(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024152170
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】ポリマー被覆ガラス基材
(51)【国際特許分類】
C03C 17/34 20060101AFI20241018BHJP
C08F 20/28 20060101ALI20241018BHJP
【FI】
C03C17/34 A
C08F20/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023066206
(22)【出願日】2023-04-14
(71)【出願人】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】皆川 康久
(72)【発明者】
【氏名】土海 ちあき
【テーマコード(参考)】
4G059
4J100
【Fターム(参考)】
4G059AA20
4G059AC03
4G059AC30
4G059FA15
4G059FA18
4G059FA19
4G059FB05
4G059FB06
4G059GA01
4G059GA02
4G059GA04
4G059GA11
4J100AL08P
4J100BA02P
4J100BA05P
4J100JA01
(57)【要約】
【課題】表面の凹凸性がコントロールされ、表面の弾性率が低いポリマー被覆ガラス基材を提供する。
【解決手段】ガラス基材の表面に2層以上の親水性ポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材に関する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス基材の表面に2層以上の親水性ポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材。
【請求項2】
2層以上の親水性ポリマー層が、同一の親水性ポリマー又は異なる親水性ポリマーにより形成される請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【請求項3】
2層以上の親水性ポリマー層が同一の親水性ポリマーにより形成され、
2層以上の親水性ポリマー層のうち、ガラス基材表面上の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量が、他の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量以上である請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【請求項4】
2層以上の親水性ポリマー層が同一の親水性ポリマーにより形成され、
2層以上の親水性ポリマー層のうち、ガラス基材表面上の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量が他の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量より大きく、かつガラス基材表面上の親水性ポリマー層の厚みが他の親水性ポリマー層全体の厚み以下である請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【請求項5】
他の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量が30000以下である請求項3に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【請求項6】
2層以上の親水性ポリマー層が、下記式(I)で表される親水性ポリマーからなる群より選択される少なくとも1種で形成される請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【化1】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。pは1~8、mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【請求項7】
2層以上の親水性ポリマー層が、下記式(II)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種の親水性モノマーと、他のモノマーとの共重合体で形成される請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【化2】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。pは1~8、mは1~5を表す。)
【請求項8】
2層以上の親水性ポリマー層全体の厚みが10~1000nmである請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【請求項9】
2層以上の親水性ポリマー層の最表面層の表面に足場蛋白質が吸着されている請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【請求項10】
足場蛋白質がフィブロネクチンである請求項9に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマー被覆ガラス基材に関する。
【背景技術】
【0002】
血液及び体液中の特定細胞(血球細胞、血液・体液中に存在するがん細胞等)を捕捉するための器具を作製するために、ガラス基材表面を特殊な高分子でコーティングする技術が提案されている。
【0003】
しかしながら、特殊な高分子の中には、コーティングで平滑な表面を作製し難いものがあり、表面の凹凸性は、特定細胞の捕捉性能に影響することから、がん細胞等の特定細胞の捕捉性能等に優れた凹凸性がコントロールされた表面が形成された基材の提供が望まれている(特許文献1等参照)。更に、表面の凹凸が大きいと、コーティング面の白濁が起こりやすく、表面の凹凸性のコントロールによりコーティング面の白濁を抑えることが望まれる。また、コーティング面の白濁を抑えることで、がん細胞等の特定細胞の捕捉性能等の向上が期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、前記課題を解決し、表面の凹凸性がコントロールされ、表面の弾性率が低いポリマー被覆ガラス基材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、ガラス基材の表面に2層以上の親水性ポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ガラス基材の表面に2層以上の親水性ポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材であるので、表面の凹凸性がコントロールされ、表面の弾性率が低いポリマー被覆ガラス基材を提供できる。従って、上記ポリマー被覆ガラス基材により、がん細胞等の特定細胞の捕捉性能の向上効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施例4及び比較例1で作製されたガラス基材の写真図の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、ガラス基材の表面に2層以上の親水性ポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材である。ガラス基材の表面に親水性ポリマー層を2層以上形成することで、基材表面の凹凸性のコントロールが可能となり、表面粗さが小さく、平滑性の高く、かつ表面の弾性率が低い親水性ポリマー層が被覆されたポリマー被覆ガラス基材を提供できる。
【0010】
血中循環腫瘍細胞(数個~数百個/血液1mL)等の体液中にでてきた腫瘍細胞(がん細胞等)は、非常に数が少なく、検査に供するには、採取した体液中に存在する腫瘍細胞をできる限り多く捕捉することが重要と考えられる。本発明のポリマー被覆ガラス基材は、2層以上の親水性ポリマー層をガラス基材上に形成することで、表面の凹凸性がコントロールされ、表面粗さが小さく、平滑性の高い親水性ポリマー層が形成される。また、形成される親水性ポリマー層は、表面の弾性率が低い。そして、親水性ポリマー層の凹凸性はがん細胞等の特定細胞の捕捉性に影響を与え、表面の凹凸性をコントロールし、平滑性を高くすることで、優れた特定細胞の捕捉性能が得られ、また、表面の弾性率も特定細胞の捕捉性に影響を与え、弾性率が低いほど、捕捉性能が向上する。従って、例えば、ガラス基材表面上に形成された2層以上の親水性ポリマー層に腫瘍細胞を捕捉し、その数を測定することで、体液中の腫瘍細胞数が判り、がん治療効果の確認などに利用できる。また、捕捉した腫瘍細胞を培養し、その培養した細胞で抗がん剤等の効き目を確認することで、抗がん剤等の投与前に、体の外で抗がん剤などの効き目を確認できると同時に、抗がん剤などの選定にも利用できる。
【0011】
上記ポリマー被覆ガラス基材を構成するガラスの種類は、特に限定されず、例えば、ソーダ石灰ガラス、無アルカリガラス、硼珪酸ガラス(SiO2-B2O3-ZnO系ガラス、SiO2-B2O3-Bi2O3系ガラス等)、カリガラス、クリスタルガラス(PbOを含むガラスであり、例えば、SiO2-PbO系ガラス、SiO2-PbO-B2O3系ガラス、SiO2-B2O3-PbO系ガラス等)、チタンクリスタルガラス、バリウムガラス、ボロンガラス(B2O3-ZnO-PbO系ガラス、B2O3-ZnO-Bi2O3系ガラス、B2O3-Bi2O3系ガラス、B2O3-ZnO系ガラス等)、ストロンチウムガラス、アルミナ珪酸ガラス、ソーダ亜鉛ガラス、ソーダバリウムガラス(BaO-SiO2系ガラス等)等が挙げられる。これらのガラスは、単独で用いてもよいし、2種類以上が混合されていてもよい。
【0012】
上記ガラス基材の厚みは特に限定されないが、平均厚さとして、100μm以上3000μm以下であることが好ましく、100μm以上2000μm以下であることがより好ましい。なお、平均厚さは、マイクロメーターを用いて、任意の10箇所について厚さを測定し、その測定値を平均した値である。
【0013】
上記ポリマー被覆ガラス基材は、上記ガラス基材の表面に2層以上の親水性ポリマー層が形成されたものであるが、該2層以上の親水性ポリマー層は、同一の親水性ポリマーにより形成されたものでも、異なる親水性ポリマーにより形成されたものでもよい。なかでも、より効果が得られる観点から、2層以上の親水性ポリマー層が同一の親水性ポリマーにより形成されたものが望ましい。上記親水性ポリマー層を構成する親水性ポリマーは、公知のものを適宜使用できる。
【0014】
上記2層以上の親水性ポリマー層の各層を構成する親水性ポリマーは、特に限定されず、例えば、親水性を有するポリマーを適宜選択できる。上記親水性ポリマーは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0015】
上記親水性ポリマーは、公知の方法で製造でき、例えば、親水性ポリマーを構成する親水性モノマーの溶液を用いて、公知の方法で親水性モノマーを重合することにより合成できる。親水性モノマー溶液の溶剤は特に限定されず、例えば、後述の溶剤を使用できる。なかでも、トルエン、メタノールが好ましい。
【0016】
上記親水性ポリマーとしては、例えば、1種又は2種以上の親水性モノマーの単独重合体及び共重合体、1種又は2種以上の親水性モノマーと1種又は2種以上の他のモノマーとの共重合体などが挙げられる。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0017】
上記親水性モノマーとしては特に限定されず、例えば、親水性基を有する各種モノマーを使用できる。親水性基は、例えば、アミド基、硫酸基、スルホン酸基、カルボン酸基、水酸基、アミノ基、アミド基、オキシエチレン基など、公知の親水性基が挙げられる。
【0018】
上記親水性モノマーの具体例としては、(メタ)アクリル酸;(メタ)アクリル酸エステル;(メトキシエチル(メタ)アクリレート等のアルコキシアルキル(メタ)アクリレート;ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート等のヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート);(メタ)アクリルアミド;(メタ)アクリロイルモルホリン等の環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体;などが挙げられる。なかでも、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸エステル、アルコキシアルキル(メタ)アクリレート、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体が好ましく、アルコキシアルキル(メタ)アクリレート、(メタ)アクリロイルモルホリンがより好ましく、アルコキシアルキル(メタ)アクリレートが更に好ましく、2-メトキシエチルアクリレートが特に好ましい。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0019】
上記他のモノマーは、親水性ポリマーの作用効果を阻害しない範囲内で適宜選択すれば良い。上記他のモノマーの具体例としては、例えば、スチレン等の芳香族モノマー、酢酸ビニル、温度応答性を付与できるN-イソプロピルアクリルアミドなどが挙げられる。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0020】
上記単独重合体、共重合体として、具体的には、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸、ポリメタクリル酸エステル、ポリアクリロイルモルホリン、ポリメタクリロイルモルホリン、ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド、ポリアルコキシアルキルアクリレート、ポリアルコキシアルキルメタクリレート等の1種の親水性モノマーで構成される単独重合体;上記例示の2種以上の親水性モノマーから構成される共重合体;上記例示の1種以上の親水性モノマー及び上記例示の1種以上の他のモノマーで構成される共重合体;などが挙げられる。上記親水性ポリマーは、1種で用いても2種以上を併用してもよい。
【0021】
なかでも、上記親水性ポリマーとしては、下記式(I)で表される親水性ポリマーからなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【化1】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。pは1~8、mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【0022】
上記式(I)で表される親水性ポリマーとして、例えば、下記式(I-1)で表される親水性ポリマーからなる群より選択される少なくとも1種を好適に使用できる。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【化2】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【0023】
R52のアルキル基の炭素数は、1~10が好ましく、1~5がより好ましい。なかでも、R52は、メチル基又はエチル基が特に好ましい。pは、1~5が好ましく、1~3がより好ましい。mは、1~3が好ましい。n(繰り返し単位数)は、15~1500が好ましく、40~1200がより好ましい。
【0024】
上記親水性ポリマーとして、下記式(II)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種の親水性モノマーと、他のモノマーとの共重合体も好適に使用できる。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0025】
【化3】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。pは1~8、mは1~5を表す。)
【0026】
上記式(II)で表される化合物としては、例えば、下記式(II-1)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種を好適に使用できる。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【化4】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。mは1~5を表す。)
【0027】
前述の親水性ポリマーのなかでも、基材表面の凹凸性をコントロールし、表面粗さが小さく、平滑性の高い親水性ポリマー層が形成される等の観点から、上記式(I)で表される親水性ポリマーが好ましく、上記式(I-1)で表される親水性ポリマーが特に好ましい。
【0028】
上記2層以上の親水性ポリマー層の各層を構成する親水性ポリマーの数平均分子量(Mn)は、効果がより良好に得られる観点から、好ましくは5000以上、より好ましくは10000以上、更に好ましくは15000以上であり、また、好ましくは200000以下、より好ましくは150000以下、更に好ましくは120000以下である。
【0029】
上記2層以上の親水性ポリマー層のうち、上記ガラス基材表面上の親水性ポリマー層(ガラス基材に接して形成されている親水性ポリマー層(以下、最内側層ともいう))を形成する親水性ポリマーの数平均分子量は、より効果が得られる観点から、他の親水性ポリマー層(上記2層以上の親水性ポリマー層のうち、最内側層以外の1層以上の親水性ポリマー層)を形成する親水性ポリマーの数平均分子量以上であることが好ましく、最内側層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量が他の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量より大きいことがより好ましい。
【0030】
上記最内側層を構成する親水性ポリマーのMnは、好ましくは5000以上、より好ましくは10000以上、更に好ましくは15000以上であり、また、好ましくは200000以下、より好ましくは150000以下、更に好ましくは120000以下である。上記範囲内であると、より効果が得られる傾向がある。
【0031】
上記他の親水性ポリマー層を構成する親水性ポリマーのMnは、好ましくは5000以上、より好ましくは6000以上、更に好ましくは7000以上であり、また、好ましくは30000以下、より好ましくは25000以下、更に好ましくは20000以下である。上記範囲内であると、より効果が得られる傾向がある。なかでも、上記他の親水性ポリマー層のうち、ガラス基材表面から略鉛直方向に最も離れて形成されている親水性ポリマー層(以下、最表面層ともいう)を構成する親水性ポリマーのMnが上記範囲内であることが望ましい。
【0032】
上記2層以上の親水性ポリマー層において、上記最内側層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量が、上記他の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量より大きい場合、上記最内側層を構成する親水性ポリマーのMnは、好ましくは30000以上、より好ましくは40000以上、更に好ましくは60000以上であり、また、好ましくは200000以下、より好ましくは150000以下、更に好ましくは120000以下である。上記範囲内であると、より効果が得られる傾向がある。
【0033】
なお、本明細書において、数平均分子量(Mn)は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)(東ソー(株)製GPC-8000シリーズ、検出器:示差屈折計、カラム:東ソー(株)製のTSKGEL SUPERMALTPORE HZ-M)による測定値を基に標準ポリスチレン換算により求めることができる。
【0034】
上記2層以上の親水性ポリマー層全体の厚み(2層以上の親水性ポリマー層の総厚み)は、好ましくは10~1000nm、より好ましくは30~700nm、更に好ましくは50~350nmである。上記範囲内に調整することで、より効果が得られる傾向があり、また、良好なタンパク質や細胞に対する低吸着性、がん細胞に対する選択的捕捉性を期待できる。
【0035】
上記2層以上の親水性ポリマー層において、上記最内側層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量が、上記他の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量より大きい場合、より効果が得られる観点から、上記最内側層の厚みは、上記他の親水性ポリマー層全体の厚み(最内側層以外の総厚み)以下であることが望ましい。また、上記最内側層の厚み/親水性ポリマー層全体の厚みは、好ましくは0.10~0.50、より好ましくは0.10~0.40である。
【0036】
上記2層以上の親水性ポリマー層のうち、上記最表面層の表面の少なくとも一部(一部又は全部)は、水の接触角が60度以下であることが好ましく、50度以下であることがより好ましい。下限は特に限定されず、小さいほど良好である。
【0037】
上記2層以上の親水性ポリマー層の各層は、(1)親水性ポリマーを各種溶剤に溶解・分散した親水性ポリマー溶液・分散液を、ガラス基材の表面又は既に形成されている親水性ポリマー層の表面(基材凹部等)に注入し、必要に応じて所定時間保持、乾燥する方法、(2)該親水性ポリマー溶液・分散液をガラス基材の表面又は既に形成されている親水性ポリマー層の表面(基材凹部等)に塗工(噴霧)し、必要に応じて乾燥する方法、などの公知の手法により形成できる。そして、このような公知の手法を用いて、ガラス基材の表面上に、上記最内側層と、必要に応じて更に形成される上記最表面層以外の1層以上の親水性ポリマー層と、上記最表面層とを形成することで、ガラス基材の表面の全部又は一部に2層以上の親水性ポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材を製造できる。また、該ポリマー被覆ガラス基材に、必要に応じて他の部品を追加することで、がん細胞などの特定細胞の捕捉、培養、検査等が可能な装置を製造できる。
【0038】
溶剤、注入方法、塗工(噴霧)方法などは、従来公知の材料及び方法を適用できる。
(1)、(2)の保持、乾燥時間は、ガラス基材の大きさ、導入する液種、等により適宜設定すれば良い。保持時間は、10秒~10時間が好ましく、1分~5時間がより好ましく、5分~2時間が更に好ましい。乾燥は、室温(約23℃)~80℃で行うことが好ましく、室温から60℃で行うことがより好ましい。また、減圧して乾燥しても良い。更に、保持して一定時間後、適宜、余分な親水性ポリマー溶液・分散液を排出し、乾燥してもよい。
【0039】
溶剤としては、親水性ポリマーの溶解が可能なものであれば特に限定されず、使用する親水性ポリマーに応じて適宜選択すれば良い。例えば、水、有機溶媒、これらの混合溶媒が挙げられ、有機溶媒としては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、i-プロパノール、メトキシプロパノール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;テトラヒドロフラン、アセトニトリル、酢酸エチル、トルエン等が列挙される。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0040】
上記親水性ポリマー溶液・分散液の濃度は特に限定されず、注入性、塗工性、噴霧性、生産性などを考慮し、適宜選択すればよいが、親水性ポリマー溶液・分散液(100質量%)中の親水性ポリマーの濃度は、0.01~10.0質量%が好ましく、0.10~5.0質量%がより好ましい。
【0041】
上記2層以上の親水性ポリマー層のうち、上記最表面層は、該最表面層の表面に足場蛋白質が吸着されているものでもよい。上記最表面層の表面に更に足場蛋白質が吸着させることで、がん細胞等の特定細胞の捕捉性を向上できる。
【0042】
なお、本明細書において、「足場蛋白質」とは、該特定細胞の選択的な捕捉性を促進する機能を有する蛋白質を意味し、例えば、該特定細胞表面に出ている蛋白質と特異的に結合する機能を有する蛋白質などが挙げられ。また、上記親水性ポリマーと相互作用(吸着、結合、会合など)する機能を有する蛋白質も意味し、例えば、上記親水性ポリマーと吸着することにより、上記親水性ポリマー表面に該特定細胞の選択的な捕捉性を促進する機能を仲介する蛋白質などが挙げられる。
【0043】
上記足場蛋白質は、RGD(アルギニン-グリシン-アスパラギン酸)配列を有することが望ましい。上記足場蛋白質としては、例えば、フィブロネクチンを好適に使用できる。
【0044】
上記最表面層に足場蛋白質を吸着させる方法は特に限定されず、公知の方法を適用できる。例えば、上記最表面層に足場蛋白質の緩衝溶液(リン酸緩衝生理食塩水PBS等)を公知の方法で接触させ、所定温度で所定時間放置し、必要に応じて洗浄する方法、等で吸着させることができる。温度、時間は適宜設定すればよく、例えば、10~60℃、0.1~24時間程度で実施できる。
【0045】
上記最表面層上に足場蛋白質を吸着させるという点から、足場蛋白質の濃度を、好ましくは0.5~500μg/ml、より好ましくは1~250μg/mlに調整した溶液、分散液等を用いることが好適である。上記範囲内の濃度に調整することで、がん細胞等の特定細胞について優れた捕捉性が得られる。なお、フィブロネクチンの濃度も同様の範囲が望ましい。
【0046】
上記ポリマー被覆ガラス基材において、上記2層以上の親水性ポリマー層の表面は、水中又は水溶液中での弾性率が低い方が望ましい。
血球細胞などの正常細胞に比べて、がん細胞等の特定細胞は、一般に柔らかいことが知られている。これは、がん細胞等の特定細胞が転移するときに、細胞の形状を大きく変形して、隙間をすり抜けて移動することと関係がある。このため、変形しにくく、硬い血球細胞などの正常細胞は、表面が柔らかい親水性ポリマーが被覆されたポリマー被覆ガラス基材には、捕捉されにくくなる一方で、変形能を獲得したがん細胞等の特定細胞は、表面が柔らかいポリマー被覆ガラス基材に捕捉されやすい傾向がある。従って、2層以上の親水性ポリマー層をガラス基材上に形成することで、平滑性が高く、かつ弾性率が低い(柔軟性が高い)親水性ポリマー層が形成され、がん細胞などの特定細胞について優れた捕捉性能が得られる。
【0047】
上記弾性率は、血球細胞等の正常細胞の捕捉を抑制し、がん細胞等の特定細胞を選択的に捕捉できる観点から、好ましくは1.20MPa以下、より好ましくは0.80MPa以下、更に好ましくは0.50MPa以下、特に好ましくは0.30MPa以下である。下限は特に限定されないが、好ましくは0.01MPa以上、より好ましくは0.05MPa以上、更に好ましくは0.07MPa以上である。
【0048】
上記水中又は水溶液中での弾性率は、上記2層以上の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの分子量や、膜厚を変えることで調整可能である。具体的には、親水性ポリマーの分子量が大きくなると弾性率が大きくなる傾向があり、また、親水性ポリマー層の膜厚が大きくなると弾性率が大きくなる傾向がある。
【0049】
なお、本明細書において、特に断りのない限り、水中又は水溶液中での弾性率は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて測定される水中又は水溶液中における弾性率を意味する。
【0050】
原子間力顕微鏡(AFM)は、走査型プローブ顕微鏡の1種であり、試料と探針の原子間に働く力を検出する顕微鏡である。探針はカンチレバー(片持ちバネ)の先端に取り付けられており、試料と探針との間の距離を変えながら、カンチレバーに働く力(撓み量)を測定して、両者の関係をプロットした曲線(フォースカーブ)を得る。このフォースカーブを解析することで試料表面の弾性率(硬さ)が求められ、弾性率をナノレベルで測定できる。フォースカーブ測定により試料表面の弾性率を求める手法は当業者に知られた手法であって、このような公知の方法により弾性率を求めることが可能である。
【0051】
フォースカーブから弾性率を算出する方法として、例えば、JKR(Johnson-Kendall-Roberts)理論によりフォースカーブをフィッティングして弾性率を算出する方法などが挙げられる。JKR理論では、カンチレバーにかかる力Fと試料変形量δは、凝着エネルギーをwとして、下記式(1)及び式(2)で表される。
【数1】
式中、aは探針と試料の接触線の半径、Rは探針先端の曲率半径、Kは弾性係数を表す。
【0052】
フォースカーブ測定により得られたF-δ曲線と、式(1)及び(2)を用いたフィッティングとにより弾性率を求めることができる。
【0053】
ここで、水中又は水溶液中の弾性率は、具体的には、以下の方法で測定される測定値を意味する。
水中又は水溶液中の測定値は、試料の表面に、水又は水溶液を滴下して、液滴(凸状のメニスカス)が形成されるようにしてAFMにより測定できる。
水溶液としては、例えば、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)を好適に使用できる。
【0054】
そして、試料(2層以上の親水性ポリマー層の表面)の弾性率は、例えば、試料表面の所定範囲内でスキャンすることにより、フォースカーブの取得を当該所定範囲内の多数の点で行い、それぞれのフォースカーブから弾性率を求め、その平均値を算出し、求めることができる。
【0055】
上記ポリマー被覆ガラス基材は、ガラス基材の表面に2層以上の親水性ポリマー層を形成することで、基材表面の凹凸性のコントロールが可能となり、表面粗さが小さく、平滑性の高い親水性ポリマー層が形成され、それにより、がん細胞などの特定細胞について優れた捕捉性能が得られる。また、形成された2層以上の親水性ポリマー層は、表面の弾性率が低く、それにより、更に優れた特定細胞の捕捉性能が得られる。従って、捕捉された特定細胞の数を測定することで、採取した血液又は体液中の特定細胞数が判り、がん治療効果の確認などに利用でき、また、捕捉された特定細胞を培養することで、抗がん剤等の効き目の確認、抗がん剤の選定などに利用できる。
【実施例0056】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0057】
<親水性ポリマーの作製>
(ポリマー1の作製)
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)1.25mg/gトルエン溶液を用いて、2-メトキシエチルアクリレート(25wt%トルエン)を60℃で7時間熱重合し、ポリ2-メトキシエチルアクリレート(PMEA)を作製した(Mn1.6万)。
【0058】
(ポリマー2の作製)
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)1.25mg/mlメタノール溶液を用いて、2-メトキシエチルアクリレート(50wt%メタノール)を60℃で7時間熱重合し、ポリ2-メトキシエチルアクリレート(PMEA)を作製した(Mn8万)。
【0059】
(ポリマー3の作製)
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)1.25mg/mlメタノール溶液を用いて、2-メトキシエチルアクリレート(75wt%メタノール)を60℃で7時間熱重合し、ポリ2-メトキシエチルアクリレート(PMEA)を作製した(Mn12万)。
【0060】
<ポリマー被覆ガラス基材の作製>
(実施例1)
スライドチャンバー(2ウェルタイプ)(松浪硝子工業社製ノンコート、底面:ソーダ石灰ガラス製、水の接触角:69.7度、平均厚さ1.35μm)の1ウェルに、上記ポリマー1の作製で作製したPMEA(Mn1.6万)の0.125%メタノール溶液を80μl注入した。その後、直ぐに40℃のオーブン中で5分間真空乾燥させた。
室温まで冷却後、PMEAコーティング層の上に、上記ポリマー1の作製で作製したPMEA(Mn1.6万)の0.125%メタノール溶液を80μl注入した。その後、直ぐに40℃のオーブン中で5分間真空乾燥させ、ポリマー被覆ガラス基材を作製した。
【0061】
(実施例2~7、比較例1~3)
表1に従って、ポリマー1~3(Mn)、ポリマー1~3のメタノール溶液の濃度及び注入量を変更した以外は、実施例1と同様にして、ポリマー被覆ガラス基材を作製した。
なお、ポリマー2(Mn8万)、ポリマー3(Mn12万)のPMEAは、室温でメタノールに溶けにくいため、40℃に加温して溶解してポリマー溶液を作製した。
また、比較例1~3は、親水性ポリマー層を1層のみ形成した。
【0062】
上記実施例、比較例で作製されたポリマー被覆ガラス基材について、以下の方法で、ポリマー層の白濁の有無、PBS(リン酸バッファー水溶液)中でのAFMによる表面の弾性率、ポリマー層の厚みを測定した。結果を表1に示した。また、
図1に実施例4及び比較例1で作製されたガラス基材の写真図を示した。
【0063】
〔ポリマー層の白濁の有無〕
コーティング後2時間おいて、表面を目視で観察した。
白濁は、表面粗さが大きい表面であることを示しており、白濁がないほど、表面の平滑性が高いことを示している。
【0064】
〔表面の弾性率〕
ポリマー被覆ガラス基材の親水性ポリマー層の表面上にリン酸緩衝生理食塩水を滴下して、液滴(凸状のメニスカス)が形成されるようにして、下記装置(AFM)により以下の方法で表面の弾性率を測定した。得られた弾性率を、水中又は水溶液中で測定された弾性率とした。なお、弾性率の測定の際、得られたフォースカーブからJKR接触理論に基づいた解析を行い、弾性率を求めた。
<弾性率の測定方法>
装置(AFM):Oxford Instruments製 MFP-3D-SA
測定モード:AFMフォースカーブマッピング
カンチレバー:材質:Si、先端曲率半径R=150nm、バネ定数0.67N/m
測定範囲:20μm×20μmスキャン、JKR2点法で弾性率を算出
スキャン速度:1Hz
測定雰囲気:PBS中
測定温度:23℃
上記で得られた表面の弾性率を以下の基準により評価した。弾性率が低いほど、がん細胞などの特定細胞の捕捉性能が良好であることを示す。
低い:0.2MPa以下
やや高い:0.4~1MPa
高い:1MPa超
【0065】
〔2層以上の親水性ポリマー層全体の厚み(2層以上の親水性ポリマー層の総厚み)〕
親水性ポリマー層の総厚み(総膜厚)は、親水性ポリマー層の断面を、TEMを使用し、加速電圧15kV、1000倍で測定(撮影)した。
〔各ポリマー層の厚み(相対値)〕
ポリマー溶液の濃度と、ポリマー溶液の注入量との積の値で、相対値を示した。
【0066】
【0067】
Mn1.6万のPMEAを1層のみ形成した比較例1では、白濁が3回に1回程度生じたのに対し、Mn1.6万のPMEAを2層形成した実施例1~2では、白濁は生じず、弾性率も低かった。
【0068】
1層目のMnを12万に高めた実施例3~5、1層目のMnを8万に高めた実施例6~7では、白濁は生じず、弾性率も低かったのに対し、Mn8万又は12万のPMEAを1層のみ形成した比較例2~3では、表面の弾性率が高かった。
【0069】
また、1層目のMnを2層目のMnより大きくし、かつ1層目の厚みを親水性ポリマー層の総厚みの半分以下にすることで、白濁は生じず、弾性率も低かった。
【0070】
本発明(1)は、ガラス基材の表面に2層以上の親水性ポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材である。
【0071】
本発明(2)は、2層以上の親水性ポリマー層が、同一の親水性ポリマー又は異なる親水性ポリマーにより形成される本発明(1)に記載のポリマー被覆ガラス基材である。
【0072】
本発明(3)は、2層以上の親水性ポリマー層が同一の親水性ポリマーにより形成され、
2層以上の親水性ポリマー層のうち、ガラス基材表面上の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量が、他の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量以上である本発明(1)又は(2)に記載のポリマー被覆ガラス基材である。
【0073】
本発明(4)は、2層以上の親水性ポリマー層が同一の親水性ポリマーにより形成され、
2層以上の親水性ポリマー層のうち、ガラス基材表面上の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量が他の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量より大きく、かつガラス基材表面上の親水性ポリマー層の厚みが他の親水性ポリマー層全体の厚み以下である本発明(1)~(3)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。
【0074】
本発明(5)は、他の親水性ポリマー層を形成する親水性ポリマーの数平均分子量が30000以下である本発明(3)又は(4)に記載のポリマー被覆ガラス基材である。
【0075】
本発明(6)は、2層以上の親水性ポリマー層が、下記式(I)で表される親水性ポリマーからなる群より選択される少なくとも1種で形成される本発明(1)~(5)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。
【化5】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。pは1~8、mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【0076】
本発明(7)は、2層以上の親水性ポリマー層が、下記式(II)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種の親水性モノマーと、他のモノマーとの共重合体で形成される本発明(1)~(5)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。
【化6】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。pは1~8、mは1~5を表す。)
【0077】
本発明(8)は、2層以上の親水性ポリマー層全体の厚みが10~1000nmである本発明(1)~(7)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。
【0078】
本発明(9)は、2層以上の親水性ポリマー層の最表面層の表面に足場蛋白質が吸着されている本発明(1)~(8)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。
【0079】
本発明(10)は、足場蛋白質がフィブロネクチンである本発明(9)に記載のポリマー被覆ガラス基材である。