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特開2024-146286溶接ワイヤ、ガスシールドアーク溶接方法、及び溶接金属の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024146286
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】溶接ワイヤ、ガスシールドアーク溶接方法、及び溶接金属の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20241004BHJP
   B23K 9/16 20060101ALI20241004BHJP
   B23K 9/12 20060101ALI20241004BHJP
   B23K 9/23 20060101ALI20241004BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20241004BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20241004BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20241004BHJP
【FI】
B23K35/30 320A
B23K35/30 A
B23K9/16 J
B23K9/12 305
B23K9/23 A
B23K9/173 A
C22C38/00 301Z
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023059088
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 圭
【テーマコード(参考)】
4E001
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB08
4E001BB09
4E001CA02
4E001CC02
4E001DD02
4E001DD04
4E001EA01
4E001EA03
4E001EA08
(57)【要約】
【課題】優れた電着塗装性を有する溶接ビードを得ることができるとともに、溶接ビード上に塊状スラグが生成されることを抑制し、優れたビード外観を得ることができるガスシールドアーク溶接用の溶接ワイヤを提供する。
【解決手段】アーク溶接に使用される溶接ワイヤは、溶接ワイヤ全質量に対して、Mn:1.80質量%超2.20質量%未満、Ti:0.05質量%以上0.23質量%以下、Al:0.10質量%超0.25質量%以下、を含有し、Si:0.45質量%以下、であり、溶接ワイヤ中に含有されるAl、Tiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で、それぞれ[Al]、[Ti]と表す場合に、(式1):[Al]+[Ti]により算出される値M1が0.45以下であるとともに、(式2):[Ti]/[Al]により算出される値M2が0.30以上2.50以下である。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスシールドアーク溶接に使用される溶接ワイヤであって、
溶接ワイヤ全質量に対して、
Mn:1.80質量%超、2.20質量%未満、
Ti:0.05質量%以上、0.23質量%以下、
Al:0.10質量%超、0.25質量%以下、を含有し、
Si:0.45質量%以下、であり、
溶接ワイヤ中に含有されるAlの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Al]、
溶接ワイヤ中に含有されるTiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Ti]と表す場合に、
下記(式1)により算出される値M1が0.45以下であるとともに、
下記(式2)により算出される値M2が0.30以上2.50以下であることを特徴とする、溶接ワイヤ。
M1=[Al]+[Ti] ・・・(式1)
M2=[Ti]/[Al] ・・・(式2)
【請求項2】
さらに、溶接ワイヤ全質量に対して、
C:0.30質量%以下、
Ni:1.00質量%以下、
Cr:1.00質量%以下、
Mo:1.00質量%以下、
Cu:1.00質量%以下、
Mg:0.10質量%以下、
Zr:0.10質量%以下、
Nb:0.10質量%以下、
V:0.10質量%以下、
B:0.0050質量%以下、
Sn:0.01質量%以下、
Sb:0.01質量%未満、
P:0.050質量%以下、及び
S:0.050質量%以下、から選択された少なくとも1種を含有し、
残部がFe及び不可避不純物であることを特徴とする、請求項1に記載の溶接ワイヤ。
【請求項3】
フラックスを含む溶接ワイヤであって、
合金成分と、前記フラックスに含まれる化合物と、を含有し、
前記合金成分として、
溶接ワイヤ全質量に対して、
C:0.30質量%以下、
Ni:1.00質量%以下、
Cr:1.00質量%以下、
Mo:1.00質量%以下、
Cu:1.00質量%以下、
Mg:0.10質量%以下、
Zr:0.10質量%以下、
Nb:0.10質量%以下、
V:0.10質量%以下、
B:0.0050質量%以下、
Sn:0.01質量%以下、
Sb:0.01質量%未満、
P:0.050質量%以下、及び
S:0.050質量%以下、から選択された少なくとも1種を含有し、
残部がFe及び不可避不純物であり、
前記化合物は、溶接ワイヤ全質量に対して、0質量%超、5質量%以下であることを特徴とする、請求項1に記載の溶接ワイヤ。
【請求項4】
溶接ワイヤ中に含有されるSiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Si]と表し、溶接ワイヤ中に含有されるMnの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Mn]と表す場合に、下記(式3)により算出される値M3が0.25未満であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の溶接ワイヤ。
M3=[Si]/[Mn] ・・・(式3)
【請求項5】
溶接ワイヤ中に含有されるMnの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Mn]と表す場合に、下記(式4)により算出される値M4が0.70以上0.95以下であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の溶接ワイヤ。
M4=[Mn]/([Mn]+[Al]+[Ti]) ・・・(式4)
【請求項6】
溶接ワイヤを使用して、シールドガスを供給しつつ溶接を行うガスシールドアーク溶接方法であって、
前記溶接ワイヤは、溶接ワイヤ全質量に対して、
Mn:1.80質量%超、2.20質量%未満、
Ti:0.05質量%以上、0.23質量%以下、
Al:0.10質量%超、0.25質量%以下、を含有し、
Si:0.45質量%以下、であり、
溶接ワイヤ中に含有されるAlの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Al]、
溶接ワイヤ中に含有されるTiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Ti]と表す場合に、
下記(式1)により算出される値M1が0.45以下であるとともに、
下記(式2)により算出される値M2が0.30以上2.50以下であることを特徴とする、ガスシールドアーク溶接方法。
M1=[Al]+[Ti] ・・・(式1)
M2=[Ti]/[Al] ・・・(式2)
【請求項7】
前記シールドガスは、Ar及びCOから選択される少なくとも1種のガスを含むことを特徴とする、請求項6に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項8】
前記溶接ワイヤの送給を、正送給期間と逆送給期間とを交互に切り替える送給制御方法を用いて溶接することを特徴とする、請求項6に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項9】
前記送給制御方法において、
前記正送給期間と前記逆送給期間とを1周期としたときの周波数を、所定の範囲に設定し、
前記溶接ワイヤの送給速度を表す位相、及び前記溶接ワイヤの先端位置を表す位相の少なくとも一方の情報に基づき、前記溶接ワイヤに供給する溶接電流を、電流抑制期間と電流非抑制期間とに切り替えることを特徴とする、請求項8に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項10】
溶接ワイヤを使用して、シールドガスを供給しつつ溶接を行い、溶接金属を製造する溶接金属の製造方法であって、
前記シールドガスは、Ar及びCOから選択される少なくとも1種のガスを含み、
前記溶接ワイヤは、溶接ワイヤ全質量に対して、
Mn:1.80質量%超、2.20質量%未満、
Ti:0.05質量%以上、0.23質量%以下、
Al:0.10質量%超、0.25質量%以下、を含有し、
Si:0.45質量%以下、であり、
溶接ワイヤ中に含有されるAlの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Al]、
溶接ワイヤ中に含有されるTiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Ti]と表す場合に、
下記(式1)により算出される値M1が0.45以下であるとともに、
下記(式2)により算出される値M2が0.30以上2.50以下であることを特徴とする、溶接金属の製造方法。
M1=[Al]+[Ti] ・・・(式1)
M2=[Ti]/[Al] ・・・(式2)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接に用いられる溶接ワイヤ、該溶接ワイヤを用いたガスシールドアーク溶接方法、及び該ガスシールドアーク溶接方法を用いた溶接金属の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の足回り部品は、路面からの水分や融雪剤に含まれる塩害により腐食環境にさらされるため、腐食を防止する技術が必要とされている。一般的に、腐食環境から足回り部品を防護する方法としては、アーク溶接後に電着塗装する方法が採用されている。しかしながら、溶接後に電着塗装を実施した場合に、溶接スラグ(以下、単に「スラグ」ともいう。)の上に電着塗装膜が形成されず、塗装欠陥となり、この欠陥を起点として腐食が進行するという問題が発生する。また、電着塗装膜の膜厚を厚く形成する等の方法により、塗装欠陥の発生を抑制する方法もあるが、スラグ上に塗膜が形成された場合であっても、走行時に小石があたるなどの衝撃により、スラグとともに塗膜が剥離することがあり、剥離した部分から腐食が進行するという問題がある。このように、従来の方法により製造された部品においては、溶接スラグ上の塗装不良に起因する腐食が発生するか、又は、塗膜が形成された場合であっても、走行時のスラグ剥離により腐食が発生する虞があった。
【0003】
上記のような問題に対し、例えば、特許文献1には、溶接時に発生するスパッタが少なく、溶接後にスラグの除去等の工程が不要かつ優れた電着塗装性を有し、ビード形状が良好な溶接部を得ることができるガスシールドアーク溶接用ワイヤが提案されている。上記溶接用ワイヤは、ワイヤ全質量あたり、C:0.01質量%以上0.10質量%以下、Si:0.05質量%以上0.55質量%以下、Mn:1.60質量%以上2.40質量%以下、Ti:0.05質量%以上0.25質量%以下、Cu:0.01質量%以上0.30質量%以下、S:0.001質量%以上0.020質量%以下、N:0.0045質量%以上0.0150質量%以下、O:0.0010質量%以上0.0050質量%以下、を含有し、Al:0.10質量%以下、P:0.025質量%以下、残部がFe及び不可避的不純物であり、0.1≦[Ti]/[Si]≦3.0、である。特許文献1には、上記ガスシールドアーク溶接用ワイヤを使用すると、溶接部に薄いスラグを均一に形成させることができ、溶接後にスラグの除去をすることなく、優れた電着塗装性を得ることができることが記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、電着塗装性及び機械特性に優れた溶接部を形成することが可能であるガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ、及び溶接継手の製造方法が提案されている。上記ソリッドワイヤは、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.05~0.20%、Si:0.01~0.18%、Mn:1.0~3.0%、Ti:0.06~0.25%、Al:0.003~0.10%、B:0~0.0100%、P:0超~0.015%、S:0超~0.015%、及び任意元素を含み、残部が鉄および不純物からなり、Si×Mn≦0.30及び(Si+Mn/5)/(Ti+Al)≦3.0を満たし、さらにCeqが0.40~0.90%である。特許文献2には、上記ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤを使用すると、電着塗装性及び機械特性に優れた溶接部を形成することが可能であることが記載されている。
【0005】
このように、特許文献1及び特許文献2に記載の溶接用ワイヤにおいては、いずれもSi含有量を低くすることによって、導電性が極端に低いSi、Mn系スラグの形成を抑制している。これにより、溶接ビードの上にスラグが生成されている場合であっても、優れた電着塗装膜を形成することを可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2021-74777号公報
【特許文献2】特開2021-3732号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、スラグは、溶接ワイヤ中に添加される元素に応じて凝集することがあり、この凝集によって厚みのある塊状のスラグが生成される虞がある。この塊状のスラグが生成されると、スラグ上に電着塗装膜が形成された場合であっても、上述のとおり、走行時に生じる衝撃などによって、スラグが剥離または粉砕し、結果として電着塗装膜が剥離する。
【0008】
特許文献1には、薄いスラグを均一に形成できることが記載されているが、上記溶接用ワイヤを使用しても、溶接ビード上の全てのスラグを薄く形成することは困難である。例えば、溶接ワイヤ中に含有される脱酸元素であるTi、Si、Mnの含有量によっては、溶融池内又は溶融池表面上でスラグが凝集し、塊状のスラグが生成されることがある。また、特許文献2においても、塊状のスラグについて何ら検討されておらず、溶接ワイヤ中に、Ti、Si、Mnなどの脱酸元素が添加されている以上、塊状のスラグは少なからず生成される。そのため、溶接ビードとしては、良好な電着塗装性を有するものであるとともに、表面に塊状スラグが生成されないような優れたビード外観を有するものであることが要求される。
【0009】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、優れた電着塗装性を有する溶接ビードを得ることができるとともに、溶接ビード上に塊状スラグが生成されることを抑制し、優れたビード外観を得ることができるガスシールドアーク溶接用の溶接ワイヤ、該溶接ワイヤを用いたガスシールドアーク溶接方法、及び該ガスシールドアーク溶接方法を用いた溶接金属の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の上記目的は、溶接ワイヤに係る下記[1]の構成により達成される。
【0011】
[1] ガスシールドアーク溶接に使用される溶接ワイヤであって、
溶接ワイヤ全質量に対して、
Mn:1.80質量%超、2.20質量%未満、
Ti:0.05質量%以上、0.23質量%以下、
Al:0.10質量%超、0.25質量%以下、を含有し、
Si:0.45質量%以下、であり、
溶接ワイヤ中に含有されるAlの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Al]、
溶接ワイヤ中に含有されるTiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Ti]と表す場合に、
下記(式1)により算出される値M1が0.45以下であるとともに、
下記(式2)により算出される値M2が0.30以上2.50以下であることを特徴とする、溶接ワイヤ。
M1=[Al]+[Ti] ・・・(式1)
M2=[Ti]/[Al] ・・・(式2)
【0012】
また、溶接ワイヤに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[5]に関する。
【0013】
[2] さらに、溶接ワイヤ全質量に対して、
C:0.30質量%以下、
Ni:1.00質量%以下、
Cr:1.00質量%以下、
Mo:1.00質量%以下、
Cu:1.00質量%以下、
Mg:0.10質量%以下、
Zr:0.10質量%以下、
Nb:0.10質量%以下、
V:0.10質量%以下、
B:0.0050質量%以下、
Sn:0.01質量%以下、
Sb:0.01質量%未満、
P:0.050質量%以下、及び
S:0.050質量%以下、から選択された少なくとも1種を含有し、
残部がFe及び不可避不純物であることを特徴とする、[1]に記載の溶接ワイヤ。
【0014】
[3] フラックスを含む溶接ワイヤであって、
合金成分と、前記フラックスに含まれる化合物と、を含有し、
前記合金成分として、
溶接ワイヤ全質量に対して、
C:0.30質量%以下、
Ni:1.00質量%以下、
Cr:1.00質量%以下、
Mo:1.00質量%以下、
Cu:1.00質量%以下、
Mg:0.10質量%以下、
Zr:0.10質量%以下、
Nb:0.10質量%以下、
V:0.10質量%以下、
B:0.0050質量%以下、
Sn:0.01質量%以下、
Sb:0.01質量%未満、
P:0.050質量%以下、及び
S:0.050質量%以下、から選択された少なくとも1種を含有し、
残部がFe及び不可避不純物であり、
前記化合物は、溶接ワイヤ全質量に対して、0質量%超、5質量%以下であることを特徴とする、[1]に記載の溶接ワイヤ。
【0015】
[4] 溶接ワイヤ中に含有されるSiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Si]と表し、溶接ワイヤ中に含有されるMnの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Mn]と表す場合に、下記(式3)により算出される値M3が0.25未満であることを特徴とする、[1]~[3]のいずれか1つに記載の溶接ワイヤ。
M3=[Si]/[Mn] ・・・(式3)
【0016】
[5] 溶接ワイヤ中に含有されるMnの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Mn]と表す場合に、下記(式4)により算出される値M4が0.70以上0.95以下であることを特徴とする、[1]~[4]のいずれか1つに記載の溶接ワイヤ。
M4=[Mn]/([Mn]+[Al]+[Ti]) ・・・(式4)
【0017】
本発明の上記目的は、ガスシールドアーク溶接方法に係る下記[6]の構成により達成される。
【0018】
[6] 溶接ワイヤを使用して、シールドガスを供給しつつ溶接を行うガスシールドアーク溶接方法であって、
前記溶接ワイヤは、溶接ワイヤ全質量に対して、
Mn:1.80質量%超、2.20質量%未満、
Ti:0.05質量%以上、0.23質量%以下、
Al:0.10質量%超、0.25質量%以下、を含有し、
Si:0.45質量%以下、であり、
溶接ワイヤ中に含有されるAlの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Al]、
溶接ワイヤ中に含有されるTiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Ti]と表す場合に、
下記(式1)により算出される値M1が0.45以下であるとともに、
下記(式2)により算出される値M2が0.30以上2.50以下であることを特徴とする、ガスシールドアーク溶接方法。
M1=[Al]+[Ti] ・・・(式1)
M2=[Ti]/[Al] ・・・(式2)
【0019】
また、ガスシールドアーク溶接方法に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[7]~[9]に関する。
【0020】
[7] 前記シールドガスは、Ar及びCOから選択される少なくとも1種のガスを含むことを特徴とする、[6]に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【0021】
[8] 前記溶接ワイヤの送給を、正送給期間と逆送給期間とを交互に切り替える送給制御方法を用いて溶接することを特徴とする、[6]に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【0022】
[9] 前記送給制御方法において、
前記正送給期間と前記逆送給期間とを1周期としたときの周波数を、所定の範囲に設定し、
前記溶接ワイヤの送給速度を表す位相、及び前記溶接ワイヤの先端位置を表す位相の少なくとも一方の情報に基づき、前記溶接ワイヤに供給する溶接電流を、電流抑制期間と電流非抑制期間とに切り替えることを特徴とする、[8]に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【0023】
本発明の上記目的は、溶接金属の製造方法に係る下記[10]に関する。
【0024】
[10] 溶接ワイヤを使用して、シールドガスを供給しつつ溶接を行い、溶接金属を製造する溶接金属の製造方法であって、
前記シールドガスは、Ar及びCOから選択される少なくとも1種のガスを含み、
前記溶接ワイヤは、溶接ワイヤ全質量に対して、
Mn:1.80質量%超、2.20質量%未満、
Ti:0.05質量%以上、0.23質量%以下、
Al:0.10質量%超、0.25質量%以下、を含有し、
Si:0.45質量%以下、であり、
溶接ワイヤ中に含有されるAlの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Al]、
溶接ワイヤ中に含有されるTiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で[Ti]と表す場合に、
下記(式1)により算出される値M1が0.45以下であるとともに、
下記(式2)により算出される値M2が0.30以上2.50以下であることを特徴とする、溶接金属の製造方法。
M1=[Al]+[Ti] ・・・(式1)
M2=[Ti]/[Al] ・・・(式2)
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、優れた電着塗装性を有する溶接ビードを得ることができるとともに、溶接ビード上に塊状スラグが生成されることを抑制し、優れたビード外観を得ることができるガスシールドアーク溶接用の溶接ワイヤ、該溶接ワイヤを用いたガスシールドアーク溶接方法、及び該ガスシールドアーク溶接方法を用いた溶接金属の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1図1は、縦軸をワイヤ送給速度Fwとし、横軸を時間(位相)とした場合における、ワイヤ送給速度Fwの時間変化を説明する波形図である。
図2図2は、縦軸を溶接ワイヤの先端位置(以下、「ワイヤ先端位置」ともいう。)とし、横軸を時間(位相)とした場合における、ワイヤ先端位置の時間変化を説明する波形図である。
図3図3は、縦軸を電流検出信号Ioとし、横軸を時間とした場合における、電流設定信号の制御例を示す図である。
図4図4は、本実施例で使用したガスシールドアーク溶接時の溶接姿勢を示す模式図である。
図5図5は、発明例No.1~4について、溶接後のビード外観、電着塗装後のビード外観及び衝撃付与後のビード外観を撮影した図面代用写真である。
図6図6は、発明例No.5~8について、溶接後のビード外観、電着塗装後のビード外観及び衝撃付与後のビード外観を撮影した図面代用写真である。
図7図7は、比較例No.1~4について、溶接後のビード外観、電着塗装後のビード外観及び衝撃付与後のビード外観を撮影した図面代用写真である。
図8図8は、比較例No.5~7について、溶接後のビード外観、電着塗装後のビード外観及び衝撃付与後のビード外観を撮影した図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、以下の知見を得た。すなわち、溶接ワイヤに含有される脱酸元素の組み合わせや、それらの含有量を規定することにより、溶融池中又は溶融池表面上に生成される酸化物の組成を制御し、さらに、非導電性のガラス質の酸化物の生成を抑制することができる。その結果、優れた電着塗装性を有する溶接ビードを得ることができ、また、酸化物を分散させることにより、塊状スラグの生成が抑制され、優れたビード外観を有する溶接金属を得ることができる。
【0028】
具体的には、溶接ワイヤに含有されるSiを、ワイヤ全質量に対して0.45質量%以下にすることによって、非導電性のガラス質の酸化物の生成を抑制し、電着塗装性を確保することができる。また、溶接ワイヤに含有されるMn、Ti及びAlの含有量について、ワイヤ全質量に対して、Mnを1.80質量%超、2.20質量未満、Tiを0.05質量%以上、0.23質量%以下、Alを0.10質量%超、0.25質量%以下とし、TiとAlの合計量及び比率を規定することにより、分散しやすい酸化物を生成でき、溶接ビードの表面に塊状スラグが形成されることを抑制することができる。
【0029】
塊状スラグは、主に溶融池中または溶融池上の酸化物が凝集することが原因となって生成されると考えられ、一般的には、酸化物と溶融金属間の濡れ性が悪いほど、凝集がしやすく、かつ溶融池表面上に浮上しやすくなる。言い換えれば、酸化物と溶融金属間の濡れ性が悪いほど、溶接ビード上に塊状スラグが生じやすくなる。例えば、Alの酸化物であるAlは、溶鋼との濡れが悪いため、一般的に、溶接ワイヤ中のAlの含有は忌避される。しかしながら、本発明者は、あえてAlを溶接ワイヤ中に適量含有させるとともに、さらにMn及びTiを含有させることで、ビード表面上のスラグが分散されることを見出した。これは、ワイヤ中のこれらの含有元素に基づいて、溶融池中又は溶融池表面上で生成される複合酸化物と溶融金属間との濡れ性が良好であるからであると推測できる。
【0030】
[溶接ワイヤ]
以下、上記メカニズムに沿って、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。以下、本実施形態に係る溶接ワイヤに含有される合金成分について、その添加理由及び数値限定理由を詳細に説明する。以下の説明において、溶接ワイヤ中の各元素の含有量は、合金成分として含有される元素の、溶接ワイヤ全質量に対する含有量で規定される。なお、本願発明では、上述のとおり、優れた電着塗装性を有するとともに、ビード表面に塊状スラグが生成されることを抑制し、優れたビード外観を有するビードを得るため、少なくとも、Si、Mn、Ti及びAlを以下の範囲で規定する必要がある。ただし、その他の合金元素は、使用する母材や用途に応じて任意で添加すればよい。すなわち、Si、Mn、Ti及びAl以外の成分は、ワイヤ中に含有させる必要はなく、0質量%であってもよい。
【0031】
また、溶接ワイヤは、合金元素で構成するソリッドワイヤ、フラックスが金属粉のみで形成されているフラックス入りワイヤ(以下、メタル系フラックス入りワイヤともいう。)でもよい。さらに、化合物(主に酸化物、フッ化物など)を少量でもフラックス中に含むフラックス入りワイヤ(以下、スラグ系フラックス入りワイヤともいう。)でもよい。なお、メタル系フラックス入りワイヤ又はスラグ系フラックス入りワイヤにおいて、以下に説明する合金元素は、フープまたはフラックスのどちらに含有されていてもよい。
【0032】
(Si:0.45質量%以下(0質量%を含む))
Siは、脱酸剤であり、溶接ワイヤ中にSiが含有されていると、溶接金属の機械的性能を高める効果を得ることができる。Siの含有量は、要求される強度に応じて、適宜調整することができるが、本実施形態においては、他の元素で強度が確保できるのであれば、溶接ワイヤ中にSiが含有されていなくてもよく、0質量%でもよい。
【0033】
一方、Siの酸化物であるSiOは、非導電性のガラス質の酸化物であり、溶接ビード上にスラグとして残ると、電着塗装膜を形成することができなくなる。したがって、電着塗装性の観点から、Siの含有量は溶接ワイヤ全質量に対して、0.45質量%以下に抑制する必要がある。なお、Siの含有量は低いほど好ましく、0.30質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0034】
(Mn:1.80質量%超、2.20質量%未満)
Mnは、Siと同様に、脱酸剤であり、溶接ワイヤ中にMnが含有されていると、溶接金属の機械的性能を高める効果を得ることができる。また、後述するTi及びAlと組み合わせることによって、ビード上に生成されるスラグを分散させることができる。さらに、MnOは比較的導電性が高いため、溶接ワイヤ中のMn含有量が多いほど、電着塗装性は良好となる。溶接ワイヤ中のMn含有量が、1.80質量%以下であると、上記効果を得ることができない。したがって、溶接ワイヤ中のMn含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して、1.80質量%超とし、1.90質量%超とすることが好ましい。
一方、ワイヤ中のMn含有量が2.20質量%以上であると、過剰に脱酸が進行し、溶融池の酸素量が減少するため、溶滴の表面張力が高くなることで、ビード形状が損なわれる。したがって、溶接ワイヤ中のMn含有量は、ワイヤ全質量に対して、2.20質量%未満とし、好ましくは2.10質量%未満とするとよい。
【0035】
(Ti:0.05質量%以上、0.23質量%以下)
Tiは、強脱酸元素であり、脱酸作用によって優先的に酸化物を形成する元素である。このため、MnやAlと同様に、Tiは、スラグの組成に大きく寄与する元素である。上述のとおり、Tiを、溶接ワイヤ中のMnやAlと組み合わせることによって、ビード上に生成されるスラグを分散させる効果を得ることができる。溶接ワイヤ中のTi含有量が、0.05質量%未満であると、上記効果を得ることができない。したがって、溶接ワイヤ中のTi含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して、0.05質量%以上とし、0.08質量%以上とすることが好ましい。
一方、Tiが、0.23質量%を超えて過度に溶接ワイヤ中に含有されると、スラグの組成が変わり、所望のスラグ分散効果を得ることができない。したがって、溶接ワイヤ中のTi含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.23質量%以下とし、0.21質量%以下とすることが好ましい。
【0036】
(Al:0.10質量%超、0.25質量%以下)
AlはTiと同様に強脱酸元素であり、脱酸作用によって優先的に酸化物を形成する元素である。このため、MnやTiと同様に、スラグの組成に大きく寄与する元素となる。上述のとおり、Alを、溶接ワイヤ中のMnやTiと組み合わせることによって、ビード上に生成されるスラグを分散させる効果を得ることができる。溶接ワイヤ中のAl含有量が0.10質量%以下であると、上記効果を得ることができない。したがって、溶接ワイヤ中のAl含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して、0.10質量%超とし、0.12質量%以上とすることが好ましい。
一方、Alが、0.25質量%を超えて過度に溶接ワイヤ中に含有されると、スラグの組成が変わり、所望のスラグ分散効果を得ることができない。したがって、溶接ワイヤ中のAl含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.25質量%以下とし、0.22質量%以下とすることが好ましい。
【0037】
(M1:0.45以下、M2:0.30以上2.50以下)
上述のとおり、本実施形態においては、TiとAlの合計量及び比率を規定することによって、分散しやすい酸化物を生成し、溶接ビードの表面に塊状スラグが形成されることを抑制する。Al及びTiの含有量の合計値、すなわち、下記(式1)により算出される値M1が0.45を超えると、スラグ量自体が多くなるとともに、スラグ組成も変化し、スラグ分散効果を得ることが困難になる。したがって、M1は0.45以下とし、0.40以下とすることが好ましく、0.39以下とすることがより好ましく、0.35以下とすることがさらに好ましい。
【0038】
なお、本実施形態においては、Al含有量及びTi含有量の下限値がそれぞれ規定されており、これらが下限値であっても、スラグ分散効果を十分に得ることができるため、M1の下限については特に限定しない。ただし、より一層スラグ分散効果を得るためには、M1は0.24以上とすることが好ましく、0.25以上とすることがより好ましく、0.27以上とすることがさらに好ましい。
【0039】
本実施形態においては、上記Al及びTiの含有量の合計値を規定するとともに、TiとAlとの含有量の比率、すなわち、下記(式2)により算出される値M2を規定することも重要である。M2が0.30未満であると、スラグ分散効果を十分に得ることができない。したがって、M2は0.30以上とし、0.40以上とすることが好ましい。
【0040】
一方、M2が2.50を超える場合であっても、スラグ分散効果を十分に得ることができなくなる。したがって、M2は2.50以下とし、1.80以下とすることが好ましく、1.30以下とすることがより好ましい。
【0041】
このように、Al及びTiの含有量の合計値、並びにこれらの比率の範囲内で、ワイヤ中のAl含有量及びTi含有量を制御することによって、最適なスラグ組成を得ることができると考えられ、結果として、優れたスラグ分散効果を得ることができる。
【0042】
M1=[Al]+[Ti] ・・・(式1)
M2=[Ti]/[Al] ・・・(式2)
ただし、[Al]は、溶接ワイヤ中に含有されるAlの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Ti]は、溶接ワイヤ中に含有されるTiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0043】
本実施形態に係る溶接ワイヤは、上述のとおり、Si、Mn、Ti及びAlの各含有量が規定されているとともに、上記M1及びM2が適切に制御されており、これにより、溶接ビード上の電着塗装性と、塊状スラグの生成の抑制を実現している。したがって、上記元素以外の以下に示す元素は、母材や要求される特性に応じて適宜調整することができ、0質量%であってもよい。以下、本実施形態に係る溶接ワイヤにおいて、任意元素の好ましい含有量の範囲及びその限定理由について、詳細に説明する。なお、本実施形態に係る溶接ワイヤが、上記Si、Mn、Ti及びAl以外の元素を含有する場合に、下記元素のうち、少なくとも1種を以下に示す範囲で含有していればよく、要求される特性等に応じて含有させる元素を選択することができる。
【0044】
(C:0.30質量%以下(0質量%を含む))
Cは、脱酸作用を有するとともに、溶接ワイヤ中にCが含有されていると、溶接金属の機械的性能を高める効果を得ることができる。Cの含有量は、要求される強度に応じて適宜調整することができるが、本実施形態においては、他の元素で強度が確保できるのであれば、溶接ワイヤ中にCが含有されていなくてもよく、0質量%でもよい。
ただし、Cが、溶接ワイヤ中に過度に含有されると、脱酸作用が大きくなり、アーク近傍でCOが発生することによって、爆発によるスパッタの発生や、ヒューム量が増加する虞がある。したがって、溶接作業性の観点から、溶接ワイヤ中のC含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して、0.30質量%以下とすることが好ましく、0.10質量%以下とすることがより好ましく、0.08質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0045】
(Ni:1.00質量%以下(0質量%を含む))
溶接ワイヤ中にNiが含有されていると、溶接金属の機械的性能を高める効果を得ることができる。Niの含有量は、要求される強度に応じて適宜調整することができるが、本実施形態においては、他の元素で強度が確保できるのであれば、溶接ワイヤ中にNiが含有されていなくてもよく、0質量%でもよい。なお、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接において、本実施形態に係る溶接ワイヤを使用する場合に、Ni含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して1.00質量%以下とすることが好ましい。Ni含有量を上記のように抑制することによって、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属が過剰な強度になることを抑制することができる。
【0046】
(Cr:1.00質量%以下(0質量%を含む))
溶接ワイヤ中にCrが含有されていると、溶接金属の機械的性能を高める効果を得ることができる。Crの含有量は、要求される強度に応じて適宜調整することができるが、本実施形態においては、他の元素で強度が確保できるのであれば、溶接ワイヤ中にCrが含有されていなくてもよく、0質量%でもよい。なお、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接において、本実施形態に係る溶接ワイヤを使用する場合に、Cr含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して1.00質量%以下とすることが好ましい。Cr含有量を上記のように抑制することによって、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属が過剰な強度になることを抑制することができる。
【0047】
(Mo:1.00質量%以下(0質量%を含む))
溶接ワイヤ中にMoが含有されていると、溶接金属の機械的性能を高める効果を得ることができる。Moの含有量は、要求される強度に応じて適宜調整することができるが、本実施形態においては、他の元素で強度が確保できるのであれば、溶接ワイヤ中にMoが含有されていなくてもよく、0質量%でもよい。なお、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接において、本実施形態に係る溶接ワイヤを使用する場合に、Mo含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して1.00質量%以下とすることが好ましい。Mo含有量を上記のように抑制することによって、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属が過剰な強度になることを抑制することができる。
【0048】
(Cu:1.00質量%以下(0質量%を含む))
溶接ワイヤ中にCuが含有されていると、溶接金属の機械的性能を高める効果を得ることができる。Cuの含有量は、要求される強度に応じて適宜調整することができるが、本実施形態においては、他の元素で強度が確保できるのであれば、溶接ワイヤ中にCuが含有されていなくてもよく、0質量%でもよい。ここで、本明細書におけるCu含有量とは、溶接ワイヤ表面に形成されていてもよいメッキ中のCuも含まれる。なお、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接において、本実施形態に係る溶接ワイヤを使用する場合に、メッキを含む溶接ワイヤ中のCu含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して1.00質量%以下とすることが好ましい。Cu含有量を上記のように抑制することによって、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属が過剰な強度になることを抑制することができる。
【0049】
(Mg:0.10質量%以下(0質量%を含む))
(Zr:0.10質量%以下(0質量%を含む))
Mg及びZrは、AlやTiと同様に強脱酸元素であり、脱酸作用によって優先的に酸化物を形成する。溶接ワイヤ中のMg及びZrの含有量が多くなるほど、スラグ組成が変わるため、スラグ分散効果を得ることができない可能性が生じる。したがって、スラグ分散効果を低下させることなく、溶接ワイヤ中にMgやZrを含有させることによって脱酸効果を得たい場合は、Mg含有量及びZr含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して、それぞれ0.10質量%以下とすることが好ましい。
【0050】
(Nb:0.10質量%以下(0質量%を含む))
(V:0.10質量%以下(0質量%を含む))
溶接ワイヤ中にNbやVが含有されていると、溶接金属の機械的性能を高める効果を得ることができる。Nb及びVの含有量は、要求される強度に応じて適宜調整することができるが、本実施形態においては、他の元素で強度が確保できるのであれば、溶接ワイヤ中にNbやVが含有されていなくてもよく、0質量%でもよい。なお、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接において、本実施形態に係る溶接ワイヤを使用する場合に、溶接ワイヤ中のNb含有量及びV含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して、それぞれ0.10質量%以下とすることが好ましい。Nb含有量及びV含有量を上記のように抑制することによって、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属が過剰な強度になることを抑制することができる。
【0051】
(B:0.0050質量%以下(0質量%を含む))
溶接ワイヤ中にBが含有されていると、溶接金属の機械的性能を高める効果を得ることができる。Bの含有量は、要求される強度に応じて適宜調整することができるが、本実施形態においては、他の元素で強度が確保できるのであれば、溶接ワイヤ中にBが含有されていなくてもよく、0質量%でもよい。なお、自動車の足回り部品に適用される440~980MPa級鋼板の重ね隅肉溶接において、本実施形態に係る溶接ワイヤを使用する場合に、B含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して0.0050質量%以下とすることが好ましい。B含有量を上記のように抑制することによって、他の機械的性能を高める元素とバランスがとれ、溶接金属が過剰な強度になることを抑制することができる。
【0052】
(Sn:0.01質量%以下(0質量%を含む))
Snは低融点元素であり、溶接ワイヤ中に所定の範囲を超えてSnが含有されていると、高温割れが発生しやすくなる。したがって、溶接ワイヤ中のSn含有量は、不純物レベルとすることが好ましく、0質量%でもよい。なお、溶接ワイヤがSnを含有する場合に、溶接ワイヤ中のSn含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して、0.01質量%未満に抑制することが好ましい。
【0053】
(Sb:0.01質量%未満(0質量%を含む))
Sbは、溶融金属の物性に影響を及ぼす元素であり、溶接ワイヤ中のSbは、溶融池の挙動に影響を及ぼす。具体的に、Sbの沸点は1587℃であり、溶融池内で気化しやすいため、気孔欠陥(ピットやブローホール)の原因になるとともに、気孔の放出により溶融池表面の対流が乱れる原因となる。このため、溶接ワイヤ中に所定の範囲以上の含有量でSbが含有されていると、スラグ同士が衝突しやすくなり、スラグの凝集が促進される虞がある。したがって、溶接ワイヤ中のSb含有量は、不純物レベルとすることが好ましく、0質量%でもよい。なお、溶接ワイヤがSbを含有する場合に、溶接ワイヤ中のSb含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して、0.01質量%未満に抑制することが好ましい。
【0054】
(P:0.050質量%以下(0質量%を含む))
Pは、溶接金属の割れ性に影響を及ぼす元素であり、溶接ワイヤ中のP含有量が少ないほど、溶接金属の耐割れ性が良好となるため、本実施形態に係る溶接ワイヤにおいては、Pが含有されていなくてもよく、0質量%でもよい。なお、溶接ワイヤがPを含有する場合に、耐割れ性の観点から、溶接ワイヤ中のP含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して、0.050質量%以下とすることが好ましい。
【0055】
(S:0.050質量%以下(0質量%を含む))
Sは、溶融金属の表面張力を低下させる元素であり、溶接ワイヤ中にSが含有されていると、溶接ビードをフラットに形成させる効果を得ることができる。溶接ビードをフラットに形成させる効果は、他の表面活性元素(酸素、セレン、テルルなど)で代用することにより得ることができるため、S含有量の下限は特に設けず、0質量%でもよい。ただし、溶接ワイヤ中にSを含有させることによって、溶接ビードをフラットに形成させる場合に、溶接ワイヤ中のS含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して、0.001質量%以上とすることが好ましい。
一方、溶接ワイヤ中のS含有量が多くなるほど、硫化物が生成しやすくなり、スラグ組成が変わるため、所望のスラグ分散効果を得ることができない可能性が生じる。したがって、溶接ワイヤ中のSの含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して、0.050質量%以下とすることが好ましい。
【0056】
(合金元素の残部:Fe及び不可避不純物)
本実施形態において、使用することが好ましいワイヤの合金元素の残部は、Fe及び不可避不純物である。不可避不純物としては、例えば、O、N、Li、Bi及びAs等が挙げられる。これらの不可避不純物の含有量は、ワイヤ全質量に対して、それぞれ、0.0100質量%以下であることが好ましく、0.0050質量%以下であることがより好ましい。また、これらの不可避不純物の含有量の合計は、ワイヤ全質量に対して、0.0200質量%以下であることが好ましい。
【0057】
本実施形態に係る溶接ワイヤは、フラックスを含む溶接ワイヤであって、合金成分と、フラックスに含まれる化合物と、を含有するものであってもよい。このように、フラックス中に化合物を含むスラグ系フラックス入りワイヤである場合に、上述した合金成分の他に、さらにフラックス中に、ワイヤ全質量に対して0質量%超、5質量%以下の化合物が含有されていてもよく、3質量%以下の化合物が含有されているとより好ましく、1質量%以下の化合物が含有されているとさらにより好ましい。化合物の種類としては、酸化物、硫化物、炭化物、窒化物、フッ化物等が挙げられ、例えば、B、NaO、KO、等が挙げられる。なお、溶接ワイヤがスラグ系フラックス入りワイヤであっても、各合金成分の含有量の好ましい範囲は、上述したとおりである。
【0058】
本実施形態においては、溶接ワイヤ中のSi含有量とMn含有量との比を規定することにより、溶接金属の機械的性能を調整することができるとともに、より一層優れたスラグ分散効果を得ることができる。また、Mn、Al及びTiの含有量を用いて、特定の式により算出される値を規定すると、さらに一層優れたスラグ分散効果を得ることができる。以下、これらの値についての限定範囲及びその理由について、説明する。
【0059】
(M3:0.25未満)
Siは、電着塗装性を低下させる元素であるため、溶接ワイヤ中のSi含有量はできるだけ低減することが好ましい。ただし、Siは溶接金属の機械的性能を高める効果を有する元素でもあるため、Si含有量を低減させることによって、溶接金属の機械的性能を別の元素で補う必要がある。本実施形態においては、上述のとおりAl含有量とTi含有量との関係を調整して、スラグ組成を制御し、優れたスラグ分散効果を得ることを実現している。このため、機械的性能の調整を行う方法としては、Mn含有量を増加し、できるだけ他の元素を加えないようにすることが好ましい。Mn含有量に対するSi含有量の比率、すなわち、下記(式3)により算出される値M3を0.25未満とすると、溶接金属の機械的性能及びスラグ分散効果をより一層向上させることができる。したがって、M3が0.25未満となるように、Mn含有量及びSi含有量を調整することが好ましく、M3が0.20以下となるように、Mn含有量及びSi含有量を調整することがより好ましく、M3が0.15以下となるように、Mn含有量及びSi含有量を調整することがより好ましい。
【0060】
M3=[Si]/[Mn] ・・・(式3)
なお、[Si]は、溶接ワイヤ中に含有されるSiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Mn]は、溶接ワイヤ中に含有されるMnの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0061】
(M4:0.70以上0.95以下)
本実施形態においては、溶接ワイヤ中のMn、Al及びTiの含有量の合計値に対するMn含有量の比率、すなわち、下記(式4)により算出される値M4を適切に規定すると、さらに優れたスラグ分散効果を得ることができるスラグ組成となる。したがって、M4は、0.70以上とすることが好ましく、0.80以上とすることがより好ましい。また、M4は、0.95以下とすることが好ましく、0.90以下とすることがより好ましい。
【0062】
M4=[Mn]/([Mn]+[Al]+[Ti]) ・・・(式4)
なお、[Mn]は、溶接ワイヤ中に含有されるMnの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Al]は、溶接ワイヤ中に含有されるAlの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Ti]は、溶接ワイヤ中に含有されるTiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0063】
(ワイヤ径)
本実施形態に係る溶接ワイヤにおいて、ワイヤ径(直径)については、特に限定されるものではないが、AWS又はJIS等の溶接材料規格に規定された直径のワイヤを使用することができる。
【0064】
(ワイヤの製造)
本実施形態に係る溶接ワイヤにおいて、その製造方法も特に限定されず、特別な製造条件は必要でなく、常法により製造することができる。例えば、ソリッドワイヤの場合、上記合金元素が規定の含有量で含有された鋼を溶製し、鋳塊を得る。次に、鋳塊に対して、必要に応じて熱間鍛造等が施された後、熱間圧延され、更に冷間伸線が施されて、素線が形成される。その後、得られた素線は、必要に応じて500~900℃程度の温度で焼鈍され、酸洗された後、必要に応じて銅めっきが施され、更に必要に応じて仕上伸線が施されて、目標線径とされる。その後、必要に応じ潤滑剤が付与され、溶接ワイヤを製造することができる。
【0065】
次に、本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法について、以下に説明する。
【0066】
[ガスシールドアーク溶接方法]
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法は、上記本実施形態に係る溶接ワイヤを使用して、シールドガスを供給しつつ溶接を行う方法である。溶接ワイヤ中のSi、Mn、Ti及びAlの各含有量や、Ti含有量及びAl含有量に基づいて算出されるM1及びM2の値については、上述のとおりである。また、その他の合金元素の好ましい範囲についても、上述のとおりである。
【0067】
(シールドガス)
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法において、使用するシールドガスについては、特に限定されないが、本実施形態で用いることが好ましい制御の特性上、グロビュール移行の形態を取るガス組成にすることが好ましい。具体的には、電位傾度の高い炭酸ガス、窒素ガス、水素ガス、酸素ガスのうち少なくとも1種のガスが含まれることが好ましい。また、汎用性の観点から、Ar及びCOから選択される少なくとも1種のガスを含むシールドガスを使用することが好ましい。例えば、アルゴンガス(以降、「Arガス」とも称する)を含む混合ガスを使用する場合に、少なくとも炭酸ガスを10体積%以上含む混合ガスを使用することがより好ましい。さらに、炭酸ガスを90体積%以上含む混合ガスを使用することが好ましく、炭酸ガス単体のシールドガスを使用することが特に好ましい。
【0068】
上記本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法によって溶接を実施することにより、表面の電着塗装性が優れているとともに、塊状スラグの生成が抑制された溶接ビードを形成することができる。
【0069】
なお、本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法において、本実施形態に係る溶接ワイヤと、上記所定のシールドガスを使用する他の溶接条件については、特に限定されない。例えば、パルスMAG溶接方法を使用してもよいし、送給制御方法を使用してもよいが、溶接作業性の観点から送給制御方法を使用することが好ましい。送給制御方法について、以下に詳細に説明する。
【0070】
(送給制御方法)
送給制御方法とは、溶接ワイヤの送給を、正送給期間と逆送給期間とを交互に切り替えて溶接する方法である。さらに送給制御方法は、「短絡型送給制御法」と、「短絡抑制型送給制御法」とが挙げられる。短絡型送給制御法は、溶接ワイヤの送給速度を正送給期間と逆送給期間とに交互に切り換え、短絡期間とアーク期間とを発生させる短絡移行の形態をベースとして溶接するタイプである。また、短絡抑制型送給制御法は、溶接ワイヤの送給速度を正送給期間と逆送給期間とに交互に切り換え、短絡期間の発生を抑制するグロビュール移行の形態をベースとして溶接するタイプである。本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法においては、短絡抑制型送給制御法を使用することがより好ましく、より一層良好な外観を有する溶接ビードを得ることができるとともに、溶接作業性も向上させることができる。また、母材に亜鉛めっき鋼板を用いた場合は、亜鉛めっき鋼板の溶接で問題となる気孔欠陥(ピットまたはブローホール)の発生を抑制することができる。
【0071】
本実施形態において、使用することが好ましい短絡抑制型送給制御法について、さらに詳細に説明する。
【0072】
図1は、縦軸をワイヤ送給速度Fwとし、横軸を時間(位相)とした場合における、ワイヤ送給速度Fwの時間変化を説明する波形図である。縦軸の単位はメートル毎分又は回転数である。図1においては、平均送給速度Faveよりも大きい速度となる期間を、「正送給期間T」と表し、平均送給速度Faveよりも小さい速度となる期間を、「逆送給期間T」と表している。また、各送給期間の前半を「前期」、後半を「後期」という。
ここで、平均送給速度Faveは、ワイヤ溶融速度Fmとみなすことができる。
【0073】
図2は、縦軸を溶接ワイヤの先端位置(以下、「ワイヤ先端位置」ともいう。)とし、横軸を時間(位相)とした場合における、ワイヤ先端位置の時間変化を説明する波形図である。図2において、溶接ワイヤが最大の送給速度、又は最小の送給速度で送給される場合における位置(高さ)を基準距離としている。また、図2において、溶接ワイヤの先端位置が母材側に最も近づいた位置(以下、「最下端」ともいう。)に対応する時点をT0、T4で表し、溶接ワイヤの先端位置が母材側から最も遠ざかり、給電チップ側に最も近づいた位置(以下、「最上端」ともいう。)に対応する時点をT2で表している。
【0074】
図2に示すように、溶接ワイヤの先端位置が時間の経過とともに母材側に近づく期間、具体的には、溶接ワイヤの先端位置が、最上端から最下端へ移動する期間が「正送給期間T」である。また、溶接ワイヤの先端位置が時間の経過とともに給電チップ側に近づく期間、具体的には、溶接ワイヤの先端位置が、最下端から最上端へ移動する期間が「逆送給期間T」である。
【0075】
また、基準距離に対応する時点をT1、T3とする。T1は、溶接ワイヤの先端位置が母材側に最も近づいた位置となる最下端から、給電チップ側に最も近づいた位置となる最上端に向かう中間の時点である。一方、T3は、最上端から最下端に向かう中間の時点である。図2に示すように、最上端から最下端の変化幅が「波高Wh」である。
【0076】
図3は、縦軸を電流検出信号Ioとし、横軸を時間とした場合における、電流設定信号の制御例を示す図である。図中の時点T0、T1、T2、T3、T4は、それぞれ図2の時点T0、T1、T2、T3、T4に対応する。
【0077】
本実施形態においては、図1に示すような溶接ワイヤの送給速度を表す位相(以下、「送給速度位相」ともいう。)、及び、図2に示すような溶接ワイヤの先端位置を表す位相(以下、「ワイヤ位置位相」ともいう。)の少なくとも一方の情報に基づいて、溶接ワイヤに供給する溶接電流を、電流非抑制期間TIPと電流抑制期間TIBとに切り替えるように制御することが好ましい。例えば、ワイヤ先端位置が給電チップ側に最も近づく場合を0degとし、ワイヤ先端位置が母材側に最も近づく場合を180degとして、0~360deg(0~2π)のワイヤ位置位相に基づいて、溶接電流を電流抑制期間TIBと電流非抑制期間TIPとに切り替える。なお、電流非抑制期間TIPの設定電流値Ipを、ピーク電流ともいい、電流抑制期間TIBの設定電流値Ibを、ベース電流ともいう。また、電流非抑制期間TIPが開始される時間は、ピーク電流開始時間と表し、電流非抑制期間TIPが終了する時間は、ピーク電流終了時間と表すことができる。
【0078】
図3に示すように、ピーク電流終了時間のタイミングは、ワイヤ位置位相が0degとなる時点を開始としたときの設定期間d1で決定され、ピーク電流開始時間のタイミングはピーク電流終了時間を開始としたときの設定期間d2で決定されるとよい。この設定期間は位相で設定するとよく、例えば、d1を190°、d2を120°と設定した場合には、ワイヤ位置位相が190°(d1)の位置でピーク電流が終了し、ワイヤ位置位相が310°(d1+d2)の位置でピーク電流が開始することになる。なお、電流抑制期間TIBは、立下がり期間を含み、電流非抑制期間TIPは、立上り期間を含む。
【0079】
また、上記短絡抑制型送給制御法において、正送給期間と逆送給期間を1周期としたときの周波数であるワイヤ正逆周波数は所定の範囲に設定することが好ましく、例えば、ワイヤ正逆周波数を50Hz以上150Hz以下、波高Whで示すワイヤ振幅を3.3mm以上6.3mm以下の範囲に設定すると、溶接作業性の観点から好ましい。
【0080】
(溶接姿勢)
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法において、溶接姿勢も特に限定されない。ただし、本実施形態に係る溶接ワイヤは、水平の重ね隅肉溶接に用いられることが好ましく、溶接姿勢としては、下向姿勢又は横向姿勢で溶接を実施することが好ましい。
【0081】
(母材)
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法において、母材も特に限定されない。鋼板組成については特に問わず、鋼板表面に亜鉛がメッキされた亜鉛めっき鋼板を適用してもよい。
【0082】
[溶接金属の製造方法]
本実施形態に係る溶接金属の製造方法は、上述の本実施形態に係る溶接ワイヤを使用して、溶接金属を製造する方法である。また、本実施形態に係る溶接金属の製造方法は、上述の本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法を使用して溶接金属を製造する方法でもある。本実施形態に係る溶接金属の製造方法の具体的な例は、上記溶接ワイヤ及び上記ガスシールドアーク溶接方法に関する実施形態で説明したとおりである。本実施形態に係る溶接金属の製造方法により製造された溶接金属は、表面の電着塗装性が優れているとともに、塊状のスラグが形成されず、優れた外観を有するものとなる。
【0083】
[溶接金属]
本実施形態に係る溶接金属の製造方法により得られる溶接金属は、所定の成分を含有する物であることが好ましい。溶接金属の組成は、上記本実施形態に係る溶接ワイヤの成分組成及び母材の成分組成から影響を受けるが、本実施形態においては、溶接金属中の各元素について、溶接金属全質量に対する含有量が、以下の範囲であることが好ましい。
【0084】
すなわち、溶接金属は、Mn:0.50質量%超、2.00質量%未満、Ti:0.005質量%以上、0.10質量%以下、Al:0.005質量%超、0.15質量%以下、を含有し、Si:0.45質量%以下であり、C:0.30質量%以下、Ni:1.00質量%以下、Cr:1.00質量%以下、Mo:1.00質量%以下、Cu:1.00質量%以下、Mg:0.10質量%以下、Zr:0.10質量%以下、Nb:0.10質量%以下、V:0.10質量%以下、B:0.0050質量%以下、Sn:0.01質量%以下、Sb:0.01質量%未満、P:0.050質量%以下、及びS:0.050質量%以下、から選択された少なくとも1種を含有し、残部がFe及び不可避不純物であることが好ましい。
【実施例0085】
以下、発明例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。また、ここで説明する溶接条件は一例であり、本実施の形態では、以下の溶接条件に限定されるものではない。
【0086】
[ガスシールドアーク溶接]
種々の組成を有する溶接ワイヤを使用して、ガスシールドアーク溶接を実施した。
図4は、本実施例で使用したガスシールドアーク溶接時の溶接姿勢を示す模式図である。図4に示すように、鋼板1と鋼板2とを互いにずらした位置で配置し、鋼板1の上面と鋼板2の端面とにより形成された隅肉部に向けて、給電チップ3により溶接ワイヤ4の送給速度を制御しつつ、シールドガスを流しながら溶接を実施した。使用した溶接ワイヤの組成を下記表1に示し、送給制御の条件及びその他の溶接条件を以下に示す。
【0087】
<送給制御の条件>
ワイヤ周波数:70Hz
波高:5mm(振幅±2.5mm)
電流制御の切替タイミング:ピーク電流終了時のワイヤ位置位相100~150deg
ベース電流終了時のワイヤ位置位相300~360deg
【0088】
<その他の溶接条件>
鋼板1、鋼板2:縦200mm×横50mm×厚さ2.3mm、亜鉛めっき鋼板(SGAH440)
溶接姿勢:水平重ね隅肉溶接
トーチ角度(鋼板1と溶接ワイヤ4とがなす角度)θ:60°
シールドガス:100体積%COガス
平均電流:200~250A
平均電圧:19~27V
ワイヤ送給量:7.0m/min
溶接速度:100cm/min
溶接長:150mm
【0089】
<評価試験>
(溶接後のビード外観の観察)
得られた溶接ビードの表面の写真を撮影し、ビード外観を評価した。
本実施例において、ビード外観は、撮影した画像内において、20mm以上の面積のスラグを塊状スラグとして判定し、溶接長150mm上に1つでも塊状スラグが形成されていた場合を不合格として、Cと表記した。一方、20mm以上の面積の塊状スラグが形成されていない場合を合格とし、合格と評価したもののうち、2mm以上、20mm未満の面積の小さいスラグが形成されていた場合をBと表記した。さらに、2mm未満の塊状スラグのみが形成されていたか、または塊状スラグが全く形成されていなかった場合を、より好ましい結果であったと評価し、Aと表記した。
【0090】
(電着塗装後のビード外観)
次に、得られた継手に対して電着塗装を実施し、表面に電着塗装膜を形成した。
本実施例においては、ビード外観を観察し、溶接ビードの表面全面に電着塗装膜が形成されていた場合を合格とし、Goodと表記した。また、電着塗装膜が形成されていない箇所があった場合を不合格とし、Badと表記した。
【0091】
(衝撃付与後のビード外観)
電着塗装膜が形成された継手に対して、溶接ビードの裏側に対して、ハンマーによって複数回の衝撃を付与し、電着塗装膜の剥離の有無を観察した。
本実施例においては、溶接ビードの表面全面において、スラグの剥離の有無を観察し、スラグ(電着塗装膜)の剥離が全く発生しなかった場合を合格とし、Goodと表記した。また、スラグ(電着塗装膜)の剥離が1箇所でも発生した場合を不合格とし、Badと表記した。
【0092】
(ピットの観察)
溶接金属の表面について、目視でピットの有無を観察した。
本実施例においては、溶接長150mm上にピットが全く観察されなかった場合を無と表記し、ピットが観察された場合を有と表記した。
【0093】
<評価結果>
図5図8は、各発明例及び比較例について、溶接後のビード外観、電着塗装後のビード外観及び衝撃付与後のビード外観を撮影した図面代用写真である。また、これらの外観から得られた評価結果を下記表2に示す。
【0094】
なお、下記表1に示した成分以外の残部は、Fe及び不可避不純物である。また、表1中の成分の含有量の欄において、「-」は、検出限界以下であったことを表す。さらに、比較例No.4及び5のM2の値、比較例No.6及び7のM4の値は、それぞれ、Ti及びAlの含有量を0質量%として算出した。比較例No.6及び7のM2の値は、算出不能であったため、「-」と表記した。
また、下記表1において、M1~M4は、それぞれ、下記(式1)~(式4)により得られる値である。
【0095】
M1=[Al]+[Ti] ・・・(式1)
M2=[Ti]/[Al] ・・・(式2)
M3=[Si]/[Mn] ・・・(式3)
M4=[Mn]/([Mn]+[Al]+[Ti]) ・・・(式4)
ただし、[Al]は、溶接ワイヤ中に含有されるAlの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Ti]は、溶接ワイヤ中に含有されるTiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
また、[Si]は、溶接ワイヤ中に含有されるSiの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Mn]は、溶接ワイヤ中に含有されるMnの含有量を、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0096】
【表1】
【0097】
【表2】
【0098】
図5図8における溶接後ビード外観の欄において、黒く見える領域は、塊状のスラグが形成されていることを示す。また、衝撃付与後のビード外観の欄において、白く見える領域は、電着塗装膜が剥離していることを示す。
【0099】
図5図8並びに上記表1及び表2に示すように、発明例No.1~8は、溶接ワイヤ中のMn、Ti、Al及びSiの含有量、並びにM1及びM2の値が本発明において規定する範囲内であるため、表面の電着塗装性が優れているとともに、塊状のスラグが形成されず、優れた外観を有する溶接ビードを得ることができた。したがって、電着塗装後に衝撃を付与しても、スラグが剥離せず、優れた継手を得ることができた。
【0100】
一方、比較例No.1~7は、溶接ワイヤ中のMn、Ti、Al及びSiの含有量、並びにM1及びM2の値の少なくとも1つが、本発明において規定する範囲から外れている。したがって、表面の電着塗装性は優れていたが、塊状のスラグが形成され、電着塗装後に衝撃を付与した場合に、電着塗装膜がスラグごと剥離した。
【符号の説明】
【0101】
1、2 鋼板
3 給電チップ
4 溶接ワイヤ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8