(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024150770
(43)【公開日】2024-10-23
(54)【発明の名称】熱電材料、その製造方法、および、熱電発電素子
(51)【国際特許分類】
H10N 10/852 20230101AFI20241016BHJP
H10N 10/01 20230101ALI20241016BHJP
【FI】
H10N10/852
H10N10/01
【審査請求】有
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024130036
(22)【出願日】2024-08-06
(62)【分割の表示】P 2022547484の分割
【原出願日】2021-08-25
(31)【優先権主張番号】P 2020151704
(32)【優先日】2020-09-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「磁性半導体熱電薄膜・材料の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100111707
【弁理士】
【氏名又は名称】相川 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】森 孝雄
(72)【発明者】
【氏名】リウ ジハン
(57)【要約】
【課題】室温において熱電特性に優れた熱電材料、その製造方法およびその熱電発電素子を提供する。
【解決手段】本発明の実施例において、熱電材料は、マグネシウム(Mg)と、アンチモン(Sb)および/またはビスマス(Bi)と、銅(Cu)と、必要に応じてM(ただし、Mは、セレン(Se)およびテルル(Te)からなる群から少なくとも1種選択される元素である)とを含有する無機化合物を含み、無機化合物は、Mg
aSb
2-b-cBi
bM
cCu
dで表され、パラメータa、b、cおよびdは、
3≦a≦3.5、
0≦b≦2、
0≦c≦0.06、
0<d≦0.1、および、
b+c≦2
を満たす。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム(Mg)と、アンチモン(Sb)、ビスマス(Bi)と、銅(Cu)と、およびテルル(Te)とを含有する無機化合物を含み、
前記無機化合物は、MgaSb2-b-cBibTecCudで表され、
パラメータa、b、cおよびdは、
3≦a≦3.5、
0.2≦b≦2、
0.002≦c≦0.06、
0.001<d≦0.1、および、
b+c≦2
を満たし、
前記無機化合物は、La2O3型構造を有し、空間群P-3m1の対称性を有し、
Cuは、前記La2O3型構造に侵入型固溶する、n型である、熱電材料。
【請求項2】
前記パラメータdは、
0.005≦d≦0.05
を満たす、請求項1に記載の熱電材料。
【請求項3】
前記パラメータa、b、cおよびdは、
3≦a≦3.5、
0.2≦b≦0.7、
0.002≦c≦0.06、および、
0.005≦d≦0.05
を満たす、請求項1または2に記載の熱電材料。
【請求項4】
前記熱電材料は、粉末、焼結体および薄膜からなる群から選択される形態である、請求項1~3のいずれかに記載の熱電材料。
【請求項5】
前記熱電材料は、粉末または焼結体の形態であり、
前記無機化合物は、3.5μm以上30μm以下の範囲の平均粒径を有する結晶粒からなる、請求項4に記載の熱電材料。
【請求項6】
前記無機化合物は、4μm以上20μm以下の範囲の平均粒径を有する結晶粒からなる、請求項5に記載の熱電材料。
【請求項7】
前記熱電材料は、薄膜の形態であり、
前記無機化合物は、3.5μm以上30μm以下の範囲の平均粒径を有する結晶粒からなり、
有機材料をさらに含有する、請求項4に記載の熱電材料。
【請求項8】
マグネシウム(Mg)を含有する原料と、アンチモン(Sb)を含有する原料、および/または、ビスマス(Bi)を含有する原料と、銅(Cu)を含有する原料と、およびテルル(Te)を含有する原料とを混合し、混合物を調製することと、
前記混合物を焼結することと
を包含する、請求項1~7のいずれかに記載の熱電材料を製造する方法。
【請求項9】
前記焼結することは、放電プラズマ焼結する、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記放電プラズマ焼結は、723K以上1173K以下の温度範囲で、30MPa以上100MPa以下の圧力下で、1分以上10分以下の時間、焼結する、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記焼結することによって得られた焼結体を粉砕することをさらに包含する、請求項8~10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
前記粉砕することによって得られた粉末と有機材料とを混合することをさらに包含する、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記焼結することによって得られた焼結体をターゲットに用いて物理的気相成長法を行うことをさらに包含する、請求項8~10のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
交互に直列に接続されたp型熱電材料およびn型熱電材料を備える熱電発電素子であって、前記n型熱電材料は、請求項1~7のいずれかに記載の熱電材料である、熱電発電素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電材料、その製造方法、および、熱電発電素子に関し、詳細には、Mg3Bi2系の熱電材料を含有する熱電材料、その製造方法、および、熱電発電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
世界の中で特に省エネルギーが進んだ我が国においてでも、廃熱回収においては、一次供給エネルギーの約3/4が熱エネルギーとして廃棄されているのが現状である。そのような状況の下、熱電発電素子は、熱エネルギーを回収して電気エネルギーに直接変換できる固体素子として注目されている。
【0003】
熱電発電素子は、電気エネルギーへの直接変換素子であるため、可動部分がないことによるメンテナンスの容易さ、スケーラビリティ等のメリットがある。このため、熱電半導体について、IoT動作電源などとしても、盛んな材料研究が行われている。
【0004】
IoT動作電源用途としては、室温近傍での実用が期待されるが、室温近傍の最高性能を有する熱電材料はBi2Te3系の材料で、Teの希少さのために、広範囲実用化の問題がある。しかし、室温ではこうしたTe化合物以外では比較的高性能を有する材料があまりなく問題であったが、Mg3Sb2系材料が一つの候補として挙がっている(例えば、特許文献1および2ならびに非特許文献1を参照)。
【0005】
非特許文献1は、Mg3.2Sb1.5Bi0.49Te0.01のマグネシウム(Mg)サイトにFe、Co、HfおよびTeをドープさせたドープ熱電材料を報告する(例えば、特許文献1を参照)。非特許文献1によれば、母相としてMg3Sb2系としてMg3.2Sb1.5Bi0.5Te0.01のMgサイトに少量の上述の金属元素をドープすることによって、熱電材料の電気伝導率およびゼーベック係数が高く、性能指数が向上することを開示する。
【0006】
特許文献1は、Mg3+mAaBbD2-eEeで表される熱電変換材料に関する。ここで、元素Aは、Ca、Sr、Ba、およびYbからなる群から選択される少なくとも1種を表し、元素Bは、MnおよびZnからなる群から選択される少なくとも1種を表し、mの値は-0.39以上0.42以下であり、aの値は0以上0.12以下であり、bの値は0以上0.48以下であり、元素Dは、SbおよびBiからなる群から選択される少なくとも1種を表し、元素Eは、SeおよびTeからなる群から選択される少なくとも1種を表し、eの値は、0.001以上0.06以下である。
【0007】
特許文献2は、Mg3+m-aAaB2-c-eCcEeにより表される熱電変換材料に関する。ここで、元素Aは、Ca、Sr、Ba、Nb、Zn、およびAlからなる群から選択される少なくとも1種を表し、元素Bは、SbおよびBiからなる群から選択される少なくとも1種を表し、元素Cは、Mn、SiおよびCrからなる群から選択される少なくとも1種を表し、元素Eは、SeおよびTeからなる群から選択される少なくとも1種を表し、mの値は-0.1以上0.4以下であり、aの値は0以上0.1以下であり、cの値は0以上0.1以下であり、eの値は、0.01以上0.06以下である。
【0008】
特許文献1、2ならびに非特許文献1においても、種々の材料の組み合わせを開示するが、特に、室温においてパワーファクタおよび無次元性能指数ZTの値は十分ではない。IoT発電用途を考えると、室温において14μWcm-1K-2を超える高いパワーファクタ、および、0.3を超える無次元性能指数ZTを有する熱電材料が開発されることが期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2017/072982号
【特許文献2】特開2018-190953号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Jun Maoら,PNAS,114(40),10548-10553,2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
以上から、本発明の実施例において、課題は、室温において熱電特性に優れた熱電材料、その製造方法およびその熱電発電素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の実施例において、熱電材料は、マグネシウム(Mg)と、アンチモン(Sb)および/またはビスマス(Bi)と、銅(Cu)と、必要に応じてM(ただし、前記Mは、セレン(Se)およびテルル(Te)からなる群から少なくとも1種選択される元素である)とを含有する無機化合物を含み、前記無機化合物は、MgaSb2-b-cBibMcCudで表され、パラメータa、b、cおよびdは、
3≦a≦3.5、
0≦b≦2、
0≦c≦0.06、
0<d≦0.1、および、
b+c≦2
を満たしてもよい。上記課題が解決される。
前記パラメータdは、
0.005≦d≦0.05
を満たしてもよい。
前記パラメータa、b、cおよびdは、
3≦a≦3.5、
0.2≦b≦0.7、
0≦c≦0.06、および、
0.005≦d≦0.05
を満たしてもよい。
前記無機化合物は、La2O3型構造を有し、空間群P-3m1の対称性を有してもよい。
前記Cuは、前記La2O3型構造に侵入型固溶していてもよい。
前記熱電材料は、n型であってもよい。
前記熱電材料は、粉末、焼結体および薄膜からなる群から選択される形態であってもよい。
前記熱電材料は、粉末または焼結体の形態であり、前記無機化合物は、3.5μm以上30μm以下の範囲の平均粒径を有する結晶粒からなってもよい。
前記無機化合物は、4μm以上20μm以下の範囲の平均粒径を有する結晶粒からなってもよい。
前記熱電材料は、薄膜の形態であり、前記無機化合物は、3.5μm以上30μm以下の範囲の平均粒径を有する結晶粒からなり、有機材料をさらに含有してもよい。
本発明の実施例において、上記熱電材料を製造する方法は、マグネシウム(Mg)を含有する原料と、アンチモン(Sb)を含有する原料、および/または、ビスマス(Bi)を含有する原料と、銅(Cu)を含有する原料と、必要に応じてM(ただし、前記Mは、セレン(Se)およびテルル(Te)からなる群から少なくとも1種選択される元素である)を含有する原料とを混合し、混合物を調製することと、前記混合物を焼結することとを包含してもよい。上記課題は解決される。
前記焼結することは、放電プラズマ焼結してもよい。
前記放電プラズマ焼結は、723K以上1173K以下の温度範囲で、30MPa以上100MPa以下の圧力下で、1分以上10分以下の時間、焼結してもよい。
前記焼結することによって得られた焼結体を粉砕することをさらに包含してもよい。
前記粉砕することによって得られた粉末と有機材料とを混合することをさらに包含してもよい。
前記焼結することによって得られた焼結体をターゲットに用いて物理的気相成長法を行うことをさらに包含してもよい。
本発明の実施例において、熱電発電素子は、交互に直列に接続されたp型熱電材料およびn型熱電材料を備え、前記n型熱電材料は、上記熱電材料であってもよい。上記課題は解決される。
【発明の効果】
【0013】
本発明の実施例において、熱電材料は、マグネシウム(Mg)と、アンチモン(Sb)および/またはビスマス(Bi)と、銅(Cu)と、必要に応じてM(ただし、前記Mは、セレン(Se)およびテルル(Te)からなる群から少なくとも1種選択される元素である)とを含有する無機化合物を含む。無機化合物は、MgaSb2-b-cBibMcCudで表され、3≦a≦3.5、0≦b≦2、0≦c≦0.06、0<d≦0.1、および、b+c≦2を満たす。このように、Mgと、Sbおよび/またはBiと、Mとを母相とする無機化合物にCuを添加することにより、室温における電気伝導率が向上し、熱伝導率も効果的に低減し、性能指数が向上した熱電材料を提供できる。このような熱電材料は、熱電発電素子に有利である。
【0014】
本発明の実施例において、熱電材料の製造方法は、マグネシウム(Mg)を含有する原料と、アンチモン(Sb)を含有する原料、および/または、ビスマス(Bi)を含有する原料と、銅(Cu)を含有する原料と、必要に応じてM(ただし、前記Mは、セレン(Se)およびテルル(Te)からなる群から少なくとも1種選択される元素である)を含有する原料とを混合し、混合物を調製することと、この混合物を焼結することとにより、上述の熱電材料が得られるため、汎用性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1A】本発明の実施例において、熱電材料を製造する工程を示すフローチャート
【
図1B】La
2O
3型構造を有するMg
3(Sb,Bi)
2系結晶を模式的に示す図
【
図2A】本発明の実施例において、熱電材料を用いた熱電発電素子(π字型)を示す模式図
【
図2B】本発明の実施例において、熱電材料を用いた熱電発電素子(U字型)を示す模式図
【
図2C】本発明の実施例において、熱電材料を用いた薄膜製造を示す模式図
【
図2D】本発明の実施例において、熱電材料を用いた粉末、圧粉機、焼結炉、焼結体を示す模式図
【
図4】例1~例5の試料のSEM像およびEDSマッピングを示す図
【
図8】例1~例5の試料の格子定数のCu添加量依存性を示す図
【
図9】例1~例5の試料の電気伝導率の温度依存性を示す図
【
図10】例1~例5の試料のキャリア濃度および移動度のCu添加量依存性を示す図
【
図11】例1~例5の試料のゼーベック係数の温度依存性を示す図
【
図12】例1~例5の試料の電気出力因子の温度依存性を示す図
【
図13】例1~例5の試料の全熱伝導率の温度依存性を示す図
【
図14】例1~例5の試料の格子熱伝導率の温度依存性を示す図
【
図15】例1~例5の試料の無次元性能指数ZTの温度依存性を示す図
【
図16】例6~例7の試料の電気伝導率の温度依存性を示す図
【
図17】例6~例7の試料のゼーベック係数の温度依存性を示す図
【
図18】例6~例7の試料の電気出力因子の温度依存性を示す図
【
図19】例6~例7の試料の全熱伝導率の温度依存性を示す図
【
図20】例6~例7の試料の格子熱伝導率の温度依存性を示す図
【
図21】例6~例7の試料の無次元性能指数ZTの温度依存性を示す図
【
図22】例8~例10の試料の電気伝導率の温度依存性を示す図
【
図23】例8~例10の試料のゼーベック係数の温度依存性を示す図
【
図24】例8~例10の試料の電気出力因子の温度依存性を示す図
【
図25】例8~例10の試料の全熱伝導率の温度依存性を示す図
【
図26】例8~例10の試料の格子熱伝導率の温度依存性を示す図
【
図27】例8~例10の試料の無次元性能指数ZTの温度依存性を示す図
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の番号を付し、その説明を省略する。
【0017】
(実施の形態1)
本発明の実施例において、熱電材料は、マグネシウム(Mg)と、アンチモン(Sb)および/またはビスマス(Bi)と、銅(Cu)と、必要に応じてM(ただし、Mは、セレン(Se)およびテルル(Te)からなる群から少なくとも1種選択される元素)とを含有する無機化合物を含む。
【0018】
無機化合物は、MgaSb2-b-cBibMcCudで表され、パラメータa~dは、それぞれ、
3≦a≦3.5、
0≦b≦2、
0≦c≦0.06、
0<d≦0.1、および、
b+c≦2
を満たす。このような組成にすることにより、Mgと、Sbおよび/またはBiと、Mとからなる無機化合物を母相とし、それにCuが添加された組成を有する無機化合物のように、全体として構成されてもよい。このようにすると、特に室温(273K以上320K以下の温度範囲)における電気伝導率が向上し、熱伝導率も効果的に低減し、性能指数が向上した熱電材料を提供できる。本発明の実施例において、熱電材料は、上述の組成を満たすことにより、電子をキャリアにもったn型の熱電材料として機能し得る。
【0019】
無機化合物の母相は、好ましくは、MgaSb2-b-cBibMcからなり、これにCuが添加されていてもよい。ここで、母相は、好ましくは、Mg3Sb2系結晶であり、La2O3型構造を有し、P-3m1空間群(International Tables for Crystallographyの164番目)に属する。なお、本願明細書において、「-3」は、「オーバーバー付きの3」を表すものとする。
【0020】
Mg3Sb2系とは、上述の元素(例えば、Mg、Sb、Bi、Se、Te)からなり、上述の結晶構造(例えば、La2O3型構造)および空間群(例えば、P-3m1空間群)を有してもよい。それ以外には、特に制限はないが、例示的には、Mg3Sb2、Mg3.2(Sb,Bi)2、Mg3.2((Sb,Bi),M)2等が挙げられる。(Sb,Bi)と記載した際には、SbとBiとが入る席に、相互に区別することなくSbおよびBiが入ることを示し、((Sb,Bi),M)と記載した際には、Sbおよび/またはBiが入る席に、相互に区別することなくSbおよび/またはBiとMとが入ることを示す。ここで、Mは、SeおよびTeからなる群から少なくとも1種選択される元素である。Mg3.2(Sb,Bi)2の例示的な組成には、Mg3.2Sb1.5Bi0.5がある。Mg3.2((Sb,Bi),M)2の例示的な組成には、Mg3.2Sb1.5Bi0.49Te0.01がある。これらは、何れも上述の結晶構造および空間群を有してもよく、いわゆる過剰の成分は、一部の結晶構造におけるいわゆる欠陥を構成するとも考えられ、無機化合物全体としてn型等のような特性が賦与されるかもしれない。
【0021】
本発明の実施例において、Mg
3Sb
2系結晶は、La
2O
3型構造を有し、P-3m1空間群に属する。
図1Bに、Mg
3Sb
2系結晶の結晶構造を模式的に示す。Mg
3Sb
2系結晶を構成する構成成分が他の元素で置き換わったり、格子間原子(例えば、Cu)として固溶したりし得る。このような場合、格子定数は変化することもあるが、結晶構造と原子が占めるサイトとその座標によって与えられる原子位置は骨格原子間の化学結合が切れるほどには大きく変わることはないと考えられる。本発明の実施例については、得られた無機化合物のX線回折や中性子線回折の結果をP-3m1の空間群でリートベルト解析して求めた格子定数が、理論値(a=4.582Å、b=4.582Å、c=7.244Å)と比べて±5%以内の場合はMg
3Sb
2系結晶であると判定できる。
【0022】
本発明の実施例において、MgaSb2-b-cBibMcで表される母相は、Mg3Sb2系結晶でよいが、SbおよびBiは、相互に完全置換可能であってよい。例えば、Mg3Sb2系結晶は、Mg3Bi2結晶構造を含んでもよい。例えば、パラメータbは、0を含んで、それ以上であってもよい。0.2以上であってもよい。また、2以下であってもよい。また、0.7以下であってもよい。また、M(Seおよび/またはTe)の成分量を表すcは、0を含んで、それ以上であってもよい。0.06以下であってもよい。Mの添加は、母相のMg3Sb2系結晶の結晶構造を破壊を引き起こすことなく、何らかの特性を得られた無機化合物に賦与してもよい。Cuの成分量を表すパラメータdは、0より大きい。また、より好ましくは、0.001以上であってもよく、0.005以上であってもよい。パラメータdは、0.1以下であるが、好ましくは、0.05以下、0.025以下であってもよい。また、0<d≦0.1の範囲を満たしてもよく、好ましくは、0.005≦d≦0.05の範囲を満たしてよい。このような範囲であれば、室温における電気伝導率がさらに向上し、熱伝導率もさらに低減し、性能指数が向上し得る。パラメータdは、より好ましくは、0.005≦d≦0.025の範囲を満たしてよい。この範囲において、室温における性能指数が向上し得る。
【0023】
パラメータa~dが、好ましくは、
3≦a≦3.5、
0.2≦b≦0.7、
0≦c≦0.06、および、
0.005≦d≦0.05
を満たす。このような組成にすることにより、室温における電気伝導率がさらに向上し、熱伝導率もさらに低減し、性能指数が向上し得る。
【0024】
Cu原子は、好ましくは、La2O3型構造に侵入型固溶していると考えられる。一般にMg3Sb2系結晶に添加される元素は、結晶構造を構成する元素の一部を置換すると考えられていた。そして、結果として得られる無機化合物の結晶構造にも影響を及ぼすと考えられていた。しかしながら、本願発明者らは、Cuを添加することにより、材料の粒成長や粒界の改質を促進できることを見出した。このような粒成長や粒界の改質は、キャリアの散乱機構に寄与し、室温などの比較的低温(500K以下)において散乱が低下するため、室温における電気抵抗が低下し、電気伝導率が向上し、熱電性能が向上し得ると考えられる。
【0025】
なお、Cu原子が侵入型固溶していることは、得られる無機化合物の粉末X線回折によりa軸およびc軸の格子定数の変化を測定することによってわかると考えられる。得られた無機化合物からMg3Sb2系結晶が同定され、リートベルト解析から求めた格子定数(例えば、a、c)が、対応するCu未添加の無機化合物の格子定数と比較して、増大している場合には、Cuが侵入型固溶していると判断できるかもしれない。
【0026】
本発明の実施例において、熱電材料は、粉末、焼結体、および、薄膜からなる群から選択される形態であってよい。これにより、室温において高い熱電性能を発揮した、各種熱電発電素子に適用できる。
【0027】
なお、本発明の実施例において、熱電材料が、粉末または焼結体である場合、無機化合物は、3.5μm以上30μm以下の範囲の平均粒径を有する結晶粒からなってもよい。これにより、散乱効果が高くなり、室温における電気伝導率が向上し、熱電性能が向上し得る。より好ましくは、無機化合物は、4μm以上20μm以下の範囲の平均粒径を有する結晶粒からなってもよい。これにより、散乱効果がさらに高くなり、室温における電気伝導率が向上し、かつ、粒径が大きくなっているのにも関わらず熱伝導率が低減し、熱電性能がさらに向上し得る。なおさらに好ましくは、無機化合物は、4μm以上10μm以下の範囲の平均粒径を有する結晶粒からなってもよい。
【0028】
なお、本願明細書において、結晶粒の平均粒径は、電子線後方散乱回折(EBSD)測定装置に付属する画像解析ソフト(HKL CHANNEL5、HKL Tango、ver.5.12.72.0、オックスフォードインスツルメンツ株式会社)によって解析、算出されたものである。
【0029】
本発明の実施例において、熱電材料は、薄膜の形態であってもよく、薄膜は、後述する物理的気相成長法等により結晶性薄膜であってもよいし、上述の粉末を含有する薄膜であってもよい。ここで、一般に、粉末とは、砕けて細かになったものや、こなを含んでよい。粉末を圧粉機のようなプレスにより加圧すると圧粉体を形成することができる。一般に、圧粉体とは、粉末を圧縮して所定の形状としたものをいう。粉末成分の融点以下の温度で加熱した場合、粉末粒子の相互の接触面が接着し、加熱時間の増加とともに圧粉体が収縮・緻密化する現象を焼結といい、焼結により得られたものを焼結体ということもできる。薄膜とは、うすい膜のことを言い、固体表面の上に気相が凝縮して形成された層を含んでもよい。
【0030】
本発明の実施例において、熱電材料が無機化合物の粉末を含有する膜である場合、粉末と有機材料と混合し、膜状に加工したものである。この場合、有機材料には、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)、ポリ[2,5-ビス(3-テトラデシルチオフェン-2-イル)チエノ[3,2-b]チオフェン](PBTTT)、ポリアニリン(PANI)、テトラチアフルバレン(TTF)、および、ベンゾジフランジオンパラフェニレンビニリデン(BDPPV)からなる群から少なくとも1種選択される有機材料を用いることができる。これらの有機材料であれば、フレキシブルな膜状の熱電材料を提供できる。
【0031】
この場合、膜を形成可能であれば、粉末の含有量は特に制限はないが、好ましくは、粉末は、有機材料に対して4質量%以上80質量%以下、好ましくは、4質量%以上50質量%以下、なお好ましくは、4質量%以上10質量%以下、なおさらに好ましくは、4質量%以上7質量%以下の範囲で含有されてもよい。これにより、フレキシビリティを有し、熱電性能を有する膜となり得る。
【0032】
本発明の実施例において、熱電材料は、特に室温において電気伝導率が向上し、熱伝導率も効果的に低減し、性能指数が向上し得る。Cuが添加されても、高温(例えば573Kなど)におけるMg3Sb2系材料が本来有する優れた性能指数を損なうことはなかった。
【0033】
次に、このような本発明の実施例において、熱電材料の例示的な製造方法を説明する。
図1Aは、本発明の実施例において、熱電材料を製造する工程を示すフローチャートである。
【0034】
ステップS110:マグネシウム(Mg)を含有する原料と、アンチモン(Sb)を含有する原料、および/または、ビスマス(Bi)を含有する原料と、銅(Cu)を含有する原料と、必要に応じてM(ただし、Mは、セレン(Se)およびテルル(Te)からなる群から少なくとも1種選択される元素である)を含有する原料とを混合し、混合物を調製する。
ステップS120:ステップS110で得られた混合物を焼成する。
【0035】
本発明の実施例において、熱電材料は、上述のステップS110およびS120によって得られる。各ステップについて詳述する。
【0036】
ステップS110において、Mgを含有する原料は、Mg金属単体であってもよいし、Mgのケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物または酸フッ化物であってもよい。Sbを含有する原料は、Sb金属単体であってもよいし、Sbのケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物または酸フッ化物であってもよい。Biを含有する原料は、Bi金属単体であってもよいし、Biのケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物または酸フッ化物であってもよい。Cuを含有する原料は、Cu金属単体であってもよいし、Cuのケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物または酸フッ化物であってもよい。Mを含有する原料は、M金属単体であってもよいし、Mのケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物または酸フッ化物であってもよい。原料は、混合性および取り扱いの観点から粉末、粒、小塊がよい。
【0037】
ステップS110において、原料中の金属元素が、以下の組成式MgaSb2-b-cBibMcCudを満たすように混合される。ここで、パラメータa、b、cおよびdは、
3≦a≦3.5、
0≦b≦2、
0≦c≦0.06、
0<d≦0.1、および、
b+c≦2
を満たす。なお、好ましいパラメータは上述した通りであるため説明を省略する。
【0038】
ステップS120において、焼結は、放電プラズマ焼結(SPS)、ホットプレス焼結(HP)、熱間等方加圧焼結(HIP)、冷間等方圧加圧焼結(CIP)、パルツ通電焼結等の任意の方法によって行われてよいが、好ましくは、放電プラズマ焼結(SPS)によって行われてもよい。これにより、焼結助剤を用いることなく、短時間で粒成長を抑制した焼結体が得られる。
【0039】
SPSは、好ましくは、723K以上1173K以下の温度範囲で、30MPa以上100MPa以下の圧力下で、1分以上10分以下の時間、行われてもよい。本発明の実施例において、この条件で、上述の焼結体である熱電材料が歩留まりよく得られる。
【0040】
さらに、得られた焼結体をボールミルなどのメカニカルミリングによって粉砕してもよい。本発明の実施例において、これにより、粉末である熱電材料が得られる。
【0041】
本発明の実施例において、このようにして得られた粉末である熱電材料を、有機材料と混合すれば、フレキシブルな熱電材料を提供できる。この場合上述の有機材料および混合割合を採用できる。
【0042】
あるいは、得られた焼結体をターゲットに用い、物理的気相成長法を行ってもよい。本発明の実施例において、これにより、熱電材料からなる薄膜を提供できる。
【0043】
(実施の形態2)
実施の形態2では、本発明の実施例において、実施の形態1で説明した熱電材料を用いた熱電発電素子について説明する。
【0044】
図2Aは、本発明の実施例において、熱電材料を用いた熱電発電素子(π字型)を示す模式図である。
【0045】
本発明の実施例において、熱電発電素子200は、一対のn型熱電材料210およびp型熱電材料220、ならびに、これらのそれぞれの端部に電極230、240を含む。電極230、240により、n型熱電材料210およびp型熱電材料220は、電気的に直列に接続される。
【0046】
ここで、p型熱電材料210は、特に制限はないが、500K以下、特に室温において熱電性能の高い(例えば、ZTが0.4~1.6)ものがよい。例示的には、p型熱電材料210は、BiSbTe系、MgAgSb系、AgSbSe系等が挙げられる。BiSbTe系の例示的な組成は、例えば、Bi0.5Sb1.5Te3、Bi0.4Sb1.6Te3である。MgAgSb系の例示的な組成は、例えば、MgAgSb、MgAg0.965Ni0.005Sb0.99である。AgSbSe系の例示的な組成は、例えば、AgSbSe2である。これらは例示であって限定されないことに留意されたい。
【0047】
一方、本発明の実施例において、n型熱電材料220は、実施の形態1で説明した熱電材料である。本発明の実施例において、熱電材料は、とりわけ室温において優れた熱電特性を発揮するため、廃熱回収に有利である。
【0048】
電極230、240は、通常の電極材料であり得るが、例示的には、Fe、Ag、Al、Ni、Cu等である。
【0049】
図2Aでは、低温となる側の電極240に半田等によってn型熱電材料210からなるチップが接合され、n型熱電材料210のチップの反対側の端部と、高温となる側の電極230とが半田等によって接合されている様子が示される。同様に、高温側となる側の電極230に半田等によってp型熱電材料220からなるチップが接合され、p型熱電材料220のチップの反対側の端部と、低温となる側の電極240とが半田等によって接合されている様子が示される。
【0050】
電極230が高温、電極240が、電極230に比べて低温となるような環境に、本発明の実施例において、熱電発電素子200を設置して、端部の電極を電気回路等に接続すると、ゼーベック効果によって電圧が発生し、
図2Aの矢印で示すように、電極240、n型熱電材料210、電極230、p型熱電材料220の順で電流が流れる。詳細には、n型熱電材料210内の電子が、高温側の電極230から熱エネルギーを得て、低温側の電極240へ移動し、そこで熱エネルギーを放出し、それに対して、p型熱電材料220の正孔が高温側の電極230から熱エネルギーを得て、低温側の電極240へ移動して、そこで熱エネルギーを放出するという原理によって電流が流れる。
【0051】
本発明の実施例において、n型熱電材料210として、本発明の実施例において、実施の形態1で説明した熱電材料を用いるので、とりわけ室温(275K以上320K以下)において発電量の大きな熱電発電素子200を実現できる。また、熱電材料として、本発明の実施例における熱電材料が、Mg
3Sb
2系を母相とし、これにCu原子が添加された無機化合物からなる粉末、それを含有する膜、あるいは、本発明の実施例において、熱電材料が上記無機化合物からなる焼結体をターゲットとして得た薄膜を用いた場合には、IoT電源としてフレキシブル熱電発電モジュールを提供できる。例えば、
図2Cには、この無機化合物からなる焼結体をターゲット300として、アルゴン320によるスパッタリングにより、基板310上に、飛ばされた無機化合物からなる粒子330が付着し、薄膜340を形成する様子を図解する。この薄膜340は、基板310から既存の技術で剥離され単独膜に形成されることは言うまでもない。例えば、
図2Dには、この無機化合物からなる粉末350を図解する。この粉末350を圧粉機370により圧粉すれば、圧粉体360が得られ、焼結炉390内に圧粉体380を配置して焼結すれば、焼結体400が得られる。
【0052】
本発明の実施例において、熱電材料を用いれば、室温において発電量の大きな熱電発電素子200を提供できるが、本発明の実施例において、熱電発電素子200は、室温より高温領域(例えば、573Kなど)での使用を制限するものではない。高温領域においても高い無次元性能指数(ZT)を示すので、大きな発電量の熱電発電素子を提供できることはいうまでもない。
【0053】
図2Aでは、π型の熱電発電素子を用いて説明したが、本発明の実施例において、熱電材料は、U字型熱電発電素子(
図2B)に用いてもよい。この場合は、本発明の実施例において、熱電材料からなるn型熱電材料210およびp型熱電材料220が、高温側で接合部215で直接接続されている。低温側電極240a、240bがそれぞれ別のU字型熱電発電素子の低温側電極に電気的に接続されて構成されてもよい。
【0054】
次に具体的な実施例を用いて本発明について詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例0055】
[原料]
以降の例では、Mg(粉末、純度99.99%、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)と、Sb(粉末、純度99.99%、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)と、Bi(粉末、純度99.99%、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)と、Te(粉末、純度99.99%、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)と、必要に応じてCu(粉末、純度99.99%、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)とを用いた。
【0056】
[例1~例10]
例1~例5では、一般式Mg3.2Sb1.5Bi0.49Te0.01Cud(d=0、0.005、0.01、0.025、0.05)を満たすように原料を混合し、熱電材料を製造した。例6~例7では、一般式Mg3.2Sb0.5Bi1.498Te0.002Cu0.01を満たすように原料を混合し、また、例8~例10では、一般式Mg3.2Sb0.5Bi1.495Te0.005Cu0.01を満たすように原料を混合し、熱電材料を製造した。
【0057】
各原料粉末を表1の組成を満たすよう秤量し、グローブボックス中でステンレス製のボールミル容器に充填して、5時間ボールミルで混合した。その後、放電プラズマ焼結装置(SPS、SPS Syntex,Inc製、SPS-1080システム)で、973Kで5分間焼成した。詳細には、グラファイト製焼結ダイ(die)(内径10mm、高さ30mm)に混合物を充填し、60MPaの一軸応力の下、昇温速度100K/分、焼結温度973K、5分保持した。このようにして焼結体を得た。例1~例5の試料は、それぞれ、d=0.005、d=0.01、d=0.025、d=0.05およびd=0の組成を満たし、例6~例10では、上述のような組成を満たした。
【0058】
焼結体を観察した。また、電子線後方散乱回折検出器(EBSD)およびエネルギー分散型X線分光器(EDS)を備える走査型電子顕微鏡(SEM、日本電子株式会社製、JSM-7800F)により表面観察を行い、平均粒径を求めた。平均粒径の算出は上述の画像解析ソフトを用いた。これらの結果を
図3~
図6および表2に示す。
【0059】
得られた焼成体をメノウ乳鉢でエタノールを用いた湿式粉砕を行った。粉砕後の焼成体の粒子をメッシュ(目開き45μm)により篩分けし、メッシュを通過した粒径45μm以下の粒子のみ取り出した。粒子を、粉末X線回折法(株式会社リガク製、SmartLab3)により同定し、蛍光X線分析(株式会社堀場製作所製、EMAX Evolution EX)により組成分析を行った。X線回折の結果を
図7および
図8に示す。
【0060】
焼結体を高速カッターにより1.5mm×1.5mm×9mmの直方体に加工し、電気伝導率および熱電物性測定を行った。電気伝導率を、直流四端子法によって測定した。熱電物性としてゼーベック係数および熱伝導率を、定常温度差法により、それぞれ、熱電物性測定評価装置(アドバンス理工株式会社製、ZEM-3)、熱伝導率評価装置(ネッチ社製、HyperflashXXX)を用いて測定した。測定条件は、いずれも、ヘリウムガス雰囲気下、室温から800Kの温度範囲まで測定した。電気伝導率または電気抵抗率およびゼーベック係数より得られる熱起電力から電気出力因子(パワーファクタ)を算出し、ゼーベック係数、電気伝導率および熱伝導率から無次元性能指数ZTを算出した。これらの結果を
図9~
図15および表3に示し、後述する。
【0061】
簡単のため、例1~例10の試料の製造条件を表1にまとめて示す。例1~例10の試料は、いずれも応力60MPaで焼結された。例1~例5は、焼結温度973K(700℃)で5分間焼結された。例6および例8は、焼結温度973K(700℃)で10分間焼結され、例7および例9は、焼結温度1023K(750℃)で10分間焼結され、例10は、焼結温度1073K(800℃)で10分間焼結された。以下、これらの結果を説明する。
【0062】
【0063】
【0064】
図3に示すように、例1の試料は、直径10mm厚さ2mmのディスク状の焼結体であった。図示しないが、他の試料も同様の形態を有した。
【0065】
図4は、例1~例5の試料のSEM像およびEDSマッピングを示す図である。
【0066】
図4(A)~(E)は、それぞれ、例5、例1~例4の試料のSEM像あり、
図4(F)は、例2の試料のEDSマッピングを示す。
図4(A)~(E)によれば、Cuを添加することにより、明らかな粒成長が見られ、添加量が増大するにつれて、粒径も増大した。
図4(F)はグレースケールで示されるが、Mg、BiおよびSbは全体に均一に位置することを確認した。
【0067】
図5は、例2の試料のEBSD像を示す図である。
図6は、例5の試料のEBSD像を示す図である。
【0068】
図5および
図6には、逆極点(IPF)マップとともに結晶粒マッピングと、粒径のヒストグラムとが示される。
図5および
図6によれば、Cuを添加していない例5の試料の平均粒径は、3.24μmであるのに対し、Cuを添加した例2の試料のそれは、4.57μmであった。EBSD像およびSEM像によれば、Cuを添加した例1、例3および例4の試料は、4μm以上6μm以下の平均粒径を有する無機化合物からなることを示唆する。また、Cuを添加することによって、平均粒径が40%以上増大することが分かった。さらに、Cuの添加量が多くなるにしたがって、平均粒径が増大する傾向を示した。
【0069】
図7は、例1~例5の試料のXRDパターンを示す図である。
図8は、例1~例5の試料の格子定数のCu添加量依存性を示す図である。
【0070】
図7によれば、例1~例5の試料のXRDパターンの回折ピークは、すべて、Mg
2Sb
3相のそれに一致し、例1~例5の試料は、La
2O
3型構造を有し、P-3m1空間群の対称性を有する無機化合物であることが分かった。組成分析により、いずれの試料の組成も、仕込み組成に一致することを確認した。
図8によれば、Cuを添加することにより、a軸およびc軸ともに増大した。一般に、Cuの原子径は、MgやSbに比べて大きくはない。したがって、Cuは、置換型固溶ではなく、侵入型固溶であることが示された。
【0071】
したがって、例1~例4の試料は、MgとSbとBiとTeとを含有するLa2O3型構造を有する無機結晶を母体結晶とし、これにCuが添加された無機化合物を含有することが示された。
【0072】
【0073】
図9は、例1~例5の試料の電気伝導率の温度依存性を示す図である。
図16は、例6~例7の試料の電気伝導率の温度依存性を示す図であり、
図22は、例8~例10の試料の電気伝導率の温度依存性を示す図である。
【0074】
図9によれば、Cuを添加した例1~例4の試料の電気伝導率は、Cuを添加していない例5の試料のそれよりも増大し、特に、室温近傍において顕著に増大したことが分かった。例1~例4の試料は、熱電材料として使用可能な電気伝導率(電気抵抗率)を有し、温度依存性を有した。また、室温における電気伝導率に着目すれば、Cuの添加量を制御することによって、室温において電気伝導率を約5×10
4(Ωm)
-1まで高めることができた。
図16~
図27では、焼結温度を摂氏で表した数字が表示されており、
図16~
図21の700は例6で、750は例7であり、
図22~
図27の700は例8で、750は例9であり、800は例10である。
図16によれば、焼結温度が高い方が電気伝導率は若干高くなり、
図22によれば、同様に焼結温度が高い方が電気伝導率は若干高くなる。
【0075】
図10は、例1~例5の試料のキャリア濃度および移動度のCu添加量依存性を示す図である。
【0076】
図10によれば、Cuの添加量が増えるにしたがって、キャリア濃度および移動度も増大する傾向を示した。特に、移動度に着目すると、Cuの添加によって100cm
2V
-1s
-1を超える移動度が得られた。これは、Cuの侵入型固溶によるキャリアの散乱機構が有利になったためと考える。
【0077】
図11、
図17、および
図23は、例1~例5、例6~例7、および例8~例10の試料のゼーベック係数の温度依存性を示す図である。
【0078】
図11によれば、いずれの試料も170μV/K以上の大きな絶対値のゼーベック係数を有するn型伝導であることが確認された。驚くことに、Cuの添加により電気伝導率が向上しているにも関わらず、ゼーベック係数の大きさを損なうことはなかった。
図17によれば、いずれの試料も220μV/K以上の大きな絶対値のゼーベック係数を有するn型伝導であることが確認された。
図23によれば、いずれの試料も160μV/K以上の大きな絶対値のゼーベック係数を有するn型伝導であることが確認された。
【0079】
図12は、例1~例5の試料の電気出力因子の温度依存性を示す図である。
図18は、例6~例7の試料の電気出力因子の温度依存性を示す図である。
図24は、例8~例10の試料の電気出力因子の温度依存性を示す図である。
【0080】
図12によれば、Cuを添加した例1~例4の試料の電気出力因子(パワーファクタ)は、Cuを添加していない例5の試料のそれよりも、300K~400Kの低温領域において劇的に増大することが分かった。例えば、室温(300K)における例2の試料の電気出力因子(21.03μWcm
-1K
-2)と、例5の試料のそれ(7.16μWcm
-1K
-2)とを比較すると、約3倍に増大した。このことから、各種熱電冷却応用やIoT動作電源として貧熱を回収するに好適といえ、民生利用の熱電発電素子を提供できる。
図18および
図24によれば、例1~例4と同様な結果が得られた。
【0081】
図13は、例1~例5の試料の全熱伝導率の温度依存性を示す図である。
図19は、例6~例7の試料の全熱伝導率の温度依存性を示す図である。
図25は、例8~例10の試料の全熱伝導率の温度依存性を示す図である。
図14は、例1~例5の試料の格子熱伝導率の温度依存性を示す図である。
図20は、例6~例7の試料の格子熱伝導率の温度依存性を示す図である。
図26は、例8~例10の試料の格子熱伝導率の温度依存性を示す図である。
【0082】
図13によれば、Cuの添加により、全熱伝導率は、わずかに減少した。ローレンツ数Lを計算し、全熱伝導率から電子熱伝導率を差し引き、格子熱伝導率を求めたところ、
図14に示すように、400K以下の比較的低い温度領域では、Cuを添加した例1~例4の試料の格子熱伝導率は、Cuを添加していない例5の試料のそれよりも顕著に低下した。例えば、測定した全温度範囲において、例2の試料の格子熱伝導率と、例5の試料のそれとを比較すると、例2の試料の格子熱伝導率は、20~30%低減した。
図19および
図25ならび
図20および
図26によれば、例1~例4と同様な結果が得られた。
【0083】
図15は、例1~例5の試料の無次元性能指数ZTの温度依存性を示す図である。
図21は、例6~例7の試料の無次元性能指数ZTの温度依存性を示す図である。
図27は、例8~例10の試料の無次元性能指数ZTの温度依存性を示す図である。
【0084】
図15によれば、Cuを添加した例1~例4の試料のZTは、Cuを添加していない例5の試料のそれよりも増大することが分かった。特に、Cuを添加した例1~例4の試料は、400K以下の比較的低い温度領域ではこの傾向が顕著であり、室温で0.4以上の高い値を達成することが分かった。400Kを超える高温領域では、Cuの添加によっても、Mg
3Sb
2本来のZTが実質維持されることを確認した。
図21および
図27によれば、例1~例4と同様な結果が得られた。
【0085】
以上の熱電特性を表3にまとめて示す。表3において「E」は、10の累乗を表す。
【0086】
【0087】
表3によれば、Cuを添加した例1~例4の試料は、室温において、大きな電気伝導率を有し、性能指数が向上したことが分かった。また、Cuの添加量(d値)は、0.005≦d≦0.05の範囲、中でも、0.005≦d≦0.025の範囲が好ましいことが示された。また、例6~例10においては、ゼーベック係数と電気伝導率で形成される室温のパワーファクターが、例1~例5に比べて大きく、増強されたことを示した。例6~例10では、Sbに比べてBiの組成比を大きくしたので(表1参照)、バンドギャップが小さくなり、室温でのゼーベック係数をあまり損なわずに特に高い電気伝導率が得られたためである。また、全熱伝導が高いが、格子熱伝導率は比較的低かった。一般に、熱伝導は、電子等荷電粒子の移動に伴う熱の移動による熱伝導と、このような粒子の移動を伴わない格子振動の伝達による熱伝導があると言われている。温度差に基づいて、電圧が生じる熱電素子において、熱伝導率は低く、電気伝導率が高い方が好ましいと言われている。即ち、例6~例10では、このように好ましい状態が得られていたと考えられる。例えば、パワーファクターを考慮すると、SbよりもBiの組成比を大きくすることが好ましく、b>1がより好ましく、b≧1.2がさらに好ましく、b≧1.4がなおさらに好ましい。