(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024148326
(43)【公開日】2024-10-18
(54)【発明の名称】焼結含油軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 17/02 20060101AFI20241010BHJP
F16C 33/10 20060101ALI20241010BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20241010BHJP
【FI】
F16C17/02 A
F16C33/10 A
F16C33/14 A
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023061372
(22)【出願日】2023-04-05
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-09-11
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 冬木
【テーマコード(参考)】
3J011
【Fターム(参考)】
3J011AA07
3J011BA02
3J011CA03
3J011JA02
3J011KA02
3J011LA01
3J011MA07
3J011MA08
3J011SB19
(57)【要約】
【課題】動圧溝の形状として、新たに丘部立上がり比率を規定すること、すなわち、指標を設け、この指標を満足して、油膜形成性を確保できる焼結含油軸受を提供する。
【解決手段】ラジアル動圧溝と、前記動圧溝間の動圧丘部とを有するラジアル動圧発生部を内径面に備えた焼結含油軸受である。ラジアル動圧溝の真円度形状を直動展開した形状における、展開方向に沿った中心線からの寸法が0.2μmの動圧丘部の高さ位置での両丘部立上がり幅寸法をそれぞれA及びBとし、丘部全幅をDとしたときの、丘部立上がり比率Eを、(A+B)/Dとし、丘部立上がり比率Eを0.5以下とする。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラジアル動圧溝と、前記動圧溝間の動圧丘部とを有するラジアル動圧発生部を内径面に備えた焼結含油軸受において、
前記ラジアル動圧溝の真円度形状を直動展開した形状における、展開方向に沿った中心線からの寸法が0.2μmの動圧丘部の高さ位置での両丘部立上がり幅寸法をそれぞれA及びBとし、丘部全幅をDとしたときの、丘部立上がり比率Eを、(A+B)/Dとし、前記丘部立上がり比率Eを0.5以下としたことを特徴とする焼結含油軸受。
【請求項2】
前記丘部立上がり比率は、最小二乗中心法で測定した真円度形状を直動展開して形成された座標データに基づいた比率であることを特徴とする請求項1に記載の焼結含油軸受。
【請求項3】
ラジアル動圧溝深さが0.5μm以上であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の焼結含油軸受。
【請求項4】
焼結密度が7.3g/cm3~7.9g/cm3であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の焼結含油軸受。
【請求項5】
真密度比が、86%~94%であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の焼結含油軸受。
【請求項6】
ラジアル動圧溝の動圧溝角度が円周方向に対して、25°以上60°以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の焼結含油軸受。
【請求項7】
内径寸法は0.2mm~1.0mmであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の焼結含油軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結含油軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザビームプリンタ(LBP)のポリゴンミラー用の磁気ディスクドライブ(HDD)用のスピンドルモータ、ファンモータなど小型モータを回転支持する軸受に、一般的には焼結含油軸受が使用される。
【0003】
この種の焼結含油軸受は、例えば、軸受面にヘリングボーン形やスパイラル形等の動圧溝を設け、軸の回転に伴う動圧溝の作用によって軸受隙間に動圧油膜を発生させて軸を浮上支持する流体動圧軸受装置に用いることができる。
【0004】
従来には、特許文献1に記載のように、外径側に動圧溝を有するコアロッドを軸受内径面に挿入し、型成形することで、軸受内径面に動圧溝を転写させる方法がある(動圧サイジング)。すなわち、 焼結含油軸受に動圧溝を加工する際、内径面に関しては、あらかじめ外径に動圧溝を加工したコアロッドを焼結体の内径に挿入し、その後焼結体の外側から加圧することで内径をコアロッドへ抱きつかせ、金型の動圧溝に焼結体を塑性変形させながらめり込ませて溝を転写させる。転写後、外側からの加圧を開放する事で、焼結体はスプリングバックし、同時にコアロッドに抱きつかせていた内径もコアロッドより離れる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
通常、内径寸法が小さくなると、スプリングバック量が少なくなり、コアロッドを抜く際に、内径面とコアロッドが擦れて、焼結体内径面の最表面となる動圧溝丘部を削ってしまうおそれがある。また、焼結体の内径寸法が1mm以下となると、スプリングバック量が少なく、動圧溝を転写させにくくなる。
【0007】
動圧溝が浅くなる原因として、転写が不十分の場合や、スプリングバック量が少なくなることで、コアロッドを抜く際に、内径面とコアロッドが擦れて、最表面となる動圧溝丘部を削ってしまう事が発生する。
【0008】
コアロッドにより内径面が削れる事の対策は、スプリングバック量を大きくすれば良く、その為に外径から加圧力を強める方法や高密度にするなどの対策が考えられるが、寸法精度等の制約で、加圧力を強める外径圧縮量を大きくする事には限界があり、十分なスプリングバック量を確保する事が難しく、その為、動圧丘部を削る事を完全になくすのは難しい。
【0009】
焼結体の内径寸法1mm以下の場合、動圧丘部が削られる事は避けられず、理想形状である矩形から乖離する可能性があるが、現状、油膜形成性を確保可能な、動圧丘部が矩形に近い形状である事を判断するための指標が無く、溝深さのみでの判断となっている。
すなわち、油膜形成性の確保の安定性を確保するためには、動圧丘部が矩形に近い形状であればよく、このため、油膜形成性の確保が安定する寸法形状となる指標を決定し、この指標内に入れば、製品として、油膜形成性の確保が可能となる。
【0010】
そこで、本発明は、上記課題に鑑みて、動圧溝の形状として、新たに丘部立上がり比率を規定すること、すなわち、指標を設け、この指標を満足して、油膜形成性を確保できる焼結含油軸受を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の焼結含油軸受は、ラジアル動圧溝と、前記ラジアル動圧溝間の動圧丘部とを有するラジアル動圧発生部を内径面に備えた焼結含油軸受において、前記ラジアル動圧溝の真円度形状を直動展開した形状における、展開方向に沿った中心線からの寸法が0.2μmの動圧丘部の高さ位置での両丘部立上がり幅寸法をそれぞれA及びBとし、丘部全幅をDとしたときの、丘部立上がり比率Eを、(A+B)/Dとし、前記丘部立上がり比率Eを0.5以下としたものである。ここで、直動展開とは、真円度データで得られる極座標を、直交座標に展開することであり、真円度データを平面度で解析することで直交座標となる。
【0012】
本発明の焼結含油軸受によれば、丘部立上がり比率E=(幅A+幅B)/丘部全体幅Dを0.5以下とすることによって、丘部の立上がり部を矩形に近づけることができる。
【0013】
前記丘部立上がり比率は、最小二乗中心法で測定した真円度形状を直動展開して形成された座標データに基づいた比率である。このように求めた比率は、信頼性のあるものとなる。ここで、最小二乗中心法とは、誤差の二乗が最も少なくなる部分の基準円を求め、この基準円と同心の外接円と内接円の半径を求める。この場合の真円度は、(外接円の半径)-(内接円の半径)となる。
【0014】
ラジアル動圧溝深さが0.5μm以上であるのが好ましい。溝深さが0.5μm以上であれば、安定して動圧力を確保できる。
【0015】
焼結密度が7.3g/cm3~7.9g/cm3であるのが好ましい。高密度化により、スプリングバックの改善も考えられるが、高密度にする事で、潤滑油の循環特性が悪化し易くなり、また密度が低い場合には溝の転写性が悪くなる事から、焼結密度は7.3g/cm3~7.9g/cm3が望ましい。
【0016】
真密度比が、86%から94%であるのが好ましい。ここでいう「真密度比」とは、焼結金属製動圧軸受をなす多孔質体の密度を、その多孔質体に気孔がないと仮定した場合の密度で除した値(百分率)を意味する。焼結金属製動圧軸受の真密度比を86%以上にすることで、軸受の強度を高めることができると共に、軸受の寸法(特に内径寸法)の変動を抑えることができる。また、真密度比を94%以下に留めることで、焼結後の成形性を確保すると共に、内部気孔が独立気孔となる事態を可及的に防止して、内部気孔に所要量の潤滑油を含浸させることができる。
【0017】
ラジアル動圧溝の動圧溝角度が円周方向に対して、25°以上60°以下であるのが好ましい。軸受部の動圧溝角度が25°未満では、ピンが抜ける際の軸方向の毟(むし)れが大きくなりやすく、逆に、動圧溝角度が60°を超えれば、動圧力が弱くなる。
【0018】
内径寸法を0.2mm~1.0mmに設定することができる。一般に、動圧溝形成時において、動圧溝を転写させた後、焼結体(軸受)のスプリングバック量が少なく、動圧溝丘部が削られ、油膜形成性を確保する軸受を得るには、丘部立上がり比率E=(A+B)/Dとした場合に、丘部立上がり比率Eを0.5以下に設定したものであれば、内径寸法が0.2mm~1.0mmであっても、丘部の立上がり部を矩形に近づけることができ、十分、油膜形成性を確保することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明では、丘部立上がり比率E=(幅A+幅B)/丘部全体幅Dを0.5以下とすることによって、丘部の立上がり部を矩形に近づけることができる。このため、油膜形成の確保が可能な焼結含油軸受を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の流体動圧軸受装置を用いたスピンドルモータの断面図である。
【
図3】本発明の焼結含油軸受の製造方法の工程を示すブロック図である。
【
図4】サイジング工程を示し、(a)はサイジングの簡略図であり、(b)はサイジング時の簡略図である。
【
図5】溝加工工程を示し、(a)は溝加工前の簡略図であり、(b)は溝加工時の簡略図である。
【
図6】本発明に係る焼結含油軸受の動圧溝を直動展開した状態の動圧溝と動圧丘部との形状の説明図である。
【
図7】発明品の動圧溝と動圧丘部を測定した波形図である。
【
図8】発明品の一対の丘溝形状を示す波形図である。
【
図9】比較品の動圧溝と動圧丘部を測定した波形図である。
【
図10】比較品の一対の丘溝形状を示す波形図である。
【
図11】発明品の油膜形成試験結果を示すグラフ図である。
【
図12】比較品の油膜形成試験結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1に、HDDのディスク駆動装置に用いられるスピンドルモータを示す。このスピンドルモータは、流体動圧軸受装置1と、流体動圧軸受装置1の軸部材2に固定されたディスクハブ3と、半径方向隙間を介して対向させたステータコイル4およびロータマグネット5と、ブラケット6とを備えている。ステータコイル4はブラケット6に固定され、ロータマグネット5はディスクハブ3に固定される。ブラケット6の内径面には、流体動圧軸受装置1のハウジング7が固定される。ディスクハブ3には、所定枚数(図示例では2枚)のディスク10が保持される。ステータコイル4に通電すると、ロータマグネット5が回転し、これに伴って、ディスクハブ3に保持されたディスク10が軸部材2と一体に回転する。
【0022】
流体動圧軸受装置1は、本発明の一実施形態に係る焼結含油軸受8と、焼結含油軸受8の内周に挿入された軸部材2と、内径面に焼結含油軸受8が固定された有底筒状のハウジング7と、ハウジング7の開口部に配設されるシール部材9とを備える。尚、以下の流体動圧軸受装置1の説明では、便宜上、軸方向でハウジング7の開口側を上方、その反対側を下方という。
【0023】
焼結含油軸受8の下端面8eと、対向するハウジング7の底部7bの上端面7b1との間には、軸部材2の下端に設けられたフランジ部2bが収容される。
【0024】
焼結含油軸受8の内径面には、第1ラジアル動圧発生部8aと、第2ラジアル動圧発生部8bと、軸方向に離隔して2箇所形成される。第1ラジアル動圧発生部8aは、複数の動圧溝8a1とこの動圧溝8a1も間に形成される動圧丘部8a2とを有し、第2ラジアル動圧発生部8bは、複数の動圧溝8b1とこの動圧溝8b1も間に形成される動圧丘部8b2とを有するものである。なお、この実施形態では、例えば
図2に示すように、動圧溝8a1、8b1をヘリングボーン形状に配列している。
【0025】
焼結含油軸受8の下端面8eの全面又は一部環状領域には、スラスト動圧発生部として、図示は省略するが、例えば複数の動圧溝をスパイラル状に配列した領域が形成される。
【0026】
上記構成の流体軸受装置において、軸部材2の回転時、焼結含油軸受8の内径面に形成された動圧溝8a1、8b1形成領域は、対向する軸部材2の外周面2aとの間にラジアル軸受隙間を形成する。そして、軸部材2の回転に伴い、上記ラジアル軸受隙間の潤滑油が動圧溝8a1、8b1の軸方向中心側に押し込まれ、その圧力が上昇する。このように、動圧溝8a1、8b1によって生じる潤滑油の動圧作用によって、軸部材2をラジアル方向に非接触支持する第一ラジアル軸受部R1と第二ラジアル軸受部R2とがそれぞれ構成される。
【0027】
これと同時に、焼結含油軸受8の下端面8e(動圧溝形成領域)とこれに対向するフランジ部2bの上端面との間のスラスト軸受隙間、およびハウジング7の底部7bの上端面7b1(動圧溝形成領域)とこれに対向するフランジ部2bの下端面との間のスラスト軸受隙間に形成される潤滑油膜の圧力が、動圧溝の動圧作用により高められる。そして、これら油膜の圧力によって、フランジ部2b(軸部材2)をスラスト方向に非接触支持する第一スラスト軸受部T1と第二スラスト軸受部T2とがそれぞれ構成される。
【0028】
焼結含油軸受8の上側端面8dには、図示省略の環状溝と、環状溝の内径側に設けられた複数の図示省略の半径方向溝とが形成される。焼結含油軸受8の外周面8cには、複数の軸方向溝8c1が円周方向等間隔に設けられる。これらの軸方向溝8c1、環状溝、及び半径方向溝等を介して、軸部材2のフランジ部2bの外径側の空間がシール空間と連通することで、この空間における負圧の発生が防止される。
【0029】
ところで、焼結含油軸受8は、
図3に示す工程で製造される。すなわち、この製造工程は、圧粉成形工程S1、焼結工程S2、サイジング工程(寸法サイジング工程)S3、封孔処理工程(回転サイジング工程)S4、及び動圧溝形成工程S5を順に経て製造される。圧粉成形工程S1は、例えばCu粉末やCu合金粉末、Fe粉末、Cuで被覆されるFe粉末等の金属粉末を円筒状に圧縮成形する工程であり、焼結工程S2は、圧粉成形工程で得られた圧粉成形体を所定の焼結温度で焼結する工程であり、寸法サイジング工程S3は、焼結工程で得られた焼結体に圧迫力を加えて所定寸法にサイジングを行う工程であり、封孔処理工程S4とは、焼結体の内径面の表層の材料を圧延させることにより内径面に封孔処理を施す処理であり、動圧溝形成工程S5は、内径面に封孔処理後の内径面に動圧溝を形成する工程である。
【0030】
圧粉成形工程S1前には原料粉末混合工程を行う。ここで、原料粉末混合工程は、複数種の粉末を混合することにより、焼結含油軸受8の原料粉を作製する工程である。
【0031】
図4(a)(b)は、サイジング工程(寸法サイジング工程)S3を行う加工装置を示し、この加工装置は円筒形状の焼結体11の内径面11aを圧入するサイジングピン12と、焼結体11の外周面11bを圧入するダイ16と、焼結体11の軸方向両端面を上下方向(軸方向)から拘束する第一パンチ17(上パンチ)および第二パンチ18(下パンチ)とを主要な要素として構成される。
【0032】
サイジングピン12の外周には上パンチ17が上下方向に摺動自在に外挿されている。サイジングピン12および上パンチ17は、それぞれ独立の駆動源で昇降運動を行う。この実施形態では、サイジングピン12は、上パンチ17と同期して下降するようになっている。ダイ16は、図示されていない駆動手段によって、サイジングピン12および上パンチ17が独立して昇降駆動される。下パンチ18は、この実施形態では、当該装置の静止部材(例えば台座等)に固定されている。
【0033】
まず、
図4(a)に示すように、被加工物である焼結体11は下パンチ18の上端面上に配置される。ダイ16は、焼結体11の外周面11b全体を内部に収容しかつ外周面11bとの間に若干の隙間を残した状態で焼結体11の外径側に配置される。サイジングピン12および上パンチ17は、焼結体11に対して軸方向上方に配置される。
【0034】
上述の状態から、
図4(b)に示すように、サイジングピン12を下降させ、サイジングピン12を焼結体11の内周に圧入する。この際、焼結体11の外周面11bはダイ16によって外径方向への変位を拘束されるため、サイジングピン12の圧入により、焼結体11の内径面11aおよびその表層部分が圧迫力を受けて外径方向に変位する。これにより、焼結体11の内径面11aが所定の内径寸法にサイジングされる。
【0035】
また、サイジングピン12と共に上パンチ17を下降させ、上パンチ17を焼結体11の上端面に押し当てる。これにより、焼結体11が上下パンチ17、18によって軸方向両側から拘束され、焼結体11が所定の軸方向寸法にサイジングされる。
【0036】
上記工程が完了した後、ダイ16および上下パンチ17、18による拘束状態を維持した状態でダイ16を下降させ、焼結体11の内径方向への圧迫力を解除する。次に、サイジングピン12を上昇させ、焼結体11の外径方向への圧迫力を解除する。最後に、上パンチ17を上昇させ、当該加工装置からサイジングピン12に固定された焼結体11を取り出す。
【0037】
次の封孔処理工程(回転サイジング工程)S4は、断面略多角形のサイジングピンを焼結体の内径面に圧入し、この状態でサイジングピンを回転させる(図示省略)。サイジングピンのうち、焼結体の内径面と接触する角部は、断面略円弧状に丸められている。この回転サイジングにより、焼結体の内径面の表層の材料がサイジングピンで圧延され、内径面の開孔部が押しつぶされ、内径面の表面開孔率が低減される。特に、焼結体が比較的多くの銅を含むため、焼結体の内径面の表層の圧延性が高く、内径面の開孔部が押しつぶされやすい。
【0038】
次の動圧溝形成工程(溝サイジング工程)S5では、
図5に示すサイジング金型30により焼結体28を所定の寸法精度に矯正すると共に、焼結体28の内径面28aに動圧溝を型成形する。具体的には、
図5(a)に示すように、焼結体28の内周にコアロッド31を隙間を介して挿入すると共に、焼結体28の軸方向幅を上下パンチ32,33で拘束する。この状態を維持しながら、
図5(b)に示すように、焼結体28をダイ34の内周に圧入する。これにより、焼結体28が外周から圧迫され、焼結体28の内径面28aが、コアロッド31の外周面に形成された成形型31aに押し付けられ、焼結体28の内径面28aに成形型31aの形状が転写されて動圧溝8a1,8b1(
図2参照)が成形される。その後、焼結体28、コアロッド31、及び上下パンチ32,33を上昇させ、ダイ34の内周から焼結体28及びコアロッド31を取り出す。このとき、焼結体28の内径面28aがスプリングバックにより拡径し、コアロッド31の外周面の成形型31aから剥離する。そして、焼結体28の内周からコアロッド31を引き抜く。
【0039】
こうして形成された焼結体28の内部気孔に真空含浸等の手法で潤滑油を含浸させると、
図2に示す焼結含油軸受8が完成する。
【0040】
ところで、焼結体28の内周からコアロッド31を引き抜く際には、動圧丘部8a2、8b2が多少削れることは避けられない。しかしながら、動圧丘部8a2、8b2としては、矩形状とするのが、油膜形成には必要とされる。そこで、本発明では、油膜形成性を確保するための指標を設定した。すなわち、
図6に示すように、寸法設定が、油膜形成には必要とされる矩形状に近似することがわかった。
【0041】
この場合、前記動圧発生部8a(8b)の真円度形状を直動展開した形状における、展開方向に沿った中心線Oからの寸法Lが0.2μmの丘部8a2(8b2)の高さ位置での両丘部立上がり幅寸法をそれぞれA及びBとし、丘部全幅をDとしたときの、丘部立上がり比率Eを、(A+B)/Dとし、前記丘部立上がり比率Eを0.5以下としたものである。ここで、直動展開とは、真円度データで得られる極座標を、直交座標に展開することであり、真円度データを平面度で解析することで直交座標となる。
【0042】
このように、丘部立上がり比率E=(幅A+幅B)/丘部全体幅Dを0.5以下のものに限定する、つまり、丘部立上がり比率Eが0.5以下とする指標を決定することにより、製品である焼結含油軸受の動圧丘部8a2(8b2)の立上がり部が矩形に近づいたものとなっており、油膜形成性を確保することができる。
【0043】
ラジアル動圧溝深さd1が0.5μm以上であるのが好ましい。溝深さd1が0.5μm以上であれば、安定して動圧力を確保できる。
【0044】
焼結密度が7.3g/cm3~7.9g/cm3であるのが好ましい。高密度化により、スプリングバックの改善も考えられるが、高密度にする事で、潤滑油の循環特性が悪化し易く、また密度が低い場合には溝の転写性が悪くなる事から、焼結密度は7.3g/cm3~7.9g/cm3が望ましい。
【0045】
真密度比が、86%から94%であるのが好ましい。ここでいう「真密度比」とは、焼結金属製動圧軸受をなす多孔質体の密度を、その多孔質体に気孔がないと仮定した場合の密度で除した値(百分率)を意味する。焼結金属製動圧軸受の真密度比を86%以上にすることで、軸受の強度を高めることができると共に、軸受の寸法(特に内径寸法)の変動を抑えることができる。また、真密度比を94%以下に留めることで、焼結後の成形性を確保すると共に、内部気孔が独立気孔となる事態を可及的に防止して、内部気孔に所要量の潤滑油を含浸させることができる。
【0046】
ラジアル動圧溝の動圧溝角度θ(
図2参照)が円周方向に対して、25°以上60°以下であるのが好ましい。動圧溝角度θが25°未満では、ピンが抜ける際の軸方向の毟(むし)れが大きくなりやすく、逆に、動圧溝角度θが60°を超えれば、動圧力が弱くなる。
【0047】
内径寸法d(
図2参照)を0.2mm~1.0mmに設定することができる。一般に、動圧溝形成時において、動圧溝を転写させた後、焼結体(軸受)のスプリングバック量が少なく、動圧溝丘部が削られ、油膜形成性を確保する軸受を得るには、丘部立上がり比率E=(A+B)/Dとした場合に、丘部立上がり比率Eを0.5以下に設定したものであれば、内径寸法が0.2mm~1.0mmであっても、丘部の立上がり部を矩形に近づけることができ、十分、油膜形成性を確保することができる。
【0048】
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、例えば、前記実施形態では、焼結含油軸受8が固定され、軸部材2が回転する場合を示したが、これに限らず、軸部材2を固定して焼結含油軸受8を回転させる構成、あるいは、軸部材2及び焼結含油軸受8の双方を回転させる構成を採用することもできる。
【0049】
ところで、動圧溝形成工程において、焼結体28から、コアロッド31を引き抜く工程において、焼結体28を加熱してから引き抜くようにしてもよい。すなわち、焼結体28を加熱手段(例えば、熱風機での熱風の突き付け)で、焼結体28を加熱して、コアロッド31を抜くようにする。この加熱によって、焼結体28の温度がコアロッド31の温度よりも高くなり、コアロッド31の外径よりも焼結体28の内径が大きくなり、コアロッド31を抜け易くできる。
【0050】
本発明に係る焼結含油軸受8が組み込まれた流体動圧軸受装置は、HDDのディスク駆動装置に用いられるスピンドルモータに限らず、他の情報機器に組み込まれるスピンドルモータ、レーザビームプリンタのポリゴンスキャナモータ、プロジェクタのカラーホイール、あるいは冷却用のファンモータ等、他の小型モータにも広く使用することができる。
【実施例0051】
次に、上記したように、形成したラジアル動圧溝の溝形状を求め、この溝形状の測定チャートを
図7及び
図9に示した。すなわち、この測定チャートは、真円度測定機(株式会社東京精密社製のRONCOM NEX 200 DX-11)にて、最小二乗中心法で測定した真円度形状を直動展開して形成された座標データに基づくものである。ここで、最小二乗中心法とは、誤差の二乗が最も少なくなる部分の基準円を求め、この基準円と同心の外接円と内接円の半径を求める。この場合の真円度は、(外接円の半径)-(内接円の半径)となる。
【0052】
燒結含油軸受としては、内径寸法(直径)を0.6mmとし、外径寸法(直径)を1.4mmとし、全長を1.7mmとした円筒形状体を用いた。また、コアロッド31として、外径寸法が、0.6mmで、外周面に形成される成形型の形状寸法は直径1.4mmとした。
【0053】
ところで、
図13は、最小二乗中心法で測定した真円度形状を示し、
図7及び
図9は、
図13に示す真円度形状を直動展開して形成された座標データである。
図8は、
図7の測定チャートの波形の3つのパターンa、b、cを取り出したものを示し、
図10は、
図9の測定チャートの波形の3つのパターンa1、b1、c1を取り出したものを示している。
【0054】
そして、各a、b、c、a1、b1、c1での丘部立上がり比率Eを求めた。この場合、丘部立上がり比率Eは、実施品のパターンaでは0.17であり、実施品のパターンbでは0.17であり、実施品のパターンcでは0.25であり、比較品のパターンa1では0.13であり、比較品のパターンb1では0.66であり、比較品のパターンc1では0.32であった。また、ラジアル溝深さとしては、実施品は、0.878μmとなり、比較品は0.565μmとなった。
【0055】
次に、
図7及び
図9で示す波形のラジアル動圧発生部を有する軸受および
図8及び
図10で示す波形のラジアル動圧発生部を有す軸受について、油膜形成試験を行い、その結果を
図11と
図12に示す。また、油膜形成試験条件としては、次の表1に示す。
【表1】
【0056】
この場合、NTN株式会社製の軸受単体ラジアル油膜形成率試験機を用い、回転速度を10000min-1とし、雰囲気温度を室温(24℃~27℃)とし、直径隙間(軸部材の外径面と軸受の内径面との間のクリアランス)を4μmとし、ラジアル荷重を0.1Nとし、オイルとしてエステル系で40℃における動粘度が24mm2/sである。また、試験時間は140秒とし、測定項目として、油膜形成率(波形)とし、軸と軸受が非接触となる状態を100%とした。
【0057】
試験結果(
図11と
図12)からわかるように、発明品では、回転速度を10000min
-1であれば、油膜形成率が0.125分~2.125分の間において、100%あったのに対して、比較品では、油膜形成率が0.125分~2.125分の間において、100%でない状態が生じていた。
【0058】
これは、実施品では、a、b、cの全てのパターンにおいて、丘部立上がり比率Eが、0.25以下であり、かつ、ラジアル溝深さが0.878μmと深く、十分な動圧力を確保することができることが分かる。すなわち、実施品では、動圧丘部を矩形形状に近づけられることができる。このため、実施品では、油膜形成率が0.125分~2.125分の間において、100%であった。これに対して、丘部立上がり比率Eが、パターンa1では0.13であり、パターンc1では0.32であったが、パターンb1では0.66であり、0.5を超えていた。また、ラジアル溝深さが0.565μmであった。すなわち、パターンa1~c1では、動圧丘部を矩形形状に近づけられなかった。このため比較品では、油膜形成率が0.125分~2.125分の間において、100%でない状態が生じていた。