(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024147451
(43)【公開日】2024-10-16
(54)【発明の名称】ポリフェニレンスルフィド中空糸膜及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B01D 71/66 20060101AFI20241008BHJP
B01D 63/02 20060101ALI20241008BHJP
B01D 69/00 20060101ALI20241008BHJP
B01D 69/02 20060101ALI20241008BHJP
B01D 69/08 20060101ALI20241008BHJP
C08J 9/26 20060101ALI20241008BHJP
【FI】
B01D71/66
B01D63/02
B01D69/00
B01D69/02
B01D69/08
C08J9/26 102
C08J9/26 CEZ
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023060479
(22)【出願日】2023-04-03
(71)【出願人】
【識別番号】000004503
【氏名又は名称】ユニチカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(74)【代理人】
【識別番号】100122448
【弁理士】
【氏名又は名称】福井 賢一
(72)【発明者】
【氏名】馬越 恭平
(72)【発明者】
【氏名】中村 亮太
(72)【発明者】
【氏名】田中 潤
【テーマコード(参考)】
4D006
4F074
【Fターム(参考)】
4D006GA03
4D006GA06
4D006HA02
4D006HA03
4D006HA19
4D006JA01Z
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4F074DA44
(57)【要約】
【課題】本発明は、有機溶剤系液体の膜分離において、限外濾過又はナノ濾過レベルの分離性能に優れており、かつ実用的な有機溶剤透過性能及び膜強度を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜及びその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造方法は、ポリフェニレンスルフィド樹脂を、ジフェニルスルホン及びジフェニルケトンを含む混合溶媒に溶解させた製膜原液を調製する第1工程、二重管構造の中空糸製造用二重管状ノズルを用い、外側の環状ノズルから前記製膜原液を吐出すると共に内側のノズルから内部凝固液を吐出し、凝固浴液中に浸漬させて、中空糸膜を形成する第2工程、及び前記第2工程で形成された中空糸膜から溶媒を除去する第3工程、を含み、前記内部凝固液と前記凝固浴液のうち、一方は、少なくとも水を含む凝固液(A)であり、他方は、少なくとも安息香酸ベンジルを含む凝固液(B)である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェニレンスルフィド樹脂を、ジフェニルスルホン及びジフェニルケトンを含む混合溶媒に溶解させた製膜原液を調製する第1工程、
二重管構造の中空糸製造用二重管状ノズルを用い、外側の環状ノズルから前記製膜原液を吐出すると共に内側のノズルから内部凝固液を吐出し、凝固浴液中に浸漬させて、中空糸膜を形成する第2工程、及び
前記第2工程で形成された中空糸膜から溶媒を除去する第3工程、を含み、
前記内部凝固液と前記凝固浴液のうち、一方は、少なくとも水を含む凝固液(A)であり、他方は、少なくとも安息香酸ベンジルを含む凝固液(B)である、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造方法。
【請求項2】
前記製膜原液中のポリフェニレンスルフィド樹脂の濃度は、30~50重量%である、請求項1に記載のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造方法。
【請求項3】
ポリフェニレンスルフィド樹脂により形成されたポリフェニレンスルフィド中空糸膜であって、
内腔側表面又は外側表面に緻密層が形成されており、
25℃におけるN-メチル-2-ピロリドンの透過量が0.04L/(m2・bar・h)以上であり、
溶媒がN-メチル-2-ピロリドンであり、溶質がポリエチレングリコール10000である溶液を濾過した際のポリエチレングリコール10000の阻止率が85%以上であり、かつ
25℃、相対湿度60%における引張強度が8MPa以上である、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜。
【請求項4】
前記ポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、多孔度が40~70%である、請求項3に記載のポリフェニレンスルフィド中空糸膜。
【請求項5】
溶媒がN-メチル-2-ピロリドンであり、溶質がブリリアントブルーRである溶液を濾過した際のブリリアントブルーRの阻止率が90%以上である、請求項3に記載のポリフェニレンスルフィド中空糸膜。
【請求項6】
25℃におけるN-メチル-2-ピロリドンの透過量が0.2L/(m2・bar・h)以上である、請求項3に記載のポリフェニレンスルフィド中空糸膜。
【請求項7】
モジュールケースに、請求項3~6のいずれかに記載のポリフェニレンスルフィド中空糸膜が収容されてなる、中空糸膜モジュール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膜分離処理技術は、液相および気相において種々の分子量を有する化学種の分離に適用することができ、各種工業分野において分離工程に広く利用されている。
【0003】
特に膜分離処理技術は、水系液体の膜分離に広く応用されており、海水淡水化、河川水や生活排水中の微粒子やウィルス除去、蛋白質や酵素等の熱に弱い物質の分離又は濃縮、果汁の清澄化、生酒の製造、人工透析、医薬品や医療用水製造時のウィルスや蛋白質の除去、超純水の製造、電着塗料の回収、製糸・パルプ工場の汚水処理、含油排水の処理、染料排水の処理等の様々な分野で実用化されている。
【0004】
これらの膜分離処理技術に利用される分離膜としては、成型加工が比較的容易であり、安価な大量製造プロセスが確立しやすいこと、軽量で柔軟性があって取り扱い易いことから、高分子膜が主流となっている。
【0005】
一方、有機溶剤系液体の膜分離については、有機溶剤耐性を備える実用的な分離膜がないために膜分離処理技術はほとんど利用されてこなかった。化学産業においては有機溶剤を用いる製造プロセスが非常に多いにもかかわらず、有機溶剤の分離操作はエネルギー消費の大きい蒸留が主となっている。
【0006】
有機溶剤の中でも特に、アセトン、テトラヒドロフラン、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、及びジクロロメタン等の非プロトン性極性溶媒;トリエチルアミン、アニリン、ピリジン、及びモノエタノールアミン等の塩基性溶媒に対しても安定的に使用できる分離膜は非常に限られる。
【0007】
有機溶剤系液体の分離工程においては、有機溶剤系液体中の幅広いサイズの粒子又は溶質の分離に需要があるが、特に、限外濾過又はナノ濾過レベルの高い分離性能を持ち、かつ耐有機溶剤性の高分子膜の作製は困難であり、得られたとしても、使用できる有機溶剤が限定される、又は有機溶剤透過量が低いという問題があった。
【0008】
前記有機溶剤を含む幅広い有機溶剤に対して極めて優れた耐性を備える素材としてポリフェニレンスルフィド樹脂(以下、「PPS」ともいう。)が挙げられる。PPSにより形成された分離膜はこれまでにいくつか提案されているが、有機溶剤中で限外濾過又はナノ濾過レベルの高い分離性能を有し、かつ実用的な有機溶剤透過性能及び膜強度を有するPPS分離膜はいまだ開発されていない。
【0009】
例えば、特許文献1では、PPSのナノ濾過レベルの分離膜が開示されているが、紡糸用樹脂組成物中のPPS濃度が高濃度であるため、得られる分離膜は多孔度及び空隙の平均孔径が小さく、膜強度は十分であるが、透過流速が低いものである。
【0010】
また、特許文献2では、PPS限外濾過膜が開示されているが、製膜溶媒として常圧での沸点が203℃であるNMPを加圧下250℃で使用する製法は、実用化が困難であり、また、得られる濾過膜は、支持層に大型孔を多く持つため膜強度が低いという問題がある。
【0011】
また、特許文献3~7においてもPPS濾過膜が開示されている。しかし、これらのPPS濾過膜は、いずれも有機溶剤系液体の膜分離において限外濾過又はナノ濾過レベルの高い分離性能を有するものではなく、また実用的な有機溶剤透過性能及び膜強度を有するものでもない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】国際公報第2020/026958号公報
【特許文献2】特公平4-19890号公報
【特許文献3】特公平2-8047号公報
【特許文献4】特表平7-500527号公報
【特許文献5】特表平8-506375号公報
【特許文献6】特許第3328744号公報
【特許文献7】特許第5444913号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
このような状況下、本発明は、有機溶剤系液体の膜分離において、限外濾過又はナノ濾過レベルの分離性能に優れており、かつ実用的な有機溶剤透過性能及び膜強度を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、特定の製膜原液用溶媒及び製膜用凝固液を用いてポリフェニレンスルフィド中空糸膜を製造することにより、有機溶剤系液体の膜分離において、限外濾過又はナノ濾過レベルの分離性能に優れており、かつ実用的な有機溶剤透過性能及び膜強度を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜が得られることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0015】
すなわち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. ポリフェニレンスルフィド樹脂を、ジフェニルスルホン及びジフェニルケトンを含む混合溶媒に溶解させた製膜原液を調製する第1工程、
二重管構造の中空糸製造用二重管状ノズルを用い、外側の環状ノズルから前記製膜原液を吐出すると共に内側のノズルから内部凝固液を吐出し、凝固浴液中に浸漬させて、中空糸膜を形成する第2工程、及び
前記第2工程で形成された中空糸膜から溶媒を除去する第3工程、を含み、
前記内部凝固液と前記凝固浴液のうち、一方は、少なくとも水を含む凝固液(A)であり、他方は、少なくとも安息香酸ベンジルを含む凝固液(B)である、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造方法。
項2. 前記製膜原液中のポリフェニレンスルフィド樹脂の濃度は、30~50重量%である、項1に記載のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造方法。
項3. ポリフェニレンスルフィド樹脂により形成されたポリフェニレンスルフィド中空糸膜であって、
内腔側表面又は外側表面に緻密層が形成されており、
25℃におけるN-メチル-2-ピロリドンの透過量が0.04L/(m2・bar・h)以上であり、
溶媒がN-メチル-2-ピロリドンであり、溶質がポリエチレングリコール10000である溶液を濾過した際のポリエチレングリコール10000の阻止率が85%以上であり、かつ
25℃、相対湿度60%における引張強度が8MPa以上である、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜。
項4. 前記ポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、多孔度が40~70%である、項3に記載のポリフェニレンスルフィド中空糸膜。
項5. 溶媒がN-メチル-2-ピロリドンであり、溶質がブリリアントブルーRである溶液を濾過した際のブリリアントブルーRの阻止率が90%以上である、項3又は4に記載のポリフェニレンスルフィド中空糸膜。
項6. 25℃におけるN-メチル-2-ピロリドンの透過量が0.2L/(m2・bar・h)以上である、項3~5のいずれかに記載のポリフェニレンスルフィド中空糸膜。
項7. モジュールケースに、項3~6のいずれかに記載のポリフェニレンスルフィド中空糸膜が収容されてなる、中空糸膜モジュール。
【発明の効果】
【0016】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造方法によれば、有機溶剤系液体の膜分離において、限外濾過又はナノ濾過レベルの分離性能に優れており、かつ実用的な有機溶剤透過性能及び膜強度を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜を得ることができる。また、本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、ポリフェニレンスルフィド樹脂で形成されており、また特定の膜構造を有しているため、様々なタイプの有機溶剤に対して優れた耐性を備えており、工業的に使用されている様々なタイプの有機溶剤と接触しても膜特性を安定的に維持できるため、蒸留の代替などの新規な工業プロセスの提供も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜を製造する方法の一実施態様を示す装置の模式図である。
【
図2】本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜のNMP透過量、及び溶質阻止率を測定する際に使用する装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明において、「限外濾過」又は「限外濾過膜」と表記する場合には、分画分子量が1000~1000000の範囲内に設定されている濾過又は分画分子量が1000~1000000の範囲内にある濾過膜を意味し、「ナノ濾過」又は「ナノ濾過膜」と表記する場合には、分画分子量が200~1000の範囲内に設定されている濾過又は分画分子量が200~1000の範囲内にある濾過膜を意味する。
【0019】
また、本発明において、分画分子量は、以下の方法で求められる値である。分子量既知の化合物の溶液を原液としてろ過を行い、膜を透過した液を回収する。透過液中の前記化合物の濃度を測定し、下記式に従って阻止率を算出する。各種分子量の化合物を用いて、それぞれ阻止率を算出し、それらの結果に基づいて、横軸に使用した化合物の分子量、縦軸に各化合物の阻止率を示すグラフを作成し、得られる近似曲線と阻止率90%の交点の分子量を分画分子量として求める。なお、分子量既知の化合物としては、色素化合物又はポリエチレングリコールを使用する。
阻止率(%)=[(原液中の化合物濃度-透過液中の化合物濃度)/原液中の化合物濃度]×100
【0020】
1.ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造方法
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造方法は、
ポリフェニレンスルフィド樹脂を、ジフェニルスルホン及びジフェニルケトンを含む混合溶媒に溶解させた製膜原液を調製する第1工程、
二重管構造の中空糸製造用二重管状ノズルを用い、外側の環状ノズルから前記製膜原液を吐出すると共に内側のノズルから内部凝固液を吐出し、凝固浴液中に浸漬させて、中空糸膜を形成する第2工程、及び
前記第2工程で形成された中空糸膜から溶媒を除去する第3工程、を含み、
前記内部凝固液と前記凝固浴液のうち、一方は、少なくとも水を含む凝固液(A)であり、他方は、少なくとも安息香酸ベンジルを含む凝固液(B)であることを特徴とする。
【0021】
以下、本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造方法について工程毎に詳述する。
【0022】
[第1工程]
第1工程では、ポリフェニレンスルフィド樹脂を、ジフェニルスルホン及びジフェニルケトンを含む混合溶媒に溶解させた製膜原液を調製する。
【0023】
本発明において、ポリフェニレンスルフィド樹脂とは、下記式(1)で表される構造単位(なお、ベンゼン環は、アルキル基、アルコキシ基、ニトロ基、フェニル基、及びハロゲン基からなる群より選択される1種以上の置換基を1つ以上有していてもよい。)を80モル%以上含むポリマーである。ポリフェニレンスルフィド樹脂中の前記構造単位は、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の膜強度を向上させる観点から、好ましくは90モル%以上、より好ましくは95モル%以上、更に好ましくは100モル%である。
【化1】
【0024】
ポリフェニレンスルフィド樹脂は、分岐や架橋構造を有さない直鎖型であってもよく、分岐や架橋構造を有する分岐型であってもよいが、製膜原液の調製の容易さ、及びポリフェニレンスルフィド中空糸膜の膜強度を向上させる観点から、好ましくは直鎖型である。
【0025】
ポリフェニレンスルフィド樹脂が、前記式(1)で表される構造単位とその他の構造単位を含む場合、その他の構造単位は特に制限されず、例えば、下記式(2)~(6)で表される構造単位(なお、ベンゼン環は、アルキル基、アルコキシ基、ニトロ基、フェニル基、及びハロゲン基からなる群より選択される1種以上の置換基を1つ以上有していてもよい。)が挙げられる。その他の構造単位は、1種含まれていてもよく、2種以上含まれていてもよい。ポリフェニレンスルフィド樹脂中のその他の構造単位は、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の膜強度を向上させる観点から、20モル%未満であり、好ましくは10モル%未満、より好ましくは5モル%未満、更に好ましくは0モル%である。
【化2】
【0026】
中空糸膜の製造時に成形性や相分離の制御性を向上させる観点、及び中空糸膜に優れた形状安定性を付与する観点から、ポリフェニレンスルフィド樹脂は、メルトフローレートが、試験温度316℃、加重5kgの条件で、好ましくは200g/10min以下、より好ましくは150g/10min以下である。
【0027】
製膜原液中のポリフェニレンスルフィド樹脂の濃度は特に制限されないが、好ましくは30~50重量%、より好ましくは30~45重量%、更に好ましくは30~40重量%である。製膜原液中のポリフェニレンスルフィド樹脂の濃度を前記範囲内に調整することにより、中空糸膜を製膜しやすくなり、また下記「2.ポリフェニレンスルフィド中空糸膜」において記載されている多孔度を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜及び/又は平均孔径を有する支持層を含むポリフェニレンスルフィド中空糸膜を製造することができ、優れた有機溶剤透過性能及び高い膜強度を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜を得ることができる。
【0028】
製膜原液は、ポリフェニレンスルフィド樹脂以外のその他の樹脂を含有しないことが好ましいが、本発明の効果を損なわない範囲でその他の樹脂を含有していてもよい。その他の樹脂としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリアミド6、ポリアミド66、ポリアミド46、ポリアミド610、ポリアミド612、ポリアミド11、ポリアミド12、ポリアミドMXD6、ポリアミド4T、ポリアミド6T、ポリアミド9T、ポリアミド10T、ポリカーボネート、ポリフェニレンオキシド、ポリメチルペンテン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリスルホン、及びポリエーテルスルホンなどが挙げられる。これらの樹脂は、1種単独で使用してもよく、2種以上組み合わせて使用してもよい。ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の有機溶剤透過性能及び膜強度の低下を抑制する観点から、製膜原液中のその他の樹脂の含有量は、ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部当たり、好ましくは20重量部以下、より好ましくは10重量部以下、更に好ましくは5重量部以下である。
【0029】
製膜原液は、本発明の効果を損なわない範囲で、必要に応じて、フィラーが添加されていてもよい。製膜原液にフィラーを添加しておくことにより、得られるポリフェニレンスルフィド中空糸膜の膜強度を向上させることができる。特に、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜がフィラーを含むことにより、濾過の際に高圧をかけても、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜が変形し難くなるという効果が得られる。添加するフィラーの種類については、特に制限されないが、例えば、ガラス繊維、炭素繊維、チタン酸カリウィスカー、酸化亜鉛ウィスカー、炭酸カルシウムウィスカー、ワラステナイトウィスカー、硼酸アルミウィスカー、アラミド繊維、アルミナ繊維、炭化珪素繊維、セラミック繊維、アスベスト繊維、石コウ繊維、金属繊維等の繊維状フィラー;タルク、ハイドロタルサイト、ワラステナイト、ゼオライト、セリサイト、マイカ、カオリン、クレー、パイロフィライト、ベントナイト、アスベスト、アルミナシリケート等の珪酸塩;酸化珪素、酸化マグネシウム、アルミナ、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化鉄等の金属化合物;炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、ドロマイト等の炭酸塩;硫酸カルシウム、硫酸バリウム等の硫酸塩;水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム等の金属水酸化物;ガラスビーズ、ガラスフレーク、ガラス粉、セラミックビーズ、窒化ホウ素、炭化珪素、カーボンブラック、シリカ、黒鉛等の非繊維フィラー等の無機材料が挙げられる。これらのフィラーは、1種単独で使用してもよく、また2種以上を組み合わせて使用してもよい。これらのフィラーの中でも、好ましくは、タルク、ハイドロタルサイト、シリカ、クレー、酸化チタン、より好ましくは、タルク、クレーが挙げられる。製膜原液中のフィラーの含有量は特に限定されないが、例えば、ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部当たり、5~100重量部であり、好ましくは10~50重量部である。このような含有量でフィラーを製膜原液中に添加しておくことにより、得られるポリフェニレンスルフィド中空糸膜の膜強度を向上させることができ、耐圧性を向上させることができる。
【0030】
ポリフェニレンスルフィド樹脂を溶解させる混合溶媒は、少なくともジフェニルスルホン及びジフェニルケトンを含む。ポリフェニレンスルフィド樹脂を溶解させる溶媒として、ジフェニルスルホンとジフェニルケトンを併用することにより、後述する連続多孔構造の支持層を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜を製造することができ、優れた有機溶剤透過性能及び高い膜強度を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜を得ることができる。
【0031】
前記混合溶媒において、ジフェニルスルホンとジフェニルケトンの含有比率は特に制限されないが、後述する連続多孔構造の支持層を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜を製造し易くする観点、及びポリフェニレンスルフィド中空糸膜の有機溶剤透過性能及び膜強度を向上させる観点から、ジフェニルスルホンとジフェニルケトンの合計量を100体積%としたとき、ジフェニルスルホンの含有量は、好ましくは30~90体積%、より好ましくは40~80体積%、更に好ましくは60~80体積%である。
【0032】
前記混合溶媒において、ジフェニルスルホン及びジフェニルケトンの合計含有量は、後述する連続多孔構造の支持層を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜を製造し易くする観点、及びポリフェニレンスルフィド中空糸膜の有機溶剤透過性能及び膜強度を向上させる観点から、好ましくは80体積%以上、より好ましくは90体積%以上、更に好ましくは95体積%以上、特に好ましくは100体積%である。
【0033】
前記混合溶媒は、ジフェニルスルホンとジフェニルケトンとの混合溶媒であることが好ましいが、本発明の効果を損なわない範囲でその他の溶媒を含有していてもよい。その他の溶媒としては、例えば、1,1-ジフェニルアセトン、1-メトキシナフタレン、2-メトキシナフタレン、2,5-ジフェニルオキサゾール、2-フェニルフェノール、o,o’-ビフェノール、4,4’-ジメトキシベンゾフェノン、4-ベンジルビフェニル、フルオレン、フルオランテン、9-フルオレノン、1,3-ジフェニルアセトン、ベンジル、ジベンゾイルメタン、ジフェニルスルフィド、ジフェニルスルホキシド、スルホラン、o-ターフェニル、m-ターフェニル、p-ターフェニル、水素化ターフェニル、アントラセン、フェナントレン、ピレン、ジフェニルメタン、トリフェニルメタン、トリフェニルメタノール、3-フェノキシベンジルアルコール、ベンズアントロン、ベンゾイン、安息香酸ベンジル、ε-カプロラクタム、フタル酸ジメチル、フタル酸ジエチル、フタル酸ジブチル、フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)、フタル酸ブチルベンジル、フタル酸ジフェニル、オクタデカン、ドデカノール、1-ヘキサデカノール、パルミチン酸イソプロピル、オレイン酸メチル、オレイン酸エチル、オレイン酸ブチル、アジピン酸ジイソブチル、アジピン酸ジイソノニル、セバシン酸ジメチル、セバシン酸ジブチル、セバシン酸ジオクチル、フマル酸ジブチル、マレイン酸ジブチル、エチレングリコールモノベンジルエーテル、グリセロールトリブチレート、グリセロールトリオレイン、クエン酸トリブチル、アセチルクエン酸トリブチル、クエン酸アセチルトリエチル、アゼライン酸ビス(2-エチルヘキシル)、10-ウンデセン酸エチル、リン酸トリクレジル、リン酸トリフェニル、ジブチルスルホキシド、ジ-2-エチルヘキシルアミン、4-メトキシアセトフェノン、シンナミン酸エチル、ノニルフェノール、サリチル酸ブチル、o-フェニルフェノール、p-フェニルフェノール、2,2’-ジヒドロキシビフェニル、ジフェニルアミン、炭酸ジフェニル、ジベンジルエーテル、カルバゾール、1-メトキシ-2-ニトロベンゼン、アントラキノン、バニリン、ビスフェノールA、1-ナフトール、及びフェノチアジンなどが挙げられる。その他の溶媒は、1種含有してもよく、2種以上含有してもよい。前記混合溶媒において、その他の溶媒の含有量は、後述する連続多孔構造の支持層を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜を製造し易くする観点、及びポリフェニレンスルフィド中空糸膜の有機溶剤透過性能及び膜強度を向上させる観点から、好ましくは20体積%未満、より好ましくは10体積%未満、更に好ましくは5体積%未満、特に好ましくは0体積%である。
【0034】
第1工程において、ポリフェニレンスルフィド樹脂を前記混合溶媒に溶解するに当たり、調製される製膜原液の相分離温度の10~30℃高い温度で溶解させることが望ましい。製膜原液の相分離温度とは、ポリフェニレンスルフィド樹脂と前記混合溶媒を十分に高い温度で混合したものを徐々に冷却し、液-液相分離又は結晶析出による固-液相分離が起こる温度を指す。相分離温度は、ホットステージを備えた顕微鏡等を使用することにより測定することができる。
【0035】
製膜原液には、孔径制御や膜性能の向上等のために、必要に応じて、増粘剤、酸化防止剤、表面改質剤、滑剤、及び界面活性剤等の添加剤を加えてもよい。
【0036】
[第2工程]
第2工程では、二重管構造の中空糸製造用二重管状ノズルを用い、外側の環状ノズルから前記製膜原液を吐出すると共に内側のノズルから内部凝固液を吐出し、凝固浴液中に浸漬させて、中空糸膜を形成する。
【0037】
中空糸製造用二重管状ノズルとしては、溶融紡糸において芯鞘型の複合繊維を作製する際に用いられるような二重環状構造を有する口金を用いることができる。中空糸製造用二重管状ノズルの外側の環状ノズルの径、内側のノズルの径については、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の内径と外径に応じて適宜設定すればよい。
【0038】
第2工程において、前記内部凝固液と前記凝固浴液のうち、一方は、少なくとも水を含む凝固液(A)であり、他方は、少なくとも安息香酸ベンジルを含む凝固液(B)である。
【0039】
前記凝固液(A)は、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の一方の表面に、緻密層を形成するための凝固液(以下、緻密層形成用凝固液と表記することもある)である。本発明において、「緻密層」とは、緻密な微細孔が集合している領域であって、倍率10000倍の走査型電子顕微鏡(SEM)写真において実質的に細孔の存在が認められない領域である。緻密層は、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の内腔側表面に形成されていてもよく、外側表面に形成されていてもよい。
【0040】
緻密層形成用凝固液は、水であることが好ましいが、有機溶剤系液体の膜分離において、限外濾過又はナノ濾過レベルの分離性能を有する緻密層を形成できれば、水以外のその他の溶媒を含有していてもよい。その他の溶媒としては、例えば、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、イソブタノール等の1価アルコール;エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、グリセリン等の多価アルコール;分子量300以上のポリエチレングリコール;ジエチレングリコールジエチルエーテル、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のグリコールエーテル;トリアセチン、プロピレングリコールモノエチルエーテルアセテート等のグリコールアセテート;スルホラン、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン等が挙げられる。その他の溶媒は、1種含有してもよく、2種以上含有してもよい。これらのうち、好ましくは、N-メチル-2-ピロリドンである。緻密層形成用凝固液において、その他の溶媒の含有量は、有機溶剤系液体の膜分離において、限外濾過又はナノ濾過レベルの分離性能に優れる緻密層を形成する観点から、好ましくは95体積%以下、より好ましくは90体積%以下である。
【0041】
当該第2工程において、凝固浴液中に所定形状にて押し出された前記製膜原液は、緻密層形成用凝固液と接触した表面において緻密層が形成される。前記製膜原液が緻密層形成用凝固液と接触した表面近傍では冷却による熱誘起相分離より、溶媒交換による非溶媒相分離が優勢に進行し、緻密な構造が表面に形成される。
【0042】
前記凝固液(B)は、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の緻密層以外の領域に、連続多孔構造を有する多孔質領域(本発明において「支持層」と表記することもある)を形成するための凝固液(以下、支持層形成用凝固液と表記することもある)である。本発明において、「支持層」とは、具体的には、倍率2000倍の走査型電子顕微鏡(SEM)写真において実質的に細孔の存在が認められる領域である。
【0043】
支持層形成用凝固液は、安息香酸ベンジルであることが好ましいが、実用的な有機溶剤透過性能及び膜強度を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜を得るための支持層を形成できれば、安息香酸ベンジル以外のその他の溶媒を含有していてもよい。その他の溶媒としては、例えば、前記製膜原液の調製において記載した溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチル-2-ピロリドン、トルエン、及びキシレンなどが挙げられる。その他の溶媒は、1種含有してもよく、2種以上含有してもよい。支持層形成用凝固液において、その他の溶媒の含有量は、優れた有機溶剤透過性能及び高い膜強度を有するポリフェニレンスルフィド中空糸膜を得るための支持層を形成する観点から、好ましくは20体積%以下、より好ましくは15体積%以下、更に好ましくは10体積%以下、特に好ましくは0体積%である。
【0044】
例えば、中空糸形状のポリフェニレンスルフィド限外濾過膜又はナノ濾過膜を形成する場合であれば、二重管構造の中空糸製造用二重管状ノズルを用い、外側の環状ノズルから前記製膜原液を吐出すると共に内側のノズルから内部凝固液を吐出し、凝固浴液中に浸漬すればよい。この際、前記内部凝固液と凝固浴液のうち、一方に緻密層形成用凝固液を使用し、他方に支持層形成用凝固液を使用する。すなわち、前記内部凝固液として緻密層形成用凝固液を使用し、且つ前記凝固浴液として支持層形成用凝固液を使用した場合には、内腔側表面に緻密層が形成され、内部と外側表面が支持層である中空糸形状のポリフェニレンスルフィド限外濾過膜又はナノ濾過膜が製造される。また、前記内部凝固液として支持層形成用凝固液を使用し、且つ前記凝固浴液として緻密層形成用凝固液を使用した場合には、外側表面に緻密層が形成され、内部と内腔側表面が支持層である中空糸形状のポリフェニレンスルフィド限外濾過膜又はナノ濾過膜が製造される。
【0045】
なお、中空糸形状のポリフェニレンスルフィド限外濾過膜又はナノ濾過膜の形成において、製膜時の二重管状ノズル温度が100℃以上に達するから、内部凝固液は沸点が100℃を超える液体を用いることが好ましい。
【0046】
第2工程において、凝固浴液の温度は、100℃以下であればよいが、好ましくは-20~100℃、より好ましくは0~60℃、更に好ましくは5~30℃が挙げられる。凝固浴液の温度は、製膜原液の組成、凝固液の組成、及び目的とする膜孔径に応じて適宜調整する。
【0047】
また、中空糸製造用二重管状ノズルの外側の環状ノズルから前記製膜原液を吐出させる際の流量については、特に制限されないが、例えば2~40g/分、好ましくは5~30g/分、更に好ましくは8~20g/分が挙げられる。また、内部凝固液の流量については、中空糸製造用二重管状ノズルの内側ノズルの径、使用する内部凝固液の種類、製膜原液の流量等を勘案して適宜設定されるが、製膜原液の流量に対して、例えば、0.1~2倍であり、好ましくは0.2~1倍、更に好ましくは0.2~0.7倍が挙げられる。
【0048】
[第3工程]
第3工程では、第2工程で形成された中空糸膜から溶媒(製膜原液の溶媒及び凝固液)を除去する。中空糸膜から溶媒を除去する方法については、特に制限されず、例えば、製膜原液の溶媒及び凝固液を溶解する抽出溶媒に中空糸膜を浸漬する方法が挙げられる。抽出溶媒は、使用した製膜原液の溶媒及び凝固液に応じて適宜選択する必要があるが、例えば、アセトン、メチルエチルケトン、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン、1-クロロナフタレン、クロロホルム、トルエン、及びキシレン等が挙げられる。これらは1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。ポリフェニレンスルフィド中空糸膜に残留する有機溶媒を効果的に抽出除去するために、抽出溶媒を入れ替えたり、攪拌したり、加熱してもよい。
【0049】
第3工程後に、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、抽出溶媒を乾燥除去することが好ましい。抽出溶媒の乾燥除去は、自然乾燥、熱風乾燥、減圧乾燥、真空乾燥等の公知の乾燥処理により行うことができる。
【0050】
乾燥工程の前に、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、調整剤による処理が行われてもよい。調整剤は低揮発性有機液体である。調整剤としては、例えば、合成油、鉱油、植物油脂、高級アルコール、グリセリン、グリコール、又はそれらの誘導体等が挙げられる。調整剤を溶解するための溶媒としては、アルコール、ケトン、炭化水素、又はそれらの混合液が挙げられる。調整剤の使用により、乾燥時に好適な細孔構造が維持され、また、可撓性と取扱い性が改善される。
【0051】
乾燥と同時又は乾燥後に、追加で熱処理を行ってもよい。熱処理によりポリフェニレンスルフィド中空糸膜の寸法安定性や強度を向上させることができる。また、熱処理は、溶質の阻止率の調整のためにも利用できる。乾燥後のポリフェニレンスルフィド中空糸膜を、例えば、100~300℃で、1~120分間加熱してもよい。
【0052】
乾燥と同時、乾燥前、又は乾燥後に、追加で延伸処理を行ってもよい。延伸によりポリフェニレンスルフィド中空糸膜の有機溶剤透過性能及び膜強度を向上させることができる。
【0053】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造は、前述する第1~3工程を経ればよく、その製造に使用される装置については、特に制限されないが、
図1に示すような乾湿式紡糸に用いられる一般的な装置が好適に使用される。
図1に示す装置を例として挙げて、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造フローを以下に概説する。第1工程で調製された製膜原液は、コンテナ3に収容される。又は、コンテナ3中で第1工程を実施し、製膜原液を調製してもよい。コンテナ3に収容された製膜原液と、内部凝固液導入口5から導入された内部凝固液は、それぞれ定量ポンプ4によって計量され、中空糸製造用二重管状ノズル(紡糸口金)6に送液される。中空糸製造用二重管状ノズル(紡糸口金)6から吐出された製膜原液は、わずかなエアーギャップを介して凝固浴液7に導入され、冷却固化される。製膜原液が冷却固化される過程で相分離が起こって、海島構造を有する中空糸膜8が得られる。このようにして得られた中空糸膜8を巻き取り機9で巻き取りながら、ボビンを設置しているボビン巻き取り機10にて巻き取りを行う。巻き取った中空糸膜8は抽出溶媒を用いて凝固液等の溶媒を除去してポリフェニレンスルフィド中空糸膜が得られる。
【0054】
2.ポリフェニレンスルフィド中空糸膜
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、ポリフェニレンスルフィド樹脂により形成されており、
内腔側表面又は外側表面に緻密層が形成されており、
25℃におけるN-メチル-2-ピロリドンの透過量が0.04L/(m2・bar・h)以上であり、
溶媒がN-メチル-2-ピロリドンであり、溶質がポリエチレングリコール10000である溶液を濾過した際のポリエチレングリコール10000の阻止率が85%以上であり、かつ
25℃、相対湿度60%における引張強度が8MPa以上である、ことを特徴とする。
【0055】
以下、本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜について詳述する。
【0056】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の原料については、前記「1.ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造方法」で記載したとおりであるため、ここでの記載は省略する。
【0057】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、内腔側表面又は外側表面に緻密層が形成されている。本発明において、「緻密層」とは、前記「1.ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造方法」で記載したように、緻密な微細孔が集合している領域であって、倍率10000倍の走査型電子顕微鏡(SEM)写真において実質的に細孔の存在が認められない領域である。本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜において、緻密層の厚みについては、特に制限されないが、例えば、0.05~2.0μmであり、好ましくは0.05~1.0μm、更に好ましくは0.05~0.6μmである。緻密層の厚みが前記範囲内であれば、緻密層に欠点が発生しにくくなり、また、濾過抵抗が小さいため優れた有機溶剤透過性能が得られる。本発明において、緻密層の厚みは、倍率10000倍の中空糸膜断面のSEM写真において、実質的に細孔の存在が認められない領域の距離(厚み)を10か所以上測定し、その平均値を算出することにとり求められる値である。
【0058】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の緻密層以外の領域は、連続多孔構造を有する多孔質領域(支持層)である。多孔質領域(支持層)とは、具体的には、倍率2000倍の走査型電子顕微鏡(SEM)写真において実質的に細孔の存在が認められる領域である。
【0059】
支持層における細孔の平均孔径は特に制限されないが、実用的な有機溶剤透過性能及び膜強度を両立させる観点から、好ましくは0.1~1.5μm、より好ましくは0.2~1.0μm、更に好ましくは0.3~0.6μmである。詳しくは、平均孔径が0.1μm以上であれば、流体の流路がある程度広くなり、濾過抵抗が小さくなるため有機溶剤透過性能の低下を抑制しやすくなり、また、平均孔径が1.5μm以下であれば、膜強度の低下を抑制しやすくなる。支持層における細孔は、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することができ、SEMを用いてポリフェニレンスルフィド中空糸膜の断面を撮影した画像における凹部であり、SEM画像における暗部である。本発明において、支持層における細孔の平均孔径とは、画像解析ソフトを用いて、SEM画像における任意の100か所の暗部(凹部)の面積を測定し、得られた平均面積から下記式により算出される値である。
平均孔径(μm)=2×(平均面積(μm2)/円周率)0.5
【0060】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の多孔度は特に制限されないが、好ましくは40~70%、より好ましくは45~65%、更に好ましくは50~65%である。多孔度は、中空糸膜の空孔容積の程度を表すものである。多孔度が高すぎる場合には、濾過操作でかかる圧力に対して十分な膜強度が得られにくく、外圧式濾過の場合は膜潰れが、内圧式濾過の場合は膜破断が発生しやすくなる。一方、多孔度が低すぎる場合には、流体が中空糸膜を通過することができる流路が少なくなりやすく、有機溶剤透過量が低くなりやすくなる。多孔度が前記範囲内であれば、高圧に耐える膜強度を備えながら、かつ十分な有機溶剤透過量がより得られやすくなる。本発明において、多孔度とは、中空糸膜のサンプル5本について、下記式により算出される値の平均値である。
多孔度 (%) ={1-(中空糸膜の重量(g)/見かけの中空糸膜の体積(cm3)×ポリフェニレンスルフィド樹脂の密度(g/cm3))}×100
見かけの膜体積(cm3):{(中空糸膜の外径(cm)/2)2-(中空糸膜の内径(cm)/2)2}×円周率×中空糸膜の長さ(cm)
【0061】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、25℃におけるN-メチル-2-ピロリドン(NMP)の透過量が0.04L/(m2・bar・h)以上である。
【0062】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の一実施態様として、限外濾過膜である場合、25℃におけるNMPの透過量は、好ましくは0.2L/(m2・bar・h)以上、より好ましくは0.5L/(m2・bar・h)以上、更に好ましくは2.0L/(m2・bar・h)以上である。なお、限外濾過膜である場合、その孔径にもよるが、NMPの透過量の上限値は、通常、100L/(m2・bar・h)程度である。
【0063】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の一実施態様として、ナノ濾過膜である場合、25℃におけるNMPの透過量は、好ましくは0.06L/(m2・bar・h)以上、より好ましくは0.08L/(m2・bar・h)以上、更に好ましくは0.10L/(m2・bar・h)以上である。なお、ナノ濾過膜である場合、NMPの透過量の上限値は、通常、5L/(m2・bar・h)程度である。
【0064】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の前記NMP透過量は、外圧式濾過によって測定される値であり、以下の手順で測定される値である。まず、中空糸膜10本を30cm長に切断し、これらを揃えて束ねたものを準備する。次に、外径12.7mm、内径9.5mm、長さ200mmで、通液用の穴を側面に2か所持つポリブチレンテレフタレート(PBT)チューブを準備し、当該チューブの一方の端部開口に、さらに内径12mm、長さ約50mmのシリコーンチューブを15mm程度挿入して連結させ、シリコーンチューブのPBTチューブに挿入した側と反対側に長さ20mm程度のゴム栓を挿入し、当該一方の端部開口の栓をする。次に、当該連結チューブの、ゴム栓をした方とは反対側の開口部から2液混合型のエポキシ樹脂を注入しチューブ内側空間を当該エポキシ樹脂で充填する。その後、前記準備した中空糸膜を束ねたものの片端を、中空部にエポキシ樹脂が浸入しないように熱シールして目止めし、前記エポキシ樹脂で充填されたチューブ内に、当該端部先端がゴム栓に触れるまで挿入し、そのままの状態でエポキシ樹脂を硬化させる。次いで、硬化したエポキシ樹脂部分のゴム栓側の領域をチューブごと切断して中空部を開口する。もう一方の片端についても同様にエポキシ樹脂で封止操作を行い、中空糸膜の片端部の中空部が開口したクロスフローモジュールを作製する。
作製したクロスフローモジュール13を
図2に示す外圧式分離処理ラインに接続し、送液循環ポンプ11によって連続してクロスフローモジュール13に流動液を透過させる。流動液には、NMPを用いる。モジュールにおいて、一次側圧力計16の圧力と二次側圧力計17の圧力をレギュレーター12により調節し、一次側圧力計16の圧力と二次側圧力計17の圧力との算術平均値が、10barとなるようにする。モジュール内を透過する流動液のうち、中空糸膜の細孔を透過したものは、流動液から分離された透過液として回収し、残りは再び分離処理ラインに循環させる。循環開始3時間後から4時間後までにクロスフローモジュール13から流出したNMPを受け皿15により回収し、下記算出式に従ってNMP透過量(L/(m
2・bar・h))を算出する。
NMP透過量=中空糸膜の内腔側に透過したNMPの容量(L)/[中空糸膜の外径 (m)×3.14×中空糸膜の有効濾過長さ(m)×10(本)×圧
力(bar)×時間(h)]
中空糸膜の有効濾過長さ:モジュールにおいて中空糸膜の外表面のうちエポキシ樹脂
に被覆されていない部分の長さである。
【0065】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の一実施態様として、限外濾過膜である場合であって、一次側圧力計16の圧力と二次側圧力計17の圧力との算術平均値が1barとなるように圧力をかけて前記測定を行った場合における25℃におけるNMPの透過量は、好ましくは0.5L/(m2・bar・h)以上、より好ましくは3.0L/(m2・bar・h)以上、更に好ましくは6.0L/(m2・bar・h)以上、より更に好ましくは9.0L/(m2・bar・h)以上である。なお、限外濾過膜である場合であって、一次側圧力計16の圧力と二次側圧力計17の圧力との算術平均値が1barとなるように圧力をかけて前記測定を行った場合における25℃におけるNMPの透過量の上限値は、その孔径によるが、通常、100L/(m2・bar・h)程度である。
【0066】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、溶媒がNMPであり、溶質がポリエチレングリコール10000である溶液を濾過した際のポリエチレングリコール10000の阻止率が85%以上である。
以上である。
【0067】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の一実施態様として、限外濾過膜である場合、前記ポリエチレングリコール10000の阻止率は、より好ましくは90%以上、更に好ましくは92%以上、より更に好ましくは95%以上、特に好ましくは99%以上である。
【0068】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の一実施態様として、ナノ濾過膜である場合、前記ポリエチレングリコール10000の阻止率は、より好ましくは99%超である。
【0069】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の一実施態様として、溶媒がNMPであり、溶質がポリエチレングリコール4000である溶液を濾過した際のポリエチレングリコール4000の阻止率が、好ましくは80%以上である。
【0070】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の一実施態様として、限外濾過膜である場合、前記ポリエチレングリコール4000の阻止率は、より好ましくは84%以上、更に好ましくは90%以上である。
【0071】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の一実施態様として、ナノ濾過膜である場合、前記ポリエチレングリコール4000の阻止率は、より好ましくは99%超である。
【0072】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の一実施態様として、ナノ濾過膜である場合、溶媒がNMPであり、溶質がブリリアントブルーRである溶液を濾過した際のブリリアントブルーRの阻止率が、好ましくは90%以上、より好ましくは93%以上、更に好ましくは96%以上、より更に好ましくは98%以上である。
【0073】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の一実施態様として、ナノ濾過膜である場合、溶媒がNMPであり、溶質がアシッドレッド52である溶液を濾過した際のアシッドレッド52の阻止率が、好ましくは85%以上、より好ましくは87%以上、更に好ましくは88%以上、より更に好ましくは90%以上である。
【0074】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜において、ポリエチレングリコール10000、ポリエチレングリコール4000、ブリリアントブルーR、及びアシッドレッド52の阻止率は、外圧式濾過によって測定される値であり、前記NMP透過量の測定と同様の手順で測定される値である。
具体的には、作製したクロスフローモジュール13を
図2に示す外圧式分離処理ラインに接続し、送液循環ポンプ11によって連続してクロスフローモジュール13に流動液を透過させる。流動液には、ポリエチレングリコール10000(100ppm)のNMP溶液、ポリエチレングリコール4000(100ppm)のNMP溶液、ブリリアントブルーR(100ppm)のNMP溶液、又はアシッドレッド52(100ppm)のNMP溶液を用いる。モジュールにおいて、一次側圧力計16の圧力と二次側圧力計17の圧力をレギュレーター12により調節し、一次側圧力計16の圧力と二次側圧力計17の圧力との算術平均値が、ポリエチレングリコール10000のNMP溶液及びポリエチレングリコール4000のNMP溶液の場合は1barとなるように、ブリリアントブルーRのNMP溶液及びアシッドレッド52のNMP溶液の場合は10barとなるようにする。モジュール内を透過する流動液のうち、中空糸膜の細孔を透過したものは、流動液から分離された透過液として回収し、残りは再び分離処理ラインに循環させる。循環開始3時間後から4時間後までにクロスフローモジュール13から流出した透過液を受け皿15により回収し、ブリリアントブルーR及びアシッドレッド52の場合は、吸光度計を用いて、ポリエチレングリコール10000及びポリエチレングリコール4000の場合は、高速液体クロマトグラフィーを用いて、得られた透過液および流動液の溶質濃度を測定し、以下の式からの阻止率を算出する。
阻止率=100-(透過液の溶質濃度/流動液の溶質濃度)×100
【0075】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、25℃、相対湿度60%における引張強度が8MPa以上であり、膜強度に優れるものである。25℃、相対湿度60%における引張強度は、好ましくは10MPa以上、より好ましくは12MPa以上、更に好ましくは13MPa以上、より更に好ましくは14MPa以上である。本発明において、ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の引張強度は、引張り試験機を用いて25℃、相対湿度60%の雰囲気下で、標点距離50mm、引張速度50mm/minの条件で測定される値である。引張強度は測定数5回の平均値である。
【0076】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、ポリフェニレンスルフィド樹脂で形成されており、また前記膜構造を有しているため、工業的に使用されている様々な種類の有機溶剤と接触しても、膜強度等の変化を抑制して膜構造を安定的に保持する特性(有機溶剤耐性)を備えている。そのため、本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、有機溶剤系液体の限外濾過又はナノ濾過に好適に用いることができる。具体的には、本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、非プロトン性極性溶媒、塩基性溶媒、アルコール類、炭化水素類、高級脂肪酸、ケトン類、エステル類、及びエーテル類等の有機溶剤に対する耐性を有する。
【0077】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、特に、非プロトン性極性溶媒に対する優れた耐性を有するため、非プロトン性極性溶媒系液体の限外濾過又はナノ濾過に好ましく用いられる。
【0078】
非プロトン性極性溶媒としては、例えば、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、アニソール等のエーテル類;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、炭酸エチレン、炭酸プロピレン等のエステル類;DMF、DMAc、NMP等のN-置換アミド類;ジメチルスルホキシド、スルホラン等の有機硫黄化合物類;アセトニトリル、アクリロニトリル等のニトリル類;ジクロロメタン、トリクロロメタン等のハロゲン化アルキル類;及びこれらの混合溶媒が挙げられる。
【0079】
また、本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、特に、塩基性溶媒及び塩基性成分に対する優れた耐性を有するため、塩基性溶媒系液体及び塩基性成分含有液体の限外濾過又はナノ濾過に好ましく用いられる。
【0080】
塩基性溶媒としては、例えば、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン等の脂肪族アミン類;アニリン、トルイジン等の芳香族アミン類;ピロリジン、ピペリジン、ピリジン、キノリン、モルホリン等の複素環式アミン類;モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等のアルカノールアミン類;及びこれらの混合溶媒が挙げられる。塩基性成分としては、例えば、ナトリウムメトキシド、ナトリウムエトキシド等の金属アルコキシド等が挙げられる。
【0081】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜が備える有機溶剤耐性として、具体的には、非プロトン性極性溶媒(例えば、アセトン、NMP、DMF、及びDMSOなど)及び塩基性溶媒(例えば、エチレンジアミン、ピリジン、及びモノエタノールアミンなど)等の有機溶剤に25℃で30日浸漬した際に、浸漬後のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の強度保持率が、好ましくは90%以上、より好ましくは93%以上、更に好ましくは95%以上、より更に好ましくは97%以上である。本発明において、強度保持率は、下記式により算出される値である。
強度保持率(%)=(浸漬後の中空糸膜の引張強度/浸漬前の中空糸膜の引張強度)×100
【0082】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の外径については、その用途、備えさせる液体透過性等に応じて適宜設定されるが、モジュールに充填した際の有効膜面積、膜強度、中空部を流れる流体の圧損、座屈圧との関係を鑑みた場合、中空糸膜の外径として、通常100~4000μm、好ましくは200~3000μm、より好ましくは300~1000μmが挙げられる。また、本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の内径については、特に制限されないが、例えば、50~3000μm、好ましくは100~2500μm、より好ましくは100~2000μm、更に好ましくは100~1000μmが挙げられる。本発明において中空糸膜の外径及び内径は、10本の中空糸膜について光学顕微鏡にて倍率200倍で観察し、各中空糸膜の外径及び内径(ともに最大径となる箇所)を測定し、それぞれの平均値を算出することにより求められる値である。
【0083】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜の厚みについては、中空糸膜の用途や形状、備えさせる液体透過性等に応じて適宜設定されるが、例えば、50~600μm、好ましくは100~350μmが挙げられる。本発明において、中空糸膜の厚みは、外径から内径を引いた値を2で除することにより算出される値である。
【0084】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、後述する中空糸膜モジュールに組み込んで使用することが好ましい。
【0085】
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、前記膜構造及び特性を有するものが製造できれば、その製造方法は特に制限されず、例えば、前記「1.ポリフェニレンスルフィド中空糸膜の製造方法」に記載の方法で製造することができる。
【0086】
3.中空糸膜モジュール
本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、被処理液流入口や透過液流出口等を備えたモジュールケースに収容され、中空糸膜モジュールとして使用される。
【0087】
具体的には、中空糸膜モジュールは、本発明のポリフェニレンスルフィド中空糸膜を束にし、モジュールケースに収容して、中空糸膜の端部の一方又は双方をポッティング剤により封止して固着させた構造であればよい。中空糸膜モジュールには、被処理液の流入口又は濾液の流出口として、中空糸膜の外壁面側を通る流路と連結した開口部と、中空糸膜の中空部分と連結した開口部が設けられていればよい。
【0088】
中空糸膜モジュールの形状は、特に制限されず、デッドエンド型モジュールであっても、クロスフロー型モジュールであってもよい。具体的には、中空糸膜束をU字型に折り曲げて充填し、中空糸膜束の端部を封止後カットして開口させたデッドエンド型モジュール;中空糸膜束の一端の中空開口部を熱シール等により閉じたものを真っ直ぐに充填し、開口している方の中空糸膜束の端部を封止後カットして開口させたデッドエンド型モジュール;中空糸膜束を真っ直ぐに充填し、中空糸膜束の両端部を封止し片端部のみをカットして開口部を露出させたデッドエンド型モジュール;中空糸膜束を真っ直ぐに充填し、中空糸膜束の両端部を封止し、中空糸膜束の両端の封止部をカットし、フィルターケースの側面に2箇所の流路を作ったクロスフロー型モジュール等が挙げられる。
【0089】
モジュールケースに挿入する中空糸膜の充填率は、特に制限されないが、例えば、モジュールケース内部の体積に対する中空部分の体積を入れた中空糸膜の体積が15~75体積%、好ましくは25~65体積%、更に好ましくは35~55体積%が挙げられる。このような充填率を満たすことによって、十分な濾過面積を確保しつつ、中空糸膜のモジュールケースへの充填作業を容易にし、中空糸膜の間をポッティング剤が流れ易くすることができる。
【0090】
中空糸膜モジュールの製造に使用されるポッティング剤については、特に制限されないが、中空糸膜モジュールを有機溶剤の処理に使用する場合には、有機溶剤耐性を備えていることが望ましく、このようなポッティング剤の例として、ポリアミド、シリコン樹脂、ポリウレタン樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン、フェノール樹脂、ポリイミド、ポリウレア樹脂等が挙げられる。これらのポッティング剤の中でも、硬化した時の収縮や膨潤が小さく、硬度が硬過ぎないものが好ましく、好適な例として、ポリアミド、シリコン樹脂、エポキシ樹脂、ポリエチレンが挙げられる。これらのポッティング剤は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0091】
中空糸膜モジュールに使用するモジュールケースの材質については、特に制限されないが、中空糸膜モジュールを有機溶剤の処理に使用する場合には、有機溶剤耐性を備えていることが望ましく、このようなモジュールケースの材質としては、例えば、ポリアミド、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリフェニレンサルファイド等が挙げられる。これらの中でも、好ましくはポリアミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリカーボネート、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、更に好ましくはポリアミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレンが挙げられる。
【実施例0092】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0093】
1.測定方法
[中空糸膜の外径、内径、及び厚み]
10本の中空糸膜について光学顕微鏡にて倍率200倍で観察し、各中空糸膜の外径及び内径(ともに最大径となる箇所)を測定し、それぞれの平均値を算出することにより求めた。中空糸膜の厚みは、外径から内径を引いた値を2で除することにより算出した。
【0094】
[中空糸膜の多孔度]
中空糸膜を100mmの長さに切り取り、次式により中空糸膜の多孔度を算出した。多孔度は、中空糸膜のサンプル5本の平均値である。
多孔度 (%) ={1-(中空糸膜の重量(g)/見かけの中空糸膜の体積(cm3)×ポリフェニレンスルフィド樹脂の密度(g/cm3))}×100
見かけの膜体積(cm3):{(中空糸膜の外径(cm)/2)2-(中空糸膜の内径(cm)/2)2}×円周率×中空糸膜の長さ(cm)
【0095】
[中空糸膜の緻密層の厚み]
液体窒素を用いて中空糸膜を凍結した後、膜表面を垂直な方向に割断し、走査型電子顕微鏡(SEM)(日立ハイテクノロジーズ社製、SU8020)で膜断面を観察した。SEM観察において、中空糸膜の外表面側端部を顕微鏡視野の中心として倍率10000倍で膜断面の観察を行った。SEM写真において実質的に細孔の存在が認められない領域があり、緻密層の存在を確認した。そして、緻密層の任意10か所の厚さを測定し、それらの値の平均値を緻密層の厚みとした。
【0096】
[中空糸膜の支持層の平均孔径]
前記SEM観察において、膜厚方向の中心を顕微鏡視野の中心として倍率5000倍で膜断面の画像を撮影した。撮影画像は画像解析ソフトImageJを用いて二値化処理を行い、続いてAnalyze Particlesコマンドにおいて、sizeを0.01-Infinity、circularityを0.00-1.00と設定して処理することで、任意の100個の細孔の輪郭を抽出し、各細孔の面積値を算出した。得られた細孔の平均面積から、下記式により平均孔径を算出した。
平均孔径(μm)=2×(平均面積(μm2)/円周率)0.5
【0097】
[中空糸膜の引張強度]
中空糸膜から長さ100mmのサンプルを切り出し、引張り試験機(島津製作所社製、オートグラフAG-H)を用いて、25℃、相対湿度60%の雰囲気下で、標点距離50mm、引張速度50mm/minの条件で、中空糸膜の長軸方向の引張試験を行った。引張試験は5回繰り返し行い、引張強度は5回の平均値として算出した。
【0098】
[強度保持率]
中空糸膜から長さ100mmのサンプルを切り出し、密閉容器中で試験溶媒に浸漬した状態で30日間、25℃で静置した。試験溶媒として、アセトン、NMP、DMF、DMSO、エチレンジアミン、ピリジン、及びモノエタノールアミンを使用した。その後、サンプルを取り出して純水で試験溶媒を洗い流し、サンプルを自然乾燥させた。乾燥したサンプルの引張強度を前記引張強度測定の手順で測定し、下記式により強度保持率を算出した。強度保持率は、サンプル5個の平均値である。
強度保持率(%)=(浸漬後の中空糸膜の引張強度/浸漬前の中空糸膜の引張強度)×100
【0099】
[NMP透過量]
中空糸膜10本を30cm長に切断し、これらを揃えて束ねたものを準備した。次に、外径12.7mm、内径9.5mm、長さ200mmで通液用の穴を側面に2か所持つポリブチレンテレフタレート(PBT)チューブを準備し、当該チューブの一方の端部開口に、さらに内径12mm、長さ約50mmのシリコーンチューブを15mm程度挿入して連結させ、シリコーンチューブのPBTチューブに挿入した側と反対側に長さ20mm程度のゴム栓を挿入し、当該一方の端部開口の栓をした。次に、当該連結チューブの、ゴム栓をした方とは反対側の開口部から2液混合型のエポキシ樹脂を注入しチューブ内側空間を当該エポキシ樹脂で充填した。その後、前記準備した中空糸膜を束ねたものの片端を、中空部にエポキシ樹脂が浸入しないように熱シールして目止めし、前記エポキシ樹脂で充填されたチューブ内に、当該端部先端がゴム栓に触れるまで挿入し、そのままの状態でエポキシ樹脂を硬化させた。次いで、硬化したエポキシ樹脂部分のゴム栓側の領域をチューブごと切断して中空部を開口した。もう一方の片端についても同様にエポキシ樹脂で封止操作を行い、中空糸膜の片端部の中空部が開口したクロスフローモジュールを作製した。
作製したクロスフローモジュール13を
図2に示す外圧式分離処理ラインに接続し、送液循環ポンプ11によって連続してクロスフローモジュール13に流動液を透過させた。流動液には、NMPを用いた。モジュールにおいて、一次側圧力計16の圧力と二次側圧力計17の圧力をレギュレーター12により調節し、一次側圧力計16の圧力と二次側圧力計17の圧力との算術平均値が、1bar又は10barとなるようにした。モジュール内を透過する流動液のうち、中空糸膜の細孔を透過したものは、流動液から分離された透過液として回収し、残りは再び分離処理ラインに循環させた。循環開始3時間後から4時間後までにクロスフローモジュール13から流出したNMPを受け皿15により回収し、下記算出式に従ってNMP透過量(L/(m
2・bar・h))を算出した。
NMP透過量=中空糸膜の内腔側に透過したNMPの容量(L)/[中空糸膜の外径 (m)×3.14×中空糸膜の有効濾過長さ(m)×10(本)×圧
力(bar)×時間(h)]
中空糸膜の有効濾過長さ:モジュールにおいて中空糸膜の外表面のうちエポキシ樹脂に被覆されていない部分の長さである。
【0100】
[溶質阻止率]
溶質阻止率は、前記NMP透過量と同様の手順で測定した。具体的には、作製したクロスフローモジュール13を
図2に示す外圧式分離処理ラインに接続し、送液循環ポンプ11によって連続してクロスフローモジュール13に流動液を透過させた。流動液には、ポリエチレングリコール20000(100ppm)のNMP溶液、ポリエチレングリコール10000(100ppm)のNMP溶液、ポリエチレングリコール4000(100ppm)のNMP溶液、ブリリアントブルーR(100ppm)のNMP溶液、アシッドレッド52(100ppm)のNMP溶液、又はメチルオレンジ(100ppm)のNMP溶液を用いた。モジュールにおいて、一次側圧力計16の圧力と二次側圧力計17の圧力をレギュレーター12により調節し、一次側圧力計16の圧力と二次側圧力計17の圧力との算術平均値が、ポリエチレングリコール20000(100ppm)のNMP溶液、ポリエチレングリコール10000のNMP溶液、及びポリエチレングリコール4000のNMP溶液の場合は1barとなるように、ブリリアントブルーRのNMP溶液、アシッドレッド52のNMP溶液、及びメチルオレンジのNMP溶液の場合は10barとなるようにした。モジュール内を透過する流動液のうち、中空糸膜の細孔を透過したものは、流動液から分離された透過液として回収し、残りは再び分離処理ラインに循環させた。循環開始3時間後から4時間後までにクロスフローモジュール13から流出した透過液を受け皿15により回収し、ブリリアントブルーR、アシッドレッド52、及びメチルオレンジの場合は、吸光度計を用いて、ポリエチレングリコール20000、ポリエチレングリコール10000、及びポリエチレングリコール4000の場合は、高速液体クロマトグラフィーを用いて、得られた透過液および流動液の溶質濃度を測定し、以下の式からの阻止率を算出した。
阻止率=100-(透過液の溶質濃度/流動液の溶質濃度)×100
【0101】
2.試験例
[実施例1]
ポリフェニレンスルフィド樹脂(PPS)チップ(Solvay社製、Ryton QC210N、密度:1.34g/cm3)300g、及びジフェニルスルホン(DPS):ジフェニルケトン(DPK)=8:2(体積比)の混合液700gを混合し、250℃で1時間攪拌し溶解させた後、撹拌速度を下げて1時間脱泡し、製膜原液(PPS濃度:30重量%)を調製した。製膜原液は定量ポンプを介して、250℃に保温した二重環ノズルに送液し、内部凝固液として安息香酸ベンジル(BB)を流した。押し出された製膜原液を20℃の水である凝固浴液に投入して、冷却固化させて中空糸膜を形成した。巻き取った中空糸膜をアセトンに24時間浸漬して溶媒の抽出を行った後、自然乾燥させた。得られたポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、外表面側に緻密層を持ち、内部と内腔側表面は連続多孔構造を有する多孔質領域(支持層)であった。各測定結果を表1に示す。
【0102】
[実施例2~6、比較例1~3]
表1に記載の製造条件に変更した以外は、実施例1と同様の方法でポリフェニレンスルフィド中空糸膜を作製した。比較例2及び3で得られた膜を除き、得られた各ポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、外表面側に緻密層を持ち、内部と内腔側表面は連続多孔構造を有する多孔質領域(支持層)であった。各測定結果を表1に示す。なお、比較例2では、測定に使用できる程度までポリフェニレンスルフィド中空糸膜を製膜することができなかった。
【0103】
【0104】
実施例1~6のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、ジフェニルスルホンとジフェニルケトンの混合溶媒を含む製膜原液、内部凝固液として安息香酸ベンジル(BB)、及び凝固浴液として水を用いて製造されたものであり、NMP溶液の膜分離において、限外濾過又はナノ濾過レベルの分離性能に優れており、かつ実用的なNMP透過性能及び膜強度を有するものであった。一方、比較例1のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、溶媒としてジフェニルスルホンのみを含む製膜原液を用いて製造されたものであり、限外濾過又はナノ濾過レベルの分離性能は優れるものであったが、実施例1~6のポリフェニレンスルフィド中空糸膜に比べてNMP透過性能に劣るものであった。また、比較例3のポリフェニレンスルフィド中空糸膜は、凝固浴液としてNMPを用いて製造されたものであるため緻密層が形成されず、限外濾過レベルの分離性能が非常に悪く、限外濾過膜として使用できないものであった。