(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024149398
(43)【公開日】2024-10-18
(54)【発明の名称】腸の状態を評価する評価装置、評価システム、評価方法および評価プログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 10/00 20060101AFI20241010BHJP
A61B 7/04 20060101ALI20241010BHJP
G10L 25/66 20130101ALI20241010BHJP
【FI】
A61B10/00 M
A61B7/04 V
G10L25/66
【審査請求】有
【請求項の数】28
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024037877
(22)【出願日】2024-03-12
(31)【優先権主張番号】P 2023062845
(32)【優先日】2023-04-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】今井 悠喜
(72)【発明者】
【氏名】平山 喬弘
(72)【発明者】
【氏名】加藤 成宏
(72)【発明者】
【氏名】樫本 寛子
(72)【発明者】
【氏名】榎本 崇宏
(72)【発明者】
【氏名】原口 毅之
(57)【要約】
【課題】腸の状態を精度よく評価する。
【解決手段】被験者の腸の状態を評価する評価装置3であって、前記被験者から得られた音響データから腸音を抽出する抽出部32と、前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与える前における腸音の特徴量である第1特徴量を演算する第1特徴量演算部331と、前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与えた後における腸音の特徴量である第2特徴量を演算する第2特徴量演算部332と、前記第1特徴量および前記第2特徴量に基づいて、前記被験者の腸の状態を評価する評価部34と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の腸の状態を評価する評価装置であって、
前記被験者から得られた音響データから腸音を抽出する抽出部と、
前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与える前における腸音の特徴量である第1特徴量を演算する第1特徴量演算部と、
前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与えた後における腸音の特徴量である第2特徴量を演算する第2特徴量演算部と、
前記第1特徴量および前記第2特徴量に基づいて、前記被験者の腸の状態を評価する評価部と、
を備える評価装置。
【請求項2】
前記特徴量は、前記腸音の時間領域に関連する特徴量である、請求項1に記載の評価装置。
【請求項3】
前記特徴量は、前記腸音の発生頻度である、請求項2に記載の評価装置。
【請求項4】
前記特徴量は、前記腸音の長さである、請求項2に記載の評価装置。
【請求項5】
前記特徴量は、前記腸音の信号レベルである、請求項2に記載の評価装置。
【請求項6】
前記特徴量は、前記腸音の周波数領域に関連する特徴量である、請求項1に記載の評価装置。
【請求項7】
前記特徴量は、前記腸音のスペクトル帯域幅である、請求項6に記載の評価装置。
【請求項8】
前記評価部は、前記第1特徴量の対数および前記第2特徴量の対数に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項1に記載の評価装置。
【請求項9】
前記評価部は、前記第1特徴量の対数および前記第2特徴量に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項1に記載の評価装置。
【請求項10】
前記評価部は、前記第1特徴量および前記第2特徴量の対数に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項1に記載の評価装置。
【請求項11】
前記評価部は、前記第1特徴量および前記第2特徴量の比率に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項1に記載の評価装置。
【請求項12】
前記評価部は、前記第1特徴量および前記比率に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項11に記載の評価装置。
【請求項13】
前記評価部は、前記第1特徴量および前記比率に対応する座標と、複数の健常者から得られた音響データから抽出された腸音の第1特徴量ならびに第1特徴量および第2特徴量の比率に対応する座標の分布から求められた近似曲線との距離に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項12に記載の評価装置。
【請求項14】
前記評価部は、前記第1特徴量の対数および前記比率の対数に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項11に記載の評価装置。
【請求項15】
前記評価部は、前記第1特徴量の対数および前記比率の対数に対応する座標と、複数の健常者から得られた音響データから抽出された腸音の第1特徴量の対数ならびに第1特徴量および第2特徴量の比率の対数に対応する座標の分布から求められた回帰直線との距離に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項14に記載の評価装置。
【請求項16】
前記評価部は、前記第1特徴量の対数および前記比率に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項11に記載の評価装置。
【請求項17】
前記評価部は、前記第1特徴量および前記比率の対数に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項11に記載の評価装置。
【請求項18】
前記評価部は、前記第1特徴量および前記第2特徴量の差分に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項1に記載の評価装置。
【請求項19】
前記評価部は、前記第1特徴量および前記差分に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項18に記載の評価装置。
【請求項20】
前記評価部は、前記第1特徴量および前記第2特徴量の和に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項1に記載の評価装置。
【請求項21】
前記評価部は、前記第1特徴量および前記和に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項20に記載の評価装置。
【請求項22】
前記評価部は、前記第1特徴量および前記第2特徴量の積に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項1に記載の評価装置。
【請求項23】
前記評価部は、前記第1特徴量および前記積に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項22に記載の評価装置。
【請求項24】
前記評価部は、前記第1特徴量および前記第2特徴量のうち、信号レベルが閾値以上の腸音の特徴量に基づいて、腸の前記状態を評価する、請求項1に記載の評価装置。
【請求項25】
第1特徴量および第2特徴量に対応する各腸音の長さは5~10分である、請求項1~24のいずれかに記載の評価装置。
【請求項26】
請求項1に記載の評価装置と、
前記被験者から前記音響データを得るための集音装置と、
を備える、評価システム。
【請求項27】
被験者の腸の状態を評価する評価方法であって、
前記被験者から得られた音響データから腸音を抽出する抽出ステップと、
前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与える前における腸音の特徴量である第1特徴量を演算する第1特徴量演算ステップと、
前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与えた後における腸音の特徴量である第2特徴量を演算する第2特徴量演算ステップと、
前記第1特徴量および前記第2特徴量に基づいて、前記被験者の腸の状態を評価する評価ステップと、
を有する評価方法。
【請求項28】
被験者の腸の状態を評価する評価プログラムであって、
前記被験者から得られた音響データから腸音を抽出する抽出ステップと、
前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与える前における腸音の特徴量である第1特徴量を演算する第1特徴量演算ステップと、
前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与えた後における腸音の特徴量である第2特徴量を演算する第2特徴量演算ステップと、
前記第1特徴量および前記第2特徴量に基づいて、前記被験者の腸の状態を評価する評価ステップと、
をコンピュータに実行させる、評価プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、腸の状態を評価する評価装置、評価システム、評価方法および評価プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、腸音に基づいて腸の状態を評価する技術が提案されている(例えば、特許文献1)。具体的には、特許文献1には、腸音の長さや発生頻度といった時間領域の特徴量に基づいて、腸内のガス量を演算することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、腸の状態が同程度であっても、腸音の長さや発生頻度は個人差がある。例えば、腸の状態が健常な被験者の中に、腸音の発生頻度が比較的多い被験者も、腸音の発生頻度が比較的少ない被験者も存在する。そのため、特許文献1に記載の従来技術では、腸の状態を精度よく評価できないという問題があった。
【0005】
本開示は、腸の状態を精度よく評価することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本開示は以下の態様を含む。
項1.
被験者の腸の状態を評価する評価装置であって、
前記被験者から得られた音響データから腸音を抽出する抽出部と、
前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与える前における腸音の特徴量である第1特徴量を演算する第1特徴量演算部と、
前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与えた後における腸音の特徴量である第2特徴量を演算する第2特徴量演算部と、
前記第1特徴量および前記第2特徴量に基づいて、前記被験者の腸の状態を評価する評価部と、
を備える評価装置。
項2.
前記特徴量は、前記腸音の時間領域に関連する特徴量である、項1に記載の評価装置。
項3.
前記特徴量は、前記腸音の発生頻度である、項2に記載の評価装置。
項4.
前記特徴量は、前記腸音の長さである、項2に記載の評価装置。
項5.
前記特徴量は、前記腸音の信号レベルである、項2に記載の評価装置。
項6.
前記特徴量は、前記腸音の周波数領域に関連する特徴量である、項1に記載の評価装置。
項7.
前記特徴量は、前記腸音のスペクトル帯域幅である、項6に記載の評価装置。
項8.
前記評価部は、前記第1特徴量の対数および前記第2特徴量の対数に基づいて、腸の前記状態を評価する、項1に記載の評価装置。
項9.
前記評価部は、前記第1特徴量の対数および前記第2特徴量に基づいて、腸の前記状態を評価する、項1に記載の評価装置。
項10.
前記評価部は、前記第1特徴量および前記第2特徴量の対数に基づいて、腸の前記状態を評価する、項1に記載の評価装置。
項11.
前記評価部は、前記第1特徴量および前記第2特徴量の比率に基づいて、腸の前記状態を評価する、項1~7のいずれかに記載の評価装置。
項12.
前記評価部は、前記第1特徴量および前記比率に基づいて、腸の前記状態を評価する、項11に記載の評価装置。
項13.
前記評価部は、前記第1特徴量および前記比率に対応する座標と、複数の健常者から得られた音響データから抽出された腸音の第1特徴量ならびに第1特徴量および第2特徴量の比率に対応する座標の分布から求められた近似曲線との距離に基づいて、腸の前記状態を評価する、項12に記載の評価装置。
項14.
前記評価部は、前記第1特徴量の対数および前記比率の対数に基づいて、腸の前記状態を評価する、項11に記載の評価装置。
項15.
前記評価部は、前記第1特徴量の対数および前記比率の対数に対応する座標と、複数の健常者から得られた音響データから抽出された腸音の第1特徴量の対数ならびに第1特徴量および第2特徴量の比率の対数に対応する座標の分布から求められた回帰直線との距離に基づいて、腸の前記状態を評価する、項14に記載の評価装置。
項16.
前記評価部は、前記第1特徴量の対数および前記比率に基づいて、腸の前記状態を評価する、項11に記載の評価装置。
項17.
前記評価部は、前記第1特徴量および前記比率の対数に基づいて、腸の前記状態を評価する、項11に記載の評価装置。
項18.
前記評価部は、前記第1特徴量および前記第2特徴量の差分に基づいて、腸の前記状態を評価する、項1~7のいずれかに記載の評価装置。
項19.
前記評価部は、前記第1特徴量および前記差分に基づいて、腸の前記状態を評価する、項18に記載の評価装置。
項20.
前記評価部は、前記第1特徴量および前記第2特徴量の和に基づいて、腸の前記状態を評価する、項1~7のいずれかに記載の評価装置。
項21.
前記評価部は、前記第1特徴量および前記和に基づいて、腸の前記状態を評価する、項20に記載の評価装置。
項22.
前記評価部は、前記第1特徴量および前記第2特徴量の積に基づいて、腸の前記状態を評価する、項1~7のいずれかに記載の評価装置。
項23.
前記評価部は、前記第1特徴量および前記積に基づいて、腸の前記状態を評価する、項22に記載の評価装置。
項24.
前記評価部は、前記第1特徴量および前記第2特徴量のうち、信号レベルが閾値以上の腸音の特徴量に基づいて、腸の前記状態を評価する、項1~23のいずれかに記載の評価装置。
項25.
第1特徴量および第2特徴量に対応する各腸音の長さは5~10分である、項1~24のいずれかに記載の評価装置。
項26.
項1~25のいずれかに記載の評価装置と、
前記被験者から前記音響データを得るための集音装置と、
を備える、評価システム。
項27.
被験者の腸の状態を評価する評価方法であって、
前記被験者から得られた音響データから腸音を抽出する抽出ステップと、
前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与える前における腸音の特徴量である第1特徴量を演算する第1特徴量演算ステップと、
前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与えた後における腸音の特徴量である第2特徴量を演算する第2特徴量演算ステップと、
前記第1特徴量および前記第2特徴量に基づいて、前記被験者の腸の状態を評価する評価ステップと、
を有する評価方法。
項28.
被験者の腸の状態を評価する評価プログラムであって、
前記被験者から得られた音響データから腸音を抽出する抽出ステップと、
前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与える前における腸音の特徴量である第1特徴量を演算する第1特徴量演算ステップと、
前記抽出された腸音のうち、前記腸に刺激を与えた後における腸音の特徴量である第2特徴量を演算する第2特徴量演算ステップと、
前記第1特徴量および前記第2特徴量に基づいて、前記被験者の腸の状態を評価する評価ステップと、
をコンピュータに実行させる、評価プログラム。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、腸の状態を精度よく評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本開示の一実施形態に係る評価システムの構成を示すブロック図である。
【
図2】本開示の一実施形態に係る評価方法の処理手順を示すフローチャートである。
【
図3】音響データを収集するステップのさらに具体的な処理工程を示すフローチャートである。
【
図4】被験者から得られた音響データの波形の一例である。
【
図5】(a)は、炭酸水摂取試験のDBから得られた第1特徴量および比率の散布図であり、(b)は、第1特徴量の対数および比率の対数の散布図である。
【
図6】
図5(b)において、信号レベルが閾値以上の腸音の特徴量から演算された第1特徴量の対数および比率の対数の散布図である。
【
図7】炭酸水摂取試験のDBから得られた第1特徴量および差分の散布図である。
【
図8】(a)は、炭酸水摂取試験のDBから得られた第1特徴量および相対変化量の散布図であり、(b)は、第1特徴量の対数および相対変化量の対数の散布図である。
【
図9】炭酸水摂取試験のDBから得られた第1特徴量および和の散布図である。
【
図10】炭酸水摂取試験のDBから得られた第1特徴量および積の散布図である。
【
図11】(a)は、炭酸水摂取試験のDBから得られた第1特徴量および比率の散布図であり、(b)は、第1特徴量の対数および比率の対数の散布図である。
【
図12】(a)は、腸の状態が健常な被験者から得られた腸音の第1特徴量の対数および比率の対数の散布図であり、(b)は、さらに腸の状態が健常ではない被験者から得られた腸音の第1特徴量の対数および比率の対数をプロットした散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本開示の実施形態について添付図面を参照して説明する。なお、本開示は、下記の実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、種々の変更が可能である。
【0010】
(システム構成)
図1は、本開示の一実施形態に係る評価システム1の構成を示すブロック図である。評価システム1は、集音装置2と、評価装置3とを備えている。
【0011】
集音装置2は、被験者から音響データを得るための装置である。医療機関で音響データを収集する場合は、集音装置2は、例えば聴診器であり、医療機関以外で音響データを収集する場合は、集音装置2は、例えばマイクロフォンである。集音装置2がマイクロフォンである場合、集音装置2は、被験者の腹部に直接または衣服を介して取り付けられ、被験者の腸音を含む音響データを取得する。
【0012】
集音装置2は、有線または無線で評価装置3に接続されており、取得した音響データを評価装置3に転送する。なお、音響データは、集音装置2から記録媒体または通信機器を介して評価装置3に転送されてもよい。
【0013】
評価装置3は、被験者の腸の状態を評価する装置である。評価装置3は、汎用のコンピュータの他、スマートフォン、タブレット端末等の携帯型コンピュータで構成することができる。評価装置3は、ハードウェア構成として、CPUやGPUなどのプロセッサ、DRAMやSRAMなどの主記憶装置(図示省略)、および、HDDやSSDなどの補助記憶装置30を備えている。補助記憶装置30には、評価プログラムP、抽出用モデルMおよび相関データR等が格納されている。
【0014】
なお、補助記憶装置30は評価装置3に外付けされてもよい。また、評価装置3は、クラウド上に設けられてもよい。
【0015】
評価装置3は、機能ブロックとして、音響データ取得部31と、抽出部32と、特徴量演算部33と、評価部34とを備える。さらに、特徴量演算部33は、第1特徴量演算部331と、第2特徴量演算部332とを備える。これらの機能ブロックは、評価装置3のプロセッサが評価プログラムPを主記憶装置に読み出して実行することにより実現される。評価プログラムPは、インターネット等の通信ネットワークを介して評価装置3にダウンロードしてもよいし、CD-ROMやSDカード等のコンピュータ読み取り可能な非一時的な記録媒体に評価プログラムPを記録しておき、当該記憶媒体を介して評価装置3にインストールしてもよい。なお、各機能ブロックの機能については、後述する。
【0016】
(評価方法の処理手順)
評価システム1の機能について、
図2に基づいて説明する。
図2は、本実施形態に係る評価方法の処理手順を示すフローチャートである。該評価方法は、ステップS1~S5を有しており、ステップS1は集音装置2によって実行され、ステップS2~S5は、評価装置3の上記各機能ブロックによって実行される。すなわち、評価プログラムPが評価装置3にステップS2~S5を実行させる。
【0017】
ステップS1では、集音装置2が被験者の腸音を含む音響データを収集する。本実施形態では、被験者の腸に刺激を与え、集音装置2は、腸に刺激を与える前後の音響データを収集する。
【0018】
図3は、ステップS1のさらに具体的な処理工程を示すフローチャートである。
【0019】
ステップS11では、集音装置2による集音を開始する。所定時間(例えば、5分)が経過後(ステップS12においてYES)、ステップS13において、被験者に飲料を摂取させることによって、被験者の腸に刺激を与える。
【0020】
飲料は、腸に刺激を与えることができるものであれば特に限定されないが、例えば、炭酸水やコーヒー等が挙げられる。また、腸に刺激を与える方法は飲料の摂取に限定されない。腸に刺激を与える方法として、例えば、下剤等の固形物の摂取、腹部を捻る等の腸を刺激する運動、腹部への押圧、腸に関連するツボへの刺激、起床・就寝等が挙げられる。
【0021】
腸に刺激を与えてから所定時間(例えば、10分)が経過後(ステップS14においてYES)、ステップS15において、集音装置2による集音を終了する。
【0022】
以上のように、集音装置2は、被験者の腸に刺激を与える前後の音響データを収集する。
【0023】
図2に示すステップS2では、評価装置3の音響データ取得部31が、集音装置2によって被験者から得られた音響データを取得する。
【0024】
ステップS3(抽出ステップ)では、抽出部32が、ステップS2で取得された音響データから腸音を抽出する。音響データには、腸音の他、呼吸音や体動音などのノイズが含まれているが、腸音の抽出は、公知の手法によって可能である。本実施形態では、抽出部32は、国際公開第2019/216320号に記載の手法によって腸音を抽出する。
【0025】
具体的には、抽出部32は、音響データから複数のセグメントを検出し、各セグメントから周波数に関する特徴量であるPNCC(power normalized cepstral coefficients)を抽出し、抽出したPNCCを抽出用モデルMに入力する。抽出用モデルMは、音響データにおける腸音とPNCCとの関係を機械学習したニューラルネットワークモデルであり、入力されたPNCCに応じて各セグメントに腸音が含まれる可能性を示す予測スコアを出力する。抽出部32は、予測スコアが所定の閾値よりも大きいセグメントを腸音として抽出する。1つの腸音は連続音であり、その長さ(時間)は不定である。
【0026】
図4は、被験者から得られた音響データの波形の一例である。破線枠は、セグメントであり、抽出部32は、腸音が含まれる可能性が高いセグメントを抽出する。
【0027】
なお、通常の腸音の周波数は約100~500Hzが中心である。そのため、抽出部32は、ステップS2で取得された音響データに、100~500Hzを含む周波数帯域(例えば80~1000Hz)を通過させるバンドパスフィルタを適用してから、腸音を抽出することが好ましい。また、抽出部32は、信号レベルが閾値以上の腸音を抽出することが好ましい。
【0028】
図2に示すステップS4(第1特徴量演算ステップ、第2特徴量演算ステップ)では、特徴量演算部33が、ステップS3で抽出された腸音の特徴量を演算する。具体的には、特徴量演算部33の第1特徴量演算部331が、抽出された腸音のうち、腸に刺激を与える前における腸音の特徴量である第1特徴量を演算し、特徴量演算部33の第2特徴量演算部332が、抽出された腸音のうち、腸に刺激を与えた後における腸音の特徴量である第2特徴量を演算する。第1特徴量および第2特徴量に対応する各腸音の長さ(刺激前後の腸音の各測定時間)は特に限定されないが、例えば5~10分であることが好ましい。
【0029】
本実施形態において、特徴量は、腸音の時間領域に関連する特徴量であり、具体的には、腸音の発生頻度、腸音の長さ、または腸音の信号レベルであることが好ましい。その他、時間領域に関連する特徴量としては、例えば、腸音の最大振幅(BS Max. amplitude)、腸音のパワー(BS power)、腸音の最大振幅スペクトル密度(Maximum Amplitude Spectral Density)、腸音のゼロクロッシング率(Zero crossing rate)、腸音の尖度(kurtosis)、腸音の最大絶対率の実効値(Ratio of largest absolute to root mean squared value)などが挙げられる。
【0030】
なお、特徴量は、腸音の音響特徴量であれば特に限定されず、周波数領域に関連する特徴量などの音響特徴量であってもよい。周波数領域に関連する特徴量としては、例えば、腸音のスペクトル帯域幅(Bandwidth、ピークから任意減衰点での幅)、腸音のピーク周波数(Peak frequency)、腸音のスペクトルセントロイド(Spectral centroid)、腸音のスペクトルフラットネス(spectral flatness)、腸音の中間周波数(Median frequency)、腸音の平均周波数(Mean frequency)、腸音の第一フォルマント(first Formant)、腸音の第二フォルマント(second Formant)、腸音のスペクトルエントロピー(Spectral Entropy)、腸音のスペクトラム拡散(Spectral Spread)、腸音のスペクトルロールオフ(Spectral rolloff)、腸音のスペクトル勾配(spectral slope)、腸音のスペクトル尖度(spectral kurtosis)、腸音のスペクトル歪度(spectral skewness)などが挙げられる。また、単位時間あたりにおける腸音が含まれる可能性が高いセグメント(BSセグメント)の数や単位時間あたりにおける非BSセグメントの数(別の表現として、Bowel-Sound DurationやSilence Durationとも呼ばれる)を特徴量としてもよい。
【0031】
ステップS5(評価ステップ)では、評価部34が、第1特徴量および第2特徴量に基づいて、被験者の腸の状態を評価する。本実施形態では、評価部34は、第1特徴量および第2特徴量の比率または差分に基づいて、腸の状態を評価する。このとき、第1特徴量および第2特徴量(の比率または差分)の少なくともいずれかに対数をとってもよい。
【0032】
後述する実施例に示すように、腸の状態が健常である場合、第1特徴量および第2特徴量の間に相関があることが見出された。評価装置3の補助記憶装置30には、事前の検証実験等により、腸の状態が健常である被験者から得られた第1特徴量および第2特徴量の相関に関する相関データRが格納されている。
【0033】
これに対し、腸の状態が悪い場合は、腸の状態が健常である場合と比較して、腸への刺激に対する応答運動性が異なるため、第1特徴量および第2特徴量の関係が、腸の状態が健常である場合の第1特徴量および第2特徴量の相関から外れることとなる。そのため、評価部34は、ステップS4で算出された第1特徴量および第2特徴量を、相関データRと比較することにより、被験者の腸の状態を精度よく評価することができる。
【0034】
さらに、実施例では、
・第1特徴量と第1特徴量および第2特徴量の比率との相関
・第1特徴量の対数と前記比率の対数との相関
・第1特徴量と第1特徴量および第2特徴量の差分との相関
・第1特徴量と第1特徴量および第2特徴量の和との相関
・第1特徴量と第1特徴量および第2特徴量の積との相関
が特に高いことが見出された。そのため、評価部34は、
・第1特徴量および前記比率
・第1特徴量の対数および前記比率の対数
・第1特徴量および前記差分
・第1特徴量および前記和
・第1特徴量および前記積
に基づいて、腸の状態を評価することが好ましい。これにより、腸の状態をより高い精度で評価することができる。
【実施例0035】
以下、本開示の実施例について説明するが、本開示は下記の実施例に限定されない。
【0036】
[実施例1~4]
実施例1~4では、腸の状態が健常である被験者について、腸への刺激前後の腸音の特徴量の間に相関性があるかを飲料摂取試験によって検証した。被験者は、RomeIII診断基準により腸の状態が健常であると診断された20名(男性12名、女性8名、年齢:32.90±7.89歳、身長:167.28±8.52cm、体重:59.04±8.62kg、BMI:21.02±1.96)であり、各被験者に対して、飲料摂取試験を2回行った。
【0037】
具体的には、1回目の試験では、約12時間絶食した各被験者に10℃以下の炭酸水を摂取させ、摂取前5分間の安静状態と摂取後10分間の安静状態における、各被験者の生体音を音響データとして収集した。1回目の試験で収集された各被験者の音響データをデータベース(DB)1とする。
【0038】
2回目の試験は、1回目の試験と異なる日に行われた。2回目の試験では、各被験者に約45℃のコーヒーを摂取させ、摂取前5分間の安静状態と摂取後10分間の安静状態における、各被験者の生体音を音響データとして収集した。2回目の試験で収集された各被験者の音響データをデータベース(DB)2とする。
【0039】
これらの試験において、音響データの収集に用いられた機器は、電子聴診器(E-scope2, Cardionics Inc., Houston, TX, USA)と、マルチトラックレコーダー(R16 Zoom Co., Ltd., Tokyo, Japan)であった。音響データの収集の際には、被験者を仰臥位にさせ、電子聴診器を臍から右に9cmの位置にマスキングテープを用いて井形で固定した。電子聴診器の収音モードには心音モードと呼吸音モードがあるが、より広い周波数レンジで録音できる、呼吸音モードに設定した。収集時の音響データのサンプリング周波数は44100Hzであり、デジタル分解は16bit/sampleであった。電子聴診器の周波数特性ならびに腸音の周波数特性を考慮して、収集された音響データの周波数を4000Hzにダウンサンプリングした。
【0040】
評価装置3では、抽出用モデルMとして学習済みのニューラルネットワークモデルを用いて、各音響データから複数の腸音を抽出した。具体的には、音響データに対して、セグメント長:64ms、シフトサイズ:16msでセグメント化を行い、各セグメントから周波数に関する特徴量であるPNCCおよびLPC係数を抽出した。そして、抽出したPNCCおよびLPC係数をニューラルネットワークモデルに入力し、ニューラルネットワークの出力に基づいて各セグメントに腸音が含まれるかを判定した。腸音が含まれるセグメント(BSセグメント)が連続した場合は、連続したBSセグメントを1つのBSエピソードとした。抽出用モデルMの性能は、感度:90.58±4.46、特異度:91.76±4.61、PPV:66.92±8.47、NPV:98.45±0.55、精度:92.07±3.34、F1score:76.60±5.89であった。
【0041】
続いて、抽出された腸音から、飲料摂取前における特徴量である第1特徴量および飲料摂取後における特徴量である第2特徴量を演算した。特徴量としては、
・腸音の発生頻度
・腸音の長さ
・腸音の信号レベル
・腸音のスペクトル帯域幅
の4つの特徴量を用いた。以下、各特徴量について、第1特徴量および第2特徴量の相関性を検証した。
【0042】
(実施例1)
実施例1では、特徴量が腸音の発生頻度である場合の、第1特徴量および第2特徴量の相関性を検証した。第1特徴量を、飲料摂取直前5分間における腸音の1分間あたりの平均発生回数(xb)と定義し、第2特徴量を、飲料摂取直後10分間における腸音の1分間あたりの平均発生回数(xa)と定義し、第1特徴量xbおよび第2特徴量xaを被験者単位で演算した。
【0043】
まず、第1特徴量xbおよび第2特徴量xaの比率(ratio)と第1特徴量xbとの相関性を検証した。比率ratioは、式(1)のように定義した。
ratio=xa/xb ・・・(1)
【0044】
図5(a)は、炭酸水摂取試験のDB1から得られた第1特徴量x
bおよび比率ratioの散布図である。
図5(a)から、第1特徴量x
bが大きくなるほど、比率ratioが低下する傾向があることが確認された。
図5(a)における各点の相関係数はR=-0.642であり、有意水準はp=0.002であった。相関係数の有意性の評価には、スチューデントのt検定を用いており、有意水準pがp<0.05であった場合、相関を有するものとした。
【0045】
以上のように、腸の状態が健常な被験者が炭酸水を摂取した場合の第1特徴量xbおよび比率ratioには、高い非線形的な相関があることが分かった。すなわち、腸の状態が健常であれば、第1特徴量xbおよび比率ratioの座標は、所定の領域に集中する傾向があることが分かった。
【0046】
これに対し、腸の状態が悪い場合は、腸の状態が健常である場合に比べ、刺激に対する応答運動性が異なるため、第1特徴量x
bおよび比率ratioの座標は、上記所定の領域から外れることとなる。そのため、例えば、
図5(a)に示す各点の近似曲線を求め、炭酸水を摂取した未知の被験者から得られた腸音から、上記と同様に演算した第1特徴量x
bおよび比率ratioの座標と近似曲線との距離を演算することにより、未知の被験者の腸の状態を評価することができる。すなわち、評価部34は、被験者から得られた音響データから抽出された腸音の第1特徴量x
bならびに第1特徴量x
bおよび第2特徴量x
aの比率ratioに対応する座標と、複数の健常者から得られた音響データから抽出された腸音の第1特徴量x
bならびに第1特徴量x
bおよび第2特徴量x
aの比率ratioに対応する座標の分布から求められた近似曲線との距離に基づいて、腸の前記状態を評価することができる。
【0047】
さらに、第1特徴量x
bの対数および比率ratioの対数を被験者単位で演算した。
図5(b)は、DB1から得られた第1特徴量x
bの対数および比率ratioの対数の散布図である。各点の相関係数はR=-0.943であり、有意水準はp=0.000であった。よって、腸の状態が健常な被験者が炭酸水を摂取した場合の第1特徴量x
bの対数および比率ratioの対数には、非常に高い線形的な相関があることが分かった。
【0048】
よって、
図5(b)に示す各点の回帰直線を求め、炭酸水を摂取した未知の被験者から得られた腸音から、上記と同様に演算した第1特徴量x
bおよび比率ratioの座標と回帰直線との距離を演算することにより、未知の被験者の腸の状態をより高い精度で評価することができることが分かった。すなわち、評価部34は、被験者から得られた音響データから抽出された腸音の第1特徴量x
bの対数ならびに第1特徴量x
bおよび第2特徴量x
aの比率ratioの対数に対応する座標と、複数の健常者から得られた音響データから抽出された腸音の第1特徴量x
bの対数ならびに第1特徴量x
bおよび第2特徴量x
aの比率ratioの対数に対応する座標の分布から求められた回帰直線との距離に基づいて、腸の前記状態を評価することができる。
【0049】
なお、本実施例では、対数は自然対数であるが、対数の底は特に限定されない。また、本実施例では、第1特徴量xbおよび比率ratioの両方に対数をとったが、それらの一方のみに対数をとってもよい。すなわち、評価部34は、第1特徴量xbの対数および比率ratioに基づいて、または、第1特徴量xbおよび比率ratioの対数に基づいて、腸の状態を評価してもよい。さらに、第1特徴量xbおよび比率ratioの少なくとも一方に対し、対数をとる代わりに、Yeo-Johnson変換、ボックス=コックス変換、arcsin変換、ヒルベルト変換、平方根変換、動的レンジ圧縮、指数関数的なスケーリングやそれらのカスタム変換などを行ってもよい。
【0050】
なお、DB2(コーヒー摂取試験)から得られた第1特徴量xbの対数および比率ratioの対数の相関係数はR=-0.768であり、有意水準はp=0.000であった。
【0051】
さらに、第1特徴量xbおよび第2特徴量xaのうち、信号レベルが閾値Ath以上の腸音の特徴量を抽出し、上記と同様に、比率ratioを演算した。本実施例では、閾値Ath=5×10-4であった。
【0052】
図6は、
図5(b)において、信号レベルが閾値A
th以上の腸音の特徴量から演算された第1特徴量x
bの対数および比率ratioの対数の散布図である。各点の相関係数はR=-0.952であり、有意水準はp=0.000であった。よって、信号レベルが閾値A
th以上の腸音の特徴量に限定することにより、第1特徴量x
bおよび第2特徴量x
aの相関性がさらに高くなることが分かった。
【0053】
続いて、第1特徴量および第2特徴量の差分(xa-xb)と第1特徴量との相関性を検証した。
【0054】
図7は、DB1から得られた第1特徴量x
bおよび差分(x
a-x
b)の絶対値の散布図である。各点の相関係数はR=-0.637であり、有意水準はp=0.003であった。よって、腸の状態が健常な被験者が炭酸水を摂取した場合の第1特徴量x
bおよび差分(x
a-x
b)には、高い負の相関があることが分かった。
【0055】
さらに、第1特徴量および第2特徴量の相対変化量((x
a-x
b)/x
b)を被験者単位で演算した。
図8(a)は、DB1から得られた第1特徴量x
bおよび相対変化量の散布図である。各点の相関係数はR=-0.642であり、有意水準はp=0.002であった。よって、腸の状態が健常な被験者が炭酸水を摂取した場合の第1特徴量x
bおよび相対変化量には、高い非線形的な相関があることが分かった。
【0056】
さらに、相対変化量の対数を被験者単位で演算した。
図8(b)は、DB1から得られた第1特徴量x
bの対数および相対変化量の対数の散布図である。各点の相関係数はR=-0.957であり、有意水準はp=0.000であった。よって、腸の状態が健常な被験者が炭酸水を摂取した場合の第1特徴量x
bの対数および相対変化量の対数には、非常に高い線形的な相関があることが分かった。
【0057】
続いて、第1特徴量および第2特徴量の和(xa+xb)と第1特徴量との相関性を検証した。
【0058】
図9は、DB1から得られた第1特徴量x
bおよび和(x
a+x
b)の散布図である。各点の相関係数はR=0.960であり、有意水準はp=0.000であった。よって、腸の状態が健常な被験者が炭酸水を摂取した場合の第1特徴量x
bおよび和(x
a+x
b)には、高い正の相関があることが分かった。
【0059】
続いて、第1特徴量および第2特徴量の積(xa×xb)と第1特徴量との相関性を検証した。
【0060】
図10は、DB1から得られた第1特徴量x
bおよび積(x
a×x
b)の散布図である。各点の相関係数はR=0.984であり、有意水準はp=0.000であった。よって、腸の状態が健常な被験者が炭酸水を摂取した場合の第1特徴量x
bおよび積(x
a×x
b)には、高い正の相関があることが分かった。
【0061】
(実施例2)
実施例2では、特徴量が腸音の長さである場合の、第1特徴量および第2特徴量の相関性を検証した。第1特徴量を、飲料摂取直前5分間に発生した各腸音の平均時間(tb)と定義し、第2特徴量を、飲料摂取直後10分間に発生した各腸音の平均時間(ta)と定義し、第1特徴量tbおよび第2特徴量taを被験者単位で演算した。
【0062】
実施例1と同様に、第1特徴量tbおよび第2特徴量taの比率(ratio)と第1特徴量tbとの相関性を検証した。比率ratioは、式(2)のように定義した。
ratio=ta/tb ・・・(2)
【0063】
さらに、第1特徴量tbの対数および比率ratioの対数を被験者単位で演算した。その結果、DB1(炭酸水摂取試験)から得られた第1特徴量xbの対数および比率ratioの対数の相関係数は、R=-0.707であり、有意水準はp=0.000であった。また、DB2(コーヒー摂取試験)から得られた第1特徴量xbの対数および比率ratioの対数の相関係数は、R=-0.537であり、有意水準はp=0.015であった。
【0064】
以上のように、腸の状態が健常な被験者が炭酸水またはコーヒーを摂取した場合の第1特徴量tbの対数および比率ratioの対数には、高い相関があることが分かった。
【0065】
(実施例3)
実施例3では、特徴量が腸音の信号レベルである場合の、第1特徴量および第2特徴量の相関性を検証した。第1特徴量を、飲料摂取直前5分間に発生した各腸音の平均信号レベル(SNRb)と定義し、第2特徴量を、飲料摂取直後10分間に発生した各腸音の平均信号レベル(SNRa)と定義し、第1特徴量SNRbおよび第2特徴量SNRaを被験者単位で演算した。
【0066】
実施例1および2と同様に、第1特徴量SNRbおよび第2特徴量SNRaの比率(ratio)と第1特徴量SNRbとの相関性を検証した。比率ratioは、式(3)のように定義した。
ratio=SNRa/SNRb ・・・(3)
【0067】
さらに、第1特徴量SNRbの対数および比率ratioの対数を被験者単位で演算した。その結果、DB1(炭酸水摂取試験)から得られた第1特徴量SNRbの対数および比率ratioの対数の相関係数は、R=-0.538であり、有意水準はp=0.014であった。また、DB2(コーヒー摂取試験)から得られた第1特徴量SNRbの対数および比率ratioの対数の相関係数は、R=-0.477であり、有意水準はp=0.034であった。
【0068】
以上のように、腸の状態が健常な被験者が炭酸水またはコーヒーを摂取した場合の第1特徴量SNRbの対数および比率ratioの対数には、高い相関があることが分かった。
【0069】
(実施例4)
実施例4では、特徴量が腸音のスペクトル帯域幅である場合の、第1特徴量および第2特徴量の相関性を検証した。スペクトル帯域幅とは、振幅スペクトルが最大振幅の1/2よりも高い周波数範囲と定義した。第1特徴量を、飲料摂取直前5分間における腸音の1分間あたりの平均スペクトル帯域幅(wb)と定義し、第2特徴量を、飲料摂取直後10分間における腸音の1分間あたりの平均スペクトル帯域幅(wa)と定義し、第1特徴量wbおよび第2特徴量waを被験者単位で演算した。
【0070】
まず、第1特徴量wbおよび第2特徴量waの比率(ratio)と第1特徴量wbとの相関性を検証した。比率ratioは、式(4)のように定義した。
ratio=wa/wb ・・・(4)
【0071】
図11(a)は、DB1から得られた第1特徴量w
bおよび比率ratioの散布図であり、各点の相関係数はR=-0.599であり、有意水準はp=0.005であった。よって、腸の状態が健常な被験者が炭酸水またはコーヒーを摂取した場合の第1特徴量w
bおよび比率ratioには、高い相関があることが分かった。
【0072】
さらに、第1特徴量w
bの対数および比率ratioの対数を被験者単位で演算した。
図11(b)は、DB1から得られた第1特徴量w
bの対数および比率ratioの対数の散布図であり、各点の相関係数はR=-0.708であり、有意水準はp=0.000であった。よって、腸の状態が健常な被験者が炭酸水またはコーヒーを摂取した場合の第1特徴量w
bの対数および比率ratioの対数には、高い相関があることが分かった。
【0073】
[実施例5]
実施例5では、30名の女性の被験者に対して、RomeIV診断基準を反映したアンケートを実施し、回答に基づいて、被験者を機能性下痢(FD)、機能性便秘(FC)および健常者に分類した。分類結果を表1に示す。
【0074】
【0075】
続いて、各被験者に対して、飲料摂取試験を行った。具体的には、約12時間絶食した各被験者におよそ10℃以下の強炭酸水を200mL摂取させ、摂取前5分間の安静状態と摂取後10分間の安静状態における、各被験者の生体音を音響データとして収集した。音響データの収集に用いられた機器および収集方法は、上記の実施例1~4と同じであった。電子聴診器の周波数特性ならびに腸音の周波数特性を考慮して、収集された音響データの周波数を4000Hzにダウンサンプリングした。
【0076】
評価装置3では、抽出用モデルMとして学習済みのニューラルネットワークモデルを用いて、各音響データから複数の腸音を抽出した。具体的には、音響データに対して、セグメント長:64ms、シフトサイズ:16msでセグメント化を行い、セグメント内の信号が平均値0、標準偏差1となるように正規化した。正規化されたセグメントから10次元のlinear prediction cepstral(LPC)係数とそのΔや、ΔΔ、22次元のMFCCからなる合計52次元の特徴量を抽出して、ニューラルネットワークへの入力として使用した。各特徴量に、腸音(BS)セグメントか否かの2値をラベリングして教師データを生成した。生成した教師データを用いて、ニューラルネットワークの学習を行い腸音か否かの2クラス分類を行うための抽出用モデルMを生成した。なお、ニューラルネットワークの中間層のユニット数は40とした。抽出用モデルMの性能を5分割交差検証による評価を行った結果、感度80.47±2.83%、特異度97.61±0.74%、PPV86.17±1.88%、NPV96.52±0.74%、精度95.02±0.87%、F1スコア83.17±0.80%であった。
【0077】
また、環境ノイズによる音響特徴量の変化を考慮し、腸音ではないと判定されたセグメントで得られたスペクトルの平均を用いてノイズサブトラクションを行った。
【0078】
続いて、抽出された腸音から、飲料摂取前における特徴量である第1特徴量および飲料摂取後における特徴量である第2特徴量を演算した。より具体的には、第1特徴量を、飲料摂取直前5分間における腸音から計算された第1特徴量の平均(xb)と定義し、第2特徴量を、飲料摂取直後10分間における腸音から計算された第2特徴量の平均(xa)と定義し、第1特徴量xbおよび第2特徴量xaを被験者単位で演算した。特徴量としては、
・腸音の最大振幅(BS maximum amplitude)
・腸音のパワー(BS power)
・腸音の発生頻度
・腸音の最大振幅スペクトル密度(Maximum Amplitude Spectral Density、MASD)
・腸音のピーク周波数
・腸音のスペクトル帯域幅(Bandwidth)
の6つの特徴量を用いた。なお、最大振幅スペクトル密度とは、時間信号を高速フーリエ変換(FFT)することによって得られた振幅スペクトルの最大値である。
【0079】
さらに、健常者から得られた腸音の第1特徴量xbの対数ならびに第1特徴量xbおよび第2特徴量xaの比率ratioの対数に対応する座標の分布から、回帰直線を求め、各被験者から得られた腸音の第1特徴量xbの対数および比率ratioの対数に対応する座標と、回帰直線との距離に基づいて、各被験者の腸の状態を評価できるかを検証した。
【0080】
以下、特徴量が腸音のスペクトル帯域幅である場合について説明する。まず、30名の被験者から得られた腸音を解析し、飲料摂取直前5分間の腸音に対応するスペクトル帯域幅の平均(第1特徴量xb)および、飲料摂取直後10分間の腸音に対応するスペクトル帯域幅の平均(第2特徴量xa)を演算し、さらに、第1特徴量xbの対数ならびに第1特徴量xbおよび第2特徴量xaの比率ratioの対数を被験者単位で演算した。
【0081】
続いて、被験者のうち腸の状態が健常な10名の被験者から得られた腸音の第1特徴量x
bの対数および比率ratioの対数を抽出し、
図12(a)に示すように、第1特徴量x
bの対数をx軸、比率ratioの対数をy軸とするグラフにプロットした(緑〇印)。さらに、プロットした座標を用いて、最小二乗法をもとに線形回帰の係数(傾きと切片)を推定する線形回帰モデルを構築しトレーニングを行った。具体的には、プロットした座標とモデル予測との間の二乗誤差の合計を最小化することにより、係数(モデルパラメータ)を推定し、回帰直線(Regression Line)を求めた。
【0082】
さらに、回帰直線から閾値だけ離れた閾値直線(threshold line)を設定した。
図12(a)に示される赤線が回帰直線であり、2つの青線が閾値直線である。
【0083】
続いて、被験者のうち腸の状態が健常ではない(FDまたはFC)20名の被験者から得られた腸音の第1特徴量x
bの対数および比率ratioの対数を抽出し、
図12(b)に示すように、回帰直線および閾値直線が設定されたグラフ上にプロットした(赤〇印)。健常者群(緑〇印)は回帰直線の付近に分布しているのに対し、FDおよびFC群(赤〇印)は、回帰直線から離れた領域に分布していることが分かる。そのため、被験者から得られた腸音の第1特徴量x
bの対数および比率ratioの対数に対応する座標が、2つの青線に挟まれた領域に位置する場合、すなわち、当該座標と回帰直線との距離が閾値以内の場合に、腸の状態が健常であると評価できることが分かる。
【0084】
健常者群(緑〇印)を0、FDおよびFC群(赤〇印)を1としてラベル付けを行い、各〇印と回帰直線との距離をscoreとして算出し、scoreに閾値を用いて2クラス分類を行った(閾値よりも大きければ1、閾値以下であれば0)。腸音のスペクトル帯域幅以外の5つの特徴量についても、上記と同様に2クラス分類を行った。各特徴量の分類性能を表2に示す。なお、閾値は分類性能が最大になるように調整した。
【0085】
【0086】
表2の結果から、いずれの特徴量を用いても、回帰分析によって腸の状態が健常であるかFDまたFCであるかを精度よく評価できることが分かった。データセットの偏りがある点に注意すると、時間領域の特徴量では、特に腸音の発生頻度が分類に寄与しており、周波数領域の特徴量では、特に腸音のスペクトル帯域幅が分類に寄与していることが分かった。
【0087】
表2の結果は、第1特徴量に対応する腸音の長さが5分であり、第2特徴量に対応する各腸音の長さが10分であったが、第1特徴量および第2特徴量に対応する各腸音の長さを変えて、上記と同様に2クラス分類を行った。第1特徴量に対応する腸音の長さが10分であり、第2特徴量に対応する腸音の長さが10分である場合の、各特徴量の分類性能を表3に示す。
【0088】
【0089】
第1特徴量に対応する腸音の長さが5分であり、第2特徴量に対応する腸音の長さが5分である場合の、各特徴量の分類性能を表4に示す。
【0090】
【0091】
表3および表4から、第1特徴量および第2特徴量に対応する各腸音の長さを5分~10分とすることにより、腸の状態を精度よく評価できることが分かった。
【0092】
(付記事項)
なお、上記の実施例では、特徴量として、刺激前の所定時間、または刺激後の所定時間における平均値を用いたが、中央値、分散値等の統計量を用いることもできる。また、各グラフにおいて、横軸は測定値であったが、正規化または標準化した値であってもよく、縦軸を正規化または標準化してもよい。さらに、対数変換前に数値に+1等をすることもできる。また、各グラフにおいて、横軸は刺激前の測定値であったが、刺激後の測定値であってもよい。