IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人関東学院の特許一覧

特開2024-147319大豆粉の製造方法及びその製造方法により製造した大豆粉、並びにその大豆粉を含む大豆加工食品
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024147319
(43)【公開日】2024-10-16
(54)【発明の名称】大豆粉の製造方法及びその製造方法により製造した大豆粉、並びにその大豆粉を含む大豆加工食品
(51)【国際特許分類】
   A23L 11/00 20210101AFI20241008BHJP
   C12N 9/99 20060101ALI20241008BHJP
【FI】
A23L11/00 Z
C12N9/99
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023060250
(22)【出願日】2023-04-03
(71)【出願人】
【識別番号】599141227
【氏名又は名称】学校法人関東学院
(74)【代理人】
【識別番号】100124327
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 勝博
(72)【発明者】
【氏名】角田 光淳
【テーマコード(参考)】
4B020
【Fターム(参考)】
4B020LB24
4B020LC01
4B020LG01
4B020LK03
4B020LP03
4B020LP09
4B020LP20
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本件出願に係る発明は、安価で風味が良く、過度の変色(褐変)がなく、水への溶解度を一定程度保持し、且つ有害生理活性物質であるウレアーゼ、トリプシンインヒビター及びリポキシゲナーゼを確実に不活化することができる大豆粉の製造方法、及びその製造方法により製造した大豆粉、並びにその大豆粉を含む大豆加工食品を提供することを課題とする。
【解決手段】この課題を解決するために、本件出願に係る発明は、生大豆とアルコールとを共に耐圧容器内に入れて加圧環境下で熱処理を行い、熱処理済み大豆を得る工程と、当該熱処理済み大豆内のアルコール及び水を除去した後、これを粉砕して大豆粉を得る工程とを備え、当該熱処理済み大豆を得る工程において、原料である当該生大豆には、挽き割りを行った粒状生大豆又は圧片生大豆のいずれかを用いることを特徴とする大豆粉の製造方法を採用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生大豆とアルコールとを共に耐圧容器内に入れて加圧環境下で熱処理を行い、熱処理済み大豆を得る工程と、
当該熱処理済み大豆内のアルコール及び水を除去した後、これを粉砕して大豆粉を得る工程とを備え、
当該熱処理済み大豆を得る工程において、原料である当該生大豆には、挽き割りを行った粒状生大豆又は圧片生大豆のいずれかを用いることを特徴とする大豆粉の製造方法。
【請求項2】
原料である前記生大豆として、前記挽き割りを行った粒状生大豆を用いる場合、前記挽き割りを行った粒状生大豆の質量は、挽き割りを行う前の粒状生大豆の質量を1としたときに1/8~1/4である請求項1に記載の大豆粉の製造方法。
【請求項3】
前記熱処理済み大豆を得る工程において、前記生大豆と共に耐圧容器内に入れるアルコールの濃度は、前記生大豆に含まれる水分に対して20質量%~60質量%である請求項1又は請求項2に記載の大豆粉の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の大豆粉の製造方法により製造した大豆粉であって、
有害生理活性物質であるウレアーゼ、トリプシンインヒビター及びリポキシゲナーゼが不活化していることを特徴とする大豆粉。
【請求項5】
請求項4に記載の大豆粉を含むことを特徴とする大豆加工食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件出願は、大豆粉の製造方法及びその製造方法により製造した大豆粉、並びにその大豆粉を含む大豆加工食品に関する。
【背景技術】
【0002】
大豆は良質な蛋白質を多く含み、近年は様々な加工食品の原料として、広く用いられている。特に、これを粉砕して大豆粉にしたものは、小麦粉等の代替品となり、汎用性が高い。一方で、大豆には特有の青草臭があり、これを低減した風味の良い大豆粉の開発が求められている。また、大豆には有害生理活性物質であるウレアーゼ、トリプシンインヒビター及びリポキシゲナーゼが含まれており、大豆粉を安全に体内に摂取するためには、これらを不活化する必要がある。そして、大豆粉の商品価値を損なわないためには、風味改善や有害生理活性物質の不活化等を目的として行う処理により、大豆粉に、過度な変色(褐変)、水への溶解度の大幅な低下、良好な風味や栄養素の損失等が起こるおそれのない大豆粉の製造方法の提供が求められている。
【0003】
特許文献1には、「生大豆粉にアルコールを添加して、当該生大豆粉に含まれる水分に対するアルコール濃度が35~70W/W%であるアルコール含有生大豆粉を調製する工程と、当該アルコール含有生大豆粉を、加圧環境下において100~125℃で5~15分間加熱処理して加圧熱処理大豆粉を調製する工程と、当該加圧熱処理大豆粉に含まれるアルコールを除去する工程とを備えた大豆粉の製造方法」が開示されている。この特許文献1には、実施例として、大豆粉に糖度の低下や過度な変色(褐変)等が起こることなく、有害生理活性物質であるウレアーゼを不活化したことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2020-58245号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に係る大豆粉の製造方法では、生大豆粉及びアルコールを耐圧容器内に入れて加圧環境下で熱処理を行い、加圧熱処理大豆粉を得ている。そのため、加圧熱処理大豆粉の一部が耐圧容器の内壁面に固着してしまい、全ての加圧熱処理大豆粉を回収することは困難である。また、加圧熱処理大豆粉は、耐圧容器内で凝集する傾向にあり、再度粉砕して最終製品としての大豆粉を得る必要がある。その結果、製造に手間がかかり、コストが増加する。そして、加圧熱処理の間中、生大豆粉をアルコール内で高分散状態にしておかなければ、有害生理活性物質を十分に不活化できないおそれがある。
【0006】
本件出願に係る発明は、安価で風味が良く、過度な変色(褐変)がなく、水への溶解度を一定程度保持し、且つ有害生理活性物質であるウレアーゼ、トリプシンインヒビター及びリポキシゲナーゼを確実に不活化することができる大豆粉の製造方法、及びその製造方法により製造した大豆粉、並びにその大豆粉を含む大豆加工食品を提供することを課題とする。
【0007】
本件発明者は、鋭意研究の結果、以下の手段を採用することにより、上述の課題を解決するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0008】
A.本件出願に係る大豆粉の製造方法
本件出願に係る大豆粉の製造方法は、生大豆とアルコールとを共に耐圧容器内に入れて加圧環境下で熱処理を行い、熱処理済み大豆を得る工程と、当該熱処理済み大豆内のアルコール及び水を除去した後、これを粉砕して大豆粉を得る工程とを備え、当該熱処理済み大豆を得る工程において、原料である当該生大豆には、挽き割りを行った粒状生大豆又は圧片生大豆のいずれかを用いることを特徴とする。
【0009】
本件出願に係る大豆粉の製造方法は、原料である前記生大豆として、前記挽き割りを行った粒状生大豆を用いる場合、前記挽き割りを行った粒状生大豆の質量が、挽き割りを行う前の粒状生大豆の質量を1としたときに1/8~1/4であることが好ましい。
【0010】
本件出願に係る大豆粉の製造方法は、前記熱処理済み大豆を得る工程における前記アルコールの濃度が、前記生大豆に含まれる水分に対して20質量%~60質量%であることが好ましい。
【0011】
B.本件出願に係る大豆粉
本件出願に係る大豆粉は、上述の本件出願に係る大豆粉の製造方法により製造したものであって、有害生理活性物質であるウレアーゼ、トリプシンインヒビター及びリポキシゲナーゼが不活化していることを特徴とする。
【0012】
C.本件出願に係る大豆加工食品
本件出願に係る大豆加工食品は、上述の本件出願に係る大豆粉を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本件出願に係る発明によれば、安価で風味が良く、過度な変色(褐変)がなく、水への溶解度を一定程度保持し、且つ有害生理活性物質であるウレアーゼ、トリプシンインヒビター及びリポキシゲナーゼを確実に不活化することができる大豆粉の製造方法を提供することができる。その結果、本願に係る大豆粉の製造方法により製造された大豆粉及びその大豆粉を含む大豆加工食品は、商品価値が高いものとなる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本件出願に係る大豆粉の製造方法、及びその製造方法により製造した大豆粉、並びにその大豆粉を含む大豆加工食品の一実施形態について説明する。
【0015】
A.本件出願に係る大豆粉の製造方法
本件出願に係る大豆粉の製造方法は、生大豆とアルコールとを共に耐圧容器内に入れて加圧環境下で熱処理を行い、熱処理済み大豆を得る工程と、当該熱処理済み大豆内のアルコール及び水を除去した後、これを粉砕して大豆粉を得る工程とを備える。そして、当該熱処理済み大豆を得る工程において、原料である当該生大豆には、挽き割りを行った粒状生大豆又は圧片生大豆のいずれかを用いることを特徴とする。本件出願に係る大豆粉の製造方法は、上述の要件を備えることにより、安価で風味が良く、過度な変色(褐変)がなく、水への溶解度を一定程度保持し、且つ有害生理活性物質であるウレアーゼ、トリプシンインヒビター及びリポキシゲナーゼを確実に不活化することができる。以下、本件出願に係る大豆粉の製造方法について、各工程ごとに説明する。
【0016】
A-1.熱処理済み大豆を得る工程
本工程は、大豆特有の青草臭の一因であるリポキシゲナーゼを熱処理により低減すると共に、生大豆に含まれる有害生理活性物質であるウレアーゼ、トリプシンインヒビター及びリポキシゲナーゼを熱処理及びアルコール変性により不活化するためのものである。ここで、リポキシゲナーゼは易熱性である。そのため、60℃~70℃で熱処理を行うと、その高次構造が分解して不活化する。一方、ウレアーゼ及びトリプシンインヒビターは耐熱性である。そのため、大豆に含まれる有用な栄養素等の良好な特性を損なうことなく、熱処理のみによってウレアーゼ及びトリプシンインヒビターを確実に不活化することは比較的困難である。
【0017】
そこで、本願に係る大豆粉の製造方法では、原料である生大豆に対して加圧環境下で熱処理を行うと共に、これらの成分が有する高次構造をアルコールの作用で変性して不活化する。加圧環境下で熱処理を行うと、原料である生大豆に含まれる水分及び、本工程中で添加するアルコールの沸点が、大気圧における沸点よりも高くなり、より確実に有害生理活性物質を不活化することができる。且つ、比較的短時間で大豆特有の青草臭の低減及び、有害生理活性物質の不活化に必要な熱処理を完了できることから、大豆に含まれる有用な栄養素の低減、過度な変色(褐変)、水に対する溶解度の大幅な低下等の不具合を生じるおそれもない。
【0018】
本願に係る大豆粉の製造方法では、生大豆の種類等に特段の制限はなく、トヨシロメやフクユタカ等の国産大豆や輸入大豆を採用すればよい。この生大豆は、収穫したままの水分を多く含むものでもよいが、水分量が15質量%以下の乾燥生大豆の方が入手し易く、長期保存が可能で、挽き割り等も容易であることから、より好ましい。また、この生大豆としては、脂質を含む全脂大豆等の粒状生大豆(所謂丸大豆)又は、脱脂した圧片生大豆(所謂フレーク状の脱脂大豆)のいずれかを採用すればよい。脂質を含む粒状生大豆を用いた場合は、脱脂した圧片生大豆を用いた場合と比較して、より栄養価が高い大豆粉を製造することができる。脱脂した圧片生大豆を用いた場合は、脂質を含む粒状生大豆を用いた場合と比較して、大豆特有の青草臭の低減及び、生大豆に含まれる有害生理活性物質の不活化の効果をより確実に得ることができる。また、挽き割りを行う必要もないことから、製造コストを削減することができる。以下に、原料である生大豆が「挽き割りを行った粒状生大豆」である場合、及び「圧片生大豆」である場合について、各々説明する。
【0019】
<原料である生大豆が挽き割りを行った粒状生大豆である場合>
粒状生大豆を用いる場合、本工程で加圧熱処理を行う前に、予め挽き割りを行う必要がある。この挽き割りには、例えば食品用の解砕機を用いることができる。解砕機は、通常、固定刃、ロータリー刃、孔目スクリーン、及び集塵部を具備する。粒状生大豆を解砕機内に入れると、解砕後に集塵部により粒状生大豆の皮部と粉末状生大豆とが除去されて、実部からなる挽き割り生大豆のみが得られる。粒状生大豆を挽き割りにすると、挽き割りを行う前の粒状生大豆と比較して、熱伝導率が向上し、内部までより均一に熱処理を行うことが可能となる。
【0020】
挽き割り生大豆の質量は、挽き割りを行う前の粒状生大豆の質量を1としたときに、1/8~1/4であることが好ましい。この挽き割り生大豆の質量が挽き割りを行う前の生大豆の質量に対して1/8未満であると、取り扱いに手間がかかると共に、熱伝導率が挽き割りを行う前の粒状生大豆よりも低くなる傾向にあるため好ましくない。一方、この挽き割り生大豆の質量が挽き割りを行う前の生大豆の質量に対して1/4を超えても、挽き割りにより熱伝導率が高くなる効果が得られず、内部まで均一に熱処理を行うことが困難になる傾向にあるため好ましくない。
【0021】
<原料である生大豆が圧片生大豆である場合>
圧片生大豆は、上述の(挽き割りを行う前の)粒状生大豆と比較して、その質量が大幅に小さい。そのため、熱伝導率は比較的良好であり、そのままの形状でアルコールと共に加圧熱処理を行うことができる。
【0022】
次に、本工程で用いるアルコールについて説明する。本工程で用いるアルコールとしては、食品添加物として認められているエタノール、プロパノール、イソプロパノール等が挙げられる。このうち、人体への影響やコストメリット等を考慮すると、エタノールを用いることが好ましい。
【0023】
生大豆と共に耐圧容器内に入れるアルコールの濃度は、生大豆に含まれる水分に対する濃度が20質量%~60質量%であることが好ましい。アルコールの濃度が生大豆に含まれる水分に対して20質量%未満であると、蛋白質からなる上述の有害生理活性物質(ウレアーゼ、トリプシンインヒビター及びリポキシゲナーゼ)をアルコール変性により不活化する効果が得られない傾向にあるため好ましくない。一方、アルコールの濃度が生大豆に含まれる水分に対して60質量%を超えても、蛋白質からなる上述の有害生理活性物質(ウレアーゼ、トリプシンインヒビター及びリポキシゲナーゼ)をアルコール変性により不活化する効果が向上するものではなく、単なる資源の無駄となるため好ましくない。また、生大豆と共に耐圧容器内に入れるアルコールの濃度は、生大豆に含まれる水分に対する濃度が50質量%~60質量%であることがより好ましい。生大豆に含まれる水分に対するアルコールの濃度がこの数値範囲内であると、分散媒であるアルコールの量が比較的多いことから、より短時間で有害生理活性物質をアルコール変性により不活化できる傾向にあるためである。
【0024】
続いて、加圧熱処理の条件について説明する。加圧熱処理の条件としては、例えば、耐圧容器内の圧力が3気圧~5気圧、熱処理の温度が105℃~125℃、熱処理に要する時間が4分間~15分間を採用すればよい。これらの数値範囲内の条件で加圧熱処理を行うことにより、大豆に含まれる有用な栄養素の低減、過度な変色(褐変)、水に対する溶解度の大幅な低下等の不具合を生じることなく、大豆特有の青草臭を低減できると共に、生大豆に備わる有害生理活性物質を確実に不活化することができる。
【0025】
A-2.熱処理済み大豆から大豆粉を得る工程
上述の工程で得た熱処理済み大豆に含まれる水及びアルコールを除去する方法としては、従来公知の方法を用いればよく、特段の制限はない。例えば、熱処理済み大豆を室温で数時間放置するか、50℃~70℃の温風に1時間~4時間程度曝露すると、水及びアルコールが蒸発して熱処理済み大豆内からそれらを除去することができる。また、熱処理済み大豆を耐熱容器内に入れて、分留又は減圧蒸留によりアルコールを除去した後、50℃~70℃の温風に1時間~4時間程度曝露して熱処理済み大豆内の水を除去することもできる。
【0026】
本工程でアルコール及び水を除去した後の大豆は、その水分量が4質量%~7質量%であることが好ましい。この水分量が4質量%未満であると、大豆に備わる良好な風味が損なわれる傾向にあるため好ましくない。一方、水分量が7質量%を超えても、大豆粉を微細な大きさに粉砕することが困難になる傾向があるため好ましくない。また、本工程でアルコール及び水を除去した後の大豆は、その水分量が4質量%~5質量%であることがより好ましい。大豆の水分量がこの数値範囲内であると、粉砕作業がより容易になる傾向があるためである。
【0027】
本工程でアルコール及び水を除去した後の大豆は、食品用の粉砕機等を用いて粉砕する。原料である生大豆が全脂大豆である場合は、脂質を多く含むことから、通常の粉砕機を用いて微細な粒径を有する大豆粉を製造することは比較的困難であるが、気流式粉砕機を用いると、平均粒径が20μm以下の大豆粉を製造することができる。
【0028】
大豆粉の平均粒径は、3μm~20μmであることが好ましい。この大豆粉の平均粒径が3μm未満であると、製品である大豆粉を計量、保存等する際に取り扱いが困難になる傾向があるため好ましくない。一方、大豆粉の平均粒径が20μmを超えても、これを用いて大豆加工食品を製造する際に、水や油への分散性が低下したり、これを含む大豆加工食品を製造したときに、食感にざらつきが生じる傾向があるため好ましくない。また、大豆粉の平均粒径は、3μm~10μmであることが、より好ましい。大豆粉の平均粒径がこの数値範囲内であると、これを含む大豆加工食品を製造したときに、舌触り、滑らかさ等の食感がより良好なものとなるためである。なお、ここでいう大豆粉の平均粒径とは、レーザー回折散乱法により測定した体積基準の粒度分布における積算値50%での粒径を意味する。
【0029】
B.本件出願に係る大豆粉
本件出願に係る大豆粉は、上述の本願に係る大豆粉の製造方法により製造したものである。本願に係る大豆粉は、上述の本願に係る大豆粉の製造方法で製造することにより、大豆特有の青草臭等の不快臭や不快味が抑制され、水への溶解度を一定程度保持し、且つ生大豆に備わる有害生理活性物質を不活化したものである。そして、本願に係る大豆粉は、リポ欠大豆(リポキシゲナーゼ欠失大豆)等の特殊な大豆ではなく、通常の生大豆を原料としていることから、原材料費を低く抑えることができるという点においても優れている。以下に、有害生理活性物質であるウレアーゼ、トリプシンインヒビター及びリポキシゲナーゼの活性の評価方法について説明する。
【0030】
<ウレアーゼ活性の評価方法>
大豆粉水溶液と尿素水溶液とを混合して反応させると、大豆粉内にウレアーゼが存在する場合は、尿素が分解してアンモニア及び炭酸ガスが発生することにより、混合液のpHが上昇する。そのため、生大豆をそのまま粉砕した生大豆粉と、本願に係る製造方法で製造した大豆粉とを用いて試験を行い、pH値の変化量を比較することにより、ウレアーゼ活性を評価することができる。
【0031】
<トリプシンインヒビター活性の評価方法>
トリプシンインヒビターの活性は、Nα-ベンゾイル-DL-アルギニン-p-ニトロアニリドを用いたKAKADEらの方法(比色分析)により測定することができる。具体的には、まず、本願に係る製造方法で製造した大豆粉を用いて大豆粉水溶液を調整し、これにトリプシン液及びNα-ベンゾイル-DL-アルギニン-p-ニトロアニリド水溶液からなる試験液を加えて、波長410nmにおける吸光度を測定した後、当該大豆粉水溶液を含まない試験液の吸光度からこれを差し引いた数値を求める。次いで、生大豆をそのまま粉砕した生大豆粉を用いて同様の試験を行って、その数値(吸光度の変化量)を求め、上述の大豆粉水溶液を用いた場合の数値(吸光度の変化量)と比較することにより、トリプシンインヒビター活性を評価することができる。
【0032】
<リポキシゲナーゼ活性の評価方法>
大豆種子中には三種類のリポキシゲナーゼが存在する。これらを仮にL-1~L-3とした場合、L-1はpH9.0のメチレンブルー水溶液に対して脱色作用を有し、L-2はpH6.0のメチレンブルー水溶液に対して脱色作用を有し、L-3はpH6.6のβ-カロテン水溶液に対して脱色作用を有する。そのため、大豆粉を用いて各試験を行うことにより、リポキシゲナーゼ活性を評価することができる。
【0033】
C.本件出願に係る大豆加工食品
本件出願に係る大豆加工食品は、上述の大豆粉の製造方法により製造した大豆粉を含むことを特徴とする。本願に係る大豆加工食品は、上述の本願に係る大豆粉を含むことで、大豆特有の青草臭等の不快臭や不快味が抑制され、且つ有害生理活性物質であるウレアーゼ、リポキシゲナーゼ及びトリプシンインヒビターの不活化が確実に図られた、大豆飲料や菓子等を提供することできる。
【0034】
以下に、本件出願に係る発明の実施例を示し、当該発明についてより具体的に説明する。なお、本件出願に係る発明の技術的思想は、以下に述べる実施例の記載に限定して解釈されるものではない。
【実施例0035】
本実施例では、まず、乾燥した粒状の全脂生大豆(トロシロメ)を700g用意した。これを解砕選別機(宝田工業株式会社製のCHA WS01)内に入れて、その質量の平均値が、挽き割りを行う前の全脂生大豆の質量の平均値に対して1/5の大きさとなるよう挽き割りを行うことにより、全脂生大豆の実部のみからなる挽き割り生大豆を得た。次いで、この挽き割り生大豆の水分量を加熱乾燥式水分計(株式会社エー・アンド・デイ製のML-50)を用いて測定したところ、挽き割り生大豆に含まれる水分は、13質量%だった。この挽き割り生大豆を500g計量し、挽き割り生大豆に含まれる水に対するエタノールの濃度が50質量%となるよう計量した、濃度99.5質量%以上の高純度エタノールと共に耐圧容器内に入れた。そして、この耐圧容器をオートクレーブ(株式会社トミー精工製のES-315)内に静置して、4気圧、118℃で10分間の加圧熱処理を行い、熱処理済み挽き割り大豆を得た。
【0036】
この熱処理済み挽き割り大豆を耐熱性の角型バット内に入れて60℃の温風に3時間曝露して、熱処理済み挽き割り大豆に含まれる水及びアルコールを除去することにより、乾燥挽き割り大豆を得た。この乾燥挽き割り大豆の水分量を加熱乾燥式水分計(株式会社エー・アンド・デイ製のML-50)を用いて測定したところ、乾燥挽き割り大豆に含まれる水分は、5質量%だった。次いで、この乾燥挽き割り大豆を市販の気流式粉砕機を用いて粉砕し、平均粒径が8μmの大豆粉を得た。なお、ここでいう大豆粉の平均粒径は、レーザー回折散乱法により測定した体積基準の粒度分布における積算値50%での粒径を意味する。以上に、本実施例における大豆粉の製造方法を説明した。続いて、上述の方法で得た大豆粉に関する評価を以下に示す。
【0037】
<糖度(Brix値)、褐変度(L値)及び水への溶解度>
上述の方法で得た大豆粉を10g計量して水に溶解し、濃度10質量%の大豆粉水溶液を調整した後、屈折式糖度計(エルマ販売株式会社製)を用いて糖度(Brix値)を測定した。次いで、上述の方法で得た大豆粉を別途4g計量して白いカップ内に入れて平らにならし、カラーアナライザー色差計(株式会社佐藤商事製のTED135Aプラス)を用いて大豆粉の明度(L値)を測定した。更に、上述の方法で得た大豆粉を別途用意して、撹拌子を入れた容器内に室温の純水(イオン交換水)を100ml入れて、当該大豆粉を少量ずつ加えながら攪拌して、室温における溶解度(飽和溶液の濃度、即ち水100g中に沈殿せず溶解した大豆粉の重量)を測定した。これらの評価結果を表1に示す。
【0038】
なお、表1には、参考基準として、本実施例と同様の方法で測定した生大豆粉の糖度(Brix値)、褐変度(L値)及び室温における水への溶解度も記載した。ここで、「参考基準である生大豆粉」とは、本実施例で用いたものと同じ「乾燥した粒状の全脂生大豆(トロシロメ)」を用いて、挽き割り及び加圧熱処理を行わずに、そのまま気流式粉砕機により本実施例と同様の平均粒径まで粉砕した生大豆粉をいう。
【0039】
<ウレアーゼ活性>
上述の方法で得た大豆粉を別途1g計量して純水を加え、ハンドミキサーで攪拌して濃度1質量%の大豆粉水溶液を調整した。次いで、3000rpmで15分間の遠心分離を行い、上澄み液を0.5ml採取した後、30℃の純水で希釈して濃度0.01質量%の大豆粉水溶液を調整し、pHメーター(株式会社堀場製作所製のD-71)を用いて当該大豆粉水溶液のpHを測定した。これを初期値として、当該大豆粉水溶液(濃度0.01質量%の大豆粉水溶液)に10質量%の尿素水溶液を1ml添加して混合し、30℃で10分間反応させた後、pHを測定して上述の初期値と比較することにより、その変化量を求めた。
【0040】
次いで、参考基準として、生大豆粉を用いて同様の測定を行った。そして、参考基準である生大豆粉のウレアーゼ活性(反応前後のpHの変化量の数値)を100としたときの、上述の方法で得た本実施例の大豆粉のウレアーゼ活性(反応前後のpHの変化量の数値)を計算したところ、その数値は1となった。そのため、上述の方法で得た大豆粉に含まれるウレアーゼの活性は、参考基準である生大豆粉のウレアーゼの活性と比較して、1/100に不活化したといえる。これらの測定結果を表1に示す。
【0041】
<トリプシンインヒビター活性>
トリプシンインヒビター活性は、Nα-ベンゾイル-DL-アルギニン-p-ニトロアニリドを用いたKAKADEらの方法(比色分析)により測定した。即ち、上述の方法で得た大豆粉を別途採取して大豆粉水溶液を調整し、これにpH8.2の試験液(トリプシン液及びNα-ベンゾイル-DL-アルギニン-p-ニトロアニド水溶液を混合したもの)を添加して室温で5分間反応させて、吸光光度計を用いて波長410nmにおける吸光度を測定した。これを、大豆粉水溶液を含まない「pH8.2の試験液」について同様の方法で測定した吸光度の数値と比較することにより、その変化量を求めた。
【0042】
続いて、参考基準として、生大豆粉を用いて同様の試験を行った。そして、参考基準である生大豆粉のトリプシンインヒビター活性(反応前後の吸光度の変化量の数値)を100としたときの、上述の方法で得た本実施例の大豆粉のトリプシンインヒビター活性(反応前後の吸光度の変化量の数値)を計算したところ、その数値は10となった。そのため、上述の方法で得た大豆粉に含まれるトリプシンインヒビター活性は、参考基準である生大豆粉のトリプシンインヒビター活性と比較して、1/10に不活化したといえる。これらの測定結果を表1に示す。
【0043】
<リポキシゲナーゼ活性>
リポキシゲナーゼ活性は、大豆種子に含まれる3種のリポキシゲナーゼ(L-1、L-2及びL-3)に関して、各々試験を行った。まず、上述の方法で得た大豆粉を別途10mg計量して、純水(イオン交換水)50μL中に溶解して大豆粉水溶液を調整した。これにpH9.0のメチレンブルー水溶液(ホウ酸水溶液25ml、メチレンブルー水溶液5ml、リノール酸水溶液5mlを混合したもの)を1ml添加して混合し、5分間反応させた。その後、これを目視で観察したところ、リポキシゲナーゼ(L-1)によるメチレンブルーの脱色反応は起こらず、大豆粉水溶液の外観色に変化はなかった。
【0044】
次に、pH6.0のメチレンブルー水溶液(ジチオスレイトール154mg、pH6.0のリン酸水溶液25ml、メチレンブルー水溶液5ml、リノール酸水溶液5mlを混合したもの)を用いて同様の試験を行ったところ、リポキシゲナーゼ(L-2)によるメチレンブルーの脱色反応は起こらず、大豆粉水溶液の外観色に変化はなかった。
【0045】
続いて、pH6.6のβ-カロテン水溶液(pH6.6のリン酸水溶液25ml、β-カロテン水溶液5ml、リノール酸水溶液5mlを混合したもの)を用いて同様の試験を行ったところ、リポキシゲナーゼ(L-3)によるβ-カロテンの脱色反応は起こらず、大豆粉水溶液の外観色に変化はなかった。これらの試験結果を表1に示す。なお、表1には、参考基準として、生大豆粉を用いて同様に各試験を行った結果も示す。ここで、表1において、リポキシゲナーゼによるメチレンブルー又はβ-カロテンの脱色反応が起こったものは(+)、起こらなかったものは(-)と記載した。
【0046】
<大豆イソフラボンの含有量>
上述の方法で得た大豆粉について、高速液体クロマトグラフ(HPLC)を用いて、含有する大豆イソフラボンの定性及び定量分析を行った。次いで、参考基準である生大豆粉についても同様の試験を行い、その結果を比較したところ、大豆イソフラボンの総含有量は概ね同じだった。また、上述の方法で得た大豆粉においては、参考基準である生大豆粉に対して、大豆イソフラボンにおける各種成分のうちの一部の配糖体の含有量が減少して、非配糖体(イソフラボンアグリコン)の含有量が増加していることが確認できた。
【0047】
<官能試験>
上述の方法で得た大豆粉について、8人のパネルにより官能試験を行った。具体的には、当該大豆粉を5g計量し、これを8人のパネルが摂取して、その風味を各項目について採点する試験を3回行い、その合計点を算出した。なお、当該試験において、各項目の風味を強く感じたものを「3」、弱く感じたものを「2」、僅かに感じたものを「1」、全く感じなかったものを「0」とした。この試験結果を表2に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
【0050】
上述の試験結果から理解できるとおり、生大豆を挽き割りにした後、アルコールと共に耐圧容器内に入れて加圧環境下で熱処理を行い、大豆内のアルコール及び水を除去したものを粉砕して製造した実施例の大豆粉は、糖度(Brix値)及び褐変度が参考基準である生大豆粉と概ね同等の数値であり、室温での水への溶解度を一定程度保持していた。また、本実施例の大豆粉は、有害生理活性物質であるウレアーゼの活性が、参考基準である生大豆粉と比較して1/100に低減しており、トリプシンインヒビターの活性は、参考基準である生大豆粉と比較して1/10に低減していた。リポキシゲナーゼの活性は、従来公知の試験で反応がみられない程度まで低減していた。そのため、本実施例の方法で製造した大豆粉は、生大豆に含まれる有害生理活性物質であるウレアーゼ、トリプシンインヒビター及びリポキシゲナーゼが不活化したものと判断できる。そして、本実施例の方法で製造した大豆粉は、参考基準である生大豆粉と同等の大豆イソフラボンを含有し、その風味も良好だった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本件出願に係る大豆粉の製造方法、及びその製造方法により製造した大豆粉は、小麦粉等の代替原料、菓子や大豆ミート等のあらゆる大豆加工食品に好適に用いることができる。