(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024148444
(43)【公開日】2024-10-18
(54)【発明の名称】積層造形物及び積層造形物の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/04 20060101AFI20241010BHJP
B23K 31/00 20060101ALI20241010BHJP
B33Y 80/00 20150101ALI20241010BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20241010BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20241010BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20241010BHJP
C22C 38/38 20060101ALI20241010BHJP
【FI】
B23K9/04 M
B23K9/04 G
B23K9/04 Z
B23K31/00 F
B33Y80/00
B33Y10/00
B23K35/30 340A
C22C38/00 301Y
C22C38/38
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023061572
(22)【出願日】2023-04-05
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-07-26
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐野 萌
(72)【発明者】
【氏名】黄 碩
(57)【要約】
【課題】、積層造形の工程に新たに処理を追加することなく造形物に圧縮残留応力を発生させて、造形物の機械的特性を向上させる。
【解決手段】積層造形物100の組成は、質量%で、C:0.02%以上、0.15%以下、Si:0.50%以上、0.90%以下、Mn:1.00%以上、1.60%以下、P:0.025%以下、S:0.025%以下、Cr:0.30%以上、0.60%以下、Mo:0.10%以上、0.45%以下、Ti:0.02%以上、0.30%以下、Cu:0.4%以下で、残部がFeと不可避的に含まれる不純物である。溶接ビードの延伸方向に直交する断面の断面積が8.0mm
2以上、80.0mm
2以下の溶接ビードが並設された複数のビード層を含む充填部15を有する。充填部15の複数のビード層のうち積層方向の中央を含む中間層は、積層方向の圧縮残留応力が47MPa以上である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材上に溶加材を溶融して形成される溶接ビードが繰り返し積層された積層造形物であって、
前記積層造形物の組成は、質量%で、
C: 0.02%以上、0.15%以下、
Si:0.50%以上、0.90%以下、
Mn:1.00%以上、1.60%以下、
P: 0.025%以下、
S: 0.025%以下、
Cr:0.30%以上、0.60%以下、
Mo:0.10%以上、0.45%以下、
Ti:0.02%以上、0.30%以下、
Cu:0.4%以下で、
残部がFeと不可避的に含まれる不純物であり、
前記溶接ビードの延伸方向に直交する断面の断面積が8.0mm2以上、80.0mm2以下の溶接ビードが並設された複数のビード層を含む充填部を有し、
前記充填部の複数の前記ビード層のうち積層方向の中央を含む中間層は、前記積層方向の圧縮残留応力が47MPa以上である、
積層造形物。
【請求項2】
前記充填部の外周縁の少なくとも一部に沿って、前記充填部と接合される外殻部を備える、
請求項1に記載の積層造形物。
【請求項3】
前記充填部の前記圧縮残留応力の平均値は、前記外殻部の前記圧縮残留応力の平均値よりも大きい、
請求項2に記載の積層造形物。
【請求項4】
前記充填部は、前記母材との界面を含む深層と、前記充填部の露出面を含む表層と、前記深層と前記表層に挟まれた前記中間層とを含み、
前記中間層の前記圧縮残留応力は、84MPa以上である、
請求項1から3のいずれか1項に記載の積層造形物。
【請求項5】
前記中間層の前記圧縮残留応力は、171MPa以上である、
請求項4に記載の積層造形物。
【請求項6】
母材上に溶加材を溶融して形成される溶接ビードを繰り返し積層する積層造形物の製造方法であって、
前記積層造形物の組成は、質量%で、
C: 0.02%以上、0.15%以下、
Si:0.50%以上、0.90%以下、
Mn:1.00%以上、1.60%以下、
P: 0.025%以下、
S: 0.025%以下、
Cr:0.30%以上、0.60%以下、
Mo:0.10%以上、0.45%以下、
Ti:0.02%以上、0.30%以下、
Cu:0.4%以下で、
残部がFeと不可避的に含まれる不純物であり、
前記溶接ビードを、前記溶加材の溶着量が165mm3/sec~200mm3/sec、入熱量が400J/mm~4000J/mmの条件で形成し、
前記溶接ビードを並設したビード層を積層して充填部を形成する際に、前記充填部の複数の前記ビード層のうち、前記溶接ビードの積層方向の中央を含む中間ビード層を、前記積層方向の圧縮残留応力が47MPa以上のビード層にする、
積層造形物の製造方法。
【請求項7】
前記充填部の外周縁の少なくとも一部に沿って前記充填部と接合される外殻部を、前記充填部を形成する溶接ビードよりも前記溶着量及び前記入熱量が低い条件で形成する、
請求項6に記載の積層造形物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層造形物及び積層造形物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接ビードを積層した積層造形物は、溶接現象に起因して残留応力が発生しやすい。この残留応力は、造形した構造物の機械的な特性に影響を与える。例えば、圧縮残留応力は疲労寿命の向上に望ましいが、引張残留応力は逆に疲労寿命を低下させやすいことが知られている。こうした影響を考慮して、残留応力の分布を制御する手法が提案されている(例えば特許文献1,2)。
【0003】
特許文献1には、造形物の製品全体に引張残留応力が残り、層間の結合が困難となるため、層に塑性ひずみを与えるようにローリングすることで、均一な圧縮残留応力を与えることが記載されている。また、特許文献2には、ショットピーニングにより造形物に圧縮残留応力を付与することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2016-13686号公報
【特許文献2】特公表2019-507250号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1,2の手法では、いずれも特別な設備、機器及びコストを要することになり、しかも、造形物の生産リードタイムを増加させてしまう。
そこで本発明は、積層造形の工程に新たに処理を追加することなく造形物に圧縮残留応力を発生させて、造形物の機械的特性を向上させる積層造形物及び積層造形物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は下記の構成からなる。
(1) 母材上に溶加材を溶融して形成される溶接ビードが繰り返し積層された積層造形物であって、
前記積層造形物の組成は、質量%で、
C: 0.02%以上、0.15%以下、
Si:0.50%以上、0.90%以下、
Mn:1.00%以上、1.60%以下、
P: 0.025%以下、
S: 0.025%以下、
Cr:0.30%以上、0.60%以下、
Mo:0.10%以上、0.45%以下、
Ti:0.02%以上、0.30%以下、
Cu:0.4%以下で、
残部がFeと不可避的に含まれる不純物であり、
前記溶接ビードの延伸方向に直交する断面の断面積が8.0mm2以上、80.0mm2以下の溶接ビードが並設された複数のビード層を含む充填部を有し、
前記充填部の複数の前記ビード層のうち積層方向の中央を含む中間層は、前記積層方向の圧縮残留応力が47MPa以上である、
積層造形物。
(2) 母材上に溶加材を溶融して形成される溶接ビードを繰り返し積層する積層造形物の製造方法であって、
前記積層造形物の組成は、質量%で、
C: 0.02%以上、0.15%以下、
Si:0.50%以上、0.90%以下、
Mn:1.00%以上、1.60%以下、
P: 0.025%以下、
S: 0.025%以下、
Cr:0.30%以上、0.60%以下、
Mo:0.10%以上、0.45%以下、
Ti:0.02%以上、0.30%以下、
Cu:0.4%以下で、
残部がFeと不可避的に含まれる不純物であり、
前記溶接ビードを、前記溶加材の溶着量が165mm3/sec~200mm3/sec、入熱量が400J/mm~4000J/mmの条件で形成し、
前記溶接ビードを並設したビード層を積層して充填部を形成する際に、前記充填部の複数の前記ビード層のうち、前記溶接ビードの積層方向の中央を含む中間ビード層を、前記積層方向の圧縮残留応力が47MPa以上のビード層にする、
積層造形物の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、積層造形の工程に新たな処理を追加することなく造形物に圧縮残留応力を発生させることができ、これにより、造形物の機械的特性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、積層造形物を模式化した概略断面図である。
【
図2】
図2は、造形物を積層造形する積層造形装置の概略構成図である。
【
図3】
図3は、
図1に示す造形物を形成する溶接ビードのビードモデルの断面を模式的に示す説明図である。
【
図5】
図5は、試験体に含まれる母材の斜視図である。
【
図6】
図6は、積層体を造形する溶接ビードの形成パスを示す説明図である。
【
図7】
図7は、試験体の残留応力測定位置を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明に係る実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。ここでは、アーク溶接で形成する溶接ビードによって積層造形物を造形する場合を例に説明するが、材料の溶融と凝固を伴って所望の形状を造形する方式であれば、他の造形方式であってもよい。
【0010】
図1は、積層造形物を模式化した概略断面図である。ここで示す積層造形物(以下、造形物という。)100は、母材11上に溶接ワイヤ等の溶加材が溶融及び凝固して形成される溶接ビードを、繰り返し積層して形成される。造形物100は、母材11上に例えば外殻部13と充填部15とを含んで構成される。外殻部13は、
図1に示すビード延伸方向に垂直な断面で、所定の溶着断面積を有する溶接ビードが連なったビード壁でもよく、母材の一部により形成される母材壁でもよい。充填部15は、外殻部13に囲まれる部分に、外殻部13よりも大きい溶着断面積の溶接ビードにより形成される。外殻部13は、充填部15の外周縁に形成することに限らず、充填部15内に画成する空洞の内壁を形成してもよい。
【0011】
充填部15は、溶接ビードが並設されたビード層を積層した多層構造体である。充填部15を構成する各ビード層の溶接ビードは、溶加材の溶融及び凝固により形成され、溶接条件及び周囲部材からの抜熱条件によってその性状が変化する。ここでは、母材11と充填部15との界面を含む層を深層15a、充填部15として積層されたビード層の最終層(最上層)となる露出面を含む層を表層15c、深層15aと表層15cに挟まれた層を中間層15bとして、それぞれ区別する。なお、ここでいう各層15a,15b,15cは、それぞれ1層のビード層に限らず、複数のビード層により形成された層である場合を含む。
【0012】
上記した造形物100は、例えばアークを熱源として溶接を行う積層造形装置により製造できる。
図2は、造形物を積層造形する積層造形装置200の概略構成図である。一例として示す積層造形装置200は、造形制御装置21と、マニピュレータ23と、溶加材供給装置25と、マニピュレータ制御装置27と、熱源制御装置29とを含んで構成される。
【0013】
マニピュレータ制御装置27は、マニピュレータ23と、熱源制御装置29とを制御する。マニピュレータ制御装置27には不図示のコントローラが接続されて、マニピュレータ制御装置27の任意の操作がコントローラを介して操作者から指示可能となっている。
【0014】
マニピュレータ23は、例えば多関節ロボットであり、先端軸に設けたトーチ31には、溶加材Mが連続供給可能に支持される。トーチ31は、溶加材Mを先端から突出した状態に保持する。トーチ31の位置及び姿勢は、マニピュレータ23を構成するロボットアームの自由度の範囲で3次元的に任意に設定可能となっている。マニピュレータ23は、6軸以上の自由度を有するものが好ましく、先端の熱源の軸方向を任意に変化させられるものが好ましい。マニピュレータ23は、
図1に示す4軸以上の多関節ロボットの他、2軸以上の直交軸に角度調整機構を備えたロボット等、種々の形態であってもよい。
【0015】
トーチ31は、不図示のシールドノズルを有し、シールドノズルからシールドガスが供給される。シールドガスは、大気を遮断し、溶接中の溶融金属の酸化、窒化などを防いで溶接不良を抑制する。本構成で用いるアーク溶接法としては、被覆アーク溶接又は炭酸ガスアーク溶接等の消耗電極式、TIG(Tungsten Inert Gas)溶接又はプラズマアーク溶接等の非消耗電極式のいずれであってもよく、造形対象に応じて適宜選定される。ここでは、ガスメタルアーク溶接を例に挙げて説明する。消耗電極式の場合、シールドノズルの内部にはコンタクトチップが配置され、電流が給電される溶加材Mがコンタクトチップに保持される。トーチ31は、溶加材Mを保持しつつ、シールドガス雰囲気で溶加材Mの先端からアークを発生する。
【0016】
溶加材供給装置25は、トーチ31に向けて溶加材Mを供給する。溶加材供給装置25は、溶加材Mが巻回されたリール25aと、リール25aから溶加材Mを繰り出す繰り出し機構25bとを備える。溶加材Mは、繰り出し機構25bによって必要に応じて正方向又は逆方向に送られながらトーチ31へ送給される。繰り出し機構25bは、溶加材供給装置25側に配置されて溶加材Mを押し出すプッシュ式に限らず、ロボットアーム等に配置されるプル式、又はプッシュ-プル式であってもよい。
【0017】
熱源制御装置29は、マニピュレータ23による溶接に要する電力を供給する溶接電源である。熱源制御装置29は、溶加材Mを溶融、凝固させるビード形成時に供給する溶接電流及び溶接電圧を調整する。また、熱源制御装置29が設定する溶接電流及び溶接電圧等の溶接条件に連動して、溶加材供給装置25の溶加材供給速度が調整される。
【0018】
溶加材Mを溶融させる熱源としては、上記したアークに限らない。例えば、アークとレーザーとを併用した加熱方式、プラズマを用いる加熱方式、電子ビーム又はレーザーを用いる加熱方式等、他の方式による熱源を採用してもよい。電子ビーム又はレーザーにより加熱する場合、加熱量を更に細かく制御でき、形成するビードの状態をより適正に維持して、積層構造物の更なる品質向上に寄与できる。
【0019】
溶加材Mの材質は、特に圧縮残留応力の効果が顕著となる材料として下記の組成物を例示できる。
【0020】
(溶加材の材質)
C: 0.02%以上、0.15%以下
Si:0.50%以上、0.90%以下
Mn:1.10%以上、1.60%以下
P: 0.025%以下
S: 0.025%以下
Cr:0.30%以上、0.60%以下
Mo:0.10%以上、0.45%以下
Ti:0.02%以上、0.30%以下
Cu:0.4%以下
【0021】
造形制御装置21は、上記した各部を統括して制御する。造形制御装置21は、マニピュレータ制御装置27に直接接続される形態に限らず、ネットワーク等を介して遠隔から接続される他のコンピュータで構成されてもよい。
【0022】
上記した構成の積層造形装置200は、造形物100の造形計画に基づいて作成された造形プログラムに従って動作する。造形プログラムは、多数の命令コードにより構成され、造形物の形状、材質、入熱量等の諸条件に応じて、適宜なアルゴリズムに基づいて作成される。この造形プログラムに従って、トーチ31を移動させつつ、送給される溶加材Mを溶融及び凝固させると、溶加材Mの溶融凝固体である線状の溶接ビードBが母材11上に形成される。つまり、マニピュレータ制御装置27は、造形制御装置21から提供される所定のプログラムに基づいてマニピュレータ23、熱源制御装置29を駆動させる。マニピュレータ23は、マニピュレータ制御装置27からの指令により、溶加材Mをアークで溶融させながらトーチ31を移動させて溶接ビードBを形成する。このようにして溶接ビードBを順次に形成、積層することで、目的とする形状の造形物100が得られる。
【0023】
造形制御装置21は、例えば、PC(Personal Computer)などの情報処理装置を用いたハードウェアにより構成される。造形制御装置21の各機能は、不図示の制御部が不図示の記憶装置に記憶された特定の機能を有するプログラムを読み出し、これを実行することで実現される。記憶装置としては、揮発性の記憶領域であるRAM(Random Access Memory)、不揮発性の記憶領域であるROM(Read Only Memory)等のメモリ、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)等のストレージを例示できる。また、制御部としては、CPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processor Unit)などのプロセッサ、又は専用回路等を例示できる。
【0024】
図1に示す造形物100を、上記した積層造形装置200により積層造形する場合には、概略的には次のような手順で行う。まず、造形しようとする目標形状を溶接ビードの高さでスライスし、複数層のスライスモデルを生成する。生成されたスライスモデルの形状を、それぞれ溶接ビードの幅でビード形成する場合のトーチ移動経路(パス)を求めて、溶接ビードを模擬したビードモデルを生成する。こうして得られたビードモデルに沿って溶接ビードBを形成することで、スライスモデルの形状のビード層を形成する。このようにして複数のビード層を繰り返し積層することで、目標形状の造形物が製造される。溶接ビードBの断面形状(ビード幅、ビード高さ等)は、溶加材Mの送給速度、溶接電圧、溶接電流等の溶接条件によって調整される。
【0025】
上記した溶接ビードBを形成するためのパス、及び溶接条件の情報は、前述した造形プログラムに含まれており、造形制御装置21は、造形対象とする造形物の形状に応じた造形プログラムをマニピュレータ制御装置27に出力して、目的とする造形物の形状を造形させる。
【0026】
図3は、
図1に示す造形物100を形成する溶接ビードBのビードモデルの断面を模式的に示す説明図である。母材11上には、
図1に示す外殻部13を構成するビードモデルBMaと、充填部15を構成するビードモデルBMbが積層されている。外殻部13は、形状精度を高めるために比較的小さい溶接ビードで形成し、充填部15は、充填効率を向上させるために比較的大きい溶接ビードで形成する。そのため、充填部15のビードモデルBMbを、外殻部13のビードモデルBMaよりも大きくする。つまり、溶接ビードの延伸方向に直交する断面の断面積を、外殻部13よりも充填部15が大きくなるようにビードモデルBMa,BMbを設定する。
【0027】
外殻部13と充填部15の各溶接ビードを、互いに断面積の異なる溶接ビードに形成するには、溶接条件をそれぞれ異ならせればよい。上記した外殻部13のビードモデルBMaに対応する溶接ビードの断面積は、例えば2.5mm2~70mm2である。この溶接ビードを形成する溶接条件としては、溶加材Mの溶着量を25mm3/sec~165mm3/sec、入熱量を50J/mm~2500J/mmとした低入熱条件にする。一方、充填部15のビードモデルBMbに対応する溶接ビードの断面積は、例えば8.0mm2~80mm2である。この溶接ビードを形成する溶接条件としては、溶加材Mの溶着量を165mm3/sec~200mm3/sec、入熱量を400J/mm~4000J/mmとした高入熱条件にする。低入熱条件での溶接としては、例えばCMT(Cold Metal Transfer:登録商標)方式の溶接等が挙げられる。
【0028】
このように、充填部15の溶接条件を、外殻部13の溶接条件と比較して溶接ビードの単位時間当たりの溶着量(ビード断面積と相関)、及び入熱量を大きく設定すると、外殻部13に比べて、積層方向に関して比較的大きな圧縮残留応力が充填部15に発生する。
【0029】
本明細書において、上記した「高入熱条件」とは、「低入熱条件」に比べて溶着量(体積比)が2倍以上、入熱量は1.5倍以上であることを意味する。溶接ビードの断面積については、使用した溶加材の体積(例えば、溶接ワイヤの直径と長さ)、溶接条件等に基づいて、単位時間あたりの溶着体積から見積もってもよい。また、造形後の造形物を切断して、鋼材のマクロ組織を観察する要領(JIS G0553)で観察し、観察される溶接ビードの境界線によりビード断面積を見積もってもよい。
【0030】
溶接ビードを繰り返し積層すると、造形物に生じた引張残留応力が、機械的強度を良化させる圧縮残留応力に転じる傾向があることが知られている(例えば、文献1:T.Mukherjee, W.Zhang, T.DebRoy, An improved prediction of residual stresses and distortion in additive manufacturing, Computational Materials Science 126(2017),PP.360-372)。そのため、溶接ビードの積層層数が多いほど、より確実に圧縮残留応力を生じるため好ましく、少なくとも10層以上積層することが好ましい。
【0031】
さらに、詳細を後述する造形物においては、造形物に発生した残留応力(造形物の積層方向(Z方向)の残留応力)を、充填部15の複数の部位から切り出された試験体で計測したところ、残留応力値は造形物の場所により異なっていた。
図1に示すように、造形物が母材11上に外殻部13、及び外殻部13の内側の充填部15を備える場合、充填部15について、母材11とその上層の溶接ビードとの境界(Z=0)を含む領域(「境界部」ともいう)で残留応力を計測したところ、境界部のいずれの箇所でも70MPa以上の圧縮残留応力を有していた。一方、境界部から離れた充填部15の内部(Z=25mmの深さ位置)と、充填部15の表面層(Z=50mmの位置)を含む表面部の残留応力は、境界部と異なる傾向を示した。
【0032】
このような造形物の内部における残留応力は、47MPa以上が好ましく、より好ましくは84MPa以上である。特に、造形物の内部に171MPa以上の圧縮残留応力を有する場合には、母材との境界部から造形物の表面にかけての残留応力が場所によらずに圧縮となり、バランスのよい残留応力分布となる。このように、造形物の内部の圧縮残留応力が比較的大きいことで、ビード層同士の密着力が向上するほか、造形物に欠陥、亀裂が発生しても厚さ方向の欠陥及び亀裂の拡大を抑制できる。
【0033】
本発明では上述した残留応力分布を得るために、例えば、造形物に粒子を衝突させるショットピーニング、圧下機構により圧力を加えるローリング等の機械的処理は、付加的なコストを要するため基本的に実施しない。これら機械的処理は、その処理が必要な場合に限り、コストが許容される範囲で特定の部位に絞って実施することが好ましい。例えば、外殻部13については、母材と溶接ビードの積層体とが剥離する方向に外力が働きやすいことから、外殻部13の周囲に対して、これら機械的な後処理を実施してもよい。その場合、外殻部13の周囲では、外力による引張応力が緩和され、母材と積層体の剥離及び亀裂の発生を抑制できる。
【実施例0034】
以下に示す試験体を造形し、この試験体に発生した残留応力分布を確認した。
(試験体の造形)
図4は、試験体TPの側面図、
図5は、試験体TPに含まれる母材11の斜視図である。
図4に示す試験体TPは、
図3に示す造形物を模擬した形状であり、母材11と積層体35とにより構成される。
【0035】
母材11は、
図5に示すように、上側が開口する断面半円状の2つの溝部37A,37Bが形成された平坦部39と、平坦部39の一端側で溝部37A,37Bの長手方向に沿って立設された壁部41とを有する。壁部41の平坦部39に向いた壁面41aは、平坦部39の上面39aに垂直な鉛直面である。溝部37A,37Bは、互いに平行に形成し、その長手方向の一端を平坦部39の端部まで形成した。
【0036】
図4に示す母材11の平坦部39と壁部41とにより形成される凹所に、溶接ビードの積層体35を形成した。積層体35は、外殻部47と、溝部37A,37Bを覆って断面円形の中空空間39を形成する溝壁部49A,49Bと、充填部51とを有する。溝壁部49A,49Bは、外殻部47と同じ又はそれに近い条件で形成した。
【0037】
図6は、積層体35を造形する溶接ビードの形成パスを示す説明図である。ここでは、平坦部39の上面39aで、溶接ビードを溝部37A,37Bの長手方向に沿った複数のパスで順次に形成して積層体35を造形した。具体的には、パスPSaにより外殻部47を形成し、パスPSbにより溝壁部49A,49Bを形成し、パスPScにより充填部51を形成した。
図6には、平坦部39上の一層のビード層を形成するパスを示しているが、同様にして次層を積層し、合計10層以上を積層することで
図4に示す形状の積層体35を得た。
【0038】
上記の溶接ビードの形成には2種類の溶接条件を適用した。造形物の外枠となる外形部分(外殻部47を含む矩形状の枠、及び溝壁部49A,49B)には低入熱の溶接条件を適用し、外周が囲まれる充填部分(充填部51)には比較的高入熱の溶接条件を適用した。
【0039】
積層造形装置としては、アーク溶接ロボット(神戸製鋼所製:ARCMAN-MP)を使用し、表1に示す条件で溶接ビードを積層した。
【0040】
【0041】
つまり、外形部分については、溶着量が28.3mm3/sec、入熱量が300.1J/mmの低入熱条件とし、外周が囲まれる充填部分については、溶着量が179.1mm3/sec、入熱量が576.6J/mmの高入熱条件とした。いずれの場合にもシールドガスとして、ArガスにCO2ガスを20%添加したガスを用いた。また、充填部51については、振幅1m、周期4Hzでウィービングを実施した。
【0042】
母材11の材質は、機械構造用炭素鋼S35C(JIS G4051)である。溶加材Mは、ワイヤ径がφ12mmの溶接ワイヤ(MB-S63B:神戸製鋼所製)を用いた。造形中の溶接ビードの亀裂発生を抑制するため、母材11を予熱したのち、200~300℃の範囲で保温した状態下で初層(1層目)の積層を行った。
【0043】
溶接ビード層の積層後は、積層体35に確実に残る残留応力を評価するために、焼鈍熱処理した。この焼鈍処理は、100℃/hrで昇温させたのち、580℃にて6hr保持する条件とした。
【0044】
(試験体の金属組成推定)
上記の試験体TPの造形に使用した溶加材Mの組成規格(JIS Z 3312のC1M1T参照)、溶着金属の組成例(カタログに記載された製品仕様値)、外殻造形及び充填造形を組み合わせて造形した簡易試験体(不図示)の充填部における組成例を表2に示す。
【0045】
【0046】
表2より、造形物の組成は概ね溶加材の成分規格から逸脱しない。Mnだけ僅かに成分規格から外れるが、これはMnが比較的酸化されやすく、スラグ等の生成によって消費されることが原因と考えられる。以上のことも踏まえ、試験体の充填部51における金属組成及び残留応力に影響を及ぼす金属組成は、以下に示す範囲にあると推定される。
C :0.02%以上、0.15%以下
Si:0.50%以上、0.90%以下
Mn:1.00%以上、1.60%以下
P :0.025%以下
S :0.025%以下
Cr:0.30%以上、0.60%以下
Mo:0.10%以上、0.45%以下
Ti:0.02%以上、0.30%以下
Cu:0.4%以下
残部は鉄および不可避的不純物(O,Alなど)
【0047】
(試験体の残留応力)
上記のように形成した試験体TPの残留応力を、ひずみゲージ法(切断法)を用いて測定した。
図7は、試験体TPの残留応力測定位置を示す説明図である。試験体TPから様々な残留応力の導入状況を調べるため、試験体TPの外殻部及び充填部における複数の部位P1~P11について測定した。また、各部位P1~P11について、充填部51の表層(Z=0mm)、中間層(Z=25mm)、平坦部39の上面39a位置となる深層(Z=50mm:)の各深さ位置における残留応力をそれぞれ測定した。各部位における層毎の残留応力の測定結果を表3に示した。なお、表3中の符号についてマイナス(-)は圧縮残留応力を意味し、プラス(+)は引張残留応力を意味することに注意する。
【0048】
【0049】
試験体TPの各部位P1~P11の評価結果は、以下の基準により判定している。
◎:各層で圧縮残留応力が発生し、その大きさがいずれも100MPa以上
○:各層で圧縮残留応力が発生し、その大きさがいずれも50MPa以上だが◎に該当しない
△:各層で圧縮残留応力が発生し、その大きさがいずれも25MPa以上だが◎もしくは○に該当しない
×:◎、○、△以外
【0050】
深層から表層にかけてバランスよく圧縮残留応力を有する部位としては、P2、P3が挙げられる。これら部位P2,P3においては、少なくともz=25mmの深さにおいて25MPa以上の圧縮残留応力を有するため、望ましい状態といえる。また、P1,P4,P5の部位のように外殻部47及び母材11の41壁部から離れると、圧縮残留応力が更に増大した。このことから、積層体35の中央寄りの位置では、圧縮残留応力が確実に増大し、残留応力分布が圧縮側にバランスしていることが確認できた。
【0051】
なお、充填部51の領域の部位P1~P8と、外殻部47の領域の部位P9~P11とを比較すると、相対的に入熱量が低い溶接ビードにより形成される外殻部47では、大きな圧縮残留応力は生じないことが確認できた。このことから、比較的高入熱で形成される溶接ビードを繰り返し積層した方が、圧縮残留応力の導入に好ましいことがわかった。また、溶接ビードの延伸方向に関しては、端側より内側(中間部)の方が比較的圧縮残留応力が大きい傾向があった(例えば、P3とP8の比較、P1とP4の比較、P2とP7の比較)。以上のことは、前述した文献1からも同様な傾向を確認できる。
【0052】
なお、中間層15bの圧縮残留応力が84MPa以上であると、積層方向の残留応力が殆ど圧縮残留応力となるため好ましい。更に171MPa以上であると、より大きな圧縮残留応力の分布が得られるため好ましい。
【0053】
また、充填部51の周囲に外殻部47が存在することで、積層体35の外縁形状を高精度に形成できる。しかも、充填部51の溶接ビードの垂れ落ちが防止されるため、充填部51をより大きな溶着断面積となる高入熱条件で形成できる。これにより、充填部51に発生する圧縮残留応力を更に増大でき、機械的特性に優れた構成にできる。このように、外殻部47を設けることにより、充填部51の圧縮残留応力の平均値は、外殻部47の圧縮残留応力の平均値よりも更に大きくして、充填部51を含む積層体35の機械的特性を向上できる。
【0054】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) 母材上に溶加材を溶融して形成される溶接ビードが繰り返し積層された積層造形物であって、
前記積層造形物の組成は、質量%で、
C: 0.02%以上、0.15%以下、
Si:0.50%以上、0.90%以下、
Mn:1.00%以上、1.60%以下、
P: 0.025%以下、
S: 0.025%以下、
Cr:0.30%以上、0.60%以下、
Mo:0.10%以上、0.45%以下、
Ti:0.02%以上、0.30%以下、
Cu:0.4%以下で、
残部がFeと不可避的に含まれる不純物であり、
前記溶接ビードの延伸方向に直交する断面の断面積が8.0mm2以上、80.0mm2以下の溶接ビードが並設された複数のビード層を含む充填部を有し、
前記充填部の複数の前記ビード層のうち積層方向の中央を含む中間層は、前記積層方向の圧縮残留応力が47MPa以上である、
積層造形物。
この積層造形物によれば、積層造形物の圧縮残留応力が47MPa以上であることで、ビード層同士の密着力が向上するほか、造形物に欠陥、亀裂が発生しても厚さ方向の欠陥及び亀裂の拡大を抑制でき、機械的特性に優れた構成となる。
【0055】
(2) 前記充填部の外周縁の少なくとも一部に沿って、前記充填部と接合される外殻部を備える、(1)に記載の積層造形物。
この積層造形物によれば、充填部の外周縁に外殻部が存在することで、外形形状を高精度に形成できる。しかも、充填部の溶接ビードの垂れ落ちが防止されるため、より大きな溶着断面積となる高入熱条件で形成できる。これにより、発生する圧縮残留応力を更に増大でき、機械的特性に優れた構成にできる。
【0056】
(3) 前記充填部の前記圧縮残留応力の平均値は、前記外殻部の前記圧縮残留応力の平均値よりも大きい、(2)に記載の積層造形物。
この積層造形物によれば、外殻部を設けることにより、充填部51を含む積層体35の機械的特性を向上できる。
【0057】
(4) 前記充填部は、前記母材との界面を含む深層と、前記充填部の露出面を含む表層と、前記深層と前記表層に挟まれた前記中間層とを含み、
前記中間層の前記圧縮残留応力は、84MPa以上である、(1)から(3)のいずれか1つに記載の積層造形物。
この積層造形物によれば、積層方向の残留応力が殆ど圧縮残留応力となるため好ましい。
【0058】
(5) 前記中間層の前記圧縮残留応力は、171MPa以上である、(4)に記載の積層造形物。
この積層造形物によれば、母材との境界部から造形物の表面にかけての残留応力が場所によらずに圧縮となり、バランスのよい残留応力分布となる。
【0059】
(6) 母材上に溶加材を溶融して形成される溶接ビードを繰り返し積層する積層造形物の製造方法であって、
前記積層造形物の組成は、質量%で、
C: 0.02%以上、0.15%以下、
Si:0.50%以上、0.90%以下、
Mn:1.00%以上、1.60%以下、
P: 0.025%以下、
S: 0.025%以下、
Cr:0.30%以上、0.60%以下、
Mo:0.10%以上、0.45%以下、
Ti:0.02%以上、0.30%以下、
Cu:0.4%以下で、
残部がFeと不可避的に含まれる不純物であり、
前記溶接ビードを、前記溶加材の溶着量が165mm3/sec~200mm3/sec、入熱量が400J/mm~4000J/mmの条件で形成し、
前記溶接ビードを並設したビード層を積層して充填部を形成する際に、前記充填部の複数の前記ビード層のうち、前記溶接ビードの積層方向の中央を含む中間ビード層を、前記積層方向の圧縮残留応力が47MPa以上のビード層にする、
積層造形物の製造方法。
この積層造形物の製造方法によれば、溶加材の溶着量と入熱量の条件の調整により積層造形物の圧縮残留応力を47MPa以上にすることで、ビード層同士の密着力が向上するほか、造形物に欠陥、亀裂が発生しても厚さ方向の欠陥及び亀裂の拡大を抑制でき、機械的特性に優れた構成にできる。
【0060】
(7) 前記充填部の外周縁の少なくとも一部に沿って前記充填部と接合される外殻部を、前記充填部を形成する溶接ビードよりも前記溶着量及び前記入熱量が低い条件で形成する、(6)に記載の積層造形物の製造方法。
この積層造形物の製造方法によれば、充填部の外周縁に外殻部が存在することで、外形形状を高精度に形成できる。しかも、積層充填部の溶接ビードの垂れ落ちが防止されるため、より大きな溶着断面積となる高入熱条件で形成できる。これにより、発生する圧縮残留応力を更に増大でき、機械的特性に優れた構成にできる。
前記充填部の外周縁の少なくとも一部に沿って前記充填部と接合される外殻部を、前記充填部を形成する溶接ビードよりも前記溶着量及び前記入熱量が低い条件で形成する、
請求項4に記載の積層造形物の製造方法。