(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024146482
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】培養スケールアップ用培養データ収集装置および培養スケールアップ用培養データ収集方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20241004BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
C12M1/00 C
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023059403
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】595145050
【氏名又は名称】株式会社日立プラントサービス
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 啓介
(72)【発明者】
【氏名】岡 憲一郎
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029DB01
4B029DF01
4B029DF02
4B029DF03
4B029DF04
4B029DF06
4B029FA09
4B029FA11
4B029FA12
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ05
4B063QQ89
4B063QS12
(57)【要約】
【課題】スケールアップ後の想定外の生産性・品質の不具合を未然に防ぐことができる培養スケールアップ用培養データ収集装置および培養スケールアップ用培養データ収集方法を提供する。
【解決手段】本発明は、細胞培養装置のスケールアップ条件を探索するための培養スケールアップ用培養データ収集装置1であり、スケールアップ後の細胞培養装置に付帯する第1説明変数に係る第1機能と、目的変数と相関するがスケールアップ後の細胞培養装置には付帯しない第2説明変数に係る第2機能と、を有し、前記目的変数に対して、前記第1機能および前記第2機能の両方を最適化することを特徴とする。
【選択図】
図4A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養装置のスケールアップ条件を探索するための培養スケールアップ用培養データ収集装置であり、
スケールアップ後の細胞培養装置に付帯する第1説明変数に係る第1機能と、
目的変数と相関するがスケールアップ後の細胞培養装置には付帯しない第2説明変数に係る第2機能と、を有し、
前記目的変数に対して、前記第1機能および前記第2機能の両方を最適化する
ことを特徴とする培養スケールアップ用培養データ収集装置。
【請求項2】
請求項1に記載の培養スケールアップ用培養データ収集装置において、
前記第1機能が、温度、pHおよび溶存酸素濃度のうちの少なくとも1つを制御する制御装置であり、
前記第2機能が、せん断力、栄養成分濃度および老廃物濃度のうちの少なくとも1つを制御する制御装置である
ことを特徴とする培養スケールアップ用培養データ収集装置。
【請求項3】
請求項2に記載の培養スケールアップ用培養データ収集装置において、
前記第2機能を制御するために、細胞分離装置、細胞ブリーディング装置、培地成分分析装置、培地成分の値を基にフィードバック制御をする培地添加装置および高せん断力攪拌翼のうちの少なくとも1つを備える
ことを特徴とする培養スケールアップ用培養データ収集装置。
【請求項4】
請求項3に記載の培養スケールアップ用培養データ収集装置において、
前記細胞分離装置が、重力沈降方式または中空糸膜分離方式である
ことを特徴とする培養スケールアップ用培養データ収集装置。
【請求項5】
請求項3に記載の培養スケールアップ用培養データ収集装置において、
前記培地添加装置が、ラマン分光によるセンサ、演算装置および培地添加用のポンプを含んで構成される
ことを特徴とする培養スケールアップ用培養データ収集装置。
【請求項6】
請求項2に記載の培養スケールアップ用培養データ収集装置において、
前記栄養成分濃度の測定対象が、グルコース、グルタミンおよびグルタミン酸のうちの少なくとも1つである
ことを特徴とする培養スケールアップ用培養データ収集装置。
【請求項7】
請求項2に記載の培養スケールアップ用培養データ収集装置において、
前記老廃物濃度の測定対象が、乳酸およびアンモニアのうちの少なくとも1つである
ことを特徴とする培養スケールアップ用培養データ収集装置。
【請求項8】
請求項2に記載の培養スケールアップ用培養データ収集装置において、
前記栄養成分濃度、前記老廃物濃度および細胞数のうちの少なくとも1つを一定状態に制御する
ことを特徴とする培養スケールアップ用培養データ収集装置。
【請求項9】
請求項1に記載の培養スケールアップ用培養データ収集装置において、
前記第1機能および前記第2機能に関するデータを収集するデータ収集装置を有する
ことを特徴とする培養スケールアップ用培養データ収集装置。
【請求項10】
細胞培養装置のスケールアップ条件を探索するための培養スケールアップ用培養データ収集方法であり、
目的変数、スケールアップ後の細胞培養装置に付帯する第1説明変数および前記目的変数と相関するがスケールアップ後の細胞培養装置には付帯しない第2説明変数を選択する選択ステップと、
選択した前記第1説明変数および前記第2説明変数に基づいて細胞培養実験を行い、せん断力、栄養成分濃度、老廃物濃度および生細胞数濃度のうちの少なくとも1つのデータを収集する収集ステップと、
収集した前記データを基に、スケールアップに向けたモデルを構築する構築ステップと、
構築した前記モデルと、流体解析とを用いてスケールアップ後の生産性および品質のうちの少なくとも1つを評価し、細胞培養槽の設計を行う設計ステップと、
を有することを特徴とする培養スケールアップ用培養データ収集方法。
【請求項11】
請求項10に記載の培養スケールアップ用培養データ収集方法において、
前記設計ステップの後に、
前記設計ステップで設計した細胞培養槽を建設し、細胞培養実験により所望の性能を満たすか否か確認する確認ステップを有する
ことを特徴とする培養スケールアップ用培養データ収集方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養スケールアップ用培養データ収集装置および培養スケールアップ用培養データ収集方法に関する。具体的には、本発明は、有用物質生産のための細胞を大量に培養する製造プロセスを構築するために利用するデータ収集用の小型の培養装置および培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物、微生物、動物等の細胞を培養して有用物質を生産する方法は、醸造、食品、化学、医薬品等の各分野の産業で利用されている。例えば、抗体医薬をはじめとするバイオ医薬品は、動物細胞が産生する物質を主成分として含有している。そして、その物質は、動物細胞を培養し、培養液中に分泌された目的物質を分離精製することで得ている。
【0003】
前記有用物質における生産プロセスの構築では、最初にラボスケール培養実験(ラボ実験)で小スケール(数mL~数十L)にて、温度やpH等の培養条件等のプロセス条件の最適化を行う。その後、所望の生産規模で、前記ラボ実験にて最適化したプロセスでの生産効率を維持しつつ、生産物の品質を維持するようにスケールアップを行う。スケールアップの方法として、相似則によるスケールアップおよびデザインスペースを利用したスケールアップが知られている。
【0004】
相似則によるスケールアップは、一般に幾何学的相似(攪拌装置の構造と配置の寸法の比が全て相似)と、単位液体積当たりの攪拌所要動力を一定にする基準で行う。具体的には、攪拌所用動力、単位液体積当たりの消費動力、攪拌翼の回転速度、攪拌翼径、液吐出速度、リアクター内の液循環速度、攪拌翼先端速度、レイノルズ数に関して、スケールアップ前後で一定となるように槽を設計する。しかし、全ての項目を同時に満足するようにスケールアップすることは難しいため、攪拌の最も重要な項目(生産性、品質に影響を与える項目)を満足させることに注目してスケールアップを行う。
【0005】
図1Aは、デザインスペースによる培養槽のスケールアップの概念を示す概念図であり、小スケールにおける運転条件を図示している。
図1Bは、デザインスペースによる培養槽のスケールアップの概念を示す概念図であり、大スケール(100L以上)における運転条件を図示している。
図1Aに示すように、デザインスペースによるスケールアップは、小スケールのラボ実験で得られた培養可能範囲内の最適条件(至適点)を中心に、生産可能な条件範囲をラボ実験にて評価する。その後、
図1Bに示すように、所望の生産規模の槽を設計する際に流体解析により、生産可能領域が存在するように大スケールの槽を設計する。
図1Aおよび
図1Bに示すように、小スケールでは培養可能範囲が広く設定されるが、大スケールではラボ実験で評価されなかったファクターの影響を受け、培養可能範囲が狭くなることが多い。
【0006】
デザインスペースを利用したスケールアップに関して、例えば、特許文献1に記載の発明が提案されている。この特許文献1に記載の発明は、より大きな第2のスケールにおける生物のパフォーマンスを予測する際に使用される第1のスケールのパフォーマンスデータを生成するように前記生物用の第1のスケールの実験をデザインするコンピュータ実装方法であり、所定のa~cの工程を含む旨記載されている。これらの工程のうち、b工程は、前記第2のスケールにおける前記生物の代謝のコンピュータモデリングに少なくとも部分的に基づいて第1のスケールのスクリーニングパラメータを決定する工程と説明されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のようなスケールアップ手法を用いた槽設計には、以下のような問題がある。
ラボスケールで多数の培養実験を行いプロセスの最適化を行うが、スケールアップでは、改めてスケールアップに必要な培養実験データを収集するため、ラボスケールから生産プロセス構築に要する期間が長くなる傾向がある。
前記に加え、ラボスケールで最適化した培養プロセスをスケールアップした後の培養プロセス(生産プロセス)で培養したところ、生産性や品質が異なる事象が生じることがある。
なお、特許文献1に記載の発明の前記b工程において、第1のスケールのスクリーニングパラメータを決定する際に考慮しているのはスケールアップ後のシミュレーション結果のようなものであり、スケールアップ後に操作(変更)不可な変数とは異なる。そのため、特許文献1に記載の発明では、スケールアップ後の想定外の生産性・品質の不具合を未然に防ぐことが問題となる。
【0009】
本発明は前記従来の状況に鑑みなされたものである。本発明は、スケールアップ後の想定外の生産性・品質の不具合を未然に防ぐことができる培養スケールアップ用培養データ収集装置および培養スケールアップ用培養データ収集方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、細胞培養装置のスケールアップ条件を探索するための培養スケールアップ用培養データ収集装置であり、スケールアップ後の細胞培養装置に付帯する第1説明変数に係る第1機能と、目的変数と相関するがスケールアップ後の細胞培養装置には付帯しない第2説明変数に係る第2機能と、を有し、前記目的変数に対して、前記第1機能および前記第2機能の両方を最適化することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、スケールアップ後の想定外の生産性・品質の不具合を未然に防ぐことができる培養スケールアップ用培養データ収集装置および培養スケールアップ用培養データ収集方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1A】デザインスペースによる培養槽のスケールアップの概念を示す概念図であり、小スケールにおける運転条件を図示している。
【
図1B】デザインスペースによる培養槽のスケールアップの概念を示す概念図であり、大スケールにおける運転条件を図示している。
【
図2】設定・設計パラメータと品質・生産性パラメータの相関メカニズムを示す説明図である。
【
図3】小スケール培養槽の機能の概念を示す概念図である。
【
図4A】スケールアップ後のパラメータを評価するための従来の小スケール培養槽の構成を説明する説明図である。
【
図4B】スケールアップ後のパラメータを評価するための本実施形態に係る培養スケールアップ用培養データ収集装置の構成を説明する説明図である。
【
図5】本実施形態に係る培養スケールアップ用培養データ収集方法の内容を説明するフローチャートである。
【
図6】1Lの培養槽を用いた気泡の影響評価実験の装置構成を示す説明図である。
【
図7】各液中通気における増殖曲線を示すグラフである。図中、横軸は培養日数(日)を示し、縦軸は生細胞数密度(×10
6cells/mL)を示す。
【
図8】総通気量と損失細胞数密度との関係を示すグラフである。図中、横軸は総通気量(mL)を示し、縦軸は損失細胞数密度(×10
6cells/mL)を示す。
【
図9】培養日数と生細胞数密度との関係を示したグラフであり、スケールアップ前(3L)とスケールアップ後(100L)の細胞増殖曲線を図示したものである。図中、横軸は培養日数(日)を示し、縦軸は生細胞数密度(×10
6cells/mL)を示す。
【
図10】100L培養を行った際における乳酸(Lac)生成速度およびグルタミン(Gln)消費速度の実測値とせん断力分布とから計算で求めた推定値(モデル)との関係を示すグラフである。図中、横軸は推定値を示し、縦軸は実測値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
〔培養スケールアップ用培養データ収集装置〕
以下、適宜図面を参照して本発明の一実施形態について詳細に説明する。参照する図面において、
図2は、設定・設計パラメータと品質・生産性パラメータの相関メカニズムを示す説明図である。
図3は、小スケール培養槽の機能の概念を示す概念図である。
【0014】
図2および
図3は、培養条件と生産物の生産性・品質の相関関係を示している。
図2および
図3に示すように、従来の培養プロセスの最適化で検討されているパラメータは、主に第1説明変数に係るpH、溶存二酸化炭素(DCO
2)濃度、溶存酸素(DO)濃度、温度、浸透圧等である。つまり、第1説明変数はスケールアップ後の細胞培養装置における培養条件を設定し、制御を行う設定パラメータである。
【0015】
従来のスケールアップでは、前記設定パラメータにおいてラボ実験で適切な培養条件とその許容範囲を決定し、所望する大スケールにおいて、前記設定パラメータの槽内の平均値あるいは分布の最大値、最小値が小スケールで決定した許容範囲に入るか否かを評価する。しかし、生産物の生産性・品質に影響を与えるパラメータの中には、従来考慮していないスケールアップ特有のパラメータも存在する。スケールアップ特有のパラメータとしては、せん断力分布、栄養成分濃度分布、代謝物濃度分布、老廃物濃度分布、コルモゴロフスケール、kLa、混合時定数等が挙げられるが、これらに限定されない。これらのスケールアップ特有のパラメータは主に流体パラメータであり、翼形状・回転数、槽アスペクト、槽容量、液中通気(気泡径、通気量)等の設計パラメータの影響を受ける。流体パラメータおよび設計パラメータは、スケールアップ後の細胞培養装置では設定を行うことができない。本実施形態では、スケールアップ後の細胞培養装置では設定を行うことができないパラメータのうち、流体パラメータを第2説明変数として扱う。なお、
図2および
図3に示すように、設定パラメータ(第1説明変数)と、流体パラメータ(第2説明変数)とは、相互に相関しており(
図3の相関(1))、培養液状態パラメータ(培養環境変数(1))や細胞状態パラメータ(培養環境変数(2))に影響を及ぼす。培養環境変数(1)および培養環境変数(2)はいずれも流体や細胞状態、培養液に関するものである。培養液状態パラメータとしては、例えば、培養液成分濃度、温度分布、pH分布等が挙げられる。細胞状態パラメータとしては、例えば、増殖速度、代謝速度等が挙げられる。そして、
図2および
図3に示すように、培養液状態パラメータおよび細胞状態パラメータは、相互に相関しており(
図3の相関(2))、品質特性(品質パラメータ)や生産性(生産性パラメータ)といった目的変数に影響を及ぼす。
【0016】
従って、第1説明変数だけでなく、スケールアップ特有のパラメータ(第2説明変数)も小スケール培養実験(ラボ実験)で評価する必要があるが、従来の小スケール培養実験の培養装置の設定・制御項目は、スケールアップ後の培養槽の設定・制御項目と同じである。従って、スケールアップ後で設定・制御できない項目は、従来の小スケール培養装置において生産物の生産性・品質への影響を評価することができない。
これに対し、本実施形態は、小スケール培養実験において、従来評価していたパラメータ(第1説明変数)に加え、スケールアップ特有のパラメータ(第2説明変数)を評価し、それらの評価データを利用してスケールアップするので、スケールアップ後に生じる生産性・品質の不一致を防ぐことができる。
【0017】
本実施形態では、細胞培養装置のスケールアップ条件を探索するための小スケール培養槽(培養スケールアップ用培養データ収集装置)の構成例を提示する。
なお、
図4Aは、スケールアップ後のパラメータを評価するための従来の小スケール培養槽の構成を説明する説明図である。また、
図4Bは、スケールアップ後のパラメータを評価するための本実施形態に係る培養スケールアップ用培養データ収集装置1(以下、「本装置1」と略す場合がある)の構成を説明する説明図である。
【0018】
図4Aに示すように、従来の小スケール(データ収集用)培養槽11は、大スケール(生産用)培養槽と同様の構造を有している。従来の小スケール培養槽11は、例えば、培養槽12と、添加用チューブ13および添加用ポンプ14を介して接続された培地タンク15と、を有している。
【0019】
これに対し、
図4Bに示すように、本装置1は、スケールアップ後の細胞培養装置に付帯する第1説明変数に係る第1機能と、目的変数と相関するがスケールアップ後の細胞培養装置には付帯しない第2説明変数に係る第2機能と、を有する。そして、本装置1は、前記した目的変数に対して、前記第1機能および前記第2機能の両方を最適化する(最も好適なスケールアップ条件の探索を行う)。
【0020】
本装置1の具体的な構成例として、
図4Bに示すように、培養槽2と、添加用チューブ3および添加用ポンプ4を介して接続された培地タンク5と、のほかに、細胞数を制御する細胞数制御手段6や、栄養成分濃度を制御する栄養成分濃度制御手段7、せん断力を制御するせん断力制御手段8等を有することが挙げられる。また、本装置1の具体的な構成例として、老廃物濃度制御手段(図示せず)が挙げられる。
【0021】
細胞数制御手段6としては、例えば、細胞ブリーディング(細胞抜出)装置6Aによる細胞数制御(細胞の除去)が挙げられる。つまり、細胞ブリーディング装置6Aが培養液21ごと細胞を抜き出すことで培養槽2内の細胞数を減少させる。
また、細胞数制御手段6としては、例えば、細胞分離装置6Bによる細胞数制御(細胞数濃度の向上)が挙げられる。つまり、細胞分離装置6Bにより細胞を残して培養液21のみを培養槽2から除去し、残した細胞を培養槽2に戻すことにより、培養液21の単位体積当たりの細胞数を増やすことができる。なお、細胞分離装置6Bは、重力沈降方式または中空糸膜分離方式であることが好ましい。これらであれば好適に細胞を分離することができる。
【0022】
栄養成分濃度制御手段7としては、例えば、培養槽2内の培養液21中に設けたサンプリングチューブ71と接続された後述する培地成分分析装置(図示せず)を用いて培養液21中の栄養成分の濃度等を測定し、その測定結果を基に演算装置(図示せず)によりフィードバック制御を行い、添加用ポンプ4および培養液抜き出し用ポンプ(図示せず)を制御して培地タンク5から液体培地を培養槽2に添加して培養液21の栄養成分濃度を制御する。
【0023】
老廃物濃度制御手段(図示せず)としては、例えば、培養槽2内の培養液21中に設けたサンプリングチューブ71と接続された後述する培地成分分析装置(図示せず)を用いて培養液21中の老廃物の濃度等を測定し、その測定結果を基に演算装置(図示せず)によりフィードバック制御を行い、添加用ポンプ4および培養液抜き出し用ポンプ(図示せず)を制御して培地タンク5から液体培地を培養槽2に添加して培養液21の老廃物濃度を制御する。また、老廃物濃度制御手段の一手段として、前記した細胞ブリーディング装置6Aや細胞分離装置6Bを用いることができる。
【0024】
本装置1は、細胞数制御手段6を備えていることにより、細胞数を一定に保つことができる。また、本装置1は、栄養成分濃度制御手段7や老廃物濃度制御手段を備えていることにより、栄養成分濃度や老廃物濃度を一定に保つことができる。従って、本実施形態によれば、細胞状態や栄養状態などが一定になるので、得られるデータはより信頼できるものになる。
【0025】
せん断力制御手段8としては、例えば、攪拌翼81を回転させるモータ82や、モータ82の回転数を制御する制御装置(図示せず)等が挙げられる。また、せん断力制御手段8として、例えば、後述する高せん断力攪拌翼が挙げられる。
つまり、本装置1は、第2機能を制御するために、細胞分離装置6B、細胞ブリーディング装置6A、培地成分分析装置(図示せず)、培地成分の値を基にフィードバック制御をする培地添加装置(添加用ポンプ4、培地タンク5など)および高せん断力攪拌翼などのせん断力制御手段8のうちの少なくとも1つを備えることが好ましい。
細胞数制御手段6、栄養成分濃度制御手段7、老廃物濃度制御手段およびせん断力制御手段8は、第2説明変数に係る第2機能に相当し、温度やpH等の第1説明変数に係る第1機能とともに、前記した目的変数に対してその両方を最適化する。これにより、本装置1は、スケールアップ後の想定外の生産性・品質の不具合を未然に防ぐことができる。
【0026】
〔培養スケールアップ用培養データ収集方法〕
次に、本実施形態におけるスケールアップの手順を
図5に示す。
図5は、本実施形態に係る培養スケールアップ用培養データ収集方法(以下、「本法」と略す場合がある)の内容を説明するフローチャートである。
本法は、細胞培養装置のスケールアップ条件を探索するための培養スケールアップ用培養データ収集方法である。本法は、
図5に示すように、選択ステップS1と、収集ステップS2と、構築ステップS3と、設計ステップS4と、を有する。また、本法は、設計ステップS4の後に、確認ステップS5を有することが好ましい。
以下、本法の各項目について詳細を述べる。
【0027】
1.目的変数と説明変数の選択(選択ステップS1)
選択ステップS1では、目的変数、スケールアップ後の細胞培養装置に付帯する第1説明変数および前記目的変数と相関するがスケールアップ後の細胞培養装置には付帯しない第2説明変数を選択する。
目的変数は、生産する物質の生産性や品質等であり、例えば、生産物の濃度、生産物の総収穫量、生産物の純度等が挙げられるが、これらに限定されない。目的変数は、スケールアップ前後で変わらない。
【0028】
説明変数は、スケールアップ前後で変わらない変数(第1説明変数)と、スケールアップ前は設定且つ制御でき、スケールアップ後は設定且つ制御しない変数(第2説明変数)とに分かれる。
第1説明変数は、スケールアップ後において設定・制御するパラメータであり、前記したように、例えば、温度、pH、DO、DCO2、浸透圧等である。従って、第1説明変数に係る第1機能は、これらのうちの少なくとも1つを制御する制御装置であることが好ましい。
第2説明変数は、前記したように、例えば、せん断力、コルモゴロフスケール、栄養成分濃度分布等や、第1説明変数を含めた上記項目における層内分布等である。従って、第2説明変数に係る第2機能は、これらのうちの少なくとも1つを制御する制御装置であることが好ましい。
【0029】
2.培養実験によるデータ収集(収集ステップS2)
収集ステップS2では、選択ステップS1で選定した第1説明変数および第2説明変数に基づいて、使用する細胞を用いて細胞培養実験を行い、せん断力、栄養成分濃度、老廃物濃度および生細胞数濃度のうちの少なくとも1つのデータを収集する。本装置1は、例えば、ハードディスクドライブ(HDD)やソリッドステートドライブ(SSD)などのデータ収集装置(図示せず)を有しており、収集されたデータはデータ収集装置に収集(保存)される。この細胞培養実験では、第1説明変数は、従来通り各パラメータを変化させ、その条件での目的変数を計測する。一方、第2説明変数は、培養プロセス最適化において、従来の小スケール培養実験で計測していないパラメータである。第2説明変数の測定方法および測定のための装置機能の例を、
図4Bを参照しつつ以下に説明する。
【0030】
(せん断力)
せん断力は、培養槽2内で分布し、直接計測することが困難である。そこで、培養実験に用いる培養槽2の構造を基に攪拌回転数を変えたときのせん断力分布を流体解析(シミュレーション)により定量化する。従来は、傾斜パドル型の攪拌翼を用いることが多いが、この場合、回転数を最大にしてもスケールアップ後のせん断力の大きさに到達しないため、攪拌翼径を大きくし、縦長のフラットパドルを用いることが望ましい。攪拌翼径を大きくした縦長のフラットパドルは、前記した高せん断力攪拌翼の一つとして例示できる。
【0031】
(栄養成分濃度)
栄養成分濃度の制御は、培養液21中の栄養成分濃度を測定し、その値を基に設定の値になるように栄養を含む培地を添加する。栄養成分の例としては、グルコース、グルタミンおよびグルタミン酸等が挙げられる。栄養成分濃度は、これらのうちの少なくとも1つを測定・制御することが好ましい。栄養成分濃度の測定方法は、培養液21をサンプリングし、HPLCやLC-MS等の培地成分分析装置を用いて行うことができ、また、ラマン分光によるインラインセンシングで行うこともできる。そして、測定した値を演算装置(図示せず)に入力し、添加用ポンプ4および培養液抜き出し用ポンプ(図示せず)を稼働し、栄養成分濃度の制御を行う。
【0032】
(老廃物濃度)
老廃物濃度の制御は、培養液21中の老廃物濃度を測定し、その値を基に設定の値になるように老廃物および/または老廃物を含む培地を除去する。老廃物の例としては、乳酸およびアンモニア等が挙げられる。老廃物濃度は、これらのうちの少なくとも1つを測定・制御することが好ましい。老廃物濃度の測定方法は、培養液21をサンプリングし、HPLCやLC-MS等の培地成分分析装置を用いて行うことができ、また、ラマン分光によるインラインセンシングで行うこともできる。そして、計測した値を演算装置(図示せず)に入力し、添加用ポンプ4および培養液抜き出し用ポンプ(図示せず)を稼働し、老廃物濃度の制御を行う。
【0033】
(生細胞数濃度)
生細胞数濃度の制御は、培養液21中の生細胞数濃度を測定し、その値を基に設定の値になるように生細胞数濃度を制御する。生細胞濃度が設定値より高い場合には、細胞ブリーディング装置6Aにより生細胞数を含む培養液21を抜き出し、等量の培地を加えることで、濃度を低くする。また、生細胞数濃度が設定値より低い場合には、生細胞数が設定の生細胞数まで増殖するまで培養する。また、細胞分離装置6Bにより細胞を残して培地のみを除去し、残した細胞を培養液21に戻すことで、培養液21の単位体積当たりの細胞数を増やすことができる。生細胞数の計測は、培養液21をサンプリングし、顕微鏡もしくは画像による細胞数計数の方法をとることができ、また、静電容量もしくは濁度を用いてインラインで計数してもよい。
【0034】
なお、小スケール培養実験においてデータ収集し、プロセスを最適化するには、各第1説明変数と各第2説明変数とを組み合わせた条件を評価しなければならない。評価する実験回数は、各説明変数の項目数に依存し、項目数に対して指数関数的に増大する。選択された説明変数が多い場合は、非常に多くの細胞培養実験を行わなければならず、評価に要する時間が非常に長くなる。これを解決するために、小スケールの培養槽を並列化し、同時に複数の培養条件で評価することが望ましい。実験に要する消耗品等のコストを下げるために、実験計画法やベイズ最適化により、実験回数を減らすことが可能である。
【0035】
(ベイズ最適化)
ベイズ最適化では、第1説明変数と第2説明変数の組み合わせに対して、細胞培養実験を行い、生産性等の目的変数を実測し、その情報を基にベイズ最適化手法に則り、目的変数を最大化(もしくは最小化)するように次の条件を提示する。その条件で培養を行い、目的変数を計測し、次の条件を提示するということを繰り返す。このサイクルにおいて目的変数および説明変数の変動がなくなった時点で最適点となる。説明変数が多い場合には、ベイズ最適化を用いることで、細胞培養実験の回数を著しく削減することができる。
【0036】
3.モデルの構築(構築ステップS3)
構築ステップS3では、2.で収集した前記データ(培養データ)を基に、スケールアップに向けたモデルを構築する。
栄養成分濃度および老廃物濃度に関するデータは、モノー式にフィッティングさせることでモデル化することができる。その他、生細胞数濃度、せん断力等は経験則に基づき定式化することができる。
前記方法の他に、ベイズ最適化にてプロセスを最適化した場合は、最適点周辺は高い精度でモデル化することができるため、これをモデルとして用いてもよい。
【0037】
4.槽設計(設計ステップS4)
設計ステップS4では、3.で構築した前記モデルと、流体解析とを用いてスケールアップ後の生産性および品質のうちの少なくとも1つを評価し、培養槽2の設計を行う。
培養槽2内では、各説明変数は分布を持つ。3.で構築したモデルと流体解析により解析した各種変数の分布より、各局所点における生産性・品質を評価し、それを細胞培養槽内全体で積算することで、スケールアップ後の細胞培養槽を定量的に評価することができる。前記シミュレーションを活用することで、スケールアップ後の適切な細胞培養槽の構造を決定することができる。
【0038】
なお、小スケール培養槽では、槽内における濃度等の分布は小さいため、槽内の1点で計測した値は、平均値とみなされる。一方、大スケール培養槽では、槽内の濃度分布が生じ、この分布の影響が無視できない場合がある。また、槽内の濃度分布とは、槽内の空間を分割し、分割された空間内での説明変数の平均値において、各平均値(の幅)が槽内に占める割合をいう。
【0039】
5.スケールアップ後の培養槽における評価・確認(確認ステップS5)
確認ステップS5では、4.で設計した細胞培養槽(大スケール培養槽)を建設し、それを用いた細胞培養実験により所望の性能を満たすか否か確認する。
【0040】
本実施形態では、従来、小スケール培養実験にて評価されなかったパラメータを評価できる培養装置を提供し、データ収集することで、スケールアップに特徴的なパラメータを考慮したスケールアップを実施することができる。従来のデータ収集装置は、スケールアップ前後で装置構成(温度制御、pH制御等の機能)は変わらないが、本実施形態では、スケールアップ後の培養装置には付帯していない装置(第2機能)が小スケール培養装置に付帯する。
【0041】
本実施形態に係る培養スケールアップ用培養データ収集装置および培養スケールアップ用培養データ収集方法によれば、従来の培養条件に加え、スケールアップにより初めて顕在化する目的変数に影響するパラメータを実験で評価することで、これまでスケールアップ前後で予期せぬ生産性、品質の不具合を未然に防ぐこと(低減すること)ができる。また、本実施形態では実験データ収集で説明変数が増えるため、ベイズ最適化などの手法を用いることで、最適化に要する実験回数を低減することができ、また、データ収集に要する時間とコストとを低減することができる。
【実施例0042】
本実施形態に係る培養スケールアップ用培養データ収集装置および培養スケールアップ用培養データ収集方法について、実施例により具体的に説明する。
【0043】
≪CHO細胞を用いた3Lから100Lへのスケールアップ≫
前記した本法を用いてチャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)株において培養スケールアップを実施した。以下に詳細を述べる。
【0044】
[1]目的変数と説明変数の選択
第1説明変数として、温度、pH、溶存酸素(DO)を選択し、第2説明変数として、せん断力を選択した。
【0045】
[2]培養実験によるデータ収集
[1]で選択した説明変数に対して、1Lもしくは3L培養槽にて下記の培養実験を実施した。
【0046】
<細胞および培地>
培養実験にはCHO細胞(CRL-9606細胞)(付着培養/浮遊培養兼用)をAmerican Type Culture Collection(ATCC)より購入し、使用した。使用培地はHam’s F12基本培地にFetal Bovine Serum(FBS)(最終濃度10%)、抗生物質であるペニシリン、ストレプトマイシンを添加した培地を用いた。
【0047】
<浮遊細胞の調製(付着細胞から浮遊細胞への馴化)>
培養フラスコを用いて付着状態で培養したCHO細胞をトリプシンで剥離した。次に、遠心分離(室温、500×g、5分)によりトリプシン溶液を取り除いた後、Ham’s F12培地で希釈した。次に、スピンナフラスコを用い、1×105個/mlの細胞濃度、容量100mLでインキュベータ内(37℃、5%CO2、湿度90%以上)にて攪拌培養した。本研究では、前記手順で付着性細胞を浮遊細胞に馴化させた細胞を用いた。
【0048】
<培養操作>
1Lもしくは3L培養槽を用いて、前節で述べた培養条件で培養を行った。播種密度は1×105cells/mLとし、培養中は、溶存酸素、pH、温度を種々の条件に制御した。無菌サンプリングを1日に1~2回行い、培養液成分分析を行った。
【0049】
<培養液成分の分析>
サンプリングした培養液より、(1)生細胞数、(2)培地成分(グルコース、グルタミン、乳酸、アンモニア)を定量した。分析方法を以下に記す。
【0050】
(1)生細胞の計数
生細胞数は、生死細胞判定装置Vi-CELL(ベックマン・コールター社)を用いて測定した。サンプリングした培養液をVi-CELLにセットし、トリパンブルー染色法により生死細胞の区別を行い、細胞の画像データを取得し、自動計数することにより生細胞数の値を得た。
【0051】
(2)培地成分分析(グルコース、グルタミン、乳酸、アンモニア)
培養液中のグルコース、グルタミン、乳酸、アンモニアは、Bioplofile 100plus(Nova社)を用いて測定した。
【0052】
<気泡における細胞内代謝への影響評価実験>
気泡の細胞代謝への影響評価実験では1Lの培養槽2を用いて行った。
図6は、1Lの培養槽2を用いた気泡の影響評価実験の装置構成を示す説明図である。気泡の影響を検討するためには溶存酸素を一定に維持しながら気泡を培養液21中に供給する必要がある。そこで、本培養実験では液面に窒素(300mL/min)を吹き込み続けることで強制的に培養液21中の酸素を液面から脱気し、液中通気により脱気分を補う形で気泡供給を行った。水試験で液面付近(液面下1cm)と培養槽2の底部とで溶存酸素濃度に違いがないことを確認している。液面通気では窒素の他にpHを維持するため適度に二酸化炭素の混合を行った。液中通気ではガスの種類による影響を調べるため、Airもしくは純酸素の通気を行った。孔径10μmのスパージャ22による純酸素通気では22mL/h、孔径100μmのスパージャ22による純酸素通気では27mL/h、孔径100μmのスパージャ22によるAir通気は83mL/hで通気した。本培養実験では攪拌によるせん断力分布の影響がでないように、せん断力分布が0.5Pa以下となる条件で培養実験を行った。
【0053】
(気泡径の結果)
1Lの培養槽2にて孔径の異なるスパージャ22を用いて液中通気を施し、気泡が細胞に与える影響を評価した。前述したように、液中通気条件に関して純酸素通気とAir通気の2種類を実施した。
図7は、各液中通気における増殖曲線を示すグラフである。
図7に示すように、液中通気では液面通気のみと比較して細胞の増殖が遅くなり、到達細胞数密度は低くなる傾向にある。特に、Air液中通気では、増殖速度は0.031h
-1(液面通気のみ;0.036h
-1)、到達細胞数は0.55×10
6cells/mL(液面通気のみ;0.83×10
6cells/mL)と著しい増殖阻害が生じた。
【0054】
液中通気による細胞数の減少と通気量の関係を把握するために、各時刻における液面通気での細胞数から液中通気での細胞数を引いた細胞数を損失細胞数と定義し、その損失細胞数と培養開始から各時刻まで通気した総通気量との関係を調べた。
図8は、総通気量と損失細胞数との関係を示すグラフである。ただし、
図8に示すグラフは培養後期での栄養枯渇による影響を避けるため、対数増殖期(培養1日目から培養4日目)の細胞数で計算した。
図8に示すように、総通気量と損失細胞数には強い相関があり、同じ孔径のスパージャ22であれば、ガスの種類(純酸素とAir)に関わらず同一の曲線上となる。一方、スパージャ22の孔径に依存して総通気量と損失細胞数の相関が変わり、本培養実験の結果から、孔径が小さい方(10μm)が、同じ通気量に対する損失細胞数が増えることがわかった。本現象は、培養槽2底部にあるスパージャ22から気泡が上昇する過程で細胞が気泡に捕捉され、培養液面まで浮上して培養液面周辺の壁に付着する、もしくは気泡が消滅する際に細胞も破砕されるため、損失細胞数が増加するものと推察される。また、孔径が小さいスパージャ22(孔径10μm)は、気泡径の小さい方が気泡の数が多くなるため,より損失細胞数が多くなったと考えられる。
【0055】
[3]モデルの構築
[2]で収集したデータに基づく最適化した培養条件は、温度:37℃、pH:7.2、DO:2.7mg/Lであった。この際、せん断力と代謝速度に相関があることを見出した。スケールアップ設計のためにせん断力に基づいて代謝速度を推測するモデルを下記のように構築した。
【0056】
(100Lパイロット培養槽の運転条件と特性量の推定)
100L培養での運転条件を決定するために、培養性能指標(乳酸生成速度、比増殖速度等)をせん断力分布の関数で定式化した。培養性能指標をJ、せん断力区間ごとの体積分率をFi、せん断力区間ごとの重み係数をciとすると、式(1)で表すことができる。
【0057】
【0058】
そして、1Lおよび3Lの流加培養でのせん断力分布とそのときの乳酸生成速度、グルタミン消費速度のデータを基に式(2)が最小となるように重み係数ciを決定すると、式(3)、(4)となった。なお、式(2)におけるφは、実験へフィッティングさせるための目的関数である。
【0059】
【0060】
【0061】
【0062】
[4]槽設計
100L培養槽において攪拌回転数を変化させ、[3]のモデルを基に1L、3L培養での最適条件における代謝になる点を探索した。その結果、100L培養槽における攪拌回転数75rpmに決定した。
【0063】
[5]スケールアップ後の培養槽での培養確認
小スケール培養槽を用いた培養プロセス最適化において、せん断力をパラメータに含めた場合、最適なせん断力は、1Pa以上のせん断力が槽内に体積割合で90%以上となった。これを高せん断力と呼ぶ。一方、従来通り、せん断力をパラメータとして含めない培養プロセスの最適化では、従来の攪拌条件(翼形状ピッチドパドル、100rpm)であり、その場合の槽内の平均せん断力は1Pa未満であった。これを低せん断力と呼ぶ。
【0064】
これらを基にせん断力をパラメータとして含めたモデルを構築し、それぞれの条件での100L培養における攪拌条件を決定し、培養を行った。その結果を
図9に示す。
図9は、培養日数と生細胞数密度との関係を示したグラフであり、スケールアップ前(3L)とスケールアップ後(100L)の細胞増殖曲線を図示したものである。
図9に示すように、せん断力を考慮した設計(つまり、高せん断力(100L):小スケールでせん断力パラメータ考慮あり)では、3Lと100Lのいずれも低せん断力(小スケールでせん断力パラメータ考慮なし)に対して、細胞数が増加した。また、せん断力を考慮したモデルにより、高せん断力、低せん断力ともに3Lと100Lとでそれぞれ同様の培養結果となった。つまり、高せん断力(3L)の細い実線と▲とが同様の培養結果となり、低せん断力(3L)の太い実線と△とが同様の培養結果となった。
従来の設計であれば、低せん断を含めて培養プロセス最適化を行い、スケールアップ後の培養槽では、高せん断になる傾向があるため、細胞の増殖曲線が変化した可能性が高い。
本法および本装置1を用いることで、スケールアップ前後で同等の培養結果を得ることができ、また、従来のせん断力(第2説明変数、第2機能)を考慮しない設計に対して、生産性を向上させることが可能となる。
【0065】
図10は、100L培養を行った際における乳酸(Lac)生成速度およびグルタミン(Gln)消費速度の実測値と前節のせん断力分布とから計算で求めた推定値(モデル)との関係を示すグラフである。
図10のグラフにおいて破線で示す対角線は、実測値と推定値とが一致していることを示している。つまり、実測値がこの対角線に近い位置にプロットされるほど、より推定値と一致していることになる。
図10に示すように、本実験においては、実測値がほぼ破線の対角線上にプロットされており、実測値と推定値とがほぼ一致していることがわかる。このことから、本法および本装置1を用いることで、スケールアップした際に細胞代謝がどのような値をとるか推定できることが確認された。このことから、本法および本装置1は、スケールアップ後の想定外の生産性・品質の不具合を未然に防ぎ得ることが確認された。
【0066】
以上、本発明に係る培養スケールアップ用培養データ収集装置1および培養スケールアップ用培養データ収集方法について実施形態および実施例により詳細に説明したが、本発明は前記した実施形態および実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、前記した実施形態は本発明を分かり易く説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、それぞれの実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。