(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024146293
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】マルテンサイト系ステンレス鋼、およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241004BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20241004BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20241004BHJP
C22C 38/60 20060101ALN20241004BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D8/02 D
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023059096
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】及川 雄介
(72)【発明者】
【氏名】柘植 信二
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA03
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA27
4K032AA28
4K032AA29
4K032AA30
4K032AA31
4K032AA33
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA38
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CB02
4K032CF02
(57)【要約】
【課題】本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼において、一定の強度(0.2%耐力)を確保しつつ加工性(伸び)も改善 することを課題とする。
【解決手段】マルテンサイト系ステンレス鋼のは、C:0.030%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.50~2.00%、P:0.050%以下、S:0.003%以下、Cr:10.5~12.5%、Ni:0.30~1.50%、N:0.0200%以下、Cu:1.00%以下、Al:0.050%以下、C+N≦0.040%、残部Feおよび不純物であり、断面中央部でのEBSD法KAM値が1.0以下となる面積率が30~75% である。この成分のマルテンサイト系ステンレス鋼材をδフェライトの生成温度Tδ(℃)のとき、Tδ(℃)~Tδ+50(℃)に加熱後に熱間加工し、720℃~800℃に加熱して5~30分間保定し、冷却する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.030%以下
Si:1.00%以下
Mn:0.50~2.00%、
P :0.050%以下、
S :0.003%以下、
Cr:10.5~12.5%、
Ni:0.30~1.50%、
N :0.0200%以下、
Cu:1.00%以下、
Al:0.050%以下を含み、
C+N≦0.040%であり、
残部がFeおよび不純物からなり、
断面中央部においてEBSD(電子線後方散乱回折)法で測定したKAM(Kernel Average Misorientation)値が1.0以下となる面積率が30~75% であることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼材。
【請求項2】
前記マルテンサイト系ステンレス鋼材が、さらに、質量%で
Mo:1.00%以下、
W :0.50%以下、
V :0.30%以下、
Sn:0.100%以下、
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、
REM:0.050%以下、
Ti:0.020%以下、
Nb:0.05%以下、
B :0.0050%以下、
の1種または2種以上を含有する請求項1に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材。
【請求項3】
前記マルテンサイト系ステンレス鋼材の
δフェライトの生成温度が1140℃以上1190℃以下であり、
加熱時のオーステナイト生成温度が720℃以上750℃以下である、
請求項1または2に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材。
【請求項4】
前記δフェライトの生成温度が以下の式1で求められるTδであり、
加熱時のオーステナイト生成温度が以下の式2で求められるAc1である、
請求項3に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材。
Tδ(℃)=930C+1065N+62Ni+47Cu+22Mn-56Cr-6Si-91Mo+1723
・・・・・式1
Ac1(℃)=-50C―48N―79Ni-106Cu-79Mn+6.5Cr+15Si+21Mo+824
・・・・・式2
ただし、式1および式2中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
【請求項5】
0.2%耐力が400MPa以上であり、破断伸びが15%以上である、請求項1または2に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材。
【請求項6】
請求項1または2に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法であって、請求項1または2に記載の成分を含有する鋼材を、δフェライトの生成温度Tδ(℃)としたとき、Tδ(℃)以上Tδ+50(℃)以下の温度に加熱した後に熱間加工し、得られた鋼材を、720℃以上800℃以下の温度範囲内の温度に加熱し、前記温度範囲内で5~30分間保定し、その後冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項7】
請求項3に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法であって、請求項3に記載の成分を含有する鋼材を、δフェライトの生成温度Tδ(℃)としたとき、Tδ(℃)以上Tδ+50(℃)以下の温度に加熱した後に熱間加工し、得られた鋼材を、720℃以上800℃以下の温度範囲内の温度に加熱し、前記温度範囲内で5~30分間保定し、その後冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項8】
請求項4に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法であって、請求項4に記載の成分を含有する鋼材を、δフェライトの生成温度Tδ(℃)としたとき、Tδ(℃)以上Tδ+50(℃)以下の温度に加熱した後に熱間加工し、得られた鋼材を、720℃以上800℃以下の温度範囲内の温度に加熱し、前記温度範囲内で5~30分間保定し、その後冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項9】
前記Tδ(℃)は、以下の式1により求められるTδ(℃)である、請求項6に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
Tδ(℃)=930C+1065N+62Ni+47Cu+22Mn-56Cr-6Si-91Mo+1723
・・・・・式1
ここで、式1中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
【請求項10】
前記Tδ(℃)は、以下の式1により求められるTδ(℃)である、請求項7に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
Tδ(℃)=930C+1065N+62Ni+47Cu+22Mn-56Cr-6Si-91Mo+1723
・・・・・式1
ここで、式1中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
【請求項11】
前記Tδ(℃)は、以下の式1により求められるTδ(℃)である、請求項8に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
Tδ(℃)=930C+1065N+62Ni+47Cu+22Mn-56Cr-6Si-91Mo+1723
・・・・・式1
ここで、式1中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼、およびマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マルテンサイト系ステンレス鋼はCr系ステンレス鋼であり、高温のオーステナイト相の状態から急冷することで生じる硬質なマルテンサイト相を有するステンレス鋼である。硬質である性質を利用して、刃物やシャフトなどに使用されている。マルテンサイト系ステンレス鋼としてはSUS410が知られており、NiやMoなどの高価な元素が少ないうえ、他のステンレス鋼より比較的Cr含有量は少ないため、比較的安価でそれなりの耐食性を有するステンレス鋼でもある(例えば、特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭49-53521号公報
【特許文献2】特開2011-190521号公報
【特許文献3】特開2001-098348号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般にマルテンサイト系ステンレス鋼は溶接性が悪く、溶接構造体には適用されていない。その理由は、いわゆる低温割れ感受性が高いので300~400℃の予熱をしてから溶接する必要がある。これを回避し、通常の手順で溶接が出来るようにするためには、特許文献1に記載のようにCやNを極小化する必要がある。
さらに、一般のマルテンサイト系ステンレス鋼を加工する場合は、800℃程度で数十分~数時間の熱処理をすることで鋼中のCやNを炭窒化物として析出させ軟質化することができるが、特許文献1のような極低C、N鋼では不可能である。
【0005】
そこで、本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼の長所である低コストを維持しながら、一定の強度(0.2%耐力)を確保しつつ加工性(伸び)も改善することを課題とし、それを達成するマルテンサイト系ステンレス鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を達成するため、本発明者らは、マルテンサイト系ステンレス鋼の強度(0.2%耐力(以下、単に耐力という。))をある程度確保しつつ、加工性(伸び)が改善される条件を調査し、以下の知見を得た。
【0007】
(a)
マルテンサイト系ステンレス鋼において、強度(耐力)は鋼中のマルテンサイト相が寄与し、伸びは鋼中のフェライト相が寄与すると考えられる。そこで、本発明者らは、耐力と伸びのバランスのよいマルテンサイト系ステンレス鋼を得るためには、鋼中のマルテンサイトとフェライト相の含有量を最適化することを想起し開発を進めた。
鋼中のマルテンサイトとフェライト相の含有量の評価について検討したところ、EBSD(電子線後方散乱回折)法で得られるKAM(Kernel Average Misorientation)値で評価できることを見出した。つまり、マルテンサイト変態の際に生じる結晶粒中の内部歪を評価することで、マルテンサイト相とフェライト相のバランスの総合指標となり、耐力および伸びと相関があることを見出した。即ち、KAM値が1.0以下となる領域の面積率と耐力および伸びとが強い相関があり、KAM値1.0以下の面積率の増大に伴い耐力は低下し、伸びは増加する。そのため、耐力と伸びのバランスのよいKAM値1.0以下の面積率の範囲が存在することを見出した。
【0008】
(b)
耐力と伸びのバランスを確保するには一定量のフェライト相を有することが有効であることから、フェライト相を確保する方法について検討した。その結果、熱延前加熱でδフェライトが残存していると伸びが改善されることを見出した。これは熱延前加熱で生成したδフェライトは、冷却後もフェライト相がそのまま残存し、後述の熱処理時にマルテンサイト相がフェライト化する起点となるため伸びが確保されるためと考えられる。これにより、熱延前加熱にてδフェライトが生成する成分系にすることも想起した。
【0009】
(c)
また、マルテンサイト系ステンレス鋼の加熱熱処理(焼鈍)温度と伸びとの関係を調査した。その結果、720℃を超えて熱処理することができればマルテンサイトがフェライトに変態して軟質化することが判明した。しかしながら、この温度域はマルテンサイト系ステンレス鋼のAc1点(オーステナイト相が生成し始める温度)の温度域でもあり、熱処理温度が高すぎるとオーステナイトが大量に析出して冷却時にマルテンサイトとなり、かえって高強度低延性となる。調査の結果、鋼の成分を調整してAc1点を720~750℃の間にすれば、軟質化の阻害を最小限にとどめられることが判った。またこの時、耐力は一定レベル(400MPa)を確保できる可能性があることを確認した。
【0010】
以上の知見から、熱延前加熱においてδフェライトを生成させ、適正な量のフェライト相とマルテンサイト相になるように制御し、熱延後の再加熱熱処理において適正な温度域で熱処理(焼鈍)することにより、一定の強度(耐力)を確保しつつ伸びを改善したマルテンサイト系ステンレス鋼材を得ることができることを見出した。本発明はこの知見を基になしたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0011】
[1]
質量%で、
C :0.030%以下
Si:1.00%以下
Mn:0.50~2.00%、
P :0.050%以下、
S :0.003%以下、
Cr:10.5~12.5%、
Ni:0.30~1.50%、
N :0.0200%以下、
Cu:1.00%以下、
Al:0.050%以下を含み、
C+N≦0.040%であり、
残部がFeおよび不純物からなり、
断面中央部においてEBSD(電子線後方散乱回折)法で測定したKAM(Kernel Average Misorientation)値が1.0以下となる面積率が30~75%であることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼材。
[2]
前記マルテンサイト系ステンレス鋼材が、さらに、質量%で
Mo:1.00%以下、
W:0.50%以下、
V :0.30%以下、
Sn:0.100%以下、
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、
REM:0.050%以下、
Ti:0.020%以下、
Nb:0.05%以下、
B :0.0050%以下、
の1種または2種以上を含有する請求項1]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材。
[3]
前記マルテンサイト系ステンレス鋼材の
δフェライトの生成温度が1140℃以上1190℃以下であり、
加熱時のオーステナイト生成温度が720℃以上750℃以下である、
[1]または[2]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材。
[4]
前記δフェライトの生成温度が以下の式1で求められるTδであり、
加熱時のオーステナイト生成温度が以下の式2で求められるAc1である、
[3]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材。
Tδ(℃)=930C+1065N+62Ni+47Cu+22Mn-56Cr-6Si-91Mo+1723
・・・・・式1
Ac1(℃)=-50C―48N―79Ni-106Cu-79Mn+6.5Cr+15Si+21Mo+824
・・・・・式2
ただし、式1および式2中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
[5]
0.2%耐力が400MPa以上であり、破断伸びが15%以上である、前記[1]~[4]のいずれか1項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材。
[6]
前記[1]~[5]のいずれか1項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法であって前記[1]または[2]に記載の成分を含有する鋼材を、δフェライトの生成温度Tδ(℃)としたとき、Tδ(℃)以上Tδ+50(℃)以下の温度に加熱した後に熱間加工し、得られた鋼材を720℃以上800℃以下の温度範囲内の温度に加熱し、その温度範囲内で5~30分間保定し、その後冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
[7]
前記[1]~[5]のいずれか1項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法であって、[3]に記載の成分を含有する鋼材を、δフェライトの生成温度Tδ(℃)としたとき、Tδ(℃)以上Tδ+50(℃)以下の温度に加熱した後に熱間加工し、得られた鋼材を、720℃以上800℃以下の温度範囲内の温度に加熱し、前記温度範囲内で5~30分間保定し、その後冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
[8]
前記[1]~[5]のいずれか1項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法であって、[4]に記載の成分を含有する鋼材を、δフェライトの生成温度Tδ(℃)としたとき、Tδ(℃)以上Tδ+50(℃)以下の温度に加熱した後に熱間加工し、得られた鋼材を、720℃以上800℃以下の温度範囲内の温度に加熱し、前記温度範囲内で5~30分間保定し、その後冷却することを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
[9] 前記Tδ(℃)は、以下の式1により求められるTδ(℃)である、前記[6]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
Tδ(℃)=930C+1065N+62Ni+47Cu+22Mn-56Cr-6Si-91Mo+1723
・・・・・式1
ここで、式1中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
[10]
前記Tδ(℃)は、以下の式1により求められるTδ(℃)である、前記[7]または[8]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
Tδ(℃)=930C+1065N+62Ni+47Cu+22Mn-56Cr-6Si-91Mo+1723
・・・・・式1
ここで、式1中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、400MPa以上の強度(0.2%耐力)と15%以上の伸び(加工性)を有する、強度と加工性のバランスのとれたマルテンサイト系ステンレス鋼を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、0.7%Ni-11.7Cr鋼の熱処理温度と耐力および伸びの関係を示す図である。
【
図2】
図2は、KAM値が1.0以下の面積率と0.2%耐力および破断伸びの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼材の一実施形態を基に説明する。本発明は、ここで紹介する実施形態に限定されることはない。なお、本明細書において、本発明の一実施形態を単に「本発明」と呼ぶ場合がある。また、本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼材は、以下に説明するマルテンサイト系ステンレス鋼からなるものであれば、板状、棒状、線材状、管状など、その形態は特に限定されない。
【0015】
[マルテンサイト系ステンレス鋼の耐力および伸び]
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、耐力(強度)が400MPa以上、伸び(加工性)が破断伸びで15%以上を有する、強度と加工性のバランスのとれたものである。この強度特性は、高強度材として認知され、加工も広く行われている二相ステンレス鋼の強度や伸びレベルに準じるものである。
【0016】
最初に、マルテンサイト系ステンレス鋼の加熱温度と伸びとの関係を調査した。その結果、熱処理温度を高くすると耐力は低下し伸びが向上すると考えられていたが、
図1に示すように、熱処理温度を、Ac1点温度(
図1の鋼では約730℃)を数十℃上回る温度にしたところ、逆に耐力が上昇し伸びが低下することが判った。これはAc1点を超えると鋼中のフェライト相がオーステナイト相に変態し、次に冷却する際にマルテンサイト化することから、新たなマルテンサイト相の生成と旧マルテンサイト相の軟化との兼ね合いにより、Ac1点より若干高温まで耐力上昇が起こっていないものと考えられる。しかし、最も軟質化する温度条件で耐力が低下する場合でも、一定の耐力(400MPa)は確保できる可能性があることを確認した。従って、Ac1点より少し高温の750℃前後の温度で保定後に冷却することにより狙いの強度特性を得られる可能性があることを確認した。
【0017】
次に、Ac1点(750℃近傍)まで加熱熱処理することを前提として、耐力および伸びに対する成分、特にステンレス鋼の耐食性を得るための重要元素であるCrの影響について調査した。その結果、伸びについてはCr含有量増加に伴い改善され、Crが10%を超えれば伸びが15%以上を確保できることが確認された。一方、耐力はCrが12.5%を超えると400MPaを割り込む可能性があることが確認された。これらのことから、Cr含有量11.5%を中心に成分設計を行えば伸びと耐力のバランスがとれることが予想され、成分のチューニングを進めた。
【0018】
[マルテンサイト系ステンレス鋼の成分]
以下、本発明の実施に形態の一例について説明する。なお、特に断りのない限り、元素の含有量に関する「%」は質量%を意味する。また、特に下限を規定していない場合は、含有しない場合(0%)を含んでいる。さらに、式において元素記号を用いている場合は、元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示し、含有していない場合は0(%)を代入するものとする。
【0019】
C:0.030%以下
Cは、強度を向上する効果を奏するが、一方で溶接割れ感受性を高める。このため、Cは極力低減するとよく、0.030%以下とする。C含有量の上限は、好ましくは0.028%、0.026%、0.024%、0.022%、0.020%、または0.018%の値を取り得る。
一方、C含有量の下限は特に限定せず、含まなくても(0%でも)よい。しかしC含有量の過度な低減は極端なコストの増加につながるため0.001%を下限としてもよく、好ましくは0.002%、0.003%、0.004%または0.005%にするとよい。
【0020】
Si:1.00%以下
Siは、精錬時における脱酸効果を奏するとともに、熱処理時の酸化スケール生成を抑制するのにも有用であるが、Siが多過ぎるとAc1温度の上昇につながり、靭性も低下するために1.00%以下とする。Si含有量の上限は、好ましくは0.90%、0.80%、0.70%、0.60%、0.55%、0.50%、0.45%、または0.40%の値を取り得る。
一方、Si含有量の下限は特に限定せず、含まなくても(0%でも)よい。しかし、Siは精錬工程において脱酸元素でもあるので、Si含有量の下限を0.01%としてもよく、好ましくは0.03%、0.05%、0.08%、0.10%、0.13%、0.15%、0.17%または0.18%の値を取り得る。
【0021】
Mn:0.50~2.00%
Mnは、精錬時における脱酸効果を奏するとともに、Ac1点を低下させる効果がある。その効果を確実に得るためにMn含有量は0.50%以上にする。脱酸効果を得る観点から、Mn含有量の下限は0.55%、0.60%、0.65%、または0.70%の値を取り得る。
一方、必要以上のMnは耐食性を低下させ、酸化スケールの生成を促進するため、Mn含有量は2.00%以下にする。MnS等の粒化物に起因する耐食性の低下も考慮するとMn含有量の上限は、1.90%、1.80%、1.70%、1.60%、または1.50%の値を取り得る。
【0022】
P:0.050%以下
Pは原料である溶銑やフェロクロム等の主原料中に不純物として含まれる元素である。Pは、熱間延性低下の主要な原因となる元素であることからその含有量はできるだけ低減させた方がよい。この観点から、P含有量は0.050%以下にするとよい。好ましくはP含有量の上限を0.045%、0.040%、0.035%、または0.030%、であるとよい。
しかしながら、過度な低減は極端なコストの増加につながるため、P含有量の下限は0.001%、0.005%、または0.010%であるとよい。
【0023】
S:0.0030%以下
Sは、硫化物系介在物を形成し、鋼材の一般的な耐食性(全面腐食や孔食)を劣化させる元素であり、また、熱間延性を低下させ熱延鋼板の耳割れ感受性を高めるため、その含有量はできるだけ少ない方が好ましい。また、SとPが共存する場合、特に熱間延性を低減し割れ感受性を高めることがあるため、Sを特に制限し、S含有量は0.0030%以下とする。これらの観点から、S含有量はできるだけ少ない方がよいので、その上限は、好ましくは0.0020%、または0.0010%であるとよい。一方、Sの含有量は少ないほど熱間加工性および耐食性は良好となるが、低S化には脱硫負荷が増大し、製造コストが増大するので、その含有量の下限は0.0001%であってもよく、好ましくは0.0003%の値を取り得る。
【0024】
Cr:10.50~12.50%
Crは、マルテンサイト系ステンレス鋼において耐食性を奏するとともに、フェライト相を増加させ加工性を改善する効果がある。そのため、その含有量は10.50%以上とする。Cr含有量の下限は、好ましくは10.60%、10.70%、10.80%、10.90%、11.00%、11.10%、11.20%、11.30%、または11.40%の値を取り得る。
一方、Cr含有量が多過ぎると耐力が低下するため、Cr含有量は12.50%以下とする。Cr含有量の上限は、好ましくは12.40、12.30%、12.20%、12.10%、または12.00%の値を取り得る。
【0025】
Ni:0.30~1.50%
Niは、靭性の向上とともに、孔食の進展を抑制し耐食性に効果がある。この観点から、Ni含有量は0.30%以上とする。これらの効果を確実にする観点から、Ni含有量の下限は0.35%、または0.40%の値を取り得る。
一方、多量含有すると、Ac1点を低下させる。さらに合金コストの観点からも少ない方が好ましいので、Ni含有量は1.50%以下とする。Ni含有量の上限は、1.40%、1.30%、1.20%、1.10%、1.00%、0.90%、または0.80%の値を取り得る。
【0026】
N:0.0200%以下
Nは、δフェライトの生成温度を上昇させるだけでなく、Cと同様に溶接割れ感受性を高めることから、極力低減するとよく、N含有量を0.0200%以下とする。N含有量の上限は、好ましくは、0.0180%、0.0160%、0.0150%、0.0140%、0.0130%、0.0120%、0.0110%、または0.0100%の値を取り得る。
一方、N含有量の下限は特に限定せず、含まなくても(0%でも)よい。しかしN含有量の過度な低減は極端なコストの増加につながるため0.0010%を下限としてもよく、好ましくは0.0030%、または0.0050%の値を取り得る。
【0027】
Cu:1.00%以下
Cuは、耐食性の向上効果やAc1点の制御効果があるので含有してもよい。しかし、Cuを過剰に含有すると熱間加工性の低下や原料コストの増加につながるため、Cu含有量は1.00%以下とする。Cu含有量の上限は、好ましくは0.90%、0.80%、0.70%、0.60%、または0.50%、の値を取り得る。
Cuは含まなくても良いので、その含有量の下限は0%であるが、Cu除去にコストがかかるため、Cu含有量の下限を0.01%にしてもよい。好ましくは0.10%、または0.20%の値を取り得る。
【0028】
Al:0.050%以下
Alは、脱酸元素であり、耐酸化性を向上させる元素であるので、含有してもよい。一方、Alの過剰含有は大型の酸化物系介在物の形成しやすくなり、靭性を損ねる。このため、Al含有量は0.050%以下とする。好ましくは0.040%、または0.030%の値を取り得る。
Alは含まなくても良いので、その含有量の下限は0%であるが、Al除去にコストがかかるため、Al含有量の下限を0.001%にしてもよい。好ましくは0.005%、または0.010%の値を取りうる。ここでAl含有量はT.Al(トータルAl)含有量である。
【0029】
C+N≦0.040%
炭素Cは窒素Nと組合せることにより鋼の強度を高める効果があるが、溶接割れ感受性を高める。予熱を行わなくても溶接割れを生じない条件として、CとNの総量(C+N)を0.040%以下に制限する。CとNの総量(C+N)の上限は、好ましくは0.039%、0.038%、0.037%、0.036%、0.035%、0.034%、0.033%、0.032%、0.031%、0.030%、0.029%、0.028%、0.027%、0.026%、または0.025%の値を取り得る。
【0030】
本発明の一実施態様は、上記元素の他、残部としてFeと不純物である。ここで不純物とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして、製造過程において不可避的に意図せず混入する元素であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0031】
さらに、本実施形態のステンレス鋼は、これらの元素に加えて、Feの一部に代えて、Mo、W、V、Sn、Ca、REMのうち1種または2種以上を含有してもよい。これらの元素は含有しなくてもよいが、含有することによりさらなる効果を得ることができる。以下、これら元素について説明する。
【0032】
Mo:1.000%以下
Moは、δフェライトを含むマルテンサイト組織の耐食性向上に有効であるため含有してもよい。しかし、Moはフェライト相の安定化元素であり、過度の添加は、Crと同様にHAZのフェライト相が多くなる。さらに、Moは高価な元素でもあるため、Mo含有量は1.000%以下とする。Mo含有量の上限は、好ましくは0.900%、0.800%、0.700%、0.600%、0.500%、0.450%、0.400%、0.350%、0.300%、0.250%、0.200%、0.150%、または0.100%の値を取り得る。
Mo含有量の下限は特に限定しないが、Mo除去にコストがかかるため、好ましくは0.005%、または0.010%の値を取り得る。
【0033】
W:0.50%以下
Wは、Moと同様にステンレス鋼の耐食性を向上させる元素であり、含有してもよい。しかし、高価な元素であるので0.50%以下にするとよい。好ましくは0.40%、または0.30%以下にするとよい。Wを含有する場合、その効果をより確実に得るため0.01%以上含有するとよく、好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.10%以上にするとよい。
【0034】
V:0.30%以下
Vは、微細な炭窒化物を形成し、耐磨耗性を向上させる他、耐食性の向上にも効果を有するため、含有してもよい。一方、過剰に含有すると、析出物の粗大化を招くおそれがあり、その結果、靭性が低下してしまうので、V含有量の上限は0.30%、好ましくは0.20%または0.10%であるとよい。
V含有量の下限は特に限定しないが、製造コストや製造性を考慮すると0.01%、0.03%、0.05%、または0.07%であるとよい。
【0035】
Sn:0.100%以下
Snは耐食性向上に有効な元素であるが、過度な添加は熱延時の耳割れを促進する。そのためSn含有量の上限は0.100%、好ましくは0.090%、0.080%、0.070%、0.060%、または0.050%であるとよい。Sn含有量の下限は特に限定しないが、効果を確実に得る観点から0.001%、好ましくは、0.002%、0.005%、0.010%、0.015%、または0.020%であるとよい。
【0036】
Ca:0.0050%以下
Mg:0.0050%以下
CaおよびMgはそれぞれ製鋼段階で成分調整のために添加される場合があり、強力な脱酸材として作用し、脱酸を促進させる効果および熱間延性を改善する効果があるため含有してもよい。一方、耐食性を低下させる懸念があるので、CaやMg含有量は、それぞれ0.0050%以下とする。CaやMg含有量の上限は、好ましくはそれぞれ0.0030%0.0020%の値を取り得る。
CaやMg含有量の下限は特に限定しないが、効果を確実に得る観点からそれぞれ0.0001%、好ましくは0.0002%、0.0003%、0.0004%、または0.0005%であるとよい。
【0037】
REM:0.050%以下
REMを適量含有することにより、Caと同様に熱間延性の顕著な向上が見られる。この効果を得るため、REMの含有量の下限は0.001%、0.002%、0.003%、0.004%、または0.005%とするとよい。
一方、過度に添加すると大型のREM系酸化物が形成しやすくなり、鋳造時のノズル詰まり等を引き起こすので好ましくなく、REM含有量の上限を0.050%または0.030%とするとよい。REMは通常、複合体であるミッシュメタルの形で添加することが多いが、La,Ce、Pr、Nd等の単体元素での添加でも同様の効果を示す。ここでREM(希土類元素)は、一般的な定義に従い、スカンジウム (Sc)、イットリウム (Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu) までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。これらのREM元素を単独で含有してもよいし、複数のREM元素を含有してもよい。複数のREM元素を含有する場合、それらの総量が上記下限および上限の範囲内に入っているとよい。
【0038】
Ti:0.020%以下
Nb:0.05%以下
B:0.0050%以下
Ti、Nbは耐食性、Bは熱間延性を改善する効果があり、Ti:0.020%以下、Nb:0.05%以下、B:0.0050%以下を含有してもよい。Ti、Nb、Bの各元素は含まなくてもよいが、過度に除去する必要もない。そのためこれら各元素の含有量の下限は特に限定しないが、Ti:0.001%、Nb0.01%、B:0.0001%としてもよい。
【0039】
また、Zn、Pb、Bi、Se、Sb、Ga、Ta、Mg、Zr、等は可能な限り低減することが好ましい。一方、これらの元素は、本発明の課題を解決する限度において、必要に応じて、Zn:50ppm以下、Pb:10ppm以下、Bi:30ppm以下、Se:100ppm以下、Sb:100ppm以下、Ga:50ppm以下、Ta:500ppm以下、Mg:100ppm以下、Zr:120ppm以下の1種または2種以上を含有してもよい。
【0040】
[KAM値≦1.0の面積率]
KAM(Kernel Average Misorientation)値は、EBSD(電子線後方散乱回折)法で測定できる指標であり、EBSD法で得られた画像中の注目する測定点において隣接する測定点との方位差の平均値から得られるものである。KAM値は、微少領域の塑性歪勾配を表し、フェライト母相のダメージや結晶粒内の歪分布を評価することができる。そこで、発明者らは、マルテンサイト変態において生じた結晶粒内の歪分布を表す指標となると考えた。そこで、マルテンサイト系ステンレス鋼中のKAM値が1.0以下の領域(歪が少ないとされる領域)の面積率と耐力および破断伸びとの関係を調べたところ、非常によい相関関係を有することを見出した。そこで、KAM値が1.0以下の領域の面積率を、マルテンサイト系ステンレス鋼の組織的観点からの総合指標として適用することができることを見出した。
【0041】
実施例におけるKAM値と耐力および破断伸びの関係を
図2に示す。
図2からも明らかなように、KAM値が増加するにつれ耐力は減少し、破断伸びは増加する。これは、KAM値が1.0以下の面積率が増加するといことは、マルテンサイトの領域が減少しフェライト相の領域が増加することを意味していると考えられる。即ち、KAM≦1.0の面積率が小さい方がマルテンサイト領域は多く、KAM≦1.0の面積率が大きい方がフェライト相領域は多くなることを意味していると考えられる。
図2からKAM≦1.0の面積率が30%以上であれば伸びは15%になる。好ましくはKAM≦1.0の面積率は35%以上、または40%以上であるとよい。一方、KAM≦1.0の面積率が75%以下であれば耐力は400MPa以上を確保できることが分かる。好ましくはKAM≦1.0の面積率は70%以下、65%以下、または60%以下であるとよい。
【0042】
[Tδ(℃):δフェライト生成温度]
一定量のフェライト相を確保する観点から、熱延前加熱においてδフェライトが生成されるような成分系にすることが好ましい。通常、マルテンサイト系ステンレス鋼の熱延前加熱温度は1160℃~1220℃程度であるので、δフェライト生成温度(Tδ(℃))は熱延前加熱温度から20℃程度低い温度であることが好ましい。即ち、δフェライト生成温度(Tδ(℃))は1140℃~1200℃であることが好ましい。δフェライト生成温度(Tδ(℃))が低すぎると、最終的にフェライト相領域が過剰となり耐力の低下につながるうえ熱間延性が低下する可能性がある。従って、δフェライト生成温度(Tδ(℃))は1140℃以上、さらには1150℃以上であることが好ましい。一方、δフェライト生成温度(Tδ(℃))が高すぎるとδフェライトが生成されず、伸びの低下につながる。従って、δフェライト生成温度(Tδ(℃))は、1200℃以下、さらには1190℃以下、1180℃以下、または1170℃以下であることが好ましい。
【0043】
δフェライト生成温度(Tδ(℃))は、マルテンサイト系ステンレス鋼の成分により異なるので、鋼ごと実測して求めことができる。実測により求めたδフェライト生成温度が上記温度範囲であるとよい。
また、δフェライト生成温度は、以下の式1により各成分の含有量から推定することもできる。式1から求めたδフェライト生成温度(Tδ(℃))が上記温度範囲になるようにしてもよい。
Tδ(℃)=930C+1065N+62Ni+47Cu+22Mn-56Cr-6Si-91Mo+1723
・・・・・式1
ただし、式1中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
【0044】
[Ac1(℃):加熱時のオーステナイト生成温度]
伸び改善の観点から、
図1に示すように、Ac1点温度(約730℃)より少し高い温度である約750℃まで加熱し熱処理(焼鈍)したときに伸びの改善がピークになることを確認した。一方、Ac1点近傍まで加熱すると軟質化するため耐力は低下するものの、一定の耐力(400MPa)を確保できる可能性があることを確認した。ここで、マルテンサイト系ステンレス鋼の加熱時のオーステナイト生成温度(Ac1(℃))が低すぎると、強度低減効果が発揮できるような750℃程度の熱処理温度でマルテンサイト相が生成し、冷却後のフェライト相が確保できないため伸びは改善しない。一方、加熱時のオーステナイト生成温度(Ac1(℃))が高すぎると、熱処理後の温度保定によりマルテンサイト化が進まず、結果としてフェライト相が過剰となり耐力が低下する。そのため、加熱時のオーステナイト生成温度(Ac1(℃))が720℃以上750℃以下であるとよい。
【0045】
加熱時のオーステナイト生成温度は、マルテンサイト系ステンレス鋼の成分により異なるので、鋼ごと実測して求めことができる。実測により求めた加熱時のオーステナイト生成温度が上記温度範囲であるとよい。
また、加熱時のオーステナイト生成温度は、以下の式2により各成分の含有量から推定することもできる。式2から求めた加熱時のオーステナイト生成温度(Ac1(℃))が上記温度範囲になるようにしてもよい。
Ac1(℃)=-50C―48N―79Ni-106Cu-79Mn+6.5Cr+15Si+21Mo+824
・・・・・式2
ただし、式2中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
【0046】
[製造方法]
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法の一実施形態について説明する。本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は本実施形態に限定されない。
まず、上記説明した成分を有する鋼片(スラブ)を溶製する。鋼片の溶製方法は常法の溶製方法が適用できる。一般に電気炉等で成分調整した溶鋼を連続鋳造法などにより鋼片を得ることができる。
次に、得られた鋼片を加熱し熱間加工する。この時、熱間加工前に加熱(熱延前加熱)する時に、鋼片温度が、前記説明したδフェライト生成温度(Tδ(℃))より高くなるように加熱するとよく、好ましくはδフェライト生成温度(Tδ(℃))より10℃以上、より好ましくは20℃以上高く加熱するとよい。これにより、鋼片中にδフェライトが生成し、冷却後もフェライト相として残存するため、マルテンサイト系ステンレス鋼の伸びの改善に寄与することができる。
【0047】
次に、加熱した鋼片を熱間加工する。熱間加工方法は特に限定しない。常法の熱間加工方法、例えば熱間圧延や熱間鍛造などを適用することができる。熱間加工後に、720℃以上800℃以下の温度で5~30分間保定して熱処理を施す。720℃未満および5分未満では熱処理による強度低減効果が低く、800℃以上では本発明の成分系の場合、新たにマルテンサイト相が生成しかえって強度が上昇する。熱処理時間の上限は特に限定しないが、30分以上では改善効果がサチュレートし、熱処理時間の短縮とならない。熱処理温度の下限は730℃または740℃が好ましく、上限はAc1点+50℃以下であることか、もしくは780℃または770℃もすることが、より好ましい。これにより、冷却後に得られるマルテンサイト系ステンレス鋼の伸びを改善することができる。
【0048】
例えば、熱間加工が熱間圧延(熱延)を例として説明すると、熱延前加熱でδフェライト生成温度(Tδ(℃))より高い温度になるよう加熱し、その後常法に基づき熱間圧延し冷却する。その後、720℃以上800℃以下の温度まで加熱し、その温度域で5~30分間保定後冷却するとよい。
【0049】
[0.2%耐力≧400MPa、破断伸び≧15%]
こうして得られたマルテンサイト系ステンレス鋼は、耐力(0.2%耐力)が400MPa以上、伸び(破断伸び)が15%以上を確保することができる。
【実施例0050】
以下、本発明の実施例を説明する。なお、本発明は以下の実施例で用いた条件に限定されるものでない。
表1に示す成分の鋼を実験室の50kg真空誘導炉によりMgOるつぼ中で溶製し、厚さが約100mmの扁平鋳片(鋼片)に鋳造した。鋳片の本体部分より熱間圧延用素材を加工し、表2に示す鋳片加熱温度に加熱後1~2時間保定し、熱間圧延により、板厚15mmの熱延鋼板とした。その後表2に示す熱処理温度まで加熱し、30分保定後水冷した。こうして得られた鋼板から、それぞれ長さ200mm幅100mmの短冊状の鋼試験材を複数枚(少なくとも4枚)準備した。
【0051】
試験材の一つの厚さ方向断面を観察面として、EBSDによりKAMマップを求め、KAM値が1.0以下の領域の面積率を測定した。観察面は試験片の断面中央部分の任意の0.1mm2の領域を3か所測定し、得られた面積率を算術平均し、当該試験片での面積率とした。鋼板の表面は圧延などの加工の影響があるため、鋼板表面や端部から少なくとも0.1mm(100μm)離れた部分から選択することが望ましい。測定面積は特に限定しないが、少なくとも0.1mm2以上であることが望ましく、観察面積の合計が0.3mm2以上になることが望ましい。得られた、KAMマップからKAM値が1・0以下の領域の面積率は、EBSDに付属のソフトにて得ることができる。複数個所での測定の場合は、各箇所での測定値を算術平均して、その平均値をその鋼材のKAM値が1.0以下の面積率とすることができる。測定したKAM値が1.0以下の面積率を表2に示す。
得られた試験片のうち一つの試験片でJISに従い引張試験を行い、0.2%耐力と破断伸びを求めた。得られた0.2%耐力と破断伸びを表2に示す。また、前述したように、KAM値が1・0以下の領域の面積率と0.2%耐力および破断伸びの関係を
図2に示す。
【0052】
また、マルテンサイト系ステンレス鋼のその他特性の評価として、熱間加工性、靭性、耐食性、溶接割れ性について評価した。熱間加工性については、熱延時に幅端部に耳割れを生じなかったものを合格とした。靭性については、得られた試験片のうち一つの試験片でシャルピー衝撃試験(-20℃吸収エネルギ)をJIS Z 2242:2018に準拠して行い、吸収エネルギ値が80J以上だった場合を合格とした。耐食性については、鋼材表面より採取して#600研磨仕上げを行ったサンプルについてJIS G 0577に準拠した孔食電位測定を行い、3か所の平均値が0VvsAg/AgCl以上だった場合に合格とした。表2に、それぞれの評価において合格のものを「○」で、不合格のものを「×」で表示した。
【0053】
表1、表2から分かるように、本発明で規定する条件を満足することにより、0.2%耐力と破断伸びのバランスのとれたマルテンサイト系ステンレス鋼を得ることができることが確認された。
【0054】
【0055】
本発明は、ステンレス鋼を製造する製鉄産業に利用することができるだけでなく、マルテンサイト系ステンレス鋼材を用いる産業、例えば一般建築、橋梁などの社会インフラに関する土木建築産業、化学産業、機械産業、自動車産業、など広範な産業で利用することができる。