(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024149930
(43)【公開日】2024-10-23
(54)【発明の名称】光電変換材料および光検出方法
(51)【国際特許分類】
H10K 30/60 20230101AFI20241016BHJP
H01L 27/146 20060101ALI20241016BHJP
【FI】
H01L31/08 T
H01L27/146 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021143915
(22)【出願日】2021-09-03
(71)【出願人】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【弁理士】
【氏名又は名称】新居 広守
(74)【代理人】
【識別番号】100137235
【弁理士】
【氏名又は名称】寺谷 英作
(74)【代理人】
【識別番号】100131417
【弁理士】
【氏名又は名称】道坂 伸一
(72)【発明者】
【氏名】青山 健一
(72)【発明者】
【氏名】留河 優子
【テーマコード(参考)】
4M118
5F149
5F849
【Fターム(参考)】
4M118AA10
4M118AB01
4M118BA05
4M118CA14
4M118CB14
4M118CB20
4M118FB08
4M118FB09
4M118HA26
5F149AA03
5F149AB11
5F149AB13
5F149BA21
5F149BB03
5F149BB07
5F149CB05
5F149CB06
5F149DA30
5F149FA02
5F149FA03
5F149FA04
5F149FA05
5F149GA02
5F149HA12
5F149HA13
5F149XA01
5F149XA43
5F849AA03
5F849AB11
5F849AB13
5F849BA21
5F849BB03
5F849BB07
5F849CB05
5F849CB06
5F849DA30
5F849FA02
5F849FA03
5F849FA04
5F849FA05
5F849GA02
5F849HA12
5F849HA13
5F849XA02
5F849XA49
(57)【要約】
【課題】放射線による劣化を抑制できる光電変換材料等を提供する。
【解決手段】光電変換材料10は、フラーレン骨格を有するアクセプタ材料5を含み、放射線耐性を有する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラーレン骨格を有するアクセプタ材料を含み、
放射線耐性を有する
光電変換材料。
【請求項2】
高放射線環境下での光検出用である
請求項1に記載の光電変換材料。
【請求項3】
原子炉建屋内での光検出用である
請求項1または2に記載の光電変換材料。
【請求項4】
宇宙空間での光検出用である
請求項1または2に記載の光電変換材料。
【請求項5】
航空機に搭載されて光検出に用いられる
請求項1または2に記載の光電変換材料。
【請求項6】
放射線管理区域内での光検出用である
請求項1または2に記載の光電変換材料。
【請求項7】
前記アクセプタ材料は、C60フラーレンである
請求項1から6のいずれか1項に記載の光電変換材料。
【請求項8】
前記アクセプタ材料は、高次フラーレンである
請求項1から6のいずれか1項に記載の光電変換材料。
【請求項9】
前記アクセプタ材料は、フラーレン誘導体である
請求項1から6のいずれか1項に記載の光電変換材料。
【請求項10】
前記アクセプタ材料は、[6,6]-フェニルC61ブタン酸メチルエステルである
請求項1から6のいずれか1項に記載の光電変換材料。
【請求項11】
フラーレン骨格を有するアクセプタ材料を含む光電変換材料を含む光電変換素子を高放射線環境下に設置し、
前記光電変換材料を用いて光を検出する、
光検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、光電変換材料および光検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光エネルギーを電気エネルギーに変換する光電変換素子は、太陽電池、撮像装置または光センサなどとして広く用いられている。シリコン単結晶またはシリコン多結晶などの無機半導体材料を光電変換材料として用いた光電変換素子が多く開発されている。さらに、近年、従来の無機材料には無い物性および機能を備えた有機半導体を用いた有機光電変換材料が活発に研究されている。また、光電変換素子は、地上での使用に留まらず、宇宙空間のような高放射線環境下での使用の需要も増している。
【0003】
非特許文献1には、C60フラーレンの粉体に放射線の一種であるγ線を照射した場合のC60フラーレンの構造等について開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】坂口直史、他4名、「放射線照射下におけるC60の欠陥導入過程」、日本金属学会誌、日本金属学会、71巻、第2号、2007年、p.218-222
【非特許文献2】Ilya V. Martynov et. al., “Impressive Radiation Stability of Organic Solar Cells Based on Fullerene Derivatives and Carbazole-Containing Conjugated Polymers”, Applied Materials & Interfaces, American Chemical Society, 2019年, Vol.11, p.21741-21748, Supporting Information
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のような高放射線環境下では、有機光電変換材料は、放射線によって劣化が促進される。例えば、非特許文献2では、有機太陽電池にγ線を照射し、照射前後で特性を比較している。非特許文献2では、検討されている材料を用いた有機光電変換材料の分光感度特性は、放射線の照射によって変化および劣化が生じることが記載されている。高放射線環境下では、光電変換素子の取替およびメンテナンスが容易でないため、放射線の照射前後で、初期特性の維持が可能な、高い放射線耐性を有する光電変換材料の実現が望まれる。
【0006】
そこで、本開示では、放射線による劣化を抑制できる光電変換材料等を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様に係る光電変換材料は、フラーレン骨格を有するアクセプタ材料を含み、放射線耐性を有する。
【0008】
本開示の一態様に係る光検出方法は、フラーレン骨格を有するアクセプタ材料を含む光電変換材料を含む光電変換素子を高放射線環境下に設置し、前記光電変換材料を用いて光を検出する。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、放射線による劣化を抑制できる光電変換材料等を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1A】
図1Aは、実施の形態に係る光電変換材料が用いられる環境の一例を示す図である。
【
図1B】
図1Bは、実施の形態に係る光電変換材料が用いられる環境の一例を示す図である。
【
図1C】
図1Cは、実施の形態に係る光電変換材料が用いられる環境の一例を示す図である。
【
図1D】
図1Dは、実施の形態に係る光電変換材料が用いられる環境の一例を示す図である。
【
図2】
図2は、実施の形態に係る光電変換素子を示す模式的な断面図である。
【
図3】
図3は、実施の形態に係る光検出方法のフローチャートである。
【
図4】
図4は、実施例1における光電変換素子の外部量子効率の測定結果を示す図である。
【
図5】
図5は、実施例2における光電変換素子の外部量子効率の測定結果を示す図である。
【
図6】
図6は、比較例1における光電変換素子の外部量子効率の測定結果を示す図である。
【
図7】
図7は、ITO電極が成膜された支持基板の光吸収特性を示す図である。
【
図8】
図8は、C60のラマンスペクトルの測定結果を示す図である。
【
図9】
図9は、PCBMのラマンスペクトルの測定結果を示す図である。
【
図10】
図10は、ITIC-Mのラマンスペクトルの測定結果を示す図である。
【
図11】
図11は、SiNcのラマンスペクトルの測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(本開示に至った知見)
まず、本発明者らが本開示の一態様を得るに至った知見について説明する。一般的に、有機分子の放射線による劣化は、放射線が有機分子を励起し、C-C結合またはC-H結合が乖離することによって生じるラジカルが起点となる。放射線の照射時における雰囲気の酸素の有無などの外的要因も劣化を促進させるが、本質的に放射線耐性の高い有機材料を実現するためには放射線照射時のラジカルの生成を抑え、周辺分子との反応を抑える必要がある。
【0012】
一方、π電子を豊富に含む有機半導体材料は、放射線によってπ電子が励起されるが、π共役系が分子全体に広がっているために、局所的な反応を起こしづらいため、放射線耐性の向上が期待できる。しかし、有機半導体を用いて光電変換材料を作製する場合は、光電変換性能を高めるために、ドナー材料とアクセプタ材料とを混合する場合がある。このような場合に、放射線による光電変換材料の劣化を抑制するためには、ドナー材料とアクセプタ材料との混合系の中で、各材料より生成されるラジカル同士の接触を抑え、劣化反応を抑えることが必要になる。そのため、ドナー材料単独またはアクセプタ材料単独では、放射線の照射による劣化が抑制される場合であっても、ドナー材料とアクセプタ材料との混合系の光電変換材料で、放射線の照射による劣化が抑制されることが求められる。
【0013】
本発明者らは、検討の結果、アクセプタ材料に用いる化合物の選択により、光電変換材料に放射線耐性を付与できることを見いだした。そこで、本開示は、ドナー材料とアクセプタ材料とを混合した光電変換材料であっても、放射線による劣化を抑制でき、長寿命で使用できる光電変換材料等を提供する。
【0014】
(本開示の概要)
本開示の一態様の概要は以下の通りである。
【0015】
本開示の一態様に係る光電変換材料は、フラーレン骨格を有するアクセプタ材料を含み、放射線耐性を有する。
【0016】
これにより、放射線の照射によって他の化合物と反応しにくいフラーレン骨格を有するアクセプタ材料を含むことで、放射線耐性を有する光電変換材料が実現され、光電変換材料の放射線による劣化を抑制できる。
【0017】
また、例えば、前記光電変換材料は、高放射線環境下での光検出用であってもよい。
【0018】
これにより、高放射線環境下でも、光電変換材料の放射線による劣化が抑制され、光電変換材料を長寿命で光検出に使用できる。
【0019】
また、例えば、前記光電変換材料は、原子炉建屋内での光検出用であってもよい。
【0020】
これにより、一般的な地上の環境より高い線量の放射線が放射される原子炉内でも、光電変換材料の放射線による劣化が抑制され、光電変換材料を長寿命で光検出に使用できる。
【0021】
また、例えば、前記光電変換材料は、宇宙空間での光検出用であってもよい。
【0022】
これにより、一般的な地上の環境より高い線量放射線が放射される宇宙空間でも、光電変換材料の放射線による劣化が抑制され、光電変換材料を長寿命で光検出に使用できる。
【0023】
また、例えば、前記光電変換材料は、航空機に搭載されて光の検出に用いられてもよい。
【0024】
これにより、航空機に搭載されて、一般的な地上の環境より高い線量の放射線が放射される高高度領域で使用される場合でも、光電変換材料の放射線による劣化が抑制され、光電変換材料を長寿命で光検出に使用できる。
【0025】
また、例えば、前記光電変換材料は、放射線管理区域内での光検出用であってもよい。
【0026】
これにより、一般的な地上の環境より高い線量放射線が放射される放射線管理区域内でも、光電変換材料の放射線による劣化が抑制され、光電変換材料を長寿命で光検出に使用できる。
【0027】
また、例えば、前記アクセプタ材料は、C60フラーレンであってもよい。また、例えば、前記アクセプタ材料は、高次フラーレンであってもよい。
【0028】
これにより、アクセプタ材料のフラーレン骨格に側鎖が付加されていないため、光電変換材料の放射線による劣化が効果的に抑制される。
【0029】
また、例えば、前記アクセプタ材料は、[6,6]-フェニルC61ブタン酸メチルエステルであってもよい。また、例えば、前記アクセプタ材料は、フラーレン誘導体であってもよい。
【0030】
これにより、アクセプタ材料が主骨格としてフラーレン骨格を有するため、光電変換材料の放射線による劣化が効果的に抑制される。
【0031】
また、本開示の一態様に係る光検出方法は、フラーレン骨格を有するアクセプタ材料を含む光電変換材料を含む光電変換素子を高放射線環境下に設置し、前記光電変換材料を用いて光を検出する。
【0032】
これにより、フラーレン骨格を有するアクセプタ材料を含む光電変換材料が、高放射線環境下に設置された光電変換素子による光の検出に用いられるため、放射線による光電変換材料の劣化が抑制される。
【0033】
以下、実施の形態について図面を参照しながら具体的に説明する。
【0034】
なお、以下で説明する実施の形態は、いずれも包括的または具体的な例を示すものである。以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置位置および接続形態、ステップ、ステップの順序などは、一例であり、本開示を限定する主旨ではない。また、以下の実施の形態における構成要素のうち、独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。
【0035】
また、各図は、必ずしも厳密に図示されたものではない。したがって、例えば、各図において縮尺などは必ずしも一致しない。また、各図において、実質的に同一の構成については同一の符号を付し、重複する説明は省略または簡略化することがある。
【0036】
また、本明細書において、要素間の関係性を示す用語、および、要素の形状を示す用語、ならびに、数値範囲は、厳格な意味のみを表す表現ではなく、実質的に同等な範囲、例えば数%程度の差異をも含むことを意味する表現である。
【0037】
また、本明細書において、「上方」および「下方」という用語は、絶対的な空間認識における上方向(鉛直上方)および下方向(鉛直下方)を指すものではなく、積層構成における積層順を基に相対的な位置関係により規定される用語として用いる。なお、「上方」および「下方」などの用語は、あくまでも部材間の相互の配置を指定するために用いており、光電変換素子の使用時における姿勢を限定する意図ではない。また、「上方」および「下方」という用語は、2つの構成要素が互いに間隔を空けて配置されて2つの構成要素の間に別の構成要素が存在する場合のみならず、2つの構成要素が互いに密着して配置されて2つの構成要素が接する場合にも適用される。
【0038】
また、本明細書において、可視光、赤外線および紫外線を含めた電磁波全般を、便宜上「光」と表現する。
【0039】
(実施の形態)
まず、本実施の形態に係る光電変換材料が用いられる場面について説明する。本実施の形態に係る光電変換材料は、放射線耐性を有し、高放射線環境下での光検出用の光電変換材料である。高放射線環境とは、環境中に照射される放射線量が一般的な地上の環境よりも高い環境である。放射線は、例えば、γ線である。放射線は、α線、β線または中性子線であってもよい。高放射線環境では、例えば、0.5μGy/h以上の照射レートで放射線が照射される。高放射線環境で照射される放射線の照射レートは、1μGy/h以上であってもよく、5μGy/h以上であってもよく、10μGy/h以上であってもよく、100μGy/h以上であってもよい。また、高放射線環境で照射される放射線の照射レートは、例えば、4kGy/h以下であり、3kGy/h以下であってもよい。高放射線環境下において、放射線は、連続的に照射されていてもよく、離散的に照射される、つまり、放射線の照射と実質的な放射線の非照射とが繰り返されてもよい。上記照射レートは、例えば、水の吸収線量に換算した際の照射レートである。
【0040】
本実施の形態に係る光電変換材料は、高放射線環境下での光検出に用いられ、光検出の感度維持用の光電変換材料である。光電変換材料は、例えば、光電変換素子の光電変換層の光電変換用の材料として用いられ、当該光電変換素子を用いて光が検出される。例えば、本実施の形態に係る光電変換材料を光電変換層の材料として含む光電変換素子が高放射線環境下に設置される。
【0041】
図1Aから
図1Dは、それぞれ、本実施の形態に係る光電変換材料が用いられる環境の一例を示す図である。例えば、
図1Aに示されるように、本実施の形態に係る光電変換材料は、原子炉建屋内で用いられる。また、例えば、
図1Bに示されるように、本実施の形態に係る光電変換材料は、宇宙空間で用いられる。また、例えば、
図1Cに示されるように、本実施の形態に係る光電変換材料は、航空機に搭載して用いられる。この場合、光電変換材料は航空機内の光検出用であってもよく、航空機外の光検出用であってもよい。航空機に搭載されることで、光電変換材料は、航空機の飛行時に高高度領域に置かれることになる。高高度領域は、例えば、対流圏および成層圏のうち高度7000m以上の領域である。また、例えば、
図1Dに示されるように、本実施の形態に係る光電変換材料は、放射性物質の取扱いもしくは放射線発生装置の使用をする病院、または、原子力発電所等における放射線管理区域内で用いられる。放射線管理区域は、「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律、同施行令および同施行規則」等に定められる管理区域である。放射線管理区域としては、例えば、放射線治療室、診療用放射線照射装置使用室、診療用高エネルギー放射線発生装置使用室、放射性同位元素装備診療機器使用室、診療用放射性同位元素使用室、放射性物質貯蔵施設および放射性物質廃棄施設などが挙げられる。
【0042】
次に、本実施の形態に係る光電変換材料について、光電変換材料を含む光電変換素子を例にして詳細に説明する。
図2は、本実施の形態に係る光電変換素子を示す模式的な断面図である。
【0043】
図2に示されるように、本実施の形態に係る光電変換素子20は、支持基板1と、支持基板1の上方に位置する下部電極2と、下部電極2の上方に位置し、下部電極2に対向して配置される上部電極4と、下部電極2と上部電極4との間に位置する光電変換層3と、上部電極4の上方に位置する保護層7と、を備える。
【0044】
支持基板1は、例えば、光電変換層3が吸収可能な波長の光に対して透明である。光電変換素子20に入射する光は、支持基板1を介して光電変換層3に入射してもよい。支持基板1は、一般的な光電変換素子にて使用される基板であればよく、例えば、ガラス基板、石英基板、半導体基板またはプラスチック基板等であってもよい。なお、本明細書における「透明」の用語は、光電変換層3が吸収可能な波長の光の少なくとも一部を透過することを意味し、波長範囲全体にわたって光を透過することは必須ではない。
【0045】
光電変換層3は、光電変換素子20に入射した光を吸収して光電変換により励起子である電荷の対を生成する。生成した電荷の対は、分離されて上部電極4および下部電極2に捕集される。光電変換層3は、アクセプタ材料5とドナー材料6とを含む光電変換材料10を含む。光電変換層3は、例えば、アクセプタ材料5とドナー材料6との混合膜であるバルクヘテロジャンクション膜で構成される。なお、
図2は、光電変換層3中にアクセプタ材料5とドナー材料6とが含まれていることを模式的に示しているだけであり、現実の光電変換層3中でアクセプタ材料5とドナー材料6との存在形態および混合形態を示すものではない。
【0046】
光電変換材料10は、例えば、アクセプタ材料5とドナー材料6とを含む組成物である。光電変換材料10は、放射線耐性を有する。光電変換材料10は、例えば、1kGyの線量の放射線が照射されても、光検出の感度の低下が実質的に生じない。さらには、光電変換材料10は、例えば、5kGyの線量の放射線が照射されても、光検出の感度の低下が実質的に生じない。光検出の感度の低下が実質的に生じないとは、例えば、光電変換材料10への放射線の照射前後での、感度ピーク波長における外部量子効率の差が3%以下であることを意味し、1%以下であることを意味していてもよい。
【0047】
アクセプタ材料5は、電子を受容しやすい性質を有する有機化合物である。さらに詳しくは、アクセプタ材料5は、2つの有機化合物を接触させて用いたときに電子親和力の大きい方の有機化合物である。アクセプタ材料5の電子親和力は、ドナー材料6の電子親和力よりも大きい。本実施の形態においては、アクセプタ材料5は、フラーレン骨格を有する化合物である。アクセプタ材料5は、主骨格がフラーレン骨格である。フラーレン骨格を有する化合物の代表例は、下記構造式(1)で示されるC60フラーレンである。なお、本明細書において、構造式におけるフラーレン骨格では、平面で記載する都合上、全ての炭素原子が記載されておらず、一部の炭素原子の記載が省略されている。
【0048】
【0049】
上記構造式(1)に示されるように、C60フラーレンは、分子全体をπ共役系が占めているために、放射線が照射されても局所的なラジカルの生成が抑えられる。アクセプタ材料5は、フラーレン骨格を有する化合物であれば、C60フラーレンに限らず、C70フラーレン、C76フラーレン、C78フラーレンまたはC84フラーレン等の高次フラーレンであってもよい。このようなC60フラーレンまたは高次フラーレンは、側鎖を有さないため、放射線が照射されても特に反応が生じにくい。
【0050】
また、アクセプタ材料5は、フラーレンまたは高次フラーレンに側鎖が付加された化合物であるフラーレン誘導体であってもよい。フラーレン誘導体において、主骨格がフラーレン骨格である。フラーレン誘導体における側鎖の原子数は、フラーレン骨格の原子数よりも少ない。フラーレン誘導体における側鎖の原子数は、フラーレン骨格の原子数の半分以下であってもよい。フラーレン誘導体の具体例としては、[6,6]-フェニルC61ブタン酸メチルエステル([60]PCBMとも称される)、[6,6]-フェニルC71ブタン酸メチルエステル([70]PCBMとも称される)、[6,6]-フェニルC61ブタン酸ブチルエステル([60]PCBBとも称される)、[6,6]-フェニルC61ブタン酸オクチルエステル([60]PCBOとも称される)、[6,6]-チエニルC61ブタン酸ブチルエステル([60]ThPCBMとも称される)、ビス[60]PCBM、フラーレンインデンビス付加体(ICBAとも称される)、N-フェニル-2-[60]ヘキシルフレロピリジン、および、N,2ジフェニル-[60]フレロピリジン等が挙げられる。このような、フラーレン誘導体は、主骨格がフラーレン骨格であるため、C60フラーレンまたは高次フラーレンと同様の効果が期待できる。
【0051】
加えて、フラーレン骨格を有する化合物は、分子表面におけるC-C単結合およびC-H結合の割合が低いために、ドナー材料6と混合した場合に、ドナー材料6同士の接触を阻害するとともに、ドナー材料6とアクセプタ材料5との接触面におけるラジカル同士の接触が発生しにくくなる。その結果、光電変換材料10では、放射線による劣化が抑制され、放射線耐性が付与される。
【0052】
ドナー材料6は、電子を供与しやすい性質を有する有機化合物である。さらに詳しくは、ドナー材料6は、2つの有機材料を接触させて用いたときにイオン化ポテンシャルの小さい方の有機化合物である。ドナー材料6のイオン化ポテンシャルは、アクセプタ材料5のイオン化ポテンシャルよりも小さい。ドナー材料6は、アクセプタ材料5に対して電子供与性を有する有機化合物であればいずれの有機化合物も使用可能である。
【0053】
ドナー材料6に用いられる有機化合物としては、例えば、トリアリールアミン化合物、ベンジジン化合物、ピラゾリン化合物、スチリルアミン化合物、ヒドラゾン化合物、トリフェニルメタン化合物、カルバゾール化合物、ポリシラン化合物、チオフェン化合物、フタロシアニン化合物、ナフタロシアニン化合物、サブフタロシアニン化合物、シアニン化合物、メロシアニン化合物、オキソノール化合物、ポリアミン化合物、インドール化合物、ピロール化合物、ピラゾール化合物、ポリアリーレン化合物、キナクリドン化合物、ジピロメテン化合物、ベンゾチオフェン化合物、ベンゾチアジアゾール化合物、縮合芳香族炭素環化合物(ナフタレン誘導体、アントラセン誘導体、フェナントレン誘導体、テトラセン誘導体、ピレン誘導体、ペリレン誘導体、フルオランテン誘導体)、含窒素ヘテロ環化合物を配位子として有する金属錯体等が挙げられる。
【0054】
ドナー材料6は、例えば、フタロシアニン誘導体、ナフタロシアニン誘導体、サブフタロシアニン誘導体、ジピロメテン誘導体、ベンゾチオフェン誘導体またはベンゾチアジアゾール誘導体であってもよい。これらの中でも、ドナー材料6は、ナフタロシアニン誘導体またはフタロシアニン誘導体であってもよい。具体的には、ドナー材料6は、例えば、ナフタロシアニン骨格と、ナフタロシアニン骨格のポルフィリン環の中心に位置する中心金属と、中心金属に配位する軸配位子とを有するナフタロシアニン誘導体であってもよい。
【0055】
光電変換材料10において、アクセプタ材料5の重量は、例えば、ドナー材料6の重量よりも大きい。光電変換材料10において、アクセプタ材料5とドナー材料6との重量比は、例えば、1:1以上20:1以下であり、2:1以上10:1以下であってもよく、2:1以上5:1以下であってもよい。
【0056】
光電変換層3の作製方法は、例えば、スピンコートなどによる塗布法、または、真空下で加熱することにより膜の材料を気化し、基板上に堆積させる真空蒸着法などを用いることができる。不純物の混入を防止し、高機能化のための多層化をより自由度を持って行うことを考慮する場合には、蒸着法を用いてもよい。蒸着装置は、市販の装置を用いてもよい。蒸着中の蒸着源の温度は、100℃以上500℃以下であってもよく、150℃以上400℃以下であってもよい。蒸着時の真空度は、1×10-4Pa以上1Pa以下であってもよく、1×10-3Pa以上0.1Pa以下であってもよい。また、蒸着源に金属微粒子等を添加して蒸着速度を高める方法を用いてもよい。
【0057】
上部電極4および下部電極2の少なくとも一方は、応答波長の光に対して透明な導電性材料で構成された透明電極である。下部電極2および上部電極4には配線(不図示)によってバイアス電圧が印加される。例えば、バイアス電圧は、光電変換層3で発生した電荷のうち、電子が上部電極4に移動し、正孔が下部電極2に移動するように、極性が決定される。また、光電変換層3で発生した電荷のうち、正孔が上部電極4に移動し、電子が下部電極2に移動するように、バイアス電圧を設定してもよい。このように、バイアス電圧を調整することにより、下部電極2および上部電極4に電荷を移動させ、電荷に応じた信号を外部に取り出すことが可能となる。
【0058】
下部電極2および上部電極4の材料としては、光電変換材料10により光電変換する光の透過率が高く、抵抗値が小さい透明導電性酸化物(TCO;Transparent Conducting Oxide)を用いてもよい。TCOは、特に限定されないが、例えば、ITO(Indium Tin Oxide)、IZO(Indium Zinc Oxide)、AZO(Aluminum-doped Zinc Oxide)、FTO(Florine-doped Tin Oxide)、SnO2、TiO2、ZnO2等が挙げられる。
【0059】
なお、下部電極2および上部電極4の材料は、上述した透明な導電性材料に限られず、他の材料を用いてもよい。下部電極2および上部電極4の他の材料としては、例えば、アルミニウム、金および銅などの金属、窒化チタンおよび窒化タングステンなどの導電性の金属化合物、ならびに、ポリシリコンなどが挙げられる。
【0060】
下部電極2および上部電極4の作製には、使用する材料によって種々の方法が用いられる。例えばITOを使用する場合、電子ビーム法、スパッタリング法、抵抗加熱蒸着法、ゾルーゲル法などの化学反応法、酸化インジウムスズの分散物の塗布などの方法を用いて作製してもよい。この場合、ITO膜を成膜した後に、さらに、UV-オゾン処理、プラズマ処理などを施してもよい。
【0061】
保護層7は、光電変換層3を外気等から保護するための層である。保護層7は、光電変換層3が吸収可能な波長の光に対して透明であってもよい。保護層7の材料としては、例えば、酸化アルミニウム、酸化ケイ素および酸窒化ケイ素等が挙げられる。保護層7は、例えば、原子層堆積法等の各種薄膜堆積プロセスにより形成される。
【0062】
光電変換素子20によれば、例えば、支持基板1および下部電極2を介して入射した光ならびに/または上部電極4および保護層7を介して入射した光によって、光電変換層3において、光電変換が生じる。これにより生成した電荷の対である正孔と電子との対のうち、一方は下部電極2に集められ、他方は上部電極4に集められる。よって、例えば、下部電極2の電位を測定することによって、光電変換素子20に入射した光を検出することができる。
【0063】
なお、光電変換素子20は、さらに、光電変換層3と下部電極2との間、および、光電変換層3と上部電極4との間の少なくとも一方に、電荷輸送層、電荷ブロッキング層またはバッファ層等の他の層を備えていてもよい。また、光電変換素子20は、少なくとも下部電極2と光電変換層3と上部電極4とを備えていればよい。
【0064】
光電変換素子20は、例えば、光を検出して撮像する撮像装置に用いられる。光電変換素子20を用いた撮像装置は、例えば、1次元または2次元に配置された複数の画素と、電源回路および信号検出回路等を含む周辺回路とを備える。複数の画素のそれぞれは光電変換素子20を有する。撮像装置では、例えば、複数の画素それぞれの光電変換素子20によって生成された電荷を周辺回路によって電気信号として検出することで撮像が行われる。なお、光電変換素子20は、1つの光電変換素子20を備え、光を検知する光センサに用いられてもよい。
【0065】
次に、本実施の形態に係る光電変換材料10を用いた光検出方法について説明する。
図3は、本実施の形態に係る光検出方法のフローチャートである。
【0066】
図3に示されるように、本実施の形態に係る光検出方法では、まず、フラーレン骨格を有するアクセプタ材料5を含む光電変換材料10を含む光電変換素子20を高放射線環境下に設置する(ステップS11)。高放射線環境は、例えば、原子炉建屋内、宇宙空間、高高度領域または放射線管理区域内等である。光電変換素子20は、例えば、原子炉建屋内または放射線管理区域内に持ち込まれることで設置される。また、光電変換素子20は、例えば、宇宙航空機または飛行機等に搭載される。宇宙航空機または飛行機等が宇宙空間または高高度領域に移動することで、光電変換素子20は、宇宙空間または高高度領域に設置される。
【0067】
次に、ステップS11で高放射線環境下に設置された光電変換素子20に含まれる光電変換材料10を用いて光を検出する(ステップS12)。つまり、光電変換材料10を含む光電変換素子20によって光が検出される。例えば、上述のようなバイアス電圧が電圧供給回路等によって光電変換素子20に印加されることで、光電変換素子20は、光が光電変換層3に照射されることにより光電変換材料10で生じた電荷を下部電極2および上部電極4で捕集する。そして、捕集された電荷に応じた信号が、信号検出回路等によって読み出されることで、光が検出される。
【0068】
以上のように、フラーレン骨格を有するアクセプタ材料5を含む光電変換材料10を高放射線環境下での光の検出に用いることで、光電変換材料10に放射線が照射されても劣化が抑制されるため、光検出の感度を維持でき、光電変換材料10は、長寿命で使用できる。
【実施例0069】
以下、実施例1、実施例2および比較例1を示し、本開示に係る光電変換材料の効果を具体的に説明する。なお、本開示は以下の実施例のみに何ら限定されるものではない。
【0070】
(光電変換素子の作製)
以下の方法により、光電変換素子を作製した。光電変換素子の作製はすべて窒素雰囲気下で実施した。
【0071】
[実施例1]
実施例1では、光電変換材料に含まれるアクセプタ材料として下記構造式(1)で示されるC60フラーレン(以下、C60と称する)を用い、光電変換材料に含まれるドナー材料として下記構造式(2)で示されるシリコン-2,3-ナフタロシアニンビストリヘキシルシリルオキシド(以下、SiNcと称する)を用いた。なお、構造式(2)において、Hexはヘキシル基を意味する。
【0072】
【0073】
まず、支持基板として、一方の主面上に厚さ150nmのITO電極が成膜された厚さ0.7mmのガラス基板を準備し、このITO電極を下部電極とした。次に、C60とSiNcとを重量比3:1の割合で、ITO電極上に真空中で共蒸着することによって、光電変換材料からなる光電変換層を厚さ400nmで成膜した。
【0074】
次に、光電変換層上に、アルミニウムを真空蒸着により厚さ50nmで成膜することで、上部電極としてアルミニウム電極を形成した。さらに、アルミニウム電極上に、酸化アルミニウムを原子層堆積法により厚さ60nmで成膜することで、保護層を形成した。これにより、実施例1における光電変換素子を得た。
【0075】
[実施例2]
実施例2では、光電変換材料に含まれるアクセプタ材料として下記構造式(3)で示される[6,6]-フェニルC61ブタン酸メチルエステル(以下、PCBMと称する)を用い、光電変換材料に含まれるドナー材料として下記構造式(2)で示されるSiNcを用いた。
【0076】
【0077】
光電変換層の成膜において、PCBMとSiNcとを重量比3:1の割合でクロロホルムに溶解させた混合溶液をITO電極上にスピンコート法により塗布することで、光電変換材料からなる光電変換層を成膜した以外は、実施例1と同様の方法で光電変換素子を作製し、実施例2における光電変換素子を得た。スピンコート法による成膜では、混合溶液の濃度を60mg/mLで調製した後、0.2μm径のフィルタを用いて濾過した混合溶液を支持基板上に滴下し、回転速度2000rpmで、1分間回転させて成膜した。
【0078】
[比較例1]
比較例1では、光電変換材料に含まれるアクセプタ材料として下記構造式(4)で示される3,9-ビス(2-メチレン-((3-(1,1-ジシアノメチレン)-6/7-メチル)-インダノン))-5,5,11,11-テトラキス(4-ヘキシルメチル)-ジチエノ[2,3-d:2’,3’-d’]-s-インダセノ[1,2-b:5,6-b’]ジチオフェン(以下、ITIC-Mと称する)を用い、光電変換材料に含まれるドナー材料として下記構造式(2)で示されるSiNcを用いた。構造式(4)に示されるように、ITIC-Mは、フラーレン骨格を有さない。
【0079】
【0080】
光電変換層の成膜において、ITIC-MとSiNcとを重量比3:1の割合でクロロホルムに溶解させた混合溶液を、ITO電極上にスピンコート法により塗布することで、光電変換材料からなる光電変換層を成膜した以外は、実施例1と同様の方法で光電変換素子を作製し、比較例1における光電変換素子を得た。スピンコート法による成膜は、実施例2と同様の条件で実施した。
【0081】
(光電変換素子の特性評価)
得られた光電変換素子に放射線を照射し、放射線の照射前後での光電変換素子の特性を確認した。得られた光電変換素子の特性評価としては、分光感度特性の指標である外部量子効率を測定した。
【0082】
[放射線の照射条件]
得られた光電変換素子に対して、放射線の線源としてコバルト60を用いてγ線を照射した。放射線の照射は、放射線の線量が、水の吸収線量に換算して5kGyになるように、3.8kGy/hの照射レートで実施した。また、放射線の照射は、アルミパック内部にアルゴンを封入した容器内にて実施した。
【0083】
[外部量子効率の測定]
窒素雰囲気下のグローブボックス中で密閉できる測定治具に光電変換素子を導入し、長波長対応型分光感度測定装置(分光計器製、CEP-25RR)を用い、4Vの電圧条件にて、外部量子効率の測定を行なった。また、外部量子効率の測定において、光の照射は、支持基板側から行った。実施例1、実施例2および比較例1における光電変換素子の外部量子効率の測定結果をそれぞれ
図4、
図5および
図6に示す。
図4、
図5および
図6において、放射線照射前の光電変換素子の分光感度特性が破線で示されており、放射線照射後の光電変換素子の分光感度特性が実線で示されている。
【0084】
図4および
図5に示されるように、フラーレン骨格を有する光電変換材料を用いた実施例1および実施例2では、600nmから800nmの波長範囲での外部量子効率が、放射線照射によってほとんど低下していない。これに対して、
図6に示されるように、フラーレン骨格を有さない光電変換材料を用いた比較例1では、放射線照射による外部量子効率の低下が確認された。したがって、フラーレン骨格を有するアクセプタ材料を用いることで、高い放射線耐性を有する光電変換材料を含む光電変換層が実現したことを示している。
【0085】
なお、
図4および
図5に示されるように、実施例1および実施例2においても、400nmから600nmの波長範囲での外部量子効率は低下している。これは、支持基板およびITO電極の影響であると考える。このことを確認するため、ITO電極が成膜された支持基板のみに対して、上述の[放射線の照射条件]に記載の条件で放射線を照射し、放射線照射前後のITO電極が成膜された支持基板の光吸収特性を測定した。光吸収特性として光吸収係数を測定した結果を
図7に示す。
図7に示されるように、ITO電極が成膜された支持基板は、放射線照射により400nmから600nmの波長範囲で光吸収係数の顕著な上昇が確認された。上述のように、外部量子効率の測定では、支持基板側から光を照射しているので、放射線照射後の測定では光電変換層へ届く400nmから600nmの波長範囲の光量が実効的に減少する。このため、実施例1および実施例2でも400nmから600nmの波長範囲で見かけ上、外部量子効率が減少しているように見えたと考える。よって、600nmから800nmの波長範囲の外部量子効率が低下していないことより、放射線耐性を有する光電変換材料が実現したと判断できる。
【0086】
(アクセプタ材料単独およびドナー材料単独での評価)
アクセプタ材料とドナー材料とを混合することによる影響を確かめるため、光電変換材料として用いたアクセプタ材料単独およびドナー材料単独に対して放射線を照射し、評価を行った。具体的には、実施例1、実施例2および比較例1で用いたC60、PCBM、ITIC-MおよびSiNcそれぞれについて、放射線の照射によって分子構造に変化があるかどうかを確認した。
【0087】
[ラマンスペクトルの測定]
C60、PCBM、ITIC-MおよびSiNcそれぞれを単独でガラス基板上に成膜し、放射線の照射前後でラマンスペクトルの測定を行った。C60およびSiNcは真空蒸着法により成膜し、PCBMおよびITIC-Mはスピンコート法により成膜した。ラマンスペクトルの測定には、レーザーラマン顕微鏡装置(Nanophoton製、Raman11)を用いた。また、放射線の照射については、上述の[放射線の照射条件]に記載の方法と同様の方法で行った。C60、PCBM、ITIC-MおよびSiNcのラマンスペクトルの測定結果をそれぞれ
図8、
図9、
図10および
図11に示す。
図8、
図9、
図10および
図11において、放射線照射前のラマンスペクトルが破線で示されており、放射線照射後のラマンスペクトルが実線で示されている。
【0088】
図8、
図9、
図10および
図11に示されるように、C60、PCBM、ITIC-MおよびSiNcのいずれにおいても、放射線照射前後で、ラマンスペクトルにおけるピーク位置に変化がないことが確認された。C60およびSiNcについては、ベースラインの形状もほぼ同一であるため、
図8および
図11では、ほとんど実線のみが示されている。以上のラマンスペクトルの測定結果から、今回の条件での放射線の照射では、C60、PCBM、ITIC-MおよびSiNcの官能基および共有結合に変化がないと考えられる。
【0089】
[MSスペクトルの測定]
C60、PCBM、ITIC-MおよびSiNcそれぞれの単独の粉体試料に関して、放射線の照射前後でMS(Mass Spectrometry)スペクトルの測定を行った。MSスペクトルの測定には、MALDI-TOFMS(Matrix Assisted Laser Deposition/Ionization - Time of Flight Mass Spectromery)(Bruker製、autoflexIII smartbeam)を用いた。また、放射線の照射については、放射線の線量が、水の吸収線量に換算して10kGyになるように照射した以外は、上述の[放射線の照射条件]に記載の方法と同様の方法で行った。C60、PCBM、ITIC-MおよびSiNcのMSスペクトルの測定により観測された主検出ピークを表1に示す。
【0090】
【0091】
表1に示されるように、C60、PCBM、ITIC-MおよびSiNcのいずれにおいても、放射線の照射前と照射後とを比較した際に、放射線照射後のMSスペクトルにおいて、新しい主検出ピークおよび主検出ピークの整数倍の位置に出現する新しいピークが無いことが確認された。これは各材料において放射線照射後に分解反応および重合反応が起きていないことを示している。以上のMSスペクトルの測定結果から、今回の条件での放射線の照射では、C60、PCBM、ITIC-MおよびSiNcにおいて、組成に変化はなく、2量化または分解等の反応が生じていないと考えられる。
【0092】
(まとめ)
以上のように、アクセプタ材料およびドナー材料に用いた化合物である有機半導体は、材料単独では、π共役系が分子全体に広がっているために、放射線が照射された場合でも劣化しにくいことが確認された。しかし、ITIC-MおよびSiNcそれぞれ単独では放射線を照射しても分子構造に変化がないものの、比較例1のように、ITIC-MおよびSiNcを含む光電変換材料を用いた光電変換素子は、放射線の照射により、外部量子効率が低下した。このように、単に放射線の照射されることでは劣化しにくい有機半導体を光電変換材料に用いるだけでは、光電変換材料に放射線耐性を付与することができなかった。つまり、有機半導体自体が放射線耐性を有する場合でも、当該有機半導体を含む光電変換材料が放射線耐性を有するとは限らないことが確認された。これは、アクセプタ材料とドナー材料とが混合されることで、アクセプタ材料とドナー材料とに相互作用が生じ、放射線照射によってアクセプタ材料とドナー材料との間で反応が生じやすくなったためと考えられる。
【0093】
一方、実施例1および実施例2のように、アクセプタ材料としてフラーレン骨格を有するC60またはPCBMを含む光電変換材料を用いた光電変換素子は、放射線の照射によっても外部量子効率が低下しなかった。これは、アクセプタ材料とドナー材料とが混合された場合でも、フラーレン骨格を有するアクセプタ材料は、分子表面における反応サイトが少なく、放射線照射によってアクセプタ材料とドナー材料との間で反応が生じにくくなったために、放射線照射による劣化が抑制されたと考えられる。
【0094】
このように、フラーレン骨格を有するアクセプタ材料を含む光電変換材料は、放射線耐性を有することが確認され、高放射線環境下での光検出に用いる場合でも、放射線による劣化を抑制し、分光感度を維持して長寿命で使用できる。
【0095】
以上、本開示に係る光電変換材料および光電変換素子について、実施の形態および実施例に基づいて説明したが、本開示は、これらの実施の形態および実施例に限定されるものではない。本開示の主旨を逸脱しない限り、当業者が思いつく各種変形を実施の形態および実施例に施したもの、並びに、実施の形態および実施例における一部の構成要素を組み合わせて構築される別の形態も、本開示の範囲に含まれる。
【0096】
なお、本開示に係る光電変換材料および光電変換素子は、光によって発生する電荷をエネルギーとして取り出すことにより、エネルギー取り出し用として太陽電池に利用してもよい。