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特開2024-148132素材の表面処理方法、および素材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024148132
(43)【公開日】2024-10-17
(54)【発明の名称】素材の表面処理方法、および素材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 2/02 20060101AFI20241009BHJP
   A61L 2/23 20060101ALN20241009BHJP
【FI】
A61L2/02
A61L2/23
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023121961
(22)【出願日】2023-07-26
(31)【優先権主張番号】P 2023060861
(32)【優先日】2023-04-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100161702
【弁理士】
【氏名又は名称】橋本 宏之
(74)【代理人】
【識別番号】100189348
【弁理士】
【氏名又は名称】古都 智
(74)【代理人】
【識別番号】100196689
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 康一郎
(72)【発明者】
【氏名】武内 幸生
(72)【発明者】
【氏名】田中 大輔
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 祐二
(72)【発明者】
【氏名】高熊 宏充
【テーマコード(参考)】
4C058
【Fターム(参考)】
4C058AA23
4C058AA25
4C058BB02
4C058DD01
4C058DD03
(57)【要約】
【課題】病原体が付着する可能性のある環境において用いられる素材に対し、病原体の付着前に不活化能を付与することができる素材の表面処理方法を提供する。
【解決手段】素材の表面処理方法は、素材を選定するステップと、選定された前記素材に対応する照射条件を設定するステップと、設定した前記照射条件で前記素材にプラズマ照射を行うステップと、を有し、前記照射条件を設定するステップは、仮の照射条件で前記素材の供試体にプラズマ照射を行うステップと、プラズマ照射後の前記供試体の接触角を計測するステップと、前記接触角が目標値以上である場合に、前記仮の照射条件を変更するステップと、前記接触角が目標値未満である場合に、前記仮の照射条件を前記素材の照射条件として設定するステップと、を有する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
病原体が付着する可能性のある環境において用いられる素材に対し、前記病原体の付着前に不活化能を付与する表面処理方法であって、
素材を選定するステップと、
選定された前記素材に対応する照射条件を設定するステップと、
設定した前記照射条件で前記素材にプラズマ照射を行うステップと、
を有し、
前記照射条件を設定するステップは、
仮の照射条件で前記素材の供試体にプラズマ照射を行うステップと、
プラズマ照射後の前記供試体の接触角を計測するステップと、
前記接触角が目標値以上である場合に、前記仮の照射条件を変更するステップと、
前記接触角が目標値未満である場合に、前記仮の照射条件を前記素材の照射条件として設定するステップと、
を有する、素材の表面処理方法。
【請求項2】
前記照射条件を設定するステップは、
プラズマ照射後の前記供試体にプラズマジェットの走査痕がある場合、または、表面に光沢がある場合に、前記仮の照射条件を変更するステップをさらに有する、
請求項1に記載の素材の表面処理方法。
【請求項3】
前記照射条件を設定するステップは、
過去に前記素材について前記照射条件を設定済みである場合に、当該照射条件を読み出して前記素材の照射条件として設定する、
請求項1に記載の素材の表面処理方法。
【請求項4】
前記照射条件は、プラズマ照射の処理回数と、前記素材とプラズマを照射するノズルとの間の距離と、前記ノズルの移動速度と、ヒーターのオンまたはオフと、を含む、
請求項1から3のいずれか一項に記載の素材の表面処理方法。
【請求項5】
病原体が付着する可能性のある環境において用いられる素材の製造方法であって、
素材を選定するステップと、
選定された前記素材に対応する照射条件を設定するステップと、
設定した前記照射条件で前記素材にプラズマ照射を行うステップと、
を有し、
前記照射条件を設定するステップは、
仮の照射条件で前記素材の供試体にプラズマ照射を行うステップと、
プラズマ照射後の前記供試体の接触角を計測するステップと、
前記接触角が目標値以上である場合に、前記仮の照射条件を変更するステップと、
前記接触角が目標値未満である場合に、前記仮の照射条件を前記素材の照射条件として設定するステップと、
を有する素材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、素材の表面処理方法、および素材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば特許文献1には、周囲から取り込んだ空気にプラズマを照射することにより、空気中のウイルスや微生物などの病原体の不活化や殺菌を行うプラズマ発生ユニットについて記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2022-190473号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の技術は、空気中に病原体が混入したあと、または、空調機器のリモコンや電車の手すりのような人の手が触れるものに病原体が付着したあとに、これら病原体に直接プラズマ照射を行うことで、不活化や殺菌を行うものである。病原体が付着する度にプラズマ照射を繰り返し行う必要があるので、不活化や殺菌に要する労力は非常に大きなものとなる。
【0005】
本開示の目的は、病原体が付着する可能性のある環境において用いられる素材に対し、病原体の付着前に不活化能を付与することができる素材の表面処理方法、および素材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一態様によれば、素材の表面処理方法は、病原体が付着する可能性のある環境において用いられる素材に対し、前記病原体の付着前に不活化能を付与する表面処理方法であって、素材を選定するステップと、選定された前記素材に対応する照射条件を設定するステップと、設定した前記照射条件で前記素材にプラズマ照射を行うステップと、を有し、前記照射条件を設定するステップは、仮の照射条件で前記素材の供試体にプラズマ照射を行うステップと、プラズマ照射後の前記供試体の接触角を計測するステップと、前記接触角が目標値以上である場合に、前記仮の照射条件を変更するステップと、前記接触角が目標値未満である場合に、前記仮の照射条件を前記素材の照射条件として設定するステップと、を有する。
【0007】
本開示の一態様によれば、素材の製造方法は、病原体が付着する可能性のある環境において用いられる素材の製造方法であって、素材を選定するステップと、選定された前記素材に対応する照射条件を設定するステップと、設定した前記照射条件で前記素材にプラズマ照射を行うステップと、を有し、前記照射条件を設定するステップは、仮の照射条件で前記素材の供試体にプラズマ照射を行うステップと、プラズマ照射後の前記供試体の接触角を計測するステップと、前記接触角が目標値以上である場合に、前記仮の照射条件を変更するステップと、前記接触角が目標値未満である場合に、前記仮の照射条件を前記素材の照射条件として設定するステップと、を有する。
【発明の効果】
【0008】
上記態様によれば、病原体が付着する可能性のある環境において用いられる素材に対し、病原体の付着前に不活化能を付与することができる。これにより、この素材に付着した病原体を自動的に不活化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】第1の実施形態に係る素材の表面処理方法および製造方法の概略を示す図である。
図2】第1の実施形態に係る製造前処理工程の手順を示すフローチャートである。
図3】第1の実施形態に係る設定試験工程の手順を示すフローチャートである。
図4】第1の実施形態に係る設定試験工程を説明するための第1の図である。
図5】第1の実施形態に係る設定試験工程を説明するための第2の図である。
図6】第1の実施形態に係る設定試験工程を説明するための第3の図である。
図7】第1の実施形態に係る製造後処理工程の手順を示すフローチャートである。
図8】第1の実施形態に係る表面処理を施した素材の不活化能の実験結果を示す第1の図である。
図9】第1の実施形態に係る表面処理を施した素材の不活化能の実験結果を示す第2の図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<第1の実施形態>
以下、図面を参照しながら実施形態について詳しく説明する。
【0011】
(表面処理方法および製造方法の概要について)
図1は、第1の実施形態に係る素材の表面処理方法および製造方法の概略を示す図である。
本実施形態では、病原体が付着する可能性のある環境において用いられる素材に対し、病原体の付着前に不活化能を付与する表面処理方法M1、および、不活化能を付与した素材の製造方法M2について説明する。
【0012】
病原体は、ウイルスや微生物などである。病原体が付着する可能性のある環境は、人間が滞在する交通機関(車両、航空機、船舶など)、施設(医療施設、公共施設、商業施設など)、住宅などを含む。また、素材は、交通機関や施設の内装(廊下、階段、居室の床、壁、天井、手すり、窓など)や、空調機器(空調機器本体の外板、ファンやフィルタのような内部の部品、リモコンなど)などの製品に用いられる材料である。
【0013】
本実施形態に係る素材の表面処理方法M1および製造方法M2において、オペレータは、プラズマ照射装置1と、接触角測定機2とを用いる。
【0014】
プラズマ照射装置1は、オペレータにより設定された照射条件で、素材に対しプラズマを照射する。これにより、プラズマ照射装置1は、素材の表面を改質して病原体に対する不活化能を付与する。
【0015】
接触角測定機2は、プラズマ照射処理済みの素材の接触角を測定する。オペレータは、接触角に基づいて、素材に応じた適切な照射条件を決定する。また、オペレータは、決定した照射条件をプラズマ照射装置1に設定して、製品に用いる素材の表面処理または素材の製造を行う。
【0016】
近年の研究では、乾燥も病原体の感染能力の低下の一因になっていると考えられている。たとえばウイルスはタンパク質で覆われており、内部に微小な水分を保有している。ウイルスが乾燥して内部の水分が蒸発すると、タンパク質が崩れて細胞へ吸着するための形状を失うと考えられている。親水性が大きい素材は、撥水性が大きい素材よりも素材表面に付着した水が広がりやすい(表面積が大きくなる)。つまり、素材の親水性が大きく(接触角が小さく)なるように改質することにより、素材表面に付着した病原体を乾燥しやすくし、感染能力を低下することが可能である。つまり、素材表面の接触角を小さくするほど、病原体の不活化能を高めることができる。
【0017】
本実施形態に係る素材の表面処理方法M1および素材の製造方法M2は、このような知見を踏まえて、素材に応じて照射条件を変えながら、プラズマ照射装置1により素材表面の改質を行うものである。
【0018】
素材の表面処理方法M1は、製造前処理工程S1と、設定試験工程S2と、製造後処理工程S3とを有する。また、素材の製造方法M2は、製造前処理工程S1と、設定試験工程S2とを有する。
【0019】
製造前処理工程S1は、製品の製造前に、製品に使用する未処理の素材W11に対し、後述する設定試験工程S2で決定した照射条件D1でプラズマ処理を施す工程である。すなわち、製造前処理工程S1は、製品に使用する素材W11に不活化能を付与する工程である。その後、不活化能を付与されたプラズマ処理済みの素材W12を用いて、製品が製造される。
【0020】
設定試験工程S2は、素材に応じたプラズマ照射装置1の照射条件D1を決定するための工程である。プラズマ照射装置1は、試験用素材である未処理の供試体W21に対し、仮の照射条件D2でプラズマを照射する。接触角測定機2は、プラズマ処理済みの供試体W22の接触角を測定する。接触角が目標値に達しない場合は、仮の照射条件D2を調整、変更して、再度、供試体W21にプラズマ照射を行う。設定試験工程S2は、これを繰り返して、素材に応じた適切な照射条件D1を決定する工程である。
【0021】
また、プラズマ処理済みの素材W12を使用した製品を製造後、時間の経過とともに素材W12の不活化能が低下する(親水性が小さくなる)可能性がある。製造後処理工程S3は、所定時間経過して不活化能が低下した素材W31に対し、設定試験工程S2で決定した照射条件D1でプラズマ処理を再度施す工程である。すなわち、製造後処理工程S3は、製品に使用中の素材W31の不活化能を再生する工程である。その後、不活化能を再生されたプラズマ処理済みの素材W32は、元の製品や、同型の他の製品などに再利用される。
【0022】
(製造前処理工程について)
図2は、第1の実施形態に係る製造前処理工程の手順を示すフローチャートである。
まず、図2を参照しながら製造前処理工程S1の手順について詳細に説明する。
【0023】
まず、オペレータは、不活化を付与する素材W11を選定する(ステップS11)。たとえば、素材W11は空調機器の外板やリモコンなどに用いられるABS樹脂であるとする。また、他の実施形態では、素材W11は高分子材料(たとえばポリエチレン)、金属、無機材料(たとえばガラス)などであってもよい。
【0024】
次に、オペレータは、選定した素材W11について照射条件D1を設定するための情報があるか判断する(ステップS12)。たとえば、選定した素材(ABS樹脂)について過去に設定試験工程S2を実施済みであり、社内データベースに照射条件D1に関する情報が記録済みである場合(ステップS12;YES)、オペレータは、社内データベースから記録を読み出して、選定した素材W11の照射条件D1として設定する(ステップS13)。また、オペレータは、Web上の情報や論文などの文献から照射条件D1を特定可能な情報が得られる場合(ステップS12;YES)、この情報に基づいて選定した素材W11の照射条件D1を設定してもよい(ステップS13)。
【0025】
照射条件を設定するための情報がない場合(ステップS12;NO)、オペレータは設定試験工程S2を実施する。設定試験工程S2の詳細、および照射条件の詳細については後述する。
【0026】
次に、オペレータは、プラズマ照射装置1に照射条件D1を設定して、選定した素材W11にプラズマ照射を行う(ステップS14)。この素材W11は、製品用に成形済みのものであってもよいし、成形前のものであってもよい。
【0027】
素材W11の表面全体にプラズマ照射が完了すると、病原体の不活化能が付与されたプラズマ処理済みの素材W12(図1)が完成する(ステップS15)。その後、完成したプラズマ処理済みの素材W12は、製品である空調機器の外板やリモコンなどに用いられる。これにより、この素材W12を使用した製品は、表面に病原体が付着したときに、病原体の乾燥を促進して自動的に病原体を不活化することができる。
【0028】
(設定試験工程について)
図3は、第1の実施形態に係る設定試験工程の手順を示すフローチャートである。
以下、図3を参照しながら設定試験工程S2の手順について詳細に説明する。
【0029】
まず、設定試験工程S2において、オペレータは試験用の素材である供試体W21を準備する。供試体W21は、図2のステップS11で選定した素材と同じ材料(たとえばABS樹脂)の小片である。また、オペレータは、供試体W21の前処理を実施する(ステップS21)。前処理として、たとえば供試体W21の表面を紙やすりなどで研磨(サンディング)し、ワイプ洗浄(例えばエタノール)を行う。これにより、たとえば供試体W21の表面が酸化している場合など、供試体W21の表面の状態がプラズマ照射結果(改質後の親水性など)に影響することを抑制することができる。なお、酸化などの影響がない素材については、オペレータはステップS21を省略してもよい。
【0030】
次に、オペレータは、照射条件の仮の照射条件D2として、初度条件を設定する(ステップS22)。
【0031】
図4は、第1の実施形態に係る設定試験工程を説明するための第1の図である。
図4に示すように、プラズマ照射装置1は、ノズルヘッド11と、ノズル12とを備える。図4の(a)は、ノズルヘッド11を水平方向(Y方向)から見た図、(b)はノズルヘッド11を垂直方向の上から見下ろした図である。ノズルヘッド11は、ノズル12からプラズマを発生させながら、水平方向(X方向およびY方向)に移動することにより、供試体W21の表面にプラズマ照射を行う。
【0032】
また、図4に示すように、照射条件D1は、処理回数[回]と、GAP量[mm]と、処理速度[mm/s]と、ヒーター[ON/OFF]とを含む。
【0033】
処理回数は、素材にプラズマ照射を行う回数である。素材の表面全体にプラズマ照射を行う(走査する)ことを1回とカウントする。たとえば、図4の例のように、供試体W21の幅(Y方向の大きさ)は、ノズル12の幅以下の大きさであるとする。ノズルヘッド11を供試体W21の長さ方向(X方向)の一端側から他端側まで水平に1回移動させることにより、供試体W21へのプラズマ照射(走査)が1回完了する。なお、供試体W21の幅がノズルの幅よりも大きい場合、プラズマ照射装置1はノズルヘッド11を長さ方向(X方向)の一端側から他端側に移動させた後、ノズルヘッド11を幅方向(Y方向)にシフトさせて、長さ方向の他端側から一旦側へ再度移動させる。このように、プラズマ照射装置1は、ノズルヘッド11の幅方向位置をシフトさせつつ、ノズルヘッド11を長さ方向に交互に移動させていくことにより、供試体W21の表面全体にプラズマ照射を行う。なお、図2のステップS14についても、プラズマ照射装置1は同様の動作により素材W11にプラズマ照射を行う。
【0034】
GAP量は、ノズル12の先端と供試体W21の表面との間の距離である。
【0035】
処理速度は、ノズルヘッド11を移動する速度である。
【0036】
ヒーター[ON/OFF]は、プラズマ予熱用のヒーターを使用する(ON)か使用しない(OFF)かを示す情報である。プラズマ予熱用のヒーターは、たとえばプラズマ照射装置1のノズル12に設けられたヒーター13である。また、プラズマ予熱用のヒーターは、プラズマ照射装置1とは別の装置として、供試体W21側に設置されたものであってもよい。プラズマ予熱用ヒーターを使用することにより、プラズマの効果を向上させることができる。
【0037】
照射条件の条件幅および初度条件は、素材別に予め規定されていてもよい。たとえば素材がABS樹脂である場合、条件幅および初度条件は以下の例のように規定される。なお、オペレータは条件幅の範囲内で初度条件を任意に設定してもよい。
【0038】
[ABS樹脂の条件幅および初度条件の例]
(A)処理回数:7~15回(初度条件:*回)
(B)GAP量:5mm~10mm(初度条件:*mm)
(C)処理速度:5mm/s~10mm/s(初度条件:*mm/s)
(D)ヒーター:ONまたはOFF(初度条件:OFF)
【0039】
次に、図3に戻り、オペレータはプラズマ照射装置1に仮の照射条件D2(初度条件)を設定する。そうすると、プラズマ照射装置1は、設定された照射条件D2にしたがい供試体W21にプラズマ照射を行う(ステップS23)。
【0040】
プラズマ照射装置1によるプラズマ照射が完了すると、オペレータはプラズマ処理済みの供試体W22の外観を目視確認して、プラズマジェットの走査痕の有無および表面の光沢の有無を判断する(ステップS24)。
【0041】
オペレータは、供試体W22の表面に走査痕または光沢がある場合(ステップS24;YES)、仮の照射条件D2を変更する(ステップS25)。プラズマジェットの走査痕または光沢がありの場合は、供試体W21への付与エネルギー量が多いことを表す。したがって、オペレータは、仮の照射条件D2のうち、GAP量および処理速度を優先的に見直す。たとえば、オペレータは、ステップS25において、以下のように仮の照射条件D2を変更する。
【0042】
[ステップS25における変更内容の例]
(A)処理回数:DOWN
(B)GAP量:UP
(C)処理速度:UP
(D)ヒーター:OFF
【0043】
各条件のDOWN量、UP量は予め規定された固定量であってもよいし、オペレータが任意の量を増減させてもよい。また、オペレータは、各条件が予め規定された条件幅を超えないようにする。たとえば、処理回数の条件幅が7~15回であり、変更前の処理回数が7回であったとする。ここから処理回数をDOWNすると、条件幅の下限値(7回)を下回ってしまうこととなる。この場合、オペレータは、処理回数を条件幅の下限値(7回)に固定したまま、他の条件を変更する。同様に、たとえばGAP量の条件幅が5~10mmであり、変更前のGPA量が10mmであったとする。ここからGAP量をUPすると、条件幅の上限値(10mm)を超えてしまうこととなる。この場合、オペレータは、GAP量を条件幅の上限値(10mm)に固定したまま、他の条件を変更する。
【0044】
オペレータは、照射条件D2を変更後、ステップS23に戻り、新たな供試体W21(前処理済みのもの)に対して変更後の照射条件D2でプラズマ照射を行う。
【0045】
一方、供試体W22に走査痕および光沢がない場合(ステップS24;NO)、オペレータは接触角測定機2を使用して、供試体W22の接触角を計測する(ステップS26)。
【0046】
図5は、第1の実施形態に係る設定試験工程を説明するための第2の図である。
たとえば、図5に示すように、接触角測定機2は、供試体W22の表面に水(たとえば蒸留水)を滴下し、水の接触角θを計測する。たとえば、接触角測定機2は、供試体W22の複数の検査位置P1~P3それぞれにおいて接触角θを計測する。検査位置P1~P3は、供試体W22の幅方向の略中央に、一定間隔で配置される。なお、図5の例では検査位置は3箇所であるが、他の実施形態では検査位置は1~2箇所または4箇所以上であってもよい。
【0047】
図5の(a)は、比較対象として、未処理の供試体W21に水を滴下して接触角θAを計測した例である。図5の(b)は、プラズマ処理済みの供試体W22に水を滴下して接触角θBを計測した例である。未処理の供試体W21では、接触角θAが大きく、親水性は低い。一方で、プラズマ処理済みの供試体W22では、接触角θBが小さく、親水性が高くなっている。
【0048】
次に、図3に戻り、オペレータはプラズマ処理済みの供試体W22の接触角θが目標値未満になったか判定する(ステップS27)。なお、図5の例のように検査位置P1~P3の3箇所で接触角θを測定した場合、オペレータはこれら接触角θの平均値が目標値未満になったか判定する。目標値は、たとえば50°である。なお、接触角は小さいほど親水性が大きくなる(すなわち、不活化能が強くなる)ので、目標値は20°、10°、5°のようにより小さく設定する方が好ましい。
【0049】
オペレータは、接触角θ(平均値)が目標値未満となった場合(ステップS27;YES)、現在の仮の照射条件D2を、正式な照射条件D1として決定して(ステップS28)、設定試験工程S2を終了する。
【0050】
一方、オペレータは、接触角θ(平均値)が目標値以上である場合(ステップS27;NO)、仮の照射条件D2を変更する(ステップS29)。接触角が目標値以上である場合は、供試体W21への付与エネルギー量が少ないことを表す。したがって、オペレータは、仮の照射条件D2のうち、GAP量および処理速度を優先的に見直す。たとえば、オペレータは、ステップS29において、以下のように仮の照射条件D2を変更する。
【0051】
[ステップS29における変更内容]
(A)処理回数:UP
(B)GAP量:DOWN
(C)処理速度:DOWN
(D)ヒーター:ON
【0052】
各条件のDOWN量、UP量は予め規定された固定量であってもよいし、オペレータが任意の量を増減させてもよい。また、オペレータは、ステップS25と同様に、各条件が予め規定された条件幅を超えないようにする。
【0053】
オペレータは、照射条件D2を変更後、ステップS23に戻り、新たな供試体W21(前処理済みのもの)に対して変更後の照射条件D2でプラズマ照射を行う。
【0054】
オペレータは、図3の処理を繰り返し実施することにより、素材に応じた適切な照射条件D1を決定する。
【0055】
図6は、第1の実施形態に係る設定試験工程を説明するための第3の図である。
なお、図3のステップS27において、オペレータは、供試体W22の接触角θが、複数の目標値(たとえば50°、20°、10°、5°)のうち最小の目標値(5°)未満となった場合に、現在の仮の照射条件D2を正式な照射条件D1として決定してもよい。
【0056】
また、所定回数の試験、または、全ての照射条件の組み合わせで試験を実施したものの、供試体W22の接触角θが最小の目標値(5°)未満にならなかったとする。この場合、オペレータは、図6に示すように各試験の仮の照射条件D2および接触角の測定値を記録した試験結果T1に基づいて、素材W11の正式な照射条件D1を決定してもよい。
【0057】
たとえば、オペレータは、試験結果T1を参照し、供試体W22の接触角θが最大の目標値(50°)未満であり、かつ、最も小さい値となったときの仮の照射条件D2を、正式な照射条件D1として決定してもよい。図6の例では、オペレータは試験No.2の照射条件D2を、正式な照射条件D1として決定する。このようにすることで、最低限の目標値を達成しつつ、可能な限り接触角θを小さくする照射条件D2を求めることができる。なお、いずれの照射条件D2でも最大の目標値(50°)を達成できない場合、オペレータは、条件幅を変更して、再試験を行ってもよい。
【0058】
(製造後処理工程について)
図7は、第1の実施形態に係る製造後処理工程の手順を示すフローチャートである。
以下、図7を参照しながら製造後処理工程S3の手順について詳細に説明する。
【0059】
上記したように、製造前処理工程S1においてプラズマ処理済みの素材W12は、時間経過とともに不活化能が低下する可能性がある。このため、製造後、所定時間を経過した製品については、この製品に使用されている素材W31の不活化能を再生する製造後処理工程S3を実施するサービスを提供してもよい。
【0060】
まず、オペレータは、サービス対象となる素材W31を選定する(ステップS31)。たとえば、素材W31は空調機器の取り外し可能な外板(ABS樹脂)であるとする。
【0061】
次に、オペレータは、選定した素材W31について照射条件D1を設定する(ステップS32)。たとえば、素材W31については、製造時(製造前処理工程S1)において照射条件D1が設定済みのはずである。したがって、オペレータは、社内データベースなどから、選定した素材W31に対応する照射条件D1を読み出して設定する。
【0062】
次に、オペレータは、プラズマ照射装置1に照射条件D1を設定して、選定した素材W31にプラズマ照射を行う(ステップS33)。
【0063】
素材W31の表面全体にプラズマ照射が完了すると、病原体の不活化能が再生された素材W32(図1)が完成する(ステップS34)。その後、不活化能が再生された素材W32は、元の製品である空調機器に再度取り付けられる。これにより、この素材W32を取り付けた空調機器は、表面に病原体が付着したときに、病原体の乾燥を促進して自動的に病原体を不活化することができる。
【0064】
なお、他の実施形態では、たとえば製造前処理工程S1が実施されていない素材W31について、あとから不活化能を付与するように、製造後処理工程S3を実施してもよい。この場合、オペレータは、ステップS32に代えて、図2のステップS12~S13の処理を実施するとともに、必要に応じて設定試験工程S2を実施してもよい。
【0065】
(実験結果について)
図8は、第1の実施形態に係る表面処理を施した素材の不活化能の実験結果を示す第1の図である。
図8は、第1の実施形態に係る表面処理の作用効果を説明するための図であって、表面処理済みの素材、および無処理の素材の感染価の実験結果を示すグラフである。縦軸は感染価、横軸は静置時間(ウイルスへの接触時間)を表す。なお、この実験ではABS樹脂を素材として用いた。
【0066】
この実験では、インフルエンザウイルスを用いた。宿主細胞にインフルエンザウイルスを感染させ、EMEMを加え34℃で所定時間培養したのち、遠心分離した上清をウイルス原液とした。これを0.85%の生理食塩水で100倍に希釈したものを、以降の実験にウイルス試験液として用いた。
【0067】
まず、表面処理済み(上記した製造前処理工程S1を実施済み)の素材、および無処理の素材の表面に、それぞれ5μLのウイルス液を滴下し、安全キャビネット中で所定時間静置した。所定時間経過後に培地で洗い出し、評価液とした。評価液を培地で10倍希釈系列にして感染価を計測した。いわゆるプラーク試験を実施した。
【0068】
図8の点線は、ウイルス試験液のウイルス感染価を示す。また、バーは感染価の標準偏差を示す。図8に示すように、無処理の素材にウイルスが接触した場合には、時間(静置時間)が経過しても感染価は高いままであった。一方、本実施形態に係る表面処理済みの素材では、接触直後はウイルスの乾燥が進まず感染価は高いものの、5分経過後には無処理の素材と比較して、感染価が大きく低下していることがわかる。また、無処理(プラズマ非照射)の素材におけるウイルス生存率を100%としたとき、本実施形態に係る表面処理済みの素材は、10分経過後においてはウイルス生存率が約1%である。不活化率(%)を100-生存率(%)で求めると、本実施形態に係る表面処理済みの素材は、約99%のウイルスを不活化する効果を得ることができた。
【0069】
図9は、第1の実施形態に係る表面処理を施した素材の不活化能の実験結果を示す第2の図である。
また、図9は、図8と同様の実験を複数の素材に対し実施した結果を表している。この実験では、金属であるステンレス鋼(SUS)およびアルミニウム(Al)と、無機材料であるガラスを素材として用いた。各素材について、表面処理した場合(プラズマ照射)と、表面処理をしなかった場合(プラズマ非照射)の接触角、感染価、およびウイルスの生存率を比較した。プラズマの照射条件D1は、図3および図6を用いて説明したように、各素材について、複数の仮の照射条件D2から接触角θが最小となるものを選択して決めたものである。なお、図9において、生存率はプラズマ非照射の場合のウイルス生存率を100%として表したものである。不活化率(%)は、100-生存率(%)で求められる。図9に示す実験結果によれば、本実施形態に係る表面処理を施すことにより、SUSについては約90.5%、Alおよびガラスについては約99.9%のウイルスを不活化する効果を得ることができた。
【0070】
(作用、効果)
以上のように、本実施形態に係る素材の表面処理方法、および素材の製造方法は、素材を選定するステップS11,S31と、選定された素材に対応する照射条件D1を設定するステップS2,S12~S13,S32と、設定した照射条件D1で素材にプラズマ照射を行うステップS14,S33と、を有する。また、照射条件を設定するステップ(設定試験工程S2)は、仮の照射条件D2で素材の供試体W21にプラズマ照射を行うステップS23と、プラズマ照射後の供試体W22の接触角θを計測するステップS26と、接触角θが目標値以上である場合に、仮の照射条件D2を変更するステップS29と、接触角θが目標値未満である場合に、仮の照射条件D2を素材の照射条件D1として設定するステップS28と、を有する。
【0071】
このようにすることで、病原体が付着する可能性のある環境において用いられる素材に対し、病原体の付着前に不活化能を付与することができる。これにより、この素材に付着した病原体を自動的に不活化することができる。また、単にプラズマ照射を行ったのみでは、素材に十分な不活化能を与えられない可能性がある。しかしながら、本実施形態では、照射条件を設定するステップ(設定試験工程S2)において、供試体W22の接触角が目標値未満となるまで照射条件の調整、変更を行うことにより、素材がより確実に不活化能を得られるように、プラズマ照射を行うことができる。
【0072】
また、照射条件を設定するステップ(設定試験工程S2)は、プラズマ照射後の供試体W22にプラズマジェットの走査痕がある場合、または、表面の光沢がある場合に、仮の照射条件D2を変更するステップS25をさらに有する。
【0073】
このようにすることで、素材に過度なエネルギー量が付与されないように、照射条件を適切に調整することができる。
【0074】
また、照射条件を設定するステップS12~S13,S32は、過去に素材について照射条件D1を設定済みである場合に、当該照射条件D1を読み出して素材の照射条件D1として設定する。
【0075】
このようにすることで、既に適切な照射条件D1が分かっている素材については、設定試験工程S2を省略することができる。これにより、表面処理に要する作業時間および労力を低減することができる。
【0076】
<その他の実施形態>
以上、図面を参照して一実施形態について詳しく説明してきたが、具体的な構成は上述のものに限られることはなく、様々な設計変更等をすることが可能である。すなわち、他の実施形態においては、上述の処理の順序が適宜変更されてもよい。また、一部の処理が並列に実行されてもよい。
【0077】
<付記>
上述の実施形態に記載の素材の表面処理方法、および素材の製造方法は、例えば以下のように把握される。
【0078】
(1)本開示の第1の態様によれば、素材の表面処理方法は、病原体が付着する可能性のある環境において用いられる素材に対し、病原体の付着前に不活化能を付与する表面処理方法であって、素材を選定するステップS11,S31と、選定された素材に対応する照射条件D1を設定するステップS2,S12~S13,S32と、設定した照射条件D1で素材にプラズマ照射を行うステップS14,S33と、を有し、照射条件D1を設定するステップS2は、仮の照射条件D2で素材の供試体W21にプラズマ照射を行うステップS23と、プラズマ照射後の供試体W22の接触角θを計測するステップS26と、接触角θが目標値以上である場合に、仮の照射条件D2を変更するステップS29と、接触角θが目標値未満である場合に、仮の照射条件D2を素材の照射条件D1として設定するステップS28と、を有する。
【0079】
このようにすることで、病原体が付着する可能性のある環境において用いられる素材に対し、病原体の付着前に不活化能を付与することができる。これにより、この素材に付着した病原体を自動的に不活化することができる。また、単にプラズマ照射を行ったのみでは、素材に十分な不活化能を与えられない可能性がある。しかしながら、本実施形態では、照射条件を設定するステップ(設定試験工程S2)において、供試体W22の接触角が目標値未満となるまで照射条件の調整、変更を行うことにより、素材がより確実に不活化能を得られるように、プラズマ照射を行うことができる。
【0080】
(2)本開示の第2の態様によれば、第2の態様に係る素材の表面処理方法において、照射条件D1を設定するステップS2は、プラズマ照射後の供試体W22にプラズマジェットの走査痕がある場合、または、表面の光沢がある場合に、仮の照射条件D2を変更するステップS25をさらに有する。
【0081】
このようにすることで、素材に過度なエネルギー量が付与されないように、照射条件を適切に調整することができる。
【0082】
(3)本開示の第3の態様によれば、第1または第2の態様に係る素材の表面処理方法において、照射条件D1を設定するステップS12~S13,S32は、過去に素材について照射条件D1を設定済みである場合に、当該照射条件D1を読み出して素材の照射条件D1として設定する。
【0083】
このようにすることで、既に適切な照射条件D1が分かっている素材については、設定試験工程S2を省略することができる。これにより、表面処理に要する作業時間および労力を低減することができる。
【0084】
(4)本開示の第4の態様によれば、第1から第3のいずれか一の態様に係る素材の表面処理方法において、照射条件D1,D2は、プラズマ照射の処理回数と、素材とプラズマを照射するノズル12との間の距離と、ノズル12の移動速度と、ヒーター13のオンまたはオフと、を含む。
【0085】
(5)本開示の第5の態様によれば、素材の製造方法は、病原体が付着する可能性のある環境において用いられる素材の製造方法であって、素材を選定するステップS11と、選定された素材に対応する照射条件D1を設定するステップS2,S12~S13と、設定した照射条件D1で素材にプラズマ照射を行うステップS14と、を有し、照射条件D1を設定するステップS2は、仮の照射条件D2で素材の供試体W21にプラズマ照射を行うステップS23と、プラズマ照射後の供試体W22の接触角θを計測するステップS26と、接触角θが目標値以上である場合に、仮の照射条件D2を変更するステップS29と、接触角θが目標値未満である場合に、仮の照射条件D2を素材の照射条件D1として設定するステップS28と、を有する。
【符号の説明】
【0086】
1 プラズマ照射装置
2 接触角測定機
11 ノズルヘッド
12 ノズル
13 ヒーター
D1 仮の照射条件
D2 照射条件
M1 素材の表面処理方法
M2 素材の製造方法
S1 製造前処理工程
S2 設定試験工程
S3 製造後処理工程
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9