(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024152057
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】濾過速度向上方法
(51)【国際特許分類】
C12P 1/04 20060101AFI20241018BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20241018BHJP
C07K 1/34 20060101ALI20241018BHJP
C12N 9/00 20060101ALI20241018BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20241018BHJP
【FI】
C12P1/04 ZNA
C12N1/21
C07K1/34
C12N9/00
C12N15/31
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023065982
(22)【出願日】2023-04-13
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】本庄 宏
(72)【発明者】
【氏名】増田 健太
(72)【発明者】
【氏名】川原 彰人
(72)【発明者】
【氏名】木村 俊介
(72)【発明者】
【氏名】清水 陽介
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064CA02
4B064CA19
4B064CC24
4B064CE06
4B064DA01
4B064DA10
4B064DA13
4B065AA19X
4B065AA19Y
4B065AA22X
4B065AA22Y
4B065AA26X
4B065AA26Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA01
4B065BD18
4B065CA41
4B065CA44
4B065CA46
4B065CA50
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA09
4H045DA89
4H045EA01
4H045EA15
4H045EA20
4H045EA50
(57)【要約】
【課題】微生物を用いた有用物質生産する場合の精密濾過工程における濾過速度を向上する方法を提供する。
【解決手段】微生物を用いた有用物質の発酵生産の精密濾過工程における濾過速度の向上方法であって、微生物として当該微生物の鞭毛遺伝子の機能を抑制した改変微生物を用いる、方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物を用いた有用物質の発酵生産の精密濾過工程における濾過速度の向上方法であって、微生物として当該微生物の鞭毛遺伝子の機能を抑制した改変微生物を用いる、方法。
【請求項2】
鞭毛遺伝子の機能の抑制が当該遺伝子の発現抑制である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
鞭毛遺伝子の機能の抑制が当該遺伝子の発現量の低下である、請求項1記載の方法。
【請求項4】
鞭毛遺伝子の発現量の低下が当該遺伝子の欠失又は不活性化によりなされる、請求項3記載の方法。
【請求項5】
微生物がバチルス属細菌、エシェリヒア属細菌又はブレビバチルス属細菌である、請求項1~4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
微生物が枯草菌又はバチルス・リケニフォルミスである、請求項1~4のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
鞭毛遺伝子が配列番号2若しくは4で示されるアミノ酸配列又はこれと少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子である、請求項6記載の方法。
【請求項8】
枯草菌がsigE遺伝子、sigF遺伝子、spoIIE遺伝子、spoIISB遺伝子、sigG遺伝子のいずれか、及びspoIVCBからspoIIICまでの領域に含まれる遺伝子群から選ばれる1種以上の胞子形成関連遺伝子又は遺伝群を削除又は不活性化した枯草菌変異株である、請求項6又は7記載の方法。
【請求項9】
精密濾過が平均細孔径0.01μm~10μmの精密濾過膜を用いて行われる、請求項1~8のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有用物質の発酵生産における精密濾過の濾過速度を向上する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物を用いた有用物質生産においては、目的とする酵素等の発酵生産物を回収するために、発酵液を濾過し、発酵液中の微粒子、培養細胞及び胞子等の不溶解物質を除去する工程が必要である。
ところが、濾過操作中に分離膜細孔の大きさに近い粒子によって分離膜の目詰まりを起こし、さらに膜面上に不溶解物質が堆積し、濾過効率の低下を招く問題がある。
【0003】
従来、こうした分離膜の物理的目詰まりや膜面上の不溶解物質の堆積に対し、膜面上を掃流しながら濾過を行う等の操作により、目詰まりや不溶解物質の堆積を避けていたが、高濃度菌体を含有する発酵液の場合には、発酵液の粘土が高いため、掃流する際の圧力損失が大きく、濾過圧力が増大し、不溶解物質の膜面上での圧密化をもたらし、かえって濾過効率の低下を招く問題があった。
【0004】
また、精密濾過透過速度の向上には、膜面上の不溶解物質の掃流のようなプロセスによる解決方法やカチオン性界面活性剤のような添加剤による解決策も用いられている。例えば、特許文献1では、精密濾過に際し高濃度の微生物を含有する酵素生産発酵培養液にカチオン性界面活性剤を0.01~1(W/V)添加することで精密濾過透過流速の向上と濾過効率を向上させることが開示されている。
【0005】
しかしながら、これらの解決策は発酵プロセスの煩雑化やそれに伴う生産時間の長期化や、最終製剤への添加剤の混入などの課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、微生物を用いた有用物質を生産する場合の精密濾過工程における濾過速度を向上する方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題に鑑み検討した結果、鞭毛遺伝子の機能を抑制した微生物を用いることにより、精密濾過の際の濾過速度が大幅に向上するすることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下に係るものである。
微生物を用いた有用物質の発酵生産の精密濾過工程における濾過速度の向上方法であって、微生物として当該微生物の鞭毛遺伝子の機能を抑制した改変微生物を用いる、方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、有用物質の発酵生産の精密濾過工程において、濾過速度を向上させることができ、有用物質の生産に必要な時間やコストを削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】相同組換えによるΔsigF株のnprE遺伝子座へのprsA遺伝子の導入を示す模式図。
【
図2】相同組換えによるhag遺伝子のORF配列の欠失を示す模式図。
【
図3】本発明の改変微生物培養液の細胞密度の変化。
【
図4】本発明の改変微生物培養液の精密濾過透過流速の向上効果。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の方法は、微生物を用いた有用物質の発酵生産の精密濾過工程における濾過速度の向上する方法であり、微生物として当該微生物の鞭毛遺伝子の機能を抑制した改変微生物を用いる。
【0013】
本発明の方法に用いられる、改変微生物の宿主となる微生物としては、有用物質の発酵生産に使用できる微生物であれば、特に限定されない。例えば、枯草菌(Bacillus subtilis)、バチルス・リケニフォルミス(Bacillus licheniformis)、バチルス・セレウス(Bacillus cereus)、バチルス・チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)、バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)等のバチルス(Bacillus)属細菌;大腸菌(Escherichia coli)等のエシェリヒア(Escherichia)属細菌;ブレビバチルス・コシネンシス(Brevibacillus choshinensis)、ブレビバチルス・ブレビス(Brevibacillus brevis)等のブレビバチルス(Brevibacillus)属細菌;クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)等のクロストリジウム属細菌;コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)、コリネバクテリウム・エフィシェンス(Corynebacterium efficiens)、コリネバクテリウム・アンモニアゲネス(Corynebacterium ammoniagenes)、コリネバクテリウム・ハロトレランス(Corynebacterium halotolerance)、コリネバクテリウム・アルカノリティカム(Corynebacterium alkanolyticum)、コリネバクテリウム・クレナタム(Corynebacterium crenatum)、コリネバクテリウム・クルジラクチス(Corynebacterium crudilactis)、コリネバクテリウム・カルナエ(Corynebacterium callunae)等のコリネバクテリウム属菌;或いは酵母を挙げることができ、中でもバチルス(Bacillus)属細菌、エシェリヒア属細菌、ブレビバチルス属細菌が好ましく、より好ましくはバチルス属細菌であり、さらに好ましくは枯草菌である。
【0014】
上記宿主微生物は野生株であってもよいが、変異を施した変異株であってもよい。変異株としては、例えば、タンパク質の分泌過程に関与するタンパク質であるprsA遺伝子を過剰発現させた枯草菌変異株(特開2007-49987号公報)、胞子形成関連遺伝子(例えば、sigE遺伝子、sigF遺伝子、spoIIE遺伝子、spoIISB遺伝子、sigG遺伝子及びのいずれか、spoIVCBからspoIIICまでの領域に含まれる遺伝子群、並びに当該遺伝子又は遺伝子群に相当する遺伝子から選ばれる1種以上)を削除又は不活性化した枯草菌変異株(特開2003-47490号公報)等が挙げられる。
【0015】
ここで、枯草菌におけるsigE遺伝子、sigF遺伝子、spoIIE遺伝子、spoIISB遺伝子、sigG遺伝子、spoIVCBからspoIIICまでの領域に含まれる遺伝子群の詳細は下記表1に示すとおりである。また、当該各遺伝子と塩基配列において70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上の同一性を有する、他の微生物由来、好ましくはバチルス属細菌の由来の遺伝子は、表1に記載の遺伝子に相当する遺伝子と考えられ、胞子形成関連遺伝子に含まれる。
【0016】
【0017】
「鞭毛遺伝子」とは、微生物の鞭毛(flagellin:フラジェリン)タンパク質をコードする遺伝子を意味する。
【0018】
鞭毛遺伝子は、バチルス属細菌においてはhag遺伝子、大腸菌においてはfliC遺伝子、クロストリジウム・ブチリカムにおいてはflaA遺伝子として知られている。
例えば、枯草菌のhag遺伝子は配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子であり、例えば配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられ、バチルス・リケニフォルミスのhag遺伝子は配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子であり、例えば配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられ、ブレビバチルス・ブレビスのhag遺伝子は配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子であり、例えば配列番号5で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられ、大腸菌のfliC遺伝子は配列番号8で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子であり、例えば配列番号7で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられ、クロストリジウム・ブチリカムのflaA遺伝子は配列番号10で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子であり、例えば配列番号9で示されるポリヌクレオチドが挙げられる。
【0019】
また、本発明の鞭毛遺伝子には、鞭毛タンパク質(例えば、上記の配列番号2、配列番号4、配列番号6、配列番号8又は配列番号10で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質)とアミノ酸配列において、少なくとも90%以上、好ましくは95%以上、好ましくは96%以上、好ましくは97%以上、好ましくは98%以上、好ましくは99%以上の同一性を有し、鞭毛タンパク質と機能的に同等なポリペプチドをコードするポリヌクレオチドが包含される。ここで、機能的に同等なポリペプチドとは、鞭毛タンパク質と同等の生物学的機能、生理学的機能又は生化学的機能を有することを示す。
当該ポリヌクレオチドは、塩基配列を基にした遺伝子増幅法などを利用して単離及び特定することも可能である。
【0020】
ここで、アミノ酸配列の同一性は、Lipman-Pearson法(Science,1985,227:1435-1441)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGENETYX Ver.12のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0021】
鞭毛遺伝子の機能の抑制としては、当該遺伝子の発現の抑制、例えば、発現量の低下、転写の抑制、翻訳の抑制が包含される。
鞭毛遺伝子の発現量を低下させる手段としては、例えば、当該遺伝子を欠失又は不活性化すること、具体的には鞭毛遺伝子のコード領域、非コード領域、転写又は翻訳開始領域を欠失又は不活性化することが挙げられる。ここで、不活性化としては、例えば遺伝子発現量を低下させる変異の導入が挙げられる。
鞭毛遺伝子の転写を抑制する手段としては、鞭毛遺伝子の転写産物を分解する活性を有するポリヌクレオチドやRNAを導入すること、鞭毛遺伝子の翻訳を抑制する手段としては、当該転写産物からタンパク質への翻訳を抑制するポリヌクレオチドやRNAを導入することが挙げられる。
【0022】
一態様として、鞭毛遺伝子の欠失又は不活性化による遺伝子発現量の低下は、鞭毛遺伝子のヌクレオチド配列の一部若しくは全部をゲノム中から除去するか又は他のヌクレオチド配列と置き換えること、鞭毛遺伝子の配列中に他のポリヌクレオチド断片を挿入すること、鞭毛遺伝子の転写又は翻訳開始領域に変異を与えること等によって実現することができ、好適には、鞭毛遺伝子のヌクレオチド配列の一部若しくは全部を欠失させるか又は不活性化させることが挙げられる。より具体的な例としては、微生物のゲノム上の鞭毛遺伝子を特異的に欠失又は不活性化させる方法、及び、微生物細胞中の当該遺伝子にランダムな欠失又は不活性化変異を与えた後、鞭毛タンパク質の発現量や活性評価、又は遺伝子解析を行って所望の変異を有する細胞を選択する方法が挙げられる。
【0023】
鞭毛遺伝子の特異的な欠失又は不活性化による遺伝子発現量の低下には、例えば相同組換えによる方法が挙げられる。すなわち、ポリヌクレオチドの置換や挿入等によって不活性化変異を導入した鞭毛遺伝子のDNA断片、又は鞭毛遺伝子の外側領域を含むが鞭毛遺伝子を含まないDNA断片を構築し、これを親微生物に組み込んで親微生物のゲノムの鞭毛遺伝子を含む領域に相同組換えを起こさせることにより、ゲノム上の鞭毛遺伝子を欠失又は不活性化させることが可能である。
或いは、鞭毛遺伝子の一部領域を含むDNA断片を有する組換えベクター(プラスミド等)を親微生物に組み込み、親微生物のゲノムの鞭毛遺伝子の一部領域を相同組換えにより分断することによって、鞭毛遺伝子を不活性化することも可能である。
特に、宿主微生物として枯草菌を用いる場合、相同組換えにより標的遺伝子を削除又は不活化する方法については、既にいくつかの報告例があり(Mol.Gen.Genet.,223,268,1990;Genet. Syst., 84(4):315-8,2009等)、こうした方法を用いることによって、本発明の改変微生物を得ることができる。
鞭毛遺伝子の特異的な欠失又は不活性化による遺伝子発現量の低下の他の方法としては、例えばゲノム編集による方法が挙げられる。具体的なゲノム編集の手法として、TALENやCRISPR-CasシステムによるDNA2本鎖切断とそれに伴うDNAの特異的な変異や、DNA2本鎖切断を伴わらない1塩基編集等が挙げられる。
【0024】
微生物中の遺伝子をランダムに欠失又は不活性化による遺伝子発現量を低下させる方法としては、不活性化変異を導入した遺伝子をランダムにクローニングしたDNA断片を微生物に導入し、該微生物のゲノム上の遺伝子との間に相同組換えを起こさせる方法、微生物に紫外線、γ線等を照射して突然変異を誘発する方法などが挙げられる。遺伝子の不活性化変異とは、サイレンス変異、ミスセンス変異、ナンセンス変異、フレームシフト変異等により、標的とする遺伝子が本来有する機能が失われる変異を意味する。例えば、不活性化変異を導入した遺伝子はタンパク質を発現しないか、又は本来の活性が損なわれたタンパク質を発現する。
【0025】
不活性化変異を導入した鞭毛遺伝子を含むDNA断片を作製する方法としては、部位特異的変異導入が挙げられる。部位特異的変異導入は、導入すべきヌクレオチド変異を含む変異用プライマーを用いて行うことができる。例えば、導入すべきヌクレオチド変異を含む2組のプライマーを用いた鞭毛遺伝子を鋳型とするPCRにより、鞭毛遺伝子を含む領域の上流側及び下流側をそれぞれ増幅したDNA断片を作製し、次いでこれらをSOE-PCR(splicing by overlap extension PCR)(Gene,1989,77(1):p61-68)により1つに連結することにより、所望の変異を含むDNA断片を構築することができる。あるいは、部位特異的変異導入には、インバースPCR法やアニーリング法など(村松ら編、「改訂第4版 新遺伝子工学ハンドブック」、羊土社、p82-88)、又はStratagene社のQuickChange II Site-Directed Mutagenesis Kitや、QuickChange Multi Site-Directed Mutagenesis Kit等の市販の部位特異的変異導入用キットを使用することもできる。
【0026】
変異用プライマーは、ホスホロアミダイト法(Nucleic Acids Research,1989,17:7059-7071)等の周知のオリゴヌクレオチド合成法により作製することができる。鋳型とする鞭毛遺伝子は、宿主微生物から、常法により調製してもよく、又は化学合成してもよい。
【0027】
DNA断片やベクターを宿主微生物に導入するには、例えば、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、パーテイクルガン法、PEG法等の周知の技術を適用することができる。例えば、コンピテントセル形質転換法(J Bacteriol,1967,93:1925-1937)、エレクトロポレーション法(FEMS Microbiol Lett,1990,55:135-138)、プロトプラスト形質転換法(Mol Gen Genet,1979,168:111-115)、Tris-PEG法(J Bacteriol,1983,156:1130-1134)などを宿主微生物に応じて採用できる。
【0028】
また、鞭毛遺伝子の転写産物を分解する活性を有するポリヌクレオチド、或いは当該転写産物からタンパク質への翻訳を抑制するポリヌクレオチドとしては、鞭毛遺伝子のmRNAのヌクレオチド配列と相補的又は実質的に相補的なヌクレオチド配列或いはその一部を含むポリヌクレオチドが挙げられる。具体的には、鞭毛遺伝子のmRNAに対するアンチセンスRNA、鞭毛遺伝子のmRNAに対するsiRNA、鞭毛遺伝子のmRNAに対するリボザイム等が挙げられる。
【0029】
鞭毛遺伝子の機能が抑制された微生物は、そのゲノム配列を確認することにより選択することができる。あるいは、鞭毛タンパク質の発現量又は活性を指標に、鞭毛遺伝子の機能が抑制された微生物を選択することができる。
【0030】
本発明の改変微生物を用いた有用物質の発酵生産において、有用物質は特に限定されない。例えば、食品用、医薬品用、化粧品用、洗浄剤用、繊維処理用、医療検査薬用等として有用な酵素や生理活性因子等のタンパク質やポリペプチドが挙げられ、洗剤、食品、繊維、飼料、化学品、医療、診断など各種産業用酵素や、生理活性ペプチドなどが含まれるが、産業用酵素が好ましい。また、産業用酵素の機能別には、酸化還元酵素(Oxidoreductase)、転移酵素(Transferase)、加水分解酵素 (Hydrolase)、脱離酵素(Lyase)、異性化酵素(Isomerase)、合成酵素(Ligase/Synthetase)等が含まれるが、好適にはセルラーゼ、α-アミラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼ等の加水分解酵素の遺伝子が挙げられる。具体的には、α-アミラーゼが挙げられ、中でも微生物由来、好ましくはバチルス(Bacillus)属細菌由来のα-アミラーゼが挙げられる。
【0031】
上記タンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子の本発明の改変微生物への組み込みは、上記のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を結合させた組換えプラスミドを、コンピテントセル形質転換法、プロトプラスト形質転換法、或いはエレクトロポレーション法等の一般的な形質転換法によって宿主微生物に取り込ませることによって行うことができる。また、相同組換えにより、かかる遺伝子を含むDNA断片に宿主微生物ゲノムとの適当な相同領域を結合したDNA断片を宿主微生物ゲノムに直接組み込むことによっても行うことができる。
【0032】
有用物質の発酵生産は、上記のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を組み込んだ本発明の改変微生物を同化性の炭素源、窒素源、その他の必須成分を含む培地に接種し、通常の微生物培養法にて培養し、培養終了後、タンパク質又はポリペプチドを回収・精製することにより行われる。
ここで、タンパク質又はポリペプチドの回収工程は、培養された形質転換体及び該形質転換体の培養物のうち少なくともいずれか一方から、目的物(タンパク質又はポリペプチド)を回収する工程であり、固液分離(遠心分離又は粗濾過)した後、精密濾過膜(Micro Filtration membrane)による精密濾過(Micro Filtration:MF)が行われ、更に必要に応じて限外濾過等により精製・濃縮され、目的物が回収される。
精密濾過とは、平均細孔径0.01~10μm、好ましくは0.01μm~0.5μm、より好ましくは0.01μm~0.1μm、より好ましくは0.05~0.1μmの精密濾過膜を用いて、圧濾過、真空濾過、クロスフロー濾過、遠心濾過等により行われる濾過法である。精密濾過では、濾過膜として、例えばアルミナ、チタニア、ジルコニア等のセラミック、ガラス、金属等の無機膜、又は、酢酸セルロース系、ニトロセルロース系、脂肪族ポリアミド系、ポリスルホン系、ポリオレフィン系、ポリアクリロニトリル系、ポリエーテルスルホン系、ポリ塩化ビニル系、ポリビニルアルコール系、フッ素系高分子等の有機膜が使用される。
【0033】
後述する実施例に示すとおり、本発明の改変微生物を培養した培養液について精密濾過膜(有効膜面積80cm2、細孔径0.1μmのポリエチレン中空糸精密ろ過膜)を用いて精密濾過(出口圧力:0.1MPa、約30分間)を行った場合、その透過流速(mL/cm2・min)が改変前の親微生物を用いた場合に比べて大幅に向上する。
すなわち、本発明の改変微生物を用いた有用物質の発酵生産では、精密濾過工程における濾過速度の向上が図られる。ここで、濾過速度は1分間当たり、且つ1平方センチメートル当たりの濾過膜透過流速として算出でき、本発明の精密濾過速度の向上とは、改変前の親微生物を用いた場合に比べて当該濾過速度が110%以上、好ましくは120%以上、より好ましくは150%以上向上することが挙げられる。これにより、精密濾過における膜の目詰まりを低減することができ、有用物質の生産に必要な時間やコストを削減することが可能となる。
【0034】
上述した実施形態に関し、本発明においては更に以下の態様が開示される。
<1>微生物を用いた有用物質の発酵生産の精密濾過工程における濾過速度の向上方法であって、微生物として当該微生物の鞭毛遺伝子の機能を抑制した改変微生物を用いる、方法。
<2>鞭毛遺伝子の機能の抑制が当該遺伝子の発現抑制である、<1>の方法。
<3>鞭毛遺伝子の機能の抑制が当該遺伝子の発現量の低下である、<1>の方法。
<4>鞭毛遺伝子の発現量の低下が当該遺伝子の欠失又は不活性化によりなされる、<3>の方法。
<5>微生物がバチルス属細菌、エシェリヒア属細菌又はブレビバチルス属細菌である、<1>~<4>のいずれかの方法。
<6>微生物が枯草菌又はバチルス・リケニフォルミスである、<1>~<4>のいずれかの方法。
<7>鞭毛遺伝子が配列番号2若しくは4で示されるアミノ酸配列又はこれと少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子である、<6>の方法。
<8>鞭毛遺伝子が配列番号1又は3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドである、<6>の方法。
<9>枯草菌がsigE遺伝子、sigF遺伝子、spoIIE遺伝子、spoIISB遺伝子、sigG遺伝子のいずれか、及びspoIVCBからspoIIICまでの領域に含まれる遺伝子群から選ばれる1種以上の胞子形成関連遺伝子又は遺伝群を削除又は不活性化した枯草菌変異株である、<6>~<8>のいずれかの方法。
<10>精密濾過が平均細孔径0.01μm~10μm、好ましくは0.01μm~0.5μm、より好ましくは0.01μm~0.1μmの精密濾過膜を用いて行われる、<1>~<9>のいずれかの方法。
【実施例0035】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
実施例1:hag遺伝子欠失株の構築
Bacillus subtilis 168株のsigF遺伝子を欠失させた株(ΔsigF株:特開2003-47490号公報)にprsA遺伝子の過剰カセットを導入した株を親株とした。ΔsigF株のnprE遺伝子座にprsA遺伝子過剰発現カセット(配列番号11)を用いた相同組換えにより導入した(
図1)。prsA過剰発現カセット導入DNA断片は下記の方法で構築した。
【0037】
まず、PCR断片<1>(プライマーprsA up F-prsA up R、鋳型DNA:prsA-Ka株ゲノムDNA(特許4839144))、PCR断片<2>(プライマーprsA mid F-prsA mid R、鋳型DNA:MazF cassette(Genet. Syst., 84(4):315-8, 2009))、PCR断片<3>(プライマーprsA down F-prsA down R、鋳型DNA:168株ゲノムDNA)を構築した。その後、PCR断片<1>-<3>をSOE-PCR(プライマーprsA final F-prsA final R)で連結させた。また、この遺伝子導入は、森本らが開発したマーカーフリー欠失法(Genet. Syst., 84(4):315-8, 2009)に従って行った。このprsA過剰発現させたΔsigF株を本実験の親株とした。
【0038】
この親株のhag遺伝子のORF配列(配列番号1)を、hag遺伝子欠失カセットを用いた相同組換えにより欠失させた(
図2)。hag遺伝子欠失用DNA断片は下記の方法で構築した。まず、PCR断片<4>(プライマーhag up F―hag up R、鋳型DNA:168株ゲノムDNA)、PCR断片<5>(プライマーhag mid F―hag mid R、鋳型DNA:168株ゲノムDNA)、PCR断片<6>(プライマーmazF F―mazF R、鋳型DNA:鋳型DNA:MazF cassette(Genet. Syst., 84(4):315-8, 2009))、PCR断片<7>(プライマーhag down F―hag down R、鋳型DNA:鋳型DNA:鋳型DNA:168株ゲノムDNA)を構築した。その後、PCR断片<4>-<7>をSOE-PCR(プライマーhag final F―hag final R)で連結させた。また、この遺伝子導入は、森本らが開発したマーカーフリー欠失法(Genet. Syst., 84(4):315-8,2009)に従って行った。以後このhag遺伝子欠失株をΔhag株と記載した。
【0039】
【0040】
実施例2 アミラーゼ発現ベクターの導入
実施例1で得られた親株とΔhag株にアミラーゼ発現プラスミド(pHY-YR288(特願2021-112712))をプロトプラスト形質転換法によって導入した。
【0041】
実施例3 培養評価
2Lジャーファーメンター培養槽を用いて下記の方法に従って培養評価を実施した。実施例2で得られたアミラーゼ発現ベクター導入株を、500mLのヒダ付三角フラスコに10ppmのテトラサイクリン塩酸塩を添加した30mLのLB培地とで一夜30℃、180rpmで振盪培養を行った。この培養液25mLを分取し、1.2Lの2xL-マルトース培地(2%ソイトン、1%酵母エキス、1%NaCl、7.5%マルトース、7.5ppmマンガン4-5水和物、消泡剤)に接種した。これを30℃、850rpm、0.04MPaで3日間培養した。
培養液の細胞密度の分析は、日立分光光度計(U-2900)(日立ハイテクサイエンス)を用いた600nmの波長で測定した。Δhag株の細胞密度は親株と同等であり、hag遺伝子の欠失が細胞増殖に影響を与えないことを示している(
図3)。
【0042】
実施例4 MF透過流速の測定
実施例3で得られた培養液を用いて精密濾過(MF)を下記の方法で実施した。培養液は3日目(親株及びΔhag株ともに、OD600は約27程度)のサンプルを使用した。MFモジュールは有効膜面積80cm
2、細孔径0.1μmのポリエチレン中空糸精密ろ過膜microsa PSP-013(旭化成株式会社)により、精密濾過(MF)を行った。精密濾過システムに用いたポンプは、EYELA RP-1100(東京理化器械株式会社)を使用し、ポンプ回転速度を100rpmとした。MFモジュールスタンドには、microsa PX-02001を使用し、出口圧力が0.1MPaとなるようにバルブを調整した。この条件で透過流速が一定になるまで約30分間濾過を行い、その時の透過流速を評価した結果を
図4に示した。この結果は、細胞密度が同じである培養液において、hag遺伝子を欠失させることによりMF透過流速が大幅に向上することを示すものである。