(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024147832
(43)【公開日】2024-10-17
(54)【発明の名称】たばこ用の組成物
(51)【国際特許分類】
A24B 15/24 20060101AFI20241009BHJP
A24B 15/167 20200101ALI20241009BHJP
A24B 13/00 20060101ALI20241009BHJP
【FI】
A24B15/24
A24B15/167
A24B13/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】26
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021099186
(22)【出願日】2021-06-15
(71)【出願人】
【識別番号】000004569
【氏名又は名称】日本たばこ産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100107386
【弁理士】
【氏名又は名称】泉谷 玲子
(72)【発明者】
【氏名】香島 貴純
(72)【発明者】
【氏名】岡本 雄太
(72)【発明者】
【氏名】澁谷 哲朗
(72)【発明者】
【氏名】一野 陽希
【テーマコード(参考)】
4B043
【Fターム(参考)】
4B043BA80
4B043BB11
4B043BB22
4B043BC10
4B043BC14
4B043BC18
4B043BC32
4B043BC39
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本発明は、たばこ用の組成物、また、たばこ用の組成物を含むE-リキッド又はたばこ製品、さらにコチニンの合成方法を提供する。
【解決手段】本発明のたばこ用の組成物は、コチニンを含む。本発明のコチニンの合成方法は、(1)たばこ原料から、水による抽出、有機溶媒を用いた1回目の液液分配および酸性水を用いた2回目の液液分配、を含む液液分配によりニコチン塩水溶液を得る工程、(2)ニコチン塩水溶液から遊離ニコチンを分画する工程、そして、(3)工程(2)で分画されたニコチンからコチニンを合成する工程、を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コチニンを含む、たばこ用の組成物。
【請求項2】
ニコチンを含まない、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
香料及び/又は甘味料を含む、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
請求項1-3のいずれか1項に記載の組成物を含む、E-リキッド。
【請求項5】
少なくとも0.005重量%のコチニンを含む、請求項4に記載のE-リキッド。
【請求項6】
少なくとも0.02重量%のコチニンを含む、請求項4に記載のE-リキッド。
【請求項7】
請求項1-3のいずれか1項に記載の組成物を含む、たばこ製品。
【請求項8】
たばこ製品が燃焼式香味吸引物品である、請求項7に記載のたばこ製品。
【請求項9】
たばこ製品が加熱式香味吸引物品である、請求項7に記載のたばこ製品。
【請求項10】
たばこ製品が、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり少なくとも3mgのコチニンを含む、請求項8に記載のたばこ製品。
【請求項11】
たばこ製品が、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり少なくとも5mgのコチニンを含む、請求項8に記載のたばこ製品。
【請求項12】
たばこ製品が、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり少なくとも1mgのコチニンを含む、請求項9に記載のたばこ製品。
【請求項13】
たばこ製品が、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり少なくとも3mgのコチニンを含む、請求項9に記載のたばこ製品。
【請求項14】
たばこ製品がスヌースである、請求項7に記載のたばこ製品。
【請求項15】
コチニンが、ニコチンから合成されたものである、請求項1-3のいずれか1項に記載の組成物、請求項4-6のいずれか1項に記載のE-リキッド、あるいは、請求項7-14のいずれか1項に記載のたばこ製品。
【請求項16】
コチニンが、たばこ原料から抽出されたニコチンから合成されたものである、請求項1-3のいずれか1項に記載の組成物、請求項4-6のいずれか1項に記載のE-リキッド、あるいは、請求項7-14のいずれか1項に記載のたばこ製品。
【請求項17】
コチニンの合成方法であって、
(1)たばこ原料から、水による抽出、有機溶媒を用いた1回目の液液分配および酸性水を用いた2回目の液液分配、を含む液液分配によりニコチン塩水溶液を得る工程、
(2)ニコチン塩水溶液から遊離ニコチンを分画する工程、そして、
(3)工程(2)で分画されたニコチンからコチニンを合成する工程、
を含む、前記方法。
【請求項18】
工程(1)の1回目の液液分配に、有機溶媒としてヘキサン又は酢酸エチルを用いる、請求項17の方法。
【請求項19】
工程(1)の1回目の液液分配において、水相のpHを10~12に調整する、請求項17又は18に記載の方法。
【請求項20】
工程(1)の1回目の液液分配において、水相:有機相=2:3の割合で、有機相で水相を少なくとも2回抽出する、請求項17-19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
工程(1)の2回目の液液分配において、有機相に含まれるニコチンを完全に中和することができるモル濃度の酸を含む水相を用いる、請求項17-20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
工程(2)において、ニコチン塩水溶液のpHを10~12に調整した後に有機溶媒で液液分配を行うことによって遊離ニコチンを得る、請求項17-21のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
工程(2)において、ニコチン塩水溶液のpHを10~12に調整した後に蒸留によって遊離ニコチンを得る、請求項17-21のいずれか1項に記載の方法。
【請求項24】
工程(3)において、フェリシアン化カリウム、過酸エステル又は臭素のいずれかを用いて、ニコチンのピロリジン環にカルボニル基を導入することにより、ニコチンからコチニンを合成する、請求項17-23のいずれか1項に記載の方法。
【請求項25】
工程(3)において、フェリシアン化カリウムを用いて、ニコチンのピロリジン環にカルボニル基を導入することにより、ニコチンからコチニンを合成する、請求項17-24のいずれか1項に記載の方法。
【請求項26】
工程(1)で使用するたばこ原料がたばこ細粉である、請求項17-25のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、たばこ用の組成物に関する。本発明はまた、たばこ用の組成物を含む、E-リキッド又はたばこ製品に関する。本発明はさらに、コチニンの合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
たばこ葉に含まれる主要なアルカロイド(植物塩基)として、ニコチン(Nicotine)は最も広く知られている成分である。シガレットや葉巻のような燃焼式たばこ、非燃焼式の加熱式たばこ、たばこ葉を使用しない電子たばこ、などに挙げられるような、煙やエアロゾルを吸引してすることによって口腔内に香味を送達させる形態のたばこ製品のいずれにおいてもニコチンは、いわゆる「インパクト」や「キック感」と表現されるような独特の体性感覚を発現し、製品の香喫味を構成する上で非常に重要な成分である。
【0003】
しかしながら、これらのたばこ製品においてニコチンは、日本をはじめ多くの国で様々な法規制等によりその使用に制約を受ける。例えば、日本においてニコチンは「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(「薬機法」と呼称される場合がある)においては医薬品に分類されるため、同法に基づく承認を受けずにニコチンを含む電子たばこ用リキッド(「E-リキッド」と呼称する場合がある))を販売等することは禁じられている。日本と同様にニコチンを含む電子たばこ用リキッド販売を禁止している国は他にもオーストラリアなどが知られている。また、ニコチンを含む電子たばこ用リキッド自体は認められているが、その含量に規制がある国・地域も存在する。例えば欧州では、電子たばこ用リキッド中のニコチン含量は20mg/mL以下でなければならないと定められている(非特許文献1)。
【0004】
さらに、シガレット(紙巻たばこ)においてもニコチン量の上限が設定されている国・地域が存在する。欧州では、シガレット1本あたりのニコチン排出量(喫煙して人体に送達される量)の上限は1mgと設定されている(非特許文献1)。さらに米国でも、2017年にFDAが発表した計画の中で、シガレット中のニコチン含量を最小限にするための基準を策定することが言及されており(https://www.fda.gov/tobacco-products/ctp-newsroom/fdas-comprehensive-plan-tobacco-and-nicotine-regulation#altmilestones)、今後米国においてもシガレットのニコチン量の上限規制が見込まれる。以上のようなニコチンに関わる様々な法規制や制約が存在する理由の一つとして、ニコチン自体が持つ有害性や依存性が挙げられる(非特許文献2)。
【0005】
このように、たばこ製品やE-リキッドにおけるニコチンの使用は、様々な法規制や制約を受ける。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】“DIRECTIVE 2014/40/EU OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 3 April 2014 on the approximation of the laws, regulations and administrative provisions of the Member States concerning the manufacture, presentation and sale of tobacco and related products and repealing Directive 2001/37/EC”, Official Journal of the European Union (2014)
【非特許文献2】U.S. Department of Health and Human Services, “The Health Consequences of Smoking-50 Years of Progress: A Report of the Surgeon General” (2014)
【非特許文献3】Sanji Matsushima et al., Agricultural and Biological Chemistry, 47 (3), 507-510 (1983)
【非特許文献4】Xintong LI et al., Analytical Sciences, 35 (8), 849-854 (2019)
【非特許文献5】Janne Hukkanen et al., Pharmacological Reviews, 57 (1), 79-115 (2005)
【非特許文献6】Ana-Maria Vlasceanu et al., Journal of Mind and Medical Sciences, 5 (1), 117-122
【非特許文献7】Omar Riah et al., Toxicology Letters, 109 (1-2), 21-29 (1999)
【非特許文献8】Sarah Burgess et al., Journal of Clinical Toxicology, S6-003 (2012)
【非特許文献9】Ruth A. Etzel, Preventive Medicine, 19 (2), 190-197 (1990)
【非特許文献10】Joseph G. Lisko et al, Nicotine & Tobacco Research, 17 (10), 1270-1278 (2015)
【非特許文献11】Bowman E. R. et al., Biochemical Preparations, 10, 36-39 (1963)
【非特許文献12】Christopher J. Legacy et al., Angewandte Chemie International Edition, 54 (19), 14907-14910 (2015)
【非特許文献13】Yasuko Tsujino et al., Agricultural and Biological Chemistry, 43 (4), 871-872 (1979)
【非特許文献14】Ahmad Fauzantoro, International Journal of Applied Engineering Research, 12 (23), 13891-13897 (2017)
【非特許文献15】Amzad M. Hossain et al., Arabian Journal of Chemistry, 6 (3), 275-278 (2013)
【非特許文献16】Jinchao Shen et al., Analytica Chimica Acta, 561 (1), 83-87 (2006)
【非特許文献17】Monika Fischer et al., Journal of Agricultural and Food Chemistry, 44 (5), 1258-1264 (1996)
【非特許文献18】International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use, “ICH HARMONISED GUIDELINE IMPURITIES: GUIDELINE FOR RESIDUAL SOLVENTS, Q3C(R6)”, Adopted on 20 October 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
1.ニコチンを補完できる成分
本発明者らは、たばこ製品(E-リキッドを含む)においてニコチンが担っている役割を、ニコチン以外の成分で補完することを考えた。そのような成分を利用することで、香喫味を担保しつつニコチンを使用しない若しくはニコチンの使用量を低減させたたばこ製品が実現可能であり、それにより上記のような法規制・制約に対応することが可能になると考えたためである。本明細書において、「たばこ製品」について言及する場合、特に明記しない限り、E-リキッドを含み意味で使用する場合がある。
【0008】
本発明者らは、ニコチン代替成分の最も有効な候補として、たばこ葉に含まれるニコチン以外のアルカロイドを検討することとした。構造活性相関の観点から、ニコチンと類似した化学構造を持つ化合物がニコチン代替成分として最も有力であると考えたからである。たばこ葉からは、ニコチン以外に十数種類のアルカロイドがこれまで報告されており(非特許文献3、4、5)、それらはすべてピリジン環骨格の3位の炭素に置換基が導入された共通の部分構造を有している。発明者は、様々なたばこ葉由来のアルカロイドの中で、特にコチニン(Cotinine)に着目した。
【0009】
コチニンはたばこ葉中に概ね5-100ppm程度含まれるアルカロイドである(非特許文献3、4)。さらにコチニンは、人体におけるニコチンの主要な代謝産物であることも良く知られている。喫煙などにより摂取されたニコチンは血中に移行した後、その大部分が肝臓のシトクロムP450 2A6による酸化を受けてコチニンに変換される(非特許文献5)。コチニンの毒性に関しては様々な研究例があり、ニコチンと比較してコチニンの毒性は低いという報告が多い。例えば非特許文献6では、ヒト由来のMRC-5細胞を用いた実験により、コチニンの毒性がニコチンより低いという結果が報告されている。さらに非特許文献7では、動物実験でニコチンとコチニンの呼吸器に対する毒性を比較しており、ニコチンの方がコチニンよりも100倍以上毒性が高かった結果が報告されている。さらに、コチニンによる有用な生理活性に関しても研究例がある。非特許文献8によると、アルツハイマー病の発病因子とされるアミロイドβペプチドのオリゴマー化をコチニンが阻害すると報告されており、コチニンの抗アルツハイマー活性が注目されつつある。
【0010】
以上のようにコチニンは、ニコチンよりも毒性の観点から安全性の高いアルカロイドである。しかしながら、先述の通りコチニンはたばこ葉中に5-100ppm程度と微量しか存在しない成分であることから、たばこ葉から抽出・単離してこれを利用することはコストの面から非常に難しいこと、さらにコチニンを工業スケールで製造しているサプライヤーも存在していないため、たばこ製品のような大量生産される消費材に利用可能な量を確保することが困難である、などの理由から、ニコチンの代替物としてコチニンを利用とする発想は本発明前にはなかった。
【0011】
本発明者らは、シガレット、加熱式たばこ、電子たばこなど、様々な形態のたばこ製品にコチニンを添加して官能評価を実施した結果、形態に関わらず、ニコチンのような香喫味阻害感(一般的に「インパクト」や「キック感」と表現され、口腔や喉において感じられるチリチリとした独特の体性感覚)を出さずに感覚的なエアロゾル量向上効果が発現することを見出した。さらに、シガレットや加熱式たばこなどの葉たばこを使用しているたばこの形態においては、たばこ葉に由来する香喫味阻害感を顕著に抑制している効果も見出した。本発明者らは、上記発見に基づき、本発明を想到した。
【0012】
2.コチニンの合成
本発明者らは、ニコチンの代替物としてコチニンを利用できることを発見し、コチニンを含むたばこ用の組成物及びその利用に関する本発明を想到した。しかしながら、前記組成物を製造するために、コチニンを生産するための、特に、コチニンを安価かつ大量生産するために適切な技術の開発が必要となった。
【0013】
ヒトが喫煙などによりニコチンを摂取すると、肝臓で代謝されてコチニンに変換されるが、その後コチニンは血中に移行し、尿中に排出される。そのため、コチニンはたばこ煙暴露のバイオマーカーとしてよく利用されており、血漿中や尿中のコチニン含量を測定することで被験者のたばこ煙暴露有無を調べる方法が知られている(非特許文献9)。このため、分析用標品の用途でコチニンの試薬は需要があり様々な会社から市販されている(実施例1~8の実験ではそのような市販されているコチニンを使用している)。しかしながら、これら試薬で販売されているコチニンは非常に少量単位でしか販売されておらず、かつ非常に高価である。本発明におけるたばこ製品のような、大量生産される消費材への適用を考える場合、コチニンを安価かつ大量生産可能な技術が求められる。
【0014】
そこで本発明者らは、ヒトが体内で行っている反応と同じように、コチニンをニコチンから合成する方法を検討することとした。ニコチンは禁煙補助医薬品や電子たばこ用リキッドの原材料などの用途で広く利用されており、高純度のニコチンを大量に供給可能なサプライヤーは数多く存在する。医薬品や電子たばこ用に市販されているニコチンは、ほとんどの場合は米国薬局方(USP)などの要求事項を満たした医薬品グレードが使用される。米国薬局方で求められるニコチンの要求純度は99%以上であり(非特許文献10)、多くの医薬品グレードのニコチンは精製の最終段階で精留工程を実施している。
【0015】
一方で、シガレットや葉巻などのたばこ製品の原材料として使用されるたばこ刻には、約1~3重量%程度のニコチン含有量を持つ(非特許文献4)ため、これらのたばこ原料からニコチンを抽出して利用することも可能であると考えられる。さらに、それらたばこ原料はニコチンさえ抽出可能であれば利用可能であり、その形状や物性値に制限は無い。即ち、通常は廃棄されるようなたばこ原料も利用可能である。例えば、シガレット巻上に適さないサイズのたばこ刻くずや細粉、たばこ栽培時に通常は収穫されない残幹と呼ばれる茎なども利用可能と想定される。本発明者らは、そのような廃棄されるたばこ原料を利用すれば、低コストでコチニン合成の基質であるニコチンを調達可能であると考えた。
【0016】
コチニン合成の基質とするニコチンは、コチニン合成反応後にコチニンの精製工程が発生するため、医薬品や電子たばこ用に市販されているようなニコチンほど高純度ではなくても、合成反応の基質としては十分であると考えられる。即ち、医薬グレードのニコチンのように高度に精製する必要は無く、ある程度の純度であれば、たばこ葉から抽出してきたままの粗ニコチンの状態でも十分基質として利用可能であると考えられる。そこで発明者らは、たばこ原料から簡便に粗ニコチンを抽出・精製する方法を開発することとした。
【0017】
本発明者らはさらに、ニコチンからコチニンを合成する方法についても検討した。
本発明は、たばこ用の組成物を提供する。
本発明はまた、たばこ用の組成物を含む、E-リキッド又はたばこ製品を提供する。
【0018】
本発明はさらに、コチニンの合成方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0019】
限定されるわけではないが、本発明は、以下の態様を含む。
[1]
コチニンを含む、たばこ用の組成物。
[2]
ニコチンを含まない、[1]に記載の組成物。
[3]
香料及び/又は甘味料を含む、[1]又は[2]に記載の組成物。
[4]
[1]-[3]のいずれか1つに記載の組成物を含む、E-リキッド。
[5]
少なくとも0.005重量%のコチニンを含む、[4]に記載のE-リキッド。
[6]
少なくとも0.02重量%のコチニンを含む、[4]に記載のE-リキッド。
[7]
[1]-3]のいずれか1つに記載の組成物を含む、たばこ製品。
[8]
たばこ製品が燃焼式香味吸引物品である、[7]に記載のたばこ製品。
[9]
たばこ製品が加熱式香味吸引物品である、[7]に記載のたばこ製品。
[10]
たばこ製品が、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり少なくとも3mgのコチニンを含む、[8]に記載のたばこ製品。
[11]
たばこ製品が、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり少なくとも5mgのコチニンを含む、[8]に記載のたばこ製品。
[12]
たばこ製品が、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり少なくとも1mgのコチニンを含む、[9]に記載のたばこ製品。
[13]
たばこ製品が、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり少なくとも3mgのコチニンを含む、[9]に記載のたばこ製品。
[14]
たばこ製品がスヌースである、[7]に記載のたばこ製品。
[15]
コチニンが、ニコチンから合成されたものである、[1]-[3]のいずれか1つに記載の組成物、[4]-[6]のいずれか1つに記載のE-リキッド、あるいは、[7]-[14]のいずれか1つに記載のたばこ製品。
[16]
コチニンが、たばこ原料から抽出されたニコチンから合成されたものである、[1]-[3]のいずれか1つに記載の組成物、[4]-[6]のいずれか1つに記載のE-リキッド、あるいは、[7]-[14]のいずれか1つに記載のたばこ製品。
[17]
コチニンの合成方法であって、
(1)たばこ原料から、水による抽出、有機溶媒を用いた1回目の液液分配および酸性水を用いた2回目の液液分配、を含む液液分配によりニコチン塩水溶液を得る工程、
(2)ニコチン塩水溶液から遊離ニコチンを分画する工程、そして、
(3)工程(2)で分画されたニコチンからコチニンを合成する工程、
を含む、前記方法。
[18]
工程(1)の1回目の液液分配に、有機溶媒としてヘキサン又は酢酸エチルを用いる、[17]の方法。
[19]
工程(1)の1回目の液液分配において、水相のpHを10~12に調整する、[17]又は[18]に記載の方法。
[20]
工程(1)の1回目の液液分配において、水相:有機相=2:3の割合で、有機相で水相を少なくとも2回抽出する、[17]-[19]のいずれか1つに記載の方法。
[21]
工程(1)の2回目の液液分配において、有機相に含まれるニコチンを完全に中和することができるモル濃度の酸を含む水相を用いる、[17]-[20]のいずれか1つに記載の方法。
[22]
工程(2)において、ニコチン塩水溶液のpHを10~12に調整した後に有機溶媒で液液分配を行うことによって遊離ニコチンを得る、[17]-[21]のいずれか1つに記載の方法。
[23]
工程(2)において、ニコチン塩水溶液のpHを10~12に調整した後に蒸留によって遊離ニコチンを得る、[17]-[21]のいずれか1つに記載の方法。
[24]
工程(3)において、フェリシアン化カリウム、過酸エステル又は臭素のいずれかを用いて、ニコチンのピロリジン環にカルボニル基を導入することにより、ニコチンからコチニンを合成する、[17]-[23]のいずれか1つに記載の方法。
[25]
工程(3)において、フェリシアン化カリウムを用いて、ニコチンのピロリジン環にカルボニル基を導入することにより、ニコチンからコチニンを合成する、[17]-[24]のいずれか1つに記載の方法。
[26]
工程(1)で使用するたばこ原料がたばこ細粉である、[17]-[25]のいずれか1つに記載の方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明のコチニンを含むたばこ用の組成物は、たばこの香喫味の重要な構成要素である感覚的なエアロゾル量を維持しつつ、香喫味阻害感が低減されたたばこ製品の提供を可能とするものである。また、本発明のコチニンの合成方法は、コチニンの安価かつ大量の生産を可能にするものである。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、ニコチン抽出・精製工程のフロー図の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
非限定的に、本発明は、以下の形態を含む。
1.たばこ用の組成物。
本発明は、たばこ用の組成物に関する。非限定的に、前記たばこ用の組成物は、コチニンを含む。「コチニン」は、タバコ属の植物に含まれるアルカロイド(植物塩基)であり、以下の式:
【0023】
【0024】
の構造を有する。ニコチンの代謝物質でもある。「たばこ用の」とは、前記組成物が、E-リキッド、たばこ製品等のたばこに使用されることを意味する。
一態様において、前記たばこ用の組成物は、ニコチンを含まない。「ニコチン」は、タバコ属の植物に含まれるアルカロイドであり、以下の式:
【0025】
【0026】
の構造を有する。「ニコチン」を含まない、とはニコチンを完全に含まない場合、ニコチンを実質的に含まない場合を含む、「ニコチンを実質的に含まない」とは、非限定的に、検出限界以下の場合、例えば、ガスクトマトグラフィーや液体クロマトグラフィーで測定した場合に検出されない、ことを意味する。
【0027】
本明細書において、「一態様において」と言及する場合、非限定的であることを含意する。
一態様において、前記たばこ用の組成物は、香料及び/又は甘味料(香料のみ、甘味料のみ、あるいは、香料及び甘味料の双方)を含む。一態様において、前記たばこ用の組成物は、香料及び甘味料を含む
「甘味料」とは、食品、飲料、たばこ等に甘みをつけるために使用される物質であり、特に限定されない。化学構造としては、糖、糖アルコール、アミノ酸、タンパク質、テルペン配糖体、スルファミド、スルファミン酸塩、ペプチド誘導体、フラボノイド配糖体等に大別される。
【0028】
「糖」は、アルデヒド基又はケトン基をひとつ持ち、複数のヒドロキシル基を有する化合物である。アルデヒド基を持つ糖をアルドース、ケトン基を持つ糖をケトースと分類する。一般的には、炭水化物(糖質)と同義とされることが多い。本明細書において、「糖」と言及する場合、特に明記しない限り、糖の一部のヒドロキシル基が置換されている化合物、例えば、「糖ハロゲン化物」なども含む。
【0029】
「糖アルコール」は、アルドースやケトースのカルボニル基が還元されて生成する化合物の一種である。
「アミノ酸」は、アミノ基とカルボキシル基の両方の官能基を有する有機化合物の総称である。
【0030】
「ペプチド」は、アミノ酸が、ペプチド結合により短い鎖状につながった分子の総称である。ペプチドに組み込まれたアミノ酸残基が2個のものをジペプチド、3個のものをトリペプチド、4個のものをテトラペプチドなどといい、残基が10個以下のものをオリゴペプチド、多数つながればポリペプチドなどと呼ぶ。一般に、およそ50個以上つながった長いペプチドは「タンパク質」と呼称される場合がある。本明細書において、特に明記しない限り、「ペプチド」はタンパク質を含む意味で使用される場合がある。「ペプチド誘導体」は、アミノ酸のみから構成されるペプチドに置換基を導入して誘導体化したものを指す。ペプチド誘導体化の例としては、カルボキシル基のアルキルエステル化、アミノ基のアルキル化などが挙げられる。
【0031】
「テルペン」は、イソプレンを構成単位とする炭化水素骨格を持つ植物や昆虫、菌類などの二次代謝産物の総称である。もともと精油の中から大量に見つかった一群の炭素10個の化合物に与えられた名称であり、そのため炭素10個を基準として体系化されている。炭素10、15、20、30個のテルペンをそれぞれモノテルペン、セスキテルペン、ジテルペン、トリテルペンと呼ぶ。テルペンのうち、ヒドロキシル基やカルボニル基などの極性官能基を持つ誘導体を特にテルペノイドと分類することもある。「配糖体」は、糖がグリコシド結合により様々な原子団と結合した化合物の総称である。「テルペン配糖体」は、糖がテルペンにグリコシド結合した化合物である。
【0032】
「スルファミド」は、構造式がH2NSO2NH2の無機化合物である。一般に、塩化スルフリルとアンモニアとの反応から得られる。有機化学の分野では、スルファミドの窒素原子に有機置換基が結合した誘導体の化合物群も「スルファミド」と呼ばれる。
【0033】
「スルファミン酸」は、硫酸のヒドロキシ基がアミノ基に置換したものであり、「アミド硫酸」と呼称される。水によく溶け、比較的強い酸性を示す。「スルファミン酸塩」は、スルファミン酸と、例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムとの塩である。
【0034】
「フラボノイド」は、クマル酸CoAとマロニルCoAが重合してできる植物二次代謝産物の総称である。フラボノイドは、いわゆるポリフェノールと呼ばれる、より大きな化合物グループの代表例である。「フラボノイド配糖体」は、糖がフラボノイドにグリコシド結合した化合物である。
【0035】
前記香料の好適なフレーバーとしては、たばこエキス及びたばこ成分、糖質及び糖系のフレーバー、リコリス(甘草)、ココア、チョコレート、果汁及びフル-ツ、スパイス、洋酒、ハーブ、バニラ、及びフラワー系フレーバーなどから選ばれる香料を単独、あるいは組み合わせてなるものが挙げられる。前記香料は、例えば、「周知・慣用技術集(香料)」(2007年3月14日、特許庁発行)、「最新 香料の事典(普及版)」(2012年2月25日、荒井綜一・小林彰夫・矢島泉・川崎通昭 編、朝倉書店)、及び「Tobacco Flavoring for Smoking Products」(1972年6月、R. J. REYNOLDS TOBACCO COMPANY)に記載されているような広範な種類の香料成分を使用することができる。
【0036】
2.E-リキッド
本発明は、E-リキッドに関する。前記E-リキッドは、本発明のたばこ用の組成物を含む。
【0037】
本発明の「たばこ用の組成物」については、項目「1.たばこ用の組成物」において。詳述した通りである。
E-リキッドは、液体加熱式の加熱型香味吸引器(「電子たばこ」と呼称される場合もある)用の液体組成物である。E-リキッドは、一般には、プロピレングリコール(PG)、グリセリン(GL)、ニコチン、香料及び甘味料などを含む。
【0038】
一態様において、前記E-リキッドは、少なくとも0.005重量%のコチニンを含む。前記E-リキッドは、0.005重量%より多くののコチニンを含む。前記E-リキッドは、少なくとも0.008重量%の、0.010重量%の、0.015重量%のコチニンを含む。一態様において、前記E-リキッドは、少なくとも0.02重量%のコチニンを含む。
【0039】
3.たばこ製品
本発明は、たばこ製品に関する。前記たばこ製品は、本発明のたばこ用の組成物を含む。
【0040】
本発明の「たばこ用の組成物」については、項目「1.たばこ用の組成物」において。詳述した通りである。
「たばこ製品」は、非限定的に、燃焼式香味吸引物品、加熱式香味吸引物品、スヌース(snus)等である。
【0041】
一態様において、たばこ製品は燃焼式香味吸引物品である。「燃焼式香味吸引物品」は、燃焼を利用して喫煙を行う、一般的な燃焼喫煙物品で、紙たばこ、紙巻たばこ、葉巻、パイプたばこ等を含む。非限定的に、例えば、燃焼式香味吸引物品に使用するたばこ葉、刻みたばこ、たばこシート等に、前記たばこ用の組成物を液体として浸み込ませる等により用いてもよい。あるいは、燃焼式香味吸引物品を製造する際に、たばこ葉、刻みたばこ、たばこシート等とともに、前記たばこ用の組成物を充填する等により用いてもよい。
【0042】
たばこ製品が燃焼式香味吸引物品の場合、一態様において、たばこ製品は、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり少なくとも3mgのコチニンを含む。たばこ製品が燃焼式香味吸引物品の場合、一態様において、たばこ製品は、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり3mgより多くのコチニンを含む。一態様において、前記たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たりに含まれるコチニンの量は、少なくとも3.5mg、少なくとも4mg、少なくとも4.5mgである。たばこ製品が燃焼式香味吸引物品の場合、一態様において、たばこ製品は、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり少なくとも5mgのコチニンを含む。
【0043】
一態様において、たばこ製品は加熱式香味吸引物品である。「加熱式香味吸引物品」は、たばこ葉を使用し、たばこ葉を燃焼ではなく加熱させ、発生する蒸気(エアロゾル)を吸引するものである。非限定的に、「加熱式香味吸引物品」は一般に、たばこ含有セグメントと、周上に穿孔を有する筒状の冷却セグメントと、フィルターセグメント、を備える。非燃焼加熱喫煙物品は、たばこ含有セグメント、冷却セグメント及びフィルターセグメント以外にも、他のセグメントを有していてもよい。非燃焼加熱喫煙物品に使用するたばこ葉、刻みたばこ、たばこシート等に、前記たばこ用の組成物を液体として浸み込ませる等により用いてもよい。あるいは、非燃焼加熱喫煙物品を製造する際に、たばこ葉、刻みたばこ、たばこシート等とともに、前記たばこ用の組成物を充填する等により用いてもよい。
【0044】
たばこ製品が非燃焼加熱喫煙物品の場合、一態様において、たばこ製品は、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり少なくとも1mgのコチニンを含む。たばこ製品が非燃焼加熱喫煙物品の場合、一態様において、たばこ製品は、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり1mgより多くのコチニンを含む。一態様において、前記たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たりに含まれるコチニンの量は、少なくとも1.5mg、少なくとも2mg、少なくとも2.5mgである。たばこ製品が非燃焼加熱喫煙物品の場合、一態様において、たばこ製品は、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシートを含み、たばこ葉、刻みたばこ又はたばこシート1g当たり少なくとも3mgのコチニンを含む。
【0045】
一態様において、たばこ製品は、スヌース(snus)であってもよい。スヌースは、「嗅ぎたばこ」とも呼称され、一般には、粉砕したたばこ葉を小袋に入れ、唇と歯茎の間に挟んで使用する。また、最近ではニコチンパウチ又はホワイトスヌースと呼ばれる、たばこ葉を一切使用しない形態のスヌースも登場してきている。これらは一般に、セルロース繊維、樹脂、無機塩などの担持体に、たばこ葉から抽出・単離したニコチンを保持させたものを、たばこ葉のかわりに小袋に封入した形態であり、スヌースの新しい形態として認知されつつある。前記タバコ製品は、ニコチンパウチもスヌースの一つの形態として取り扱う。スヌースは加熱も燃焼もしないため、煙がでないので、「無煙たばこ」とも呼ばれる。通常のスヌースに使用するたばこ葉や、ニコチンパウチの担持体に、前記たばこ用の組成物を液体として浸み込ませる等により用いてもよい。前記たばこ製品は、コチニンを含み、好ましくはニコチンを含まないので、ニコチンパウチは、より適切にはコチニンパウチである。
【0046】
4.コチニンを合成するための原料
一態様において、前記組成物に含まれるコチニンは、ニコチンから合成されたものである。一態様において、前記組成物に含まれるコチニンは、たばこ原料から抽出されたニコチンから合成されたものである。
【0047】
本発明は、コチニンが、ニコチンから合成されたものである、前記組成物、前記E-リキッド、あるいは、前記たばこ製品に関する。本発明は、たばこ原料から抽出されたニコチンから合成されたものである、前記組成物、前記E-リキッド、あるいは、前記たばこ製品に関する。
【0048】
5.コチニンの合成方法
本発明は、また、コチニンの合成方法に関する。前記合成方法は、
(1)たばこ原料から、水による抽出、有機溶媒を用いた1回目の液液分配、酸性水を用いた2回目の液液分配を含む液液分配によりニコチン塩水溶液を得る工程、
(2)ニコチン塩水溶液から遊離ニコチンを分画する工程、そして、
(3)工程(2)で分画されたニコチンからコチニンを合成する工程、
を含む。
【0049】
抽出原体となるたばこ原料は、ニコチンを含有するものであれば特に限定されない。たばこ原料は、ニコチンを含有するたばこであれば、品種・収穫部位・乾燥状態・品質・形状を問わず利用可能である。品種の例としては、通常のシガレット製品に主に用いられているNicotiana属tabacum種(さらにその中でも黄色種、バーレー種などに細分化される)が利用でき、他にはオーラルたばこ製品によく用いられるNicotiana属rustica種、さらには野生種として知られるものではNicotiana属sylvestris種、Nicotiana属tomentosa種などが挙げられるが、ニコチンを含有するNicotiana属であれば利用可能であり、これらに限定されるものでは無い。収穫部位に関しても、たばこ植物体の葉、茎、花、根など、ニコチンを含有するあらゆる部位が利用可能である。
【0050】
通常、たばこ原料は収穫後に乾燥工程を経てたばこ製品製造に利用されているが、本抽出工程においては、水で抽出されるという工程性質から、通常最も高水分な収穫直後の状態(部位が葉の場合、いわゆる生葉と呼ばれる)であっても、乾燥工程を経て低水分な状態(部位が葉の場合、いわゆる乾葉と呼ばれる)であっても、どのような状態でも利用可能である。品質(ここで言及する品質とは、喫煙した際の香喫味が良好であるかという観点からの品質であり、通常高品質な原料ほど高値で取引される)も高品質なものでも低品質なものでも関係無く利用可能である。形状に関して、葉や茎を収穫したままの状態、シガレット製造に使用されるような刻んだ状態、粉末上の粉砕した状態、いずれの状態であっても適用可能である。ただし、抽出効率の観点からは、抽出溶媒である水との接触面積が多いほど好ましいため、ある程度粉末状になっているものが好ましいと言える。
【0051】
一態様において、工程(1)で使用するたばこ材料はたばこ細粉である。
前記コチニンの合成方法の一例を
図1に示す。
たばこから最初にニコチンを抽出する方法は、最も低コストで操作が簡便な、水による浸潤・攪拌抽出が好ましい。抽出工程に使用する水の量は任意の割合に設定することができるが、少なくともたばこ原料全体を浸漬できるだけの量を使用する必要がある。例として、粉末状に粉砕されたたばこ乾葉を原料として使用する場合、粉末の粒度やかさ比重にも依存するが、たばこ原料1gを浸漬するのに必要な水の量は概ね2~5mL程度であるが、抽出効率や後工程の作業性を鑑みて、もっと水の量を増やして抽出しても良い。また、必要に応じて抽出の際に加温しても良い。
【0052】
水抽出後の固液分離は、固体のたばこ原料と水抽出液を分離可能な任意の方法を選択可能である。例として、濾過、遠心分離、デカンテーションなどが挙げられる。また、固液分離後の抽出液は、必要に応じて後工程に供する前に任意の方法で濃縮、又は希釈工程を追加しても良い。
【0053】
次に、たばこの水抽出液からニコチンを精製する。水による抽出後、2回目の液液分配を含む液液分配、即ち、少なくとも2回の液液分配を行い、ニコチン塩水溶液を得る。2回目の液液分配の後に有機溶媒により3回目またはそれ以上の液液分泌を行ってもよい。以下、本明細書において「3回目の液液分配」と記載する場合、4回目以降の液液分配を行う場合も含む。一態様において、有機溶媒を用いた1回目の液液分配及び酸性水を用いた2回目の液液分配、を含む液液分配によりニコチン塩水溶液を得る。
図1は、液液分配を3回行う場合の例である(液液分配A-C)。
【0054】
ニコチンは分子内に窒素原子を2つ有するアルカロイドであり、それら窒素原子の電離状態によって水や有機溶媒への溶解性が大きく変化する性質を持つ。即ち、酸性溶液下においてはニコチン分子の窒素原子は電離した状態であるため有機溶媒への溶解性が低くなるが、塩基性溶液下ではニコチン分子の窒素原子は非電離状態であるため有機溶媒への溶解性が高くなる。このため、液液分配の際に水相のpHを調整することによって、ニコチンの分配を有機相又は水相に選択的に偏らせることが可能である。
【0055】
前記ニコチンの合成方法の一態様において、ニコチンのこの性質を利用して、pH操作による液液分配法を精製に用いてもよい。ニコチンは、たばこ葉中の全アルカロイドの約95%を占めると言われている(非特許文献5)ため、たばこ原料中の全アルカロイドを液液分配で分離すれば、高い純度の粗ニコチンを得ることが可能である。好ましくは、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上の純度の粗ニコチンが得られる。より好ましくは、95%前後の純度の粗ニコチンを得ることが可能である。
【0056】
有機溶媒を用いた1回目の液液分配(及び3回目の液液分配)(
図1の液液分配A(及びC))の工程前に添加する塩基は、水相のpHを塩基性に調整することを目的として添加される。使用する塩基は、水へ溶解するものであれば任意の塩基を用いて良い。例として、金属の水酸化物(水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウムなど)、炭酸塩(炭酸ナトリウム、炭酸カリウムなど)、アンモニアなどが挙げられ、これらを組み合わせても良い。目的pHは、次工程の液液分配においてニコチンが有機相に移行するのに十分なpHに調製する必要があるが、使用する有機溶媒によってニコチンの分配係数が異なること、また水相と有機相の比率にも依存するため、事前に適切な条件を検討しておく必要がある。
【0057】
有機溶媒を用いた1回目の液液分配(及び3回目の液液分配)(
図1の液液分配A(及びC))の工程で使用する有機溶媒は、水と分離する有機溶媒であれば任意のものを使用しうる。有機溶媒は、残留溶媒の安全性を考慮したものを使用することがより好ましい。例えば、医薬品規制調和国際会議(International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use、ICH)が発行している、医薬品製造における残留溶媒のガイドライン(非特許文献18)において、クラス1(医薬品の製造において使用を避けるべき溶媒)に分類されているものは使用を避けるべきであり、クラス2(医薬品製造に使用しても良いが、残留量を規制すべき溶媒)やクラス3(ヒトの健康に及ぼすリスクは低いと考えられる溶媒)を用いる方が好ましい。
【0058】
このような条件を満たす溶媒として、アニソール、1-ブタノール、酢酸ブチル、tert-ブチルメチルエーテル、クロロベンゼン、クロロホルム、クメン、シクロヘキサン、1,2-ジクロロエタン、ジクロロメタン、酢酸エチル、ジエチルエーテル、ギ酸エチル、ヘプタン、ヘキサン、酢酸イソブチル、酢酸イソプロピル、メチルブチルケトン、メチルシクロヘキサン、メチルイソブチルケトン、2-メチル-1-プロパノール、3-メチル-1-ブタノール、ニトロメタン、ペンタン、1-ペンタノール、酢酸プロピル、1,1,2-トリクロロエタン、テトラリン、トルエン、トリエチルアミン、キシレンなどが挙げられる。さらに、液液分配後には溶媒を留去する工程が入る場合には、沸点が高い溶媒は溶媒留去に必要なエネルギー効率が悪いため、ある程度沸点が低い溶媒、例えば水の沸点である100℃より低い沸点を持つ溶媒を使用することがより好ましい。このような条件を満たす溶媒として、tert-ブチルメチルエーテル、クロロホルム、シクロヘキサン、1,2-ジクロロエタン、ジクロロメタン、酢酸エチル、ジエチルエーテル、ギ酸エチル、ヘプタン、ヘキサン、酢酸イソプロピル、ペンタン、1,1,2-トリクロロエタン、トリエチルアミンなどが挙げられる。
【0059】
一態様において、工程(1)の1回目の液液分配に、有機溶媒としてヘキサン又は酢酸エチルを用いてもよい。一態様において、工程(1)の1回目の液液分配及び/又は3回目の液液分配に、有機溶媒としてヘキサン又は酢酸エチルを用いてもよい。1回目の液液分配と3回目の液液分配に使用する有機溶媒は同一であっても異なっていてもよい。
【0060】
一態様において、工程(1)の1回目の液液分配において、水相のpHを9-13、好ましくは、10~12、より好ましくは約11に調整する。一態様において、工程(1)の1回目の液液分配において、水相のpHは10以上である。一態様において、工程(1)の3回目の液液分配におけるpHの範囲は、上述した工程(1)の1回目の液液分配のpHの範囲と同様である。1回目の液液分配と3回目の液液分配の水相のpHは同一であっても異なっていてもよい。
【0061】
液液分配には様々な種類の有機溶媒を使用可能である。液液分配において、一般的に有機化合物の有機相と水相の分配比は有機溶媒ごとに異なる。一態様において、工程(1)の1回目の液液分配において、有機相の水相に対する比は1以上である。一態様において、工程(1)の1回目の液液分配において、有機相の水相に対する比は1.2以上、1.5以上である。一態様において、工程(1)の1回目の液液分配において、水相:有機相は、約2:3の割合である。一態様において、工程(1)の3回目の液液分配における、有機相の水相に対する比の範囲は、上述した工程(1)の1回目の液液分配の、有機相の水相に対する比の範囲と同様である。1回目の液液分配と3回目の液液分配における水相:有機相の割合は、同一であっても異なっていても良い。
【0062】
工程(1)の1回目の液液分配及び/又は3回目の液液分配のそれぞれの液液分配において、有機相による水相の抽出回数は特に限定されない。一態様において、工程(1)の1回目の液液分配において、有機相で水相を少なくとも2回抽出する、一態様において、水相:有機相=2:3の割合で、有機相で水相を少なくとも2回抽出する。一態様において、工程(1)の1回目の液液分配及び/又は3回目の液液分配において、有機相で水相を少なくとも2回抽出する、一態様において、工程(1)の1回目の液液分配及び/又は3回目の液液分配において、水相:有機相=2:3の割合で、有機相で水相を少なくとも2回抽出する。
【0063】
非限定的に、有機溶媒を用いた1回目の液液分配で分離した有機相(
図1の有機相1)を、2回目の液液分配(
図1の液液分配B)に供する前に任意の方法で濃縮又は希釈しても良い。
【0064】
酸性水を用いた2回目の液液分配(
図1の液液分配B)で使用する酸性水は、有機相に溶解しているニコチンを中和して水相に移行させる目的で使用される。酸性水の調製には任意の酸を用いて良い。酸性度が強い強酸の方がニコチンの水相への移行率が高いと想定されるためより好ましい。使用する強酸の例としては、ヨウ化水素、過塩素酸、臭化水素、塩化水素、硫酸、硝酸などが挙げられる。
【0065】
ニコチンは弱塩基性化合物であるため、液液分配の際、完全に中和されたイオン状態のニコチンはほぼ全量が水相に移行すると考えられるため、理論的には有機相1に存在するニコチンを全量中和することが可能なだけの酸のモル濃度が要求される。一態様において、工程(1)の2回目の液液分配において、有機相に含まれるニコチンを完全に中和することができるモル濃度の酸を含む水相を用いる。
【0066】
一態様において、工程(2)においてニコチン塩水溶液のpHのpHを9-13、好ましくは、10~12、より好ましくは約11に調整してから、3回目(またはそれ以上)の液液分配(有機溶媒による液液分配)に供してもよい。一態様において、工程(2)において、ニコチン塩水溶液のpHを10~12に調整した後に有機溶媒で液液分配を行うことによって遊離ニコチンを得る。
【0067】
3回目の液液分配の結果得られる有機相に対して、必要に応じて次工程の前に任意の脱水操作を追加しても良い。有機溶媒を脱水する方法として、飽和食塩水による液液分配、モレキュラーシーブや無水硫酸ナトリウム、無水硫酸マグネシウムなどの乾燥剤に接触させる、等の方法が挙げられる。
【0068】
3回目の液液分配の有機相3から溶媒を除去して粗ニコチンを得る工程は、任意の方法を選択することができる。例えば、減圧濃縮、蒸留、クロマトグラフィーなどが挙げられる。
【0069】
なお、工程(1)において3回目の液液分配を行わない場合、2回目の液液分配(
図1の液液分配B)で抽出された水相から任意の方法でニコチンを単離してもよい。一様態において、イオン交換クロマトグラフィーを用いてニコチンを単離してもよい。一様態において、工程(2)においてニコチン塩水溶液を塩基性に調整して遊離させたニコチンを、直接蒸留して単離してもよい。一態様において、工程(2)において、ニコチン塩水溶液のpHを10~12に調整した後に、蒸留によって遊離ニコチンを得る。
【0070】
ニコチンを基質としてコチニンを合成する反応、又は部分構造が共通しておりニコチンにも適用できる可能性がある合成反応は、以下の通りいくつか報告がある。
-ニコチンに対する臭素の付加・脱離を伴う多段階反応(非特許文献11);
【0071】
【0072】
-鉄触媒と過酸エステルを用いて三級アミンを酸化する反応(非特許文献12);
【0073】
【0074】
あるいは、
-フェリシアン化カリウムを酸化剤として、一段階の反応でニコチンをコチニンへと酸化する方法(非特許文献13)。
【0075】
【0076】
工程(3)において、ニコチンからのコチニンの合成方法は特に限定されず、公知の方法を使用しうる。非限定的に、以下の方法が使用されうる。
(i)フェリシアン化カリウムを酸化剤として、一段階の反応でニコチンをコチニンへと酸化する方法(非特許文献13);
(ii)鉄触媒と過酸エステルを用いて三級アミンを酸化する反応(非特許文献12);あるいは、
(iii)ニコチンに対する臭素の付加・脱離を伴う多段階反応(非特許文献11)。
【0077】
(iii)の方法による収率は50%程度と報告されており、コチニンを工業的に合成する方法としては十分適用可能なレベルであると考えられる。一方で、留意すべき事項として、文献中で推定されている反応中間体の推定構造を考えると、天然型の(S)-ニコチンを基質とした場合にラセミ化が起こると想定されるため、ラセミ体のコチニンが生成してしまう可能性がある。
【0078】
(ii)の方法は、過酸エステルを酸化剤として三級アミンのα位にカルボニル酸素を導入する反応を利用する。ニコチンもピロリジン環の部分構造がその三級アミンの条件に合致するため、本文献で報告されている反応が進行する可能性は十分考えられる。ニコチンを基質とした場合の最適な反応条件を適用すれば、反応条件自体は穏和な条件であるため、本反応によってコチニンを工業的に合成できると考えられる。
【0079】
(i)の方法は、フェリシアン化カリウムを酸化剤としてニコチンからコチニンを合成する反応を利用する。収率は30~40%程度と(iii)の方法よりやや低いが、この方法の最大の利点は、水溶媒で反応が進行するため高度な有機合成の設備が無くても実施可能である点、及び酸化剤のフェリシアン化カリウムを塩素ガスによって再生することによって再利用することができる点である。このため、フェリシアン化カリウムを酸化剤として、一段階の反応でニコチンをコチニンへと酸化する方法は、上記公知の方法の中で、コチニンを工業的に合成するのに最も適した反応であると考えられる。
【0080】
好ましくは、(i)-(iii)のいずれか1項に記載の方法、即ち、フェリシアン化カリウム、過酸エステル又は臭素のいずれかを用いて、ニコチンのピロリジン環にカルボニル基を導入することにより、ニコチンからコチニンを合成する方法である。より好ましくは、(i)の方法、即ち、フェリシアン化カリウムを用いて、ニコチンのピロリジン環にカルボニル基を導入することにより、ニコチンからコチニンを合成する方法である。
【実施例0081】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。当業者は本明細書の記載に基づいて容易に本発明に修飾・変更を加えることができ、それらは本発明の技術的範囲に含まれる。
【0082】
実施例1 コチニンの定性的な官能評価(E-リキッド)
コチニンがたばこ製品の官能に与える効果を定性的に評価するため、最初に電子たばこ用リキッド(本明細書中、「E-リキッド」と呼称する場合がある)を用いて定性的な官能評価を実施した。電子たばこ用リキッドを用いた理由としては、電子たばこ用リキッドにはたばこ葉を使用していないため、シガレットや加熱式たばこのようなたばこ葉を使用している製品と比較して夾雑成分が少なく、コチニンが官能に与える効果を評価しやすいためである。
【0083】
表1のE-リキッドレシピに示す組成のE-リキッドをそれぞれ調製した。香料はLogic Compactの製品で最も多く使用されているたばこタイプの香料を使用した。表1中のPG及びGLは、E-リキッドで最もよく使用される溶媒であるプロピレングリコール及びグリセリンを意味する。また、コチニンはシグマアルドリッチ社の試薬(P/N:C5923)を使用した。調製したE-リキッドについて、欧州で市販されているLogic Compactデバイス(販売サイト:https://logicvapes.co.uk/about/compact)を用いて定性的な官能評価を実施した。評価パネルは日常的にE-リキッドの開発及び官能評価に従事しているエキスパートパネリスト3名で構成し、コメントを自由に記述してもらう形式で実施した。評価したサンプルの組成と評価結果を表1に示す。
【0084】
表1 E-リキッドにおけるニコチン定性評価結果
【0085】
【0086】
評価の結果、Reference Aからはニコチン由来の口腔や喉におけるチリチリとした香喫味阻害感があるというコメントが得られたが、コチニンを配合したLotではいずれも、そのような香喫味阻害感は検出されなかった。一方で、ニコチンの持つ香喫味阻害感とは異なる独特の体性感覚が、コチニンを配合した全Lotにおいて発現していることが確認された。評価後に評価パネリスト間で議論した結果、上記のコチニン由来の独特の体性感覚は、たばこ製品における香喫味の構成要素として好ましいものであり、統合して「感覚的なエアロゾル量」と表現するのが相応しいと結論付けられたため、この表現を用いることとした。以後、本発明ではコチニンによって発現する独特の体性感覚を「感覚的なエアロゾル量」と表記する。
【0087】
ニコチンの持つ口腔や喉における香喫味阻害感は、消費者から「インパクト」や「キック感」と表現されることが多く、たばこの香喫味においてそれらは適度な強度であれば好ましく感じる消費者はある程度存在するものの、強すぎる場合は多くの消費者から忌避される要因となる。そのような強い香喫味阻害感を忌避する嗜好を持つ消費者からは、香喫味阻害感以外の香喫味の要素は担保しつつ香喫味阻害感は弱い方が好ましい、という意見が出ることが多い。今回の官能評価で確認された、香喫味阻害感を出さずに感覚的なエアロゾル量が向上するというコチニンの官能特性は、このような消費者のニーズに対する技術解として非常に有用であると考えられる。
【0088】
一方、コチニン自体が持つ香りキャラクターとして、smokey、oily、phenolicという香りコメントがLot1-1及び1-2において検出されている。コチニンとともにたばこタイプの香料も配合しているLot1-3、1-4において、それらの香りキャラクターが香料の香りキャラクターと合わさってシガレット様の好ましい香喫味に感じられていることから、コチニン自体が持つsmokey、oily、phenolicと表現された香りキャラクターによってE-リキッドの香喫味が著しく損なわれているわけではなく、むしろ相性の良い香料を選択することによって、相乗効果により好ましい香りキャラクターを発現し得る可能性があると言える。
【0089】
実施例2 コチニンの効果が発現する濃度下限の検証(E-リキッド)
実施例1で確認された感覚的なエアロゾル量向上効果について、これらの効果がE-リキッドにおいて発現するコチニンの濃度下限の検証を行った。濃度下限を「統計的有意に効果を知覚し得る濃度」と定義し、官能評価によって検証することとした。
【0090】
コチニンを配合していない水準であるReference、コチニンの濃度を振った各Lotをサンプルとして、表2のE-リキッドレシピに示す組成の通りのE-リキッドをそれぞれ調製し、先述のLogic Compactデバイスを用いて官能評価を実施した。評価パネルは日常的にE-リキッドの開発や官能評価に従事している8名のエキスパートパネリストで構成した。Referenceと各Lot間で感覚的なエアロゾル量の強弱を比較してもらい、どちらの感覚的なエアロゾル量の方が強いかを強制二者択一式で回答する形式で実施した。
【0091】
得られた結果に対して二項検定を用いて統計解析を実施した。二項検定における統計学的有意水準αは一般的によく使用されている0.05に設定した。帰無仮説H0を「Referenceとサンプルを選ぶ確率は等しい」と設定すると、この帰無仮説の下では8人に調査した時に「サンプルの感覚的なエアロゾル量の方が強いと答える人数」は二項分布B(8,0.5)に従う。この帰無仮説の下で「サンプルの感覚的なエアロゾル量の方が強い」と回答する人数が今回の結果以上の人数となる確率p値を算出した。二項検定の結果を表2に示す。
【0092】
表2 E-リキッドサンプル組成と二項検定結果
【0093】
【0094】
コチニンを0.005重量%配合したLot2-1におけるp値は0.363であったため、いずれもの水準においても有意水準5%で帰無仮説は棄却されない。即ち、コチニンを配合していないReferenceに対して、0.005重量%以下の濃度では統計的有意にコチニンの感覚的なエアロゾル量向上効果が知覚されているとは言えない。
【0095】
一方、コチニンをそれぞれ0.02、0.05、0.1、0.3重量%配合したLot2-2、2-3、2-4、2-5におけるp値はそれぞれ0.035、0.004、0.004、0.004であったため、両者とも有意水準5%で帰無仮説が棄却される。さらに、Lot2-3、2-4、2-5においてはより厳しい判定基準である有意水準1%においても帰無仮説が棄却される。即ち、コチニンを配合していないReferenceに対して、0.02重量%以上の濃度において統計的有意にコチニンの感覚的なエアロゾル量向上効果が知覚されているといえる。
【0096】
以上の結果から、E-リキッドにおいてコチニンの感覚的なエアロゾル量向上効果を有意に知覚し得る濃度下限はLot2-1と2-2の間、即ち0.005重量%より大きく0.02重量%未満の濃度であると推測される。
【0097】
実施例3 コチニンの定性的な官能評価(シガレット)
実施例1、2ではE-リキッドにおいてコチニンが香喫味に与える影響を検証した。本実施例ではたばこ製品として最も広く使用されている形態であるシガレットにおいて、コチニンをたばこ刻に添加し、香喫味に与える影響の検証を行った。なお、添加するベースとなるシガレットは、市販のメビウス・スーパーライトを使用した。
【0098】
コチニンの200mg/mLエタノール溶液を調製し、マイクロシリンジを用いてシガレット1本あたり14μLをたばこ刻部に注入したシガレットサンプルを作成した。このとき、メビウス・スーパーライトの1本当たりのたばこ刻充填量は平均0.560gの設計であるため、たばこ刻1gに対して約5mgのコチニンを添加したことになる。一方、Referenceには同量のエタノールを注入した。コチニン溶液及びエタノール溶液注入後のサンプルは、溶媒のエタノールを揮発させる目的で20時間程度静置してから、喫煙による官能評価に供した。評価パネルは日常的にたばこ香料の開発及び官能評価に従事しているエキスパートパネリスト3名で構成し、評価サンプルとReference間の香喫味を比較してコメントを自由に記述してもらう形式で実施した。
【0099】
評価の結果、コチニンを添加したサンプルからはコチニン由来の独特の体性感覚がReferenceより強いというコメントが得られ、評価後に評価パネリスト間で議論した結果、上記のコチニン由来の独特の体性感覚は、E-リキッドの評価の際と同様に、たばこ製品における香喫味の構成要素として好ましいものであり、統合して「感覚的なエアロゾル量」と表現するのが相応しいと結論付けられたた。以上の結果から、シガレットにおいても、E-リキッドと同様にコチニンの「感覚的なエアロゾル量」向上効果が確認された。
【0100】
一方、コチニンを添加したサンプルの方が、口腔や喉で感じる香喫味阻害感がReferenceよりも低減されているというコメントも得られた。これは、実施例1のE-リキッドの評価の際には出てこなかったコメントであり、シガレットのようにたばこ葉自体が持つ香喫味阻害感という性質がコチニンによって抑制されていると推察される。先述のようにたばこ製品における強い香喫味阻害感を忌避する消費者は多く、このコチニンの香喫味阻害感の抑制効果はそのような消費者の嗜好に対して好ましい効果であると言える。
【0101】
一方、E-リキッドを使用した実施例1においてはコチニン自体が持つ香りキャラクターに対するコメントが得られたが、シガレットを使用した本実施例においては、特に香りキャラクターに対するコメントは得られなかった。理論に拘束されるわけではないが、E-リキッドとは異なりシガレットにおいては、ベースのたばこ葉由来の香喫味が強いため、E-リキッドよりコチニン自体が持つ香りキャラクターが全体の香喫味に対して与える影響が小さかったためと考えられる。
【0102】
実施例4 コチニンの効果が発現する添加量下限の検証(シガレット)
実施例3で確認された感覚的なエアロゾル量向上効果ならびに香喫味阻害感の抑制効果について、これらの効果がシガレットにおいて発現するコチニンの添加量下限の検証を行った。添加量下限を「統計的有意に効果を知覚し得る添加量」と定義し、官能評価によって検証することとした。ベースとなるシガレットは、市販のメビウス・スーパーライトを使用し、コチニンを添加していないシガレットをReference、コチニンの添加量を振った各Lotをサンプルとして評価を実施した。
【0103】
実施例3と同様にコチニンの200mg/mLエタノール溶液を調製し、表3に示す通りのコチニン添加量となるように、マイクロシリンジを用いてシガレットのたばこ刻にコチニン溶液をそれぞれ注入し、Referenceには各Lotと同量のエタノールを注入した。注入後、溶媒のエタノールを揮発させる目的で20時間程度静置してから、喫煙による官能評価を実施した。評価パネルは日常的にたばこ香料の開発や官能評価に従事している9名のエキスパートパネリストで構成した。Referenceと各Lot間で感覚的なエアロゾル量及び香喫味阻害感(口腔や喉で感じる香喫味阻害感と定義した)の強弱を比較してもらい、Referenceとサンプルのどちらが強いかを強制二者択一式で回答する形式で実施した。
【0104】
得られた結果に対して二項検定を用いて統計解析を実施した。二項検定における統計学的有意水準αは一般的によく使用されている0.05に設定した。帰無仮説H0を「Referenceとサンプルを選ぶ確率は等しい」と設定すると、この帰無仮説の下では9人に調査した時に「サンプルの感覚的なエアロゾル量の方が強いと答える人数」、ならびに「Referenceの香喫味阻害感の方が強いと答える人数」は二項分布B(9,0.5)に従う。この帰無仮説の下で「サンプルの感覚的なエアロゾル量の方が強い」と回答する人数が今回の結果以上の人数となる確率p1値、ならびに「Referenceの香喫味阻害感の方が強い」と回答する人数が今回の結果以上の人数となる確率p2値を算出した。二項検定の結果を表3に示す。
【0105】
表3 シガレットサンプル一覧と二項検定結果
【0106】
【0107】
まず、感覚的なエアロゾル量向上効果に関して考察する。コチニンをたばこ刻1g当たりそれぞれ1、3mg添加したLot3-1及び3-2におけるp1値は0.254、0.254であったため、いずれもの水準においても有意水準5%で帰無仮説は棄却されない。即ち、コチニンを配合していないReferenceに対して、たばこ刻1g当たり1、3mg以下の添加量では統計的有意にコチニンの感覚的なエアロゾル量向上効果が知覚されているとは言えない。
【0108】
一方、コチニンをたばこ刻1g当たりそれぞれ5、7mg添加したLot3-3及び3-4におけるp1値は0.020、0.020であったため、両者とも有意水準5%で帰無仮説が棄却される。即ち、コチニンを配合していないReferenceに対して、たばこ刻1g当たり5mg以上の添加量において統計的有意にコチニンの感覚的なエアロゾル量向上効果が知覚されているといえる。
【0109】
以上の結果から、シガレットにおいてコチニンの感覚的なエアロゾル量向上効果を有意に知覚し得る添加量下限はLot3-2と3-3の間、即ちたばこ刻1g当たり3mgより大きく5mg未満の添加量であると推測される。
【0110】
次に、香喫味阻害感の抑制効果に関して考察する。コチニンをたばこ刻1g当たりそれぞれ1、3mg添加したLot3-1及び3-2におけるp2値は0.500、0.254であったため、いずれもの水準においても有意水準5%で帰無仮説は棄却されない。即ち、コチニンを配合していないReferenceに対して、たばこ刻1g当たり3mg以下の添加量では統計的有意にコチニンの香喫味阻害感の抑制効果が知覚されているとは言えない。
【0111】
一方、コチニンをたばこ刻1g当たりそれぞれ5、7mg添加したLot3-3及び3-4におけるp2値は0.020、0.020であったため、両者とも有意水準5%で帰無仮説が棄却される。即ち、コチニンを配合していないReferenceに対して、たばこ刻1g当たり5mg以上の添加量において統計的有意にコチニンの香喫味阻害感の抑制効果が知覚されているといえる。
【0112】
以上の結果から、シガレットにおいてコチニンの香喫味阻害感の抑制効果を有意に知覚し得る添加量下限はLot3-2と3-3の間、即ちたばこ刻1g当たり3mgより大きく5mg未満の添加量であると推測される。
【0113】
実施例5 コチニンの定性的な官能評価(加熱式たばこ)
実施例1、2では電子たばこにおいて、実施例3、4ではシガレットにおいて、コチニンが香喫味に与える影響を検証した。本実施例では、近年急速に普及しつつある形態である非燃焼式の加熱式たばこにおいて、コチニンをたばこスティックに添加し、香喫味に与える影響の検証を行った。なお、添加するベースとなるたばこスティックは、市販のメビウス・レギュラー・プルーム・エス用を使用し、加熱デバイスはプルーム・エス2.0を使用した。
【0114】
コチニンの200mg/mLエタノール溶液を調製し、マイクロシリンジを用いてたばこスティック1本あたり6.4μLをたばこ刻部に注入したたばこスティックサンプルを作成した。このとき、メビウス・レギュラー・プルーム・エス用の1本当たりのたばこ刻充填量は平均0.254gの設計であるため、たばこ刻1gに対して約5mgのコチニンを添加したことになる。一方、Referenceには同量のエタノールを注入した。コチニン溶液及びエタノール注入後のサンプルは溶媒のエタノールを揮発させる目的で20時間程度静置してから、官能評価に供した。評価パネルは日常的にたばこ香料の開発及び官能評価に従事しているエキスパートパネリスト3名で構成し、評価サンプルとReference間の香喫味を比較してコメントを自由に記述してもらう形式で実施した
評価の結果、コチニンを添加したサンプルからはコチニン由来の独特の体性感覚がReferenceより強いというコメントが得られ、評価後に評価パネリスト間で議論した結果、上記のコチニン由来の独特の体性感覚は、E-リキッドやシガレットの評価の際と同様に、たばこ製品における香喫味の構成要素として好ましいものであり、統合して「感覚的なエアロゾル量」と表現するのが相応しいと結論付けられたた。以上の結果から、加熱式たばこにおいても、E-リキッド、シガレットと同様にコチニンの「感覚的なエアロゾル量」向上効果が確認された。
【0115】
一方、コチニンを添加したサンプルの方が、口腔や喉で感じる香喫味阻害感がReferenceよりも低減されているというコメントも得られた。これは、実施例3~4のシガレットの評価の際にも出てきたコメントである。シガレットと同様に、加熱式たばこにおいてもたばこ葉自体が持つ香喫味阻害感という性質がコチニンによって抑制されていると推察される。加熱式たばこ製品においても、強い香喫味阻害感を忌避する消費者は多く、このコチニンの香喫味阻害感の抑制効果はそのような消費者の嗜好に対して好ましい効果であると言える。
【0116】
一方、E-リキッドを使用した実施例1においてはコチニン自体が持つ香りキャラクターに対するコメントが得られたが、実施例3~4のシガレットの場合と同様に加熱式たばこを使用した本実施例においても、特に香りキャラクターに対するコメントは得られなかった。理論に拘束されるわけではないが、加熱式たばこにおいても、ベースのたばこ葉由来の香喫味が強いため、コチニン自体が持つ香りキャラクターが全体の香喫味に対して与える影響が小さかったためと考えられる。
【0117】
実施例6 コチニンの効果が発現する添加量下限の検証(加熱式たばこ)
実施例5で確認された感覚的なエアロゾル量向上効果ならびに香喫味阻害感抑制効果について、これらの効果が加熱式たばこにおいて発現するコチニンの添加量下限の検証を行った。添加量下限を「統計的有意に効果を知覚し得る添加量」と定義し、官能評価によって検証することとした。ベースとなるたばこスティックは、市販のメビウス・レギュラー・プルーム・エス用を使用し、加熱デバイスはプルーム・エス2.0を使用した。コチニンを添加していないたばこスティックをReference、コチニンの添加量を振った各Lotをサンプルとして評価を実施した。
【0118】
実施例5と同様にコチニンの200mg/mLエタノール溶液を調製し、表4に示す通りのコチニン添加量となるように、マイクロシリンジを用いてたばこスティックのたばこ刻にコチニン溶液をそれぞれ注入し、Referenceには各Lotと同量のエタノールを注入した。注入後、溶媒のエタノールを揮発させる目的で20時間程度静置してから、喫煙による官能評価を実施した。評価パネルは日常的にたばこ香料の開発や官能評価に従事している11名のエキスパートパネリストで構成した。Referenceと各Lot間で感覚的なエアロゾル量及び香喫味阻害感(口腔や喉で感じる香喫味阻害感と定義した)の強弱を比較してもらい、Referenceとサンプルのどちらが強いかを強制二者択一式で回答する形式で実施した。
【0119】
得られた結果に対して二項検定を用いて統計解析を実施した。二項検定における統計学的有意水準αは一般的によく使用されている0.05に設定した。帰無仮説H0を「Referenceとサンプルを選ぶ確率は等しい」と設定すると、この帰無仮説の下では11人に調査した時に「サンプルの感覚的なエアロゾル量の方が強いと答える人数」、ならびに「Referenceの香喫味阻害感の方が強いと答える人数」は二項分布B(11,0.5)に従う。この帰無仮説の下で「サンプルの感覚的なエアロゾル量の方が強い」と回答する人数が今回の結果以上の人数となる確率p1値、ならびに「Referenceの香喫味阻害感の方が強い」と回答する人数が今回の結果以上の人数となる確率p2値を算出した。二項検定の結果を表4に示す。
【0120】
表4 加熱式たばこサンプル一覧と二項検定結果
【0121】
【0122】
まず、感覚的なエアロゾル量向上効果に関して考察する。コチニンをたばこ刻1g当たり1mg添加したLot4-1におけるp1値は0.500であったため、有意水準5%で帰無仮説は棄却されない。即ち、コチニンを配合していないReferenceに対して、たばこ刻1g当たり1mg以下の添加量では統計的有意にコチニンの感覚的なエアロゾル量向上効果が知覚されているとは言えない。
【0123】
一方、コチニンをたばこ刻1g当たりそれぞれ3、5、7mg添加したLot4-2、4-3及び4-4におけるp1値は0.033、0.033、0.033であったため、いずれの水準においても有意水準5%で帰無仮説が棄却される。即ち、コチニンを配合していないReferenceに対して、たばこ刻1g当たり3mg以上の添加量において統計的有意にコチニンの感覚的なエアロゾル量向上効果が知覚されているといえる。
【0124】
以上の結果から、加熱式たばこにおいてコチニンの感覚的なエアロゾル量向上効果を有意に知覚し得る添加量下限はLot4-1と4-2の間、即ちたばこ刻1g当たり1mgより大きく3mg未満の添加量であると推測される。
【0125】
次に、香喫味阻害感の抑制効果に関して考察する。コチニンをたばこ刻1g当たり1mg添加したLot4-1におけるp2値は0.113であったため、有意水準5%で帰無仮説は棄却されない。即ち、コチニンを配合していないReferenceに対して、たばこ刻1g当たり1mg以下の添加量では統計的有意にコチニンの感覚的なエアロゾル量向上効果が知覚されているとは言えない。
【0126】
一方、コチニンをたばこ刻1g当たりそれぞれ3、5、7mg添加したLot4-2、4-3及び4-4におけるp2値は0.033、0.033、0.006であったため、いずれの水準においても有意水準5%で帰無仮説が棄却される。即ち、コチニンを配合していないReferenceに対して、たばこ刻1g当たり3mg以上の添加量において統計的有意にコチニンの感覚的なエアロゾル量向上効果が知覚されているといえる。
【0127】
以上の結果から、加熱式たばこにおいてコチニンの香喫味阻害感の抑制効果を有意に知覚し得る添加量下限はLot4-1と4-2の間、即ちたばこ刻1g当たり1mgより大きく3mg未満の添加量であると推測される。
【0128】
実施例1-6のまとめ
実施例1~6の結果より、コチニンがたばこ製品の香喫味に与える影響として、感覚的なエアロゾル量向上効果、及び香喫味阻害感の抑制効果が認められた。
【0129】
感覚的なエアロゾル量向上効果は、E-リキッド、シガレット、加熱式たばこの全ての形態で効果が認められており、さらに実施例1のLot1-1や1-2のようにPGとGL以外に何も夾雑成分が存在しないLotにおいても効果が発現することから、コチニンという化合物自体が持つ官能特性であると結論付けられる。
【0130】
香喫味阻害感の抑制効果は、実施例3~4のシガレット、及び実施例5~6の加熱式たばこの形態において効果が認められた。両者に共通している点として、たばこ葉を燃焼又は加熱させて生成されるエアロゾルを口腔内に吸引して使用する機構であるという点が挙げられる。理論に拘束されるわけではないが、このことから、コチニンが香喫味阻害感を抑制するメカニズムとして、以下の2つの可能性が考えられる。
【0131】
-葉たばこ由来の香喫味阻害感成分がエアロゾル中に移行するのをコチニンが阻害している
-葉たばこ由来の香喫味阻害感成分とコチニンは一緒にエアロゾル中に移行され、コチニンが葉たばこ由来成分による香喫味阻害感誘引を阻害している
実施例7 たばこ原料からの粗ニコチン抽出・精製法の開発
7-1 ニコチン抽出・精製工程の設計
本実施例において、コチニン合成の基質とするための粗ニコチンを、効率的かつ低コストで抽出・精製する方法を設計した。
【0132】
たばこ原料からニコチンを抽出して分離するためには、まず何らかの溶媒でニコチンを含むたばこ成分を抽出する必要がある。最も基本的な抽出方法は浸潤・攪拌による方法であるが、その他にも様々な抽出法が報告されている。例えば、エタノール溶媒による熱還流抽出法(非特許文献14)、超音波抽出法(非特許文献15、16)、超臨界抽出法(非特許文献17)などが挙げられる。これらは抽出効率の向上などを目的として様々な工夫を加えていると考えられるものの、特別な装置を必要とするものや、有機溶媒や試薬などが必要となるなど、これらの方法を工業的製造に適用しようとするとコスト面で好ましくない。
【0133】
一方、ニコチンを抽出するための原料は、廃棄されるたばこ原料を活用するのが望ましい。即ち、廃棄されるたばこ原料を利用すれば原料コストがほとんどかからないため、無理に抽出効率を向上させるためのコストがかかってしまうより、抽出効率が高くなくても低コストで簡便な抽出方法が好ましい。このことから、たばこから最初にニコチンを抽出する方法は、最も低コストで操作が簡便な、水による浸潤・攪拌抽出を採用することとした。
【0134】
次に、たばこの水抽出液からニコチンを精製する方法に関して検討した。ニコチンは分子内に窒素原子を2つ有するアルカロイドであり、それら窒素原子の電離状態によって水や有機溶媒への溶解性が大きく変化する性質を持つ。即ち、酸性溶液下においてはニコチン分子の窒素原子は電離した状態であるため有機溶媒への溶解性が低くなるが、塩基性溶液下ではニコチン分子の窒素原子は非電離状態であるため有機溶媒への溶解性が高くなる。このため、液液分配の際に水相のpHを調整することによって、ニコチンの分配を有機相又は水相に選択的に偏らせることが可能である。本実施例では、ニコチンのこの性質を利用して、pH操作による液液分配法を精製に用いることとした。ニコチンは、たばこ葉中の全アルカロイドの約95%を占めると言われている(非特許文献5)ため、たばこ原料中の全アルカロイドを液液分配で分離すれば、95%前後の純度の粗ニコチンを得ることが可能であると想定される。
【0135】
以上の事前検討から、
図1に示すニコチン抽出・精製工程フローを想起した。
抽出原体となるたばこ原料は、ニコチンを含有するものであれば品種・収穫部位・乾燥状態・品質・形状を問わず利用可能である。本実施例7では、Nicotiana属tabacumの大部分を占める黄色種及びバーレー種を用いた。
【0136】
通常、たばこ原料は収穫後に乾燥工程を経てたばこ製品製造に利用されているが、本抽出工程においては、水で抽出されるという工程性質から、通常最も高水分な収穫直後の状態(部位が葉の場合、いわゆる生葉と呼ばれる)であっても、乾燥工程を経て低水分な状態(部位が葉の場合、いわゆる乾葉と呼ばれる)であっても、どのような状態でも利用可能である。品質も高品質なものでも低品質なものでも関係無く利用可能である。形状に関して、葉や茎を収穫したままの状態、シガレット製造に使用されるような刻んだ状態、粉末上の粉砕した状態、いずれの状態であっても適用可能である。本実施例7では、特に明記しない限り、たばこ刻又はたばこ細粉を用いた。
【0137】
抽出工程に使用する水の量は任意の割合に設定することができるが、少なくともたばこ原料全体を浸漬できるだけの量を使用する必要がある。例として、粉末状に粉砕されたたばこ乾葉を原料として使用する場合、粉末の粒度やかさ比重にも依存するが、たばこ原料1gを浸漬するのに必要な水の量は概ね2~5mL程度であるが、抽出効率や後工程の作業性を鑑みて、もっと水の量を増やして抽出しても良い。また、必要に応じて抽出の際に加温しても良い。
【0138】
以下、ニコチン抽出・精製工程のための種々の条件を検討し、さらに、最適化された条件でのニコチン抽出・精製を行った。
7-2 ニコチン抽出・精製工程の条件検討
効率的にニコチンを抽出するために、各工程における詳細な条件検討を実施した。
【0139】
7-2-1 使用試薬、実験方法
特に明記しない限り、実施例7-2の実験で使用した試薬は以下の通りである。
50%水酸化カリウム溶液: 富士フィルム和光純薬株式会社(P/N:168-20455)
硫酸: 富士フィルム和光純薬株式会社(P/N:192-04696)
キノリン: 富士フィルム和光純薬株式会社(P/N:171-00203)
ヘキサン: 富士フィルム和光純薬株式会社(P/N:080-03423)
酢酸エチル: 富士フィルム和光純薬株式会社(P/N:057-03373)
無水硫酸ナトリウム: 富士フィルム和光純薬株式会社(P/N:197-03345)
液液分配は、分液漏斗を使用して実施した。
ニコチン量比較のための内部標準物質としてキノリンを使用した。内部標準液は、キノリンをメスフラスコに100mg秤量し、ヘキサンで100mLに定容して調製した。
【0140】
液液分配後の有機相の分析にはガスクロマトグラフィー(GC)を使用した。分離カラムの出口から2wayスプリッターに接続して2流路に分岐させ、FIDとMSDの2種類の検出器に接続して同時に測定した。GC測定条件、解析方法は以下の通りである。
【0141】
(1)GC条件
装置: Agilent 8890 GCシステム(2wayスプリッターG3180B搭載)
注入量: 1μL
注入口条件: スプリット10:1、250℃
オーブン条件: 40℃(2分)-20℃/分-250℃(27.5分)
キャリアガス: He
スプリッター分配比: FID:MSD=1:1
カラム1(注入口~スプリッター)
使用カラム: Agilent DB-FFAP 30m×0.25mm×0.25μm (P/N 122-3232)
制御モード: コンスタントプレッシャー(20.849psi)
カラム2(スプリッター~FID)
使用カラム: Agilent Inert Fused Silica,0.54m×0.15mm
制御モード: コンスタントプレッシャー(4psi)
カラム3(スプリッター~MSD)
使用カラム: Agilent Inert Fused Silica,1.42m×0.15mm
制御モード: コンスタントプレッシャーモード(4psi)
トランスファーライン温度: 250℃
検出器1(FID)
温度:250℃
ガス流量: H2 30mL/分、Air 400mL/分、N2 30mL/分
検出器2(MSD)
装置: Agilent 5977B GC/MSDシステム
測定モード: EI Scanモード
溶媒待ち時間: 5分
イオン源温度: 230℃
四重極温度: 150℃
スキャン範囲: 40-550amu
(2)GCサンプル調製方法
特に記載が無い限り、GCサンプルには内部標準液を添加している。サンプル液と内部標準液を体積比1:1で混和し、GCサンプルとした。
【0142】
(3)ニコチン相対抽出量の算出方法
TICクロマトグラムからニコチンのターゲットイオン(m/z 162)、及びキノリンのターゲットイオン(m/z 129)を抽出したイオンクロマトグラムをそれぞれ作成し、ニコチンのエリア面積(保持時間10.8分)をキノリンのエリア面積(保持時間11.3分)で除した値をサンプル中のニコチン相対量とした
(4)ニコチン相対純度の算出方法
FIDクロマトグラムにおいて、検出された全ピークのエリア面積の合計から溶媒由来のピーク(保持時間0.00~5.00分)及びキノリンのエリア面積(保持時間11.3分)を差し引き、その値でニコチンのエリア面積(保持時間10.8分)を除した値を百分率に換算し、サンプル中のニコチン相対純度として算出した
7-2-2 液液分配で使用する有機溶媒の検討
7-1に記載の通り、液液分配には様々な種類の有機溶媒を使用可能である。液液分配において、一般的に有機化合物の有機相と水相の分配比は有機溶媒ごとに異なるが、その分配比は有機溶媒の極性と密接な関係がある。そこで、本実施例では、代表的な有機溶媒を用いて、ニコチン抽出効率の違いを検証することとした。
【0143】
極性が低い有機溶媒の代表として、食用油の製造などでよく利用されており、入手が容易なヘキサンを選定した。一方、極性が高い有機溶媒の代表として、塗料の溶剤や香料成分としてもよく用いられる酢酸エチルを選定した。これらの有機溶媒を用いて、液液分配Aにおけるニコチン抽出効率の違いを検証した。
【0144】
抽出されるたばこ原料として、最もシガレットに使用されるたばこ葉の種類である黄色種のたばこ刻を使用した。黄色種たばこ刻を10g秤量し、70mLの水を用いて25分間、65℃で攪拌抽出した。抽出後、不織布を用いて濾過を行い、抽出液を得た。得られた抽出液に50重量%水酸化カリウム水溶液を少量添加してpHを11に調整した。pH調整後の液を、ヘキサン又は酢酸エチルを用いて、水相:有機相=2:1の体積比で1回抽出を行い、有機相1を得た。得られたヘキサン又は酢酸エチルの有機相1を無水硫酸ナトリウムで乾燥後、内部標準液と体積比1:1で混和した後、ニコチン抽出量と純度を調べるためにGC分析に供した。
【0145】
GC分析の結果、ニコチンの相対抽出量は、ヘキサン抽出液のニコチン量を100とした時、酢酸エチル抽出液のニコチン相対量は139.3であった。この結果から、ニコチンの抽出効率の観点では酢酸エチルのような極性溶媒を使用する方が好ましいと言える。ニコチン自体が水に溶けやすい物質であり、疎水性溶媒を用いた場合は有機相への分配比がやや低くなるためと考えられる。
【0146】
一方、各抽出液のニコチン相対純度はそれぞれ92.5%、96.6%であった。この結果から、ヘキサンのような疎水性溶媒を使用する方が、夾雑物質が少なくニコチンの純度の観点からは好ましいと言える。
【0147】
以上の結果から、使用する有機溶媒は、抽出効率と純度の両方の観点を考慮しながら目的や状況に応じて選定される必要がある。本実施例においては、抽出原体のたばこ原料は廃棄物を利用するので、水抽出液を低コストで作成することが可能であるため、抽出効率よりも純度を優先させるほうが好ましい。以降の実施例では低極性溶媒であるヘキサンを用いることとした。
【0148】
7-2-3 液液分配におけるpHの影響検証
液液分配A及びCでは水相のpHを塩基性に調整して分液操作を実施するが、水相のpHがニコチン分配比に与える影響を検証した。
【0149】
黄色種たばこ刻を10g秤量し、70mLの水を用いて25分間、65℃で攪拌抽出した。抽出後、不織布を用いて濾過を行い、抽出液を得た。得られた抽出液のpHを測定したところ、pH5.0であった。抽出液に50重量%水酸化カリウム水溶液を少量ずつ添加して、pHを7.0、8.0、9.0、10.0、11.0にそれぞれ調整した各水相を得た。それぞれpH5.0(無調整)、7.0、8.0、9.0、10.0、11.0の液を、ヘキサンを用いて水相:有機相=2:1の体積比で1回抽出を行い、有機相1を得た。得られた有機相1を無水硫酸ナトリウムで乾燥後、内部標準液と体積比1:1で混和した後、ニコチン抽出量を調べるためGC分析に供した。
【0150】
GC分析の結果、ニコチンの相対抽出量は、最も含量が多かったpH11.0の水準のニコチン量を100とした時、pH5.0、7.0、8.0、9.0、10.0の水準のニコチン相対量はそれぞれ0.01、10.5、43.3、83.3、99.4であった。この結果から、pHが10~11程度でニコチンの抽出効率はほぼ上限に達すると推測される。
【0151】
また本結果に基づき、以降の実験において、液液分配A及びCにおける水相のpHは11に調整することとした。
7-2-4 たばこ原料種間の比較
抽出原体となるたばこ原料は主に廃棄されるようなたばこ原料を活用する。例えば、最も消費される形態のたばこ製品であるシガレットの製造時に発生するたばこくずや細粉などである。シガレット製造用に使用されるたばこ原料は、主にNicotiana属tabacum種の乾葉が使用されるが、その中でも黄色種とバーレー種が大部分を占める。通常、黄色種とバーレー種では乾燥方法が異なり、その内容成分組成も大きく異なることが知られているため、ニコチンの抽出効率に影響を与える可能性がある。そのため、黄色種たばこ刻、バーレー種たばこ刻、たばこ製造時に発生したたばこ細粉、以上3点のサンプルを用いて有機相1中のニコチン量および相対純度を比較した。なお、黄色種とバーレー種のたばこ刻は、葉から葉脈や茎(一般的に中骨と呼ばれる)を除去した葉肉部位(一般的にラミナと呼ばれる)のたばこ刻を使用している。
【0152】
黄色種たばこ刻、バーレー種たばこ刻、たばこ細粉をそれぞれ10g秤量し、70mLの水を用いて25分間、65℃で攪拌抽出した。抽出後、不織布を用いて濾過を行い、抽出液を得た。得られた抽出液に50重量%水酸化カリウム水溶液を少量添加してpHを11に調整した。pH調整後の液を、ヘキサンを用いて水相:有機相=2:1の体積比で1回抽出を行い、有機相1を得た。得られた有機相1を無水硫酸ナトリウムで乾燥後、内部標準液と体積比1:1で混和した後、ニコチン抽出量と純度を調べるためGC分析に供した。
【0153】
GC分析の結果、黄色種、バーレー種、たばこ細粉から抽出されたニコチン相対純度はそれぞれ96.6%、98.3%、95.6%と、いずれも95%以上と良好な結果を示したことから、本抽出・精製法で得られる有機相1のニコチン相対純度に対して原料種の違いが与える影響は小さいと結論付けた。
【0154】
一方で、ニコチンの相対抽出量は、最も含量が多いバーレー種のニコチン量を100とした時、黄色種、たばこ細粉はそれぞれ95.1、59.3であった。黄色種とバーレー種に対してたばこ細粉のニコチン抽出量が少ないが、これはたばこ植物体の部位によってニコチン含量が異なることに由来していると考えられる。たばこ植物体で最もニコチンを蓄積するのは葉のラミナ部位であるのに対して、中骨部位はニコチン含量が少ないことが一般的に知られている。今回用いたたばこ細粉は、シガレット製造における巻上機で発生した細粉を採取したものであるが、一般的にシガレット巻上に供されるたばこ刻はラミナや中骨をブレンドしたものであるため、ラミナのみで構成されている黄色種やバーレー種の刻よりも相対的にニコチン含量が少なくなる。黄色種やバーレー種のラミナはシガレット等の原料としての商品価値が高く高コストであるのに対して、商品価値がほとんど無いたばこ細粉においてもラミナの6割程度のニコチンが抽出可能であることが明らかとなった。
【0155】
低コストでニコチンを得るための抽出原体として、たばこ細粉は好ましい原料であることが確認された。
7-2-5 液液分配Aの条件検討
次に、液液分配Aの条件検討を行った。一般的に液液分配は目的成分を水相と有機相間で転溶させる工程であるが、好ましい液液分配の条件としては以下の3点が挙げられる。
【0156】
-被抽出相からの目的成分の回収率が高い
-抽出相の使用量が少ない
-抽出回数が少ない
以上の3点を検証するため、以下の検証を行った。
【0157】
実施例7-2-4と同様にたばこ細粉から抽出、濾過、pH調整を行った液を、ヘキサンを用いて以下の3つの方法で抽出した。
A)水相:有機相=2:1、有機相で水相を6回抽出
B)水相:有機相=2:2、有機相で水相を3回抽出
C)水相:有機相=2:3、有機相で水相を2回抽出
A~Cの各有機相を個別に回収し、無水硫酸ナトリウムで乾燥後、ニコチンの抽出量を調べるためGC分析に供した。GC分析の結果から、抽出法Bの3回抽出分のニコチン合計量を100とした時の、各有機相に含まれるニコチン相対量を算出した。結果を表5に示す。
【0158】
【0159】
抽出法A、B、Cでは、使用するヘキサンの合計量はいずれも水相の3倍であり、同一である。使用するヘキサンの合計量が同じであれば、抽出されるニコチンの合計量はほぼ同等となった。ヘキサンの消費量を水相の3倍に固定して考えると、抽出回数が2回と最も少なくて済む抽出法Cが好ましいといえる。一方で、水相からのニコチン抽出効率を度外視して、ヘキサンの消費量を最も少なくすることを目的とする場合、ヘキサンの単位消費量あたりのニコチン抽出量が最も多くなる抽出法Aの1回目の抽出のみを行う方法が最適であると考えられる。
【0160】
なお、液液分配Cの工程も、共存する夾雑成分の違いはあるものの、水相から有機相にニコチンを転溶させるという点で、同一の工程であると言える。そのため、本検討で得られた液液分配Aの条件は、そのまま液液分配Cにも適用可能である。
【0161】
7-2-6 液液分配Bの条件検討
次に、液液分配Bの条件検討を行った。7-2-5項と同様に、高回収率、最小の抽出相消費量、最小の抽出回数を実現するための条件を検討した。
【0162】
液液分配Bは、有機相に溶解しているニコチンを酸で中和して水相に抽出する工程である。酸性水として0.01、0.10、1.00重量%の硫酸水溶液をそれぞれ調製し、表6に示す通りの有機相と水相の体積比で液液分配を実施し、液液分配後の有機相2に残留しているニコチン量をGC/MSで測定した。このとき、Referenceとして液液分配前の有機相1も同時に測定している。各水準の有機相2に残留しているニコチン量は、有機相1に含まれるニコチン量を100とした時の相対値で比較している。なお、GC/MSクロマトグラム上でニコチンのピークが消失しているものは、ニコチン量を0として取り扱った。結果を表6に示す。
【0163】
【0164】
Lot1及び2のように、水相の酸の濃度が十分でない場合は、有機相に対する水相の体積比を大きくしてもニコチンの水相への移行効率が悪く、有機相2にニコチンが残留してしまう。一方、Lot3~7のように、一定以上の酸の濃度を持つ水相を用いれば、有機相に対する体積比を小さくしても有機相2にニコチンは残留しない。このことから、硫酸によって中和されたニコチンは、ほぼ全量が水相に移行すると予想され、水相への移行率は、有機相と水相の体積比よりも水相の中に含まれる酸の量に依存すると考えられる。即ち、液液分配Bにおいて、有機相に含まれるニコチンを完全に中和することができるモル濃度の酸を含む水相を用いれば、任意の体積の水相にニコチンを移行させることができると考えられる。
【0165】
7-3 最適化された条件でのニコチン抽出・精製の実施例
7-2の検討結果をもとに、最適化された条件で粗ニコチンの作成を行った。
シガレット製造工程で発生したたばこ細粉300gに対して水2100mLを添加し、65℃に加温しつつ攪拌しながら25分間抽出を行った。抽出後、不織布を用いた濾過によって固液分離を実施し、抽出液を得た。抽出液に50重量%水酸化カリウム水溶液を少量添加し、抽出液のpHを11に調製した。
【0166】
pH調整後の抽出液1300mLを液液分配Aに供した。有機溶媒はヘキサンを用い、水相と有機相の体積比は2:3の条件で2回液液分配を行い、2回分の有機相を合わせて有機相1を得た。
【0167】
得られた有機相1を液液分配Bに供した。酸性水は0.1重量%硫酸水溶液を用い、水相と有機相の体積比は1:6の条件で1回液液分配を行い、水相2を得た。得られた水相2に50重量%水酸化カリウム水溶液を少量添加し、pHを11に調製した。
【0168】
pH調整後の水相を液液分配Cに供した。有機溶媒はヘキサンを用い、水相と有機相の体積比は2:3の条件で2回液液分配を行い、2回分の有機相を合わせて有機相3を得た。
【0169】
有機相3を無水硫酸ナトリウムで脱水を行った後、減圧留去によって有機溶媒を除去し、粗ニコチン1.744gを得た。
得られた粗ニコチンを1mg/mL濃度のヘキサン溶液に調製し、GC/FIDを用いてエリア面積比から相対純度を測定したところ、ニコチン純度は97.3%であった。
【0170】
実施例8 ニコチンを基質としたコチニンの合成反応
非特許文献13に記載のフェリシアン化カリウムを酸化剤として、一段階の反応でニコチンをコチニンへと酸化する方法を用いて、ニコチンからコチニンの合成を実施した。実施例8で使用した試薬は以下の通りである。
【0171】
フェリシアン化カリウム: 富士フィルム和光純薬株式会社(P/N:161-03725)
50%水酸化カリウム溶液: 富士フィルム和光純薬株式会社(P/N:168-20455)
酢酸エチル: 富士フィルム和光純薬株式会社(P/N:057-03373)
無水硫酸ナトリウム: 富士フィルム和光純薬株式会社(P/N:197-03345)
8-1 市販されているニコチンを基質とした反応
市販の医薬グレードのニコチンを基質に用いて合成反応を実施した。ニコチンはCONTRAF-NICOTEX-TOBACCO GMBH社から購入したもの(純度99%以上)を用いた。
【0172】
フェリシアン化カリウム4.61g、50%水酸化カリウム溶液1.57g、10mLの水をフラスコに投入し、氷浴中で攪拌しながら反応液を十分に冷却した。冷却後、ニコチン0.162g(1当量)を2~3分かけてフラスコにゆっくりと滴下した。滴下終了後、フラスコを氷浴から取り出し、室温下で15分間攪拌した。
【0173】
その後、溶液に50%水酸化カリウム溶液を1mL加えたのち、生成した沈殿を濾過で除去した。得られた濾液と酢酸エチルを用いて、水相と有機相の体積比1:1の条件で3回液液分配を行った。得られた有機相を無水硫酸ナトリウムで脱水し、減圧留去によって有機溶媒を除去して粗生成物25mgを得た。
【0174】
得られた粗生成物を1mg/mL濃度の酢酸エチル溶液に調製し、実施例7-2-1項に記載の条件でGC/FID分析に供した。FIDクロマトグラムにおいて、検出された全ピークのエリア面積の合計から溶媒由来のピーク(保持時間0.00~5.00分)を差し引き、その値でコチニンのエリア面積(保持時間17.8分)を除した値を百分率に換算し、粗生成物中のコチニン相対純度を算出したところ、61.5%であった。
得られた粗生成物を、任意の方法で精製することで純粋なコチニンを得ることができる。精製方法の例としては、クロマトグラフィー、蒸留、再結晶などが挙げられる。
【0175】
8-2 たばこ原料から抽出・精製した粗ニコチンを基質とした反応
実施例7-3で抽出・精製した粗ニコチンを基質に用いて合成反応を実施した。
フェリシアン化カリウム4.61g、50%水酸化カリウム溶液1.57g、10mLの水をフラスコに投入し、氷浴中で攪拌しながら反応液を十分に冷却した。冷却後、粗ニコチン0.162gを2~3分かけてフラスコにゆっくりと滴下した。滴下終了後、フラスコを氷浴から取り出し、室温下で15分間攪拌した。
【0176】
その後、溶液に50%水酸化カリウム溶液を1mL加えたのち、生成した沈殿を濾過で除去した。得られた濾液と酢酸エチルを用いて、水相と有機相の体積比1:1の条件で3回液液分配を行った。得られた有機相を無水硫酸ナトリウムで脱水し、減圧留去によって有機溶媒を除去して粗生成物31mgを得た。
【0177】
得られた粗生成物を1mg/mL濃度の酢酸エチル溶液に調製し、実施例7-2-1に記載の条件でGC/FID分析に供した。FIDクロマトグラムにおいて、検出された全ピークのエリア面積の合計から溶媒由来のピーク(保持時間0.00~5.00分)を差し引き、その値でコチニンのエリア面積(保持時間17.8分)を除した値を百分率に換算し、粗生成物中のコチニン相対純度を算出したところ、64.0%であった。
【0178】
必要な場合、得られた粗生成物を、任意の方法で精製することで純粋なコチニンを得ることができる。精製方法の例としては、クロマトグラフィー、蒸留、再結晶などが挙げられる。
【0179】
本実施例により、医薬グレードのような高度に精製されたニコチンでなくとも、ある程度の純度まで精製したニコチンであれば、コチニン合成反応の基質として十分利用可能であることが確認された。