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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024014782
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】電動制動装置およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16D 65/18 20060101AFI20240125BHJP
   B60T 13/74 20060101ALI20240125BHJP
   F16D 55/225 20060101ALI20240125BHJP
   F16D 121/24 20120101ALN20240125BHJP
   F16D 125/40 20120101ALN20240125BHJP
【FI】
F16D65/18
B60T13/74 G
F16D55/225 102Z
F16D121:24
F16D125:40
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023115463
(22)【出願日】2023-07-13
(31)【優先権主張番号】202210869872.6
(32)【優先日】2022-07-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(71)【出願人】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100160794
【弁理士】
【氏名又は名称】星野 寛明
(72)【発明者】
【氏名】矢ヶ崎 徹
【テーマコード(参考)】
3D048
3J058
【Fターム(参考)】
3D048BB21
3D048CC49
3D048HH18
3D048HH66
3D048HH68
3D048HH70
3D048QQ07
3D048RR25
3J058AA43
3J058AA48
3J058AA53
3J058AA62
3J058AA69
3J058AA78
3J058AA87
3J058BA05
3J058BA55
3J058CC15
3J058CC62
3J058DB27
3J058DE19
3J058EA32
3J058FA01
(57)【要約】      (修正有)
【課題】制動を充分に強く掛けられるように確保しつつも、締付けトルクを安定させる。
【解決手段】螺子機構は、オス螺子部材におけるメス螺子部材との螺合面であるオス螺子面と、オス螺子部材における前記メス螺子部材との螺合面であるメス螺子面と、のうちの少なくとも一方に、ダイヤモンドライクカーボンのコーティング層を備える。以下、オス螺子面とメス螺子面との間に加わる面圧としての螺子面圧と、オス螺子面とメス螺子面との間の摩擦係数と、の積を「摩擦面圧μP」と定義し、当該摩擦面圧μPの閾値であって超えると締付けトルクが不安定になる臨界値を「摩擦面圧閾値X_μP」と定義する。モータ制御装置は、摩擦面圧μPが摩擦面圧閾値X_μP以下に収まるように設定されている。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の車輪と共に回転する回転部材に対して当接可能に設けられた摩擦部材と、
モータと、
螺合し合うオス螺子部材とメス螺子部材とを備え、前記モータによる締付けトルクに基づく力を、前記オス螺子部材と前記メス螺子部材とによって、前記摩擦部材を前記回転部材に押し付ける力に変換し、前記モータによる緩みトルクに基づく力を、前記オス螺子部材と前記メス螺子部材とによって、前記摩擦部材を前記回転部材から引き離す力に変換する螺子機構と、
前記モータを制御して前記車両の制動を制御するモータ制御装置と、
を備え、
前記螺子機構は、前記オス螺子部材における前記メス螺子部材との螺合面であるオス螺子面と、前記オス螺子部材における前記メス螺子部材との螺合面であるメス螺子面と、のうちの少なくとも一方に、ダイヤモンドライクカーボンのコーティング層を備え、
前記オス螺子面と前記メス螺子面との間には、潤滑油が満たされており、
前記オス螺子面と前記メス螺子面との間に加わる面圧としての螺子面圧と、前記オス螺子面と前記メス螺子面との間の摩擦係数と、の積を「摩擦面圧」と定義し、前記摩擦面圧の閾値であって超えると前記締付けトルクが不安定になる臨界値を「摩擦面圧閾値」と定義した場合において、前記潤滑油に満たされた空間にて前記摩擦係数が前記摩擦面圧閾値以下に収まるように、設定されている電動制動装置。
【請求項2】
前記摩擦係数の閾値であって超えると前記オス螺子面と前記メス螺子面との間での摩耗速度が急激に大きくなる臨界値を「摩擦係数閾値」と定義した場合において、前記摩擦係数が前記摩擦係数閾値以下に収まるように、前記螺子機構が設定されている、請求項1に記載の電動制動装置。
【請求項3】
前記潤滑油は、極圧添加剤を含まない液体状の潤滑油である、請求項1又は2に記載の電動制動装置。
【請求項4】
車両の車輪と共に回転する回転部材に対して当接可能に設けられた摩擦部材と、
モータと、
螺合し合うオス螺子部材とメス螺子部材とを備え、前記モータによる締付けトルクに基づく力を、前記オス螺子部材と前記メス螺子部材とによって、前記摩擦部材を前記回転部材に押し付ける力に変換し、前記モータによる緩みトルクに基づく力を、前記オス螺子部材と前記メス螺子部材とによって、前記摩擦部材を前記回転部材から引き離す力に変換する螺子機構と、
前記モータを制御して前記車両の制動を制御するモータ制御装置と、
を備える電動制動装置、
の製造方法であって、
前記オス螺子部材における前記メス螺子部材との螺合面であるオス螺子面と、前記オス螺子部材における前記メス螺子部材との螺合面であるメス螺子面と、のうちの少なくとも一方に、ダイヤモンドライクカーボンのコーティング層を設け、
前記オス螺子面と前記メス螺子面との間に、潤滑油を満たし、
前記オス螺子面と前記メス螺子面との間に加わる面圧としての螺子面圧と、前記オス螺子面と前記メス螺子面との間の摩擦係数と、の積を「摩擦面圧」と定義し、前記摩擦面圧の閾値であって超えると前記締付けトルクが不安定になる臨界値を「摩擦面圧閾値」と定義した場合において、前記摩擦面圧閾値を取得して、
前記潤滑油に満たされた空間にて前記摩擦面圧が前記摩擦面圧閾値以下に収まるように前記電動制動装置を設定する、
電動制動装置の製造方法。
【請求項5】
前記摩擦係数の閾値であって超えると前記オス螺子面と前記メス螺子面との間での摩耗速度が急激に大きくなる臨界値を「摩擦係数閾値」と定義した場合において、前記摩擦係数閾値を取得して、
前記摩擦係数が前記摩擦係数閾値以下になるように前記螺子機構を設定する、
請求項4に記載の電動制動装置の製造方法。
【請求項6】
前記潤滑油は、極圧添加剤を含まない液体状の潤滑油である、請求項4又は5に記載の電動制動装置の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の電動制動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の電動制動装置の中には、ブレーキパッド等の摩擦部材と、車輪と共に回転するディスクロータ等の回転部材とを備え、モータによって、螺子機構を介して摩擦部材を回転部材に押し付けることによって、車両を制動するものがある。具体的には、螺子機構は、モータによる締付けトルクに基づく力を、摩擦部材を回転部材に押し付ける力に変換し、モータによる緩みトルクに基づく力を、摩擦部材を回転部材から引き離す力に変換する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2014-141214号公報
【発明の概要】
【0004】
制動力を大きくするためには、締付けトルクを強くする必要がある。しかしながら、締付けトルクを大きくすると、締付けトルクが不安定になってしまうことがあり、それによって、安定した大きさの制動力が得られないことがあることに、本発明者は着目した。
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、制動を充分に強く掛けられるように確保しつつも、締付けトルクを安定させることを、目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、制動時において、オス螺子部材とメス螺子部材との間に加わる面圧としての螺子面圧と、オス螺子部材とメス螺子部材との間の摩擦係数との積が、所定の臨界値を超えると、急に締付けトルクが不安定なることを見出して、本発明に至った。本発明は、次の(1)~(3)に示す構成の電動制動装置、および(4)~(6)に示す構成の電動制動装置の製造方法である。
【0007】
(1)車両の車輪と共に回転する回転部材に対して当接可能に設けられた摩擦部材と、
モータと、
螺合し合うオス螺子部材とメス螺子部材とを備え、前記モータによる締付けトルクに基づく力を、前記オス螺子部材と前記メス螺子部材とによって、前記摩擦部材を前記回転部材に押し付ける力に変換し、前記モータによる緩みトルクに基づく力を、前記オス螺子部材と前記メス螺子部材とによって、前記摩擦部材を前記回転部材から引き離す力に変換する螺子機構と、
前記モータを制御して前記車両の制動を制御するモータ制御装置と、
を備え、
前記螺子機構は、前記オス螺子部材における前記メス螺子部材との螺合面であるオス螺子面と、前記オス螺子部材における前記メス螺子部材との螺合面であるメス螺子面と、のうちの少なくとも一方に、ダイヤモンドライクカーボンのコーティング層を備え、
前記オス螺子面と前記メス螺子面との間には、潤滑油が満たされており、
前記オス螺子面と前記メス螺子面との間に加わる面圧としての螺子面圧と、前記オス螺子面と前記メス螺子面との間の摩擦係数と、の積を「摩擦面圧」と定義し、前記摩擦面圧の閾値であって超えると前記締付けトルクが不安定になる臨界値を「摩擦面圧閾値」と定義した場合において、前記潤滑油に満たされた空間にて前記摩擦係数が前記摩擦面圧閾値以下に収まるように、設定されている電動制動装置。
【0008】
本構成によれば、摩擦面圧が、締付けトルクが不安定になる臨界値としての摩擦面圧閾値以下に収まるように、電動制動装置が設定されている。そのため、締付けトルクを安定させることができる。
【0009】
しかも、ダイヤモンドライクカーボンのコーティング層によって、オス螺子部材とメス螺子部材との間の摩擦係数が小さくなる。そのため、モータの出力を大きくして螺子面圧を大きくしても、摩擦係数は小さいことから、螺子面圧と摩擦係数との積である摩擦面圧が摩擦面圧閾値を超え難い。そのため、螺子面圧を充分に強く加えることができ、制動を充分に強く掛けることができる。
【0010】
以上、本構成によれば、制動を充分に強く掛けられるように確保しつつも、締付けトルクを安定させることができる。
【0011】
(2)前記摩擦係数の閾値であって超えると前記オス螺子面と前記メス螺子面との間での摩耗速度が急激に大きくなる臨界値を「摩擦係数閾値」と定義した場合において、前記摩擦係数が前記摩擦係数閾値以下に収まるように、前記螺子機構が設定されている、前記(1)に記載の電動制動装置。
【0012】
本構成によれば、螺子機構の摩耗を抑制できる。
【0013】
(3)前記潤滑油は、極圧添加剤を含まない液体状の潤滑油である、前記(1)又は(2)に記載の電動制動装置。
【0014】
ブレーキフルード等の液体状の潤滑油は、グリス等の半固形状の潤滑剤よりも粘度が低いことから高速回転時等における潤滑に優れているものの、吸水性や浸透性が高く、水分を含みやすいといったデメリットがある。その点、ダイヤモンドライクカーボンのコーティング層は、水分に対する耐食性が優れるのに加え、液体状の潤滑油との親和性に優れるため、液体状の潤滑油との相性が良い。そのため、コーティング層は、液体状の潤滑油によって、少ないデメリットで、効率的に摩擦係数を小さくすることができ、極圧添加材なしでも、充分に摩耗や焼き付きを抑制できる。そして実際に、潤滑油が極圧添加剤を含まないことによって、極圧添加材による金属腐食等のデメリットを回避できる。
【0015】
(4)車両の車輪と共に回転する回転部材に対して当接可能に設けられた摩擦部材と、
モータと、
螺合し合うオス螺子部材とメス螺子部材とを備え、前記モータによる締付けトルクに基づく力を、前記オス螺子部材と前記メス螺子部材とによって、前記摩擦部材を前記回転部材に押し付ける力に変換し、前記モータによる緩みトルクに基づく力を、前記オス螺子部材と前記メス螺子部材とによって、前記摩擦部材を前記回転部材から引き離す力に変換する螺子機構と、
前記モータを制御して前記車両の制動を制御するモータ制御装置と、
を備える電動制動装置、
の製造方法であって、
前記オス螺子部材における前記メス螺子部材との螺合面であるオス螺子面と、前記オス螺子部材における前記メス螺子部材との螺合面であるメス螺子面と、のうちの少なくとも一方に、ダイヤモンドライクカーボンのコーティング層を設け、
前記オス螺子面と前記メス螺子面との間に、潤滑油を満たし、
前記オス螺子面と前記メス螺子面との間に加わる面圧としての螺子面圧と、前記オス螺子面と前記メス螺子面との間の摩擦係数と、の積を「摩擦面圧」と定義し、前記摩擦面圧の閾値であって超えると前記締付けトルクが不安定になる臨界値を「摩擦面圧閾値」と定義した場合において、前記摩擦面圧閾値を取得して、
前記潤滑油に満たされた空間にて前記摩擦面圧が前記摩擦面圧閾値以下に収まるように前記電動制動装置を設定する、
電動制動装置の製造方法。
【0016】
本構成によれば、前記(1)の電動制動装置を製造して、前記(1)の場合と同様の効果を得ることができる。
【0017】
(5)前記摩擦係数の閾値であって超えると前記オス螺子面と前記メス螺子面との間での摩耗速度が急激に大きくなる臨界値を「摩擦係数閾値」と定義した場合において、前記摩擦係数閾値を取得して、
前記摩擦係数が前記摩擦係数閾値以下になるように前記螺子機構を設定する、
前記(4)に記載の電動制動装置の製造方法。
【0018】
本構成によれば、前記(2)の電動制動装置を製造して、前記(2)の場合と同様の効果を得ることができる。
【0019】
(6)前記潤滑油は、極圧添加剤を含まない液体状の潤滑油である、前記(4)又は(5)に記載の電動制動装置の製造方法。
【0020】
本構成によれば、前記(3)の電動制動装置を製造して、前記(3)の場合と同様の効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0021】
以上の通り、前記(1)(4)の構成によれば、制動を充分に強く掛けられるように確保しつつも、締付けトルクを安定させることができる。さらに、前記(1)を引用する前記(2)(3)の構成、前記(4)を引用する前記(5)(6)の構成によれば、それぞれの追加の効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本実施形態の電動制動装置を示す概略図である。
図2】螺子機構を示す断面図である。
図3】メス螺子部材とオス螺子部材とを示す断面図である。
図4】軸力と締付けトルクとの関係を示すグラフである。
図5図3と同部分を示す断面図である。
図6】螺子面圧と摩擦面圧との関係をグラフである。
図7】螺子面圧と摩擦係数との関係を示すグラフである。
図8】電動制動装置の製造方法の例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱ない範囲内で適宜変更して実施できる。
【0024】
[第1実施形態]
図1は、本実施形態の電動制動装置100を示す概略図である。電動制動装置100は、車両の車輪を制動するための装置であって、モータ制御装置20とモータ30と螺子機構40と摩擦部材70と回転部材80とを備える。
【0025】
モータ制御装置20は、車両のバッテリ10に電力配線12を介して電気的に接続されると共に、モータ30に電力配線23を介して電気的に接続されている。つまり、モータ制御装置20は、バッテリ10とモータ30との間に介装されている。モータ制御装置20は、バッテリ10からモータ30に供給される電力を制御することによって、モータ30を制御する。
【0026】
なお、図において、バッテリ10とモータ制御装置20とを繋ぐ電力配線12は、直流ケーブルであり、モータ制御装置20とモータ30とを繋ぐ電力配線23は、3相交流ケーブルである。つまり、モータ30は、交流モータである。ただし、これに代えて、モータ30を直流モータにして、モータ制御装置20とモータ30とを直流ケーブルで繋ぐようにしてもよい。
【0027】
モータ30は、ステータとロータとモータ軸34とを有する。ステータは、モータ制御装置20から供給される電力に基づいて、ロータを回転させる。モータ軸34は、ロータに固定されており、ロータと共に回転する。モータ制御装置20は、ステータに供給する電力の制御によって、ロータおよびモータ軸34を締付け方向R1と、その反対方向である緩み方向R2とに回転駆動可能に構成されている。
【0028】
回転部材80は、ディスクロータ等であって、車両の車輪200に固定されており、車輪200と共に回転する。
【0029】
摩擦部材70は、ブレーキパッド等であって、回転部材80を挟む両側に1つずつ設けられている。2つの摩擦部材70は、接近し合う方向としての接近方向D1と、離間し合う方向としての離間方向D2とに、変位可能に設けられている。2つの摩擦部材70は、接近方向D1に変位して回転部材80を両側から挟持することによって、つまり回転部材80に押し付けられることによって、制動力を発生させる。また、2つの摩擦部材70は、離間方向D2に変位して当該挟持を解除することによって、つまり回転部材80から引き離されることによって、制動を解除する。
【0030】
螺子機構40は、モータ軸34の締付け方向R1への回転力を、接近方向D1への力に変換して2つの摩擦部材70に伝えることによって、2つの摩擦部材70を接近方向D1に駆動する。他方、螺子機構40は、モータ軸34の緩み方向R2への回転力を、離間方向D2への力に変換して2つの摩擦部材70に伝えることによって、2つの摩擦部材70を離間方向D2に駆動する。
【0031】
図2は、螺子機構40を示す断面図である。螺子機構40は、螺合し合うオス螺子部材50とメス螺子部材60とを有する。以下、オス螺子部材50におけるメス螺子部材60との螺合面を「オス螺子面56」といい、メス螺子部材60におけるオス螺子部材50との螺合面を「メス螺子面65」といい、オス螺子面56およびメス螺子面65をまとめて「螺子面56,65」という。
【0032】
螺子機構40は、オス螺子面56とメス螺子面65とに、ダイヤモンドライクカーボンのコーティング層DLCを備えている。ただし、これに代えて、オス螺子面56とメス螺子面65とのうちの一方のみに、コーティング層DLCを備えていてもよい。メス螺子部材60とオス螺子部材50との間には、極圧添加剤を含まない液体状の潤滑油Oが満たされている。
【0033】
本実施形態では、モータ30がメス螺子部材60を回転駆動することによって、メス螺子部材60をオス螺子部材50に対して回転させる。ただし、これに代えて、モータ30がオス螺子部材50を回転駆動することによって、オス螺子部材50をメス螺子部材60に対して回転させるようにしてもよい。
【0034】
メス螺子部材60がオス螺子部材50に対して、締付け方向R1に回転すると、2つの摩擦部材70が接近方向D1に変位する。他方、メス螺子部材60がオス螺子部材50に対して、緩み方向R2に回転すると、2つの摩擦部材70が離間方向D2に変位する。
【0035】
図3は、メス螺子部材60とオス螺子部材50との螺合部を示す断面図である。以下、締付け方向R1へのトルクを「締付けトルクTq」と定義し、オス螺子面56とメス螺子面65との間の摩擦係数を「摩擦係数μ」と定義する。モータ軸34の締付けトルクTqに基づいて、メス螺子部材60をオス螺子部材50に押し付ける軸力Wが発生する。その軸力Wの反力として、オス螺子面56がメス螺子面65を押し返す反力Nが発生する。その反力Nに摩擦係数μを乗じたものが摩擦力μNである。その摩擦力μNに螺子機構の有効直径Dpの半分Dp/2を乗じたものが摩擦トルクμNDp/2である。摩擦トルクμNDp/2は、締付けトルクTqと釣り合う。
【0036】
本発明者らは、この図3に示す螺子機構40を模した試験装置において、モータ30の出力を徐々に大きくして軸力Wを徐々に大きくしていくと共に、その時々の締付けトルクTqを計測していく試験を行った。なお、軸力Wの大きさは、オス螺子部材50の歪によって生じる当該オス螺子部材50の電気抵抗の変化等から演算することができる。また、締付けトルクTqの大きさは、モータ30のトルクセンサ等によって、検出することができる。
【0037】
図4は、その試験結果を示すグラフである。縦軸の軸力Wが大きくなるほど、横軸の締付けトルクTqが大きくなる。これは、縦軸の軸力Wが大きくなるほど、反力Nが大きくなって摩擦トルクμNDp/2が大きくなることに起因すると考えられる。そして、横軸に示す締付けトルクTqが所定の締付けトルク閾値X_Tqを超えると、急に当該締付けトルクTqの大きさが不安定になることが確認された。これは、摩擦係数μが不安定になって、摩擦力μNが不安定になることに起因すると考えられる。
【0038】
図5は、図3と同じ螺合部を示す図である。以下、オス螺子面56とメス螺子面65との間に加わる圧力を「螺子面圧P」と定義し、オス螺子面56とメス螺子面65との接触面積を「接触面積A」と定義する。反力Nは、「螺子面圧P」×「接触面積A」で表すことができる。以下、螺子面圧Pに摩擦係数μを乗じたものを「摩擦面圧μP」と定義する。
【0039】
図6は、図4と同様の試験の結果を、縦軸を摩擦面圧μPにし、横軸を螺子面圧Pにして示したものである。このグラフからは、縦軸に示す摩擦面圧μPが所定の摩擦面圧閾値X_μPを超えると、急に当該摩擦面圧μPの大きさが不安定になることが確認された。これは、前述の通り、摩擦係数μが不安定になることに起因すると考えられる。具体的には、このグラフに示す各破線は、摩擦係数μが、各一定値としてのμ1~μ6の場合をそれぞれ示している。このグラフに示すように、摩擦面圧μPが摩擦面圧閾値X_μPを超えると、摩擦係数μが所定の「最小摩擦係数μ3」と所定の「最大摩擦係数μ5」との間で変動するようになり、その後、それよりも振れ幅の大きい所定の「最小摩擦係数μ2」と所定の「最大摩擦係数μ6」との間で変動するようになることが確認された。以下、最大摩擦係数を最小摩擦係数で割ったものを「変動比率」という。摩擦係数μが不安定になって摩擦面圧μPの大きさが不安定になると、締付けトルクTqも不安定になる。
【0040】
他方、摩擦面圧μPが摩擦面圧閾値X_μPを超えない範囲内では、螺子面圧Pを大きくしても摩擦面圧μPが大きく変動することはなかった。摩擦面圧閾値X_μPは、例えば、摩擦面圧μPが当該摩擦面圧閾値X_μPを超えると、前述の変動比率が1.4を超える閾値である。以上より、本実施形態では、潤滑油Oに満たされた空間にて摩擦面圧μPが当該摩擦面圧閾値X_μP以下に収まるように、電動制動装置100を設定している。
【0041】
図7は、摩擦係数μおよび螺子面圧Pを変化させた場合の試験結果を示すグラフであって、縦軸に摩擦係数μを示し、横軸に螺子面圧Pにして示している。この試験からは、螺子面圧Pに関係なく、摩擦係数μが所定の摩擦係数閾値X_μを超えると、摩擦係数μが急に不安定になり、それに伴って螺子面56,65の摩耗速度が急に大きくなることが確認された。なお、この摩擦係数μの変動は、図6でも示したμ3とμ5との間での変動である。この摩擦係数μの変動は、摩耗粉による摩擦係数μの低下と、凝着による摩擦係数μの増加とを繰り返すことに起因すると考えられる。以上より、本実施形態では、さらに、摩擦係数μが摩擦係数閾値X_μ以下に収まるように螺子機構40を設定している。具体的には、摩擦係数閾値X_μは、例えば、摩擦係数μが当該摩擦係数閾値X_μを超えると、前述の変動比率が1.4を超える閾値である。
【0042】
図8は、電動制動装置100の製造方法の例を示すフローチャートである。
【0043】
まず、S11において、摩擦係数閾値X_μおよび摩擦面圧閾値X_μPを試験、シミュレーション、演算等によって取得する。次に、S21において、コーティング層DLCの設計および潤滑油Oの設定を含む螺子機構40の設計を行う。次にS22において、その螺子機構40の摩擦係数μを試験、シミュレーション、演算等によって取得する。
【0044】
次に、S23において、螺子機構40の摩擦係数μが、摩擦係数閾値X_μ以下であるか否か判定する。S23において、否定判定した場合、S24に進み、摩擦係数μが小さくなるように螺子機構40の設計を変更してから、S22に戻る。他方、S23において、肯定判定した場合、S31に進む。
【0045】
S31では、モータ制御装置20によるモータ30の制御態様を設定する。次に、S32において、当該制御態様での螺子面圧Pの最大値としての最大螺子面圧Pmaxを、試験、シミュレーション、演算等によって取得する。
【0046】
次に、S33において、当該最大螺子面圧Pmaxと摩擦係数μとの積である最大摩擦面圧μPmaxが、摩擦面圧閾値X_μP以下であるか否か判定する。S33において、否定判定した場合、S34に進み、摩擦係数μが小さくなるように螺子機構40を再設定すること、および、最大螺子面圧Pmaxが小さくなるようにモータ30の制御態様を再設定すること、のうちの少なくとも一方を行ってから、S32に戻る。他方、S33において、肯定判定した場合、S41に進み、当該螺子機構40の設計および当該制御態様の設定を採用して、フローを終了する。
【0047】
以下に、本実施形態の構成および効果をまとめる。
【0048】
本実施形態では、締付けトルクTqが不安定になる臨界値としての摩擦面圧閾値X_μPを取得して、摩擦面圧μPが摩擦面圧閾値X_μP以下に収まるように、電動制動装置100を設定する。それによって、締付けトルクTqを安定させることができる。
【0049】
しかも、螺子面56,65に、ダイヤモンドライクカーボンのコーティング層DLCを設けるため、当該コーティング層DLCによって、摩擦係数μが小さくなる。そのため、モータ30の軸力Wを大きくして螺子面圧Pを大きくしても、摩擦係数μは小さいことから、螺子面圧Pと摩擦係数μとの積である摩擦面圧μPが摩擦面圧閾値X_μPを超え難い。そのため、螺子面圧Pを充分に強く加えることができ、制動を充分に強く掛けることができる。
【0050】
以上、本実施形態によれば、制動を充分に強く掛けられるように確保しつつも、締付けトルクTqを安定させることができる。
【0051】
また、本実施形態では、摩耗速度が急激に大きくなる臨界値としての摩擦係数閾値X_μを取得して、摩擦係数μが摩擦係数閾値X_μ以下に収まるように螺子機構40を設定する。そのため、螺子面56,65の摩耗を抑制できる。
【0052】
また、本実施形態では、オス螺子部材50とメス螺子部材60との間に、極圧添加剤を含まない液体状の潤滑油Oを満たす。ブレーキフルード等の液体状の潤滑油Oは、グリス等の半固形状の潤滑剤よりも粘度が低いことから高速回転時等における潤滑に優れているものの、吸水性と浸透性が高く、水分を含みやすいといったデメリットがある。その点、ダイヤモンドライクカーボンのコーティング層DLCは、水分に対する耐食性が優れるのに加え、液体状の潤滑油Oとの親和性に優れるため、液体状の潤滑油Oとの相性が良い。そのため、コーティング層DLCは、液体状の潤滑油Oによって、少ないデメリットで、効率的に摩擦係数μを小さくすることができ、極圧添加材なしでも、充分に、摩耗や焼き付きを抑制できる。そして実際に、潤滑油Oが極圧添加剤を含まないことによって、極圧添加材による金属腐食等のデメリットを回避できる。
【0053】
[他の実施形態]
以上に示した実施形態は、例えば次のように変更できる。螺子機構40の摩耗が特に問題にならない場合には、摩擦係数μが摩擦係数閾値X_μを超えるように螺子機構40を設計してもよい。グリス等の半固形状の潤滑剤でも螺子面56,65を充分に潤滑できる場合には、液体状の潤滑油Oの代わりに、グリス等の半固形状の潤滑剤を螺子面56,65に満たしてもよい。
【符号の説明】
【0054】
20 モータ制御装置
30 モータ
40 螺子機構
50 オス螺子部材
56 オス螺子面
60 メス螺子部材
65 メス螺子面
70 摩擦部材
80 回転部材
100 電動制動装置
Tq 締付けトルク
P 螺子面圧
μ 摩擦係数
μP 摩擦面圧
X_μ 摩擦係数閾値
X_μP 摩擦面圧閾値
DLC ダイヤモンドライクカーボンのコーティング層
O 液体状の潤滑油
図1
図2
図3
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図5
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図8