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特開2024-146798フッ素樹脂組成物及びフッ素樹脂成形体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024146798
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】フッ素樹脂組成物及びフッ素樹脂成形体
(51)【国際特許分類】
   C08L 27/12 20060101AFI20241004BHJP
   C08J 5/00 20060101ALI20241004BHJP
   C08K 7/18 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
C08L27/12
C08J5/00 CEW
C08K7/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024038197
(22)【出願日】2024-03-12
(31)【優先権主張番号】P 2023057916
(32)【優先日】2023-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000107619
【氏名又は名称】スターライト工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003823
【氏名又は名称】弁理士法人柳野国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 恵利
【テーマコード(参考)】
4F071
4J002
【Fターム(参考)】
4F071AA27
4F071AB03
4F071AB26
4F071AD02
4F071AD06
4F071AF18Y
4F071AF22Y
4F071AF28
4F071AF62Y
4F071AH17
4F071AH19
4F071BA09
4F071BB01
4F071BB03
4F071BC03
4J002BD121
4J002BD151
4J002DA016
4J002DA028
4J002DJ017
4J002DJ047
4J002DJ057
4J002DL007
4J002FA018
4J002FA086
4J002FA087
4J002FD016
4J002FD017
4J002FD018
4J002GJ02
4J002GM00
(57)【要約】
【課題】室温から高温までの範囲で線膨張係数が小さく、機械加工を可能とする靱性を有し、良好な摺動特性を有する成形体を形成可能なフッ素樹脂組成物及び当該フッ素樹脂組成物を用いて形成されたフッ素樹脂成形体を提供すること。
【解決手段】溶融粘度が1010Pa・sec以上であるフッ素樹脂、D50粒子径が1~100μmである球状カーボン粒子(但し黒鉛粒子を除く)、及び、D50粒子径が0.01~1μmの球状無機充填材(但し炭素系無機充填材を除く)を含むフッ素樹脂組成物であって、前記球状カーボン粒子の含有量が、フッ素樹脂組成物全体中で10体積%以上55体積%以下であるフッ素樹脂組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融粘度が1010Pa・sec以上であるフッ素樹脂、D50粒子径が1~100μmである球状カーボン粒子(但し黒鉛粒子を除く)、及び、D50粒子径が0.01~1μmの球状無機充填材(但し炭素系無機充填材を除く)を含むフッ素樹脂組成物であって、
前記球状カーボン粒子の含有量が、フッ素樹脂組成物全体中で10体積%以上55体積%以下であるフッ素樹脂組成物。
【請求項2】
前記フッ素樹脂組成物全体中、前記フッ素樹脂を30体積%以上50体積%以下、前記球状無機充填材を10体積%以上40体積%以下含む請求項1記載のフッ素樹脂組成物。
【請求項3】
前記球状カーボン粒子の真球度が0.9以上である請求項1又は2に記載のフッ素樹脂組成物。
【請求項4】
前記球状無機充填材が、溶融シリカである請求項1又は2に記載のフッ素樹脂組成物。
【請求項5】
前記フッ素樹脂が、乳化重合法によるポリテトラフルオロエチレンである請求項1又は2に記載のフッ素樹脂組成物。
【請求項6】
鱗状黒鉛が前記フッ素樹脂組成物全体中0体積%以上10体積%以下含まれる請求項1又は2に記載のフッ素樹脂組成物。
【請求項7】
請求項1又は2に記載のフッ素樹脂組成物からなるフッ素樹脂成形体であって、
前記フッ素樹脂成形体の25℃~90℃における線膨張係数が40ppm(4.0×10-5)/K以下、圧縮破断歪みが55%より大きい、比摩耗量が4.0×10-6mm/N・m以下である、フッ素樹脂成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素樹脂組成物及びフッ素樹脂成形体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば軸受に使用される摺動材料や、油圧式舵取装置や油圧緩衝器において使用されるシール部材などを構成する材料として、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)と球状カーボンを含むPTFE樹脂組成物が知られている(特許文献1~3)。
【0003】
特許文献1には、PTFE及び球状カーボンよりなるPTFE樹脂組成物が記載されており、当該樹脂組成物は、摺動特性、伸長特性に優れ、低線膨張係数を有するとされている。
【0004】
特許文献2には、PTFEを基体とし、球状カーボンを配合したシール部材が記載されており、球状カーボンは従来の炭素繊維と異なりエッジがないため相手材に対する攻撃性が低く、表面硬度が適正であるため相対的耐摩耗性が向上するとされている。
【0005】
特許文献3には、油圧緩衝器のピストンシールが、テフロン(登録商標)基材100重量部に対して粒径5~50μmの球状カーボン5~30重量部を充填したものであることが記載されている。そしてこのピストンシールは摺動摩擦の経時増加を小さくすることができ、炭素繊維等の従来の充填材を用いた場合より耐摩耗性を倍増させることができるとされている。
【0006】
また、本出願人は、例えばラビリンスシールを構成する回転軸と静止部のうち静止部を構成する材料として、フッ素樹脂成形体を提案している(特許文献4)。このフッ素樹脂成形体は、PTFE等の所定のフッ素樹脂と無機充填材を含むフッ素樹脂組成物からなり、このフッ素樹脂組成物は無機充填材としてD50粒子径が0.01~1μmのシラン被膜で被覆されていない溶融シリカなどを組成物全体に対して40~70体積%含むものである。そして、このようなフッ素樹脂成形体は、線膨張係数が所定値以下で、実用上許容可能な強度を有するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002-161181号公報
【特許文献2】特開2000-38568号公報
【特許文献3】特開2000-104829号公報
【特許文献4】特開2022-175901号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1~3に記載のPTFEと球状カーボンを含むフッ素樹脂組成物からなる各種のシール部材は、線膨張係数が改善されるが、例えばラビリンスシールの静止部等に適用すると、耐摩耗性や摩擦性が必ずしも十分とはいえず摺動特性の更なる改善が必要な場合があることが判明した。また、特許文献4に記載のフッ素樹脂組成物からなるフッ素樹脂成形体は、前述のように線膨張係数が所定値以下で、実用上許容可能な強度を有するものであり、例えばラビリンスシールにおいて、線膨張係数が低い回転軸と組み合わせて用いる静止部として使用可能ではある。しかし、例えばラビリンスシールの性能を向上するために、回転軸と静止部の間に形成する隙間の構造を精密で複雑にする目的で静止部に対して精密で複雑な機械加工を施すには靭性の向上が必要であることが判明した。
【0009】
そこで、本発明の目的は、室温から高温までの範囲で線膨張係数が小さく、機械加工を可能とする靱性を有し、良好な摺動特性を有する成形体を形成可能なフッ素樹脂組成物及び当該フッ素樹脂組成物を用いて形成されたフッ素樹脂成形体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、前述の課題解決のために鋭意検討を行った。その結果、所定のフッ素樹脂、所定の球状無機充填材及び所定の含有量の所定の球状カーボン粒子を含むフッ素樹脂組成物により、前述の課題を解決可能であることを見出した。本発明の要旨は以下のとおりである。
【0011】
本発明の第一態様は、溶融粘度が1010Pa・sec以上であるフッ素樹脂、D50粒子径が1~100μmである球状カーボン粒子(但し黒鉛粒子を除く)、及び、D50粒子径が0.01~1μmの球状無機充填材(但し炭素系無機充填材を除く)を含むフッ素樹脂組成物であって、前記球状カーボン粒子の含有量が、フッ素樹脂組成物全体中で10体積%以上55体積%以下であるフッ素樹脂組成物に関する。
【0012】
本発明の実施形態では、前記フッ素樹脂組成物全体中、前記フッ素樹脂を30体積%以上50体積%以下、前記球状無機充填材を10体積%以上40体積%以下含むものであってもよい。
【0013】
本発明の実施形態では、前記球状カーボン粒子の真球度が0.9以上であってもよい。
【0014】
本発明の実施形態では、前記球状無機充填材が、溶融シリカであってもよい。
【0015】
本発明の実施形態では、前記フッ素樹脂が、乳化重合法によるポリテトラフルオロエチレンであってもよい。
【0016】
本発明の実施形態では、鱗状黒鉛が前記フッ素樹脂組成物全体中0体積%以上10体積%以下含まれてもよい。
【0017】
本発明の第二態様は、前述のフッ素樹脂組成物からなるフッ素樹脂成形体であって、
前記フッ素樹脂成形体の25℃~90℃における線膨張係数が40ppm(4.0×10-5)/K以下、圧縮破断歪みが55%より大きい、比摩耗量が4.0×10-6mm/N・m以下である、フッ素樹脂成形体に関する。
【0018】
本発明では、前述の各実施形態の事項を任意に組み合わせて構成することが可能である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によると、室温から高温までの範囲で線膨張係数が小さく、機械加工を可能とする靱性を有し、良好な摺動特性を有する成形体を形成可能なフッ素樹脂組成物及び当該フッ素樹脂組成物を用いて形成されたフッ素樹脂成形体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】ピンオンディスク型摩擦摩耗試験機の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本発明の実施形態に係るフッ素樹脂組成物は、溶融粘度が1010Pa・sec以上であるフッ素樹脂(以下、単に「フッ素樹脂」と称する場合がある。)、D50粒子径が1~100μmである球状カーボン粒子(但し黒鉛粒子を除く)(以下、単に「カーボン粒子」或いは「球状カーボン粒子」と称する場合がある。)、及び、D50粒子径が0.01~1μmの球状無機充填材(但し炭素系無機充填材を除く)(以下、単に「無機充填材」或いは「球状無機充填材」と称する場合がある。)を含む。球状カーボン粒子の含有量が、フッ素樹脂組成物全体中で10体積%以上55体積%以下である。ここで、フッ素樹脂組成物に含まれる成分の含有率として採用する体積%は、例えば、使用する成分の密度(比重)とその配合量から算出することができる。
【0022】
フッ素樹脂組成物に含まれる所定のフッ素樹脂は、フッ素樹脂成形体(以下、単に「成形体」と称する場合がある。)とした場合にマトリックスとなる樹脂である。このようなフッ素樹脂としては、溶融粘度が1010Pa・sec以上であるものであればよく、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)が挙げられる。PTFEは、一般に、耐熱性が高く、摩擦係数が小さく、耐薬品性等に優れており、高速で接触しても焼き付きが生じないという特性を有するため、例えば、回転機器の金属回転軸のシール部材の構成材料として好適である。特に、金属回転軸のラビリンスシールを構成するマトリックス樹脂材料として好適である。PTFEは、公知の製法で得られたものを用いることが可能であり、例えば、乳化重合により製造されたファインパウダー(乳化重合品)、懸濁重合により製造されたモールディングパウダー(懸濁重合品)等が挙げられる。これらのうち、各成分の混合時にフィブリル化してPTFE粒子間の密着力が大きくなり、球状カーボン粒子及び球状無機充填材をマトリックスとなるPTFEに均一に保持し易い傾向にあることから、乳化重合法によるPTFEが好ましい。
【0023】
所定のフッ素樹脂のフッ素樹脂組成物全体中の含有量は、特に限定はないが、30体積%以上50体積%以下であるのが好ましく、35体積%以上45体積%以下であるのがより好ましい。前記フッ素樹脂の含有量がこの範囲であることで、フッ素樹脂と他の成分の特性を良好に発揮さることができ、より良好な強度、摺動特性、より低い線膨張係数を有するフッ素樹脂成形体を得ることができる。
【0024】
フッ素樹脂の溶融粘度は、例えば、ASTM D 1238に準拠し、フローテスター(株式会社島津製作所製)により測定することができる。
【0025】
フッ素樹脂組成物に含まれる球状カーボン粒子は、D50粒子径が1~100μmの球状であり、黒鉛粒子ではないものである。このように球状であることで、球状でない場合と比較して比表面積が小さいため、含有量をフッ素樹脂組成物全体中10体積%以上55体積%以下と高くすることができ、かつ、前述の高い溶融粘度のフッ素樹脂であっても成形時にカーボン粒子表面を効率的に濡らすことができる。その結果、カーボン粒子がフッ素樹脂中に均一に分散され、成形体の強度及び靭性を向上させることができる。また、成形体の熱膨張を等方性にすることができるため、常温から高温環境で使用される成形体の寸法変化を抑制することができる。また、球状カーボン粒子を含む成形体は摺動時の相手攻撃性が低い。さらに、球状カーボン粒子には黒鉛粒子は含まれない。黒鉛は六角板状結晶である亀甲状の板状結晶が層状構造を形成しており、各層間の強度が弱いため剥離を生じやすい。黒鉛の集合体である黒鉛粒子を含むフッ素樹脂成形体は、黒鉛結晶の層間強度の低さから成形体の強度及び靭性が低くなる傾向にあり、また、黒鉛粒子をフッ素樹脂組成物全体中10体積%を超えて高充填すると成形体の摺動特性が低くなる傾向にある。もっとも、後述するように、成形体の摺動性を調整する観点から、フッ素樹脂組成物全体中10体積%を超えない範囲で固体潤滑剤として黒鉛を含有させてもよい。
【0026】
球状カーボン粒子のD50粒子径は1~100μmであればよいが、1~20μmがより好ましい。このような範囲にすることで高充填することが可能になる。D50粒子径は、例えば、レーザー回折・散乱法により測定することができる。
【0027】
球状カーボン粒子は、前述のような特性を有すればよいが、熱膨張の等方性をより向上させる観点、線膨張係数をより低下させる観点から、真球度が0.90以上であるのが好ましく、0.95以上であるのがより好ましい。真球度は、具体的には、走査電子顕微鏡(SEM)で写真を撮り、その観察される粒子の面積と周囲長から、(真球度)={4π×(面積)÷(周囲長)}で算出することができる。真球度が1に近づくほど真球に近い。真球度の算出に用いる面積と周囲長の値は、例えば、画像処理装置を用いて100個の粒子について測定した平均値を採用することができる。
【0028】
球状カーボン粒子は、前述のように黒鉛粒子のような層状剥離し易い結晶構造ではない構造を有するものであるが、構造がアモルファスであるものが好ましい。このようなアモルファスカーボン粒子は、例えば、特許文献2に記載のように、フェノール樹脂粒子を炭化したものが挙げられる。このようにして得られるアモルファスカーボン粒子は真球度が1に近く、粒度幅が狭いため、成形体の熱膨張の異方性をより効果的に抑制することが可能である。また、良好な表面硬度を有するため成形体の強度を向上させることができる。
【0029】
球状カーボン粒子は、成形体の熱膨張を抑制するための高充填性の観点、圧縮破断歪みの異方性をより抑制する観点から、真球度が1に近く、平滑な表面を有するものが好ましい。
【0030】
球状カーボン粒子の表面には、水酸基、カルボキシ基等の反応性官能基が存在するのが好ましい。このような反応性官能基が存在する場合、成形体の摺動時に相手材の摺動面に形成される、球状カーボン粒子の摩耗粉及びフッ素樹脂を含む移着フィルムが、相手材に強固に凝着し、潤滑作用をより効果的に発揮させることができる。前述のフェノール樹脂粒子を炭化したアモルファスカーボン粒子は、このような官能基を有する点でも好ましい。
【0031】
フェノール樹脂粒子を炭化した球状カーボン粒子は、市販のものを使用することができ、例えば、ユニチカ株式会社製、GCP、エア・ウォーター・ベルパール株式会社製、ベルパールC800、C2000等が挙げられる。
【0032】
球状カーボン粒子は、例えば特許文献4に記載のようなシラン被膜などの溶融成形時にガス化し得る被膜で被覆されていないものが好ましい。これにより、フッ素樹脂組成物を用いた溶融成形時にシラン被膜等のガス化性被膜に由来するガスによるボイドの発生を抑制することができる。その結果、球状カーボン粒子をフッ素樹脂に高充填した緻密な高次構造を有する成形体を得ることが可能となり、成形体の線膨張係数をより低下させることができる。
【0033】
球状カーボン粒子の含量は、成形体の摺動特性、特に耐摩耗性を向上する観点から、フッ素樹脂組成物全体中で10体積%以上55体積%以下であり、より好ましくは10体積%以上45体積%以下である。
【0034】
フッ素樹脂組成物に含まれる球状無機充填材は、D50粒子径が0.01~1μmの球状であり、炭素系ではないものである。また、繊維状のものも含まれない。無機充填材が球状であることで、マトリックスとなるフッ素樹脂中に均一に分散すること、成形体の熱膨張の異方性を抑制することができる。また、この球状無機充填材を粒状カーボン粒子と併用することで、粒子状カーボン粒子による、成形体の熱膨張の異方性を抑制し、成形体の靭性を向上する効果を保持し、かつ、耐摩耗性及び低摩擦性を向上する効果が得られる。球状無機充填材の形状は球状であればよいが、マトリックスとなるフッ素樹脂中への均一分散性、高充填性、成形体の熱膨張の等方性等の観点から、真球に近いものが好ましい。真球の基準としては、球状カーボン粒子と同様の真球度を用いることができる。球状無機充填材の真球度は、0.80以上であることが好ましく、0.85以上であることがより好ましく、0.90以上がさらに好ましく、0.95以上が最も好ましい。
【0035】
球状無機充填材を構成する材質としては、シリカ、マイカ、タルク、ガラス球、金属粒子、金属酸化物、セラミック球等が挙げられる。このうち、成形体の摺動特性の向上、特に耐摩耗性を向上する観点、成形体の線膨張係数を低下させる観点、フッ素樹脂中への均一分散性の観点等から、シリカが好ましい。シリカは、結晶性でも、非結晶性でもよいが、真球度が1に近い粒子を得やすいため、非晶性シリカがより好ましく、溶融シリカがさらに好ましい。
【0036】
また、球状無機充填材も、前述の球状カーボン粒子と同様に、同様の観点から、溶融成形時にガス化し得る被膜で被覆されていないものが好ましい。
【0037】
球状無機充填材のD50粒子径は0.01~1μmであればよいが、0.01~0.85μmがより好ましい。このような範囲にすることで高充填することが可能になる。球状無機充填材のD50粒子径は、例えば、レーザー回折・散乱法により測定することができる。
【0038】
球状無機充填材は市販のものを用いることができ、溶融シリカとしては、例えば、デンカ株式会社製、SFP30Mなどが挙げられる。
【0039】
球状無機充填材の含有量は、耐摩耗性、低摩擦性の観点から、フッ素樹脂組成物全体中で10体積%以上40体積%以下であるのが好ましく、15体積%以上35体積%以下がより好ましい。
【0040】
球状カーボン粒子及び球状無機充填材は、フッ素樹脂中への均一分散性の観点等から、フッ素樹脂と比重が近いものが好ましい。つまり、球状カーボン粒子及び球状無機充填材(A)の比重は、フッ素樹脂(B)と比重が近いものが好ましく、比重の比(A/B)が、0.7~1.5であるのが好ましい。
【0041】
実施形態に係るフッ素樹脂組成物には、本発明の効果を阻害しない範囲で、他の成分を添加することができる。このような成分としては、黒鉛、繊維状無機充填材、分散助剤、着色剤等が挙げられる。
【0042】
黒鉛は、所謂固体潤滑剤として機能するものであり、前述の球状カーボン粒子及び球状無機充填材とは異なる。黒鉛により成形体の摺動特性(例えば、低摩擦性、耐摩耗性、被削性)を調整することができる。黒鉛の大きさは、成形体の強度の観点からは、D50粒子径(球形でない場合の測定値を含む)が1~50μmが好ましい。黒鉛の形状は、例えば、鱗状、球状などが挙げられる。このうち、低摩擦性、耐摩耗性の観点からは、鱗状黒鉛が好ましい。
【0043】
黒鉛の含有量は、耐摩耗性、低摩擦性の観点から、フッ素樹脂組成物全体中で0体積%以上10体積%以下であるのが好ましい。添加する場合の下限は0体積%より大きければよい。ただし、成形体の強度が低下する傾向にあるため、例えば、後述する成形体の圧縮破断歪み(平均)が55%より大きくなるように調整する。
【0044】
繊維状無機充填材は、成形体の強度、摺動特性を向上させるために用いられる。このような繊維状無機充填材としては、例えば、炭素繊維、ガラス繊維、金属繊維、ウィスカ等が挙げられる。耐摩耗性の観点からは、炭素繊維が好ましい。
【0045】
繊維状無機充填材の含有量は、耐摩耗性の観点から、フッ素樹脂組成物全体中で0体積%以上20体積%以下であるのが好ましい。添加する場合の下限は0体積%より大きければよい。
【0046】
フッ素樹脂組成物は、前述の各成分を所望の体積基準の含有率となるように混合し、撹拌機で撹拌することで得ることができる。撹拌機としては、特に限定はないが、各成分の均一な分散性の観点から撹拌力が強いものが好ましく、例えば、ヘンシェルミキサー、ジューサーミキサー(実験用ブレンダー)、スーパーミキサーなどが挙げられる。フッ素樹脂組成物の性状は各成分の性状や混合時の条件等に応じて適宜決定されるが、各成分の良好な混合状態を確保する観点、溶融成形時の各成分の均一な分散性の観点から、粉体状であるのが好ましい。このような粉体状のフッ素樹脂組成物を得る場合は、各成分は粉体状のものを用いるのが好ましく、撹拌時に各成分を粉体状に維持できるように温度を調整するのが好ましい。また、各成分は、比重が近い粉体状のものを用いるのが好ましい。尚、各成分の体積基準の含有率は、前述のように各成分の添加する質量及び各成分の密度から算出することができる。また、フッ素樹脂組成物における各成分の体積基準の含有率は、成形体においても維持される。
【0047】
実施形態に係るフッ素樹脂成形体は、例えば前述のフッ素樹脂組成物を用いて成形された成形物である。そして、例えば後述する方法で製造することで、所定値以下の線膨張係数及び比摩耗量、所定値より大きい圧縮破断歪みを有する成形体とすることができる。また、成形体は良好な低摩擦性を有し得る。ここで、線膨張係数は、例えば、後述するように、JIS K7197に準拠した方法で測定することができる。また、圧縮破断歪みは、成形体の靭性の指標となるものであり、例えば、後述するように、JIS K7181に準拠して圧縮試験(圧縮速度5mm/min)を行うことで測定することができる。耐摩耗性及び低摩擦性は、例えば図1に示すピンオンディスク型摩擦摩耗試験機を用いた摩擦摩耗試験を行うことで比摩耗量及び所定の摩耗時間並びに摩擦係数を測定することで評価することができる。図1に示すピンオンディスク型摩擦摩耗試験機は、回転する相手ディスク(例えば所定の表面粗さの金属板にて作製したもの)にピン試料(例えばフッ素樹脂成形体により作製した円柱形状の試験片)を、重錘を用いて調整した所望の荷重で押し当て、発生する摩擦力をロードセルで測定し、摩耗量を変位計によりそれぞれ経時的に測定することが可能な構成を有する。
【0048】
フッ素樹脂成形体は、例えば以下のように前述のフッ素樹脂組成物を溶融状態で加圧し、加圧下で冷却固化する点に特徴を有するホットプレス成形により製造することができる。
【0049】
先ず、前述の所望のフッ素樹脂組成物を例えば圧縮成形用金型に充填し、圧縮プレスを用いて、常温で、所定圧力で所定時間加圧した後、除圧する(予備成形工程)。フリーシンター法では、この後離型して加熱炉に予備成形物を設置するが、前述のようなフッ素樹脂組成物を用いた場合は、形状を維持することができないか、困難になる。しかし、以下の工程を行うことで、最終的に形状を維持することが可能であり、所望の線膨張係数、圧縮破断歪み、比摩耗量等の摺動特性を付与可能である。
【0050】
予備成形工程の後、フッ素樹脂組成物が充填された状態の除圧後の圧縮成形用金型を、フッ素樹脂の融点以上の温度に加熱した加熱炉内に設置したり、或いは、その金型の外周にバンドヒータを巻き回したりして、所定時間加熱し、圧縮金型内のフッ素樹脂を溶融状態にする(型内加熱溶融工程)。加熱炉を使用する場合は、金型を均一に加熱可能なものであればよく、例えば、熱風循環炉などを採用することができる。
【0051】
次いで、フッ素樹脂が溶融状態のまま加熱炉内から圧縮成形用金型を取り出し、或いは、バンドヒータを取り外し、直ちに圧縮プレスに設置して、常温で、予備成形工程時の圧力以上の大きさで加圧を開始し、金型温度が150℃以下になった後、除圧し、離型する(加圧成形工程)。常温に冷却後、機械加工により所望の形状に加工することができる。このように、溶融状態にした所定のフッ素樹脂を含むフッ素樹脂組成物を加圧下で冷却し、固化することで、フッ素樹脂が、高充填された球状カーボン粒子及び球状無機充填材の周囲に隙間なく行き渡って、フッ素樹脂マトリックスに球状カーボン粒子及び球状無機充填材が強固に保持されるようになり、機械加工可能な靭性を有し、形状の維持が可能な成形体が得られると考えられる。フッ素樹脂がPTFEの場合は、PTFEの粒子同士が良好に融着することで所望の成形体が得られると考えられる。
【0052】
以上のようなフッ素樹脂成形体は、所定値以下の低い線膨張係数を有することで加熱による寸法変化を抑制可能であり、圧縮破断歪みが所定値より大きい、即ち、機械加工が可能な良好な靭性を有する。そのため、例えばラビリンスシールにおいて、回転軸と静止部とで構成される隙間の構造を精密で複雑にすることが可能であり、かつ、精密で複雑にすることよるシール性の向上効果を享受することができる。また、線膨張係数が静止部より低い回転軸と組み合わせて用いる各種の用途にも適用可能である。マトリックス樹脂として所定のフッ素樹脂を含有するため、各種回転機器等のシール部材や摺動材等として好適であり、回転機器の金属回転軸のシール部材、とりわけ、ラビリンスシールを構成するシール部材として好適である。回転機器では、ターボ圧縮機のシール部材として好適である。
【実施例0053】
以下、実施例に基づき本発明の実施形態についてより詳細に説明する。尚、実施例及び比較例で用いた各成分のD50粒子径、真球度は、前述の方法で測定した値である。
【0054】
(実施例1)
フッ素樹脂としてPTFE(三井・ケマーズフロロプロダクツ株式会社製、テフロン(登録商標)641-J、乳化重合法による重合体、ファインパウダー、溶融粘度:1012Pa・sec、比重:2.17)が40体積%、球状カーボン粒子(エア・ウォーター・ベルパール株式会社製、ベルパール(登録商標)C800、D50粒子径:15μm、比重:1.6、フェノール樹脂粒子を炭化させたアモルファスカーボンの粒子、真球度:0.95~1.0)が50体積%、球状無機充填材としてシリカ(デンカ株式会社製、SFP-30M、溶融シリカ、D50粒子径:0.7μm、比重:2.2、真球度:0.95~1.0)が10体積%となるように配合し、実験用小型ブレンダーにて4分間撹拌することで各成分が均一に混合した粉体状のフッ素樹脂組成物を得た。
【0055】
得られたフッ素樹脂組成物を、φ42mmの圧縮成形金型のキャビティに予備成形における圧縮後の成形高さが40mmとなるように投入し、圧縮プレスにて常温下、成形圧力10MPaで予備成形した後、金型にフッ素樹脂組成物が充填された状態で、常圧下、360℃に加熱して2時間保持し、PTFEを溶融させた。次いで、PTFEが溶融状態のまま圧縮プレスにて、30MPaに加圧した状態で金型温度が150℃以下となるまで冷却し、脱型することでフッ素樹脂成形体を得た。得られたフッ素樹脂成形体を用いて後述する評価を行った。
【0056】
(実施例2~5、比較例1~3、5)
表1に示す組成になるように各成分を配合した以外は、実施例1と同様にしてフッ素樹脂組成物を調製した後、当該フッ素樹脂組成物からなるフッ素樹脂成形体を作製し、後述する評価を行った。
【0057】
(比較例4)
表1に示す組成になるように各成分を配合した以外は、実施例1と同様にしてフッ素樹脂組成物を調製した後、当該フッ素樹脂組成物からなるフッ素樹脂成形体を作製しようとしたが、成形体を作製することができなかった。そのため、後述する評価を行うことができなかった。
【0058】
(実施例6~15、18、19)
表2に示す組成になるように各成分を配合し、実験用小型ブレンダーにて4分間撹拌する以外は、実施例1と同様にしてフッ素樹脂組成物を調製した後、当該フッ素樹脂組成物からなるフッ素樹脂成形体を作製し、後述する評価を行った。
【0059】
(実施例16、17)
表2に示す組成になるように各成分を配合し、スーパーミキサー(株式会社カワタ製、型式SMV(G)-100、容量100L)にて23分間撹拌する以外は、実施例1と同様にしてフッ素樹脂組成物を調製した。得られたフッ素樹脂組成物を、φ240~480mmの圧縮成形金型のキャビティに予備成形における圧縮後の成形高さが70~80mmとなるように投入し、圧縮プレスにて常温下、成形圧力10MPaで予備成形した後、金型にフッ素樹脂組成物が充填された状態で、常圧下、360℃に加熱して5~6時間保持し、PTFEを溶融させた。次いで、PTFEが溶融状態のまま圧縮プレスにて、30MPaに加圧した状態で金型温度が150℃以下となるまで冷却し、脱型することでフッ素樹脂成形体を得た。得られたフッ素樹脂成形体を用いて後述する評価を行った。
【0060】
(実施例20)
フッ素樹脂として乳化重合法によるPTFEに替えて、懸濁重合法によるPTFE(三井・ケマーズ フロロプロダクツ株式会社製、テフロン(登録商標) 7J、モールディングパウダー、溶融粘度:1012Pa・sec、比重:2.2)を用いた以外は、実施例6と同様にしてフッ素樹脂組成物を調製した後、当該フッ素樹脂組成物からなるフッ素樹脂成形体を作製し、後述する評価を行った。
【0061】
(評価)
<線膨張係数測定>
JIS K7197に準拠して、線膨張係数(線膨張率とも称する)を測定した。実施例1~20及び比較例1~3、5のフッ素樹脂成形体から、φ5mm×10mmの試験片を機械加工により作製した。次いで、熱機械測定装置(株式会社日立ハイテクサイエンス製、TMA/SS6100)を用いて、5℃/minで昇温した場合の、成形体成形時の圧縮方向(MD)および前記圧縮方向に対する直交方向(CD)の線膨張係数をそれぞれ測定し、両者の平均値を線膨張係数とした。測定に際しては、-120℃~300℃の温度範囲で測定したデータのうち、25℃~90℃の範囲における線膨張量から線膨張係数を算出した。線膨張係数が40ppm(4.0×10-5)/K以下のものを合格とした。
【0062】
<圧縮破断歪み測定>
JIS K7181に準拠して圧縮特性を測定した。実施例1~20及び比較例1~3、5のフッ素樹脂成形体から、φ8mm×20mmの試験片を機械加工により作製し、島津製作所製、オートグラフAG-X plus(加圧板を備える)を用いて、試験速度5mm/minにて上記MD方向、上記CD方向について圧縮試験を行った。加圧板間に設置された試験片が破断した時の歪み量(加圧板間距離の減少量)を加圧板間の初めの距離で除した値(%)を圧縮破断歪みとした。MD及びCD方向の圧縮歪みの平均値を試験片の圧縮破断歪みとして採用し、この平均値が55%より大きい場合を良好な強度特に靭性を有するものとして合格とした。
【0063】
<摩擦摩耗試験>
実施例1~20及び比較例1~3、5のフッ素樹脂成形体のMD方向、CD方向について、それぞれφ5mm×10mmの試験片を機械加工により作製した。次いで、図1に示す構成を有するピンオンディスク型摩擦摩耗試験機(スターライト工業株式会社製、オートピンディスクAPD-101)を用いて、下記に示す条件にてピンオンディスク試験を行い、摩擦係数、比摩耗量及び試験片が1mm摩耗する時間を求めた。ここでは、MD方向、CD方向の測定値の平均値を採用した。
相手ディスク:SUS304(Ra=0.3μm)
速度:3m/sec
荷重:1MPa
温度:室温
潤滑:無潤滑
試験時間:24時間又は摩耗高さが1mmを超えるまで
【0064】
比摩耗量は、下記式により算出した。
比摩耗量=摩耗体積/荷重×摺動距離
【0065】
摩擦係数については、値が小さいほど良く、0.50以下である場合を実用可能とし、0.40以下である場合を良好とした。比摩耗量については、値が小さいほど良く、4.0×10-6mm/N・m以下である場合を良好とした。試験片が1mm摩耗する時間については、時間が長い方がよく、24時間以上である場合を良好とした。
【0066】
実施例及び比較例のフッ素樹脂組成物の組成及び評価結果を表1、2に示す。尚、摩擦摩耗試験の試験時間について、試験片が1mm摩耗した時間(停止するまでの時間)を記載した。試験時間が24時間を経過した時点で摩耗高さが1mmに満たないものについては、「>24」と標記した。
【0067】
【表1】
【0068】
表1に示すように、実施例1~5のフッ素樹脂組成物を用いた場合は、そのフッ素樹脂成形体のMD方向とCD方向の線膨張係数の平均値が39ppm(×10-6)/K以下であり、圧縮破断歪み(MD方向とCD方向の平均値)が58.5%以上と良好な靭性を有し、さらに、摩擦係数が0.36以下、比摩耗量が3.7×10-6mm/N・m以下、試験片が1mm摩耗する時間が24時間を超える、と良好な摺動特性を有することが分かる。一方、比較例4ではフッ素樹脂成形体を得ることができず、比較例1~3、5のフッ素樹脂組成物では、そのフッ素樹脂成形体のMD方向とCD方向の線膨張係数の平均値、圧縮破断歪み(MD方向とCD方向の平均値)が、所定の範囲内で、かつ、実施例のように良好な摺動特性を有するものはないことが分かる。
【0069】
【表2】
【0070】
表2に示すように、実施例2、4と組成がそれぞれ同じ実施例16、17は、フッ素樹脂組成物を作製する際に使用した撹拌機を実験用小型ブレンダーからスーパーミキサーに変更したものであるが、その成形体では実施例2、4と同程度の評価結果が得られることが分かる。また、実施例1~3などに用いた必須成分(PTFE(乳化重合)、シリカ、球状カーボン粒子)に加えて、所定の鱗状黒鉛、あるいは炭素繊維を所定量含む実施例9~15の場合、特に比摩耗量の改善効果が期待できることが分かる。
さらに、実施例1~8に対してPTFEの組成比を低下させた実施例18では摩擦係数が高く圧縮破断歪みが低くなり、PTFEの組成比を増加させた実施例19では摩擦係数が低く圧縮破断歪みが高くなる傾向を示した。
マトリックス樹脂として用いたフッ素樹脂を乳化重合法によるPTFE(ファインパウダー)から、成形品用途に多用されている懸濁重合法によるPTFE(モールディングパウダー)に変更した実施例20は、同一組成比の実施例1と遜色ない特性値を示しているものの、熱膨張係数は若干高い値を示していることが分かる。
図1