(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024014856
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240125BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20240125BHJP
C22C 38/16 20060101ALI20240125BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/00 302Z
C21D8/02 A
C21D8/02 D
C22C38/16
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023119432
(22)【出願日】2023-07-21
(31)【優先権主張番号】P 2022117522
(32)【優先日】2022-07-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
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(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】中村 直人
(72)【発明者】
【氏名】三浦 進一
(72)【発明者】
【氏名】兵藤 義浩
(72)【発明者】
【氏名】塩谷 和彦
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CB01
4K032CB02
4K032CD01
4K032CD02
4K032CD03
4K032CD05
4K032CD06
4K032CF02
4K032CF03
(57)【要約】
【課題】橋梁などの屋外の大気腐食環境下、特には飛来塩分量の多い海上や海岸近傍などの厳しい腐食環境下で使用する場合であっても無塗装で使用することができる、耐候性に優れ、かつ、靭性、全伸びおよび耐疲労き裂伝播特性にも優れた鋼板を提供する。
【解決手段】所定の成分組成を有する鋼板であって、かかる鋼板の硬質組織が、パーライト、ベイナイトおよびマルテンサイトの内から選択される1種または2種以上を含有し、前記硬質組織が、以下の(1)式および(2)式を満たす鋼板とする。
L(L)/L(Z)≦5.0 ・・・・ (1)
L(L)/L(C)≦5.0 ・・・・ (2)
L(L):硬質組織の圧延方向(L方向)に対する平均長さ
L(Z):硬質組織の板厚方向(Z方向)に対する平均長さ
L(C):硬質組織の板幅方向(C方向)に対する平均長さ
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成が、質量%で、
C:0.01%以上、0.20%以下、
Si:0.05%以上、1.00%以下、
Mn:0.10%以上、2.00%以下、
P:0.003%以上、0.035%以下、
S:0.0001%以上、0.0350%以下、
Al:0.001%以上、0.100%以下および
Ni:0.80%以上、6.00%以下を含有し、
さらに、
Cu:1.00%以下および
Mo:1.00%以下のうちから選ばれる1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であって、
ミクロ組織が、面積分率で55%以上のフェライトと、45%以下のフェライトよりも硬い硬質組織とからなり、
前記硬質組織が、パーライト、ベイナイトおよびマルテンサイトの内から選択される1種または2種以上を含有し、
前記硬質組織が、以下の(1)式および(2)式を満たす鋼板。
L(L)/L(Z)≦5.0 ・・・・ (1)
L(L)/L(C)≦5.0 ・・・・ (2)
L(L):硬質組織の圧延方向(L方向)における平均長さ
L(Z):硬質組織の板厚方向(Z方向)における平均長さ
L(C):硬質組織の板幅方向(C方向)における平均長さ
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cr:1.000%以下、
W:1.00%以下、
Co:1.000%以下、
Sn:0.300%以下、
Sb:0.300%以下、
Nb:0.100%以下、
V:0.150%以下、
Ti:0.100%以下、
B:0.0050%以下、
Zr:0.1000%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
REM:0.0200%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の鋼板を製造する方法であって、
請求項1または2に記載の成分組成を有するスラブを、1000℃以上1300℃以下の温度域に加熱した後、
スラブ加熱温度未満Ar3変態点以上の温度域における累積圧下率を50%以上とする熱間圧延を行って熱延板とし、かかる熱延板を0.10℃/s以上の平均冷却速度で冷却する鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記冷却ののち、さらにAc1変態点以上Ac3変態点未満の再加熱温度に加熱し、
かかる加熱後、2.00~7.00℃/sの範囲の平均冷却速度で350~600℃の間の冷却停止温度まで冷却し、
さらに焼入れを施す請求項3に記載の鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐候性、全伸びおよび耐疲労き裂伝播特性に優れた鋼板並びにその製造方法に関する。
本発明の鋼板は、船舶、海洋構造物、橋梁、建築物、タンクなど、屋外の大気腐食環境下で用いられ、構造安全性が強く求められる溶接構造物に好適に用いることができる。特に、本発明の鋼板は、飛来塩分量の多い海上や海岸近傍などの厳しい腐食環境下で用いられる橋梁などの構造物に好適に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
橋梁などの屋外で用いられる鋼構造物は、通常、何らかの防食処理を施して用いられる。
例えば、飛来塩分量が少ない環境では、耐候性鋼が多く用いられている。耐候性鋼は、大気暴露環境で使用する場合に、Cu、P、Cr、Niなどの合金元素が濃化した保護性の高いさび層で表面が覆われ、これによって、腐食速度を大きく低下させた鋼材である。このような耐候性鋼を使用した橋梁は、飛来塩分量が少ない環境では、無塗装のまま数十年間の供用に耐え得ることが知られている。
【0003】
一方、高塩分環境では、耐候性鋼において保護性の高いさび層が形成され難く、実用的な耐候性が得難いことが知られている。このため、海上や海岸近傍などの飛来塩分量の多い環境では、普通鋼材に塗装などの防食処理を施した鋼材が一般的に用いられている。
【0004】
ところが、塗装鋼材では、時間の経過による塗膜の劣化やさびの発生、塗膜の膨れ等により、定期的な塗り替えなどの補修が必要となる。塗り替えに伴う塗装作業は高所での作業となることが多く、作業自体が困難であるとともに作業にかかる人件費も増加する。そのため、塗装鋼材を使用する場合には、塗り替え作業によって構造物のメンテナンスコストが増大し、ひいてはライフサイクルコストが増大する。よって、海岸近傍などの飛来塩分量が多い環境においても、無塗装のまま使用可能な鋼材が求められている。
【0005】
このような要求に対して、海岸近傍などの飛来塩分量が多い環境において無塗装のまま使用可能な鋼材として、種々の合金元素、特にNiやCuを含有させた鋼材が開発されている。
【0006】
耐食性に優れた鋼材として、例えば、特許文献1には、Bを0.0003~0.0050%含有させ、さらにCuを0.1~1.5%、Niを0.1~6.0%、Moを0.005~0.500%のうちから1種または2種以上を含有させた耐震性に優れた高海岸耐候性鋼材が開示されている。
【0007】
特許文献2には、Bを0.0003~0.0050%含有させ、Cuを0.1~2.0%、Niを0.1~6.0%、Moを0.005~1.000%のうちから1種または2種以上を含有させた耐震性に優れた高海岸耐候性鋼材が開示されている。
【0008】
これらの耐候性を向上させた鋼材は、船舶、海洋構造物、橋梁、建築物、タンクなどの構造物に広く用いられる。
また、前記鋼材には、強度、靭性などの機械的特性および溶接性が優れることに加え、疲労特性に優れることが求められる。すなわち、上述したような構造物を使用する際には、該構造物に対して、風や波、地震による振動など、繰返し荷重がかかる。そのため、鋼板には、そのような繰返し荷重が負荷された場合でも構造物の安全性を確保できる疲労特性が求められる。特に、部材の破断といった終局的な破壊を防止するためには、鋼板の耐疲労き裂伝播性を向上させることが求められる。
【0009】
すなわち、鋼板の疲労き裂伝播抵抗性を向上させるために様々な検討が行われている。
例えば、特許文献3には、湿潤硫化水素環境下での疲労き裂伝播抵抗性に優れた、タンカー用の鋼板が提案されている。前記鋼板は、フェライトおよび、ベイナイト、パーライトの1種または2種からなる混合組織を有している。また、前記鋼板では、フェライトの平均粒径が20μm以下とされている。
【0010】
特許文献4には、疲労き裂伝播抵抗性に優れた鋼板が提案されている。前記鋼板は、硬質部と軟質部とからなるミクロ組織を有し、前記硬質部と軟質部における硬度差が、ビッカース硬度で150以上であることを特徴としている。
【0011】
特許文献5には、ベイナイトおよび面積率が38~52%のフェライトからなるミクロ組織を有する2相鋼が提案されている。特許文献5で提案されている技術においては、フェライト相部分のビッカース硬さと、単位長さあたりに存在するフェライト相とベイナイト相の間の境界の数を制御することで疲労き裂伝播抵抗性を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2000-355731号公報
【特許文献2】特開2000-355732号公報
【特許文献3】特開平06-322477号公報
【特許文献4】特開平07-242992号公報
【特許文献5】特開平08-225882号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献1、2はいずれも耐候性に言及した従来技術であるが、耐候性とともに構造物用の鋼板として重要な特性である靭性、耐疲労き裂伝播特性を両立させるという点については、全く考慮されていなかった。加えて、靭性、耐疲労き裂伝播特性を向上させるためには鋼板のミクロ組織が重要であり、ミクロ組織を制御するための製造方法についても考慮されていなかった。
【0014】
また、船舶、海洋構造物、橋梁、建築物、タンクなどの構造物に使用される鋼材では、規格において全伸び値が規定されることが一般的である。したがって、優れた疲労き裂伝播抵抗性を有する鋼板であっても、全伸びが規格値を満たすことが求められる。
【0015】
ここで、疲労き裂伝播抵抗性と全伸びは相反する性質であるため、特許文献1~5に記載されているような従来の技術では、優れた疲労き裂伝播抵抗性と全伸びとを両立させることができなかった。
【0016】
また、構造物の安全性を確保するという観点からは、鋼板には、一方向だけでなく、板厚方向、圧延方向、および幅方向のすべてにおいて疲労き裂伝播抵抗性に優れることが求められる。
【0017】
すなわち、一般的な構造物においては、鋼板に対して様々な方向から、自由に溶接が施されるため、疲労き裂が発生、伝播する方向は様々である。また、挟角の角部を有する溶接施工箇所では、その構造的特徴から疲労き裂の発生が不可避であり、発生した疲労き裂はまず板厚方向へ進展する傾向がある。したがって、疲労き裂による構造物の崩落を防止するためには、疲労き裂が鋼板の厚さ方向に貫通した後においても、板幅方向、圧延方向への疲労き裂の進展を抑制することが重要である。
【0018】
しかしながら、特許文献1~5に記載されているような従来の技術においては、上記耐疲労き裂伝播特性の方向依存性が考慮されていなかった。加えて、特許文献3~5で提案されている鋼材は、海岸近傍などの飛来塩分量が多い環境における耐候性が十分ではない。
【0019】
本発明はかかる事情に鑑みなされたもので、橋梁などの屋外の大気腐食環境下、特には飛来塩分量の多い海上や海岸近傍などの厳しい腐食環境下で使用する場合であっても、無塗装で使用することができる、耐候性に優れ、かつ、靭性、全伸びおよび耐疲労き裂伝播特性にも優れた鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
すなわち、本発明の要旨は次の通りである。
1.成分組成が、質量%で、C:0.01%以上、0.20%以下、Si:0.05%以上、1.00%以下、Mn:0.10%以上、2.00%以下、P:0.003%以上、0.035%以下、S:0.0001%以上、0.0350%以下、Al:0.001%以上、0.100%以下およびNi:0.80%以上、6.00%以下を含有し、さらに、Cu:1.00%以下およびMo:1.00%以下のうちから選ばれる1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であって、ミクロ組織が、面積分率で55%以上のフェライトと、45%以下のフェライトよりも硬い硬質組織とからなり、前記硬質組織が、パーライト、ベイナイトおよびマルテンサイトの内から選択される1種または2種以上を含有し、前記硬質組織が、以下の(1)式および(2)式を満たす鋼板。
L(L)/L(Z)≦5.0 ・・・・ (1)
L(L)/L(C)≦5.0 ・・・・ (2)
L(L):硬質組織の圧延方向(L方向)における平均長さ
L(Z):硬質組織の板厚方向(Z方向)における平均長さ
L(C):硬質組織の板幅方向(C方向)における平均長さ
【0021】
2.前記成分組成が、さらに、質量%で、Cr:1.000%以下、W:1.00%以下、Co:1.000%以下、Sn:0.300%以下、Sb:0.300%以下、Nb:0.100%以下、V:0.150%以下、Ti:0.100%以下、B:0.0050%以下、Zr:0.1000%以下、Ca:0.0100%以下、Mg:0.0100%以下、REM:0.0200%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する前記1に記載の鋼板。
【0022】
3.前記1または2に記載の鋼板を製造する方法であって、前記1または2に記載の成分組成を有するスラブを、1000℃以上1300℃以下の温度域に加熱した後、スラブ加熱温度未満Ar3変態点以上の温度域における累積圧下率を50%以上とする熱間圧延を行って熱延板とし、かかる熱延板を0.10℃/s以上の平均冷却速度で冷却する鋼板の製造方法。
【0023】
4.前記冷却ののち、さらにAc1変態点以上Ac3変態点未満の再加熱温度に加熱し、かかる加熱後、2.00~7.00℃/sの範囲の平均冷却速度で350~600℃の間の冷却停止温度まで冷却し、さらに焼入れを施す前記3に記載の鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、寒冷地などの低温下で使用される溶接構造物などの、特に橋梁のような屋外の大気腐食環境下で、さらには飛来塩分量の多い海上や海岸近傍や凍結防止剤が散布されるような厳しい腐食環境下で使用する場合であっても無塗装で使用可能な鋼板が提供できる。
また、本発明によれば、構造物の鋼構造物のメンテナンスコスト、ひいてはライフサイクルコストを低減することができる。
さらに、本発明によれば、優れた耐疲労き裂伝播特性と全伸びを兼ね備え、板厚方向、圧延方向、および幅方向のすべての方向において耐疲労き裂伝播特性に優れているため、鋼構造物の安全性を確保することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明における、鋼板の成分組成とミクロ組織、鋼板特性および製造方法について順に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
[成分組成]
まず、本発明の鋼板の成分組成について説明する。成分組成の説明において、各成分の含有量を示す%は質量%を意味する。
C:0.01%以上、0.20%以下
Cは、鋼材の強度を上昇させる元素であり、構造用鋼としての所定の強度を確保するため、0.01%以上含有させる必要がある。一方、C含有量が0.20%を超えると、溶接性、全伸びおよび靭性が劣化する。したがって、C含有量は0.20%以下とする。C含有量は、好ましくは0.10%以下とする。また、より好ましくは0.08%以下とする。
【0026】
Si:0.05%以上、1.00%以下
Siは、脱酸と鋼板の強度を確保するために0.05%以上含有させる必要がある。好ましくは、0.10%以上である。一方、Si含有量が1.00%を超えると、靭性および溶接性が著しく劣化する。したがって、Si含有量は1.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.80%以下である。
【0027】
Mn:0.10%以上、2.00%以下
Mnは、鋼材の焼き入れ性の向上により強度を上昇させる元素である。すなわち、Mnは、構造用鋼としての所定の強度を確保するため、0.10%以上含有させる必要がある。好ましくは0.20%以上である。一方、Mn含有量が2.00%を超えると、全伸び、靭性および溶接性が劣化する。したがって、Mn含有量は2.00%以下とする。Mn含有量は、好ましくは1.80%以下である。
【0028】
P:0.001%以上、0.035%以下
Pは、鋼材の耐候性の向上に寄与する元素である。このような効果を得る観点から、Pは0.001%以上含有させる必要がある。一方、P含有量が0.035%を超えると、溶接性および靭性が劣化する。したがって、P含有量は0.035%以下とする。
【0029】
S:0.0001%以上、0.0350%以下
Sは、溶接性および靭性を劣化させる元素である。このため、S含有量は0.0350%以下とする必要がある。一方、S含有量を0.0001%未満にしようとすると、生産コストが増大する。したがって、S含有量は0.0001%以上とする。
【0030】
Al:0.001%以上、0.100%以下
Alは、製鋼時の脱酸に必要な元素である。このような効果を得るため、Alは0.001%以上含有させる必要がある。Al含有量は、好ましくは、0.005%以上、より好ましくは、0.010%以上である。一方、Al含有量が0.100%を超えると、全伸びおよび溶接性に悪影響を及ぼす。したがって、Al含有量は0.100%以下とする。Al含有量は、好ましくは0.080%未満、より好ましくは0.060%未満とする。
【0031】
Ni:0.80%以上、6.00%以下
Niは、さび層のさび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、腐食促進因子である酸素や塩化物イオンの地鉄への透過を抑制する効果を有する。このような効果は、Ni含有量が0.80%以上で得られる。したがって、Ni含有量は0.80%以上とする。Ni含有量は、好ましくは0.90%以上、より好ましくは1.00%以上である。一方、Ni含有量が6.00%を超えると、溶接性が損なわれ、過度な合金コストの上昇を招く。したがって、Ni含有量は6.00%以下とする。Ni含有量は、好ましくは5.00%以下、より好ましくは4.00%以下である。
【0032】
本発明の鋼板は、上記元素に加え、さらに、Cu:1.00%以下およびMo:1.00%以下のうちから選ばれる元素を単独で、または2種を組み合わせて含有する必要がある。
【0033】
Cu:1.00%以下
Cuは、さび層のさび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、腐食促進因子である酸素や塩化物イオンの地鉄への透過を抑制する効果を有する。このような効果を得るため、Cuを単独で含有する場合には、0.05%以上を含有させることが望ましい。Cu含有量は、好ましくは0.15%以上、より好ましくは0.20%以上である。一方、かかるCu含有量が1.00%を超えると、溶接性が損なわれ、また、鋼板の製造時に疵が生じやすくなる。したがって、Cuを含有する場合、その含有量は1.00%以下とする。Cu含有量は、好ましくは0.80%以下、より好ましくは0.60%以下である。
【0034】
Mo:1.00%以下
Moは、鋼材のアノード反応に伴って溶出し、さび層中にMoO4
2-が分布することで、腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。また、鋼材表面にMoを含む化合物が沈殿することで、鋼材のアノード反応を抑制する。このような効果を得るためには、Moを単独で含有する場合、0.05%以上含有させることが望ましい。一方、かかるMo含有量が1.00%を超えると、溶接性が損なわれ、合金コストの上昇を招く。したがって、Moを含有する場合、その含有量は1.00%以下とする。Moの含有量は、好ましくは、0.80%以下、より好ましくは0.50%以下である。
【0035】
なお、CuとMoの2種を合わせて含有する場合には、CuとMoの含有量を合計で0.05%以上とすることが望ましい。一方、CuとMoの2種を合わせて含有する場合の合計の上限は、CuとMo共にそれぞれ1.00%まで許容される。
【0036】
本発明の一実施形態における鋼板は、上記元素を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する。
また、本発明の他の実施形態における鋼板の成分組成は、さらに以下に挙げる元素の少なくとも1つを任意に含有することができる。これらの任意元素を含有することにより、鋼板の強度、靭性、溶接性、耐候性などの特性をさらに向上させることができる。
【0037】
Cr:1.000%以下
Crは、鋼板の強度をさらに向上させる効果を有する元素である。また、Crは、緻密なさび層を形成して耐候性をさらに向上させる効果を有する。これらの効果を得るために、Crを含有する場合は、Cr含有量を0.010%以上とすることが好ましい。一方、Cr含有量が1.000%を超えると溶接性と靭性が損なわれ、耐候性にも悪影響を与える。そのため、Crを含有する場合にはCr含有量を1.000%以下とする。Cr含有量は、好ましくは0.700%以下、より好ましくは0.500%以下とする。
【0038】
W:1.00%以下
Wは、鋼材の耐候性を向上させる元素である。Wは、アノード反応に伴って溶出し、さび層中にWO4
2-として分布することによって、腐食促進因子の塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを静電的に防止する。さらに、鋼材表面にWを含む化合物が沈殿することで、鋼材のアノード反応を抑制する。加えて、微細なさびを形成させてさび層を緻密化することで、腐食因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。これらの効果を十分に得るためには、Wを0.01%以上含有させることが好ましい。より好ましくは、0.03%以上である。一方、W含有量が1.00%を超えると、顕著な合金コスト上昇を招く。したがって、Wを含有する場合にはW含有量は1.00%以下とする。W含有量は、好ましくは0.70%以下、より好ましくは0.50%以下である。
【0039】
Co:1.000%以下
Coは、さび層全体に分布し、緻密なさび層を形成することにより、耐候性を向上させる効果を有する。この効果を得るためには、Coの含有量を0.001%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.002%以上、さらに好ましくは0.010%以上である。一方、Co含有量を1.000%より高くしても効果が飽和することに加え、合金コストが増大する。したがって、Coを含有する場合には、Co含有量を1.000%以下とする。Co含有量は、好ましくは0.500%以下である。
【0040】
Sn:0.300%以下
Snは、鋼材の耐候性を向上させる元素である。また、Snは、地鉄表面近傍においてさび層中に存在し、さび粒子を微細化することで腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。さらに、Snは、鋼材表面においてアノード反応を抑制する。かかる効果を十分に得るためには、Snを0.005%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.010%以上、さらに好ましくは0.020%以上含有させる。一方、Sn含有量が0.300%を超えると、鋼の延性や靭性の劣化を招く。したがって、Snを含有する場合にはSn含有量を、0.300%以下とする。Sn含有量は、好ましくは0.100%以下、より好ましくは0.050%以下である。
【0041】
Sb:0.300%以下
Sbは、地鉄表面近傍においてさび層中に存在し、さび粒子を微細化することで腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。また、Sbは、鋼材表面においてアノード反応を抑制する。かかる効果を十分に得るためには、Sbを0.005%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.010%以上、さらに好ましくは0.020%以上含有させる。一方、Sb含有量が0.300%を超えると、鋼の延性や靭性の劣化を招く。したがって、Sbを含有する場合にはSb含有量を0.300%以下とする。Sb含有量は、好ましくは0.150%以下、より好ましくは0.100%以下である。
【0042】
Nb:0.100%以下
Nbは、熱間圧延時のオーステナイトの再結晶を抑制し、最終的に得られる結晶粒を細粒化する効果を有する元素である。また、Nbは、空冷時に析出し、強度をさらに向上させる。かかる効果を得るために、Nbを含有する場合は、Nb含有量を0.005%以上とすることが好ましい。一方、Nb含有量が0.100%を超えると、焼入れ性が過剰となり、マルテンサイトが生成するため所望の組織が得られなくなり、靭性が低下する。そのため、Nbを含有する場合にはNb含有量を0.100%以下とする。Nb含有量は、好ましくは0.050%以下とする。
【0043】
V:0.150%以下
Vは、空冷時に析出し、強度をさらに向上させる。また、地鉄表面近傍のさび層中にVO4
3-として存在することで、腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。かかる効果を十分に得るためには、Vを0.005%以上含有させることが好ましい。一方、V含有量が0.150%を超えると、その効果が飽和する。したがって、Vを含有する場合にはVの含有量を0.150%以下とする。
【0044】
Ti:0.100%以下
Tiは、強度を高める元素である。このような効果を十分に得るためには、Tiを0.005%以上含有させることが好ましい。一方、Ti含有量が0.100%を超えると、靭性の劣化を招く。したがって、Tiを含有する場合にはTi含有量を0.100%以下とする。
【0045】
B:0.0050%以下
Bは、焼入れ性を高め、その結果、強度をさらに向上させる効果を有する元素である。かかる効果を得るために、Bを含有する場合は、B含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。一方、B含有量が0.0050%を超えると焼入れ性が過剰となりマルテンサイトが生成して所望の組織が得られなくなるほか、溶接性が低下する。そのため、Bを含有する場合にはB含有量を0.0050%以下とする。B含有量は、好ましくは0.0030%以下とする。
【0046】
Zr:0.1000%以下
Zrは、強度を高める元素である。このような効果を十分に得るためには、Zrを0.0050%以上含有させることが好ましい。一方、Zr含有量が0.1000%を超えると、その強度向上効果が飽和する。したがって、Zrを含有する場合にはZr含有量を0.1000%以下とする。
【0047】
Ca:0.0100%以下
Caは、鋼中のSを固定し、溶接熱影響部の靭性を向上させる元素である。このような効果を十分に得るためには、Caを0.0001%以上含有させることが好ましい。一方、Ca含有量が0.0100%を超えると、鋼中の介在物の量が増加し、かえって靭性の劣化を招く。したがって、Caを含有する場合にはCaの含有量を0.0100%以下とする。
【0048】
Mg:0.0100%以下
Mgは、鋼中のSを固定し、溶接熱影響部の靭性を向上させる元素である。このような効果を十分に得るためには、Mgを0.0001%以上含有させることが好ましい。一方、Mg含有量が0.0100%を超えると、鋼中の介在物の量が増加し、かえって靭性の劣化を招く。したがって、Mgを含有する場合にはMg含有量を0.0100%以下とする。
【0049】
REM:0.0200%以下
REM(希土類金属)は、鋼中のSを固定し、溶接熱影響部の靭性を向上させる元素である。このような効果を十分に得るためには、REMを0.0001%以上含有させることが好ましい。一方、REM含有量が0.0200%を超えると、鋼中の介在物の量が増加し、かえって靭性の劣化を招く。したがってREMを含有する場合にはREM含有量を0.0200%以下とする。
【0050】
[ミクロ組織]
次に、本発明の鋼板のミクロ組織について説明する。
本発明の一実施形態における鋼板は、面積分率で55%以上のフェライトと、45%以下の硬質組織とからなる。
本発明における硬質組織とは、パーライト、ベイナイトおよびマルテンサイトの内から選択される1種または2種以上を含有し、フェライトよりも硬い組織であることを意味する。さらに、前記硬質組織が以下の(1)式および(2)式を満たす必要がある。これらの式は、硬質組織の塊状性を反映する。
L(L)/L(Z)≦5.0 ・・・・ (1)
L(L)/L(C)≦5.0 ・・・・ (2)
L(L):硬質組織の圧延方向(L方向)に対する平均長さ
L(Z):硬質組織の板厚方向(Z方向)に対する平均長さ
L(C):硬質組織の板幅方向(C方向)に対する平均長さ
【0051】
なお、本発明におけるミクロ組織は、鋼板の板厚tの1/4位置(1/4t位置)におけるミクロ組織を指すものとする。かかる箇所のミクロ組織を規定すれば本発明の効果が得られるからである。
各組織の面積分率および硬質組織の各方向に対する長さは、鋼板の表面から1/4t深さにおける試験片を採取して各断面をナイタール腐食し、観察することにより測定することができる。より具体的には、実施例に記載した方法で面積分率および硬質組織の各方向に対する長さを求めることができる。
【0052】
フェライトの面積分率:55%以上、硬質組織の面積分率:45%以下
本発明における鋼板のミクロ組織は、フェライト相中に硬質組織が分散した複合組織である。疲労き裂の先端に硬質組織が存在すると、疲労き裂の屈曲や分岐が生じて、破面粗さ誘起き裂閉口や応力遮蔽効果をもたらして疲労き裂進展駆動力を低下させるので、耐疲労き裂伝播特性が向上する。
また、フェライトは全伸びの向上に有効であるため、フェライトの面積分率が55%未満(すなわち、硬質組織の面積分率が45%を超える)の場合は、所望の全伸びを得ることができない。そのため、フェライトの面積分率は55%以上(すなわち、硬質組織の面積分率が45%以下)とする。フェライトの面積分率は60%以上(すなわち、硬質組織の面積分率が40%以下)とすることが好ましい。一方、フェライトの面積分率の上限は特に限定されないが、97%以下(すなわち、硬質組織の面積分率が3%以上)とすることが好ましい。
【0053】
なお、本発明における組織は、以下の通りとする。
フェライトは、ポリゴナルフェライトを含有し、パーライトは、パーライトおよび擬似パーライトを包含し、ベイナイトは、上部ベイナイト、アシキュラーフェライト、およびグラニュラーベイナイトを包含し、マルテンサイトは、島状マルテンサイト、ラス状マルテンサイト、およびレンズ状マルテンサイトを包含するものとする。
【0054】
L(L)/L(Z)≦5.0 ・・・・ (1)
L(L)/L(C)≦5.0 ・・・・ (2)
本発明においては、硬質組織の圧延方向(L方向)に対する平均長さ(L(L))と、硬質組織の板厚方向(Z方向)に対する平均長さ(L(Z))および硬質組織の板幅方向(C方向)に対する平均長さ(L(C))との関係を、上記(1)式および(2)式に規定する。
なお、上記(1)式および(2)式は、硬質組織の塊状性を反映しており、上記(1)式および(2)式を満たさない場合、硬質組織が帯状になるため、疲労き裂の先端と硬質組織の接触頻度が低下する方向が存在してしまう。
よって、全方向に対して、所望の耐疲労き裂伝播特性を得ることができない。すなわち、本発明では、上記(1)式および(2)式を併せて満たすことで、鋼板の全方向に対して、所望の耐疲労き裂伝播特性を得ることができる。
【0055】
本発明では、全伸び、引張強さ、靭性、および耐疲労き裂伝播特性は、以下に記載の通りになる。
[全伸び]
本発明の鋼板は、前述した成分組成とミクロ組織とを有する結果、優れた全伸び(EL)を備える。ELの値はとくに限定されずJIS G 3106等の規格に従うこともできるが、15%以上になることが好ましく、16%以上になることがより好ましく、17%以上になることがさらに好ましく、20%以上になることが最も好ましい。一方、ELの上限についても特に限定されないが、例えば、40%以下となることが好ましい。なお、ELは、後述する実施例に記載した方法で測定することができる。
【0056】
[引張強さ]
本発明の鋼板は、前述した成分組成とミクロ組織を有する結果、優れた引張強さ(TS)を備えることができる。TSの値はとくに限定されないが、400MPa以上になることが好ましい。一方、TSの上限についても限定されないが、例えば、鋼板を、JISにおける400MPa(50kgf/mm2)級とする場合には、TSが510MPa以下となればよい。また、鋼板を、JISにおける490MPa(60kgf/mm2)級とする場合には、TSの上下限がそれぞれ490MPaおよび610MPaとなればよい。
【0057】
[靭性]
本発明の鋼板は、前述した成分組成とミクロ組織とを有する結果、優れた靭性を備える。本発明の鋼板の靭性はとくに限定されないが、靭性の指標の一つである、0℃におけるシャルピー吸収エネルギーvE0が、100J以上になることが好ましく、150J以上になることがより好ましく、200J以上になることがさらに好ましい。一方、vE0の上限については、高いほどよいため特に限定されない。なお、vE0は、後述する実施例に記載した方法で測定することができる。
【0058】
[耐疲労き裂伝播特性]
本発明の鋼板は、前述した成分組成とミクロ組織とを有する結果、板厚方向、圧延方向、および幅方向のすべての方向において優れた疲労き裂伝播抵抗性を備えることができる。
本発明における疲労き裂伝播抵抗性の指標としては、疲労き裂伝播速度(da/dN)を用いることができる。また、かかる疲労き裂伝播速度の値はとくに限定されない。
なお、板厚方向(Z方向)における疲労き裂伝播速度は、応力拡大係数範囲ΔK:25MPa・m1/2の条件における疲労き裂伝播速度が、従来鋼と比較して疲労耐久性が十分に良いと確認できる4.25×10-8(m/cycle)以下であることが好ましい。また、圧延方向(L方向)における疲労き裂伝播速度および幅方向(C方向)における疲労き裂伝播速度の両方においては、応力拡大係数範囲ΔK:25MPa・m1/2の条件における疲労き裂伝播速度が、従来鋼と比較して疲労耐久性が十分に良いと確認できる8.50×10-8(m/cycle)以下であることが好ましい。
【0059】
[板厚]
本発明においては、鋼板の板厚は特に限定されず、任意の値とすることができる。
本発明では、構造部材として通常用いられる厚さ6mm以上とすることが好ましい。また、先に述べたように鋼板先尾端での温度偏差が大きくなりやすく、また全厚での伸び特性が優れることが求められる鋼板において、本発明の効果は特に顕著となる。そのため、鋼板の板厚は、50mm以下とすることが好ましく、25mm以下とすることがより好ましい。
【0060】
[製造方法]
次に、本発明の鋼板の製造方法について説明する。本発明の一実施形態における鋼板は、前記成分組成を有する鋼素材に対し、以下の(1)(2)(3)の工程を施すことで得ることができ、また、必要に応じて(4)(5)(6)の工程を施すことにより、さらに耐疲労き裂伝播特性および全伸びに優れた鋼板を製造することができる。
(1)加熱
(2)熱間圧延
(3)冷却
(4)再加熱
(5)冷却
(6)焼入れ
【0061】
以下、各工程における条件について説明する。本発明において、とくに断らない限り、温度は被処理物(鋼素材または熱延鋼板)の表面温度を指すものとする。また、冷却速度は表面温度の冷却速度とする。なお、上記表面温度は、例えば、放射温度計で測定することができる。
【0062】
上記鋼素材としては、前述した成分組成を有するものであれば任意のものを用いることができる。最終的に得られる鋼板の成分組成は、使用した鋼素材の成分組成と同じである。上記鋼素材としては、例えば、鋼スラブを用いることができる。
(1)加熱工程
加熱温度:1000℃以上、1300℃以下
まず、上記鋼素材を1000℃以上、1300℃以下の温度域まで加熱する。加熱温度が1000℃未満であると、次の熱間圧延工程における鋼素材の変形抵抗が高くなり、熱間圧延機への負荷が増大し、熱間圧延が困難になる。一方、加熱温度が1300℃を超えると、鋼板組織の粒径が大きくなりすぎて靭性が劣化する。加熱工程において保持する場合は、保持時間は1時間以上が好ましい。
【0063】
(2)熱間圧延
次いで、加熱された鋼素材を熱間圧延して熱延板とする。その際、製品鋼板の基本性能である靭性を確保するため、スラブ加熱温度未満Ar3変態点以上の温度域における累積圧下率を50%以上とする。累積圧下率が50%未満の場合は、板厚内部のフェライト粒が粗大化して局所的に延性が低い領域が発生し、脆性き裂が発生しやすくなり靭性が悪化する。熱間圧延工程に関する他の条件は特に限定されず、公知の条件によることができる。
加えて、再結晶温度域での圧下率は30%以上とすることが好ましく、より好ましくは45%以上の圧延とすることで、再結晶による細粒化を効果的に行うことができる。また、未再結晶温度域での圧下率を好ましくは60%以下、より好ましくは30%未満とすることで、結晶粒が伸長するのを効果的に防ぐことができる。
なお、上記再結晶温度は、2段圧縮試験で鋼素材の軟化曲線を求め、軟化度が50%となる温度を再結晶温度とする。
また、Ar3変態点は、例えば、以下の(3)式により求めることができる。
Ar3(℃)=910-310×C-80×Mn-20×Cu-15×Cr-55×Ni-80×Mo+0.35…(3)
ここで、上記(3)式における元素記号は、各元素の鋼中含有量(質量%)を意味し、当該元素が含有されていない場合にはゼロとする。
【0064】
(3)冷却
次に、冷却、すなわち熱間圧延終了後の熱延板を冷却する(第1の冷却工程)。かかる冷却は、任意の方法、例えば、空冷または加速冷却により行うことができる。平均冷却速度は、0.10℃/s以上とする。平均冷却速度が0.10℃/s未満の場合、硬質組織の形状が帯状になり、所望の耐疲労き裂伝播特性が得られない。
なお、その他の冷却条件については特段制限されず、公知の冷却条件によることができる。
また、上記(1)(2)(3)の製造工程にて製造された鋼材のミクロ組織における硬質相の分散性には問題が生じない。
【0065】
次に、以下(4)(5)(6)の工程を施すことによって、さらに耐疲労き裂伝播特性および全伸びを向上させることができる。
(4)再加熱
前記(3)に記載の冷却を施した鋼板を、Ac1変態点以上Ac3変態点未満の温度(再加熱温度)に加熱する(以下、再加熱処理と記す)。すなわち、フェライトとオーステナイトの2相域となる再加熱温度に加熱することにより、かかる加熱前の組織を損なうことなく、冷却偏差に起因するミクロ組織のバラツキを解消することができる。その結果、圧延方向、板幅方向および板厚方向のすべての方向において、耐疲労き裂伝播特性をさらに向上させることができる。
再加熱温度がAc3変態点以上であると、Ac1変態点以上Ac3変態点未満の温度域に特有の脱炭反応が進行せず、耐疲労き裂伝播特性をさらに向上させることができない。一方、再加熱温度がAc1変態点未満であると、冷却偏差に起因するミクロ組織のバラツキを解消することができず、耐疲労き裂伝播特性をさらに向上させることができない。
【0066】
なお、Ac1変態点は、例えば、以下の(4)式により求めることができる。
Ac1(℃)=723+29.1×Si-10.7×Mn-16.9×Ni+16.9×Cr…(4)
また、Ac3変態点は、例えば、以下の(5)式により求めることができる。
Ac3(℃)=961.6-311.9×C+49.5×Si-36.4×Mn+438.1×P-2818×S+12.7×Al-51×Cu-29×Ni-8.7×Cr+13.5×Mo+308.1×Nb-140×V+318.9×Ti+611.2×B-969×N…(5)
ここで、上記(4)、(5)式における元素記号は、各元素の鋼中含有量(質量%)を意味し、当該元素が含有されていない場合にはゼロとする。
【0067】
前記再加熱処理においては、再加熱温度まで加熱した後、当該温度に保持することが好ましい。その際、保持時間が10分未満であると、オーステナイト相への逆変態が鋼板全長に亘って開始されず、一部の領域で焼入性が著しく低下する場合がある。そのため、保持時間は10分以上とすることが好ましい。
【0068】
(5)冷却
前記再加熱処理の工程で加熱された鋼板を、350~600℃の範囲に任意に設定した冷却停止温度まで冷却する(第2の冷却工程)。その際、平均冷却速度を2~7℃/sとする。平均冷却速度は低い方がよりパーライト変態が促進されるため靭性改善の点で好ましいが、平均冷却速度が2℃/sに満たないと、パーライトが帯状に生成しやすくなって、バンド組織に沿ったき裂伝播が生じやすくなる。そのため、耐疲労き裂伝搬特性をさらに向上させることができない。一方、平均冷却速度が7℃/sを超えると、鋼板内部のミクロ組織においてパーライト変態が十分に進行せず、ベイナイト変態やマルテンサイト変態が進行しやすくなる。この場合は硬質組織が多くなるため、全伸びが悪化する。このため、平均冷却速度を2~7℃/sとする。平均冷却速度は、より好ましくは5℃/s以下である。
【0069】
また、冷却停止温度が350℃未満の場合は、パーライトが帯状に生成しやすくなって、バンド組織に沿ったき裂伝播が生じやすくなるため、耐疲労き裂伝搬特性をさらに向上させることができない。一方、冷却停止温度が600℃を超える場合は、未変態オーステナイトが多量に残留したまま、焼き入れられることになるので、硬質なベイナイトやマルテンサイトが過剰に生成してしまう。その結果、全伸びをさらに向上させることができない。
【0070】
(6)焼入れ
本発明では、前記冷却停止温度まで冷却された鋼板に焼入れを施すことができる。その際の焼入れ温度は、350~600℃の範囲とするのが好ましい。なお焼入れにかかるその他の条件は、特に限定されることなく、公知の任意の条件で行うことができるが、Ms点以下の温度、好ましくは200℃以下まで水冷することが好ましい。なお、Ms点は、例えば、以下の(6)式により求めることができる。
Ms(℃)=517-300×C-11×Si-33×Mn-17×Ni-22×Cr-11×Mo…(6)
ここで、上記(6)式における元素記号は、各元素の鋼中含有量(質量%)を意味し、当該元素が含有されていない場合にはゼロとする。
【0071】
なお、本発明に従う製造方法において、本明細書に記載のない項目は、いずれも常法を用いることができる。
【実施例0072】
以下、本発明の作用効果について、実施例を用いて説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0073】
以下の手順で鋼板を製造した。
まず、転炉-連続鋳造法により、表1に示す成分組成を有し、残部がFeおよび不可避的不純物である鋼スラブ(鋼素材)を作製した。
次に、かかる鋼スラブを、表2の(1)の列に示す加熱温度に加熱し、次いで、表2の(2)の列に示した累積圧下率、再結晶域での圧下率および未再結晶域での圧下率で、それぞれ熱間圧延を施して熱延鋼板とした。かくして得られた熱延鋼板の板厚(最終板厚)を表2に併記する。
その後、熱延鋼板を表2の(3)の列に示した条件で冷却して、鋼板を得た。かかる鋼板の板厚は、上述している最終板厚と同じである。また、一部は表2の(4)(5)(6)に記載の工程を施した。
【0074】
【0075】
【0076】
前記鋼板のそれぞれについて、ミクロ組織、機械的特性、耐候性、および耐疲労き裂伝播特性を評価した。評価方法を以下に説明する。
なお、硬質組織の圧延方向(L方向)に対する平均長さを(L(L))、硬質組織の板厚方向(Z方向)に対する平均長さを(L(Z))、硬質組織の板幅方向(C方向)に対する平均長さを(L(C))とする。
【0077】
(ミクロ組織)
まず、鋼板の板厚方向1/4t位置から、圧延方向(L方向)断面、板幅方向(C方向)断面、板厚方向(Z方向)断面が観察面となるようにミクロ組織観察用サンプルを採取した。なお、圧延方向(L方向)断面は板幅方向に垂直な断面、板幅方向(C方向)断面は板厚方向に垂直な断面、板厚方向(Z方向)断面は圧延方向に垂直な断面を指すものとする。
次いで、前記サンプルの表面をナイタール腐食した後、400倍の光学顕微鏡と2000倍の走査電子顕微鏡(SEM)で組織を撮影した。撮影された画像を用いて、存在する組織を同定した。さらに、画像解析ソフト(Photoshop)を用いて光学顕微鏡画像を解析し、フェライトの領域と硬質組織の領域とを二値化することで、フェライトの面積分率および硬質組織の面積分率、ならびに、各方向に対する硬質組織の長さを測定した。これらの値は、1サンプルにつき5視野の観察を行い、かかる5視野の平均値で求めた。
【0078】
(機械的特性)
鋼板の板幅方向(C方向)から全厚引張試験片を採取した。全厚引張試験片を用い、JIS Z 2241に準拠して引張試験を実施して引張強さ(TS)、および全伸び(EL)を測定した。また、前記鋼板の板厚中心部から、圧延方向(L方向)に平行にシャルピー衝撃試験片を採取し、JIS Z 2202に準拠してシャルピー衝撃試験を0℃で行い、吸収エネルギーvE0を測定した。
【0079】
(耐候性)
前記鋼板のそれぞれより、50mm×50mm×4mmの大きさの試験片を採取し、試験片の端面、裏面をテープシールし、表面露出部の面積が40mm×40mmとなるように表面もテープシールした。かくして得られた試験片について、耐候性を評価した。
耐候性を評価する方法としては、実際の橋梁などの構造物において最も厳しい環境と考えられる、雨掛かりの無い桁内部の環境を模擬した腐食試験を行った。この腐食試験は、サンプル表面に塩分を付着させた状態で温湿度サイクルを繰り返して行った。
上記温湿度サイクルは、温度40℃、相対湿度40%RHの乾燥工程を11時間、その後、移行時間を1時間とし、さらに温度を25℃、相対湿度を95%RHの湿潤工程を11時間として、その後1時間の移行時間をとり、合計24時間で1サイクルとし、実環境の温湿度サイクルを模擬した。
温湿度サイクル開始前、および7サイクルごとに、試験片表面に付着する塩分が1.4mg/dm2となるように、乾燥工程前に試験片の表面に人工海水を滴下した。
この条件にて、26週間で温湿度サイクル182サイクルの試験を行った。
【0080】
また、腐食試験終了後、37%塩酸500mL、ヘキサメチレンテトラミン3.5g、ヒビロン(アイコーケミカル社製インヒビター)3mLに蒸留水を加えて1L(リットル)とした除錆溶液に、試験片を浸漬して脱錆した。なお、質量の測定は、第145回腐食防食シンポジウム資料「腐食減耗評価方法の高精度化」に記載の方法に準拠した。
さらに、得られた質量と初期質量との差を求めて、それを試験片の試験対象面の面積で除することで、試験片片面の平均板厚減少量を算出した。本実施例では、かかる平均板厚減少量を耐候性の指標とした。
なお、飛来塩分量約0.5mddは、海岸近傍などの飛来塩分量が多い環境に相当するが、これまでの知見から、本腐食試験における鋼板厚減少量(182日間)は、飛来塩分量が約0.5mddの実際の環境に182日間暴露した場合の腐食による鋼板厚減少量と同等になることがわかっている。
【0081】
平均板厚減少量から外挿により100年後の腐食量を求めた場合、本腐食試験の期間にて得られる平均板厚減少量が22μm以下であれば、100年後の平均板厚減少量は、層状剥離錆の発生が無い0.5mm以下と評価される。
【0082】
一般に、無塗装耐候性鋼の橋梁への適用可否の目安は、100年後の板厚減少量が0.5mm以下であることが知られているので、各種鋼材に対して本腐食試験を行い、得られる平均板厚減少量が22μm以下であれば無塗装耐候性鋼の橋梁への適用が可となる。そこで、表3において、平均板厚減少量が22μm以下である場合に耐候性が優れると判定した。
【0083】
(疲労き裂伝播抵抗性)
疲労き裂伝播抵抗性の指標として、板厚方向(Z方向)、圧延方向(L方向)、および幅方向(圧延方向と垂直な方向、C方向)における疲労き裂伝播速度(da/dN)を、応力拡大係数範囲ΔK:25MPa・m1/2として以下の条件においてそれぞれ測定した。
・圧延方向および幅方向
圧延方向(L方向)における疲労き裂伝播速度は、荷重負荷方向が圧延方向となるように鋼板から採取した試験片を用いて測定した。同様に、幅方向(C方向)における疲労き裂伝播速度は、荷重負荷方向が幅方向となるように鋼板から採取した試験片を用いて測定した。これらの試験片は、ASTM E647に準拠したコンパクトテンション試験片とした。また、上述している測定においては、クラックゲージ法に基づいて疲労き裂伝播試験を実施し、疲労き裂伝播速度を求めた。
・板厚方向
他方、板厚方向(Z方向)における疲労き裂伝播速度の測定においては、片側切欠単純引張型疲労試験片を使用した。鋼板からかかる試験片を採取し、板厚方向にき裂が進展する時の疲労き裂伝播速度を測定した。
【0084】
各評価の結果を表3に示す。
【0085】
【0086】
表3に示した結果から分かるように、本発明の条件を満たす鋼板は、以下の5つの条件をすべて満たす、極めて優れた特性を備えていた。特に、優れた疲労き裂伝播抵抗性と全伸びを兼ね備えており、さらに、板厚方向、圧延方向、および幅方向のすべての方向において疲労き裂伝播抵抗性に優れていた。これに対して、本発明の条件を満たさない比較例の鋼板は、以下の5つの条件の少なくとも1つを満たさなかった。
・EL:15%以上
・vE0:100J以上
・L方向およびC方向における疲労き裂伝播速度:ΔK:25MPa・m1/2の条件において8.50×10-8(m/cycle)以下
・Z方向における疲労き裂伝播速度:ΔK:25MPa・m1/2の条件において4.25×10-8(m/cycle)以下
・平均板厚減少量:22μm以下