(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024015245
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】増殖細胞の生産方法、細胞生産物の生産方法、間葉系幹細胞集団およびその生産方法、幹細胞の培養上清およびその生産方法、並びに治療剤
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0775 20100101AFI20240125BHJP
A61K 35/28 20150101ALI20240125BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20240125BHJP
A61K 38/19 20060101ALI20240125BHJP
C12M 3/00 20060101ALN20240125BHJP
C07K 14/78 20060101ALN20240125BHJP
【FI】
C12N5/0775
A61K35/28
A61P9/00
A61K38/19
C12M3/00 A
C07K14/78
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023206347
(22)【出願日】2023-12-06
(62)【分割の表示】P 2022512159の分割
【原出願日】2021-03-26
(31)【優先権主張番号】P 2020063408
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】520113941
【氏名又は名称】Cell Exosome Therapeutics株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】柳田 康友
(72)【発明者】
【氏名】李家 中豪
(72)【発明者】
【氏名】石田尾 武文
(72)【発明者】
【氏名】南 一成
(57)【要約】
【課題】低い細胞密度で播種された細胞を高い増殖倍率で増殖させることができる細胞培養技術に基づく、HLA-ABC陽性の間葉系幹細胞の比率が70%以下である間葉系幹細胞集団を提供すること。
【解決手段】0.002~1000細胞/cm
2の細胞密度で播種された間葉系幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において、接着培養により培養して、培養前の間葉系幹細胞集団と比べて、HLA-ABC陽性の比率が70%以下に低下した間葉系幹細胞集団を得る。
【選択図】
図13
【特許請求の範囲】
【請求項1】
HLA-ABC陽性の間葉系幹細胞の比率が70%以下である間葉系幹細胞集団。
【請求項2】
CD105陽性の間葉系幹細胞の比率が50%以下である請求項1に記載の間葉系幹細胞集団。
【請求項3】
0.002~1000細胞/cm2の細胞密度で播種された間葉系幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において、接着培養により培養して、前記細胞を増殖させることを含む、間葉系幹細胞の生産方法によって得られる、請求項1又は2に記載の間葉系幹細胞集団。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の間葉系幹細胞集団を含む治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、増殖細胞の生産方法、細胞生産物の生産方法、間葉系幹細胞集団およびその生産方法、幹細胞の培養上清およびその生産方法、並びに治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
間葉系幹細胞などの幹細胞は、再生医療への応用が世界的に注目されている。幹細胞を再生医療に応用するためには、これら細胞を安定に培養し増殖させる培養技術の開発が必要である。
【0003】
幹細胞を培養し増殖させ、大量生産するためには、まず一定の細胞密度で培養容器に播種し、培養容器表面の面積の8~9割以上が細胞で覆われる状態(所謂コンフルエントの状態)になるまで培養し、その後、トリプシン等の酵素で細胞を剥離し、得られた細胞を複数の新しい培養容器へ継代することが一般に行われている(例えば特許文献1を参照)。
【0004】
一方、間葉系幹細胞などの幹細胞は、各種サイトカインやエクソソーム等の細胞由来成分を分泌することが知られており、医療への応用が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
細胞培養技術を用いて増殖細胞や細胞由来成分を大量生産する場合、細胞を効率的に増殖させることや、細胞由来成分を含む培養上清を効率的に回収することが求められる。
【0007】
したがって、本発明は、低い細胞密度で播種された細胞を高い増殖倍率で増殖させることができる細胞培養技術を提供することを目的とする。また、本発明は、上記細胞培養技術を更に発展させた細胞培養技術であって、得られた増殖細胞の接着状態を維持したまま、簡便な手法で多量の細胞生産物を生産することができる細胞培養技術を提供することを目的とする。
更に、本発明は、上述の細胞培養技術に基づいて、新規特徴を有する間葉系幹細胞集団を提供すること、および、上述の細胞培養技術に基づいて、多量のサイトカインなどの細胞生産物を含む、幹細胞の培養上清を提供することを目的とする。また、本発明は、上述の間葉系幹細胞集団または上述の培養上清を含む治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一つの側面によれば、0.002~2000細胞/cm2の細胞密度で播種された細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において、接着培養により培養して、前記細胞を増殖させることを含む、増殖細胞の生産方法が提供される。
【0009】
別の側面によれば、
上述の「増殖細胞の生産方法」に従って細胞を増殖培養液中で培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと
を含む、細胞生産物の生産方法が提供される。
更に別の側面によれば、
上述の「増殖細胞の生産方法」に従って細胞を増殖培養液中で培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと、
前記生産培養液中での前記培養の後、前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、回復培養液中で培養することと
を含み、
前記生産培養液中での前記培養と、前記回復培養液中での前記培養とが、細胞の前記接着状態を維持したまま交互に繰り返される、細胞生産物の生産方法が提供される。
【0010】
更に別の側面によれば、間葉系幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において培養して、増殖細胞を得ることを含む、低下したHLA-ABC陽性率を有する間葉系幹細胞集団の生産方法が提供される。
更に別の側面によれば、HLA-ABC陽性の間葉系幹細胞の比率が70%以下である間葉系幹細胞集団が提供される。
更に別の側面によれば、
幹細胞の培養上清の生産方法であって、
幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において、接着培養により培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと、
前記生産培養液中での前記培養の後、前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、回復培養液中で培養することと
を含み、
前記生産培養液中での前記培養と、前記回復培養液中での前記培養とが、細胞の前記接着状態を維持したまま交互に繰り返され、前記方法が、前記生産培養液中での前記培養の後に、前記生産培養液の上清を回収することを更に含む、方法が提供される。
更に別の側面によれば、5000pg/mL以上のHGFを含有する、幹細胞の培養上清が提供される。
更に別の側面によれば、50pg/mL以上のCD9/CD63 ECドメイン 融合タンパク質を含有する、幹細胞の培養上清が提供される。
更に別の側面によれば、上述の間葉系幹細胞集団または上述の培養上清を含む治療剤が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、低い細胞密度で播種された細胞を高い増殖倍率で増殖させることができる細胞培養技術を提供することができる。また、本発明によれば、上記細胞培養技術を更に発展させた細胞培養技術であって、得られた増殖細胞の接着状態を維持したまま、簡便な手法で多量の細胞生産物を生産することができる細胞培養技術を提供することができる。
本発明によれば、上述の細胞培養技術に基づいて、新規特徴を有する間葉系幹細胞集団を提供すること、および、多量のサイトカインなどの細胞生産物を含む、幹細胞の培養上清を提供することができる。また、本発明によれば、上述の間葉系幹細胞集団または上述の培養上清を含む治療剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】播種密度10cells/cm
2で20日間培養した後の細胞の顕微鏡画像(比較例)。
【
図4】播種密度10cells/cm
2で20日間培養した後の細胞の顕微鏡画像(本発明の例)。
【
図6】播種密度10cells/cm
2で20日間培養した後の細胞の顕微鏡画像(参考例)。
【
図7A】生産培養を3日間行った後の細胞の顕微鏡画像(比較例)。
【
図7B】生産培養を3日間行った後の細胞の顕微鏡画像(比較例)。
【
図8A】生産培養を3日間行った後の細胞の顕微鏡画像(本発明の例)。
【
図8B】生産培養を3日間行った後の細胞の顕微鏡画像(本発明の例)。
【
図9】実施例3で行った培養工程を模式的に示す図。
【
図13】ラミニンフラグメントの存在下で培養した場合の臍帯由来間葉系幹細胞の細胞表面マーカーの陽性率を示すグラフ。
【
図14】ラミニンフラグメントの存在下で培養した場合の脂肪由来間葉系幹細胞の細胞表面マーカーの陽性率を示すグラフ。
【
図15】ラミニンフラグメントの非存在下で培養した場合の臍帯由来間葉系幹細胞の細胞表面マーカーの陽性率を示すグラフ。
【
図16】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるHGF量を示すグラフ。
【
図17】脂肪由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるHGF量を示すグラフ。
【
図18】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるMCP-1量を示すグラフ。
【
図19】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるGRO/CXCL1量を示すグラフ。
【
図20】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるフィブロネクチン量を示すグラフ。
【
図21】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるPDGF-AA量を示すグラフ。
【
図22】脂肪由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるVEGF量を示すグラフ。
【
図23】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるTGF-1b量を示すグラフ。
【
図24】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるIL-4量を示すグラフ。
【
図25】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるIL-10量を示すグラフ。
【
図26】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるIL-13量を示すグラフ。
【
図27】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるIL-7量を示すグラフ。
【
図28】脂肪由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるIL-15量を示すグラフ。
【
図29】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるIL-9量を示すグラフ。
【
図30】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるIL-1α量を示すグラフ。
【
図31】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるIL-1β量を示すグラフ。
【
図32】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるTNF-α量を示すグラフ。
【
図33】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるIL-8量を示すグラフ。
【
図34】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるEOTAXIN量を示すグラフ。
【
図35】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるIL-6量を示すグラフ。
【
図36】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるG-CSF量を示すグラフ。
【
図37】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるGM-CSF量を示すグラフ。
【
図38】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるMCP-3量を示すグラフ。
【
図39】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるIL-12P40量を示すグラフ。
【
図40】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるIP-10量を示すグラフ。
【
図41】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるMIP-1α量を示すグラフ。
【
図42】臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれるエクソソームマーカータンパク質量を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明するが、以下の説明は、本発明を詳説することを目的とし、本発明を限定することを意図していない。
【0014】
細胞を継代培養により増殖させる場合、播種時の細胞密度が低いほど、培養容器1枚の細胞から、次の代で培養される培養容器の枚数が増えることになる。いわゆるスプリット比率が1:10であれば、1枚の培養容器でコンフルエントの状態になった細胞を、10枚の培養容器に播種することが出来るし、スプリット比率が1:100であれば、1枚の培養容器でコンフルエントの状態になった細胞を、100枚の培養容器に播種することが可能である。しかしながら、幹細胞の一般的なスプリット比率は、1:5~1:20くらいまでであり、幹細胞が、1:100あるいは1:1000などのスプリット比率となるように、低い細胞密度で播種されることはほとんどない。実際には、幹細胞は、2000細胞/cm2を超える細胞密度で播種され、継代されている。
【0015】
一方、ヒト間葉系幹細胞を培養して、各種サイトカインやエクソソーム等の細胞由来成分(以下、細胞生産物ともいう)を生産させ、これを疾患治療のためにヒトに投与することが研究されている。この場合、幹細胞を、動物由来成分やヒト血清、また外来のサイトカインやインスリン等の組換えタンパク質を含む培養液で培養し、得られた上清成分を精製して用いることは望ましくない。なぜなら、細胞由来成分以外の上記外来成分がヒトの体内に入るリスクが懸念されるためである。したがって、幹細胞を、外来成分を含まない、タンパク質フリーの培養液で培養することにより得られた細胞培養上清を治療に使用することが望ましい。
【0016】
このような技術的背景の下で、本発明者らが、幹細胞を10000細胞/cm
2の細胞密度で播種して培養すると、コンフルエントの状態になるまで細胞を増殖させることができたが、幹細胞を1000細胞/cm
2以下の低い細胞密度で播種して培養すると、細胞の増殖が停止し、コンフルエントの状態になるまで増殖させることができなかった(後述の実施例1、
図1および2を参照)。また、本発明者らが、幹細胞を1000細胞/cm
2の細胞密度で播種して培養し、得られた増殖細胞を、外来成分を含まない、タンパク質フリーの培養液で培養した(すなわち、生産培養を行った)ところ、生産培養の途中で細胞が培養容器から剥離して、増殖細胞の接着状態を維持することができなかった(後述の実施例2、
図7Aおよび7Bを参照)。
【0017】
本発明者らは、これらの問題を解決することに取り組んだ。その結果、本発明者らは、第1に、幹細胞を、低い細胞密度で播種しても、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメント(以下、単にラミニンフラグメントともいう)の存在下で培養すると、コンフルエントの状態になるまで増殖させることができることを見出した(後述の実施例1、
図3および4を参照)。第2に、本発明者らは、幹細胞を、ラミニンフラグメントの存在下で培養して増殖させると、その後、得られた増殖細胞を、外来成分を含まない、タンパク質フリーの培養液で培養しても、培養の途中で細胞が培養容器から剥離せず、増殖細胞の接着状態を維持することができることを見出した(後述の実施例2、
図8Aおよび8Bを参照)。第3に、本発明者らは、上述の増殖細胞を、外来成分を含まない、タンパク質フリーの培養液で培養した(すなわち、生産培養を行った)後、さらに細胞増殖用培養液で培養し(すなわち、回復培養を行い)、再度、生産培養を行ったところ、増殖細胞の接着状態を維持したまま、生産培養を繰り返し行うことができ、細胞由来成分を長期にわたって生産できることを見出した(後述の実施例3を参照)。
【0018】
これらの発見に基づいて、本発明らは、本発明を完成させるに至った。以下、本発明の方法、すなわち「増殖細胞の生産方法」および「細胞生産物の生産方法」について、この順に説明する。
【0019】
<1.増殖細胞の生産方法>
1つの側面によれば、0.002~2000細胞/cm2の細胞密度で播種された細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において、接着培養により培養して、前記細胞を増殖させることを含む、増殖細胞の生産方法が提供される。
【0020】
好ましくは、培養は、前記培養基質(すなわち、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントまたはその改変体)を含有する増殖培養液中で行うことができる。すなわち、好ましい態様によれば、0.002~2000細胞/cm2の細胞密度で播種された細胞を、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメント(以下、単にラミニンフラグメントともいう)またはその改変体を含有する増殖培養液中で、接着培養により培養して、前記細胞を増殖させることを含む、増殖細胞の生産方法が提供される。
【0021】
具体的な例によれば、増殖細胞の生産方法は、
ラミニンフラグメントまたはその改変体を含有する増殖培養液を予め調製し、細胞を、0.002~2000細胞/cm2の播種密度になるように、予め調製された増殖培養液に懸濁し、得られた細胞懸濁液を培養容器に播種することと、
前記細胞を前記増殖培養液中で、接着培養により培養して、前記細胞を増殖させることと
を含むことができる。
【0022】
あるいは、別の具体的な例によれば、増殖細胞の生産方法は、
細胞を、0.002~2000細胞/cm2の播種密度になるように増殖培養液に懸濁し、得られた細胞懸濁液にラミニンフラグメントまたはその改変体を添加し、これを培養容器に播種することと、
前記細胞を前記増殖培養液中で、接着培養により培養して、前記細胞を増殖させることと
を含むことができる。
【0023】
あるいは、別の具体的な例によれば、増殖細胞の生産方法は、
細胞を、0.002~2000細胞/cm2の播種密度になるように増殖培養液に懸濁し、得られた細胞懸濁液を培養容器に播種し、播種された細胞懸濁液にラミニンフラグメントまたはその改変体を添加することと、
前記細胞を前記増殖培養液中で、接着培養により培養して、前記細胞を増殖させることと
を含むことができる。
【0024】
(細胞)
細胞としては、任意の細胞、例えば幹細胞を使用することができる。細胞は、好ましくは、間葉系幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、または胚性幹細胞(ES細胞)であり、より好ましくは間葉系幹細胞である。細胞は、より好ましくは、臍帯由来間葉系幹細胞、骨髄由来間葉系幹細胞、脂肪由来間葉系幹細胞、胎盤由来間葉系幹細胞、または臍帯血由来間葉系幹細胞であり、更に好ましくは臍帯由来間葉系幹細胞である。
【0025】
好ましい態様において、細胞はヒト細胞である。すなわち、細胞は、例えばヒト幹細胞である。細胞は、好ましくは、ヒト間葉系幹細胞、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)、またはヒト胚性幹細胞(ES細胞)であり、より好ましくはヒト間葉系幹細胞である。細胞は、より好ましくは、ヒト臍帯由来間葉系幹細胞、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞、ヒト脂肪由来間葉系幹細胞、ヒト胎盤由来間葉系幹細胞、またはヒト臍帯血由来間葉系幹細胞であり、更に好ましくはヒト臍帯由来間葉系幹細胞である。
【0026】
細胞は、凍結細胞であってもよい。すなわち、細胞は、凍結細胞を融解することにより準備された細胞であってもよい。増殖細胞や細胞由来成分を生産したいときに、凍結保存されている細胞を出発細胞として用いて本発明の方法に従って増殖させれば、必要なときに増殖細胞や細胞由来成分を生産することができる。
【0027】
(播種)
この方法では、細胞を0.002~2000細胞/cm2の細胞密度で増殖培養液に播種する。
【0028】
細胞は、好ましくは0.002~1900細胞/cm2、より好ましくは0.002~1800細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1700細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1600細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1500細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1400細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1300細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1200細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1100細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1000細胞/cm2、更に好ましくは0.002~900細胞/cm2、更に好ましくは0.002~800細胞/cm2、更に好ましくは0.002~700細胞/cm2、更に好ましくは0.002~600細胞/cm2、更に好ましくは0.002~500細胞/cm2、更に好ましくは0.002~400細胞/cm2、更に好ましくは0.002~300細胞/cm2、更に好ましくは0.002~200細胞/cm2、更に好ましくは0.002~100細胞/cm2の細胞密度で播種される。
【0029】
細胞がコンフルエントの状態になるまでの時間を考慮すると、細胞は、好ましくは1~2000細胞/cm2、より好ましくは1~1900細胞/cm2、更に好ましくは1~1800細胞/cm2、更に好ましくは1~1700細胞/cm2、更に好ましくは1~1600細胞/cm2、更に好ましくは1~1500細胞/cm2、更に好ましくは1~1400細胞/cm2、更に好ましくは1~1300細胞/cm2、更に好ましくは1~1200細胞/cm2、更に好ましくは1~1100細胞/cm2、更に好ましくは1~1000細胞/cm2、更に好ましくは1~900細胞/cm2、更に好ましくは1~800細胞/cm2、更に好ましくは1~700細胞/cm2、更に好ましくは1~600細胞/cm2、更に好ましくは1~500細胞/cm2、更に好ましくは1~400細胞/cm2、更に好ましくは1~300細胞/cm2、更に好ましくは1~200細胞/cm2、更に好ましくは1~100細胞/cm2の細胞密度で播種される。
【0030】
上述の細胞密度は、幹細胞を増殖培養する際に通常使用される播種密度より低い。細胞は、通常、単一細胞の状態で播種される。単一細胞の状態の細胞は、細胞塊をタンパク質分解酵素(例えばトリプシン)で処理することにより準備することができる。
【0031】
増殖培養液は、細胞の種類に応じて、細胞の増殖培養液として公知のものを使用することができる。例えば、ヒト幹細胞の場合、ヒト幹細胞の増殖用培地として市販されているものを使用することができる。
【0032】
増殖培養液は、培養細胞や培養液が疾患治療や再生医療などの治療用途に利用されることを考えると、血清フリーで、異種由来成分を含まない(ゼノフリー)タイプの培地であることが望ましい。
【0033】
また、増殖培養液は、後述される「生産培養液」がタンパク質を含まないことが好ましいのに対し、細胞の増殖を促進するタンパク質を含むことが好ましい。幹細胞の増殖を促進するタンパク質として、例えば、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)、TGFβ1(トランスフォーミング増殖因子β1)、EGF(上皮細胞増殖因子)、IGF(インスリン様増殖因子)、VEGF(血管内皮細胞増殖因子)、HGF(肝細胞増殖因子)、インスリン、アルブミン、トランスフェリンなどが挙げられる。より具体的には、増殖培養液は、細胞培養用基本培地(例えば、MEM、DMEM、IMDM、Ham’s F-12、DMEM/F12、RPMI1640など)に増殖因子を添加することにより調製された培地を使用してもよい。
【0034】
ヒト間葉系幹細胞の場合、増殖培養液として、例えば、MSC Expansion XSFM B培地(富士フイルム和光純薬株式会社)、Mesenchymal Stem Cell Growth Medium DXF(タカラバイオ株式会社)、MSC NutriStem XF Medium(Biological Industries社)などを使用することができる。これらの増殖培養液は、何れも、血清フリーで、異種由来成分を含まない(ゼノフリー)タイプの培地である。
【0035】
培養容器としては、細胞の接着培養のために使用される任意の容器を使用することができる。培養容器は、一般には平底容器、例えば培養フラスコ、培養皿、培養プレートなどを使用することができる。底面積の大きい培養容器を使用すると、1枚の培養容器から大量の増殖細胞や大量の細胞由来成分を生産することができる。例えば500cm2以上、好ましくは500~10000cm2の底面積を有する培養容器を使用することが望ましい。
【0036】
(増殖培養)
0.002~2000細胞/cm2の細胞密度で播種された細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントまたはその改変体の存在下で、接着培養により培養する。
【0037】
上述のとおり、本発明では、「インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメント(以下、単にラミニンフラグメントともいう)またはその改変体」の存在下で幹細胞を培養すると、幹細胞を、低い細胞密度で播種しても、コンフルエントの状態になるまで増殖させることができる(後述の実施例1、
図3および4を参照)。
【0038】
したがって、培養は、細胞がコンフルエントの状態に達するまで行われることが望ましい。本明細書において、「コンフルエントの状態」とは、細胞が、培養容器の底面積の80%以上を覆っている状態を指す。より好ましくは、培養は、細胞が、培養容器の底面積の80~90%を覆っている状態に達するまで行うことができる。
【0039】
ラミニンフラグメントまたはその改変体の存在下での培養は、ラミニンフラグメントまたはその改変体を含有する増殖培養液を用いて行ってもよいし、ラミニンフラグメントまたはその改変体をプレコーティングした培養容器を用いて行ってもよい。ラミニンフラグメントまたはその改変体を含有する増殖培養液を用いた培養は、ラミニンフラグメントまたはその改変体をプレコーティングした培養容器を用いた培養と比較すると、ラミニンフラグメントまたはその改変体の使用量が少ないことや操作が簡便であることから、好ましい。
【0040】
したがって、好ましくは、培養は、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントまたはその改変体を含有する増殖培養液中で行うことができる。
【0041】
ラミニンフラグメントは、インテグリン結合活性を有することが知られているラミニンフラグメントを使用することができる。「インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメント」は、培養容器にプレコーティングすると、ヒトES細胞やヒトiPS細胞を、フィーダー細胞を用いることなく培養できることが報告されている(例えば、Nakagawa et al., Scientific Reports 4, Article Number: 3594 (2014)および国際公開第2011/043405号)。フィーダー細胞を使用しない培養は、フィーダーフリー培養と呼ばれ、動物由来成分である異種由来成分を使用しないため、利用が広まっている。したがって、当該技術分野においてヒトES細胞やヒトiPS細胞をフィーダーフリー培養で増殖させる際に使用されるラミニンフラグメントを、本発明の方法でも使用することができる。
【0042】
ラミニンフラグメントは、増殖培養液が異種由来成分を含まないことが好ましいことから、ヒト由来のラミニンフラグメントであることが好ましい。
【0043】
ラミニンフラグメントは、好ましくはラミニンE8フラグメント、より好ましくはラミニン511 E8フラグメントである。ラミニン511 E8フラグメントは、商品名iMatrix-511として、株式会社ニッピから市販されており、これを好適に用いることができる。ラミニンは、α鎖、β鎖およびγ鎖の3本のサブユニット鎖から構成され、α鎖としてα1~α5の5種類、β鎖としてβ1~β3の3種類、γ鎖としてγ1~γ3の3種類が知られている。ラミニン511は、α5、β1およびγ1から構成されるラミニンを指す。
【0044】
その他のラミニンフラグメントとして、例えば、ラミニン521 E8フラグメント、ラミニン411 E8フラグメント、ラミニン421 E8フラグメント、ラミニン332 E8フラグメント、ラミニン311 E8フラグメント、ラミニン321 E8フラグメント、ラミニン211 E8フラグメント、ラミニン221 E8フラグメント、ラミニン213 E8フラグメント、ラミニン111 E8フラグメント、またはラミニン121 E8フラグメントなどを使用することができる。
【0045】
ラミニンフラグメントの改変体として、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントと他の機能性分子とから構成される公知の複合体、例えば、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントと細胞接着分子との複合体、またはインテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントと増殖因子結合分子との複合体を使用することができる(WO2012/137970、WO2014/103534、およびWO2016/010082を参照)。
【0046】
ラミニンフラグメントの改変体として、好ましくは、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントと増殖因子結合分子との複合体を使用することができる。かかる複合体に含まれるラミニンフラグメントは、上記で説明したラミニンフラグメントとすることができる。かかる複合体に含まれる増殖因子結合分子は、好ましくは、ヘパラン硫酸である。かかる複合体は、インテグリン結合活性に加えて、増殖因子結合活性を有する。
【0047】
ラミニンフラグメントの改変体は、より好ましくは、ラミニンE8フラグメントと増殖因子結合分子との複合体である。かかる複合体に含まれるラミニンE8フラグメントは、好ましくは、上記で例示したラミニンE8フラグメントである。かかる複合体に含まれる増殖因子結合分子は、好ましくは、ヘパラン硫酸である。したがって、ラミニンフラグメントの改変体は、更に好ましくは、上記で例示したラミニンE8フラグメントとヘパラン硫酸との複合体である。ラミニンフラグメントの改変体は、最も好ましくは、ラミニン511 E8フラグメントとヘパラン硫酸との複合体、またはラミニン421 E8フラグメントとヘパラン硫酸との複合体である。
【0048】
インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントと増殖因子結合分子との複合体は、公知の遺伝子組換え技術を用いることにより組換えタンパク質として製造することができる。
【0049】
例えば、増殖培養液中のラミニンフラグメントまたはその改変体の濃度は、培養容器の培養面積1cm2あたり0.005μg~2μgとすることができる。好ましくは、増殖培養液中のラミニンフラグメントまたはその改変体の濃度は、培養容器の培養面積1cm2あたり0.01μg~0.5μgとすることができる。より好ましくは、増殖培養液中のラミニンフラグメントまたはその改変体の濃度は、培養容器の培養面積1cm2あたり0.05μg~0.25μgとすることができる。
【0050】
ここで、増殖培養液の液量を、例えば200μl/cm2(培養面積)とすれば、0.005μg/cm2~2μg/cm2は、0.025μg/ml~10μg/mlに相当し、0.01μg/cm2~0.5μg/cm2は、0.05μg/ml~2.5μg/mlに相当し、0.05μg/cm2~0.25μg/cm2は、0.25μg/ml~1.25μg/mlに相当する。
【0051】
上述のとおり、培養は、任意の培養容器で行うことができ、例えば500cm2以上、好ましくは500~10000cm2の底面積を有する培養容器で行うことができる。培養の途中で、増殖培養液を、同じ組成を有する新しいものに適宜交換してもよい。
【0052】
(効果)
従来、細胞を低い細胞密度で播種すると、細胞の増殖が停止し、コンフルエントの状態になるまで増殖させることができなかったのに対し、上述の方法によれば、低い細胞密度で播種された細胞を高い増殖倍率で増殖させることができる。これにより、培養容器1枚の細胞から、次の代で培養される培養容器の枚数を増やすことができ、増殖細胞や細胞由来成分を効率良く生産することができる。
【0053】
<2.細胞生産物の生産方法>
<2-1.第1実施形態(1回の生産培養工程を行う実施形態)>
別の側面によれば、上述の「増殖細胞の生産方法」に従って細胞を増殖培養液中で培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと
を含む、細胞生産物の生産方法が提供される。
【0054】
すなわち、細胞生産物の生産方法は、
0.002~2000細胞/cm2の細胞密度で播種された細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において、接着培養により培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと
を含む。
【0055】
以下の説明において、増殖培養液中での培養を「増殖培養」と呼び、生産培養液中での培養を「生産培養」と呼ぶ。
【0056】
上述のとおり、好ましくは、増殖培養は、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントまたはその改変体を含有する増殖培養液中で行うことができる。すなわち、好ましい態様によれば、0.002~2000細胞/cm2の細胞密度で播種された細胞を、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントまたはその改変体を含有する増殖培養液中で、接着培養により培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと
を含む、細胞生産物の生産方法が提供される。
【0057】
(増殖培養)
増殖培養までの工程は、<1.増殖細胞の生産方法>の欄で説明したとおり行うことができる。これにより、増殖細胞を接着状態で得ることができる。増殖培養を、細胞がコンフルエントの状態に達するまで行えば、増殖細胞をコンフルエントの状態で得ることができる。
【0058】
(生産培養)
増殖培養後、増殖細胞を、接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養する。「増殖細胞を、接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養する」とは、増殖培養後、培養容器底面に接着している細胞を、培養容器底面から剥がさないで接着状態を維持したまま生産培養を行うことを意味する。
【0059】
生産培養は、増殖培養後に、培養容器中の増殖培養液を生産培養液に置き換えることにより行うことができる。これにより、増殖細胞を、接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養することができる。
【0060】
生産培養の間に、細胞は細胞生産物を生産し、生産培養液中に放出することができる。細胞生産物は、細胞が生産培養液中に放出する任意の物質であり、例えば、アミノ酸、脂質、糖などの細胞代謝物;ホルモン;ペプチド;サイトカイン、細胞外マトリックスなどの分泌タンパク質;またはエクソソームなどが挙げられる。例えば、幹細胞は、各種サイトカインやエクソソームを生産し、生産培養液中に放出することができる。したがって、細胞生産物の生産方法は、生産培養の後に、生産培養液の上清を回収する工程を更に含んでいてもよい。
【0061】
回収工程で得られる生産培養液の上清は、疾患治療や再生医療などの治療用途に利用することが想定される。したがって、生産培養液は、異種由来成分を含まない培養液であることが望ましい。異種由来成分は、培養される細胞がヒト細胞である場合には、ヒト以外の動物由来成分を指す。また、生産培養液は、サイトカインやインスリンを含まない培養液であることが望ましい。また、生産培養液は、タンパク質を含まない培養液であることが望ましい。また、生産培養液は、血清を含まない培養液であることが望ましい。
【0062】
より好ましくは、生産培養液は、異種由来成分を含まず、かつ、サイトカインやインスリンを含まない細胞培養液である。更に好ましくは、生産培養液は、異種由来成分を含まず、かつ、サイトカインやインスリンを含まず、かつ、タンパク質を含まない細胞培養液である。更に好ましくは、生産培養液は、異種由来成分を含まず、かつ、サイトカインやインスリンを含まず、かつ、タンパク質を含まず、かつ、血清を含まない細胞培養液である。
【0063】
生産培養液は、細胞の種類に適した細胞培養液のうち、上記成分(すなわち、異種由来成分、サイトカイン、インスリン、タンパク質、およびヒト血清)を含まない細胞培養液を使用することができる。より具体的には、生産培養液は、細胞培養用基本培地(例えば、MEM、DMEM、IMDM、Ham’s F-12、DMEM/F12、RPMI1640など)を使用してもよいし、あるいは、細胞の栄養成分を追加した細胞培養用基本培地を使用してもよい。細胞培養用基本培地は、市販されており、一般的には、アミノ酸、ビタミン、無機塩および炭素源を含む。生産培養液は、ラミニンフラグメントやその改変体を含む必要はない。
【0064】
ヒト間葉系幹細胞の場合、生産培養液は、例えば、DMEM/F12培地にアミノ酸を添加したものを使用することができる。添加されるアミノ酸としては、市販の培地添加用アミノ酸溶液、例えばMEM必須アミノ酸溶液(富士フイルム和光純薬株式会社)、MEM非必須アミノ酸溶液(富士フイルム和光純薬株式会社)などを使用することができる。この生産培養液は、異種由来成分、サイトカインやインスリン、タンパク質、ヒト血清の何れも含まない。
【0065】
生産培養の期間は特に限定されないが、例えば0.5~10日間、好ましくは2~5日間にわたって行うことができる。
【0066】
(効果)
従来、増殖培養の途中で細胞の増殖が停止したり、生産培養の途中で細胞が培養容器から剥離して、細胞の接着状態を維持することができなかったりしたのに対し、上述の方法によれば、低い細胞密度で播種された細胞を高い増殖倍率で増殖させ、その後、得られた増殖細胞の接着状態を維持したまま生産培養を行うことができる。これにより、簡便な手法で多量の細胞生産物を生産することができる。
【0067】
具体的には、上述の方法は、低い細胞密度で播種された細胞を高い増殖倍率で増殖させることができるため、少ない量の原料細胞から、多量の細胞生産物を生産することができる。また、上述の方法は、細胞の接着状態を維持することができるため、培養液を交換するだけで、増殖培養から生産培養に移行させることができる点で簡便である。すなわち、上述の方法は、細胞継代を行う必要がなく、これにより、継代によるロット差や継代にかかるコストをなくすこともできる。また、上述の方法は、細胞の接着状態を維持することができるため、細胞生産物を含有する培養上清を容易に回収することができる点で簡便である。
【0068】
<2-2.第2実施形態(複数回の生産培養工程を行う実施形態)>
別の側面によれば、
上述の「増殖細胞の生産方法」に従って細胞を増殖培養液中で培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと、
前記生産培養液中での前記培養の後、前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、回復培養液中で培養することと
を含み、
前記生産培養液中での前記培養と、前記回復培養液中での前記培養とが、細胞の前記接着状態を維持したまま交互に繰り返される、細胞生産物の生産方法が提供される。
【0069】
すなわち、細胞生産物の生産方法は、
0.002~2000細胞/cm2の細胞密度で播種された細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において、接着培養により培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと、
前記生産培養液中での前記培養の後、前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、回復培養液中で培養することと
を含み、
前記生産培養液中での前記培養と、前記回復培養液中での前記培養とが、細胞の前記接着状態を維持したまま交互に繰り返される。
【0070】
以下の説明において、増殖培養液中での培養を「増殖培養」と呼び、生産培養液中での培養を「生産培養」と呼び、回復培養液中での培養を「回復培養」と呼ぶ。
【0071】
上述のとおり、好ましくは、増殖培養は、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントまたはその改変体を含有する増殖培養液中で行うことができる。すなわち、好ましい態様によれば、0.002~2000細胞/cm2の細胞密度で播種された細胞を、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントまたはその改変体を含有する増殖培養液中で、接着培養により培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと、
前記生産培養液中での前記培養の後、前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、回復培養液中で培養することと
を含み、
前記生産培養液中での前記培養と、前記回復培養液中での前記培養とが、細胞の前記接着状態を維持したまま交互に繰り返される、細胞生産物の生産方法が提供される。
【0072】
(増殖培養)
増殖培養までの工程は、<1.増殖細胞の生産方法>の欄で説明したとおり行うことができる。これにより、増殖細胞を接着状態で得ることができる。増殖培養を、細胞がコンフルエントの状態に達するまで行えば、増殖細胞をコンフルエントの状態で得ることができる。
【0073】
(生産培養)
生産培養の工程は、<2-1.第1実施形態(1回の生産培養工程を行う実施形態)>の欄で説明したとおり行うことができる。これにより、細胞に細胞生産物を生産させることができる。
【0074】
(回復培養)
生産培養後、増殖細胞を、接着状態を維持したまま、回復培養液中で培養する。「増殖細胞を、接着状態を維持したまま、回復培養液中で培養する」とは、生産培養後、培養容器底面に接着している細胞を、培養容器底面から剥がさないで接着状態を維持したまま回復培養を行うことを意味する。
【0075】
回復培養は、生産培養後に、培養容器中の生産培養液を回復培養液に置き換えることにより行うことができる。これにより、増殖細胞を、接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養した後、さらに接着状態を維持したまま、回復培養液中で培養することができる。
【0076】
回復培養の間に、細胞を、再度、細胞生産物を十分な量で生産可能な状態に回復させることができる。すなわち、回復培養は、次の生産培養工程に向けて、細胞が細胞生産物を生産する能力を回復させるために行う培養である。
【0077】
回復培養は、細胞の増殖培養で用いられる培養液を用いて行うことができる。すなわち、回復培養液は、細胞の種類に応じて、細胞の増殖培養液として公知のものを使用することができる。例えば、ヒト幹細胞の場合、ヒト幹細胞の増殖用培地として市販されているものを使用することができる。
【0078】
回復培養液は、培養細胞や培養液が疾患治療や再生医療などの治療用途に利用されることを考えると、血清フリーで、異種由来成分を含まない(ゼノフリー)タイプの培地であることが望ましい。
【0079】
また、回復培養液は、上述の「生産培養液」がタンパク質を含まないことが好ましいのに対し、細胞の増殖を促進するタンパク質を含むことが好ましい。幹細胞の増殖を促進するタンパク質として、例えば、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)、TGFβ1(トランスフォーミング増殖因子β1)、EGF(上皮細胞増殖因子)、IGF(インスリン様増殖因子)、VEGF(血管内皮細胞増殖因子)、HGF(肝細胞増殖因子)、インスリン、アルブミン、トランスフェリンなどが挙げられる。より具体的には、回復培養液は、細胞培養用基本培地(例えば、MEM、DMEM、IMDM、Ham’s F-12、DMEM/F12、RPMI1640など)に増殖因子を添加することにより調製された培地を使用してもよい。
【0080】
回復培養液は、増殖培養液と同じ組成の培養液を使用してもよい。ただし、回復培養液は、ラミニンフラグメントやその改変体を含む必要はない。
【0081】
ヒト間葉系幹細胞の場合、回復培養液として、例えば、MSC Expansion XSFM B培地(富士フイルム和光純薬株式会社)、Mesenchymal Stem Cell Growth Medium DXF(タカラバイオ株式会社)、MSC NutriStem XF Medium(Biological Industries社)などを使用することができる。これらの回復培養液は、何れも、血清フリーで、異種由来成分を含まない(ゼノフリー)タイプの培地である。
【0082】
上述のとおり、生産培養と回復培養は、細胞の接着状態を維持したまま交互に繰り返すことができる。生産培養と回復培養のサイクルは、細胞が細胞生産物を生産する能力を回復させることができる限り、制限なく繰り返すことができる。生産培養と回復培養のサイクルは、例えば、2~10回繰り返すことができる。これにより、生産培養を行う度に、細胞は細胞生産物を生産し、培養液中に放出することができる。したがって、細胞生産物の生産方法は、生産培養の後に、生産培養液の上清を回収する工程を更に含んでいてもよい。
【0083】
回復培養の期間は特に限定されないが、例えば0.5~10日間、好ましくは2~5日間にわたって行うことができる。
【0084】
(効果)
第2実施形態に係る方法は、第1実施形態に係る方法と同様、低い細胞密度で播種された細胞を高い増殖倍率で増殖させ、その後、得られた増殖細胞の接着状態を維持したまま生産培養を行うことができる。加えて、第2実施形態に係る方法は、生産培養を終えた細胞の接着状態を維持したまま回復培養を行い、細胞が細胞生産物を生産する能力を回復させることができる。これにより、細胞の接着状態を維持したまま複数回の生産培養工程を繰り返し行うことができ、その結果、簡便な手法で多量の細胞生産物を長期にわたって生産することができる。
【0085】
具体的には、第2実施形態に係る方法は、低い細胞密度で播種された細胞を高い増殖倍率で増殖させることができるため、少ない量の原料細胞から、多量の細胞生産物を生産することができる。また、第2実施形態に係る方法は、細胞の接着状態を維持することができるため、培養液を交換するだけで、増殖培養から生産培養へ移行させたり、生産培養と回復培養のサイクルを繰り返したりすることができる点で簡便である。すなわち、第2実施形態に係る方法は、細胞継代を行う必要がなく、これにより、継代によるロット差や継代にかかるコストをなくすこともできる。また、第2実施形態に係る方法は、細胞の接着状態を維持することができるため、細胞生産物を含有する培養上清を容易に回収することができる点で簡便である。
【0086】
とりわけ第2実施形態に係る方法は、生産培養と回復培養のサイクルを繰り返す度に細胞生産物を生産することができるため、長期にわたる物質生産が可能であるという利点を有する。また第2実施形態に係る方法は、生産培養と回復培養のサイクルを繰り返しても、細胞生産物の生産量が低下しないため、多量の細胞生産物を継続して生産できるという利点を有する。
【0087】
<3.好ましい実施形態>
以下に、本発明の好ましい実施形態をまとめて示す。
[A1] 0.002~2000細胞/cm2の細胞密度で播種された細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において、接着培養により培養して、前記細胞を増殖させることを含む、増殖細胞の生産方法。
[A2] 0.002~2000細胞/cm2の細胞密度で播種された細胞を、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質を含有する増殖培養液中で、接着培養により培養して、前記細胞を増殖させることを含む、増殖細胞の生産方法。
[A3] 増殖培養液と、0.002~2000細胞/cm2の播種密度を達成する量の細胞と、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質とを含む細胞懸濁液を培養容器に播種することと、その後、
前記細胞を前記増殖培養液中で、接着培養により培養して、前記細胞を増殖させることと
を含む、増殖細胞の生産方法。
[A4] 増殖培養液と、0.002~2000細胞/cm2の播種密度を達成する量の細胞とを含む細胞懸濁液を培養容器に播種することと、
播種された前記細胞懸濁液に、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質を添加することと、その後、
前記細胞を前記増殖培養液中で、接着培養により培養して、前記細胞を増殖させることと
を含む、増殖細胞の生産方法。
[A5] 前記細胞が幹細胞である[A1]~[A4]の何れか1に記載の方法。
【0088】
[A6] 前記細胞が、間葉系幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、または胚性幹細胞(ES細胞)である[A1]~[A5]の何れか1に記載の方法。
[A7] 前記細胞が間葉系幹細胞である[A1]~[A6]の何れか1に記載の方法。
[A8] 前記細胞が、臍帯由来間葉系幹細胞、骨髄由来間葉系幹細胞、脂肪由来間葉系幹細胞、胎盤由来間葉系幹細胞、または臍帯血由来間葉系幹細胞である[A1]~[A7]の何れか1に記載の方法。
[A9] 前記細胞が臍帯由来間葉系幹細胞である[A1]~[A8]の何れか1に記載の方法。
[A10] 前記細胞がヒト幹細胞である[A1]~[A5]の何れか1に記載の方法。
【0089】
[A11] 前記細胞が、ヒト間葉系幹細胞、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)、またはヒト胚性幹細胞(ES細胞)である[A1]~[A6]および[A10]の何れか1に記載の方法。
[A12] 前記細胞がヒト間葉系幹細胞である[A1]~[A7]、[A10]および[A11]の何れか1に記載の方法。
[A13] 前記細胞が、ヒト臍帯由来間葉系幹細胞、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞、ヒト脂肪由来間葉系幹細胞、ヒト胎盤由来間葉系幹細胞、またはヒト臍帯血由来間葉系幹細胞である[A1]~[A8]および[A10]~[A12]の何れか1に記載の方法。
[A14] 前記細胞がヒト臍帯由来間葉系幹細胞である[A1]~[A13]の何れか1に記載の方法。
[A15] 前記細胞が凍結細胞である[A1]~[A14]の何れか1に記載の方法。
【0090】
[A16] 前記細胞が、凍結細胞を融解することにより準備された細胞である[A1]~[A15]の何れか1に記載の方法。
[A17] 前記細胞が、0.002~1900細胞/cm2、好ましくは0.002~1800細胞/cm2、より好ましくは0.002~1700細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1600細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1500細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1400細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1300細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1200細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1100細胞/cm2、更に好ましくは0.002~1000細胞/cm2、更に好ましくは0.002~900細胞/cm2、更に好ましくは0.002~800細胞/cm2、更に好ましくは0.002~700細胞/cm2、更に好ましくは0.002~600細胞/cm2、更に好ましくは0.002~500細胞/cm2、更に好ましくは0.002~400細胞/cm2、更に好ましくは0.002~300細胞/cm2、更に好ましくは0.002~200細胞/cm2、更に好ましくは0.002~100細胞/cm2の細胞密度で播種される[A1]~[A16]の何れか1に記載の方法。
[A18] 前記細胞が、1~2000細胞/cm2、好ましくは1~1900細胞/cm2、より好ましくは1~1800細胞/cm2、更に好ましくは1~1700細胞/cm2、更に好ましくは1~1600細胞/cm2、更に好ましくは1~1500細胞/cm2、更に好ましくは1~1400細胞/cm2、更に好ましくは1~1300細胞/cm2、更に好ましくは1~1200細胞/cm2、更に好ましくは1~1100細胞/cm2、更に好ましくは1~1000細胞/cm2、更に好ましくは1~900細胞/cm2、更に好ましくは1~800細胞/cm2、更に好ましくは1~700細胞/cm2、更に好ましくは1~600細胞/cm2、更に好ましくは1~500細胞/cm2、更に好ましくは1~400細胞/cm2、更に好ましくは1~300細胞/cm2、更に好ましくは1~200細胞/cm2、更に好ましくは1~100細胞/cm2の細胞密度で播種される[A1]~[A16]の何れか1に記載の方法。
[A19] 前記増殖培養液が、前記細胞の増殖を促進するタンパク質を含む増殖培養液である[A1]~[A18]の何れか1に記載の方法。
[A20] 前記増殖培養液が、増殖因子を追加した細胞培養用基本培地を含む培養液である[A1]~[A19]の何れか1に記載の方法。
【0091】
[A21] 前記増殖培養液が、増殖因子を追加した細胞培養用基本培地である[A1]~[A20]の何れか1に記載の方法。
[A22] 前記培養が、前記細胞がコンフルエントの状態に達するまで行われる[A1]~[A21]の何れか1に記載の方法。
[A23] 前記培養が、500cm2以上の底面積を有する培養容器で行われる[A1]~[A22]の何れか1に記載の方法。
[A24] 前記培養が、500~10000cm2の底面積を有する培養容器で行われる[A1]~[A23]の何れか1に記載の方法。
[A25] 前記培養基質が、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントである[A1]~[A24]の何れか1に記載の方法。
【0092】
[A26] 前記ラミニンフラグメントが、ヒト由来のラミニンフラグメントである[A25]に記載の方法。
[A27] 前記ラミニンフラグメントが、ラミニンE8フラグメントである[A25]または[A26]に記載の方法。
[A28] 前記ラミニンフラグメントが、ラミニン511 E8フラグメント、ラミニン521 E8フラグメント、ラミニン411 E8フラグメント、ラミニン421 E8フラグメント、ラミニン332 E8フラグメント、ラミニン311 E8フラグメント、ラミニン321 E8フラグメント、ラミニン211 E8フラグメント、ラミニン221 E8フラグメント、ラミニン213 E8フラグメント、ラミニン111 E8フラグメント、またはラミニン121 E8フラグメントである[A25]~[A27]の何れか1に記載の方法。
[A29] 前記ラミニンフラグメントが、ラミニン511 E8フラグメントである[A25]~[A28]の何れか1に記載の方法。
[A30] 前記培養基質が、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントの改変体である[A1]~[A24]の何れか1に記載の方法。
【0093】
[A31] 前記改変体が、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントと他の機能性分子との複合体である[A30]に記載の方法。
[A32] 前記改変体が、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントと増殖因子結合分子との複合体である[A30]または[A31]に記載の方法。
[A33] 前記ラミニンフラグメントが、ラミニンE8フラグメントである[A31]または[A32]に記載の方法。
[A34] 前記ラミニンE8フラグメントが、ラミニン511 E8フラグメント、ラミニン521 E8フラグメント、ラミニン411 E8フラグメント、ラミニン421 E8フラグメント、ラミニン332 E8フラグメント、ラミニン311 E8フラグメント、ラミニン321 E8フラグメント、ラミニン211 E8フラグメント、ラミニン221 E8フラグメント、ラミニン213 E8フラグメント、ラミニン111 E8フラグメント、またはラミニン121 E8フラグメントである[A33]に記載の方法。
[A35] 前記ラミニンE8フラグメントが、ラミニン511 E8フラグメントである[A33]または[A34]に記載の方法。
[A36] 前記ラミニンE8フラグメントが、ラミニン421 E8フラグメントである[A33]または[A34]に記載の方法。
【0094】
[A37] 前記増殖因子結合分子が、ヘパラン硫酸である[A32]~[A36]の何れか1に記載の方法。
[A38] 前記改変体が、ラミニン511 E8フラグメントとヘパラン硫酸との複合体である[A30]~[A37]の何れか1に記載の方法。
[A39] 前記改変体が、ラミニン421 E8フラグメントとヘパラン硫酸との複合体である[A30]~[A37]の何れか1に記載の方法。
[A40] 前記増殖培養液中の前記ラミニンフラグメントまたはその改変体の濃度が、培養容器の培養面積1cm2あたり0.005μg~2μgである[A1]~[A39]の何れか1に記載の方法。
[A41] 前記増殖培養液中の前記ラミニンフラグメントまたはその改変体の濃度が、培養容器の培養面積1cm2あたり0.01μg~0.5μgである[A1]~[A40]の何れか1に記載の方法。
[A42] 前記増殖培養液中の前記ラミニンフラグメントまたはその改変体の濃度が、培養容器の培養面積1cm2あたり0.05μg~0.25μgである[A1]~[A41]の何れか1に記載の方法。
【0095】
[B1] [A1]~[A42]の何れか1に記載の方法に従って細胞を増殖培養液中で培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと
を含む、細胞生産物の生産方法。
[B2] [A1]~[A42]の何れか1に記載の方法に従って細胞を増殖培養液中で培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと、
前記生産培養液中での前記培養の後、前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、回復培養液中で培養することと
を含み、
前記生産培養液中での前記培養と、前記回復培養液中での前記培養とが、細胞の前記接着状態を維持したまま交互に繰り返される、細胞生産物の生産方法。
[B3] 前記細胞生産物が、アミノ酸、脂質、糖などの細胞代謝物;ホルモン;ペプチド;サイトカイン、細胞外マトリックスなどの分泌タンパク質;またはエクソソームである[B1]または[B2]に記載の方法。
[B4] 前記細胞生産物がサイトカインである[B1]~[B3]の何れか1に記載の方法。
[B5] 前記細胞生産物がエクソソームである[B1]~[B3]の何れか1に記載の方法。
【0096】
[B6] 前記生産培養液が、異種由来成分を含まない培養液である[B1]~[B5]の何れか1に記載の方法。
[B7] 前記生産培養液が、サイトカインやインスリンを含まない培養液である[B1]~[B6]の何れか1に記載の方法。
[B8] 前記生産培養液が、タンパク質を含まない培養液である[B1]~[B7]の何れか1に記載の方法。
[B9] 前記生産培養液が、血清を含まない培養液である[B1]~[B8]の何れか1に記載の方法。
[B10] 前記生産培養液中での前記培養の後に、前記生産培養液の上清を回収することを更に含む[B1]~[B9]の何れか1に記載の方法。
【0097】
[B11] 前記生産培養液が、細胞培養用基本培地を含む培養液であるか、または細胞の栄養成分を追加した細胞培養用基本培地を含む培養液である[B1]~[B10]の何れか1に記載の方法。
[B12] 前記生産培養液が、細胞培養用基本培地であるか、または細胞の栄養成分を追加した細胞培養用基本培地である[B1]~[B11]の何れか1に記載の方法。
[B13] 前記生産培養液が、細胞の栄養成分、好ましくはアミノ酸を追加した細胞培養用基本培地である[B1]~[B12]の何れか1に記載の方法。
[B14] 前記生産培養液が、ラミニンフラグメントまたはその改変体を含まない[B1]~[B13]の何れか1に記載の方法。
[B15] 前記生産培養液中での前記培養が、0.5~10日間、好ましくは2~5日間にわたって行われる[B1]~[B14]の何れか1に記載の方法。
【0098】
[B16] 前記回復培養液が、前記細胞の増殖培養液である[B2]~[B15]の何れか1に記載の方法。
[B17] 前記回復培養液が、前記細胞の増殖を促進するタンパク質を含む培養液である[B2]~[B16]の何れか1に記載の方法。
[B18] 前記回復培養液が、増殖因子を追加した細胞培養用基本培地を含む培養液である[B2]~[B17]の何れか1に記載の方法。
[B19] 前記回復培養液が、増殖因子を追加した細胞培養用基本培地である[B2]~[B18]の何れか1に記載の方法。
[B20] 前記回復培養液が、前記増殖培養液と同じ組成を有する[B2]~[B19]の何れか1に記載の方法。
【0099】
[B21] 前記回復培養液が、ラミニンフラグメントまたはその改変体を含まない[B2]~[B20]の何れか1に記載の方法。
[B22] 前記回復培養液中での前記培養が、0.5~10日間、好ましくは2~5日間にわたって行われる[B2]~[B21]の何れか1に記載の方法。
[B23] 前記生産培養液中での前記培養と前記回復培養液中での前記培養とのサイクルが、2~10回繰り返される[B2]~[B22]の何れか1に記載の方法。
【0100】
以下に、「間葉系幹細胞集団およびその生産方法」、「幹細胞の培養上清およびその生産方法」、並びに「間葉系幹細胞集団または幹細胞の培養上清を含む治療剤」について説明する。
【0101】
<4.間葉系幹細胞集団およびその生産方法>
本発明者らは、<1.増殖細胞の生産方法>の欄で説明した方法に従って、間葉系幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントの存在下において培養すると、間葉系幹細胞の細胞表面マーカーであるHLA-ABCおよびCD105の発現が低下することを新たに見出した(後述の実施例4を参照)。
【0102】
当該技術分野において、間葉系幹細胞は、HLA-ABC陽性であり、CD105陽性であることが知られている。また、当該技術分野において、細胞表面マーカーが陽性であることは、細胞表面マーカーの陽性率の値により表すことができる。細胞表面マーカーの陽性率は、後述の実施例に記載されるとおり、細胞表面マーカーの蛍光標識抗体を用いてフローサイトメーターにより求めることができる。
【0103】
したがって、一つの実施形態によれば、間葉系幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において培養して、増殖細胞を得ることを含む、低下したHLA-ABC陽性率を有する間葉系幹細胞集団の生産方法が提供される。この方法において、得られた増殖細胞は、低下したHLA-ABC陽性率を有する。「HLA-ABC陽性率」は、間葉系幹細胞集団におけるHLA-ABC陽性の間葉系幹細胞の比率(%)を表す。
【0104】
この方法によれば、培養前の間葉系幹細胞集団と比べて、低下したHLA-ABC陽性率を有する間葉系幹細胞集団を得ることができる。例えば、この方法によれば、HLA-ABC陽性率が70%以下である間葉系幹細胞集団を得ることができる。この間葉系幹細胞集団において、HLA-ABC陽性率は、好ましくは60%以下、より好ましくは50%以下、更に好ましくは40%以下、更に好ましくは30%以下、更に好ましくは20%以下、更に好ましくは10%以下である。
【0105】
好ましい実施形態によれば、間葉系幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において培養して、増殖細胞を得ることを含む、低下したHLA-ABC陽性率および低下したCD105陽性率を有する間葉系幹細胞集団の生産方法が提供される。この方法において、得られた増殖細胞は、低下したHLA-ABC陽性率および低下したCD105陽性率を有する。「HLA-ABC陽性率」は、間葉系幹細胞集団におけるHLA-ABC陽性の間葉系幹細胞の比率(%)を表し、「CD105陽性率」は、間葉系幹細胞集団におけるCD-105陽性の間葉系幹細胞の比率(%)を表す。
【0106】
この方法によれば、培養前の間葉系幹細胞集団と比べて、低下したHLA-ABC陽性率および低下したCD105陽性率を有する間葉系幹細胞集団を得ることができる。例えば、この方法によれば、HLA-ABC陽性率が70%以下であり、かつCD105陽性率が50%以下である間葉系幹細胞集団を得ることができる。この間葉系幹細胞集団において、HLA-ABC陽性率は、好ましくは60%以下、より好ましくは50%以下、更に好ましくは40%以下、更に好ましくは30%以下、更に好ましくは20%以下、更に好ましくは10%以下である。この間葉系幹細胞集団において、CD105陽性率は、好ましくは40%以下、より好ましくは30%以下、更に好ましくは20%以下、更に好ましくは10%以下である。
【0107】
上述の「間葉系幹細胞集団の生産方法」は、<1.増殖細胞の生産方法>の欄で説明したとおり実施することができる。<1.増殖細胞の生産方法>の欄では、培養開始時における細胞密度(すなわち、細胞の播種密度)は、通常より低い播種密度(0.002~2000細胞/cm2)を採用することを記載している。ただし、上述の「間葉系幹細胞集団の生産方法」では、通常より低い播種密度を採用する必要はなく、2000細胞/cm2を超える播種密度を採用してもよい。すなわち、上述の「間葉系幹細胞集団の生産方法」では、増殖培養の開始時における細胞密度(すなわち、細胞の播種密度)は、例えば2001~1000000細胞/cm2、好ましくは5000~20000細胞/cm2とすることができる。もちろん、この方法において、通常より低い播種密度(0.002~2000細胞/cm2)を採用してもよい。
【0108】
HLA-ABC陽性率が低い間葉系幹細胞は、治療剤として投与された際にホストの免疫応答(免疫拒絶)を受けにくいため、細胞生存率が高く、高い治療効果を発揮することが期待できる。
CD105の陽性率が低い細胞は、TGFb1の発現量が高く、T細胞増殖を抑制するため、炎症疾患への治療効果が期待されている報告がある。
【0109】
本明細書において、「間葉系幹細胞」の用語は、上述の方法で培養する前の間葉系幹細胞も、上述の方法で培養することにより得られた間葉系幹細胞も包含する。すなわち、本明細書において、「間葉系幹細胞」の用語は、HLA-ABC陽性である間葉系幹細胞や、CD105陽性である間葉系幹細胞に加えて、HLA-ABC陰性である間葉系幹細胞や、CD105陰性である間葉系幹細胞も包含する。したがって、本明細書において、「間葉系幹細胞」の用語は、CD44、CD73、CD90が陽性であり、CD45、CD34、CD31、HLA-DRが陰性である間葉系幹細胞と定義することができる。
【0110】
<5.幹細胞の培養上清およびその生産方法>
本発明者らは、<2.細胞生産物の生産方法>の欄で説明した方法に従って、間葉系幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントの存在下において培養し、その後、生産培養液中での培養と回復培養液中での培養とを交互に繰り返し、生産培養液の上清を回収すると、生産培養の回数を重ねるにつれて、培養上清中のサイトカイン、細胞外マトリックス、およびエクソソームの量が増加することを新たに見出した(後述の実施例5を参照)。
【0111】
したがって、一つの実施形態によれば、幹細胞の培養上清の生産方法であって、
幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において、接着培養により培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと、
前記生産培養液中での前記培養の後、前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、回復培養液中で培養することと
を含み、
前記生産培養液中での前記培養と、前記回復培養液中での前記培養とが、細胞の前記接着状態を維持したまま交互に繰り返され、前記方法が、前記生産培養液中での前記培養の後に、前記生産培養液の上清を回収することを更に含む、方法が提供される。この方法において、幹細胞は、例えば間葉系幹細胞である。
【0112】
本明細書において「細胞の培養上清」という表現は、細胞を培養液中で培養し、培養後に得られた細胞と培養液の混合物から、細胞や不純物を取り除くことにより得られる上澄み液を指し、細胞由来の培養上清ということもできる。細胞の培養上清は、滅菌処理などの処理を施された培養上清も包含する。「幹細胞の培養上清」、「間葉系幹細胞の培養上清」など「特定の細胞の培養上清」という表現も、同様の意味を有する。
【0113】
この方法は、<2.細胞生産物の生産方法>の欄で説明したとおり実施することができる。<2.細胞生産物の生産方法>の欄では、増殖培養の開始時における細胞密度(すなわち、細胞の播種密度)は、通常より低い播種密度(0.002~2000細胞/cm2)を採用することを記載している。ただし、上述の「幹細胞の培養上清の生産方法」では、通常より低い播種密度を採用する必要はなく、2000細胞/cm2を超える播種密度を採用してもよい。すなわち、この方法では、増殖培養の開始時における細胞密度(すなわち、細胞の播種密度)は、例えば2001~1000000細胞/cm2、好ましくは5000~20000細胞/cm2とすることができる。もちろん、この方法において、通常より低い播種密度(0.002~2000細胞/cm2)を採用してもよい。
【0114】
上述のとおり、この方法に従って生産培養と回復培養を交互に繰り返し、生産培養液の上清を回収すると、生産培養の回数を重ねるにつれて、培養上清中のサイトカイン、細胞外マトリックス、およびエクソソームの量を増大させることができる。したがって、この方法において、生産培養液の上清の回収は、生産培養液中での2回目以降の生産培養の後に行われることが好ましい。生産培養液の上清の回収は、生産培養液中での3回目以降の生産培養の後に行われることがより好ましい。
【0115】
生産培養液の上清の回収は、幹細胞によるサイトカインなどの細胞生産物の分泌量が維持されている限り、繰り返し行うことができる。すなわち、この方法において、生産培養の繰り返し回数は特に制限されない。例えば、生産培養液の上清の回収は、生産培養液中での2~10回目の生産培養の後に行うことができる。
【0116】
上述の「幹細胞の培養上清の生産方法」によれば、サイトカイン、細胞外マトリックス、およびエクソソームなどの細胞生産物を多量に含む、幹細胞の培養上清を得ることができる。
【0117】
具体的には、上述の「幹細胞の培養上清の生産方法」によれば、5000pg/mL以上のHGF(hepatocyte growth factor)を含有する、幹細胞の培養上清を得ることができる(
図16および17参照)。以下、この培養上清を、第1実施形態に係る培養上清ともいう。この培養上清は、例えば5000pg/mL以上、好ましくは10000pg/mL以上、より好ましくは15000pg/mL以上のHGFを含有する。この培養上清は、例えば5000~1000000pg/mL、好ましくは10000~1000000pg/mL、より好ましくは15000~1000000pg/mLのHGFを含有する。HGFは、血管新生効果や創傷治癒効果を有することが知られている。
【0118】
また、上述の「幹細胞の培養上清の生産方法」によれば、50pg/mL以上のCD9/CD63 ECドメイン 融合タンパク質を含有する、幹細胞の培養上清を得ることができる(
図42参照)。以下、この培養上清を、第2実施形態に係る培養上清ともいう。この培養上清は、例えば50pg/mL以上、好ましくは100pg/mL以上、より好ましくは200pg/mL以上のCD9/CD63 ECドメイン 融合タンパク質を含有する。この培養上清は、例えば50~100000pg/mL、好ましくは100~100000pg/mL、より好ましくは200~100000pg/mLのCD9/CD63 ECドメイン 融合タンパク質を含有する。CD9/CD63 ECドメイン 融合タンパク質は、エクソソームのマーカータンパク質であり、培養上清中のCD9/CD63 ECドメイン 融合タンパク質の含量が高いことは、培養上清中のエクソソーム含量が高いことを表す。エクソソームは、血管新生効果や創傷治癒効果を有することが知られている。
【0119】
好ましい実施形態において、第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、3000pg/mL以上のMCP-1(monocyte chemotactic protein-1)、1000pg/mL以上のGRO(growth-related oncogene)、および5μg/mL以上のフィブロネクチンを更に含有することができる(
図18~20参照)。第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、例えば3000pg/mL以上、好ましくは4000pg/mL以上、より好ましくは6000pg/mL以上のMCP-1;例えば1000pg/mL以上、好ましくは2000pg/mL以上、より好ましくは4000pg/mL以上のGRO;および、例えば5μg/mL以上、好ましくは6μg/mL以上、より好ましくは8μg/mL以上のフィブロネクチンを更に含有することができる。第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、例えば3000~1000000pg/mL、好ましくは4000~1000000pg/mL、より好ましくは6000~1000000pg/mLのMCP-1;例えば1000~1000000pg/mL、好ましくは2000~1000000pg/mL、より好ましくは4000~1000000pg/mLのGRO;および、例えば5~1000μg/mL、好ましくは6~1000μg/mL、より好ましくは8~1000μg/mLのフィブロネクチンを更に含有することができる。MCP-1、GROおよびフィブロネクチンは、いずれも、血管新生効果や創傷治癒効果を有することが知られている。なお、GROは、CXCL1としても知られているため、本明細書では、GRO/CXCL1とも表記する。
【0120】
好ましい実施形態において、第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、200pg/mL以上のTGF-1b(transforming growth factor-1b)、5pg/mL以上のIL-4(interleukin-4)、および10pg/mL以上のIL-10(interleukin-10)を更に含有することができる(
図23~25参照)。第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、例えば200pg/mL以上、好ましくは300pg/mL以上、より好ましくは500pg/mL以上のTGF-1b;例えば5pg/mL以上、好ましくは10pg/mL以上、より好ましくは20pg/mL以上のIL-4;および、例えば8pg/mL以上、好ましくは10pg/mL以上、より好ましくは12pg/mL以上のIL-10を更に含有することができる。第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、例えば200~100000pg/mL、好ましくは300~100000pg/mL、より好ましくは500~100000pg/mLのTGF-1b;例えば5~100000pg/mL、好ましくは10~100000pg/mL、より好ましくは20~100000pg/mLのIL-4;および、例えば8~100000pg/mL、好ましくは10~100000pg/mL、より好ましくは12~100000pg/mLのIL-10を更に含有することができる。TGF-1b、IL-4およびIL-10は、いずれも、抗炎症効果を有することが知られている。
【0121】
第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、インスリン、トランスフェリン、およびアルブミンの少なくとも1つを含まないことが好ましい。第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、インスリン、トランスフェリン、およびアルブミンのいずれも含まないことがより好ましい。培養上清を得るための生産培養において、生産培養液として、上記成分を含まない培養液を使用することにより、上記成分を含まない培養上清を得ることができる。培養上清は、治療剤として使用されることを考えると、上記成分を含まないことが望ましい。
【0122】
また、第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、組換えタンパク質を含まないことが好ましい。幹細胞として、組換えタンパク質を産生するように遺伝子操作されていない幹細胞を使用することにより、組換えタンパク質を含まない培養上清を得ることができる。培養上清は、治療剤として使用されることを考えると、細胞の遺伝子操作により予期しない成分が培養上清に分泌されるリスクや産生された組換えタンパク質の未知の副作用が懸念されるため、組換えタンパク質を含まないことが望ましい。
【0123】
また、第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、異種由来成分を含まないことが好ましい。ここで「異種」とは、培養上清を得るために使用した幹細胞の生物種に対して異なる種を指す。培養上清は、治療剤として使用されることを考えると、異種由来成分を含まないことが望ましい。
【0124】
第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、IL-1α(interleukin-1α)、IL-1β(interleukin-1β)およびTNF-α(tumor necrosis factor-α)の少なくとも1つを0~15pg/mLの量で含むことが好ましい(
図30~32参照)。第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、IL-1α、IL-1βおよびTNF-αの各々を、0~15pg/mLの量で含むことがより好ましい。これらのサイトカインは、炎症症状を引き起こす因子として知られているため、培養上清に大量に含まれていないことが望ましい。
【0125】
第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、20種類以上のサイトカインを含み、かつ、各サイトカインが10pg/mL以上の濃度を有することが好ましい。後述の実施例では、3回目の生産培養の後に回収された培養上清が、サイトカインとして、HGF、MCP-1、GRO、PDGF-AA(platelet-derived growth factor-AA)、VEGF(vascular endothelial growth factor)、TGF-1b、IL-4、IL-10、IL-13、IL-7、IL-15、IL-9、IL-8、エオタキシン、IL-6、G-CSF(granulocyte-colony stimulating factor)、GM-CSF(granulocyte macrophage-colony stimulating factor)、MCP-3(monocyte chemotactic protein-3)、IL-12P40(interleukin-12の40kDaサブユニット)、IP-10(interferon gamma-induced protein-10)、およびMIP-1α(macrophage inflammatory protein-1α)を含み、かつ、これらサイトカインの各々が10pg/mL以上の濃度を有することが実証されている(
図16~19、21~29、33~41参照)。20種以上のサイトカインの各サイトカインの濃度は、サイトカインの種類によって異なるが、例えば1000000pg/mL以下である。
【0126】
第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、間葉系幹細胞の培養上清であることが好ましい。第1実施形態に係る培養上清および第2実施形態に係る培養上清の各々は、臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清であることがより好ましい。間葉系幹細胞の培養上清は、サイトカイン、細胞外マトリックス、およびエクソソームをより多くの量で含むことができる。臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清は、サイトカイン、細胞外マトリックス、およびエクソソームをとりわけ多量に含むことができる。
【0127】
後述の実施例では、間葉系幹細胞の培養上清について記載されるが、間葉系幹細胞以外の幹細胞、例えばES細胞やiPS細胞といった多能性幹細胞や、神経幹細胞、皮膚幹細胞、肝幹細胞、筋幹細胞、脂肪幹細胞といった体性幹細胞も、サイトカイン、細胞外マトリックス、およびエクソソームを培養液に分泌することが知られている。したがって、上述の「幹細胞の培養上清の生産方法」を、間葉系幹細胞以外の幹細胞、例えばES細胞やiPS細胞といった多能性幹細胞や、神経幹細胞、皮膚幹細胞、肝幹細胞、筋幹細胞、脂肪幹細胞といった体性幹細胞を用いて行った場合も、「間葉系幹細胞の培養上清」と同様、サイトカイン、細胞外マトリックス、およびエクソソームを多量に含む培養上清を得ることができる。
【0128】
また、上述の「幹細胞の培養上清の生産方法」を、サイトカイン、細胞外マトリックス、およびエクソソームを培養液に分泌することが知られている、幹細胞以外の細胞を用いて行った場合も、「幹細胞の培養上清」と同様、サイトカイン、細胞外マトリックス、およびエクソソームを多量に含む培養上清を得ることができる。したがって、上述の「幹細胞の培養上清の生産方法」は、「細胞の培養上清の生産方法」まで拡張することができ、「幹細胞の培養上清」は、「細胞の培養上清」まで拡張することができる。
【0129】
<6.治療剤>
本発明者らは、<1.増殖細胞の生産方法>の欄で説明した方法に従って、間葉系幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントの存在下において培養すると、得られた間葉系幹細胞は、下肢虚血モデルのラットの虚血下肢の血流を有意に増加させることができることを新たに見出した(後述の実施例6を参照)。
【0130】
したがって、別の側面によれば、本発明の間葉系幹細胞集団を含む治療剤が提供される。上述のとおり、本発明の間葉系幹細胞集団は、<1.増殖細胞の生産方法>の欄で説明した方法に従って、間葉系幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントの存在下において培養することにより得ることができる。本発明の間葉系幹細胞集団は、上述のとおり、間葉系幹細胞集団に関する従来の知見と異なり、特定の細胞表面マーカーHLA-ABCの陽性率が低いという特徴を有する。
【0131】
また、別の側面によれば、本発明の培養上清を含む治療剤が提供される。上述のとおり、本発明の培養上清は、<2.細胞生産物の生産方法>の欄で説明した方法に従って、間葉系幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントの存在下において培養し、その後、生産培養液中での培養を行い、生産培養液の上清を回収することにより得ることができる。また、本発明の培養上清は、<2.細胞生産物の生産方法>の欄で説明した方法に従って、間葉系幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントの存在下において培養し、その後、生産培養液中での培養と回復培養液中での培養とを繰り返し、生産培養液の上清を回収することにより得ることができる。本発明の培養上清は、上述のとおり、従来の培養上清と比べて、サイトカイン、細胞外マトリックスおよびエクソソームを多量に含んでいるという特徴を有する。
【0132】
本発明の間葉系幹細胞集団は、サイトカイン(例えば、HGF、MCP-1、GRO/CXCL1、PDGF-AA、VEGF、TGF-1b、IL-4、IL-10、IL-13、IL-7、IL-15、IL-9、IL-8、EOTAXIN、IL-6、G-CSF、GM-CSF、MCP-3、IL-12P40、IP-10、およびMIP-1α)、細胞外マトリックス(例えば、Fibronectin)およびエクソソームを分泌することが実証されており、本発明の培養上清は、間葉系幹細胞により分泌された、サイトカイン、細胞外マトリックスおよびエクソソームを含むことが実証されている。したがって、本発明の間葉系幹細胞集団または本発明の培養上清を含む治療剤は、間葉系幹細胞が治療効果を奏することが知られている疾患、間葉系幹細胞の培養上清が治療効果を奏することが知られている疾患に加えて、サイトカインが治療効果を奏することが知られている疾患、細胞外マトリックスが治療効果を奏することが知られている疾患、およびエクソソームが治療効果を奏することが知られている疾患を治療するために使用することができる。
【0133】
例えば、本発明の間葉系幹細胞集団または本発明の培養上清を含む治療剤は、HGF、MCP-1、MCP-3、GRO/CXCL1、Fibronectin、PDGF-AA、VEGF、IL-8、EOTAXIN、IL-6、IP-10、エクソソームが、血管新生効果を持つことが知られていることから、下肢虚血、心筋梗塞、脳梗塞、脊髄梗塞、慢性動脈閉塞症などの虚血性疾患;上皮創傷、熱傷などの傷;老化に伴うサルコペニアの治療のために使用することができる。
【0134】
また、本発明の間葉系幹細胞集団または本発明の培養上清を含む治療剤は、TGF-1b、IL-4、IL-10、IL-13が、抗炎症効果を持つサイトカインとして知られていることから、リウマチ、椎間板ヘルニア、変形性関節症などの関節炎;腎炎、角膜炎、サイトカインストームなどの炎症性疾患;神経炎症が原因の一つと考えられる自閉症や不眠症などの精神疾患の治療のために使用することができる。
【0135】
また、本発明の間葉系幹細胞集団または本発明の培養上清を含む治療剤は、IL-7、IL-15、GM-CSF、G-CSFが、免疫調節に関わると考えらえていることから、GVHD(移植片対宿主病)、シェーグレン症候群、アトピー性皮膚炎、膠原病、多発性硬化症、自己免疫性疾患などの免疫疾患;がん疾患の治療のために使用することができる。
【0136】
間葉系幹細胞集団を治療剤の有効成分として使用した場合、本発明の間葉系幹細胞は、サイトカインなどの細胞生産物を継続して分泌することができるため、長期的な治療効果を期待することができる。一方、間葉系幹細胞の培養上清を治療剤の有効成分として使用した場合、本発明の培養上清は、サイトカインなどの細胞生産物を多量に含んでいるため、十分な治療効果を期待することができる。
【0137】
本発明の間葉系幹細胞集団を含む治療剤および本発明の培養上清を含む治療剤(以下、両者をまとめて治療剤という)は、例えば液剤であり、好ましくは、注射用液剤または外用液剤である。治療剤は、薬学的に許容し得る媒体により希釈されていてもよい。薬学的に許容し得る媒体は、例えば、間葉系幹細胞の培地または輸液製剤である。治療剤は、保存安定性、等張性、吸収性、および/または粘性を増加するための添加剤を含んでいてもよい。あるいは、治療剤は、間葉系幹細胞集団を含む場合、細胞シートの形態であってもよい。
【0138】
治療剤の用量は、対象疾患、年齢、体重および症状などに応じて適宜決定することができる。治療剤が間葉系幹細胞集団を含む場合、治療剤の1回の用量は、例えば1000~100000000細胞/kg、好ましくは100000~10000000細胞/kgである。この用量を1回量として、複数回投与してもよいし、あるいはこの用量を複数回に分けて投与してもよい。治療剤が培養上清を含む場合、治療剤の1回の用量は、希釈前の培養上清の量(mL)で表すと、例えば0.01~100mL/kg、好ましくは0.1~10mL/kgである。この用量を1回量として複数回投与してもよいし、あるいはこの用量を複数回に分けて投与してもよい。
【0139】
治療剤の投与方法は、特に限定されないが、例えば、静脈内注射、動脈内注射、皮下注射、リンパ節内注射、腹腔内注射、液剤の組織への塗布、細胞シートの添付、または局所への直接注射もしくは直接移植などが挙げられる。
【0140】
<7.好ましい実施形態>
以下に、本発明の好ましい実施形態をまとめて示す。
<7-1.間葉系幹細胞集団およびその生産方法>
[C1] 間葉系幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において培養して、増殖細胞を得ることを含む、低下したHLA-ABC陽性率を有する間葉系幹細胞集団の生産方法。
[C2] 前記間葉系幹細胞が、臍帯由来間葉系幹細胞、骨髄由来間葉系幹細胞、脂肪由来間葉系幹細胞、胎盤由来間葉系幹細胞、または臍帯血由来間葉系幹細胞である[C1]に記載の方法。
[C3] 前記間葉系幹細胞が、臍帯由来間葉系幹細胞または脂肪由来間葉系幹細胞、好ましくは臍帯由来間葉系幹細胞である[C1]または[C2]に記載の方法。
[C4] 前記間葉系幹細胞がヒト間葉系幹細胞である[C1]に記載の方法。
[C5] 前記間葉系幹細胞が、ヒト臍帯由来間葉系幹細胞、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞、ヒト脂肪由来間葉系幹細胞、ヒト胎盤由来間葉系幹細胞、またはヒト臍帯血由来間葉系幹細胞である[C1]または[C2]に記載の方法。
【0141】
[C6] 前記間葉系幹細胞が、ヒト臍帯由来間葉系幹細胞またはヒト脂肪由来間葉系幹細胞、好ましくはヒト臍帯由来間葉系幹細胞である[C1]~[C3]の何れか1に記載の方法。
[C7] 前記増殖培養液が、前記幹細胞の増殖を促進するタンパク質を含む増殖培養液である[C1]~[C6]の何れか1に記載の方法。
[C8] 前記増殖培養液が、増殖因子を追加した細胞培養用基本培地を含む培養液である[C1]~[C7]の何れか1に記載の方法。
[C9] 前記増殖培養液が、増殖因子を追加した細胞培養用基本培地である[C1]~[C8]の何れか1に記載の方法。
[C10] 前記培養が、前記細胞がコンフルエントの状態に達するまで行われる[C1]~[C9]の何れか1に記載の方法。
【0142】
[C11] 前記培養が、500cm2以上の底面積を有する培養容器で行われる[C1]~[C10]の何れか1に記載の方法。
[C12] 前記培養が、500~10000cm2の底面積を有する培養容器で行われる[C1]~[C11]の何れか1に記載の方法。
[C13] 前記培養基質が、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントである[C1]~[C12]の何れか1に記載の方法。
[C14] 前記ラミニンフラグメントが、ヒト由来のラミニンフラグメントである[C13]に記載の方法。
[C15] 前記ラミニンフラグメントが、ラミニンE8フラグメントである[C13]または[C14]に記載の方法。
【0143】
[C16] 前記ラミニンフラグメントが、ラミニン511 E8フラグメント、ラミニン521 E8フラグメント、ラミニン411 E8フラグメント、ラミニン421 E8フラグメント、ラミニン332 E8フラグメント、ラミニン311 E8フラグメント、ラミニン321 E8フラグメント、ラミニン211 E8フラグメント、ラミニン221 E8フラグメント、ラミニン213 E8フラグメント、ラミニン111 E8フラグメント、またはラミニン121 E8フラグメントである[C13]~[C15]の何れか1に記載の方法。
[C17] 前記ラミニンフラグメントが、ラミニン511 E8フラグメントである[C13]~[C16]の何れか1に記載の方法。
[C18] 前記培養基質が、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントの改変体である[C1]~[C12]の何れか1に記載の方法。
[C19] 前記改変体が、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントと他の機能性分子との複合体である[C18]に記載の方法。
[C20] 前記改変体が、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントと増殖因子結合分子との複合体である[C18]または[C19]に記載の方法。
【0144】
[C21] 前記ラミニンフラグメントが、ラミニンE8フラグメントである[C19]または[C20]に記載の方法。
[C22] 前記ラミニンE8フラグメントが、ラミニン511 E8フラグメント、ラミニン521 E8フラグメント、ラミニン411 E8フラグメント、ラミニン421 E8フラグメント、ラミニン332 E8フラグメント、ラミニン311 E8フラグメント、ラミニン321 E8フラグメント、ラミニン211 E8フラグメント、ラミニン221 E8フラグメント、ラミニン213 E8フラグメント、ラミニン111 E8フラグメント、またはラミニン121 E8フラグメントである[C21]に記載の方法。
[C23] 前記ラミニンE8フラグメントが、ラミニン511 E8フラグメントである[C21]または[C22]に記載の方法。
[C24] 前記ラミニンE8フラグメントが、ラミニン421 E8フラグメントである[C21]または[C22]に記載の方法。
[C25] 前記増殖因子結合分子が、ヘパラン硫酸である[C20]~[C24]の何れか1に記載の方法。
【0145】
[C26] 前記改変体が、ラミニン511 E8フラグメントとヘパラン硫酸との複合体である[C18]~[C25]の何れか1に記載の方法。
[C27] 前記改変体が、ラミニン421 E8フラグメントとヘパラン硫酸との複合体である[C18]~[C25]の何れか1に記載の方法。
[C28] 前記増殖培養液中の前記ラミニンフラグメントまたはその改変体の濃度が、培養容器の培養面積1cm2あたり0.005μg~2μgである[C1]~[C27]の何れか1に記載の方法。
[C29] 前記増殖培養液中の前記ラミニンフラグメントまたはその改変体の濃度が、培養容器の培養面積1cm2あたり0.01μg~0.5μgである[C1]~[C28]の何れか1に記載の方法。
[C30] 前記増殖培養液中の前記ラミニンフラグメントまたはその改変体の濃度が、培養容器の培養面積1cm2あたり0.05μg~0.25μgである[C1]~[C29]の何れか1に記載の方法。
[C31] 前記低下したHLA-ABC陽性率が、70%以下、好ましくは60%以下、より好ましくは50%以下、更に好ましくは40%以下、更に好ましくは30%以下、更に好ましくは20%以下、更に好ましくは10%以下である[C1]~[C30]の何れか1に記載の方法。
【0146】
[D1] HLA-ABC陽性の間葉系幹細胞の比率が70%以下である間葉系幹細胞集団。
[D2] HLA-ABC陽性の間葉系幹細胞の前記比率が、60%以下、好ましくは50%以下、より好ましくは40%以下、更に好ましくは30%以下、更に好ましくは20%以下、更に好ましくは10%以下である[D1]に記載の間葉系幹細胞集団。
[D3] 前記間葉系幹細胞集団は、CD105陽性の間葉系幹細胞の比率が50%以下である[D1]または[D2]に記載の間葉系幹細胞集団。
[D4] CD105陽性の間葉系幹細胞の前記比率が、40%以下、好ましくは30%以下、より好ましくは20%以下、更に好ましくは10%以下である[D3]に記載の間葉系幹細胞集団。
[D5] [C1]~[C31]の何れか1に記載の方法によって得られる間葉系幹細胞集団。
[D6] 前記間葉系幹細胞集団が、[C1]~[C31]の何れか1に記載の方法によって得られる[D1]~[D4]の何れか1に記載の間葉系幹細胞集団。
【0147】
<7-2.幹細胞の培養上清およびその生産方法>
[E1] 幹細胞の培養上清の生産方法であって、
幹細胞を、増殖培養液中で、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントおよびその改変体から選ばれる培養基質の存在下において、接着培養により培養して、増殖細胞を接着状態で得ることと、
前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、生産培養液中で培養して、前記細胞に細胞生産物を生産させることと、
前記生産培養液中での前記培養の後、前記増殖細胞を、前記接着状態を維持したまま、回復培養液中で培養することと
を含み、
前記生産培養液中での前記培養と、前記回復培養液中での前記培養とが、細胞の前記接着状態を維持したまま交互に繰り返され、前記方法が、前記生産培養液中での前記培養の後に、前記生産培養液の上清を回収することを更に含む、方法。
[E2] 前記生産培養液の上清の回収が、前記生産培養液中での2回目以降の前記培養の後、好ましくは、前記生産培養液中での3回目以降の前記培養の後、に行われる[E1]に記載の方法。
[E3] 前記幹細胞が、間葉系幹細胞、神経幹細胞、皮膚幹細胞、肝幹細胞、筋幹細胞、脂肪幹細胞などの体性幹細胞;または人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)などの多能性幹細胞である[E1]または[E2]に記載の方法。
[E4] 前記幹細胞が間葉系幹細胞である[E1]~[E3]の何れか1に記載の方法。
[E5] 前記幹細胞が、臍帯由来間葉系幹細胞、骨髄由来間葉系幹細胞、脂肪由来間葉系幹細胞、胎盤由来間葉系幹細胞、または臍帯血由来間葉系幹細胞である[E1]~[E4]の何れか1に記載の方法。
【0148】
[E6] 前記幹細胞が、臍帯由来間葉系幹細胞または脂肪由来間葉系幹細胞、好ましくは臍帯由来間葉系幹細胞である[E1]~[E5]の何れか1に記載の方法。
[E7] 前記幹細胞がヒト幹細胞である[E1]または[E2]に記載の方法。
[E8] 前記幹細胞が、ヒト間葉系幹細胞、ヒト神経幹細胞、ヒト皮膚幹細胞、ヒト肝幹細胞、ヒト筋幹細胞、ヒト脂肪幹細胞などのヒト体性幹細胞;またはヒト人工多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)、ヒト胚性幹細胞(ヒトES細胞)などのヒト多能性幹細胞である[E1]~[E3]の何れか1に記載の方法。
[E9] 前記幹細胞がヒト間葉系幹細胞である[E1]~[E4]の何れか1に記載の方法。
[E10] 前記幹細胞が、ヒト臍帯由来間葉系幹細胞、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞、ヒト脂肪由来間葉系幹細胞、ヒト胎盤由来間葉系幹細胞、またはヒト臍帯血由来間葉系幹細胞である[E1]~[E5]の何れか1に記載の方法。
【0149】
[E11] 前記幹細胞が、ヒト臍帯由来間葉系幹細胞またはヒト脂肪由来間葉系幹細胞、好ましくはヒト臍帯由来間葉系幹細胞である[E1]~[E6]の何れか1に記載の方法。
[E12] 前記増殖培養液が、前記幹細胞の増殖を促進するタンパク質を含む増殖培養液である[E1]~[E11]の何れか1に記載の方法。
[E13] 前記増殖培養液が、増殖因子を追加した細胞培養用基本培地を含む培養液である[E1]~[E12]の何れか1に記載の方法。
[E14] 前記増殖培養液が、増殖因子を追加した細胞培養用基本培地である[E1]~[E13]の何れか1に記載の方法。
[E15] 前記増殖培養液中での前記培養が、前記細胞がコンフルエントの状態に達するまで行われる[E1]~[E14]の何れか1に記載の方法。
【0150】
[E16] 前記増殖培養液中での前記培養が、500cm2以上の底面積を有する培養容器で行われる[E1]~[E15]の何れか1に記載の方法。
[E17] 前記増殖培養液中での前記培養が、500~10000cm2の底面積を有する培養容器で行われる[E1]~[E16]の何れか1に記載の方法。
[E18] 前記培養基質が、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントである[E1]~[E17]の何れか1に記載の方法。
[E19] 前記ラミニンフラグメントが、ヒト由来のラミニンフラグメントである[E18]に記載の方法。
[E20] 前記ラミニンフラグメントが、ラミニンE8フラグメントである[E18]または[E19]に記載の方法。
【0151】
[E21] 前記ラミニンフラグメントが、ラミニン511 E8フラグメント、ラミニン521 E8フラグメント、ラミニン411 E8フラグメント、ラミニン421 E8フラグメント、ラミニン332 E8フラグメント、ラミニン311 E8フラグメント、ラミニン321 E8フラグメント、ラミニン211 E8フラグメント、ラミニン221 E8フラグメント、ラミニン213 E8フラグメント、ラミニン111 E8フラグメント、またはラミニン121 E8フラグメントである[E18]~[E20]の何れか1に記載の方法。
[E22] 前記ラミニンフラグメントが、ラミニン511 E8フラグメントである[E18]~[E21]の何れか1に記載の方法。
[E23] 前記培養基質が、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントの改変体である[E1]~[E17]の何れか1に記載の方法。
[E24] 前記改変体が、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントと他の機能性分子との複合体である[E23]に記載の方法。
[E25] 前記改変体が、インテグリン結合活性を有するラミニンフラグメントと増殖因子結合分子との複合体である[E23]または[E24]に記載の方法。
【0152】
[E26] 前記ラミニンフラグメントが、ラミニンE8フラグメントである[E24]または[E25]に記載の方法。
[E27] 前記ラミニンE8フラグメントが、ラミニン511 E8フラグメント、ラミニン521 E8フラグメント、ラミニン411 E8フラグメント、ラミニン421 E8フラグメント、ラミニン332 E8フラグメント、ラミニン311 E8フラグメント、ラミニン321 E8フラグメント、ラミニン211 E8フラグメント、ラミニン221 E8フラグメント、ラミニン213 E8フラグメント、ラミニン111 E8フラグメント、またはラミニン121 E8フラグメントである[E26]に記載の方法。
[E28] 前記ラミニンE8フラグメントが、ラミニン511 E8フラグメントである[E26]または[E27]に記載の方法。
[E29] 前記ラミニンE8フラグメントが、ラミニン421 E8フラグメントである[E26]または[E27]に記載の方法。
[E30] 前記増殖因子結合分子が、ヘパラン硫酸である[E25]~[E29]の何れか1に記載の方法。
【0153】
[E31] 前記改変体が、ラミニン511 E8フラグメントとヘパラン硫酸との複合体である[E23]~[E30]の何れか1に記載の方法。
[E32] 前記改変体が、ラミニン421 E8フラグメントとヘパラン硫酸との複合体である[E23]~[E30]の何れか1に記載の方法。
[E33] 前記増殖培養液中の前記ラミニンフラグメントまたはその改変体の濃度が、培養容器の培養面積1cm2あたり0.005μg~2μgである[E1]~[E32]の何れか1に記載の方法。
[E34] 前記増殖培養液中の前記ラミニンフラグメントまたはその改変体の濃度が、培養容器の培養面積1cm2あたり0.01μg~0.5μgである[E1]~[E33]の何れか1に記載の方法。
[E35] 前記増殖培養液中の前記ラミニンフラグメントまたはその改変体の濃度が、培養容器の培養面積1cm2あたり0.05μg~0.25μgである[E1]~[E34]の何れか1に記載の方法。
【0154】
[E36] 前記生産培養液が、異種由来成分を含まない培養液である[E1]~[E35]の何れか1に記載の方法。
[E37] 前記生産培養液が、サイトカインやインスリンを含まない培養液である[E1]~[E36]の何れか1に記載の方法。
[E38] 前記生産培養液が、タンパク質を含まない培養液である[E1]~[E37]の何れか1に記載の方法。
[E39] 前記生産培養液が、血清を含まない培養液である[E1]~[E38]の何れか1に記載の方法。
[E40] 前記生産培養液が、細胞培養用基本培地を含む培養液であるか、または細胞の栄養成分を追加した細胞培養用基本培地を含む培養液である[E1]~[E39]の何れか1に記載の方法。
【0155】
[E41] 前記生産培養液が、細胞培養用基本培地であるか、または細胞の栄養成分を追加した細胞培養用基本培地である[E1]~[E40]の何れか1に記載の方法。
[E42] 前記生産培養液が、細胞の栄養成分、好ましくはアミノ酸を追加した細胞培養用基本培地である[E1]~[E41]の何れか1に記載の方法。
[E43] 前記生産培養液が、ラミニンフラグメントまたはその改変体を含まない[E1]~[E42]の何れか1に記載の方法。
[E44] 前記生産培養液中での前記培養が、0.5~10日間、好ましくは2~5日間にわたって行われる[E1]~[E43]の何れか1に記載の方法。
[E45] 前記回復培養液が、前記幹細胞の増殖培養液である[E1]~[E44]の何れか1に記載の方法。
【0156】
[E46] 前記回復培養液が、前記幹細胞の増殖を促進するタンパク質を含む培養液である[E1]~[E45]の何れか1に記載の方法。
[E47] 前記回復培養液が、増殖因子を追加した細胞培養用基本培地を含む培養液である[E1]~[E46]の何れか1に記載の方法。
[E48] 前記回復培養液が、増殖因子を追加した細胞培養用基本培地である[E1]~[E47]の何れか1に記載の方法。
[E49] 前記回復培養液が、前記増殖培養液と同じ組成を有する[E1]~[E48]の何れか1に記載の方法。
[E50] 前記回復培養液が、ラミニンフラグメントまたはその改変体を含まない[E1]~[E49]の何れか1に記載の方法。
[E51] 前記回復培養液中での前記培養が、0.5~10日間、好ましくは2~5日間にわたって行われる[E1]~[E50]の何れか1に記載の方法。
[E52] 前記生産培養液中での前記培養と前記回復培養液中での前記培養とのサイクルが、2~10回繰り返される[E1]~[E51]の何れか1に記載の方法。
【0157】
[F1] 5000pg/mL以上のHGFを含有する、幹細胞の培養上清。
[F2] 前記培養上清が、10000pg/mL以上、好ましくは15000pg/mL以上のHGFを含有する[F1]に記載の培養上清。
[F3] 前記培養上清が、5000~1000000pg/mL、好ましくは10000~1000000pg/mL、より好ましくは15000~1000000pg/mLのHGFを含有する[F1]または[F2]に記載の培養上清。
[F4] 50pg/mL以上のCD9/CD63 ECドメイン 融合タンパク質を含有する、幹細胞の培養上清。
[F5] 前記培養上清が、100pg/mL以上、好ましくは200pg/mL以上のCD9/CD63 ECドメイン 融合タンパク質を含有する[F4]に記載の培養上清。
【0158】
[F6] 前記培養上清が、50~100000pg/mL、好ましくは100~100000pg/mL、より好ましくは200~100000pg/mLのCD9/CD63 ECドメイン 融合タンパク質を含有する[F4]または[F5]に記載の培養上清。
[F7] 前記培養上清が、50pg/mL以上のCD9/CD63 ECドメイン 融合タンパク質を更に含有する[F1]~[F3]の何れか1に記載の培養上清。
[F8] 前記培養上清が、100pg/mL以上、好ましくは200pg/mL以上のCD9/CD63 ECドメイン 融合タンパク質を更に含有する[F1]~[F3]の何れか1に記載の培養上清。
[F9] 前記培養上清が、50~100000pg/mL、好ましくは100~100000pg/mL、より好ましくは200~100000pg/mLのCD9/CD63 ECドメイン 融合タンパク質を更に含有する[F1]~[F3]の何れか1に記載の培養上清。
[F10] 前記培養上清が、3000pg/mL以上のMCP-1、1000pg/mL以上のGRO、および5μg/mL以上のフィブロネクチンを更に含有する[F1]~[F9]の何れか1に記載の培養上清。
【0159】
[F11] 前記培養上清が、4000pg/mL以上、好ましくは6000pg/mL以上のMCP-1;2000pg/mL以上、好ましくは4000pg/mL以上のGRO;および、6μg/mL以上、好ましくは8μg/mL以上のフィブロネクチンを更に含有する[F1]~[F9]の何れか1に記載の培養上清。
[F12] 前記培養上清が、3000~1000000pg/mL、好ましくは4000~1000000pg/mL、より好ましくは6000~1000000pg/mLのMCP-1;1000~1000000pg/mL、好ましくは2000~1000000pg/mL、より好ましくは4000~1000000pg/mLのGRO;および、5~1000μg/mL、好ましくは6~1000μg/mL、より好ましくは8~1000μg/mLのフィブロネクチンを更に含有する[F1]~[F9]の何れか1に記載の培養上清。
[F13] 前記培養上清が、200pg/mL以上のTGF-1b、5pg/mL以上のIL-4、および8pg/mL以上のIL-10を更に含有する[F1]~[F12]の何れか1に記載の培養上清。
[F14] 前記培養上清が、300pg/mL以上、好ましくは500pg/mL以上のTGF-1b;10pg/mL以上、好ましくは20pg/mL以上のIL-4;および、10pg/mL以上、好ましくは12pg/mL以上のIL-10を更に含有する[F1]~[F12]の何れか1に記載の培養上清。
[F15] 前記培養上清が、200~100000pg/mL、好ましくは300~100000pg/mL、より好ましくは500~100000pg/mLのTGF-1b;5~100000pg/mL、好ましくは10~100000pg/mL、より好ましくは20~100000pg/mLのIL-4;および、8~100000pg/mL、好ましくは10~100000pg/mL、より好ましくは12~100000pg/mLのIL-10を更に含有する[F1]~[F12]の何れか1に記載の培養上清。
【0160】
[F16] 前記培養上清が、インスリン、トランスフェリン、およびアルブミンの少なくとも1つを含まない[F1]~[F15]の何れか1に記載の培養上清。
[F17] 前記培養上清が、インスリン、トランスフェリン、およびアルブミンのいずれも含まない[F1]~[F16]の何れか1に記載の培養上清。
[F18] 前記培養上清が、組換えタンパク質を含まない[F1]~[F17]の何れか1に記載の培養上清。
[F19] 前記培養上清が、IL-1α、IL-1βおよびTNF-αの少なくとも1つを0~15pg/mLの量で含む[F1]~[F18]の何れか1に記載の培養上清。
[F20] 前記培養上清が、IL-1α、IL-1βおよびTNF-αの各々を0~15pg/mLの量で含む[F1]~[F19]の何れか1に記載の培養上清。
【0161】
[F21] 前記培養上清が、20種類以上のサイトカインを含み、各サイトカインが10pg/mL以上の濃度を有する[F1]~[F20]の何れか1に記載の培養上清。
[F22] 前記培養上清が、間葉系幹細胞、神経幹細胞、皮膚幹細胞、肝幹細胞、筋幹細胞、脂肪幹細胞などの体性幹細胞の培養上清;または人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)などの多能性幹細胞の培養上清である[F1]~[F21]の何れか1に記載の培養上清。
[F23] 前記培養上清が、間葉系幹細胞の培養上清である[F1]~[F22]の何れか1に記載の培養上清。
[F24] 前記培養上清が、臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清、骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清、脂肪由来間葉系幹細胞の培養上清、胎盤由来間葉系幹細胞の培養上清、または臍帯血由来間葉系幹細胞の培養上清である[F1]~[F23]の何れか1に記載の培養上清。
[F25] 前記培養上清が、臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清または脂肪由来間葉系幹細胞の培養上清、好ましくは臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清である[F1]~[F24]の何れか1に記載の培養上清。
【0162】
[F26] 前記培養上清が、ヒト間葉系幹細胞の培養上清である[F1]~[F23]の何れか1に記載の培養上清。
[F27] 前記培養上清が、ヒト臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清、ヒト脂肪由来間葉系幹細胞の培養上清、ヒト胎盤由来間葉系幹細胞の培養上清、またはヒト臍帯血由来間葉系幹細胞の培養上清である[F1]~[F24]の何れか1に記載の培養上清。
[F28] 前記培養上清が、ヒト臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清またはヒト脂肪由来間葉系幹細胞の培養上清、好ましくはヒト臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清である[F1]~[F25]の何れか1に記載の培養上清。
[F29] [E1]~[E52]の何れか1に記載の方法によって得られる培養上清。
[F30] 前記培養上清が、[E1]~[E52]の何れか1に記載の方法によって得られる[F1]~[F28]の何れか1に記載の培養上清。
【0163】
<7-3.治療剤>
[G1] [D1]~[D6]の何れか1に記載の間葉系幹細胞集団または[F1]~[F30]の何れか1に記載の培養上清を含む治療剤。
[G2] [D1]~[D6]の何れか1に記載の間葉系幹細胞集団を含む治療剤。
[G3] [F1]~[F30]の何れか1に記載の培養上清を含む治療剤。
[G4] 前記治療剤が、下肢虚血、心筋梗塞、脳梗塞、脊髄梗塞、慢性動脈閉塞症などの虚血性疾患;上皮創傷、熱傷などの傷;老化に伴うサルコペニア;リウマチ、椎間板ヘルニア、変形性関節症などの関節炎;腎炎、角膜炎、サイトカインストームなどの炎症性疾患;神経炎症が原因の一つと考えられる自閉症や不眠症などの精神疾患;GVHD(移植片対宿主病)、シェーグレン症候群、アトピー性皮膚炎、膠原病、多発性硬化症、自己免疫性疾患などの免疫疾患;またはがん疾患を治療するためのものである[G1]~[G3]の何れか1に記載の治療剤。
[G5] 前記治療剤が、虚血性疾患;好ましくは、下肢虚血、心筋梗塞、脳梗塞、脊髄梗塞、または慢性動脈閉塞症;より好ましくは下肢虚血を治療するためのものである[G1]~[G4]の何れか1に記載の治療剤。
【0164】
[G6] [D1]~[D6]の何れか1に記載の間葉系幹細胞集団または[F1]~[F30]の何れか1に記載の培養上清を被検体に投与することを含む、傷病の治療方法。
[G7] [D1]~[D6]の何れか1に記載の間葉系幹細胞集団を被検体に投与することを含む、傷病の治療方法。
[G8] [F1]~[F30]の何れか1に記載の培養上清を被検体に投与することを含む、傷病の治療方法。
[G9] 前記傷病が、下肢虚血、心筋梗塞、脳梗塞、脊髄梗塞、慢性動脈閉塞症などの虚血性疾患;上皮創傷、熱傷などの傷;老化に伴うサルコペニア;リウマチ、椎間板ヘルニア、変形性関節症などの関節炎;サイトカインストーム、腎炎、角膜炎などの炎症性疾患;神経炎症が原因の一つと考えられる自閉症や不眠症などの精神疾患;GVHD(移植片対宿主病)、シェーグレン症候群、アトピー性皮膚炎、膠原病、多発性硬化症、自己免疫性疾患などの免疫疾患;またはがん疾患である[G6]~[G8]の何れか1に記載の方法。
[G10] 前記傷病が、虚血性疾患;好ましくは、下肢虚血、心筋梗塞、脳梗塞、脊髄梗塞、または慢性動脈閉塞症;より好ましくは下肢虚血である[G6]~[G9]の何れか1に記載の治療剤。
[G11] 前記被検体が、哺乳類、好ましくはヒトである[G6]~[G10]の何れか1に記載の方法。
【0165】
[G12] 治療剤の製造のための[D1]~[D6]の何れか1に記載の間葉系幹細胞集団または[F1]~[F30]の何れか1に記載の培養上清の使用。
[G13] 治療剤の製造のための[D1]~[D6]の何れか1に記載の間葉系幹細胞集団の使用。
[G14] 治療剤の製造のための[F1]~[F30]の何れか1に記載の培養上清の使用。
[G15] 前記治療剤が、下肢虚血、心筋梗塞、脳梗塞、脊髄梗塞、慢性動脈閉塞症などの虚血性疾患;上皮創傷、熱傷などの傷;老化に伴うサルコペニア;リウマチ、椎間板ヘルニア、変形性関節症などの関節炎;サイトカインストーム、腎炎、角膜炎などの炎症性疾患;神経炎症が原因の一つと考えられる自閉症や不眠症などの精神疾患;GVHD(移植片対宿主病)、シェーグレン症候群、アトピー性皮膚炎、膠原病、多発性硬化症、自己免疫性疾患などの免疫疾患;またはがん疾患を治療するためのものである[G12]~[G14]の何れか1に記載の使用。
[G16] 前記治療剤が、虚血性疾患;好ましくは、下肢虚血、心筋梗塞、脳梗塞、脊髄梗塞、または慢性動脈閉塞症;より好ましくは下肢虚血を治療するためのものである[G12]~[G15]の何れか1に記載の治療剤。
【実施例0166】
[実施例1] 増殖培養
(1)方法
実施例1では、幹細胞の増殖培養を行った。幹細胞として、凍結保存液Stem Cell Banker(ゼノアック)で凍結保存された臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を使用した。
【0167】
実験1-1(コントロール)
臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を、5x10e3の細胞数(播種密度10cells/cm2)、5x10e4の細胞数(播種密度100cells/cm2)、5x10e5の細胞数(播種密度1000cells/cm2)、および5x10e6の細胞数(播種密度10000cells/cm2)で、MSC Expansion XSFM B 培地(富士フイルム和光純薬株式会社)100mlに懸濁し、得られた細胞懸濁液をピールオフT512フラスコ(住友ベークライト株式会社)に播種した。それぞれの条件ごとに、4枚のフラスコに播種した。
【0168】
増殖培養の間、培地交換は5日ごとに行った。播種から5日後(day5)、10日後(day10)、15日後(day15)、20日後(day20)に、それぞれのフラスコをTrypLETM Select(Thermo Fisher Scientific社)で10~20分処理し、単一細胞に分散させた後、セルカウンターで細胞数を計測した。
【0169】
増殖細胞の数を
図1に示す。
図1において、グラフの縦軸は、計測された細胞数をフラスコ面積で割った値を示す。また、播種密度10cells/cm
2で20日間培養した後の細胞の顕微鏡写真を
図2に示す。
【0170】
実験1-2(本発明の例)
臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を、5x10e3の細胞数(播種密度10cells/cm2)、5x10e4の細胞数(播種密度100cells/cm2)、5x10e5の細胞数(播種密度1000cells/cm2)、および5x10e6の細胞数(播種密度10000cells/cm2)で、MSC Expansion XSFM B 培地(富士フイルム和光純薬株式会社)100mlに懸濁し、iMatrix-511ラミニンフラグメント(株式会社ニッピ)を50μl/100mlで添加し、得られた細胞懸濁液をピールオフT512フラスコ(住友ベークライト株式会社)に播種した。それぞれの条件ごとに、4枚のフラスコに播種した。
【0171】
増殖培養の間、培地交換は5日ごとに行った。播種から5日後に、再度iMatrix-511ラミニンフラグメントを50μl/100mlで添加した。なお、播種から10日後、15日後、20日後には、ラミニンフラグメントの添加は行わなかった。
【0172】
播種から5日後(day5)、10日後(day10)、15日後(day15)、20日後(day20)に、それぞれのフラスコをTrypLETM Select(Thermo Fisher Scientific社)で10~20分処理し、単一細胞に分散させた後、セルカウンターで細胞数を計測した。
【0173】
増殖細胞の数を
図3に示す。
図3において、グラフの縦軸は、計測された細胞数をフラスコ面積で割った値を示す。また、播種密度10cells/cm
2で20日間培養した後の細胞の顕微鏡写真を
図4に示す。
【0174】
実験1-3(参考例)
臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を、5x10e3の細胞数(播種密度10cells/cm2)、5x10e4の細胞数(播種密度100cells/cm2)、5x10e5の細胞数(播種密度1000cells/cm2)、および5x10e6の細胞数(播種密度10000cells/cm2)で、MSC Expansion XSFM B 培地(富士フイルム和光純薬株式会社)100mlに懸濁し、予めゼラチンコーティングしたピールオフT512フラスコ(住友ベークライト株式会社)に播種した。ゼラチンコーティングは、ゼラチン溶液(StemSure 0.1w/v% Gelatin Solution、富士フイルム和光純薬株式会社)で2時間処理することより行った。
【0175】
増殖培養の間、培地交換は5日ごとに行った。播種から5日後(day5)、10日後(day10)、15日後(day15)、20日後(day20)に、それぞれのフラスコをTrypLETM Select(Thermo Fisher Scientific社)で10~20分処理し、単一細胞に分散させた後、セルカウンターで細胞数を計測した。
【0176】
増殖細胞の数を
図5に示す。
図5において、グラフの縦軸は、計測された細胞数をフラスコ面積で割った値を示す。また、播種密度10cells/cm
2で20日間培養した後の細胞の顕微鏡写真を
図6に示す。
【0177】
(2)結果
臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)が増殖してT512フラスコでコンフルエントの状態に達すると、約3×10e7個の細胞(すなわち、約60000cells/cm
2)が回収できた。したがって、
図1、3および5において、約60000cells/cm
2がコンフルエントの状態を表す。
【0178】
図1の結果から、ラミニンフラグメントの非存在下では、幹細胞を10000細胞/cm
2の播種密度で播種して培養すると、コンフルエントの状態になるまで細胞を増殖させることができるが、幹細胞を1000細胞/cm
2以下の低い細胞密度で播種して培養すると、細胞の増殖が停止し、コンフルエントの状態になるまで増殖させることができないことが示された。また、
図2の顕微鏡写真から、ラミニンフラグメントの非存在下では、幹細胞を10細胞/cm
2の低い細胞密度で播種して培養すると、細胞がコンフルエントの状態になるまで増殖せず、コロニー状態で増殖が停止していることが示された。
【0179】
図3の結果から、ラミニンフラグメントの存在下では、幹細胞を1000細胞/cm
2以下の低い細胞密度で播種して培養しても、コンフルエントの状態になるまで増殖させることができることが示された。また、
図4の顕微鏡写真から、ラミニンフラグメントの存在下では、幹細胞を、10細胞/cm
2の低い細胞密度で播種して培養しても、細胞がコンフルエントの状態になるまで増殖できることが示された。
【0180】
更に、本発明者らは、実験1-2と同様の手法に従って、臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を、2細胞/cm2の細胞密度で播種して、iMatrix-511ラミニンフラグメントを含む増殖培養液中で培養した場合も、細胞がコンフルエントの状態になるまで増殖できることを実証している。
【0181】
図5の結果から、ゼラチンの存在下では、幹細胞を10000細胞/cm
2の播種密度で播種して培養すると、コンフルエントの状態になるまで細胞を増殖させることができるが、幹細胞を1000細胞/cm
2以下の低い細胞密度で播種して培養すると、細胞の増殖が停止し、コンフルエントの状態になるまで増殖させることができないことが示された。また、
図6の顕微鏡写真から、ゼラチンの存在下では、幹細胞を10細胞/cm
2の低い細胞密度で播種して培養すると、細胞がコンフルエントの状態になるまで増殖せず、コロニー状態で増殖が停止していることが示された。
【0182】
これらの結果から、幹細胞をラミニンフラグメントの存在下で培養すると、低い細胞密度で播種された幹細胞であっても、コンフルエントの状態になるまで増殖できることが分かる。
【0183】
[実施例2] 生産培養
(1)方法
実施例2では、幹細胞の増殖培養を行った後、生産培養を行った。幹細胞として、凍結保存液Stem Cell Banker(ゼノアック)で凍結保存された臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を使用した。
【0184】
実験2-1(比較例)
臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を、5x10e5(播種密度1000cells/cm2)の細胞数で、MSC Expansion XSFM B(富士フイルム和光純薬株式会社)(以下、MSC培地Bともいう)100mlに懸濁し、得られた細胞懸濁液をピールオフT512フラスコ(住友ベークライト株式会社)に播種した。
【0185】
増殖培養の間、培地交換は5日ごとに行った。播種から15日後(day15)に、培地をPBSで2回置換して残存培地を洗浄し、その後、DMEM/F12培地をベースにアミノ酸を追加したタンパク質不含培地(以下、MSC培地Aともいう)を120ml添加した。ここで追加されたアミノ酸は、MEM必須アミノ酸溶液(富士フイルム和光純薬株式会社)およびMEM非必須アミノ酸溶液(富士フイルム和光純薬株式会社)である。MSC培地Aを添加して3日間培養(生産培養)を行った。3日間の培養後に、オリンパス顕微鏡で細胞の画像を2枚撮影した。2枚の画像は、フラスコ内の異なる位置で撮影した。顕微鏡写真を
図7Aおよび7Bに示す。
【0186】
実験2-2(本発明の例)
臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を、5x10e5(播種密度1000cells/cm2)の細胞数で、MSC Expansion XSFM B(富士フイルム和光純薬株式会社)(以下、MSC培地Bともいう)100mlに懸濁し、iMatrix-511ラミニンフラグメント(株式会社ニッピ)を50μl/100mlで添加し、得られた細胞懸濁液をピールオフT512フラスコ(住友ベークライト株式会社)に播種した。
【0187】
増殖培養の間、培地交換は5日ごとに行った。播種から5日後に、再度iMatrix-511ラミニンフラグメントを50μl/100mlで添加した。なお、播種から10日後には、ラミニンフラグメントの添加は行わなかった。
【0188】
播種から15日後(day15)に、培地をPBSで2回置換して残存培地を洗浄し、その後、DMEM/F12培地をベースにアミノ酸を追加したタンパク質不含培地(以下、MSC培地Aともいう)を120ml添加した。ここで追加されたアミノ酸は、MEM必須アミノ酸溶液(富士フイルム和光純薬株式会社)およびMEM非必須アミノ酸溶液(富士フイルム和光純薬株式会社)である。MSC培地Aを添加して3日間培養(生産培養)を行った。3日間の培養後に、オリンパス顕微鏡で細胞の画像を2枚撮影した。2枚の画像は、フラスコ内の異なる位置で撮影した。顕微鏡写真を
図8Aおよび8Bに示す。
【0189】
(2)結果
図7Aでは、一部の細胞が剥がれて細胞塊になっていた。
図7Aにおいて細胞塊が存在する箇所を矢印で示した。
図7Bでは、大部分の細胞が剥がれて残っていなかった。一方、
図8Aおよび
図8Bのどちらの画像においても、細胞は剥がれておらず接着状態を保っていた。
【0190】
これらの結果から、幹細胞をラミニンフラグメントの存在下で培養して増殖させた後、得られた増殖細胞を、外来成分を含まない、タンパク質フリーの培養液で培養すると、培養の途中で細胞が培養容器から剥離することなく、増殖細胞の接着状態を維持することができることが分かる。
【0191】
[実施例3] 長期の生産培養
(1)方法
実施例3では、幹細胞の増殖培養を行った後、長期の生産培養を行った。実施例3で行った培養工程を模式的に
図9に示す。幹細胞として、凍結保存液Stem Cell Banker(ゼノアック)で凍結保存された臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を使用した。
【0192】
実験3-1(本発明の例)
臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を、5x10e5の細胞数(播種密度1000cells/cm2)で、MSC Expansion XSFM B(富士フイルム和光純薬株式会社)(以下、MSC培地Bともいう)100mlに懸濁し、iMatrix-511ラミニンフラグメント(株式会社ニッピ)を50μl/100mlで添加し、得られた細胞懸濁液をピールオフT512フラスコ(住友ベークライト株式会社)に播種した。
【0193】
増殖培養の間、培地交換は5日ごとに行った。播種から5日後に、再度iMatrix-511ラミニンフラグメントを50μl/100mlで添加した。なお、播種から10日後には、ラミニンフラグメントの添加は行わなかった。
【0194】
播種から15日後(day15)に、細胞がコンフルエントの状態に達したことを確認し、培地をPBSで2回置換して残存培地を洗浄した。その後、DMEM/F12培地をベースにアミノ酸を追加したタンパク質不含培地(以下、MSC培地Aともいう)を120ml添加した。ここで追加されたアミノ酸は、MEM必須アミノ酸溶液(富士フイルム和光純薬株式会社)およびMEM非必須アミノ酸溶液(富士フイルム和光純薬株式会社)である。MSC培地Aを添加してから4日間培養を行った。この培養を、
図9で「1回目の生産培養」と表す。
【0195】
1回目の生産培養後に、MSC培地Aの培養上清を回収した。培養上清に含まれるサイトカインを、ELISA解析キット(R&D Systems社)を用いて解析した。サイトカインとして、血管内皮増殖因子(VEGF)、インターロイキン-7(IL-7)、および肝細胞増殖因子(HGF)の3種類を解析した。
【0196】
また、1回目の生産培養後に、MSC培地Bに戻して3日間培養(回復培養)を行った。3日間の回復培養後に、再びMSC培地Aに置換し、4日間培養を行った。この培養を、
図9で「2回目の生産培養」と表す。
【0197】
2回目の生産培養後に、MSC培地Aの培養上清を回収した。培養上清に含まれるサイトカイン(VEGF、IL-7、およびHGF)を、ELISA解析キット(R&D Systems社)を用いて解析した。
【0198】
また、2回目の生産培養後に、MSC培地Bに戻して3日間培養(回復培養)を行った。3日間の回復培養後に、再びMSC培地Aに置換し、4日間培養を行った。この培養を、
図9で「3回目の生産培養」と表す。
【0199】
3回目の生産培養後に、MSC培地Aの培養上清を回収した。培養上清に含まれるサイトカイン(VEGF、IL-7、およびHGF)を、ELISA解析キット(R&D Systems社)を用いて解析した。
【0200】
以上述べたとおり、計3回の生産培養を行い、計3回の培養上清回収とサイトカイン解析を行った。
【0201】
実験3-2(比較例)
臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を、1.5x10e5の細胞数(播種密度1000cells/cm2)でMSC Expansion XSFM B(富士フイルム和光純薬株式会社)(MSC培地B)20mlに懸濁し、iMatrix-511ラミニンフラグメントを添加しないでT150フラスコ(コーニング)に播種した。ラミニンフラグメントを添加しなかったこと以外は実験3-1と同様の手順で増殖培養を行った。
【0202】
播種から15日後(day15)に、細胞がコンフルエントの状態に達したことを確認し、実験3-1と同様、MSC培地Aに置換した。その後、2日間培養して、MSC培地Aの培養上清を回収した。培養上清に含まれるサイトカイン(VEGF、IL-7、およびHGF)を、ELISA解析キット(R&D Systems社)を用いて解析した。
【0203】
この実験では、ラミニンフラグメントを添加していないため、MSC培地Aに置換してから3日後に細胞が培養容器から剥がれ始めるため、MSC培地Aに置換してから2日後に培養上清を回収した。
【0204】
(2)結果
サイトカインの定量結果を
図10~12に示す。
図10~12のそれぞれのグラフは、左から順に、
本発明の例で1回目の生産培養後に回収された培養上清中のサイトカインの量、
本発明の例で2回目の生産培養後に回収された培養上清中のサイトカインの量、
本発明の例で3回目の生産培養後に回収された培養上清中のサイトカインの量、および
比較例で回収された培養上清中のサイトカインの量
を示す。
【0205】
図10~12の結果から、本発明の方法に従って長期の生産培養を行うと、比較例と同程度以上の量のサイトカインを生産することができ、その生産量は、生産培養を繰り返しても低下しないか、または増大することが示された。VEGFやHGFは、血管新生作用を有するサイトカインである。VEGFは、比較例と比べると、生産量が僅かに少ない場合も見られるが、VEGFの生産量は絶対量が多いため、十分な量で生産されていると言うことができる。HGFは、生産培養を繰り返すと生産量が増加する傾向が見られた。また、IL-7は、免疫細胞の活性化や炎症に関わるサイトカインである。IL-7は、生産培養を繰り返すと生産量が増加する傾向が見られた。
【0206】
なお、実施例3では、計3回の生産培養を行い、計3回の培養上清回収とサイトカイン解析を行ったが、本発明者らは、計6回の生産培養を行って、サイトカインを生産可能であることを実証している。
【0207】
これらの結果から、以下のことが分かる。幹細胞をラミニンフラグメントの存在下で培養して増殖させた後、得られた増殖細胞を、外来成分を含まない、タンパク質フリーの培養液で培養すると、増殖細胞の接着状態を維持したまま、生産培養を行うことができる。また、この生産培養後に、細胞の接着状態を維持したまま回復培養を行い、細胞が細胞生産物を生産する能力を回復させることができる。これにより、細胞の接着状態を維持したまま複数回の生産培養を繰り返し行うことができ、その結果、簡便な手法で多量の細胞生産物を長期にわたって生産することができる。
【0208】
[実施例4] 間葉系幹細胞集団
実施例4では、間葉系幹細胞をラミニンフラグメントの存在下で培養し、得られた間葉系幹細胞集団の細胞表面マーカー陽性率を解析した。また、間葉系幹細胞をラミニンフラグメントの存在下で培養し、得られた間葉系幹細胞集団の細胞表面マーカーの発現を免疫染色画像により確認した。
【0209】
(1)方法
実験4-1(本発明の例)
臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)または脂肪由来間葉系幹細胞(ADMSC)を、5x10e5の細胞数(播種密度1000cells/cm2)で、MSC Expansion XSFM B 培地(富士フイルム和光純薬株式会社)100mlに懸濁し、iMatrix-511ラミニンフラグメント(株式会社ニッピ)を50μl/100mlで添加し、得られた細胞懸濁液をピールオフT512フラスコ(住友ベークライト株式会社)に播種した。臍帯由来間葉系幹細胞は、1週間、2週間、3週間の期間にわたって培養し、脂肪由来間葉系幹細胞は、1週間、2週間の期間にわたって培養した。
【0210】
培養後、TrypLE Select溶液(Thermo Fisher Scientific)で処理することによって細胞を剥離した。得られた細胞を、細胞表面マーカーであるCD44、CD73、CD90、CD105、HLA-ABCのPE(phycoerythrin)付き抗体(BioLegend)で染色し、フローサイトメーター(Sony)を用いて、各マーカーの陽性率を解析した。
【0211】
また、臍帯由来間葉系幹細胞を、ラミニンフラグメントの存在下で、24ウェルプレート(コーニング)に播種し、1週間培養を行った。その後、24ウェルに接着した間葉系幹細胞に対し、細胞表面マーカーであるCD73、CD90、CD105、HLA-ABCのPE付き抗体で免疫染色し、蛍光顕微鏡(キーエンス)で明視野撮影と蛍光撮影を行った。
【0212】
実験4-2(比較例)
臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を、5x10e5の細胞数(播種密度1000cells/cm2)で、MSC Expansion XSFM B 培地(富士フイルム和光純薬株式会社)100mlに懸濁し、iMatrix-511ラミニンフラグメントを添加しないでピールオフT512フラスコ(住友ベークライト株式会社)に播種した。ラミニンフラグメントを添加しなかったこと以外は実験4-1と同様の手順で培養を行った。
【0213】
培養後、実験4-1と同様の手順で、細胞表面マーカーCD44、CD73、CD90、CD105、HLA-ABCの陽性率を解析した。また、実験4-1と同様の手順で、細胞表面マーカーCD73、CD90、CD105、HLA-ABCの発現を免疫染色画像により確認した。
【0214】
(2)結果
ラミニンフラグメントの存在下で培養した場合の臍帯由来間葉系幹細胞の細胞表面マーカーの陽性率を
図13に示し、ラミニンフラグメントの存在下で培養した場合の脂肪由来間葉系幹細胞の細胞表面マーカーの陽性率を
図14に示し、ラミニンフラグメントの非存在下で培養した場合の臍帯由来間葉系幹細胞の細胞表面マーカーの陽性率を
図15に示す。
【0215】
ラミニンフラグメントの存在下で臍帯由来および脂肪由来間葉系幹細胞を培養した場合、CD105とHLA-ABCは、陽性率が顕著に低下したが、CD105とHLA-ABC以外のマーカーは、陽性率が低下しなかった。一方、ラミニンフラグメントの非存在下で臍帯由来間葉系幹細胞を培養した場合、CD105とHLA-ABCは、陽性率の顕著な低下が見られなかった。
【0216】
ラミニンフラグメントの存在下で臍帯由来間葉系幹細胞を培養した場合、免疫染色画像の結果においても、フローサイトメーターの結果と同様、ほとんどすべての細胞においてCD73およびCD90は陽性であったが、CD105陽性細胞やHLA-ABC陽性細胞はほとんど観察されなかった。免疫染色画像は、間葉系幹細胞をタンパク質分解酵素処理することなく撮影されているため、この結果は、フローサイトメーター解析のために行ったタンパク質分解酵素処理が、CD105やHLA-ABCの発現を低下させていないことを実証している。
【0217】
[実施例5] 間葉系幹細胞の培養上清
実施例5では、実施例3に記載の方法に従って、間葉系幹細胞の増殖培養を行った後に複数回の生産培養を行い、各々の生産培養の後に培養上清を回収した。得られた間葉系幹細胞の培養上清に含まれるサイトカイン、細胞外マトリックス、およびエクソソームマーカーの量を解析した。
【0218】
(1)方法
培養上清に含まれるサイトカインおよび細胞外マトリックスの量を、ELISA解析キット(R&D Systems社)を用いて解析した。サイトカインとして、HGF(肝細胞増殖因子)、MCP-1、GRO/CXCL1、PDGF-AA、VEGF(血管内皮増殖因子)、TGF-1b、IL-4、IL-10、IL-13、IL-7、IL-15、IL-9、IL-1α、IL-1β、TNF-α、IL-8、EOTAXIN、IL-6、G-CSF、GM-CSF、MCP-3、IL-12P40、IP-10、MIP-1αの24種類を解析し、細胞外マトリックスとしてFibronectinを解析した。また、培養上清に含まれるエクソソームの量を、CD9/CD63 ELISAキット(コスモバイオ)を用いて、エクソソームマーカータンパク質(CD9/CD63融合タンパク質)を指標として解析した。本明細書において、サイトカインの量、細胞外マトリックスの量、エクソソームマーカータンパク質の量は、特異的な抗体を用いてELISA法により測定される値を指す。
【0219】
(2)結果
この実施例においても、実施例3と同様、本発明の例では、ラミニンフラグメントの存在下で増殖培養を行ったのに対し、比較例では、ラミニンフラグメントの非存在下で増殖培養を行った。このため、本発明の例では、複数回の生産培養を繰り返し行うことができたが、比較例では、1回目の生産培養の間に細胞が培養容器から剥がれ始めたため、1回目の生産培養しか行うことができなかった。
【0220】
培養上清に含まれるサイトカインの量の結果を
図16~19、21~41に示し、培養上清に含まれるフィブロネクチンの量の結果を
図20に示し、培養上清に含まれるエクソソームマーカータンパク質の量の結果を
図42に示す。
【0221】
図16~42において、「1回目」は、本発明の例で1回目の生産培養(4日間)を行った後に回収された培養上清中のサイトカイン、フィブロネクチン、またはエクソソームマーカータンパク質の量を示し、「2回目」は、本発明の例で2回目の生産培養(4日間)を行った後に回収された培養上清中のサイトカイン、フィブロネクチン、またはエクソソームマーカータンパク質の量を示し、「3回目」、「4回目」、「5回目」も同様の意味である。また、
図16~42において、「比較例」は、比較例で1回目の生産培養を開始してから2日後に回収された培養上清中のサイトカイン、フィブロネクチン、またはエクソソームマーカータンパク質の量を示す。
【0222】
図16~42の結果から、本発明の方法に従って繰り返し生産培養を行って培養上清を繰り返し回収すると、IL-1α、IL-1β、TNF-α以外のタンパク質(すなわち、HGF、MCP-1、GRO/CXCL1、PDGF-AA、VEGF、TGF-1b、IL-4、IL-10、IL-13、IL-7、IL-15、IL-9、IL-8、EOTAXIN、IL-6、G-CSF、GM-CSF、MCP-3、IL-12P40、IP-10、MIP-1α、Fibronectin、およびエクソソームマーカータンパク質)の量が増える傾向が見られた。したがって、本発明の方法に従って繰り返し生産培養を行って培養上清を繰り返し回収すると、多量のサイトカイン、多量の細胞外マトリックス、および多量のエクソソームを含む培養上清を得ることができることが示された。
【0223】
この実施例で示したように、間葉系幹細胞の培養上清を、外来成分を含まない、タンパク質フリーの培養液で培養することによって得た場合、この培養上清に含まれるタンパク質は全て間葉系幹細胞由来のものであるため、治療剤として適用しやすいという利点を有する。しかも、間葉系幹細胞の培養上清は、繰り返し回収することによって、HGF等のサイトカイン、フィブロネクチンおよびエクソソームの含量を増大させることができるため、これらのタンパク質やエクソソームによる治療効果が期待できる点で優れている。また、間葉系幹細胞の培養上清は、炎症を引き起こすことが知られているIL-1α、IL-1β、TNF-αの含量が、培養上清を繰り返し回収した場合に増加しないため、炎症系サイトカインの含量が比較的少ないという点で優れている。
【0224】
[実施例6] 治療剤
実施例6では、本発明の方法に従って得られた間葉系幹細胞を下肢虚血モデルのラットに投与し、治療効果を確認した。
【0225】
(1)方法
<下肢虚血モデルのラットの準備>
12週齢のSprague Dawley(SD)雄ラット(CLEA Japan(大阪、日本)から購入)を使用した。SDラットを5ml/kgの用量でコンビネーション麻酔薬(M/M/B:0.3/4/5)を腹腔内投与して麻酔した。下肢虚血は、外腸骨動脈と内腸骨静脈、足首直下レベルの伏在動脈と静脈、および全枝を露出させて結紮し、結紮した血管のうち全血管を切除することにより誘導した。
【0226】
下肢虚血誘導の3日後に、レーザードップラー灌流画像法(LDPI)を用いて血流量を測定した。下肢虚血誘導に成功したことを保証するために、また、自己再生能力が顕著なラットを除外して、細胞治療の実際の効果を評価できるようにするために、非虚血下肢の血流量に対する虚血下肢の血流量の相対値(%)が60%以下のラットのみを治療のために登録した。登録したラットを、臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)投与群、脂肪由来間葉系幹細胞(ADMSC)投与群、DMEM/F12投与群の3群に無作為に割り付けた。
【0227】
<間葉系幹細胞の準備および投与>
臍帯由来間葉系幹細胞(UCMSC)を、実施例4と同様の方法で、ラミニンフラグメントの存在下および非存在下のそれぞれで培養した。また、脂肪由来間葉系幹細胞(ADMSC)を、実施例4と同様の方法で、ラミニンフラグメントの存在下および非存在下のそれぞれで培養した。得られた間葉系幹細胞(すなわち、ラミニンフラグメントの存在下で培養した臍帯由来間葉系幹細胞、ラミニンフラグメントの非存在下で培養した臍帯由来間葉系幹細胞、ラミニンフラグメントの存在下で培養した脂肪由来間葉系幹細胞、およびラミニンフラグメントの非存在下で培養した脂肪由来間葉系幹細胞)を、1mlのDMEM/F12培地(Sigma)に1.25x10e6の細胞数で懸濁した。
【0228】
細胞懸濁液を尾静脈から27ゲージの針で静脈内投与した。投与は、下肢虚血の誘導後、4日目、5日目、6日目、10日目の計4回行った。コントロールとしてDMEM/F12培地のみの投与を行った。
【0229】
<血流量の測定>
下肢の血流量をMoor LDI 2.0システム(Moor instruments, Devon, UK)を用いて評価した。血流量は、下肢虚血の誘導から14日後に測定した。血流量の測定時には、ラットにイソフルラン吸入麻酔を行った。血流量比(%)は、下記式により相対値で算出した。
血流量比(%)=(左虚血下肢の血流量/右非虚血下肢の血流量)×100
【0230】
(2)結果
下肢血流量比の結果を
図43に示す。
図43において、「Control」は、DMEM/F12培地を投与した群、「UCMSC laminin-」は、ラミニンフラグメントの非存在下で培養した臍帯由来間葉系幹細胞を投与した群、「UCMSC laminin+」は、ラミニンフラグメントの存在下で培養した臍帯由来間葉系幹細胞を投与した群、「ADMSC laminin-」は、ラミニンフラグメントの非存在下で培養した脂肪由来間葉系幹細胞を投与した群、「ADMSC laminin+」は、ラミニンフラグメントの存在下で培養した脂肪由来間葉系幹細胞を投与した群を表す。
図43において、エラーバーは標準誤差を表す。
【0231】
「UCMSC laminin+」および「ADMSC laminin+」は、コントロールと比べて、有意に血流量比が増加しており、T検定によりコントロールに対する有意差が認められた。一方、「UCMSC laminin-」および「ADMSC laminin-」は、コントロールと比べて、血流量比がわずかに増加する傾向は見られたが、T検定によりコントロールに対する有意差は認められなかった。
【0232】
これらの結果は、本発明の方法に従って得られた間葉系幹細胞が、下肢虚血に対する治療剤として有効であることを示す。この治療効果は、間葉系幹細胞が分泌するサイトカイン、細胞外マトリックス、エクソソームによりもたらされていると考えられるため、本発明の方法に従って得られた間葉系幹細胞の培養上清も同様の治療効果を有すると考えられる。また、この治療効果は、間葉系幹細胞が分泌するサイトカイン、細胞外マトリックス、エクソソームによりもたらされていると考えられるため、本発明の方法に従って得られた間葉系幹細胞や間葉系幹細胞の培養上清は、サイトカインが治療効果を奏することが知られている疾患、細胞外マトリックスが治療効果を奏することが知られている疾患、およびエクソソームが治療効果を奏することが知られている疾患に対しても治療効果を有すると考えられる。