(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024149427
(43)【公開日】2024-10-18
(54)【発明の名称】細胞培養構造体
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20241010BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20241010BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12M3/00 A
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024060133
(22)【出願日】2024-04-03
(31)【優先権主張番号】P 2023061465
(32)【優先日】2023-04-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】302003244
【氏名又は名称】株式会社エスケーエレクトロニクス
(74)【代理人】
【識別番号】110002734
【氏名又は名称】弁理士法人藤本パートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】西中 勝喜
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB11
4B029CC02
4B029CC08
4B029DG08
4B029GB05
(57)【要約】 (修正有)
【課題】細胞培養のより一層の効率化に資するとともに、細胞シートを取り外すときに前記細胞シートに生じる損傷を小さくすることができる細胞培養構造体を提供する。
【解決手段】細胞培養構造体100は、培養液に浸されて使用されるとともに、培養される細胞Cが付着可能な細胞付着面Sを有する細胞培養構造体であって、平板状の基材と、該基材の一表面から突出する複数の突起部PRと、を備え、前記複数の突起部のそれぞれは、少なくとも頂部Aが前記細胞付着面となっており、前記基材の一表面側から前記細胞培養構造体を平面視したときに、前記複数の突起部は、有限の長さの複数の線のみで構成されるか、または、有限の長さの複数の線と複数の点とが組み合わされて構成されていて、前記複数の突起部が前記のいずれで構成されている場合においても、前記有限の長さの複数の線及び前記複数の点によって閉空間が形成されていない。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養液に浸されて使用されるとともに、培養される細胞が付着可能な細胞付着面を有する細胞培養構造体であって、
平板状の基材と、該基材の一表面から突出する複数の突起部と、を備え、前記複数の突起部のそれぞれは、少なくとも頂部が前記細胞付着面となっており、
前記基材の一表面側から前記細胞培養構造体を平面視したときに、前記複数の突起部は、有限の長さの複数の線のみで構成されるか、または、有限の長さの複数の線と複数の点とが組み合わされて構成されていて、
前記複数の突起部が前記のいずれで構成される場合においても、前記有限の長さの複数の線及び前記複数の点によって閉空間が形成されておらず、
隣り合う前記突起部の平面視が線どうしの場合に前記線どうしの間の距離をIAとし、隣り合う前記突起部の平面視が線と点の場合に前記線と前記点との間の距離をIBとし、隣り合う前記突起部の平面視が点どうしの場合に前記点どうしの間の距離をICとし、培養される細胞を平面視したときの該細胞の最も広い領域に含まれる最大の真円の直径をSCとしたときに、IA、IB、及び、ICは、SCよりも小さい値を示し、
前記複数の線をこれらの線の延在方向と直交する方向に切断して得られるそれぞれの第1切断面、及び、前記複数の点を前記基材の面方向と直交する方向に切断して得られるそれぞれの第2切断面は、前記基材の一表面から離れる方向に向けて幅狭となる形状を有している
細胞培養構造体。
【請求項2】
前記平板状の基材は、一端側及び他端側にそれぞれ開放部を有する
請求項1に記載の細胞培養構造体。
【請求項3】
前記複数の突起部が前記のいずれで構成される場合においても、隣り合う前記突起部どうしが接触していない、
請求項1または2に記載の細胞培養構造体。
【請求項4】
前記幅狭となる形状は、少なくとも頂部が円弧形状をなしている
請求項1または2に記載の細胞培養構造体。
【請求項5】
前記複数の突起部は、20℃における屈折率が1.4以下の有機物によって構成されている
請求項1または2に記載の細胞培養構造体。
【請求項6】
前記有機物を用いて板状成形物を成形したときに、
該板状成形物に対する水の接触角は50°以上120°以下である
請求項5に記載の細胞培養構造体。
【請求項7】
前記有機物は非晶質フッ素樹脂である
請求項5に記載の細胞培養構造体。
【請求項8】
前記基材の一表面側から前記細胞構造体を平面視したときの前記複数の突起部の配置パターンは、反応拡散方程式によって導かれる二次元平面上における2種類の物質の濃度分布を示すチューリングパターンである
請求項1または2に記載の細胞培養構造体。
【請求項9】
前記チューリングパターンは、二次元平面上における一の化学物質Uと他の化学物質Vとの反応拡散を表す下記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式を、差分法にてコンピュータシミュレーションすることによって得られる前記一の化学物質Uと前記他の化学物質Vの濃度分布について、いずれか一方の物質の濃度が高い領域を示すパターンであり、
前記コンピュータシミュレーションは、前記一の化学物質Uと前記他の化学物質Vとが前記二次元平面上に同量でランダムに分布する状態を初期状態として開始され、前記反応拡散が平衡状態に達したときに終了される
請求項8に記載の細胞培養構造体。
【数1】
ただし、uは栄養成分の濃度であり、vは増殖因子の濃度であり、D
uは栄養成分の拡散係数であり、D
vは増殖因子の拡散係数であり、fは流出入係数であって、上記式(1)の第1式において、fは、栄養成分の流入係数であり、上記式(1)の第2式において、fは、量的に過多となる増殖因子の流出係数である。kは、増殖因子が増殖促進機能を失う物質に変化する反応係数である。
【請求項10】
前記差分法は、下記式(2)及び(3)を用いて表される漸化式を用いて実施される
請求項9に記載の細胞培養構造体。
【数2】
ただし、δは時間差分である。
【数3】
ただし、εは空間差分である。
【請求項11】
前記チューリングパターンは、有限の要素数に分割した二次元平面において、最外の境界に周期境界条件を付与したシミュレーションにて生成されたものである
請求項9に記載の細胞培養構造体。
【請求項12】
上記式(1)で表されるGray-Scottモデルの式において、係数Duが0.002以上0.01以下の範囲にあり、係数Dvが0.0003以上0.0015以下の範囲にあり、係数fが0.03以上0.18以下の範囲にあり、係数kが0.03以上0.07以下の範囲にある
請求項9に記載の細胞培養構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
本願は、日本国特願2023-061465号の優先権を主張し、引用によって本願明細書の記載に組み込まれる。
【0002】
本発明は、細胞培養構造体に関する。
より詳しくは、本発明は、複数の細胞が繋がって構成される細胞シートを得るための細胞培養構造体に関する。
【背景技術】
【0003】
従来、複数の細胞が繋がって構成される細胞シートを得るために、細胞培養構造体を用いて細胞を培養することが知られている(例えば、下記特許文献1)。
【0004】
下記特許文献1には、前記細胞培養構造体として、薄膜(シート)と、該薄膜(シート)の一表面上に該一表面から離れる方向に延びるように設けられる複数の柱状微小突起部と、を備える細胞培養シートが開示されている。
なお、下記特許文献1では、前記複数の柱状微小突起部の集合体を柱状微小突起群と称している。
【0005】
下記特許文献1には、上記のように構成された細胞培養シート上において、皮膚細胞である正常ヒト表皮角化細胞をシート状に増殖させることが記載されている。
すなわち、下記特許文献1には、上記のように構成された細胞培養シート上において、前記正常ヒト表皮角化細胞の複数を繋げて細胞シートを得ることが記載されている。
【0006】
また、下記特許文献1には、その中心部が前記柱状微小突起群の中心部と略一致するように、前記柱状微小突起群に十字状の隙間を設けることが開示されている。
さらに、下記特許文献1には、前記十字状の隙間は、前記柱状微小突起群から前記柱状微小突起部の一部を取り除いて形成されることも開示されている。
すなわち、下記特許文献1に開示された細胞培養シートにおいては、前記十字状の隙間の間隔は、隣り合う前記柱状微小突起部どうしの間の間隔よりも広くなっている。
【0007】
上記特許文献1には、上記のように、前記柱状微小突起群に前記十字状の隙間を設けることにより、前記柱状微小突起群内において前記培養液(液体培地)を流れ易くできるとともに、前記細胞の培養時に生じる老廃物を前記柱状微小突起群の外部に排出させ易くなることが記載されている。
そして、上記特許文献1には、前記柱状微小突起群内において前記培養液(液体培地)を流れ易くすることにより、前記柱状微小突起群を構成する前記柱状微小突起部に付着された細胞に培養液(液体培地)中に含まれる栄養素を効率良く供給できることが記載されている。
上記のように、細胞培養構造体中において、培養液(液体培地)に含まれる栄養素を細胞に効率良く供給できると、細胞培養を効率良く実施することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、近年、前記細胞培養構造体内における細胞培養のより一層の効率化が望まれているものの、この要望は、未だ十分に満たされているとは言い難い。
また、前記細胞培養構造体において得られた細胞シートを、可能な限り損傷させずに前記細胞培養構造体から取り外すこと(剥離させること)も望まれているものの、この要望についても、未だ十分に満たされているとは言い難い。
【0010】
そこで、本発明は、細胞培養のより一層の効率化に資するとともに、細胞シートを取り外すときに前記細胞シートに生じる損傷を小さくすることができる細胞培養構造体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者が鋭意検討したところ、平板状の基材と、該基材の一表面から突出する複数の突起部とを備える細胞培養構造体において、前記突起部を特定の形状をなすものとすることにより、細胞培養をより一層効率的に実施できることを見出した。
また、本発明者が鋭意検討したところ、細胞培養構造体において、複数の突起部の断面形状を所定の形状とすることにより、前記細胞培養構造体から細胞シートを取り外すときに該細胞シートに生じる損傷を小さくすることができることも見出した。
そして、本発明を想到するに至った。
【0012】
すなわち、本発明に係る細胞培養構造体は、
培養液に浸されて使用されるとともに、培養される細胞が付着可能な細胞付着面を有する細胞培養構造体であって、
平板状の基材と、該基材の一表面から突出する複数の突起部と、を備え、前記複数の突起部のそれぞれは、少なくとも頂部が前記細胞付着面となっており、
前記基材の一表面側から前記細胞培養構造体を平面視したときに、前記複数の突起部は、有限の長さの複数の線のみで構成されるか、または、有限の長さの複数の線と複数の点とが組み合わされて構成されていて、
前記複数の突起部が前記いずれで構成されている場合においても、前記有限の長さの複数の線及び前記複数の点によって閉空間が形成されておらず、
隣り合う前記突起部の平面視が線どうしの場合に前記線どうしの間の距離をIAとし、隣り合う前記突起部の平面視が線と点との場合に前記線と前記点との間の距離をIBとし、隣り合う前記突起部の平面視が点どうしの場合に前記点どうしの間の距離をICとし、培養される細胞を平面視したときの該細胞の最も広い領域に含まれる最大の真円の直径をSCとしたときに、IA、IB、及び、ICは、SCよりも小さい値を示し、
前記複数の線をこれらの線の延在方向と直交する方向に切断して得られるそれぞれの第1切断面、及び、前記複数の点を前記基材の面方向と直交する方向に切断して得られるそれぞれの第2切断面は、前記基材の一表面から離れる方向に向けて幅狭となる形状を有している。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、細胞培養のより一層の効率化に資するとともに、細胞シートを取り外すときに前記細胞シートに生じる損傷を小さくすることができる細胞培養構造体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1A】本発明の一実施形態に係る細胞培養構造体の全体構成を突起部側から視認した平面図。
【
図2】本発明の一実施形態に係る細胞培養構造体上で細胞培養中である状態を突起部の上方から視認した平面図。
【
図3A】
図2に示した細胞培養構造体をIIIA-IIIA線に沿って切断した様子を示す断面図。
【
図3B】
図2に示した細胞培養構造体を他の部分で切断した様子を示す断面図。
【
図4A】本発明の他の実施形態に係る細胞培養構造体の一部を突起部側から視認した平面図。
【
図4B】
図4Aに示した細胞培養構造体の別の一部を突起部側から視認した平面図。
【
図4C】
図4Aに示した細胞培養構造体の他の一部を突起部側から視認した平面図。
【
図5】本発明のさらに他の実施形態に係る細胞培養構造体を突起部側から視認した平面図。
【
図6】本発明のさらに別の実施形態に係る細胞培養構造体の一部を突起部側から視認した平面図。
【
図7】本発明のさらに他の実施形態に係る細胞培養構造体の一部を突起部側から視認した平面図。
【
図8】本発明のさらに別の実施形態に係る細胞培養構造体の一部を突起部側から視認した平面図。
【
図9】本発明のさらに他の実施形態に係る細胞培養構造体の一部を突起部側から視認した平面図。
【
図10】本発明のさらに別の実施形態に係る細胞培養構造体の一部を突起部側から視認した平面図。
【
図11】本発明のさらに別の実施形態に係る細胞培養構造体の一部を突起部側から視認した平面図。
【
図12】本発明のさらに他の実施形態に係る細胞培養構造体の突起部側から視認した際の、突起部の配置パターンを表すチューリングパターンの図。この図では、黒色で表された線及び点が突起部に対応する。
【
図13】本発明のさらに別の実施形態に係る細胞培養構造体の突起部側から視認した際の、突起部の配置パターンを表すチューリングパターンの図。この図では、黒色で表された線及び点が突起部に対応する。
【
図14】本発明のさらに他の実施形態に係る細胞培養構造体の突起部側から視認した際の、突起部の配置パターンを表すチューリングパターンの図。この図では、黒色で表された線及び点が突起部に対応する。
【
図15】本発明のさらに別の実施形態に係る細胞培養構造体の突起部側から視認した際の、突起部の配置パターンを表すチューリングパターンの図。この図では、黒色で表された線及び点が突起部に対応する。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(細胞培養構造体)
本発明に係る細胞培養構造体は、培養液に浸されて使用されるとともに、培養される細胞が付着可能な細胞付着面を有する細胞培養構造体である。
本発明に係る細胞培養構造体は、平板状の基材と、該基材の一表面から突出する複数の突起部と、を備える。
本発明に係る細胞培養構造体では、前記複数の突起部のそれぞれは、少なくとも頂部が前記細胞付着面となっている。
本発明に係る細胞培養構造体では、前記基材の一表面側から前記細胞培養構造体を平面視したときに、前記複数の突起部は、有限の長さの複数の線のみで構成されているか、または、有限の長さの複数の線と複数の点とが組み合わされて構成されている。
本発明に係る細胞培養構造体では、前記複数の突起部が前記のいずれで構成されている場合においても、前記有限の長さの複数の線及び前記複数の点によって閉空間が形成されていない。
本発明に係る細胞培養構造体では、隣り合う前記突起部の平面視が線どうしの場合に前記線どうしの距離をIAとし、隣り合う前記突起部の平面視が線と点との場合に前記線と前記点との間の距離をIBとし、隣り合う前記突起部の平面視が点どうしの場合に前記点どうしの間の距離をICとし、培養される細胞Cを平面視したときの細胞Cの最も広い領域に含まれる最大の真円の直径をSCとしたときに、IA、IB、及び、ICは、SCよりも小さい値を示す。
本発明に係る細胞培養構造体では、前記複数の線をこれらの線の延在方向と直交する方向に切断して得られるそれぞれの第1切断面、及び、前記複数の点を前記基材の面方向と直交する方向に切断して得られるそれぞれの第2切断面は、前記基材の一表面から離れる方向に向けて幅狭となる形状を有している。
【0016】
本発明に係る細胞培養構造体では、前記有限の長さの複数の線及び前記複数の点によって閉空間が形成されていないので、前記複数の線及び前記複数の点の少なくとも一方によって構成される前記複数の突起部の間に形成される溝部に培養液を隈なく行き渡らせることができる。
また、本発明に係る細胞培養構造体では、IA、IB、及び、ICは、SCよりも小さい値を示すので、前記溝部から離間した位置にて前記複数の突起部のそれぞれの前記細胞付着面に前記細胞を付着させることができる。
これにより、培養されるべく前記複数の突起部の前記細胞付着面に付着された前記細胞に前記培養液を隈なく行き渡らせることができる。
また、培養中に生じる老廃物の排出を促進させることができる。
上記により、本発明に係る細胞培養構造体は、細胞培養のより一層の効率化に資するものとなる。
また、前記第1切断面及び前記第2切断面が、上記のように幅狭となる形状を有していることにより、前記複数の突起部のそれぞれにおいて、細胞が増殖(成長)して、これらの細胞どうしが接着して細胞シート体となった場合に、該細胞シート体と前記複数の突起部のそれぞれとの接触面積を小さくすることができる。
その結果、前記複数の突起部のそれぞれから前記細胞シート体を取り外す(剥離させる)ときに、前記細胞シート体に生じる損傷を小さくすることができる。
【0017】
以下、
図1A~
図3A及び
図3Bを参照しながら、本発明の一実施形態に係る細胞培養構造体100について説明する。
なお、以下では、本発明の一実施形態に係る細胞培養構造体100を、単に、本実施形態に係る細胞培養構造体100と称することがある。
図1Aは、複数の突起部PRが、有限の長さの複数の線LIと複数の点POとが組み合わされて構成されている細胞培養構造体100の突起部側から視認した平面図を示し、
図1Bは、細胞培養構造体100の一部の表す斜視図を示し、
図2は、細胞培養構造体100上にて細胞培養中である状態を突起部の上方から視認した平面図を示し、
図3Aは、細胞培養構造体100を
図2のIIIA-IIIA線に沿って切断した断面図を示し、
図3Bは、細胞構造体100を他の部分で切断した断面図を示している。
図3Aには、突起部PRとして、平面視したときに線に分類されるもののみが示されており、
図3Bには、突起部PRとして、平面視したときに線に分類されるものと点に分類されるものとの両方が示されている。
また、
図2、
図3A、及び、
図3Bでは、細胞を符号Cで示している。
なお、本実施形態に係る細胞培養構造体100において、細胞Cを平面視したときの形状は、
図2に示したように不定形状である。
具体的には、細胞Cの形状は、中央部分が幅広となっており、両端縁に向けて幅狭となる形状であることから、最大の真円の直径S
Cとは、中央部分の幅広となる領域に含まれる最大の真円の直径を意味している(
図2参照)。
なお、細胞Cが、細胞体と、軸索とを有する神経細胞である場合には、最大の真円の直径S
Cとは、細胞体領域に含まれる最大の真円の直径を意味する。
また、
図1A~
図3A及び
図3Bに示した本実施形態に係る細胞培養構造体100は、基材10の一表面側から細胞培養構造体100を平面視したときに、複数の突起部PRの配置パターンがチューリングパターンとなっているものである。
前記チューリングパターンについては、以下で詳細に説明する。
【0018】
本明細書において、線とは、長さと幅とを有する図形であって、長さの大きさが幅の大きさよりも1.2倍以上大きい図形を意味する。すなわち、長さの大きさをLとし、幅の大きさをDとしたときに、L/Dが1.2以上となっている図形を意味する。
また、点とは、L/Dが1.2未満となっている図形を意味する。
さらに、線が折れ曲がった形状(例えば、L字状やV字状)をなす場合や、蛇行する形状をなす場合、長さLは、折れ曲がった状態や蛇行した状態において、線の一端から他端までを結ぶ線分の長さを意味する。
例えば、長径と短径とを有する楕円において、長径の大きさが短径の大きさの1.2倍以上となっているものは、線に属する図形に分類され、長径の大きさが短径の大きさの1.2倍未満となっているものは、点に属する図形に分類される。
なお、真円は、長さの大きさと幅の大きさとが等しい図形であって、L/Dが1の図形であることから、点に属する図形に分類される。
また、線とは、一本の線によって構成される単線だけではなく、主線となる一本の線と該一本の線から枝分かれしている少なくとも1以上の副線とを備える枝分かれ線をも含む概念である。
なお、前記枝分かれ線において、主線とは、両端間の長さが最も長い線を意味する。
【0019】
また、培養される細胞Cを平面視したときの細胞Cの最も広い領域に含まれる最大の真円の直径は、顕微鏡を用いた観察により求めることができる。
例えば、前記細胞を撮影して得た写真を任意のソフトウェアなどで解析することにより求めることができる。このような測定手法としては、例えば、オールインワン蛍光顕微鏡であるBZ-H3C Hybrid(Keyence社製)を用いて、専用の細胞計数ソフトウェア(Keyence)などの画像処理ソフトウェアを利用する方法が挙げられる。
【0020】
上記したように、本実施形態に係る細胞培養構造体100は、培養液に浸されて使用される。
より具体的には、本実施形態に係る細胞培養構造体100は、シャーレなどの容器内に入れられた培養液に浸されて使用される。
本実施形態に係る細胞培養構造体100を用いて、細胞を培養して細胞シートを得るときには、老廃物が生じる。
そして、前記培養液中に老廃物が蓄積すると、細胞培養構造体100を用いた細胞培養が十分に進行し難くなる。
そのため、細胞培養構造体100を用いた細胞培養においては、所定期間経過後に、前記容器内から前記培養液の一部を抜いた上で、前記容器内に抜いた量に相当する量の新たな培養液を補充することが好ましい。
【0021】
前記培養液は、細胞の培養に必要な成分(以下、培養液成分ともいう)を含有する溶液である。
前記培養液は、培養する細胞に適したものであれば、特に限定されない。
前記培養液中に含まれる培養液成分としては、糖類、アミノ酸、ビタミン類、無機塩、微量金属、添加物などが挙げられる。
前記培養液は、前記培養液成分を1種単独で含んでいてもよいし、前記培養液成分を2種以上組み合わせて含んでいてもよい。
前記培養液成分については、培養する細胞などに応じて公知のものから適宜選択すればよい。
なお、培養液成分のうち、糖類、アミノ酸、ビタミン類、無機塩、及び、微量金属は、栄養成分に分類される。
【0022】
前記糖類としては、例えば、グルコース、フルクトース、マンノース、ガラクトースなどの単糖類;スクロース、スクラロース、トレハロース、マルトース、ラクトースなどの二糖類;グルコシルスクロース、ラクトスクロース、ラフィノースなどの三糖類;アカルボース、マルトテトラオースなどの四糖類;シクロデキストリンなどのオリゴ糖などが挙げられる。
【0023】
前記アミノ酸としては、例えば、L-グルタミン酸、L-グルタミン、L-アルギニン、L-シスチン、L-グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-セリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-チロシン、L-バリン、L-アラニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-システイン、L-ヒドロキシプロリンなどが挙げられる。
【0024】
前記ビタミン類としては、例えば、アスコルビン酸ナトリウム、コリン、葉酸、ナイアシン、ビオチン、パントテン酸、ピリドキシン、リボフラビン、チアミン、チミジン、ビタミンB12などが挙げられる。
【0025】
前記無機塩としては、例えば、塩化ナトリウム、水酸化ナトリウム、硫酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムなどの各種ナトリウム塩;塩化カリウム、水酸化カリウム、硫酸カリウム、リン酸カリウム、リン酸水素二カリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウムなどの各種カリウム塩;塩化カルシウム、硫酸カルシウム、硝酸カルシウム、リン酸カルシウム、炭酸カルシウムなどの各種カルシウム塩;塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硝酸マグネシウム、リン酸マグネシウム、炭酸マグネシウムなどの各種マグネシウム塩が挙げられる。
前記微量金属としては、例えば、硫酸鉄、硝酸鉄、硫酸銅、硝酸銅、硫酸亜鉛などが挙げられる。
【0026】
前記添加物としては、例えば、ウシ胎児血清、ウマ血清、ヒト血清などの血清;線維芽細胞成長因子(FGF)、上皮細胞成長因子(EGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、血小板由来成長因子(PDGF)などの増殖因子(増殖促進成分);アルブミンなどのタンパク質、グルタチオン、アスコルビン酸、アスコルビン酸誘導体などの抗酸化剤;ペニシリンやストレプトマイシンなどの抗生物質;HEPESなどのpH調整剤;乳酸やプロピオン酸などの有機酸;コレステロールなどの脂質;リノレン酸などの脂肪酸;エタノールアミンやプトレシンなどのアミン類;メルカプトエタノールや3-メルカプト-1,2-プロパンジオールなどの還元剤;アルギン酸ナトリウム、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロース、プルランなどの増粘剤;フェノールレッドなどのpH指示薬などが挙げられる。
なお、前記血清には、通常、アルブミンなどのタンパク質や前記増殖因子が含まれている。
【0027】
上記の培養液成分を含有する培養液としては、例えば、AIM V medium、HFDM-1 Medium、ダルベッコリン酸緩衝食塩液(D-PBS)、ハンクス平衡塩溶液(HBSS)などの平衡緩衝液;DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)、EMEM(Eagle’s Minimun Essential Medium)、α-MEM(Minimum Essential Medium alpha Modification)、IMDM(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)、GMEM(Glasgow’s MEM)、Ham’s F-10 medium、Ham’s F-12 medium、Ham’s F-12K medium、RPMI medium 1640、M-199 medium、L-15 medium、McCoy’s 5A Medium、MCDB105 medium、MCDB107 medium、MCDB131 medium、MCDB153 medium、MCDB201 medium、NCTC109 medium、NCTC135 medium、Waymouth’s MB752/1 medium、CMRL-1066 medium、Williams’ medium E、Brinster’s BMOC-3 Medium、E8 mediumなどの基礎培養液などが挙げられる。
上記のごとき基礎培養液は、1種単独で用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、前記基礎培養液は、細胞の種類や細胞の状態に応じて、前記培養液成分を追加してもよいし、除去してもよい。
上記のごとき基礎培養液については、培養する細胞などに応じて公知のものから適宜選択すればよい。
【0028】
上記したように、本実施形態に係る細胞培養構造体100は、培養される細胞が付着可能な細胞付着面Sを有する。
前記細胞の種類は特に限定されない。
前記細胞は、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、酵母菌及び細菌からなる群から選択される。
前記動物細胞は、脊椎動物門に属する動物由来の細胞と無脊椎動物(脊椎動物門に属する動物以外の動物)由来の細胞とに大別される。
本明細書において、動物細胞の由来は特に限定されないものの、脊椎動物門に属する動物由来の細胞であることが好ましい。
脊椎動物門は、無顎上網及び顎口上網を含み、前記顎口上網には、哺乳網、鳥網、両性網、爬虫網などが含まれる。
そして、脊椎動物門に属する動物由来の細胞は、哺乳動物と呼ばれる哺乳網に属する動物由来の細胞であることが好ましい。
前記哺乳動物は、特に限定されるものではない。
前記哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ヒト、サル、ブタ、イヌ、ヒツジ、ヤギなどが挙げられる。
【0029】
本明細書において、植物細胞の由来は特に限定されないものの、コケ植物、シダ植物、種子植物などの植物の細胞が特に好適である。
種子植物細胞が由来する植物には、単子葉植物および双子葉植物のいずれも含まれる。
前記単子葉植物には、ラン科植物、イネ科植物(イネ、トウモロコシ、オオムギ、コムギ、ソルガムなど)、カヤツリグサ科植物などが含まれる。
前記双子葉植物には、キク亜網、モクレン亜網、バラ亜網などの多くの亜網に属する植物が含まれる。
【0030】
藻類も、細胞に由来する生物としてみなすことができる。
前記藻類には、真正細菌であるシアノバクテリア(藍藻)、真核生物で単細胞生物であるもの(珪藻、黄緑藻、渦鞭毛藻など)、及び、多細胞生物である海藻類(紅藻、褐藻、緑藻など)などが含まれる。
【0031】
古細菌及び細菌も、細胞に由来する生物としてみなすことができる。
前記古細菌としては、例えば、メタン菌、高度好塩菌、好熱好酸菌、超好熱菌類などが挙げられる。
前記細菌としては、例えば、乳酸菌、大腸菌、枯草菌などが挙げられる。
なお、真正細菌であるシアノバクテリアは、前記藻類に属するとともに、前記細菌にも属するものである。
【0032】
本実施形態に係る細胞培養構造体100で使用し得る動物細胞または植物細胞の種類は特に限定されるものではないが、多能性幹細胞、組織幹細胞、体細胞、及び、生殖細胞からなる群から選択されるものであることが好ましい。
【0033】
本明細書において、「多能性幹細胞」とは、あらゆる組織の細胞へと分化する能力(分化多能性)を有する幹細胞の総称を意味する。
特に限定されるものではないが、前記多能性幹細胞には、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性生殖幹細胞(EG細胞)、生殖幹細胞(GS細胞)などが含まれる。
前記多能性幹細胞は、ES細胞またはiPS細胞であることが好ましい。
また、倫理的な問題がない点などを考慮すると、前記多能性幹細胞は、iPS細胞であることが特に好ましい。
前記多能性幹細胞としては、各種公知のものを使用することができる。前記多能性幹細胞としては、例えば、国際公開第2009/123349号に記載のものを使用することができる。
【0034】
本明細書において、「組織幹細胞」とは、分化可能な細胞系列が特定の組織に限定されているものの、多様な細胞種への分化可能な能力(分化多様性)を有する幹細胞を意味する。例えば、骨髄中の造血幹細胞は、血球(赤血球、白血球、血小板など)などへと分化し、神経幹細胞は神経細胞へと分化する。
前記組織幹細胞は、間葉系幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、神経幹細胞、皮膚幹細胞、及び、造血幹細胞からなる群から選択されるものであることが好ましい。
【0035】
本明細書において、「体細胞」とは、多細胞生物を構成する細胞のうち生殖細胞以外の細胞を意味する。なお、前記体細胞は、有性生殖において次世代へと受け継がれないものである。
前記体細胞は、肝細胞、膵細胞、筋細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、皮膚細胞、繊維芽細胞、腎細胞、肺細胞、及び、血球細胞からなる群から選択されるものであることが好ましい。
なお、前記血球細胞には、リンパ球、赤血球、白血球、単球、マクロファージ、巨核球などが含まれる。
【0036】
本明細書において、「生殖細胞」とは、生殖において遺伝情報を次世代へと伝える役割を果たす細胞を意味する。
前記生殖細胞としては、例えば、有性生殖のための配偶子や無性生殖のための胞子などが挙げられる。
前記配偶子には、卵子、卵細胞、精子、精細胞などが含まれる。
【0037】
前記細胞は、肉腫細胞、株化細胞、及び、形質転換細胞からなる群から選択されるものであってもよい。
前記肉腫細胞は、肉腫に由来する細胞である。
「肉腫」とは、骨、軟骨、脂肪、筋肉、血液などの非上皮性細胞由来の結合組織細胞に発生する悪性の腫瘍(癌)のことである。前記肉腫には、軟部肉腫や悪性骨肉腫などが含まれる。
前記株化細胞とは、細胞周期の制約を受けずに無限に増殖することが可能となった細胞のことである。
前記株化細胞は、体外で維持され、一定の安定した性質をもつに至った細胞、すなわち、細胞株であってもよい。
前記株化細胞には、PC12細胞(ラット副腎髄質由来)、CHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣由来)、HEK293細胞(ヒト胎児腎臓由来)、HL-60細胞(ヒト白血球細胞由来)、Hela細胞(ヒト子宮頸癌由来)、Vero細胞(アフリカミドリザル腎臓上皮細胞由来)、MDCK細胞(イヌ腎臓尿細管上皮細胞由来)、HepG2細胞(ヒト肝癌由来細胞株)などヒトを含む様々な生物種の様々な組織に由来する細胞株が含まれる。
前記形質転換細胞は、細胞外部から核酸(DNAなど)を導入して、遺伝的性質を変化させた細胞を意味する。
なお、動物細胞、植物細胞、細菌の形質転換については、各々に適した方法が公知である。
【0038】
前記培養液を用いて前記細胞を培養するための培養条件は、培養細胞を目的とする状態にできるものであれば、特に限定されるものではない。
一般的な培養条件としては、例えば、調整した基礎培養液を用いて、相対湿度95%RH、温度37℃、5%CO2の環境下で実施することが挙げられる。
培養条件については、培養する細胞などに応じて適宜設定すればよい。
細胞培養の期間は、培養細胞を目的とする状態にできるものであれば、特に限定されるものではない。
細胞培養の期間は、例えば、28日以内、21日以内、14日以内、7日以内、5日以内、3日以内である。
【0039】
細胞培養構造体100に播種する細胞数は、特に限定されるものではない。
細胞培養構造体100に播種する細胞数としては、例えば、1×104細胞/mL以上1×1010細胞/mL以下が挙げられる。
細胞培養構造体100に播種する細胞数は、2×105細胞/mL以上であることが好ましく、5×105細胞/mL以上であることがより好ましく、1×106細胞/mL以上であることがより好ましい。
細胞培養構造体100に播種する細胞数は、1×109細胞/mL以下であることが好ましく、1×108細胞/mL以下であることがより好ましく、1×107細胞/mL以下であることがより好ましい。
【0040】
平板状の基材10としては、各種公知の材料で構成されたものを用いることができる。
基材10としては、例えば、ガラス、石英、サファイアなどの無機物で構成されたものや、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、AS樹脂、アクリル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、フッ素樹脂などの有機物で構成されたものが挙げられる。
これらの中でも、ガラスで構成されたガラス板を用いることが好ましい。
なお、上記において、有機物として例示された各樹脂は、いずれも、細胞毒性の低い樹脂である。
また、基材10を構成する材料と複数の突起部PRを構成する材料とは、同一であってもよい。
【0041】
上記したように、複数の突起部PRのそれぞれは、少なくとも頂部Aが培養される細胞が付着可能な細胞付着面Sとなっている。
ここで、培養される細胞は、細胞外マトリックスと称されるタンパク質を介して、複数の突起部PRのそれぞれの細胞付着面Sに付着される。
そして、タンパク質である前記細胞外マトリックスを十分に付着させるためには、細胞付着面Sは、親水性と疎水性とが適度にバランスされた材料で構成されていることが好ましい。
【0042】
親水性と疎水性とが適度にバランスされた材料であるか否かは、細胞付着面Sを形成する材料の水の濡れ性を評価することにより判断することができる。
具体的には、細胞付着面Sを形成するための材料を用いて板状に成形された板状成形物に対する水の濡れ性を評価することにより判断することができる。
前記材料の水の濡れ性は、前記材料に対する水の接触角を測定することにより評価することができる。
具体的には、水の接触角が50°以上120°以下となる材料であれば、複数の突起部PRにおける細胞付着面Sを構成する材料として、親水性と疎水性とが適度にバランスされているといえる。
なお、細胞付着面Sをより疎水性の高いものとする場合には、水の接触角が90°以上の材料を用いることが好ましく、100°以上の材料を用いることがより好ましく、110°以上の材料を用いることがより好ましい。
また、細胞付着面Sをより親水性の高いものとする場合には、水の接触角が80°以下の材料を用いることが好ましく、70°以下の材料を用いることがより好ましく、60°以下の材料を用いることがより好ましい。
水の接触角が上のような数値範囲内の材料を用いて細胞付着面Sを構成することにより、該細胞付着面Sは、前記細胞外マトリックスを好適に付着できるものとなる。
【0043】
なお、細胞培養の技術分野においては、水の接触角が60°~70°となる材料であれば、疎水性を有すると解され、水の接触角が60°未満となる材料であれば、親水性を有すると解され、水の接触角が70°を上回る材料であれば、超疎水性を有すると解される。
そして、細胞付着面Sが平面をなしている一般的な細胞培養容器(例えば、シャーレなど)は、一般に、細胞培養の技術分野において超疎水性に分類される材料、具体的には、ポリスチレン(後述するように、水の接触角は100°)で構成されている。
そのため、このようなポリスチレンなどで構成された細胞培養容器では、細胞付着面Sにコロナ放電などの酸化処理を行って、該細胞付着面Sを水の接触角が60°~70°の範囲内の値を示すものとしている。
このように、細胞付着面Sが上記範囲内の値の水の接触角を示すようになると、該細胞付着面Sに対する細胞の接着率は極大を示すようになる(細胞が、最も高い確率で細胞付着面Sに接着するようになる)。
しかしながら、本実施形態に係る細胞培養構造体100では、上で説明したように、複数の突起部PRの断面が幅狭な形状をなしていて、細胞付着面Sは、主として、複数の突起部PRの頂部近傍に形成されることから、細胞付着面Sの形成領域を小さくすることができる。
すなわち、細胞付着面Sに対する細胞の接触領域を小さくすることができるので、細胞接着面Sを形成する材料として、必ずしも、接着率が極大となるものを選ぶ必要はない。
そのため、上記のように、種々の接触角を有する材料で、細胞接着面Sを構成することができる。
【0044】
前記水の接触角は、接触角測定装置(協和界面科学社製の商品名「DM300」)、及び、評価解析ソフトウェア「FAMAS」(協和界面科学社製)を用いて求めることができる。
具体的には、前記水を前記板状成形物の一表面に10μm滴下させた後、前記接触角測定装置及び前記評価解析ソフトウェアを用いて、10秒以内に、前記水の液滴と前記板状成形物との静的接触角を求めることにより実施することができる。
なお、前記水の接触角は、θ/2法によって算出される値である。
【0045】
水の接触角が50°以上120°以下となる材料としては、基材10を構成する有機物として上で例示した有機物を用いることが好ましい。
具体的には、前記有機物としては、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、AS樹脂、アクリル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、フッ素樹脂などを用いることが好ましい。
また、これらの有機物の中でも、フッ素樹脂、ポリスチレン樹脂、アクリル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂を用いることが好ましい。
さらに、前記フッ素樹脂としては、結晶性フッ素樹脂または非結晶性(非晶質)フッ素樹脂のいずれを用いてもよいが、非晶質フッ素樹脂を用いることがより好ましい。
前記結晶性フッ素樹脂としては、FEP(パーフルオロエチレンプロペンコポリマー)が挙げられ、前記非晶質フッ素樹脂としては、下記式(1)で示されるものが挙げられる。なお、下記式(1)で表される非晶質フッ素樹脂は、末端官能基として、-COOH、-CONHSi(OR)n、または、-CF3を有するものであってもよい。なお、Rは炭化水素基である。
下記式(1)で示される非晶質フッ素樹脂の市販品としては、旭化成社製のCYTOP(登録商標)シリーズが挙げられる。
【0046】
【0047】
なお、前記ポリプロピレン樹脂を用いた場合、水の接触角は91°であり、前記ポリエチレン樹脂を用いた場合、水の接触角は83°であり、前記アクリル樹脂を用いた場合、水の接触角は64°であり、前記ポリスチレン樹脂を用いた場合、水の接触角は100°であり、前記FEPを用いた場合、水の接触角は115°であり、上記式(1)で示され、かつ、末端官能基として-COOHを有する非晶質フッ素樹脂を用いた場合、水の接触角は112°である。
【0048】
また、細胞付着面Sを形成するための材料として、熱硬化性樹脂を用いてもよい。
前記熱硬化性樹脂としては、ポリイミド樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂(ウレア樹脂)、不飽和ポリエステル樹脂、アルキッド樹脂などを用いることが好ましい。
また、前記熱硬化性樹脂としては、熱硬化性を有するポリウレタン樹脂(熱硬化性ポリウレタン樹脂)、熱硬化性を有するポリイミド樹脂(熱硬化性ポリイミド樹脂)、熱硬化性を有するフッ素樹脂(熱硬化性フッ素樹脂)が用いられてもよい。
なお、前記熱硬化性フッ素樹脂としては、例えば、上記式(1)で示される非晶質フッ素樹脂が挙げられる。
上記式(1)で示される非晶質フッ素樹脂は、80℃程度の温度で加熱することにより、三次元網目構造を有するような形で重合される。
例えば、上記式(1)で示される非晶質フッ素樹脂をフッ素系溶媒などに溶かして液状組成物とした後、該液状組成物を80℃程度の温度で加熱することにより、三次元網目構造を有するような形で、上記式(1)で示される非晶質フッ素樹脂を重合させることができる。
なお、CYTOP(登録商標)シリーズは、上記式(1)で示される非晶質フッ素樹脂がフッ素系溶媒に溶解されたものであり、上記式(1)で示される非晶質フッ素樹脂としては、質量平均分子量20万程度の低分子量のものと、質量平均分子量30万程度の標準分子量のものとが含まれている。
【0049】
また、前記有機物は、光透過性を有することが好ましい。
なお、本明細書において、「光透過性」とは、入射光に対して透過光がどの程度透過するか、または、励起光照射による蛍光がどの程度通過し、また散乱が低いかの程度を意味する。
また、本明細書において、「光透過性を有する」という表現は、一例として、観察対象への入射光に対する観察対象からの出射光(すなわち、透過光)の割合が高いことを意味する。
前記光透過性は、例えば、入射光に対する透過光の割合について、光を遮断する物質(例えば、黒色の厚みのあるプラスチックまたは金属など)の場合を0%とし、水のような透明な液体の場合を100%として百分率で表すことができる。
光透過性が上のように百分率で表される場合、「光透過性を有する」とは、分光測色計を用いて測定した光透過率(入射光に対する透過光の割合)が40%以上であることを意味する。
【0050】
本実施形態に係る細胞培養構造体100において、複数の突起部PRのそれぞれの全体が、水の接触角が50°以上120°以下となる材料で構成されていることが好ましい。
具体的には、本実施形態に係る細胞培養構造体100においては、複数の突起部PRを構成する複数の線LIの全体及び複数の点POの全体が、水の接触角が50°以上120°以下となる材料で構成されていることが好ましい。
すなわち、複数の突起部PRのそれぞれの全体が、細胞付着面Sを形成するための材料として例示したもので形成されていることが好ましい。
【0051】
前記有機物は、20℃における屈折率が1.4以下であることが好ましい。
また、本実施形態に係る細胞培養構造体100において、複数の突起部PRのそれぞれは、20℃における屈折率が1.4以下である有機物で構成されていることが好ましい。
複数の突起部PRのそれぞれを上記のような有機物で構成していることにより、複数の突起部PRのそれぞれの屈折率と培養液に多量に(98質量%以上)含まれる水の屈折率(20℃で1.3334)との差を十分に小さくすることができる。
これにより、複数の突起部PRのそれぞれに入射した光(入射光)が複数の突起部PRのそれぞれで散乱することを抑制できる。その結果、顕微鏡にて培養中の細胞を従来よりも遥かに鮮明な像で観察することができる。
さらに、培養中に、前記培養液中において複数の突起部PRのそれぞれの存在を目立たなくすることができるので、これによっても、顕微鏡にて培養中の細胞を従来よりも遥かに鮮明な像で観察することができる。
上記により、増殖する細胞の検査を容易に実施した上で、細胞を効率良く培養することができる。
【0052】
上記した各種の有機物の中でも、前記非晶質フッ素樹脂は、その非晶質性により高い光透過性を示し、その光透過性の高さによって、20℃における屈折率として1.4以下という値を示すものとなっている。
特に、上で説明したような、末端官能基として、-COOH、-CONHSi(OR)n、または、-CF3を有する非晶質フッ素樹脂は、20℃における屈折率として1.33~1.34程度の値を示すものとなっている。
そのため、増殖する細胞の検査を容易に実施した上で、細胞を効率良く培養するという観点から、上記した各種の有機物の中で、前記非晶質フッ素樹脂を用いることが特に好ましい。
【0053】
ここで、上で説明した、ウシ胎児血清、ウマ血清、ヒト血清などの血清には、通常、フィブロネクチンなどの細胞外マトリックスが含まれていることから、前記培養液中に前記血清を含ませることにより、細胞培養構造体100中に前記細胞外マトリックスを存在させることができる。
また、前記培養液として前記血清を含まないものを用いる場合には、細胞培養構造体100を用いて細胞培養を実施する前に、複数の突起物PRのそれぞれの細胞付着面Sに前記細胞外マトリックスをコーティングしておいてもよい。
なお、細胞培養構造体100を用いた細胞培養において、培養される細胞が増殖(成長)のための足場となる複数の突起部PRのそれぞれの細胞付着面Sに付着できないような場合には、前記細胞は、アポトーシスを起こして死亡してしまう。
【0054】
上で説明したように、本実施形態に係る細胞培養構造体100では、隣り合う突起部PRの平面視が線LIどうしの場合に線LIどうしの距離をIAとし、隣り合う突起部PRの平面視が線LIと点POとの場合に線LIと点POとの間の距離をIBとし、隣り合う突起部PRの平面視が点POどうしの場合に点POどうしの間の距離をICとし、培養される細胞を平面視したときの細胞の大きさをSCとしたときに、IA、IB、及び、ICは、SCよりも小さい値を示す。
【0055】
距離IA、距離IB、及び、距離ICは、50nm以上500μm以下であることが好ましい。
なお、距離IAは、線LIどうしの対向する端縁間の距離を意味し、距離IBは、点POの中心と点POと対向する線LIの端縁との間の距離を意味し、距離ICは、点POどうしの中心間の距離を意味する。
【0056】
線LIの線幅及び点POの直径は、10nm以上500μm以下であることが好ましい。
また、培養される細胞Cを平面視したときの細胞Cの最も広い領域に含まれる最大の真円の直径SCは、100nm以上5mm以下であることが好ましい。
【0057】
また、突起部PRは、平板状の基材10の一表面(突起部PRが配される側の面)を基準とした高さが、50nm以上5mm以下であることが好ましい。
【0058】
本実施形態に係る細胞培養構造体100においては、平板状の基材10は、
図1A及び
図2に示したように、一端側及び他端側にそれぞれ開放部O1、O2を有している。
このように、平板状の基材10が一端側及び他端側にそれぞれ開放部O1、O2を有していることにより、複数の突起部PRどうしの間に形成される溝部Dを通じて平板状の基材10の表面の全域に培養液を供給し易くなる。
また、溝部Dを通じて、細胞培養によって生じた代謝物を細胞培養構造体100の外部により一層排出し易くなる。
これにより、細胞培養構造体100において、細胞培養をより一層効率良く実施することができる。
【0059】
本実施形態に係る細胞培養構造体100においては、
図1A、
図1B及び
図2に示したように、複数の突起部PRがどのような構成であっても、隣り合う複数の突起部PRどうしが接触していない。すなわち、本実施形態に係る細胞培養構造体100においては、隣り合う前記突起部の平面視が線どうしの場合であっても、隣り合う前記突起部の平面視が線と点との場合であっても、隣り合う前記突起部の平面視が点どうしの場合であっても、複数の突起部PRが平面視において占める領域どうしが重複していない。
このように、隣り合う複数の突起部PRどうしが接触していないことにより、複数の突起部PRどうしの間に形成される溝部Dにおいて培養液がよりスムーズに流動できるため、平板状の基材10の表面の全域への培養液の供給及び細胞培養構造体100の外部への排出をより一層効率的に行うことができる。
これにより、細胞培養構造体100において、細胞培養をより一層効率良く実施することができる。
【0060】
本実施形態に係る細胞培養構造体100においては、
図3A及び
図3Bに示したように、複数の線LIをこれらの線LIの延在方向と直交する方向に切断して得られるそれぞれの第1切断面S1、及び、複数の点POを基材10の面方向と直交する方向に切断して得られるそれぞれの第2切断面S2は、基材10の一表面から離れる方向に向けて幅狭となる形状を有している。
本実施形態に係る細胞培養構造体100においては、
図3A及び
図3Bに示したように、前記幅狭となる形状は、少なくとも頂部が円弧形状をなしている。
具体的には、
図3A及び
図3Bに示したような細胞培養構造体100においては、第1切断面S1及び第2切断面S2は、その頂部が丸みを帯びた半円形状をなしている。
第1切断面S1及び第2切断面S2がこのような形状を有していることにより、第1切断面S1及び第2切断面S2の頂部が鋭角をなして尖った幅狭となる形状を有している場合と比べて、細胞が突起部PRから受けるダメージを小さくすることができる。
また、先に説明したように、複数の突起部PRのそれぞれにおいて細胞が増殖(成長)して、これらの細胞どうしが接着して細胞シート体となった場合に、該細胞シート体と複数の突起部PRのそれぞれとの接触面積を小さくすることができる。
その結果、複数の突起部PRのそれぞれから前記細胞シート体を取り外す(剥離させる)ときに、前記細胞シート体に生じる損傷を小さくすることができる。
すなわち、複数の突起部PRのそれぞれから前記細胞シート体に生じる損傷を小さくしつつ効率良く剥離させることができる。
【0061】
ここで、平板状の基材のみで構成されている細胞培養構造体を用いて前記細胞シートを得た場合においては、前記細胞シート体の表面の大部分は細胞外マトリクスなどのタンパク質を介して前記平板状の基材表面に付着されている。
そのため、前記平板状の基材から前記細胞シート体を取り外す(剥離させる)ときには、タンパク質分解酵素を用いて細胞外マトリックスなどのタンパク質を分解させる必要があるものの、前記細胞外マトリックスなどのタンパク質を十分に分解させるために前記タンパク質分解酵素の使用量を多くすると、前記細胞シート体における細胞どうしの接着状態が解消されて、各細胞がバラバラになり易くなる。
その結果、細胞をシート状態で剥離できなくなってしまうことがある。
また、前記細胞シート体における細胞どうしの接着状態の解消を抑制すべく、前記タンパク質分解酵素の使用量を少なくすると、前記細胞外マトリックスを介した前記細胞と前記基材との接着力が高いことから、細胞をシート状態で剥離する際に、該細胞にダメージを与えないように力加減を調整することは容易ではない。
上記のような観点から、前記タンパク質分解酵素を用いて、前記細胞培養構造体からシート状の細胞(細胞シート体)を取り外す(剥離させる)場合においては、前記タンパク質分解酵素の使用量及び剥離作業に関して作業者の熟練度が要求されるようになる。
しかしながら、本実施形態に係る細胞培養構造体100においては、主として、複数の突起部PRの頂部Aの近傍で細胞培養が実施されるので、得られる細胞シート体は、複数の突起部PRの頂部Aによって支持されるようになる。
そして、複数の突起部PRは、切断面において頂部Aに向けて幅狭となる形状を有しているので、前記細胞シート体と複数の突起部PRの頂部Aとの接触面積は極めて小さくなっている。
そのため、本実施形態に係る細胞培養構造体100では、前記タンパク質分解酵素を使用せずとも、得られた細胞シート体を取り外す(剥離させる)ことができる。
すなわち、本実施形態に係る細胞培養構造体100では、作業者の熟練度を問わずに、得られた細胞シート体を容易に取り外す(剥離させる)ことができる。
【0062】
本実施形態に係る細胞培養構造体100においては、細胞付着面Sは、光透過性を有する有機物によって構成されている。
なお、本実施形態に係る細胞培養構造体100においては、複数の線LI及び複数の点POによって構成される複数の突起部PRのそれぞれの露出面の全てが前記光透過性を有する有機物によって構成されている。
複数の線LI及び複数の点POによって構成される複数の突起部PRのそれぞれの全体を、前記光透過性を有する有機物によって構成すれば、上記のように、前記露出面の全ては前記光透過性を有する有機物によって構成されるものとなる。
なお、本実施形態に係る細胞培養構造体100においては、前記光透過性を有する有機物としては、上記したように、屈折率が1.4以下のものを用いることが好ましい。
そのため、前記光透過性を有する有機物としては、前記非晶質フッ素樹脂を用いることが好ましく、前記非晶質フッ素樹脂の中でも、末端官能基として、-COOH、-CONHSi(OR)n、または、-CF3を有する非晶質フッ素樹脂を用いることが好ましい。
【0063】
本実施形態に係る細胞構造体100においては、基材10の一表面側から細胞培養構造体100を平面視したときの複数の突起部の配置パターンは、反応拡散方程式によって導かれる二次元平面上における2種類の物質の濃度分布を示すチューリングパターンであることが好ましい。
【0064】
前記チューリングパターンとは、ある条件を満たす化学反応システムが自発的に生み出す周期的なパターン(模様)を意味し、イギリスの数学者であるアラン・チューリングによって理論的存在が実証されたものである。
そして、前記チューリングパターンは、コンピュータの発展とともに、生命や地質など自然界にあるパターン(模様)の発現研究に応用されているものである。
より詳しくは、前記チューリングパターンとは、2つの化学物質がある条件を満たして互いの合成をコントロールし合う関係にあるとき、前記2つの化学物質の濃度分布が空間(例えば、二次元平面空間)において均一とはならずに、濃度が高い部分(以下、高濃度部分という)と濃度が低い部分(以下、低濃度部分という)とが前記空間中に存在するようになって、前記高濃度部分と前記低濃度部分とが前記空間中において繰り返しパターンを形成して安定化することにより描かれる周期的なパターン(模様)を意味する。
なお、「自発的に生み出す周期的なパターン(模様)」とは、例えば、自己組織的に形成される周期的なパターン(模様)のことである。
【0065】
前記チューリングパターンが前記空間中に形成される仕組みは、反応拡散を表す下記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式を用いて数学的に表すことができる。
【0066】
【数1】
なお、上記式(1)において、後述する自己触媒化学反応を考慮した場合、uは一の化学物質Uの濃度であり、vは他の化学物質Vの濃度であり、D
uは一の化学物質Uの拡散係数であり、D
vは他の化学物質Vの拡散係数である。また、上記式(1)の第1式および第2式にあるfは、化学物質U,Vの流出入係数である。すなわち、上記式(1)に含まれるfは、反応を継続させるために、第1式では反応で消費された化学物質Uを補って流入(供給)する濃度のレートを規定する係数として機能し、一方の第2式では反応で生成された化学物質Vが過多とならないように流出(排出)する濃度のレートを規定する係数として機能する。そして、上記式(1)の第2式にあるkは、反応で生じる化学的に安定な生成物が生成される反応係数でもある。
【0067】
前記Gray-Scottモデルは反応拡散系のひとつのモデルである。
ここで、反応拡散系とは、空間中において1種あるいは複数種の物質が互いに変化し合うような局所的な化学反応というプロセスと、1種あるいは複数種の物質が空間の全体に広がる拡散というプロセスとの2つのプロセスの影響によって、空間に分布された1種あるいは複数種の物質の濃度が変化する様子を数理モデル化したものである。
すなわち、反応拡散系とは、空間中に分布された1種または複数種の物質の濃度が、前記1種または複数種の物質が関与する化学反応プロセスと前記空間中への前記1種または複数種の物質の拡散プロセスとによって経時的に変化する様子をモデル化したものである。
そして、前記反応拡散系に関与する物質が一の化学物質Uと他の化学物質Vとの2種類である場合、前記反応拡散系は、下記式(1’)で示される反応拡散方程式を解くことによって示すことができる。
【0068】
【数2】
ただし、上記式(1’)において、g(u,v)及びh(u,v)は、それぞれ反応項である。
【0069】
そして、上記式(1’)で示される反応拡散方程式において、反応項であるg(u,v)及びh(u,v)が一定の条件を満たすときに、一の化学物質Uの濃度uの分布及び他の化学物質Vの濃度vの分布に空間的なパターンが自発的に生じるようになる。
このようにして生じた空間的なパターンがチューリングパターンと総称されている。
【0070】
ここで、上記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式は、元来、ゲル媒質中での自己触媒化学反応として、一の化学物質Uとしての原材料となる化学物質、他の化学物質Vとしての中間生成物であって、かつ、自己触媒物質である化学物質(以下、自己触媒物質と称する)、及び、不活性物質Pとしての化学的に安定な最終生成物によって示される以下のような反応をモデル化したものである。
・U+2V→3V・・・・・(a)
・V→P・・・・・・(b)
【0071】
なお、上で説明したように、不活性物質Pは化学的に安定であるため、原材料となる化学物質(一の化学物質U)及び自己触媒物質(他の化学物質V)とは反応しない。
また、原材料となる化学物質(一の化学物質U)は定期的に外部から供給されることから、上記化学反応は永続的に進行可能となっている。
このように、上記化学反応が永続的に進行している状況下において、原材料となる化学物質(一の化学物質U)と自己触媒物質(他の化学物質V)についての拡散と反応とが同時に進行するときに、二次元平面空間などの空間中では、該空間中での場所の違いによる濃度の違いと時間による濃度の推移とが生じるようになる。
これにより、二次元平面空間などの空間中には、経時的に変化する模様が生じるようになる。
【0072】
ここで、上記自己触媒化学反応における式(a)の反応は、一の化学物質Uの濃度uと他の化学物質Vの濃度vとで表現した式uv2で示される。
一方、式(b)の反応は、中間生成物でもある他の化学物質Vの濃度vと反応係数kとで表現されたkvで示すことができる。
ここで、上記自己触媒化学反応を永続的に進行させるためには、反応で消費される一の化学物質Uを補うことに加え、反応で過多となる他の化学物質Vを除去する必要がある。
そのため、上記の式に加えて、流出入係数fを定めた上で、一の化学物質Uをその濃度uを用いた式f(1-u)で流入(供給)項として挿入するとともに、他の化学物質Vをその濃度vを用いた式fvで流出(排出)項として挿入している。
そして、上記式(1’)で示される反応項g(u,v)及びh(u,v)を上で示された各式で表現することにより、上記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式が得られる。
【0073】
ところで、近年では、細胞の増殖といった細胞培養に関する現象を単純化して再現するために、上記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式を用いることが提唱されている。
そして、上記のような細胞培養を上記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式で表現する場合には、一の化学物質Uを糖類、アミノ酸、ビタミン類、無機塩などの栄養成分とし、他の化学物質VをFGF、EGF、HGF、VEGF、PDGFなどの増殖因子(増殖促進成分)とし、細胞の増殖を反応のダイナミクスと捉えた上で、細胞培養が行われる場(例えば、培養容器などの足場材料)において、連続的に細胞が増殖する状態とするために、栄養成分(化学物質U)を係数fで流入させ、培養の結果として量的に過多となる増殖因子(化学物質V)を前記栄養成分の流入係数fと同じ係数fで排出させ、さらに、増殖促進機能を失った増殖因子(化学物質V)を係数kで排出すると仮定する。
このような仮定においては、上記自己触媒化学反応における式(a)は、細胞が、他の化学物質Vたる増殖因子(増殖促進成分)の2単位量を触媒として機能させて、一の化学物質Uたる栄養成分の1単位量を消費することにより増殖して、増殖因子(増殖促進成分)の1単位量に相当するホルモンやサイトカインなどの生理活性物質を生産・分泌すると解する。
なお、前記生理活性物質は、増殖因子(増殖促進成分)に分類されるものであるので、他の化学物質Vと解することができる。
一方、上記自己触媒化学反応における式(b)は、他の化学物質Vたる増殖因子(増殖促進成分)が、細胞の増殖によって、係数kで増殖促進機能のない生理的に不活性な物質に変化したものと仮定する。
【0074】
これらのことから、上記自己触媒化学反応における式(a)は、細胞が、2単位量の増殖因子(増殖促進成分)を触媒として用いて、1単位量の栄養成分を消費することにより、新たに1単位量の増殖因子(増殖促進成分)が生産された結果、培養液中に3単位量の増殖因子(増殖促進成分)が存在するようになることを意味している。
また、上記自己触媒化学反応における式(b)は、他の化学物質Vたる増殖因子(増殖促進成分)の1単位量が反応係数kで増殖促進機能を失った生理的に不活性な物質に変化すること、すなわち、不活性物質Pとしての化学的に安定な最終生成物に変化することを意味している。
ここで、単位量とは、自己触媒化学反応(細胞培養の場合は、自己増殖)が理想的に進行する状態での各化学物質の比率を意味する。
【0075】
なお、上記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式を細胞培養に適用する場合には、uは栄養成分の濃度であり、vは増殖因子の濃度であり、Duは栄養成分の拡散係数であり、Dvは増殖因子の拡散係数であり、fは流出入係数であって、上記式(1)の第1式においては、fは栄養成分の流入係数であり、上記式(1)の第2式においては、fは量的に過多となる増殖因子の流出係数である。kは、増殖因子が増殖促進機能を失う物質に変化する反応係数である。
【0076】
実際の細胞培養の作業においては、前記栄養成分と前記増殖因子とを最適な濃度で含む培地を定期的に交換することにより、前記培地が理想的な状態にリフレッシュされる。
そして、上記のような培地の定期的な交換によって、前記栄養成分と前記増殖因子とを係数fで流出入されるとともに、不活性物質Pとしての化学的に安定な最終生成物を係数kで流出(排出)させるようになる。
なお、上記説明において、培地とは、培養液といった液体だけではなく、ゼリー状物をも含む概念である。
【0077】
また、u及びvは、時間tと空間の位置座標x,yの関数であり、u(t,x,y)及びv(t,x,y)と表される。
さらに、Δはラプラシアンであり、空間の次元を二次元(x座標とy座標)とする場合には、Δ=∂2/∂x2+∂2/∂y2を表す。
なお、前記ラプラシアンは、前記空間中の任意の箇所における一の化学物質Uの濃度u1と前記任意の箇所の周辺における一の化学物質Uの濃度u2との濃度差をなくしたり、前記空間中の任意の箇所における他の化学物質Vの濃度v1と前記任意の他の箇所の周辺における他の化学物質Vの濃度v2との濃度差をなくしたりするための表現である。
例えば、前記任意の箇所における一の化学物質Uの濃度u1がその周辺における一の化学物質Uの濃度u2よりも高ければ、一の化学物質Uは前記任意の箇所からその周辺に向けて拡散する。
一方で、前記任意の箇所における一の化学物質Uの濃度u1がその周辺における一の化学物質Uの濃度u2よりも低ければ、一の化学物質Uはその周辺から前記任意の箇所に向けて拡散する。
なお、上で説明したように、細胞培養においては、一の化学物質Uは栄養成分であり、他の化学物質Vは増殖因子(増殖促進成分)である。
【0078】
前記増殖因子(増殖促進成分)は、標的細胞の表面に存在する受容体タンパク質に特異的に結合することによって、細胞間のシグナル伝達物質として作用する。
前記増殖因子(増殖促進成分)は、種々の細胞学的・生理学的過程の調節に作用する。
また、前記増殖因子(増殖促進成分)は、上で説明したように、細胞培養中にホルモンやサイトカインなどの生理活性物質としても生産・分泌される。
ここで、上で説明したように、本実施形態に係る細胞培養構造体100は、シャーレなどの容器内に入れられた培養液に浸されて使用される。
そして、不活性物質Pたる最終生成物(例えば、老廃物)が、細胞培養中に前記容器内に蓄積するのを抑制する観点から、先に説明したように、細胞培養構造体100を用いた細胞培養においては、所定期間経過後に、前記培養液の一部を前記容器内から抜いた上で、抜いた量に相当する量の新たな培養液を前記容器内に補充することがある。
このような場合、上記のように、細胞培養中に生産・分泌された生理活性物質を前記増殖因子(増殖促進成分)として前記容器内に残存させるように、前記容器内から前記培養液の一部を抜くことが好ましい。
【0079】
上記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式において、∂u/∂tに関する等式の右辺の第1項は空間中での一の化学物質U(栄養成分)の拡散を意味しており、また、前記右辺の第2項は反応項であり、前記空間中において、自己触媒化学反応(ここでは、細胞の自己増殖)による一の化学物質U(栄養成分)と他の化学物質V(増殖因子)との両物質の濃度変化を意味する。
前記右辺の第3項は反応を継続させるための摂動項であり、前記反応項で消費された一の化学物質U(栄養成分)を前記空間中に流入させて補充することを意味する。
すなわち、∂u/∂tに関する等式の右辺の第1項は拡散項を意味し、第2項は反応項を意味し、第3項は流入項を意味している。
なお、前記空間中における一の化学物質U(栄養成分)の濃度uが低いほど、前記空間中への一の化学物質U(栄養成分)の流入は多くなる一方で、前記空間中における一の化学物質U(栄養成分)の濃度uが高いほど、前記空間中への一の化学物質U(栄養成分)の流入量は少なくなる。そして、最大濃度1になった時点で、前記空間中への一の化学物質U(栄養成分)の流入は停止する。
【0080】
また、上記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式において、∂v/∂tに関する等式においても、∂u/∂tに関する等式の場合と同様に、右辺の第1項は拡散項を意味している。
そして、前記右辺の第2項は反応項であり、前記空間中において、自己触媒化学反応(ここでは、細胞の自己増殖)による一の化学物質U(栄養成分)と他の化学物質V(増殖因子)との両物質の濃度変化を意味する。
前記右辺の第3項は、前記∂u/∂tに関する等式の場合と同様に、反応を継続させるための摂動項であり、反応項で生成された他の化学物質V(細胞培養の場合には、量的に過多となる増殖因子、及び、増殖機能を失った増殖因子)を前記空間中から流出(排出)させることを意味している。
すなわち、∂v/∂tに関する等式の右辺の第2項も反応項を意味し、第3項は流出項を意味している。
なお、前記空間中における他の化学物質Vの濃度vが高いほど、前記空間中からの他の化学物質Vの流出量は多くなる。
そして、他の化学物質Vの濃度vが0になった時点で、前記空間中からの他の化学物質Vの流出は停止する。
【0081】
なお、動物などの体表面に描かれているパターン(模様)も、前記チューリングパターンに属するものである。
例えば、チーター、ヒョウ、キリン、シマウマなどの体表面に描かれているパターン(模様)は、いずれも、前記チューリングパターンに属するものであり、上記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式を用いて表すことができるものである。
なお、チーターの体表面に描かれているパターン(模様)は斑点柄であり、ヒョウの体表面に描かれているパターン(模様)は豹柄であり、キリンの体表面に描かれているパターン(模様)は網目柄であり、シマウマの体表面に描かれているパターン(模様)は縞柄である。
【0082】
前記チューリングパターンは、二次元平面上における一の化学物質Uと他の化学物質Vとの反応拡散を表す上記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式を、差分法にてコンピュータシミュレーションすることによって得られる一の化学物質Uと他の化学物質Vの濃度分布について、いずれか一方の物質の濃度が高い領域を示すパターンであることが好ましい。
前記コンピュータシミュレーションは、一の化学物質Uと他の化学物質Vとが前記二次元平面上に同量でランダムに分布する状態を初期状態として開始され、前記反応拡散が平衡状態に達したときに終了される。
【0083】
また、前記差分法は、下記式(2)及び(3)を用いて表される漸化式を用いて実施されることが好ましい。
【0084】
【0085】
【0086】
前記チューリングパターンは、有限の要素数に分割した二次元平面において、最外の境界に周期境界条件を付与したシミュレーションにて生成されたものであることが好ましい。
周期境界条件とは、あるパターン(模様)が複数の領域パターンの周期的な繰り返しによって形成されている場合において一の領域パターンだけをモデル化してシミュレーションを実施するときに、前記一の領域パターンの境界面に設定する条件のことである。
すなわち、前記チューリングパターンは、前記二次元平面において、最も外側に位置する前記一の領域パターンの最外となる境界に周期境界条件を付与したシミュレーションにて生成されたものであることが好ましい。
【0087】
上記式(1)で表されるGray-Scottモデルの式において、係数Duが0.002以上0.01以下の範囲にあり、係数Dvが0.0003以上0.0015以下の範囲にあり、係数fが0.03以上0.18以下の範囲にあり、係数kが0.03以上0.07以下の範囲にあることが好ましい。
また、係数Duは0.003以上0.004以下の範囲にあることがより好ましく、係数Dvは0.0008以上0.0010以下の範囲にあることがより好ましく、係数fは0.16以上0.17以下の範囲にあることがより好ましく、係数kは0.04以上0.05以下の範囲にあることがより好ましい。
【0088】
なお、
図1A及び
図1Bで示したチューリングパターンは、上記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式において、係数D
uを0.004とし、係数D
vを0.0009とし、係数fを0.167とし、係数kを0.0425として算出された結果に基づくものであり、反応が平衡状態に達したときの化学物質V(増殖因子)の濃度が、化学物質U(栄養成分)の濃度よりも高い領域のパターンである。
【0089】
なお、前記シミュレーションは、例えば、コンピュータを用いて、例えばプログラミング言語としてJavaScriptを用いたプログラムによって、200×200ピクセルの有限空間内で実行することにより実施できる。
ここで、前記シミュレーションには、周期境界条件を付与しているので、200×200ピクセルの有限空間どうしを接続させて、任意の大きさのチューリングパターンを得ることができる。
具体的には、200×200ピクセルを一辺が100μmの正方形(この場合、1ピクセルは一辺の長さが0.5μmの正方形である)とした場合、一辺が100μmの前記正方形をマトリックス状に10個×10個で接続させることにより、各セル(一辺が100μmの正方形)どうしの境界において、各セルに形成されたパターンどうしを自然に(違和感がないように)繋ぐことができる。
これにより、一辺が1mmの正方形(一辺が100μmの正方形をマトリックス状に10個×10個で接続したもの)の領域内にチューリングパターンを形成することができる。
【0090】
ここで、上記式(1)で表されるGray-Scottモデルの式を用いたシミュレーションを長期に亘って実施すると、一の化学物質Uと他の化学物質Vとで描かれるパターン変化が収束するようになる。すなわち、一の化学物質Uと他の化学物質Vとよって実施される反応拡散が平衡状態に達するようになる。
このように、反応拡散が平衡状態に達すると、増殖した細胞によって細胞付着面Sの全面が覆いつくされるようになって、細胞の増殖がそれ以上進行しなくなる。
そして、反応拡散が平衡状態に達した時点において、他の化学物質Vたる増殖因子(増殖促進成分)の濃度が一の化学物質Uたる栄養成分の濃度よりも高くなっている箇所に突起部PRが設けられるパターンを平板状の基材1上に反映させることにより、チューリングパターンに基づいた複数の突起部PRを有する細胞培養構造体100を得ることができる。
そして、このようにして形成された突起部PRを備える細胞培養構造体100を培養液に浸漬させるなどの静的な状態では、上記のように設けられた突起部を有さない細胞培養構造体に比べて、他の化学物質Vたる増殖因子を細胞培養構造体100に広範に亘って分布させることができる。
これにより、細胞培養をより一層効率的に実施することができる。
また、培養液を交換させるときなどの動的な状態では、複数の突起部PRどうしの間の隙間を培養液が流れるようになるので、培養液中に含まれる培養液成分を突起部PRの細胞付着面Sに付着された細胞に対して下側からも供給することができる。
これによっても、細胞培養をより一層効率的に実施することができる。
【0091】
なお、上記のように、Gray-Scottモデルの式に周期境界条件を付与する条件を採用して、シミュレーションにて前記チューリングパターンを求めた場合、シミュレーションの結果は、各ピクセル毎に化学物質U,Vの濃度u,vとして算出されるため、該チューリングパターンは、通常、ラスタ形式で表現される。
前記ラスタ形式は、複数のピクセルを用いて画像内のオブジェクトを表現する形式である。そのため、例えば、曲線や円などで示された簡単なオブジェクトを前記ラスタ形式で表現すると、前記オブジェクトにおいて前記曲線や前記円のエッジ部分がぼやけてしまって、前記オブジェクトを滑らかに示すことができない。
また、前記ラスタ形式で示されたオブジェクトは、データサイズが大きくなってしまうという問題もある。
これに対し、ベクタ形式は、複数の点の位置や複数の点どうしを繋いだ線などを数値データとして記憶し再現する形式であることから、曲線や円などで示された簡単なオブジェクトを滑らかに示すのに適している。
そのため、シミュレーションによって求めた前記チューリングパターンがラスタ形式で表現される場合には、前記ラスタ形式で表現されたチューリングパターンを前記ベクタ形式で表現するように変換することが好ましい。
これにより、シミュレーションによって求めた前記チューリングパターン(線と円とを含むオブジェクト)の外形を、滑らかに表現することができる。
【0092】
(細胞培養構造体の製造方法)
本実施形態に係る細胞培養構造体は、平板状の基材上に突起部形成用の樹脂層が積層された細胞培養構造体用積層体と、上で説明した複数の突起部に対応する複数の窪みを備える型枠と、を用いて製造することができる。
そして、前記型枠は、基材上に上で説明した複数の突起部と同形状を有する突起部が形成されたマスター型を準備した後、該マスター型が備える複数の突起部を覆うように金属層を形成し、さらに、前記マスター型から前記金属層を取り外すことにより得ることができる。
以下、細胞培養構造体の製造方法の詳細について説明する。
【0093】
[マスター型の作製]
マスター型は、基材上にフォトレジストで形成された層(以下、フォトレジスト層ともいう)が積層されたマスター型用積層体と、前記平板状の基材の一表面に形成される模様(パターン)に対応する模様(パターン)が形成されたフォトマスクとを用いて、フォトリソグラフィによって作製することができる。
以下、マスター型の作製の一例について説明する。
【0094】
<マスター型用積層体の作製>
フォトレジストを基材上に所定の厚さで塗布して塗布層を形成した後、該塗布層を乾燥させる。
これにより、基材上にフォトレジスト層が積層されたマスター型用積層体を得ることができる。
前記フォトレジストとしては、ポジ型フォトレジストを用いることが好ましい。
前記ポジ型フォトレジストとしては、ベース樹脂とポジ型感光剤とを含む組成物が挙げられる。
前記ベース樹脂としては、クレゾールノボラック樹脂などのノボラック樹脂や、アクリル系樹脂などが挙げられ、前記ポジ型感光剤としては、1,2-ナフトキノンジアジドスルホン酸エステルなどのナフトキノンジアジドスルホン酸エステルや、2,3,4-トリヒドロキシベンゾフェノンや2,3,4,4’-テトラヒドロキシベンゾフェノンなどのポリヒドロキシベンゾフェノンなどが挙げられる。
前記ポジ型フォトレジストとしては、前記ベース樹脂として前記アクリル系樹脂を含み、前記ポジ型感光剤として前記ナフトキノンジアジドスルホン酸エステルと含むものを用いることが好ましい。
前記ポジ型フォトレジトとして上記のものを用いることにより、該ポジ型フォトレジストを紫外線などの光に対する感度を向上させることができることに加えて、熱フローし易いもの(熱によって流動し易いもの)とすることができる。
これにより、後述する、現像処理を実施した後おいて、未感光部分を前記基材の一表面から離れる方向に向けて幅狭となる形状を有するものとし易くなるとともに、前記未感光部分において、前記幅狭となる形状を円弧形状とし易くなる。
また、前記基材としては、ガラス板を用いることが好ましい。
【0095】
<露光処理>
次に、前記フォトレジスト層の上方に前記フォトマスクを配した後、該フォトマスクの上方から紫外線を照射させる。
前記フォトレジスト層の厚みが1μm~20μmの場合、前記照射は、波長200nm~450nmの紫外線を用いて、積算光量が50mJ/cm2~1800mJ/cm2となるように実施することが好ましい。
特に、前記フォトレジスト層の厚みが10μmの場合には、前記照射は、波長365nmの紫外線(I線)を用いて、積算光量が500mJ/cm2となるように実施することが好ましい。また、このような紫外線を照射させる場合には、光源として、高圧水銀ランプを用いることが好ましい。
これにより、前記フォトレジスト層に対して、厚さ方向にも、前記フォトマスクに形成された模様(パターン)を反映させることができる。
【0096】
<現像・焼成処理>
次に、所定の模様(前記フォトマスクのパターン)が感光により転写された前記フォトレジスト層に現像処理を実施する。
これにより、前記フォトレジスト層について、感光部分(紫外線が照射された部分)を除去して、未感光部分(紫外線が照射されていない部分)残存させることができる。
前記現像処理は、アルカリ成分(例えば、テトラメチルアンモニウム=ヒドロキシド(TMAH))を所定濃度で含む現像液に前記マスター型用積層体を所定時間浸漬させた後、前記現像液から取り出した前記マスター型用積層体の全体を純水でリンスし、その後、前記マスター型用積層体を乾燥することにより実施できる。
例えば、前記フォトレジスト層の厚みが10μmの場合には、前記現像処理は、TMAHを2.38%含む現像液に前記マスター型用積層体を60秒間浸漬させた後、前記現像液から取り出した前記マスター型用積層体の全体を純水でリンスし、その後、前記マスター型用積層体を軽くエアブローした上で、ホットプレートを用いてエアブロー後の前記マスター型用積層体を120℃で5分間乾燥することにより実施することが好ましい。
上記のように現像処理を実施することにより、前記未感光部分は、前記基材の一表面から離れる方向に向けて幅狭となる形状を有するものとなる。
次に、現像処理後の前記フォトレジスト層に焼成処理を実施する。
前記焼成処理は、例えば、150℃以上200℃以下の温度で所定時間加熱することで実施することができる。
前記フォトレジスト層の厚みが10μmの場合には、前記焼成処理は、温度180℃で10分間加熱することにより実施することが好ましい。
上記ように焼成処理を実施することにより、前記未感光部分において、前記幅狭となる形状を円弧形状とすることができる。
上のように、前記フォトレジスト層に前記現像処理及び前記焼成処理を実施することにより、前記フォトレジスト層は前記所定の模様(パターン)に対応する立体形状を有するものとなる。
すなわち、前記フォトレジスト層は、細胞培養に適した複数の突起部と同形状を有する突起部を備えるものとなる。
これにより、マスター型を作製することができる。
【0097】
[型枠の作製]
型枠は、前記マスター型における前記複数の突起部を覆うように金属層を形成した後、前記マスター型から前記金属層を取り外すことにより作製することができる。
【0098】
前記金属層は、スパッタ法にて前記複数の突起部を覆うように第1金属の薄膜を形成した後、電鋳法にて前記第1金属の薄膜上から第2金属の層を所定の厚さまで成長させることより作製することができる。
前記金属層は、例えば、以下の手順にしたがって作製することができる。
(1)前記マスター型における前記複数の突起部を覆うようにスパッタ法にて第1金属の薄膜(例えば、厚さ10nm~30nm)を形成する。
(2)塩化ニッケル及びホウ酸を含み、かつ、300g/Lの濃度でスルファミン酸ニッケルを含む電解液を電着槽に入れた後、前記電解液を50~60℃の範囲の温度まで加熱する。
(3)上記温度に加熱した電解液中に、前記第1金属の薄膜が形成された前記マスター型を浸漬させた後、陰極電流密度が100mA/cm2となるように印加電圧を調整しながら所定時間電着を実施する。
【0099】
前記第1金属及び前記第2金属としては、銅、ニッケル、鉄などが挙げられる。
前記第1金属と前記第2金属とは、同種の金属であってもよいし、異種の金属であってもよいが、同種の金属であることが好ましい。
前記第1金属と前記第2金属とが同種の金属である場合、前記第1金属及び前記第2金属は、ニッケルであることが好ましい。
【0100】
前記金属層の厚さは、前記マスター型の突起部の高さの1.5倍以上であること好ましく、2.0倍以上であることがより好ましい。
また、前記金属層の厚さの上限は、通常、前記マスター型の突起部の高さの3.0倍である。
前記金属層の厚みは、例えば、200μm~500μmの範囲とすることができる。
【0101】
前記マスター型から前記金属層を取り外すことにより、前記金属層は、細胞培養に適した複数の突起部に対応する複数の窪みが形成されたものとなる。
これにより、細胞培養に適した複数の突起部に対応する複数の窪みを有する型枠を得ることができる。
なお、前記金属層が予定している厚みよりも薄い場合には、前記金属層を所定の厚さを有するものとすべく、前記複数の窪みが形成された側と反対側の面に溶接などにより金属板を取り付けてもよい。
【0102】
前記金属層において、前記複数の窪みを洗浄してもよい。
前記複数の窪みを洗浄することにより、前記複数の窪みに付着している異物(例えば、マスター型を構成していたフォトレジスト層の残渣)を十分に除去することができる。
前記複数の窪みの洗浄液としては、有機溶剤、界面活性剤などが挙げられる。
また、前記複数の窪みの洗浄は、超音波洗浄や高圧洗浄にて実施することができる。
【0103】
[細胞培養構造体の作製]
細胞培養構造体は、平板状の基材上に突起部形成用の樹脂層が積層された細胞培養構造体用積層体と、上で説明したような複数の窪みを備える型枠と、を用いて製造することができる。
具体的には、細胞培養構造体は、前記細胞培養構造体用積層体における前記突起部形成用の樹脂層に、前記複数の窪みが形成された側から前記型枠を被せて前記複数の窪みに対応する複数の突起部を前記樹脂層に形成した後、前記型枠を前記突起部形成用の樹脂層から取り外すことにより製造することができる。
【0104】
前記細胞培養構造体用積層体は、基材上に突起部形成用の樹脂組成物を所定の厚さで塗布して塗布層を形成した後、該塗布層を乾燥させることにより得ることができる。
前記突起部形成用の樹脂組成物に含ませる樹脂は、熱硬化性樹脂であることが好ましい。
前記熱硬化性樹脂としては、先に説明したように、ポリイミド樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂(ウレア樹脂)、不飽和ポリエステル樹脂、アルキッド樹脂、熱硬化性ポリウレタン樹脂、熱硬化性ポリイミド樹脂、熱硬化性フッ素樹脂が挙げられる。
前記熱硬化性樹脂の中でも、前記熱硬化性フッ素樹脂を用いることが好ましく、前記熱硬化性フッ素樹脂の中でも、上記したCYTOP(登録商標)のような非晶質フッ素樹脂を用いることが好ましい。
また、前記樹脂組成物に含ませる樹脂としては、光照射により硬化させることができる光硬化性樹脂も用いることができる。
なお、前記光硬化性樹脂は、光照射によるラジカル発生量が少ないものであることが好ましい。ラジカルは細胞毒性が高いものであるので、前記ラジカル発生量が少ないことにより、細胞培養を好適に実施することができる。
なお、前記突起部形成用の樹脂層が樹脂として熱硬化性樹脂や光硬化性樹脂を含むものである場合、前記突起部形成層の樹脂層は、前記複数の突起部が形成された後であって、前記型枠が取り外される前に、熱硬化されたり、光照射により硬化されたりすることが好ましい。
上記のようなタイミングで熱硬化または光照射による硬化を実施しておくことにより、前記突起部形成用の樹脂層から前記型枠を取り外すことにより形成される前記突起部の形状を十分に維持させることができる。
【0105】
上記のように、前記型枠を前記突起部形成用の樹脂層から取り外すことにより、前記突起部形成用の樹脂層は前記型枠が有する前記複数の窪みに対応する複数の突起部を有するものとなる。
これにより、基材上に、細胞培養に適した複数の突起部を有する細胞培養構造体を得ることができる。
【0106】
なお、上記では、複数の突起部を一の材料で構成すること、すなわち、複数の突起部と細胞接着面とを同一の材料で一体に構成する例について説明したが、複数の突起部と細胞接着面とは、異なる材料で構成されていてもよい。
例えば、前記細胞付着面を構成する樹脂として非晶質フッ素樹脂などのフッ素樹脂を用い、複数の突起部を構成する樹脂としてフッ素樹脂以外の樹脂を用いる場合には、上で説明した手順にしたがって、基材上に、フッ素樹脂以外の樹脂を用いて複数の突起部を形成した後に、高周波(RF)スパッタリングにて、前記フッ素樹脂を前記複数の突起部における頂部を含む所定箇所に付着させることにより、該所定箇所に前記細胞接着面を形成してもよい。
【0107】
本明細書によって開示される事項は、以下のものを含む。
【0108】
(1)
培養液に浸されて使用されるとともに、培養される細胞が付着可能な細胞付着面を有する細胞培養構造体であって、
平板状の基材と、該基材の一表面から突出する複数の突起部と、を備え、前記複数の突起部のそれぞれは、少なくとも頂部に前記細胞付着面となっており、
前記基材の一表面側から前記細胞培養構造体を平面視したときに、前記複数の突起部は、有限の長さの複数の線のみで構成されるか、または、有限の長さの複数の線と複数の点とが組み合わされて構成されていて、
前記複数の突起部が前記のいずれで構成されている場合においても、前記有限の長さの複数の線及び前記複数の点によって閉空間が形成されておらず、
隣り合う前記突起部の平面視が線どうしの場合に前記線どうしの間の距離をIAとし、隣り合う前記突起部の平面視が線と点との場合に前記線と前記点との間の距離をIBとし、隣り合う前記突起部の平面視が点どうしの場合に前記点どうしの間の距離をICとし、培養される細胞を平面視したときの該細胞の最も広い領域に含まれる最大の真円の直径をSCとしたときに、IA、IB、及び、ICは、SCよりも小さい値を示し、
前記複数の線をこれらの線の延在方向と直交する方向に切断して得られるそれぞれの第1切断面、及び、前記複数の点を前記基材の面方向と直交する方向に切断して得られるそれぞれの第2切断面は、前記基材の一表面から離れる方向に向けて幅狭となる形状を有している
細胞培養構造体。
【0109】
(2)
前記平板状の基材は、一端側及び他端側にそれぞれ開放部を有する
上記(1)に記載の細胞培養構造体。
【0110】
(3)
前記複数の突起部が前記のいずれで構成される場合においても、隣り合う前記突起部どうしが接触していない、
上記(1)または(2)に記載の細胞培養構造体。
【0111】
(4)
前記幅狭となる形状は、少なくとも頂部が円弧形状をなしている
上記(1)乃至(3)のいずれかに記載の細胞培養構造体。
【0112】
(5)
前記複数の突起部は、20℃における屈折率が1.4以下の有機物によって構成されている
上記(1)乃至(4)のいずれかに記載の細胞培養構造体。
【0113】
(6)
前記有機物を用いて板状成形物を成形したときに、
該板状成形物に対する水の接触角は50°以上120°以下である
上記(5)に記載の細胞培養構造体。
【0114】
(7)
前記有機物は非晶質フッ素樹脂である
上記(5)または(6)に記載の細胞培養構造体。
【0115】
(8)
前記基材の一表面側から前記細胞培養構造体を平面視したときの前記複数の突起部の配置パターンは、反応拡散方程式によって導かれる二次元平面上における2種類の物質の濃度分布を示すチューリングパターンである
上記(1)乃至(7)のいずれかに記載の細胞培養構造体。
【0116】
(9)
前記チューリングパターンは、二次元平面上における一の化学物質Uと他の化学物質Vとの反応拡散を表す下記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式を、差分法にてコンピュータシミュレーションすることによって得られる前記一の化学物質Uと前記他の化学物質Vの濃度分布について、いずれか一方の物質の濃度が高い領域を示すパターンであり、
前記コンピュータシミュレーションは、前記一の化学物質Uと前記他の化学物質Vとが前記二次元平面上に同量でランダムに分布する状態を初期状態として開始され、前記反応拡散が平衡状態に達したときに終了される
上記(8)に記載の細胞培養構造体。
【0117】
【数5】
ただし、uは栄養成分の濃度であり、vは増殖因子の濃度であり、D
uは栄養成分の拡散係数であり、D
vは増殖因子の拡散係数であり、fは流出入係数であって、上記式(1)の第1式において、fは、栄養成分の流入係数であり、上記式(1)の第2式において、fは、量的に過多となる増殖因子の流出係数である。kは、増殖因子が増殖促進機能を失う物質に変化する反応係数である。
【0118】
(10)
前記差分法は、下記式(2)及び(3)を用いて表される漸化式を用いて実施される
上記(9)に記載の細胞培養構造体。
【0119】
【0120】
【0121】
(11)
前記チューリングパターンは、有限の要素数に分割した二次元平面において、最外の境界に周期境界条件を付与したシミュレーションにて生成されたものである
上記(8)乃至(10)のいずれかに記載の細胞培養構造体。
【0122】
(12)
上記式(1)で表されるGray-Scottモデルの式において、係数Duが0.002以上0.01以下の範囲にあり、係数Dvが0.0003以上0.0015以下の範囲にあり、係数fが0.03以上0.18以下の範囲にあり、係数kが0.03以上0.07以下の範囲にある
上記(8)乃至(11)のいずれかに記載の細胞培養構造体。
【0123】
なお、本発明に係る細胞培養構造体は、上記実施形態によって限定されるものではない。
また、本発明に係る細胞構造体は、上記した作用効果によって限定されるものでもない。
本発明に係る細胞培養構造体は、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0124】
例えば、細胞培養構造体100は、基材10の一表面側から細胞培養構造体100を平面視したときに、複数の突起部PRが、
図4A~
図11に示したような形で、有限の長さの複数の線LIと複数の点POで構成されたものであってもよい。
また、細胞培養構造体100は、複数の突起部PRが、
図12及び
図13に示したチューリングパターンのような形で、有限の長さの複数の線LIのみで構成されたものであってもよい。
また、細胞培養構造体100は、複数の突起部PRを構成する複数の線LIが、
図13に示したように、比較的長い複数の線LIで構成されたものであってもよく、
図14及び
図15に示したように、比較的短い複数の線LIで構成されたものであってもよい。
さらに、細胞培養構造体100は、
図15に示したように、複数の突起部PRを構成する複数の点POが比較的多数含まれていてもよい。
なお、
図4~
図15も、複数の突起部PRの配置パターンは、チューリングパターンとなっている。
【実施例0125】
以下、本発明の具体的な実施例を挙げることにより、本発明をより明らかにする。なお、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0126】
以下に示す方法により、チューリングパターンに基づく突起部の配置パターンを有する、実施例1~12の細胞培養構造体を製造した。
【0127】
[チューリングパターンの生成]
本明細書にて説明したように、上記式(1)で示されるGray-Scottモデルの式を、上記式(2)及び(3)を用いて表される漸化式を用いた差分法にて、JavaScriptを用いたプログラムによってコンピュータシミュレーションすることによって、チューリングパターンを生成した。各実施例では、これらの式において使用されるパラメータDu,Dv,f,kとして、下記の表1に示される値を使用した。
【0128】
コンピュータシミュレーションは、200×200ピクセルの有限空間内において、周期境界条件を付与して行った。このとき、コンピュータシミュレーションは、一の化学物質Uと他の化学物質Vとが前記二次元平面上に同量でランダムに分布する状態を初期状態として開始し、前記反応拡散が平衡状態に達したときに終了した。
【0129】
このようにして得られた200×200ピクセルのチューリングパターンを、下記の表1に示される一辺の長さを有する1つの正方形のセルとし、該セルの複数をマトリックス状に接続し、それによって一辺の長さが132mm以上の正方形の形状であるより広大なチューリングパターンを作成した。その後、得られたより広大なチューリングパターンをベクタ変換することによって、実施例1~12のチューリングパターンに基づく突起部の配置パターンを形成した。
【0130】
なお、これらのチューリングパターンに表れた一の化学物質Uと他の化学物質Vとの濃度分布について、いずれか一方の物質の濃度が高い領域を示すパターンを、細胞培養構造体の突起部の配置パターンを表すチューリングパターンとした。
【0131】
(実施例1~4)
実施例1~4の突起部の配置パターンは、いずれも下記の表1に示されるパラメータ値を用いた同一のコンピュータシミュレーションに基づいて形成した。ここで、実施例2~4の配置パターンは、このコンピュータシミュレーションにより得られた上記のより広大なチューリングパターンに含まれるセルの一辺の長さを、下記の表1に示されるように、実施例1の配置パターンに対してそれぞれ0.8倍、0.6倍及び0.4倍することによって得られたものである。
実施例1により得られた配置パターンを、その3つの異なる部分について
図4A~
図4Cに示した。実施例2~4により得られた配置パターンを、その一部について
図5~
図7に示した。
なお、上述の実施形態の説明において参照した
図1A、
図1B及び
図2に示した細胞培養構造における突起部の配置パターンも、これらの実施例において行われたコンピュータシミュレーションによって得られたチューリングパターンに基づくものである。
【0132】
(実施例5及び6)
実施例5及び6の突起部の配置パターンは、いずれも下記の表1に示されるパラメータ値を用いた同一のコンピュータシミュレーションに基づいて形成した。ここで、実施例6の配置バターンは、このコンピュータシミュレーションにより得られた上記のより広大なチューリングパターンの平面方向の縮尺を、実施例5の配置パターンに対してそれぞれ0.75倍することによってについて得られた。
実施例5及び6により得られた配置パターンを、その一部について
図8及び
図9に示した。
【0133】
(実施例7~12)
実施例7~12の突起部の配置パターンは、下記の表1にそれぞれ示されるパラメータ値を用いたそれぞれのコンピュータシミュレーションに基づいて形成した。実施例7~12により得られた配置パターンを、その一部について
図10~15に示した。
【0134】
[チューリングパターンが形成された型枠の作製]
まず、本明細書にて説明した方法により、平板状の基材上にフォトレジスト層が積層されたマスター型用積層体と、実施例1~12により得られた突起部の配置パターンが形成された、石英ガラス製のフォトマスクとを使用して、フォトリソグラフィを行うことにより、マスター型を作製した。
なお、各実施例で使用したフォトマスクは、その132.4mm×132.4mmの有効エリア内に、各実施例に対応する図に示されたチューリングパターンに基づく突起部の配置パターンが形成されたものである。
【0135】
続いて、本明細書にて説明した方法により、マスター型のパターンが転写された金属製の型枠を作製した。
【0136】
[細胞培養構造体の作製]
本明細書にて説明した方法により、上記により作製された型枠と、平板状の基材上に突起部形成用の樹脂層が積層された細胞培養構造体用積層体とを用いて、実施例1~12の細胞培養構造体を製造した。
【0137】
具体的には、まず、透明な無アルカリガラスからなる平板状の基材上に、突起部形成用の樹脂組成物として非晶質フッ素樹脂であるCYTOP(登録商標)(20℃における屈折率=0.134、水の接触角=110°、固形分濃度=9%、乾燥ピーク及び硬化温度=180℃)を塗布して、厚さ62μmの塗布層を形成した。その後、基材上の塗布層を乾燥させることによって、乾燥した塗布層からなる厚さ5.6μmの突起部形成用の樹脂層を基材上に形成した。
このようにして、平板状の基材上に突起部形成用の樹脂層が積層された、細胞培養構造体用積層体を得た。
【0138】
続いて、細胞培養構造体用積層体における前記突起部形成用の樹脂層に、チューリングパターンが転写されている側から型枠を被せて、チューリングパターンに対応する複数の突起部を樹脂層に形成した。その後、型枠を樹脂層から取り外すことによって、平板状の基材上の一表面における132.4mm×132.4mmの領域から、高さ5.0μmの複数の突起部が実施例1~12のチューリングパターンによって表される配置パターンで突出している細胞培養構造体を得た。
【表1】
【0139】
[細胞培養構造体を用いた細胞の培養]
実施例1~12により製造された細胞培養構造体を直径92mmの円形にカットし、直径96mm、深さ18mmの円形の滅菌ポリスチレンシャーレの底に配置した。このように配置された上記細胞培養構造体を用いて細胞を培養し、それによって直径60mmに近い略円形の細胞シート体を得た。
ここで、培養する細胞としては、その最も広い領域に含まれる最大の真円の直径(すなわち、上述の説明におけるSCに対応する大きさ)が、使用する細胞培養構造体に形成されている突起部どうしの間の距離(すなわち、上述の説明におけるIA、IB、及び、ICに対応する距離)よりも大きいものを選択した。
【0140】
このようにして行われた細胞の培養では、従来の細胞培養構造体を使用した場合と比較して、細胞を効率的に培養することができた。
【0141】
また、このようにして得られた細胞シート体を細胞培養構造体上から取り外したところ、細胞シートの損傷は殆ど見られなかった。