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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024152360
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】検体から試料を調製する方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/24 20060101AFI20241018BHJP
   C12Q 1/6869 20180101ALI20241018BHJP
   C12Q 1/6806 20180101ALI20241018BHJP
【FI】
C12Q1/24
C12Q1/6869 Z
C12Q1/6806 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023066507
(22)【出願日】2023-04-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 開催日 令和4年4月22日 集会名、開催場所 第62回日本呼吸器学会学術講演会 国立京都国際会館(京都府京都市左京区岩倉大鷺町422番地)
(71)【出願人】
【識別番号】505246789
【氏名又は名称】学校法人自治医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】518147105
【氏名又は名称】特定非営利活動法人North East Japan Study Group
(71)【出願人】
【識別番号】000120456
【氏名又は名称】栄研化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100126653
【弁理士】
【氏名又は名称】木元 克輔
(72)【発明者】
【氏名】藤田 一喬
(72)【発明者】
【氏名】萩原 弘一
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA13
4B063QA19
4B063QQ03
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR58
4B063QR62
4B063QS08
4B063QS13
4B063QS40
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】本発明は、次世代シークエンシングによる遺伝子解析に適した試料を調製することを目的とする。
【解決手段】本発明の一側面に係る検体から試料を調製する方法は、肺癌患者から採取した生検組織を等張液中で陰圧処理して、生検組織から細胞を遊離させる工程と、遊離した細胞を含む等張液を回収する工程と、回収した等張液と、前記肺癌患者から採取した細胞診検体とを混合して、細胞懸濁液を得る工程と、を含み、細胞診検体は、気管支洗浄液、気管支肺胞洗浄液、気管支擦過洗浄液、及び穿刺針洗浄液からなる群より選ばれる一種以上であり、生検組織及び細胞診検体は腫瘍細胞を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体から試料を調製する方法であって、
肺癌患者から採取した生検組織を等張液中で陰圧処理して、生検組織から細胞を遊離させる工程と、
遊離した細胞を含む等張液を回収する工程と、
回収した等張液と、前記肺癌患者から採取した細胞診検体とを混合して、細胞懸濁液を得る工程と、を含み、
細胞診検体は、気管支洗浄液、気管支肺胞洗浄液、気管支擦過洗浄液、及び穿刺針洗浄液からなる群より選ばれる一種以上であり、
生検組織及び細胞診検体は腫瘍細胞を含む、方法。
【請求項2】
細胞懸濁液中の細胞を、硫酸アンモニウムを含有する溶液で処理する工程と、
硫酸アンモニウムを含有する溶液から細胞を回収して試料を得る工程と、をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
細胞懸濁液中の細胞を、硫酸アンモニウムを含有する溶液で処理して、細胞から核酸を抽出する工程と、
抽出された核酸を回収して試料を得る工程と、をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の方法により調製した試料を用いて、次世代シークエンシングにより遺伝子解析を行う工程を含む、遺伝子を解析する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体から試料を調製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肺癌のうち、腺癌の60%以上が癌化に直接影響するドライバー遺伝子変異を有し、アジア人においては、腺癌の70%以上がその変異を有するといわれている。ドライバー遺伝子変異に対しては様々な分子標的薬が開発され、多くの実績が挙がっている。そのため、切除不能な進行及び再発の非小細胞肺癌の治療方法の決定のために、病理診断が確定した後に、ドライバー遺伝子変異の有無を調べることは必須である。また、切除可能な非小細胞肺癌においても、再発の可能性が疑わる病期であれば、ドライバー遺伝子変異の有無を事前に調べることも選択肢の一つである。
【0003】
ドライバー遺伝子変異の検査には、単一遺伝子変異を検出する検査方法が長く用いられてきた。近年、多様なドライバー遺伝子変異が発見され、それに対する多くの分子標的薬が開発されたことで、複数の単一遺伝子変異検査が必要となり、少なくないケースで検体量の不足を認めるようになった。それと同時に、次世代シークエンシング(NGS)により、多遺伝子変異を一括して検出する方法が開発され、ドライバー遺伝子変異の検査方法はこの方法に遷移してきている。
【0004】
本発明者らは、次世代シークエンサーを主体とした多遺伝子変異検査システムMINtS(the Mutation Investigator using Next-era Sequencer)を開発した(非特許文献1)。MINtSは、細胞診検体から、DNAを対象として、上皮成長因子受容体(EGFR)、カーステンラット肉腫ウイルス癌遺伝子ホモログ(KRAS)、v-RAFマウス肉腫ウイルス腫瘍遺伝子ホモログB1(BRAF)、及びerb-b2受容体チロシンキナーゼ2(ERBB2)遺伝子を検出し、並びにRNAを対象として、未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)、ROS1癌原遺伝子1、受容体チロシンキナーゼ(ROS1)、及びret癌原遺伝子(RET)融合遺伝子を検出し、全進行肺がん患者で、遺伝子変異検査に基づく治療方針の決定を可能とする。数百遺伝子を検出する遺伝子パネルと比較してごく少数の遺伝子に対象を絞ったことで、多数患者の同時検査による低価格化、及び遺伝子あたりのデータ量の増加による高精度化が可能になった。4000検体以上を用いた先行研究の結果、大遺伝子パネルと比較して、サンプルあたり1/10程度の低価格化、及び10倍以上の感度向上が期待できると推定される。
【0005】
しかしながら、次世代シークエンシングによる多遺伝子変異の検出は、10%中性緩衝ホルマリン溶液に浸漬して固定したがん組織の未染標本スライド、細胞診検体(洗浄液、穿刺吸引液等)、又は血液検体の血漿セルフリーDNAを対象としており、旧態依然の試料又は検体が用いられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】PLOS ONE.2017 Apr 27;12(4)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
がん組織の固定プロセスで用いられるホルマリンは、核酸又はタンパク質の化学的及び物理的修飾を引き起こし、試料の品質に極めて大きな影響を与えることが広く知られている。そのため、治療効果予測検査(いわゆるコンパニオン診断)関連のガイドライン及びガイダンスなどにおいて、作業手順の見直しが行われている。次世代シークエンシングを利用した多遺伝子変異の検査は、摘出後から固定までの時間、組織の大きさといった固定前プロセス、ホルマリン固定液の組成及び濃度、pH、固定の時間及び温度といった固定時のプロセス、パラフィン浸透条件、並びにホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)ブロックの保管温度といった固定後のプロセスなど多くの要素の影響をうけるため、単一遺伝子変異検出では表在化することが少なかった試料の品質の問題が、次世代シークエンシングによる多遺伝子変異検出では認められるようになった。
【0008】
洗浄液、穿刺吸引液等の細胞診検体では、腫瘍細胞数が少ない場合又は検体が劣化した場合、十分な量の腫瘍性の核酸の回収が期待できない。また、血液検体の血漿セルフリーDNAでも、病期が進んでいない症例になればなるだけ、腫瘍性の核酸の回収が期待できない。遠隔転移が多いなどある程度病期が進行していれば、血中からの腫瘍性の核酸の回収が期待できるが、それでも多くは5~7割程度の回収率に留まる。
【0009】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、次世代シークエンシングによる遺伝子解析に適した試料を調製することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
通常、肺の生検で得られた肺胞組織は、滅菌生理食塩水の入ったシリンジ内で陰圧をかけて膨らませてから、ホルマリン固定及びパラフィ包理処理され、病理診断へと供される。ここで、肺胞組織に陰圧をかけた後、シリンジ内の生理食塩水は廃棄される。本発明者らは、この生理食塩水に微量の腫瘍細胞が浮遊していることに着眼し、これが次世代シークエンシングによる遺伝子解析に利用できることを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の側面を有する。
[1]検体から試料を調製する方法であって、
肺癌患者から採取した生検組織を等張液中で陰圧処理して、生検組織から細胞を遊離させる工程と、
遊離した細胞を含む等張液を回収する工程と、
回収した等張液と、前記肺癌患者から採取した細胞診検体とを混合して、細胞懸濁液を得る工程と、を含み、
細胞診検体は、気管支洗浄液、気管支肺胞洗浄液、気管支擦過洗浄液、及び穿刺針洗浄液からなる群より選ばれる一種以上であり、
生検組織及び細胞診検体は腫瘍細胞を含む、方法。
[2] 細胞懸濁液中の細胞を、硫酸アンモニウムを含有する溶液で処理する工程と、
硫酸アンモニウムを含有する溶液から細胞を回収して試料を得る工程と、をさらに含む、[1]に記載の方法。
[3] 細胞懸濁液中の細胞を、硫酸アンモニウムを含有する溶液で処理して、細胞から核酸を抽出する工程と、
抽出された核酸を回収して試料を得る工程と、をさらに含む、[1]に記載の方法。
[4] [2]又は[3]に記載の方法により調製した試料を用いて、次世代シークエンシングにより遺伝子解析を行う工程を含む、遺伝子を解析する方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、次世代シークエンシングによる遺伝子解析に適した試料を調製することができる。具体的には、本発明においては、試料の調製にホルマリン固定及びパラフィン包埋の処理を必要としないため、試料中の核酸又は細胞の変性を抑えることができる。したがって、本発明の方法により調製された試料は、少なくとも核酸又は細胞の変性が少ないという点において、次世代シークエンシングによる遺伝子解析に適しているといえる。また、本発明の方法により調製された試料は、細胞診検体と比べて核酸の収量が多く、核酸の増幅が良好となる傾向があるため、この点においても次世代シークエンシングによる遺伝子解析に適しているといえる。さらに、本発明の方法によれば、試料を簡便かつ短時間で調製することができる。本発明は、次世代シークエンシングによる多遺伝子変異検出方法と組み合わせることで、分子標的薬の適否の判断に大きな恩恵をもたらし、今後の医学において有用であるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】試験例1において遺伝子解析を行ったサンプルの質の評価結果を示すグラフである。
図2】試験例2におけるEGFR遺伝子変異の検出結果を示すグラフである。
図3】試験例2においてDNA収量が450ng以下であったサンプルにおける、DNA収量とサンプルの質の関係を示すグラフである。
図4】試験例3における、EGFR遺伝子の正常配列の総リード数と変異配列の総リード数における第二サンプル/第一サンプルリード比(図4の(A))、及びEML4-ALK融合遺伝子配列の総リード数における第二サンプル/第一サンプルリード比(図4の(B))を示すグラフである。
図5】試験例4において、「優良」(図5の(A))又は「増幅不良」(図5の(B))の第一サンプルが得られた症例における、EGFR遺伝子変異の検出結果を示すグラフである。
図6】試験例4において、「細胞壊死」(図6の(A))又は「不良」(図6の(B))の第一サンプルが得られた症例における、EGFR遺伝子変異の検出結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一側面に係る、検体から試料を調製する方法は、
(1)肺癌患者から採取した生検組織を等張液中で陰圧処理して、生検組織から細胞を遊離させる工程と、
(2)遊離した細胞を含む等張液を回収する工程と、
(3)回収した等張液と前記肺癌患者から採取した細胞診検体とを混合して、細胞懸濁液を得る工程(混合工程)と、を含む。
得られた細胞懸濁液、並びにこの細胞懸濁液をさらに処理して得られる細胞、核酸、それらの懸濁液及び溶液は、いずれも本側面に係る方法により調製される「試料」の範疇である。
【0015】
本明細書において、「試料」との用語は、患者から採取した検体(生検組織、細胞診検体など)を化学的又は物理的に処理して得られるものを意味する。本側面に係る方法により調製される試料は、具体的には遺伝子解析用の試料であってよく、具体的には、細胞、核酸、又はそれらの懸濁液若しくは溶液であってよい。本側面に係る方法により調製される試料は、少なくとも変性が少ないという点において次世代シークエンシングによる遺伝子解析に適しており、特に次世代シークエンシングによる多遺伝子変異解析に適している。
【0016】
生検組織は、腫瘍細胞を含む限り特に限定されず、肺癌患者の病理診断に通常使用される生検組織を使用することができる。生検組織の範疇には、ホルマリン固定及び/又はパラフィン包埋された組織等、患者から採取した検体(組織)を化学的又は物理的に処理したものは含まれない。生検組織は、生検検体であっても手術検体であってもよい。生検組織は、例えば、肺、リンパ節、又は転移巣腫瘍であってよい。生検組織が生検検体である場合、生検の手法は特に限定されず、例えば、気管支鏡生検、経皮的生検、又は胸腔鏡生検であってよく、また、鉗子生検、針生検、又は凍結生検であってよい。
【0017】
等張液は特に限定されず、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水等、細胞の保存に通常使用される公知の等張液を使用することができる。
【0018】
陰圧処理の方法は、生検組織から細胞の一部が遊離する程度の圧力変化を生じる方法であれば特に限定されず、例えば、生検後、ホルマリン固定前の肺胞組織を再膨張する公知の手法と同様の手法を用いることができる。この手法では、シリンジ内で生検組織を陰圧処理する。具体的には、まず、等張液を充填したシリンジの外筒内に生検組織を入れ、プランジャーを押し込んで外筒内の空気を抜いた後、プランジャーを引くことで外筒内の生検組織に陰圧をかける。生検組織に陰圧をかけることで、生検組織中の細胞の一部が等張液中に遊離する。本明細書において、遊離した細胞を含む等張液を「陰圧下回収液」と呼ぶ場合がある。
【0019】
遊離した細胞を含む等張液を回収する方法は特に限定されない。一例として、陰圧処理をシリンジ内で行った場合は、シリンジ内に生検組織を残して、等張液を別の容器に移すことで、等張液を回収してもよい。
【0020】
細胞診検体は、気管支洗浄液、気管支肺胞洗浄液、気管支擦過洗浄液、及び穿刺針洗浄液からなる群より選ばれる一種以上であり、腫瘍細胞を含有する。細胞診検体は、例えば、気管支洗浄液又は気管支肺胞洗浄液と気管支擦過洗浄液との組合せであってよい。
【0021】
上記混合工程(3)において、細胞診検体と等張液とは、通常は等量で混合するが、細胞診検体の割合を減らしてもよい。例えば、細胞診検体と等張液とは、1:1~4の体積比で混合することができる。
【0022】
上記混合工程(3)で得られた細胞懸濁液は、生検組織由来の細胞と細胞診検体由来の細胞とを含む。生検組織由来の細胞及び細胞診検体由来の細胞は、好ましくは腫瘍細胞を含む。細胞懸濁液は、それ自体を遺伝子解析に使用してもよい。すなわち、細胞懸濁液から従来公知の方法により核酸を抽出、回収、及び必要に応じて精製し、得られた核酸に対して遺伝子解析を行うことができる。あるいは、細胞懸濁液中の細胞を、硫酸アンモニウムを含有する溶液でさらに処理し、得られた細胞又はその核酸を回収して、それを遺伝子解析に使用してもよい。
【0023】
すなわち、一実施形態において、検体から試料を調製する方法は、
(4a)上記混合工程(3)で得られた細胞懸濁液中の細胞を、硫酸アンモニウムを含有する溶液で処理する工程(処理工程)と、
(5a)硫酸アンモニウムを含有する溶液から細胞を回収して試料を得る工程と、をさらに含んでよい。硫酸アンモニウムを含有する溶液はすみやかに細胞内に浸透してリボヌクレアーゼ、デオキシリボヌクレアーゼ、及びプロテアーゼを不活化し、RNAを主とする核酸の分解を抑制することができる。
【0024】
硫酸アンモニウムを含有する溶液中の硫酸アンモニウムの濃度は、例えば、20~100w/v%であってよく、30~80w/v%であってよい。硫酸アンモニウムを含有する溶液としては、RNAlater(登録商標) stabilizing solution(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)等、RNA安定化溶液として市販されている市販品を用いてもよい。
【0025】
硫酸アンモニウムを含有する溶液の細胞内への浸透の観点から、硫酸アンモニウムを含有する溶液で処理する時間は、好ましくは30分以上、より好ましくは1時間以上である。本発明者らの新たな知見によれば、硫酸アンモニウムには核酸を抽出する作用がある。したがって、細胞から核酸が抽出されるのを防ぐ観点から、硫酸アンモニウムを含有する溶液で処理する時間は、好ましくは8時間以下、より好ましくは3時間以下である。
【0026】
硫酸アンモニウムを含有する溶液での処理は、細胞を細胞懸濁液中に懸濁させたまま行ってもよいし、遠心分離等により細胞を細胞懸濁液から分離した後に行ってもよい。
【0027】
硫酸アンモニウムを含有する溶液から細胞を回収する方法は特に限定されず、遠心分離等公知の方法を利用することができる。回収した細胞試料は遺伝子解析に使用することができる。すなわち、細胞から従来公知の方法により核酸を抽出、回収、及び必要に応じて精製し、得られた核酸に対して遺伝子解析を行うことができる。
【0028】
別の実施形態において、検体から試料を調製する方法は、
(4b)上記混合工程(3)で得られた細胞懸濁液中の細胞を、硫酸アンモニウムを含有する溶液で処理して、細胞から核酸を抽出する工程(処理工程)と、
(5b)抽出された核酸を回収して試料を得る工程と、をさらに含んでよい。
処理工程(4b)の詳細は、上記実施形態における処理工程(4a)と同様である。ただし、本実施形態の処理工程(4b)においては、硫酸アンモニウムを含有する溶液により細胞から核酸を抽出する必要があるため、硫酸アンモニウムを含有する溶液で処理する時間を長くすることが好ましい。
【0029】
細胞から核酸を抽出する観点から、硫酸アンモニウムを含有する溶液で処理する時間は、好ましくは3時間以上、より好ましくは8時間以上である。一方、細胞から抽出された核酸の安定性の観点から、硫酸アンモニウムを含有する溶液で処理する時間は、好ましくは8週間以下、より好ましくは4週間以下である。
【0030】
抽出された核酸を回収する方法は特に限定されず、遠心分離等公知の方法を利用することができる。例えば、硫酸アンモニウムを含有する溶液を遠心分離して細胞を沈殿させ、核酸を含む上清を試料として回収してもよい。回収した核酸試料に対しては、必要に応じて公知の方法により精製を行った後、遺伝子解析を行うことができる。
【0031】
本発明の一側面に係る遺伝子を解析する方法は、上述の方法により調製した試料を用いて、次世代シークエンシングにより遺伝子解析を行う工程を含む。次世代シークエンシングによる遺伝子解析は、多遺伝子変異解析であってよい。本明細書において、多遺伝子変異解析とは、一回のランで複数の遺伝子変異の解析を並列に行うことを意味する。解析する遺伝子変異はドライバー遺伝子の変異であってよく、例えば、EGFR、KRAS、BRAF、若しくはERBB2遺伝子の変異、又はALK、ROS1、若しくはRETの融合遺伝子であってよい。
【実施例0032】
<試験例1>
病理診断で肺癌と診断された500症例から採取された生検組織及び細胞診検体を用いて、各症例について次のとおり遺伝子解析用のサンプルを調製した。生検組織としては、気管支鏡生検、超音波気管支鏡ガイド下針生検、転移巣腫瘍の針生検、胸腔鏡下生検、CT(コンピュータ断層撮影)ガイド下針生検、リンパ節生検、又は凍結生検により得られた生検検体、又は手術摘出腫瘍切片を用いた。細胞診検体としては、気管支洗浄液又は気管支肺胞洗浄液と気管支擦過洗浄液との組合せを用いた。まず、採取された生検組織を生理食塩水の入ったシリンジに入れて陰圧をかけることで、生検組織中の細胞を生理食塩水中に遊離させた。これは、びまん性肺疾患の患者から採取した気管支鏡生検検体の肺胞を再膨張する際に使用される手技と同様の手技である。次に、遊離した細胞を含む生理食塩水(以下、「陰圧下回収液」という。)を回収し、上記細胞診検体と陰圧下回収液とを1:1~4の体積比で混合して細胞懸濁液を得た。この細胞懸濁液を遠心分離し、上清を破棄して細胞沈渣を得た。この沈渣に硫酸アンモニウムを主成分として含有する溶液RNAlater(登録商標) stabilizing solution(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を加えて、沈渣を再懸濁した。1時間~4週間後にこの懸濁液を遠心分離し、遺伝子解析用のサンプルとして使用する細胞沈査(第一サンプル)を回収した。
【0033】
サンプルの調製に用いた生検組織及び細胞診検体の病理診断の結果に応じて、各サンプルを以下の3つのグループに分類した:
(A)組織診断で腫瘍細胞あり、かつ細胞診断で腫瘍細胞あり
(B)組織診断で腫瘍細胞あり、かつ細胞診断で腫瘍細胞なし
(C)組織診断で腫瘍細胞なし、かつ細胞診断で腫瘍細胞あり。
グループBのサンプル中に含まれる腫瘍細胞は全て陰圧下回収液に由来するため、グループBのサンプルは、陰圧下回収液のみを用いて調製したサンプルとみなすことができる。同様に、グループCのサンプル中に含まれる腫瘍細胞は全て細胞診検体に由来するため、グループCのサンプルは、細胞診検体のみを用いて調製したサンプルとみなすことができる。
【0034】
サンプルから、Maxwell(登録商標) RSC Instrument:AS1400又はAS1390(プロメガ株式会社製)を用いて核酸を抽出及び定量し、核酸抽出液中のドライバー遺伝子の変異をMINtS法により解析した。具体的には、核酸抽出液中のDNAを対象として、EGFR、KRAS、BRAF、及びERBB2遺伝子の各種変異を検出し、核酸抽出液中のRNAを対象として、ALK、ROS1、及びRETの各種融合遺伝子を検出した。各グループのサンプルの質を、核酸収量及びリード数(増幅量)に基づき以下のとおり評価した:
・優良:抽出核酸の収量がDNAで100ng以上かつRNAで50ng以上であり、DNAの解析対象領域が全て400リード以上である
・増幅不良:抽出核酸の収量がDNAで100ng以上かつRNAで50ng以上であり、DNAの解析対象領域に一箇所でも100リード以上、400リード未満の領域がある
・細胞壊死:抽出核酸の収量がDNAで100ng以上かつRNAで50ng以上であり、DNAの解析対象領域が全て100リード未満である(すなわち、細胞壊死が疑われる)
・不良:抽出核酸の収量が、DNAで100ng未満であり、又はRNAで50ng未満である
【0035】
結果を図1に示す。「優良」サンプルの割合は、グループA、B、Cの順に高かった。「優良」サンプルの割合が多いほど、良好に対象遺伝子領域が増幅されたことを示す。このことから、陰圧下回収液と細胞診検体との混合物を遺伝子解析用のサンプルとして用いた場合、これら細胞診検体と陰圧下回収液のどちらか片方をのみを用いた場合と比べて、核酸収量が多く、かつ核酸増幅が良好となることが示された。
【0036】
<試験例2>
試験例1の症例について、試験例1と同様にして、サンプル(第一サンプル)の調製及びMINtS法による多遺伝子変異解析を行った。核酸収量及びリード数(増幅量)に基づき、試験例1と同様にサンプルの質(優良、増幅不良、細胞壊死、又は不良)を評価した。ただし、MINtS法による多遺伝子変異解析は、抽出核酸の収量がDNAで100ng以上であり、かつRNAで50ng以上であるサンプル(症例数:419)のみについて行った。
【0037】
比較として、上記419症例の生検組織からホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)未染色スライドを作製し、単一の遺伝子変異を対象とする従来のコンパニオン診断により、EGFR遺伝子の各種変異を検出した。従来のコンパニオン診断は、コバス(登録商標)法、PNA-LNA(ペプチド核酸-ロック核酸) PCRクランプ法、PCR-インベーダー(登録商標)法、又はtherascreen(登録商標)を用いて行った。
【0038】
EGFR遺伝子変異の検出結果を図2に示す。試験例1と同様に調製したサンプルを用いてMINtS法により検出を行った場合の変異検出数は、従来のFFPE未染色スライドを用いて従来のコンパニオン診断により検出を行った場合と同等であった。
【0039】
MINtS法による解析を行ったサンプルのDNA収量は概ね10~10ngであったが、DNA収量が450ng以下のサンプルもあった。DNA収量が450ng以下であったサンプルにおける、優良、増幅不良、又は細胞壊死と評価されたサンプルの数及び割合を、それぞれ図3の(A)及び(B)に示す。DNA収量が450ng以下と少ない場合、DNA収量の低下に従って、「優良」サンプルの数及び割合が低下し、すなわち、解析対象領域の増幅が低減した(試験例4にてさらに検討)。
【0040】
<試験例3>
ドライバー遺伝子に変異を有する培養腫瘍細胞を培養し、変異を有する腫瘍細胞の割合が10%、50%、又は100%となるよう、変異を有さないNCI-H23株と混合した。ドライバー遺伝子に変異を有する培養腫瘍細胞としては、EGFR遺伝子変異を有するHCC827株(変異:EGFRエクソン19欠失)若しくはNCHI-H1975株(変異:EGFRエクソン21 L858R及びEGFRエクソン20 T790M)、又はEML4-ALK融合遺伝子を有するNCI-H2228株(2種のバリアント:v3a及びv3b)を用いた。得られた細胞群を、30w/v%の硫酸アンモニウム溶液に懸濁し、0日後(懸濁した日)、10日後、及び17日後に遠心分離を行って、沈査(第一サンプル)と上清(第二サンプル)をそれぞれ回収した。光学顕微鏡による血球計算盤の観察及びプレートリーダーでの測定により、第二サンプルにはほとんど細胞が含まれていない(すなわち、1.0×10細胞/mL未満)ことを確認した。
【0041】
第一サンプルからMaxwell(登録商標) RSC Instrumentを用いて核酸を抽出及び精製し、核酸抽出液中のEGFR遺伝子変異及びEML4-ALK融合遺伝子をMINtS法により解析した。第二サンプル中には腫瘍細胞由来の核酸が既に含まれていることが事前の検討にて示唆されていたため、第二サンプルに対しては核酸抽出処理を行わず、Maxwell(登録商標) RSC Instrumentを用いた核酸精製処理のみを行い、精製された核酸中のEGFR遺伝子変異及びEML4-ALK融合遺伝子をMINtS法により解析した。
【0042】
EGFR遺伝子の解析対象領域の正常配列の総リード数と変異配列(エクソン19欠失、エクソン21 L858R変異、又はエクソン20 T790M変異のある配列)の総リード数のそれぞれについて、第一サンプルでのリード数に対する第二サンプルでのリード数の比(第二サンプル/第一サンプルリード比)を算出した。結果を図4の(A)に示す。また、EML4-ALK融合遺伝子配列の総リード数について、第二サンプル/第一サンプルリード比を算出した。結果を図4の(B)に示す。
【0043】
いずれの配列についても、第二サンプル/第一サンプルリード比は、硫酸アンモニウム溶液に細胞を懸濁してから遠心分離を行うまでの時間が長くなるにつれて上昇した。このように、細胞をほとんど含まない第二サンプルを用いた場合であっても核酸が増幅され、さらにその増幅量が硫酸アンモニウム溶液中での細胞の保存時間の増加に伴って増えたことから、硫酸アンモニウム溶液に細胞から核酸を抽出する作用があることが分かった。また、この結果から、硫酸アンモニウム溶液中での細胞の保存時間が長くなるほど、第一サンプル(沈渣)よりも第二サンプル(上清)の方が、遺伝子解析により適することも分かった。
【0044】
<試験例4>
試験例1の症例から、試験例1と同様にして陰圧下回収液と細胞診検体との混合物を調製した。混合物を遠心分離し、上清を破棄して細胞沈渣を得た。この沈渣にRNAlater(登録商標) stabilizing solutionを加えて沈渣を再懸濁した。1時間~4週間後にこの懸濁液を遠心分離し、沈査(第一サンプル)と上清(第二サンプル)をそれぞれ回収した。
【0045】
第一サンプルからMaxwell(登録商標) RSC Instrumentを用いて核酸を抽出及び精製し、第二サンプル中の核酸をMaxwell(登録商標) RSC Instrumentを用いて精製した。第一サンプルから得られた核酸中のEGFR遺伝子変異をMINtS法により解析し、核酸収量及びリード数に基づき、試験例1と同様にサンプルの質(優良、増幅不良、細胞壊死、又は不良)を評価した。サンプル数は、「優良」サンプルが373、「増幅不良」サンプルが22、「細胞壊死」サンプルが24、「不良」サンプルが81であった。このうち、「優良」サンプルが得られた症例のうち119症例、「増幅不良」又は「細胞壊死」サンプルが得られた全ての症例、及び「不良」サンプルが得られた症例のうち73症例(計238症例)については、第二サンプルから得られた核酸中のEGFR遺伝子変異をMINtS法により解析した。
【0046】
比較として、上記238症例の生検組織からFFPE未染色スライドを調製し、単一の遺伝子変異を対象とする従来のコンパニオン診断により、EGFR遺伝子の各種変異を検出した。従来のコンパニオン診断は、試験例1におけるコンパニオン診断と同様の手法により行った。
【0047】
上記238症例における変異の検出結果を図5及び6に示す。図5は「優良」又は「増幅不良」の第一サンプルが得られた症例の結果を示し、図6は「細胞壊死」又は「不良」の第一サンプルが得られた症例の結果(第二サンプルとFFPE未染色スライドの結果のみ)を示す。第一サンプル又は第二サンプルとMINtS法との組合せにより遺伝子変異の検出を行った場合、変異の検出数は、従来のFFPE未染色スライドと従来のコンパニオン診断との組合せにより検出を行った場合と比べて同等又はそれ以上であった。特に、第二サンプルとMINtS法の組合せにより遺伝子変異の検出を行った場合については、「細胞壊死」又は「不良」の第一サンプルが得られた症例においても、変異の検出数が従来のFFPE未染色スライドと従来のコンパニオン診断との組合せにより検出を行った場合と比べて同等又はそれ以上であったことが確認できた。なお、第二サンプル中の遺伝子変異は検体中に混入している血液成分由来ではないことを確認済である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6