(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024146759
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】溶接部の疲労強度改善方法
(51)【国際特許分類】
B23K 31/00 20060101AFI20241004BHJP
F03D 13/25 20160101ALI20241004BHJP
【FI】
B23K31/00 F
B23K31/00 A
F03D13/25
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024017598
(22)【出願日】2024-02-08
(31)【優先権主張番号】P 2023058071
(32)【優先日】2023-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】高木 芳史
(72)【発明者】
【氏名】▲崎▼本 隆洋
(72)【発明者】
【氏名】半田 恒久
【テーマコード(参考)】
3H178
【Fターム(参考)】
3H178AA20
3H178AA24
3H178AA43
3H178BB35
3H178BB75
3H178BB77
3H178DD61Z
3H178DD70X
(57)【要約】
【課題】浮体式洋上風力発電設備などの大型溶接構造物における溶接部の疲労寿命を向上できる、溶接部の疲労強度改善方法を提供する。
【解決手段】溶接部1の疲労強度を改善する方法であって、前記溶接部の溶接止端1a近傍の母材部3に対し、ハンマーピーニング処理にて溶接ビード延在方向2に連なる線状の打撃痕4
1を形成し、所定期間を置いて前記溶接止端近傍の母材部に対し再度同様の線状の打撃痕4
2を形成する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接部の疲労強度を改善する方法であって、前記溶接部の溶接止端近傍の母材部に対し、ハンマーピーニング処理にて溶接ビード延在方向に連なる線状の打撃痕を形成し、所定期間を置いて前記溶接止端近傍の母材部に対し再度同様の線状の打撃痕を形成することを特徴とする溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項2】
前記所定期間が、3年以下であることを特徴とする請求項1に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項3】
前記所定期間が、0.5年以上3年以下であることを特徴とする請求項1に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項4】
前記打撃痕と前記溶接止端との間隔が、1.0mm以内であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項5】
前記打撃痕の最大深さ(DP)と幅(WP)の積(DP×WP)が、3.0~5.0mm2であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項6】
前記打撃痕の最大深さ(DP)と幅(WP)の積(DP×WP)が、3.0~5.0mm2であることを特徴とする請求項4に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項7】
前記溶接部が、浮体式洋上風力発電設備のタワーと基部とを接合する溶接部であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項8】
前記溶接部が、浮体式洋上風力発電設備のタワーと基部とを接合する溶接部であることを特徴とする請求項4に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項9】
前記溶接部が、浮体式洋上風力発電設備のタワーと基部とを接合する溶接部であることを特徴とする請求項5に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項10】
前記溶接部が、浮体式洋上風力発電設備のタワーと基部とを接合する溶接部であることを特徴とする請求項6に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項11】
前記母材部が、板厚30mm以上の鋼材であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項12】
前記母材部が、板厚30mm以上の鋼材であることを特徴とする請求項4に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項13】
前記母材部が、板厚30mm以上の鋼材であることを特徴とする請求項5に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項14】
前記母材部が、板厚30mm以上の鋼材であることを特徴とする請求項6に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項15】
前記母材部が、板厚30mm以上の鋼材であることを特徴とする請求項7に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項16】
前記母材部が、板厚30mm以上の鋼材であることを特徴とする請求項8に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項17】
前記母材部が、板厚30mm以上の鋼材であることを特徴とする請求項9に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【請求項18】
前記母材部が、板厚30mm以上の鋼材であることを特徴とする請求項10に記載の溶接部の疲労強度改善方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接部、とくに大型溶接構造物における溶接部の疲労寿命を、ハンマーピーニング処理により向上させる、溶接部の疲労強度改善方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化防止の観点から、洋上風力発電が注目されている。また、発電コストを下げ、発電効率を高めるために、風力発電設備のサイズが大型化し、溶接部に使用する鋼材の板厚も30mm以上と厚肉化する傾向となっている。
【0003】
一般に、溶接継手部の疲労亀裂は、溶接止端などの応力集中箇所から板厚方向に発生する。とくに、洋上風力発電設備などの大型溶接構造物では、厚肉の材料を使用するため、圧縮残留応力の板厚方向の分布が、疲労亀裂発生・伝播を抑制するために重要となると考えられる。
【0004】
一方、溶接構造物の大型化に伴い、軽量化の目的で、使用する材料の高強度化が進められている。材料の高強度化に伴って、母材部における疲労強度は上昇するが、溶接部においては疲労強度の低下が懸念される。そこで、溶接部の疲労特性を向上させるために、種々の方法が提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、繰り返し荷重を受ける構造物の溶接部の疲労性能を改善するためのピーニング施工方法が提案されている。この施工方法は、先端に平坦部を有する打撃ツールを100Hz以下の周波数で上下動させながら、溶接ビードに沿って連続的に移動させて、溶接止端近傍の母材に連続的な帯状の打撃痕を形成するものである。この方法では、溶接止端を打撃しないように、打撃痕と止端との距離が調整される。また、好ましくは前記打撃痕は、2往復以上あるいは4往復以上の連続打撃で形成される。この特許文献1の技術によれば、溶接止端近傍の表層に、最大値で母材の降伏応力の50%以上の圧縮残留応力が付与でき、さらに従来のピーニングに比べて溶接止端におけるノッチの形成がないため、疲労強度が大幅に向上できるとしている。
【0006】
また、特許文献2には、フランジガセットを持つ桁構造の疲労補強方法が提案されている。この技術では、フランジガセット端部の溶接部のフランジ側止端部について、フランジガセット端部から上面および下面のそれぞれ少なくとも1t(t:ガセット板厚)以上の範囲に、超音波衝撃処理が施される。特許文献2に記載された技術によれば、止端部形状が改善され、応力集中を抑制でき、フランジガセットを持つ桁構造の疲労性能が改善するとしている。
【0007】
また、特許文献3には、ガスタービンやジェットエンジンなどの部品を主として対象として、疲労関連破損を受ける金属部品群の有効寿命を管理する方法が提案されている。この技術では、高応力集中領域における選択された金属部品についてX線回折技術により、金属部品の表面の圧縮残留応力を測定する。当該測定値が所定値超であれば、当該金属部品を使用状態に戻す。前記測定値が前記所定値以下であれば、永久的に使用状態から外し、あるいは、再加工して圧縮残留応力を前記所定値超まで増大させて、使用状態に戻す。そして、好ましくは個々の部品について、このような工程が周期的に繰り返される。このような金属部品群を管理する方法によれば、部品の有効寿命を安全にかつ効果的に延長できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第4895407号公報
【特許文献2】特開2004-167516号公報
【特許文献3】特表平10-503839号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1の技術では、板厚30mm以上の鋼材を接合する溶接部の疲労強度改善に有効であるか否かは、不明のままである。
【0010】
また、特許文献2の技術では、フランジガセットの溶接部表面を打撃する超音波衝撃処理のために、特殊な工具を用い、工具先端を振幅20~60μm、周波数15~60kHzで超音波振動させる必要があり、施工費の点で不利となる。
【0011】
また、特許文献3の技術は、機械部品を対象とし、X線回折技術により部品表面の圧縮残留応力を測定するとしている。このため、洋上風力発電設備などの大型の溶接構造物に対してその適用が困難である。
【0012】
さらに、最近、洋上風力発電の分野では、設置のし易さから浮体式の風力発電設備が検討されている。浮体式の洋上風力発電設備では、波浪による外力が常に作用する。そのため、溶接止端の周辺に導入した圧縮残留応力の絶対値が、前記外力の長時間作用によって疲労亀裂の発生・伝播を抑止できるレベルを下回り、意図する疲労強度改善効果が消失する懸念がある。
【0013】
しかしながら、特許文献1~3のいずれにおいても、外力の長時間作用による圧縮残留応力の低下への対策は考慮されていない。
【0014】
本発明は、かかる従来技術の問題を有利に解決し、浮体式洋上風力発電設備などの大型溶接構造物における溶接部の疲労寿命を向上できる、溶接部の疲労強度改善方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、前記目的を達成するため、外力が常に作用する環境下の溶接構造物、例えば、前記浮体式の洋上風力発電設備で、供用前に前記条件のハンマーピーニング処理で導入された圧縮残留応力の疲労強度改善効果を長期に亘り維持できる方法について鋭意検討した。その結果、以下の新たな知見を得た。
(ア) 供用開始から所定期間経過後に、再度、ハンマーピーニング処理を行うことが重要である。
(イ) 前記ハンマーピーニング処理の打撃位置は、溶接止端近傍の母材部とする必要がある。
(ウ) これにより、溶接止端(以下、単に「止端」ともいう)近傍における母材部の表面において圧縮残留応力を好適レベル(-400~-200MPa)に維持できる。
【0016】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は、つぎのとおりである。
[1] 溶接部の疲労強度を改善する方法であって、前記溶接部の溶接止端近傍の母材部に対し、ハンマーピーニング処理にて溶接ビード延在方向に連なる線状の打撃痕を形成し、所定期間を置いて前記溶接止端近傍の母材部に対し再度同様の線状の打撃痕を形成することを特徴とする溶接部の疲労強度改善方法。
[2] 前記[1]において、前記所定期間が、3年以下であることを特徴とする溶接部の疲労強度改善方法。
[3] 前記[1]において、前記所定期間が、0.5年以上3年以下であることを特徴とする溶接部の疲労強度改善方法。
[4] 前記[1]~[3]のいずれか一つにおいて、前記打撃痕と前記溶接止端との間隔が、1.0mm以内であることを特徴とする溶接部の疲労強度改善方法。
[5] 前記[1]~[4]のいずれか一つにおいて、前記打撃痕の最大深さ(DP)と幅(WP)の積(DP×WP)が、3.0~5.0mm2であることを特徴とする溶接部の疲労強度改善方法。
[6] 前記[1]~[5]のいずれか一つにおいて、前記溶接部が、浮体式洋上風力発電設備のタワーと基部とを接合する溶接部であることを特徴とする溶接部の疲労強度改善方法。
[7] 前記[1]~[6]のいずれか一つにおいて、前記母材部が、板厚30mm以上の鋼材であることを特徴とする溶接部の疲労強度改善方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、波浪等の外力が作用する溶接構造物における、溶接部の止端近傍の母材部の表面に圧縮残留応力を維持でき、溶接部の疲労強度の長期にわたる改善が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施形態の一例を模式的に示す説明図であり、(a)は1回目の、(b)は2回目の、各ハンマーピーニング処理後の状態を示している。
【
図2】(a)は
図1(b)の部分断面図、(b)は
図2(a)の部分拡大図である。
【
図3】チッパーの形状の一例を模式的に示す、(a)は斜視図、(b)は、XZ断面図、(c)はYZ断面図である。
【
図4】実施例における隅肉溶接継手を模式的に示す説明図である。
【
図5】実施例における疲労試験方法を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、繰り返し荷重を受ける溶接部の疲労強度をハンマーピーニング処理で所定期間後に再度実施することにより改善する方法に関するものである。その実施形態の一例を
図1に示す。
図1では、横部材3aと縦部材3bとを母材部3として隅肉溶接により接合してなる隅肉溶接継手の溶接部1を示したが、本発明が対象とするのは隅肉溶接継手の溶接部に限らず、突合せ溶接継手(図示せず)の溶接部であってもよい。
【0020】
[ハンマーピーニング処理]
前記ハンマーピーニング処理(以下、「HP処理」ともいう)では、打撃工具として、例えば
図3に示す先端部形状を有するチッパーを用いることが好ましい。チッパー先端部形状は、チッパー進行方向をY方向、チッパー長さ方向をZ方向、チッパー幅方向をX方向として(
図3(a))、XZ断面が直径a、曲率半径rの半円形状(
図3(b))、YZ断面が底辺bの台形状(
図3(c))である。直径a、底辺bは、ともに1.0~10.0mmが好ましい。より好ましくは、5.0~9.5mmである。曲率半径rは、1.0~10.0mmが好ましい。rが1.0mm未満では、止端1aに応力集中を生じさせる変形が形成される場合がある。一方、rが10.0mm超では母材部3との接触面積が過大となって、止端1aにおける母材部3の表面から深さ3.0mm以内の領域まで圧縮残留応力を導入することができない場合がある。
【0021】
前記チッパーは、打撃装置(図示せず)と接続しており、この打撃装置は、空気圧または高周波電流や超音波などにより駆動させるものであり、例えば、前述のチッパーの先端を空気圧で作動させて前述した領域を打撃する方法が好ましい。ここで、打撃頻度(周波数)としては、100Hz以下の低周波数とするのが好ましい。より好ましくは50Hz以上100Hz以下である。
【0022】
さらに、チッパーの打撃方向の傾き角度は、母材表面に対して80~100°程度であれば許容されるが、ほぼ垂直の90°とすることが、各回の処理のばらつきを小さくできるので好ましい。
【0023】
[所定期間の選定]
本発明では、まず、構造物を溶接し、溶接後の構造物の溶接継手部に対し1回目のHP処理にて打撃を行う。ここで、溶接後とは、溶接直後を指す。供用開始とは、溶接構造物が供用現場に設置される時点を指す。
【0024】
その後、供用開始から所定期間を置いて、前記溶接継手部に対し2回目のHP処理にて打撃を行う。1回目のHP処理で導入された圧縮残留応力の絶対値は、波浪等の外力が長期間作用することにより減少する。しかし、再度(2回目)のHP処理で圧縮残留応力の絶対値を増加させることができ、溶接部の疲労強度の向上が可能となる。
【0025】
本発明では、前記所定期間は、3年以下であることが好ましい。この理由について以下、説明する。
【0026】
前記所定期間の選定にあたっては、1回目のHP処理で付与された圧縮残留応力の絶対値が、繰り返し外力の作用で減少する期間を考慮することが好ましい。したがって、前記所定期間は、対象とする溶接部を有する溶接継手の疲労試験で取得されるS-N曲線に基づいて選定されることが好ましい。浮体式洋上風力発電設備の場合、前記所定期間は、波浪による繰り返し応力負荷状態を模擬した隅肉溶接継手の疲労試験の繰り返し数(サイクル)と対応づけることができる。この繰り返し数としては、応力振幅:200MPaでの繰り返し数:30万サイクルが挙げられる。これは、前記浮体式洋上風力発電設備の供用状態での3年に相当する。よって、前記所定期間はこれ以下、すなわち3年以下とするのが好ましい。なお、HP処理の無用な回数増加による経済的不利を回避するために、前記所定期間は0.5年以上3年以下がより好ましい。さらに、より一層好ましくは2年以上3年以下である。ここで、前記所定期間の0.5年及び2年は、応力振幅:200MPaでの繰り返し数としては、それぞれ5万サイクル及び20万サイクルが相当する。
【0027】
[打撃位置]
1回目のHP処理では、
図1(a)に示すように、溶接部1の溶接止端1a近傍の母材部3に対し、溶接ビード延在方向2に連なる線状の打撃痕4
1を形成する。2回目では、前記所定期間の経過後に溶接止端1a近傍の母材部3に対し再度同様の線状の打撃痕4
2を形成する。
【0028】
打撃位置である溶接止端近傍について
図1および
図2(a)を用いて説明する。この例では、溶接止端近傍に係る止端が横部材3a側の止端1aである場合であるが、縦部材3b側の止端1bである場合も同様である。
【0029】
溶接止端近傍とは、母材部3側の、止端1aとの間隔L
1が0.0mm超2.0mm以内である区域(図示せず)である。止端1aとの間隔が0.0mm以下の区域は、打撃による溶接部1の損傷を招くため打撃位置から排除される。また、止端1aとの間隔が2.0mmを超える区域は止端1aから離れすぎて、この区域を打撃しても止端1a近傍の母材部3の表面に縮残留応力を導入することができない。よって、
図2(a)に示す打撃痕4
1、4
2と止端1aとの間隔L
1、L
2は、0.0mm超2.0mm以内とするが、好ましくは、0.0mm超1.0mm以内である。間隔L
1、L
2を0.0mm超1.0mm以内とすることで、より厳しい外力条件下で、疲労強度の改善効果が得られる。
【0030】
なお、本発明では、前記HP処理による打撃は2回目以降、3回目、4回目‥‥と、何回繰り返してもよい。3回目以降の打撃位置(図示せず)についても1回目、2回目と同様である。
【0031】
また、
図1は、打撃位置が横部材3a側の止端1a近傍である場合を図示しているが、縦部材3b側の止端1b近傍であってもよい。打撃位置とする溶接止端近傍を横部材3a側、縦部材3b側のいずれとするか、あるいは両方とするかは、供用時の溶接構造物に対する外力の作用状態に基づいて決定される。
【0032】
[打撃痕の最大深さと幅の積]
本発明では、前記打撃痕の最大深さ(D
P)と幅(W
P)の積(D
P×W
P)が、3.0~5.0mm
2であることが好ましい。前記打撃痕の最大深さ(D
P)と幅(W
P)は、各回のHP処理において溶接ビード延在方向に直交する断面内で定義され、単位はmmである。例えば
図2(b)では、1回目の打撃痕4
1の最大深さDp
1、幅Wp
1および2回目の打撃痕4
2の最大深さDp
2、幅Wp
2を示す。
【0033】
各回の打撃痕のDP×WPが3.0mm2未満であると、十分な圧縮残留応力の付与が困難である。一方、各回の打撃痕のDP×WPが5.0mm2超であると、その打撃痕の箇所から疲労亀裂が発生する場合がある。より好ましくは、各回の打撃痕のDP×WPは3.0~4.0mm2である。
【0034】
最大深さDPと幅WPは、次のようにして測定される。最大深さはデプスゲージを用いて測定され、幅はノギスを用いて測定される。
【0035】
[溶接構造物]
本発明は、常に外力が作用する環境下で供用される溶接構造物の溶接部に適用されると、疲労強度の改善効果が大きい。かかる溶接部として、波浪による外力が常に作用する、前述の浮体式洋上風力発電設備(図示せず)のタワーと基部とを接合する溶接部が挙げられる。
【0036】
前記溶接部を形成する溶接方法は、特に限定されず、被覆アーク溶接、炭酸ガスアーク溶接などのいずれも用いうる。
【0037】
[母材部]
本発明では、前記母材部3が板厚30mm以上の鋼材であることが好ましい。
図1に示す横部材3a、縦部材3bとして鋼材を用いることで、比較的安価な材料で、溶接施工も行いやすく、しかも溶接構造物の強度も確保しやすい。
【0038】
ただし、前記鋼材の板厚(例えば
図1の横部材3a、縦部材3bの各板厚ta、tb)が30mm未満であると、前述の浮体式洋上風力発電設備の強度確保が困難となる場合があるため、前記鋼材の板厚は30mm以上とすることが好ましい。なお、前記板厚の上限は本発明では特に限定されず、通常の製造可能板厚範囲の上限に依存する。
【実施例0039】
板厚100mmのYP470級厚鋼板(ヤング率E:206GPa、ポアソン比ν:0.3)を素材として、浮体式洋上発電設備のタワーと基部の溶接結合部を模擬した、
図4に示す隅肉溶接継手を、表1の継手No.1~6として全6本作製した。隅肉溶接は、ガスシールドアーク溶接とし、溶接条件は、溶接電流:230A、溶接電圧:30V、溶接速度:34?m/min(入熱量:約12.2kJ/cm)とした。シールドガスは炭酸ガス(CO
2:100%)とした。ワイヤは径1.2mmのYP470級用ワイヤとした。
【0040】
ついで、各々の隅肉溶接継手について、横部材3a側の溶接止端近傍の母材部3に、HP処理を実施し、打撃痕4
1を形成した(
図1(a)参照)。打撃痕4
1と止端1aとの間隔は1.0mmとした(表1参照)。HP処理は、
図3に示す先端部形状でa=9.0mm、b=5.0mmとしたチッパーを打撃装置(図示せず)に接続し、鋼板表面に垂直な打撃方向として、空気圧にて打撃頻度70Hzで処理した。処理後、打撃痕4
1の最大深さ(D
P)×幅(W
P)を求めた。その結果を表1に示す。ここで、D
PおよびW
Pは、打撃痕の延在方向のN=5箇所で、それぞれデプスゲージ及びノギスを用いて得たそれぞれN個の測定データの平均値を採用した。
【0041】
継手No.1は、HP処理回数が1回のみの比較例であり、1回目のHP処理を実施後の残留応力測定用とした。
【0042】
継手No.2は、HP処理回数が1回のみの比較例であり、1回目のHP処理および所定サイクル数の疲労試験を順次実施後の残留応力測定用とした。
【0043】
継手No.3は、HP処理回数が2回であるが、2回目のHP処理の打撃位置を止端近傍から外した、すなわち止端1aと打撃痕4
2(
図1(b)参照)との間隔が2mmを超える3mm(表1参照)とした比較例である。これは、1回目のHP処理、所定サイクル数の疲労試験および2回目のHP処理を順次実施後の残留応力測定用とした。
【0044】
継手No.4~6は、処理回数が2回で、2回目の打撃位置を1回目と同様、止端近傍、すなわち止端1aと打撃痕4
2(
図1(b)参照)との間隔を2mm以内(表1参照)、とした本発明例である。これらは、1回目のHP処理、所定サイクル数の疲労試験および2回目のHP処理を順次実施後の残留応力測定用とした。
【0045】
2回目のHP処理では、1回目と同様の方法で、ただし打撃位置は表1のとおりとして、HP処理した。2回目のHP処理後、1回目と同様に、2回目の打撃痕42の最大深さ(DP)×幅(WP)を求めた。その結果を表1に示す。
【0046】
前記疲労試験は、
図5に示すような、引張圧縮疲労試験方法で実施した。
前記所定サイクル数は、30万サイクル(表1参照)とした。これは前述したように、前記浮体式洋上風力発電設備の供用状態での所定期間の3年に相当する。また、2回目のHP処理は、所定サイクル数の経過後に実施した。
【0047】
前記残留応力測定は、止端から0.2mm隔てた母材部の表面を対象領域とし、X線を用いて測定した。その結果を表1に示す。
【0048】
表1より、次のことがわかる。すなわち、1回目のHP処理により、対象領域に前記好適レベル(-400~-200MPa)の圧縮残留応力が導入された(継手No.1比較例)。しかし、所定サイクル数の疲労試験実施により、圧縮残留応力の絶対値が減少した(継手No.2比較例)。このとき、2回目のHP処理を施しても打撃位置が本発明範囲を外れる場合、圧縮残留応力は改善されなかった(継手No.3比較例)。これに対し、本発明範囲内の打撃位置に2回目のHP処理を施すことにより、圧縮残留応力が前記好適レベルに改善した(継手No.4~6本発明例)。
【0049】
このように、本発明により、繰り返し外力が作用する溶接構造物の溶接止端近傍の母材部表面の圧縮残留応力を好適レベルに維持し、疲労強度を改善できることが検証された。
【0050】