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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024150349
(43)【公開日】2024-10-23
(54)【発明の名称】絶縁被膜付き電磁鋼板
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/00 20060101AFI20241016BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20241016BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20241016BHJP
   H01F 1/18 20060101ALI20241016BHJP
【FI】
C23C22/00 A
C21D8/12 A
H01F1/147 183
H01F1/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023063726
(22)【出願日】2023-04-10
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】若杉 宙泳
(72)【発明者】
【氏名】村松 直樹
(72)【発明者】
【氏名】松田 武士
【テーマコード(参考)】
4K026
4K033
5E041
【Fターム(参考)】
4K026AA03
4K026AA22
4K026BA08
4K026BB05
4K026CA16
4K026CA18
4K026CA37
4K026CA39
4K026CA41
4K026DA02
4K033AA01
4K033AA02
4K033QA01
4K033QA02
4K033RA03
4K033RA04
4K033SA04
4K033TA03
5E041AA01
5E041AA02
5E041BC01
5E041BC05
5E041BD09
5E041BD10
5E041CA02
5E041CA04
5E041NN05
(57)【要約】
【課題】歪取り焼鈍後に絶縁被膜のひび割れが抑制され、かつ、耐スティッキング性にも優れる絶縁被膜付き電磁鋼板を提供する。
【解決手段】電磁鋼板と、前記電磁鋼板の少なくとも片面上に形成された絶縁被膜と、を有し、前記絶縁被膜がSi及びMnを含有し、前記絶縁被膜における質量比Mn/Siが0.010以上0.100以下であることを特徴とする絶縁被膜付き電磁鋼板。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁鋼板と、前記電磁鋼板の少なくとも片面上に形成された絶縁被膜と、を有し、
前記絶縁被膜がSi及びMnを含有し、前記絶縁被膜における質量比Mn/Siが0.010以上0.100以下であることを特徴とする絶縁被膜付き電磁鋼板。
【請求項2】
前記絶縁被膜が有機成分を含有し、前記絶縁被膜における有機成分(質量%)/SiのSiO換算量(質量%)が0.70以下である、請求項1に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板を積層して形成された鉄心を有することを特徴とするモータ。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板を積層して形成された鉄心を有することを特徴とするトランス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁被膜付き電磁鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
モータや変圧器(トランス)等に使用される電磁鋼板の絶縁被膜には、層間抵抗だけでなく、加工成形時の利便性、保管や使用時の安定性など、種々の特性が要求される。特に打抜き性が優れた絶縁被膜であれば、打抜き時の金型の交換回数を減らすことができる。電磁鋼板は多様な用途に使用されるため、その用途に応じて種々の絶縁被膜の開発が行われている。また、電磁鋼板に打抜き加工、せん断加工、曲げ加工などを施すと残留歪みにより磁気特性が劣化するので、これを解消するために700~800℃程度の温度で歪取り焼純を行う場合が多い。従って、この場合には、絶縁被膜が歪取り焼鈍に耐え得るものでなければならない。
【0003】
電磁鋼板の絶縁被膜は、大別して
(1)溶接性、耐熱性を重視し、歪取り焼鈍に耐える無機被膜、
(2)打抜性、溶接性の両立を目指し歪取り焼鈍に耐える樹脂含有の無機被膜(すなわち、半有機被膜)、
(3)特殊用途で歪取り焼鈍不可の有機被膜
の3種に分類される。このうち、汎用品として歪取り焼鈍に耐えるのは、上記(1),(2)に示した無機成分を含む被膜であり、これらは両者ともクロム化合物を含むものが一般的であった。特に、(2)のタイプのクロム系絶縁被膜は、1コート1ベークの製造で無機系絶縁被膜に比較して打抜性を格段に向上させることができるので広く利用されている。
【0004】
しかし、昨今、環境意識が高まり、電磁鋼板の分野においてもクロム化合物を含まない絶縁被膜を有するクロメートフリーの製品が需要家などから望まれている。クロム化合物を含まず、有機成分と無機成分の両方を含む表面処理液を電磁鋼板表面に塗布して、上記(2)に該当する絶縁被膜を形成する技術には、以下のようなものがある。
【0005】
特許文献1には、Siに結合する置換基が、水素、アルキル基、およびフェニル基から選ばれた少なくとも1種の非反応性置換基のみからなるトリアルコキシシランおよび/またはジアルコキシシラン(A)と、シランカップリング剤(B)と、板状シリカ(C)とを含む表面処理剤を電磁鋼板の少なくとも片面に塗布、乾燥して成る絶縁被膜を有する絶縁被膜付き電磁鋼板が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2013/031200号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1をはじめ従来の絶縁被膜付き電磁鋼板では、歪取り焼鈍後に絶縁被膜にひび割れが生じてしまうおそれがあった。絶縁被膜にひび割れが生じてしまうと、被膜内の結合力の低下に伴う被膜密着性の低下が生じてしまうことが考えられる。被膜内の結合力の低下に伴い被膜密着性が低下すると、絶縁被膜が剥離してしまい種々の問題を生じさせる可能性があった。
【0008】
また、歪取り焼鈍時に電磁鋼板同士が固着(スティッキング)すると、電気的短絡が生じて鉄損が増加する問題を生じる。このため、絶縁被膜付き電磁鋼板には、歪取り焼鈍時に電磁鋼板同士が固着しないこと、すなわち耐スティッキング性に優れていることが要求される。
【0009】
そこで本発明は、上記課題に鑑み、歪取り焼鈍後に絶縁被膜のひび割れが抑制され、かつ、耐スティッキング性にも優れる絶縁被膜付き電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この目的を達成すべく本発明者らが鋭意検討したところ、Si化合物を含む絶縁被膜においては、絶縁被膜中のMnが質量比Mn/Siで一定の範囲にある時に、歪取り焼鈍後に絶縁被膜のひび割れが抑制され、かつ、耐スティッキング性にも優れるとの効果を奏することができるとの知見を得た。
【0011】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨構成は、以下のとおりである。
[1]電磁鋼板と、前記電磁鋼板の少なくとも片面上に形成された絶縁被膜と、を有し、
前記絶縁被膜がSi及びMnを含有し、前記絶縁被膜における質量比Mn/Siが0.010以上0.100以下であることを特徴とする絶縁被膜付き電磁鋼板。
【0012】
[2]前記絶縁被膜が有機成分を含有し、前記絶縁被膜における有機成分(質量%)/SiのSiO換算量(質量%)が0.70以下である、上記[1]に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
【0013】
[3]上記[1]又は[2]に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板を積層して形成された鉄心を有することを特徴とするモータ。
【0014】
[4]上記[1]又は[2]に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板を積層して形成された鉄心を有することを特徴とするトランス。
【発明の効果】
【0015】
本発明の絶縁被膜付き電磁鋼板は、歪取り焼鈍後に絶縁被膜のひび割れが抑制され、かつ、耐スティッキング性にも優れる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一実施形態による絶縁被膜付き電磁鋼板は、電磁鋼板と、前記電磁鋼板の少なくとも片面上に形成された絶縁被膜と、を有する。
【0017】
[電磁鋼板]
絶縁被膜の下地となる電磁鋼板(母鋼板)は、特定の電磁鋼板に限定されない。例えば、一般的な成分組成の電磁鋼板を用いることができる。一般的な成分としては、Si、Mn、Al等が挙げられ、残部はFe及び不可避的不純物である。通常、Si含有量は0.05~7.0質量%であり、Mn含有量は0.05~10.0質量%であり、Al含有量は2.0質量%以下である。
【0018】
また、電磁鋼板の種類は特に限定されず、磁束密度の高いいわゆる軟鉄板(電気鉄板)やSPCCなどの一般冷延鋼板、比抵抗を上げるためにSiやAlを含有させた無方向性電磁鋼板などをいずれも使用できる。JIS C2552:2014に準拠する無方向性電磁鋼板、JIS C2553:2019に準拠する方向性電磁鋼板も好ましく使用できる。
【0019】
[絶縁被膜]
本実施形態において、絶縁被膜はSi及びMnを含有し、任意でさらに有機成分を含有する。
【0020】
被膜付着量は0.05g/m以上1.50g/m以下とすることが好ましい。被膜付着量が0.05g/m以上であれば耐食性を確保することができ、被膜付着量が1.50g/m以下であれば被膜密着性を確保することができる。なお、被膜付着量は、絶縁被膜形成前の電磁鋼板の重量と、絶縁被膜付き電磁鋼板の重量とを測定し、その差から求めるものとする。
【0021】
以下、絶縁被膜に含まれる成分を説明する。
【0022】
Siを含む絶縁被膜は、Si化合物を原料として用いることで形成できる。Si化合物としては、例えば、コロイダルシリカ、フュームドシリカ、アルコキシシラン、シランカップリング剤、及びシロキサン等が挙げられ、これらのうちから選んだ一種以上を使用することができる。
【0023】
アルコキシシランは、特に限定されないが、トリアルコキシシラン及びジアルコキシシランから選んだ一種以上を使用することができる。
【0024】
トリアルコキシシランの種類は特に限定されず、一般式R1Si(OR’)で示され、それらの一種以上を用いることができる。R1は水素、アルキル基、及びフェニル基から選ばれる非反応性置換基である。R1がアルキル基の場合は、好ましくは炭素数1~6の直鎖又は分岐のアルキル基であり、さらに好ましくは炭素数1~3の直鎖又は分岐のアルキル基である。R’はアルキル基であり、好ましくは炭素数1~4の直鎖又は分岐のアルキル基であり、さらに好ましくは炭素数1~2の直鎖又は分岐のアルキル基である。例えば、メチルトリメトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、及びこれらの加水分解物などが使用できる。なかでも、電磁鋼板の耐食性がより優れるという観点から、R1がアルキル基であるトリアルコキシシランが好ましい。
【0025】
ジアルコキシシランの種類は特に限定されず、一般式R2R3Si(OR’’)で示され、それらの一種以上を用いることができる。ここで、R2及びR3は水素、アルキル基、及びフェニル基から選ばれる非反応性置換基であり、好ましくは炭素数1~6の直鎖又は分岐のアルキル基であり、さらに好ましくは炭素数1~3の直鎖又は分岐のアルキル基である。R’’はアルキル基であり、好ましくは炭素数1~4の直鎖又は分岐のアルキル基であり、さらに好ましくは炭素数1~2の直鎖又は分岐のアルキル基である。例えば、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、ジフェニルジメトキシシラン、及びこれらの加水分解物などが使用できる。なかでも、電磁鋼板の耐食性がより優れるという観点から、R2及びR3がアルキル基であるジアルコキシシランが好ましい。
【0026】
シランカップリング剤の種類は特に限定されず、一般式XSi(R4)(OR)3-n(ここで、nの範囲は0~2)で示され、それらの一種以上を用いることができる。Xは活性水素含有アミノ基、エポキシ基、メルカプト基及びメタクリロキシ基から選ばれる少なくとも一種の反応性官能基である。R4はアルキル基であり、好ましくは炭素数1~4の直鎖又は分岐のアルキル基であり、さらに好ましくは炭素数1~2の直鎖又は分岐のアルキル基である。ORは任意の加水分解性基であり、Rは例えばアルキル基であり、好ましくは炭素数1~4の直鎖又は分岐のアルキル基であり、さらに好ましくは炭素数1~2の直鎖又は分岐のアルキル基である。また、Rは例えばアシル基(-COR5)であり、R5は好ましくは炭素数1~4の直鎖又は分岐のアルキル基であり、さらに好ましくは炭素数1~2の直鎖又は分岐のアルキル基である。シランカップリング剤として例えば、N-2-(アミノエチル)3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、2-(3,4エポキシシクロヘキシル)エチルトリエトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、及びこれらの加水分解物などが使用できる。なかでも、電磁鋼板の耐食性がより優れるという観点から、アミノ基又はエポキシ基を有するシランカップリング剤が好ましい。
【0027】
シロキサンの種類は特に限定されず、一般式RSiO-(RSiO)-SiRで示され、それらの一種以上を用いることができる。Rは個別にアルキル基又はアミノ基であり、好ましくは炭素数1~4の直鎖又は分岐のアルキル基であり、さらに好ましくは炭素数1~2の直鎖又は分岐のアルキル基である。nは特に限定されないが、例えば1~10の範囲内である。
【0028】
Si化合物としては、コロイダルシリカ及びフュームドシリカからなる群から選択される一種以上と、アルコキシシラン、シランカップリング剤、及びシロキサンからなる群から選択される一種以上と、を併用することが好ましい。
【0029】
絶縁被膜中のSiのSiO換算量(質量%)は、50質量%以上90質量%以下であることが好ましい。絶縁被膜中のSiのSiO換算量が50質量%以上であると、絶縁性に優れる。この理由は、絶縁性の高いSiOが絶縁被膜中に一定割合以上存在するとみなすことができるためと考えられる。また、絶縁被膜中のSiのSiO換算量が90質量%以下であると、絶縁被膜にひび割れが発生しにくい。この理由は明らかではないが、絶縁被膜内に形成されるSi-O結合が強固なため、SiのSiO換算量が90質量%を超えると、絶縁被膜にかかる応力が大きく、絶縁被膜にひび割れが発生すると考えられる。
【0030】
絶縁被膜中のSiのSiO換算量(質量%)は、透過電子顕微鏡を使用したEDX分析で、被膜部分のSi含有量(質量%)を測定し、これをSiO換算量(質量%)に換算することによって求める。分析箇所は10点程度とし、その平均値を用いることが望ましい。
【0031】
Mnを含む絶縁被膜は、Mn化合物を原料として用いることで形成できる。Mn化合物としては、例えば、MnO及びMnを挙げることができ、これらの一方又は両方を使用することができる。
【0032】
ここで、本実施形態では、絶縁被膜における質量比Mn/Siが0.010以上0.100以下であることが重要である。
【0033】
質量比Mn/Siが0.010以上であることで、絶縁被膜中のMn含有量が十分となり、歪取り焼鈍後に絶縁被膜のひび割れが抑制されるとの効果を得ることができる。質量比Mn/Siが0.010以上である場合にひび割れが抑制できる理由は明らかではないが、Si化合物とMnとの反応性が高いことが根本原因ではないかと本発明者らは考えている。すなわち、質量比Mn/Siが0.010以上のとき、絶縁被膜内で化学反応を生じやすく、分子間で結合が形成され、結果としてひび割れが抑制されると考えられる。
【0034】
他方で、質量比Mn/Siが0.100を超えると、歪取り焼鈍時に電磁鋼板同士が固着し、耐スティッキング性が劣る。これは、電磁鋼板上に塗布された絶縁被膜の反応性が高いため、積層した電磁鋼板間で新たな化学結合を形成し、結果としてスティッキングすることが考えられる。よって、優れた耐スティッキング性を得る観点から、質量比Mn/Siは0.100以下とし、好ましくは0.090以下とする。ここで、従来は700~800℃程度の温度で歪取り焼純を行う場合が多かったが、昨今はさらなる磁気特性の向上を目指し、歪取り焼鈍の高温化が指向されており、900℃程度の温度で歪取り焼純を行うことが検討されている。本実施形態では、質量比Mn/Siを0.100以下とすることにより、900℃という高温での歪取り焼鈍における耐スティッキング性に優れるという顕著な効果を奏する。
【0035】
本明細書において、絶縁被膜における質量比Mn/Siは、以下に説明するオージエ電子分光分析にて求めるものとする。スパッタをしながら深さ方向に分析を行うオージエ電子分光分析の場合、スパッタ開始点から深さ方向に分析した際にSiの強度が極大点から半減したところまでのMn及びSiそれぞれの強度の平均値を求め、Mn強度の平均値をSi強度の平均値で除した値を求める。このとき、絶縁被膜上の分析点数は10点以上とし、全分析点のMn強度平均値/Si強度平均値の平均値を本発明における「質量比Mn/Si」とする。なお、Siの強度が半減したところまでを「絶縁被膜」とする。言うまでも無く、上記Siの強度が半減した位置より奥の部分は「電磁鋼板」である。
【0036】
本実施形態において、耐食性、打抜き性等、種々の被膜性能を向上させる観点から、絶縁被膜は有機成分を含んでもよい。Si化合物がアルコキシシラン、シランカップリング剤、及びシロキサンからなる群から選択される一種以上を含む場合には、Si化合物中に有機成分が含まれる。また、Si化合物とは別に有機樹脂を原料として用いることで、絶縁被膜中に有機成分を含ませてもよい。有機樹脂としては特に制限はなく、公知の又は任意の樹脂を使用できる。例えば、アクリル樹脂、アルキッド樹脂、ポリオレフィン樹脂、スチレン樹脂、酢酸ビニル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂、メラミン樹脂等の水性樹脂(エマルジョン、ディスパーション、水溶性)が挙げられ、これらのうちから選んだ一種以上を使用することができる。
【0037】
被膜性能を十分に向上させる観点から、絶縁被膜における有機成分(質量%)/SiのSiO換算量(質量%)は0.05以上であることが好ましい。他方で、有機成分はSi化合物に比べ酸素を透過しやすいため、有機成分が過多の場合、耐食性が劣化する。この観点から、絶縁被膜における有機成分(質量%)/SiのSiO換算量(質量%)は0.70以下とすることが好ましい。
【0038】
なお、絶縁被膜における有機成分(質量%)/SiのSiO換算量(質量%)は、以下の方法で求めるものとする。透過電子顕微鏡を使用したEDX分析で、被膜部分のCとSiの含有量(質量%)を測定する。C含有量(質量%)を有機成分(質量%)として採用する。Si含有量(質量%)をSiO換算量(質量%)に換算する。そして、有機成分(質量%)/SiのSiO換算量(質量%)を求める。分析箇所は10点程度とし、その平均値を用いることが望ましい。
【0039】
本実施形態において、絶縁被膜は、Si源となるSi化合物と、Mn源となるMn化合物と、任意でさらに有機樹脂と、任意でさらに、以下に示すその他の成分と、からなることが好ましい。
【0040】
さらに、本実施形態では、上記した成分の他、界面活性剤、防錆剤、潤滑剤、酸化防止剤等、通常用いられる添加剤や、ホウ酸、顔料などの無機化合物や、有機化合物の含有を妨げるものではない。有機化合物としては無機成分と有機樹脂との接触抑制剤として有機酸を含有してもよい。有機酸としてはアクリル酸を含有する重合体または共重合体などが例示される。これらその他の成分は本発明の効果を損なわない程度に添加できるが、添加物の固形分合計(質量%)/SiO換算量(質量%)で1.0を超えると、未反応物が被膜中に残存して耐水性を低下させるので、含有量は添加物の固形分合計(質量%)/SiO換算量(質量%)で1.0以下、好ましくは0.5以下とすることが好ましい。
【0041】
なお、本実施形態では、無機成分中に、不純物としてHfやHfO、TiOなどが混入することがあるが、これらの不純物の総量がSiO換算量に対し5質量%以下であれば、特に問題は生じない。
【0042】
以下に、絶縁被膜付き電磁鋼板の製造方法を説明する。電磁鋼板の前処理は特に限定されない。すなわち、未処理でもよいが、アルカリなどの脱脂処理、塩酸、硫酸、リン酸などの酸洗処理を施すことは有利である。
【0043】
次いで、絶縁被膜を形成するための処理液を調製する。処理液は、前記Si化合物と、前記Mn化合物と、任意で前記有機樹脂と、任意でさらに前記その他の成分と、を脱イオン水に添加し、混合することで調製する。
【0044】
次いで、上記処理液を、電磁鋼板の表面に塗布する。塗布方法は特に限定されず、ロールコート法、バーコート法、浸漬法、スプレー塗布法などが挙げられ、処理される電磁鋼板の形状などによって適宜最適な方法が選択される。
【0045】
次いで、電磁鋼板上に塗布した処理液を焼き付けて、塗布された処理液を絶縁被膜とする。焼き付け方法は特に限定されず、通常実施されるような熱風加熱式、赤外線加熱式、誘導加熱式等を採用できる。最高到達板温は特に限定されず、150~350℃程度であればよい。加熱時間は特に限定されず、1秒~10分の範囲から適宜設定すればよい。
【0046】
以上の工程を経て、本実施形態による絶縁被膜付き電磁鋼板を製造することができる。
【0047】
絶縁被膜は電磁鋼板の両面に形成することが好ましいが、目的によっては片面のみでも構わない。また、目的によっては、電磁鋼板の片面には本実施形態における絶縁被膜を形成し、他面には他の絶縁被膜を形成しても構わない。
【0048】
本実施形態の絶縁被膜付き電磁鋼板に対して歪取り焼鈍を施して、例えば、打抜き加工による歪みを除去することができる。好ましい歪取り焼鈍雰囲気としては、N雰囲気、DXガス雰囲気などの鉄が酸化されにくい雰囲気が適用される。ここで、露点を高く、例えばDp:5~60℃程度に設定し、表面および切断端面を若干酸化させることで耐食性をさらに向上させることができる。また、一般に好ましい歪取り焼鈍温度としては700~900℃、より好ましくは700~800℃であるが、本実施形態による絶縁被膜においては900℃でも歪取り焼鈍が可能である。歪取り焼鈍温度の保持時間は長い方が好ましいく、1時間以上がより好ましい。
【0049】
本発明の一実施形態よるモータは、上記の絶縁被膜付き電磁鋼板を積層して形成された鉄心を有することを特徴とする。また、本発明の一実施形態によるトランスは、上記の絶縁被膜付き電磁鋼板を積層して形成された鉄心を有することを特徴とする。
【0050】
すなわち、本実施形態の絶縁被膜付き電磁鋼板は、例えば永久磁石内蔵モータ(IPMモーター)のローターコア鉄心に好適に用いられる。近年、ハイブリッド電気自動車(HEV)や電気自動車(EV)に使用される駆動モータの高速回転化が著しくなっているが、高速回転時には、永久磁石が埋め込まれるブリッジ部に強い遠心力が作用する。本実施形態の絶縁被膜付き電磁鋼板は、そのような遠心力に耐えられる。なお、本実施形態の絶縁被膜付き電磁鋼板の用途は、ローターコアに限られず、例えば、ステーター(固定子)などの鉄心にも用いることが可能である。
【0051】
同一の絶縁被膜付き鋼板をローターコア鉄心用部材とステーターコア鉄心用部材として用いることは、略円環状に打ち抜かれるステーターコア鉄心用部材の中央部の略円形領域をローターコア鉄心用部材の素材とできることから、歩留りの観点で有利であり、このような板取は「共取り」とも呼ばれ一般的なものである。
【0052】
ステーターコア鉄心用として絶縁被膜付き鋼板から打ち抜かれた部材、または、それを積層して形成されるステーターコア鉄心には、歪取り焼鈍を施すことが好ましい。ステーターコア鉄心用素材については高強度が必要とされず、低鉄損が重要となるため、鉄損に悪影響を及ぼす加工歪を解放することが好適となる。
【0053】
これら、ローターコア鉄心用としても、ステーターコア鉄心用としても、共取りを前提とすれば、絶縁被膜付き鋼板の打ち抜き時に電磁鋼板に加わる加工歪を取り除くために歪取り焼鈍が実施され、本発明によれば耐スティッキング性が良好となる電磁鋼板が得られる。
【0054】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら
限定されるものではない。
【実施例0055】
表1に示す各試験例において、Si化合物と、Mn化合物と、一部の例では有機樹脂と、を脱イオン水に添加し、混合することで処理液を調製した。なお、表1において、Si化合物を表すS1~S7は表2に示すものであり、Mn化合物を表すM1及びM2は表3に示すものであり、有機樹脂を表すR1及びR2は表4に示すものである。なお、脱イオン水量に対する各成分合計の固形分濃度は50g/Lとした。
【0056】
各試験例において、板厚:0.35mmの電磁鋼板〔A360(JIS C 2552(2000))〕から幅:200mm、長さ:290mmの大きさに切り出した試験片の片面に、処理液をロールコーターで塗布し、熱風焼付け炉により、最高到達板温200℃、加熱時間30秒で焼き付けした。その後、常温に放冷して、被膜付着量が0.50g/mの絶縁被膜を得た。
【0057】
<SiO換算量(質量%)>
透過電子顕微鏡を使用したEDX分析で、被膜部分のSi含有量(質量%)を測定し、これをSiO換算量(質量%)に換算した。なお、Siのうちの多くの割合はSiOの形態で絶縁被膜中に存在する。そのため、絶縁被膜中のSi含有量はSiO換算量とみなして計算している。分析箇所は10点とし、その平均値を、表1の「SiO換算量(質量%)」に示した。
【0058】
<質量比Mn/Si>
オージエ電子分光分析計(PHISICAL ELECTONICS(株)製)用い、加速電圧10keV、試料電流0.2μAで分析した。深さ分析はスパッタレート3nm/min(SiOでの値)で、2min毎に測定し、Siカウントがノイズレベルになるまで測定し、半減値までの平均値を算出した。この分析の結果に基づき、質量比Mn/Siを導出し、各値を表1に示した。
【0059】
<有機成分(質量%)/SiのSiO換算量(質量%)>
既述の方法で有機成分(質量%)/SiのSiO換算量(質量%)を求め、値を表1に示した。
【0060】
各試験例で得られた絶縁被膜付き電磁鋼板を、以下の評価に供し、結果を表1に示す。
【0061】
<絶縁被膜のひび割れ>
走査型電子顕微鏡(Carl Zeiss製ULTRA PLUS)を使用し、加速電圧5kVで絶縁被膜の表面を観察し、絶縁被膜中のひび割れの有無を判断した。観察時の倍率は1000倍とした。◎、○を合格とした。
(判定基準)
◎:ひび割れ無し
○:一部にひび割れ有り
×:全面にひび割れ有り
【0062】
<耐スティッキング性>
50mm角の試験片10枚を重ねて荷重:20kPa(200g/cm)をかけながら窒素雰囲気下で900℃、2時間の条件にて焼鈍を行った。ついで、試験片上に500gの分銅を落下させ、固着した10枚の試験片が5分割するときの落下高さを調査した。落下高さが低いほど耐スティッキング性に優れる。◎、○を合格とした。
(判定基準)
◎:10cm以下
○:10cm超、15cm以下
△:15cm超、30cm以下
×:30cm超
【0063】
<耐食性>
供試材に対して湿潤試験(50℃、相対湿度≧98%)を行い、2週間後の赤錆発生率を観察し、面積率で評価した。◎、○を合格とした。
(判定基準)
◎:赤錆面積率 20%未満
○:赤錆面積率 20%以上、40%未満
△:赤錆面積率 40%以上、60%未満
×:赤錆面積率 60%以上
【0064】
【表1】
【0065】
【表2】
【0066】
【表3】
【0067】
【表4】
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の絶縁被膜付き電磁鋼板は、歪取り焼鈍後に絶縁被膜のひび割れが抑制され、かつ、耐スティッキング性にも優れるため、モータやトランス等の部品として極めて有用である。