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特開2024-151930培地、並びにこれを用いた培養方法及び培養装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024151930
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】培地、並びにこれを用いた培養方法及び培養装置
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20241018BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20241018BHJP
【FI】
C12N1/00 G
C12N1/00 B
C12M1/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023065761
(22)【出願日】2023-04-13
(71)【出願人】
【識別番号】000192590
【氏名又は名称】株式会社神鋼環境ソリューション
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】弁理士法人ATEN
(72)【発明者】
【氏名】赤司 昭
(72)【発明者】
【氏名】竹▲崎▼ 潤
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029BB01
4B029DA10
4B029DB01
4B029FA15
4B029GB02
4B029GB10
4B065AA01X
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA30
4B065BB27
4B065BC13
4B065CA22
4B065CA55
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】リグノセルロース分解活性を持ったリグノセルロース分解微生物を安価かつ安定的に長期間培養するための培地、並びにこれを用いた培養方法及び培養装置を提供する。
【解決手段】反芻動物のルーメン液に含まれるリグノセルロース分解細菌を培養するための培地であって、少なくとも大豆残渣を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
反芻動物のルーメン液に含まれるリグノセルロース分解細菌を培養するための培地であって、少なくとも大豆残渣を含むことを特徴とする培地。
【請求項2】
前記大豆残渣はおからであることを特徴とする請求項1に記載の培地。
【請求項3】
前記培地中の前記おからの含有量が、乾燥重量に換算して0.25~2.0重量%であることを特徴とする請求項2に記載の培地。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の培地を用いてリグノセルロース分解細菌を培養する培養工程を含むことを特徴とする培養方法。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか一項に記載の培地を用いてリグノセルロース分解細菌が培養されることを特徴とする培養装置。
【請求項6】
前記培養装置を構成する培養槽内の培養液が、浮上分離処理、又は気体供給による分離処理で固液分離されることにより、水理学的滞留時間(HRT)と固形物滞留時間(SRT)とが調整されるように構成されることを特徴とする請求項5に記載の培養装置。
【請求項7】
前記培養槽内において、リグノセルロース系バイオマスの分解がさらに行われるように構成されることを特徴とする請求項6に記載の培養装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培地、並びにこれを用いた培養方法及び培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
リグノセルロース系バイオマスは、カーボンニュートラルな資源であることから、その利活用が積極的に進められている。リグノセルロースは、植物細胞の細胞壁の主成分であり、地球上に大量に存在する有機炭素源であることから、石油などの化石燃料に代わるエネルギー資源として注目されている。しかし、リグノセルロースは、難分解性であることから、何らかの前処理が必要であるが、多大なエネルギー、コスト、及び時間を要するため、エネルギー資源としての利用の拡大が滞っているのが実情である。
【0003】
リグノセルロース系バイオマスの前処理方法の一つとして、反芻動物の第一胃(ルーメン)のルーメン液に含まれるリグノセルロース分解微生物を利用した、リグノセルロース系バイオマスの分解技術が知られている(例えば、特許文献1)。
【0004】
特許文献1には、ルーメン液によるリグノセルロース含有廃棄物を用いた有機酸発酵方法が記載されている。具体的には、古紙などのリグノセルロース系バイオマスを原料とするメタン発酵の前処理において、ルーメン液を用いた反応系に還元作用を有するシステインを共存させて嫌気性条件下とし、30~45℃の中温、6~24時間の比較的短時間の反応により、メタン発酵の基質(原料)となり得る酢酸、プロピオン酸、及び酪酸等の有機酸の生産量を増加させ、これに伴い、効率良くメタンを製造することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2012/053631号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載のルーメン液を用いたリグノセルロース系バイオマスの前処理は、有効な手段であるが、リグノセルロース分解処理を行う際には、常にルーメン液を採取しなければならない。ルーメン液の採取は煩雑であることから、その適用先は、ルーメン液の入手が比較的容易である牧場や食肉処理場に隣接した場所に限定される。また、ルーメン液を用いたリグノセルロース系バイオマスの前処理を実用化する場合には、1回あたり少なくとも数百リットルから数千リットルものルーメン液が必要になることが想定される。そのため、その採取は実質的に不可能であり、実用化が困難である。
【0007】
そこで、本発明は、リグノセルロース分解活性を持ったリグノセルロース分解細菌を安価かつ安定的に長期間培養するための培地、並びにこれを用いた培養方法及び培養装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明の培地は、反芻動物のルーメン液に含まれるリグノセルロース分解細菌を培養するための培地であって、少なくとも大豆残渣を含む。
【0009】
上記構成によれば、大豆残渣が含まれる培地でリグノセルロース分解細菌を培養することにより、リグノセルロース分解細菌の活性が長期間保たれるため、反芻動物からルーメン液を採取する頻度を低減することができる。そのため、ルーメン液の採取場所から離れた場所でもリグノセルロース系バイオマスを分解するための処理システムの実用化が可能となる。
【0010】
また、本発明の培地において、前記大豆残渣はおからであってもよい。
【0011】
上記構成によれば、産業廃棄物として廃棄されているおからの有効利用が期待される。
【0012】
また、本発明の培地において、前記培地中の前記おからの含有量が、乾燥重量に換算して0.25~2.0重量%であってもよい。
【0013】
上記構成によれば、培地に含まれるおからの含有量が、リグノセルロース分解細菌の生育・生存にとって、最も適している含有量であるため、リグノセルロース分解細菌の活性がさらに長期間保たれる。
【0014】
上記課題を解決するために、本発明の培養方法は、上記の何れか一つの培地を用いてリグノセルロース分解細菌を培養する培養工程を含む。
【0015】
上記構成によれば、大豆残渣が含まれる培地でリグノセルロース分解細菌を培養することにより、リグノセルロース分解細菌の活性が長期間保たれるため、反芻動物からルーメン液を採取する頻度を低減することができる。そのため、ルーメン液の採取場所から離れた場所でもリグノセルロース系バイオマスを分解するための処理システムの実用化が可能となる。
【0016】
上記課題を解決するために、本発明の培養装置は、上記の何れか一つの培地を用いてリグノセルロース分解細菌が培養される。
【0017】
上記構成によれば、大豆残渣が含まれる培地でリグノセルロース分解細菌を培養することにより、リグノセルロース分解細菌の活性が長期間保たれるため、反芻動物からルーメン液を採取する頻度を低減することができる。そのため、ルーメン液の採取場所から離れた場所でもリグノセルロース系バイオマスを分解するための処理システムの実用化が可能となる。
【0018】
また、本発明の培養装置において、前記培養装置を構成する培養槽内の培養液が、浮上分離処理、又は気体供給による分離処理で固液分離されることにより、水理学的滞留時間(HRT)と固形物滞留時間(SRT)とが調整されるように構成されてもよい。
【0019】
上記構成によれば、培養槽内に膜分離装置を設置する必要がないため、培養槽の大型化が容易となる。また、培養装置の運転管理が容易となるとともに、設備コストを削減することができる。
【0020】
また、本発明の培養装置において、前記培養槽内において、リグノセルロース系バイオマスの分解がさらに行われるように構成されてもよい。
【0021】
上記構成によれば、一つの槽内で、リグノセルロース分解細菌の培養とリグノセルロース系バイオマスの分解とが行われるため、設備コストを削減することができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、大豆残渣が含まれる培地でリグノセルロース分解細菌を培養することにより、リグノセルロース分解細菌の活性が長期間保たれるため、反芻動物からルーメン液を採取する頻度を低減することができる。そのため、ルーメン液の採取場所から離れた場所でもリグノセルロース系バイオマスを分解するための処理システムの実用化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明に係る培養装置の概略構成を示す図である。
図2】実施例において、培養試験によるリグノセルロース分解活性の評価試験の結果を示す図である。
図3】実施例において、コピー用紙溶解試験によるリグノセルロース分解活性の評価試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明者らは、反芻動物のルーメン液に存在するリグノセルロース分解細菌を培養するための培地の組成について検討を行ったところ、大豆残渣が含まれる培地でリグノセルロース分解細菌を培養すると、高い活性をもつリグノセルロース分解細菌の長期安定培養が可能となるとの知見が得られた。
【0025】
本発明に係る培地、並びにこれを用いた培養方法及び培養装置に関する実施形態や図面について、以下に具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施形態や図面に記載されている構成に限定されることを意図しない。
【0026】
(培地)
本発明に係る培地は、反芻動物のルーメン液に含まれるリグノセルロース分解細菌を培養するための培地であり、大豆残渣を含む。培地の基材として、天然物に由来する天然培地を使用してもよく、リグノセルロース分解細菌の増殖に必要な各種栄養素が化学薬品で構成されている合成培地を使用してもよい。特に、反芻動物のルーメン液に含まれるリグノセルロース分解細菌にとって有用な栄養源であるリン酸塩のようなリン源、アンモニウム塩のような窒素源等の他、セルロース、ヘミセルロース等の炭素源、を含むことが好ましい。また、リグノセルロースの分解反応において、酢酸等の揮発性脂肪酸(VFA)が生産されると、反応液中のpHが低下したり、浸透圧が上昇したりすることにより、リグノセルロース分解細菌の存在数量や機能が変化してしまうことから、pHの変化や浸透圧の上昇を和らげるために、培地にpH緩衝剤を添加することが好ましい。pH緩衝剤としては、反芻動物のだ液は緩衝能力が高いので、それを模した人工だ液を使用することが好ましい。pH緩衝剤としては、例えば、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、硼酸塩、クエン酸塩、硫酸塩などが挙げられるが、特に好ましくは、リン酸塩である。リン酸塩は、pH緩衝能が高く、また、上記のとおりリグノセルロース分解細菌のリン源となることから、リグノセルロース分解細菌の活性をさらに向上させることができる。リン酸塩としては、リン酸一水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸アンモニウムなどが挙げられるが、好ましくは、リン酸一水素ナトリウム、リン酸二水素カリウムである。培地のpHは、6.0~7.5、好ましくは6.5~7.0であり、必要に応じて、pH調整剤を添加して調整してもよい。pH調整剤としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、硫酸、塩酸などを使用することができる。培地には、pH緩衝剤又はpH調整剤のいずれかを使用してもよく、pH緩衝剤とpH調整剤とを両方使用してもよい。培地に使用する水は、水道水や地下水を使用することが好ましい。
【0027】
(大豆残渣)
大豆残渣とは、豆腐や豆乳を生産する際に生じる副産物であり、おから、豆腐粕と呼ばれるものである。おからは、栄養豊富であることから、食品として使用されたり、飼料や肥料の原料として使用されている。しかしながら、おからは、国内において、年間約66万トン(水分量:66~82%)発生し、そのうちの5~9%、量にして、3万~6万トンが、産業廃棄物として廃棄されている。この実情をふまえて、おからの有効利用が期待されている。本発明の培地に用いるおからは、水分を多く含む生おからであってもよいが、含水率が3.0~6.0%であるおからパウダーであってもよい。おからパウダーは、培地を調製する際において、取扱いが容易となる。また、培地中のおからの含有量が、乾燥重量に換算して0.25~2.0重量%であることが好ましい。培地中のおからの含有量が上記範囲内であれば、リグノセルロース分解細菌の生育・生存にとって、最も適している含有量であるため、リグノセルロース分解細菌の活性がさらに長期間保たれる。なお、培地には、大豆残渣のほか、大豆に水を十分に吸収させて粉砕したもの、おからと豆乳が混ざった状態のもの(豆腐の製造過程において、呉(ご)と呼ばれる)、製品として出荷されなかった豆腐や豆乳などが含まれていてもよい。
【0028】
(培養装置)
以下、図1を用いて、本実施形態に係る培養装置100及び培養方法を説明する。図1は、本実施形態に係る培養装置100の概略構成を示す図である。
【0029】
図1に示す培養装置100は、牛などの反芻動物から採取されたルーメン液に存在するリグノセルロース分解細菌を培養するための装置である。培養槽10に供給される培地(人工だ液)には、大豆残渣が含まれる。また、培養槽10内に、リグノセルロース系バイオマスを供給すると、リグノセルロース分解細菌がリグノセルロース系バイオマスを分解代謝することにより増殖するとともに、リグノセルロース系バイオマスの分解物(リグノセルロースの部分分解物等の易分解性有機性廃棄物や酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸等の揮発性脂肪酸(VFA:Volatile Fatty Acid))が生産される。なお、易分解性有機性廃棄物や揮発性脂肪酸等は、メタン発酵の基質(原料)となることから、バイオメタンガスを製造するために利用することができる(図示せず)。
【0030】
(培養槽)
図1に示すように、培養装置100を構成する培養槽10は円筒形状であり、攪拌のための攪拌機5、培地上部界面に発生蓄積する泡やスカムを破壊除去するための泡消し翼13、温度計14、及びpH計15から構成される。また、図示しないが、培養槽10内の培養液を加温するための加温装置、必要に応じて酸化還元電位計(ORP計)を備えてもよい。さらに、pHを調整するための酸やアルカリ貯槽とそれらを添加するためのポンプを付帯してもよい(不図示)。培養槽10内の培地の温度は35~40℃、pHは6.0~7.5、好ましくは6.5~7.0に保たれる。攪拌は、バイオマスが沈降しない程度のスピードで緩やかに行う。攪拌スピードは、攪拌翼のサイズや形状、種類、または攪拌するバイオマスの大きさや比重により適宜決定してよいが、具体的には攪拌翼先端部の周速(チップスピード)が10m/分から80m/分の範囲となるように、回転させることが好ましい。培養槽10内の培養液の温度やpH調整は、自動制御によって行われてもよく、手動によって行われてもよい。
【0031】
培養槽10内は、牛などの反芻動物の第一胃(ルーメン)の生理状態を模擬した条件とすることが好ましい。また、リグノセルロース分解細菌の増殖が十分となるように、固液分離により水理学的滞留時間(HRT)と固形物滞留時間(SRT)が任意に制御されることが好ましい。リグノセルロース分解細菌は、培養液中の固形物の表面に付着して増殖するため、HRTよりもSRTが長くなるように運転制御されることが好ましい。
【0032】
(固液分離)
培養槽10内において、水理学的滞留時間(HRT)と固形物滞留時間(SRT)を制御するために、培養液を浮遊物質量(以下、SS:suspended solids)が高い液相(懸濁液)と低い液相(清浄液)とに固液分離される。固液分離は、浮上分離処理、又は気体供給による分離処理によって行われる。図1には、浮上分離処理による固液分離が示されている。浮上分離処理においては、SSが高い液相(懸濁液)を槽外に排出するときは、攪拌翼5aで攪拌しながら懸濁液送液管11を通して懸濁液が排出される。一方、SSが低い液相(清浄液)を槽外に排出するときは攪拌を停止してしばらく静置すると、SSが高い液相(懸濁液)は上部に移行するため、清浄液送液管12を通して清浄液が排出される。培養液の懸濁液と清浄液とが培養槽10から引き抜かれて槽外に送られる量をポンプPにより適宜調整することによって、培養液の水理学的滞留時間(HRT)及び固形物滞留時間(SRT)が個別に制御される。図1に示す培養槽10には、懸濁液送液管11と清浄液送液管12とが設置されているが、固液分離を行う場合は、SS濃度が高い液相(懸濁液)を槽外に排出するときは培養液を攪拌しながら排出し、SS濃度が低い液相(清浄液)を槽外に排出するときは、攪拌を停止してしばらく静置することにより排出することができるため、送液管は一つであってもよい。また、図示しないが、気体供給による分離処理による固液分離は、培養槽10の底部から大量の気泡を発生させることで、SSが高い液相(懸濁液)とSSが低い液相(清浄液)とを分離することができる。上記のいずれかの分離処理で培養液を固液分離すると、培養槽10内に膜分離装置を設置する必要がないため、培養槽10の大型化が容易となる。また、培養槽10の運転管理が容易となるとともに、設備コストを削減することができる。
【0033】
培養槽10内の培養液の固液分離が問題なく行われるためには、培養槽10に供給するリグノセルロース系バイオマスの固形物濃度(TS:total solids)が、0.1~1.5重量%、より好ましくは0.4~1.0重量%となるように調整する。
【0034】
培養槽10内のSRTは、一日当たりの培地(人工だ液)の供給量(m3/d)をdVとし、1日当たりの清浄液の排出量(m3/d)をfVとし、培養槽10の槽容積(m3)をFVとして、下記(数1)の式により算出することができる。なお、下記(数1)の式は、Huub J. Gijzen他3名、「第一胃微生物の連続培養、リグノセルロース廃棄物の嫌気性分解への応用が可能なシステム(Continuous cultivation of rumen microorganisms, a system with possible application to the anaerbic degradation of lignocellulosic waste materials)」、Vol25、pp155-162(1986)を参照した。
【0035】
【数1】
【0036】
(培養方法)
本発明における培養方法は、上記の培地を用いてルーメン液に含まれるリグノセルロース分解細菌を培養する培養工程を含む。大豆残渣が含まれる培地でリグノセルロース分解細菌を培養することにより、リグノセルロース分解細菌の活性が長期間保たれるため、反芻動物からルーメン液を採取する頻度を低減することができる。そのため、ルーメン液の採取場所から離れた場所でもリグノセルロース系バイオマスを分解するための処理システムの実用化が可能となる。また、本発明における培養方法は、リグノセルロース分解細菌を培養する培養工程に続いて、リグノセルロース系バイオマスを分解する工程が含まれていてもよい。リグノセルロース系バイオマスを分解する工程は、リグノセルロース系バイオマスがリグノセルロース分解細菌のはたらきにより分解され、低分子化されたリグノセルロース系バイオマスの分解物(リグノセルロースの部分分解物等の易分解性有機性廃棄物や酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸等の揮発性脂肪酸(VFA:Volatile Fatty Acid))が生産される。易分解性有機性廃棄物や揮発性脂肪酸等は、メタン発酵の基質(原料)となることから、バイオメタンガスを製造するために利用することができる(図示せず)。
【0037】
[リグノセルロース系バイオマス]
リグノセルロース分解細菌により分解されるリグノセルロース系バイオマスとしては、森林間伐材、稲藁、籾殻、バガス、茅、水草等の未利用農林産廃棄物のほか、野菜屑、茶殻、コーヒー滓、おから、焼酎滓、建築廃材、古紙・廃紙、都市ゴミ等のリグノセルロース系産業廃棄物、またはエリアンサスやジャイアントミスカンサス等のバイオマス資源作物のようなリグノセルロース系バイオマスが挙げられる。なお、本発明において、おからは、培地の成分として使用されているが、分解対象のリグノセルロース系バイオマスとして処理することも可能である。また、シュレッダーにより裁断化された紙は、繊維が壊れ、リサイクルし難いものとして焼却されているが、このような裁断化された紙についても原料として利用することができる。さらに、上記に挙げた有機性廃棄物は1種類のみを原料として使用してもよいし、複数種類を混合して原料としてもよい。
【0038】
植物細胞の細胞壁の主成分であるリグノセルロースは、ヘミセルロース、セルロース、及びリグニンが強固に結合されることにより構成されている。牛などの反芻動物の第一胃(ルーメン)に存在するルーメン液には、リグノセルロースを分解する酵素を産生するリグノセルロース分解細菌が多数存在する。リグノセルロース系バイオマスに含まれるリグノセルロースは、リグノセルロース分解細菌が生産するリグニン分解酵素により、リグニンの一部が分解されリグノセルロースの強固な構造が緩んだ後、エンドグルカナーゼやエキソグルカナーゼ、あるいはキシラナーゼ等により、それぞれセルロースやヘミセルロースに分解され、グルコース等のヘキソース(六単糖)に変換される。さらに、グルコース等のヘキソース(六単糖)から、ピルビン酸等が生成され、さらに反応が進むと酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸等の揮発性脂肪酸(VFA)が生産される。また、代謝過程で水素や二酸化炭素も生産される。
【0039】
[リグノセルロース分解細菌]
リグノセルロース分解細菌は、反芻動物の第一胃(ルーメン)に存在する消化液であるルーメン液に存在する嫌気性細菌である。反芻動物としては、牛、羊、山羊、鹿、ラクダ、ラマ等が挙げられる。例えば、成牛の第一胃は、150~200Lの容量があり、ルーメン液にはリグノセルロース分解細菌のほか、ヘミセルロース分解細菌、リグニン分解細菌、デンプン分解細菌、メタン生成細菌、水素生成細菌等が多く生息している。リグノセルロース分解細菌は、リグノセルロース(繊維質)を分解するセルラーゼ等の酵素を産生することができる。そのため、反芻動物により、草などの繊維質が摂取されると、リグノセルロース分解細菌がリグノセルロースを分解し、反芻動物にとってのエネルギー源となる酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸等の揮発性脂肪酸(VFA:Volatile Fatty Acid)が生産される。なお、揮発性脂肪酸等は、メタン発酵の基質(原料)となることから、バイオメタンガスを製造するために利用することができる(図示せず)。
【0040】
(培養工程)
培養工程では、リグノセルロース分解活性の高いリグノセルロース分解細菌が培養される。培養工程において、例えば、フィブロバクター・サクシノゲネス(Fibrobacter succinogenes)、ルミノコッカス・アルブス(Ruminococcus albus)、及びプレボテラ・ルミニコラ(Prevotella ruminicola)の3種類の少なくとも一種以上のリグノセルロース分解細菌の存在数量を指標として、温度、酸化還元電位(ORP:Oxidation‐Reduction Potential)、水理学的滞留時間(HRT)又は固形物滞留時間(SRT)、及び培地のアンモニウム態窒素濃度を調整することにより、高いリグノセルロース分解活性を有するリグノセルロース分解細菌の培養液を得ることができる。これらの細菌の菌数の定量は、特に限定されないが、特定の細菌の菌数を迅速かつ正確に測定することが可能な、定量PCR法により行うことが好ましい。定量PCR法を用いてリグノセルロース分解細菌の菌数の定量を行う場合、培養液からゲノムDNAを抽出して精製したものを使用する。リグノセルロース分解細菌の培養液は、大量に培養したり、継代培養したりすることもできるため、細菌の菌数を調整したリグノセルロース分解細菌の培養液を、必要に応じてリグノセルロース分解に利用することができる。
【0041】
培養工程をルーメン内の環境と同様、嫌気性状態とするために、培養液の酸化還元電位(ORP)は、-100mv以下、より好ましくは-200mv以下、さらに好ましくは-250mv程度に調整する。リグノセルロース分解細菌は嫌気性細菌であるため、所定のORPより高くなった場合(好気状態に近づいた場合)は、窒素ガスや二酸化炭素ガスなどの不活性ガスを注入したり、システインやL-アスコルビン酸、硫化ナトリウム、アスコルビン酸、メチオニン、チオグリコール、DTTなどの還元物質を投入したり、あるいは有機物を投入して通性嫌気性菌の作用により酸素を消費させる等の処置を施してもよい。また、培養工程を窒素又は二酸化炭素雰囲気下での閉鎖系で行ってもよい。
【0042】
培養槽10におけるリグノセルロース分解細菌の培養は、固形物滞留時間(SRT)が水理学的滞留時間(HRT)より長いことが重要とされる。即ち、リグノセルロース分解細菌は、固形物の表面に付着して増殖するため、SRTが短いと固形物と共に系外に排出される。一方、HRTが必要以上に長いと、生産された揮発性脂肪酸(VFA)によるpHの低下や微生物の増殖の阻害などの負の要因となる。具体的には、HRTは8時間~36時間、好ましくは10時間~24時間、SRTは24時間以上、好ましくは、48時間~168時間、更に好ましくは72時間~168時間に調節する。また、培養工程における反応系の温度は、35~42℃、より好ましくは37~40℃になるよう温度センサー等を利用して制御する。なお、培養槽10に投入されるリグノセルロース系バイオマスは、培養液中の固形物濃度(TS)が、0.1~1.5重量%、より好ましくは0.4~1.0重量%となるように調整する。固形物濃度(TS)が0.1重量%以下となると、リグノセルロース分解細菌の生育・増殖が促進されない虞がある。一方で、1.5重量%を超えると、培養液の固液分離が適切に行われない虞がある。
【実施例0043】
(リグノセルロース分解活性の評価試験)
リグノセルロース分解処理を行う際には、常に、反芻動物からルーメン液を採取する必要があることによる実用化の障害を回避すべく、ルーメン微生物群、特に、リグノセルロース分解微生物の培養方法を検討するために、培養試験によるリグノセルロース分解活性の評価試験を行った。
培養槽は、攪拌スピード、温度及びpH制御が可能な円筒形の1Lのジャーファーメンターを用い、作業容量0.6Lで運転した。
培養槽に供給する培地としては、表1に示す組成から構成される人工だ液を通常使用するが、本評価試験においては、システイン(L-システイン塩酸塩一水和物)を除いた人工だ液を調製し、窒素雰囲気下での閉鎖系で培養を行った。
調製した人工だ液に、市販のおからとリグノセルロース系バイオマスとしてコピー用紙を添加した実験系(実施例1)、及び人工だ液にリグノセルロース系バイオマスとしてコピー用紙を添加した実験系(比較例2)の2つの系でリグノセルロース分解活性の評価試験を行った。
【0044】
以下の表1に人工だ液の組成を示す。
【0045】
【表1】
【0046】
以下の表2に、人工だ液に含まれるビタミン混合液の組成を示す。
【0047】
【表2】
【0048】
以下の表3に、人工だ液に含まれるミネラル混合液の組成を示す。
【0049】
【表3】
【0050】
(実施例1)
おからを含む人工だ液にコピー用紙を添加した培地でリグノセルロース分解細菌の培養を行った。
表1の組成の人工だ液からシステイン(L-システイン塩酸塩一水和物)を除いた人工だ液(以下、Cys不含人工だ液)0.3Lに市販のおから乾燥重量2.43gを添加した培地を入れた1L容のジャーファーメンターに、シュレッダーで0.5cm×1~2cmに切断したコピー用紙1.36gを投入した。その後、窒素ガスを液層にバブリングし溶存酸素を除去した。酸化還元電位(ORP)が-250mV以下になった時点で牛から採取したルーメン液(1mmメッシュで固形物を除去したもの)を0.3L投入した。培養温度は39±0.5℃に、pHは6.6~6.9にアルカリや酸を添加することにより制御し、約100rpmの速度で穏やかに攪拌した。24時間ごとに120mLの培養液を引き抜いた後、攪拌を停止し45分間静置することにより固液分離を行った。固形分は上部に、液体部分は下部に分離されるので、下部よりポンプを用いて180mLの固形分を含まない清浄液を引き抜いた。この操作により、水理学的滞留時間(HRT)は2日、固形物滞留滞留時間(SRT)は5日に制御される。SRTは、上記(数1)の式に基づき算出した。180mLの固液分離後の清浄液を引き抜いた後、0.3Lの人工だ液とコピー用紙1.36g、おから乾燥重量2.43gをジャーファーメンターに投入した。以上の操作を24時間ごとに実施した。
【0051】
(比較例1)
おからを含まない人工だ液にコピー用紙を添加した培地でリグノセルロース分解細菌の培養を行った。Cys不含人工だ液0.3Lを入れた1L容のジャーファーメンターに、シュレッダーで約0.5cm×1~2cmに切断したコピー用紙1.36gを投入した。その後の操作については、おからを含まない人工だ液を投入すること以外は、実施例1と同様に行った。
【0052】
図2は、上記の培養試験によるリグノセルロース分解活性の評価試験の結果を示す図である。実施例1においては、投入したコピー用紙は24時間後には全て溶解した。図2に示すように、培養開始後8日目においても、固液分離も良好であり、固形分は浮上し培養液の上部に移行したので、下部より固形分を含まない清浄液を所定量引き抜くことにより、HRTとSRTをそれぞれ2日と5日に制御することができた。また、別系統の実験では、培地におからを添加することにより、培養開始後1年以上良好に固液分離ができ、培養を長期的に維持できることが明らかとなった(図示せず)。
【0053】
比較例1においては、投入したコピー用紙は24時間後には全て溶解した。図2に示すように、培養開始後3日目までは、固液分離も良好で、固形分は浮上し培養液の上部に移行したので、下部より固形分を含まない清浄液を所定量引き抜くことにより、HRTとSRTをそれぞれ2日と5日に制御することができた。しかし、培養開始後4日目以降においては、2~3mm程度のコピー用紙の溶け残りがみられるようになった。更に、図2に示すように、培養開始後8日目から、ジャーファーメンターの邪魔板に多くの未分解のコピー用紙が引っ掛かるようになり、5mmを超すサイズの大きなコピー用紙の溶け残りが多くみられるようになった。それにともない、固形分を含まない清浄液の引き抜きが実施できなくなり、固液分離ができなくなった。その結果、HRTとSRTをそれぞれ2日と5日に制御することができなくなり、実験系が破綻した。その後28日目まで培養を継続したが、状況は改善しなかった。
【0054】
次に、コピー用紙溶解試験により、培養液のリグノセルロース分解活性を定性的に評価した。
【0055】
(実施例2)
実施例2では、上記の実施例1における、おからを含む人工だ液にコピー用紙を添加した培地でリグノセルロース分解細菌の培養を開始して5日後と13日後の培養液20mLをそれぞれ150mL容のバイアル瓶に入れ、さらに、約2cm角に切断したコピー用紙0.2gを各バイアル瓶に入れ、窒素ガスで気層部分を置換した後、39℃、130rpmで往復振とうした。24時間後にコピー用紙の溶け具合を目視により観察し、写真撮影により記録した(図3(a))。
【0056】
(実施例3)
実施例3では、上記の実施例1とは別系統であるが、実施例1と同様の操作を1年以上継続して行い、おからを含む人工だ液にコピー用紙を添加した培地でリグノセルロース分解細菌の培養を開始して550日後の培養液20mLと約2cm角に切断したコピー用紙0.2gを150mL容のバイアル瓶に入れ、窒素ガスで気層部分を置換した後、39℃、130rpmで往復振とうした。24時間後にコピー用紙の溶け具合を目視により観察し、写真撮影により記録した(図3(a))。
【0057】
(比較例2)
比較例2では、上記の比較例1における、おからを含まない人工だ液にコピー用紙を添加した培地でリグノセルロース分解細菌の培養を開始して5日後と13日後の培養液20mLをそれぞれ150mL容のバイアル瓶に入れ、さらに、約2cm角に切断したコピー用紙0.2gを各バイアル瓶に入れ、窒素ガスで気層部分を置換した後、39℃、130rpmで往復振とうした。24時間後にコピー用紙の溶け具合を目視により観察し、写真撮影により記録した(図3(a))。
【0058】
(比較例3)
比較例3では、対照系の試験として、Cys不含人工だ液20mLと約2cm角に切断したコピー用紙0.2gを150mL容のバイアル瓶に入れ、39℃、130rpmで往復振とうした。24時間後にコピー用紙の状態を目視により観察し、写真撮影により記録した(図3(b))。
【0059】
図3(a)は、コピー用紙溶解試験によるリグノセルロース分解活性の評価試験の結果を示す図である。図3(b)は、対照系として、人工だ液にコピー用紙を添加し、振とうによりコピー用紙の角がどの程度、物理的に削れるかを確認した試験の結果を示す図である。図3(a)に示すように、実施例2において、おからを含む培地で培養を開始して5日後と13日後のいずれの培養液においても、コピー用紙は、跡形もなく完全に溶解していた。また、実施例3において、おからを含む培地で培養を開始して550日後の培養液においても、コピー用紙は、跡形もなく完全に溶解していた。このことから、おからを含む培地では、強いリグノセルロース分解活性を持ったリグノセルロース分解微生物群が良好に長期間培養・維持されていることが示唆された。
【0060】
一方、図3(a)に示すように、比較例2において、おからを含まない培地で培養を開始して5日後の培養液においては、コピー用紙の角が削れて丸くなり、培養を開始して13日後の培養液においては、図3(b)に示す比較例3と同様にコピー用紙の角が少し削れたものの、ほぼ元の大きさのまま残存し溶解しなかった。そのため、おからを含まない培地で培養を開始して5日後の培養液には、リグノセルロース分解活性がわずかながら残っていたことが推察される。また、おからを含まない培地で培養を開始して13日後の培養液においては、振とうにより物理的にコピー用紙の角が削れており、リグノセルロース分解活性はほとんど残っていないことが推察される。このことから、おからを含まない培地では、強いリグノセルロース分解活性を持ったリグノセルロース分解微生物群を、長期間培養することが困難であることが示唆された。
【0061】
以上の結果から明らかなように、ルーメン由来のリグノセルロース分解微生物群の培養のための培地成分の一つとしておからを用いることにより、強いリグノセルロース分解活性を持ったリグノセルロース分解微生物群を長期にわたり安定して培養でき、且つ、培養槽の制御も安定して行い得ることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の培地、並びにこれを用いた培養方法及び培養装置は、古紙や廃紙等の都市ゴミ等の産業廃棄物、食品廃棄物、農林産廃棄物、建築廃材等のリグノセルロース系産業廃棄物を含む有機性廃棄物を分解処理するためのリグノセルロース分解細菌を長期間培養し、その分解処理物を原料としてバイオメタンガスのような燃料ガスを生成する用途において利用可能である。
【符号の説明】
【0063】
10:培養槽
11:懸濁液送液管
12:清浄液送液管
100:培養装置
図1
図2
図3