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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024015223
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】多孔質膜を備えた構造体
(51)【国際特許分類】
   C03C 15/00 20060101AFI20240125BHJP
   C03C 3/089 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
C03C15/00 G
C03C3/089
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023205971
(22)【出願日】2023-12-06
(62)【分割の表示】P 2019159681の分割
【原出願日】2019-09-02
(71)【出願人】
【識別番号】519318786
【氏名又は名称】高千穂シラス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】野口 大輔
(57)【要約】
【課題】耐熱性に劣る基材への多孔質堆積物の設置をしている多孔質膜を備えた構造体を提供する。
【解決手段】常用耐熱温度が500℃以下である透明な基材と、前記基材の表面に設けられ、透明であってスピノーダル構造の多孔質の薄膜とを有し、前記多孔質の薄膜の中の空隙が前記多孔質の薄膜の中で均一に存在している。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
常用耐熱温度が500℃以下である透明な基材と、
前記基材の表面に設けられ、透明であってスピノーダル構造の多孔質の薄膜と、
を有し、前記多孔質の薄膜の中の空隙が前記多孔質の薄膜の中で均一に存在していることを特徴とする多孔質膜を備えた構造体。
【請求項2】
請求項1に記載の構造体において、
前記基材と前記多孔質の薄膜との間にブロック層が設けられていることを特徴とする多孔質膜を備えた構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質膜を備えた構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、多孔質ガラスに注目が集まっており、その優れた特徴を生かし、例えば、吸着剤、マイクロキャリア担体、分離膜、光学材料等の工業材料利用が期待されている。従来、多孔質ガラスを比較的容易に製造する方法として、ガラス自体の相分離現象を利用する方法が知られている。
【0003】
多孔質ガラスの歴史は古く、1940年代に米国のコーニング社がSiO-B-NaOの3成分組成系の母ガラスからポーラスバイコールガラスを開発したことに始まる(たとえば非特許文献1参照)。
【0004】
上記多孔質ガラスは、SiO-B-NaO組成系のガラスに500℃~700℃で熱処理を行ってガラス固溶中にSiOに富む部分とB-NaOに富む部分とに相分離させ、次いで酸の溶液に浸漬して酸可溶のB-NaOに富む部分を溶解除去して多孔質化させる方法で製造される(図6参照)。
【0005】
防曇に関する技術として、紫外線照射によって表面が超親水化する酸化チタンや、親水性素材を自己組織化、層状構造化するといった新規材料や特性改善に関する技術開発が主に展開されている(たとえば非特許文献2参照)。
【0006】
また、防曇についての経時劣化に関しては、そのメカニズム解明について取り組まれており、材料表面の水酸基への極性有機物分子の吸着が原因であると結論づけられている(たとえば非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】ガラスハンドブック 作花、境野、高橋 編 朝倉書店 (1975) 東京 p1036
【非特許文献2】R. Wang.et.al,Nature,388,431 (1997)
【非特許文献3】J.B.Peri.et.al,J.Phys.Chem.64,1526 (1960)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記の従来の相分離現象を利用した多孔質ガラスの製造方法(多孔質堆積物の形成方法)では、相分離をさせるために高温の加熱処理がされている。このため、合成樹脂製の基板などの耐熱性に劣る基板(基材)への多孔質堆積物の設置ができないという問題がある。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、耐熱性に劣る基材への多孔質堆積物の設置をしてある多孔質膜を備えた構造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に記載の発明は、常用耐熱温度が500℃以下である透明な基材と、前記基材の表面に設けられ、透明であってスピノーダル構造の多孔質の薄膜とを有し、前記多孔質の薄膜の中の空隙が前記多孔質の薄膜の中で均一に存在している多孔質膜を備えた構造体である。
【0011】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の構造体において、前記基材と前記多孔質の薄膜との間にブロック層が設けられている多孔質膜を備えた構造体。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、耐熱性に劣る基材への多孔質堆積物の設置をしてある多孔質膜を備えた構造体を提供することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施形態に係る多孔質堆積物の形成方法を示す図である。
図2】本発明の実施形態に係る多孔質堆積物の形成方法で得られる多孔質膜を備えた構造体を模式的に示す図である。
図3】本発明の実施形態に係る多孔質堆積物の形成方法で形成された多孔質堆積物表面の画像である。
図4】多孔質堆積物の形成方法で形成された多孔質堆積物の摩耗試験結果を示す図であり、(a)(b)は従来の多孔質堆積物の形成方法で形成された多孔質堆積物の試験結果であり、(c)(d)は本発明の実施形態に係る多孔質堆積物の形成方法で形成された多孔質堆積物の試験結果である。
図5】スパッタリングの原理を説明する図である。
図6】従来の多孔質堆積物の形成方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施形態に係る多孔質堆積物の形成方法で得られた多孔質膜を備えた構造体1について図2(b)を参照しつつ説明する。
【0015】
多孔質膜を備えた構造体1は、たとえば、平板状等の板状に形成されており、合成樹脂で構成された透明な基材(基板)3と多孔質の薄膜(多孔質堆積物;多孔質のガラス膜)5とを備えて構成されている。
【0016】
多孔質のガラス膜5は、透明であってスピノーダル構造になっており、基板3の表面に設けられている。多孔質膜を備えた構造体1は、たとえば、防曇部材や親水部材もしくは防曇・親水部材となる。
【0017】
ここで、多孔質膜を備えた構造体1の製造方法(多孔質堆積物5の形成方法)について説明する。
【0018】
多孔質のガラス膜(多孔質ガラス膜)5は、相分離堆積物設置工程(相分離薄膜設置工程)と、第2の相除去工程とを経て形成される。
【0019】
相分離堆積物設置工程は、分相性母体ガラス(図1(a)参照)を原料(材料;原材料;固相原料)とした物理気相成長法(たとえばスパッタリング)によって、第1の相(酸化ケイ素リッチ相)7と第2の相(非酸化ケイ素リッチ相)9とに相分離した堆積物(相分離性ガラス膜)11を、基板3の表面に設ける(基材3の表面に薄膜11を形成する)工程である(図1(b)、図2(a)参照)。なお、物理気相成長法としてスパッタリングを採用する場合には、「原料」を「ターゲット」と呼べる。
【0020】
分相性母体ガラス(相分離性の母体ガラス)として、たとえば、バイコールガラスを掲げることができる。分相性母体ガラスでは、これを構成する各成分がほぼ均一に分散している。酸化ケイ素リッチ相7と非酸化ケイ素リッチ相9とは、当然のこととして、ターゲットから生成されたものであり、分相性母体ガラスの成分で構成されている。相分離性ガラス膜11は、たとえば、基板3厚さ方向の一方の面に設けられる。
【0021】
なお、相分離堆積物設置工程では、ターゲット、堆積物11および基板3が特に加熱されることない。相分離堆積物設置工程でターゲット、堆積物11および基板3の温度が上昇した場合であっても、ターゲット、堆積物11および基板3の温度が500℃を超えることはない。また、非酸化ケイ素リッチ相9の体積は、酸化ケイ素リッチ相7の体積よりも小さくなっている。
【0022】
第2の相除去工程は、たとえばエッチングによって、相分離堆積物設置工程で設けられた堆積物11のうちの非酸化ケイ素リッチ相9を除去して多孔質のガラス膜5を形成する工程である(図1(c)参照)。なお、図1(c)では、第2の相除去工程を第三工程と表示している。
【0023】
非酸化ケイ素リッチ相9が存在していた箇所には小さな多くのスピノーダル構造の空隙13(図2(b)参照)が形成され、この空隙13によって堆積物11が多孔質の形態になり、多孔質の薄膜(多孔質ガラス膜)5が得られる。
【0024】
また、第2の相除去工程で非酸化ケイ素リッチ相9を除去した後、基板3と多孔質のガラス膜5とを洗浄するようにしてもよい(洗浄工程を設けてもよい)。すなわち、基板3や多孔質のガラス膜5に水処理洗浄を施してもよい。水処理洗浄を経ることで、非酸化ケイ素リッチ相9等がさらに確実に除去され、酸化ケイ素からなる骨格を持つ多孔質ガラス膜5が得られる。
【0025】
なお、上述した多孔質堆積物の形成方法を、基材への多孔質堆積物の設置方法や多孔質ガラス膜の形成方法や防曇部材の製造方法や親水部材の製造方法として把握してもよい。
【0026】
また、すでに理解されるように、多孔質堆積物の形成方法の総ての工程において、堆積物11および基板3の温度が上昇した場合であっても、堆積物11および基板3の温度が500℃を超えることはない。
【0027】
ここで、相分離堆積物設置工程について説明する(熱処理を必要とせずに、第1の相と第2の相とに分相した堆積物11を設けることができることについて説明する)。
【0028】
スパッタリング粒子が基板に到達し、薄膜が成長する過程を模式的に示すと図5のようになる。以下にその詳細を示す。
【0029】
入射原子は基板に衝突し、一部は反射し他は吸着する。
【0030】
吸着原子は基板表面上を表面拡散し、原子同士の二次元衝突を起こしてクラスター(cluster、原子の集合体)を形成するか、ある時間だけ表面に滞在し再蒸発する。
【0031】
クラスターは表面拡散原子との衝突あるいは単原子の再放出を繰り返すが、原子数がある臨界値を超えると成長を始める。
【0032】
成長するクラスターは表面拡散原子の捕獲によりさらに成長を続け、隣接するクラスターと合体しつつ連続膜となる(Growth model of thin film)。
【0033】
基板表面に吸着した原子は互いに衝突したり、吸着エネルギーの大きな位置に捕獲されたりしてクラスターを形成する。したがって、吸着原子の表面拡散は薄膜成長において重要な過程である(金原粲、白木靖寛、吉田貞史:薄膜工学、丸善株式会社(2003)p.29-30を参照)。
【0034】
この表面拡散による非晶質や結晶といった相変化制御を行う為には、従来技術では、熱エネルギー(基板加熱または熱処理)が利用されている。
【0035】
スパッタリング法を含む物理気相成長プロセスでは、気体(入射原子=粒子))温度TGは基板温度TSよりも比較的高いことが多く(TG>TS)、基板に到達する高温粒子は基板表面で急冷され、そのままの形で凍結される。
【0036】
ところが高い基板温度ではそれらの温度差が小さく、熱平衡状態により近づくため、成長薄膜内の原子の移動が容易となり、バルクに近い自由エネルギーの低い状態にすることが可能となる。
【0037】
つまり、ランダムに飛来した粒子が気体から固体へと析出する際、基板の熱エネルギーを得て表面拡散を行い、熱力学的原理に従って構造を形成している。この表面拡散は熱エネルギーが大きいほど進行し、非晶質の構造から結晶性の高い構造へと相変化する。
【0038】
しかし、近年、酸化物などの無機系の機能性材料を、耐熱性に劣る有機系材料の基板上へ成膜する場合も多くあり、相変化制御の重要なパラメータの一つである基板温度を事実上操作できない状況も多い。そこで、本願では、基板温度、すなわち熱エネルギーに代わる相変化制御のための新しいエネルギーとして、入射原子(粒子)が持つ運動エネルギーに着目した。
【0039】
相分離堆積物設置工程では、ターゲットから飛び出した粒子は、基板に到達するまでに周囲のガス粒子と衝突しながら進んでいき、ある程度の運動エネルギーを持った状態で基板に到達し表面拡散を行う。
【0040】
このように基板上に堆積している薄膜材料は絶えず運動エネルギーを持って基板に到達する粒子にさらされているが、この基板に到達した時の粒子の運動エネルギー減衰過程で成長薄膜にエネルギーを与え、熱エネルギーと同様に、その相変化に影響を与えている。この運動エネルギーを適宜制御することで熱処理を必要とせずとも物質の移動を可能とし、分相構造を実現している。
【0041】
ここで、多孔質堆積物5の形成方法で使用する分相性母体ガラス(図1(a)参照)についてさらに詳しく説明する。
【0042】
分相性母体ガラスは、50.0wt%(Mass%)~70.0wt%のシラスと、15.0wt%~35.0wt%の酸化ホウ素(B)と、1.0wt%~8.0wt%の酸化ナトリウム(NaO)と、1.0wt%~8.0wt%の酸化リチウム(LiO)と、0wt%~6.0wt%の酸化マグネシウム(MgO)と、0wt%~5.0wt%の酸化カルシウム(CaO)と、0.3wt%~5.0wt%の酸化カリウム(KO)と、不可避不純物との合計が100wt%となるように混合し、この混合したもの溶融し(1000℃~1500℃で1時間~数時間溶融して飴状にしておき)、この溶融後に冷却してガラス化させて得られるものである。
【0043】
すなわち、相分離性母体ガラスは、シラスにホウ素成分とリチウム成分と1種類以上の1族元素(NaやK)成分および2族元素(MgやCa)成分とを少なくとも混合して得られた原料組成物を用いて得られたものである。この相分離性母体ガラスは、公知の方法により製造され、スパッタリングの材料として適当なターゲット状態に加工されたものである。
【0044】
シラスは、九州の一部の地域に堆積している火砕流噴出物のうち、主に約27000年前の姶良(あいら)カルデラ(現在の錦江湾奥部)の噴火によって発生した入戸火砕流を起源とする、白色~灰白色で砂状のものをいう。鹿児島湾周辺では、シラスの堆積層の厚さが数10m~200mになっており、埋蔵量は、750億mと見積もられている。
【0045】
シラスは、一般的な土壌に比べて固結性が弱く、透水性が高い。シラスは産地により多少の差はあるが、火山ガラスを主成分として(70%程度)、長石、石英を含んでいる。また、磁鉄鉱や紫蘇輝石なども含んでいる。また、天然ガラス岩は、ガラス中の水の含有率によって黒曜岩、真珠岩、松脂岩に分類されるが、シラス中の火山ガラスは3wt%の水分を含み、その量は真珠岩に相当する。化学組成においても、真珠岩に近い値を示す。ガラス分については、熱重量分析によって、非晶質特有の網目構造を形成していると考えられる。シラスの化学組成は、平均するとケイ酸を約70%、アルミナを約14%含み、その他、アルカリ金属酸化物、アルカリ土類酸化物、鉄酸化物を含む。
【0046】
なお、分相性母体ガラスがシラスを用いることなく生成されたものであってもよい。たとえば、分相性母体ガラスが、50.0wt%~70.0wt%の二酸化ケイ素(SiO)と、15.0wt%~40.0wt%の酸化ホウ素(B)と、1.0wt%~8.0wt%の酸化ナトリウム(NaO)と、1.0wt%~8.0wt%の酸化リチウム(LiO)と、0.3wt%~5.0wt%の酸化カリウム(KO)と、0.1wt%~3.0wt%の酸化マグネシウム(MgO)および酸化カルシウム(CaO)および酸化アルミニウム(Al)の混合物と、不可避不純物との合計が100wt%となるように混合し、この混合したもの溶融し(1000℃~1500℃で1時間~数時間溶融して飴状にしておき)、この溶融後に冷却してガラス化したものであってもよい。
【0047】
すなわち、相分離性母体ガラスが、SiO-B-NaO組成系に1種類以上の1族元素(NaやK)成分および2族元素(MgやCa)成分とリチウム成分およびアルミニウム成分とを少なくとも混合して得られた原料組成物用いて得られたものであってもよい。
【0048】
上述した0.1wt%~3.0wt%の酸化マグネシウムおよび酸化カルシウムおよび酸化アルミニウムの混合物では、酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化アルミニウムの割合が任意の割合になっている。たとえば、酸化マグネシウムおよび酸化カルシウムおよび酸化アルミニウムの混合物が、0.5wt%の酸化マグネシウムと0.6wt%の酸化カルシウムと0.1wt%の酸化アルミニウムとで得られている(この場合、合計1.2wt%の混合物になる)。
【0049】
なお、上記混合物において、酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化アルミニウムの少なくともいずれかが、0wt%になっていてもよい。たとえば、上記混合物が、0.5wt%の酸化マグネシウムと0.0wt%の酸化カルシウムと0.0wt%の酸化アルミニウムとで構成されていてもよい。この場合「混合物」という表現はできないことになるが、本明細書では、この場合も、「混合物」に含めるものとする。
【0050】
分相性母体ガラスが上述した組成であることで、酸化ケイ素リッチ相7は、ガラス固溶中でSiOに富む部位になり、非酸化ケイ素リッチ相9は、ガラス固溶中でB-NaOに富む部位になる。
【0051】
そして、相分離性ガラス膜11の非酸化ケイ素リッチ相9を第2の相除去工程で除去(たとえば、エッチング処理して除去)することで、図2(b)で示す多孔質ガラス膜5が形成される。
【0052】
上述したように、基板3と多孔質堆積物5とは透明(半透明や色付き透明を含む)になっている。多孔質堆積物5は上述したように薄膜状に形成されており、基板3の厚さ方向の少なくとも一方の面を覆うようにして基板3の厚さ方向の少なくとも一方の面で基板3に一体的に設けられている。基板3の厚さ方向と多孔質堆積物5の薄膜の厚さ方向とはお互いが一致している。
【0053】
お互いが一体化している多孔質堆積物5と基板3との透明度(可視光透過率)は、肉眼でほぼ透明に見える程度の値(自動車のフロントガラス程度の値)であり、たとえば、80%以上の値になっていることが望ましい。
【0054】
また、基板3は、常用耐熱温度(連続使用温度)が500℃以下である材料や、たとえば合成樹脂で構成されている。
【0055】
多孔質堆積物5の形成方法によれば、相分離堆積物設置工程で、分相性母体ガラスをターゲットとしたスパッタリングによって、酸化ケイ素リッチ相7と非酸化ケイ素リッチ相9とに相分離した堆積物11を基板3の表面に設けるので、耐熱性に劣る基板3への多孔質堆積物5の設置をすることができる。
【0056】
すなわち、スパッタリング法を用いることにより、無加熱または500℃度以下の低温でも相分離を行うことが可能となり、基板3等の温度を上がることなく、粒子(ターゲットから離れて堆積物11を構成する粒子)の運動エネルギーによって、基板3への多孔質堆積物5の設置をすることができ、合成樹脂等で構成された基板3への多孔質堆積物5の設置をすることができる。そして、基板3の選択材料が増え用途の幅を大きくなることが期待され、また、製造工程の付加、コストの面で優位となる。
【0057】
なお、従来、製造工程の付加、コストの面から相分離の加熱温度を低温化することが求められており、また、防曇部材においては、現状では優れた防曇性能を長期間維持することが難しく、また、表面を機械的に擦る等の摩擦に対する耐久性も弱いことが懸念されている。
【0058】
これに対して、本発明の実施形態に係る多孔質膜を備えた構造体1によれば、相分離堆積物設置工程で、無加熱または低温の加熱処理により相分離を行い、吸水量(相分離効果による多孔質化)と表面濡れ性(表面の水酸基(OH基)による親水化)を得ている。なお、OH基は、加熱によって減少するのである。
【0059】
また、本発明の実施形態に係る多孔質膜を備えた構造体1によれば、無加熱または低温の加熱処理により相分離を行うことで、耐熱性に劣る基板3への多孔質ガラス膜5を形成することが可能となる。相分離堆積物設置工程、第2の相除去工程を経て形成された多孔質ガラス膜5には多くの空孔(空隙)13が存在し、また多量の水酸基を含んでいる。これにより、優れた吸水性および親水性を併せ持つことから優れた防曇性能を長期間維持することができ、さらに、多孔質ガラス膜5の表面を機械的に擦る等の摩擦に対する耐久性も高くなる。
【0060】
さらに説明すると、親水・防曇部材1は、多孔質のガラス膜5を有する。多孔質のガラス膜5には、多くの空孔13が存在し、また多量の水酸基を含んでいることから、優れた吸水性および親水性を併せ持つことから優れた防曇性能を長期間維持することができ、また、表面を機械的に擦る等の摩擦に対する耐久性も強くなる。なお、水酸基は、空隙13の表面にも表れている。
【0061】
また、本発明の実施形態に係る多孔質膜を備えた構造体1によれば、分相性母体ガラスの原料として、50.0wt%~70.0wt%のシラスを用いているので、原材料費を低く抑えることができる。
【0062】
また、本発明の実施形態に係る多孔質膜を備えた構造体1によれば、基板3と多孔質堆積物5とが透明になっているので、多孔質膜を備えた構造体1を、可視光を透過させる曇りにくい窓ガラス等として使用することができる。
【0063】
また、本発明の実施形態に係る多孔質膜を備えた構造体1によれば、従来の多孔質膜を備えた構造体に比べて、製造工程を簡素化することができる。従来の多孔質膜を備えた構造体の製造方法では、たとえば、図6で示す第二工程の前に、所望の形態を形成する工程を実行している。図6では示されていないが、所望の形態を形成する工程とは、分相性母体ガラスを溶融し、冷却してガラス化した後に、所望の成形体に加工(たとえば薄膜に加工;その他、管状、板状、粒子等に成形する場合もある)する工程である。これに対して本発明の実施形態に係る多孔質膜を備えた構造体1の製造では、「所望の形態の形成」と「相分離」とを1つの工程(図1(b)で示す第二工程)で同時に行っており、従来の多孔質膜を備えた構造体の製造に比べて一工程だけ工程が少なくなっている。
【0064】
ここで、図3を参照して、本発明の実施形態に係る多孔質のガラス膜5の表面の形態について詳しく説明する。図3は、本発明の実施形態に係る多孔質のガラス膜5の表面の画像である。なお、図3で示す画像は、走査型プローブ顕微鏡(SPM)を用いて得られたものである。
【0065】
図3では、色が濃い部分(黒っぽい部分)が、空隙13が形成されている箇所になっている。本発明の実施形態に係る多孔質のガラス膜5の表面では、空隙13自体の大きさ(図3の紙面の展開方向における大きさ)が最大1μm程度になっており大きくなっているとともに、空隙13のピッチも大きくなっている。
【0066】
また、図3では示されていないが、本発明の実施形態に係る多孔質のガラス膜5では、空隙13の深さが、80nm程度(または膜厚の8/10程度)になっている。これにより、本発明の実施形態に係る多孔質のガラス膜5によれば、上述したように、優れた吸水性および親水性を併せ持つことから優れた防曇性能を長期間維持することができ、さらに、膜の表面を機械的に擦る等の摩擦に対する耐久性も高くなる。
【0067】
図4を用いて、耐摩耗性についての試験結果を示す。図4に参照符号15で示すものは、多孔質膜を備えた構造体1の多孔質のガラス膜5の上に水を垂らすときに使用した注射器であり、参照符号17で示すものは水である。
【0068】
図4(a)(b)は、従来の多孔質のガラス膜についての試験結果であり、(a)は摩耗試験前(新品)、(b)は摩耗試験後の状態を示している。図4(c)(d)は、本発明の実施形態に係る多孔質のガラス膜5についての試験結果であり、(c)は摩耗試験前(新品)、(d)は摩耗試験後の状態を示している。なお、いずれの多孔質ガラス膜も、吸水量が飽和した表面状態で評価した。
【0069】
耐摩耗性についての試験は、多孔質のガラス膜5の上に所定量の水を垂らし、このときの、水の多孔質のガラス膜5における接触角を測定することでなされる。一般に接触角の値が5°以下であれば超親水といえ、10°以下であれば親水といえる。
【0070】
図4から理解されるように、従来の多孔質のガラス膜では、図4(a)(b)で示すように接触角の値が10.5°~14.3°に変化しており、耐摩耗性が悪くなっている。本発明の実施形態に係る多孔質のガラス膜5では、図4(c)(d)で示すように、接触角の値が5°~6°程度でほとんど変化しておらず、耐摩耗性が良くなっている。図4からすれば明らかなことではあるが、摩耗試験前の従来の多孔質のガラス膜の接触角の値は、本発明の実施形態に係る多孔質のガラス膜5の試験前後の接触角の値より大きくなっている(図4(a)、(d)参照)。
【0071】
ところで、多孔質堆積物の形成方法において、基板3を、常用耐熱温度(連続使用温度)が500℃以上である材料(より好ましくは常用耐熱温度が700℃以上である材料)で構成し、加熱相分離工程を加えてもよい。
【0072】
加熱相分離工程は、相分離堆積物設置工程で堆積物11を設けた後であって第2の相除去工程で第2の相9を除去する前に、堆積物11と基板3とを加熱して(500℃~700℃の温度で1時間~数時間加熱して)、堆積物11の相分離をさらにさせるようになっている。
【0073】
すなわち、加熱相分離工程は、堆積物11の相分離が不十分であった場合、堆積物11の相分離を補うために行われる。
【0074】
このように、相分離堆積物設置工程で堆積物11を設けた後に、堆積物11と基板3とを加熱して、堆積物11の相分離が促進されれば、一層確実に酸化ケイ素リッチ相7と非酸化ケイ素リッチ相9とに相分離した堆積物11を基板3に設けることができる。
【0075】
なお、50.0wt%~70.0wt%のシラスと、15.0wt%~35.0wt%の酸化ホウ素(B)と、1.0wt%~8.0wt%の酸化ナトリウム(NaO)と、1.0wt%~8.0wt%の酸化リチウム(LiO)と、0wt%~6.0wt%の酸化マグネシウム(MgO)と、0wt%~5.0wt%の酸化カルシウム(CaO)と、0.3wt%~5.0wt%の酸化カリウム(KO)と(、不可避不純物と)の合計が100wt%となる組成になっている上述の分相性母体ガラスを、物理気相成長法の原料として用いられる分相性母体ガラスとして把握してもよい。
【0076】
ところで、多孔質膜を備えた構造体1において、基板3と多孔質の薄膜(多孔質のガラス膜)5との間に、基板3の表面からの不純物成分の拡散を防ぐためのブロック層(図示せず)が設けられていてもよい。ブロック層が設けられている構造体1では、基板3の表面にブロック層が密着しており、ブロック層の表面に多孔質のガラス膜5が密着しており、基板3、ブロック層、多孔質のガラス膜5がこの順にならんで積層されている。
【0077】
ブロック層は、たとえば、酸化ケイ素(SiO)の薄膜で形成されている。また、ブロック層は、基板3からの不純物の拡散を防止するために設けられているので、不純物が透過できない緻密な構造(詰まった構造;たとえば連続気泡が不存在である構造)になっている。
【0078】
なお、基板3の表面からの不純物成分の拡散を防ぐことができるのであれば、ブロック層が、酸化ケイ素に加えて他の物質を含んでいてもよいし、酸化ケイ素以外の物質で構成されていてもよい。
【0079】
また、基板3と多孔質のガラス膜5とが透明である場合には、視認性を損なわないようにするために、ブロック層も透明になっている。相分離堆積物設置工程で堆積物11を設けた後に、加熱相分離工程で堆積物11と基板3とを加熱して堆積物11の相分離をさらにする場合、ブロック層も耐熱性を備えているものとする。
【0080】
ブロック層を設けることで、多孔質のガラス膜5への不純物の拡散が抑制され、多孔質のガラス膜5の親水性等を一層向上させることができる。
【0081】
また、多孔質堆積物の形成方法について、ブロック層設置工程でブロック層が設けるようにしてもよい。ブロック層設置工程は、相分離堆積物設置工程で堆積物11を基板3の表面に設ける前に、たとえば、スパッタリング等の物理気相成長法によって、ブロック層を基板3の表面に設ける(成膜する)。
【0082】
なお、相分離堆積物設置工程と同様に、スパッタリング等の物理気相成長法によってブロック層設置工程でブロック層を設ける場合、図1(b)で示す第二工程の前半でブロック層を成膜し、図1(b)で示す第二工程の後半で第1の相7と第2の相9とに相分離した堆積物11をブロック層の表面に設けてもよい。
【0083】
さらに、上記説明では、ブロック層設置工程でブロック層を設けるときに、スパッタリング等の物理気相成長法を採用しているが、基板3の表面からの不純物成分の拡散を防ぐことができるのであれば、ブロック層を物理気相成長法以外の方法で成膜してもよい。
【符号の説明】
【0084】
1 多孔質膜を備えた構造体
3 基材(基板)
5 多孔質堆積物(多孔質のガラス膜)
7 第1の相(酸化ケイ素リッチ相)
9 第2の相(非酸化ケイ素リッチ相)
11 堆積物(相分離性ガラス膜)
図1
図2
図3
図4
図5
図6