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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024014694
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/3581 20140101AFI20240125BHJP
【FI】
G01N21/3581
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023041605
(22)【出願日】2023-03-16
(31)【優先権主張番号】P 2022117099
(32)【優先日】2022-07-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】北村 文乃
(72)【発明者】
【氏名】沖津 直哉
(72)【発明者】
【氏名】池田 誠人
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA03
2G059BB08
2G059CC12
2G059EE01
2G059EE12
2G059HH05
2G059MM01
2G059MM12
(57)【要約】
【課題】低分子量から高分子量、あるいは超高分子量の幅広い範囲においてまで、分子量を推定することが可能な分析方法を提供することを目的とする。
【解決手段】高分子化合物のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルデータを、検量モデルに入力して、前記高分子化合物の分子量に関する情報を出力する工程を含み、前記検量モデルが、テラヘルツ帯域における吸光度スペクトルに基づいて、前記高分子化合物の分子量に関する情報を出力するものである、分析方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子化合物のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルデータを、検量モデルに入力して、前記高分子化合物の分子量に関する情報を出力する工程を含み、
前記検量モデルが、テラヘルツ帯域における吸光度スペクトルに基づいて、前記高分子化合物の分子量に関する情報を出力するものである、
分析方法。
【請求項2】
前記分子量に関する情報が、粘度平均分子量、重量平均分子量、数平均分子量、又は分子量分布を含む、
請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
前記吸光度スペクトルデータが、3~999cm-1のテラヘルツ帯域を含む、
請求項1に記載の分析方法。
【請求項4】
前記吸光度スペクトルデータが、50~600cm-1のテラヘルツ帯域を含む、
請求項1に記載の分析方法。
【請求項5】
前記吸光度スペクトルデータが、波数に対する吸収係数を含む、
請求項1に記載の分析方法。
【請求項6】
前記吸光度スペクトルデータの全て又は一部を、前記検量モデルに入力する、
請求項1に記載の分析方法。
【請求項7】
前記検量モデルが、前記高分子化合物のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルを多変量解析処理して作成されたものである、
請求項1に記載の分析方法。
【請求項8】
前記多変量解析処理が、PLS処理を含む、
請求項7に記載の分析方法。
【請求項9】
前記高分子化合物が、ポリエチレンを含む、
請求項1に記載の分析方法。
【請求項10】
前記ポリエチレンが、チーグラー・ナッタ触媒を用いて合成したポリエチレンを含む、
請求項9に記載の分析方法。
【請求項11】
高分子化合物のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルを多変量解析処理して、検量モデルを作成する工程を有する、
検量モデルの生成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子化合物を含む被測定試料の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、周波数領域が光と電波の境界領域に相当するおよそ0.1THz~30THz(波数3cm-1~999cm-1)の電磁波が、テラヘルツ(THz)波あるいは遠赤外光と呼ばれ、物質分析や有機化学研究の分野で注目されている。このテラヘルツ帯の周波数は、タンパク質などの生体関連分子や高分子材料における固有振動に対応しているため、生体機能や分子構造の解析などへの応用が検討されている(特許文献1)。
【0003】
一般に、赤外領域を中心とする分析は、定量性にも優れており、様々な測定分析に用いられている。分子内の官能基に関する分析としては中赤外光が広く用いられており、中赤外より周波数の低い遠赤外又はテラヘルツ帯においては、たとえばポリエチレンの大域的な情報が得られることが期待される。しかしながら、テラヘルツ帯から得られるポリエチレンの大域的な情報についての報告はそこまで多くはなく、71cm-1付近に結晶領域由来の振動があり(非特許文献1)、530~550cm-1付近に非晶質領域由来の振動(非特許文献2)があることが知られている程度である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6595982号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Bank, M. I., and Samuel Krimm, Lattice‐frequency studies of crystalline and fold structure in polyethylene, Journal of Applied Physics 39, p. 4951 (1968)
【非特許文献2】J. Zirke and M. Meissner, Far-infrared absorbance and thermal properties of polyethylene, Infrared Phys.,Vol. 18, p. 875 (1978)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、一般に、高分子化合物の分子量の評価は、GPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)による数平均分子量Mn、重量平均分子量Mw、あるいは毛細管粘度計による粘度平均分子量Mvを用いる。しかしながら、GPCでは、測定に時間がかかり、溶媒に溶かして所定の装置を用いて測定する必要があるため操作が煩雑であり、また、分子量増加に伴い測定精度が低下しやすい。特に、測定可能な分子量範囲はカラムの構成に依存するため、測定対象の分子量に応じて適切なカラムを選択して設置しておく必要がある。すなわち、低分子量から高分子量、あるいは超高分子量の幅広い範囲のサンプルを簡便に測定することは困難である。
【0007】
また、毛細管粘度計による測定においても、測定に時間がかかり、溶媒に溶かして所定の装置を用いて測定する必要があるため操作が煩雑である。そのため、高分子化合物の分子量の評価として、より簡便な新たな手法が切望されている。
【0008】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、低分子量から高分子量、あるいは超高分子量の幅広い範囲においてまで、簡便に分子量を推定することが可能な分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕
高分子化合物のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルデータを、検量モデルに入力して、前記高分子化合物の分子量に関する情報を出力する工程を含み、
前記検量モデルが、テラヘルツ帯域における吸光度スペクトルに基づいて、前記高分子化合物の分子量に関する情報を出力するものである、
分析方法。
〔2〕
前記分子量に関する情報が、粘度平均分子量、重量平均分子量、数平均分子量、又は分子量分布を含む、
〔1〕に記載の分析方法。
〔3〕
前記吸光度スペクトルデータが、3~999cm-1のテラヘルツ帯域を含む、
〔1〕又は〔2〕に記載の分析方法。
〔4〕
前記吸光度スペクトルデータが、50~600cm-1のテラヘルツ帯域を含む、
〔1〕~〔3〕のいずれか一項に記載の分析方法。
〔5〕
前記吸光度スペクトルデータが、波数に対する吸収係数を含む、
〔1〕~〔4〕のいずれか一項に記載の分析方法。
〔6〕
前記吸光度スペクトルデータの全て又は一部を、前記検量モデルに入力する、
〔1〕~〔5〕のいずれか一項に記載の分析方法。
〔7〕
前記検量モデルが、前記高分子化合物のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルを多変量解析処理して作成されたものである、
〔1〕~〔6〕のいずれか一項に記載の分析方法。
〔8〕
前記多変量解析処理が、PLS処理を含む、
〔7〕に記載の分析方法。
〔9〕
前記高分子化合物が、ポリエチレンを含む、
〔1〕~〔8〕のいずれか一項に記載の分析方法。
〔10〕
前記ポリエチレンが、チーグラー・ナッタ触媒を用いて合成したポリエチレンを含む、
〔9〕に記載の分析方法。
〔11〕
高分子化合物のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルを多変量解析処理して、検量モデルを作成する工程を有する、
検量モデルの生成方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、低分子量から高分子量、あるいは超高分子量の幅広い範囲においてまで、簡便に分子量を推定することが可能な分析方法を提供することができる。
【0011】
さらに、テラヘルツ帯域における吸光度スペクトルの測定においては、GPCや毛細管粘度計による測定のように高分子化合物を溶剤に溶解して測定サンプルを調製する必要がない。そのため、本発明によればより簡便に分子量を推定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本実施形態の分析方法の一例を表すフローチャートを示す。
図2A】サンプルA及びBの吸光度スペクトルデータを示す図である。
図2B】サンプルD,F,及びGの吸光度スペクトルデータを示す図である。
図2C】サンプルC及びEの吸光度スペクトルデータを示す図である。
図2D】サンプルH及びIの吸光度スペクトルデータを示す図である。
図2E】サンプルJ及びKの吸光度スペクトルデータを示す図である。
図3A】検証1における、粘度平均分子量Mvの推定値と実際値と、の相関性を示す図である。
図3B】検証2における、粘度平均分子量Mvの推定値と実際値と、の相関性を示す図である。
図3C】検証3における、粘度平均分子量Mvの推定値と実際値と、の相関性を示す図である。
図4】本実施形態の分析方法を実施する分析装置の機能的な構成を示すブロック図の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態(以下、「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0014】
1.分析方法
本実施形態の分析方法は、高分子化合物のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルデータを、検量モデルに入力して、高分子化合物の分子量に関する情報を出力する工程を含み、検量モデルが、テラヘルツ帯域における吸光度スペクトルに基づいて、高分子化合物の分子量に関する情報を出力するものである。
【0015】
被測定試料は、高分子化合物を含む。高分子化合物としては、特に限定されないが、例えば、オレフィン樹脂、アクリル樹脂、塩化ビニル樹脂、塩化ビニリデン樹脂、アミド樹脂、エステル樹脂、エーテル樹脂、ウレタン樹脂、シリコーン樹脂、スチレン樹脂、ビニルアルコール樹脂、フッ素樹脂、イミド樹脂、イミン樹脂、スルホン樹脂、ビニルピロリドン樹脂、ビニルカプロラクタム樹脂、アクリロイルモルフォリン樹脂、アミロース系樹脂、デンプン系樹脂、セルロース樹脂、多糖類などが挙げられる。
【0016】
オレフィン樹脂としては、特に限定されないが、例えば、ポリエチレン(低密度、中密度、高密度)、ポリプロピレン、ポリメチルペンテン、ポリブテン、エチレン-プロピレン共重合体、プロピレン-ブテン共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレン-アクリル酸共重合体、エチレン-ブテン共重合体、エチレン-プロピレン-ブテン共重合体、ポリオレフィン系熱可塑性エラストマー等が挙げられる。
【0017】
高分子化合物の一例としては、ポリエチレンがより好ましく、チーグラー・ナッタ触媒を用いて合成したポリエチレンがさらに好ましい。ポリエチレンは、分岐型ポリエチレンであっても直鎖型ポリエチレンであっても制限されない。また、低密度ポリエチレンであっても高密度ポリエチレンであっても制限されない。
【0018】
アクリル樹脂としては、特に限定されないが、例えば、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、アクリル-スチレン共重合体、アクリル-酢酸ビニル共重合体、アクリル-塩化ビニル共重合体、アクリル-エチレン共重合体、ポリ酢酸ビニル、酢酸ビニル-塩ビ共重合体、酢酸ビニル-エチレン共重合体、酢酸ビニル-スチレン共重合体などが挙げられる。
【0019】
塩化ビニル樹脂としては、特に限定されないが、例えば、ポリ塩化ビニル、塩ビニル-アクリル共重合体、塩ビニル-エチレン共重合体、塩ビニル-スチレン共重合体などが挙げられる。
【0020】
塩化ビニリデン樹脂としては、特に限定されないが、例えば、塩化ビニリデン-塩化ビニル共重合体、塩化ビニリデン-アクリロニトリル共重合体などの塩化ビニリデン共重合体などが挙げられる。
【0021】
アミド樹脂としては、特に限定されないが、例えば、ポリアミド6、ポリアミド66などの脂肪族ポリアミド樹脂;ポリm-フェニレンイソフタルアミド、ポリp-フェニレンテレフタルアミドなどの芳香族ポリアミド樹脂;アラミド樹脂などが挙げられる。
【0022】
エステル樹脂としては、特に限定されないが、例えば、ポリアルキレンアリレート系樹脂、ポリアリレート系樹脂、液晶性ポリエステルなどが挙げられる。ポリアルキレンアリレート系樹脂としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリ1,4-シクロヘキシルジメチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートなどが挙げられる。
【0023】
ウレタン樹脂としては、特に限定されないが、例えば、ポリエステル系ポリウレタン樹脂、ポリエーテル系ポリウレタン樹脂、及びポリカーボネート系ポリウレタン樹脂などが挙げられる。
【0024】
フッ素樹脂としては、特に限定されないが、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリビニリデンフルオライド、ポリビニルフルオライド、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体、エチレン-クロロトリフルオロエチレン共重合体などが挙げられる。
【0025】
セルロース樹脂としては、特に限定されないが、例えば、ニトロセルロース、セルロースアセテート、セルロースアセテートプロピオネートなどのセルロースエステル、エチルセルロースなどが挙げられる。
【0026】
上記高分子化合物は例示にすぎず、上記例示にないものであっても、従来より公知の高分子化合物は制限なく、本実施形態の分析方法の対象とすることができる。
【0027】
本実施形態の分析方法は、このような高分子化合物を対象として、所定のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルデータを用いることにより、低分子量から高分子量、あるいは超高分子量の幅広い範囲においてまで、その高分子化合物の分子量を簡便に推定することができる。また、本実施形態の分析方法によれば、GPCや毛細管粘度計を使用した従来の測定方法とは異なり、高分子化合物を溶剤に溶解する必要もなく、測定手順はより簡便なものとなる。
【0028】
本実施形態の分析方法が出力する高分子化合物の分子量に関する情報としては、特に限定されないが、例えば、粘度平均分子量、重量平均分子量、数平均分子量等の情報が挙げられる。また、高分子化合物の分子量に関する情報としては、これら平均分子量に基づくパラメータを含んでもよい。そのようなパラメータとしては、特に限定されないが、例えば、分子量分布などが挙げられる。
【0029】
図1に、本実施形態の分析方法の一例を表すフローチャートを示し、以下、図1に準じて本実施形態の分析方法について説明する。但し、本実施形態の分析方法は、これに限定されるものではない。
【0030】
1.1.吸光度スペクトルデータを得る工程(Step101)
吸光度スペクトルデータを得る工程においては、被測定試料のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルデータを得る。テラヘルツ帯域における吸光度スペクトルデータを得る方法としては、特に限定されず、例えば、公知の測定装置を用いて測定してもよい(Step1011)。測定装置としては、特に限定されないが、例えば、テラヘルツ帯域で入射光強度と透過光強度を取得可能なフーリエ変換型THz分光装置が挙げられる。
【0031】
測定装置によりテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルデータを得る際に用いる測定サンプルとしては、特に限定されないが、例えば、加熱下で加圧して得られたシートや、射出成型により得られた成形品が挙げられる。また、測定環境は、大気中、室温としてもよい。
【0032】
本実施形態の分析方法を実行する分析装置(以下、単に「分析装置」ともいう。)を用いる場合には、その分析装置は、吸光度スペクトルデータを測定する測定装置から有線又は無線ネットワークを介して吸光度スペクトルデータを取得してもよいし、分析装置は測定装置と一体となっていてもよい。
【0033】
また、テラヘルツ帯域における吸光度スペクトルデータを得る他の方法としては、吸光度スペクトルデータを測定することに代えて、すでに測定され任意のストレージに記録された吸光度スペクトルデータを分析装置が取得するようにしてもよい。ストレージとしては、例えば、分析装置が有するストレージであってもよいし、又は、分析装置と有線又は無線ネットワークを介して接続された他の装置のストレージであってもよい。また、他の装置は、吸光度スペクトルデータを記憶したサーバやクラウドストレージ等であってもよい。
【0034】
吸光度スペクトルデータは、所定の電磁波を被測定試料に通過させ、被測定試料と相互作用した後の電磁波を検出したものである。このような吸光度スペクトルデータは、例えば、横軸が、波数(cm-1)、周波数(THz)、又は波長(m)で表されてもよく、縦軸が、吸光度(A.U.)、吸収係数(cm-1)、又は透過率(%)で表されてもよい。
【0035】
なお、被測定試料を透過した電磁波の吸光度等に基づいて吸収係数αを算出する工程を吸光度スペクトルデータの規格化(Step1012)ともいう。たとえば強度I0の電磁波が被測定試料中を距離x(厚さ)だけ進むと、被測定試料を透過した電磁波の強度Iは距離xの指数関数式(1)で表される関係が成り立つ。この指数関数式(1)を対数を用いて表すと、入射光と透過光の強度比の対数が、吸収層の厚さに比例する式(2)となる。この際の比例定数αが吸収係数(cm-1)である(式(3))。このようにして算出される吸収係数を用いることにより、厚さにかかわらず吸光度スペクトルデータを評価できる。
I=I0-αx ・・・ (1)
-log10(I/I0)=0.4343αx ・・・ (2)
α=-log10(I/I0)/0.4343x ・・・ (3)
α :吸収係数[cm-1
0 :入射前の電磁波の強度
I :入射後の電磁波の強度(透過光強度)
log10(I/I0):吸光度
x :試料厚[cm]
【0036】
本実施形態において、テラヘルツ帯域とは、3~999cm-1であってもよく、50~600cm-1であってもよく、260~600cm-1であってもよく、50~170cm-1であってもよく、410~600cm-1等の特定の範囲であってもよい。また、テラヘルツ帯域とは、400cm-1の波数等の特定の波数であってもよい。さらに、特定の範囲や特定の波数は、テラヘルツ帯域の範囲内であれば、任意の複数を適宜組み合わせて規定してもよい。
【0037】
図2A図2Eに、実施例において取得した吸光度スペクトルデータの一例を示す。図2A図2Eは、高分子化合物の種類を一致させて、分子量、触媒種、その他重合条件の異なるポリエチレンの吸光度スペクトルデータを示している。このように、高分子化合物の種類を一致させたとしても、分子量等の違いによって、吸光度スペクトルデータは相当程度異なるものが得られる。
【0038】
人の目ではこのように異なる吸光度スペクトルデータから、分子量の傾向を把握することは困難であるが、例えば、多変量解析処理を行うと、吸光度スペクトルデータと分子量の相関関係を得ることができる。その結果の一例を図3A図3Cに示す。
【0039】
図3Aは、50~600cm-1の吸光度スペクトルデータに基づいて多変量解析処理により分子量推定モデルを創出して、分子量推定精度の検証を行った結果である。また、図3Bは、一部の領域である260~600cm-1の吸光度スペクトルデータに基づいて多変量解析処理により分子量推定モデルを創出して、分子量推定精度の検証を行った結果である。さらに、図3Cは、複数の領域である50~170cm-1と410~600cm-1の吸光度スペクトルデータに基づいて多変量解析処理により分子量推定モデルを創出して、分子量推定精度の検証を行った結果である。
【0040】
図3A図3Cの結果からわかるように、本実施形態の分析方法においては、分子量の推定においてテラヘルツ帯域の特定の領域の形状やスペクトルピークに特に依拠して推定モデルが構築されるわけではないことが分かる。そうであるとしても、精度の観点からすればある程度の範囲のテラヘルツ帯域に基づいて、分子量推定モデルを創出することが好ましい。
【0041】
この観点から、検量モデルに入力する吸光度スペクトルデータの波数幅は、3~999cm-1のうち、好ましくは、5%以上であってもよく、10%以上であってもよく、15%以上であってもよく、20%以上であってもよく、25%以上であってもよく、30%以上であってもよく、35%以上であってもよく、40%以上であってもよい。また、検量モデルに入力する吸光度スペクトルデータの波数幅は、3~999cm-1のうち、好ましくは、100%以下であってもよく、95%以下であってもよく、90%以下であってもよく、85%以下であってもよく、80%以下であってもよく、75%以下であってもよく、70%以下であってもよく、65%以下であってもよく、60%以下であってもよく、55%以下であってもよく、50%以下であってもよい。
【0042】
また、同様の観点から、検量モデルに入力する吸光度スペクトルデータの波数幅は、50~600cm-1のうち、好ましくは、5%以上であってもよく、10%以上であってもよく、15%以上であってもよく、20%以上であってもよく、25%以上であってもよく、30%以上であってもよく、35%以上であってもよく、40%以上であってもよく、45%以上であってもよく、50%以上であってもよく、55%以上であってもよく、60%以上であってもよい。また、検量モデルに入力する吸光度スペクトルデータの波数幅は、50~600cm-1のうち、好ましくは、100%以下であってもよく、95%以下であってもよく、90%以下であってもよく、85%以下であってもよく、80%以下であってもよく、75%以下であってもよく、70%以下であってもよく、65%以下であってもよい。
【0043】
なお、上記範囲は、上述の複数の下限の候補値のうちの任意の1つと、上述の複数の上限の候補値のうちの任意の1つの組み合わせによって定められてもよい。テラヘルツ帯域が広いほど検量モデルに入力するデータ量が多くなるため、出力される分子量に関する情報の精度がより向上する傾向にある。また、他方で、テラヘルツ帯域が狭いほど検量モデルに入力するデータ量が少なくなるため、計算速度がより向上する傾向にある。
【0044】
本実施形態において、「波数範囲」とは、2つの波数(上限値と下限値)で画定される波数の範囲を意味する。したがって、波数範囲が50~600cm-1であるとは、50cm-1(波数の下限値)から600cm-1(波数の上限値)までの範囲を意味する。
【0045】
また、本実施形態において、「波数幅」とは、2つの波数(上限値と下限値)で画定される波数の範囲幅(波数の上限値と下限値の差)を意味するものとする。
【0046】
ここで、例えば、検量モデルに入力する吸光度スペクトルデータの波数幅が「50~600cm-1のうち40%である」とは、50cm-1から600cm-1までの波数幅(550cm-1=600cm-1-50cm-1)のうち、220cm-1(=550cm-1×40%)の波数幅を意味する。
【0047】
また、220cm-1の波数幅を波数範囲で表すと、例えば、50~270cm-1の波数範囲、100~320cm-1の波数範囲、150~370cm-1の波数範囲など、波数の上限値と下限値の差が220cm-1のとなる波数範囲であれば特に制限されない。また、例えば、50~100cm-1の波数範囲と150~320cm-1の波数範囲のように複数の波数範囲の合計が、220cm-1の波数幅を満たすようにしてもよい。
【0048】
また、検量モデルに入力する吸光度スペクトルデータの波数領域又は波数幅の例示は、検量モデルを作成する際に用いる吸光度スペクトルデータの波数領域又は波数幅の例示としても使用することができる。
【0049】
吸光度スペクトルデータを得る工程においては、続く、分子量情報を出力する工程に先立ち、検量モデルに入力する吸光度スペクトルデータの特徴帯域又は特徴ピークを特定してもよい(Step1013)。例えば、吸光度スペクトルデータが50~600cm-1の帯域を含む場合には、そのなかから、後述する検量モデルの入力値として、400~520cm-1の帯域、あるいはその一部のみを特定して、入力用のデータとしてもよいし、400~520cm-1、あるいはその一部の帯域のほか、200~400cm-1の帯域を特定してもよい。あるいは、後述する検量モデルの入力値として、400~520cm-1の帯域のほか、550~600cm-1におけるピークトップの位置やピークの積算値などを特定してもよい。ここで特定するデータは検量モデルにおける特徴量に対応するものであり、Step1013においては、予め検量モデルにおける特徴量を吸光度スペクトルデータから特定したり、算出したりしてもよい。
【0050】
1.2.分子量情報を出力する工程(Step102)
分子量情報を出力する工程においては、得られた吸光度スペクトルデータを、検量モデルに入力して、高分子化合物の分子量に関する分子量情報を出力する。
【0051】
分子量情報を出力する工程においては、吸光度スペクトルデータの全て又は一部を、検量モデルに入力してもよい。例えば、吸光度スペクトルデータが50~600cm-1の帯域を含む場合、50~600cm-1の吸光度スペクトルデータの全てを検量モデルに入力してもよいし、その一部である260~600cm-1の吸光度スペクトルデータを検量モデルに入力してもよい。また、吸光度スペクトルデータの一部を検量モデルに入力する態様としては、例えば、50~170cm-1と410~600cm-1のように複数の吸光度スペクトルデータの範囲を検量モデルに入力してもよい。
【0052】
さらに、これに代えて又は加えて、特定の波数における吸収係数αに関する情報として、吸収係数ピークの高さや吸収係数ピークトップの位置等に関する情報等についても、吸光度スペクトルデータの一部として検量モデルに入力してもよい。検量モデルに入力される吸光度スペクトルデータに関するこれら情報は、いずれも検量モデルが考慮する特徴量に対応するものである。
【0053】
検量モデルは、テラヘルツ帯域における吸光度スペクトルに基づいて、高分子化合物の分子量に関する情報を出力する。出力する高分子化合物の分子量に関する情報としては、特に限定されないが、例えば、粘度平均分子量、重量平均分子量、数平均分子量、分子量分布等の情報が挙げられる。
【0054】
1.3.検量モデル
本実施形態において検量モデルは、吸光度スペクトルデータを入力値とし、高分子化合物の分子量に関する情報を出力値とするモデルである。このような検量モデルは、例えば、ある高分子化合物の分子量、分岐度、分子量分布などの情報と、その高分子化合物のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルを多変量解析処理して作成されたものであってもよい。
【0055】
この際に用いる吸光度スペクトルは、分子量の異なる同種の高分子化合物のサンプルの吸光度スペクトルであってもよい。また、そのような吸光度スペクトルには、分子量分布あるいは高分子の分岐状態の異なる同種の高分子化合物のサンプルの吸光度スペクトルがふくまれてもよい。
【0056】
例えば、従来公知の特許文献や非特許文献の実験例の記載に基づいて、同種の高分子化合物を合成し、それらの分子量とテラヘルツ帯域の吸光度スペクトルを測定することで、多変量解析処理に供するデータを収集してもよい。あるいは、市販されている同種の高分子化合物について、それらの分子量とテラヘルツ帯域の吸光度スペクトルを測定することで、多変量解析処理に供するデータを収集してもよい。
【0057】
ここで、「同種の高分子化合物」とは、使用するモノマー種が同じ高分子化合物であってもよい。例えば、単独重合体については、単独重合体を構成するモノマーが同じである高分子化合物は分岐等の有無などにおいて相違するとしても「同種の高分子化合物」としてもよい。また、共重合体については、共重合体を構成する複数のモノマーが一致していれば、コモノマーの共重合比率などにおいて相違するとしても「同種の高分子化合物」としてもよい。
【0058】
多変量解析処理としては、特に限定されないが、例えば、主成分分析(PCA)、部分的最小2乗法(PLS)、多重線形回帰等が挙げられる。このなかでも、部分的最小2乗法(PLS)が好ましい。これにより、出力される高分子化合物の分子量に関する情報の精度がより向上する傾向にある。
【0059】
2.分析装置
図4に、本実施形態の分析方法を実施する分析装置の機能的な構成を示すブロック図の一例を示す。なお、本実施形態の分析方法は、吸光度スペクトルデータを、検量モデルに入力して、被測定試料に含まれる高分子化合物の分子量に関する情報を出力する工程が実施できるのであれば、当該分析装置によって実施される必要はない。
【0060】
図4に示す分析装置100は、例えば、プロセッサ110、通信インターフェース120、入出力インターフェース130、メモリ140、ストレージ150、及びこれらの構成要素を相互接続するための1つ又は複数の通信バス160を含む。図4に示す分析装置100は、例えば、パーソナルコンピュータ、タブレット、又はサーバであってもよい。
【0061】
プロセッサ110は、ストレージ150に記憶されるプログラムに含まれるコード、又は、命令によって実現する処理、機能、又は、方法を実行する。プロセッサ110は、限定でなく例として、1又は複数の中央処理装置(CPU)、MPU(Micro Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)、マイクロプロセッサ(microprocessor)、プロセッサコア(processor core)、マルチプロセッサ(multiprocessor)、ASIC(Application-Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field Programmable Gate Array)等を含み、集積回路(IC(Integrated Circuit)チップ、LSI(Large Scale Integration))等に形成された論理回路(ハードウェア)や専用回路によって各実施形態に開示されるそれぞれの、処理、機能、又は、方法を実現してもよい。
【0062】
通信インターフェース120は、ネットワークNを介して他の装置と各種データの送受信を行う。当該通信は、有線、無線のいずれで実行されてもよく、互いの通信が実行できるのであれば、どのような通信プロトコルを用いてもよい。例えば、通信インターフェース120は、ネットワークアダプタ等のハードウェア、各種の通信用ソフトウェア、又はこれらの組み合わせとして実装される。
【0063】
ネットワークNは、限定でなく例として、アドホック・ネットワーク(Ad Hoc Network)、イントラネット、エクストラネット、仮想プライベート・ネットワーク(Virtual Private Network:VPN)、ローカル・エリア・ネットワーク(Local Area Network:LAN)、ワイヤレスLAN(Wireless LAN:WLAN)、広域ネットワーク(Wide Area Network:WAN)、ワイヤレスWAN(Wireless WAN:WWAN)、大都市圏ネットワーク(Metropolitan Area Network:MAN)、インターネットの一部、公衆交換電話網(Public Switched Telephone Network:PSTN)の一部、携帯電話網、ISDNs(Integrated Service Digital Networks)、無線LANs、LTE(Long Term Evolution)、CDMA(Code Division Multiple Access)、ブルートゥース(Bluetooth(登録商標))、衛星通信等であってよく、これらが組み合わせられてもよい。ネットワークは、1つまたは複数のネットワークを含むことができる。
【0064】
入出力インターフェース130は、分析装置100に対する各種操作を入力する入力装置、および、分析装置100で処理された処理結果を出力する出力装置を含む。例えば、入出力インターフェース130は、キーボード、マウス、及びタッチパネル等の情報入力装置、及びディスプレイ等の情報出力装置を含む。なお、分析装置100は、外付けの入出力インターフェース130を接続することで、所定の入力を受け付けてもよいし、所定の出力を実行してもよい。例えば、分析装置100は、入出力インターフェース130を介して測定装置と接続可能であってもよい。
【0065】
メモリ140は、ストレージ150からロードしたプログラムを一時的に記憶し、プロセッサ110に対して作業領域を提供する。メモリ140には、プロセッサ110がプログラムを実行している間に生成される各種データも一時的に格納される。メモリ140は、例えば、DRAM、SRAM、DDR RAM又は他のランダムアクセス固体記憶装置などの高速ランダムアクセスメモリであってよく、これらが組み合わせられてもよい。
【0066】
ストレージ150は、プログラム、各機能部、及び各種データを記憶する。ストレージ150は、例えば、1つ又は複数の磁気ディスク記憶装置、光ディスク記憶装置、フラッシュメモリデバイス、又は他の不揮発性固体記憶装置などの不揮発性メモリ等であってよく、これらが組み合わせられてもよい。ストレージ150の他の例としては、プロセッサ110から遠隔に設置される1つ又は複数の記憶装置を挙げることができる。
【0067】
本発明の一実施形態において、ストレージ150はプログラム、機能部及びデータ構造、又はそれらのサブセットを格納する。装置100は、ストレージ150に記憶されているプログラムに含まれる命令をプロセッサ110が実行することによって、図4に示すように、推定部154や学習部155として機能するように構成されている。
【0068】
オペレーティングシステム151は、例えば、様々な基本的なシステムサービスを処理するとともにハードウェアを用いてタスクを実行するためのプロシージャを含む。
【0069】
ネットワーク通信モジュール152は、例えば、装置100を他のコンピュータに、通信インターフェース120、及びインターネット、他の広域ネットワーク、ローカル・エリア・ネットワーク、大都市圏ネットワークなどの1つ又は複数の通信ネットワークを介して接続するために使用される。
【0070】
吸光度スペクトルデータ153は、Step101において得られた被測定試料の吸光度スペクトルデータが格納されてもよい。また、その吸光度スペクトルデータは、Step1012によって算出した吸収係数αであってもよいし、Step1013において特定した検量モデルに入力する吸光度スペクトルデータの特徴帯域又は特徴ピークに関する情報であってもよい。
【0071】
推定部154は、得られた吸光度スペクトルデータを吸光度スペクトルデータ153に格納し(Step101)、必要に応じて、吸収係数αの算出や特徴帯域又は特徴ピークの特定を行ってもよい。また、推定部154は、吸光度スペクトルデータを、検量モデルに入力して、高分子化合物の分子量に関する情報を出力する工程(Step102)を実行してもよい。
【0072】
学習部155は、高分子化合物のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルを多変量解析処理して検量モデルを作成してもよい。より具体的には、学習部155は、ある高分子化合物の分子量、分岐度、分子量分布などの情報と、その高分子化合物のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルを多変量解析することにより検量モデルを作成してもよい。
【実施例0073】
以下、本発明を実施例及び比較例を用いてより具体的に説明する。本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。なお、特に断らない限り測定などは常温で行うことができる。
【0074】
1.高分子化合物
実施例においては、高分子化合物として複数のポリエチレンサンプルを作製し、分子量の検量モデルの作成と検証を行った。ポリエチレンは比較的に低分子量から高分子量まで作成が可能であり、本発明が、低分子量から高分子量、あるいは超高分子量の幅広い範囲においてまで、簡便に分子量を推定することが可能な分析方法であることを示すのに適した高分子化合物の一つであると考えられる。また、ポリエチレンは、触媒種や製造条件に応じて分岐等も導入されうる高分子化合物であり、そのように形態の違いがあったとしても、本発明の分析方法によれば分子量の推定が可能であるか否かを示すのに適した高分子化合物の一つであると考えられる。
【0075】
上記趣旨によって、本実施例では高分子化合物としてポリエチレンを用いた例を示しているものであり、本発明がポリエチレンの分子量の分析方法に限られるという趣旨ではない。ポリエチレン以外の高分子化合物においても、テラヘルツ帯域における吸光度スペクトルから検量モデルを作成し、それを利用することで分子量の推定が可能である。
【0076】
言い換えれば、GPCや毛細管粘度計による分子量測定が、特定の高分子化合物に限定されていないのと同様に、本発明のテラヘルツ帯域における吸光度スペクトルを用いる分析方法も特定の高分子化合物に限定されない。
【0077】
1.1.サンプルA~B
充分に窒素置換されたステンレス製オートクレーブ重合反応器を所定の温度に加熱し、チーグラー・ナッタ触媒の存在下、エチレンのバッチ重合を実施した。不純物の捕捉剤として有機アルミニウムを使用し、溶媒としてノルマルヘキサンを使用し、連鎖移動剤として水素を使用した。また、重合後の反応混合物をメタノール処理、濾過、洗浄、風乾することで、ポリエチレンパウダーを得た。なお、重合時の温度と連鎖移動剤である水素の量を適宜調節することで、ポリエチレンパウダーの分子量を制御した。
【0078】
上記のように調製したサンプルAの粘度平均分子量は97万であり、サンプルBの粘度平均分子量は227万であった。図2AにサンプルA及びBの吸光度スペクトルを示す。図2Aに示すように、サンプルA及びBの吸光度スペクトルは比較的に類似性の高い吸光度スペクトルが得られた。
【0079】
1.2.サンプルC~G
サンプルA~Bとは異なる触媒組成を用いたこと以外は、サンプルAで記載した方法と同様にしてサンプルC~Gを調製した。サンプルCの粘度平均分子量は459万であり、サンプルDの粘度平均分子量は10万であり、サンプルEの粘度平均分子量は49万であり、サンプルFの粘度平均分子量は307万であり、サンプルGの粘度平均分子量は615万であった。サンプルC~Gの吸光度スペクトルは図2B図2Cに示す。
【0080】
サンプルC~Gでは、図2B図2Cに示すように、比較的に類似性に乏しい吸光度スペクトルが得られた。例えば、図2BのサンプルD,F,Gによると、ある波数の吸収係数が粘度平均分子量の増加に伴い一定の割合で増加するような、線形性のある傾向を示さない場合もあることが分かった。しかしながら、このように一定の傾向を示さず、ヒトの認知力からすれば直ちに傾向が把握しにくいような吸光度スペクトルであっても、検量モデルを作成してこれを検証したところ、後述する検証結果に示すように、推定精度の高い結果が得られた。このことから、検量モデルにおいては、必ずしも、線形性のある関係のみに基づいて推定処理がなされているわけではないことが分かる。
【0081】
1.3.サンプルH~I
サンプルH~Iでは、撹拌翼と邪魔板を有する重合反応器を使用して、エチレンの連続重合を行った。溶媒としてノルマルヘキサンを一定流量で供給し、重合触媒としてはチーグラー・ナッタ触媒を使用し、ポリエチレンパウダーの生産速度が一定になるように供給した。不純物の捕捉剤としては有機アルミニウムを使用し、一定速度で供給した。また、所望のポリエチレン物性が得られるよう、エチレン圧力、水素量(連鎖移動剤)、重合温度を調節した。重合反応器内の重合スラリーは、重合反応器内のレベルが一定に保たれるようにフラッシュタンクに導き、前記フラッシュタンクで未反応のエチレン、水素を分離した。次に、重合スラリーをフラッシュタンクからポンプにより連続的に遠心分離機に送り、ポリマーと溶媒とを分離した後、分離されたポリエチレンパウダーを乾燥機に送り乾燥させた。なお、この乾燥工程でスチームを噴霧し、触媒の失活を実施した。
【0082】
サンプルHの粘度平均分子量は400万であり、サンプルIの粘度平均分子量は740万であった。サンプルH及びIの吸光度スペクトルは図2Dに示す。図2Dに示すように、サンプルH及びIの吸光度スペクトルは比較的に類似性の高い吸光度スペクトルが得られた。
【0083】
1.4.サンプルJ~K
異なる触媒組成を用いて粘度平均分子量が同様となるように重合をしたこと以外は、サンプルH~Iで記載した方法と同様にしてサンプルJ~Kを調製した。サンプルJとKの粘度平均分子量は90万であった。また、サンプルJ~Kは粘度平均分子量が同一であるが分子量分布は異なるものであった。サンプルJ~Kの吸光度スペクトルは図2Eに示す。
【0084】
サンプルJ~Kでは、図2Eに示すように、粘度平均分子量が同じであっても分子量分布が異なることにより、吸収係数が全体的に大きい吸光度スペクトルと小さい吸光度スペクトルの2種の吸光度スペクトルが得られた。これに対して検量モデルを作成してこれを検証したところ、後述する検証結果に示すように、推定精度の高い結果が得られた。
【0085】
このことから、検量モデルにおいては、図2Eに示すように異なる形状の吸光度スペクトルであっても、同じ粘度平均分子量の値(90万)を出力可能であることが分かる。そのため、検量モデルにおいては、粘度平均分子量と吸光度スペクトル形状が、一対一に対応しているわけではなく、異なる形状の吸光度スペクトルであっても、同じ又は近似した分子量が出力されうることが分かる。
【0086】
1.5.粘度平均分子量の測定
上記各サンプルの粘度平均分子量は、ISO1628-3(2010)に従って、以下に示す方法によって測定した。まず、溶解管に、ポリエチレンパウダーを、4.0~4.5mgの範囲内で秤量した。秤量した質量を下記数式中で「m(単位:mg)」と表記する。次に、溶解管内部の空気を真空ポンプで脱気し窒素で置換した後、真空ポンプで脱気し窒素で置換した20mLのデカヒドロナフタレン(2,6-ジ-t-ブチル-4-メチルフェノールを1g/L加えたもの、以下、デカリンと表記する。)を加え、150℃で90分間攪拌してポリエチレンパウダーを溶解させ、デカリン溶液とした。
その後、前記デカリン溶液を、135℃の恒温液槽中で、キャノン-フェンスケ粘度計(柴田科学器械工業社製/粘度計番号:100)に投入し、標線間の落下時間(ts)を測定した。
さらに、ブランクとしてポリエチレンパウダーを入れていない、デカリンのみの落下時間(tb)を測定し、下記の(数式A)に従って比粘度(ηsp)を求めた。
ηsp=(ts/tb)-1 (数式A)
比粘度(ηsp)と、濃度(C)(単位:g/dL)から、下記(数式B)、(数式C)を用いて、極限粘度IVを算出した。
濃度C=m/(20×γ)/10(単位:g/dL) (数式B)
γ=(デカリン20℃での密度)/(デカリン135℃での密度)
=0.888/0.802=1.107
極限粘度IV=(ηsp/C)/(1+0.27×ηsp) (数式C)
この極限粘度IVを、下記(数式D)に代入し、粘度平均分子量(Mv)を求めた。
粘度平均分子量(Mv)=(5.34×104)×[η]1.49 (数式D)
【0087】
2.検量モデルの作成工程
2.1.測定サンプル調製
上記のようにして合成した高分子化合物を熱プレスすることで測定用試料とした。具体的には、熱プレス機により高分子化合物を加熱下で加圧し、プレスした高分子化合物の板を直径20mm,厚さ2mmの円盤に打ち抜いて、測定サンプルを得た。
【0088】
2.2.吸光度スペクトルデータの測定
調製した測定サンプルの吸光度スペクトルデータは、フーリエ変換型遠赤外分光装置(VIR-F4000,日本分光)を用いて以下の測定条件により測定した。
波数領域 :50~600cm-1
測定環境 :大気中,室温(25℃)
光源 :セラミック
ビーム径 :約8~9mm
ホルダー穴径:10mm
【0089】
より具体的には、上記測定条件により得られた得られた入射光強度I0と透過光強度Iにもとづいて、下記式(3)によって算出した吸収係数を算出し、横軸が波数(cm-1)、縦軸が吸収係数(cm-1)で表される吸光度スペクトルデータを得た。
α=-log10(I/I0)/0.4343x ・・・ (3)
α :吸収係数[cm-1
0 :入射前の電磁波の強度
I :入射後の電磁波の強度(透過光強度)
x :試料厚[cm]
【0090】
2.3.検量モデルの作成
取得した吸収係数に対し、統計解析ソフトウェアJMP16(SAS Institute Japan(株))を用いて、線形の重回帰分析の一種であるPLS解析を実施して、検量モデルを作成した。説明変数を吸収係数αとし、目的変数を測定済の分子量とした。
【0091】
なお、検量モデルの作成にあたっては、高分子化合物の吸光度スペクトルデータを取得し、そのデータに基づいて、検量モデルの作成を行った。
【0092】
3.検証1
上記のように作成した検量モデルを用いて、高分子化合物の分子量の分析を行った。具体的には、上記のようにして検証用サンプルを調製し、上記と同様の条件にて検証用サンプルの吸光度スペクトルデータを取得した。そして、得られた吸光度スペクトルデータのうち50~600cm-1の波数領域のスペクトルデータを、上記のように作成した検量モデルに入力し、高分子化合物の分子量情報を出力した。
【0093】
そして、得られた高分子化合物の分子量の推定値と、検証用サンプルを調製した際の条件から得られた高分子化合物の分子量と、の相関性を確認した。その結果を図3Aに示す。図3Aに示すように検量モデルを用いて得られた推定粘度平均分子量と実測粘度平均分子量の間には高い相関性があることが確認でき、検量モデルを用いることで、テラヘルツ帯域における吸光度スペクトルに基づいて、得られた推定高分子化合物の分子量に関する情報を精度よく定量的に出力できることが確認できた。
【0094】
図3Aに示すように、推定値と実測値にR2値0.99の高い相関性が確認された。これにより、テラヘルツ帯域における吸光度スペクトルデータを用いることにより、低分子量から高分子量、あるいは超高分子量の幅広い範囲においてまで、簡便に分子量を推定することが可能であることが確認できた。
【0095】
4.検証2
50~600cm-1の波数領域のスペクトルデータに代えて、260~600cm-1の吸光度スペクトルデータを用いて、検量モデルを作成し、上記検証1と同様に検証作業を行った。その結果を図3Bに示す。図3Bに示すように、推定値と実測値にR2値0.99の高い相関性が確認された。
【0096】
5.検証3
50~600cm-1の波数領域のスペクトルデータに代えて、50~170cm-1と410~600cm-1の吸光度スペクトルデータを用いて、検量モデルを作成し、上記検証1と同様に検証作業を行った。その結果を図3Cに示す。図3Cに示すように、推定値と実測値にR2値0.99の高い相関性が確認された。
【0097】
上記検証1~3より、テラヘルツ帯域における吸光度スペクトルデータを広く用いて検量モデルを作成した場合であっても、特定の波数範囲を複数あるいは一つに絞った検量モデルを作成した場合であっても、分子量に関する情報を定量的に出力できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明は、高分子化合物の分子量の分析方法として産業上の利用可能性を有する。
図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図2E
図3A
図3B
図3C
図4