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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024151196
(43)【公開日】2024-10-24
(54)【発明の名称】鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241017BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20241017BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20241017BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/60
C21D8/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023064410
(22)【出願日】2023-04-11
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】川田 裕之
(72)【発明者】
【氏名】大川 鉄平
(72)【発明者】
【氏名】臼杵 博一
(72)【発明者】
【氏名】白幡 浩幸
(72)【発明者】
【氏名】高山 拓也
(72)【発明者】
【氏名】本間 竜一
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA12
4K032AA14
4K032AA15
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA32
4K032AA34
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CC04
4K032CD01
4K032CD05
(57)【要約】
【課題】均一伸びおよび限界ひずみ量が向上した鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】所定の化学組成を有し、ミクロ組織が体積分率でフェライト:80%以上、パーライト:5%以上、ならびにマルテンサイト、ベイナイト、ベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトの合計:0~3%であり、前記フェライトの最大結晶粒径が30μm以下であり、前記フェライトの最大アスペクト比が3.00以下であり、前記フェライトの粒内方位差が1.0度以下であり、前記パーライトからなる島状領域の最大長径が20μm以下であり、前記パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度が0.050以下であり、かつ伸長介在物の密度が1.0×105個/m2以下であることを特徴とする鋼板およびその製造方法が提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.060~0.240%、
Si:1.25%以下、
Mn:0.50~1.75%、
P:0.030%以下、
S:0.0030%以下、
N:0.0150%以下、
O:0.0030%以下、
Al:1.000%以下、
Ti:0~0.060%、
Nb:0~0.040%、
V:0~1.00%、
Cu:0~2.00%、
Ni:0~5.00%、
Cr:0~2.00%、
Mo:0~1.00%、
W:0~1.00%、
B:0~0.0050%、
Sn:0~1.000%、
Sb:0~0.200%、
Ca、Mg、Zr、La、Ce、Te、Hf、REMの1種または2種以上の合計:0.0008~0.0050%、ならびに
残部:Feおよび不純物からなり、
下記式(1)を満たし、
表面から板厚方向に板厚の1/8の位置~前記表面から前記板厚方向に前記板厚の3/8の位置の範囲におけるミクロ組織が、体積分率で、
フェライト:80%以上、
パーライト:5%以上、ならびに
マルテンサイト、ベイナイト、ベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトの合計:0~3%であり、
前記フェライトの最大結晶粒径が30μm以下であり、
前記フェライトの最大アスペクト比が3.00以下であり、
前記フェライトの粒内方位差が1.0度以下であり、
前記パーライトからなる島状領域の最大長径が20μm以下であり、
前記パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度が0.050以下であり、かつ
伸長介在物の密度が1.0×105個/m2以下であることを特徴とする、鋼板。
2.44×10-2×(1.00-0.20[Si]+7.00[Nb])×(1.00-10[B]0.5)×(117+17[Si]+11[Si]2-33[Mn]+4[Mn]2+79[Al]+59[Al]2-26[Ni]-12[Cr])×(1+1.3[Si]+0.8[Mo]0.5+35[Nb])-1≧1.00 ・・・式(1)
ここで、[Si]、[Nb]、[B]、[Mn]、[Al]、[Ni]、[Cr]および[Mo]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.008~0.030%、
Nb:0.005~0.025%、
V:0.05~0.60%、
Cu:0.05~1.00%、
Ni:0.15~2.30%、
Cr:0.10~1.00%、
Mo:0.03~0.50%、
W:0.03~0.50%、
B:0.0005~0.0025%、
Sn:0.015~0.300%、
Sb:0.005~0.080%、
から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の化学組成を有するスラブを鋳造し、前記スラブの厚さ方向中心部が凝固した後、1200℃を一度も下回らない間に累計で20%以上の圧延を施す鋳造工程、
前記スラブを加熱する加熱工程であって、前記スラブの最高加熱温度が1120~1250℃であり、下記式(2)を満たす加熱を施す加熱工程、
1000℃以上の温度域における累計圧下率が35%以上となるように前記スラブに粗圧延を施す粗圧延工程、
得られた圧延材に仕上げ圧延を施す仕上げ圧延工程であって、1000℃以下の温度域における圧延が下記式(3)を満たし、仕上げ圧延の完了温度が900℃以上である仕上げ圧延工程、および
得られた鋼板を700℃まで空冷し、次いで700~450℃の温度域を0.1~1.0℃/秒の平均冷却速度で冷却する冷却工程
を含むことを特徴とする、鋼板の製造方法。
【数1】
およびtは、1100℃以上の温度における時間を10等分し、それぞれの区間に対して計算で得られる値であり、
tは前記10等分した時間のそれぞれの区間の長さ[秒]であり、
は10等分したうちのi番目の区間の加熱が終わった時点でのスラブ温度であり、
[Nb]は鋼板のNb含有量[質量%]であり、
Rは鋳造工程における累計圧下率[%]であり、
1、A2、A3、A4、A5、A6、A7およびA8は定数であって、それぞれ9.43×10-1、-3.50×10、1.65×10、1.12×10、7.01×10、5.46×10、4.30×10および1.10×10であり、
10は、上記計算式によりX1からX2、X3・・・と順に計算することで得られる。
【数2】
式(3)は、1000℃以下の温度域において施すnパスの圧延について、i番目の圧延の後の再結晶および結晶粒成長の進行度合いを評価し、積算する式であり、m、i番目からi+1番目の圧延パスの間の経過時間t[秒]、i番目の圧延を施す前の板厚hi-1と施したのちの板厚hを用いて得られ、
はi番目の圧延パスにおける鋼板温度T[℃]と、鋼板のNb含有量[Nb][質量%]から得られる値であり、
n番目の圧延に対しての次の圧延パスまでの経過時間t[秒]は、n番目の圧延が完了してから鋼板温度が900℃に到達するまでの経過時間であり、
、B2、B3、B4、B5およびB6は定数であって、それぞれ1.50×10、-5.00×10-1、7.50×10-11、3.50×10、2.73×10および4.75×10である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板およびその製造方法に関し、より詳しくは均一伸びおよび限界ひずみ量が改善され、それゆえ衝突時のひずみ集中部表面でのき裂の発生および伝播を抑制するのに有用な鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶、浮体、および海洋構造物において、海洋上で航路を外れた船舶等との衝突のリスクが存在することから、その設計に当たっては想定される衝突を受けても復元性を失わないことが必要となる。復元性を失わないよう、防舷材等を設置することによる衝撃の緩和や、構造を複数のブロックに分けて衝突による破孔発生の影響を小さく留める設計がなされる。このような衝突に備えた設計は本来の用途に要する設計に付加的に考慮されるものであり、船舶、浮体、および海洋構造物の建造コストの増大をもたらす。
【0003】
船舶、浮体、および海洋構造物と同様に、自動車においても、乗員の安全を守るため、衝突時に車体の損傷を制御し、想定される衝突に対して許容可能な範囲に収めることが求められている。自動車においては、非特許文献1に記載の通り、この課題に対する解の1つとして、使用する鋼材の強度の向上が採用されている。強度が高く、かつ、容易に破壊しない鋼材を車体に適用することで、従来と同様の設計を踏襲した車体であっても衝突時の安全性を大きく高めることができる。
【0004】
同様に、船舶においても、材料の特性を向上させることで、衝突時の損傷の程度を下げることができる。例えば、特許文献1では、船舶の衝突において船舶側面部の破孔発生を抑制する手段として、ミクロ組織を制御し、軟質なフェライト粒内の転位密度を低減し、板厚方向の硬さ分布を均質とした、高強度高延性鋼板が提案されている。具体的には、特許文献1に記載の高強度高延性鋼板は、全伸び(T.EL)の下限値を一般鋼の1.5倍である23%以上とし、降伏強度(YP)を355~500MPaとし、引張強度(TS)を490~620MPaとするものである。
【0005】
また、特許文献2では、伸び特性と耐食性に優れた低強度の厚鋼板として、所定の成分組成を有し、金属組織が、全金属組織に対する面積率で70%以上のフェライトを含み、残部がパーライト、ベイナイトおよびマルテンサイトよりなる群から選ばれる1種以上からなり、フェライト粒径が、3μm以上40μm以下である厚鋼板が提案されている。
【0006】
また、特許文献3では、耐延性破壊特性に優れた低降伏比高強度鋼板として、ベイナイト組織に島状マルテンサイト組織を分散させた、二軸応力状態での延性き裂の発生を抑制した鋼板とした、ベイナイトの面積分率を30~90%、島状マルテンサイトの面積分率を2~10%とする鋼板が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2016-125077号公報
【特許文献2】国際公開第2022/074933号
【特許文献3】特開2013-139602号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】高橋学:「薄板技術の100年-自動車産業と共に歩んだ薄鋼板と製造技術-」、鉄と鋼、Vol.100、2014、No.1、p82-93
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
人口減やエネルギーコストの上昇への対策として高効率化を進めるため、船舶、浮体、および、海洋構造物の大型化が進んでおり、それに伴ってこれらを構成する鋼板の厚手化も進んでいる。鋼板の延性は板厚の増大に伴い上昇することから、厚手の鋼材を適用する構造体においては、延性向上による衝突時の損傷軽減効果は飽和しており、衝突時の損傷を更に軽減するには、延性向上以外の手法を検討する必要がある。これに関連して、構造体の衝突による損傷を抑制するためには、鋼板における均一伸びおよび限界ひずみ量を向上させることが有効であり、これにより均一伸びの向上に起因してひずみ集中による延性き裂の発生を抑制することができ、仮に延性き裂が発生しても限界ひずみ量の向上に起因して当該延性き裂の伝播を抑制することが可能となる。
【0010】
そこで、本発明は、新規な構成により、均一伸びおよび限界ひずみ量が向上した鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、均一伸びおよび限界ひずみ量を向上させるのに必要な鋼板のミクロ組織制御について検討を行った。その結果、本発明者らは、所定の化学組成を有する鋼板のミクロ組織を、軟質組織であるフェライトを主体とし、硬質組織として主にパーライトを含む一方でマルテンサイト等の他の硬質組織は所定の範囲内に制限した複合組織によって構成することにより、均一伸びと限界ひずみ量の両方を改善することができることを見出した。さらに、本発明者らは、フェライトの粒内方位差を低減することで転位のより少ないフェライト組織を実現することができ、これに関連して鋼板の均一伸びを顕著に改善することができることを見出した。加えて、本発明者らは、フェライトの最大結晶粒径および最大アスペクト比を所定の範囲内に低減するとともに、フェライト結晶粒の間に島状に分散して存在するパーライトの島状領域の最大長径を所定の範囲内に低減し、さらに当該パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度を所定の範囲内に低減し、なおかつミクロ組織中で粗大なボイドの発生起点となる伸長介在物の密度を所定の範囲内に低減することにより、鋼板の限界ひずみ量を顕著に改善することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
上記目的を達成し得た本発明は下記の通りである。
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.060~0.240%、
Si:1.25%以下、
Mn:0.50~1.75%、
P:0.030%以下、
S:0.0030%以下、
N:0.0150%以下、
O:0.0030%以下、
Al:1.000%以下、
Ti:0~0.060%、
Nb:0~0.040%、
V:0~1.00%、
Cu:0~2.00%、
Ni:0~5.00%、
Cr:0~2.00%、
Mo:0~1.00%、
W:0~1.00%、
B:0~0.0050%、
Sn:0~1.000%、
Sb:0~0.200%、
Ca、Mg、Zr、La、Ce、Te、Hf、REMの1種または2種以上の合計:0.0008~0.0050%、ならびに
残部:Feおよび不純物からなり、
下記式(1)を満たし、
表面から板厚方向に板厚の1/8の位置~前記表面から前記板厚方向に前記板厚の3/8の位置の範囲におけるミクロ組織が、体積分率で、
フェライト:80%以上、
パーライト:5%以上、ならびに
マルテンサイト、ベイナイト、ベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトの合計:0~3%であり、
前記フェライトの最大結晶粒径が30μm以下であり、
前記フェライトの最大アスペクト比が3.00以下であり、
前記フェライトの粒内方位差が1.0度以下であり、
前記パーライトからなる島状領域の最大長径が20μm以下であり、
前記パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度が0.050以下であり、かつ
伸長介在物の密度が1.0×105個/m2以下であることを特徴とする、鋼板。
2.44×10-2×(1.00-0.20[Si]+7.00[Nb])×(1.00-10[B]0.5)×(117+17[Si]+11[Si]2-33[Mn]+4[Mn]2+79[Al]+59[Al]2-26[Ni]-12[Cr])×(1+1.3[Si]+0.8[Mo]0.5+35[Nb])-1≧1.00 ・・・式(1)
ここで、[Si]、[Nb]、[B]、[Mn]、[Al]、[Ni]、[Cr]および[Mo]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
(2)前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.008~0.030%、
Nb:0.005~0.025%、
V:0.05~0.60%、
Cu:0.05~1.00%、
Ni:0.15~2.30%、
Cr:0.10~1.00%、
Mo:0.03~0.50%、
W:0.03~0.50%、
B:0.0005~0.0025%、
Sn:0.015~0.300%、
Sb:0.005~0.080%、
から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)に記載の鋼板。
(3)上記(1)または(2)に記載の化学組成を有するスラブを鋳造し、前記スラブの厚さ方向中心部が凝固した後、1200℃を一度も下回らない間に累計で20%以上の圧延を施す鋳造工程、
前記スラブを加熱する加熱工程であって、前記スラブの最高加熱温度が1120~1250℃であり、下記式(2)を満たす加熱を施す加熱工程、
1000℃以上の温度域における累計圧下率が35%以上となるように前記スラブに粗圧延を施す粗圧延工程、
得られた圧延材に仕上げ圧延を施す仕上げ圧延工程であって、1000℃以下の温度域における圧延が下記式(3)を満たし、仕上げ圧延の完了温度が900℃以上である仕上げ圧延工程、および
得られた鋼板を700℃まで空冷し、次いで700~450℃の温度域を0.1~1.0℃/秒の平均冷却速度で冷却する冷却工程
を含むことを特徴とする、鋼板の製造方法。
【数1】
およびtは、1100℃以上の温度における時間を10等分し、それぞれの区間に対して計算で得られる値であり、
tは前記10等分した時間のそれぞれの区間の長さ[秒]であり、
は10等分したうちのi番目の区間の加熱が終わった時点でのスラブ温度であり、
[Nb]は鋼板のNb含有量[質量%]であり、
Rは鋳造工程における累計圧下率[%]であり、
1、A2、A3、A4、A5、A6、A7およびA8は定数であって、それぞれ9.43×10-1、-3.50×10、1.65×10、1.12×10、7.01×10、5.46×10、4.30×10および1.10×10であり、
10は、上記計算式によりX1からX2、X3・・・と順に計算することで得られる。
【数2】
式(3)は、1000℃以下の温度域において施すnパスの圧延について、i番目の圧延の後の再結晶および結晶粒成長の進行度合いを評価し、積算する式であり、m、i番目からi+1番目の圧延パスの間の経過時間t[秒]、i番目の圧延を施す前の板厚hi-1と施したのちの板厚hを用いて得られ、
はi番目の圧延パスにおける鋼板温度T[℃]と、鋼板のNb含有量[Nb][質量%]から得られる値であり、
n番目の圧延に対しての次の圧延パスまでの経過時間t[秒]は、n番目の圧延が完了してから鋼板温度が900℃に到達するまでの経過時間であり、
、B2、B3、B4、B5およびB6は定数であって、それぞれ1.50×10、-5.00×10-1、7.50×10-11、3.50×10、2.73×10および4.75×10である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、均一伸びおよび限界ひずみ量が向上した鋼板およびその製造方法を提供することができる。したがって、このような鋼板によれば、衝突時のひずみ集中部表面でのき裂の発生および伝播を抑制することができるため、衝突時の破孔発生を顕著に抑制することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態に係る鋼板およびその製造方法についてより詳しく説明するが、これらの説明は本発明の好ましい形態の例示を意図するものであって、本発明を特定の実施形態に限定することを意図するものではない。
【0015】
[化学組成]
以下、本発明の実施形態に係る鋼板の化学組成について説明する。以下の説明において、各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り、「質量%」を意味するものである。
【0016】
[C:0.060~0.240%]
Cは強度の向上に寄与する元素である。この効果を十分に得るために、Cの含有量は0.060%以上とする。強度を高める観点から、Cの含有量は0.075%以上含むことが好ましく、0.090%以上または0.110%以上であることが更に好ましい。一方、Cを過度に含有すると、高強度化に伴い、十分な均一伸びおよび/または限界ひずみ量が得られない場合がある。したがって、Cの含有量は0.240%以下とする。曲げ性を高める観点から、Cの含有量は0.220%以下であることが好ましく、0.200%以下または0.180%以下であることが更に好ましい。
【0017】
[Si:1.25%以下]
Siは脱酸元素であり、強度の向上にも寄与する元素である。Si含有量は0%であってもよいが、Siによる脱酸効果を十分に得るには、Si含有量は0.01%以上とすることが好ましい。また、強度を高めるため、Siの含有量は0.05%以上であることが好ましく、0.10%以上または0.30%以上であることが更に好ましい。一方、Siの含有量が多いと、高強度化に伴い、十分な均一伸びおよび/または限界ひずみ量が得られない場合がある。この観点から、Siの含有量は1.25%以下とする。また、Siは鋼板の靭性を損なう元素であり、この観点からSiの含有量は1.00%以下または0.80%以下であることが好ましく、0.50%以下であることが更に好ましい。
【0018】
[Mn:0.50~1.75%]
Mnは強度の向上に寄与する元素であり、この効果を十分に得るため、0.50%以上添加する。強度を高める観点から、Mnの含有量は0.70%以上とすることが好ましく、1.00%以上または1.20%以上であることが更に好ましい。一方、Mnを過度に含有すると、パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度を所望の範囲内に低減することができず、その結果として鋼板の限界ひずみ量を十分に向上させることができない場合がある。この観点から、Mnの添加量は1.75%以下に制限する。また、Mnは溶接性および溶接部の靭性を損なう元素であり、この観点からMnの含有量は1.60%以下であることが好ましく、1.50%以下または1.40%以下であることが更に好ましい。
【0019】
[P:0.030%以下]
Pは一般的な製鉄法において不可避的に含まれる元素であり、0.001%未満に制限することは製錬工程における負荷が大きく、経済的に好ましくないことから、Pの含有量は0.001%以上とすることが好ましい。一方、Pは靭性を損なう元素であり、この観点から、Pの含有量は0.030%以下に制限する。また、Pは溶接性および溶接部の靭性を損なう元素であり、この観点からPの含有量は0.020%以下であることが好ましく、0.010%以下であることが更に好ましい。
【0020】
[S:0.0030%以下]
Sは一般的な製鉄法において不可避的に含まれる元素であり、0.0003%未満に制限することは製錬工程における負荷が大きく、経済的に好ましくないことから、Sの含有量は0.0003%以上とすることが好ましい。一方、Sは粗大な硫化物を形成して靭性を損なったり、伸長介在物を形成して鋼板の限界ひずみ量を低下させたりする元素である。このため、Sの含有量は0.0030%以下に制限する。また、Sは溶接性および溶接部の靭性を損なう元素であり、この観点からSの含有量は0.0025%以下であることが好ましく、0.0020%以下であることが更に好ましい。
【0021】
[N:0.0150%以下]
Nは一般的な製鉄法において不可避的に含まれる元素である。多量のNが含まれると粗大な窒化物が形成され、鋼板の靭性が損なわれるため、Nの含有量は0.0150%以下に制限する。また、Nは溶接部の靭性を損なう元素であり、この観点から、Nの含有量は0.0100%以下にすることが好ましく、0.0060%以下とすることが更に好ましい。Nの含有量の下限は特に設けないが、過度に低減することは製錬工程における負荷が大きく、経済的に好ましくないため、Nの含有量は0.0003%以上とすることが好ましく。0.0015%以上とすることが更に好ましい。
【0022】
[O:0.0030%以下]
Oは一般的な製鉄法において不可避的に含まれる元素である。多量のOが含まれると粗大な酸化物が形成され、鋼板の靭性が損なわれるため、Oの含有量は0.0030%以下に制限する。また、Oは溶接部の靭性を損なう元素であり、この観点から、Oの含有量は0.0020%以下にすることが好ましく、0.0010%以下にすることが更に好ましい。Oの含有量の下限は特に設けないが、0.0002%未満に制限することは製錬工程における負荷が大きく、経済的に好ましくないため、0.0002%以上とすることが好ましい。
【0023】
[Al:1.000%以下]
Alは脱酸元素である。Al含有量は0%であってもよいが、その効果を得るためには、0.005%以上添加することが好ましく、0.010%以上添加することが更に好ましい。一方、Alは靭性を損なう元素であり、Alの含有量は1.000%以下に制限する。また、Alは溶接性および溶接部の靭性も損なうことから、Alの含有量は0.800%以下であることが好ましく、0.500%以下または0.200%以下であることが更に好ましい。
【0024】
[Ca、Mg、Zr、La、Ce、Te、HfおよびREMの1種または2種以上の合計:0.0008~0.0050%]
Ca、Mg、Zr、La、Ce、Te、HfおよびREMは、硫化物を微細化し、鋼板の靭性および限界ひずみ量を向上させる元素である。この効果を十分に得るために、Ca、Mg、Zr、La、Ce、Te、HfおよびREMの含有量は、合計で0.0008%以上とし、例えば合計で0.0010%以上または0.0012%以上であってもよい。一方、これらの元素を過度に含有すると、効果が飽和し、それゆえCa、Mg、Zr、La、Ce、Te、HfおよびREMを必要以上に鋼板に含有させることは製造コストの上昇を招く。加えて、特にCa、MgおよびREMは、鋼中のSと結合して伸長介在物を形成し、鋼板の限界ひずみ量を低下させる場合がある。したがって、Ca、Mg、Zr、La、Ce、Te、HfおよびREMの含有量を合計で0.0050%以下に制限し、合計で0.0035%以下または0.0030%以下であることが好ましく、合計で0.0015%以下であることが更に好ましい。ここで、REMとは、Sc、YならびにLaおよびCeを除いたランタノイド群(Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLu)の総称であり、これら15元素の含有量の総計をREMの含有量とする。
【0025】
本発明の実施形態に係る鋼板の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、当該鋼板は、必要に応じて以下の任意選択元素のうち1種または2種以上を含有してもよい。鋼板は、Ti:0~0.060%、Nb:0~0.040%、V:0~1.00%およびCu:0~2.00%からなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。また、鋼板は、Ni:0~5.00%、Cr:0~2.00%、Mo:0~1.00%およびW:0~1.00%からなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。また、鋼板は、B:0~0.0050%を含有してもよい。また、鋼板は、Sn:0~1.000%およびSb:0~0.200%からなる群から選択される1種または2種を含有してもよい。以下、これらの任意選択元素について詳しく説明する。
【0026】
[Ti:0~0.060%]
Tiは強度の向上に寄与する元素である。Tiの含有量は0%であってもよいが、含有させる場合には0.001%以上または0.003%以上であってもよい。強度を高める観点から、Tiの含有量は0.008%以上とすることが好ましく、0.010%以上とすることが更に好ましい。一方、Tiを過度に含有すると、粗大なTi炭窒化物が生成し、鋼板および溶接部の靭性が大きく劣化する懸念がある。この観点から、Tiの含有量は0.060%以下に制限することが好ましく、0.030%以下または0.020%以下であることが更に好ましい。
【0027】
[Nb:0~0.040%]
Nbは強度の向上に寄与する元素であり、0.040%以下含有しても構わない。Nbの含有量が0.040%を超えると、析出強化が過剰に発現し、均一伸びおよび/または限界ひずみ量が損なわれる懸念がある。Nbの含有量は0.025%以下、0.015%以下または0.010%以下であってもよい。一方、Nbの含有量は0%であってもよいが、強度を高める観点からは、Nbの含有量は0.001%以上とすることが好ましく、0.005%以上とすることが更に好ましい。
【0028】
[V:0~1.00%]
Vは強度の向上に寄与する元素であり、1.00%以下含有しても構わない。Vの含有量が1.00%を超えると、析出強化が過剰に発現し、均一伸びおよび/または限界ひずみ量が損なわれる懸念がある。Vの含有量は0.60%以下または0.30%以下とすることが好ましい。一方、Vの含有量は0%であってもよいが、強度を高める観点からは、Vの含有量は0.01%以上とすることが好ましく、0.05%以上とすることが更に好ましい。
【0029】
[Cu:0~2.00%]
Cuは強度の向上に寄与する元素であり、2.00%以下含有しても構わない。Cuの含有量が2.00%を超えると、析出強化が過剰に発現し、均一伸びおよび/または限界ひずみ量が損なわれる懸念がある。Cuの含有量は1.00%以下または0.50%以下とすることが更に好ましい。一方、Cuの含有量は0%であってもよいが、強度を高める観点からは、Cuの含有量は0.01%以上とすることが好ましく、0.05%以上とすることが更に好ましい。
【0030】
[Ni:0~5.00%]
Niは強度および/または耐熱性の向上に寄与する元素である。Niの含有量は0%であってもよいが、この効果を得るためには0.01%以上または0.10%以上とすることが好ましく、0.15%以上とすることが更に好ましい。一方、Niの含有量が5.00%を超えると、焼入れ性が過度に高まり、均一伸びおよび/または限界ひずみ量が損なわれる。この観点から、Niの含有量は5.00%以下に制限し、2.30%以下とすることが好ましく、1.50%以下または1.00%以下とすることが更に好ましい。
【0031】
[Cr:0~2.00%]
Crは強度の向上に寄与する元素であり、2.00%以下含有しても構わない。Crの含有量は0%であってもよいが、強度を高める観点から、Crの含有量は0.01%以上または0.10%以上とすることが好ましい。一方、Crを過度に含有すると、合金コストの増加に加えて靭性が低下する場合がある。したがって、Crの含有量は2.00%以下に制限し、1.00%以下とすることが好ましい。また、Crは溶接性および溶接部の靭性を損なう元素であり、この観点からCrの含有量は0.60%以下であることが更に好ましい。
【0032】
[Mo:0~1.00%]
Moは強度の向上に寄与する元素である。Moの含有量は0%であってもよいが、強度を高める観点から、Moの含有量は0.01%以上または0.03%以上とすることが好ましく、0.08%以上とすることが更に好ましい。一方、Moを過度に含有しても効果が飽和し、製造コストの上昇を招く虞がある。したがって、Moの含有量は1.00%以下に制限し、0.50%以下とすることが好ましく、0.30%以下とすることが更に好ましい。
【0033】
[W:0~1.00%]
Wは強度の向上に寄与する元素である。Wの含有量は0%であってもよいが、強度を高める観点から、Wの含有量は0.01%以上または0.03%以上とすることが好ましく、0.08%以上とすることが更に好ましい。一方、Wを過度に含有すると、焼入れ性が過度に高まり、均一伸びおよび/または限界ひずみ量が損なわれる。この観点から、Wの含有量は1.00%以下に制限し、0.50%以下とすることが好ましく、0.30%以下とすることが更に好ましい。
【0034】
[B:0~0.0050%]
Bは強度の向上に寄与する元素であり、0.0050%以下含有しても構わない。Bの含有量は0%であってもよいが、強度を高める観点から、Bの含有量は0.0001%以上または0.0005%以上とすることが好ましく、0.0010%以上とすることが更に好ましい。一方、Bを過度に含有すると、溶接性および溶接部の靭性が損なわれる懸念がある。この観点から、Bの含有量は0.0050%以下に制限し、0.0025%以下であることが好ましく、0.0015%以下であることが更に好ましい。
【0035】
[Sn:0~1.000%]
Snは強度の向上に寄与する元素であり、1.000%以下含有しても構わない。Snの含有量は0%であってもよいが、強度を高める観点から、Snの含有量は0.005%以上または0.015%以上とすることが好ましく、0.030%以上とすることが更に好ましい。一方、Snを過度に含有すると、溶接性および溶接部の靭性が損なわれる懸念がある。この観点から、Snの含有量は1.000%以下に制限し、0.300%以下であることが好ましく、0.100%以下であることが更に好ましい。
【0036】
[Sb:0~0.200%]
Sbは強度の向上に寄与する元素であり、0.200%以下含有しても構わない。Sbの含有量は0%であってもよいが、強度を高める観点から、Sbの含有量は0.001%以上または0.005%以上とすることが好ましい。一方、Sbを過度に含有すると、焼入れ性が過度に向上し、均一伸びおよび/または限界ひずみ量が低下する懸念がある。この観点から、Sbの含有量は0.200%以下に制限し、0.080%以下であることが好ましく、0.030%以下であることが更に好ましい。
【0037】
本発明の実施形態に係る鋼板において、上記の元素以外の残部はFeおよび不純物からなる。不純物とは、鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等である。
【0038】
鋼板の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、鋼板の化学組成は、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-AES:Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。CおよびSは燃焼―赤外線吸収法を用いる。
【0039】
[化学組成による相変態の制御]
本発明の実施形態に係る鋼板を得るには相変態を適正に進めることにより、所定のミクロ組織を形成する必要がある。相変態の挙動を制御するため、鋼板の化学組成を適正に制御すべく、下記式(1)を満たす必要がある。
2.44×10-2×(1.00-0.20[Si]+7.00[Nb])×(1.00-10[B]0.5)×(117+17[Si]+11[Si]2-33[Mn]+4[Mn]2+79[Al]+59[Al]2-26[Ni]-12[Cr])×(1+1.3[Si]+0.8[Mo]0.5+35[Nb])-1≧1.00 ・・・式(1)
ここで、[Si]、[Nb]、[B]、[Mn]、[Al]、[Ni]、[Cr]および[Mo]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0である。
【0040】
式(1)はフェライト変態を十分に進行させつつ、パーライト変態を過度に促進あるいは抑制しない化学組成の範囲を示すものである。より詳しく説明すると、式(1)はフェライト変態の駆動力、フェライト変態の核生成速度、および界面易動度(変態の進行度合い)を考慮したものであり、具体的には、式(1)中の2.44×10-2×(1.00-0.20[Si]+7.00[Nb])×(1.00-10[B]0.5)の項がフェライト変態の核生成速度に対応し、(117+17[Si]+11[Si]2-33[Mn]+4[Mn]2+79[Al]+59[Al]2-26[Ni]-12[Cr])の項がフェライト変態の駆動力に対応し、(1+1.3[Si]+0.8[Mo]0.5+35[Nb])-1が界面易動度に対応している。式(1)の左辺の値が大きいほど、フェライト変態を高温で進めることができ、フェライト変態を高温で進めること結晶粒内の方位差が小さいフェライトが得られる。このような観点から、式(1)の左辺の値は1.00以上とし、1.15以上であることが好ましく、1.30以上であることが更に好ましい。
【0041】
続いて、本発明の実施形態に係る鋼板について、そのミクロ組織における特徴を述べる。本発明の実施形態に係る鋼板は、表面から板厚方向に板厚の1/8の位置(1/8t)~表面から板厚方向に板厚の3/8の位置(3/8t)の範囲におけるミクロ組織を規定する。その理由として、表面から板厚方向に板厚の1/4の位置(1/4t)の位置を中心とする上記範囲のミクロ組織が、鋼板の代表的な組織であり、鋼板の機械的特性との相関が強いからである。また、ミクロ組織における下記組織の割合は、いずれも体積分率である。
【0042】
[フェライト:80%以上]
フェライトは軟質な組織であるため、当該フェライトを鋼板の主要な組織として含むことで、鋼板の均一伸びを向上させることが可能である。本発明の実施形態においては、所望の均一伸びを達成するために、フェライトの体積分率は80%以上に制御される。鋼板の均一伸びを向上させる観点からは、フェライトの体積分率は高いほど好ましく、例えば82%以上、85%以上、88%以上または90%以上であってもよい。上限は特に限定されないが、フェライトの体積分率が高くなりすぎると、パーライト等の硬質組織が不足し、強度の低下を招く。したがって、例えば、フェライトの体積分率は95%以下であることが好ましく、94%以下または92%以下であってもよい。
【0043】
[パーライト:5%以上]
本発明の実施形態に係る鋼板において限界ひずみ量を向上させるためには、ミクロ組織中におけるボイドの発生および伝播を抑制することが重要である。ボイドの発生を抑制する観点から、パーライトは他の硬質組織と比べて優れた組織であり、したがって、本発明の実施形態に係る鋼板では、ボイドの発生を抑制しそれによって限界ひずみ量を向上させるために、パーライトが体積分率で5%以上含まれる。当該パーライトの体積分率は、例えば6%以上または8%以上であってもよい。上限は特に限定されないが、パーライトの体積分率が高くなりすぎると、軟質組織であるフェライトが不足し、均一伸びの低下を招く。したがって、例えば、パーライトの体積分率は20%以下であることが好ましく、18%以下、15%以下、12%以下または10%以下であってもよい。
【0044】
[マルテンサイト、ベイナイト、ベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトの合計:0~3%]
本発明の実施形態に係る鋼板は、フェライトとパーライトのみから構成されてもよく、それゆえ残部組織は体積分率で0%であってもよい。残部組織が存在する場合には、当該残部組織はマルテンサイト(焼戻マルテンサイトを含む)、ベイナイト、ベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトのうち1種または2種以上である。しかしながら、これらの硬質組織を比較的多く含むと、十分な均一伸びおよび/または限界ひずみ量を得ることができない場合がある。したがって、マルテンサイト、ベイナイト、ベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトの合計は体積分率で3%以下とする。鋼板の均一伸びおよび/または限界ひずみ量を向上させる観点からは、マルテンサイト、ベイナイト、ベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトの合計は体積分率で2%以下とすることが好ましく、1%以下とすることが更に好ましい。下限は特に限定されないが、例えば、マルテンサイト、ベイナイト、ベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトの合計は0%であってもよく、0.5%以上であってもよい。
【0045】
続いて、フェライト領域の特徴について述べる。
【0046】
[フェライトの最大結晶粒径:30μm以下]
上記のとおり、鋼板の限界ひずみ量を向上させるためには、ミクロ組織中におけるボイドの発生および伝播を抑制することが重要である。これに関連して、今回、本発明者らは、フェライトの最大結晶粒径に加え、後で詳しく説明するフェライトの最大アスペクト比、およびフェライト結晶粒の間に島状に分散して存在するパーライトの島状領域の最大長径をそれぞれ所定の範囲内に低減し、さらにはミクロ組織中で粗大なボイドの発生起点となる伸長介在物の密度を所定の範囲内に低減することにより、ミクロ組織中におけるボイドの発生および/または伝播を十分かつ確実に抑制することができ、それによって鋼板の限界ひずみ量を顕著に改善することができることを見出した。とりわけ、粗大なフェライト結晶粒はボイド発生の起点となることから、ボイドの発生を抑制するためには、フェライトの最大結晶粒径を低減する必要があり、より具体的には、本発明の実施形態に係る鋼板では、フェライトの最大結晶粒径は30μm以下に制御する必要がある。例えば、フェライトの平均結晶粒径を比較的小さい範囲に制御したとしても、30μm超の粗大なフェライト結晶粒が含まれる場合には、鋼板の限界ひずみ量を十分に向上させることができない。したがって、本発明の実施形態に係る鋼板では、フェライトの平均結晶粒径ではなく、フェライトの最大結晶粒径を制御することが極めて重要である。ボイドの発生を抑制する観点からは、フェライトの最大結晶粒径は小さいほど好ましく、例えば、28μm以下、25μm以下、22μm以下、20μm以下、18μm以下または16μm以下であってもよい。下限は特に限定されないが、例えば、フェライトの最大結晶粒径は5μm以上、8μm以上または10μm以上であってもよい。
【0047】
[フェライトの最大アスペクト比:3.00以下]
アスペクト比が大きなフェライト結晶粒は、粗大なフェライト結晶粒の場合と同様に、ボイド発生の起点となる。したがって、本発明の実施形態に係る鋼板においては、ボイドの発生を抑制するために、フェライトの平均アスペクト比ではなく、最大アスペクト比を所定の範囲内に制御することが重要であり、より具体的にはフェライトの最大アスペクト比は3.00以下に制御される。ボイドの発生を抑制する観点からは、フェライトの最大アスペクト比は小さいほど好ましく、例えば、2.80以下、2.50以下、2.20以下、2.00以下または1.80以下であってもよい。下限は特に限定されないが、例えば、フェライトの最大アスペクト比は1.2以上、1.4以上または1.5以上であってもよい。
【0048】
[フェライトの粒内方位差:1.0度以下]
鋼板の均一伸びを向上させるためには、上記のように鋼板のミクロ組織をフェライト主体の組織、より具体的にはフェライトが体積分率で80%以上の組織とすることに加えて、当該フェライトの粒内に含まれる転位をより少なくする必要がある。これに関連して、本発明の実施形態に係る鋼板においては、フェライトの粒内方位差を1.0度以下に制御することにより、転位のより少ないフェライト組織を実現し、それによってフェライトが体積分率で80%以上の特徴との組み合わせに基づいて鋼板の均一伸びを顕著に改善することが可能となる。鋼板の均一伸びを向上させる観点からは、フェライトの粒内方位差は小さいほど好ましく、例えば0.8度以下であってもよい。下限は特に限定されないが、例えば、フェライトの粒内方位差は0度以上、0.1度以上または0.2度以上であってもよい。
【0049】
続いて、パーライト領域の特徴について述べる。
【0050】
[パーライトからなる島状領域の最大長径:20μm以下]
本発明の実施形態に係る鋼板においては、パーライトはミクロ組織の大部分すなわち体積分率で80%以上を占めるフェライト結晶粒の間に島状に分散して存在しているが、このような島状パーライトにおいてサイズが過度に大きいものが存在すると、ミクロ組織中で発生したボイドが比較的容易に伝播してしまい、鋼板の限界ひずみ量が低下することとなる。したがって、本発明の実施形態に係る鋼板では、パーライトからなる島状領域の最大長径を20μm以下に制御することで、ボイドの伝播を抑制し、それによって鋼板の限界ひずみ量を向上させている。フェライトの最大結晶粒径および最大アスペクト比の場合と同様に、パーライトからなる島状領域についても平均径などではなく、最大長径を制御することが重要である。例えば、パーライトからなる島状領域の平均径などを比較的小さい範囲に制御したとしても、最大長径が20μm超のパーライトからなる島状領域が含まれる場合には、鋼板の限界ひずみ量を十分に向上させることができないからである。ボイドの伝播を抑制する観点から、パーライトからなる島状領域の最大長径は小さいほど好ましく、例えば、18μm以下、15μm以下、12μm以下、10μm以下または8μm以下であってもよい。下限は特に限定されないが、例えば、パーライトからなる島状領域の最大長径は2μm以上、3μm以上または5μm以上であってもよい。
【0051】
[パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度:0.05以下]
パーライトはフェライトとセメンタイトの2つの相から基本的に構成されるが、セメンタイト(Fe3C)中には種々の元素が濃化する場合がある。今回、本発明者らは、パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化を所定の範囲内に制御した場合に、より具体的にはパーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度を0.05以下に制御した場合に、鋼板の限界ひずみ量を顕著に向上させることができることを見出した。何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度が0.05よりも大きくなると、このような比較的高いMn濃化に起因してパーライト中のセメンタイトとその周辺のフェライトとの間に破断や剥離が生じやすくなり、その結果として鋼板の限界ひずみ量が低下するものと考えられる。したがって、パーライト内でのセメンタイトの破断や剥離を防いで鋼板の限界ひずみ量を向上させる観点からは、パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度は小さいほど好ましく、例えば0.04以下、0.03または0.02以下であってもよい。下限は特に限定されないが、例えば、パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度は0であってもよく、0.01以上であってもよい。
【0052】
[伸長介在物の密度:1.0×105個/m2以下]
伸長介在物は、ミクロ組織中で粗大なボイドの発生起点となり、それゆえ当該伸長介在物が比較的多く存在すると、鋼板の限界ひずみ量を低下させてしまう。このため、本発明の実施形態に係る鋼板においては、伸長介在物の密度を1.0×105個/m2以下に制限して粗大なボイドの発生を抑制することにより、鋼板の限界ひずみ量を向上させている。本発明において、伸長介在物とは、一方向(例えば圧延方向)に伸長した任意の介在物であって、長径/短径によって規定されるアスペクト比が5.0以上の介在物をいうものである。粗大なボイドの発生を抑制する観点からは、このような伸長介在物の密度は小さいほど好ましく、例えば0.8×105個/m2以下、0.5×105個/m2以下、0.3×105個/m2以下または0.1×105個/m2以下であってもよい。下限は特に限定されないが、例えば、伸長介在物の密度は0.01×105個/m2以上または0.02×105個/m2以上であってもよい。伸長介在物の具体例としては特に限定されないが、例えば、伸長介在物は、Ca、MgおよびREMのうち少なくとも1種とSを含む硫化物であってもよく、特にはMnSおよび/またはMnの一部がCaに置換されたMnSであってもよく、あるいは、これら硫化物と、Ti、Al等からなる酸化物との混合した複合介在物であっても良い。
【0053】
[ミクロ組織の特徴の評価]
ミクロ組織の特徴の評価は、鋼板の詳細な観察によって行う。具体的には、鋼板または加工された鋼板の1/2幅の箇所において、表面から板厚方向に板厚の1/8の位置~前記表面から前記板厚方向に前記板厚の3/8の位置の範囲を含む小片を切り出し、観察試料とする。残留オーステナイトの体積分率は、X線回折法により、上記板厚方向の範囲においてfcc相の回折ピークを取得し、算出する。残留オーステナイト以外の各組織の体積分率、フェライトの最大結晶粒径および最大アスペクト比、ならびにパーライトからなる島状領域の最大長径の観察および測定は、電解放出型走査電子顕微鏡(Field Emission Scanning Electron Microscope)を用いて行い、圧延方向に並行で板面に垂直な断面を観察面とし、観察面に湿式研磨およびコロイダルシリカによる研磨を施して鏡面とし、ナイタール(エタノール硝酸混合液)による腐食を施して観察試料とする。前記板厚方向の範囲において1000倍から3000倍の範囲で観察を行い、評価する。残留オーステナイト以外の体積分率の評価は、上記電子顕微鏡での観察により合計1.0×10-82以上の領域のミクロ組織を撮影し、ポイントカウンティング法により200点以上の格子点での組織を判定し、各組織の面積分率として求める。
【0054】
フェライトの最大結晶粒径は、上記電子顕微鏡で観察した写真から、無作為に選んだ100個以上のフェライト結晶粒において、それぞれ長径と短径との平均値を算出して各フェライト結晶粒の粒径とし、これらの粒径のうち最大のものをフェライトの最大結晶粒径として決定する。更に、フェライトの最大アスペクト比は、上記電子顕微鏡で観察した写真から、無作為に選んだ100個以上のフェライト結晶粒のうち、粒径の大きい上位20個において、それぞれ長径と短径の比であるアスペクト比を求め、これらのアスペクト比のうち最大のものをフェライトの最大アスペクト比として決定する。パーライトからなる島状領域の最大長径は、上記電子顕微鏡で観察した写真から、無作為に選んだ100個以上のパーライトからなる島状領域において、それぞれの長径を算出し、得られた全ての長径のうち最大のものをパーライトからなる島状領域の最大長径として決定する。
【0055】
フェライトの粒内方位差は、以下のようにして決定される。具体的には、まず、圧延方向に平行かつ板面に垂直な方向の板厚断面が観察面となるように鋼板から試料を採取し、鋼板表面から板厚方向に板厚の3/8の位置を中心とする鋼板の圧延方向に1000μmかつ圧延面法線方向に100μmの矩形領域に対して、1μmの測定間隔でEBSD解析を実施して、この矩形領域の結晶方位情報を取得する。EBSD解析は、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSD検出器(TSL製HIKARI検出器)で構成された装置を用い、50~300点/秒の解析速度で実施する。次に、この矩形領域の結晶方位情報から、EBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」を用いて、フェライト粒内の方位差(GAM値:Grain Average Misorientation)を算出する。
【0056】
パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度は三次元アトムプローブにより測定する。測定される炭素濃度分布よりパーライトのラメラを形成するセメンタイトを同定し、その箇所におけるFe、Si、Mn、Ni、Cu、Cr、Mo、W、Nb、Ti、V、B、Sn、Sbの濃度を算出し、測定したMn濃度をMnを含む前記全ての元素の濃度の和で除して前記Mn濃化度とする。
【0057】
伸長介在物の密度は、光学顕微鏡あるいはFE-SEMによる鋼板の詳細な観察によって行う。具体的には、鋼板または加工された鋼板の1/2幅の箇所において、表面から板厚方向に板厚の3/8の位置における板面と平行な面を観察面とし、同領域を含む小片を切り出し、観察試料とする。当該観察面に湿式研磨およびコロイダルシリカによる研磨を施して鏡面とし、合計5.0×10-52以上の面積を観察して伸長介在物の密度を評価する。
【0058】
[機械特性]
[引張強度(TS)、全伸び(EL)、均一伸び(UEL)および降伏強度(YS)]
上記の化学組成およびミクロ組織を有する鋼板によれば、高い引張強度(TS)、具体的には400MPa以上の引張強度を達成することができる。引張強度は、好ましくは420MPa以上、440MPa以上または490MPa以上である。上限は特に限定されないが、例えば、引張強度は780MPa以下、700MPa以下または650MPa以下であってもよい。また、本発明の実施形態に係る鋼板によれば、20%以上の全伸び(EL)を達成することができる。全伸びは、好ましくは22%以上、25%以上または30%以上である。上限は特に限定されないが、例えば、全伸びは45%以下、42%以下または40%以下であってもよい。また、本発明の実施形態に係る鋼板によれば、15.0%以上の均一伸び(UEL)を達成することができる。均一伸びは、好ましくは16.0%以上または17.0%以上である。上限は特に限定されないが、例えば、均一伸びは30.0%以下、25.0%以下または20.0%以下であってもよい。また、本発明の実施形態に係る鋼板によれば、260MPa以上の降伏強度(YS)を達成することができる。降伏強度は、好ましくは280MPa以上または300MPa以上である。上限は特に限定されないが、例えば、降伏強度は550MPa以下、500MPa以下または450MPa以下であってもよい。引張強さ、全伸び、均一伸びおよび降伏強度は、試験片の長手方向が鋼板の圧延直角方向と平行になる向き(C方向)からJIS14A号試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に準拠した引張試験を行うことで測定され、降伏強度は上記の引張試験により得られた0.2%耐力を意味する。
【0059】
[板厚]
本発明の実施形態に係る鋼板は、特に限定されないが、一般的には10~150mmの板厚を有する。例えば、板厚は25mm以上、40mm以上もしくは50mm以上であってもよく、および/または120mm以下もしくは100mm以下であってもよい。
【0060】
[鋼板の製造方法]
次に、本発明の実施形態に係る鋼板の好ましい製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係る鋼板を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該鋼板を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0061】
本発明の実施形態に係る鋼板の製造方法は、
鋼板に関連して上で説明した化学組成を有するスラブを鋳造し、前記スラブの厚さ方向中心部が凝固した後、1200℃を一度も下回らない間に累計で20%以上の圧延を施す鋳造工程、
前記スラブを加熱する加熱工程であって、前記スラブの最高加熱温度が1120~1250℃であり、下記式(2)を満たす加熱を施す加熱工程、
1000℃以上の温度域における累計圧下率が35%以上となるように前記スラブに粗圧延を施す粗圧延工程、
得られた圧延材に仕上げ圧延を施す仕上げ圧延工程であって、1000℃以下の温度域における圧延が下記式(3)を満たし、仕上げ圧延の完了温度が900℃以上である仕上げ圧延工程、および
得られた鋼板を700℃まで空冷し、次いで700~450℃の温度域を0.1~1.0℃/秒の平均冷却速度で冷却する冷却工程
を含むことを特徴としている。
【数3】
およびtは、1100℃以上の温度における時間を10等分し、それぞれの区間に対して計算で得られる値であり、
tは前記10等分した時間のそれぞれの区間の長さ[秒]であり、
は10等分したうちのi番目の区間の加熱が終わった時点でのスラブ温度であり、
[Nb]は鋼板のNb含有量[質量%]であり、
Rは鋳造工程における累計圧下率[%]であり、
1、A2、A3、A4、A5、A6、A7およびA8は定数であって、それぞれ9.43×10-1、-3.50×10、1.65×10、1.12×10、7.01×10、5.46×10、4.30×10および1.10×10であり、
10は、上記計算式によりX1からX2、X3・・・と順に計算することで得られる。
【数4】
式(3)は、1000℃以下の温度域において施すnパスの圧延について、i番目の圧延の後の再結晶および結晶粒成長の進行度合いを評価し、積算する式であり、m、i番目からi+1番目の圧延パスの間の経過時間t[秒]、i番目の圧延を施す前の板厚hi-1と施したのちの板厚hを用いて得られ、
はi番目の圧延パスにおける鋼板温度T[℃]と、鋼板のNb含有量[Nb][質量%]から得られる値であり、
n番目の圧延に対しての次の圧延パスまでの経過時間t[秒]は、n番目の圧延が完了してから鋼板温度が900℃に到達するまでの経過時間であり、
、B2、B3、B4、B5およびB6は定数であって、それぞれ1.50×10、-5.00×10-1、7.50×10-11、3.50×10、2.73×10および4.75×10である。
【0062】
[鋳造工程]
まず、鋼板に関連して上で説明した化学組成を有するスラブが製造されるが、スラブの製造方法は特に限定されず、例えば、連続鋳造法、あるいは、分塊法によって製造することができる。本製造方法では、スラブの厚さ方向中心部が凝固した後、1200℃を一度も下回らない間に累計で20%以上の圧延を施すことが重要である。これにより粗大な粒や伸長した粒の生成を抑制することができ、最終的に得られる鋼板のミクロ組織において、フェライトの最大結晶粒径および最大アスペクト比、パーライトからなる島状領域の最大長径、ならびに伸長介在物の密度を所望の範囲内に低減することが可能となる。より詳しく説明すると、粗大な粒や伸長した粒は、凝固偏析すなわち中心偏析が起こる部分に生じやすい。したがって、鋳造工程において中心偏析を抑制することが重要であり、より具体的には、溶鋼の表面から徐々に凝固していき、最後に中心部が凝固した直後の温度が比較的高い状態で十分な圧下を施すことにより、中心偏析部のところでしっかりと再結晶を進行させることが重要となる。このような操作を行うことで、中心偏析部の組織を均質化させることが可能となる。
【0063】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、通常、鋳造工程では、粗大な粒が比較的多く、それゆえ粒界に沿った元素の移動は起こりにくい。しかしながら、再結晶を進行させることでその際に粒界が移動し、さらには再結晶によって組織が微細化されるため、粒界に沿った元素の移動も比較的容易に生じ、その結果として、中心偏析部における組織の均質化が可能になるものと考えられる。一方で、スラブの厚さ方向中心部が凝固後に温度が一度でも1200℃を下回ると、再結晶を十分に進行させることができないかおよび/または粒界に沿った元素の移動が起こりにくくなり、中心偏析部の組織を十分に均質化させることができなくなる。その結果として、最終的に得られる鋼板のミクロ組織において、フェライトの最大結晶粒径および最大アスペクト比、パーライトからなる島状領域の最大長径、ならびに/または伸長介在物の密度を所望の範囲内に制御することができなくなる。また、鋳造工程における20%以上の圧延は、圧延時の割れ等を回避する観点から、1回ではなく複数回に分けて行うことが好ましい。より具体的には、例えば、3回以上の圧延パスにおける累計の圧下率が20%以上になるように圧延を施すことが好ましい。
【0064】
[加熱工程]
製造したスラブを熱間圧延するため、当該スラブに対し、最高加熱温度が1120~1250℃であり、下記式(2)を満たす加熱処理を施す。
【数5】
およびtは、1100℃以上の温度における時間、具体的には加熱工程においてスラブ温度が1100℃に到達してから加熱炉を出るまでの時間を10等分し、それぞれの区間に対して計算で得られる値であり、上の式で求める。ここで、tは前記10等分した時間のそれぞれの区間の長さ[秒]であり、Tは10等分したうちのi番目の区間の加熱が終わった時点でのスラブ温度であり、[Nb]は鋼板のNb含有量[質量%]であり、Rは鋳造工程における累計圧下率[%]である。また、AからAは計算に用いる定数項であり、Aから順に、それぞれ9.43×10-1、-3.50×10、1.65×10、1.12×10、7.01×10、5.46×10、4.30×10、1.10×10である。X10は、上記計算式によりX1からX2、X3・・・と順に計算することで得られる。
【0065】
このような加熱処理を施すことにより、スラブを均質かつ十分に加熱することができるので、パーライトからなる島状領域の最大長径を所望の範囲内に制御する上でも有効である。最高加熱温度が1120℃を下回るかまたは式(2)の値が1.0未満の場合には、パーライトからなる島状領域の最大長径を所望の範囲内に制御することができず、その結果として所望の限界ひずみ量を得ることができなくなる。最高加熱温度を高めることで、ミクロ組織の等方性が向上することから、当該最高加熱温度は1150℃以上とすることが好ましい。一方で、最高加熱温度が1250℃を超えるかまたは式(2)の値が3.5を超えると、フェライトの最大結晶粒径が大きくなりすぎてしまい、所望の限界ひずみ量を得ることができなくなる場合がある。フェライトの微細化の観点からは、最高加熱温度は1200℃以下とすることが好ましい。
【0066】
[粗圧延工程]
加熱処理を施したスラブに、1000℃以上の温度域において、スラブ厚に対する累計圧下率が35%以上となるように粗圧延が施される。鋳造工程に加えて、粗圧延工程においても再結晶が進行する1000℃以上の温度域で35%以上の比較的高い粗圧延を施すことでミクロ組織の微細化をさらに促進させることができる。その結果として、最終的に得られるミクロ組織においてフェライトの最大結晶粒径を所望の範囲内に制御することが可能となる。上記温度域における累計圧下率が35%未満となると、最終的に得られるミクロ組織において粗大なフェライト結晶粒が形成し、所望の限界ひずみ量を得ることができなくなる。この観点から、上記温度域における累計圧下率は35%以上とし、40%以上とすることが好ましい。上限は特に限定されないが、過度に圧下すると鋼板が薄くなりすぎてしまい、続く仕上げ圧延工程で十分な圧下率を確保することが困難となる。このため、粗圧延の上記温度域における累計圧下率は70%以下とすることが好ましい。
【0067】
[仕上げ圧延工程]
次に、鋼板板厚が製品板厚に至るまでの仕上げ圧延を施す。仕上げ圧延は、粗圧延によって得られた圧延材の温度が1000℃以下の温度域における圧延が下記式(3)を満たし、仕上げ圧延の完了温度が900℃以上になるように実施される。
【数6】
はi番目の圧延パスにおける鋼板温度T[℃]と、鋼板のNb含有量[Nb][質量%]から得られる値である。この値と、i番目からi+1番目の圧延パスの間の経過時間t[秒]、i番目の圧延を施す前の板厚hi-1と施したのちの板厚hを用いた式(3)は、仕上げ圧延のうち、1000℃以下の温度域において施すnパスの圧延について、i番目の圧延の後の再結晶および結晶粒成長の進行度合いを評価し、積算する式であり、得られる値を一定の範囲に置くことで、適度な微細化を達成できる。但し、n番目の圧延に対しての次の圧延パスまでの経過時間t[秒]は、n番目の圧延が完了してから鋼板温度が900℃に到達するまでの経過時間とする。なお、BからB6は計算に用いる定数項であり、Bから順に、それぞれ1.50×10、-5.00×10-1、7.50×10-11、3.50×10、2.73×10、4.75×10、である。
【0068】
式(3)の値が過度に小さいと、再結晶が十分に進まず、一方向に伸長した粗大な組織が得られる。一方、式(3)の値が過度に大きいと再結晶後の結晶粒成長が過度に進行し、ミクロ組織が平均して粗大化し、その後の相変態の進行が抑制され、フェライトがより低温で生成するようになって結晶粒内の方位差が大きくなる。これらの観点から、式(3)の値は1.0以上10.0以下とする。ミクロ組織の微細化を進め、等方性を高めるため、式(3)の値は2.0以上8.5以下とすることが好ましく、3.0以上7.0以下とすることがよりこのましい。
【0069】
式(3)を満たすことで、仕上げ圧延を比較的低温でかつパス間時間を過度に長くすることなく実施することができ、このような圧延によってミクロ組織の微細化を促進させることができる。加えて、仕上げ圧延の完了温度を900℃以上とすることで、再結晶も進行させることができ、その結果としてフェライトの最大結晶粒径および粒内方位差を所望の範囲内に制御することが可能となる。一方で、式(3)を満たさない場合には、圧延によるミクロ組織の微細化が不十分となり、また、仕上げ圧延の完了温度が900℃未満である場合には、再結晶を十分に進行させることができなくなる。これらの場合には、フェライトの最大結晶粒径および/または粒内方位差が大きくなり、最終的に得られる鋼板の均一伸びおよび/または限界ひずみ量が低下してしまう。再結晶を十分に進行させ、それによってミクロ組織の等方性を高めるためには、仕上げ圧延の完了温度は925℃以上とすることが好ましい。
【0070】
[冷却工程]
次に、得られた鋼板は、冷却工程において、700℃まで空冷され、次いで700~450℃の温度域を0.1~1.0℃/秒の平均冷却速度で冷却される。このような冷却履歴とすることで、所望の組織分率およびフェライトの粒内方位差を達成するとともに、パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度を所望の範囲内に低減することが可能となる。先の仕上げ圧延工程の後、700℃よりも高い温度において水冷を実施すると、フェライトの粒内方位差が大きくなり、所望の均一伸びが得られない場合がある。また、空冷後、700~450℃の温度域を0.1℃/秒よりも遅い平均冷却速度で冷却すると、セメンタイトへのMn濃化が過度に進行してしまい、このような比較的高いMn濃化に起因してパーライト中のセメンタイトとその周辺のフェライトとの間に破断や剥離が生じやすくなり、その結果として鋼板の限界ひずみ量が低下してしまう場合がある。一方で、700~450℃の温度域を1.0℃/秒よりも速い平均冷却速度で冷却してしまうと、パーライトの生成が不十分となってフェライトおよびパーライト以外の組織が過度に生成し、鋼板における所望のミクロ組織が得られなくなる。
【0071】
上記製造方法によって製造された鋼板によれば、鋼板のミクロ組織を主体のフェライトと硬質組織のパーライトを含む複合組織として所定の割合、すなわちフェライト:80%以上およびパーライト:5%以上で構成することができ、それによって均一伸びと限界ひずみ量の両方を改善することができる。さらに、フェライトの粒内方位差を1.0度以下に低減することができるので、転位のより少ないフェライト組織を実現することができ、これに関連して鋼板の均一伸びを顕著に改善することができる。加えて、フェライトの最大結晶粒径および最大アスペクト比をそれぞれ30.0μm以下および3.00以下に低減するとともに、フェライト結晶粒の間に島状に分散して存在するパーライトの島状領域の最大長径を20.0μm以下に低減し、さらに当該パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度を0.05以下に低減し、なおかつミクロ組織中で粗大なボイドの発生起点となる伸長介在物の密度を1.0×105個/m2以下に低減することができるので、鋼板の限界ひずみ量を顕著に改善することが可能となる。したがって、上記製造方法によって製造された鋼板によれば、均一伸びの向上に起因してひずみ集中による延性き裂の発生を抑制することができ、仮に延性き裂が発生しても限界ひずみ量の向上に起因して当該延性き裂の伝播を抑制することが可能となる。それゆえ、このような鋼板は、衝突時のひずみ集中部表面でのき裂の発生および伝播を顕著に抑制することができるため、衝突時の破孔発生を抑制するのに有用であり、例えば海洋上で船舶等との衝突リスクが存在する構造物、例えば船舶、浮体および海洋構造物などにおいて適用するのに特に有用である。
【0072】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例0073】
以下の実施例では、本発明の実施形態に係る鋼板を種々の条件下で製造し、得られた鋼板の均一伸びおよび限界ひずみ量(絞り値)等の特性について調べた。
【0074】
表1に示す化学組成を有する溶鋼を、表2に示す条件で鋳造工程、加熱工程、粗圧延工程、仕上げ圧延工程、および冷却工程において処理することで、発明例および比較例を含む、実施例としての鋼板を得た。表2において、鋳造工程の累計圧下率は、スラブの厚さ方向中心部が凝固した後、1200℃を一度も下回らない間の累計圧下率を示し、粗圧延工程の累計圧下率は、1000℃以上の温度域における累計圧下率を示す。また、冷却工程では、得られた鋼板を700℃まで空冷し、次いで700~450℃の温度域を表2に示す平均冷却速度で冷却した。
【0075】
【表1】
【0076】
【表2】
【0077】
[特性評価]
引張試験は平行部直径6.0mmφ、平行部長さ32mmの引張試験片(長手方向がC方向になる向きから採取したJIS14A号試験片)を鋼板の板厚の3/8の箇所から採取し、ひずみゲージ長さを24.0mmとし、JIS Z 2241:2011に準拠して引張特性として、YS(0.2%耐力)、TS(引張強度)、EL(全伸び)、UEL(均一伸び)、および絞り値を評価した。UELが15%以上、かつ、絞り値が75%以上の例を合格(均一伸びおよび限界ひずみ量が向上した鋼板)と判定した。
【0078】
【表3】
【0079】
表3にミクロ組織と特性の評価結果を示した。表3中の体積分率における「その他」は、マルテンサイト、ベイナイト、ベイニティックフェライトおよび残留オーステナイトの合計を意味する。また、表3中のパーライトにおける「最大長径」は、パーライトからなる島状領域の最大長径を意味し、同様に「Mn濃化度」は、パーライトのラメラ構造を形成するセメンタイトへのMn濃化度を意味する。
【0080】
表1~3に示す実施例において、実験No.58は、鋼板の化学組成が式(1)を満たさず、フェライト結晶粒内の方位差が過度に大きくなり、均一伸びが損なわれた比較例である。
実験No.59および60は、CaおよびMg等の元素の合計量が所望の範囲内に制御されなかったために、粗大な伸長介在物が発生し、絞り値が損なわれた比較例である。
実験No.61および62は、それぞれCおよびSi含有量が高かったために、高強度化に関連して所望のミクロ組織の体積分率が得られず、均一伸びおよび絞り値が損なわれた比較例である。
【0081】
実験No.8は、鋳造工程における圧延が不十分であり、ミクロ組織が粗大化し、かつ、粗大な伸長介在物が多量に含まれるため、絞り値が損なわれた比較例である。
【0082】
実験No.4は、加熱工程における最高加熱温度が低く、粗大な島状パーライトが発生し、絞り値が損なわれた比較例である。一方、実験No.34は、加熱工程における最高加熱温度が高く、粗大なフェライトが発生し、絞り値が損なわれた比較例である。
実験No.27は、加熱工程において式(2)の値が小さく、粗大な島状パーライトが発生し、絞り値が損なわれた比較例である。一方、実験No.47は、加熱工程において式(2)の値が大きく、粗大かつ伸長したフェライトが発生し、絞り値が損なわれた比較例である。
【0083】
実験No.52は、粗圧延工程における圧下率が小さく、粗大なフェライトが発生し、絞り値が損なわれた比較例である。
【0084】
実験No.55は、仕上げ圧延工程において式(3)の値が小さく、一方向に伸長した粗大なフェライトが発生し、絞り値が損なわれた比較例である。一方、実験No.24は、仕上げ圧延工程において式(3)の値が大きく、フェライトの結晶粒内の方位差が大きくなり、均一伸びが損なわれた比較例である。
実験No.13は、仕上げ圧延工程における圧延完了温度が低く、フェライトの結晶粒内の方位差が大きくなり、均一伸びが損なわれた比較例である。
【0085】
実験No.42は、仕上げ圧延完了後に水冷を施した例(700℃までの空冷を行わなかった例)であり、フェライトの結晶粒内の方位差が大きくなり、均一伸びが損なわれた比較例である。
実験No.31は、冷却工程における冷却速度が遅く、パーライトのラメラを構成するセメンタイトにMnが過度に濃化し、絞り値が損なわれた比較例である。一方、実験No.18は、冷却工程における冷却速度が速く、フェライトおよびパーライト以外の組織が多量に発生し、絞り値が損なわれた比較例である。
【0086】
他の実施例は、本発明の条件によって製造される鋼板であり、優れた特性を示す実施例(発明例)である。