイヤの境界近傍に酸化被膜は形成しにくいため、ワイヤの逆送給時後半ではワイヤと溶滴の境界にくびれが発生し、溶滴は離脱する。よって、強脱酸元素としては、Ti、Alが含有されていることが好ましく、Tiの含有量は、0.030~0.250質量%の範囲で含まれていると好ましく、Alの含有量は、0.001~0.300質量%の範囲で含まれていると好ましく、0.001~0.200質量%の範囲で含まれているとより好ましい。また、Alの含有量は、0.10質量%を超えて含有するとより好ましい。また、Tiの含有量とAl含有量の比率(Ti/Al)が、0.3~20であると、上記効果が促進される。また、さらに電着塗装性の改善の観点から、Siの含有量を0.5質量%以下に抑制し、溶接ビード上に形成するスラグ組成を制御する場合に、Tiの含有量とAl含有量の比率(Ti/Al)が、0.4~13.0であることがさらにより好ましく、0.4~3.0であることがさらにより好ましい。
【0093】
ワイヤの逆送給時後半にて、慣性力で、安定的にワイヤを離脱するための、逆送給時の最高送給速度は50m/min以上とすることが好ましい。一方で、本実施形態に係る溶接方法では、正送給後半(90deg~180deg)において、瞬間的に高電流をかけ、溶融池に対するアーク圧を高めることで、溶込み及び広いビード幅を得る必要があるため、必然的に、正送給時の最高送給速度も逆送給時の最高送給速度と同等か近い値をとる必要がある。しかしながら、正送給側の最高速度が上がれば上がるほど、正送給後半(90deg~180deg)の溶滴の揺動や離脱が起こる可能性が高まる。本実施形態では、上述のAl、Tiを含有し、酸化被膜を制御することによって、正送給後半(90deg~180deg)においては、溶滴の揺動や離脱を防止し、逆送給後半にいては離脱を促進することができる。具体的には、強脱酸元素の配分が、(Ti+Al)/(Ti+Al+Mg+Zr)>0.5であることが好ましく、(Ti+Al)/(Ti+Al+Mg+Zr)の値が0.95以上となることがより好ましく、MgとZrは不可避不純物の含有量以下であり、TiとAlのみで構成されていることがさらにより好ましい。
【0094】
(残部:Fe及び不可避的不純物)
本実施形態において使用することが好ましいワイヤの残部は、Fe及び不可避的不純物である。不可避的不純物としては、例えば、Nb、Li、Sn、Sb、Bi及びAs等が挙げられる。これらの不可避的不純物の含有量は、ワイヤ全質量に対して、それぞれ、0.0100質量%以下であることが好ましく、0.0050質量%以下であることがより好ましい。また、これらの不可避的不純物の含有量の合計は、ワイヤ全質量に対して、0.0200質量%以下であることが好ましい。
【実施例0095】
以下に実施例を挙げて本実施形態を更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0096】
(溶接ワイヤ)
図4は、実施例において用いた2つのワイヤの組成を示す図である。実施例においては、ワイヤAとワイヤBの2種類のワイヤを用いた。各ワイヤが含有する成分は、
図4に示したとおりである。なお、
図4における数値は、いずれも質量%を示している。また、
図4に示したワイヤ成分以外の残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0097】
(溶接制御方法)
図5は、実施例において用いた2つの溶接方法を示す図である。実施例においては、溶接方法として送給制御方法Aと送給制御方法Bの2種類を用いた。なお、一般的なパルスMAG溶接を比較例として用いた。
【0098】
送給制御方法Aは、短絡抑制型の方法であり、ワイヤ周波数が70Hz、波高が5mm(振幅±2.5mm)である。電流制御の切替タイミングはワイヤ位置固定である。ピーク電流切替のワイヤ位置は157degであり、ベース電流切替のワイヤ位置は350degである(
図6参照)。
【0099】
送給制御方法Bは、短絡型の方法である。ワイヤ周波数は短絡周期に準じるため変動する。ワイヤ振幅も変動する。電流制御の切替タイミングは、短絡が検出された時である。
【0100】
(溶接条件)
溶接条件は、以下のように設定した。
・鋼板:縦200mm×横50mm×厚さ2.3mm、SPH440鋼板
・溶接姿勢:水平重ねすみ肉溶接
・シールドガス:100体積%CO2ガス、80体積%Ar+20体積%CO2ガス
・平均電流:200~250A
・平均電圧:19~27V
・ワイヤ送給量:7.0m/min
・溶接速度:100cm/min
・溶接長:150mm
【0101】
(評価結果)
図6は、溶接方法として送給制御方法Aを用いた場合の溶接電流及び送給速度のグラフである。
図7は、溶接方法として送給制御方法Bを用いた場合の溶接電流及び送給速度のグラフである。いずれのグラフにおいても、横軸はワイヤ位置位相を示している。縦軸は、溶接電流についてはアンペア(A)を、送給速度についてはm/min(mpm)をそれぞれ示している。
【0102】
図8は、送給制御方法A、送給制御方法B、及び比較例としてのパルスMAG溶接をそれぞれ用いた場合の溶接条件及び実測データを示す図である。
図9A~
図9Eは、
図8に示した溶接条件及び実測データに基づいた、狙いズレ試験結果を示す図である。
【0103】
まず、溶接条件について説明する。試験番号1、2は、送給制御方法Aを用いている。試験番号3、4は送給制御方法Bを用いている。試験番号5はパルスMAG溶接を用いている。ワイヤの種類については、試験番号2ではワイヤBを用いており、試験番号1、3-5ではワイヤAを用いている。シールドガスは、試験番号1-3については100体積%CO
2ガス(
図8及び以降は、CO
2と称する。)を、試験番号4-5については80体積%Ar+20体積%CO
2ガス(
図8及び以降は、Ar-CO
2と称する。)を、それぞれ用いた。溶接速度はいずれの試験においても100cm/minとした。送給速度はいずれの試験においても7m/minとした。
【0104】
次に、実測データについて説明する。各試験番号について、平均電流及び平均電圧の値をそれぞれ
図8に示した。試験番号1から試験番号4については、所定の期間における平均電流、及び所定の期間における平均電圧の値を、それぞれ
図8に示した。また、試験番号1から試験番号4について、前述の実測値に基づいて、平均電流の比を合わせて算出し、
図8にそれぞれ示した。
【0105】
図9A~
図9Eに示したように、試験番号ごとに、複数の狙い位置での試行を行った。その際のギャップ幅及び狙い位置(狙い位置のズレ量)の値と、溶接結果が良好(
図9A~
図9Eにおいて、良好の溶接結果である場合は、丸印で示す)であったか不良(
図9A~
図9Eにおいて、不良の溶接結果である場合は、バツ印で示す)であったかを試験結果として示した。なお、狙い位置(狙い位置のズレ量)は、溶接線の垂直方向を軸とした場合において、0の値を正常な狙い位置としたときのズレ量であり、マイナスの値の場合(‐1~‐5)の場合は、上板がある方向にズレがあり、プラスの値の場合(1~5)の場合は、逆方向にズレがある場合を指す。
【0106】
さらに、試験結果の丸印(○)とバツ印(×)とを、狙いズレ裕度グラフにプロットした。狙いズレ裕度グラフの横軸は狙い位置(mm)であり、縦軸はギャップ幅(mm)である。狙いズレ裕度グラフにおいて、許容できる領域範囲を破線で示した。許容できる領域範囲は、試験結果が○であるとプロットされた点を繋いでできる領域の内側に入る矩形として示した。この破線領域の面積が大きいほど、ロバスト性が高いと言える。なぜなら上述のように、溶接の狙い位置のズレやギャップが大きくなるほど、ビード形状不良や架橋性の問題はより顕著になるところ、破線領域の内側は、良好な溶接結果が得られる蓋然性が高く、破線領域の面積が大きいということは、狙い位置がより大きくズレたとしても、又はギャップ幅がより大きくても、良好な溶接結果が得られることを示しているからである。
【0107】
図9A~
図9Eから、送給制御方法Bの場合よりも送給制御方法Aの場合の方が、破線領域の面積が大きく、ロバスト性が高いことが読み取れる。また、同じ送給制御方法Aを用いた場合に、ワイヤBよりもワイヤAを用いた方が破線領域の面積が大きく、ロバスト性が高いことが読み取れる。
【0108】
本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、実施形態の各構成を相互に組み合わせることや、明細書の記載、並びに周知の技術に基づいて、当業者が変更、応用することも本発明の予定するところであり、保護を求める範囲に含まれる。
【0109】
以上のとおり、本明細書には次の事項が開示されている。
【0110】
(1) 送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御方法を適用したすみ肉溶接方法であって、
前記送給制御方法において、
前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも大きく、
かつ、
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも小さくすることを特徴とする、すみ肉溶接方法。
このすみ肉溶接方法によれば、送給制御溶接方法を適用した場合においても、優れたロバスト性を実現できる。
【0111】
(2) 前記送給制御方法は、正送期間と逆送期間を1周期としたときのワイヤ周波数を、予め定めた値で設定し、
前記ワイヤ位置位相又は送給速度位相に応じて、少なくとも前記溶接電流を電流抑制期間と電流非抑制期間とに切り替えることを特徴とする、(1)に記載のすみ肉溶接方法。
このすみ肉溶接方法によれば、短絡抑制型送給制御法の場合においても、優れたロバスト性を実現することができる。
【0112】
(3) 前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveと、設定溶接電流値Isetとの比である(I90~180deg_ave)/(Iset)が1.10以上であることを特徴とする、(1)に記載のすみ肉溶接方法。
このすみ肉溶接方法によれば、より溶込みとビード幅を広げることができる。
【0113】
(4) 前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveと、設定溶接電流値Isetとの比である(I180~270deg_ave)/(Iset)が0.90以下であることを特徴とする、(1)に記載のすみ肉溶接方法。
このすみ肉溶接方法によれば、より溶込みとビード幅を広げることができる。
【0114】
(5) 前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveと、前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveとの比である(I180~270deg_ave)/(I90~180deg_ave)が0.5以下であることを特徴とする、(1)に記載のすみ肉溶接方法。
このすみ肉溶接方法によれば、大きなロバスト性を確保することができる。
【0115】
(6) 前記溶接ワイヤは、溶接ワイヤの全質量に対して、
O:0.0010~0.0100質量%を含有し、
Ti、Al、Mg、Zrのうち少なくとも1つをさらに含み、
Ti、Al、Mg、Zrの合計量で0.001~0.450質量%を含有すること、
を特徴とする、(1)から(5)のうちいずれか一項に記載のすみ肉溶接方法。
このすみ肉溶接方法によれば、溶接ワイヤ先端の溶滴形成時において、溶滴表面に酸化被膜が形成することで、ワイヤ位置によって、局所的に送給速度が変化し、溶滴に慣性力がかかっても、溶滴の形状は変化し難くなるため、溶滴の揺動や意図しないワイヤ位置の溶滴離脱を抑制することができる。
【0116】
(7) 前記溶接ワイヤに含有されるSiは、溶接ワイヤの全質量に対して、0.50質量%以下であり、かつ、C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/4+Cu/13の値が0.35~1.40であること、を特徴とする、(6)に記載のすみ肉溶接方法。
このすみ肉溶接方法によれば、0.50質量%以下にSiの含有量を制限することによって、溶融池の粘性増加を抑制でき、結果として良好なロバスト性を得ることができ、さらに、溶接ビード上に形成するスラグの組成が変わり、密着性が良く、電着塗装被膜を形成することができる薄いスラグとなる。また、Siの含有量を低下させた分、他の元素で機械的性能を補う必要があるが、MIX値が上述の範囲とすることにより、他の元素のバランスをとることができる。
【0117】
(8) 前記溶接ワイヤの全質量に対して、
Ti:0.030~0.250質量%
Al:0.001~0.300質量%
を含有し、
Ti/Alの比率が0.3~20であること、
を特徴とする、(7)に記載のすみ肉溶接方法。
このすみ肉溶接方法によれば、Ti及びAlの酸化物の融点は2100℃以下であり、Mg及びZrと比べて、酸化被膜は厚くならなく、かつ溶滴とワイヤの境界近傍に酸化被膜は形成しにくいため、ワイヤの逆送給時後半ではワイヤと溶滴の境界にくびれが発生し、溶滴は離脱するようになる。そしてこの効果が、Ti/Alの比率が0.3~20であることによって促進される。
【0118】
(9) 前記ワイヤ位置位相が270degにおける、逆送給時の送給速度を50m/min以上とし、
前記溶接ワイヤに含有される、Ti、Al、Mg、Zrの含有量で得られる式:(Ti+Al)/(Ti+Al+Mg+Zr)の値が0.5以上であること、を特徴とする、(6)に記載のすみ肉溶接方法。
このすみ肉溶接方法によれば、逆送給時の最高送給速度は50m/min以上とすることにより、ワイヤの逆送給時後半にて、慣性力で、安定的にワイヤを離脱することができる。また、Al、Tiを含有し、酸化被膜を制御することによって、正送給後半(90deg~180deg)においては溶滴の揺動や離脱を防止し、逆送給後半にいては離脱を促進することができる。
【0119】
(10) すみ肉溶接方法に適用される、送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御方法であって、
前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも大きく、
かつ、
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも小さくすることを特徴とする、送給制御方法。
この送給制御方法によれば、すみ肉溶接に適用した場合においても、優れたロバスト性を実現できる。
【0120】
(11) すみ肉溶接方法に適用される、送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御を行う機能を有する電源であって、
前記送給制御において、
前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも大きく、
かつ、
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも小さくすることを特徴とする、電源。
この電源によれば、該電源が送給制御を行う送給制御溶接方法をすみ肉溶接に適用した場合においても、優れたロバスト性を実現できる。
【0121】
(12) 送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り替える送給制御方法を適用したすみ肉溶接システムであって、
前記送給制御方法において、
前記逆送期間から前記正送期間への切り替え時における溶接ワイヤの位置を基準としたワイヤ位置位相を0degとした場合に、
前記ワイヤ位置位相が90deg~180degの期間T90~180degにおける溶接電流の平均値I90~180deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも大きく、
かつ、
前記ワイヤ位置位相が180deg~270degの期間T180~270degにおける溶接電流の平均値I180~270deg_aveが、設定溶接電流値Isetよりも小さくすることを特徴とする、すみ肉溶接システム。
このすみ肉溶接システムによれば、送給制御溶接方法を適用した場合においても、優れたロバスト性を実現できる。