(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024146748
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤、感染防御剤及び抗炎症剤
(51)【国際特許分類】
A23L 33/135 20160101AFI20241004BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20241004BHJP
A61K 35/747 20150101ALI20241004BHJP
A61P 31/00 20060101ALI20241004BHJP
A23L 2/52 20060101ALI20241004BHJP
A23K 10/16 20160101ALI20241004BHJP
A23K 20/158 20160101ALI20241004BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20241004BHJP
C12Q 1/686 20180101ALN20241004BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALN20241004BHJP
C12N 1/20 20060101ALN20241004BHJP
C12N 5/0784 20100101ALN20241004BHJP
C12P 1/04 20060101ALN20241004BHJP
C12P 19/44 20060101ALN20241004BHJP
【FI】
A23L33/135
A61P43/00 105
A61K35/747 ZNA
A61P31/00
A23L2/52
A23L2/00 F
A23K10/16
A23K20/158
C12N15/12
C12Q1/686 Z
C12Q1/6851 Z
C12N1/20 E
C12N5/0784
C12P1/04 Z
C12P19/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024010497
(22)【出願日】2024-01-26
(31)【優先権主張番号】P 2023058264
(32)【優先日】2023-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】593141078
【氏名又は名称】株式会社アルソア慧央グループ
(74)【代理人】
【識別番号】110002697
【氏名又は名称】めぶき弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】松▲崎▼ 千秋
(72)【発明者】
【氏名】白石 宗
(72)【発明者】
【氏名】横田 伸一
(72)【発明者】
【氏名】山本 憲二
(72)【発明者】
【氏名】邱 泰瑛
(72)【発明者】
【氏名】高橋 知也
【テーマコード(参考)】
2B150
4B018
4B063
4B064
4B065
4B117
4C087
【Fターム(参考)】
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(57)【要約】
【課題】アピラクトバチルス(Apilactobacillus)属乳酸菌由来のリポテイコ酸が有する新規な性質を明らかにし、これに基づいて新たな用途を提供する。
【解決手段】アピラクトバチルス属乳酸菌であるアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)由来のリポテイコ酸を有効成分として含む樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤、感染防御剤及び抗炎症剤。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アピラクトバチルス属乳酸菌であるアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)由来のリポテイコ酸を有効成分として含み、樹状細胞においてiNOSの因子の発現を促進させる樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤。
【請求項2】
前記アピラクトバチルス コウソイがアピラクトバチルス コウソイ10H株である請求項1に記載の樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤。
【請求項3】
飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態である請求項1又は2に記載の樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤。
【請求項4】
アピラクトバチルス属乳酸菌であるアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)由来のリポテイコ酸を有効成分として含む、樹状細胞のiNOS産生誘導に基づく感染防御剤。
【請求項5】
前記アピラクトバチルス コウソイがアピラクトバチルス コウソイ10H株である請求項4に記載の感染防御剤。
【請求項6】
飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態である請求項4又は5に記載の感染防御剤。
【請求項7】
アピラクトバチルス属乳酸菌であるアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)由来のリポテイコ酸を有効成分として含む、樹状細胞のiNOS産生誘導に基づく抗炎症剤。
【請求項8】
前記アピラクトバチルス コウソイがアピラクトバチルス コウソイ10H株である請求項7に記載の抗炎症剤。
【請求項9】
飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態である請求項7又は8に記載の抗炎症剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アピラクトバチルス属乳酸菌であるアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)由来のリポテイコ酸を有効成分として含む樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤、感染防御剤及び抗炎症剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、乳酸菌やその発酵生産物が様々な生理機能を有することが知られている。例えば、本出願人は、野菜黒糖発酵液から単離した乳酸菌であるラクトバチルス コウソイ10H株が、他の乳酸菌とは異なる新規なゲノム構造を有するフラクトフィリックな乳酸菌であること、及び、優れたIgA産生促進作用(ひいては免疫賦活作用)を有することを見出している(特許文献1参照。なお、特許文献1における「ラクトバチルス・コーソイ」は本明細書における「ラクトバチルス コウソイ」と同じものを指している。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【0004】
ところで、ラクトバチルス属という分類は長く使用されてきたものの、系統の多様性や菌種間で生理的特徴及び生化学的特徴が大きく異なることが以前より指摘されていた。このため、近年、ラクトバチルス属について、ゲノムレベルでの分類の再評価が実施された。例えば、上記したラクトバチルス コウソイは、再評価後においてはアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)となった。
【0005】
上記したようにアピラクトバチルス コウソイがIgA産生促進作用(ひいては免疫賦活作用)を有することは知られているが、その他にどのような作用を有するのかについては知られていない。また、アピラクトバチルス コウソイが有する作用が何に起因するものであるかについても知られていない。
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、アピラクトバチルス属乳酸菌由来の物質の有する新規な性質を明らかにし、これに基づいて新たな用途を提供することを課題とする。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明者らは、アピラクトバチルス コウソイに含有されている物質のうちリポテイコ酸に着目し、アピラクトバチルス コウソイにおけるリポテイコ酸の構造が旧ラクトバチルス属乳酸菌におけるリポテイコ酸の典型的な構造とは異なること、及び、樹状細胞において優れたiNOS遺伝子発現促進作用を有することを見出して本発明を完成させた。すなわち、本発明は以下の実施形態を含む。
【0008】
(1)アピラクトバチルス属乳酸菌であるアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)由来のリポテイコ酸を有効成分として含み、樹状細胞においてiNOSの因子の発現を促進させる樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤。
(2)前記アピラクトバチルス コウソイがアピラクトバチルス コウソイ10H株である(1)に記載の樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤。
(3)飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態である(1)又は(2)に記載の樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤。
(4)アピラクトバチルス属乳酸菌であるアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)由来のリポテイコ酸を有効成分として含む、樹状細胞のiNOS産生誘導に基づく感染防御剤。
(5)前記アピラクトバチルス コウソイがアピラクトバチルス コウソイ10H株である(4)に記載の感染防御剤。
(6)飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態である(4)又は(5)に記載の感染防御剤。
(7)アピラクトバチルス属乳酸菌であるアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)由来のリポテイコ酸を有効成分として含む、樹状細胞のiNOS産生誘導に基づく抗炎症剤。
(8)前記アピラクトバチルス コウソイがアピラクトバチルス コウソイ10H株である(7)に記載の抗炎症剤。
(9)飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態である(7)又は(8)に記載の抗炎症剤。
(10)ヒトまたは非ヒト動物における樹状細胞のiNOS遺伝子発現促進用、樹状細胞のiNOS産生誘導に基づく感染防御用、又は、樹状細胞のiNOS産生誘導に基づく抗炎症用の医薬品、飲食品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物を製造するための、アピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)由来のリポテイコ酸の使用。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、アピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)由来のリポテイコ酸の有する新規な用途として、このリポテイコ酸を含む樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤、感染防御剤及び抗炎症剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例3におけるリポテイコ酸による骨髄由来樹状細胞のiNOSの遺伝子発現解析の結果を示すグラフである。
【
図2】実施例4におけるリポテイコ酸の
1H-NMRスペクトルである。
【
図3】実施例4におけるアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸の
1H-NMRスペクトル及び
13C-NMRスペクトルの主要なピーク位置及び帰属を示す表である。
【
図4】実施例4におけるアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸の
1H-
1H nuclear Overhauser effect spectroscopy(NOESY)による二次元NMRスペクトルのうち、L-リシンを含む領域を示すものである。
【
図5】実施例4におけるアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸の
1H-
1H nuclear Overhauser effect spectroscopy(NOESY)による二次元NMRスペクトルのうち、糖を含む領域を示すものである。
【
図6】実施例4におけるアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸の
1H-
1H correlation spectroscopy(COSY)による二次元NMRスペクトルである。
【
図7】実施例4におけるアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸の
1H-
1H total correlation spectroscopy(TOCSY)による二次元NMRスペクトルである。
【
図8】実施例5におけるアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸のポリマー部位に関するHPLC解析の結果を示す図である。
【
図9】実施例6におけるアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸のポリマー部位に関するGC-MS解析の結果を示すグラフである。
【
図10】実施例7におけるリポテイコ酸のアンカー糖脂質のMALDI-TOF MSスペクトルである。
【
図11】実施例8におけるアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸のアンカー糖脂質に関するGC-MS解析の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
次に、本発明の各実施形態について、図面を参照して説明する。なお、以下に説明する各実施形態は、特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また、各実施形態の中で説明されている諸要素及びその組み合わせの全てが本発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0012】
(I)有効成分のリポテイコ酸
本発明の一実施形態における有効成分は、アピラクトバチルス属乳酸菌であるアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)由来のリポテイコ酸である。好ましくは、アピラクトバチルス コウソイがアピラクトバチルス コウソイ10H株である。
【0013】
アピラクトバチルス属乳酸菌は、旧ラクトバチルス属乳酸菌の中でもラクトバチルス クンキーグループと呼ばれていた一群の乳酸菌である。アピラクトバチルス属乳酸菌は、グラム陽性、桿状、ヘテロ発酵性の性質を有し、一般的に15~37℃の範囲で増殖し、多くはpH3.0未満の酸性条件でも増殖する。アピラクトバチルス属乳酸菌のゲノムサイズは1.42~1.58Mbp程度であり、比較的小さい。DNA中のG+C含量は30.5~36.4の範囲内である。アピラクトバチルス属乳酸菌は、フルクトースをマンニトールに変換する。また、通常、フルクトース、グルコース及びスクロースは代謝できるが、マルトース及びペントースは代謝できない(Zheng et al. A taxonomic note on the genus Lactobacillus:Description of 23 novel genera,emended description of the genus Lactobacillus Beijerinck 1901,and union of Lactobacillaceae and Leuconostocaceae. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology 2020;70:2782-2858)。
【0014】
アピラクトバチルス コウソイは、最近発見されたフラクトフィリック乳酸菌(FLAB:Fructophilic lactic acid bacteria)として、従来の乳酸菌から進化した細菌であると考えられる(Filannino et al.“Fructose-rich niches traced the evolution of lactic acid bacteria toward fructophilic species”Critical Reviews in Microbiology、Vol.45、No.1、2019、pp.65-81)。FLABは、花や果物、発酵食品、またフルクトースを主食とする昆虫の消化管など、フルクトースが豊富な環境に生息している。FLABは、グルコースではなくフルクトースを炭素源として好むヘテロ発酵性の乳酸菌であるが、酸素などの電子受容体基質を追加することで、グルコース存在下での生育が促進されるといわれている。アピラクトバチルス コウソイ10H株は、他のFLAB及び乳酸菌に対して、比較的小さなゲノムサイズと低いGC含量を有する(Filannino et al.のFigure3参照)。
【0015】
なお、アピラクトバチルス コウソイ10H株(寄託当時は「ラクトバチルス・コーソイ(Lactobacillus kosoi)10H株」)は、平成30年(2018年)11月7日(原寄託日)付で独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(〒292-0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8、122号室)に寄託されている。受託番号は、NITE BP-02811である。また、当該10H株の分類学的性質は、本発明者らにより公表された論文(Chiou T-Y et al.,Antonie van Leeuwenhoek(2018)、111:1149-1156)に記載されている。
【0016】
リポテイコ酸(Lipoteichoic acid、LTA)とは、グラム陽性菌の細胞膜の構成物質である。一般的なリポテイコ酸は、グリセロールリン酸を繰り返し単位とした主鎖(グリセロールリン酸鎖)と、数個の糖及び数残基の脂肪酸を含むアンカー糖脂質とが結合した構造からなる。リポテイコ酸の構造はその由来となる菌によって異なる。リポテイコ酸はグラム陰性菌のリポ多糖(LPS)と比較して研究が進んでおらず、その詳しい構造や生理活性はまだあまり判明していない。
【0017】
(II)樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤
本明細書において「遺伝子発現促進剤」とは、特定の細胞において特定の因子(遺伝子)の発現を促進するものを意味する。つまり、「樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤」とは、樹状細胞においてiNOS(inducible nitric oxide synthase、誘導型一酸化窒素合成酵素)の因子(遺伝子)の発現を促進させるものである。本発明の樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤は、以下に詳述するように、飲食品、医薬品、飼料又は有効成分組成物の形態等を含む。樹状細胞におけるiNOSの因子の発現の促進は、樹状細胞におけるiNOSの産生誘導に直接的に関連する。
【0018】
(III)樹状細胞のiNOS産生誘導に基づく感染防御剤
本明細書において「樹状細胞のiNOS産生誘導に基づく感染防御剤」とは、生物の樹状細胞におけるiNOSの産生を誘導し、これにより当該生物の感染に対する防御能を増進させるために有効なものを意味する。iNOSにより合成される一酸化窒素(NO)は生体内において多様な役割を有するが、これは一酸化窒素由来の反応性窒素酸化物が生成されるためであると考えられている。特に、一酸化窒素(NO)及び一酸化窒素由来の反応性窒素酸化物は、細菌に対する細胞傷害性等により感染防御に寄与していると考えられている(赤池,“一酸化窒素(NO)による感染防御と病態形成に関する研究”,日本細菌学雑誌,日本細菌学会,2001年,第56巻,第3号,p.503-511)。
【0019】
本発明の感染防御剤は、以下に詳述するように、飲食品、医薬品、飼料又は有効成分組成物の形態等を含む。また、これらの中でも健康食品が好ましく、特に、対象者の健康を維持増進するための食品組成物が好ましい。健康食品としての使用時には、食品の味や外観に悪影響を及ぼさない量を用いることが適当である。後述する抗炎症剤についても同様である。
【0020】
(IV)樹状細胞のiNOS産生誘導に基づく抗炎症剤
本明細書において「樹状細胞のiNOS産生誘導に基づく抗炎症剤」とは、生物の樹状細胞におけるiNOSの産生を誘導し、これにより抗炎症作用を発揮させるために有効なものを意味する。最近の研究によれば、iNOSの産生により合成された一酸化窒素がエフェクター樹状細胞と制御性樹状細胞とのバランスを制御し、NF-κBシグナルを抑制して炎症活性を抑制することが判明してきている(Xue et al.,“Regulation of iNOS on Immune Cells and Its Role in Diseases”,International Journal of Molecular Sciences,2018,19,3805)。このため、樹状細胞のiNOS産生誘導により、抗炎症(特に抗感染性炎症、抗自己免疫疾患)の効果が得られると考えられる。
【0021】
(V)飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物
(有効成分組成物)
本実施形態の樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤、感染防御剤及び抗炎症剤は、飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態で用いることができる。有効成分組成物として用いる場合には、有効成分であるアピラクトバチルス コウソイ由来のリポテイコ酸を、乳酸菌から分離された純粋なものをそのまま用いることのみならず、リポテイコ酸を含有する粗精製物あるいは精製物、それらの凍結乾燥物、生菌、加熱や化学的手段を用いて処理した死菌、菌体から産生される膜小胞、又は、菌体を酵素や物理的手段を用いて処理した細胞壁画分も用いることができる。
【0022】
本実施形態の有効成分組成物は、適当な可食性担体(食品素材)、製薬上許容される担体等の適宜の配合を経て、後述するような飲食品、医薬品等の形態に調製されることが好ましい。
【0023】
(医薬品)
本実施形態の樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤、感染防御剤及び抗炎症剤を医薬品の形態とする場合は、アピラクトバチルス コウソイ由来のリポテイコ酸と共に製剤学的に許容される適当な製剤担体を用いて医薬組成物の形態に調製されて実用される。当該製剤担体としては、通常この分野で使用される充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、表面活性剤、滑沢剤等の希釈剤あるいは賦形剤を例示できる。
【0024】
医薬品の投与単位形態としては、各種の形態が選択できるが、好適には経口投与用製剤が挙げられる。経口投与製剤の代表的なものとしては錠剤、丸剤、散剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤等が挙げられる。
【0025】
錠剤の形態に成形するに際しては、製剤担体として例えば乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、尿素、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、ケイ酸、リン酸カリウム等の賦形剤;水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン溶液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン等の結合剤;カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム等の崩壊剤;ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド等の界面活性剤;白糖、ステアリン、カカオバター、水素添加油等の崩壊抑制剤;第4級アンモニウム塩、ラウリル硫酸ナトリウム等の吸収促進剤;グリセリン、デンプン等の保湿剤;デンプン、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸等の吸着剤;精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ酸末、ポリエチレングリコールなどの滑沢剤等を使用できる。錠剤は必要に応じ通常の剤皮を施した錠剤、例えば糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶被錠、フィルムコーティング錠とすることもできるし、二重錠又は多層錠とすることもできる。
【0026】
丸剤の形態に成形するに際しては、製剤担体として例えばブドウ糖、乳糖、デンプン、カカオ脂、硬化植物油、カオリン、タルク等の賦形剤;アラビアゴム末、トラガント末、ゼラチン、エタノール等の結合剤;ラミナラン、カンテン等の崩壊剤等を使用できる。
【0027】
更に、医薬品中には、必要に応じて着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味剤等や他の医薬品を含有させることもできる。
【0028】
本実施形態の医薬品の投与方法には特に制限がなく、製剤形態、患者の年齢、性別その他の条件、疾患の程度等に応じて決定される。また、その投与量は、用法、患者の年齢、性別その他の条件、疾患の程度等により適宜選択されるが、通常、上記有効成分組成物が1日当り体重1kg当り約0.5~100mg程度とするのがよい。医薬品は、1日に1~4回に分けてヒトに投与することができる。
【0029】
(飲食品)
本明細書における「飲食品」とは、専ら飲食のために経口的に用いられる形態のもの全てを含み(例えば、飲料も含む)、錠剤等の形態のものであっても、専ら飲食のために用いられる限りにおいては、本明細書における飲食品に含まれる。例えば、感染防御等をコンセプトとし、必要に応じてその旨を表示した、健康食品、健康補助食品、病者用食品、栄養補助食品、あるいは、厚生労働省の定める保健機能食品(特定保健用食品、栄養機能食品)も、本明細書における飲食品に含まれる。健康食品とは、通常の食品よりも積極的な意味で、保健、健康維持・増進等の目的とした食品を意味する。
【0030】
本実施形態の樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤、感染防御剤及び抗炎症剤を飲食品とする場合は、例えば発酵乳、乳酸菌飲料、発酵野菜飲料、発酵果実飲料、発酵豆乳飲料等を挙げることができる。「発酵乳」とは、乳又は乳製品を乳酸菌又は酵母で発酵させた糊状又は液状にしたものをいう。従って該発酵乳には飲料形態と共にヨーグルト形態が包含される。また「乳酸菌飲料」とは、乳又は乳製品を乳酸菌又は酵母で発酵させた糊状又は液状にしたものを主原料としてこれを水に薄めた飲料をいう。
【0031】
他の飲食品形態の例としては、漬物、味噌、発酵茶、パン等の発酵食品、離乳食、粉ミルク、ベビーフード等の乳児用食品、発泡製剤、ガム、グミ、プディング等の菓子類、麺類、カプセル、顆粒、粉末、錠剤等の栄養補助食品等、前記発酵乳及び乳酸菌飲料以外の乳製品等を挙げることができる。
【0032】
本実施形態による飲食品における有効成分組成物の含有量は特に限定されるものではなく、適宜決定できる。腸管免疫賦活、IgA産生促進又は遺伝子発現促進の効果を奏する観点から、それぞれの飲食品の全質量に対して、例えば、0.001質量%以上が好ましく、0.01質量%以上がより好ましく、0.1質量%以上がより好ましい。一方、飲食品中における有効成分組成物の含有量の上限は特に制限されず、通常は、飲食品の形態に合わせて適宜調整することができる。
【0033】
(飼料)
本実施形態の樹状細胞iNOS遺伝子発現促進剤、感染防御剤及び抗炎症剤を飼料の形態とする場合には、例えば、鶏の非抗生剤投与時期や豚、牛等の離乳期における感染症予防用として、経口投与用製剤形態(水溶液、乳化液、顆粒、粉末、カプセル、錠剤等)とすることができる。
【0034】
[実施例]
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。なお、以下の実施例において、各種成分の添加量等を示す数値の単位%は、特記がない場合には質量%を意味する。また、一定の水準のものが一般的に入手可能なものについては、入手先についての記載を省略する場合がある。
【0035】
[実施例1]乳酸菌の入手と培養
リポテイコ酸を得るために、アピラクトバチルス コウソイ10H株を準備した。また、比較用として、アピラクトバチルス属以外の乳酸菌、ラクチプランチバチルス プランタラム サブスピーシーズ プランタラム(Lactiplantibacillus plantarum subsp. plantarum。以下、単に「ラクチプランチバチルス プランタラム」と記載する。)JCM1149株及びラクチカゼイバチルス ラムノーサス(Lacticaseibacillus rhamnosus)GG株(ATCC53103)も準備した。なお、ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株は種の基準株である。
【0036】
上記乳酸菌のうち、アピラクトバチルス コウソイ10H株は石川県立大学松▲崎▼研究室保管株を用い、ラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株(ATCC53103)は米国のアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)から入手したものを用い、ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株は国立研究開発法人理化学研究所バイオリソース研究センター微生物材料開発室(JCM)から入手したものを用いた。
【0037】
アピラクトバチルス コウソイ10H株については、フルクトースを10%添加したラクトバチルス用MRSブロスを用いて培養した。比較用の乳酸菌の菌株は、ラクトバチルス用MRSブロス(ベクトン・ディッキンソン、ディフコ ラボラトリーズ社)を用いて培養した。各菌株は30℃にて一晩前培養を行い、その後30℃にて一日本培養を行った。
【0038】
[実施例2]リポテイコ酸の精製
リポテイコ酸の精製は公知の方法(Morath et al.,J.Exp.Med.,193:393-397,2001、及びClaes et al.,Microbial Cell Factories,11:161-168,2012)を参考に実施した。まず、本培養後の乳酸菌細胞を遠心分離で集菌し、0.1Mクエン酸緩衝液(pH4.7)を加えて懸濁させた。次に、マルチビーズショッカー(登録商標)(安井器械株式会社製)を用いて、0.3mmのジルコニアビーズを用いて氷上で破砕した。破砕時間は1分間とし、これを6回繰り返した。破砕した乳酸菌細胞を一旦-80℃で凍結させた後、親油性の細胞分子を取り除くため、等量のn-ブタノールを加えて2時間攪拌した。これを遠心分離し、水層を回収した後に凍結乾燥させた。凍結乾燥させたサンプルをカラム平衡緩衝液(15%のn-プロパノールを含む0.1M酢酸ナトリウム緩衝液、pH4.7)に溶解させ、30分間の遠心分離により固形分を除去し、octyl-Sepharose 4 Fast Flow column(GEヘルスケア社製)にロードして疎水性クロマトグラフィーを実施した。リポテイコ酸は、0.1M酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.7)中におけるn-プロパノールの15%から60%への線形勾配を用いて溶出した。リポテイコ酸を含む画分は、リン酸塩及び糖の含有量を測定することにより同定した。リン酸塩の含有量は、ホスホモリブデン試験により測定した。糖の含有量は、グルコースを標準としたフェノール硫酸法により測定した。また、回収した画分に核酸及びタンパク質が含まれていないことについて、それぞれ260nm及び280nmでのUV吸収を測定することにより確認した。このようにして回収した画分をいったん凍結乾燥させ、10mlのMilli-Q水に懸濁させた後Milli-Q水で透析し、もう一度凍結乾燥させた。リポテイコ酸の純度は、LAL試薬(<0.0001%)(生化学工業株式会社製)を用いてエンドトキシン含有量を測定することにより決定した。
【0039】
[実施例3]樹状細胞における遺伝子発現解析
(マウス骨髄細胞からの骨髄由来樹状細胞の生成)
骨髄由来樹状細胞は、4週齢メスBALBc/A マウス(CREA Japanより購入)の大腿骨及び脛骨の骨髄細胞から生成したものを用いた。マウスから採取した骨髄細胞を洗浄後、細胞数を1×106cells/mlとして、100U/mlのペニシリン、100μg/mlのストレプトマイシン、55μmol/lの2-メルカプトエタノール及び10%(v/v)の牛胎児血清を含むRPMI1640培地(ギブコBRL社製)に20ng/mLの濃度となるように顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(PeproTech社製)を加えたものに懸濁させ、37℃、5%CO2条件下で培養した。培養3日目及び5日目に、培地の半分を新しいものに交換した。培養6日目に樹状細胞を含む細胞を収集し、抗CD11cマイクロビーズ(ミルテニーバイオテク社製)で磁気的にラベルし、AutoMACS(ミルテニーバイオテク社製)を用いて常法により樹状細胞を分離した。
【0040】
(遺伝子発現解析)
上記のようにして得られた骨髄由来樹状細胞について、1.0×109cells/ウェル(3ml)で、100U/mlのペニシリン、100μg/mlのストレプトマイシン、55μmol/lの2-メルカプトエタノール及び10%(v/v)の牛胎児血清を含むRPMI1640培地(ギブコBRL社製)を用いて6時間培養を行った。当該培養は、リポテイコ酸を入れなかったもの(コントロール)、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸を含有させたもの、ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株由来のリポテイコ酸を含有させたもの、及び、ラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸を含有させたもののそれぞれについて実施した。リポテイコ酸の濃度は、全て50μg/mlとした。その後、QuickPrep Total RNA Extraction Kit(GEヘルスケア社製)を用いて骨髄由来樹状細胞から全RNAを単離し、SuperScript(登録商標) III reverse transcription kit(インビトロジェン社製)を用いて全RNAからcDNAを合成した。リアルタイムPCR法は、StepOneリアルタイムPCRシステム(アプライドバイオシステムズ社製)及びPower SYBR(登録商標) Green Master Mix(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて実施した。DNAを増幅するためのプライマーとしては以下のものを用いた。
【0041】
(iNOS増幅用プライマー:iNOS PCR primer)
Forward:5’-CTGCCTCATGCCATTGAGTT-3’(配列番号1)
Reverse:5’-TGAGCTGGTTCCTGTTG-3’(配列番号2)
【0042】
内在性コントロールとして、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)遺伝子を用いた。これを増幅するためのプライマーとしては以下のものを用いた。
【0043】
(GAPDH増幅用プライマー:GAPDH PCR primer)
Forward:5’-CTACACTGAGGACCAGGTTGTCT-3’(配列番号3)
Reverse:5’-ATTGTCATACCAGGAAATGAGCTT-3’(配列番号4)
【0044】
その結果を
図1に示す。
図1のグラフにおける遺伝子発現の度合は、コントロールの結果を1とした場合の比率で示している。なお、
図1におけるa、b及びcの文字は、異なる文字で示した結果の間に有意差(P<0.05)があることを示す。
【0045】
骨髄由来樹状細胞を用いた実験の結果、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸は、ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株由来のリポテイコ酸及びラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸と比較してiNOSの遺伝子発現を促進する効果が顕著に高いことが確認できた。
【0046】
上記の結果より、アピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)由来のリポテイコ酸、さらに言えば、アピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)10H株由来のリポテイコ酸は、樹状細胞においてiNOSの因子の発現を促進させる遺伝子発現促進剤として期待できる。
【0047】
[実施例4]NMRスペクトルの取得によるリポテイコ酸ポリマー部位の解析
リポテイコ酸におけるポリマー部位(グリセロールリン酸鎖を主な構造とする部位)の解析のために、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸、ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株由来のリポテイコ酸、及び、ラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸の1H-NMRスペクトルを取得した。まず、実施例2で得たそれぞれのリポテイコ酸約3mgを0.6mlの99.8%D2O(富士フイルム和光純薬株式会社より購入)に溶解させた。1H-NMRスペクトルは、25℃の条件で、500MHzのVarian Unity Inova 500 spectrometer(アジレント・テクノロジー社製)を用いて取得した。化学シフトの基準物質としては、3-(トリメチルシリル)プロピオン酸ナトリウム-2,2,3,3-d4(富士フイルム和光純薬株式会社より購入)を用いた。
【0048】
その結果を
図2に示す。まず、アピラクトバチルス属乳酸菌以外の乳酸菌由来のリポテイコ酸におけるポリマー部位の構造から説明する。
【0049】
ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株由来のリポテイコ酸については、過去の論文(Hatano et al. Scavenger receptor for lipoteichoic acid is involved in the potent ability of Lactobacillus plantarum strain L-137 to stimulate production of interleukin-12p40. International Immunopharmacology,25:321-331,2015)を参考に、各ピークを帰属した(
図2(b)参照。)。ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株由来のリポテイコ酸は、GroPユニット、AlaGroPユニット及びGlcGroPユニットで構成されたグリセロールリン酸鎖を有すると考えられる。
【0050】
ラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸についても、過去の論文(Claes et al. Lipoteichoic acid is an important microbe-associated molecular pattern of Lactobacillus rhamnosus GG. Microbial Cell Factories,11:161-168,2012)を参考に、各ピークを帰属した(
図2(c)参照。)。ラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株は、GroPユニット及びAlaGroPユニットで構成されたグリセロールリン酸鎖を有すると考えられる。
【0051】
上記したラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株及びラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸におけるグリセロールリン酸鎖の構造(グリセロール2位水酸基における置換基としてD-アラニン及び糖を含む構造)は、旧ラクトバチルス属乳酸菌におけるリポテイコ酸として一般的に見られる構造である。
【0052】
一方、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸における
1H-NMRスペクトルは、ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株及びラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸における
1H-NMRスペクトルとは明らかに異なることが確認できた(
図2(a)参照。)。アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるポリマー部位は、一般的な構造ではないユニークな構造を有しているため、さらなる解析が必要となった。
【0053】
そこで、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるポリマー部位のさらなる解析のために、当該リポテイコ酸について、上記とは別の条件により1H-NMRスペクトルを取得した。また、上記のリポテイコ酸について、13C-NMRスペクトル、1H-1H nuclear Overhauser effect spectroscopy(NOESY)による二次元NMRスペクトル、1H-1H correlation spectroscopy(COSY)による二次元NMRスペクトル、1H-1H total correlation spectroscopy(TOCSY)による二次元NMRスペクトルも取得した。各種NMRスペクトルを測定する際には、実施例2で得たアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸約15mgを0.6mlの99.8%D2O(富士フイルム和光純薬株式会社より購入)に溶解させた。各種NMRスペクトルは、25℃の条件で、600MHzのAVANCE III HD(Bruker社製)を用いて取得した。なお、キャリブレーションは重水のシグナルによりおこなった。
【0054】
その結果を
図3~
図7に示す。各種NMRスペクトルをリポテイコ酸ポリマー部位のアミノ酸や糖の特定に関する実験(後述)と併せて詳細に検討した結果、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるポリマー部位には、糖(Glc又はGlc-Glc)の他に、アミノ酸であるL-リシン(Lysine)が含まれていることが判明した。また、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるポリマー部位には、旧ラクトバチルス属乳酸菌のリポテイコ酸に一般的に含まれているD-アラニンが含まれていないことも確認できた。
【0055】
なお、
図3における「Residue」の項目においては、ピークが帰属する残基の種類(「Gro(グリセロール)」、「Glc(グルコース)」、「L-Lys(L-リシン)」)を示す。また、「Structure」の項目においては、残基を含む構造及び残基の位置を示す。また、「Position」の項目においては、NMRスペクトルにおいて観察されたピーク位置(単位:ppm)を示す。
【0056】
また、
図3~
図7において「Gro」の後に付されている(A)~(D)は、当該Gro(グリセロール)の構造(グリセロールにおける置換基の種類)を表す。「Gro(A)」であれば「Gro(置換基無し)」構造であることを表し、「Gro(B)」であれば「Glc-Glc-Gro(置換基が2糖である)」構造であることを表し、「Gro(C)」であれば「Glc-Gro(置換基が単糖である)」構造であることを表し、「Gro(D)」であれば「L-Lys-Gro(置換基がL-リシンである)」構造であることを表す。
【0057】
また、
図3~
図7において「Glc」の後に付されている(a)~(c)は、当該Glc(グルコース)が含まれる構造及びGlcの位置を表す。「Glc(a)」であれば「Glc-Glc-Gro」構造における中央(基端側)のGlcであることを表し、「Glc(b)」であれば「Glc-Glc-Gro」構造における左側(末端側)のGlcであることを表し、「Glc(c)」であれば「Glc-Gro」構造におけるGlcであることを表す。
【0058】
[実施例5]HPLC解析によるリポテイコ酸ポリマー部位のアミノ酸の特定
NMRスペクトルのみでは特定できなかった構造を特定するため、HPLC解析によるリポテイコ酸ポリマー部位のアミノ酸の特定をおこなった。
【0059】
(リポテイコ酸ポリマー部位の単離及び加水分解)
まず、ポリプロピレン製のチューブに実施例2で得たアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸3mgを採取した。次に、48%(w/v)フッ化水素酸を0.1ml添加し、4℃で3時間静置した。フッ化水素酸をドラフト内での窒素ガス吹き付けにより除去した後、クロロホルム、メタノール、水をそれぞれ1ml、1ml、0.9ml添加し、よく攪拌した後に遠心分離(20℃、200×g、30秒間)にかけ、上層の水層を回収した。溶媒をドラフト内での窒素ガス吹き付けにより除去し、リポテイコ酸のポリマー部位を得た。その後、得られたポリマー部位を1Nの塩酸により100℃で3時間処理し、リポテイコ酸ポリマー部位の加水分解物を得た。
【0060】
(リポテイコ酸ポリマー部位の加水分解物のラベル化)
上記のようにして得たリポテイコ酸ポリマー部位の加水分解物の全量を100μlのMilli-Q水に溶解し、うち20μlをDL-アミノ酸ラベル化キット(ナカライテスク株式会社製、商品コード19942-74)を使用して当該キットの「ラベル化法1」によりラベル化をおこなった。また、参照用のアミノ酸スタンダード(20種類。
図8(a)参照。)を準備し、0.1mg(1.0mg/mlに調製したサンプル100μl)を上記と同様のDL-アミノ酸ラベル化キット、「ラベル化法1」によりラベル化をおこなった。なお、上記のキットはラベル化剤としてD-FDLDA(C
16H
24FN
5O
5)を用いている。
【0061】
(HPLC解析)
上記のようにしてラベル化したリポテイコ酸ポリマー部位の加水分解物及びアミノ酸スタンダードについて、HPLC解析をおこなった。カラムとしてはTOSOH TSKgel(登録商標) ODS-80Ts(東ソー株式会社製)を用い、溶媒Aとしてはギ酸0.1%、アセトニトリル20%、残りは水からなるものを用い、溶媒Bとしてはギ酸0.1%、アセトニトリル50%、残りは水からなるものを用いた。溶出は溶媒Bの割合を20分で0%→100%とする直線グラジエントにより実施した。流速は1.0ml/min、温度は30℃、検出はUV 340nmとした。
【0062】
その結果を
図8に示す。なお、
図8(a)はリポテイコ酸ポリマー部位の加水分解物及びアミノ酸スタンダードのHPLC解析における保持時間を示す表であり、
図8(b)はリポテイコ酸ポリマー部位の加水分解物のHPLC解析結果とL-リシンのHPLC解析結果とを上下に並べて示すグラフである。アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるポリマー部位の加水分解物の保持時間は、L-リシンの保持時間と一致することが確認できた。したがって、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるポリマー部位には、L-リシンが含まれることが判明した。
【0063】
[実施例6]GC-MS解析によるリポテイコ酸ポリマー部位の糖の特定
NMRスペクトルの分析からリポテイコ酸のポリマー部位が糖を含むことも判明していたため、GC-MS解析によるリポテイコ酸ポリマー部位の糖の特定もおこなった。
【0064】
(リポテイコ酸ポリマー部位の加水分解物のTMS誘導体化)
実施例2で得たアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸3mgを出発材料に、実施例5と同様の手順により得たリポテイコ酸ポリマー部位の加水分解物を100μlのMilli-Q水に溶解させた。このうち20μlを分取し、窒素乾固した。次に、糖をトリメチルシリル(TMS)誘導体とするために、0.1mlのTri-Sil HTP Reagent(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社の製品コード:TS-48999。1,1,1,3,3,3-ヘキサメチルジシラザン10%~20%、トリメチルクロロシラン5%~7%、ピリジン65%~80%の混合物。)を加え、60℃で30分反応させた。反応物をクロロホルム:水=1:4の条件で液液抽出し、クロロホルム画分を窒素乾固してGC-MS解析用サンプルを得た。得られたGC-MS解析用サンプルをクロロホルム100μlに溶解させ、GC-MS解析をおこなった。また、参照用にグルコースを準備し、上記と同様に処理してGC-MS解析をおこなった。
【0065】
(GC-MS解析)
GC-MS解析用の装置としては、Agilent7890GC/5977MSD(アジレント・テクノロジー株式会社製)を用いた。カラムとしては、DB-5MS(アジレント・テクノロジー株式会社製)を用いた。測定条件は、80℃(2min)→180℃(20℃/min)→240℃(4℃/min)とした。
【0066】
その結果を
図9に示す。アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるポリマー部位から得られたGC-MS解析用サンプルのピーク位置(
図9(b)参照。)は、グルコースのピーク位置(
図9(a)参照。)とよく一致していた。実験の結果、リポテイコ酸ポリマー部位に含まれる糖は、グルコースを基本構成とするものであることが確認できた。
【0067】
[実施例7]アンカー糖脂質についてのMALDI-TOF MSスペクトルの取得
リポテイコ酸のアンカー糖脂質の解析のため、MALDI-TOF MSスペクトルを取得した。
【0068】
(アンカー糖脂質の単離)
まず、ポリプロピレン製のチューブにリポテイコ酸100μgを採取した。次に、48%(w/v)フッ化水素酸を0.1ml添加し、4℃で3時間静置した。フッ化水素酸をドラフト内での窒素ガス吹き付けにより除去した後、クロロホルム、メタノール、水をそれぞれ1ml、1ml、0.9ml添加し、よく攪拌した後に遠心分離(20℃、200×g、30秒間)にかけ、下層の有機層を回収した。有機溶媒をドラフト内での窒素ガス吹き付けにより除去し、リポテイコ酸のアンカー糖脂質を得た。
【0069】
(MALDI-TOF MSスペクトルの取得)
アンカー糖脂質をクロロホルム/メタノール(2:1、v/v)100μlに溶解させ、さらにターゲットプレート上で同量のマトリックス剤(0.1%のトリフルオロ酢酸(TFA)を含有する、10mg/mlの2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)の水/メタノール(7:3、v/v)溶液)と混合した。混合物が共結晶化した後、MALDI-TOF質量スペクトルを陽イオンモード、リフレクトロンモードで取得した。質量分析装置としては、TOF/TOF 5800 system(ABサイエックス社製)を用いた。
【0070】
その結果を
図10に示す。まず、アピラクトバチルス属乳酸菌以外の乳酸菌由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の構造から説明する。
【0071】
ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の主要な構造は、Hex
3DAG、つまり、3糖にジアシルグリセロールが結合している構造であると考えられる(
図10(b)参照。)。また、ピーク強度が弱く背景に隠れているが、AcylHex
3DAGに起因すると考えられるピークも存在する。さらに、Hex
2DAG、つまり、2糖にジアシルグリセロールが結合している構造に起因すると考えられるピーク(956)も存在するが、これもピーク強度が弱く、確実に存在しているとまでは言えないと考えられる。
【0072】
ラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の主要な構造は、Hex
3DAGであると考えられる(
図10(c)参照。)。AcylHex
3DAGに起因すると考えられるピークについては1本(1368)のみしか見られず、ピークも弱いため、ラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質はAcylHex
3DAGを有していない可能性がある。Hex
2DAGに起因すると考えられるピークについては、ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株の場合と同様に存在するが(942,956)、やはりピーク強度が弱い。
【0073】
いずれにしても、上記したラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株及びラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の構造はHex3DAGであると考えられる。3糖のアンカー糖脂質は旧ラクトバチルス属乳酸菌におけるリポテイコ酸として一般的に見られる構造である。
【0074】
一方、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の主要な構造は、Hex
2DAG(942,956,982)であると考えられる(
図10(a)参照。)。2糖のアンカー糖脂質は、乳酸菌の中では、エンテロコッカス(Enterococcus)属乳酸菌、ラクトコッカス(Lactococcus)属乳酸菌及びロイコノストック(Leuconostoc)属乳酸菌由来のリポテイコ酸において一般的に見られる構造である。一方、旧ラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸で一般的に見られるのは、3糖又は4糖のアンカー糖脂質である。しかし、アピラクトバチルス属乳酸菌は旧ラクトバチルス属に属するにもかかわらず、リポテイコ酸におけるアンカー糖脂質は主に2糖であることが確認できた。また、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質は、多くの旧ラクトバチルス属乳酸菌やラクトコッカス属乳酸菌由来のリポテイコ酸に共通して見られる、3残基の脂肪酸が結合したアンカー糖脂質も有していない。このため、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の構造には、これまでに明らかになっている代表的な乳酸菌に共通するアンカー糖脂質の構造とは大きく異なるという特徴が見られる。
【0075】
[実施例8]GC-MS解析によるアンカー糖脂質の糖の特定
GC-MS解析により、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の糖の特定をおこなった。
【0076】
(アンカー糖脂質の加水分解物のメチル化及びTMS誘導体化)
実施例2で得たアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸3mgを出発材料に、実施例7と同様の手順により得たリポテイコ酸のアンカー糖脂質を1NのHClで処理した。処理は100℃、3時間の条件で実施した。このようにして得られた加水分解試料を100μlのMilli-Q水に溶解させた。このうち20μlを分取し、窒素乾固した。加水分解試料を1Mの塩酸メタノール溶液0.3mlに溶解させ、500Wのマイクロ波で30秒処理し、氷水で冷却した。ここにスパーテル4杯の炭酸銀を加え、塩をフィルトレーション除去し、溶液を窒素乾固した。その後、0.5mlの無水メタノール、10μlのピリジン、50μlの無水酢酸を加え、30分室温で静置した後で窒素乾固した。糖をTMS誘導体とするため、ここに0.1mlのTri-Sil HTP Reagentを加え、60℃で30分反応させた。反応物をクロロホルム:水=1:4の条件で液液抽出し、窒素乾固してGC-MS解析用サンプルを得た。得られたGC-MS解析用サンプルをクロロホルム100μlに溶解させ、GC-MS解析をおこなった。また、参照用にグルコースとガラクトースとを準備し、これらについても上記と同様に処理してGC-MS解析をおこなった。
【0077】
(GC-MS解析)
GC-MS解析用の装置としては、Agilent7890GC/5977MSD(アジレント・テクノロジー株式会社製)を用いた。カラムとしては、DB-5MS(アジレント・テクノロジー株式会社製)を用いた。測定条件は、80℃(2min)→180℃(20℃/min)→240℃(4℃/min)とした。
【0078】
その結果を
図11に示す。アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸から得られたGC-MS解析用サンプルのピーク位置(
図11(a)参照。)は、ガラクトースのピーク位置(
図11(b)参照。)及びグルコースのピーク位置(
図11(c)参照。)とよく一致していた。実験の結果、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の糖は、グルコース及びガラクトースであることが確認できた。
【0079】
また、グルコースのピークの強度とガラクトースのピークの強度との比から、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質では、グルコース:ガラクトース=3:1となることも確認できた。MALDI-TOF MSについての結果で触れたように、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質は2糖であるため、糖鎖がヘテロになっている可能性がある。
【0080】
上記実施例4~8により、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸は、旧ラクトバチルス属乳酸菌由来の一般的なリポテイコ酸とは異なる構造を有していることが判明した。特に、D-アラニン以外のアミノ酸を含むリポテイコ酸は従来知られておらず、この点についてアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸は特異な構造を有していると言える。アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸と旧ラクトバチルス属乳酸菌由来の一般的なリポテイコ酸との構造の違いは、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸が樹状細胞において高いiNOS遺伝子発現促進作用を示すことに関連していると考えられる。
【0081】
(処方例1 錠剤)
常法に従って、以下の成分を混合し、錠剤を製造した。なお、有効成分組成物は、実施例2に記載の方法と同様の方法で得たアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸を用いた。
組成:
有効成分組成物(実施例2) 150mg
セルロース 80mg
デンプン 20mg
ショ糖脂肪酸エステル 2mg
上記成分を混合、打錠し、錠剤を得た。
【0082】
(処方例2 カプセル剤)
常法に従って、以下の成分を混合し、軟カプセルを得た。なお、有効成分組成物は、実施例2に記載の方法と同様の方法で得たアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸を用いた。
組成:
有効成分組成物(実施例2) 100mg
ミツロウ 10mg
ぶどう種子オイル 110mg
上記成分を混合し、ゼラチンおよびグリセリンを混合したカプセル基剤中に充填し、軟カプセルを得た。
【配列表】