(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024150418
(43)【公開日】2024-10-23
(54)【発明の名称】気体分離用複合膜およびそれを用いた気体分離システム
(51)【国際特許分類】
B01D 69/02 20060101AFI20241016BHJP
B01D 69/12 20060101ALI20241016BHJP
B01D 69/10 20060101ALI20241016BHJP
B01D 69/00 20060101ALI20241016BHJP
B01D 71/56 20060101ALI20241016BHJP
B01D 63/10 20060101ALI20241016BHJP
B01D 53/22 20060101ALI20241016BHJP
【FI】
B01D69/02
B01D69/12
B01D69/10
B01D69/00
B01D71/56
B01D63/10
B01D53/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024059554
(22)【出願日】2024-04-02
(31)【優先権主張番号】P 2023063429
(32)【優先日】2023-04-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(令和3年度国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「グリーンイノベーション基金事業/CO2等を用いたプラスチック原料製造技術開発/アルコール類からの化学品製造技術の開発/グリーン水素(人工光合成)等からの化学原料製造技術の開発・実証」に係る委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願)
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】513056835
【氏名又は名称】人工光合成化学プロセス技術研究組合
(74)【代理人】
【識別番号】100091384
【弁理士】
【氏名又は名称】伴 俊光
(74)【代理人】
【識別番号】100125760
【弁理士】
【氏名又は名称】細田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】新名 清輝
(72)【発明者】
【氏名】広沢 洋帆
(72)【発明者】
【氏名】水野 耀介
【テーマコード(参考)】
4D006
【Fターム(参考)】
4D006GA41
4D006HA61
4D006JA05A
4D006JA05C
4D006JA06A
4D006JA06C
4D006KE07Q
4D006KE16Q
4D006MA03
4D006MA06
4D006MA10
4D006MA22
4D006MA31
4D006MA40
4D006MB06
4D006MB20
4D006MC02
4D006MC07
4D006MC16
4D006MC18
4D006MC22
4D006MC23
4D006MC27
4D006MC33
4D006MC39
4D006MC46
4D006MC48
4D006MC53
4D006MC54
4D006MC56X
4D006MC61
4D006MC62
4D006MC65
4D006NA41
4D006NA64
4D006PA01
4D006PB20
4D006PB62
4D006PB63
4D006PB65
4D006PB66
4D006PB68
4D006PB70
(57)【要約】
【課題】分子径の小さなガスの高い透過性と、他種ガスとの高い選択分離性を有する気体分離用複合膜、およびそれを用いた気体分離用複合モジュール、気体分離システムを提供する。
【解決手段】少なくとも多孔性支持層、分離機能層、被覆層をこの順序で有する気体分離用複合膜であって、非凝縮性ガスをHe、凝縮性ガスをH
2Oとし、温度40℃の条件でナノパームポロメトリー分析を行った際、相対湿度90%におけるHe透過度が相対湿度10%におけるHe透過度の60%以上100%以下であり、ISO 19403-1(2017)に準拠して測定した空気中における被覆層表面と純水の接触角が50°以上130°以下である気体分離用複合膜、およびそれを用いた気体分離用複合モジュール、気体分離システム。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも多孔性支持層、分離機能層、被覆層をこの順序で有する気体分離用複合膜であって、
非凝縮性ガスをHe、凝縮性ガスをH2Oとし、温度40℃の条件でナノパームポロメトリー分析を行った際、相対湿度90%におけるHe透過度が相対湿度10%におけるHe透過度の60%以上100%以下であり、
ISO 19403-1(2017)に準拠して測定した空気中における前記被覆層表面と純水の接触角が50°以上130°以下である気体分離用複合膜。
【請求項2】
前記被覆層の表面に純水が着滴してから1秒後の接触角Xと、30秒後の接触角Yが、式1を満たす、請求項1に記載の気体分離用複合膜。
【数1】
【請求項3】
陽電子ビーム法により決定される前記分離機能層の平均空孔半径Rf[nm]が、0.2nm以上0.4nm以下である、請求項1に記載の気体分離用複合膜。
【請求項4】
前記分離機能層上に被覆層を有し、飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)により検出される、前記被覆層側表面から深さ0~50nmの領域におけるSi-ピークが10000counts以上100000counts以下であることを特徴とする、請求項1に記載の気体分離用複合膜。
【請求項5】
前記分離機能層の主成分が架橋芳香族ポリアミドである、請求項1に記載の気体分離用複合膜。
【請求項6】
25℃におけるH2透過度が1nmol/m2/s/Pa以上100nmol/m2/s/Pa以下である、請求項1に記載の気体分離用複合膜。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載の気体分離用複合膜、供給側流路材および透過側流路材が、中心管に巻囲された、スパイラル型気体分離用複合膜モジュール。
【請求項8】
請求項7に記載のスパイラル型気体分離用複合膜モジュールを備える気体分離システム。
【請求項9】
請求項8記載の気体分離システムを用いたHeまたはH2の精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス混合物の中の少なくとも一成分を選択分離可能な気体分離用複合膜およびそれを用いた気体分離システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年クリーンなエネルギー源として、水素が注目されている。水素は、天然ガス及び石炭等の化石燃料を改質・ガス化し、主成分として水素と二酸化炭素などを含む混合ガスから不要ガスを除去することによって得られている。また、水を電気や光触媒によって分解し、水素と酸素、水蒸気を含む混合ガスから水素のみを取り出すことで得られている。また、水素はアンモニアを合成するハーバー・ボッシュ法にも用いられている。これは、水素と窒素を高温、高圧で反応させることでアンモニアを合成する方法であるが、生産プラントにおいて未反応の水素と窒素を分離回収するプロセスが必要である。
【0003】
低コストで混合ガスから特定のガスを濃縮させる方法として、素材の持つ気体透過性の違いを利用して、目的ガスを選択的に透過させる膜分離法が注目されている。
【0004】
特許文献1には、単層の中空糸膜に界面活性剤を付着させ、気体の選択分離性を向上させる手法が提案されている。非特許文献1には、ポリアミド複合膜の表面にポリフェニレンオキシドのコーティングを施すことでヘリウムと二酸化炭素の選択分離性を向上させる技術が記載されている。また、非特許文献2には、RO膜表面にポリジメチルシロキサンのコートを施すことでメタンとその他ガスの選択分離性を向上させる方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Seung-Hak Choi、外2名、‘Journal of Membrane Science’、553、2018年、p.180-188
【非特許文献2】Jaesung Park、外3名、‘Journal of Membrane Science’、604、2020年、118009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の技術では、酸素、窒素、メタン等の他種ガスの透過抵抗を効率的に高めることができず、水素、ヘリウム、水蒸気、アンモニア等の分子径の小さなガスの高い透過性と、酸素、窒素、メタン等の他種ガスとの高い選択分離性を両立できないという問題点がある。
【0008】
そこで本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、水素、ヘリウム、水蒸気、アンモニア等の分子径の小さなガスの高い透過性と、酸素、窒素、メタン等の他種ガスとの高い選択分離性を有する気体分離用複合膜およびそれを用いた気体分離用複合モジュール、気体分離システム、HeまたはH2の精製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、気体分離用複合膜の性能、特に選択分離性を大幅に改善した。本発明は、以下の構成を要旨とするものである。
【0010】
(1)少なくとも多孔性支持層、分離機能層、被覆層をこの順序で有する気体分離用複合膜であって、
非凝縮性ガスをHe、凝縮性ガスをH
2Oとし、温度40℃の条件でナノパームポロメトリー分析を行った際、相対湿度90%におけるHe透過度が相対湿度10%におけるHe透過度の60%以上100%以下であり、
ISO 19403-1(2017)に準拠して測定した空気中における前記被覆層表面と純水の接触角が50°以上130°以下である気体分離用複合膜。
(2)前記被覆層の表面に純水が着滴してから1秒後の接触角Xと、30秒後の接触角Yが、式1を満たす、(1)に記載の気体分離用複合膜。
【数1】
(3)陽電子ビーム法により決定される前記分離機能層の平均空孔半径Rf[nm]が、0.2nm以上0.4nm以下である、(1)または(2)に記載の気体分離用複合膜。
(4)前記分離機能層上に被覆層を有し、飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)により検出される、前記被覆層側表面から深さ0~50nmの領域におけるSi-ピークが10000counts以上100000counts以下であることを特徴とする、(1)から(3)のいずれかに記載の気体分離用複合膜。
(5)前記分離機能層の主成分が架橋芳香族ポリアミドである、(1)から(4)のいずれかに記載の気体分離用複合膜。
(6)25℃におけるH
2透過度が1nmol/m
2/s/Pa以上100nmol/m
2/s/Pa以下である、(1)から(5)のいずれかに記載の気体分離用複合膜。
(7)(1)から(6)のいずれかに記載の気体分離用複合膜、供給側流路材および透過側流路材が、中心管に巻囲された、スパイラル型気体分離用複合膜モジュール。
(8)(7)に記載のスパイラル型気体分離用複合膜モジュールを備える気体分離システム。
(9)(8)記載の気体分離システムを用いたHeまたはH
2の精製方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、水素、ヘリウム、水蒸気、アンモニア等の分子径の小さなガスに対して高い選択分離性を有する気体分離用複合膜、スパイラル型気体分離用複合膜モジュール及びそれらを用いた気体分離システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施形態に係る気体分離用複合膜の断面図である。
【
図2】スパイラル型気体分離用複合膜モジュールを部分的に分解して示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.気体分離用複合膜
本発明の気体分離用複合膜は、少なくとも多孔性支持層、分離機能層、及び被覆層をこの順序で有する気体分離用複合膜であって、非凝縮性ガスをHe、凝縮性ガスをH2Oとし、温度40℃の条件でナノパームポロメトリー分析を行った際、相対湿度90%におけるHe透過度が相対湿度10%におけるHe透過度の60%以上100%以下である気体分離用複合膜である。以下、本発明の気体分離用複合膜について詳細に説明する。
【0014】
本実施形態の気体分離用複合膜(51)は、
図1に示すように、少なくとも、多孔性支持層(52)、分離機能層(53)、被覆層(54)をこの順で備える。また、基材(55)を有していてもよい。さらにこの気体分離用複合膜は、ISO 19403-1(2017)に準拠して測定した空気中における前記被覆層表面と純水の接触角が50°以上130°以下である気体分離用複合膜である。
【0015】
(基材)
本発明の気体分離用複合膜は基材を有していてもよい。基材はガスの分離選択透過能を持つ必要はなく、分離機能層を支持することで、気体分離用複合膜全体に強度を与えることができればよい。
【0016】
基材を構成する樹脂としては特に限定されないが、ポリエステル系重合体、ポリアミド系重合体、ポリオレフィン系重合体、ポリスルフィド系重合体、あるいはこれらの混合物や共重合体などが挙げられる。なかでも機械的強度および熱的安定性の高いポリエステル系重合体やポリスルフィド系重合体が、基材を構成する樹脂として特に好ましい。
【0017】
基材の形態としては特に限定されないが、長繊維不織布、短繊維不織布といった不織布または織編物が好ましく、長繊維不織布を用いることが特に好ましい。ここで、長繊維不織布とは、平均繊維長300mm以上、かつ平均繊維径3~30μmの不織布のことを指す。長繊維不織布を用いることで、多孔性支持層となる高分子溶液を十分に含侵させることができるため、基材との接着性が向上し、多孔性支持膜の物理的安定性を高めることができる。また、高分子溶液が基材に十分に含浸することで、多孔性支持層を形成する相分離の際に、非溶媒との置換速度が大きくなる。その結果、マクロボイドの発生を抑制することができ、気体透過の選択性向上に寄与する。
【0018】
(多孔性支持層)
本発明の気体分離用複合膜は、多孔性支持層を有する。多孔性支持層は、水素またはヘリウムを透過できるものであればよい。多孔性支持層は、ガスの分離選択透過能を持っていても、持たなくともよく、分離機能層を支持することで、気体分離用複合膜全体に強度を与えることができればよい。
【0019】
多孔性支持層の孔のサイズおよび分布は特に限定されないが、例えば、孔径は、多孔性支持層全体で均一であるか、あるいは多孔性支持層において分離機能層と接する側の表面からもう一方の面にかけて徐々に大きくなっていてもよい。
【0020】
多孔性支持層の素材は特に限定されないが、例えば、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアミド、ポリアラミド、ポリエステル、セルロース系ポリマー、ビニルポリマー、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルホン、ポリフェニレンオキシドなどのホモポリマーまたはコポリマーが挙げられ、これらを単独または混合して使用することができる。セルロース系ポリマーとしては、酢酸セルロース、硝酸セルロースなど、ビニルポリマーとしては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリルなどが挙げられる。
【0021】
中でも、多孔性支持層の素材は、ポリスルホン、ポリアミド、ポリエステル、酢酸セルロース、硝酸セルロース、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリル、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホンなどのホモポリマーまたはコポリマーが好ましい。酢酸セルロース、ポリスルホン、ポリフェニレンスルフィドスルホンまたはポリフェニレンスルホンは、化学的、機械的および熱的に安定性が高く、より好ましく、ポリスルホン、酢酸セルロースが特に好ましい。
【0022】
基材と多孔性支持層の厚みは、複合半透膜の強度及びそれをエレメントにしたときの充填密度に影響を与える。良好な機械的強度及び充填密度を得る観点から、基材と多孔性支持層の厚みの合計は、30~300μmであることが好ましく、100~220μmであることがより好ましい。また、多孔性支持層の厚みは、20~100μmであることが好ましい。より好ましくは、23μm~50μm、さらに好ましくは27μm~40μmである。なお、基材と多孔性支持層の厚みは、断面観察で厚み方向に直交する方向(膜の面方向)に20μm間隔で測定した、20点の厚みの平均値を算出することで求めることができる。
【0023】
(分離機能層)
本発明の気体分離用複合膜における分離機能層の素材は特に限定されないが、セルロースやポリイミド、ポリアミドなどを用いることが好ましく、ポリアミドを含んだ分離機能層を備えた複合膜が好ましい。分離機能層がポリアミドを主成分とする場合には、多孔性支持層上で、多官能性アミンと多官能性酸ハロゲン化物との界面重縮合を行うことにより形成することができる。
【0024】
ポリアミドを主成分とするとは、分離機能層100重量%において、ポリアミドが50重量%以上を占めることを意味し、分離機能層100重量%中のポリアミドの量は、好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上100重量%以下である。
【0025】
分離機能層中のポリアミドは、全芳香族ポリアミドでも、全脂肪族ポリアミドでも、芳香族部分と脂肪族部分を併せ持っていてもよいが、より高い性能を発現するためには、全芳香族であることが好ましい。
【0026】
多官能性アミンとは、具体的には多官能性芳香族アミンまたは多官能性脂肪族アミンである。多官能性芳香族アミンとは、一分子中に第一級アミノ基及び第二級アミノ基から選ばれるアミノ基を2個以上有し、かつ、アミノ基のうち少なくとも1つは第一級アミノ基である芳香族アミンを意味する。また多官能性脂肪族アミンとは、一分子中に第一級アミノ基及び第二級アミノ基から選ばれるアミノ基を2個以上有する脂肪族アミンを意味する。
【0027】
例えば、多官能性芳香族アミンとしては、o-フェニレンジアミン、m-フェニレンジアミン、p-フェニレンジアミン、o-キシリレンジアミン、m-キシリレンジアミン、p-キシリレンジアミン、o-ジアミノピリジン、m-ジアミノピリジン、p-ジアミノピリジン等の2個のアミノ基がオルト位やメタ位、パラ位のいずれかの位置関係で芳香環に結合した多官能性芳香族アミン等が挙げられる。
【0028】
また、多官能性脂肪族アミンとしては、エチレンジアミン、1,3-ジアミノプロパン、1,4-ジアミノブタン、1,5-ジアミノペンタン、ピペラジン、2-メチルピペラジン、2,4-ジメチルピペラジン、2,5-ジメチルピペラジン、2,6-ジメチルピペラジン等が挙げられる。これらの多官能性アミンは、単独で用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。
【0029】
また、多官能性酸ハロゲン化物とは、具体的には多官能性芳香族酸ハロゲン化物または多官能性脂肪族酸ハロゲン化物である。
【0030】
多官能性酸ハロゲン化物とは、一分子中に少なくとも2個のハロゲン化カルボニル基を有する酸ハロゲン化物をいう。例えば、3官能酸ハロゲン化物では、トリメシン酸クロリド等を挙げることができ、2官能酸ハロゲン化物では、ビフェニルジカルボン酸ジクロリド、アゾベンゼンジカルボン酸ジクロリド、テレフタル酸クロリド、イソフタル酸クロリド等を挙げることができる。
【0031】
多官能性アミンとの反応性を考慮すると、多官能性酸ハロゲン化物は多官能性酸塩化物であることが好ましく、また、気体分離用複合膜の選択分離性、耐熱性を考慮すると、一分子中に2~4個の塩化カルボニル基を有する多官能性酸塩化物であることが好ましい。
【0032】
中でも、入手の容易性や取り扱いのしやすさの観点から、トリメシン酸クロリドがより好ましい。これらの多官能性酸ハロゲン化物は、単独で用いても、2種以上を併用してもよい。
【0033】
また、重縮合反応とは、具体的には界面重縮合である。
【0034】
本発明の分離機能層はより高い性能を発現するため、架橋芳香族ポリアミドを主成分とすることが好ましい。架橋芳香族ポリアミドは、多官能性芳香族アミンと多官能性芳香族酸ハロゲン化物との界面重縮合を行う事により形成することができる。
【0035】
前記分離機能層において、薄膜は、凹部と凸部とを有するひだ構造を有しても良い。ひだ構造を有する場合、膜面積に対し膜の分離機能を有する表面積が増えるため、気体の透過度を高めることができる。
【0036】
(被覆層)
本発明の気体分離用複合膜は、分離機能層上に被覆層を有する。分離機能層には、粗大孔や欠点等の気体透過度が著しく大きい領域がわずかながら存在する。このような領域においては分子ふるいによる分離の寄与が小さく、水素、ヘリウム、水蒸気、アンモニア等の分子径の小さなガスに対する選択分離性が低い。粗大孔や欠点等の選択分離性が低い領域の寄与を少なくすることが、膜全体の選択分離性の向上に重要である。
【0037】
分離機能層上に被覆層を形成することで、粗大孔・欠点からの気体透過を抑制することができる。酸素、窒素、メタン等の透過を大きく抑制するが、水素およびヘリウム等の軽ガスの透過への影響は小さいため、選択分離性を大きく向上させることができる。
【0038】
被覆層は、分離機能層の必ずしも表面全体を覆う必要はなく、被覆層を形成する際のコーティングのムラなどにより部分的に被覆層が欠損している場合や、粗大孔・欠点が特に多い表面のみに被覆層を形成する場合もありうる。
【0039】
被覆層は、分離機能層、支持層に進入し得る。被覆層成分が支持層に進入すると、気体の透過パスを塞いでしまうため、透過度が減少する傾向にある。一方で、機能層と支持層、支持層と基材の接着強度を低下させたり、支持層構造を破壊したりすることで、気体が空隙から漏れて選択性を低下させたりすることがある。したがって、被覆層の支持層への進入は少ないことが好ましい。被覆層の支持層への進入厚みは、被覆層と支持層の構造によるが、TEM-EDX(透過電子顕微鏡―エネルギー分散型X線分光法)で支持層のみ、被覆層のみに含まれる元素のマッピングを行う、TOF-SIMS(飛行時間型二次イオン質量分析法)で深さ方向に成分分析を行うなどで可能である。支持層がポリスルホン、被覆層がシリコーンの場合は、TEM-EDXでポリスルホンに含まれるSと被覆層に含まれるSiのマッピングを行い、重なる範囲で進入厚みを決定する。このとき、SiとSの重なり、すなわち進入厚みは、0~150nmであることが好ましく、0~130nmであることがより好ましく、0~100nmであることがさらに好ましい。
【0040】
本発明の気体分離用複合膜は、非凝縮性ガスをHe、凝縮性ガスをH2Oとし、温度40℃の条件でナノパームポロメトリー分析を行った際、相対湿度90%におけるHe透過度が相対湿度10%におけるHe透過度の60%以上100%以下である。70%以上100%以下がより好ましく、90%以上100%以下がさらに好ましい。
【0041】
ナノパームポロメトリーとは、凝縮性ガスと非凝縮性ガスの混合ガスを測定サンプルに供給し、凝縮性ガスの相対圧を変更してサンプルから透過する非凝縮性ガス量の変化を計測することで、毛管凝縮径との関係から0.5nm~50nmの細孔径分布を測定可能な分析手法である。温度40℃、相対湿度10%とした際の毛管凝縮径は0.9nmであり、温度40℃、相対湿度90%とした際の毛管凝縮径は20nmである。相対湿度90%とした際のHe透過度が、相対湿度10%とした際のHe透過度に対し60%以上である場合、約0.9nm~約20nmの毛管凝縮径がHe透過度に与える寄与が40%以下であり、ナノサイズ以上の粗大孔が少ないことを意味する。粗大孔の透過寄与が少ないほど、粗大孔に起因する好ましくない酸素、窒素、メタン等の他種ガスの透過が生じず、高い分離性能を発揮することができる。
【0042】
本発明の気体分離用複合膜において、空気中における被覆層表面と純水の接触角は50°以上130°以下であることが好ましい。接触角が50°以上であることで、粗大孔からの気体透過を抑制することができ、酸素、窒素、メタン等の透過を大きく抑制できる。130°以下であることで、水素およびヘリウム等の軽ガスの透過度の低下を抑制することができ、高い選択分離性を発現する。80°以上130°以下であることがさらに好ましく、100°以上130°以下であることが特に好ましい。
【0043】
ここでの接触角とは、静的接触角を指し、ISO 19403-1(2017)に準拠して、蒸留水3.0μLを気体分離用複合膜の被覆層側に滴下し、水滴滴下1秒後に接触角(液滴の接線と固体表面とのなす角度)を測定した。純水を被覆層表面に滴下すると、「ヤングの式」と呼ばれる、下記式2が成り立つ。
【0044】
【0045】
ここで、γSは被覆層の表面張力、γLは純水の表面張力、γSLは被覆層と純水の界面張力である。この式を満たすときの純水の接線と被覆層表面のなす角θを接触角という。接触角は、広く市販されている装置により測定することができ、例えば、Contact Angle meter(協和界面科学株式会社製)により測定することができる。
【0046】
接触角は時間の経過と共に徐々に小さい値へと変化する。本発明において被覆層の表面に純水が着滴してから1秒後の接触角をX、30秒後の接触角をYとした場合、下記式1が成り立つ。
【0047】
【0048】
Y/Xが0.8以上1以下であることが好ましく、0.9以上1以下であることがさらに好ましく、0.95以上1以下であることが特に好ましい。Y/Xがこの範囲にあることにより、水素およびヘリウム等の軽ガスの透過を促進し、酸素や窒素などのガスの透過を抑制することが可能であり、高い選択分離性を発現する。
【0049】
陽電子ビーム法によって形成される被覆層の平均空孔直径Rc[nm]が0.6nm以上1.2nm以下であることが好ましく、0.7nm以上1.0nm以下がより好ましく、0.75nm以上0.85nm以下がさらに好ましい。被覆層の平均空孔直径Rc[nm]が0.6nm以上であることで水素、ヘリウム、水蒸気、アンモニア等の分子径の小さなガスの透過をなるべく大きく保つことが可能となり、1.0nm以下とすることで機能層の粗大孔や欠陥に起因する酸素、窒素、メタン等の透過を効果的に抑制することができる。
【0050】
陽電子ビーム法は、陽電子消滅寿命測定法の一つであり、陽電子が試料に入射してから消滅するまでの時間を測定し、その消滅時間から約0.1~10nmの空孔の大きさ、数密度、さらには空孔の大きさの分布に関する情報を非破壊的に評価する方法である。陽電子線源として放射性同位体(22Na)の代わりに陽電子ビームを用いる点が、通常の陽電子消滅法と異なり、数百nm厚程度の薄膜の測定を可能とした手法である。被覆層の平均空孔直径Rc[nm]は、被覆層を有する表面から陽電子を1keVの強さで打ち込んだ際の陽電子消滅寿命τから求められる。
【0051】
被覆層の平均空孔直径Rc[nm]は、上記の陽電子の消滅寿命τに基づいて、以下の式3から求めている。式3は、厚さΔRの電子層にある平均空孔直径Rcの空孔にオルソポジトロニウム(o-Ps)が存在すると仮定した場合の関係を示しており、ΔRは経験的に0.166nmと求められている(Nakanishi他,Journal of Polymer Science,Part B:Polymer Physics,Vol.27,p.1419,John Wiley & Sons,Inc.(1989)にその詳細が記載されている)。
【0052】
【0053】
被覆層を形成する物質としては、シリコーン樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリビニルアルコール、ポリウレタンなどの有機物、また金属有機構造体であるMOF(Metal Organic Frameworks)、水素透過材料であるパラジウムまたはパラジウム合金を用いた金属系の材料などを用いることができる。入手のしやすさ、取り扱いの容易さ、平均空孔直径Rc[nm]が上述の範囲を満たすことができる物質であるという観点から、ポリシロキサンが特に好ましい。
【0054】
被覆層の厚みは、0.2μm以上2.0μm以下が好ましく、0.5μm以上1.5μm以下がより好ましく、0.7μm以上1.2μm以下がさらに好ましい。0.2μm以上とすることで、分離機能層の凹凸やコーティングの厚みムラによる被覆層の欠陥発生を防ぐことができる。2.0μm以下であることで、被覆層によるガス透過度の低減を小さくし、ガス透過度を大きく保つことができる。
【0055】
被覆層厚みは、走査型電子顕微鏡を用いて気体分離用複合膜の断面を観察し、得られた断面画像を画像解析することで求めることができる。観察試料を作製する際には凍結割断法を用いる。具体的には、液体窒素等の冷媒を用いて試料を凍結させ、カミソリまたはミクロトームによって断面を露出させるといった方法が挙げられる。画像解析用のソフトとしてはImageJやMac-Viewといった画像解析ソフトを用いることができる。
【0056】
飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)により検出される、前記被覆層側表面から深さ0~50nmの領域におけるSi-ピークが10000counts以上100000counts以下であることが好ましく、15000counts以上100000counts以下がより好ましく、20000counts以上100000counts以下がさらに好ましい。Si-ピークが10000counts以上であることで分離機能層の粗大孔からの透過を抑制するために十分な厚みの被覆層を形成することができる。
【0057】
(気体分離用複合膜のガス透過性)
He透過度がH2透過度の1.10倍以上1.65倍以下であることが肝要であり、1.20倍以上1.60倍以下がより好ましく、1.30倍以上1.50倍以下がさらに好ましい。
【0058】
Heの動力学的分子径(動的分子径とも言う)は0.260nm、H2の動力学分子径は0.289nmであり、HeのほうがH2よりもわずかに分子が小さい。He透過度とH2透過度の違いが大きいほど、小さい細孔が気体分離用複合膜に多く分布しており、気体の動力学分子径に応じた透過度の差が大きくなり、酸素、窒素、メタンに対する選択分離性も高くなる。
【0059】
He透過度がH2透過度の1.10倍以上であることで気体の分子径に応じたふるい分けにより、分子径の大きなガスとの選択分離性を発現でき、1.65倍以下であることで過度に孔が小さいことによるH2透過の低下や低いH2溶解性によるH2透過の阻害を防ぐことが可能となる。
【0060】
また、25℃におけるH2透過度は1nmol/m2/s/Pa以上100nmol/m2/s/Pa以下が好ましく、5nmol/m2/s/Pa以上60nmol/m2/s/Pa以下がより好ましく、10nmol/m2/s/Pa以上40nmol/m2/s/Pa以下がさらに好ましい。1nmol/m2/s/Pa以上であることで水素分離の際に必要となる膜面積を少なくすることができ、100nmol/m2/s/Pa以下であることで高圧条件において水素透過を行った際の膜面分極を抑制し、分離性能の低下を防ぐことができる。
【0061】
(RfとdNKPの関係)
陽電子ビーム法により決定される、前記分離機能層の平均空孔半径Rf[nm]と、式4とにより決定される、前記気体分離用複合膜の孔径dNKP[nm]が、式5を満たすことが好ましい。
【0062】
【0063】
【0064】
ここで、「i」はH2、N2、CH4のいずれかであり、「Pi」は25℃におけるガスiの透過度[nmol/m2/s/Pa]であり、PHeは25℃におけるHeガスの透過度[nmol/m2/s/Pa]であり、Miはガスiの分子量、MHeはHeガスの分子量であり、dk,iはガスiの動的分子径[nm]であり、dk,HeはHeガスの動的分子径[nm]である。
【0065】
分離機能層の平均空孔半径Rf[nm]は、陽電子ビーム法または走査型透過電子顕微鏡(以下、「STEM」)により観察した分離機能層の孔径解析より算出できる。
陽電子ビーム法は、陽電子消滅寿命測定法の一つであり、陽電子が試料に入射してから消滅するまでの時間を測定し、その消滅時間から約0.1~10nmの空孔の大きさ、数密度、さらには空孔の大きさの分布に関する情報を非破壊的に評価する方法である。陽電子線源として放射性同位体(22Na)の代わりに陽電子ビームを用いる点が、通常の陽電子消滅法と異なり、数百nm厚程度の薄膜の測定を可能とした手法である。分離機能層の平均空孔半径Rf[nm]は、分離機能層を有する表面から陽電子を1keVの強さで打ち込んだ際の陽電子消滅寿命τから求められる。
【0066】
本発明の気体分離用複合膜の分離機能層の平均空孔半径Rf[nm]は、上記の陽電子の消滅寿命τに基づいて、以下の式6から求めている。式6は、厚さΔRの電子層にある分離機能層の平均空孔半径Rfの空孔にオルソポジトロニウム(o-Ps)が存在すると仮定した場合の関係を示しており、ΔRは経験的に0.166nmと求められている(Nakanishi他,Journal of Polymer Science,Part B:Polymer Physics,Vol.27,p.1419,John Wiley & Sons,Inc.(1989)にその詳細が記載されている)。
【0067】
【0068】
STEMにより解析する場合は、基材及び支持層を除去した試料をTEM観察用グリッドに転写し、STEM及びSTEM 装置に付随する二次電子検出器による走査電子顕微鏡法(SEM)を用いて測定する。取得したSTEM画像をDeConvHAADF(HREM research inc.)でデコンボリューションを行い、孔とポリアミドの構造を強調させる。次に、ImageJを用いて二値化を実行して、粒径分析を行うことで、各領域における孔数と孔径を定量的に解析する。この解析により、各孔に対して孔径と面積を画像のピクセル数として算出できる。
分離機能層の平均空孔半径Rf[nm]は0.2nm以上0.4nm以下が好ましく、0.22nm以上0.35nm以下がより好ましく、0.24nm以上0.30nm以下がさらに好ましい。分離機能層の平均空孔半径Rf[nm]が0.2nm以上であることで、膜を透過させたいガスの透過度を大きくすることができ、0.4nm以下であることで、ガスの分子径に応じた選択分離性を発現することが可能となる。
【0069】
孔径dNKP[nm]は、NKP(Normalized-Knudsen-based Permeance)法に基づき、以下の式4から求めている。NKP法とは、分子径の異なる多種類の非凝縮性ガスの膜透過流量を測定し、横軸にガスの動力学分子径、縦軸に膜透過流量をプロットし、式4でカーブフィッティングすることで孔径dNKP[nm]を算出する方法である。本明細書においては非凝縮性ガスとして、He、H2、N2、CH4の4種のガスを用いる(Lie Meng他,Journal of Membrane Science,Vol.496,p.211-218,Department of Chemical Engineering, Graduate School of Engineering,Hiroshima University(2015)にその詳細が記載されている)。
【0070】
【0071】
一般に、気体分離用複合膜の分離機能層は孔径分布を有する。目的ガスの選択分離性に優れた適正サイズの孔径である適正孔のみを有することが理想的であるが、実際は選択分離性の低い粗大孔を有することが多く、選択分離性の向上のためには、粗大孔の寄与を低減することが重要である。
【0072】
分離機能層の粗大孔の寄与が低減された膜においては、分離機能層の平均空孔半径Rf[nm]から求められる孔の直径(2Rf)に対し、NKP法によって算出される孔径dNKP[nm]が小さくなる。NKP法によって算出される孔径dNKP[nm]が、分離機能層の平均空孔半径Rf[nm]から求められる孔径(2Rf)に対し、0.60倍以上0.90倍以下であること、つまり式5を満たすことが好ましく、0.65倍以上0.85倍以下がより好ましく、0.70倍以上0.80倍以下であることがさらに好ましい。「孔径dNKP/孔径(2Rf)」が、0.60倍以上であることで、水素、ヘリウム、水蒸気、アンモニア等の分子径の小さなガスの透過を大きくすることができ、「孔径dNKP/孔径(2Rf)」を0.90倍以下とすることで、選択分離性を大きくすることができる。
【0073】
分離機能層の粗大孔の寄与を低減する方法、つまり式5を満たすための方法としては、分離機能層表面へのコーティング、機能層及び/又は多孔性支持層への異種物質の吸着、製法の改良による支持膜の高密度化、加圧による多孔性支持層の圧密化、などが挙げられる。これらの手法で分離機能層以外の箇所にガス透過抵抗を付与することが粗大孔の寄与低減には重要となる。
【0074】
粗大孔はガス透過抵抗が小さいため、ガス透過度が著しく大きい。一方、適正孔は粗大孔と比べるとはるかにガス透過抵抗が高く、ガス透過度が小さい。上述の方法を用いて分離機能層以外の箇所にガス透過抵抗を付与した場合、粗大孔からのガス透過は大幅に抑制されるが、適正孔の透過に与える影響は小さいため、粗大孔からのガス透過の寄与を低減することが可能となり、膜全体の選択分離性が向上する。
【0075】
2.気体分離用複合膜の製造方法
次に、上記気体分離用複合膜の製造方法について、例を挙げて説明する。
【0076】
(支持膜の形成)
基材と多孔性支持層との積層体を支持膜と称し、この場合について説明する。以下に挙げる例では、支持膜の形成方法は、多孔性支持層の構成成分であるポリマーをそのポリマーの良溶媒に溶解させることで、ポリマー溶液を調整する工程、基材にポリマー溶液を塗布する工程、及びポリマー溶液を凝固浴に浸漬させることでポリマーを湿式凝固させる工程を含む。凝固したポリマーが多孔性支持層に相当する。
【0077】
ポリマーとしてポリスルホン、ポリエーテルスルホンの少なくとも一方を用いる場合は、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)に溶解させることでポリマー溶液を得る。凝固浴としては水が好ましく用いられる。
【0078】
また、ポリマーの一例であるアラミドは、酸クロリドおよびジアミンをモノマーとして用いる溶液重合または界面重合によって得られる。溶液重合では、溶媒としてN-ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチルピロリドン(NMP)、ジメチルアセトアミド(DMAc)などの非プロトン性有機極性溶媒を用いることができる。単量体として酸クロリドとジアミンを使用してポリアミドを生成すると塩化水素が副生する。塩化水素を中和する場合には水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸リチウムなどの無機の中和剤、またエチレンオキサイド、プロピレンオキサイド、アンモニア、トリエチルアミン、トリエタノールアミン、ジエタノールアミンなどの有機の中和剤が使用される。
【0079】
(分離機能層の形成)
次に分離機能層の形成工程を説明する。以下の説明では分離機能層の一例であるポリアミドからなる分離機能層について記述する。ポリアミドからなる分離機能層は、前記支持膜上で多官能性アミンと多官能性酸ハロゲン化物との界面重縮合によりポリアミドを形成することで、形成される。
【0080】
より具体的には、分離機能層の形成工程は以下の工程を有する。
(a)多官能性アミンを含有する水溶液を多孔性支持層上に塗布する工程。
(b)前記工程(a)後に、前記多孔性支持層に多官能性酸ハロゲン化物を含有する有機溶媒溶液を塗布する工程。
【0081】
工程(a)において、多官能性アミン水溶液における多官能性アミンの濃度は0.1重量%以上20重量%以下の範囲内であることが好ましく、より好ましくは0.5重量%以上15重量%以下の範囲内である。多官能性アミンの濃度がこの範囲であると十分な選択分離性及びガス透過性を得ることができる。
【0082】
多官能性アミン水溶液には、多官能性アミンと多官能性酸ハロゲン化物との反応を妨害しないものであれば、界面活性剤や有機溶媒、アルカリ性化合物、酸化防止剤等が含まれていてもよい。界面活性剤は、支持膜表面の濡れ性を向上させ、多官能性アミン水溶液と非極性溶媒との間の界面張力を減少させる効果がある。
【0083】
多官能性アミン水溶液の多孔性支持層への塗布は、多孔性支持層上に均一にかつ連続的に行うことが好ましい。塗布とは、多孔性支持層に多官能性アミン水溶液を接触させることであり、具体的には、多官能性アミン水溶液の多孔性支持層表面へのコーティング、または支持膜の多官能性アミン水溶液への浸漬等である。コーティングとしては、滴下、噴霧、ローラー塗布等が挙げられる。
【0084】
多孔性支持層上に多官能性アミン水溶液を塗布してから液切りするかまたは多官能酸ハロゲン化物を塗布するまでの時間(つまり多孔性支持層と多官能性アミン水溶液との接触時間)は、1秒以上10分間以下であることが好ましく、10秒以上3分間以下であるとさらに好ましい。
【0085】
多官能アミン水溶液を多孔性支持層に塗布した後は、多孔性支持層上に液滴が残らないように液切りする。液滴が残存している箇所は膜欠点となって分離性能が低下することがあるが、液切りによってそれを防ぐことができる。多官能アミン水溶液塗布後の支持膜を垂直方向に把持して過剰の水溶液を自然流下させる方法や、エアーノズルから窒素などの気流を吹き付け、強制的に液切りする方法などを用いることができる。
【0086】
工程(b)において、有機溶媒溶液中の多官能性酸ハロゲン化物の濃度は、0.01重量%以上10重量%以下の範囲内であると好ましく、0.02重量%以上2.0重量%以下の範囲内であるとさらに好ましい。0.01重量%以上とすることで十分な反応速度が得られ、また、10重量%以下とすることで副反応の発生を抑制することができるためである。
【0087】
有機溶媒は、水と非混和性であり、かつ多官能性酸ハロゲン化物を溶解し、支持膜を破壊しないものが望ましく、多官能性アミン化合物及び多官能性酸ハロゲン化物に対して不活性であるものであればよい。好ましい例として、n-ヘキサン、n-オクタン、n-ノナン、n-デカン、n-ウンデカン、n-ドデカン、n-トリデカン、イソオクタン、イソデカン、イソドデカン等の炭化水素化合物、あるいはこれらの混合物が挙げられる。
【0088】
多官能酸ハロゲン化物溶液の多孔性支持層への塗布方法は、多官能アミン水溶液の多孔性支持層への塗布方法と同様に行えばよい。ただし、多官能酸ハロゲン化物の溶液は、多孔性支持層の片面のみに塗布することが好ましいので浸漬よりもコーティングにより塗布することが好ましい。
【0089】
このとき、多官能酸ハロゲン化物の有機溶媒溶液を接触させた多孔性支持層を加熱してもよい。加熱処理する温度としては50℃以上180℃以下、好ましくは60℃以上160℃以下である。60℃以上で加熱することで、界面重合反応でのモノマー消費に伴う反応性の低下を熱による反応の促進効果で補うことができる。160℃以下で加熱することで溶媒が完全に揮発して反応効率が著しく低下するのを防ぐことができる。また、それぞれの時間の加熱処理時間は、5秒以上600秒以下であることが好ましい 。5秒以上とすることで反応の促進効果を得ることができ、600秒以下とすることで溶媒が完全に揮発することを防ぐことができる。
【0090】
また、界面重縮合反応の途中に多官能性ハロゲン化物を追加し、多官能性アミンの消費を促進してもよい。
【0091】
(被覆層の形成)
次に被覆層の形成工程を説明する。
被覆層は、前記分離機能層上に被覆層を形成する物質を含有する溶液、又はエマルジョンを接触させることが好ましい。接触の方法は特に限定されないが、被覆層厚みの制御が容易であることから、分離機能層上へ被覆層を形成する物質を含有する溶液、又はエマルジョンをコーティングすることが好ましい。それ以外の接触方法としては、多孔性支持層側からの塗布や、溶液への膜の浸漬などが挙げられる。
【0092】
コーティング方式は特に限定されないが、薄膜コーティングに適するマイクログラビアや、バーコート、スピンコートなどが好ましい。
【0093】
被覆層を形成する物質を含有する溶液、又はエマルジョンとしての溶媒としては水、エタノール、2-ブタノール、イソプロパノールなどのアルコール類、ペンタン、ベンゼン、ヘキサン、トルエン、クロロホルム等が挙げられ、分離機能層や多孔性支持層の劣化が少ないという点で水、エタノール、ヘキサンが好ましい。溶媒として水を用いる場合、水溶液のpHは気体分離用複合膜の劣化を可能な限り少なくする目的で、3~11の範囲であることが好ましい。
【0094】
被覆層を形成する物質は、特に限定していないが、上述したようにシリコーン樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリビニルアルコール、ポリウレタンなどの有機物、また金属有機構造体であるMOF(Metal Organic Frameworks)、水素透過材料であるパラジウムまたはパラジウム合金を用いた金属系の材料などを用いることができる。入手のしやすさ、取り扱いの容易さ、空気中における被覆層表面と純水の接触角が前述の範囲を満たすことができる物質であるという観点から、ポリシロキサンを主成分とすることが好ましい。ポリシロキサンとして分離機能層に接触させても、接触後にポリシロキサンを形成しても良い。このような試薬として、例えば、メチルエチルケトオキシム、メチルトリス(メチルエチルケトオキシム)シラン、ビニルトリス(メチルエチルケトキシム)シラン、アミノエチルアミノプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、オクタメチルシクロテトラシロキサン、環状シロキサンエステル、ポリジメチルシロキサン等が挙げられる。また、これらのうち、一種類のモノマーを重合させたポリマーや、二種類以上のモノマーを重合させたポリマー、市販の混和物を含有する溶液を接触させても良く、例えばモメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ社製のTSEシリーズ、信越シリコーン社製のシリコーンレジン、シリコーンオリゴマー、シリコーンエマルジョンを用いても良い。
【0095】
3.スパイラル型気体分離用複合膜モジュール
(概要)
本発明の気体分離用複合膜は、平膜形状をとる場合、スパイラル型モジュールやスタック型モジュールに適用可能であり、中空糸形状をとる場合は中空糸型モジュールに適応可能であるが、以下ではスパイラル型モジュールについて記述する。
【0096】
本発明のスパイラル型気体分離用複合膜モジュールは、前述の本発明の気体分離用複合膜、供給側流路材、及び透過側流路材が、透過ガスを集積する中心管の周りに巻囲された、気体分離用複合膜モジュールであり、以下、これの詳細について説明する。
【0097】
なお、
図2は、スパイラル型気体分離用複合膜モジュール(50)を部分的に分解して示す斜視図である。
図2に示すように、スパイラル型気体分離用複合膜モジュール(50)は、中心管(56)、気体分離用複合膜(51),供給側流路材(57)、透過側流路材(58)を備える。
【0098】
(中心管)
中心管(56)は、側面に貫通孔が形成された中空の円筒状部材である。中心管(56)の材質はモジュール使用時の圧力、温度または供給側気体の種類に応じて劣化しないものであればよい。
図2中、G1は混合ガス、G2は透過ガス、G3は濃縮ガスを示す。
【0099】
(気体分離用複合膜)
気体分離用複合膜(51)については上述したとおりである。気体分離用複合膜(51)は、供給側流路材(57)および透過側流路材(58)と重ねられ、中心管(56)の周囲にスパイラル状に巻回されている。
【0100】
1個のスパイラル型モジュールは複数の気体分離用複合膜(51)を備えることができる。巻回されたこれらの部材を備えることで、スパイラル型気体分離用複合膜モジュール(50)は、中心管(56)の長手方向を長軸とする、概ね円柱状の外観を有する。
【0101】
気体分離用複合膜(51)は、被覆層側(供給側)の面同士が向かい合い、多孔性支持層又は基材側(透過側)の面同士が向かい合うように重ねられる。
【0102】
気体分離用複合膜(51)の被覆層側の面の間には供給側流路材(57)が挿入され、透過側の面の間には透過側流路材(58)が挿入される。
【0103】
中心管(56)の長手方向の両端において、供給側流路は開放されている。つまり、スパイラル型気体分離用複合膜モジュール(50)の一端には供給側入口が、他端には供給側出口が設けられる。一方で、供給側流路は、巻回方向内側の端部、つまり中心管側の端部において封止されている。封止は、気体分離用複合膜の折りたたみ、ホットメルトまたは化学的接着剤による気体分離用複合膜の接着、レーザー等に気体分離用複合膜間の融着で形成される。
【0104】
(流路材)
供給側流路材(57)および透過側流路材(58)は、気体分離用複合膜間で流路を確保するスペーサである。透過側流路材と供給側流路材とは、同じ部材であってもよいし、異なる部材であってもよい。以下、透過側流路材と供給側流路材とを「流路材」と総称する。
【0105】
流路材としては、ネット、不織布、織物、編物、フィルム等多孔性のシートが挙げられる。シートの片面または両面に樹脂等で形成された突起を設けてもよい。また、気体分離用複合膜に突起を直接固着させて、この突起を流路材としてもよい。
【0106】
流路材が、シートと突起とを有する場合、突起の形状は、ドットであってもよいし、曲線または直線状であってもよい。曲線または直線状であれば、ガスの流れをその形状に沿って制御することができる。突起の組成は、使用時の圧力、温度または供給側気体の種類に応じて劣化しないものであればよい。
【0107】
流路材は、熱可塑性樹脂で形成されていることが好ましい。気体分離用複合膜の損傷を抑制する観点から、熱可塑性樹脂は、ポリエステル、ナイロン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ABS(アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン)樹脂又はUV硬化性樹脂であることが好ましい。
【0108】
供給側流路材および透過側流路材の少なくとも一方、好ましくは両方の厚みは1000μm以下であることが好ましく、700μm以下であることがさらに好ましく、400μm以下であることが特に好ましい。このように流路材を薄くすることで、曲げに対する剛性が低減し、割れにくくなる。また、流路材を薄くすることで、気体分離用複合膜モジュールの体積を維持しながら、充填できる気体分離用複合膜の面積を大きくすることができる。
【0109】
4.気体分離システム
上述の気体分離用複合膜は、水素、ヘリウム、水蒸気、アンモニア等の分子径の小さなガスを選択的に透過すること可能であり、気体分離システムに適用される。
【0110】
本実施形態にかかる気体分離システムは、以下の工程を含む。
(1)気体分離用複合膜の一方の面に、透過成分であるガスAと、非透過成分であるガスBとを含む混合ガスを供給する工程。
(2)気体分離用複合膜の他方の面から、前記混合ガスよりもガスA/ガスBのモル比が大きいガスを得る工程。
【0111】
つまり、本分離システムによると、ガスAに対する気体分離用複合膜の透過性と不要成分であるガスBとに対する透過性とが違うことを利用して、ガスAとガスBとの混合ガスから、ガスBの濃度が低減された透過ガスを得ることができる。
【0112】
ガスBは具体的な種類に限定されないが、混合ガスは、ガスBとして、例えば、酸素、窒素、およびメタンの少なくとも一種のガスを含有することが好ましい。気体分離用複合膜は、水素、ヘリウム、水蒸気、アンモニア等の分子径の小さなガスの透過度と酸素、窒素、およびメタンの透過度の差が大きいことにより、水素、ヘリウム、水蒸気、アンモニア等の分子径の小さなガスを効率よく分離することができるためである。
【0113】
また、前記混合ガスが水蒸気を含有してもよい。水蒸気は膜に付着し、軽ガスの選択分離性を低下させる原因となるが、上記気体分離用複合膜は、供給ガスに水蒸気が含有している場合においても、優れた気体選択分離性を示す。
【0114】
本発明の気体分離システムにおいては、上述したスパイラル型気体分離用複合膜モジュールを用いることができる。また、本発明の気体分離システムにおいては、圧力容器は直列及び/または並列に接続され、上記圧力容器に収容して用いることもできる。
【0115】
工程(1)で、供給ガスをコンプレッサーにより昇圧して気体分離用複合膜(そのエレメント)に供給してもよいし、気体分離用複合膜の透過側をポンプで減圧してもよい。
【0116】
また、複数のエレメントを直列に接続してもよい。複数のエレメントを使用する場合は、下流のエレメントには上流のエレメントの透過ガス、非透過ガスのいずれを供給してもよい。また、下流のエレメントの透過ガスまたは非透過ガスを、上流のエレメントの供給ガスと混合してもよい。透過ガスまたは非透過ガスを後段のエレメント、これをコンプレッサーで加圧してもよい。
【0117】
ガスの供給圧力は特に限定されないが、0.1MPa~10MPaが好ましい。0.1MPa以上とすることでガスの透過速度が大きくなり、10MPa以下とすることで気体分離用複合膜やそのエレメント部材が圧力変形することを防ぐことができる。「供給側の圧力/透過側の圧力」の値も特に限定されないが、1.01~100000が好ましく、1.10~1000がより好ましく、1.50~100が特に好ましい。「供給側の圧力/透過側の圧力」の値を1.01以上にすることでガスの透過速度を大きくすることができ、100000以下とすることで、供給側の昇圧や透過側の減圧の動力費を抑制することができる。
【0118】
ガスの供給温度は特に限定されないが、0℃~200℃が好ましく、15℃~180℃がより好ましい。温度を15℃以上とすることで良好な気体透過性が得られ、180℃以下とすることで、気体分離用複合膜エレメントを構成する部材の熱変形を防ぐことができる。上記気体分離用複合膜をもちいれば、80℃以上、90℃以上、または100℃以上の温度でガスを供給することが可能である。
【0119】
5.用途
本発明の気体分離用複合膜は優れた分離性能を有しており、例えば水素と窒素などを含む混合ガスからの水素気体分離、水素と酸素や窒素、アンモニアなどを含む混合ガスからの水素気体分離、ヘリウムと酸素や窒素などを含む混合ガスからのヘリウム分離等、He、H2の精製等に好適に用いられる。
【実施例0120】
以下に実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0121】
A.多孔性支持膜の作製
特に言及しない場合は、温度条件は室温(25℃)である。基材である長繊維からなるポリエステル不織布(通気量2.0cc/cm2/sec)上に、ポリスルホン(PSf)の16重量%ジメチルホルムアミド(DMF)溶液を25℃の条件下で200μmの厚みでキャストし、ただちに純水中に浸漬して5分間放置することによって多孔性支持層を形成した。こうして、基材と多孔性支持層とを有する多孔性支持膜を作製した。
【0122】
B.分離機能層の作製
(複合分離膜P)
A.で得られた多孔性支持膜を0.2重量%のピペラジン水溶液に2分間浸漬した。多孔性支持膜を垂直方向にゆっくりと引き上げ、エアーノズルから窒素を吹き付け多孔性支持層表面から余分な水溶液を取り除いた。
【0123】
続いて、0.17重量%のトリメシン酸クロリド(TMC)を含むn-ウンデカン溶液を、多孔性支持層の表面が完全に濡れるよう塗布して、25℃で60秒静置した。その後、分離膜から余分な溶液を除去するために、該分離膜を垂直にして溶液を流化させ、さらに送付機を使い、25℃の空気を吹き付けて乾燥させることで液切りを行った。
【0124】
(複合分離膜Q)
A.で得られた多孔性支持膜を0.2重量%のピペラジン水溶液に2分間浸漬した。多孔性支持膜を垂直方向にゆっくりと引き上げ、エアーノズルから窒素を吹き付け多孔性支持層表面から余分な水溶液を取り除いた。
【0125】
続いて、45℃に保たれたブース内で0.17重量%のトリメシン酸クロリド(TMC)を含むn-ウンデカン溶液を、多孔性支持層の表面が完全に濡れるよう塗布して、60℃で60秒乾燥した。その後、分離膜から余分な溶液を除去するために、該分離膜を垂直にして溶液を流化させ、さらに送付機を使い、25℃の空気を吹き付けて乾燥させることで液切りを行った。
【0126】
(複合分離膜R)
A.で得られた多孔性支持膜をm-フェニレンジアミン4.0重量%の水溶液に1分間浸漬した。多孔性支持膜を垂直方向にゆっくりと引き上げ、エアーノズルから窒素を吹き付け多孔性支持層表面から余分な水溶液を取り除いた。
【0127】
続いて、45℃に保たれたブース内で0.20重量%のトリメシン酸クロリド(TMC)を含むn-ウンデカン溶液を、多孔性支持層の表面が完全に濡れるよう塗布して、100℃のオーブンで60秒間乾燥した。その後、分離膜から余分な溶液を除去するために、該分離膜を垂直にして溶液を流化させ、さらに送付機を使い、25℃の空気を吹き付けて乾燥させることで液切りを行った。
【0128】
(複合分離膜S)
A.で得られた多孔性支持膜を6.0重量%のm-フェニレンジアミン水溶液に60秒間浸漬した。多孔性支持膜を垂直方向にゆっくりと引き上げ、エアーノズルから窒素を吹き付け多孔性支持層表面から余分な水溶液を取り除いた。
【0129】
続いて、45℃に保たれたブース内で0.17重量%のトリメシン酸クロリド(TMC)を含むn-デカン溶液を、多孔性支持層の表面が完全に濡れるよう塗布して、140℃のオーブンに入れ、膜の裏面側に設けたノズルから100℃の水蒸気を供給しつつ、30秒間乾燥した。その後、分離膜から余分な溶液を除去するために、該分離膜を垂直にして溶液を流化させ、さらに送付機を使い、25℃の空気を吹き付けて乾燥させることで液切りを行った。
【0130】
C.気体透過度測定(水素、窒素透過度および選択性)
供給側セルと透過側セルとを有する試験用セルの、供給側セルと透過側のセルとの間に分離膜を保持した。測定ガスとして、水素および窒素を用い、ISO 15105-1(2007)の圧力センサ法に準拠して測定温度25℃で水素、窒素の単位時間当たりの透過側の圧力変化を測定した。ここで、供給側を100kPa、透過側を0kPaに設定し、供給側と透過側の圧力差を100kPaとした。続いて、透過したガスの透過速度Qを下記式により算出し、同一の膜について、任意の箇所を5点取り出して測定した際の相加平均により気体透過度を決定した。その後、各成分のガスの透過速度の比として選択性を算出した。なお、STPは標準条件を意味する。
Q = [気体透過流量(m3・STP)]/[膜面積(m2)×時間(s)×圧力差(Pa)
【0131】
D.ナノパームポロメトリー分析
供給側セルと透過側セルとを有する試験用セルの、供給側セルと透過側のセルとの間に分離膜を保持した。凝縮性ガスとしてH2O、非凝縮性ガスとしてHeを用い、測定温度40℃で相対湿度を0%から95%まで、約5%間隔で設定した際のヘリウムの透過速度を計21点測定した。測定結果では相対湿度10%を挟む2点のうち、10%により近いほうの値を10%におけるヘリウムの透過速度、90%を挟む2点のうち、90%により近いほうの値を90%におけるヘリウムの透過速度とした。ここで供給側を190kPa、透過側を100kPaに設定し、流量計を用いて流量を測定し、He透過度を算出した。(Toshinori Tsuru他,Journal of Membrane Science,Vol.186,p.257-265,Department of Chemical Engineering,Hiroshima University(2001)に測定装置の詳細が記されている。)同一の膜について、任意の箇所を3点取り出して測定した際の相加平均により各湿度におけるHe透過度を決定した。
【0132】
E.接触角測定
接触角はISO 19403-1(2017)に準拠して、蒸留水3.0μLを気体分離用複合膜の分離機能層側に滴下し、水滴滴下1秒後に接触角(液滴の接線と固体表面とのなす角度)を測定した。また、被覆層の表面に純水が着滴してから1秒後の接触角をX、30秒後の接触角をYとし、Y/X値とした。
【0133】
F.陽電子ビーム法による分離機能層の平均空孔半径Rf[nm]の測定
各例における分離機能層の陽電子消滅寿命測定は、以下のように陽電子ビーム法を用いて行った。すなわち、減圧下室温で分離機能層を乾燥させ、1.5cm×1.5cm角に切断して検査試料とした。陽電子ビーム発生装置を装備した薄膜対応陽電子消滅寿命測定装置(この装置は、例えば、Radiation Physics and Chemistry,58,603,Pergamon(2000)で詳細に説明されている)にて、ビーム強度1keV、室温、真空下で、光電子増倍管を使用して二フッ化バリウム製シンチレーションカウンターにより総カウント数500万で検査試料を測定し、POSITRONFITにより解析を行った。解析により得られた第4成分の平均陽電子消滅寿命τから、式6によりRf[nm]をそれぞれ算出した。同一の膜について、任意の箇所を3点取り出して測定した際の相加平均によりRfを決定した。
【0134】
G.TOF-SIMSピーク強度
分離膜を室温・真空下で乾燥し、TOF SIMS 5(ION TOF 社製)装置を使用し、飛行時間型二次イオン質量分析測定を行った(2次イオン極性:負、質量範囲(m/z)=0-2500、ラスターサイズ:300μm、スキャン数:1scan/cycle、ピクセル数(1辺):128pixel、測定真空度(試料導入前):4×10-7Pa以下、帯電中和:あり、後段加速:9.5kV、1次イオン種:Bi3
++、1次イオン加速電圧:30kV、パルス幅:14.1ns、バンチング:あり、エッジングイオン:Ar-GCIV、エッジングイオン加速電圧:5kV)。分離膜におけるSi-のピーク強度を刻み幅2.5nm以下で測定し、被覆層側表面から深さ0~50nmの領域におけるSi-ピーク強度の平均を算出した。同一の膜について、任意の箇所を5点取り出して測定した際の相加平均によりSi-ピークを決定した。
【0135】
H.被覆層の厚み測定
気体分離用複合膜を液体窒素で凍結した後、カミソリによって断面を露出させた。露出させた気体分離用複合膜の断面を、走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ製S-5500型)を用いて、10000倍の倍率で観察した。このとき、観察する箇所は気体分離用複合膜の表層から多孔性支持層にかけての範囲を観察した。なお、SEMで観察する前には、白金-パラジウムでコーティングした。得られた断面画像をImageJで二値化し、画像解析することで求めた。具体的には、ImageJで断面画像に対し、Thresholdを行い、気体分離用複合膜の表面から連続した黒い層を被覆層とし、画像の中心、右端、左端の3箇所における被覆層厚みを計測し、3箇所の相加平均により得られた断面画像における被覆層厚みを算出した。同様の操作を5つの切片サンプルで行い、各サンプルにつき3視野の観察を行い、計15個のデータの相加平均により、被覆層厚みを決定した。
【0136】
I.被覆層の支持膜への進入厚み測定
支持層主成分がポリスルホン、被覆層の主成分がシリコーンのときは、TEM-EDXを用いて次のように測定した。
【0137】
集束イオンビーム(FIB)法によって断面方向から薄片化した試料を、分析電子顕微鏡 (JEOL社製 JEM-F200)を用いて観察した。エネルギー分散型X線分光法(EDX)検出器(JEOL社製 JED2300T 100mm2 シリコンドリフト(SDD)型)を用いて加速電圧200kVにて元素マッピングを行った。得られた1μm四方の画像について、被覆層が有するSiのマッピング画像と支持層が有するSのマッピング画像を重ね合わせる。次に、幅方向に10点SiとSの重なりを計測し、10か所の相加平均により得られた断面画像における被覆層の進入厚みを算出した。同様の操作を2つの視野で行い、2つの視野の相加平均値を被覆層の進入厚みとした。
【0138】
支持層主成分がポリスルホン以外、あるいは被覆層の主成分がシリコーン以外の時は、上述H記載の通りにSEM断面画像を取得し、被覆層の厚みの算出と同様に、支持層に被覆層が進入している厚みを求めた。
【0139】
J.支持層厚み測定
気体分離用複合膜の機能層厚は非常に薄いため、被覆層を形成した後の気体分離用複合膜の厚みから、上記Hで得られた被覆層厚みと基材単独の厚みを差し引くことで支持層厚みを求めた。まず、気体分離用複合膜の厚みを、尾崎製作所株式会社製PEACOCKデジタルシックネスゲージにより測定した。それぞれ幅方向に20点測定してその平均値を算出した。続いて、気体分離用複合膜の被覆層・機能層・支持層部と基材を剥離し、基材の厚みを同様に測定した。
支持層厚み(μm)=気体分離用複合膜厚み(μm)-基材厚み(μm)-被覆層厚み(μm)
K.STEMによる分離機能層の平均空孔半径Rf[nm]の測定
被覆層と分離機能層の剥離が困難で上記Eの手法でRfが算出できない場合、支持層を溶解することで分離機能層と支持層を分け、分離機能層と被覆層のみのサンプルを形成し、分離機能層側のSTEM観察によりRfを求めた。支持層主成分がポリスルホン、被覆層の主成分がシリコーンのときは、基材を物理的に剥離し、ジクロロメタンでポリスルホンを溶解することで、分離機能層と被覆層のみの試料を得た。試料をTEM観察用グリッドに転写し、分離機能層を支持層と接していた側から観察できるよう試料を作製した。作製試料を、電界放出形透過電子顕微鏡(日立ハイテク製 HF5000)を用いて加速電圧200kVの条件にて撮影し、10万倍率のSTEM画像を取得した。その後得られた画像を画像処理ソフトで解析して、孔径を算出した。
【0140】
(実施例1)
B.で得られた複合分離膜Pを膜面積25cm2の円状に切り出した。ヘキサン(富士フィルム和光純薬株式会社製)に対し、ポリメチルペンテン(モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ社製)を溶解し、4重量%のポリメチルペンテン溶液を調製した。該溶液を分離機能層の表面に1mL滴下し、500回転/分の速度で60秒間スピンコーティングをし、被覆層を形成した。最後に40℃で12時間以上真空乾燥させることで気体分離用複合膜を得た。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表1のとおりであった。
【0141】
(実施例2)
ポリメチルペンテンの代わりにポリ(1-トリメチルシリル-1-プロピン)を使用した以外は実施例1と同様の処理を行うことによって、ポリ(1-トリメチルシリル-1-プロピン)の被覆層を形成せしめて、気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表1のとおりだった。
【0142】
(実施例3)
ポリメチルペンテンの代わりにTSE389(モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ社製)を使用した以外は実施例1と同様の処理を行うことによって、ポリジメチルシロキサンの被覆層を形成せしめて、気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表1のとおりだった。
【0143】
(実施例4)
複合分離膜をQとした以外は実施例1と同様の処理を行うことによって、ポリメチルペンテンの被覆層を形成せしめて、気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表1のとおりだった。
【0144】
(実施例5)
複合分離膜をQとした以外は実施例3と同様の処理を行うことによって、ポリジメチルシロキサンの被覆層を形成せしめて、気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表1のとおりだった。
【0145】
【0146】
(実施例6)
複合分離膜をRとした以外は実施例1と同様の処理を行うことによって、ポリメチルペンテンの被覆層を形成せしめて、気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表2のとおりだった。
【0147】
(実施例7)
複合分離膜をRとした以外は実施例2と同様の処理を行うことによって、ポリ(1-トリメチルシリル-1-プロピン)の被覆層を形成せしめて、気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表2のとおりだった。
【0148】
(実施例8)
複合分離膜をRとした以外は実施例3と同様の処理を行うことによって、ポリジメチルシロキサンの被覆層を形成せしめて、気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表2のとおりだった。
【0149】
(実施例9)
複合分離膜をSとした以外は実施例3と同様の処理を行うことによって、ポリジメチルシロキサンの被覆層を形成せしめて、気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表2のとおりだった。
【0150】
(実施例10)
TSE389を2.0重量%とした以外は実施例9と同様の処理を行うことによって、ポリジメチルシロキサンの被覆層を形成せしめて、気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表2のとおりだった。
【0151】
(実施例11)
TSE389を12.0重量%とした以外は実施例9と同様の処理を行うことによって、ポリジメチルシロキサンの被覆層を形成せしめて、気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表2のとおりだった。
【0152】
【0153】
(比較例1)
複合分離膜Pに対し、被覆層を形成することなく、そのまま気体分離用複合膜として評価をしたところ、結果は表3のとおりであった。被覆層を有していないため、接触角が29度と親水的であり、さらに粗大孔からの透過寄与が大きいことから、相対湿度90%におけるHe透過度と相対湿度10%におけるHe透過度の比が0.45と極めて低く、選択性を十分に向上させることができなかった。
【0154】
(比較例2)
複合分離膜をQに対し、被覆層を形成することなく、そのまま気体分離用複合膜として評価をしたところ、結果は表3のとおりだった。被覆層を有していないため、接触角が22度と親水的であり、さらに粗大孔からの透過寄与が大きいことから、相対湿度90%におけるHe透過度と相対湿度10%におけるHe透過度の比が0.47と極めて低く、選択性を十分に向上させることができなかった。
【0155】
(比較例3)
複合分離膜をRに対し、被覆層を形成することなく、そのまま気体分離用複合膜として評価をしたところ、結果は表3のとおりだった。被覆層を有していないため、接触角が38度と親水的であり、さらに粗大孔からの透過寄与が大きいことから、相対湿度90%におけるHe透過度と相対湿度10%におけるHe透過度の比が0.55と低く、選択性を十分に向上させることができなかった。
【0156】
(比較例4)
複合分離膜をSに対し、被覆層を形成することなく、そのまま気体分離用複合膜として評価をしたところ、結果は表3のとおりだった。被覆層を有していないため、接触角が41度と親水的であり、さらに粗大孔からの透過寄与が大きいことから、相対湿度90%におけるHe透過度と相対湿度10%におけるHe透過度の比が0.57と低く、選択性を十分に向上させることができなかった。
【0157】
(比較例5)
ポリメチルペンテンを1.0重量%とした以外は実施例1と同様の処理を行うことによって、ポリメチルペンテンの被覆層を形成せしめて、気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表3のとおりだった。被覆層を有しているものの、被覆層の形成が不十分であるため、粗大孔から透過寄与が大きく、相対湿度90%におけるHe透過度と相対湿度10%におけるHe透過度の比は0.61と大きい一方で、接触角が48度と親水的となり、選択性を十分に向上させることができなかった。
【0158】
(比較例6)
TSE389を0.5重量%とした以外は実施例9と同様の処理を行うことによって、ポリジメチルシロキサンの被覆層を形成せしめて、気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表3のとおりだった。被覆層を有しており、接触角が122度と疎水的であるものの、被覆層が十分に形成されていないことによって粗大孔からの透過寄与が大きくなることから、相対湿度90%におけるHe透過度と相対湿度10%におけるHe透過度の比が0.58と低く、選択性を十分に向上させることができなかった。
【0159】
(比較例7)
パーフルオロペンタン酸クロリドを0.2重量%とした以外は実施例9と同様にして気体分離用複合膜を作製した。得られた気体分離用複合膜を評価したところ、結果は表3のとおりだった。被覆層は形成しておらず、接触角が139度と疎水的であるものの、軽ガス透過性の大幅な低減によって、選択性を十分に向上させることができなかった。
【0160】
【0161】
(参考例1)
非特許文献1に記載されている、ポリアミド複合膜の表面にポリフェニレンオキシドのコーティングを施した気体分離用複合膜は、表4のとおりである。
【0162】
(参考例2)
非特許文献2に記載されている、ポリアミド複合膜の表面にポリジメチルシロキサンのコーティングを施した気体分離用複合膜は、表4のとおりである。
【0163】