IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

特開2024-151608操業条件決定装置、操業条件決定方法、及びプログラム
<>
  • 特開-操業条件決定装置、操業条件決定方法、及びプログラム 図1
  • 特開-操業条件決定装置、操業条件決定方法、及びプログラム 図2
  • 特開-操業条件決定装置、操業条件決定方法、及びプログラム 図3
  • 特開-操業条件決定装置、操業条件決定方法、及びプログラム 図4
  • 特開-操業条件決定装置、操業条件決定方法、及びプログラム 図5
  • 特開-操業条件決定装置、操業条件決定方法、及びプログラム 図6
  • 特開-操業条件決定装置、操業条件決定方法、及びプログラム 図7
  • 特開-操業条件決定装置、操業条件決定方法、及びプログラム 図8
  • 特開-操業条件決定装置、操業条件決定方法、及びプログラム 図9
  • 特開-操業条件決定装置、操業条件決定方法、及びプログラム 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024151608
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】操業条件決定装置、操業条件決定方法、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   C21C 7/00 20060101AFI20241018BHJP
   G05B 23/02 20060101ALI20241018BHJP
   B21B 37/00 20060101ALI20241018BHJP
   C21D 7/00 20060101ALI20241018BHJP
   C21C 5/06 20060101ALN20241018BHJP
【FI】
C21C7/00 Z
G05B23/02 X
B21B37/00 300
C21D7/00 Z
C21C5/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023065081
(22)【出願日】2023-04-12
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001748
【氏名又は名称】弁理士法人まこと国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平野 弘二
(72)【発明者】
【氏名】立溝 信之
(72)【発明者】
【氏名】森 純一
(72)【発明者】
【氏名】桜田 栄作
【テーマコード(参考)】
3C223
4E124
4K013
【Fターム(参考)】
3C223AA05
3C223BA03
3C223BB17
3C223CC02
3C223DD03
3C223EB01
3C223FF22
3C223FF24
3C223FF26
3C223FF43
4E124AA01
4E124BB02
4E124BB07
4E124EE14
4E124EE16
4K013FA11
(57)【要約】
【課題】前工程が実行された後、後工程における適切な操業条件を決定することができる、操業条件決定装置等を提供する。
【解決手段】本発明に係る操業条件決定装置100は、鋼材の操業条件を入力とし、鋼材に割れが発生する確率を出力とする割れ発生予測モデル20、及び/又は、鋼材の操業条件を入力とし、鋼材の材料特性値の確率分布を出力とする材料特性値予測モデル30を備える。操業条件決定装置は、割れ発生予測モデルから出力される鋼材に割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように、割れ発生予測モデルを逆解析する、及び/又は、材料特性値予測モデルから出力される鋼材の材料特性値の確率分布と、注文情報に含まれる鋼材の材料特性値の仕様とによって算出される鋼材の材料特性値の合格確率が、所定のしきい値以上となるように、材料特性値予測モデルを逆解析することで、後工程における操業条件を決定する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
前工程及び後工程を有する製造工程を経て製造される鋼材について、前記前工程が実行された後、前記後工程における操業条件を決定する操業条件決定装置であって、
前記鋼材についての前記前工程及び前記後工程における操業条件を入力とし、前記鋼材に割れが発生する確率を出力とする割れ発生予測モデル、及び/又は、前記鋼材についての前記前工程及び前記後工程における操業条件を入力とし、前記鋼材の材料特性値の確率分布を出力とする材料特性値予測モデルを備え、
対象鋼材についての前記前工程における操業実績及び前記後工程における操業条件を、前記割れ発生予測モデルに入力したときに出力される前記対象鋼材に割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように、前記割れ発生予測モデルを逆解析する、及び/又は、前記対象鋼材についての前記前工程における操業実績及び前記後工程における操業条件を、前記材料特性値予測モデルに入力したときに出力される前記対象鋼材の材料特性値の確率分布と、注文情報に含まれる前記対象鋼材の材料特性値の仕様とによって算出される前記対象鋼材の材料特性値の合格確率が、所定のしきい値以上となるように、前記材料特性値予測モデルを逆解析することで、前記後工程における操業条件を決定する、
操業条件決定装置。
【請求項2】
前記後工程には、前記鋼材の含有成分を調整する精錬工程が含まれ、
決定する前記後工程における操業条件には、前記精錬工程における添加元素成分値が含まれ、
複数の前記対象鋼材に割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように、前記割れ発生予測モデルを逆解析する、及び/又は、複数の前記対象鋼材の材料特性値の合格確率が、所定のしきい値以上となるように、前記材料特性値予測モデルを逆解析することで、前記精錬工程における添加元素成分値を決定する、
請求項1に記載の操業条件決定装置。
【請求項3】
前記対象鋼材の製造コストも考慮して、前記後工程における操業条件を決定する、
請求項1又は2に記載の操業条件決定装置。
【請求項4】
前工程及び後工程を有する製造工程を経て製造される鋼材について、前記前工程が実行された後、前記後工程における操業条件を決定する操業条件決定方法であって、
前記鋼材についての前記前工程及び前記後工程における操業条件を入力とし、前記鋼材に割れが発生する確率を出力とする割れ発生予測モデル、及び/又は、前記鋼材についての前記前工程及び前記後工程における操業条件を入力とし、前記鋼材の材料特性値の確率分布を出力とする材料特性値予測モデルを用い、
対象鋼材についての前記前工程における操業実績及び前記後工程における操業条件を、前記割れ発生予測モデルに入力したときに出力される前記対象鋼材に割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように、前記割れ発生予測モデルを逆解析する、及び/又は、前記対象鋼材についての前記前工程における操業実績及び前記後工程における操業条件を、前記材料特性値予測モデルに入力したときに出力される前記対象鋼材の材料特性値の確率分布と、注文情報に含まれる前記対象鋼材の材料特性値の仕様とによって算出される前記対象鋼材の材料特性値の合格確率が、所定のしきい値以上となるように、前記材料特性値予測モデルを逆解析することで、前記後工程における操業条件を決定する、
操業条件決定方法。
【請求項5】
コンピュータを、請求項1から3の何れかに記載の操業条件決定装置として機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前工程及び後工程を有する製造工程を経て製造される鋼材について、前工程が実行された後、後工程における適切な操業条件を決定することができる、操業条件決定装置、操業条件決定方法、及び操業条件決定装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板等の鋼材は、例えば、高炉法の場合、鉄鉱石を原料とし、高炉での製銑工程、転炉での製鋼工程(一次精錬工程)、精錬炉での精錬工程(二次精錬工程)、連続鋳造機での連続鋳造工程、熱間圧延機での熱延工程、冷間圧延機での冷延工程、連続焼鈍処理設備での連続焼鈍工程又は連続溶融亜鉛めっき設備での連続溶融亜鉛めっき工程など、各種の工程を有する製造工程を経て製造される。
【0003】
ここで、CO排出削減の観点からは、鉄鉱石を原料とする高炉法から、スクラップを原料とする電炉法への転換が必要である。電炉法の場合、鋼板等の鋼材は、スクラップを原料とし、電気炉での溶解工程の後は、精錬工程等の高炉法と同様の工程を有する製造工程を経て製造される。
しかしながら、電炉法での原料とされるスクラップの場合、鉄鉱石に比べて、溶解工程で取り除くことができない元素であるトランプエレメントの成分値が高くなる。鋼へのトランプエレメント(特に、銅(Cu)や錫(Sn))の混入は、熱延工程における鋼材の割れ発生の要因や、製造後の鋼材の引張強度等の材料特性値が不合格となる(注文仕様を満足しない)要因となり得るという問題がある。
特に、低級スクラップが原料に含まれる場合、トランプエレメントの成分値のバラツキが大きいため、割れが生じることなく且つ材料特性値が合格となるように鋼材を製造するには、製造工程における操業条件を精緻にコントロールする必要がある。
【0004】
従来、上記のような鋼材の割れ発生や材料特性値の不合格に対して、それぞれ独立して取り組まれており、操業条件を決定するための種々の方法が提案されている。
【0005】
割れ発生に対する対策としては、例えば、精錬工程において、Cuを無害化する元素として、Niを添加したり、Siを添加する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
また、連続鋳造工程において、冷却を強化する方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
さらに、熱延工程において、加熱炉の加熱温度を下げる方法(例えば、特許文献3参照)や、加熱炉の加熱温度を上げる方法(例えば、特許文献4参照)が提案されている。同じく熱延工程において、加熱炉の雰囲気を無酸化雰囲気に変更する方法が提案されている(例えば、特許文献5参照)。同じく熱延工程において、粗圧延後に再加熱してから仕上げ圧延する方法が提案されている(例えば、特許文献6参照)。
【0006】
しかしながら、上記のような方法では、例えば、溶鋼成分が目標設定から大きくばらつくような外乱の大きい状況では、鋼材の割れ発生を抑制するための適切な操業条件として不十分なものしか得られないという問題がある。例えば、特許文献1には、精錬工程におけるSi添加量に関して、熱延工程での加熱温度が1150℃以上であるという前提で、Si>0.5%という不等式が提案されている。これは、Si添加量がこの範囲であれば割れが発生しない、この範囲から外れれば割れが発生するという単純な2値分類の前提に立つものであるが、事実を精緻に反映した方法ではない。
【0007】
一方、材料特性値の不合格に対する対策としては、前工程における操業実績が適切な操業条件(鋼材の材料特性値が合格となる確率が高い操業条件)からずれた場合に、鋼材の材料特性値が合格となる確率が高くなるように、前工程における操業実績を踏まえて、これから実行する後工程における操業条件を適切に決定する(予め設定された後工程における操業条件を修正する)技術(本明細書では、これを「材料特性値FF(フィードフォワード)技術」と称する)が知られている。
材料特性値FF技術としては、例えば、特許文献7に記載のように、ニューラルネットワークを始めとする機械学習によって構築された材料特性値予測モデルの出力が所望の値に漸近するように、後工程における操業条件を決定する技術が提案されている。具体的には、特許文献7に記載の技術は、確定した前工程における操業実績(特許文献7では、製造実績データ)を操業条件(特許文献7では、製造仕様)の固定値として用いた上で、操業条件から材料特性値を予測する材質特性値予測モデル(特許文献7では、予測モデル)を逆解析する(最適化問題を求解する)ことで、材料特性値の予測値が所望の値に漸近するように、後工程における操業条件を決定する技術である。
【0008】
しかしながら、特許文献7に記載のような従来の材料特性値FF技術では、材料特性値の予測値として期待値(平均値)のみを出力する材料特性値予測モデルを用いているため、この予測される期待値を信頼して後工程における操業条件を決定すると、材料特性値のバラツキが大きな操業条件の領域では、材料特性値が不合格になるリスクが高いという問題がある。すなわち、鋼材の材料特性値が合格となる確率を高くするための適切な操業条件として不十分なものしか得られないという問題がある。
【0009】
なお、非特許文献1、2には、分散不均一ガウス過程(分散不均一を考慮したガウス過程回帰)について記載されている。
また、特許文献8には、物理式を組み合わせて、鋼材の操業条件から鋼材の材料特性値を予測する予測モデルについて記載されている。ここで、物理式を組み合わせた予測モデルとは、連続鋳造工程、熱延工程や熱処理工程等の各工程における析出物、偏析、金属組織の状態変化や、このような金属組織や析出物から得られる材料特性値を、物理的なメカニズムに基づき表現した予測モデルのことを意味する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平6-297026号公報
【特許文献2】特開平4-162943号公報
【特許文献3】特開平9-296223号公報
【特許文献4】特開平7-246402号公報
【特許文献5】特開平5-220505号公報
【特許文献6】特開平9-296223号公報
【特許文献7】特開2022-14878号公報
【特許文献8】特開平5-26871号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Alan D. Saul, James Hensman, Aki Vehtari, Neil D. Lawrence, "Chained Gaussian Processes", Proceedings of the 19th International Conference on Artificial Intelligence and Statistics, PMLR 51:1431-1440, 2016
【非特許文献2】「ヘテロスケダスティック尤度と多潜在GP」, [online], [令和4年12月20日検索], インターネット<URL:https://gpflow.github.io/GPflow/develop/notebooks/advanced/heteroskedastic.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記従来技術の問題点を解決するべくなされたものであり、前工程及び後工程を有する製造工程を経て製造される鋼材について、前工程が実行された後、後工程における適切な操業条件を決定することができる、操業条件決定装置、操業条件決定方法及びプログラムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するため、本発明は、前工程及び後工程を有する製造工程を経て製造される鋼材について、前記前工程が実行された後、前記後工程における操業条件を決定する操業条件決定装置であって、前記鋼材についての前記前工程及び前記後工程における操業条件を入力とし、前記鋼材に割れが発生する確率を出力とする割れ発生予測モデル、及び/又は、前記鋼材についての前記前工程及び前記後工程における操業条件を入力とし、前記鋼材の材料特性値の確率分布を出力とする材料特性値予測モデルを備え、対象鋼材についての前記前工程における操業実績及び前記後工程における操業条件を、前記割れ発生予測モデルに入力したときに出力される前記対象鋼材に割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように、前記割れ発生予測モデルを逆解析する、及び/又は、前記対象鋼材についての前記前工程における操業実績及び前記後工程における操業条件を、前記材料特性値予測モデルに入力したときに出力される前記対象鋼材の材料特性値の確率分布と、注文情報に含まれる前記対象鋼材の材料特性値の仕様とによって算出される前記対象鋼材の材料特性値の合格確率が、所定のしきい値以上となるように、前記材料特性値予測モデルを逆解析することで、前記後工程における操業条件を決定する、操業条件決定装置を提供する。
【0014】
本発明は、高炉法で鋼材を製造する場合にも適用可能であるが、特に電炉法で鋼材を製造する場合に好適に用いられる。
本発明において、「前工程」としては、例えば、電炉法における溶解工程を挙げることができる。「後工程」としては、例えば、電炉法における精錬工程、連続鋳造工程、熱延工程、冷延工程、連続焼鈍工程又は連続溶融亜鉛めっき工程を挙げることができる。「製造工程」は、鋼材の厚みや表面状態、内部の金属組織を変化させるなど、製品として造り込む工程(熱延工程、冷延工程、連続焼鈍工程や連続溶融亜鉛めっき工程等)までの工程を意味し、鋼材の切断や検査のみを行う精整工程を含まないものとしてもよい。
また、本発明において、「操業条件」は、製造工程において鋼材の品質に影響を与える条件であり、例えば、溶解工程における銅(Cu)や錫(Sn)等の成分値、精錬工程におけるニッケル(Ni)等の成分値、連続鋳造工程における冷却条件、熱延工程における加熱炉内の滞在時間や雰囲気、圧延速度、加熱・冷却温度、冷延工程における鋼材の厚み(冷延厚)などを挙げることができる。
また、本発明において、「操業実績」は、操業条件の実績値であり、鋼材の品質に影響を与えるデータである。操業実績には、鋼材の製造工程で得られる測定値や設定値の他、これらを物理式等を用いて加工することで得られるデータも含まれ得る。
また、本発明において、「材料特性値」は、鋼材の有する機械特性を意味し、例えば、引張強度(TS)、降伏点(YP)、表面硬度、曲げ強度、靭性値、疲れ寿命を挙げることができる。
また、本発明において、「対象鋼材」は、後工程における操業条件を決定する対象となる鋼材を意味する。
さらに、本発明において、「注文情報に含まれる対象鋼材の材料特性値の仕様」としては、例えば、材料特性値の要求上限値、又は要求下限値、又はその両方を挙げることができる。
【0015】
本発明に係る操業条件決定装置は、割れ発生予測モデル及び材料特性値予測モデルのうち、少なくともいずれか一方の予測モデルを備える。
割れ発生予測モデルは、鋼材の前工程及び後工程における操業条件を入力とし、鋼材に割れが発生する確率を出力とする予測モデルである。換言すれば、特許文献1に記載のように、操業条件(特許文献1の場合はSi添加量)がこの範囲であれば割れが発生しない、この範囲から外れれば割れが発生するという単純な2値分類の前提に立つ予測モデルではないため、鋼材の割れの発生を適切に予測できることが期待できる。
本発明に係る操業条件決定装置が割れ発生予測モデルを備える場合、対象鋼材についての前工程における操業実績及び後工程における操業条件を、割れ発生予測モデルに入力したときに出力される対象鋼材に割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように、割れ発生予測モデルを逆解析すれば、後工程における適切な操業条件を決定することができ、対象鋼材の割れの発生を抑制可能である。
【0016】
材料特性値予測モデルは、鋼材の前工程及び後工程における操業条件を入力とし、鋼材の材料特性値の確率分布を出力とする予測モデルである。材料特性値予測モデルは、鋼材の材料特性値の確率分布、換言すれば、材料特性値の期待値とバラツキとを予測結果として出力するため、入力される鋼材の操業条件のうち、過去の操業実績が無い操業条件についても、材料特性値(特に、材料特性値のバラツキ)を精度良く予測できることが期待できる。また、材料特性値のコントロールが難しく、材料特性値にバラツキが生じ易い鋼材の操業条件についても、材料特性値の予測精度が高まることが期待できる。
本発明に係る操業条件決定装置が材料特性値予測モデルを備える場合、対象鋼材の前工程における操業実績及び後工程における操業条件を、材料特性値予測モデルに入力したときに出力される対象鋼材の材料特性値の確率分布と、注文情報に含まれる対象鋼材の材料特性値の仕様とによって、対象鋼材の材料特性値の合格確率が算出される。例えば、注文情報に含まれる対象鋼材の材料特性値の仕様が、材料特性値の要求上限値及び要求下限値である場合、材料特性値の確率分布全体の面積に対する、要求下限値から要求上限値までの範囲内に占める面積の比率が、合格確率として算出されることになる。
したがって、本発明に係る操業条件決定装置が材料特性値予測モデルを備える場合、対象鋼材の材料特性値の合格確率が所定のしきい値以上となるように、この材料特性値予測モデルを逆解析すれば、注文情報に応じた後工程における適切な操業条件を決定することができ、対象鋼材の材料特性値の合格確率が高まって、対象鋼材の製品歩留まりの低下を抑制可能である。
【0017】
本発明に係る操業条件決定装置が割れ発生予測モデル及び割れ発生予測モデルの双方を備える場合には、対象鋼材の割れの発生を抑制でき、なお且つ、対象鋼材の材料特性値の合格確率が高まる、後工程における適切な操業条件を決定することができる。
【0018】
なお、本発明の割れ発生予測モデルは、例えば、過去に製造された鋼材の製造工程(前工程及び後工程)における操業実績を入力とし、当該過去に製造された鋼材の割れの発生有無を出力とする(例えば、割れが発生した場合の出力を「1」とし、割れが発生しなかった場合の出力を「0」とする)既知データを用いることで構築される。例えば、このような既知データを教師データとして用いる機械学習によって構築してもよい。
また、本発明の材料特性値予測モデルは、例えば、過去に製造された鋼材の製造工程(前工程及び後工程)における操業実績を入力とし、当該過去に製造された鋼材から取得した試験片について測定した材料特性値を出力とする既知データを用いることで構築される。例えば、このような既知データを教師データとして用いる機械学習によって構築してもよい。
割れ発生予測モデル及び材料特性値予測モデルは、本発明に係る操業条件決定装置が構築してもよいし、他の装置で構築した割れ発生予測モデル及び材料特性値予測モデルを本発明に係る材料特性予測装置に記憶させてもよい。
【0019】
例えば、電炉法で鋼材を製造する場合、溶解工程及び精錬工程における炉鍋1杯(1チャージともいう)分の溶鋼の重量は300tonのオーダであるのに対して、鋼材の製品の重量は10tonのオーダである。したがって、溶解工程及び精錬工程では、複数の鋼材をまとめて製造していることになる。一般に、ある1チャージ内には、複数の異なる種類の鋼材となる溶鋼が含まれている。したがって、例えば、1チャージ内に含まれる、ある種類の鋼材の割れ発生確率を低下させようとすると、別の種類の鋼材の割れ発生確率が高まる、というトレードオフが発生し易い。同様に、1チャージ内に含まれる、ある種類の鋼材の材料特性値の合格確率を高めようとすると、別の種類の鋼材の材料特性値の合格確率が低下する、というトレードオフが発生し易い。このため、後工程に精錬工程が含まれる場合、複数の鋼材となる1チャージ内に含まれる溶鋼単位で、複数の鋼材に割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように、及び/又は、複数の鋼材の材料特性値の合格確率が、所定のしきい値以上となるように、精錬工程の操業条件を決定することが好ましい。
すなわち、本発明に係る操業条件決定装置において、前記後工程には、前記鋼材の含有成分を調整する精錬工程が含まれ、決定する前記後工程における操業条件には、前記精錬工程における添加元素成分値が含まれ、複数の前記対象鋼材に割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように、前記割れ発生予測モデルを逆解析することで、前記精錬工程における添加元素成分値を決定する、及び/又は、複数の前記対象鋼材の材料特性値の合格確率が、所定のしきい値以上となるように、前記材料特性値予測モデルを逆解析することで、前記精錬工程における添加元素成分値を決定することが好ましい。
【0020】
上記の好ましい構成によれば、複数の対象鋼材に割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように、割れ発生予測モデルを逆解析する、及び/又は、複数の対象鋼材の材料特性値の合格確率が、所定のしきい値以上となるように、材料特性値予測モデルを逆解析することで、精錬工程における添加元素成分値を決定するため、前述のようなトレードオフが生じ難いという利点が得られる。
【0021】
例えば、鋼材に割れが発生する確率を低下させるためには、精錬工程において多量のNiを添加(Ni合金を投入)することが考えられるが、Ni合金は高価である。このため、例えば、対象鋼材に割れが発生する確率を所定のしきい値以下とすることだけを考慮して、精錬工程における添加元素成分値等の後工程における操業条件を決定すると、過剰な合金投入量となって対象鋼材の製造コストの高騰を招くおそれがある。
したがって、本発明に係る操業条件決定装置は、前記対象鋼材の製造コストも考慮して、前記後工程における操業条件を決定することが好ましい。
【0022】
また、前記課題を解決するため、本発明は、前工程及び後工程を有する製造工程を経て製造される鋼材について、前記前工程が実行された後、前記後工程における操業条件を決定する操業条件決定方法であって、前記鋼材についての前記前工程及び前記後工程における操業条件を入力とし、前記鋼材に割れが発生する確率を出力とする割れ発生予測モデル、及び/又は、前記鋼材についての前記前工程及び前記後工程における操業条件を入力とし、前記鋼材の材料特性値の確率分布を出力とする材料特性値予測モデルを用い、対象鋼材についての前記前工程における操業実績及び前記後工程における操業条件を、前記割れ発生予測モデルに入力したときに出力される前記対象鋼材に割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように、前記割れ発生予測モデルを逆解析する、及び/又は、前記対象鋼材についての前記前工程における操業実績及び前記後工程における操業条件を、前記材料特性値予測モデルに入力したときに出力される前記対象鋼材の材料特性値の確率分布と、注文情報に含まれる前記対象鋼材の材料特性値の仕様とによって算出される前記対象鋼材の材料特性値の合格確率が、所定のしきい値以上となるように、前記材料特性値予測モデルを逆解析することで、前記後工程における操業条件を決定する、操業条件決定方法としても提供される。
【0023】
さらに、前記課題を解決するため、本発明は、コンピュータを、前記操業条件決定装置として機能させるためのプログラムとしても提供される。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、前工程及び後工程を有する製造工程を経て製造される鋼材について、前工程が実行された後、後工程における適切な操業条件を決定することができる。これにより、鋼材の割れの発生を抑制可能、及び/又は、鋼材の材料特性値の合格確率を高めることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の一実施形態に係る操業条件決定装置の概要を模式的に説明する図である。
図2図1に示す材料特性値予測モデル30を用いる場合の操業条件決定装置100の動作の概要を模式的に説明する図である。
図3】本発明の一実施形態に係る操業条件決定装置の概略構成を示すブロック図である。
図4図3に示す操業条件決定装置を用いて実行する操業条件決定方法の概略手順を示すフロー図である。
図5図3に示す製造実績取得部1が取得する製造実績の一例を示す図である。
図6図1に示す材料特性値予測モデル30の構築例を従来の機械学習モデルの構築例と比較して説明する図である。
図7】割れの発生状態を模式的に説明する図である。
図8図3に示す注文情報取得部6が取得する注文情報及び前工程操業実績取得部7が取得する前工程における操業実績の一例を示す図である。
図9図3に示す後工程操業条件決定部11が、割れ発生予測モデル20を用いて後工程における操業条件を決定した結果の一例を示す図である。
図10図3に示す後工程操業条件決定部11が、材料特性値予測モデル30を用いて後工程における操業条件を決定した結果の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
[操業条件決定装置の概要]
以下、添付図面を適宜参照しつつ、本発明の一実施形態に係る操業条件決定装置について、鋼材が電炉法で製造される鋼板である場合を例に挙げて説明する。最初に、本実施形態に係る操業条件決定装置の概要について説明する。
【0027】
図1は、本実施形態に係る操業条件決定装置の概要を模式的に説明する図である。
図1に示すように、本実施形態に係る操業条件決定装置100は、前工程(図1に示す例では、溶解工程)及び後工程(図1に示す例では、精錬工程、連続鋳造工程、熱延工程、冷延工程、連続焼鈍工程(CAPL工程)又は連続溶融亜鉛めっき工程(CGL工程)を有する製造工程を経て製造される鋼材について適用される。なお、製造された鋼材は、検査工程において、引張強度(TS)や降伏点(YP)等の材料特性値が測定される。
【0028】
操業条件決定装置100は、前工程(図1に示す例では、溶解工程)が実行された後、後工程(図1に示す例では、精錬工程~CAPL工程/CGL工程)における操業条件を決定する装置である。更に、本実施形態に係る操業条件決定装置100は、決定した後工程における操業条件を、後工程の操業をコントロールするプロセスコンピュータ(図1に示す「プロコン」)に送信する。換言すれば、プロセスコンピュータに、所定の操業条件が予め設定されている場合、操業条件決定装置100は、設定された操業条件の修正指示をプロセスコンピュータに送信することになる。プロセスコンピュータは、操業条件決定装置100によって決定された操業条件(送信された修正指示)に従って、後工程の操業をコントロールすることになる。
【0029】
本実施形態に係る操業条件決定装置100は、割れ発生予測モデル20及び/又は材料特性値予測モデル30を備える。図1に示す例では、操業条件決定装置100は、割れ発生予測モデル20及び材料特性値予測モデル30の双方を備えている。割れ発生予測モデル20及び材料特性値予測モデル30は、操業条件決定装置100が構築してもよいし、他の装置で構築した割れ発生予測モデル20及び材料特性値予測モデル30を材料特性予測装置100に記憶させてもよい。
【0030】
割れ発生予測モデル20は、鋼材の前工程及び後工程における操業条件を入力とし、鋼材に割れが発生する確率を出力とする予測モデルである。操業条件決定装置100は、割れ発生予測モデル20を備える場合、対象鋼材の前工程における操業実績と、決定対象である後工程における操業条件とを、割れ発生予測モデル20に入力したときに出力される対象鋼材に割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように、割れ発生予測モデルを逆解析する(最適化問題を求解する)ことで、後工程における操業条件を決定する。
【0031】
図2は、材料特性値予測モデル30を用いる場合の操業条件決定装置100の動作の概要を模式的に説明する図である。
図2(a)に示すように、材料特性値予測モデル30は、鋼材の前工程及び後工程における操業条件を入力とし、鋼材の材料特性値の確率分布を出力とする予測モデルである。この材料特性値予測モデル30を用いれば、材料特性値予測モデル30から出力される鋼材の材料特性値の確率分布と、注文情報に含まれる鋼材の材料特性値の仕様(例えば、材料特性値の要求上限値及び要求下限値)とに基づき、材料特性値の確率分布全体の面積に対する、要求下限値から要求上限値までの範囲内に占める面積(図2(a)に示すハッチングを施した領域の面積)の比率を、合格確率として算出できる。
そして、図2(b)に示すように、操業条件決定装置100が材料特性値予測モデル30を備える場合、前工程が実行された後の対象鋼材についての当該前工程における操業実績と、決定対象である後工程(すなわち、実行前の後工程)における操業条件とを材料特性値予測モデルに入力したときに出力される対象鋼材の材料特性値の確率分布と、注文情報に含まれる対象鋼材の材料特性値の仕様(例えば、材料特性値の要求上限値及び要求下限値)とによって算出される対象鋼材の材料特性値の合格確率(確率分布全体の面積に対する図2(b)に示すハッチングを施した領域の面積)が、所定のしきい値以上となるように、材料特性値予測モデルを逆解析する(最適化問題を求解する)ことで、後工程における操業条件を決定する。
【0032】
[操業条件決定装置の具体的構成]
以下、操業条件決定装置100の具体的構成について説明する。
図3は、本実施形態に係る操業条件決定装置の概略構成を示すブロック図である。図4は、図3に示す操業条件決定装置を用いて実行する操業条件決定方法の概略手順を示すフロー図である。
図3に示すように、本実施形態に係る操業条件決定装置100は、製造実績取得部1と、材料特性値予測モデル構築部2と、材料特性値予測モデル格納部3と、割れ発生予測モデル構築部4と、割れ発生予測モデル格納部5と、注文情報取得部6と、前工程操業実績取得部7と、材料特性値予測モデル取得部8と、割れ発生予測モデル取得部9と、制約条件設定部10と、後工程操業条件決定部11と、後工程操業条件出力部12と、を備える。なお、本実施形態では、操業条件決定装置100が、割れ発生予測モデル20及び材料特性値予測モデル30の双方を備える場合を例に挙げて説明するため、操業条件決定装置100が、材料特性値予測モデル構築部2、材料特性値予測モデル格納部3、割れ発生予測モデル構築部4、割れ発生予測モデル格納部5、材料特性値予測モデル取得部8及び割れ発生予測モデル取得部9を備えるが、本発明はこれに限るものではない。操業条件決定装置100が、割れ発生予測モデル20のみを備える場合には、材料特性値予測モデル構築部2、材料特性値予測モデル格納部3及び材料特性値予測モデル取得部8は不要である。操業条件決定装置100が、材料特性値予測モデル30のみを備える場合には、割れ発生予測モデル構築部4、割れ発生予測モデル格納部5及び割れ発生予測モデル取得部9は不要である。
【0033】
操業条件決定装置100は、例えば、CPU(Central Processing Unit)等の1つ又は複数のハードウェアプロセッサ、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)等の1つ又は複数のメモリを具備するコンピュータから構成され、メモリに格納される1つ又は複数のプログラムが1つ又は複数のハードウェアプロセッサにより実行されることで各種の演算を実行する。これにより、操業条件決定装置100は、製造実績取得部1、材料特性値予測モデル構築部2、材料特性値予測モデル格納部3、割れ発生予測モデル構築部4、割れ発生予測モデル格納部5、注文情報取得部6、前工程操業実績取得部7、材料特性値予測モデル取得部8、割れ発生予測モデル取得部9、制約条件設定部10、後工程操業条件決定部11及び後工程操業条件出力部12として機能する。なお、操業条件決定装置100は、PLC(Programmable Logic Controller)であってもよいし、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)などの専用のハードウェアによって実現してもよい。
以下、操業条件決定装置100が備える各部1~12について、順に説明する。
【0034】
<製造実績取得部1>
製造実績取得部1は、図4に示すステップST1を実行する。具体的には、製造実績取得部1は、過去に製造された鋼材(本明細書では、これを「参照鋼材」とも称する)の製造工程(前工程及び後工程)における製造実績を所定のデータベース等から取得する。製造実績は、参照鋼材の製造工程における操業実績と、参照鋼材から取得した試験片について測定した材料特性値と、参照鋼材における割れの発生有無との組み合わせデータである。参照鋼材の操業実績は、例えば、図1に示すプロセスコンピュータから取得でき、参照鋼材の操業実績は、例えば、図1に示す品質管理データベース(品質管理DB)から取得できる。
図5は、製造実績取得部1が取得する製造実績の一例を示す図である。図5に示す例では、1つの参照鋼材毎に、操業実績として、溶解工程における銅(Cu)等の成分値等の操業実績、精錬工程におけるニッケル(Ni)等の成分値等の操業実績、連続鋳造工程における冷却速度等の操業実績、熱延工程における加熱温度等の操業実績、冷延工程における冷延厚等の操業実績、及び、連続焼鈍工程における加熱板温等の操業実績を取得する。さらに、連続鋳造工程又は熱延工程での割れの発生有無(図5に示す例では、割れが発生した場合が「1」、割れが発生しなかった場合が「0」)を取得し、材料特性値として、引張強度(TS)及び降伏点(YP)を取得する。なお、図5に示す鋼材No.D001のように、連続鋳造工程で割れが発生した場合には、熱延工程以降は実行されないため、熱延工程での割れの発生有無や、材料特性値は取得できない(図5に示す「-」は取得できなかったことを意味する)。同様に、図5に示す鋼材No.D002のように、熱延工程で割れが発生した場合には、冷延工程以降は実行されないため、材料特性値は取得できない。
【0035】
<材料特性値予測モデル構築部2>
材料特性値予測モデル構築部2は、図4に示すステップST2を実行する。具体的には、材料特性値予測モデル構築部2は、図5に示すような、参照鋼材の製造工程における操業実績を入力とし、参照鋼材から取得した試験片について測定した材料特性値を出力とする既知データを用いることで、材料特性値予測モデル30を構築する。例えば、材料特性値予測モデル構築部2は、既知データを教師データとして用いた機械学習によって、材料特性値予測モデル30を構築してもよい。本実施形態では、過去の操業実績が無い操業条件で製造される鋼材や、材料特性値にバラツキが生じ易い操業条件で製造される鋼材についての予測の不確実性を定量化するために、ベイズ推定の一種であるガウス過程回帰を用いて、材料特性値予測モデル30を構築するが、本発明はこれに限るものではない。例えば、材料特性値予測モデル構築部2は、既知データを用いた分位点回帰等の統計手法を利用して材料特性値予測モデル30を構築してもよいし、ベイジアンニューラルネットワーク等のその他の機械学習によって材料特性値予測モデル30を構築してもよい。また、ラボでの実験式に基づいて構築した予測モデルや、物理式を組み合わせて構築した理論的な予測モデルを材料特性値予測モデル30として用いることも可能である。
【0036】
ラボでの実験式に基づく予測モデルを構築する場合には、例えば、予測モデルの入力(説明変数)となる操業条件を複数のパターンで変更しながら、材料特性値を測定する実験を繰り返す。そして、その結果を重回帰式でフィッティングすることにより、予測モデルを構築することができる。
また、物理式を組み合わせた予測モデルとしては、例えば、特許文献8に記載のような予測モデルを用いることができる。
上記のラボでの実験式に基づく予測モデルや、物理式を組み合わせた予測モデルは、ある操業条件について、唯一の材料特性値が出力される、いわゆる点推定モデルである。しかしながら、実際の操業においては、全ての操業条件(説明変数)を設定値と全く同じ値で操業することは困難であり、操業実績は設定値の近傍においてばらついてしまうのが現実である。過去の操業実績に基づき、このバラツキを確率分布で表現すれば、ラボでの実験式に基づく予測モデルや、物理式を組み合わせた予測モデルの入力は確率分布となり、結果的に、予測モデルの出力も確率分布となる。すなわち、ラボでの実験式に基づく予測モデルや物理式を組み合わせた予測モデルを、材料特性値の確率分布を出力とする材料特性値予測モデル30として用いる場合には、材料特性値予測モデル30の入力(説明変数)として、操業条件の確率分布を用いればよい。なお、材料特性値予測モデル30の入力を確率分布とする考え方は、ある操業条件(1つの組み合わせデータ)を入力しても材料特性値の確率分布を出力する、ガウス過程回帰を用いた材料特性値予測モデル30等にも適用可能である。
【0037】
以下、本実施形態で用いるガウス過程回帰の概要について説明する。なお、以下の各式において太字で表した変数は、ベクトル又は行列を意味する。
以下の式(1)で表される入力xで構成され、以下の式(2)で表される入力xに対応する、以下の式(3)で表される出力のベクトルfが、平均値が0で、共分散行列が以下の式(4)で表されるKとするガウス分布N(0,K)に従うとき、出力fはガウス過程に従うといい、以下の式(5)のように記述する。
【数1】

上記の式(4)において、k(x,x)は、x=[xi,1,・・・xi,d,・・・xi,D]と、x=[xj,1,・・・xj,d,・・・xj,D]との距離を計算するカーネル関数であり、例えば、以下の式(6)に示すような動径基底関数等を用いて表される。
【数2】

上記の式(6)において、θ、θ2,1,・・・θ2,d,・・・θ2,Dはハイパーパラメータであり、過去の操業実績から最適化して求めることができる。
このとき、入力xに対応する出力yが与えられたとき、新しいデータ点xの出力yの確率分布は、以下の式(7)に示すように推定することができる。
【数3】
【0038】
材料特性値予測モデル30として、上記の式(7)に示すような通常のガウス過程回帰を用いることも可能であるものの、通常のガウス過程回帰では、操業実績の違いによって材料特性値に生じるバラツキの変化を考慮できない。このため、本実施形態では、以下の式(8)~式(12)で表される、期待値(平均値)と分散(標準偏差)とを個別に推定するガウス過程gP(0,K)、gP(0,K)を定義し、各ガウス過程の出力をパラメータとしたガウス分布を最終的な予測結果とする分散不均一ガウス過程(分散不均一を考慮したガウス過程)を用いている。
【数4】

上記の式(8)及び式(9)において、K、Kは、前述の式(4)と同様の形式で表される共分散行列である。上記の式(10)及び式(12)において、loc(x)は出力の平均値を意味する。上記の式(11)及び式(12)において、scale(x)は出力の標準偏差を意味し、正の値となるように、exp関数を使用している。
分散不均一ガウス過程の詳細については、非特許文献1、2に記載されているため、ここではこれ以上の詳細な説明は省略する。
【0039】
なお、上記の手法を発展させることで、例えば、以下に述べるようにして、出力変数間の共分散行列Σ(x)を推定することも可能である。
Dを説明変数(材料特性値予測モデル30への入力変数)の数、Mを目的変数(材料特性値予測モデル30からの出力変数)の数、Nを実績データのレコード数とする。例えば、以下の式(13)で表される過去の出力の実績Yを、以下の式(14)で表される負荷行列Wを用いて式(15)に基づき無相関化した、以下の式(16)で表されるTを得る。
【数5】

ここでは、負荷行列Wは、Yを主成分分析することで計算したが、独立成分分析等の他の統計手法を用いて計算してもよい。
そして、以下の式(17)で表される過去の入力の実績Xから、Tの各列t,・・・tの確率分布を予測する、以下の式(18)で表されるガウス過程回帰モデルNをM(m=1,2,・・・M)個構築する。
【数6】
【0040】
すなわち、新しい入力xに対応する、以下の式(19)で表される出力の平均値ベクトルμ(x)と、以下の式(20)で表される出力の標準偏差ベクトルσ(x)とを計算できる。これらの予測ベクトルに基づき、出力の平均値ベクトルμ(x)及び共分散行列Σ(x)を、それぞれ以下の式(21)及び式(22)によって計算可能である。
【数7】

上記の式(22)において、Σ(x)は、対角成分がσ(x)であり、それ以外の要素が0である正方行列である。
本実施形態の材料特性値予測モデル構築部2は、以上に説明した手法によって、材料特性値予測モデル30(出力変数間の相関を考慮しない場合は、前述の式(12)で表されるモデルであり、出力変数間の相関を考慮する場合は、前述の式(18)、式(21)及び式(22)で表されるモデル)を構築する。
【0041】
図6は、本実施形態の材料特性値予測モデル30の構築例を従来の機械学習モデルの構築例と比較して説明する図である。具体的には、図6では、図示の便宜上、操業条件を構成する複数のパラメータのうち、連続焼鈍工程における鋼材の加熱板温のみをプロットし、材料特性値として引張強度(TS)を予測するモデルの構築例である。図6(a)は従来の機械学習モデルの構築例を、図6(b)は本実施形態の材料特性値予測モデル30の構築例を示す。図6に「×」でプロットしたデータが既知データである。
図6(a)に示す従来の機械学習モデルでは、入力される操業条件(加熱板温)に対して、材料特性値(TS)の平均値が予測結果として出力されることになる。このため、図6(a)において破線で囲んだ領域のように、同じ操業条件でも材料特性値のバラツキが大きな領域では、材料特性値の予測精度が悪くなるという問題がある。
これに対して、図6(b)に示す本実施形態の材料特性値予測モデル30は、予測結果として材料特性予測値の確率分布が出力される。具体的には、本実施形態の材料特性値予測モデル30は、分散不均一ガウス過程を用いたモデルであり、予測結果として、平均値及び標準偏差が出力されることになる。図6(b)に示すハッチングを施した領域が、平均値及び標準偏差から求まる正規分布の95%予測範囲(95%信頼区間)である。材料特性値予測モデル30では、矢印A1で示すように、材料特性値のバラツキが大きな領域(図6(a)の破線で囲んだ領域に対応する領域)が、確率分布(95%予測範囲)に含まれることで、出力として反映されることになる。また、材料特性値予測モデル30では、矢印A2、A3で示すように、操業実績が無い領域(図6(a)のハッチングを施した領域に対応する領域)でも、確率分布(95%予測範囲)が出力されるため、予測の不確実性が考慮されることになる。
【0042】
<材料特性値予測モデル格納部3>
材料特性値予測モデル格納部3は、図4に示すステップST3を実行する。具体的には、材料特性値予測モデル格納部3は、材料特性値予測モデル構築部2で構築した材料特性値予測モデル30を格納(記憶)する。
【0043】
<割れ発生予測モデル構築部4>
割れ発生予測モデル構築部4は、図4に示すST2を実行する。具体的には、割れ発生予測モデル構築部4は、図5に示すような、参照鋼材の製造工程における操業実績を入力とし、参照鋼材の割れの発生有無を出力とする(例えば、割れが発生した場合の出力を「1」とし、割れが発生しなかった場合の出力を「0」とする)既知データを用いることで、割れ発生予測モデル20を構築する。
割れ発生予測モデル20は、鋼材の前工程及び後工程における操業条件を入力とする点で、材料特性値予測モデル30と同じであるが、出力が鋼材の材料特性値の確率分布ではなく、割れが発生する確率(スカラー値)である点で相違する。
図7は、割れの発生状態を模式的に説明する図である。割れは、図7(a)に示すように、鋼材の表面に個別に発生している状態の他、図7(b)に示すように、割れ同士が鋼材の内部で繋がって鋼材の表面から剥がれ、図7(c)に示すように、表面に存在する凹部(表面荒れ)の状態にもなるが、本明細書では、これら全ての状態を「割れ」と称する。
【0044】
例えば、割れ発生予測モデル構築部4は、既知データを教師データとして用いた機械学習によって、割れ発生予測モデル20を構築してもよい。機械学習によって構築される予測モデルとしては、例えば、ニューラルネットワークや、SVM(Support Vector Machine)などの公知の予測モデルを用いることができる。割れ発生予測モデル20の構築の際に用いる既知データの出力としては、前述のように「1」又は「0」の2値を用いたとしても、割れ発生予測モデル20が0から1までの連続的な値を出力可能な構成にすればよい。これにより、構築後の割れ発生予測モデル20に新しい操業条件を入力することで、割れ発生予測モデル20の出力値(0から1までの連続的な値)は、割れが発生する確率に対応したものとなる。
【0045】
前述の材料特性値予測モデル30について述べた式(1)と同様に、割れ発生予測モデル20の入力(説明変数)をxとすると、材料特性値予測モデル30をgとした場合に、割れが発生する確率Pは、以下の式(23)で表すことができる。
【数8】
【0046】
割れ発生予測モデル20は、ニューラルネットワークやSVMなどの機械学習によって構築される予測モデルに限るものではない。例えば、ラボでの実験によって得られる、操業条件(説明変数)と割れの発生有無との関係性を、ロジスティック回帰等の手法でモデル化して、割れ発生予測モデル20を構築してもよい。また、操業条件(説明変数)に応じた銅(Cu)の拡散過程をミクロにシミュレーションし、割れが発生する確率を求めるような物理モデルベースの手法を用いて、割れ発生予測モデル20を構築してもよい。
なお、構築後の割れ発生予測モデル20に新しい操業条件を入力する際、材料特性値予測モデル30について前述したのと同様に、操業実績のバラツキに対応して、新しい操業条件の確率分布を入力する態様を採用することも可能である。この態様を採用する場合、割れが発生する確率Pは、以下の式(24)で表すことができる。
【数9】

上記の式(24)において、p(x)は、xの確率分布を意味し、操業条件のバラツキを表現している。
【0047】
<割れ発生予測モデル格納部5>
割れ発生予測モデル格納部5は、図4に示すステップST3を実行する。具体的には、割れ発生予測モデル格納部5は、割れ発生予測モデル構築部4で構築した割れ発生予測モデル20を格納(記憶)する。
【0048】
<注文情報取得部6>
注文情報取得部6は、図4に示すステップST4を実行する。具体的には、注文情報取得部6は、注文情報として、例えば、対象鋼材の材料特性値の仕様を所定のデータベース(図示せず)から取得する。注文情報取得部6は、対象鋼材の材料特性値の仕様として、例えば、材料特性値の要求上限値、又は要求下限値、又はその両方を取得する。
【0049】
<前工程操業実績取得部7>
前工程操業実績取得部7は、図4に示すステップST5を実行する。具体的には、前工程操業実績取得部7は、対象鋼材の前工程が実行された後に得られる、対象鋼材の前工程における操業実績を所定のデータベース等から取得する。図1に示す例では、前工程が溶解工程であるため、操業実績取得部7は、溶解工程の操業実績を、溶解工程の操業をコントロールするプロセスコンピュータから取得する。
【0050】
図8は、注文情報取得部6が取得する注文情報及び前工程操業実績取得部7が取得する前工程における操業実績の一例を示す図である。後述のように、操業条件決定装置100(後工程操業条件決定部11)が、材料特性値予測モデル30を用いて後工程における操業条件を決定する場合には、注文情報及び操業実績の双方が用いられ、割れ発生予測モデル20のみを用いて後工程における操業条件を決定する場合には、操業実績のみが用いられる。
【0051】
<材料特性値予測モデル取得部8>
材料特性値予測モデル取得部8は、図4に示すステップST6を実行する。具体的には、材料特性値予測モデル取得部8は、材料特性値予測モデル格納部3に格納された材料特性値予測モデル30を取得する。
【0052】
<割れ発生予測モデル取得部9>
割れ発生予測モデル取得部9は、図4に示すステップST6を実行する。具体的には、割れ発生予測モデル取得部9は、割れ発生予測モデル格納部5に格納された割れ発生予測モデル20を取得する。
【0053】
<制約条件設定部10>
制約条件設定部10は、図4に示すステップST7を実行する。具体的には、制約条件設定部10は、後述の後工程操業条件決定部11で実行する逆解析の制約条件を必要に応じて設定する。制約条件の具体例については後述する。
【0054】
<後工程操業条件決定部11>
後工程操業条件決定部11は、図4に示すステップST8を実行する。具体的には、後工程操業条件決定部11は、割れ発生予測モデル取得部9が取得した割れ発生予測モデル20、及び/又は、材料特性値予測モデル取得部8が取得した材料特性値予測モデル30を用いて、後工程における操業条件を決定する。
例えば、溶解工程における操業実績として得られたトランプエレメントの成分値が上振れした際には、図1に示す例のように、溶解工程が前工程となり、精錬工程以降が後工程となる。例えば、トランプエレメントであるCuやSnの成分値が大きい場合、鋼材に割れが発生するリスクが増大するため、精錬工程において、Ni等の割れ抑制元素をいくら添加するべきか等を決定する必要があり、操業条件決定装置100が、割れ発生予測モデル20を用いて、後工程における操業条件を決定することが考えられる。割れが発生する箇所としては、連続鋳造工程における冷却中や、熱延工程での圧延中など、複数の箇所が考えられる。このため、操業条件決定装置100は、割れが発生する各箇所に応じた複数の割れ発生予測モデル20を備えてもよいし、1つの割れ発生予測モデル20が割れが発生する各箇所に応じた複数の出力を備える構成としてもよい。この際、各箇所(工程)での割れ発生確率同士の相関を考慮してもよい。
【0055】
割れ発生予測モデル20を逆解析する(最適化問題を求解する)過程では、割れ発生予測モデル20の入力(説明変数)として、前述の図8に示すように前工程(溶解工程)における操業実績については固定し、後工程(精錬工程以降)の操業条件については、Niの成分値等の決定したいもの(最適化したいもの)を所定の制約条件の下で(例えば、所定の上下限値内に入る範囲内で)自由に変化させることにして、Niの成分値等以外の決定する必要のないもの(最適化する必要のないもの)は予め設定した値に固定すればよい。そして、割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように(例えば、最小となるように)、最適化問題を求解することで、精錬工程において添加するNiの成分値(ひいては、精錬工程におけるNi合金の投入量)等を決定すればよい。
【0056】
図9は、後工程操業条件決定部11が、割れ発生予測モデル20を用いて後工程における操業条件を決定した結果の一例を示す図である。図9に示す後工程における操業条件のうち、連続鋳造工程における冷却速度等の操業条件や、熱延工程における加熱温度等の操業条件は、予め設定した値に固定され、太線枠で囲った精錬工程において添加するNiの成分値等の操業条件が最適化されている。この場合に、割れ発生予測モデル20から出力される、連続鋳造工程で対象鋼材に割れが発生する確率は0.02であり、熱延工程で対象鋼材に割れが発生する確率は0.03であり、低い値になることが分かる。
【0057】
一方で、Niの添加は、鋼材の材料特性値にも影響を及ぼす。このため、後工程操業条件決定部11が、材料特性値予測モデル30を用いて、前述の図8に示すような鋼材の前工程(溶解工程)における操業実績と、後工程(精錬工程以降)における操業条件とを、材料特性値予測モデル30に入力したときに出力される鋼材の材料特性値の確率分布と、操業条件決定装置100が予め取得した注文情報に含まれる鋼材の材料特性値の仕様(材料特性値の要求上限値、要求下限値など)とによって算出される鋼材の材料特性値の合格確率が、所定のしきい値以上となるように(例えば、最大となるように)、材料特性値予測モデル30を逆解析(最適化問題を求解する)することで、精錬工程において添加するNiの成分値等の後工程の操業条件を決定することも考えられる。
材料特性値としては、引張強度(TS)、降伏点(YP)、表面硬度、曲げ強度、靭性値、疲れ寿命など、複数存在する。このため、操業条件決定装置100は、各材料特性値に応じた複数の材料特性値予測モデル30を備えてもよいし、1つの材料特性値予測モデル30が各材料特性値に応じた複数の出力を備える構成としてもよい。この際、例えば、前述の方法によって、材料特性値同士の相関を考慮してもよい。
【0058】
図10は、後工程操業条件決定部11が、材料特性値予測モデル30を用いて後工程における操業条件を決定した結果の一例を示す図である。図10に示す後工程における操業条件のうち、連続鋳造工程における冷却速度等の操業条件や、熱延工程における加熱温度等の操業条件や、冷延工程における冷延厚等の操業条件や、連続焼鈍工程における加熱板温等の操業条件は、予め設定した値に固定され、太線枠で囲った精錬工程において添加するNiの成分値等の操業条件が最適化されている。この場合に、材料特性値予測モデル30から出力される対象鋼材の材料特性値の確率分布から算出される合格確率は0.980であり、高い値になることが分かる。
【0059】
後工程操業条件決定部11は、対象鋼材に割れが発生する確率及び対象鋼材の材料特性値の合格確率をそれぞれ個別に最適化するのではなく、両者を同時に最適化することも可能である。以下の表1は、最適化パターンの代表的な例を示す。
【表1】
【0060】
上記の表1に示すパターン1は、割れ発生予測モデル20を用いて、割れが発生する確率を所定のしきい値以下にするという最適化問題を求解するパターンであり、材料特性値の合格確率については、この最適化問題の制約条件として考慮するパターンである。この制約条件としては、例えば、過去の操業実績に基づき、材料特性値の合格確率を高くするのに必要と考えられる成分値間の関係式を設定することが考えられる。
パターン2は、材料特性値予測モデル30を用いて、材料特性値の合格確率を所定のしきい値以上にするという最適化問題を求解するパターンであり、割れが発生する確率については、この最適化問題の制約条件として考慮するパターンである。この制約条件としては、例えば、特許文献1に記載のSi>0.5%のようなものを設定することが考えられる。
パターン3は、割れ発生予測モデル20及び材料特性値予測モデル30の双方を用いて、割れが発生する確率を所定のしきい値以下にすると同時に、材料特性値の合格確率を所定のしきい値以上にするという最適化問題を求解するパターンであり、後工程におけるより適切な操業条件を決定することができる。
【0061】
上記のパターン1~3の何れについても、対象鋼材の製造コストも考慮した最適化問題を求解して、後工程における操業条件を決定することが好ましい。
製造コストを考慮した最適化問題を求解する場合、例えば、以下の式(25)に示す評価関数fを最小化することが考えられる。
f=α・P+β・p+γ・C ・・・(25)
上記の式(25)において、Pは対象鋼材に割れが発生する確率を、pは対象鋼材の材料特性値が不合格となる確率(=1-対象鋼材の材料特性値の合格確率)を、Cは対象鋼材の製造コスト(添加元素である合金のコストなど)を、α、β、γは重み係数を、それぞれ意味する。
【0062】
なお、対象鋼材の製造コストを考慮して、最小化すべき評価関数fを上記の式(25)のように表したが、これに限られるものではない。対象鋼材の製造コストを考慮しない場合、例えば、以下の式(26)に示す評価関数f’を最大化したり、この評価関数f’を以下の式(27)に示すように積の形で表現した評価関数f’’を最大化してもよい。
f’=α・(1-P)+β(1-p) ・・・(26)
f’’=(1-P)・(1-p) ・・・(27)
また、対象鋼材に割れが発生する確率Pや、対象鋼材の材料特性値が不合格となる確率pに代えて、対象鋼材に割れが発生しない確率Q(=1-P)や、対象鋼材の材料特性値の合格確率q(=1-p)を用いて評価関数を表現してもよい。
前述のように、割れが発生する箇所としては、連続鋳造工程における冷却中や、熱延工程での圧延中など、複数の箇所が考えられる。また、材料特性値としては、引張強度(TS)、降伏点(YP)、表面硬度、曲げ強度、靭性値、疲れ寿命など、複数存在する。このため、上記の確率P、p、Q、qは、これら各箇所の割れや各材料特性値を組み合わせて表現してもよい。また、各箇所(工程)での割れ発生確率同士の相関や、各材料特性値同士の相関を考慮して表現してもよい。
【0063】
対象鋼材の前工程(溶解工程)における操業実績及び後工程(精錬工程以降)における操業条件を材料特性値予測モデル30に入力して、精錬工程において添加するNiの成分値等の後工程の操業条件を決定する際、材料特性値予測モデル30として分散不均一ガウス過程を用い、決定すべき後工程の操業条件uとしてNiの成分値を考えると、評価関数の要素である、対象鋼材の材料特性値が不合格となる確率pは、例えば、以下の式(28)のように表現できる。
【数10】

上記の式(28)において、ytsは引張強度(TS)、yypは降伏点(YP)を意味する。yyp upper、yyp lowerは、注文情報によって決まる降伏点(YP)の上限値、下限値を意味する。yts upper、yts lowerは、注文情報によって決まる引張強度(TS)の上限値、下限値を意味する。Σ(x)は、材料特性値予測モデル30から出力される材料特性値の確率分布の共分散行列である。上記の式(28)では、材料特性値として、引張強度(TS)及び降伏点(YP)を考え、連続鋳造工程と熱延工程との間、引張強度(TS)と降伏点(YP)との間に、それぞれ相関があると考え、共分散行列Σ(x)を導入している。
【0064】
割れ発生予測モデル20については、例えば、連続鋳造工程において対象鋼材に割れが発生する確率P、熱延工程において対象鋼材に割れが発生する確率Pを、それぞれ以下の式(29)及び式(30)のように表すことができる。
【数11】

そして、これら確率P、Pを用いて、前述の式(25)における確率Pを、例えば、以下の式(31)のように表すことができる。
P=P+P ・・・(31)
以上に述べた例は、最も単純な形態であるが、例えば、最適化問題に、Niの成分値の上限値を設ける等の制約条件を設けることも可能である。
【0065】
なお、前述のように、後工程に精錬工程が含まれる場合、複数の対象鋼材となる1チャージ内に含まれる溶鋼単位で、複数の対象鋼材に割れが発生する確率が所定のしきい値以下となるように、及び/又は、複数の対象鋼材の材料特性値の合格確率が、所定のしきい値以上となるように、精錬工程の操業条件を決定することが好ましい。換言すれば、前述の式(20)に示すような評価関数を、複数の対象鋼材に割れが発生する確率(又は割れが発生しない確率)や、複数の対象鋼材の材料特性値の合格確率(又は不合格となる確率)を考慮して表現することが好ましい。
評価関数に複数の対象鋼材を考慮する具体的な方法としては、種々考えられるが、例えば、複数の対象鋼材に割れが発生する確率や、複数の対象鋼材の材料特性値の合格確率の平均値を用いてもよいし、複数の対象鋼材の全てに割れが発生せずに合格する確率を用いてもよい。また、複数の対象鋼材について、割れが発生したり材料特性値が不合格となる確率の最大値を取り出し、その値を最小化することも考えられる。
例えば、対象鋼材n(1≦n≦N)に割れが発生する確率をPとすると、複数の対象鋼材に割れが発生する確率の平均値を用いる場合、前述の式(25)に示す確率Pは、以下の式(32)で表される。
P=(P+P+・・・+P)/N ・・・(32)
また、複数の対象鋼材の全てに割れが発生しない確率を用いる場合、前述の式(25)に示す確率Pは、以下の式(33)で表される。
P=(1-P)×(1-P)×・・・×(1-P) ・・・(33)
さらに、複数(N個)の対象鋼材n(1≦n≦N)のそれぞれについて割れが発生する確率(確率はN個存在)のうちの最大値を用いる場合、前述の式(25)に示す確率Pは、以下の式(34)で表される。
P=Max(P,P,・・・P) ・・・(34)
以上のように、評価関数に複数の対象鋼材を考慮することは、評価関数の数式上は、割れが発生する箇所(工程)が複数存在することや、材料特性値が複数存在することに対応して、複数の確率を追加して検討するといった類の拡張であるといえる。
【0066】
なお、上述した後工程における操業条件を決定するための最適化手法としては、制約付き信頼領域法、差分進化法、粒子群最適化など、公知の最適化手法を用いることができる。
【0067】
<後工程操業条件出力部12>
後工程操業条件出力部12は、図4に示すステップST9を実行する。具体的には、後工程操業条件出力部12は、後工程操業条件決定部11が決定した図9図10に示すような後工程における操業条件を出力する。後工程操業条件出力部12は、決定した後工程における操業条件を出力するのみならず、図9に示すように、決定した操業条件(前工程における操業実績を含む)を割れ発生予測モデル20に入力したときに割れ発生予測モデル20から出力される割れ発生確率や、図10に示すように、決定した操業条件(前工程における操業実績を含む)を材料特性値予測モデル30に入力したときに材料特性値予測モデル30から出力される材料特性値の確率分布(平均値、標準偏差)や、この確率分布と注文情報とによって算出される材料特性値の合格確率も併せて出力することが好ましい。
【0068】
本実施形態では、前工程を溶解工程とし、後工程を精錬工程~連続焼鈍工程又は連続溶融亜鉛めっき工程として説明したが、前工程と後工程との組合せはこれに限られるものではない。例えば、前工程を溶解工程及び精錬工程とし、後工程を連続鋳造工程以降の工程、として本発明を適用してもよい。図1に示すように、製造が一工程進む毎に、それより後の工程を後工程として本発明を適用し、後工程の操業条件に対し修正指示をプロセスコンピュータに送信してもよい。指示された操業条件に対して操業実績がずれてしまった場合には、割れが発生したり材料特性値が不合格になったりするリスクが高まってしまうが、さらに後工程の修正指示をかけることで、それらのリスクを最小化する効果が得られる。なお、熱延工程終了後は、熱間加工による割れを考慮する必要がなくなるため、割れの発生は考慮せずに、材質特性値の不合格のみを考慮し、材料特性値予測モデル30のみを用いて後工程における操業条件を最適化すればよい。
【0069】
また、本実施形態では、後工程の操業条件を決定するための最適化における評価指標として、対象鋼材に割れが発生する確率、対象鋼材の材料特性値が不合格となる確率、及び、対象鋼材の製造コストを考慮したが、評価する因子はこれらに限られるものではなく、例えば生産性を評価因子に追加してもよい。
【0070】
また、本実施形態では、割れ発生予測モデル20及び/又は材料特性値予測モデル30を構築する機能と、割れ発生予測モデル20及び/又は材料特性値予測モデル30を用いて鋼材に割れが発生する確率及び/又は鋼材の材料特性値の合格確率を算出する機能とを、同一の操業条件決定装置100に持たせているが、それぞれ異なる装置に持たせる構成にしてもよい。
【0071】
また、操業条件決定装置100は、複数のコンピュータを用いて実装されてもよい。例えば、クラウドサーバ等の装置を用いて操業条件決定装置100が実装されてもよい。また、操業条件決定装置100のハードウェアプロセッサやメモリが複数のコンピュータに分散して実装されてもよい。
【0072】
以上、本発明の一実施形態について、図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計等も含まれる。
【符号の説明】
【0073】
20・・・割れ発生予測モデル
30・・・材料特性値予測モデル
100・・・操業条件決定装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10