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特開2024-150285射出成形用金型、射出成形装置、成形品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024150285
(43)【公開日】2024-10-23
(54)【発明の名称】射出成形用金型、射出成形装置、成形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B29C 45/26 20060101AFI20241016BHJP
   B29C 33/38 20060101ALI20241016BHJP
【FI】
B29C45/26
B29C33/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023063630
(22)【出願日】2023-04-10
(71)【出願人】
【識別番号】000005821
【氏名又は名称】パナソニックホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100132241
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 博史
(74)【代理人】
【識別番号】100113170
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 和久
(72)【発明者】
【氏名】西野 彰馬
(72)【発明者】
【氏名】三田 友紀
(72)【発明者】
【氏名】丹治 拓也
(72)【発明者】
【氏名】山口 剛由
(72)【発明者】
【氏名】結城 正紘
【テーマコード(参考)】
4F202
【Fターム(参考)】
4F202AE02
4F202AJ12
4F202AP05
4F202AR06
4F202CA11
4F202CB01
4F202CD30
4F202CK88
4F202CK90
4F202CN27
4F202CN30
(57)【要約】
【課題】金型表面から樹脂への転写性を向上させるとともに、従来よりも短い成形サイクルタイムでの製品取り出しを可能とする射出成形用金型を提供する。
【解決手段】射出成形用金型は、ベース金型と、ベース金型の上に形成された熱伝導率が20W/m・K以下の断熱層と、断熱層の上に形成された、熱伝導率が200W/m・K以上2000W/m・K以下の下面層と、下面層の上に形成された、熱伝導率が15W/m・K以上2000W/m・K以下の表面層と、を有する。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
射出成形用金型であって、
ベース金型と、
前記ベース金型の上に形成された熱伝導率が20W/m・K以下の断熱層と、
前記断熱層の上に形成された、熱伝導率が200W/m・K以上、2000W/m・K以下の下面層と、
前記下面層の上に形成された、熱伝導率が10W/m・K以上、2000W/m・K以下の表面層と、
を有する、射出成形用金型。
【請求項2】
前記射出成形用金型において
前記断熱層は、単位体積当たりの熱容量が1500kJ/m・K以下であり、
前記下面層は、単位体積当たりの熱容量が1900kJ/m・K以下であり、
前記表面層は、単位体積当たりの熱容量が3650kJ/m・K以下である、
請求項1に記載の射出成形用金型。
【請求項3】
前記下面層は、グラファイト系素材である、請求項1又は2に記載の射出成形用金型。
【請求項4】
前記断熱層は、樹脂系素材である、請求項1又は2に記載の射出成形用金型。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の射出成形用金型を有する、射出成形装置。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の射出成形用金型のキャビティ金型とコア金型とを型締めする工程と、
前記キャビティ金型と前記コア金型とを型締めした状態で、前記キャビティ金型と前記コア金型との間に画成されるキャビティ内に樹脂を射出する工程と、
前記樹脂が硬化した後、前記キャビティ金型と前記コア金型とを型開きして、成形品を取り出す工程と、
を含む、成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、射出成形プロセスにおけるCO排出量削減に寄与する射出成形用金型、射出成形装置、及び、成形方法及び製造装置に関する。
【技術背景】
【0002】
近年のSDGsやカーボンニュートラルに代表されるように、環境に配慮した技術開発が盛んに進められている。出願人においても、COの排出量を削減するため、カーボンニュートラルな樹脂素材の開発を進めている。その中で、今後の更なるSDGsやカーボンニュートラルの機運の高まりを見据え、LCA(ライフサイクルアセスメント)全体でのCO排出量を削減することが必要と考えられている。このため、製品に使用する樹脂素材だけでなく、その樹脂素材を使用した製品製造工程においてもCOの排出量を削減できる射出成形プロセス開発が重要になってきている。
【0003】
射出成形1サイクル中における全CO排出量を調査した結果、金型を温めるための金型温調動作で生じるCO排出量(消費電力量)が最も高く、次いで、射出・計量動作、材料加熱動作、金型開閉動作と続く。CO排出量を削減するためには、CO排出量の割合が大きい金型温調動作、または、射出・計量動作に対してアプローチすることが好ましいが、射出・計量動作は、射出する樹脂材料の特性(主に粘度等)によりおおよそのCO排出量(電力量)が決まってしまう。そのため、射出する樹脂材料の特性にとらわれず、汎用的に効果を得やすい金型温調動作に対してアプローチすることが好ましい。
【0004】
金型温調動作におけるCO排出量(電力量)を決定づけるパラメータとして、(1)温調温度、(2)成形サイクルタイムが挙げられる。
【0005】
(1)温調温度について
金型の温度を高温にするにつれて必要な電力量は増加するため、できるだけ低温で金型を温調することが好ましい。また、究極的には無温調での成形がCOの排出量削減には最も効果が高いものの、種々の背反(充填不足、外観不良等)を考慮すると、使用できる範囲が限定的になると考えられる。前述の課題から、本開発では、金型温調を前提とした成形プロセスの開発を目指す。
【0006】
(2)成形サイクルタイムについて
基本的に温調動作は射出成形中、常に働く動作であり、成形サイクルタイムが長くなるにつれ、比例的に消費電力量が増加する。そのため、できるだけ短時間で成形するのが好ましい。一般的に成形サイクルを短縮する手法として、冷却時間の短縮が挙げられるが、冷却が不十分な状態で成形品を取出すと、離型不良や二次変形のリスクが高まる傾向がある。そのため、単に冷却時間を短縮するのは不良や歩留まり低下につながり、返って環境負荷を高めてしまう可能性がある。本開発では、従来のような単なる冷却時間の短縮により種々の背反が生じない範囲で製品取り出し温度を見極めるような取り組みではなく、冷却効率を高めることで従来と同等の製品取り出し温度でありながら短時間で成形が可能なプロセスの開発を目指す。
上述のような背景から、低温温調短時間成形が可能な射出成形プロセス及び成形装置が求められる。
【0007】
上記の課題に対し、例えば、特許文献1に示すような複数の層を有する金型を用いた射出成形プロセスが開発されている。図1は、特許文献1に記載された成形用金型の断面の層構成を示す概略断面図である。
【0008】
図1において、成形用金型10は、樹脂材料からなる微細構造を形成した部材(樹脂成形品)を射出成形で成形するための金型であり、例えば1~1000μmの幅の微細流路を形成したマイクロチップや光学素子等の樹脂成形品を転写形成するのに好適に用いられるものである。成形用金型10は、外観が略直方体状を呈しかつ鋼等の金属材料で構成された金型本体12(ベース金型)を有しており、金型本体12上には、表面層13と下面層14と、断熱層15とがこの順序で転写面側から形成されている。
【0009】
表面層13は、微細流路の形状を実質的に形成するための層であり、後述の転写加工により形成されている。表面層13は、下面層14と断熱層15を介して金型本体2上に形成されており、下面層14上に0.03~1.0mm(好ましくは0.1~0.5mm)の範囲の厚みt1で形成されている。表面層13は、熱伝導率が10W/m・K以下の素材、例えばニッケル-リン、ニッケル-コバルト-リン合金メッキ,ニッケル-PTFEメッキ、ニッケルボロンメッキなどのニッケル複合合金メッキ等で構成されており、表面層13上(転写面側)には凸部13aが形成されている。
【0010】
転写部としての凸部13aは、樹脂成形品に形成される微細構造の凹部(溝)に対応するもので、幅W及び高さHが0.1~1mmの範囲の微細形状を呈している。特に、凸部13aは幅W及び高さHが1~1000μmの幅の微細流路状を呈していてもよく、この場合、当該成形用金型10から成形されるマイクロチップ等の樹脂成形品には、幅及び深さが1~1000μmの微細流路を形成することができる。好ましくは、幅Wは100μm以下である。
【0011】
下面層14は、表面層13の表面に射出された樹脂の熱が、転写面全面に迅速に行き渡るようにする機能を有している。下面層14は、表面層13と断熱層15との間に挟まれて、0.1~2.0mmの範囲の厚みt2で設けられている。下面層14は、熱伝導率が表面層13より高くなっており、具体的には60W/m・K以上の素材、例えばNiメッキ、Cuメッキ、Crメッキ、Ni-Coメッキなどで構成されている。
【0012】
断熱層15は、表面層13の表面に射出された樹脂の熱が、金型本体12の全体にゆきわたるのを防止する機能を有しており、樹脂の射出を受けた部位とその近傍とに熱を保持するようになっている。断熱層15は、セラミック系材料,チタン合金,ガラス等の材料(ここではジルコニア)で構成されており、熱伝導率が下面層14より低くなっており、具体的には30W/m・K以下(好ましくは10W/m・K以下)の熱伝導率を有している。断熱層15は、後述の溶射法により形成されており、厚みが0.1~3.0mmとなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特許第6124023号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本開示は、前記従来の課題を解決する射出成形用金型であり、金型表面から樹脂への転写性を向上させるとともに、従来よりも短い成形サイクルタイムでの製品取出しを可能とする射出成形用金型を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するために、本開示に係る射出成形用金型は、ベース金型と、ベース金型の上に形成された熱伝導率が20W/m・K以下の断熱層と、断熱層の上に形成された、熱伝導率が200W/m・K以上、2000W/m・K以下の下面層と、下面層の上に形成された、熱伝導率が10W/m・K以上、2000W/m・K以下の表面層と、を有する。
【発明の効果】
【0016】
本開示に係る射出成形用金型によれば、射出された樹脂の熱を金型に奪われるのを抑制しつつ、面内方向に効率よく熱伝導させることが可能になり、成形品表面を均質、且つ、効率的に金型表面を転写させることができ良好な製品面に仕上げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】特許文献1に記載の成型用金型の断面の層構成を示す概略断面図である。
図2】(a)は、特許文献1の実施の形態1に記載の層構成を有する金型内への樹脂の充填開始から充填完了までの金型表面に接触した樹脂から形成される製品表面及び製品板厚中央の温度推移を示す図であり、(b)は、金型内の製品部への樹脂の充填開始から製品取り出しまでの金型表面に接触した樹脂から形成される製品表面及び製品板厚中央の温度推移を示す図である。
図3】本実施の形態1に係る射出成形用金型と、通常金型と、特許文献1に記載の金型とのそれぞれにおける樹脂冷却プロファイルを模式的に示す図である。
図4】本実施の形態1に係る射出成形用金型の表面の層構成と、特許文献1に記載の金型の表面の層構成との対比を示す表1である。
図5】実施の形態1に係る射出成形用金型の層構成である。
図6】各素材の熱的特性一覧を示す表2である。
図7A】本実施の形態1に係る射出成形用金型の実施例1として各素材の表面層を用いた金型による樹脂の温度冷却プロファイルを示す表3-1である。
図7B図3記載の特許文献1の金型を用いた場合を比較例1とし、通常金型を用いた場合を比較例2とし、それぞれの樹脂の温度冷却プロファイルを示す表3-2である。
図8】実施の形態2に係る射出成形用金型の一例である実施例2と、比較例1及び2の層構成の条件と、樹脂温度冷却プロファイルとを示す表4である。
図9】実施の形態3に係る最適層構成金型で成形した成形品と通常金型で成形した成形品との外観とサイクルタイムとを示す表5である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<本開示に係る射出成形金型に至る経緯について>
本発明者らは、前記従来の構成では、表面層に設定しているNi系合金メッキの体積あたりの熱容量が3680~3740kJ/(m・K)程度と高く、また熱伝導率も10W/m・K以下であることを見出した。一般的には、射出された溶融樹脂は冷却固化させてから取り出すため、樹脂温度>金型温度の関係になる。従来は、単位質量当たりの比熱が低ければ、1Kの温度上昇に必要なエネルギーは低く抑えられると考えられてきた。
【0019】
しかし、表面層には一定の厚さが必要であり、したがって一定の体積が必要となる。そのため、たとえ単位質量当たりの比熱が低くても、従来の構成のように密度の大きな金属では一定の体積を必要とする場合には、1Kの温度上昇に必要なエネルギーが比較的大きくなってしまうというという問題があることを本発明者は見出した。
【0020】
上記の場合には、金型表面が樹脂熱を受けて昇温される際、1Kの温度上昇に必要な単位体積当たりのエネルギーが高いため、樹脂の熱を急速に奪って金型表面を昇温してしまうことがわかる。さらに、上記の場合には、熱伝導もし難い素材であることから、製品形状におけるゲート側と流動末端側では温度差が生じてしまい、金型表面の温度分布が不均一となることで成形品の表面正常に差異が生じる可能性がある。また、下面層に設定されている種々のメッキについてもいずれも単位体積当たりの熱容量が比較的高い素材であるため、表面層から下面層への熱伝達以降も樹脂の熱は奪われ続けてしまう。また、表面層の熱伝導率が低いことで伝熱性能が低く、冷却効率は低下するという種々の課題を有している。以降に射出成形時の製品表面及び製品板厚中央の温度プロファイルを解析により導出した。
【0021】
図2は、特許文献1の実施の形態1に記載の層構成を有する金型内に充填する樹脂の温度プロファイルを示す図である。なお、導出に際して、種々の成形条件は以下の設定とした。また、伝熱解析には有限要素解析を行うプロプライエタリソフトウエアの1つであるAbaqusを用いた。
<解析条件>射出樹脂:ポリプロピレン、樹脂温度190℃、金型温度30℃、射出速度100mm/sec、製品板厚4mm
【0022】
図2(a)は、金型内の製品部への樹脂の充填開始から充填完了までの金型表面に接触した樹脂から形成される製品表面及び製品板厚中央の温度推移を示す図である。樹脂が金型表面に接触した直後の約0.1秒前後の間に製品表面は、138.5℃から75.5℃まで63℃程度、低下していることが分かる。一方で、製品板厚中央は、充填開始から充填完了までの間では温度を維持している。また、図2(b)は、金型内の製品部への樹脂の充填開始から製品取り出しまでの金型表面に接触した樹脂から形成される製品表面及び製品板厚中央の温度推移を示す図である。図2(b)において、製品取出し時の製品表面の温度は39.6℃、製品板厚の中央温度は65.2℃であり、いずれも低温でありサイクルタイムの短縮には効果が期待できる。しかし、充填開始5sec~30secまでの冷却効率は低く0.346℃/sec程度にとどまっており、充填開始から5secまでの間に製品取出し温度までの全冷却の91%程度が完了している。
【0023】
実施の形態の説明の前に、本開示に係る射出成形用金型における特徴について、特許文献1との違いについて説明する。
【0024】
図3は、本開示に係る射出成形用金型と、通常金型と、特許文献1の金型とのそれぞれにおける樹脂冷却プロファイルを模式的に示す図である。
【0025】
図3において本開示に係る射出成形用金型は、樹脂接触時の温度ではなく、充填完了時の温度が高温に保持されることを目的としており、通常金型や先行文献1の金型と比べて表面層及び下面層の熱容量が小さく、金型側に熱が奪われにくい素材選定及び構成としている。また、高温保持時間は断熱層(低熱伝導率)の厚みで制御している。本開示における解決すべき課題の一つであるサイクルタイム短縮時の外観品位向上のためには樹脂接触時の温度よりも充填完了時の温度を高温にした方が、より転写性が上がると考えている。これらの構成により、樹脂接触時の温度は通常金型及び先行文献1の金型よりも低温になる傾向にあるが、充填完了時には通常金型及び特許文献1の金型よりも高温になることをコンセプトとしている。また、充填完了後は急冷することでサイクルタイムの短縮を目指しており、断熱層の単位体積当たりの熱容量及び厚みを小さくすることで、実際に冷却管が設定されているベース金型の熱あるいは冷たさが効率的に伝わる素材選定及び構造としている。
【0026】
図4は、本開示の金型層構成と特許文献1の金型構成を比較した表1である。図6は、図4の表1に記載の各素材の熱特性一覧を示す表2である。
本発明者は、本開示のコンセプトとしている充填完了時まで高温保持を実現するためには、単位体積当たりの熱容量が小さい素材であることが好ましいことを見出した。本開示で定義する単位体積当たりの熱容量は、素材の密度×比熱(単位質量当たりの熱容量)で表す特性で、密度も比熱も小さい素材であるほど単位体積当たりの熱容量が小さく、樹脂が接触した際の樹脂熱を大きく奪わずに瞬時に温まり、逆に熱容量が高いと樹脂熱を大きく奪って温まる。従来、単位質量当たりの熱容量である比熱が小さい金属のほうが樹脂熱を奪わないものとして用いられてきた。しかし、一定の厚みを必要とし、一定の体積を設ける場合には、上記の単位体積当たりの熱容量が小さいほうがよい。具体的には、図6に示すように、単位質量当たりの比熱の低いニッケル合金であっても密度が高いため、単位体積当たりの熱容量は3738kJ/m・Kと大きくなる。一方、比熱は高いものの、密度が低いアルミ合金やグラファイトは、単位体積当たりの熱容量が2700kJ/m・K、1896kJ/m・Kと比較的小さくなる。
【0027】
なお、本開示のコンセプトを実現するためには表面層にグラファイトのような高熱伝導率、且つ、単位体積当たりの熱容量が低い素材が好ましく、金型コストの観点からも表面層、断熱層、ベース金型の3層が好ましい。しかし、グラファイトの硬くて脆い特性上、射出成形プロセスで生じる各種の圧力等による消耗が激しく、耐久性面での懸念がある。そのため、グラファイトの特性に可能な限り近く、耐久性のある保護の役割として、表面層に金属層を設け、グラファイトを下面層とする、合計4層構造にすることでグラファイトの熱的特性を限りなく活かせる本開示に係る積層構造を有する射出成形用金型に至った。
【0028】
図3で説明したコンセプトを踏まえ、本開示と特許文献1とで大きく異なる点は、表面層の熱伝導率及び単位体積当たりの熱容量の設定にある。表層の熱伝導率及び熱容量の違いにより、樹脂接触から充填完了までの温度プロファイルが変化し、製品表面への金型面転写性が改善・良化すると考えられる。
【0029】
本開示に係る射出成形用金型における積層構造によって、表面層に樹脂が接触した瞬間に表面層側に奪われる熱量は従来よりも抑制され、且つ、熱伝導率が高いことで面内方向への熱伝搬がしやすくなることで、本構成が展開された金型表面は温度が均一化される。また、冷却においても熱伝導率が高く、体積当たりの熱容量が小さいことで面全体が均一、且つ、急速に製品が冷却される。
【0030】
以下に、本開示の各態様について説明する。
【0031】
第1の態様に係る射出成形用金型は、ベース金型と、ベース金型の上に形成された熱伝導率が1.0W/m・K以下の断熱層と、断熱層の上に形成された、熱伝導率が200W/m・K以上、2000W/m・K以下の下面層と、下面層の上に形成された、熱伝導率が10W/m・K以上、2000W/m・K以下の表面層と、を有する。
【0032】
第2の態様に係る射出成形用金型は、上記第1の態様において、断熱層は、単位体積当たりの熱容量が1500kJ/m・K以下であり、下面層は、単位体積当たりの熱容量が1900kJ/m・K以下であり、表面層は、単位体積当たりの熱容量が3650kJ/m・K以下であってもよい。
【0033】
第3の態様に係る射出成形用金型は、上記第1又は第2の態様において、下面層は、カーボン系素材であってもよい。
【0034】
第4の態様に係る射出成形用金型は、上記第1又は第2の態様において、断熱層は、樹脂系素材であってもよい。
【0035】
第5の態様に係る射出成形装置は、上記第1又は第2の態様に係る射出成形用金型を有する。
【0036】
第6の態様に係る成形品の製造方法は、上記第1又は第2の態様に係る射出成形用金型のキャビティ金型とコア金型とを型締めする工程と、キャビティ金型とコア金型とを型締めした状態で、キャビティ金型とコア金型との間に画成されるキャビティ内に樹脂を射出する工程と、樹脂が硬化した後、キャビティ金型とコア金型とを型開きして、成形品を取り出す工程と、を含む。
【0037】
以下、本開示の実施の形態に係る射出成形用金型について、添付図面を参照しながら説明する。
【0038】
(実施の形態1)
図5は、本実施の形態1に係る射出成形用金型の断面の層構成を示す概略断面図である。図7Aは、本実施の形態1における、図4の表1に記載の層構成における各素材の樹脂温度冷却プロファイルを示す表3-1である。図7Bは、図3記載の特許文献1の金型を用いた場合を比較例1とし、通常金型を用いた場合を比較例2とし、それぞれの樹脂の温度冷却プロファイルを示す表3-2である。なお、図7Aの表3には比較例1として特許文献1の実施の形態1の構成における解析結果を、比較例2として、一般的な通常金型として単一のステンレス鋼にて製造された金型における解析結果を示している。解析には有限要素解析を行うプロプライエタリソフトウエアの1つであるAbaqusを用いた。なお、解析は、上記のものに限られない。
【0039】
解析条件は、本実施の形態1の3種類と比較例1については、図3同様、射出樹脂:ポリプロピレン、樹脂温度190℃、金型温度30℃、射出速度100mm/sec、製品板厚4mmで実施した。一方、比較例2のみ通常金型を用いた一般的な成形として、射出樹脂:ポリプロピレン、樹脂温度190℃、金型温度60℃、射出速度100mm/sec、製品板厚4mmと設定した。
【0040】
実施の形態1に係る射出成形用金型400は、ベース金型404と、ベース金型404の上に形成された断熱層403と、断熱層403の上に形成された下面層402と、下面層402の上に形成された表面層401と、を有する。断熱層403は、熱伝導率が20W/m・K以下である。下面層402は、熱伝導率が200W/m・K以上、2000W/m・K以下である。表面層401は、熱伝導率が10W/m・K以上、2000W/m・K以下である。
この射出成形用金型400によれば、表面層401及び下面層402の熱伝導率が所定値以上であるので、成形サイクルタイムの短縮及び金型から樹脂への転写性向上を両立できる。
【0041】
この射出成形用金型400を構成する各部材について説明する。
【0042】
<表面層>
図4の表1に示すように、表面層401には、例えば、ステンレス鋼(熱伝導率:15W/m・K程度、単位体積当たりの熱容量:3630kJ/(m・K)以下)、アルミ合金(熱伝導率:190W/m・K程度、単位体積当たりの熱容量:2700kJ/(m・K)以下)、ベリリウム銅(熱伝導率:245W/m・K程度、単位体積当たりの熱容量:3470kJ/(m・K)以下)の3種類を設定してもよい。なお、表面層401は、上記に限られず、熱伝導率が10W/m・K以上、2000W/m・K以下であればよい。また、単位体積当たりの熱容量が3650kJ/m・K以下であってもよい。
表面層401の厚さは、例えば、0.15mm~2.5mmの範囲であってもよい。
【0043】
<下面層>
また、下面層402には、例えば、グラファイト(熱伝導率:200W/m・K程度、単位体積当たりの熱容量:1900kJ/(m・K)程度)を設定してもよい。なお、下面層402は、上記に限られず、熱伝導率が200W/m・K以上、2000W/m・K以下であればよい。熱伝導率が上記範囲にあることによって、充填完了後に樹脂の熱を速やかにベース金型に伝搬して冷却し、冷却効率を向上させ、サイクルタイムを短縮することができる。また、単位体積当たりの熱容量が1900kJ/m・K以下であってもよい。下面層402は、グラファイト、カーボンナノチューブ等のカーボン系素材からなるものであってもよい。単位体積当たりの熱容量が1900kJ/m・K以下と小さい場合には、樹脂が接触した際の樹脂熱を大きく奪わずに瞬時に温まり、樹脂の充填開始から充填完了までの樹脂の温度低下を抑制できる。このように樹脂熱を有効利用することで、充填完了までの樹脂の温度を高く維持でき、金型表面から樹脂への転写性を向上させることができる。
また、下面層402の厚さは、例えば、0.3mm~2.5mmの範囲であってもよい。下面層402の厚さを上記範囲とすることで下面層402全体の体積を減らすことができるので下面層402全体での熱容量を抑制できる。その結果、下面層402が樹脂から奪う熱を抑制でき、充填完了時の温度を従来より高く維持できる。
【0044】
<断面層>
さらに、断熱層403には、例えば、エポキシ樹脂(熱伝導率:0.4W/m・K程度、単位体積当たりの熱容量:1320kJ/(m・K)程度)を設定してもよい。なお、断熱層403は、上記に限られず、熱伝導率が20W/m・K以下であればよい。また、単位体積当たりの熱容量が1500kJ/m・K以下であってもよい。断熱層403は、樹脂系素材からなるものであってもよい。
また、断熱層403の厚さは、例えば、0.1~3.0mmの範囲であってもよい。断熱層403の厚さを上記範囲とすることで、断熱層403からベース金型404までの熱の伝搬時間を制御でき、充填完了までの樹脂の温度を高く維持できる時間を制御できる。
【0045】
<ベース金型>
土台となるベース金型404は、例えば、ステンレス鋼である。なお、ベース金型404は、上記に限られない。また、ベース金型404内には、例えば、冷却水を通して表面温度を一定に保つようにしてもよい。ベース金型404の表面温度は、例えば、図7Aの実施例1及び図7Bの比較例1では30℃に設定しているが、これに限られず、図7Bの比較例2に示すように60℃に設定してもよい。例えば、30℃に設定することで、サイクルタイムを短縮できる。
【0046】
なお、この射出成形用金型は、全体的に単位体積あたりの熱容量が小さい素材で構成する場合には、温度変化に必要なエネルギーが小さく済み、樹脂の温調温度を下げることが可能となり、樹脂充填後の冷却効率も向上し、短い成形サイクルタイムでの成形が可能となる。
また、図7A及び図7Bに示す例では、各層の厚みは、特許文献1の実施の形態1と同一とし、表面層0.15mm、下面層0.15mm、断熱層1.0mmとした。
【0047】
図7Aの表3-1及び図7Bの表3-2において、表面層401をステンレス鋼、アルミ合金、ベリリウム銅のいずれかにした場合の金型の構成においても樹脂接触時の製品表面の温度T1はいずれも低い。例えば、樹脂接触時の製品表面の温度T1は、ステンレス鋼で134℃(特許文献1比:-4.5℃、通常金型比-0.6℃)、アルミ合金で128℃(特許文献1比:-10.5℃、通常金型比:-6.6℃)、ベリリウム銅で125℃(特許文献1比:-13.5℃、通常金型比:-9.6℃)という結果であった。一方、充填開始から0.54sec時点(充填完了)での製品表面の温度T2が高く、つまり、高温を保持できている。具体的には、充填完了時点での製品表面の温度T2は、ステンレス鋼で111.1℃(特許文献1比:+35.6℃、通常金型比:+34℃)、アルミ合金で116℃(特許文献1比:+40.5℃、通常金型比:+38.9℃)、ベリリウム銅で111.6℃(特許文献1比:+36.1℃、通常金型比:+34.5℃)という結果であった。
特許文献1の実施の形態1の各層と同一の厚みにおいて、本実施の形態1の素材構成では、製品表面の金型面の転写性を決定づける充填完了時点(保圧動作へ切替え)のタイミングで高温を保持できている。そこで、実施の形態1に係る射出成形用金型は、特許文献1及び通常金型を用いた一般的な成形よりも製品表面の金型面転写性を向上させることができることを確認した。
【0048】
一方で、充填開始から30sec時点での製品表面の温度T3及び製品板厚中央の温度T4は、特許文献1の構成の方が低く、特に金型からの離型時の変形やヒケソリといった不良に寄与しやすい製品板厚中央の温度T4は、本実施の形態1のステンレス鋼、アルミ合金、ベリリウム銅のすべてで製品表面の温度T3で17.7~18.1℃程度温度がやや高い結果となっている。ステンレス鋼単一の通常金型を用いた一般的な成形と比べると4.5~4.7℃程度高くなっている。以上のことから、実施の形態1に係る射出成形金型を用いた場合には、特許文献1に対しては、サイクルタイムの観点ではやや劣るものの、製品表面への金型面の転写性の観点では優位性を確認できている。また、通常金型を用いた一般的な成形に比べると、
【0049】
また、本実施の形態1に係る射出成形用金型において、表面層がステンレス鋼、アルミ合金、ベリリウム銅の3種類での結果を比較すると、製品表面の温度T1は、単位体積当たりの熱容量が最も高いステンレス鋼が一番高く、製品表面の温度T2は、単位体積当たりの熱容量が最も小さいアルミ合金が一番高い結果となった。一方で、充填開始から30sec時点での製品表面の温度T3及び製品板厚中央の温度T4には大差がなく、特許文献1よりもサイクル短縮効果が小さかったことから下面層の熱伝導率及び厚みや断熱層の熱伝導率及び厚みを最適化する必要があると考えられる。
【0050】
<射出成形装置>
実施の形態1に係る射出成形装置は、上記射出成形金型を有する。なお、射出成形用金型は、例えば、キャビティ金型とコア金型とを有してもよい。
【0051】
<成形品の製造方法>
成形品の製造方法は、例えば、以下の各工程を有してもよい。
(1)射出成形用金型のキャビティ金型とコア金型とを型締めする。
(2)キャビティ金型とコア金型とを型締めした状態で、キャビティ金型とコア金型との間に画成されるキャビティ内に樹脂を射出する。
(3)樹脂が硬化した後、キャビティ金型とコア金型とを型開きして、成形品を取り出す。
以上によって、成形品を得ることができる。
【0052】
(実施の形態2)
本実施の形態2では、本実施の形態1で得られた結果や知見を加味し、表面層401をアルミ合金に設定し、下面層402及び断熱層403を含めた、層構成全体の熱伝導率や厚みを、解析を用いて最適化した。図8は、本実施の形態2における最適化層構成の射出成形用金型における樹脂温度冷却プロファイルを示す表4である。
【0053】
図8の表4において表面層401にはアルミ合金(熱伝導率:190W/m・K程度、単位体積当たりの熱容量:2700kJ/(m・K)以下)を0.3mmで設定し、下面層402にはグラファイト(熱伝導率:1700W/m・K程度、単位体積当たりの熱容量:1900kJ/(m・K)程度)を0.3mmで設定し、断熱層403にはエポキシ樹脂(熱伝導率:0.4W/m・K程度、単位体積当たりの熱容量:1320kJ/(m・K)程度)を0.5mmで設定し、土台となるベース金型405上に形成した。また、図7Bの表3-2同様に、比較例1には特許文献1の実施の形態1の層構成を有する金型、比較例2には通常金型を用いた一般的な成形における樹脂温度冷却プロファイルを示す。本実施の形態2では金型としての実現性を考慮しつつ、効果が最大化するよう市場に存在する素材の熱特性、加工特性、耐久性を考慮して選定を行った。
【0054】
図8の表4の結果から、アルミ合金を用いた最適層構成において製品表面の温度T2が102.3℃と高い温度を保持しつつ、充填開始から30sec時点での製品表面の温度T3は43.1℃、製品板厚中央の温度T4は74.8℃と効率よく冷却できることが分かった。また、通常金型を用いた一般的な成形に対し、製品表面への金型面転写性を向上しつつ、試算上6.4sec程度のサイクルタイム短縮効果が得られることが分かった。
【0055】
(実施の形態3)
本実施の形態3では、本実施の形態2で得られた最適層構成において実際に金型を作成し、ステンレス鋼単一で製造された通常金型を用いた一般的な成形に比べて外観品位(金型面転写性)と、サイクルタイムとがどの程度改善・向上するかを評価した。なお、実施の形態3では、より外観品位の評価をしやすくするため樹脂中にフィラーとして平均繊維直径が50μm程度、アスペクト比(繊維長/繊維直径)が5程度のセルロース系繊維を重量比で55%複合化したセルロース系繊維複合樹脂を用いた。一般的にフィラーを複合化した樹脂は、樹脂の冷却・固化のプロセス次第でフィラーが成形品表面に浮いているように見える繊維浮きという現象が生じ、この現象は一般的に外観不良ととらえられている。
【0056】
繊維浮きを改善するためには、樹脂や金型の温度を高温にし、充填完了から保圧が付加されるまで射出された樹脂が溶融状態を保持できる環境を整えることで改善することができる。また、フィラーとしてセルロース系繊維を採用した理由は、他のフィラーに比べて繊維直径が非常に小さく、アスペクト比が高いためである。これにより、樹脂中のセルロース系繊維と樹脂との被接触面積が高くなり、射出中の流動抵抗が増加することで繊維浮きが発生しやすい状況を意図的に作り出すことができ、繊維浮きの抑制効果をより顕著に確認できる。
【0057】
図9は、本実施の形態3における最適層構成の金型と通常金型で成形した成形品の外観とサイクルタイムを示す表5である。図9の表5の成形品外観は、模式図であり、繊維浮きを曲線で表している。また、繊維浮きは、樹脂流動の方向の先端で発生している。
図9の表5において、実施の形態3に係る最適層構成の金型で成形したサンプルでは、通常金型で成形したサンプルよりもサイクルタイムを10sec短縮した上で、繊維浮き発生割合の少ない高品位外観の成形品を得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本開示に係る射出成形金型は、従来の通常金型を用いた一般的な射出成形により得られる製品と同等以上の外観品位でありながら成形サイクルタイムを短縮することが可能である。さらに、金型温調温度を低温化させることができるためエネルギー消費量の小さい成形を実現できる。これらの効果により高品位・高歩留まりの成形品を安価に得ることが可能になる。
【符号の説明】
【0059】
10 成形用金型
12 金型本体(ベース金型)
13 表面層
13a 凸部
14 下面層
15 断熱層
400 射出成形用金型
401 表面層
402 下面層
403 断面層
404 ベース金型
501 表面層
502 下面層
503 断熱層
504 ベース金型
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8
図9