(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024151743
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】眼鏡レンズ、眼鏡及び眼鏡レンズの製造方法
(51)【国際特許分類】
G02C 7/06 20060101AFI20241018BHJP
G02C 7/00 20060101ALI20241018BHJP
【FI】
G02C7/06
G02C7/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023065382
(22)【出願日】2023-04-13
(71)【出願人】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 知洋
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【弁理士】
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】松岡 祥平
(72)【発明者】
【氏名】河野 重利
【テーマコード(参考)】
2H006
【Fターム(参考)】
2H006BA04
2H006BD00
2H006BD03
(57)【要約】
【課題】各装用者に対して近方視の際の見かけ上の度数の低下を抑える。
【解決手段】ベース領域とデフォーカス領域とを有するファンクショナル領域を備え、近視進行抑制効果を奏する眼鏡レンズであって、レンズ基材とハードコート膜とを備え、装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を備え、装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、前記凸状領域のデフォーカスパワーが増加傾向を示す、眼鏡レンズ及びその関連技術を提供する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、装用者の処方屈折力を実現するベース領域と、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を前記ベース領域を通過した光束よりも手前に集光すべく、正のデフォーカスパワーを与える複数の凸状領域により構成されるデフォーカス領域と、
を有するファンクショナル領域を備え、近視進行抑制効果を奏する眼鏡レンズであって、
基材ベース部と前記基材ベース部から突出した複数の基材突出部とが表面に設けられたレンズ基材と、
前記複数の基材突出部を含めて前記レンズ基材を覆うことにより、前記基材ベース部を覆うように前記ベース領域を形成し、且つ、前記複数の基材突出部を覆うように前記デフォーカス領域を形成するハードコート膜と、
を備え、
装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を備え、
装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、前記凸状領域のデフォーカスパワーが増加傾向を示す、眼鏡レンズ。
【請求項2】
玉形加工前のアンカットレンズである、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項3】
前記眼鏡レンズにおける前記凸状領域のうち80%以上の個数の凸状領域のデフォーカスパワーは3.0~5.0Dの範囲である、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項4】
前記レンズ基材における前記基材突出部のうち80%以上の個数の基材突出部においてデフォーカスパワーは±0.12Dの範囲に収まる、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項5】
装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、前記凸状領域のデフォーカスパワーは、前記凸状領域の下敷きになっている前記基材突出部のデフォーカスパワーに近づく、請求項4に記載の眼鏡レンズ。
【請求項6】
前記ファンクショナル領域により包囲される中心側クリア領域であって、アイポイントを含む領域であって、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現する中心側クリア領域を更に備える、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項7】
眼鏡レンズの外縁側にて前記ファンクショナル領域を包囲する環状の領域であって、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現する外側クリア領域を更に備える、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項8】
前記ファンクショナル領域により包囲される中心側クリア領域であって、アイポイントを含む領域であって、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現する中心側クリア領域と、
眼鏡レンズの外縁側にて前記ファンクショナル領域を包囲する環状の領域であって、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現する外側クリア領域と、
を更に備え、 前記中心側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚の平均値に対する、前記外側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚の平均値の差は10%以内である、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項9】
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現するベース領域と、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を前記ベース領域を通過した光束よりも手前に集光すべく、正のデフォーカスパワーを与える複数の凸状領域により構成されるデフォーカス領域と、
を有するファンクショナル領域を備え、近視進行抑制効果を奏する眼鏡レンズであって、
基材ベース部と前記基材ベース部から突出した複数の基材突出部とが表面に設けられたレンズ基材と、
前記複数の基材突出部を含めて前記レンズ基材を覆うことにより、前記基材ベース部を覆うように前記ベース領域を形成し、且つ、前記複数の基材突出部を覆うように前記デフォーカス領域を形成するハードコート膜と、
を備え、
装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、前記凸状領域のデフォーカスパワーが増加する眼鏡レンズが、フレームに嵌め入れられた、眼鏡。
【請求項10】
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現するベース領域と、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を前記ベース領域を通過した光束よりも手前に集光すべく、正のデフォーカスパワーを与える複数の凸状領域により構成されるデフォーカス領域と、
を有するファンクショナル領域を備え、近視進行抑制効果を奏する眼鏡レンズの製造方法であって、
基材ベース部と前記基材ベース部から突出した複数の基材突出部とが表面に設けられたレンズ基材をハードコート液に浸漬させる浸漬工程と、
前記レンズ基材を前記ハードコート液から引き上げる引き上げ工程と、
前記複数の基材突出部を含めて前記レンズ基材を覆うことにより、前記基材ベース部を覆うように前記ベース領域を形成し、且つ、前記複数の基材突出部を覆うように前記デフォーカス領域を形成するハードコート膜を得る乾燥工程と、
を有する眼鏡レンズの製造方法であって、
(1)前記浸漬工程の前の段階で、前記レンズ基材が、装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を備える場合、装用時における眼鏡レンズにおける前記レンズ基材の上方から前記ハードコート液に浸漬させ、
(2)前記浸漬工程の前の段階で、前記レンズ基材が、装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を備えない場合、前記レンズ基材が前記ハードコート液と最初に接触する側を前記レンズ基材の上方、その逆方向を前記レンズ基材の下方と設定し、その設定に従って装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を前記レンズ基材又は眼鏡レンズに設ける方向指示部設定工程を行う、
眼鏡レンズの製造方法。
【請求項11】
前記引き上げ工程において、引き上げ開始時から引き上げ終了時にかけて前記レンズ基材の引き上げ速度を±10%の変動幅にする、請求項10に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズ、眼鏡及び眼鏡レンズの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、近視等の屈折異常の進行を抑制する眼鏡レンズが記載されている。具体的には、眼鏡レンズの物体側の面である凸面に対し、例えば、直径1mm程度の球形状の微小凸部(本明細書における基材突出部)を形成している。眼鏡レンズでは、通常、物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、装用者の網膜上にて焦点を結ばせる。その一方、上記の微小凸部を通過した光束は、装用者の網膜よりも物体側寄り(手前側)の位置にて焦点を結ばせる。その結果、近視の進行が抑制される。この種の眼鏡レンズのことを本明細書では「近視進行抑制レンズ」とも称する。
【0003】
特許文献2には、レンズ基材の最下端からハードコート液に浸漬させ、最後には最上端を浸漬させ、レンズ基材全体をハードコート液に浸漬させ、引き上げの際はその逆に垂直方向の上方に向けて引き上げるディップ法を採用して製造される、近視進行を抑制可能な眼鏡レンズが記載されている(特許文献2の[0050])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国出願公開第2017/0131567号
【特許文献2】WO2021/131825号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
装用時における眼鏡レンズの下方は読書等の近方視に使われることが多く、該眼鏡レンズの上方は風景等を見る遠方視に使われることが多い。
【0006】
十分に遠方から平行光束が瞳孔内に入射した場合には、眼鏡レンズの凸状領域はその形状通りの屈折作用をもたらす。その一方、眼鏡レンズの装用者の近くから発散光が瞳孔内に入射した場合、眼鏡レンズの凸状領域は低い屈折作用しかもたらさない。
【0007】
図1Aは、十分に遠方から平行光束が近視進行抑制レンズを通過して瞳孔内に入射する際の球面波(φ4即ち瞳孔径4.0mmの範囲、眼球の後方に掲載)の様子を示した説明図である。
図1Bは、近視進行抑制レンズの装用者の近くから発散光が近視進行抑制レンズを通過して瞳孔内に入射する際の球面波(φ4即ち瞳孔径4.0mmの範囲、眼球の後方に掲載)の様子を示した説明図である。
【0008】
図1Aでは、各微小凸部(本願明細書では凸状領域)に対応する球面波が生じている。その一方、
図1Bでは、各凸状領域を通過した発散光が斜め下方から斜め上方に向けて瞳孔内に入射する。そのため、
図1Aの各球面波に比べ、一つの球面波が紙面上下方向に間延びしている。この間延びの比率は、角膜頂点距離をL[mm]、レンズから近方視時の対象までの距離をT[mm]とすると、およそ(1+L/T)となる。本来ならば各凸状領域に対応する球面波を網膜が受けるところ、近視進行抑制レンズを用いて近方視する場合ではそうではなくなり、低い屈折作用しかもたらさない。具体的には間延びの比率の二乗に反比例して小さくなる、すなわち見かけ上の度数は本来の度数の1/(1+L/S)^2となる。たとえば、L=12mm、T=300mmの場合、間延びの比率は1.04に、見かけ上の度数は本来の1/1.08となる。この現象は「見かけ上の度数が小さくなる」と称してもよい。また、この現象は、屈折作用が(レンズ上の入射高さ×屈折度数)で決定され、発散光が入射する場合、瞳より前にある眼鏡上では相対的に入射高さが低くなることに起因して生じる。
【0009】
このことを考慮すると、近視進行抑制レンズを近方視する際に視線が通過する位置にある各凸状領域のデフォーカスパワーを予め大きくしておくことが一手法として考えられる。前述の場合では(1+L/S)^2倍だけ大きくしておけば近方視時の見かけ上の度数は本来の度数とおよそ等しくなる。ただし、レンズ下部は常に近方視に用いるわけではなく、歩行時などは遠方視に用いられることを考えると、1倍と(1+L/S)^2倍の中間である、(1+L/S)倍だけ大きくしておくのが双方にとってバランスが良い。前述の場合ではデフォーカスパワーを1.04倍にするのが好ましい。
【0010】
特許文献1に記載のタイプの近視進行抑制レンズでは、多数の凸状領域が眼鏡レンズの表面に設けられる。そのため、具体的な製造方法としては、多数の基材突出部を備えるレンズ基材を射出成形で得て、その基材突出部の上にハードコート膜等を形成し、該基材突出部の形状に倣った凸状領域を眼鏡レンズの表面に形成するのが、生産効率面で妥当である。本明細書では、ハードコート膜等を形成した後の眼鏡レンズの場合には凸状領域という単語を使用し、レンズ基材においては基材突出部という単語を使用している。
【0011】
射出成形には金型が必要である。そして、近方視において見かけ上の度数が小さくなることに対応すべく、近視進行抑制レンズを近方視する際に視線が通過する位置にある各凸状領域のデフォーカスパワーを予め大きくするには、金型において近方視の位置の各基材突出部(レンズ基材)の形状を他の基材突出部の形状と異ならせる必要がある。このような金型の設計変更には多大な費用と時間がかかる。
【0012】
しかも、近視進行抑制レンズの装用者は主に子供である。子供だと、例えば読書という同じ行動であっても、年齢及び/又は体格による、近方視の際の距離(近用距離)の相違が、大人に比べて大きい。つまり、各子供に応じて金型の設計変更を行うと、更に多大な費用と時間がかかる。
【0013】
本発明の眼鏡レンズ又は眼鏡に係る一実施例は、各装用者に対して近方視の際の見かけ上の度数の低下を抑えることを目的とする。
本発明の眼鏡レンズ及び眼鏡以外の内容に係る一実施例は、費用と時間の消費を抑えつつ各装用者に対して近方視の際の見かけ上の度数の低下を抑えることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決すべく、本発明者は鋭意検討した。その結果、金型により眼鏡レンズのデフォーカスパワーを決めるのではなく、レンズ基材製造後の内容、具体的には、ハードコート膜により、近方視の際の見かけ上の度数の低下を抑えることを知見した。
【0015】
その具体的な手法について、本発明者は鋭意検討した。その結果、ディップ法を採用する場合、後掲の実施例の項目で示すように、ハードコート液への浸漬の際に下方に配置された凸状領域のデフォーカスパワーよりも、上方に配置された凸状領域のデフォーカスパワーの方が高くなる傾向があることを、本発明者は知見した。
こうして製造された物としての眼鏡レンズ又は眼鏡においても同様の傾向があることを、本発明者は知見した。
この知見を応用した製造方法の一例が以下の態様である。即ち、通常だとレンズ基材に対し、上方を上にし且つ下方を下にしてハードコート液に浸漬させるところ、その向きを逆にして浸漬することを知見した。この知見に基づき創出されたのが以下の態様である。
【0016】
本発明の第1の態様は、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現するベース領域と、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を前記ベース領域を通過した光束よりも手前に集光すべく、正のデフォーカスパワーを与える複数の凸状領域により構成されるデフォーカス領域と、
を有するファンクショナル領域を備え、近視進行抑制効果を奏する眼鏡レンズであって、
基材ベース部と前記基材ベース部から突出した複数の基材突出部とが表面に設けられたレンズ基材と、
前記複数の基材突出部を含めて前記レンズ基材を覆うことにより、前記基材ベース部を覆うように前記ベース領域を形成し、且つ、前記複数の基材突出部を覆うように前記デフォーカス領域を形成するハードコート膜と、
を備え、
装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を備え、
装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、前記凸状領域のデフォーカスパワーが増加傾向を示す、眼鏡レンズである。
【0017】
本発明の第2の態様は、
玉形加工前のアンカットレンズである、第1の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0018】
本発明の第3の態様は、
前記眼鏡レンズにおける前記凸状領域のうち80%以上の個数の凸状領域のデフォーカスパワーは3.0~5.0Dの範囲である、第1の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0019】
本発明の第4の態様は、
前記レンズ基材における前記基材突出部のうち80%以上の個数の基材突出部においてデフォーカスパワーは±0.12Dの範囲に収まる、第1の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0020】
本発明の第5の態様は、
装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、前記凸状領域のデフォーカスパワーは、前記凸状領域の下敷きになっている前記基材突出部のデフォーカスパワーに近づく、第4の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0021】
本発明の第6の態様は、
前記ファンクショナル領域により包囲される中心側クリア領域であって、アイポイントを含む領域であって、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現する中心側クリア領域を更に備える、第1の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0022】
本発明の第7の態様は、
眼鏡レンズの外縁側にて前記ファンクショナル領域を包囲する環状の領域であって、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現する外側クリア領域を更に備える、第1の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0023】
本発明の第8の態様は、
前記ファンクショナル領域により包囲される中心側クリア領域であって、アイポイントを含む領域であって、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現する中心側クリア領域と、
眼鏡レンズの外縁側にて前記ファンクショナル領域を包囲する環状の領域であって、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現する外側クリア領域と、
を更に備え、 前記中心側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚の平均値に対する、前記外側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚の平均値の差は10%以内である、第1の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0024】
本発明の第9の態様は、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現するベース領域と、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を前記ベース領域を通過した光束よりも手前に集光すべく、正のデフォーカスパワーを与える複数の凸状領域により構成されるデフォーカス領域と、
を有するファンクショナル領域を備え、近視進行抑制効果を奏する眼鏡レンズであって、
基材ベース部と前記基材ベース部から突出した複数の基材突出部とが表面に設けられたレンズ基材と、
前記複数の基材突出部を含めて前記レンズ基材を覆うことにより、前記基材ベース部を覆うように前記ベース領域を形成し、且つ、前記複数の基材突出部を覆うように前記デフォーカス領域を形成するハードコート膜と、
を備え、
装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、前記凸状領域のデフォーカスパワーが増加傾向を示す眼鏡レンズが、フレームに嵌め入れられた、眼鏡である。
【0025】
本発明の第10の態様は、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現するベース領域と、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を前記ベース領域を通過した光束よりも手前に集光すべく、正のデフォーカスパワーを与える複数の凸状領域により構成されるデフォーカス領域と、
を有するファンクショナル領域を備え、近視進行抑制効果を奏する眼鏡レンズの製造方法であって、
基材ベース部と前記基材ベース部から突出した複数の基材突出部とが表面に設けられたレンズ基材をハードコート液に浸漬させる浸漬工程と、
前記レンズ基材を前記ハードコート液から引き上げる引き上げ工程と、
前記複数の基材突出部を含めて前記レンズ基材を覆うことにより、前記基材ベース部を覆うように前記ベース領域を形成し、且つ、前記複数の基材突出部を覆うように前記デフォーカス領域を形成するハードコート膜を得る乾燥工程と、
を有する眼鏡レンズの製造方法であって、
(1)前記浸漬工程の前の段階で、前記レンズ基材が、装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を備える場合、装用時における眼鏡レンズにおける前記レンズ基材の上方から前記ハードコート液に浸漬させ、
(2)前記浸漬工程の前の段階で、前記レンズ基材が、装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を備えない場合、前記レンズ基材が前記ハードコート液と最初に接触する側を前記レンズ基材の上方、その逆方向を前記レンズ基材の下方と設定し、その設定に従って装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を前記レンズ基材又は眼鏡レンズに設ける方向指示部設定工程を行う、
眼鏡レンズの製造方法である。
【0026】
本発明の第11の態様は、
前記引き上げ工程において、引き上げ開始時から引き上げ終了時にかけて前記レンズ基材の引き上げ速度を±10%の変動幅にする、第10の態様に記載の眼鏡レンズの製造方法である。
【0027】
眼鏡レンズの上方から下方に向かい凸状領域のデフォーカスパワーが増加する際の増加割合(レンズ中心を通過する上下線上の凸状領域のデフォーカスパワーの最小値に対する最大値と該最小値の差の割合(%))の下限値は1~3%の一つの値でもよく、上限値は4~12%の一つの値でもよい。
凸状領域におけるデフォーカスパワーは好ましくは3.0~5.0Dである。そのため、眼鏡レンズの上方から下方に向かい凸状領域のデフォーカスパワーが増加する際の増加量(レンズ中心を通過する上下線上の凸状領域のデフォーカスパワーの最大値と最小値の差)の下限値は0.03~0.10Dの一つの値であってもよく、上限値は0.12~0.60Dの一つの値でもよい。
【発明の効果】
【0028】
本発明の眼鏡レンズ又は眼鏡に係る一実施例によれば、各装用者に対して近方視の際の見かけ上の度数の低下を抑えられる。
本発明の眼鏡レンズ及び眼鏡以外の内容に係る一実施例によれば、費用と時間の消費を抑えつつ各装用者に対して近方視の際の見かけ上の度数の低下を抑えられる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1A】
図1Aは、十分に遠方から平行光束が近視進行抑制レンズを通過して瞳孔内に入射する際の球面波の様子を示した説明図である。
【
図1B】
図1Bは、近視進行抑制レンズの装用者の近くから発散光が近視進行抑制レンズを通過して瞳孔内に入射する際の球面波の様子を示した説明図である。
【
図2】
図2は、本発明の一態様に係る眼鏡レンズの概略平面図である。
【
図3】
図3は、本発明の一態様で係る眼鏡レンズの製造方法のフロー概略図である。
【
図4】
図4において、左縦軸(単位:D(ディオプター))は、実施例1に係る眼鏡レンズの所定の位置の凸状領域のデフォーカスパワーを示し、その場合、横軸は、実施例1に係る眼鏡レンズにおけるレンズ中心を通過する上下線における位置を示す。そのうえで、Upは、浸漬工程時にレンズ基材において最も天地の天の方向に位置する基材突出部に対応する眼鏡レンズの凸状領域を指す。Middleは、中心側クリア領域の下端に最も近い凸状領域を指す。Lowは、浸漬工程時にレンズ基材において最も天地の地の方向に位置する基材突出部に対応する眼鏡レンズの凸状領域を指す。
図4において、右縦軸(単位:μm)は、実施例1に係る眼鏡レンズの外側クリア領域及び中心側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚を示し、その場合、横軸は、眼鏡レンズにおけるレンズ中心を通過する上下線における位置を指す。そのうえで、Upは、浸漬工程時にレンズ基材において最も天地の天の方向に位置する基材突出部から天の方向に5mm離れた位置を指す。Middleは、中心側クリア領域の下端を指す。Lowは、浸漬工程時にレンズ基材において最も天地の地の方向に位置する基材突出部から地の方向に5mm離れた位置を指す。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態について述べる。以下における図面に基づく説明は例示であって、本発明は例示された態様に限定されるものではない。本明細書において「~」は所定の値以上且つ所定の値以下を指す。
【0031】
図2は、本発明の一態様に係る眼鏡レンズの概略平面図である。
【0032】
本明細書で挙げる眼鏡レンズは、物体側の面と眼球側の面とを有する。「物体側の面」とは、眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に物体側に位置する表面であり、「眼球側の面」とは、その反対、すなわち眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に眼球側に位置する表面である。この関係は、眼鏡レンズの基礎となるレンズ基材においても当てはまる。つまり、レンズ基材も物体側の面と眼球側の面とを有する。
【0033】
本明細書では、眼鏡レンズを装用した状態での水平方向をX方向、天地(上下)方向をY方向、眼鏡レンズの厚さ方向であってX方向及びY方向に垂直な方向をZ方向とする。Z方向は眼鏡レンズの光軸方向でもある。原点はレンズ中心とする。なお、本明細書における「レンズ中心」は、眼鏡レンズの光学中心又は幾何中心を指す。本明細書では光学中心と幾何中心とが略一致する場合を例示する。「幾何中心」とは、玉形加工前のアンカットレンズのように平面視で円形状の場合は円の中心を指し、それ以外の形状の場合は平面視での重心を指す。
装用者に向かって右方を+X方向、左方を-X方向、上方を+Y方向、下方を-Y方向、物体側方向を+Z方向、その逆方向(奥側方向)を-Z方向とする。本明細書において、「平面視」とは+Z方向から-Z方向へと見たときの状態を指す。
本願各図では右眼用レンズを平面視した場合を例示しており、該右眼用レンズを装用した時の鼻側方向を+X方向、耳側方向を-X方向としている。
なお、眼球側の最表面のみにファンクショナル領域が設けられる場合は、-Z方向から+Z方向へと見たときの状態を平面視としても差し支えない。以降、眼鏡レンズにおけるアイポイント及び幾何中心等のような「位置」を論ずる際は、特記無い限り平面視での位置のことを指す。
【0034】
本明細書において「~」は所定の値以上且つ所定の値以下を指す。
【0035】
<眼鏡レンズの機能的な構成>
本発明の一態様に係る眼鏡レンズは中心側クリア領域とファンクショナル領域とを備える。
【0036】
中心側クリア領域は、幾何光学的な観点において装用者の処方屈折力を実現可能な平滑表面形状を有する部分であって、例えば可視光線波長域で透明の部分である。中心側クリア領域は、特許文献1の第1の屈折領域に対応する部分である。
【0037】
また、中心側クリア領域は、レンズ中心及び/又はアイポイントを含む領域であって、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させる領域である。
【0038】
本発明の一態様の中心側クリア領域により処方度数(球面度数、乱視度数、乱視軸等)が実現できる。この球面度数は、正面視した時(物体との距離は無限遠~1m程度)に矯正されるべき度数(例えば遠用度数であり、以降、遠用度数を例示)であってもよいし、中間視(1m~40cm)又は近方視(40cm~10cm)したときに矯正されるべき度数であってもよい。
【0039】
中心側クリア領域には、凸状領域は設けられていない。レンズ中心は、中心側クリア領域の幾何中心又は重心と称しても差し支えない。
【0040】
本発明の一態様の中心側クリア領域(及びファンクショナル領域内のベース領域、更には外側クリア領域)は、いわゆる単焦点レンズとしての機能を奏する。
【0041】
ちなみに、装用者情報の処方データは、眼鏡レンズのレンズ袋に記載されている。つまり、レンズ袋があれば、装用者情報の処方データに基づいた眼鏡レンズの物としての特定が可能である。そして、眼鏡レンズはレンズ袋とセットになっていることが通常である。そのため、レンズ袋が付属した眼鏡レンズも本発明の技術的思想が反映されているし、レンズ袋と眼鏡レンズとのセットについても同様である。
【0042】
「アイポイント(EP)」は、例えば、眼鏡レンズを装用した際に、真正面に向いたときに視線が通る位置であり、以降、この例を挙げる。アイポイントは、装用者に近い物体を装用者が視認したときに(いわば近見時の)視線が通る位置即ち近見アイポイントであってもよい。本発明の一態様においては、フレームへの枠入れ加工前の眼鏡レンズの幾何中心はアイポイントと一致し、且つ、プリズム参照点とも一致し、且つ、レンズ中心とも一致する場合を例示する。以降、本発明の一態様の眼鏡レンズとして、フレームへの枠入れ加工前の眼鏡レンズを例示するが、本発明はこの態様に限定されない。
【0043】
アイポイントは、レンズ製造業者が発行するリマークチャート(Remark chart)又はセントレーションチャート(Centration chart)を参照することにより、位置の特定は可能となる。
【0044】
ファンクショナル領域は、平面視において、中心側クリア領域と隣接し且つ中心側クリア領域を包囲する環状の領域である。
【0045】
例えば、特許文献1の第2の屈折領域のように凸状領域が島状に設けられる一方で、処方度数を実現する第1の屈折領域(中心側クリア領域と同機能を奏するベース領域)が凸状領域の周囲に設けられる場合、ベース領域と凸状領域とを含む環状の領域をファンクショナル領域とみなしてもよい。
【0046】
また、ファンクショナル領域に関しては、円環状に数珠つなぎに凸状領域を形成して径方向にその数珠つなぎの円環を複数配置すると共に凸状領域が形成されない領域はベース領域とした眼鏡レンズにおいて、最小径の数珠つなぎの円環と最大径の数珠繋ぎとの円環との間の領域をファンクショナル領域と設定してもよい。
【0047】
また、ファンクショナル領域に関しては、眼鏡レンズの内部に屈折率の異なる部材を埋め込んだときに最もアイポイントに近い部分と最もアイポイントEPから遠い部分との間の環状の領域をファンクショナル領域と設定してもよい。
【0048】
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を、前記ベース領域を通過した光束よりも手前に集光すべく、正のデフォーカスパワーを与える複数の凸状領域により構成される領域のことをデフォーカス領域とも呼ぶ。この領域は処方度数とは異なる度数を有する領域いわゆる網膜上非集光領域と呼んでもよく、装用者の瞳孔内に入射させた光束を網膜上に集光させない領域であってもよい。ファンクショナル領域のうちベース領域以外の領域がデフォーカス領域である。
【0049】
本発明の一態様は、眼鏡レンズの外縁側にてファンクショナル領域と隣接し且つファンクショナル領域を包囲する環状の外側クリア領域を備える。外側クリア領域は、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させる。つまり、ファンクショナル領域は、外側クリア領域と中心側クリア領域との間に存在する環状の領域となる。
【0050】
<眼鏡レンズの物質的な構成>
本発明の一態様に係る眼鏡レンズは、上記の機能的な構成に加え、以下のような物質的な構成も備える。
・基材ベース部と前記基材ベース部から突出した複数の基材突出部とが表面に設けられたレンズ基材
・複数の基材突出部を含めて前記レンズ基材を覆うことにより、前記基材ベース部を覆うように前記ベース領域を形成し、且つ、前記複数の基材突出部を覆うように前記デフォーカス領域を形成するハードコート膜
なお、レンズ基材及びハードコート膜の素材及びその他特性については、後掲の<眼鏡レンズの製造方法>にて詳述する。
【0051】
レンズ基材としては、基材ベース部と、基材ベース部から突出する複数の基材突出部とを有していれば限定は無い。
基材ベース部とは、装用者の処方度数を実現可能な形状の部分である。
基材突出部とは、特許文献1の微小凸部に該当する部分である。本発明の一態様に係る眼鏡レンズは近視進行抑制可能である。ひいては、レンズ基材自体が近視進行抑制可能である。特許文献1の微小凸部と同様、本発明の一態様に係る複数の基材突出部は、レンズ基材の物体側の面及び眼球側の面の少なくともいずれかに形成されればよく、この状況を「レンズ基材の表面における基材ベース部から突出」という。本明細書においては、レンズ基材の物体側の面のみに複数の基材突出部を設けた場合を主に例示する。
【0052】
なお、レンズ基材としては、プラスチックレンズ基材又はガラスレンズ基材そのものである場合を本明細書では主に例示する。その一方、該レンズ基材に下地膜等の他物質が積層されているものであってもよい。他物質が積層されたものがレンズ基材である場合、該レンズ基材には複数の基材突出部に起因する凹凸が存在する状態であり、複数の基材突出部は、他物質が積層されていたとしても近視進行抑制効果をもたらし得るものを指す。
【0053】
<眼鏡レンズの特徴>
本発明の一態様に係る眼鏡レンズでは、装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、前記凸状領域のデフォーカスパワーが増加傾向を示す。この増加傾向は、ハードコート膜によりもたらされる。
【0054】
「装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、前記凸状領域のデフォーカスパワーが増加傾向を示す」の定義は以下の通りである。
【0055】
本発明の一態様においては、一つの凸状領域のデフォーカスパワーの制御というミクロな観点というよりも、眼鏡レンズの上方から下方に向かって凸状領域のデフォーカスパワーを全体として制御するというマクロな観点からの制御を行っている。そのため、本明細書では、デフォーカスパワーが増加する“傾向”と記載している。あくまで傾向として上記内容が満たされていれば、イレギュラーなデフォーカスパワーを備える一つの凸状領域が存在したとしても、大勢に影響を与えない。
【0056】
凸状領域において「装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、前記凸状領域のデフォーカスパワーが増加する」のは、凸状領域の80面積%以上(以下の順に好適、85面積%以上、90面積%以上、95面積%以上、98面積%以上、99面積%以上、100面積%)であればよい。
【0057】
「凸状領域のデフォーカスパワーが増加」の態様としては、最も上方の凸状領域のデフォーカスパワーよりも、最も下方の凸状領域のデフォーカスパワーの方が大きければ限定は無い。
【0058】
「装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、凸状領域のデフォーカスパワーは増加」の一具体例としては、レンズ中心を通過する上下線上の凸状領域であってデフォーカスパワーの最大値をもたらす凸状領域は最も下方の凸状領域であり、且つ、デフォーカスパワーの最小値をもたらす凸状領域は最も上方の凸状領域である。好適には、レンズ中心を通過する上下線上において、上方から下方に向かい、デフォーカスパワーが減少しない。上方から下方まででデフォーカスパワーが減少するとしても、眼鏡レンズにおいて最も上方の凸状領域のデフォーカスパワーからの減少率が5%未満(好適には3%未満、2%未満、1%未満)であるのが好ましい。このようにデフォーカスパワーが減少しない又は減少するとしても微々たる減少であることを本明細書では単調増加ともいう。
【0059】
「上方から下方」は、平面視において直線であるY方向であって+Y方向から-Y方向に向かう方向を含むが、該方向には限定されない。「上方から下方」は、広義には、平面視においてX方向以外の方向を指す。「上方から下方」は、好適には、+Y方向の±60度(又は45度、30度、15度)の方向から-Y方向の±60度(又は45度、30度、15度)の方向に向かう方向の範囲を指す。以下、説明の便宜上、+Y方向から-Y方向に向かう方向を例示する。
【0060】
例えば、眼鏡レンズの凸状領域のうち、最も+Y方向にある凸状領域(その1)のデフォーカスパワーよりも、該凸状領域(その1)の-Y方向にて隣接する凸状領域(その2)のデフォーカスパワーを大きくする。そして、凸状領域(その2)のデフォーカスパワーよりも、該凸状領域(その2)の-Y方向にて隣接する凸状領域(その3)のデフォーカスパワーを大きくする、というように、上方から下方に向かい連続的にデフォーカスパワーを増加させてもよい。
【0061】
或いは、凸状領域(その1)のデフォーカスパワーと該凸状領域(その1)の-Y方向にて隣接する凸状領域(その2)のデフォーカスパワーを等しくしつつ、凸状領域(その2)のデフォーカスパワーよりも、該凸状領域(その2)の-Y方向にて隣接する凸状領域(その3)のデフォーカスパワーを大きくする、というように、上方から下方に向かい不連続的にデフォーカスパワーを増加させてもよい。
【0062】
上記構成を採用することにより、このデフォーカスパワーの増加分により補充できる。その結果、近方視の際の見かけ上の度数の低下を抑えられる。詳しくは後述するが、この凸状領域のデフォーカスパワーの増加は、ハードコート膜により実現する。
【0063】
なお、本発明の一態様に係る眼鏡レンズが単焦点レンズであり且つ玉形加工前のアンカットレンズである場合、装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を備える。方向指示部があれば、玉形加工の際に装用時の方向を作業者が把握でき、装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい凸状領域のデフォーカスパワーが増加するように眼鏡のフレームに嵌め込むことができる。
【0064】
この方向指示部の態様には限定は無く、記号又は文字であっても構わない。また、レンズ基材にマーキングされてもよいし、それ以外の物質(例えばハードコート膜又は反射防止膜)にマーキングされてもよい。また、方向指示部が設けられる眼鏡レンズの平面視における位置は、フレーム枠(玉形形状)の内外は問わない。また、方向指示部は記号又は文字のマーキングに限定されず、所定の方向に色等のグラデーションを眼鏡レンズが備える場合、該グラデーションが方向指示部に該当する。
【0065】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズが累進屈折力レンズである場合、累進屈折力レンズにはアイポイント、光学中心、遠用度数測定基準点及び近用度数測定基準点等の位置を特定可能な隠しマークが設けられる。そのため、玉形加工前のアンカットレンズであっても、装用時における方向は特定可能である。つまり、この隠しマークは方向指示部に包含される。
【0066】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズによれば、各装用者に対して近方視の際の見かけ上の度数の低下を抑えられる。
【0067】
<眼鏡レンズ1の好適例及び変形例>
本発明の一態様における眼鏡レンズ1の好適例及び変形例について、以下に述べる。
【0068】
前記ファンクショナル領域により包囲される中心側クリア領域であって、アイポイントを含む領域であって、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現する中心側クリア領域を更に備えてもよい。
【0069】
中心側クリア領域2の大きさ及び形状には限定は無い。中心側クリア領域2の大きさの下限の一つの目安としては、アイポイントEPを中心とした直径5.00mmの円を包含可能な大きさであればよい。中心側クリア領域2の大きさの上限の一つの目安としては、アイポイントEPを中心とした直径10.00mmの円内に収まる大きさであればよい。アイポイントEPからの中心側クリア領域2の縁までの水平距離の最小値(クリア領域が平面視円状の場合は最小半径)が3.60mm以下であってもよい。中心側クリア領域2の面積は80mm2以下であってもよい。中心側クリア領域2の形状は、平面視で円形状、矩形状、楕円状等であってもよい。本段落に記載の構成を採用すれば、正面視の際に、十分に良好な視認性が得られる。
【0070】
「クリア瞳孔円の集合体」を中心側クリア領域2の形状と称しても差し支えない。具体的には、平面視において、中心側クリア領域2内の部分であって、アイポイントEPを通過する水平線上に中心が存在する半径r[mm]の円において、rを1.50以上2.50以下の範囲の少なくともいずれか一つの値(特にr=1.50又は2.00)としたとき2rの値は瞳孔径に相当する。本明細書では、この円を「クリア瞳孔円」ともいう。
【0071】
ファンクショナル領域3の大きさ及び形状には限定は無い。ファンクショナル領域3の大きさの下限の一つの目安としては、アイポイントEPを中心とした直径15.00mmの円周を包含可能な大きさであればよい。ファンクショナル領域3の大きさの上限の一つの目安としては、アイポイントEPを中心とした直径50.00mmの円周を包含可能な大きさであればよい。ファンクショナル領域3の形状は平面視で環状であり、その環は内側(即ち中心側クリア領域2とファンクショナル領域3との境界)及び/又は外側(即ち外側クリア領域4とファンクショナル領域3との境界)において円形状、矩形状、楕円状等又はその組み合わせでも構わない。
【0072】
一つの目安として、ファンクショナル領域3では、装用者の瞳孔内に入射させた光束の30%以上(或いは40%以上、50%以上、60%以上)は網膜上に集光させないと定義してもよい。該%の値が大きければ近視進行抑制効果も大きくなると期待される一方、視認性は低下する。該%の値は、近視進行抑制効果と視認性との兼ね合いで適宜決定すればよい。上限は例えば70%としてもよい。
言い方を変えると、ファンクショナル領域3において、凸状領域3aの平面視での面積が、ファンクショナル領域3全体の20%以上(或いは30%以上、40%以上、50%以上、60%以上)と規定してもよい。上限は例えば80%としてもよい。デフォーカス領域3aは、ファンクショナル領域3の外縁に向けて疎又は密となるように配置しても構わない。
【0073】
平面視において、眼鏡レンズ1全体の面積に対する、ファンクショナル領域3内に設けられたデフォーカス領域3aの面積は20%以下(或いは15%以下、10%以下)であるのが好ましい。下限としては、5%以上が挙げられる。
【0074】
平面視において、眼鏡レンズ1全体におけるデフォーカス領域3aの面積に対する、ファンクショナル領域3内に設けられたデフォーカス領域3aの面積(面積比)は80%以上であるのが好ましい。該面積比は、85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、99%以上の順に好ましい。
【0075】
眼鏡レンズの外縁側にて前記ファンクショナル領域を包囲する環状の領域であって、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現する外側クリア領域を更に備えてもよい。
【0076】
その場合、ファンクショナル領域3は、外側クリア領域4と中心側クリア領域2との間に存在する環状の領域となる。「クリア瞳孔円の集合体」を外側クリア領域4の形状と称しても差し支えない。そして、眼鏡レンズ1において、中心側クリア領域2と外側クリア領域4以外の領域をファンクショナル領域3と定義してもよい。
【0077】
外側クリア領域4は環状であってもよいし、環の一部のみを構成する形状であってもよい。つまり、ファンクショナル領域3の一部が眼鏡レンズ1の外縁と接し、ファンクショナル領域3の他の部分は外側クリア領域4と接してもよい。また、本発明の一態様の眼鏡レンズ1はフレームへの枠入れ後の眼鏡レンズ1であってもよく、該眼鏡レンズ1におけるファンクショナル領域3の一部が眼鏡レンズ1の外縁と接し、ファンクショナル領域3の他の部分は外側クリア領域4と接してもよい。
【0078】
また、外側クリア領域4の更に外縁側に別のファンクショナル領域3を設けることは妨げないが、周辺視野でも良好な視認性を得やすくすることを考慮すると、眼鏡レンズ1の外縁とファンクショナル領域3との間には、凸状領域3aが設けられていないのが好ましい。つまり、眼鏡レンズ1の外縁とファンクショナル領域3との間全体が外側クリア領域4であるのが好ましい。
【0079】
「装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かいデフォーカスパワーが増加」を、必ずしもファンクショナル領域における全凸状領域が満たさずとも、本発明の効果を奏する。
例えば、本段落に記載の規定を満たす凸状領域の個数(個数比)は、ファンクショナル領域における全凸状領域の個数の80%以上(以下の順に好適:85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、99%以上)であれば、本発明の効果を奏する確実性は増す。該個数比は、85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、99%以上の順に好ましい。
言い方を変えると、本段落に記載の規定を満たす凸状領域の面積(面積比)は、ファンクショナル領域における全凸状領域の面積の80%以上であれば、本発明の効果を奏する確実性は増す。該面積比は、85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、99%以上の順に好ましい。
【0080】
前記眼鏡レンズにおける前記凸状領域のうち80%以上(以下の順に好適:85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、99%以上)の個数の凸状領域のデフォーカスパワーには限定は無いが、例えば3.0~5.0Dの範囲であってもよい。
【0081】
前記レンズ基材における前記基材突出部のうち80%以上(以下の順に好適:85%以上、90%以上、95%以上、98%以上、99%以上)の個数の基材突出部においてデフォーカスパワーは±0.12D(以下の順に好適:±0.10D、±0.08D、±0.06D、±0.04D、±0.02D、±0.01D)の範囲に収まるのがよい。
【0082】
上段落に記載の規定は、基材突出部が備えるデフォーカスパワーにおける基材突出部ごとの変動幅である。
例えば、設計上、全ての基材突出部のデフォーカスパワーが3.50Dである場合、80%以上の個数の基材突出部のデフォーカスパワーが3.50±0.12Dの範囲内に収まる。
この変動幅は、全ての基材突出部のデフォーカスパワーの平均値の±0.12Dと設定してもよい。
また、この変動幅は、全ての基材突出部のデフォーカスパワーの平均値の5%未満、3%未満、2%未満、又は1%未満と設定してもよい。
また、±0.12Dを考慮して、デフォーカスパワーの最大値と最小値の差が0.24Dに収まる基材突出部が80%以上の個数を占めると言い換えてもよい。
【0083】
この構成によれば、多数の基材突出部のデフォーカスパワーがほぼ一定である一方で、ハードコート膜が形成されることにより、眼鏡レンズの上方から下方に向かい凸状領域のデフォーカスパワーが増加することがより明確になる。
【0084】
一般的に小児向け眼鏡の角膜頂点距離Lは12mmといわれているが、10mmや15mm程度の設定例も多くある。また、近方視時の距離Tも少なくとも250mmから500mm程度の幅はある、これを前述の式にあてはめると、レンズ下部に与えるべきデフォーカスパワーは本来の1.02~1.06程度となる。
【0085】
本発明の課題の欄で述べた内容であるが、近視進行抑制レンズを近方視する際に視線が通過する位置にある各凸状領域のデフォーカスパワーを予め大きくしておく場合、(1+L/S)^2倍だけ大きくしておけば近方視時の見かけ上の度数は本来の度数とおよそ等しくなる。ただし、レンズ下部は常に近方視に用いるわけではなく、歩行時などは遠方視に用いられることを考えると、1倍と(1+L/S)^2倍の中間である、(1+L/S)倍だけ大きくしておくのが双方にとってバランスが良い。前述の場合ではデフォーカスパワーを1.04倍にするのが好ましい。
【0086】
1.02~1.06程度、そして1.04倍という値は、前述の通り、レンズ下部では近方視と遠方視を共に行うことを踏まえてバランスを取った値であるため、ほとんど近方視にしか用いない児では、見かけ上の度数の低下分を完全に補正すべく二乗値(1.04~1.12)を採用してもよい。また近方視をほとんどしない児では、補正効果を更に半減した1/2乗値(1.01~1.03)を採用しても良い。
【0087】
すなわち、眼鏡レンズの上方から下方に向かい凸状領域のデフォーカスパワーが増加する際の増加割合(レンズ中心を通過する上下線上の凸状領域のデフォーカスパワーの最小値に対する最大値と該最小値の差の割合(%))の下限値は1~3%の一つの値でもよく、上限値は4~12%の一つの値でもよい。
凸状領域におけるデフォーカスパワーは好ましくは3.0~5.0Dである。そのため、眼鏡レンズの上方から下方に向かい凸状領域のデフォーカスパワーが増加する際の増加量(レンズ中心を通過する上下線上の凸状領域のデフォーカスパワーの最大値と最小値の差)の下限値は0.03~0.10Dの一つの値であってもよく、上限値は0.12~0.60Dの一つの値でもよい。
【0088】
上段落に記載の凸状領域のデフォーカスパワーの増加は、装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、前記凸状領域のデフォーカスパワーは、前記凸状領域の下敷きになっている前記基材突出部のデフォーカスパワーに近づくことにより生じるとも言える。
【0089】
本発明の知見として述べたように、本発明の一態様は、ハードコート膜により、近方視の際の見かけ上の度数の低下を抑える。ディップ法を採用する場合、後掲の実施例の項目で示すように、ハードコート液への浸漬の際に下方に配置された凸状領域のデフォーカスパワーよりも、上方に配置された凸状領域のデフォーカスパワーの方が高くなる傾向がある。この傾向は、ファンクショナル領域を挟む中心側クリア領域と外側クリア領域とのハードコート膜の膜厚差が小さい場合であっても出現する。この膜厚差は、以下のように定義してもよい。
「前記中心側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚の平均値に対する、前記外側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚の平均値の差は10%以内(或いは8%以内、5%以内、3%以内)である。」
【0090】
<眼鏡レンズ1の一具体例>
凸状領域の配置の態様は、特に限定されるものではなく、例えば、凸状領域の外部からの視認性、凸状領域によるデザイン性付与、凸状領域による屈折力調整等の観点から決定できる。なお、凸状領域はデフォーカス領域の一例であり、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を前記ベース領域を通過した光束よりも手前に集光すべく、正のデフォーカスパワーを与える複数の凸状領域により構成される。一具体例としては、凸状領域は、網膜上には光束を集光させない一方で網膜の手前側(+Z方向側)に光束を集光させる。以降、この一具体例を挙げる。
【0091】
眼鏡レンズ1の中心側クリア領域2の周囲に配置されたファンクショナル領域3において、周方向及び径方向に等間隔に、略円形状の凸状領域が島状に(すなわち、互いに隣接することなく離間した状態で)配置されてもよい。凸状領域の平面視での配置の一例としては、各凸状領域3aの中心が正三角形の頂点となるよう各々独立して離散配置(ハニカム構造の頂点に各凸状領域の中心が配置:六方配置)する例が挙げられる。この場合、凸状領域同士の間隔は1.0~2.0mmであってもよい。また、凸状領域(ひいてはデフォーカス領域)の個数は10~200であってもよい。
【0092】
ファンクショナル領域3において、近視進行抑制効果を奏する構成(デフォーカス領域)の一例が凸状領域である。
【0093】
凸状領域とは、幾何光学的な観点においてその領域の中の少なくとも一部がベース領域3bによる集光位置には集光させない領域である。凸状領域は、特許文献1の微小凸部に該当する部分である。本発明の一態様に係る眼鏡レンズ1は、特許文献1に記載の眼鏡レンズと同様、近視進行抑制レンズである。特許文献1の微小凸部と同様、本発明の一態様に係る複数の凸状領域は、眼鏡レンズ1の物体側の面及び眼球側の面の少なくともいずれかに形成されればよい。本明細書においては、眼鏡レンズ1の物体側の面のみに複数の凸状領域を設けた場合を主に例示する。以降、特記無い限り、凸状領域は、レンズ外部に向かって突出する曲面形状である場合を例示する。
【0094】
複数の凸状領域(ファンクショナル領域内の全凸状領域)のうち半分以上の個数は平面視にて同じ周期で配置されるのが好ましい。同じ周期であるパターンの一例としては平面視にて正三角形配置(凸状領域の中心が正三角形ネットの頂点に配置)が挙げられる。好適には80%以上、より好適には90%以上、更に好適には95%以上である。以降、「ファンクショナル領域内の全凸状領域の半分以上の数(又は80%以上の数)」の好適例は、上記と同様に好適な順に80%以上、90%以上、95%以上とし、繰り返しの記載を省略する。
【0095】
凸状領域は球面形状、非球面形状、トーリック面形状又はそれらが混在した形状(例えば各凸状領域の中心箇所が球面形状、中心箇所の外側の周辺箇所が非球面形状)であってもよい。凸状領域の平面視の半径の1/3~2/3の部分に中心箇所と周辺箇所との境界を設けても構わない。但し、凸状領域の少なくとも中心箇所は、レンズ外部に向かって突出する凸の曲面形状であるのが好ましい。また、複数の凸状領域(ファンクショナル領域内の全凸状領域)のうち半分以上の個数は平面視にて同じ周期で配置されるのが好ましいことに伴い、凸状領域は球面であるのが好ましい。
【0096】
各々の凸状領域は、例えば、以下のように構成される。凸状領域の平面視での直径は、0.6~2.0mm程度が好適である。それぞれ表面の面積では0.50~3.14mm2程度であってもよい。凸状領域3aの曲率半径は、50~250mm、好ましくは86mm程度の球面状である。
【0097】
各凸状領域におけるデフォーカスパワーの具体的な数値に限定は無いが、例えば、眼鏡レンズ1上の凸状領域がもたらすデフォーカスパワーの最小値は0.50~4.50Dの範囲内、最大値は3.00~10.00Dの範囲内であるのが好ましい。最大値と最小値の差は1.00~5.00Dの範囲内であるのが好ましい。
【0098】
「デフォーカスパワー」は、各凸状領域の屈折力と、各凸状領域以外の部分の屈折力との差を指す。別の言い方をすると、「デフォーカスパワー」とは、凸状領域の所定箇所の最小屈折力と最大屈折力の平均値からベース領域の屈折力を差し引いた差分である。
【0099】
本明細書における「屈折力」は、屈折力が最小となる方向の屈折力と、屈折力が最大となる方向(該方向に対して垂直方向)の屈折力との平均値である平均屈折力を指す。
【0100】
レンズ基材は、例えば、チオウレタン、アリール、アクリル、エピチオ等の熱硬化性樹脂材料、又は、ポリカーボネート等の熱可塑性樹脂材料によって形成されている。なお、レンズ基材を構成する樹脂材料としては、所望の屈折度が得られる他の樹脂材料を選択してもよい。また、樹脂材料ではなく、無機ガラス製のレンズ基材としてもよい。
【0101】
ハードコート膜は、例えば、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂又はUV硬化性樹脂を用いて形成されている。ハードコート膜は、ハードコート液にレンズ基材を浸漬させる方法や、スピンコート等を使用することにより、形成することができる。このようなハードコート膜の被覆によって、眼鏡レンズ1の耐久性向上が図れるようになる。
【0102】
反射防止膜は、例えば、ZrO2、MgF2、Al2O3、SiO2等の反射防止剤を真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法等により成膜することにより、形成されている。このような反射防止膜の被覆によって、眼鏡レンズ1を透した像の視認性向上が図れるようになる。
【0103】
反射防止膜の上には、更に一層以上の被膜を形成することもできる。そのような被膜の一例としては、撥水性又は親水性の防汚膜、防曇膜等の各種被膜が挙げられる。これら被膜の形成方法については、公知技術を適用できる。
【0104】
ハードコート膜の膜厚は、例えば0.1~100μm(好ましくは0.5~5.0μm、更に好ましくは1.0~3.0μm)の範囲としてもよい。ただし、ハードコート膜の膜厚は、ハードコート膜に求められる機能に応じて決定されるものであり、例示した範囲に限定されるものではない。本段落の膜厚の規定は、レンズ基材上に設けられる各種膜を合わせてなる被膜全体にも適用可能である。
【0105】
<眼鏡>
所定のフレーム形状に基づいて上記眼鏡レンズ1の周縁近傍をカットし、フレームに嵌め入れた眼鏡にも本発明の技術的思想が反映されている。フレームの種類、形状等には限定は無く、フルリム、ハーフリム、アンダーリム、リムレスであってもよい。
【0106】
本発明の一態様に係る眼鏡の構成は以下の通りである。
「物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に集光させて、装用者の処方屈折力を実現するベース領域と、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を前記ベース領域を通過した光束よりも手前に集光すべく、正のデフォーカスパワーを与える複数の凸状領域により構成されるデフォーカス領域と、
を有するファンクショナル領域を備え、近視進行抑制効果を奏する眼鏡レンズであって、
基材ベース部と前記基材ベース部から突出した複数の基材突出部とが表面に設けられたレンズ基材と、
前記複数の基材突出部を含めて前記レンズ基材を覆うことにより、前記基材ベース部を覆うように前記ベース領域を形成し、且つ、前記複数の基材突出部を覆うように前記デフォーカス領域を形成するハードコート膜と、
を備え、
装用時における眼鏡レンズの上方から下方に向かい、前記凸状領域のデフォーカスパワーが増加傾向を示す眼鏡レンズが、フレームに嵌め入れられた、眼鏡。」
なお、眼鏡になった段階では、既に眼鏡レンズの上下方向が確定している。そのため、眼鏡になった段階では、フレームに嵌め入れられた眼鏡レンズに方向指示部が備わる必要は無い。
【0107】
<眼鏡レンズの製造方法>
本発明の一態様に係る眼鏡レンズの製造方法について説明する。以下に記載の無い内容は、これまでに述べてきた眼鏡レンズに係る内容を参照可能である。
【0108】
図3は、本発明の一態様である眼鏡レンズの製造方法のフロー概略図である。
【0109】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズの製造方法では、少なくとも以下の工程を行う。
・基材ベース部と前記基材ベース部から突出した複数の基材突出部とが表面に設けられたレンズ基材をハードコート液に浸漬させる浸漬工程
・レンズ基材を前記ハードコート液から引き上げる引き上げ工程
・複数の基材突出部を含めて前記レンズ基材を覆うことにより、前記基材ベース部を覆うように前記ベース領域を形成し、且つ、前記複数の基材突出部を覆うように前記デフォーカス領域を形成するハードコート膜を得る乾燥工程
【0110】
浸漬工程、引き上げ工程及び乾燥工程の具体的な作業内容としては、公知の手法を採用すればよい。
【0111】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズの製造方法の特徴の一つは以下の通りである。但し、前記レンズ基材が、装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を備える場合(1)と備えない場合(2)とに場合分けする。
【0112】
[場合(1)]
前記浸漬工程の前の段階で、前記レンズ基材が、装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を備える場合、装用時における眼鏡レンズにおける前記レンズ基材の上方から前記ハードコート液に浸漬させる。
【0113】
一般的な発想に従えば、ハードコート液への浸漬の際、レンズ基材の上方を天地方向の天の方向に配置し、レンズ基材の下方を天地方向の地の方向に配置し、その姿勢のままハードコート液にレンズ基材を浸漬する。その一方、本発明の一態様に係る眼鏡レンズの製造方法では、その姿勢を反転させる。つまり、本発明の一態様に係る眼鏡レンズの製造方法では、ハードコート液への浸漬の際、レンズ基材の上方を最初にハードコート液に接触させ、レンズ基材の下方が最後に浸漬される。そして、その反転姿勢のまま、レンズ基材を天の方向に引き上げる。
【0114】
この構成を採用することにより、後掲の実施例の項目で示すように、ハードコート液への浸漬の際に下方に配置された凸状領域のデフォーカスパワーよりも、上方に配置された凸状領域のデフォーカスパワーの方が高くなる。
【0115】
その理由としては、引き上げ工程の際に、レンズ基材のどの部分が先にハードコート液から抜き出されるかが関係している。先にハードコート液から抜き出される部分は、それだけ早く雰囲気下に置かれる。
【0116】
引き続き、レンズ基材がハードコート液から引き出される間、先にハードコート液から抜き出される部分の各基材突出部間の液溜まりは、早く雰囲気下に置かれる。そのため、液溜まりの自重により、又は、ハードコート液の粘度が高い場合は槽内のハードコート液の自重に引きずられ、解消する。
【0117】
先にハードコート液から抜き出される部分は、レンズ基材ひいては眼鏡レンズにおいて近方視の際に視線が通過する部分(即ち眼鏡レンズの下方)に対応する。そのため、眼鏡レンズの下方の各凸状領域は、ハードコート液の液溜まりが解消され、レンズ基材の各基材突出部の形状に良く倣う。その結果、レンズ基材の各基材突出部に設定されたデフォーカスパワーに近いデフォーカスパワーを、眼鏡レンズの下方にある凸状領域は発揮する。
【0118】
その一方、後からハードコート液から抜き出される部分においては、先にハードコート液から抜き出される部分に比べ、雰囲気下に置かれる時間が短くなる。そうなると、液溜まりが解消する間もなく、乾燥工程に送られる。
【0119】
仮に、引き上げ工程完了から乾燥工程までに十分な時間を設けたとしても、レンズ基材上のハードコート液の自重により、後からハードコート液から抜き出される部分の各凸状領域の間に液溜まりが生じやすくなる。
【0120】
そもそも、時間を過度に設けると、後からハードコート液から抜き出される部分の外側クリア領域の膜厚と、先にハードコート液から抜き出される部分の外側クリア領域の膜厚の差が過大になるおそれがある。そのため、時間を過度に設けずに引き上げ工程から乾燥工程に移行するのが好適であり、そうなると、結局、後からハードコート液から抜き出される部分の各凸状領域の間に液溜まりが生じやすくなる。
【0121】
しかし、本発明の一態様に係る眼鏡レンズでは、上下反転させた姿勢でレンズ基材をハードコート液に浸漬させている。そのため、各凸状領域の間に液溜まりが生じるのは、眼鏡レンズにおいて遠方視の際に視線が通過する部分(眼鏡レンズの中央から上方)である。
【0122】
該部分では、本発明の課題として述べた近方視に関する内容は加味する必要は無い。つまり、眼鏡レンズにおいて遠方視の際に視線が通過する部分(眼鏡レンズの中央から上方)において各凸状領域の間に液溜まりが生じても、本発明の課題の解決には支障は無い。
【0123】
むしろ、本発明の一態様は、このように遠方視の際に視線が通過する部分(眼鏡レンズの中央から上方)は犠牲にしてでも、近方視の際に視線が通過する部分(眼鏡レンズの下方)では本発明の課題のうち近方視の際の見かけ上の度数の低下を抑えるという課題を解決したことに特徴がある。
【0124】
しかも、本発明の一態様に係る眼鏡レンズの製造方法によれば、ハードコート液に対してレンズ基材を浸漬させる際の姿勢を上下反転させるという簡単な工夫により、金型ではなくハードコート膜を制御することにより近方視の際の見かけ上の度数の低下を抑えられ、ひいては費用と時間の消費を抑えられる。
【0125】
[場合(2)]
前記浸漬工程の前の段階で、前記レンズ基材が、装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を備えない場合、前記レンズ基材が前記ハードコート液と最初に接触する側を前記レンズ基材の上方、その逆方向を前記レンズ基材の下方と設定し、その設定に従って装用時における眼鏡レンズの方向を示す方向指示部を前記レンズ基材又は眼鏡レンズに設ける方向指示部設定工程を行うのがよい。
【0126】
場合(2)は、浸漬工程前では方向が定まっていないレンズ基材に対し、レンズ基材において最初にハードコート液と接触する部分を、眼鏡レンズになったときのレンズ基材の下方に設定している。つまり、浸漬工程前では方向が定まっていないレンズ基材に対し、浸漬工程をきっかけにして後付けで眼鏡レンズとしての方向を設定している。
【0127】
レンズ基材において最初にハードコート液と接触する部分を、眼鏡レンズになったときのレンズ基材の下方に設定することが判別可能な方向指示部が、レンズ基材又は眼鏡レンズに設けられれば、方向指示部設定工程の具体的な内容には限定は無い。方向指示部設定工程の具体的な内容の一例としては以下の内容が挙げられる。
・浸漬工程の前に、レンズ基材においてフレーム枠外にあたる周縁に傷をつける(
図3はこの例を示す)。
・浸漬工程の際に、レンズ基材においてフレーム枠外にあたる周縁をマスキングして、一部のみにハードコート膜が形成されていない状態を作る。
・乾燥工程後に、レンズ基材においてフレーム枠外にあたる周縁にマーキングする。
【0128】
ハードコート膜が形成されるのは、少なくともレンズ基材の基材突出部の上であればよいが、ディップ法を採用する関係上、レンズ基材の両面に形成するのが好ましい。
【0129】
本明細書におけるディップ法は、レンズ基材の最下端からハードコート液に浸漬させ、最後には最上端を浸漬させ、レンズ基材全体をハードコート液に浸漬させ、引き上げの際はその逆に垂直方向の上方に向けて引き上げる場合を主に例示する。その一方、レンズ基材を上下方向からある程度水平方向に向けて傾けた状態でハードコート液に浸漬させた後にその状態で引き上げてもよい。いずれにせよ、レンズ基材上のハードコート液には自重が働き、レンズ基材を伝って下方に流動する。
【0130】
ハードコート液としては、レンズ基材をハードコート液に浸漬後に引き上げてハードコート液が自重により流動中又は流動後、レンズ基材上のハードコート液を乾燥させることによりハードコート膜を形成可能なものであれば限定は無い。
【0131】
ハードコート液の揮発度が比較的高い場合、レンズ基材をハードコート液に浸漬後に引き上げてハードコート液が自重により流動している最中に乾燥が完了する。その一方、ハードコート液の揮発度が比較的低い場合、ハードコート液が自重により流動している最中には乾燥が完了せず、引き上げ後、改めてハードコート液を乾燥させ、ハードコート膜を形成する。
【0132】
レンズ基材、基材突出部、ハードコート液、ディップ法の諸条件の具体例(好適例)、及び迷光率の測定方法について、以下に述べる。
【0133】
[レンズ基材]
基材突出部のサイズ及びレンズ基材の表面における複数の基材突出部の配置の態様は、特に限定されるものではなく、例えば、基材突出部の外部からの視認性、基材突出部によるデザイン性付与、基材突出部による屈折力調整等の観点から決定できる。基材突出部の高さは、例えば0.1~10μmとしてもよく、0.7~0.9μm(3.5~4.5Dに相当)が好ましい。平面視の際(すなわち光軸方向から基材突出部と向かい合って基材突出部を見た際)の基材突出部の表面の曲率半径は、例えば50~250mmRとしてもよい。また、隣り合う基材突出部間の距離(ある基材突出部の端部とこの基材突出部と隣り合う基材突出部の端部との距離)は、例えば基材突出部の半径の値と同じ程度としてもよい。また、複数の基材突出部は、例えばレンズ中心付近にほぼ均一に配置できる。
【0134】
レンズ基材としては、眼鏡レンズに一般的に使用される各種レンズ基材を使用可能である。レンズ基材は、例えばプラスチックレンズ基材又はガラスレンズ基材としてもよい。ガラスレンズ基材は、例えば無機ガラス製のレンズ基材としてもよい。レンズ基材としては、軽量で割れ難いという観点から、プラスチックレンズ基材が好ましい。プラスチックレンズ基材としては、(メタ)アクリル樹脂をはじめとするスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アリール樹脂、ジエチレングリコールビスアリールカーボネート樹脂(CR-39)等のアリールカーボネート樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル樹脂、イソシアネート化合物とジエチレングリコールなどのヒドロキシ化合物との反応で得られたウレタン樹脂、イソシアネート化合物とポリチオール化合物とを反応させたチオウレタン樹脂、分子内に1つ以上のジスルフィド結合を有する(チオ)エポキシ化合物を含有する硬化性組成物を硬化した硬化物(一般に透明樹脂と呼ばれる。)が挙げられる。硬化性組成物は、重合性組成物と称しても構わない。レンズ基材としては、染色されていないもの(無色レンズ)を用いてもよく、染色されているもの(染色レンズ)を用いてもよい。レンズ基材の厚さ及び直径は特に限定されるものではないが、例えば、厚さ(中心肉厚)は1~30mm程度としてよく、直径は50~100mm程度としてもよい。レンズ基材の屈折率は、例えば、1.60~1.75程度としてもよい。ただしレンズ基材の屈折率は、この範囲に限定されるものではなく、この範囲内でも、この範囲から上下に離れていてもよい。本発明及び本明細書において、屈折率とは、波長500nmの光に対する屈折率をいうものとする。レンズ基材は、注型重合等の公知の成形法により成形できる。例えば、複数の凹部が備わった成形面を有する成形型を用い、注型重合によるレンズ基材の成形を行うことにより、少なくとも一方の表面に基材突出部を有するレンズ基材が得られる。
【0135】
[ハードコート膜]
レンズ基材の基材突出部を有する表面上に形成されるハードコート膜の一態様としては、硬化性化合物を含む硬化性組成物(これまでに述べてきたハードコート液)を硬化して形成されるハードコート膜が挙げられる。かかるハードコート膜は、眼鏡レンズの耐久性向上に寄与する。硬化性化合物とは硬化性官能基を有する化合物を意味し、硬化性組成物とは硬化性化合物を一種以上含む組成物を意味する。
【0136】
ハードコート膜を形成するための硬化性組成物(ハードコート液)の一態様としては、硬化性化合物として有機ケイ素化合物を含む硬化性組成物を挙げることができ、有機ケイ素化合物とともに金属酸化物粒子を含む硬化性組成物を挙げることもできる。ハードコート膜を形成可能な硬化性組成物の一例としては、特開昭63-10640号公報に記載されている硬化性組成物が挙げられる。
【0137】
また、有機ケイ素化合物の一態様としては、下記一般式(I)で表される有機ケイ素化合物及びその加水分解物を挙げることもできる。
(R1)a(R3)bSi(OR2)4-(a+b) ・・・(I)
【0138】
一般式(I)中、R1は、グリシドキシ基、エポキシ基、ビニル基、メタクリルオキシ基、アクリルオキシ基、メルカプト基、アミノ基、フェニル基等を有する有機基を表し、R2は炭素数1~4のアルキル基、炭素数1~4のアシル基又は炭素数6~10のアリール基を表し、R3は炭素数1~6のアルキル基又は炭素数6~10のアリール基を表し、a及びbはそれぞれ0又は1を示す。
【0139】
R2で表される炭素数1~4のアルキル基は、直鎖又は分岐のアルキル基であって、具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等が挙げられる。
R2で表される炭素数1~4のアシル基としては、例えば、アセチル基、プロピオニル基、オレイル基、ベンゾイル基等が挙げられる。
R2で表される炭素数6~10のアリール基としては、例えば、フェニル基、キシリル基、トリル基等が挙げられる。
R3で表される炭素数1~6のアルキル基は、直鎖又は分岐のアルキル基であって、具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられる。
R3で表される炭素数6~10のアリール基としては、例えば、フェニル基、キシリル基、トリル基等が挙げられる。
一般式(I)で表される化合物の具体例としては、特開2007-077327号公報の段落0073に記載されている化合物を挙げられる。一般式(I)で表される有機ケイ素化合物は硬化性基を有するため、塗布後に硬化処理を施すことによりハードコート膜を形成できる。
【0140】
金属酸化物粒子は、ハードコート膜の屈折率の調整及び硬度向上に寄与し得る。金属酸化物粒子の具体例としては、酸化タングステン(WO3)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化ケイ素(SiO2)、酸化アルミニウム(Al2O3)、酸化チタニウム(TiO2)、酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化スズ(SnO2)、酸化ベリリウム(BeO)、酸化アンチモン(Sb2O5)等の粒子が挙げられ、単独又は2種以上の金属酸化物粒子を組み合わせて使用可能である。金属酸化物粒子の粒径は、ハードコート膜の耐擦傷性と光学特性とを両立する観点から、5~30nmの範囲であることが好ましい。硬化性組成物の金属酸化物粒子の含有量は、形成されるハードコート膜の屈折率及び硬度を考慮して適宜設定可能であり、通常、硬化性組成物の固形分あたり5~80質量%程度としてもよい。また、金属酸化物粒子は、ハードコート膜中での分散性の点から、コロイド粒子であることが好ましい。
【0141】
[ディップ法]
ハードコート膜は、以下の手法により形成できる。例えば、成分及び必要に応じて有機溶媒、界面活性剤(レベリング剤)、硬化剤等の任意成分を混合して調製した硬化性組成物を、レンズ基材の基材突出部を有する表面に浸漬により塗布、又は他の膜を介して浸漬により塗布して塗布膜を形成する。この塗布膜に硬化性化合物の種類に応じた硬化処理(例えば加熱及び/又は光照射)を施す。例えば、硬化処理を揮発により行う場合、硬化性組成物の塗布膜が形成されたレンズ基材を、硬化性組成物が流動性を有する場合は傾けた状態で、50~150℃の雰囲気温度の環境下に30分~3時間程度配置することにより、塗布膜中の硬化性化合物の硬化反応を進行させてもよい。なお、この硬化反応と共に乾燥処理を行ってもよい。
【0142】
レンズ基材の基材突出部を有する表面上にハードコート膜を形成するための硬化性組成物の粘度は適宜設定可能であるが、1~50mPa・sの範囲であることが好ましく、1~40mPa・sの範囲であることがより好ましく、1~20mPa・sの範囲であることが更に好ましい。本発明及び本明細書における粘度は、液温25℃での粘度をいうものとする。
【0143】
レンズ基材を浸漬させる際の硬化性組成物の温度は0~30℃がよい。
レンズ基材を浸漬させる際の硬化性組成物を構成する溶媒の沸点は30℃~200℃がよく、好ましくは、60℃~120℃が良い。溶媒の種類に限定は無く、例えばメタノール、トルエン等を使用可能である。
レンズ基材を浸漬させる際の硬化性組成物の濃度は1~50wt%がよい。
レンズ基材を浸漬させる際の浸漬時間は1~300秒がよい。
レンズ基材を浸漬させる際の硬化性組成物の引き上げ速度は10~400mm/minがよい。なお、引き上げ速度は一定(例えば引き上げ開始時から引き上げ終了時にかけて±10%の速度の変動幅、以降同様)でもよいし変化させてもよい。例えば、中心側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚の平均値に対する、前記外側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚の平均値の差が10%以内となるように、引き上げ工程中の引き上げ速度を変化させてもよい。
【0144】
なお、引き上げ速度が適度に低速且つ一定ならば、中心側クリア領域及び外側クリア領域のハードコート液は、ハードコート液の自重により、又は、ハードコート液の粘度が高い場合は槽内のハードコート液の自重に引きずられる。その一方、レンズ基材の表面張力により、一定量のハードコート液が中心側クリア領域及び外側クリア領域にほぼ一定量滞留する。その結果、後掲の実施例の項目に示すように、中心側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚の平均値に対する、前記外側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚の平均値の差はほぼなくなる。
【0145】
また、レンズ基材の基材突出部を有する表面上に形成される被膜の一態様としては、一般にプライマー膜と呼ばれ層間の密着性向上に寄与する被膜を挙げることもできる。そのような被膜を形成可能なハードコート液としては、ポリウレタン樹脂等の樹脂成分が溶媒(水、有機溶媒、又はそれらの混合溶媒)中に分散している組成物(以下、「乾燥固化性組成物」と記載する。)を挙げられる。かかる組成物は、溶媒を乾燥除去することにより固化が進行する。乾燥は、風乾、加熱乾燥等の乾燥処理によって行える。なお、この乾燥処理とともに硬化反応を行ってもよい。
【0146】
引き上げ後の乾燥手法としては、加熱乾燥が好ましい。また、引き上げ後の乾燥温度は20~130℃が好ましい。また、引き上げ後の乾燥時間は0~90分が好ましい。乾燥時間0分とは、流動中におけるハードコート液の乾燥を意味し、わざわざ乾燥工程を行わなくとも溶媒の揮発によりハードコート液が固化し、ハードコート膜が形成されることを意味する。
【0147】
<変形例等>
以上、本発明の一態様を説明したが、上述した開示内容は、本発明の例示的な一態様を示すものである。すなわち、本発明の技術的範囲は、上述の例示的な一態様に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。また、以下の変形例に対し、上述した開示内容を任意に選択して組み合わせることも可能である。
【実施例0148】
以下、本発明の実施例を用いて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0149】
<実施例1>
以下のレンズ基材を作製した。なお、レンズ基材に対する他物質による積層は行っていない。処方度数S(球面度数)は0.00Dとし、C(乱視度数)は0.00Dとした。該レンズ基材はアンカットレンズであり、平面視正円形状であり、レンズ中心は該正円の中心である。この中心のことを、実施例の項目ではアイポイントEPとも称する。
レンズ基材の平面視での直径:100mm
レンズ基材の種類:PC(ポリカーボネート)
レンズ基材の屈折率:1.589
レンズ基材のベースカーブ:3.00D
基材突出部の形成面:物体側の面
基材突出部の設計上のデフォーカスパワー:3.50D
基材突出部の平面視での形状:正円(直径1mm)
基材突出部の基材ベース部からの高さ:0.8mm
基材突出部の平面視での配置:各基材突出部の中心が正三角形の頂点となるよう各々独立して離散配置(ハニカム構造の頂点に各基材突出部の中心が配置)
各基材突出部間のピッチ(基材突出部の中心間の距離):1.5mm
【0150】
本例では、中心側クリア領域2の範囲を、アイポイントEPから半径3.50mmの円の領域とし、ファンクショナル領域3の範囲を、レンズ中心から半径12.50mmの円内(但し中心側クリア領域2は除く)と設定した。なお、ファンクショナル領域3よりも眼鏡レンズ1の外縁側に外側クリア領域4を設けた。眼鏡レンズ1の外縁とファンクショナル領域3との間は全て外側クリア領域4とした(以降の各例でも同様)。
【0151】
このレンズ基材の両面(上下全体)に対し、ディップ法を採用してハードコート膜を形成した。浸漬方向及び引き上げ方向は垂直方向とした。但し、本例では、本発明の一態様で述べたように、浸漬工程に際してレンズ基材と共に浸漬されるレンズホルダーに対してレンズ基材を配置する際に、倒立(眼鏡レンズの下方即ちレンズ基材の下方を天地の天の側に配置)させた。
【0152】
ハードコート液及びディップ法の諸条件は以下の通りである。
ハードコート液の種類:熱硬化型コーティング剤
ハードコート液の温度:10℃
ハードコート液の粘度:10mPa・s
ハードコート液の溶媒(メタノール)の沸点:64.7℃
浸漬時間:3分
引き上げ速度:1.4mm/sec
引き上げ後の乾燥手法:加熱
引き上げ後の乾燥温度:110℃
引き上げ後の乾燥時間:90分
【0153】
以上の内容により乾燥工程を経て眼鏡レンズを得た。該眼鏡レンズにおいて所定の位置の凸状領域のデフォーカスパワーを得た。該デフォーカスパワーは光線追跡法を採用した公知の装置により得られる。この結果を示すのが
図4のグラフの左縦軸(単位:D(ディオプター))である。
【0154】
図4のグラフの横軸は、グラフの左縦軸に関して言及する際には、眼鏡レンズにおけるレンズ中心を通過する上下線における位置を指す。そのうえで、Upは、浸漬工程時にレンズ基材において最も天地の天の方向に位置する基材突出部に対応する眼鏡レンズの凸状領域を指す。Middleは、中心側クリア領域の下端に最も近い凸状領域を指す。Lowは、浸漬工程時にレンズ基材において最も天地の地の方向に位置する基材突出部に対応する眼鏡レンズの凸状領域を指す。
【0155】
本例では、レンズ基材を倒立させているため、Upは近方視の際に視線が通過する部分即ち眼鏡レンズの下方を指し、Lowは眼鏡レンズの上方を指す。Middleは眼鏡レンズのレンズ中心やや上方を指す。
【0156】
図4のグラフの左縦軸に関して言うと、Up即ち近方視の際に視線が通過する眼鏡レンズの下方では、眼鏡レンズの他の部分に比べ、デフォーカスパワーが4%程度増加する。通常、30cmの距離の物体を視認する際、近方視の際の見かけ上の度数は4%程度低下する。本例だと、この近方視の際の見かけ上の度数を補償できている。
【0157】
所定の位置の凸状領域のデフォーカスパワーとは別に、該眼鏡レンズの外側クリア領域及び中心側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚を測定した。該膜厚は公知の装置(例えばタリサーフCCI MP HS(アメテック株式会社製))により得られる。この結果を示すのが
図4のグラフの右縦軸(単位:μm)である。
【0158】
図4のグラフの横軸は、グラフの右縦軸に関して言及する際には、眼鏡レンズにおけるレンズ中心を通過する上下線における位置を指す。そのうえで、Upは、浸漬工程時にレンズ基材において最も天地の天の方向に位置する基材突出部から天の方向に5mm離れた位置を指す。Middleは、中心側クリア領域の下端を指す。Lowは、浸漬工程時にレンズ基材において最も天地の地の方向に位置する基材突出部から地の方向に5mm離れた位置を指す。
【0159】
図4のグラフの右縦軸に関して言うと、上下方向でハードコート膜の膜厚には変化がほとんどない。具体的には、中心側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚の平均値に対する、前記外側クリア領域におけるハードコート膜の膜厚の平均値の差は5%以内である。それにもかかわらず、本例では、デフォーカスパワーを上方から下方につれて増加させることができた。その結果、近方視の際の見かけ上の度数を補償できる。