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特開2024-147305遺伝子分析方法、遺伝子分析装置、及び遺伝子分析用キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024147305
(43)【公開日】2024-10-16
(54)【発明の名称】遺伝子分析方法、遺伝子分析装置、及び遺伝子分析用キット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6876 20180101AFI20241008BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20241008BHJP
   C12Q 1/6844 20180101ALN20241008BHJP
【FI】
C12Q1/6876 Z ZNA
C12M1/34 Z
C12Q1/6844 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023060234
(22)【出願日】2023-04-03
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安藤 貴洋
(72)【発明者】
【氏名】横井 崇秀
(72)【発明者】
【氏名】穴沢 隆
(72)【発明者】
【氏名】万里 千裕
(72)【発明者】
【氏名】川上 祥子
(72)【発明者】
【氏名】石田 猛
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA23
4B029BB16
4B029FA15
4B063QA12
4B063QA17
4B063QA19
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】低頻度で存在する少量の遺伝子変異を高感度かつ正確に定量するための方法及び手段を提供すること。
【解決手段】標的塩基配列を検出するための遺伝子分析方法であって、標的塩基配列に対して特異的なプライマーを用いて被検核酸を鋳型として塩基伸長反応を行う工程、前記反応の生成物を電気泳動又は質量分析に供する工程、前記電気泳動又は質量分析による前記生成物のサイズの相違と、前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程を含み、前記塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上のプライマーを用いて塩基伸長反応を行うことを含む、遺伝子分析方法。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的塩基配列を検出するための遺伝子分析方法であって、
標的塩基配列に対して特異的なプライマーを用いて被検核酸を鋳型として塩基伸長反応を行う工程、
前記反応の生成物を電気泳動又は質量分析に供する工程、
前記電気泳動又は質量分析による前記生成物のサイズの相違と、前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上のプライマーを用いて塩基伸長反応を行うことを含む、遺伝子分析方法。
【請求項2】
2種以上のプライマーを用いて塩基伸長反応を行って得られた変異型の信号の出現回数をカウントすることにより、野生型に対する変異型の存在有無を判定する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーと、蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質とを用いて被検核酸を鋳型として一塩基伸長反応を行う工程、
前記一塩基伸長反応の生成物を電気泳動に供する工程、
前記電気泳動の移動度としての前記生成物のサイズの相違と、前記蛍光色素の蛍光信号としての前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記一塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上の一塩基伸長反応用プライマーを用いて一塩基伸長反応を行うことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程が、前記蛍光信号の大きさに基づいて前記標的塩基配列の野生型と変異型の含有比を定量する工程を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記2種以上の一塩基伸長反応用プライマーが、同じ配向を有するプライマー、又は異なる配向を有するプライマーを含む、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
複数の標的塩基配列を検出する場合、定量が望まれる標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーが、他の標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーよりも短い塩基長を有するように設計される、請求項3に記載の方法。
【請求項7】
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーを用いて被検核酸を鋳型として一塩基伸長反応を行う工程、
前記一塩基伸長反応の生成物を質量分析に供する工程、
前記質量分析の信号の差異としての前記生成物のサイズの相違と、前記一塩基伸長反応で取り込まれた塩基の質量分析の信号の差異としての前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記一塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上の一塩基伸長反応用プライマーを用いて一塩基伸長反応を行うことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程が、前記質量分析の信号強度の大きさに基づいて前記標的塩基配列の野生型と変異型の含有比を定量する工程を含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
標的塩基配列を検出するための多塩基伸長反応用プライマーと、蛍光色素を有する多塩基伸長反応用の基質とを用いて被検核酸を鋳型として多塩基伸長反応を行う工程、
前記多塩基伸長反応の生成物を電気泳動に供する工程、
前記電気泳動の移動度としての前記生成物のサイズの相違と、前記電気泳動の移動度及び前記蛍光色素の蛍光信号としての前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記多塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上の多塩基伸長反応用プライマーを用いて多塩基伸長反応を行うことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程が、前記蛍光信号の大きさに基づいて前記標的塩基配列の野生型と変異型の含有比を定量する工程を含む、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
標的塩基配列を検出するための遺伝子分析方法であって、
標的塩基配列に対して特異的にハイブリダイゼーションするフォワードプライマー及びリバースプライマーを被検核酸に結合させる工程、
前記フォワードプライマーと前記リバースプライマーとがライゲーションした連結化プローブを鋳型として、蛍光色素で標識したプライマーを用いて増幅反応を行う工程、
前記増幅反応の生成物を電気泳動に供する工程、
前記電気泳動の移動度としての前記生成物のサイズの相違と、前記蛍光色素の蛍光信号としての前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記リバースプライマーが塩基長を調整する挿入塩基配列を備え、それにより異なる塩基長を有する2種以上のリバースプライマーを前記被検核酸に結合させることを含む、遺伝子分析方法。
【請求項12】
前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程が、前記蛍光信号の大きさに基づいて前記標的塩基配列の野生型と変異型の含有比を定量する工程を含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
複数の標的塩基配列を検出する場合、定量が望まれる標的塩基配列を検出するためのリバースプライマーが備える前記挿入塩基配列が、他の標的塩基配列を検出するためのリバースプライマーが備える挿入塩基配列よりも短い塩基長を有するように設計される、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
一塩基伸長反応、電気泳動、及び蛍光信号の測定を行う計測部と、
前記計測部で得られた計測データを記憶する計測データ記憶部とデータ処理装置とを含むデータ解析部と、
制御部と
を備え、
前記制御部は、対象の標的塩基配列の変異検出%に基づいて、使用する2種以上のプライマーの数、種類及び塩基長を決定するように構成されていることを特徴とする、請求項3に記載の方法を実施するための遺伝子分析装置。
【請求項15】
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマー、及び
蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質
を含み、
前記一塩基伸長反応用プライマーは、同じ標的塩基配列に対して塩基長が異なる2種以上のプライマーを含むことを特徴とする、請求項3に記載の方法を実施するための遺伝子分析用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子変異の分析方法、並びにその方法に基づく遺伝子分析装置、及び遺伝子分析用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
近年のゲノム解析技術の進展により、種々の疾患と遺伝子変異の関連性が解明されつつある。がん等の疾患に由来する後天的な遺伝子変異である体細胞系列変異は、ゲノム上での変異発生位置が予測できない、個体内や組織内における変異存在比率が予測できない、という特徴がある。例えば、がん患者から切除した腫瘍部位の組織試料にはがん細胞と正常細胞が含まれ、さらにがん細胞間においても遺伝子変異に多様性がある。そのため、ある特定遺伝子のある特定位置に遺伝子変異を有する細胞の試料中存在比率は、非常に低くなっている場合がある。したがって、疾患に由来する後天的な遺伝子変異を検出するために高感度な検出方法が必要になる。また、治療方法や治療薬の選択においては、標的遺伝子のある特定位置の遺伝子変異の有無だけではなく、その存在比率を指標とする場合もある。そのため、遺伝子変異の高感度な検出に加えて、その存在比率の定量化も重要となる。
【0003】
バイオマーカーとなる疾患関連の遺伝子変異の探索では、現在、次世代シーケンサー(NGS:Next Generation Sequencer)を使って大規模かつ高速の解析が可能となり、遺伝子変異の項目抽出は容易になりつつある。そのため、がんをはじめとする疾患診断において、NGSでの網羅的分析の結果に基づいて特定された遺伝子変異を、コストや検出感度の観点でNGSよりも有利な遺伝子変異の検出技術で測定することによって、検査フローの汎用性を上げる潮流がある。
【0004】
低コストの遺伝子変異の検出技術では、例えば、キャピラリー電気泳動(CE)を用いたフラグメント解析が挙げられる。代表的なものとしては、一塩基多型(SNP:Single nucleotide polymorphism)ジェノタイピングや、MLPAアッセイ(MLPA:Multiplex ligation-dependent probe amplification(登録商標))等が挙げられる。いずれも遺伝子配列の関心領域に対してプライマーを作用させ、フラグメント解析によって遺伝子変異が検出できる技術として確立されている。
【0005】
非特許文献1では、SNPジェノタイピングのキットとしてSNaPshot(登録商標)を用いて、ホルマリン固定及びパラフィン包埋組織を対象に標的となる腫瘍由来の遺伝子配列をマルチプレックスのポリメラーゼ連鎖反応(PCR:polymerase chain reaction)で選択的に濃縮後、13のがん遺伝子における120の既知の遺伝子変異が検出できることを示している。ヒト肺がんA427細胞株のKRAS G12D変異、及び肺腺がん細胞株NCI-H1975のEGFR T790M変異の測定において、野生型に対する変異型の検出感度が約3%であることが示されている。なお、SNaPshot(登録商標)キットで検出できるアレル頻度は、典型的には5%程度とされている。
【0006】
近年のNGSを用いた変異検出では、分子バーコードを用いることにより検出感度は1%以下で実現されており、キャピラリー電気泳動を用いた解析においても高感度化に向けた技術的な工夫が数多く報告されている。例えば、特許文献1では、事前のデータベース構築を不要としつつ、高感度化、及び定量化範囲の拡大(高ダイナミックレンジ化)を行うためのデータ処理技術として、電気泳動データのうちから特定波長データを選択し、高周波数側の一部又は全部をカットするフィルタリング処理を行い、各カットオフ周波数について、フィルタリング処理前後における特定波長データのピーク強度を比較し、特定波長データのピーク強度の低下が所定の許容範囲内となるような、最も低いカットオフ周波数を、第1カットオフ周波数として算出し、第1データに対して、又は、第1データに対するカラーコール後データに対して、第1カットオフ周波数によるフィルタリング処理を行うことにより補正する方法、が示されている。また、発光検出装置のハードウェアの工夫として、特許文献2では、発光点アレイの各発光点からの発光を、集光レンズアレイの各集光レンズで個別に集光して光束とし、各光束を光学素子で偏向して偏向光束とし、偏向光束を並列にセンサに入射させて検出し、各発光点の径、各集光レンズの焦点距離と間隔、各集光レンズと光学素子の光路長の間で所定の関係を満足させることにより、発光検出装置を小型化すると同時に、高感度と低クロストークを同時に実現する方法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2022-149047号公報
【特許文献2】特許第7075974号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Dias-Santagata, D. et al., EMBO Molecular Medicine 第2巻第146-158頁 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
低コストの遺伝子変異検出技術として、キャピラリー電気泳動のフラグメント解析が挙げられるものの、野生型に対する変異型の検出感度は一般に数%とされており、臨床価値実証に向けて高感度化の技術潮流下にある。さらに、遺伝子変異の有無だけではなく、その存在比率の定量化のニーズがある。通常、1種類の遺伝子標的に対しては1種類のプライマーを作用させて遺伝子変異を検出するものの、例えば1%以下の低頻度で存在する少量の遺伝子変異を高感度かつ正確に定量するためには、現状のキャピラリー電気泳動の技術を組み合わせるだけでは困難であるという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述の課題を解決するために鋭意検討した結果、1種類の遺伝子標的に対して複数のプライマーを作用させ、標的遺伝子(標的塩基配列)の被覆度を上げることで遺伝子変異検出の定量精度を上げられるという知見を得た。例えば一塩基伸長反応と電気泳動を組み合わせて遺伝子変異検出を行う場合、標的遺伝子に対して、同じ塩基配列領域を含む塩基長の異なる2種類以上のプライマーを用いて一塩基伸長反応させた生成物を電気泳動して分析を行うことにより、標的遺伝子中の野生型に対する変異型の混合比の値のばらつきを抑えることが可能となる。
【0011】
したがって、一態様において、本発明は、標的塩基配列を検出するための遺伝子分析方法であって、
標的塩基配列に対して特異的なプライマーを用いて被検核酸を鋳型として塩基伸長反応を行う工程、
前記反応の生成物を電気泳動又は質量分析に供する工程、
前記電気泳動又は質量分析による前記生成物のサイズの相違と、前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上のプライマーを用いて塩基伸長反応を行うことを含む、遺伝子分析方法に関する。
【0012】
一実施形態において、遺伝子分析方法は、
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーと、蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質とを用いて被検核酸を鋳型として一塩基伸長反応を行う工程、
前記一塩基伸長反応の生成物を電気泳動に供する工程、
前記電気泳動の移動度としての前記生成物のサイズの相違と、前記蛍光色素の蛍光信号としての前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記一塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上の一塩基伸長反応用プライマーを用いて一塩基伸長反応を行うことを含む。
【0013】
一実施形態において、遺伝子分析方法は、
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーを用いて被検核酸を鋳型として一塩基伸長反応を行う工程、
前記一塩基伸長反応の生成物を質量分析に供する工程、
前記質量分析の信号の差異としての前記生成物のサイズの相違と、前記一塩基伸長反応で取り込まれた塩基の質量分析の信号の差異としての前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記一塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上の一塩基伸長反応用プライマーを用いて一塩基伸長反応を行うことを含む。
【0014】
一実施形態において、遺伝子分析方法は、
標的塩基配列を検出するための多塩基伸長反応用プライマーと、蛍光色素を有する多塩基伸長反応用の基質とを用いて被検核酸を鋳型として多塩基伸長反応を行う工程、
前記多塩基伸長反応の生成物を電気泳動に供する工程、
前記電気泳動の移動度としての前記生成物のサイズの相違と、前記電気泳動の移動度及び前記蛍光色素の蛍光信号としての前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記多塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上の多塩基伸長反応用プライマーを用いて多塩基伸長反応を行うことを含む。
【0015】
また別の態様において、本発明は、標的塩基配列を検出するための遺伝子分析方法であって、
標的塩基配列に対して特異的にハイブリダイゼーションするフォワードプライマー及びリバースプライマーを被検核酸に結合させる工程、
前記フォワードプライマーと前記リバースプライマーとがライゲーションした連結化プローブを鋳型として、蛍光色素で標識したプライマーを用いて増幅反応を行う工程、
前記増幅反応の生成物を電気泳動に供する工程、
前記電気泳動の移動度としての前記生成物のサイズの相違と、前記蛍光色素の蛍光信号としての前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記リバースプライマーが塩基長を調整する挿入塩基配列を備え、それにより異なる塩基長を有する2種以上のリバースプライマーを前記被検核酸に結合させることを含む、遺伝子分析方法に関する。
【0016】
さらに別の態様において、本発明は、
一塩基伸長反応、電気泳動、及び蛍光信号の測定を行う計測部と、
前記計測部で得られた計測データを記憶する計測データ記憶部とデータ処理装置とを含むデータ解析部と、
制御部と
を備え、
前記制御部は、対象の標的塩基配列の変異検出%に基づいて、使用する2種以上のプライマーの数、種類及び塩基長を決定するように構成されていることを特徴とする、前記遺伝子分析方法を実施するための遺伝子分析装置に関する。
【0017】
他の態様において、本発明は、
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマー、及び
蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質
を含み、
前記一塩基伸長反応用プライマーは、同じ標的塩基配列に対して塩基長が異なる2種以上のプライマーを含むことを特徴とする、前記遺伝子分析方法を実施するための遺伝子分析用キットに関する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、1種類の標的遺伝子(標的塩基配列)に対して複数のプライマーを作用させ、標的遺伝子の被覆度を上げることで遺伝子変異の定量精度を上げることができ、がんをはじめとする遺伝子異常に関わる疾患診断の確度を上げることができる。電気泳動データの特殊な処理や、ハードウェアの変更を伴わずに、試薬の工夫だけで変異型の存在比が1%以下の少量の遺伝子変異の定量解析におけるデータ信頼性を向上できる。上述した以外の、課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明にて明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】一塩基伸長反応を用いた、標的塩基配列の野生型に対する変異型の割合を定量測定するキャピラリー電気泳動のフラグメント解析の概略図である。
図2】1種類の同じ標的塩基配列に対して、塩基長の異なる複数のプライマーが作用して一塩基伸長反応を行う実施形態を説明する概略図である。
図3】一塩基伸長反応を用いた、標的塩基配列の野生型に対する変異型の割合の定量測定において、標的塩基配列のためのプライマー及び相補鎖プライマーを用いる実施形態を説明する概略図である。
図4】MLPAアッセイによる標的塩基配列の検出の実施形態を説明する概略図である。
図5】キャピラリー電気泳動で検出される標識蛍光色素の蛍光信号をガウシアン関数と仮定した時に、どのくらいの電気泳動移動度(塩基長)で離れていれば蛍光強度ピーク比で何%に相当するかを説明する図である。
図6】(A)遺伝子変異EGFR L858Rを標的として、野生型に対して変異型の割合が1%で存在した場合に、11種の塩基長の異なるプライマーを用いて一塩基伸長反応を行ったフラグメント解析の結果を示す図である。(B)遺伝子変異EGFR L858Rを標的として、野生型に対して変異型の割合を変化させた場合に、11種の塩基長の異なるプライマーを用いて一塩基伸長反応を行ったフラグメント解析の結果を示す図である。
図7】本発明を実施するための遺伝子分析装置及び遺伝子分析用キットでの処理手順の一例を示すフローチャートである。
図8】本発明の遺伝子分析装置が備える機能の一例を示すブロック構成図である。
図9】本発明の遺伝子分析装置が出力するユーザーインターフェイス画面の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態の一例について、図面を参照して説明する。
【0021】
図1は、一塩基伸長反応を用いた、標的塩基配列の野生型に対する変異型の割合を定量測定するキャピラリー電気泳動のフラグメント解析の説明図である。一般に、標的塩基配列101を鋳型として、標的ごとに塩基長(分子量)の異なるプライマー102を用いて一塩基伸長反応を行うことにより得られる生成物の電気泳動の移動度が変わるように設計する。ポリメラーゼ反応によって、遺伝子変異に対応するプライマー102の3’末端位置に、末端塩基がアデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)に対応する4色(4種類)の蛍光色素103で修飾されたddNTPが一塩基伸長反応で付与される。ホルムアミド処理と熱変性で二本鎖DNAを一本鎖化した、この一塩基伸長反応での生成物104の3’末端の蛍光色素を蛍光検出することで遺伝子変異が特定される。この方法を用いた代表的な遺伝子変異検出キットであるSNaPshot(登録商標)においても、1種類の標的に対して1種類のプライマーが割り当てられ、それぞれの標的に対してそれぞれ塩基長が異なるプライマーを割り当てることが想定されている。標的ごとに塩基長の異なるプライマーであるため、電気泳動移動度が異なることになり、これまでの学術研究においては、20種類以上の既知の遺伝子変異を1回の電気泳動によって検出できることが示されている。このとき、一塩基だけが変異している一塩基多型(SNP)が検出できるだけでなく、プライマーの設計によって特定の長さの遺伝子配列を検出できる。さらには、遺伝子変異の一種である挿入(IN:Insertion)及び欠損(DEL:Deletion)の検出も同じ原理で検出が可能である。また、DNAの複製の際に生じる塩基配列のミスを修復する機能の低下により、マイクロサテライト反復配列が腫瘍組織において正常組織と異なる反復回数を示す現象として知られるマイクロサテライト不安定性(MSI:microsatellite instability)においても、特定の生殖細胞系列の遺伝子変異を検出するために、この方法を用いることが可能である。遺伝子変異の対象だけでなく、一塩基伸長生成物の検出方法としてキャピラリー電気泳動を用いずに質量分析を使う方法であるMassARRAY(登録商標)システムにおいても、同じように、1種類の標的に対して1種類のプライマーが割り当てられ、それぞれの標的に対してそれぞれ塩基長が異なるプライマーを割り当てることが想定されており、SNPタイピングの同時検出変異数としては最大40種類とされている。
【0022】
本発明は、1種類の標的塩基配列に対して複数のプライマーを設定することにより、標的塩基配列における変異検出の精度及び正確性を高めるものである。したがって、一態様において、本発明は、標的塩基配列を検出するための遺伝子分析方法であって、
標的塩基配列に対して特異的なプライマーを用いて被検核酸を鋳型として塩基伸長反応を行う工程、
前記反応の生成物を電気泳動又は質量分析に供する工程、
前記電気泳動又は質量分析による前記生成物のサイズの相違と、前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上のプライマーを用いて塩基伸長反応を行うことを含む、遺伝子分析方法に関する。
【0023】
本発明において、標的塩基配列とは、検出(及び定量)が望まれる塩基配列を指す。例えば、標的塩基配列は、遺伝子変異を含む塩基配列であり、野生型と変異型とを区別して標的塩基配列を検出(及び定量)する。そのような遺伝子変異としては、一塩基多型(SNP)、挿入変異(IN:Insertion)、欠損変異(DEL:Deletion)、マイクロサテライト反復配列、コピー数多型(CNV)、エピジェネティック変異などが挙げられるが、これに限定されるものではない。また、標的塩基配列の変異型は、1種の変異型を含んでもよいし、複数種の変異型を含んでもよい。例えば、野生型と2~3種類の変異型が存在する遺伝子変異があり、そのような複数種の変異型も本発明に従って区別して検出(及び定量)することができる。
【0024】
本方法に供される被検核酸は、標的塩基配列について検出しようとする核酸試料であれば特に限定されるものではなく、デオキシリボ核酸(DNA)、例えばゲノムDNA、cDNA、及びリボ核酸(RNA)、例えばメッセンジャーRNA(mRNA)、並びにそれらの断片が含まれる。本発明においては、被検核酸として、例えばセルフリーDNA(cfDNA、血中を遊離しているDNA)、循環腫瘍DNA(ctDNA)を使用することが好ましい。試料からの核酸の調製は、当技術分野で公知の方法により行うことができる。核酸の調製を行うために、多数のメーカーからキットが販売されており、目的とする核酸を簡便に精製することが可能である。
【0025】
以下、本発明に係る遺伝子分析方法のそれぞれの実施形態について説明する。
図2は、1種類の同じ標的塩基配列に対して、塩基長の異なる複数のプライマーが作用して一塩基伸長反応を行う実施形態の説明図である。先述の図1に示す一般的な方法におけるプライマー102と比較して、1種類の同じ標的塩基配列101に対して、短く調整された塩基長のプライマー201、長く調整された塩基長のプライマー202が作用して一塩基伸長反応を行う。これによって、1種類の同じ標的塩基配列に対して、塩基長の異なる一塩基伸長反応での生成物の蛍光信号が検出される。短く調整された塩基長のプライマー201からの生成物203、長く調整された塩基長のプライマー202からの生成物204のどちらにおいても、同じ蛍光色の信号を検出することになるものの、塩基長(サイズ)が異なるため、電気泳動の移動度が異なり、蛍光信号が検出されるタイミングが異なる。よって、同じ標的塩基配列(図2では標的#1)の被覆度が上がり、プライマーの数の分だけ検出回数を増やしているのと同じこととなり、遺伝子変異検出結果の信頼性が上がる。すなわち、ばらつきを抑えて精度を上げると同時に、正確性も上がることが期待される。
【0026】
また図3は、一塩基伸長反応を用いた、標的塩基配列の野生型に対する変異型の割合の定量測定において、標的塩基配列のためのプライマー及び相補鎖プライマーを用いる実施形態の説明図である。図1で示した手順と同様に、標的塩基配列(鋳型)301を鋳型とする場合と、標的塩基配列の相補配列(鋳型アンチセンス)302を鋳型とする場合がある。標的塩基配列301を鋳型とする場合には、塩基長が調整されたプライマー(フォワードプライマー)303を用いることができ、標的塩基配列の相補配列(鋳型アンチセンス)302を鋳型とする場合には、塩基長が調整された相補鎖プライマー(リバースプライマー)304を用いて、一塩基伸長反応させることができる。これによって、フォワードプライマーだけでは標的塩基配列の検出の精度や感度が不十分である際に、リバースプライマーを用いて、1種類の同じ標的塩基配列に対して、塩基長の異なる複数のプライマーを作用させて、遺伝子変異の定量精度を上げることができる。
【0027】
したがって、一実施形態において、本発明の方法は、
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーと、蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質とを用いて被検核酸を鋳型として一塩基伸長反応を行う工程、
前記一塩基伸長反応の生成物を電気泳動に供する工程、
前記電気泳動の移動度としての前記生成物のサイズの相違と、前記蛍光色素の蛍光信号としての前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記一塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上の一塩基伸長反応用プライマーを用いて一塩基伸長反応を行うことを含む。
【0028】
この実施形態の方法は、一塩基伸長反応と電気泳動の組み合わせによる遺伝子分析方法に基づくものであり、このような遺伝子分析方法は、例えば非特許文献1に記載のように当該技術分野で周知である。
【0029】
一塩基伸長反応は、蛍光色素が結合した基質(ジデオキシヌクレオチド三リン酸:ddNTP)の存在下において、標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーを用いて行われるが、本発明では、一塩基伸長反応用プライマーとして、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上のプライマーを使用する。
【0030】
一塩基伸長反応用プライマーは、DNA又はRNAのいずれでもよく、被検試料及び標的塩基配列の種類、一塩基伸長反応に使用されるポリメラーゼの種類に応じて決定される。好ましくは、プライマーはDNAであり、被検核酸としてDNA又はmRNAを鋳型とした一塩基伸長反応が行われる。
【0031】
本発明では、一塩基伸長反応用プライマーは、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なるプライマーを2種以上含む。例えば、2~20種、好ましくは2~12種の塩基長の異なるプライマーを含む。ここで、「塩基長が異なる」とは、プライマーを用いて得られる複数の生成物をそのサイズ(塩基長)から区別できる程度に塩基長が異なることを意味する。具体的な塩基長の差異は、検出方法(電気泳動、質量分析など)に応じて異なるが、例えば3bp以上、好ましくは4bp以上、5bp以上に設定する。
【0032】
一塩基伸長反応用プライマーは、塩基長が異なるものであれば、同じ配向のプライマーであってもよいし、異なる配向のプライマーであってもよい。例えば、2種のプライマーが同じフォワードプライマーであってもよいし、あるいはフォワードプライマーとリバースプライマーとの組み合わせであってもよい。
【0033】
また、複数(例えば2種以上)の標的塩基配列を検出しようとする場合には、それぞれの標的塩基配列について、塩基長の異なる2種以上のプライマーを使用する。プライマーは標的塩基配列ごとに必要であるため、検出対象の標的塩基配列の種類に応じた数のプライマーが設計される。プライマーは、例えば5種類以上(例として5~100種類)の、好ましくは10種類以上(例として10~100種類)の標的塩基配列を検出するために、それぞれの標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上のプライマーを含む。
【0034】
プライマーは、それぞれ、標的塩基配列に特異的な配列を有する、すなわち標的塩基配列に対して相補的な配列を有するように設計される。プライマーの塩基配列から、検出対象の標的塩基配列が決定される。また、プライマーの塩基長は、一塩基伸長反応の生成物の塩基長(サイズ)に影響し、したがってプライマーの塩基長から電気泳動の移動度が決定される。本発明においては、プライマーの塩基配列及び塩基長を適切に設計することが必要である。
【0035】
プライマーの設計手法は当技術分野で周知であり、本発明において使用可能なプライマーは、特異的なアニーリングが可能な条件を満たす、例えば特異的なアニーリングが可能な長さ及び塩基組成(融解温度)を有するように設計される。例えば、プライマーとしての機能を有する長さとしては、10塩基以上が好ましく、さらに好ましくは15~50塩基であり、さらに好ましくは15~30塩基、例えば約20塩基である。また設計の際には、プライマーのGC含量とプライマーの融解温度(Tm)を確認することが好ましい。Tmの確認には、公知のプライマー設計用ソフトウェアを利用することができる。設計されたプライマーは、公知のオリゴヌクレオチド合成手法により化学合成することができるが、通常は、市販の化学合成装置を使用して合成される。
【0036】
プライマーは、電気泳動の移動度を調整するためのタグ(分子おもり)、例えば鎖間架橋された二重鎖DNAタグを備えることにより、異なる塩基長を有するものとしてもよい。本発明者らは以前に、キャピラリー電気泳動法を用いたフラグメント解析手法を発展させ、同時に検出可能な遺伝子変異数を数十~数百種類へと拡張可能な解析手法を開発し、具体的には、プライマーに鎖間架橋された二重鎖DNAタグを連結して使用することにより、二重鎖DNAタグの長さの変更によりプライマーの塩基長を伸長して電気泳動距離を120bp以上に安定的に伸ばすことができ、同時に検出可能な遺伝子変異数を増やすことを可能とした。二重鎖DNAタグは、移動度で区別可能な長さを有し、少なくとも1つの鎖間架橋を有する。本発明において「鎖間架橋」とは、二重鎖DNAにおける一方の鎖と他方の鎖とが少なくとも1箇所において架橋されていることを意味する。そのような2つの鎖間を分子内架橋させる方法は、当技術分野で公知の方法であれば特に限定されるものではない。好ましくは、鎖間架橋は光架橋によるものである。鎖間架橋を有する二重鎖DNAタグは、電気泳動における移動距離(移動度:mobility)を規定する。すなわち、異なる長さの二重鎖DNAタグをプライマーに連結することによって、電気泳動において移動距離を変更することができる。キャピラリー電気泳動では、約600塩基長までの塩基長の核酸を検出することができるため、標的塩基配列に結合する部分のプライマーの塩基長(10~30塩基)を除いて、二重鎖DNAタグは、1~約590塩基長までの範囲の長さとすることができる。二重鎖DNAタグは、鎖間架橋を有する核酸であれば、その塩基配列は特に限定されるものではない。また、二重鎖DNAタグは、公知のオリゴヌクレオチド合成手法により化学合成することができるが、通常は、市販の化学合成装置を使用して合成される。
【0037】
このとき、使用できる塩基長の異なるプライマーが複数考えられ、定量的に遺伝子分析を行うことが望まれる標的塩基配列が含まれる場合には、キャピラリー電気泳動装置の分解能や精度が高い塩基長領域(一般には、50~100bp付近に設定されているものの装置仕様ごとに異なる)に、より定量性の求められる標的塩基配列項目を配置するとよい。フラグメント解析の性質上、電気泳動の分解能は長塩基になるほど下がる傾向があるため、より正確な定量性が求められる標的塩基配列に短塩基プライマーを用いて、検出精度を向上させることができる。したがって、一実施形態において、複数の標的塩基配列を検出する場合、定量が望まれる標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーは、他の標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーよりも短い塩基長を有するように設計される。
【0038】
本発明の方法のこの実施形態では、蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質の存在下において、上述したプライマーを用いて一塩基伸長反応を行う。一塩基伸長反応は当技術分野で公知であり、典型的にはポリメラーゼを用いた一塩基伸長反応である。使用するポリメラーゼは、鋳型(被検試料)の種類及び使用するプライマーの種類によって選択される。例えば、DNA又はRNAを鋳型としたDNAプライマーを用いた一塩基伸長反応には、それぞれDNA依存性又はRNA依存性DNAポリメラーゼが使用される。
【0039】
一塩基伸長反応は当該技術分野において広く知られており、例えば非特許文献1等に、サイクル反応により効率的に1塩基を伸長させる方法などが説明されている。
【0040】
標的塩基配列が存在する場合には、この標的塩基配列にプライマーがハイブリダイゼーションし、プライマーの3’末端部分からポリメラーゼの合成反応によってヌクレオチドが基質として取り込まれる。この時、取り込まれるヌクレオチド(基質)として、例えばジデオキシヌクレオチド(ddNTP)を用いることにより、合成反応は一塩基伸長のみで終了する。
【0041】
本発明では、一塩基伸長反応の基質として、蛍光色素を有する基質を使用し、ここでその基質は、異なる蛍光色素を有する2種以上の基質を含む。蛍光色素は、基質が取り込まれたか否かを簡便に検出するため、又は取り込まれた塩基の種類を判定するために有用であり、当技術分野で公知の蛍光色素を使用することができる。蛍光色素としては、例えば限定されるものではないが、フルオレセイン、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、スルホローダミン(TR)、テトラメチルローダミン(TRITC)、カルボキシ-X-ローダミン(ROX)、カルボキシテトラメチルローダミン(TAMRA)、NED、5-カルボキシフルオレセイン(5-FAM)、6-カルボキシフルオレセイン(6-FAM)、5’-ヘキサクロロフルオレセインCE-ホスホロアミダイト(HEX)、6-カルボキシ-4’,5’-ジクロロ-2’,7’-ジメトキシフルオレセイン(JOE)、5’-テトラクロロフルオレセインCE-ホスホロアミダイト(TET)、ローダミン110(R110)、ローダミン6G(R6G)、VIC(登録商標)、ATTO系、Alexa Fluor(登録商標)系、Texas red、Cy系など、また泳動サイズにずれを生じない蛍光色素として、dR110(carboxy-dichloro rhodamine 110)、dR6G(dihydro rhodamine 6G)、dTAMRA(Tetramethyl rhodamine)、dROX(carboxy-X-rhodamine)などが挙げられる。例えば塩基の種類を判定しようとする場合には、4種類の塩基と参照用(参照ラダーDNAから塩基長を検出補正するため)の5種類を識別するために、異なる波長で励起かつ検出される5種類の蛍光色素を組み合わせて使用することができる。このような蛍光色素の種類や導入方法等に関しては、特に限定されることはなく、従来公知の各種手段を用いることができる。
【0042】
一塩基伸長反応後、得られた生成物を電気泳動に供して解析する。電気泳動は、電気泳動によるフラグメント解析ができる測定方法であれば特に限定されるものではなく、例えば、キャピラリー電気泳動(CE)、MEMS(Micro-Electro-Mechanical Systems)のような微小流路における電気泳動を利用することができる。好ましい実施形態では、電気泳動はキャピラリー電気泳動(CE)である。
【0043】
電気泳動、例えばCEは、導入された成分を荷電、大きさ及び形状などに基づく移動度の差異で分離する手法である。移動度に基づいて、標的塩基配列の種類(プライマーの種類に基づく)を同定することができる。また、蛍光色素のシグナルに基づいて標的塩基配列の有無又は標的塩基配列における特定の塩基の種類(一塩基伸長反応によって取り込まれた基質の種類に基づく)、例えば野生型と変異型を判別することができる。
【0044】
一実施形態において、本発明に係る方法の標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程は、蛍光信号の大きさに基づいて標的塩基配列の野生型と変異型の含有比を定量する工程を含む。この場合には、例えばがん診断に必要となる野生型配列に対する変異型配列の存在比、又は、遺伝子変異の頻度を定量することができる。一実施形態では、分析対象の複数の標的塩基配列が、野生型配列及び変異型配列を含み、この野生型配列に対する変異型配列の含有比が0.01%から10%の範囲、例えば0.01%から1%の範囲、さらには0.01%から0.1%の範囲である場合に、標的塩基配列について分析を行うことができる。このようにして、標的塩基配列について定量的に遺伝子分析を行うことができる。
【0045】
図5は、キャピラリー電気泳動で検出される標識蛍光色素の蛍光信号をガウシアン関数と仮定した時に、どのくらいの電気泳動移動度(塩基長)で離れていれば蛍光強度ピーク比で何%に相当するかを説明する図である。キャピラリー電気泳動で検出される標識蛍光色素の蛍光信号を下記式(1)のガウシアン関数f(x)と仮定する。
【数1】
ここで、σは分散、μは平均を指す。下記式(2)の半値全幅FWHM:
【数2】
を1bpとした時の信号形状501が図5に示されている。蛍光強度のピーク比で考えた時、中心ピークに比して10%、1%、0.1%、0.01%、0.001%、0.0001%の信号値が出ているのが、電気泳動移動度(塩基長)が中心からそれぞれ0.91bp、1.29bp、1.58bp、1.82bp、2.04bp、2.23bp離れた塩基位置となっている。実際には、蛍光信号のテイリングによってガウシアン関数そのものになることは無く、その半値幅も広がることには注意が必要である。
【0046】
野生型に対する変異型の存在比を定量的に測定するために、隣接する標的塩基配列のためのプライマーの移動度として塩基長でどれくらい離れる必要があるかを、この図5に示す関係表から決めることができる。例えば、野生型に対する変異型の存在比1%を検出できる検出感度で定量測定をする際は、変異1%の蛍光信号ピークに、隣接する標的の蛍光信号が重ならないようにする必要がある。信号に影響が無いレベルとして、変異1%の蛍光信号の1/100、すなわち0.01%相当のピーク比(感度)と考えると、塩基長で1.82bp以上離れる必要がある。ガウシアン関数がグラフの両側に広がることを考えると、隣接する標的塩基配列のためのプライマーの塩基長としては、1.82bpの2倍の、3.65bp以上離れるように、隣接するプライマーを設計(デザイン)することが好ましいと決定できる。なお、電気泳動の泳動条件(注入電圧、注入時間、泳動電圧、泳動時間、温度など)やキャピラリー電気泳動装置そのものの仕様によっても蛍光信号の形状は変化する(理論的にはいずれもガウシアン関数であるがその分散や半値全幅などは異なる)。
【0047】
以上のようにして、2種以上のプライマーにより同じ標的塩基配列について2回以上の遺伝子分析を行うことになる。一実施形態では、同じ標的塩基配列について得られた2以上の結果(例えば、蛍光信号、質量分析信号など)を別個に判断してもよいし、得られた2以上の結果を積算して判断してもよい。このように複数回の遺伝子分析を行うのと同等であることから、本発明の遺伝子分析方法により、遺伝子分析の精度及び正確性が向上する。
【0048】
一実施形態では、本発明の方法は、2種以上のプライマーを用いて塩基伸長反応を行って得られた変異型の信号の出現回数をカウントすることにより、野生型に対する変異型の存在有無を判定する工程を含む。
【0049】
また、一塩基伸長反応と、検出技術として質量分析法、例えばMassARRAY(登録商標)システムとを組み合わせて採用することも可能である。質量分析法を利用する実施形態では、本発明の方法は、
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーを用いて被検核酸を鋳型として一塩基伸長反応を行う工程、
前記一塩基伸長反応の生成物を質量分析に供する工程、
前記質量分析の信号の差異としての前記生成物のサイズの相違と、前記一塩基伸長反応で取り込まれた塩基の質量分析の信号の差異としての前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記一塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上の一塩基伸長反応用プライマーを用いて一塩基伸長反応を行うことを含む。
【0050】
一塩基伸長反応は、取り込まれる基質(ddNTP)が蛍光色素を有していなくてもよい点以外は、上述と同様に行うことができる。質量分析では、取り込まれた基質の種類を質量の差異で識別し、それにより野生型又は変異型を区別することが可能である。基質は、蛍光色素などで標識されていてもよく、その場合には、基質と標識との質量の信号に基づいて、取り込まれた基質を識別し、野生型又は変異型を区別することができる。そのような方法として、例えばMassARRAY(登録商標)システムを利用したiPLEX(登録商標)マルチプレックスアッセイ技術が知られている。
【0051】
一塩基伸長反応によって得られた生成物を、公知の質量分析に供する。質量分析は、生成物の質量を計測することにより、異なるプライマーに由来する生成物、野生型又は変異型に由来する生成物を区別して、質量分析の信号をもたらす。そのため、質量分析の信号を解析することにより、同じ標的塩基配列についての遺伝子変異の分析を行うことが可能である。
【0052】
一実施形態において、標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程は、質量分析の信号強度の大きさに基づいて標的塩基配列の野生型と変異型の含有比を定量する工程を含む。
【0053】
さらに、電気泳動技術と、多塩基伸長反応、例えばSTA法(STA:Shifted Termination Assay)(登録商標)とを組み合わせて採用することも可能である。多塩基伸長反応を利用する実施形態では、本発明の方法は、
標的塩基配列を検出するための多塩基伸長反応用プライマーと、蛍光色素を有する多塩基伸長反応用の基質とを用いて被検核酸を鋳型として多塩基伸長反応を行う工程、
前記多塩基伸長反応の生成物を電気泳動に供する工程、
前記電気泳動の移動度としての前記生成物のサイズの相違と、前記電気泳動の移動度及び前記蛍光色素の蛍光信号としての前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記多塩基伸長反応を行う工程が、同じ標的塩基配列に対して塩基長の異なる2種以上の多塩基伸長反応用プライマーを用いて多塩基伸長反応を行うことを含む。
【0054】
多塩基伸長反応では、被検核酸を鋳型として、標的塩基配列にプライマーが結合した後、異なる蛍光色素が結合した基質及び場合により蛍光色素が結合していない基質の存在下において塩基伸長反応を行う。取り込まれた塩基の数(サイズ)と蛍光色素の種類に基づいて、高特異性で野生型又は変異型を区別することが可能である。そのような方法として、例えば上述したSTA(登録商標)法が挙げられる。
【0055】
一実施形態において、標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程は、蛍光信号の大きさに基づいて標的塩基配列の野生型と変異型の含有比を定量する工程を含む。
【0056】
本発明は、上述したような塩基伸長反応に基づく場合だけではなく、増幅反応を利用して標的塩基配列の遺伝子分析を行うことも可能である。
図4は、MLPAアッセイによる標的塩基配列の検出の実施形態を説明する図である。本発明は、SNPタイピングだけでなく、キャピラリー電気泳動のフラグメント解析を用いた遺伝子変異検出の対象に応用可能であり、その一例を説明するものである。MLPAアッセイにおいては、標的塩基配列(鋳型)401に対して、標的塩基配列に特異的にハイブリダイゼーションする塩基配列402と共通配列フォワードプライマー403を持つプライマー、及び標的塩基配列に特異的にハイブリダイゼーションする塩基配列402と共通配列リバースプライマー404を持つプライマーが作用する。このとき、共通配列リバースプライマー404に隣接して、塩基長を調整する挿入塩基配列405が挿入される。そのため、1種類の標的塩基配列に対して複数のプライマーを作用させ、標的塩基配列の被覆度を上げることが可能となる。標的塩基配列(鋳型)401に対して作用した2種類のプライマーは、ライゲーションによって一本化され、この連結化プローブを、蛍光標識フォワードプライマー406とリバースプライマー407を用いて増幅(例えばPCR増幅)する。塩基長を調整する挿入塩基配列405を用いることで、塩基長が調整可能であるため、1種類の同じ標的塩基配列に対して複数の塩基長の異なる増幅産物を生成することができる。そのため、MLPAアッセイが対象とする遺伝子変異に対しても本発明が適用できると言える。その遺伝子変異の対象例としては、コピー数多型(CNV;Copy Number Variation)や、主にメチル化をはじめとするエピジェネティック変異等が挙げられる。同様にして、多塩基伸長法によって遺伝子変異を検出するSTA法(STA:Shifted Termination Assay)(登録商標)においても本発明は適用可能である。
【0057】
したがって、別の態様において、本発明は、
標的塩基配列を検出するための遺伝子分析方法であって、
標的塩基配列に対して特異的にハイブリダイゼーションするフォワードプライマー及びリバースプライマーを被検核酸に結合させる工程、
前記フォワードプライマーと前記リバースプライマーとがライゲーションした連結化プローブを鋳型として、蛍光色素で標識したプライマーを用いて増幅反応を行う工程、
前記増幅反応の生成物を電気泳動に供する工程、
前記電気泳動の移動度としての前記生成物のサイズの相違と、前記蛍光色素の蛍光信号としての前記標的塩基配列の野生型と変異型に関する情報とに基づいて、前記被検核酸における前記標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程
を含み、
前記リバースプライマーが塩基長を調整する挿入塩基配列を備え、それにより異なる塩基長を有する2種以上のリバースプライマーを前記被検核酸に結合させることを含む、遺伝子分析方法に関する。
【0058】
標的塩基配列に特異的にハイブリダイゼーションするフォワードプライマー及びリバースプライマーは、上述したようなプライマー設計に関する当該技術分野の技術常識に基づいて、当業者であれば適切に設計することができる。この実施形態では、リバースプライマーは塩基長を調整する挿入塩基配列を備え、それにより異なる塩基長を有する2種以上のリバースプライマーとする。なお、挿入塩基配列は、フォワードプライマーに含まれていてもよい。
【0059】
定量的に遺伝子分析を行うことが望まれる標的塩基配列が含まれる場合には、キャピラリー電気泳動装置の分解能や精度が高い塩基長領域(一般には、50~100bp付近に設定されているものの装置仕様ごとに異なる)に、より定量性の求められる標的塩基配列項目を配置するとよい。したがって、一実施形態において、複数の標的塩基配列を検出する場合、定量が望まれる標的塩基配列を検出するためのリバースプライマーが備える挿入塩基配列は、他の標的塩基配列を検出するためのリバースプライマーが備える挿入塩基配列よりも短い塩基長を有するように設計される。
【0060】
この実施形態では、被検核酸にフォワードプライマー及びリバースプライマーを結合させた後、両プライマーをライゲーションする。ライゲーションは、DNAの末端同士をリン酸ジエステル結合で連結(ライゲート)する酵素(DNAリガーゼ)であれば、当技術分野で公知のリガーゼを使用することができる。そのようなDNAリガーゼの代表例は、T4 DNAリガーゼであるが、これに限定されるものではない。
【0061】
ライゲーションによって得られる連結化プローブを鋳型として、蛍光色素で標識したプライマーを用いて増幅反応を行う。蛍光色素は、一対のプライマーセットのうち一方のプライマーのみを標識してもよいし、あるいは両方のプライマーを標識してもよい。プライマーの設計及び蛍光色素の選択は、上述したように、当業者であれば適宜行うことができる。
【0062】
増幅反応によって得られた生成物を電気泳動に供し、上述と同様に、標的塩基配列の野生型と変異型を検出する。一実施形態では、標的塩基配列の野生型と変異型を検出する工程は、蛍光信号の大きさに基づいて標的塩基配列の野生型と変異型の含有比を定量する工程を含む。
【0063】
以上のようにして、2種以上のプライマーにより同じ標的塩基配列について2回以上の遺伝子分析を行うことになるため、遺伝子分析の精度及び正確性が向上する。
【0064】
上述した本発明に係る遺伝子分析方法は、必要な構成を備えた遺伝子分析装置、又は必要な構成要素を含む遺伝子分析用キットにより、簡便かつ迅速に実施することができる。
【0065】
したがって、別の態様において、本発明は、遺伝子分析装置を提供し、かかる装置は、
一塩基伸長反応、電気泳動、及び蛍光信号の測定を行う計測部と、
前記計測部で得られた計測データを記憶する計測データ記憶部とデータ処理装置とを含むデータ解析部と、
制御部と
を備え、
前記制御部は、対象の標的塩基配列の変異検出%に基づいて、使用する2種以上のプライマーの数、種類及び塩基長を決定するように構成されている。
【0066】
制御部は、以前の計測データを記憶する参照データベースをさらに備えてもよく、
その場合、制御部は、計測データ記憶部に記憶した計測データを、参照データベースに記憶された以前の計測データと比較して、一塩基伸長反応に使用する、使用するプライマーの種類及び塩基長を決定するように構成されている。
【0067】
本発明に係る遺伝子分析装置は、出力表示部をさらに備えてもよい。
【0068】
また別の態様において、本発明は、遺伝子分析用キットを提供し、かかるキットは、
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマー、及び
蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質
を含み、
前記一塩基伸長反応用プライマーは、同じ標的塩基配列に対して塩基長が異なる2種以上のプライマーを含むものである。複数の標的塩基配列について、それぞれ塩基長が異なる2種以上のプライマーを含むものであってもよい。
【0069】
本発明に係るキットは、上記構成要素に加えて、反応液を構成するバッファー、酵素類(ポリメラーゼ、逆転写酵素など)、校正用の標準試料などを含んでもよい。一塩基伸長反応に使用するプライマー及び基質をキットとして提供することにより、遺伝子分析をより迅速かつ簡便に行うことが可能となる。
【0070】
以下において、一塩基伸長反応と電気泳動とを組み合わせた遺伝子分析方法を実施するための装置及びキットについて具体的に説明する。
【0071】
図7は、本発明を実施するための遺伝子分析装置及び遺伝子分析用キットでの処理手順の一例を示すフローチャートである。本発明では、標的塩基配列と、必要とする検出変異%に応じてプライマーの塩基長を自在に設定して、遺伝子変異検出の定量精度を上げることができるシステムを構築できる。
【0072】
最初に、ステップS701にて、標的塩基配列、及び、必要とする変異検出%を選定する。ここで、「変異検出%」とは、検出しようとする標的塩基配列の野生型に対する変異型の存在比を表し、この変異検出%に基づいて、図5に示したように隣接するプライマーの塩基長を設定することが可能である。
【0073】
次に、ステップS702にて、使用する反応試薬を決定する。具体的には、分析装置の仕様となる検出塩基長範囲に応じて、使用できるプライマーの塩基長を、場合によってはできるだけ多く、割り当てる。上述の、図5を用いた説明のとおり、検出対象の変異%とプライマー塩基長の関係は、あらかじめ設定指針が得られている状態である。続いて、ステップS703にて、一塩基伸長反応を実施する。ステップS704にて、一塩基伸長反応での生成物を電気泳動し、蛍光信号を取得する。このとき、既定された検出位置(塩基長)での蛍光信号を得られるサイズスタンダードを混合することで、より正確に電気泳動の蛍光信号の検出タイミングと塩基長の関係を求めることが可能となる。ステップS705では、サイズスタンダードの蛍光信号から検出タイミングと塩基長の相関を算出する工程を記載している。続いて、ステップS706にて、既定の検出タイミング(塩基長)での蛍光信号を積算する。このとき、ステップS707に示したように、使用する反応試薬の情報に基づいた既定の塩基長のプライマー割り当てから積算領域(積算する塩基長)を決定する。そして、ステップS708において、参照データベースに保管されている参照データ、もしくは、反応試薬の設定でベースライン値を出力する参照データと比較し、対象の蛍光信号が高いかどうかを判定する。対象の蛍光信号が、参照データよりも高くない場合には、対象が「変異なし」と判定される(ステップS709)。対象の蛍光信号が、参照データよりも高い場合、ステップS710にて、変異%を算出、もしくは、定性評価として「変異あり」と判定する。1種類の標的塩基配列に対して複数のプライマーを作用させることで、蛍光信号が複数の検出タイミングで確認されることになるため、この蛍光信号が参照データよりも高くなっている回数をカウントすることによっても、変異検出ができたかどうかの判定ができる。
【0074】
図8は、本発明の遺伝子分析装置が備える機能の一例を示すブロック構成図である。遺伝子分析装置の主な構成要素は、計測部801、データ解析部802、制御部803、出力表示部804である。計測部801では、サンプル設置部に一塩基伸長させたサンプルを設置し、キャピラリー電気泳動法を用いて電気泳動部を流れるサンプルの経時的な蛍光信号を蛍光測定部にて計測する。データ解析部802では、計測部801で得られる計測データを記憶するための計測データ記憶部を備えており、そのデータ処理を実行するプログラムをソフトウェアにより実現できる。データ処理の内容は、図7のフローチャートで示したように、既定された検出タイミング(塩基長)での蛍光信号の取得、既定の塩基長での蛍光信号の積算、電気泳動時間が長くなることによって生じる信号ドリフトの補正計算などが挙げられる。このとき、あらかじめデータ解析部802に記憶された電気泳動データの参照データを用いることも可能である。さらに、外部ネットワークとの情報の送受信を行うことで参照データを更新することも可能である。
【0075】
なお、計測部801、データ解析部802などの機能制御は全て制御部803のメモリに格納されたプログラムをプロセッサが解釈して実行することによりソフトウェアで実現可能である。また、各構成、機能部、処理部、処理手段等は、それらの一部又は全部を、例えば集積回路で設計する等によりハードウェアで実現することも可能である。各機能のプログラム、ファイル、データベース等の情報は、メモリや、ハードディスク、SSD(Solid State Drive)等の記録装置、又は、ICカード、SDカード、DVD等の記録媒体に置くこともできる。データ処理後は、演算判定により、補正値による蛍光信号の補正で分析装置の検出可能範囲に収まるか、などを判定し、結果の出力を、出力表示部804にて行なう。例えば、積算された蛍光信号を表示することで、通常は1種類の標的塩基配列に対して1種類のプライマーを作用させて遺伝子変異を検出したときの信号に比べて、複数のプライマーを作用させて積算した蛍光信号の方が高いS/N比で信号が得られていることが、ユーザーに一目で分かるようになる。
【0076】
なお、ここで示したブロック構成図はシステム一体を遺伝子分析装置とした場合の一例であり、計測部801、データ解析部802、制御部803、出力表示部804の機能を有していれば、本発明の遺伝子解析方法を適用することが可能である。
【0077】
図9は、本発明の遺伝子分析装置が出力するユーザーインターフェイス画面の一例を示す図である。図7図8を用いて上記で説明したとおり、遺伝子分析装置には、標的遺伝子(標的塩基配列)と、必要とする変異検出%と、それらに応じた使用反応試薬を入力する。電気泳動の条件は、通常のキャピラリー電気泳動装置が備える仕様と同様に、注入電圧、注入時間、泳動電圧、泳動時間、温度等が入力され、測定結果には参照データとしてそれらの泳動条件が表示される。電気泳動の測定結果が画面上に表示され、電気泳動移動度(bp)の特定の範囲に示されている標的遺伝子(標的塩基配列)の変異由来の信号をユーザーが選択することを可能とする。これによって、変異%、及び変異検出カウントの仕方の設定の変更ができ、例えばプライマー塩基長の長い部分の精度が悪い場合、又は、反応試薬の特性上、特定のノイズが検出されてしまう塩基長の部分はユーザーが選択的に信号を外す等の操作をすることができる。選択した蛍光信号から、変異%を算出した結果を画面上で表示する。
【0078】
以下に実施例を例示し、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のために提供するものであり、本出願において開示する発明の範囲を限定したり制限したりするものではない。
【0079】
<実施例>
遺伝子変異を含む標準サンプルとして、OncoSpan DNA Reference Standard(Horizon)を使用し、がんドライバー遺伝子の一種であるEGFR L858を標的遺伝子とした。EGFR L858の変異は、858番目のロイシン(L:CG)がアルギニン(R:CG)に一塩基置換した配列EGFR L858Rである。最初に、EGFR L858野生型(EGFR L858WT)、及び、変異型(L858R)の遺伝子を含む上記標準サンプルを鋳型にして、クローニング用のPCRを実施した。PCR産物は大腸菌に形質転換してLB培地にて培養後、コロニーダイレクトPCRで増幅した。BigDye Terminator Sequencing Kit(Thermo Fisher Scientific社)を用いてシーケンス反応を実施し、精製後、ジェネティックアナライザSeqStudioにより配列を確認した後、プラスミドを抽出した。抽出したプラスミドを鋳型にPCRを実施し、その増幅産物を標的遺伝子とした。
【0080】
標的遺伝子中の標的塩基配列(鋳型)に対して、塩基長が50~100bpの間で5bpずつ異なる11種のEGFR L858プライマー(表1)0.2μMずつ、DNAポリメラーゼ1U、蛍光色素で修飾されたddNTP(T標識:ROX-ddUTP、G標識:R110-ddGTP)(パーキンエルマー社)をそれぞれ混合し、サーマルサイクラーで[96℃×10秒→50℃×5秒→60℃×30秒]×25サイクルの条件で一塩基伸長反応を実施した。標的となる鋳型DNAの濃度は、野生型を100fmolに固定し、変異型を0fmol(変異0%相当)、0.1fmol(変異0.1%相当)、0.3fmol(変異0.3%相当)、1fmol(変異1%相当)、3fmol(変異3%相当)、10fmol(変異10%相当)と変化させた。表1に示すプライマーにおいて、下線部は標的塩基配列であり、他の部分はユニバーサル配列である。
【0081】
【表1】
【0082】
一塩基伸長反応後、未反応の基質である蛍光標識ddNTPによる干渉を防ぐために、脱リン酸化反応(SAP)処理を実施した。反応産物10μLにSAP1μLを添加し、37℃で1時間反応させた後,75℃で15分間反応させた。このSAP処理後のサンプルとサイズマーカーとHi-Di Formamideを混合し、95℃×5分の熱処理後、CEシーケンサDS3000(日立ハイテク)を用いてフラグメント解析を実施した。
【0083】
図6のA及びBは、遺伝子変異EGFR L858Rを標的として、11種の塩基長の異なるプライマー(表1)を用いて一塩基伸長反応させたフラグメント解析の結果を示す図である。通常は、1回の電気泳動で、1種類の標的に対して、1種類ずつの塩基長が異なるプライマーを割り当てて複数の遺伝子項目について変異定量を行うものの、本実施例では、1種類の標的(EGFR L858R)に対して、11種類の塩基長が異なるプライマー(プライマー#1、2、3、・・・、11)を割り当てていることで、11か所の異なる電気泳動移動度(bp)に蛍光信号が検出されている。図6のAに示すように、野生型に対して変異型の割合が1%で存在する場合には、野生型の信号601に対して、変異1%に相当する変異型の信号602が検出されており、11か所の検出によって、1回の電気泳動で11回の被覆度で標的遺伝子中の標的塩基配列を定量することが可能である。
【0084】
本実施例は、実験数N=4にて実施した。変異型の存在比率(変異検出%)を0%相当、0.1%相当、0.3%相当、・・・と変化させることで得られる相対蛍光強度のピークから、変異型の存在割合と相対蛍光強度に線形の関係を見出すことができる(図6のB)。このとき、1種類のプライマーのみに着目すると、遺伝子変異検出下限(3SD;変異0%時のSD値の3倍に相当する変異%)は、平均して0.066±0.046%であり、11種のプライマーでは0.033~0.205%の間でばらつきがあった。これは、特定の1種類の塩基長のプライマーを用いた場合に、0.033%で変異検出できることもあれば、0.205%までしか変異検出ができないこともあり、遺伝子変異検出の信頼性(精度)としては低いものである。一方、11種の塩基長の異なるプライマーを用いた場合の遺伝子変異検出下限は、0.050±0.001%(N=4)となり、ばらつきは非常に小さく、遺伝子変異検出の信頼性(精度)としても十分に安定していた。
【0085】
このとき、S/N比を上げるために、11種の塩基長の異なるプライマー由来の蛍光信号を加算することもできる。より低頻度の少量の遺伝子変異を検出するために、1回の電気泳動でS/N比を上げて高感度の検出ができる点は、例えばサンプル量が限られているリキッドバイオプシーでの利用では極めて有用な特徴になる。本実施例では、塩基長が50~100bpの間で5bpずつ異なる11種のプライマーを用いたものの、キャピラリー電気泳動装置のフラグメント解析が適用できる塩基長は100bp以上であり、電気泳動移動度の領域を拡大すれば、より塩基長の異なるプライマーを用いることができ、遺伝子変異の定量解析におけるデータ信頼性はさらに向上させることができると考えられる。
【0086】
また、ごく少量(例えば存在比0.1%未満)の遺伝子変異に対しては、塩基長の異なる複数のプライマーを用いることで、一定値以上の蛍光信号が検出される場合と検出されない場合が出てくる可能性もある。その場合には、変異型由来の蛍光信号が一定値以上になる回数をカウントすることで野生型に対する変異型の存在有無を判定することにも活用できる。特に、リキッドバイオプシーのがん診断等の早期発見を目的とする検査においては、遺伝子変異の有無の判定が重要とされるため、アレル頻度の定量性だけでなく、有無判定においても本発明は有効である。
【0087】
なお、上記の実施例で使用した蛍光色素は、x-ローダミン(ROX)、ローダミン110(R110)を使用しているが、本発明において使用し得る蛍光色素はこの限りではなく、一般に核酸プローブに標識する蛍光色素を使用すれば良い。ローダミン6G(R6G)やテトラメチルローダミン(TAMRA)のような他のローダミンの誘導体以外でも、例えば、フルオレセイン(fluorescein)又はその誘導体類であるフルオレセインイソチオシアネート(fluorescein isothiocyanate)(FITC)や、Alexa 488、Alexa 532、cy3、cy5、Texas red等が挙げられる。使用するキャピラリー電気泳動の装置に搭載されるレーザー光の励起波長に応じて、蛍光色素を任意に決めることが可能である。
【0088】
本発明は、上記した実施の形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施の例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【符号の説明】
【0089】
101:標的塩基配列(鋳型)
102:標的ごとに塩基長の異なるプライマー
103:蛍光色素
104:一塩基伸長反応での生成物
201:短く調整された塩基長のプライマー
202:長く調整された塩基長のプライマー
203:短く調整された塩基長のプライマーからの生成物
204:長く調整された塩基長のプライマーからの生成物
301:標的塩基配列(鋳型)
302:標的塩基配列の相補配列(鋳型アンチセンス)
303:塩基長が調整されたプライマー(フォワードプライマー)
304:塩基長が調整された相補鎖プライマー(リバースプライマー)
401:標的塩基配列(鋳型)
402:標的塩基配列に特異的にハイブリダイゼーションする塩基配列
403:共通配列フォワードプライマー
404:共通配列リバースプライマー
405:塩基長を調整する挿入塩基配列
406:蛍光標識フォワードプライマー
407:リバースプライマー
501:半値全幅を1bpとした時の信号形状
601:野生型の信号
602:変異型の信号
801:計測部
802:データ解析部
803:制御部
804:出力表示部
【配列表フリーテキスト】
【0090】
配列番号1~11:DNA(合成オリゴヌクレオチド)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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